【女子中学生のバックショット】(3)

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「可愛い服があったから買ってきちゃった」
と母は言ったが、セナはてっきり“姉に買ってきた服”だと思った。しかし姉は
「ああ、セナはそういう服を着てもいいかもね」
などと言っている。
 
「え?ぼくが着るの?」
「当然当然。ちょっと着替えてきてごらんよ」
と言って、母はその可愛いワンピースを世那に渡した。
 
ドキドキしながらその服を持ち自分の部屋に行く。今着ていたトレーナー、ポロシャツ、ズボンを脱ぎ、ワンピースを着てみた。
 
世那の部屋には姿見が無いので、どんな感じに見えるかよく分からない。ドキドキしながら居間に戻る。
 
「おお、可愛いな」
と父まで言っている。
 
「姉貴が2人になったみたい」
などと弟が言う。
 
姉が髪にブラシを入れてくれた。カラーリップも塗られる。
 
「写真、写真」
と言って母がデジカメで写真を撮っている。
 
「今日は夕食までそれでいるといいね。あとで絵のモデルになって」
などと姉は言っていた。
 

12月26日 18時すぎ。
 
東京方面は天文薄明が終了し、空は完全な夜空に変わった。
 
「今日はおしまい!帰ろ。この作業全然終わらないじゃん」
と佐藤小登愛は文句を言っていた。
 
依頼されている歌手のマンションに毎日訪問しては、奧さんとおしゃべりしながら“あぶない”グッズを回収し、ここに運んではお焚き上げしている。
 
奧さんにも色々変なのが憑いてるので、それを毎日!除霊している。奧さんの話では、ポルターガイストを始め、誰も居ないのにピンポンが鳴ったりノックがあったり、また人が部屋の中で歩き回る気配などがあったりすると言う。
 
小登愛は奧さんに
「ここにずっと住んでいたら命の危険があります。できるだけ早く引っ越すことをお勧めします」
と言っておいたので、奧さんも
 
「夫の仕事が一段落したら相談します。今ずっとアルバムの制作でスタジオに籠もっているんですよ」
と言っていた。
 
問題点は色々あるのだが大きな問題は3つである。
 
(1)とにかく大量の呪いグッズがある。これを全部廃棄しないといけないが強烈すぎてゴミに出したりして処分ができない(きっとごみ収集車が事故を起こす)。それで毎日少しずつ持ち出しては、小登愛が山中でお焚き上げして処分しているのである。始める時、10日はかかるなと思ったが、20日ほど続けてもまだ半分くらい残ってる。
 
だいたいこのマンション物が多すぎ!(小登愛の個人的なグチ)
 
(2)この部屋は霊道がクロスしており、その2つの霊道から多数の亡霊や魑魅魍魎がやってくるので、とても安心して暮らすことができない。人間に取り憑くものもあるので、自殺者が出かねない部屋である。
 
(3)明らかにここに住んでいる夫妻を狙って、誰かが呪詛を掛けている。呪いグッズの中に犯人に迫るヒントがあるのではないかと思い気をつけているのだが、あまりに多すぎて、ホンボシらしきものに辿り着かない。
 

それで小登愛はお焚き上げした後に水を掛けてしっかり消火した上で、車で山を降りる。この車は1ヶ月間レンタルしているワゴン車である。呪いグッズを入れた1m四方の箱が入るサイズのものを借りている。この山中のお焚き上げに使う場所をクライアントさんに300万円で購入してもらったし、今回の作業はとにかく実費が掛かっている。
 
小登愛は八王子の問題のマンションに近いホテルに泊まっているが、駐車場からホテルに行く途中、そのマンションの前を通ることになる。これが18:40頃であった。
 
マンションのエントランスの所に女性の人影があった。マンションなんだから人が出入りするのは普通だが、小登愛はそこに立っている人物に何か異様なものを感じた。
 
それで彼女に声を掛けた。
 
「済みません、ここの住人の方ですか?」
 

女は振り向いて答えた。
「いえ、友人を訪ねてきたんですよ。でもどうやってここを開けてもらえばいいか分からなくて」
と女は答えた。
 
この人“お水”系かなぁなどと小登愛は思った。その系統の女性に共通の雰囲気がある。もしかして風俗の出前に行く所だったりして。
 
「部屋番号をそこの装置に入力すればいいですよ」
「あ、これを押せばいいんですか?」
「ええ」
 
やはりどうも“デリバリー”のようだ。
 
それで女が部屋番号を押すのを見ていたが「え!?」と小登愛は声をあげた。その部屋番号は高岡猛獅の部屋番号なのである。
 
「すみません。あなたその部屋の住人さんとの関係は?」
と小登愛は女に尋ねた。
 
女はギロッと鋭い目でこちらを見た。次の瞬間、小登愛は全身に強い衝撃を感じた。
 
う・・・
 
小登愛は崩れ落ちるように倒れた。その倒れる時、遠のく意識の中で女の顔が般若のような顔に変化しているのを見た。
 
12/26 18:45頃であった。
 

“広中”は高岡猛獅・長野夕香夫妻とお酒を飲みながら(広中自身はジュースやサイダーしか飲まない)話していたが、その内疲れていたのだろう。2人とも寝てしまった。
 
「ありゃ〜。寝ちゃったか。まあいいや。少し寝せておこうかな」
と言うと、グラスや皿を台所に運び、洗ってから水切り籠に入れた。シンクに少し?溜まっていた食器も一緒に洗った。
 
「忙しいのに食器洗ったりするのも大変だよなあ。食器洗い機をお勧めしよう」
などと呟いている。
 
広中は完成したアルバムのデータをCD-Rにコピーしてもらったものを聞いていたが「これ売れるよ。凄いよ」などと呟いていた。
 
やがて夜中の12時を過ぎる。
「念のためルートを確認しとこう」
と言って、地図を見ていた。
 
「東名は静岡付近が刺激が少なくて眠くなりやすいし、中央道を通ろうかな。変化があるから万が一にも居眠り運転になることはない」
 

やがて1時をすぎる。
 
「そろそろ出ないとやばいな」
と広中は呟くと
 
「高岡さん、高岡さん、長野さん、長野さん」
と言ってふたりを揺り動かす。
 
「車内で寝てていいですから、車に乗って下さい」
「あ、ごめん」
 
それで2人はいったん目を覚まし、車に乗った。そしてそのまま眠ってしまった。
 
「2人とも自分が車に乗ったこと忘れてたりして」
などと言いながら広中は Porsche 911 40th anniversary edition の運転席に座った。
 
エンジンを掛ける。
 
凄い音だ!
 
カーオーディオにできたばかりのアルバム『ワンザナドゥ』のCDをセットした。
 
そして車を発進させた。こんな凄い車を運転するのは初めてだし、そもそも左ハンドルの車も初体験だが、思ったよりちゃんと自分が運転できるので、良かったぁと思った。広中は八王子ICから中央道に乗ると、80km/hほどで車を走らせ始めた。
 

バルセロナ。2003年12月26日10:47 (=18:47 JST).
 
えっちゃんとおしゃべりしていた、きーちゃんの携帯電話が鳴る。見ると、小登愛の携帯の番号なので、オフフックすると
 
「ブエノス・ディアス、元気してる〜」
と言った。
 
すると出たのは小登愛では無かった。
「私、佐藤小登愛の眷属で櫃美と申します。小登愛が大変なんです。至急こちらに来てもらえませんか?」
 
「櫃美ちゃん。あなたの存在は意識してたよ。でも私今スペインにいるんだけど」
「帰蝶さん、お互いのポジションを入れ替える能力をお持ちですよね。私と入れ替わりで日本に来られませんか?」
 
小登愛の見ている所でそのワザを使ったことがあった。櫃美もそれを見ていたのだろう。
 
「そしたらあんたがスペインに来ちゃうけど」
「構いません」
 
それで、きーちゃんは、えっちゃんに断ると、自分と櫃美のポジションを交換した。
 
スペインに来た櫃美を見て、えっちゃんは声を挙げた。
 
「あんたどうしたの?」
 
櫃美の身体は左半身しかないのである。右半身が消滅している。
 
「私の身体は半年もしたら再生できます。私が楯になろうとしたのですが、間に合いませんでした。完全には防ぎきれませんでした」
 
と櫃美は悲しそうな目で言った。
 

一方日本に来たきーちゃんは、小登愛が倒れているのを見る。
 
嘘!?何があったの!?
 
マンションの出入口から人が駆け寄ってくるのを見るので、取り敢えず身を隠した。すぐ救急車が呼ばれたようで、やがて小登愛は病院に運ばれた。
 
きーちゃんも病院に付いていったものの、救急室の医師は小登愛の脈拍・血圧を確認し、まぶたを開けて瞳孔を確認して首を振った。
 
佐藤小登愛 1980.9.7 23:24 小樽市生 2003.12.27 18:45死去 享年24
 
天才霊能者のあまりにも若すぎる死であった。
 
うっそー!?ほんとに何があったのよ!??
 
と、きーちゃんは混乱した。
 

中央道をポルシェで走る広中は、談合坂SAでトイレ休憩(2人は起きなかった)した後、快調に車を走らせていた。
 
ちなみにSAで休んだ時、スカートを穿いているので、トイレはどちらに入るべきか悩んだが、一応僕男だしと思って男子トイレを使用した。小便器が使えないので個室を使ったが、スカートだと立ってできなくて面倒くさいなと思った。
 
12/27 3時過ぎ。
 
後部座席で寝ていると思っていた夕香が「詩ができた!」などと寝言!?を言った。すると隣で寝ていた高岡が「見せて」などと言っているので、2人は起きてるんだっけ?と広中は疑問を感じた。ミラーを動かしてみるか、寝ているようだ!?
 
面白ーい。この2人寝言で会話してる、と思う。
 
その内、高岡がFAXしなきゃなどと言う。さすがに車の中からはFAXできないなあと思ったのだが、すぐ先に諏訪湖SAがあるのに気付く。そこに入れて車を駐める。2人は熟睡したままである。
 
広中は首を振って、後部座席で寝ている高岡が持っているレターペーパーを取る。マネージングのためにいつも持ち歩いている小型スキャナをDynabookにつなぎ、取り敢えずそのレターペーパーをスキャンする。それでデータとしてパソコンに取り込んだ。FAXソフトを起動する。発信元に高岡の自宅の電話番号を設定する。そして自分の携帯から上島雷太の自宅電話に掛けた。向こうの電話がFAXに切り代わりピーガガーと言った瞬間FAXソフトのスタートボタンを押す。
 
これでスキャナで取り込んでいたデータを上島宅にFAX送信することができた。
 
「これでいいかな?」
と呟く。
 
「高岡さん、長野さん、トイレ休憩しませんか?」
と声を掛けたが、2人とも起きる気配は無い。
 
「まいっか」
と思い、広中は自分だけトイレに行ってくる(また男子トイレの個室を使う)と、運転席に戻り、車をスタートさせた。やはり1時間ごとにトイレ休憩した方がいいなと思う。万が一にも居眠り運転になってはいけない。大阪まで残りは360kmくらい。たぶん7時半くらいには着くかな。余裕だなと広中は思った。
 

12/27 4時過ぎ。
 
中央道の中央道原PA付近、下り方面を警戒しながら走っていた長野県警高速隊の覆面パトカー(クラウン)を物凄い速度で追い越して行ったスポーツカーがあった。
 
パトカーを運転していた警官はあまりの想定外の速度に一瞬ひるんだが、気合いを入れ直して赤色灯を付けると、追越車線に移動し、その車を追いかけた。
 
こちらは150km/hくらい出しているのに前の車との距離はどんどん離れていく。
 
「いったいあいつ何キロ出してんだ!?」
と思い、必死にアクセルを踏んで190km/hくらいまで上げた。この速度はかなりの恐怖を感じる。しかし向こうの車はどんどん遠くへ行ってしまう。
 
急カーブがある。車が流されて左車線にはみ出すも何とか曲がった。
 
今のは側壁に激突するかと思った!!
 
「だめだぁ!」
と諦めて警官はエンジンブレーキで速度を落とした。
 
そして左車線に移動して駐車帯で停めると、本部に連絡した。緊急配備がなされたものの、それらしき車を発見することはできなかった。
 
「ナンバー見たか?」
「すみません。突然だったので」
「車種は?」
「申し訳ありません。何か白っぽいスポーツカーだったのですが」
 

12/27 5時半頃。
 
アパートの中で魔法円の中心に座っていた女は強い衝撃を受けて魔法円の中から吹き飛ばされた。
 
壁に叩き付けられて、衝撃で窓ガラスが全部割れた。本人も一瞬気を失ったが、強い風と雪が外から吹き込んで来て、それで何とか意識を回復させることができた。
 
魔法円がズタズタになっている。部屋の中で茶碗とかコップとか大量に割れてる。
 
身体中が痛い。足腰が立たない。這うようにして、ベビーベッドまで行った。
 
「**ちゃん、お母ちゃん負けちっゃたみたい。八王子のマンションに来た女は強そうだったから全力で倒したけど、松戸の女は大したことない気がして油断してしまった(*4)。夕香は死んでくれて、いい気味だけど、夕香の娘までは殺せなかった。ごめん。でもあんたのお父ちゃんまで死んじゃったよ。でもこれで私とあんたとお父ちゃんと3人で天国に行けるね。ずっと一緒だよ」
 
と言って、女は赤ん坊の遺体を抱きしめ、静かに目を閉じた。
 
(*4) 女は、真理にやられたと思っている。後ろを向いていた千里は“普通の人に見えた”し、まさかその後ろを向いていた人にやられたとは思いも寄らない。
 

12月27日5時半頃。
 
通り掛かったドライバーからの通報で、岐阜県警の高速隊は中央道の急カーブがある場所で、銀色のスポーツカーが壁に激突しているのを発見した。車は衝突の衝撃で炎上したようであるが、警察が行った時には既に鎮火していた、
 
車の近くに、外に投げ出されたと見られる男性と女性の遺体があった。
 
身元を確認しようとしたが、ふたりとも免許証や保険証など身分を確認できるものが無く、また携帯も持ってないかあるいは車内にあったと見られ、死者が誰なのかはすぐには分からなかった。
 
車のナンバープレートも激しく変形していてすぐには読み取れない。車内が燃えているので、おそらくあったのではないかと思われる車検証なども確認できず、警察は死亡者の特定にけっこうな時間を要することとなった。
 

12月27日朝8時。
 
大阪御堂筋のホテルで、左座浪は困惑していた。
 
高岡と夕香がまだ到着していないのである。ドームに先行して行っている高橋にも確認したが、向こうにも来てないし連絡も無いという。
 
高岡の携帯にも夕香の携帯にも電話を掛けてみるが「電源が入ってないか電波の届かない所に」というメッセージが流れる。
 
それで左座浪は上島に連絡した。どうもそぱに雨宮もいるようだ。一緒に寝たのかな?とチラッと考えた(不正解!飲み明かしただけ。一緒に飲んでいた下川は酔い潰れている)。
 
「高岡君がどうも遅れているみたいなんだ。悪いけど彼抜きでテレビに出てきて欲しい」
と言った。
 
「やはり疲れすぎてて起ききれなかったのでは」
「かも知れないよね」
「今どのあたりなんです?」
「分からない。電波の届かない所にというメッセージが流れるから、どこか、町外れを走行中だと思う」
「まだ東京に居るなら電波が届かないわけないから、確実に移動中だろうね」
 
それでテレビには、高岡抜きで、上島と雨宮が代表で出ていったのである。
 

そして彼らを送り出してから、左座浪は“万一彼らが本番に間に合わなかった場合”というのを考えた。彼はある人物に電話を掛けた。
 
「おはよう、手島ちゃん。朝早くからごめん。うん、久しぶり。元気?それでさ、今日君何か予定ある?いや実は夕香ちゃんがどうもトラブってるみたいでさ。もしかしたら、今日の関西ドームでのライブに間に合わないかも知れないんだよ。君、今どこに住んでるんだっけ?ああ、今も蒲田なのね。だったら、今すぐ品川駅まで行って(*5) 新大阪行きに飛び乗ってくれないかなあ。ギャラは、交通費別で10万払うから。夕香ちゃんが間に合って君は出演しなかった場合でも、ちゃんとギャラは払う。来てくれる?助かるよ。頼む」
 
彼女が
「ライブで夕香ちゃんの代理するなら女装しなきゃ」
と言っていたのは気にしないことにした。あの子そういえばあまりスカート穿いてる所見たことないけど、男ってことはないよね?ね?ね?
 
左座浪は更にサポートミュージシャンとして参加しているサックス奏者の宮田の携帯に電話した。
 
「おはよう。昨日眠れた?よかった。実は頼みがあるんだけどさ。今日のライブでは君、全曲でサックス吹いてくれないかなあ」
 
電話の向こうで「え〜〜!?」と言っている。
 
「ちょっと都合で今日はモーリーが全曲歌うことになったからさ、さすがのモーリーも歌いながらサックスは吹けないから。うん。ごめん。ギャラは倍払うから。やってくれる?ごめんね。よろしく。うん、雨宮君の代理でも女装する必要は無いよ」
 
これで2人が間に合わなかった場合も何とかなる。
 
しかし女装したいのか?セーラー服でも着せるか?彼に合うセーラー服が存在するかどうかは知らんが。
 
(スコアが最後まで確定せず、どれを雨宮が歌うかも確定しなかったため、宮田には一応(未確定スコアで)全曲練習してもらっていた)
 

(*5) 新幹線の品川駅はこの年10月1日に開業した。手島冴香は実際には下記の便で移動した。
 
品川8:58(のぞみ9)11:27新大阪
 

左座浪は冴香との電話を終えた後、ショートメールが着信していることに気付いた。夕香からである。タイムスタンプを見ると、昨夜の21時過ぎである。
 
「広中君に運転を依頼して下さってありがとうございます。私も安心して後部座席で休んで大阪に向かえます」
 
広中??だって広中は10月にマンションの窓から転落して死んだじゃん。あれも事件なのか事故なのか自殺なのか、はっきりしない死に方だったが。しかし、夕香ちゃん、誰かと打ち間違ったのでは?
 
携帯では予測変換が思わぬ誤入力を生み出す。
 
しかし社長あたりの指示で誰かが運転しに行ったのかな?それで左座浪は社長に電話してみた。しかし社長は誰にもそういう指示はしていないと言う。左座浪は高岡の個人マネージャー・義浜配次(よしはま・はいじ)に電話してみた。
 
“配次(はいじ)”と入力しようとして6を1回押して“は”を入力するつもりが2回押してしまい“ひ”になって“ひ”から“広中(ひろなか)”が予測変換されてしまった可能性はあるぞ、と左座浪は考えた。
 
「君は今どこに居る?」
「東京です。実は、高岡さんに呪いが掛けられているみたいだったので、私の知り合いの霊能者に除霊をお願いしていたのですが、その霊能者が昨夜急死しまして」
 
「何!?」
 
「高岡さんたちのマンションの前で倒れていたんですよ」
 
「楯(たて)になったんだろうな」
 
「たぶん。高岡さんたちが心配です。守ってくれるはずだった霊能者がやられたということは、本人たちにも危害が及ぶ可能性があります」
 
「君は高岡君たちを運ぶ運転手役とかにはなってないんだよね?」
「いえ。あ、そうか。私が運転しに行けばよかったですね。どうして気付かなかったんだろう。高岡さんたち疲れていたのに」
 
「いやむしろ僕が昨日の内にそれを義浜君あるいは中村君あたりに頼むべきだった。僕の方こそ、なぜそこに思い至らなかったんだろう」
と左座浪は言いながら、これは“操作”されてるぞと思う。
 
多分呪いの術者が、周囲の人間に、そのようなことを思い至らせないようにブロックしたんだ。その上で霊能者さんが亡くなったって、これはただならぬ事態だ。至急何とかして高岡たちの所在を確認しなければと左座浪は思った。
 
なお、義浜は、死亡した霊能者さんの家族が北海道から出て来るのを病院で待っているところらしい。
 

義浜との電話を終えてから左座浪は考えた。
 
夕香のメールから判断して。高岡と夕香は誰かの運転で大阪に向かった。しかしそのドライバーというのは、きっと危険人物だ。でもその人物はふたりが信用するような誰かの振りをしていた。
 
ともかくも左座浪は高岡・夕香とつながっているかも知れない人物に片っ端から連絡を取り、ふたりの所在を知らないか、何か連絡を受けてないかを訊いた。しかし手がかりは全く掴めなかった。念のため、夕香の妹・支香にも訊いてみたが、何も聞いてないという。
 
「この2人、相性がよくないみたいだからなあ」
 
などと呟く。優秀な姉・夕香とできの悪い妹・支香という感じで、支香は姉に対して強いコンプレックスを持っているようなのである。大学も姉はそこそこの四年制大学に現役合格、妹は大学受験は全滅して専門学校に2年通った後、電話オペレータの仕事を1年やってからワンティスに参加している。どうも親の愛情も全部姉・夕香の方に行っていて、支香は軽んじられていたようだ。
 

27日早朝まで掛けて“松戸文書”(仮称)の整理を終えた千里であるが、北海道に戻るのに、真理さんがチケットを手配しようとしたのだが・・・
 
「ごめん。飛行機もJRも満席でチケットが取れない」
と真理さんは言った。
 
「え〜!?」
 
年末年始はただでさえ移動する客が多いのに、増便どころか人手不足などで減便されたりするので、ずっと以前からチケットを確保していたような人以外は搭乗・乗車することが困難である。
 
「ね、千里ちゃん、年明けたら河洛邑(からくむら)に来てくれることになってたし、いっそこのまま三重に来てくれない?」
 
「うっそー!?」
 

12/27 12時頃、左座浪の携帯に社長からの電話が着信した。
 
左座浪は物凄く嫌な予感がした。
 
「大変だ。高岡と夕香ちゃんが死んだ」
と村飼社長は言った。
 
左座浪はショックを受けた。
 
しかし彼らを守るはずだった霊能者さんさえやられたのだから、やはりダメだったかと左座浪は考えた。
 
「どういう状況だったんです?」
「中央高速で今朝方車が壁に激突炎上して、乗っていた2人は車外に投げ出された衝撃で死亡したらしい。夕香ちゃんの靴が後部座席に落ちていたことから夕香ちゃんは後部座席に乗っていたことは確実。高岡君は乗車位置が分からないけど死亡者がふたりだから運転者は高岡君ではないかと警察は推測している」
 
いや、違う。運転していたのは“広中”と夕香ちゃんが入力した人物だ。何も証拠は無いけど。
 
「ライブはどうしますか?」
「どうしようか?」
などと社長は言っている。こんな時、専務がいてくれたら、と左座浪は思った。社長はあまり決断力のある人ではない。
 
「高岡さんたちが亡くなったことは既に発表されてますか?」
「いや、まだ発表されてないと思う。ふたりとも身分証明書のようなものを持ってなくて。おそらく免許証とかも車内にあって燃えてしまったのだと思う。それで車から所有者を割出して、ついさっき身元が分かったみたいで、でも自動車販売店に登録されている連絡先に電話しても誰も出ないし、でも販売店の担当者の話からワンティスの高岡と分かって、事務所に連絡してきたという段階なんだよ」
 
「だったら今日のライブは実施しましょう。観客は既にどんどん入場中です。ここで中止を発表したら暴動が起きます」
「ああ、そうだよな。でも演奏できる?」
 
「上島君と雨宮君が歌えばいいです。ギターは志水君が弾きますし、キーボードは本坂君が弾きます。コーラスは夕香ちゃんが遅れているみたいだったから、念のため1人手配しておきました」
 
「助かる!それで行こう」
 

それで左座浪は、テレビ局から戻ってきた後仮眠していた上島と雨宮の部屋を訪れた。ふたりは同じベッドに並んで寝ていたので、ああセックスしてたのかと思う(実は疲れ果ててそのまま眠ってしまっただけ)。
 
「すまんね。お楽しみのところ」
「いえ」
(ふたりは寝起きで頭が働いていないので“お楽しみ”の意味が分からない)
 
「まだ詳しい状況は分からないけど、どうも高岡君の車が事故を起こして、2人は怪我しているようなんだよ。済まないが、今日は高岡君抜きでライブをやって欲しい」
と要請した。
 
「あの馬鹿、スピード出し過ぎたんじゃないのか」
「まだ詳しい状況はこちらでも分からないんだよ。携帯が故障してしまったみたいで本人と直接連絡が取れないし」
「携帯が故障するほどの事故ですか」
「2人とも病院に運び込まれたようだ」
「全く・・・」
 
「高岡のパートはどうするんです?」
と雨宮が訊く。
 
「ギターは志水君が弾く。歌は上島君と雨宮君で歌って欲しい。キーボードは本坂君が弾く。サックスはサポートで入っている宮田君に全曲吹いてもらう。宮田君にはギャラを弾むから頼むと言った。コーラスについては、夕香ちゃんたちが遅れているようだった時点で冴香ちゃんに大阪に来てくれるよう要請した。ライブに間に合うと思う」
 
(新大阪駅を降りて今地下鉄でドームへ移動中である)
 
「それだと何とかなりますね」
「明日の東京ライブについては、高岡君たちの怪我の状態とかも見て再検討する」
「分かりました」
 
それでこの日のライブは高岡と夕香抜きで実施したのである。観客には高岡と夕香が事故に巻き込まれてライブに間に合わないという連絡があったので欠席するとだけ説明した。
 

千里Yは、真理たちと一緒に三重県の河洛邑に行くことにしたので、留萌に電話を入れた。
 
まずは母に電話する。
「ふーん。分かった。気をつけてね」
と言って母は電話を切った。
 
「誰から?」
と玲羅が訊いた。
「千里からで、東京から北海道に戻る便がどうしても取れないから、正月に行く予定だった三重県の何とか村にそのまま行くって」
と母。
 
「まあそんなこともあるかもね」
と玲羅は言いながら、台所で洗い物をしている千里姉の後ろ姿を見た。
 
なお父は千里がリカバーしたカレーを食べて
「おお、いつもの味だ」
と喜んで5杯も食べて、また寝ていた。
 

千里Yはお昼頃、真理さんの車に乗って混雑する東名高速を走りながらP神社の翻田宮司に電話した。
 
「分かった。気をつけてね」
と言って電話を切る。
 
「どうかした?」
と花絵が訊く。
 
「うん。千里ちゃんからの電話で、いったん留萌に戻ってから正月明けに三重に行く予定だったのが、北海道に戻る飛行機もJRも満席でチケットが取れないからまっすぐ三重に行くって」
と宮司。
 
「ふーん。大変ネ」
と言いながら花絵は2年生の算数ドリルに必死で取り組んでいる千里を見た。
 
千里の周囲の人間は、この手の事象は昔から経験しているので、千里がそばにいるのに千里から電話が掛かってくる程度では全く驚かない!
 
なお、千里Yは元々小春が使っていた黄色の携帯(DoCoMo/Fujitsu F210i Happy Orange), 千里Rは今年の春買った赤い携帯(AU/Sony-Ericsson A1301S Pink)を使用している。千里Bは取り敢えず現時点では携帯は所有していない。
 

関西ドームでのワンティス・ライブが終わった後、左座浪はメンバー全員を集め、高岡と夕香が亡くなったことを説明した(*6)。この時の反応を左座浪は忘れない。
 
純粋に驚いていたのが、海原・山根・水上・下川・三宅・本坂。
悲鳴をあげたのが上島・志水。
無表情だったのが支香。
「やはり」と呟いたのが雨宮。
 
つまり雨宮だけは、自分が高岡たちが怪我していると言った時に、実際は死んだのだろうと推測していたのだろう。
 

(*6) ワンティスのメンバーの死亡率が結構高い。
 
2003.12死亡:高岡・夕香
2007.07死亡:志水
2014.12死亡:本坂
2021.10死亡:水上
2022.01現在存命:上島・雨宮・三宅・海原・支香・山根・下川(7)
 
元々のメンバー12人の内5人が死んだことになる。
 

「明日のライブはどうするんですか?」
と雨宮が訊く。
 
「社長と協議するけど、中止になると思う」
と左座浪は言う。
 
「やむを得ないでしょうね。今日は既に観客が入っていた。中止したらパニックが起きかねなかった。強行したのは仕方ない判断だったと思います。非難されるだろうけど」
と雨宮。やはりこれからのことまで含めて色々考えていたようだ。
 
「まあ非難は社長に受け止めてもらおう。こんな時のための社長だし」
 
結局この大阪ライブの観客だけが、新しいアルバム『ワン・ザナドゥ』の楽曲を聴いたのである。このライブは録音されていなかった。レコード会社は東京ライブを録画・録音してライブ盤ビデオを出すつもりだった。むろん録音されていたとしても当時の状況では発売は許されなかったであろう。
 
それで結局『ワン・ザナドゥ』は18年後まで封印されてしまうことになる。
 

高岡と夕香の死はその日の夕方、衝撃的なニュースとして日本列島を駆け巡った。
 
警察は車の運転者が誰かは特定できないと言った。ただ夕香は靴が後部座席に落ちていたことから後部座席に乗っていたのが確実であるが、高岡は乗車位置は不明であるとした。
 
しかし死んだのがその2人であること、車体の状況から生存者が居たとは到底思えないことから、マスコミの多くが運転者は高岡ではないかと推測して報道した。ワンティスのメンバーも日頃からこの車は高岡が運転しており「夕香はMTが苦手なので運転していなかった」とマスコミなどに説明した(補償問題を考え、夕香が責任を負わされたら気の毒なのでメンバーが口裏合わせをしたもの)。
 
警察が運転者を特定しなかったのは、左座浪が警察に夕香からのメールを見せ、誰か他の人物が運転した可能性があると主張したからでもある。更に現場には三角停止板が置かれていたので、その謎の運転手が事故後置いた可能性がある(後続の車が事故に気付いて三角停止板を置いたが通報せずに立ち去った可能性はある)。また、高岡の遺体は靴を履いていたが、この靴は死後履かせたものである可能性があると医師の所見があった。もしそうなら確実に第三者が居たことになる。
 
ただこの付近は警察も捜査上の秘密として公表しなかった。左座浪へのメールについて、捜査陣の一部には夕香が酒に酔って何か勘違いした可能性もあるとする見方もあったようである。誰か他の人物が運転していたのなら、その人物も事故で相当の怪我をしたはずなのに、警察が事故の直後に怪我で入院した人を長野・岐阜・愛知の病院に照会しても、該当しそうな人物は見付からなかった。
 

この事故に関して午前4時頃、諏訪付近で猛スピードで走り、覆面パトカーの追尾を振り切った白っぽいスポーツカーとの関連も調査されたが、関連不明と結論せざるを得なかった。
 
事故を起こしたポルシェは銀色である。銀色のボディは夜間なら白にも見えるかもしれない、追尾した警官に同型車両の写真を見せたが、
「これかもしれないが自信は無い」
と言った。
 
事故を起こした車両の時計は4:51で停まっていたので、事故の時刻はそれで確定できる。もし諏訪で目撃されたのが事故を起こした車両なら、50分間で120km走ったことになり、平均速度は144km/h ということになる。パトカーを振り切った時の速度は恐らく240km/h程度と推測された。
 
警察は判断を保留した。
 
なお事故が起きた時の車の速度は、車の損傷具合から100km/h前後と推定された。ここは長い直線の下り坂の先に急カーブがある場所で100km/hというのはむしろ遅いくらいの速度である。
 
なお高岡のポルシェが八王子の自宅を出た時刻は分からなかった。車内に残された高速の通行券は燃えているため、“灰”に形跡を留める文字から、かろうじて“八”という文字が読み取れたので八王子ICから乗ったと思われる。しかし時刻は読み取れなかった。灰化しているので磁気情報も取得できなかった。
 
小登愛の死亡時刻が19時頃なので、それ以降であることは確実と思われる。ポルシェがオービスなどにも映っていないことから、仮に平均90km/h程度で走った場合、逆算すると3時間10分程度掛かる計算になる。すると午前1:40頃に家を出た可能性がある。
 

27日夕方、村飼社長と★★レコードの村上制作次長との話し合いにより明日28日の関東ドームでのワンティスライブは中止が決まり報道機関に発表された。村上次長は実施したいようだったが、この状態で実施したら激しい非難を受けることになると村飼社長は言った。実は最後は★★レコードの須丸社長が「この状況で実施は無理」と言ったので、村上次長も折れた。
 

それで加藤が明日のライブ中止をメンバーに伝えた。
 
「ワンティスの活動自体、しばらく停止かなあ」
と山根が言った。
 
「各方面と協議が必要だけど、取り敢えず1月いっぱいくらいの予定は全部キャンセルするつもり。キャンセル料が頭痛い」
と左座浪。
 
「1ヶ月休みなら、その間に性転換手術うけちゃおうかしら」
などと雨宮が言っている。
 
両刀使いの彼が性転換手術をする気があるとは思えないが、どんな時でもジョークを言って場を和らげようとするのが雨宮だ。でも海原は雨宮を睨んでいる。こんな時に冗談とか言うなよという顔だ。海原は真面目なのが長所でもあり欠点でもある。
 
「モーリー、性転換して男になったら一発やらせろよ」
と三宅が言った。
 
「私、性転換したら男になるの!?」
 

夕食の席でメンバーの間に悲痛な雰囲気が漂っているのを見て左座浪は東京に戻る前に何か彼らの心を癒やすことができないかと考えた。
 
メンバーたちはプライベートキッチンで食事をしており、左座浪や高橋などのスタッフは通常のレストランで食事をしていたのだが、そこに少し遅れて中村が入ってきた。
 
「コンビニにでも行ってたの?」
「ええ。角瓶買ってきたんですけどね。後で飲まない?」
と後半は高橋に言っている。
「ああ、俺も何か飲みたい気分だった」
 
「帰って来る途中で巫女さんの団体に遭遇したんですよ」
「へー」
 
そういえば、このホテルの隣に神社があったなと左座浪は思った。
 

「君たちそこの神社の巫女さん?って声掛けたら、“笛の会”というのの会合で全国から集まってきているんだという話でした」
 
よく巫女さんの集団に声掛けられるなと左座浪は思った。そんな神々しい集団に自分ならとても声など掛けられない。
 
「へー、君たち、笛がうまいの?聞かせてくれない?と言ったら、ちょっと責任者の人に聞いてみると言ってた」
 
すげー、巫女さんナンパしてる!
 
しかし左座浪は、ふと思いついた。
 
「中村君、それOKならワンティスのメンバーに聞かせてあげられないかな」
「あ、話してみます」
「いや、僕が交渉してみる。連絡先教えて」
「じゃこの番号に掛けて下さい」
と言って中村はゲットした番号を開いて左座浪に自分の携帯を渡した。
 
それで左座浪はその番号に掛けた。声の雰囲気からして40代かなあと思う女性が出た。左座浪は自分はワンティスという音楽ユニットのマネージャーであると名乗り、先ほどは自分の部下がそちらに声を掛けたようでと説明した。彼女は
「高岡さんと長野夕香さん大変でしたね」
と言ってくれた。
 

それで左座浪がワンティスのメンバーに良かったら巫女さんたちの笛を聴かせてもらえないだろうかと頼むと、今日はもう遅いので、明日の朝なら良いという。それで左座浪と電話の相手の女性・稲岡さんとで話し合い、明日の朝9時にこのホテル隣の大阪神宮会館に、ワンティスのメンバーで聞きに行くことになったのである。
 
左座浪はワンティスのメンバーおよびサポートアーティストに
「巫女さんたちの笛を聴きに行かないか」
と誘いのメールを送った。
 
「上手い人たちの笛の演奏、ぜひ聴きたい」
「気分転換になりそうだし聴いてみようかな」
「和楽器に興味あります!」
「巫女さん、巫女さん、はぁはぁ」(←誰の返事かよく分かる)
 
など、様々な反応があったが、結局、ワンティスの中で上島・雨宮・三宅・海原・支香・山根・下川・志水の8人(つまり水上と本坂が不参加)、サックスの宮田君、パーカッションの山本君、フルートの吉永さん、ヴァイオリンの三谷さん、コーラスの手島さん、それに事務所の左座浪・高橋・中村・鮫島、★★レコードの加藤銀河の合計18人で聴きに行くことになった
 

翌日12月28日(日).
 
ワンティスのメンバーやスタッフ18人は朝食後、大阪神宮会館に行った。300人くらい入りそうな大きな講堂に椅子が多数並べられていたのでそこに座る。
 
やがて50-60人くらいの巫女さんたちが入ってきて、こちらにお辞儀をする。そして演奏が始まった。最初はよく知られた『越天楽』である。
 
「かっこいー」
と思わず若い鮫島さんが声をあげていた。
 
「すっごい力強いね」
と山根が同じ管楽器奏者である雨宮に囁き
 
「うん。こんな凄いとは思わなかった」
と雨宮も真面目な顔で答えていた。
 
その後『賀殿急』というわりと長い曲の演奏があったが、初めて聴く長い曲であるにも関わらずみんな聴き惚れていた。左座浪は暗い顔をしているメンツが多かったのが、少しずつみんな清々しい(すがすがしい)顔に変わっていくのを感じた。まるで憑きものが剥がれていくかのように!
 
左座浪は、高岡にこれを聴かせたかったと思った。
 
ただ★★レコードの加藤さんだけが思い詰めたような顔をしていて、この人、早まったことしなきゃいいけどと考えた。かなり責任を感じているようなのである。
 
長い曲が終わった後は、『アメイジング・グレイス』が演奏されるので、みんな顔が弛む。でも山本君が隣の宮田君に
「これ何の曲だったっけ?聴いたことある」
などと訊いていた!
 
しかし左座浪は、この曲も憑きもの剥がしの曲だなあと思っていた。
 

メンバーたちはサインを書いて贈呈したので、大阪神宮会館の巫女さん控室に飾られることになった。
 
ワンティスのメンバーはこの日お昼くらいの新幹線で東京に戻り、そのまま警視庁に入って事情聴取を受けた。(この事件?は岐阜県警と警視庁の合同捜査になった)
 
(28日)夕方、上島と雨宮が代表して記者会見を開き、取り敢えず1ヶ月間活動を休止することを発表した。事故の状況についても記者達から質問があっったが、上島は
 
「自分たちは全く聞いていないので分からない。警察に聞いて下さい」
とだけ答えた。アルバムの発売についても
 
「レコード会社に聞いて下さい」
 
と答えた。実際上島にも分からないことである。
 

一方、笛の会のメンバーは28日夕方、バスで伊勢の神宮に移動した。
 
29日朝は瀧原宮・瀧原竝宮(たきはらのみや・たきはらならびのみや)にみんなで参拝。そのあと、外宮・内宮を訪れて各々の神楽殿で笛を奉納した.演奏したのは、越天楽と賀殿急である。さすがにここで『いつも何度でも』とか『アメイジング・グレイス』は吹かない。
 
そして29日夕方に解散となったが、バスで新大阪駅・伊丹組と、名古屋駅・小牧組とは各々送ってもらったので、千里(B)は新大阪駅前で降りて近くのホテル(予約済み)に一泊。翌日12/30に北海道に帰還した、
 
伊丹11:20(JAS623)13:10旭川/旭川空港
 
空港でミミ子に拾ってもらい、天子のアパートに顔を出した。お土産の赤福を渡すと「これ大好き」と言って喜んで食べていた。天子と将棋を指したが、天子が結構強いので、千里は焦った。
 
夕方、ミミ子に車で留萌まで送ってもらったのだが、自宅近くまで来た所で千里は(30mルールにより)消滅してしまった。溜息をついたミミ子は小春を呼び、家へのお土産の神戸プリンと千里の着替えを渡した。(Q神社へのお土産は翌日12/31本人が香取巫女長に渡した)。
 

佐藤小登愛の遺族(両親・兄の理武(25),妹の亜梨恵(21),玲央美(13))は、12月29日のお昼頃、東京に到着した。年末で飛行機は満席なので、函館まで車で走り、青函フェリーに長時間順番待ちをして何とか乗り込み、青森からまた走って来たらしい。
 
義浜は小登愛さんを死なせてしまって申し訳無いと土下座して謝ったが、兄の理武は「どうぞ頭をあげて下さい」と言い、詳しい状況を尋ねた。義浜は
 
「信じてもらえないかもしれないけど」
と言って小登愛にしてもらっていた作業と彼女が倒れていた状況を説明した。
 
「いや、小登愛が霊的な仕事をしていたのは認識していた。義浜さんがおっしゃるような状況だったのだと思います」
とお父さんが言った。
 
「だったら、高岡猛獅さん・長野夕香さんの“事故死”と小登愛の死は一連のものですか」
 
「その可能性があります」
 

義浜は一家に色々説明していて、不思議な家族だなと思った。お母さんは憔悴していて、こちらの説明もまともに聞いていない様子。娘の死が物凄いショックだったのだろう。お父さんはまるで他人事のような感じ。お兄さんは妹の死を悲しみながらも、とにかく状況を明確にしなければという態度。妹2人はどちらも無表情であった。
 
このような反応になったのは、母親の異様な偏愛にあった。母親はこの小登愛を異様に愛していて、他の3人は軽んじていた。そのため、妹2人は小登愛の死に対して冷めた感情を持ってしまったのである。父親はあまり家庭のことに関わらない中、母親に冷たくされている妹2人にとって、いつも助けてくれるし色々と話を聞いてくれる兄・理武だけが頼りだった。そして姉・小登愛のことは嫌いではないものの、どうしても複雑な感情を抱いていた。
 
バブル崩壊以降の不況がたたり、父親の収入は年々低くなっていた。長兄の理武が高校を出ただけで就職し、一家の生活資金を稼いでいた。その中で小登愛は母親お勧めの男性と“豪華結婚式”をあげて結婚したものの、すぐ離婚してしまう。更に母親の目の届かない釧路に行ってしまったことから母親は嘆いていて、小樽に戻ってこないかとか、いい人紹介するからと言っていた。しかし小登愛自身、離婚によって“母親のコントロール”を脱してしまったのである。
 
そして自分の人生を生きようとしていた矢先の急死だった。
 

「科学主義の警察さんは信用しないでしょうが」
と言って、高岡の付き人・義浜が警察に述べた“呪い”の件で、警察は先日夕香を襲った女性に再度事情を聞くことを考えた。
 
12月30日、彼女のアパートを訪ねた警察官は、アパートに異臭がするのに気付いた。
 
それで警察官がアパート内にやや強引に立ち入り、赤ん坊の遺体を発見する。警察は取り敢えず彼女を死体遺棄罪の疑いで現行犯逮捕した。
 
「窓ガラスが割れてるね?」
「お金が無いので放置してました」
 
窓ガラスが全部割れているのをカーテンで覆って風が入らないようにしてある。他にも部屋の中に茶碗やコップの割れたものが散乱していて、まるで大地震にでも遭った後のような状態であった。
 
「あんた歩けないの?」
「3日ほど前に部屋の中で転んで」
 
結局男性警察官に抱えてもらってパトカーに乗せられ警察署に行った。警察は“簡単な聴取”をするつもりだったのだが、女の供述が全く要領を得ず、警官は手を焼いた。女は夕香を殺したが、その時に車が事故を起こして高岡も死なせてしまったと供述した。
 
「じゃあんた車に乗ってたの?」
「うん。女装してポルシェに乗ってた」
「女装ってあんた女じゃないの?」
「女装は気持ちいいよ。刑事さんも女装してみない?」
 
(念のため女性捜査官に身体検査させたが間違い無く女だった)
 
「車の車種は?」
「911カレラ・40周年モデル」
「でも乗っていたのならあんたも怪我したんじゃないの?」
「私は幽体で乗ってたから大丈夫」
 
実は高岡の愛車は996カレラであることがファンの間では知られていた。それを40周年モデルに買い替えたのは今月に入ってからである。そのことを高岡はどこにも発表してない。知っている人が居るとすれば車の車種に詳しい人で、実際にその車を見たことのある人だけであろう。この女は高岡たちをストーカーしていた可能性はある。
 
普通なら、2人が事故で亡くなった報道を聞いて自分が殺したという妄想を持ったものだろうと考える所である。しかし義浜や左座浪の話の件もある。その上、女は高岡が乗っていた車の車種を知っていた。
 
そして女は他にももうひとり、八王子のマンション前で自分に声を掛けた女をサイコキネシスで殺したと供述した。これがジャスト義浜が話した内容と一致する。佐藤小登愛の死亡については、特にマスコミは報道していない。それを供述するのは、女の供述が単なる妄想ではない可能性を示唆している。
 
そもそも佐藤小登愛の死因が不明なのである。直接の死因は心不全という検死結果だったもののその心不全を起こした原因が不明である。感電死にも似ているという医師の“感想”だったが、現場付近に感電を起こしそうなものは無かった。
 
しかし“幽体の状態で殺した”とか“サイコキネシスで殺した”というのは日本の法律では不可能犯と考えられるのが普通である。
 
それで警察は検察と協議したのだが、女が翌12/31朝留置場内で死亡しているのが発見されたため、結局この件は曖昧なまま捜査終了せざるを得なくなったのである。
 

櫃美の“行動”を、きーちゃんは見ぬ振りをした。むしろ自分がやりたい気分だった。
 
(きーちゃんは友人のつーちゃんと交換で櫃美を日本に戻した。つーちゃんはきーちゃんのパスポートを使って飛行機で帰国する予定)
 
しかし櫃美もきーちゃんも、彼女に霊的な能力を失うほどのダメージを与えた人物が居たことには全く気付かなかった。
 
女を一発で殺さず手加減したのは多分千里の甘さである。
 
その千里も、この女が高岡と夕香を殺し、更に小登愛の命まで奪っていたとは、思いもよらなかった。千里は自分と真理が殺されそうだったから、自衛のために相手を倒しただけである。
 

女の検屍をした医師は“死因とは思えないが”、女には全身に打撲を受けた跡があり、何かに速い速度で衝突した、もしくは何かが速い速度で衝突した痕のようにも思われるという意見を付していた。
 
捜査官は、そういえば女が立てないので抱いて運んだことを再認識した。しかしこの件はマスコミなどに知れると“なぜ治療を受けさせなかった?”と追及されそうな気がしたので、取り敢えずバッくれた!
 
警察は女の部屋を捜索した(窓ガラスは通報を受けて管理会社が交換した)が、この女の職業を示すようなものは見付からなかった。美事に物の無い部屋で赤ちゃん用品のほか、「ひよこクラブ」のバックナンバーが積み重ねられているくらいである。ゴミの中から何か大きな図形を描いたような布が見付かったが、ズタズタに破れていた。オカルト関係に詳しい捜査官が「恐らく魔法陣だと思う。何か儀式をしたものの失敗したのだと思う。物凄く想像を豊かにすれば、高岡の車が事故を起こした時に破れた可能性もある」と言ったので、取り敢えず証拠品として押収した。蝋燭やお香、何かを焚いた皿なども一緒にゴミに入っていたので、それも押収した。皿に残る物を分析した所女性の経血であることが判明。恐らく本人のものと思われたがDNA鑑定することにした(この捜査は結構費用を掛けている)。先のオカルト関係に詳しい捜査官によれば、魔術の儀式で経血や愛液、男性なら精液を使うことはよくあるらしい。
 
(DNA鑑定したら夕香のDNAと一致した!おそらく使用済みの生理用品を盗んだものと考えられ、女が家宅侵入していた疑いが濃厚となった)
 
“期限切れ”のA級ライセンスが見付かった。警察は国内の自動車クラブなどにこの女性を知らないかという照会をした。すると5-6年前にレースで見たことがあるという報告が数件あった。実際に過去のレース記録に女の名前が10件見付かった。ただし入賞歴は無かった。どこかのクラブに所属していたことはないようである。しかしレースに出ていたということは、結構な資金力があった筈である。運輸支局(旧陸運局)で過去のデータを調べてもらった所、彼女が3年前まではスポーツタイプの車を所有していたことが判明した。資金が無くなり手放したのだろうか。
 
しかし女が運転が上手かったことが判明したことで、高岡たちの車を運転した謎の人物が、実はこの女なのでは?と想像する捜査官が複数あった。女が運転していたのなら、女の全身打撲の跡というのも事故の時に負ったものである可能性が出てくる。ただ、高岡たちがこの女を信用して運転を任せるとは到底思えないのが難点である。
 

女は死亡した赤ちゃんと2人暮らしだったようである。税務署の記録を確認して、少なくとも過去10年、源泉徴収されるような勤め先には勤めていなかったことが判明する。生活保護は受けていない。警察は女の収入源に首をひねった。
 
戸籍を確認すると、両親は亡くなっていて、姉1人と弟2人がいたが、姉と弟の1人は既に亡くなっている。唯一生存しているもうひとりの弟さんは九州に居るようなので、手紙で連絡を取り電話で話すことができた。彼は姉に子供がいたなんて今知ったと言う。弟さんは姉とはずっと音信不通になっており、東京に住んでいたこと自体知らなかったという話だった。むろん送金したりしたこともないという。
 
女の銀行口座は公共料金の引落しと時々現金で入金されているだけで、振込入金の記録が無い。警察は風俗などで働いていたのではないかと考え、都内・千葉県・埼玉県・神奈川県の風俗に「この女性を知らないか」という照会をしてみたものの、情報は得られなかった(関わりあいになりたくないから黙っている可能性はある)。
 
警察は女に恋人がいたのではないかとも考えた。だいたい赤ん坊の父親が存在したはずである。
 
戸籍にも、母子手帳にも、父親欄の記載は無かった。出産した病院に照会してみた。すると、本人は「父親はワンティスの高岡猛獅です」と言っていたので、本人の認知届を出してもらって欲しいと言った。しかし、それがもらえないと言う。それで、病院では父親欄は空欄にしたということだった。
 
なお警察であらためて血液型を確認した所、赤ちゃんは高岡猛獅の子供ではあり得ないことが判明。高岡の子供だというのが妄想であったことも確認された。後に再鑑定が必要になった時のため、警察は高岡・夕香・女・赤ちゃん、更に念のため佐藤小登愛の血液を冷凍保存した。
 

女の携帯(ロック等はされていなかった)のアドレス帳はドミノピザと女のアパート近くのラーメン屋さんに保健所だけだった。通話履歴もその3軒のみである。ピザ屋さんとラーメン屋さんに尋ねてみたところ時々注文があり配達していたが個人的なことは知らないと言う。女と赤ちゃん以外の人を見たこともないとい話だった。保健所は赤ちゃんの検診で連絡をしたのだろうと思うということだった。健診の記録を提出してもらったが、特に注意すべき点は見付からなかった。
 
結局この女の超能力??魔法??により、高岡猛獅・長野夕香・佐藤小登愛の3人が死亡したと考えると、きれいに整合性が取れる。しかし、“超能力”とか“魔法”による殺人が起きたと警察が発表したら、警察が世間から非難されるだけである。超能力でなくても、女が実際に高岡と夕香をポルシェに乗せて中央道を走行し事故を起こしたという解釈は充分成り立つ。しかし前述のように高岡たちが彼女に運転を任せるはずがないので、この仮定も成立しそうで成立しない。
 
結局この調査結果は発表されないことになった。
 
ここまでの捜査が完了したのは4月である。
 
本人と赤ちゃんの遺体は九州にいる弟さんの了承のもと1月中旬に荼毘に付していたのだが、弟さんと再度連絡を取った所、自分は貧乏なので、とても遺骨引取りに東京までも行けないし葬儀費用も払えないと言う。それでこの件は保健所に委託され、保健所から再度弟さんに遺骨引き取りに関する意思確認の手紙を出したが、返事が無かったので、女と赤ん坊の遺骨は一緒に無縁仏として納骨堂に収められた(受け取り拒否の連絡があるか指定期日までに連絡が無い場合はこのように処理されることになっている)。
 

警察が運転者不明としたことで困ったのが保険会社だが、保険会社の調査係が再度警察に事情を聞いたところ
 
「運転者は長野さんでないことは確実。また運転者は高岡さんでない可能性が高い。運転席に居たのならあるはずの、ステアリングと激突したような跡が無い。第三者が運転していた可能性が高いが運転者は捜査したものの不明だった」
 
と言う。それで、結局保険会社は責任者不明として、5月、保険を全額払った。
 
この結果、この車の残ローンは、保険で充当され(一時的に上島と雨宮が銀行からお金を借りて代理返済していた:高岡父が上島と雨宮に借用書を書いていた)、また高岡と夕香には慰謝料が支払われて、高岡の父、夕香の母が受け取った。
 
ただし夕香の母は期待していた娘の死にショックを受け、寝込んでしまっていた。支香は「どうせなら、あんたが死ねば良かったのに」と親から言われてマジで殴りたくなった。支香は姉が死んでも涙が出て来なかった自分に悩んでいた。
 
(母もその後の闘病生活で全面的に支香に依存することになったのもあり、支香と和解することになる。夕香の三回忌あたりからは仲の良い母娘となった)
 
 
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【女子中学生のバックショット】(3)