【女子中学生のバックショット】(1)

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その日、千里たちは体育の時間にサッカーをしていた。千里たちのクラスは男子14人・女子14人なので、男女7人ずつ紅白に別れて試合をしていた。
 
2対2となり、そろそろ時間が終わるという時、ゴール前の乱戦になっていた。紅組セナが撃ったシュートを白組のキーパーが飛び付いて止めたが、確保はできずボールが転がる。白組の飛内君か外に向けて蹴った。それを紅組の蓮菜が止めて蹴った。
 
しかし方角が悪く、ゴール手前かなりの所に転がってくる。紅組の千里はちょうどその位置に居たが、目の前に白組の高松君が居る。高松君がクリアしようと走り寄る。千里はボールを止めてから、身体を入れ替えてボールを高松君から守る。
 
千里はボールを右足で止めたので、ボールは千里の右側にある。高松君は千里の右側から回り込んでそのボールをスティールしようとした。ここで千里はゴール側から見てゴールの左端付近に居る。
 
高松君が右側に来たのを感じ取って、千里はボールを右足で軽く左側に転がすと左足で思いっきり、後ろやや右側に向けて蹴った!
 

この時、白組キーパーは右手ゴール中央付近から紅組の田代君が迫ってきていたので、千里は彼にパスして、田代君がシュートするのではと予想し、少し右手に行っていた。
 
それで千里が左足で真後ろに蹴ったのは虚を突かれた形になり即応出来なかった。
 
「あっ」
と声を挙げ、ボールに飛び付いたものの、ボールの速度が速く、間に合わなかった。
 

ボールがゴール左端ギリギリに突き刺さる。
 
ピーと笛が吹かれて「ゴール!」という先生の声。
 
そしてキンコンカンコンと授業終了のチャイムが鳴る。
 
先生は笛を吹いて「試合終了!」と言った。
 
「千里、すごーい!」
と言って、恵香が千里に飛び付いて頭をゴリゴリした、美那も千里に抱きついた。
 
この得点で千里たち紅組の勝ちとなった。
 

更衣室で着替えながら最後のシュートが話題になる。
 
「偶然とはいえ、よく入ったね〜」
「うまい具合にギリギリに飛び込んだ」
「まるで後ろが見えてるみたいに正確に蹴った」
などという声がするが
 
「偶然じゃ無いし、千里にはゴールが見えてたはず。でしょ?」
と蓮菜が言う。
 
「うん。見えてたけど、後ろ向きに蹴るのは、筋肉の使い方がやや難しい」
と千里は答える。
 
「見えるの〜〜?」
とみんなが驚いて言う。
 
「試してみようか」
と言って、蓮菜は千里の後ろに立ち、指を2本立てた。
 
「千里、指は何本?」
と蓮菜が訊くと
「2本」
と千里は即答する。そして蓮菜が4本立てると「4本」と答える。
 
「どんだけ広い視野を持ってるのよ?」
「トンボ並みの視野だ」
などとみんな言っている。
 
「千里は目隠ししても見える」
と恵香が言うので
「嘘!?」
という声。
 
それで恵香は自分の紅白の鉢巻きで千里の目を覆う。そして後ろで指を3本立て「千里、何本?」と訊いた。すると千里は
「3本」
と即答する。
 
「千里、実は超能力者だとか」
という声もあるが
 
「ああ、それは無い。千里はただの変態だよ」
と美那が言うと
 
「そうか!ただの変態か!」
ということで、みんな納得していた!
 
変態という単語を聞いて(最近やっと女子更衣室に慣れてきた)沙苗がドキドキしていた。
 

先日から村山津気子は、お腹の付近に痛みがあり、何か変なもの食べたかなあなどと思っていた(心当たりが多すぎる:自分にしても千里にしても、ひたすらシールが貼られた食材を買っているので)。
 
ところがその朝トイレに行ったら、(下着の)パンツが真っ赤になっている。何?これどうしたの?不正出血?などと焦る。取り敢えずトイレットペーパーで血を拭いたものの、何をすればいいのか思考停止した。
 
そのまま5分くらいぼーっとしていたかも知れない。
 
千里の声がした。
「お母ちゃん、具合でも悪い?」
 
「あ、ごめん。トイレ長時間使って。お母ちゃん、病気かも知れない。今日は病院行ってくる」
 
とは言ったものの、これ内科だっけ?外科だっけ?と悩んだ。
 
「どんな感じなの?」
と千里が訊く。
 
「なんかたくさん血が出てて」
「どこか怪我した?」
「いや、それが・・・女の付近なんだけど」
 
「生理じゃないの?」
と千里は言った。
 
へ!?
 

言われてみると・・・・確かに生理かも!? 数日前から下腹部が痛くて。確かにあの痛みは、消化器系ではなく、生理系のような気もしてきた。でもでも・・・私、生理なんてもう3年くらい停まってたのに!
 
「でもお母ちゃん、癌の治療でお薬ずっと飲んでたでしょ。それをやめたから生理の機能が回復したんじゃないの?」
 
そう言われたらそうかも知れない。
 
(自分の“思考”に対して千里が声で返事したことについては気付いていない)
 
癌の再発を防ぐため、ずっとホルモン剤を飲んでいた。それを今年初めに寛解を告げられて、ホルモン剤を飲むのもやめた。ホルモン剤のせいで自分の身体は中性化していたと思うけど、それをやめたので卵巣の機能が回復した?
 
あり得るかも知れない気がした。
 
「お母ちゃん、替えの下着持って来た。ドアを少しだけ開けてくれない?」
「うん」
 
それで千里は小型の不透明のレジ袋と、替えのパンツを持つ手を差し入れた。受け取る。袋まで一緒にくれるって、なんて気の利く子なの?
 
「ナプキンは棚に載ってる私のを使うといいよ。ロリエのが私のだから」
「ありがとう!」
 
それで津気子はあらためてお股をトイレットペーパーで拭き、パンツを脱いでビニール袋に入れた。そして棚に2つ並んでいるナプキンの袋の内ロリエのを1パック取り、新しいパンツに装着した。ナプキンを付けるのってホントに久しぶり!自分が女に戻れたという意識が込み上げてくる。そして手を洗い、トイレを出た。パンツを入れた袋は台所の生ゴミ入れの中に捨てた。千里は朝御飯を作っている最中だった。
 

10月下旬、高岡猛獅は、それまで住んでいた中目黒のワンルームマンションを引き払い、八王子に新たに借りた3LDKのマンションに引っ越した。実際にはとても本人は引越の作業ができず、作業は全て引越屋さんまかせで、猛獅が個人的に雇っているマネージャー義浜に立ち会ってもらっただけである。
 
猛獅は実際問題としてこの中目黒のマンションにはほとんど住んでいなかった。昨年春にワンティスとしてデビューして以来、スタジオで寝てしまったり、せいぜいホテルで休む程度で、たまに時間が取れると市川市の夕香のマンションに行っていた。
 
そんな猛獅が引越することにしたのは、何と言っても長野夕香と正式に結婚することを想定したもので、夕香と一緒に住み、“龍子”を育てるのには3LDKくらいの広さはあったほうがいいだろうという選択である。
 
これまで夕香との結婚、そして“娘”もいることは、公表しないでくれとレコード会社から言われていたのだが、そのために“龍子”の出生届けも出せない状態になっていることに、大きな不満を感じていた。
 
最近バンド内で自身の重要性が明らかに低下しているのも感じ、自分は来年にはワンティスを首になりそうだから、その前に辞めて結婚そして子供のことも公表しようと猛獅は考えていた。
 
要するに猛獅はぶち切れたのである。
 

それで取り敢えず3人で暮らすマンションを確保した。この引越のことは、事務所にも言っていない!ワンティスの他のメンバーにも言っていない。だから個人マネージャーだけを使って作業を進めた。
 
この業界の常として、事務所をやめると、しばらくは他の事務所がその事務所に遠慮して契約してくれないだろうが、猛獅は1〜2年は自主製作で音楽の制作をするだけでもいいと思っていた。
 
それでとにかくも11月中旬に中目黒にあった荷物を全て移動し、郵便局にも転居届けを出した。下旬には、市川市のマンションに住んでいた夕香が引っ越してきたが、猛獅は相変わらず自宅には帰れない状況が続いていた。特にこの時期は来年1月発売予定のアルバム『ワン・ザナドゥ』に関する作業が追い込みの時期に来ており、猛獅も、上島や雨宮もずっとスタジオに泊まり込んで作業していた。
 

11月上旬。
 
猛獅はポルシェの営業マンから電話を受けた。アルバム制作の方はタイムリミットが迫る中、議論が空転して行き詰まっていたので気分転換と思い、猛獅はスタジオを出て、近くのスタバでその営業マンと会った。
 
「へー。40周年モデルというのが出るんですか?」
「はい。ポルシェ911の最初のモデルが披露されたのがいつかご存じですか?」
「1963年9月12日、フランクフルトの国際モーターショーに、Porsche 901のプロトタイプが出展されたのが最初です。ただし真ん中に0の入る数字は全てプジョーが商標登録していたので、911と改名して発売されました」
 
「よくご存じですね!」
「ポルシェのファンなら、みんな知ってますよ」
「それで1963年のフランクフルトのモーターショーに出展されてから40年経つので、2003台限定(*1)で、"40 Jahre 911"(フィエルツィッヒ・ヤーレ・911)を出すことになったんですよ」
 
(jahreは英語のyears)
 
「2003台しか作らないのなら物凄い競争になるのでは」
「かも知れません。でも日頃からポルシェ好きを公言しておられる日本ポップス界の貴公子である、高岡さんに、もし良かったらその1台を買って頂けないかと思って今日はお邪魔したんですよ」
 
俺は“ポップス界の貴公子”なのか?と、猛獅はクラクラときた。
 
「でもお高いんでしょう?」
「そうでもないですよ。ほんの1500万円です」
 
うっ。。。高いじゃん!
 
「トップアーティストの高岡さんでしたら、晩御飯代程度ですよね」
 
「さすがに1500万の晩御飯は食べないけど、ローンなら払えないことないかな」
 
現金でもギリギリ払える気がしたが、年明けたらワンティスを辞めるつもりだから今は現金を確保しておきたい。
 
「今お乗りになっている996カレラを下取りで引き取ってもいいですよ」
「あ、そうしてもらうと助かるかな」
 
猛獅はその後数回営業マンと交渉し、今乗っている車の実物も見てもらった結果、車を300万円で下取りしてもらい、現金で300万頭金を入れて、残り900万を12回払いでこの40th anniversary editionを買うことにしたのである。
 
納車は12月上旬になるということだった。
 
(*1) 史実では発表された年1963年にちなんで1963台限定だった。物語の都合で2003年に発売するから2003台限定ということにした。この特別エディションは2004年発売としている資料もあるが、late 2003 と書かれている資料を信用してこの物語では2003年発売とした。
 

市川市内のマンションから八王子のマンションに引っ越して来て、夕香は最初の晩、酷い悪夢を見た。自分が大きな木に縛り付けられて、松明を持ち黒い衣裳を着た人たちに取り囲まれているという夢だった。
 
「疲れてるせいかなあ」
と夕香は思った。
 
ワンティスのアルバム制作の作業は最後の追い込みに入っている。自分はコーラス担当なのであまり大した作業は無いのだが、それでも色々雑用を引き受けている。
 
猛獅はこの新しいマンションにまだ1度も来ていない。ずっとスタジオに泊まり込んでいるので、夕香も諦め気分である。
 
「龍ちゃんに会ってこよ」
と言って、夕香はメイクをすると、おやつを買ってから、猛獅のPorsche 996 Carreraを運転して松戸市内の志水家に向かった。
 

志水家では、夫の志水英世はワンティスの制作でスタジオに籠もっており、もう1ヶ月戻って来ていないということで
 
「お互いミュージシャン・ウィドウは辛いね」
と照絵とグチを言い合った。
 
この日の龍虎は異様に夕香になついた。
 
「今日は甘えん坊さんだね」
と照絵も微笑んでいた。
 
志水家には3時間ほど滞在したのだが、その間、ずっと龍虎は夕香のそばを離れなかった。そして夕香が帰ろうとすると物凄く泣いた。
 
「龍ちゃんどうしたの?ママはまた来てくれるよ」
と言って照絵があやすが、なかなか泣き止まない。
 
「なんでしたら今夜一晩そちらに連れて行きます?」
「いや、いつスタジオに呼び出されるか分からないから」
と言って、夕香は名残惜しそうに龍虎にキスしてから志水家を出た。
 
龍虎は夕香が帰ってからも1時間くらい泣き止まなかった。
 
そしてこれが龍虎と夕香の今生の別れになってしまったのである。
 

一方夕香は「今日は随分龍ちゃん泣いたなあ」と思い、後ろ髪を引かれる思いで八王子のマンションに戻った。
 
御飯を作っていたら、後ろに気配を感じる。
 
「あれ?たけちゃん帰った?」
と言って振り返るも誰も居ない。
 
「やだ・・・このマンション何か変じゃない!?」
と夕香は声を挙げた。
 

その日(千里Yが常駐?する)P神社にふらりと、宮司の孫娘・花絵がやってきた。皇學館大学に通っている和弥の姉で、札幌の大学に通っている。
 
「おはようございます。里帰りですか?」
「卒論が仕上がって提出したから、息抜きに帰省してきた」
「就職する会社の研修とかは無いんですか?」
「ああ、あの会社倒産した」
「え〜〜〜!?」
 
「私の就職活動は振り出しに戻った」
「大変ですね!」
 
「この時期からだとあまりいい所は残ってないと思うんだけど、仕方ない」
「わぁ」
「取り敢えず正月明けくらいまでこちらで羽休め」
「大学の講義は無いんですか?」
「ああ。試験だけ受けに行けばいいよ。出席取る授業とか無いし」
「なんか適当っぽい」
 

「君たちは勉強会?」
「そうでーす」
「ふーん」
 
と言って、花絵さんはこの勉強会をしている部屋(本来資料室で神道関係の本が大量に本棚に並んでいる)の隅で『魔百合の恐怖報告』を読み始めた。
 
「それ恐くないですか?」
と恵香が訊く。
 
「平気平気。これ寺尾玲子さんの指示が入っていると思うんたけど“キー”を意図的に描いてないんだよ。だからこれ読んで向こうと繋がることは無い」
 
「へー」
 
「これが三流作者の作品だと、全然危険なことが分かってなくて危ない“キー”まで描いてしまっている人がある。そういう作品を敏感な人が読むととても危険」
 
「それどうやったら分かるんですか?」
「やばい!と思ったら心を閉じて今のページは見なかったことにする」
 
「私分かんないかも」
と美那がいうと
 
「君はあまり霊感が無さそうだもんなあ」
と花絵さんは言っている。
 
「霊感が無かったら、向こうの世界とつながりにくいということはないんですか?」
と恵香が尋ねる。
 
「霊感の無い人は変なのに取り憑かれていても、霊障が出ていても気付かない」
「なるほどー」
 
「まあこの神社に来ればおかしなのは全部取れるだろうけどね」
「ああ」
「神社に来れば浄化されるものですか?」
「きちんと維持されている神社ならね」
「あぁ!」
 

その時、蓮菜が千里の解答を見てあげていて
「君は解法は正しいが計算が間違ってる」
と言った。
 
「ん?」
と声をあげて花絵さんは千里の解答を見た。
 
「君は美事に計算がおかしいな」
「すみませーん」
 
「君は小学2年生の2桁の足し算のドリルをしなさい」
「小学2年生なんですか〜〜?」
「千里君、4×6はいくつ?」
「えっと22くらいですか?」
 
蓮菜が頭を抱えている。
 
「やはりね〜。君は九九もあやふやだけど、それ以前に足し算が間違ってるんだよ。だから足し算からやり直せば、君はきっと数学はできるようになる」
 
「この子に改善の余地がありますか?」
と蓮菜は尋ねている。
 
「きちんと基礎からやり直せば、君は1年後にはかなり数学はできるようになる。私が指導してあげるから、取り敢えず小学2年生のドリルから始めよう」
 
と言って、花絵さんは車を出すと本当に小学2年生の算数ドリルを買ってきて千里にやらせた。千里はそもそも繰り上がりをきちんと理解していないことが判明したので、花絵さんはそれも丁寧に教えてあげていた。
 

佐藤小登愛は小樽時代の知り合い・灰麗(ハイレ)に呼ばれて東京に出て行った。
 
「私なんか使わなくても、東京にもいい霊能者はたくさんいるのに」
とは言ったものの、
「霊能者はたくさんいるかも知れないけど、まともな人は少ない」
と彼女は言っている。
「まあ確かにそうだけどねー」
 
それで見て欲しいと言われて伺ったのは、八王子にあるマンションだった。
 
灰麗はそのマンションの地下駐車場に車を止めると、カードキーでエレベータのドアを開けて小登愛を案内する。
 
「灰麗ちゃんのマンション?」
「私が管理を任されているだけで、実はあるミュージシャンのマンションなんだよ」
 
小登愛はここに来る途中車の中から気の流れなどは自然に感じ取っていた。ここは比較的風水的に良い場所だと思っていた。
 

「最近まで別のマンションに住んでいたのを、手狭になってここに越してきたんだけどね。人気ミュージシャンだから、色々変な手紙とかも来ててさ。呪いのグッズとかもあるんじゃないかと思って。それをチェックして欲しいのよ」
 
小登愛はそのマンションの部屋の中に入ると腕を組んだ。
 
何じゃこりゃ〜〜〜〜!?
 
「灰麗ちゃん」
「うん?」
「1メートルくらいのさ、ワゴンを用意してくれない?」
「1メートル?そんな大きなものどうするの?」
「呪いのグッズを運び出すのに必要だから」
 
「そんなにあるの〜〜〜?」
「それで多分10回くらいごみ処理場と往復する必要がある」
「ひぇー!」
「とても1日で終わらないから、ホテル取ってくれない?」
「分かった」
「それと予算ある?」
「どのくらい?」
「300-400万円くらいあったら、どこか山奥に小屋か何かを買って欲しいの。地目は山林でいい。そこで一部のアイテムをお焚き上げする」
「クライアントと相談する!」
 

きーちゃんは、旧知のえっちゃん(エリサ)から呼ばれて、スペインに赴いた。
 
なお、きーちゃんに頼まれて、しばしば千里の代理をしているのは、つーちゃん(月夜)。3人は“ほんの200年ほど前”にアメリカで一緒にお仕事していた。3人は力量がわりと近く(それでもきーちゃんが一番強い)、年齢も600歳前後と比較的近いので仲良くしている。きーちゃんはフランス生まれだが、アメリカ独立戦争の頃にアメリカに渡り、南北戦争の頃=明治維新の頃、アメリカから日本に渡り、箱館戦争に関わって以来、北海道に居座っている。
 
「ごめんね。わざわざ中国(チーナ)から」
「ううん。中国(チーナ)じゃなくて日本(ハポーナ)だけどね」
「・・・日本って、インド洋の国だっけ?女しか住んでない国なんでしょ?」
「中国の東だよ。男もいるよ」
「嘘!?女だけが住む理想境と聞いたことがあるのに」
「女だけでは生殖できない」
 
(日本人でポーランドとポルトガルが混線している人がいるレベル。また元々ヨーロッパでは“倭国”はインド洋にあるとされた“ワクワク”と混線していた。ワクワクは女だけが住む島で、その女は木の実として生(な)るとされていた)
 
「中国の東って、ハワイかと思った」
「ハワイまで行く前、中国東岸から1000kmくらいの所にある国だよ」
「1000km!だったら絶海の孤島だね」
「面積37万平方kmあるから、孤島という感じではないけどね」
「結構広いね。ノルウェーくらいの広さか。あとで地図確認しよう」
 
「それでどうしたの?」
「いや、ちょっと私では手に負えない案件があってさ。手伝ってもらおうと思って」
「えっちゃんの手に負えない案件じゃ、私にも手に負えないかも」
 

12月6日早朝。
 
女は赤ん坊を抱えて、タクシーで夜間診療所に飛び込んだ。
 
「子供が!子供の様子が変なんです!」
と女は訴えた。
 
医師は赤ん坊を診たが、難しい顔をする。念のため体温を計り、脈拍を見、そしてまぶたを開いて瞳孔を確認した。更に念のため血圧も測定した。
 
そして首を振った。
「お気の毒ですが、既にお亡くなりになっています」
 
「そんな!」
 
女はその場に崩れて放心状態になった。
 

12月6日(土・大安・不成就日!).
 
高岡猛獅はポルシェ40th anniversary editionを受け取った。
 
車のシリアルナンバーはNo.1978である。
 
「すごーい。これ僕の生まれ年だ」
「ほんとですか。それは良かった」
と営業マンも驚いていた。偶然そのシリアルナンバーになったようである。
 
猛獅がその車の前に立っている所、運転席に座っている所などを撮影される。雑誌の記事に使うということだった。猛獅はCMとか撮影するわけでも無ければ特に事務所に言わなくてもいいだろうと思い、撮影に応じた。
 

12月9日(火・友引・さだん(定)).
 
カーマニアで音速通信の社長・重富音康は、ポルシェ40th anniversary editionを受け取った。車のシリアルナンバーはNo.1988である。
 
「すごい。これ僕が会社を始めた年だよ」
「ほんとですか。それは良かった」
と営業マンも驚いていた。偶然そのシリアルナンバーになったようである。
 
彼の会社は2000年には架空売上の計上が発覚して、株価が1ヶ月で200分の1まで急落する騒ぎがあり、自殺者まで出たとも言われた。しかし彼はその後、経営を再建し、今では安定した営業成績をあげている。
 
会社が再び上昇気流に乗っている時に、創業時代を思い出させてくれるシリアルナンバーの車はゲンがいいなと彼は思った。
 

12月8-10日(月火水).
 
千里たちの中学では、 2学期の期末テストが行われた。実施科目は、5教科+音美保体技家である。ただし今回、美術・技術・家庭の実技については普段の授業の内容で評価するということであった。美術ではここ1ヶ月ほど、パラフィンを使用した彫刻をやっていたのだが、千里が作った造形を見て美術の先生は
「うーん。芸術的だね」
と言っていたので、ある程度点数もらえたかも!??
 
家庭では被服で作っていたシャツはしっかりできていた。縫い目もきれいだと褒められた。技術で作った本棚は先生が全体の出来を確認しようと持ち上げたら崩壊した!先生が思わず「ごめん!」と言ったが、持ち上げただけで崩壊するのは芸術的だと蓮菜は言っていた。
 
体育では200m走は女子14人中9番目(1学期より落ちてる)だったが、サッカーのペナルティーキックは3本中3本とも決めたし、飛び箱は全部飛べたし、まあまあかなと思った。
 
音楽はリコーダーはいつものように全く吹けないが、歌唱は完璧だった。
「フルートを上手に吹ける人がリコーダーを吹けないというのは理解できない」
と先生は言っていた!
 
でも千里は
「私フルートとか吹かないのに先生誰かと勘違いしてるんじゃないかなあ」
などと思っていた!(フルートを吹くのはRのみ。今日試験を受けたのはB)
 

12月12日(金).
 
この日はS中では、男子バスケ部と女子バスケ部の練習試合をしていた。
 
現在女子バスケ部は、2年生の久子・友子、1年生の数子・千里・留実子の合計5人しかおらずギリギリである。つまり交替ができない!
 
女子相手なので、男子は最初1年生でベンチに遠いレベルの選手を出した。
 
ところが最初出した選手が、留実子に吹き飛ばされるし、リバウンドをことごとく留実子が取るので、女子がリードを奪う。それで少しマジになり、1年生でもベンチに近い子たちを出す。それで何とかパワーバランスが取れたようであったが、それでも逆転できない。それでとうとう1年生のベンチ組まで投入する羽目になった。
 
留実子にダブルチームを掛ける!
 
しかし2人がかりで留実子を止めようとすると、留実子からパスを受けた千里や友子がきれいにスリーを決め、点差はむしろ離れていく!
 
とうとう2年生のレギュラー組を引っ張り出した。
 

このレベルにはさすがに女子では歯が立たない。どんどん男子は点数を奪い、点差はどんどん縮まって行った。
 
そしてとうとう男子が逆転し、62-61となった所で女子の攻撃を佐々木君が止めた。ドリブルで攻め入る。田臥君にパスし、彼がスリーを撃ったが外れる!
 
しかしリバウンドを貴司が取った。彼はそのままミドルシュートを撃とうとした。右手に留実子が迫るので、ドリブルを左手に移し、留実子に背を向けて身体をねじりながら撃った!
 
と思ったが、ボールが無い!?
 
左側にいつの間にか千里が居て、千里はボールを持ったまま着地した。
 
貴司が撃とうとした瞬間、空中でボールをスティールしたのである。
 
残りは8秒ほどである。
 
千里はドリブルで走り出す。
 
貴司が全力で走り、千里を追い抜く(この頃は貴司のほうが足が速かったしドリブル走と単純走の違いもある)。そして千里の前に立ちはだかり、大きく手を広げて行く手を阻んだ。
 
千里は立ち止まり、ボールを抱えてくるりと半回転し、貴司に背を向けた。
 
千里はパスできる相手を探したが、誰もまだ追いついていない!
 
目の端で時計が残り1秒になったのを見た。
 

千里はそのまま垂直やや後方にジャンプしながらボールを後ろ向きに放り投げた。
 
そしてボールが千里の手を離れた次の瞬間、ゲーム終了のブザーが鳴った。
 
伊藤先生が3本指を立てて片手をあげる。シュートが成立していることを表す。
 
千里は着地してからゴールを見る。貴司も振り向いてゴールを見る。
 
ボールはダイレクトにゴールを通過した。
 
伊藤先生がもう片方の手もあげた。ゴールが認められた。点数係が女子の点数を3つめくった。
 
64-62. 女子の逆転勝ちとなった。
 

貴司が首を振っている。
 
やっと追いついてきた留実子が千里に飛び付いたので、さすがの千里もぐらっときたが何とか持ちこたえた。他の女子たちにもみくちゃにされる。どさくさに紛れて誰かにおっぱいを揉まれた気もした。
 
整列する。
「64-62で女子の勝ち」
と伊藤先生が宣言する。
 
女子が喜んでいるのに対して男子は落ち込んでいる。
 
「女に負けたりしたら男子全員性転換だと言ってた人があったけど」
「それ言ってたのは田臥だな。真っ先に性転換してもらおう」
「待って。ちょっと待って」
「今から病院に連行しようか」
「やめてー。助けてー」
などと田臥君が言っているのは放置して、女子5人は更衣室に引き上げた。
 
「田臥君なら女子チームに来たら歓迎だよ」
と久子が言っていた!
 

12月13日(土).
 
千里Rは、美輪子に呼ばれて、また不動産屋さんのCM撮影で旭川に出て行った。ただ今回美輪子本人は東京に仕事で行っているらしく、美輪子の会社の同僚で浅谷さんという人が対応してくれるということだった。
 
それでともかくも朝から高速バスで旭川駅前まで行く。さて浅谷さんってどういう人かなと思って見回していたら、ひとり25-26歳くらいの男性が誰かを探しているふう。もしかして浅谷さんって男性?と思い、千里は彼に近づいて行った。
 
「すみません。もしかして浅谷さんですか?」
「あ、君もしかして千里ちゃん」
「はい。村山千里です」
「良かったぁ!本人の特徴を聞いていたんだけど、髪が長いというの以外は忘れてしまって」
 
「あ、私だいたいこの髪でみんなから識別されてるから、誰かが私の振りしても髪さえ長ければ顔が少々違っても気付かないかも」
 
「なるほどー!あ、じゃ撮影現場まで連れてくね」
「お願いしまーす」
 
ふーん。この人がねぇ。まあいい感じの人じゃん?と千里は思った。
 

前回は旭岳の上で撮影したのだが、さすがに12月にあんな所では撮影できない。今回行ったのは、旭川市内の“雪の美術館”である。千里は1年前にここで晋治とデートした時のことを思い出し、キュンと胸が傷んだ。でも彼との思い出を新しい想い出で塗り替えるチャンスかもと思った。
 
6月に旭岳で撮影した時にも参加した旭川L女子高の女子生徒(女子高には男子生徒はたぶん居ない)2人とも一緒で挨拶し、衣裳に着替えて撮影を始める。3人ともミューズを意識した白いドレスである。
 
雪の美術館のあちこちで3人で立ったり、歩いたり、戯れている?様子を撮影する。地下の音楽堂では3人並んでフルートを吹く所を撮影する。譜面を渡されて少し練習したが
「千里ちゃん、凄く上手くなってる!」
と2人から言われた。
「そうかな?」
 
「もうプロ級だよね」
「それは大げさな」
「いや大げさじゃないと思う」
 
最終的な音の収録はあとでスタジオでやるということで、ここでは映像だけ撮影したが、千里に付いてきている浅谷さんも感心したように頷いていた。
 

雪の美術館の後は、市郊外の個人の家に行った。ここはこの不動産会社の社長の親戚の家で、この10月に完成したばかりの家らしい。ちょっと見た感じ100坪はありそうな大きな平屋建ての家である。これだけの面積が使えたら無理に2階建てにする必要は無いだろうなと千里は思った。
 
現代では、平屋建てで家を建てるというのは、凄い贅沢である。
 
ここの庭で30分くらい撮影してから、建物内にお邪魔したが、きれいにお掃除されてて凄いなあと思った。こんな広い家、お掃除するだけでも大変だ。うちの母など絶対掃除などせずに放置してそう!
 
家のあちこちで撮影した上で、最後は50畳くらいありそうなリビングで撮影をした。真っ白なグランドピアノが置かれていて、
「誰かピアノ弾ける人?」
などと言われる。
 
女子高生2人は顔を見合わせている。どうも弾けるには弾けるが、そんなに自信は無いという感じかなと思った。千里は
 
「私でよければ」
と言って、ピアノの前に座り、取り敢えず、ショパンの『前奏曲7番』を弾いてみせた。
 
「太田胃散だ!」
という声があがる。
 
「うまいじゃん、うまいじゃん」
とディレクターさんも言い、結局さっきフルートで吹いた曲のピアノ譜を渡され、それで千里がピアノを弾き、他のふたりがそばに立ってフルートを吹く所を収録した。ただし、これも最終的には音はスタジオで録音するらしい。
 

それでその後、近くのレストランでお昼を食べてから、午後はスタジオに行き、音の収録をする。最初の1時間くらい練習してから、録音に入る。
 
この録音に際してはピアニストさんが手配されていたので、彼女のピアノ伴奏に合わせて3人でフルートを吹いた。H教育大旭川校の音楽コース(ゼロ免)の生徒さんらしい。どうも単価が高い!ので、このスタジオ録音だけの参加になったようであった。
 
この収録が1時間ほどで終わり、3時頃に報酬を頂いて解放された。
 
「この後、どっか行く?それとも帰る?」
と浅谷さんが訊く。
 
「じゃ**町まで」
「どこかのお店?」
「団地なんですよ。住所は」
と言って、千里は天子のアパートの住所を紙に書いて浅谷に渡した。浅谷はそれをカーナビに入力して車をスタートさせた。
 
「誰かお友達のおうち?」
「そうなんです。帰りはバスで帰りますから、後は大丈夫ですよ」
「分かった。じゃ気をつけてね」
「はい」
 
それで別れて千里は、天子のアパートに寄った。
 

その日は千里が夕食まで作り、ミミ子と3人で食べてから1泊し、翌日曜日の午前中には天子の買物に付き合った。
 
お昼を一緒に食べた後、天子・ミミ子と別れて、タクシーで郊外のきーちゃんの家に行く。きーちゃんは用事があって今月いっぱいは留守らしいのだが、ここで実は剣道の指導をしてくれている越智さんと落ち合うことにしていたのである(ダジャレではない)。鍵は千里が預かっていた。
 
きーちゃんの家は天井が5mの高さがある。これはピアノ・ルームの音響のために確保したものらしいが、結果的にLDK(27畳)で少々背の高い人が剣道の竹刀を振り上げても天井にぶつからないのである(灯りはシーリングライト)。
 
それでここでテーブル類を隅に押しやると、剣道の稽古ができる。これは偶然の産物らしい。
 
それで2時間ほど指導を受けたが
「君はどんどんうまくなっている」
と褒められた。
 
「君誕生日は1月だったっけ?」
「3月3日なんです」
「じゃ1月の検定にも間に合わないか!だったら5月にもたぶん段位検定があるだろうから、すぐ試験を受けなよ。間違いなく初段に認定されるから」
「はい、頑張ります」
 
帰りは戸締まりをした後、越智さんが駅まで自分の車で送ってくれた。そして夕方の高速バスで留萌に戻った。
 

12月12日(金).
 
「家のお祓いですか」
とP神社の翻田宮司は訪ねてきた、町の助役さんに答えた。
 
「実は3年前に今の家に引っ越して来て以来、交通事故に遭ったり、母が階段で転倒して入院したり、息子の務めていた会社で爆発事故が起きたり」
 
「**興産ですか?」
「そうなんですよ。なんか嫌なことが続いて。それに妻が『日中、ひとりで居る時に足音がする』とか『窓に人影が映った』とか言って、私は、そんなの何かの見間違い・聞き違いだと言っていたのですが、夏に来た従姉が『この家、引っ越すか、最低でもお坊さんか何かにお祓いしてもらった方がいい』と言って」
 
「ああ」
 
「それで**寺の御住職に来て頂いて、お経を上げて頂いて、お札も家の玄関に貼ったのですが、全然変わらないみたいで。悩んでいたら、**建設の社長さんが春にP神社で祈祷してもらったら、身の回りで起きていた怪異が収まったという話を聞いたもので」
と言う。
 
そばで話を聞いていた小町は、それ千里さんが拝殿に昇ったお客さんに憑いていた変な霊を粉砕した奴だなと思い至った。千里としては、神聖な拝殿にそんな邪霊が入ってきたのが不愉快だったので粉砕しただけで、「人に憑いてた邪霊を祓った」という意識は皆無である!
 

翻田宮司は答えた。
 
「お祓いするのは構いませんが、それで改善されるかどうかは分かりませんよ」
「構いません。お願いします」
 
小町は言った。
「千里さん、連れてって下さい」
「ああ、それがいいかも知れないね」
 
それで、助役さんには、準備をしてから、明日・土曜日にお伺いしますと答え、いったん帰ってもらう。
 
そしてその日、千里(千里Y)が来てから、家のお祓いをするのに付いてきてくれないかと言った。
 
「全然構いませんけど、そのお話聞いていると、引っ越した方がいい気がします」
 
「かも知れないよね」
と宮司も言った。
 
「でも引っ越しても、そこに住んでいる間に、住んでいる人自体に取り憑いた霊とかもあるかも知れないし」
 
「あの助役さんも変なの憑けてたよ。私にはとても祓えないからそのままにしてたけど」
と小町。
 
「憑いてたんだ!」
 

それで翻田宮司は、12月13日(土)、梨花と千里(千里Y)を連れて、助役さんの家に向かった。花絵と小町にお留守番を頼んだ。
 
助役さんの家の庭に車を駐めさせてもらったが、千里は車から降りる前に小春に『宮司さんを守って』と言い、カノ子!には『梨花さんを守って』と言った。
 
(千里Yの中に内在している)小春はいいとして、(P大神の命令で単に千里のガードで付いていた)カノ子は突然言われて慌てたが、梨花のことは長年見てて好きな子なので、ちゃんと守ってあげた。むろん千里は自ら霊鎧をまとった。
 
「宮司、ちょっと周囲を見て回りましょう」
と千里は提案する。
 
「そうだね」
宮司もただならぬ霊気に身を引き締めながらも、邸宅の周囲を見て回る。
 
3人は1ヶ所で自然に足を停めた。
 
「これが原因か」
と宮司。
「みたいですね」
と千里。
 
遙か向こうに****が見える。
 
梨花はよく分かってない!が、彼女も自然にここで足を停めてしまった。
 
「何かありますか?」
と付いてきている助役さんが言う。
 
「やはり引っ越すのがお勧めですけど、取り敢えずの応急処置として、この方角にスチール製か何かでいいのでフェンスを作ると少しは緩和されます」
と宮司は言った。
 
「スティールがいいんですか?」
と助役さんが訊くと千里が
「スティールは静電遮蔽があるからブロック塀よりいいですよね」
と言った。
 
「ああ、静電遮蔽!なるほど」
と助役さんは言っているが、千里は
『せいでんしゃへいって何だっけ?』
と小春に訊いている!
 

宮司は助役さんに頼んでスコップを持ってきてもらい、その方角の敷地内に小さな穴を掘ると、持参していた榊をひと束差して土を戻した。
 
祝詞をあげる。
 
「これでたぶん一週間程度は抑えられると思います。できたらその間にフェンスを」
「分かりました」
 
千里は宮司さんがその処置をしている間に、ふらっとそこを離れると、家の庭に入った。
 
そして宮司さんがこちらに来るまでの間に、取り敢えずお庭を“掃除”した!
 

千里が“掃除”してたら、千里の背後から忍び寄る気配がある。
 
『あぶない!』
と小春が叫んだ瞬間、千里は後方に強烈なエネルギーの塊を発していた。
 
千里に迫っていた巨大な気の塊(妖怪?)は粉砕された。
 
『さっすが』
『後方に撃つのってちょっと要領が違うよね』
『欲を言えばあと2cm左が良かった』
『少しずれた気はした』
 
宮司たちがこちらに戻ってくるが、宮司はキョロキョロしていた。
 

「お祓いの前にお清めの塩を家の中全部に撒いていいですか?」
と千里は助役さんに訊いた。
 
「お願いします」
「塩は1時間経ったら掃除機で掃除して捨てていいですから」
「分かりました」
 
宮司は“清めの塩”なんて話は聞いていなかったものの、千里の作業を無言で承認する。千里は“普段から持ち歩いている”普通のお清めの塩の容器を取り出すと、助役さんの案内で家の中の部屋部屋を回る。そして塩を撒いて行きながら、家の中に残る“変なの”を次々と粉砕していった。
 
しかしどうもさっき千里を背後から襲おうとした奴が親玉だったようである。
 
あまり大した奴は残っていなかった。
 
一通り回ってから、神棚のある部屋に戻った。千里から逃げ回って生き残った奴もあるかも知れないが、たぶんそういう奴は小者(こもの)だろう。
 
そしてこの後、宮司さんが祝詞をあげ、それに合わせて梨花さんが太鼓、千里が龍笛(Tes No.222)を吹くと、物凄く神聖な気が家の中に満ちていった。恐らく逃げ回っていた邪霊が居たとしても、この祝詞と笛の音で消滅したであろう。
 

祝詞が終わった後、宮司の指示で、梨花さんが家族ひとりひとりに鈴祓いをした。千里はそばに控えていて、家族の各々に取り憑いている“変なの”を粉砕した。
 
梨花さんが気付いたように言った。
「奥様、ひょっとして生理系のトラブルありません?」
 
「分かるの!?実は最近ちょっとおりものが酷くて」
「早めに婦人科に行った方が良いです」
「そう思う?迷ってたんだけど行ってみる」
 
梨花さんが気付くようにしたのは、実は“千里V”の働きかけである。梨花自身は、なんで私こんなこと言ったんだろうと思っている。
 

それで宮司と梨花・千里は引き上げたが、その夜は変な怪異も無く、とても気持ち良く過ごせたと助役さんから連絡があった。助役さんは翌日には工務店を呼んで宮司たちが言った方角にフェンスを建ててもらった。そして半年後には別の場所に引っ越した。
 

12月14日(日・不成就日).
 
その日ワンティスは完成間近のアルバムの制作を少し休んで、テレビ番組に出演するため、テレビ局を訪れていた。
 
テレビ番組では、司会の風海アナウンサーに尋ねられて、新しいアルバムを来月発売予定であること、月末の大阪・東京のライブでも一部の楽曲を披露する予定であることも予告した。そしてこの日はスタジオで新しいアルバムの中から『川と花の物語』を演奏した。
 
「可愛い歌ですね!」
とアシスタントの大宮どれみが声をあげた。
 
「乙女みたいな歌詞よね。たけちゃんたら女の子の気分になるためにセーラー服着て詩を書いてたわよ」
と雨宮が言うので
 
「え〜〜〜!?」
と、どれみは声を挙げてから
「高岡さんのセーラー服姿見てみたい」
と言った。
 
「ぼく、そんなの着てないよぉ」
と高岡は言ったものの
 
「では来週セーラー服着てもらいましょう」
と雨宮は言っていた。
 

生放送が終わってから、メンバーは放送局の建物を出て、駐車場に駐めているマイクロバスに乗り込もうとした。その時、警備員が
「あ、君、そっち行っちゃダメ」
と言う声が聞こえる。
 
そこには30代の女が居て、こちらに近づいてくる。追っかけかな?と上島などは思ったものの、運転手として来ていた左座浪マネージャーはその女の顔に見覚えがあった。
 
警備員が女を引き留めようと歩いてくると女は小走りに走り出した。警備員も走り出す。
 
女はまっすぐ夕香に向かってきた。
 
左座浪がとっさに夕香の前に立ちはだかる。
 
女が何か光るものを持っているのを認識した左座浪は女の手首を掴んだ。
 
光る物が下に落ちて鈍い音を立てる。
 
「離して!」
と女は叫び、左座浪の手首に噛みついた!
 
しかしその程度でひるむ左座浪ではない。
 
女の頬を平手打ちする。
 
女は崩れるように座り込んだ。
 
警備員が落ちた光るものを拾い上げた。
 
刃渡り17-18cmの包丁であった。
 
「警察を呼ぼう」
と上島が言った。
 
「じゃ、雨宮さん、申し訳無いけど運転してみんなを連れ帰って下さい。僕が残って警察の事情聴取に応じますよ」
 
「分かった」
 
それで大型免許を持つ雨宮がマイクロバスを運転してワンティスのメンツはスタジオに戻り、警備員が警察を呼んで女を引き渡した。左座浪も警察に同行して分かる範囲のことを答えた。
 
女は警察で「高岡に捨てられたので、自分を高岡から奪った夕香を殺そうと思った」と供述したが、左座浪は、この女が度々そういう妄想を持って事務所に押しかけて来、高岡に会わせろと言っていたものの、全く身に覚えのない話であり、この女の妄想としか思えないと説明した。
 
女が高岡の種で産んだ子供がいるという話であったが、高岡はその女性とそもそも会ったこともないのでセックスもしておらず、事実無根なので、疑いがあるならDNA鑑定してもよいと高岡が言っていることも説明した。
 
結局、女が「赤ちゃんにお乳をあげなければいけないので」と言うので、住所も確認した上で、女のアパートまで警察官が付いていき
 
「**ちゃんごめんねー」
と言って、赤ちゃんの世話をしている様子を見て、厳重注意の上、解放した。
 
警察は翌日、高岡に任意で事情を聞いたが、高岡も本当に困っているという話、そしてこの手の話の妄想女が3人いるが、どれも身に覚えは無いこと。そしてレコード会社に言われて公表していないが自分は結婚しており、娘もひとり居ることを語った。それで警察も高岡の話を信じてくれたようであった。
 
 
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【女子中学生のバックショット】(1)