【女子中学生のビギニング】(3)

前頁次頁目次

1  2  3  4 
 
11/15夕方、千里と玲羅は光江さんと一緒にマクドナルドを出てから旅館に向かった。光江さんたちの部屋に行き、天子及び従弟2人に挨拶しておく。弾児さんは男性親族の集まり、要するに飲み会に行ってしまったらしかった。光江さんが
 
「全く」
と言って、呆れたような顔をしていた。
 
武矢一家に割り当てられている部屋に移動し、ここで千里も玲羅も普段着に着替えた。
 
千里たちの両親は結局20時くらいに到着した。留萌から約360kmの行程に15時間かかったことになる(平均時速24km!?)。どうもかなり喧嘩したようだ。一応斎場で故人の遺体と対面してきたらしいが、その後は父は遺体対面の対応をしてくれた喪主の海斗さんに誘われて飲み会に行ってしまったらしい。つまり旅館まで来たのは母だけである!
 

千里・玲羅も母も夕食は終わっていたが、母は近くのコンビニでLチキを買ってきたということで、3人でそれを食べた。一息ついた所で、お風呂に行くことにする。
 
最初母が
「玲羅お風呂に行こう」
と言った時、千里が
 
「私も一緒行くよ」
と言ったので、母は、まいっかと思ったようであった。
 
旅館の別館に渡り廊下を通って歩いて行き、男女が別れる所がある。千里が平気な顔で母や玲羅と一緒に女湯に来るので、母は少し戸惑いながらも受け入れる感じ。玲羅は何か楽しそうな感じであった。
 
「中学生になったんだから、堂々と女湯に入らなきゃ」
などと本人は思っている。
 
千里は母や玲羅と一緒にお風呂に入るのは初めてである。ただ千里は母には一度裸を見せた気がした。いつ見せたのかよくは分からなかったが。実は母も一度千里の裸体を最近見た気がしていた。それで千里が女湯に来るのを容認した。
 
女湯の脱衣室で、3人でおしゃべりしながら、服を脱ぐが、千里が裸になると母は溜息をつき、玲羅はじろじろ見ていた。(この千里はBなので子宮などは無いものの、バストは充分発達しているし、むろんペニスも無い)
 

それで浴室に移動して各々身体を洗う。そして浴槽に入ったら、光江さんもいたので、4人で浴槽の中で話をした。母がかなりグチを言っていたのを千里と光江さんでなだめていた。やはり父からは相当無茶苦茶言われたようだ。
 
「自分では運転できないくせに」
などと文句を言っている。
 
「武矢さん、免許取らないの?」
「取りに行く時間も無いし、免許取っても使う場面が無いと思う」
「確かに海の上では車は運転できないもんねー」
 
父たちの世代は、最も運転免許所有率の高い世代だが、父は中学を出たらすぐに船に乗ったので、取りに行くタイミングが無かったようだ。でも父の性格では運転しない方がいいと千里は思った。すぐカッとなる癖があるから、絶対事故を起こすと思う。
 
母のグチが続いていた所に、龍男さんの娘・富士子さんが、その娘の明理(あかり)さん・輝耶(かぐや)さんと入ってきたので母のグチは終了した。光江さんが紹介してくれたので、浴槽の中で
 
「初めまして」
などと言っている。
 
「正確にはキクおばあちゃんの葬儀の時に会ってるけどね」
「千里ちゃんは、あの時は幼稚園くらい、玲羅ちゃんは3歳くらいだったもんね」
と懐かしそうに明理さんは言っている。彼女は高校一年で当時は小学3年生だったはずである。輝耶さんはその2つ下で現在中学2年である。輝耶さんは当時のことは覚えていないようだ。
 
明理(あかり)さんの名前も“めいり”と読まれて男性と誤解される名前だよなあなどとさっきは光江さんと話していた。しかし目の前にいる明理さんは、どう見ても女の子のようである!
 
ついでに妹の輝耶さんも、読んでみれば“かぐや”という名前は女の子としか思えないが、字だけ見ると輝という字が男性的なので性別を誤解する人もあるかも知れない気がした。
 
むろん輝耶さんも、少なくとも外見は女の子にしか見えない!
 

「彩友家の家系って、ひょっとして女の子が多くない?」
と玲羅が言う。
 
「男の子はうちの顕士郎・斗季彦だけだと思う」
と光江さん。
 
「(十四八の妻の)初子さんの親族・海森家には男の子が多いみたいだけどね」
「学生服の子が何人もいたね」
 
「海斗さんとこも女の子2人、大湖さんの所も女の子3人、うちが女の子2人で美事に又従姉妹が女の子ばかりなのよねー」
と富士子さんが言っている。
 
「まあ彩友の苗字は、あの5人の誰かが性転換でもしてお嫁さんもらったりしない限り、雪花ちゃん(海斗と浩子の長女)たちの世代で消えるね」
と明理さんは言っていた。
 
「まあ性転換しなくてもお嫁さんもらってもいいけどね」
と玲羅。
「女同士の結婚というのも少し興味あるなあ」
と輝耶ちゃんが言っているが
 
「あんた昔からそれ言ってる」
と明理さんが言っていた。
 
でも明理・輝耶は富士子さんの夫・涼雄さんの苗字、山手を名乗っているのでどっちみち、彩友の苗字とは関係無い。
 

お風呂からあがって部屋に戻った後、母が何か言いたげであったが、どうも言いにくいようである。
 
全くもう!
 
「お母ちゃん、パンクしたりJAF呼んでたりしてたら、時間もだけど、お金も掛かったんじゃない?」
と千里はこちらから話を振ってあげる。
 
「そうなのよ。JAFの入会金が6000円かかって。タイヤも留萌に帰ったら早急に買い換えないといけないから1本2万円くらいするし」
「お母ちゃん、テンパータイヤのまま冬道を走って留萌まで帰るのは無謀だから釧路でオートバックスかイエローハットに寄っていきなよ」
 
「でもそういう所で買うと一括で払わないといけないよ」
 
留萌に帰ってから浜田自動車さんで頼んできっと分割払いにしてもらいたいのだろう。2000円×10回とか!
 
「お母ちゃん、これ無理言って葬式の笛を吹いてもらったからと言って、神社から3万円もらったから」
と言って袋に入れておいた3万円を母に渡した。
 
「これくれるの?いいの?」
「うん。大変な時は助け合わなきゃ」
「ごめんね。余裕出たら返すから」
「気にしないで」
 
全く手の掛かる親だ!と千里は思った。
 

※戦後の十四八と十四春
 
1950 村山十四春の船が廃船になり夕張に移動して炭鉱で働く。
1959 村山十四春、怪我をして炭鉱を退職。旭川に出て郵便局に勤める。
1960 村山十四春(35)、彩友天子(28)と知り合い、結婚する。
1961 村山武矢誕生(十四春と天子の第1子)
1963 村山弾児誕生(十四春と天子の第2子)
 
1952.4 海上警備隊発足。十四八が入隊。8月保安庁警備隊。1954海上自衛隊。
1957 彩友十四八(32)が海森初子(24.舞鶴市出身)と結婚。
1958 十四八の第1子・海斗誕生(京都府舞鶴)。
1960 十四八の第2子・大湖誕生(青森県大湊)。
1963 十四八の第3子・川夫誕生(長崎県佐世保)。
1975 十四八、50歳で自衛隊を定年退職。最終階級は一尉。最終勤務地:函館。
1975 十四八、北海道拓殖銀行に再就職。転勤で道内各地移動。
1977 海斗は札幌の大学に入る(そのまま札幌で就職)
1979 大湖は東京の大学に進学(そのまま東京で就職)
1982 川夫は釧路で美容師になる。
1985 十四八、60歳で銀行を退職。最終勤務地:釧路。そのまま釧路で暮らす。
 
十四八は自衛隊時代も銀行時代もよく転勤している。釧路では十四八夫婦と川夫の3人で暮らす生活が1979年以来続いていた。1995年、十四八は脳卒中で半身不随となる。すると川夫は“長年の友人”の椎名小足(こたり)を同居させ、2人で十四八の介護をしてくれるようになった。小足は釧路市内の電気工事店に勤めている。
 
川夫は女性並みの筋力しか無いので、元ラグビー選手の小足の腕力が物凄く役に立っている。十四八と初子は小足を、川夫の事実上の夫として認めていた。1998年には川夫と小足は共同でバリアフリーの家を建て、一家はそこに引越した。
 

11月16日(日)友引。
 
この日は夕方からお通夜が行われる。しかし千里たちの両親はお昼過ぎには帰ると言っていた。それで2人でその前に再度故人にお別れをしに行くようである。
 
しかし父は帰ってきてない!弾児さんも戻って来てないらしいので、どこかでみんなで飲んでいるのだろう。
 
実際には男性陣は川夫さんの家に集まって飲んでいた。飲み明かしたのは、こういうメンツである。
 
小足・武矢・弾児・海斗・大湖・涼雄
 
川夫さん自身はお母さんの初子さんを連れて旅館に退避していた!
 

旅館に泊まったのはこういうメンツである。
 
(釧路)初子・川夫
(札幌)浩子・雪花・春桜
(東京)玉緒・心子・南奈・海美
(岩見沢)龍男・秀子
(函館)富士子・明理・輝耶
(旭川)光江・顕士郎・斗季彦
(留萌)津気子・千里・玲羅
 
千里たち3人は朝御飯に行った時、光江たち3人と遭遇し、一緒のテーブルで食べた。朝御飯は旅館の朝食にありがちな、御飯・味噌汁・焼き鮭・味付け海苔・生卵といったものである。
 
まだ幼稚園の斗季彦は特に何も感じてないようだが、小学4年生の顕士郎は1学年上の従姉である玲羅に少しドキドキしているようにも見えた。でも玲羅は年下の男の子には興味が無い!
 
御飯が終わっても津気子と光江は色々話しているので、子供たち4人は
「部屋に戻ってるね」
と言って食堂を出た。
 

それで千里と玲羅が部屋に戻った時、千里の携帯が鳴る。千里が白いトレーナーのポケットからピンクの携帯を取りだしたので、玲羅はあれ?と思った。
 
昨日千里は(連絡用に借りた)父の黒い携帯を使っていた。実は自分の携帯を持ってたんだっけ??それよりもっと疑問なのは、目の前に居る千里が白い服を着ていることである。さっきまで青い服を着ていた気がするけど勘違いかな?それとも着替えたんだっけ??
 
(実は電話が着信したので“その電話を取る千里”が出現した)
 
電話を掛けてきたのは、きーちゃんであった。
 
「千里、2〜3時間でいいから顔貸して」
「いいけど」
「多分死なないと思うから」
「死ぬようなことなの〜〜?」
 
それで千里は
「ごめん。ちょっと出掛けてくる。あ、おやつでも買ってるといいよ」
と言って、玲羅に2000円お小遣いを渡す。
「ありがとー」
 
それで千里は白いコートを着て出かけていった。
 

玲羅は、しばらく、ちゃおを読んでいたが、お小遣いももらったし、本当におやつ買って来ようと思い、コートを着て旅館から50mほど離れた所にあるローソンまで行く。
 
店内でローソンブランドの安いおやつを物色していたら、輝耶と遭遇する。
「どもども」
などと、よく分からない言葉を交わし、結局輝耶はミルクチョコ、玲羅はポテチを買って一緒にお店を出る。ところがそこにちょうど千里が来る。
 
「お姉ちゃん、きーちゃんの用事は終わったの?」
「用事って?」
 
うーん・・と思う。そういえば“この姉”は紺色のコートを着ている。さっき、きーちゃんに呼ばれて出て行った姉は白いコートを着ていた。
 
「2人一緒に来てたの?」
と千里が訊く。
 
「ううん。偶然」
「あ、そうだ。一緒にパフェ食べに行かない?おごるからさ。輝耶ちゃんも」
「行く」
 
それで3人は一緒にローソンの先にあるカフェに行った。旅館からは80mくらい離れることになる。
 
「ここのパフェが美味しそうでさ、昨日から気になってたんだよ」
「ほんとこれ何か豪華ね」
 
それで3人はカフェに入る。実は9時開店で行った時は8:58くらいだったのだが、お店の人はドアを開けて中に入れてくれた。
 
それで3人はテーブルの所に座り、千里がパフェを3人分注文する。輝耶が母?に携帯からメールをしていた。
 
「でもおごってもらっていいの?」
「うん。ちょっと臨時収入があったからね」
「じゃいただきまーす」
と言って、3人はボリュームたっぷりのプリンパフェを食べた。
 
「美味しいね」
「冬でもパフェは美味しい」
 

ところで光江と話し込んでいた津気子だが、ふたりはひじょうに“微妙な問題”を話し合っていた。
 
「その件、ちょっと千里と話し合ってみる」
「それがいいかも」
 
「そうだ。午前中に旅館に泊まっている人たちに挨拶に行っておこうかな」
と津気子が言い出す。
 

「それがいいかもね。みんな斎場に行くのは夕方くらいだろうから。私も付き合ってあげるよ」
「ありがとう。でも誰々が泊まってるんだっけ?」
「富士子さんに聞いてみようか」
「そうだね」
 
と言っていったん部屋に戻ってスーツに着替える。これが8:50くらいであった。
「もう出掛けるの?」
と“部屋の中に居た千里”が尋ねる。
 
「まだだけど、旅館に泊まっている親戚の人たちに挨拶しておこうと思って」
「じゃ私も行くよ」
と言って、千里はセーラー服に着替えた(母が少し悩んでいる)。
 
「玲羅はどこ?」
と母は訊いたが、千里は分からなかった。
 
「さあ。コンビニにでも行ったのでは」
「まあ玲羅はいいか。あんたと一緒に通夜に出るし」
「うん」
 
それで一緒に部屋を出る。光江さんもスーツに着替えてくれていた。
 

富士子さんの部屋は分かっていたので、そこに行って、まずはあらためて挨拶する。富士子の両親の龍男・秀子もその部屋に来ていたので挨拶した。
 
↓系図(再掲)

 
津気子は自分と夫は、機関長の夫が船を明日の早朝出さなければならないので通夜の前に帰るということと、千里と玲羅が通夜と葬式に出ることを話した。
 
それで他の人の部屋がどこか教えて欲しいと言ったら
「じゃ私も一緒に回ってあげるよ」
と富士子が言う。それで富士子も喪服に着替えて、こちら3人(津気子・千里・光江)と一緒に回ってくれることになった。その富士子が着替えてる最中にメールが着信する。
 
「輝耶が玲羅ちゃんたちと一緒にカフェに居るって」
「あらら」
「でも輝耶と玲羅ちゃん、何か話が合いそうだったもんね」
とお姉さんの明理が言っていた。
 

昨日御香典を渡し損ねたので誰に渡せばいいかと富士子さんに訊くと、今回の会計は川夫さんがしているから、“彼女”に渡せばいいですよと言った。
 
それで津気子は初子の部屋を訪れた時に、一緒に居た川夫さんに
 
「すみません。昨夜到着した時に、渡し損ねて」
と言って渡した。
 
「ああ、はいはい」
と言って川夫さんは受け取ると、中身を確認して
 
「3万円ですね。領収書を書きますね」
と言った。母が「?」という顔をしていた。実は1万円しか入ってなかったので少なすぎるのではと思い、千里が足しておいたのである。
 
川夫さんはハンディ端末に金額と名前を入力して領収書をプリントした。
 
《村山武矢様 \30,000.-》とプリントされている。コンピュータに入力してしまえば、集計とかも一発だし、誰からいくらもらったかも管理しやすい。津気子は世の中進んでるなあと思った。
 
それで川夫さんは領収書を返礼品と一緒に津気子に渡した。
 

「あれ?でも川夫さんと初子さんは釧路市内にお住まいだったんですよね」
と、津気子はなぜこの人たちがわざわざ旅館に泊まっているのだろうと思い尋ねた。
 
「それが男性親族一同がうちの家で酒盛りやってるんですよ。そちらの旦那さんの武矢さんもいたと思う」
 
「そんなところに居たのか」
 
「それでうちの母が安眠できないから一緒に退避してきたんです」
 
「すみません、ご迷惑掛けて。でしたら家電(いえでん)、あるいはどなたかの携帯の番号教えて頂けませんか?うちの夫は携帯が使えないんですよ」
 
「ありゃ」
 
「発信どころか、掛かってきても受け方が分からないみたいで」
「ああ、そういう人はいますよね」
と川夫さんは言っていた。
 
「海の上で仕事してるから携帯持ってても使う機会無いみたいで」
と光江さんがフォローしてくれる。
 
「船の上では確かに使い道が無いかもね」
と初子さんも言っていた。
 
それで、川夫さんの夫の小足さんの携帯番号を教えてもらった。
 

部屋を出てから津気子は
「最初女の人かと思った」
と小さな声で言った。
 
「結構女に見えるよね」
と富士子さんは笑顔で言っていた。千里は昨日光江さんが「見れば分かる」と言っていた意味が分かったと思った。予備知識無しであれを見て変な顔をしなかった母は偉い。でも自分や留実子を見ているからかも、という気もした。
 
その後4人は、浩子の部屋→玉緒の部屋にも挨拶した。
 
9:40頃、一緒に回ってくれた富士子、光江に御礼を言って、津気子と千里は自分たちの部屋に戻った。
 

玲羅は部屋に居なかった。まだカフェに居るのだろう。
 
「何時頃斎場に行くの?」
と千里が訊く。
 
「お昼くらいかなあと思ってるのよね。十四八さんに再度別れのご挨拶した後、車屋さんに行ってタイヤ買って交換してもらってから帰るから、あまり遅くならない内がいいし。夜9時くらいまでには留萌に到着しないと、お父ちゃんから絶対文句言われるし」
 
夜9時?だって昨日はここに来るのに15時間掛かったのに。JAF呼んだりしてロスした3-4時間を除いても11時間。夜9時に着きたいなら、今すぐ出発しないと間に合わない気がする。しかしそれよりも、母は何か千里に言いたげだ。またお金貸してとかかなあ。と思った千里は、小春に『コンビニ行って10万くらい降ろしてきて』と頼んだ。
 
(昨日20万降ろしてもらったのは千里B。ここに居るのは千里Y)
 

「ああ。タイヤ買うんだ?だったら、午前中にタイヤ買いに行ってきたら?私、付き合ってあげるよ」
と千里は言った。
 
「それがいいかもね」
と言いながら、あんたがタイヤ買えって言ったじゃんと津気子は思っている。
 
服は津気子は黒のスーツ、千里はセーラー服だが、もしかしたら斎場に直行することになるかも知れないからこのままでいいよと千里が言うので、そのままタイヤを買いに行くことにする。
 
ふたりとも外に出るのでコートを着る。千里はセーラー服の上にグレイのコートを着た。2人は1階まで降りて行き、旅館の帳場でカー用品店の場所を尋ねてから出掛けた。津気子の車にカーナビなどという上等なものは付いていない!
 

※3人の千里が着ている服
 
R:白い服に白いコートで、きーちゃんと出掛けた。実は霊的な作業のため白い服を着ていた:本人はなぜ白を着たのかは意識していない。
 
B:青い服に紺色のコート。玲羅たちとカフェに居た。
 
Y:セーラー服にグレイのコート。女性親族に挨拶回りをして津気子と一緒にタイヤを買いに行く。
 

母と千里は一緒にオートバックスに向かう。
 
「予算はどのくらいなの?」
「あんたから3万もらったけど、JAFの入会金で6000円使ったから(実は一時的に香典用のお金を使い込んだ)2万4000円までかな。2万あれば1本買えるよね?」
 
「私お金とかあげたっけ?」
などと千里が言うので、津気子は
 
「へ!?」
と声をあげた(昨夜お金をあげたのは千里B)。
 
「でもスタッドレスタイヤは2本セットで交換しないといけないと思うよ」
「そうかなあ」
「左右がアンバランスなのはまずいもん」
「うーん、でも予算が・・・」
 
取り敢えずオートバックスの駐車場に駐める。千里は母に「先に見てて」と言ってから、しゃがみ込み、津気子の車(ヴィヴィオ)のタイヤを見ていたが溜息をついて腕を組んだ。
 
ここで小春がお金を持ってきてくれたので受け取った。
 

津気子はお店の玄関前に多数展示されているスタッドレス・タイヤを眺めていたが
 
「高〜い」
と言って悩んでいる。
 
「これは?」
と言って千里が指さしたのは軽自動車用4本セットで3.2万円という格安タイヤである。
 
「いいね。これ2本売ってもらおう。そしたら交換作業賃入れても2万円で2本交換できるよね」
と言って、お店の人に言ったのだが
 
「すみません。これは4本セットなのでバラ売りは出来ないんですよ」
と言われる。まあそうだろうねと千里は思う。
 
「そこを何とか」
「でもこれは、大手メーカーの品を2本買うのとほとんど差は無いですよ」
とお店の人。
 
「4本買っちゃったら?」
と千里は言う。
 
「さっき今ついてるタイヤ見たけど、あのタイヤは1999年製だったよ。スタッドレスって3年もしたら寿命のはずなのに今年は5年目だったもん。もう遙かに寿命を越えてるよ」
 
「そうだっけ?」
 
「そうですね。そのくらいをメドに交換するのをお勧めしていますね」
とお店の人も言う。
 

「来る時にスリップしちゃったのも、寿命を過ぎたタイヤ使ってたからというのあると思うよ。4本買って全交換しようよ。私がお金は出すからさ」
と千里は言う。
 
「そう?じゃ買っちゃおうか」
と津気子も全交換に同意した。
 
代金は作業代・廃タイヤ費・消費税を入れて39,060円と言われたので、千里はお店の人に4万と60円渡した。あれ?と津気子は思ったが何も言わなかった。むろんお釣りの1000円は千里が受け取った。
 
(“この千里”は昨夜母に3万円渡したという認識が無い)
 

それでそのタイヤを買ったのだが
「今シーズンで混んでいるので交換作業が3時間待ちになるのですが」
とお店の人は言う。
 
「きゃー、どうしよう?」
「タクシーで斎場まで行けばいいと思う」
と千里は母に言い、お店の人に
 
「3時間ということは13時半頃ですよね?」
と確認する。
 
「はい。だいたいそのくらいのお時刻までには交換できると思います」
 
「だったら、お母ちゃん、お別れをしてから、お昼御飯食べた後で、お父ちゃんと一緒にタクシーでここまで来て、車を受け取ってから帰ればいいよ」
「そうするか」
 

ということで、結局車を預けたまま、斎場に向かうことにした。
 
母は小足さんの携帯に電話した。
 
「大変恐れ入ります。天子の息子の武矢の妻なのですが、そちらにうちの武矢おりますでしょうか」
「ああ、おられますよ」
 
「そしたら、大変申し訳ないのですが、タクシーでD会館まで来るように言ってもらえないでしょうか。お参りをしてからもう帰らないといけないので」
「あら、もう帰るの?」
「通夜に出られないのは心苦しいのですが、明日朝5時に船を出さないといけないもので」
「それは大変だね。じゃぼくが送って行くよ」
「申し訳ありません!」
 

それで小足さんが武矢を連れてきてくれるということだったが、飲酒運転じゃないよね?と少し心配になった。
 
実際には、小足は
「そろそろお酒は“中休み”にして、通夜の後でまた飲みましょう」(!?)
などと言って、
「武矢さん、船出さないといけないんでしょう?奧さんがお参りしてから帰ろうと言っているよ」
と言った。
 
「そうか。すみません。いや、まだまだ話したいことはあるけど、仕事が」
と武矢。
「俺が送って行くから。武矢さん場所分からないだろうし」
「すんません」
 
ということで小足はタクシーを呼んで武矢と一緒に斎場に向かった。また小足はタクシーの中から川夫に電話して
 
「浩子さんあたりと一緒に来てさ、宴会をいったんお開きにさせてくんない?」
 
と頼んだ。そして酔い覚まし!?に、ラーメンを注文しておいた(馴染みのお店なので、ツケが利く)。
 
宴会中断の指令?を受けて旅館から車でやってきた川夫と浩子はアルコール類を全回収!していった。
 

さて千里と津気子はオートバックスからタクシーに乗り10:50くらいに斎場に着いた。
 
千里がセーラー服の上にグレイの通学コートを着ていたのを母が気にしていたが
 
「コート着てるから下にセーラー服を着てることはお父ちゃんに分からないよ」
と千里が言うと
 
「そうよね」
と母も言っていた。
 
「それに酔ってるから注意力落ちてるだろうし」
「それが大問題だ!」
 
武矢と小足さんも11:55くらいに斎場に到着する。
 
父はかなり酒臭かった。さすがに母が文句を言うと、父も
 
「すまん。つい調子に乗って飲んでしまった」
と謝っていた。
 
父はかなり酔っていたので、千里の予想通り、千里のコートの下の服までは想像が及ばなかったようである。コートの下を見ればタイツが見えるので、スカートやドレスの類いを着ていることが分かるはずなのだが。
 
結局小足さんが案内してくれて、千里・津気子・武矢の3人でまだ小部屋に安置されている十四八さんの遺体に最後のお別れをした。
 

津気子が男性陣に挨拶だけでもしておきたいと言うので、千里は
「じゃ私は旅館に戻ってるね」
と言って、ここで母たちと別れることにする。
 
タクシーに小足さんと両親が乗り、川夫さんと小足さんの家に向かう(小足さんが助手席に乗り、父母が後部座席)。千里(セーラー服の上にグレイのコートを着ている)は1人で斎場の前に停まっているタクシーに手を挙げて乗せてもらい
 
「XX旅館へ」
と言った。
 
60歳くらいの運転手さんは
「はい。**町のXX旅館ですね?」
と確認してメーターを倒し、旅館の方に向かう。
 

運転手さんは
 
「今朝は冷えましたね」
とか
「お客さん、中学生?」
とか声を掛けてくるので、千里は適当に相槌を打っていた。
 
ところが、その内、突然反応が返ってこなくなったので、女子中学生相手にあまり色々聞きすぎたかなと少し反省して
 
「もうすぐ着きますよ」
と言ってバックミラーをチラった見た。
 
「ん?」
 
バックミラーに人影が見えないのである。
 
「お客さん?」
と声を掛けるが全く反応は無い。
 
運転手は急に不安になった。バックミラーを左右に動かしてみるが、後部座席には全く人影が見えない。
 

ハザードを焚いて車を脇に寄せて停める。
 
後ろを振り返る。
 
誰も居ない!?
 
運転手は車を降りて後部座席のドアを開け、中を覗き込むが誰も乗っていない。
 
運転手は、今自分は斎場から客を乗せたことをあらためて思い起こした。
 
「あ、あわわわわ」
と訳の分からない言葉を発して、立っていられなくなり、その場に座り込んでしまった。
 
そしてその場に5分くらい座り込んでいた所で、車の停まる音がする。同じ会社のタクシーである。ドライバーが駆け下りてくる。
 
「おい、どうした?事故か?」
と彼が訊いた。
 
「タクシーただ乗り幽霊が出た」
と運転手は半ば放心状態で答えた。
 
ちょうど道の向かい側にカフェが見えていた。
 

さて、玲羅や輝耶とパフェ(更にパンケーキやアップルパイも追加している)を食べていた千里(紺色のコートを着ている)は
 
「私少し眠くなったから旅館に戻って1時間くらい寝てるね。玲羅たちはまだ休んでて」
 
と言って、伝票を手に取ってから玲羅に3000円渡し、
「そうだ。これも持ってて」
と言って、父の黒い携帯を渡してから席を立った。そして会計をして旅館に戻る。
 
そして旅館の玄関の自販機で買った伊右衛門を飲むと寝てしまった
 

さて、朝8時半頃に、きーちゃんの車に乗った千里(千里R)は、20分ほど走って、山間部にある砂防ダムのような所に来た。22-23歳の女性と30歳前後の女性が居る。
 
「おお、パワーのありそうな子が来た」
と30歳前後の女性が嬉しそうに言う。
 
きーちゃんは、
「こちらは、ちさとちゃん、こちらはおとめちゃん、こちらはまりもさん」
と全員を簡単に紹介した。
 
22-23歳くらいの“おとめ”と呼ばれた女性が説明する。
 
「こないだの地震で、ここの砂防ダムがかなり傷んだのよ。これこのままだと2-3ヶ月程度以内には崩壊すると思う。それは別にいいし土建屋さんの仕事だけど、このダムはちょっとやばいのよ。ちさとちゃんと言った?分かる?」
 
「私分かりませーん」
 
「まだあんた小さいから分からないかもね。でもあんた少しはパワーありそうだからできると思う。このダムの下にある封印まで地震で壊れて、今はダムで押さえられているけど、ダムが壊れると魑魅魍魎が出て来そうだからさ、4人でその封印をしようという訳。さるお方から頼まれた」
と小登愛は説明する。
 
「猿というとチンパンジー?」
と毬毛が突っ込む(お約束)。
 
「ニホンザルかもね」
と小登愛は言っておく。
 
「この手の封印は四隅から締めるから4人必要なのよね〜」
「でも予定していた1人が腹痛で、のたうち回ってるのよ」
「危ない仕事だから守護霊に停められたのだと思う」
「まあ失敗したら私たち全員死ぬかもね」
 
え〜〜〜!?
 
「でもまあ何とかなるでしょ」
「ということで四隅に散ろう」
 
それで千里は小登愛にお清めをして雑霊を祓ってもらった上で、きーちゃんに連れられて、千里の就くべき位置に連れて行ってもらった。
 
そして
「それで小登愛ちゃんが右手を挙げて合図したら、この真言を唱えて欲しいんだけど」
と言って、千里に何だか訳の分からない文字?で書かれたメモを見せる。
「**********」
と千里が発音してみせると
「うん。それで読み方は間違ってない。でもさすがだね。千里はサンスクリットくらいは読めると思ったよ」
と、きーちゃんは言っている。
 
サンス何とかって何!??
 

それで、きーちゃんも自分のポジションに戻る。お互いに顔を見合わせて気持ちを統一する。小登愛が右手を高く上げる。千里は真言を読んだ。
 
カチャッ
 
という音がした気がした。
 
「掛かったね」
「良かった」
「これでダムが壊れても封印は大丈夫」
「できたらダムも壊れて欲しくないけど」
「それは依頼主から市長に圧力を掛けてもらう」
 
「お疲れ様〜」
「誰も死ななくて良かった」
「誰も性転換しなかったし」
 
性転換することもあるのか!?
 
しかし“封印の掛け方”にも色々あるんだなと千里は思った。
 
「これ、御礼〜」
と言って、小登愛が、毬毛、きーちゃん、千里に札束を配る。
 
「なんか札束が厚いんですけど」
と千里は言うが
 
「やはり御札(おさつ)の御礼(おれい)はいいね。ちょっと少ないけど、長い付き合いだし今回はこれでもいいよ」
などと毬毛は言っている。
 
「ごめんね〜。今回は緊急事態で予算が無くて」
と小登愛。
 
予算が無くてこれなのか!?
 

「じゃお疲れ様。ありがと。送るね」
と言って、きーちゃんは千里を車に乗せて旅館に向かった。
 
きーちゃんは考えていた。
 
千里はあそこに行く前に極端にオーラを小さくした。更に雑霊が寄ってくるのを放置した。それで、小登愛は千里のパワーに気付かなかったようだが、桃源さんは気付いたようだった。あのあたりは多分経験の差だろう。桃源さんはこれまで多くの修羅場をくぐってきている。それで“物凄い相手”を勘で見分けるのだろう。
 
でも小登愛は千里のパワーに気付かなかった。
 
まだまだ彼女が未熟であることを示している。何とかして、そのあたりをちゃんと教育していかないと、ほんとにとんでもない相手と対峙した時に命を落とすぞ、ときーちゃんは危惧した。
 
「千里あと少しで着くよ」
「ありがとう」
 
などと会話していたら、旅館の近くにタクシーが3台も停まって、運転手さんたちが何か揉めてる様子だった。事故か何かかな?と、きーちゃんは思った。
 
「あ、コンビニでお昼買って帰るから、そこのコンビニの所で降ろして」
「OKOK」
 
それできーちゃんは、ウィンカーを点け、後方目視確認して車を横断させ、コンビニの駐車場に入れた。
 

 
「ありがとう!」
と言って千里はローソンに入る。玲羅は食べるだろうからなあと思い、大盛りトンカツ弁当を買い、父には大盛り唐揚げ弁当、自分と母用におにぎりを4個、サラダを買う。念のためパンも何個か買った。他に肉まんを4個買った。
 
それで代金を払ってお弁当を温めてもらった上で、ローソンを出て旅館に戻った。
 
誰も居ないので、みんなどこに行ったんだろうと思った。
 

千里は“お〜いお茶”のペットボトルを開けて飲んでいたのだが、目の端で誰か動いたのを認識する。
 
「北山紫さん」
と千里は彼女の“真名”(まことのな)をいきなり呼んだ。
 
「はい!」
と、紫(ミミ子)はびっくりするとともに返事をした。千里が笑顔でそちらに向き直る。
 
「なんで私の真名を知ってるの〜?」
「考えてたら分かった。この春からずっと私の周囲に居たよね。それでこの人の名前はなんだろうと考えてる内に気付いた」
 
え〜!?そもそも傍に居ることを気付かれないようにしてたのにぃ。
 
「普通はミドリさんと呼べばいいのかなあ。それともミミ子さん?小春はミミ子さんって呼んでたみたいだけど」
 
うーん。小春ちゃんとのやりとりも聞かれていたのか。しかし“本名”のミドリもバレてるとは。でも真名が分かるくらいだから、バレるだろうなあ。
 
「“ミミ子”は、さる御方にお仕えしている時の名前なので、みーちゃんくらいで」
「OKOK。それで、みーちゃんに頼みたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
と、ミミ子は大神様に叱られる〜と思いながら尋ねた。しかし真名(まことのな)を呼ばれてしまった以上(大神様の利益に反しない限り)千里には逆らうことができない。
 

川夫さんの家で、津気子と武矢は、物凄いアルコール臭の中で、一応酒盛りは終了して、お昼?にラーメンを食べている男性陣に挨拶をした。
 
飲んべえ連中は
「武矢さん、また後で飲もう」
などと言っているが、武矢はさすがに
 
「済みません。帰らないといけないから」
と謝っていた。
 
それで津気子と武矢は小足さんに御礼を言って、待たせていたタクシーに乗り、旅館に向かった。
 

武矢と津気子が旅館の部屋に戻ったのは、11:50くらいである。部屋には千里だけがいた。
 
「お帰り。取り敢えずおやつ」
と言って2人に肉まんを渡し
「お弁当も買ってるよ」
と言う。
 
「私そんな大きなお弁当入らない」
と津気子が言うが
「だと思って、私とお母ちゃんには、おにぎり買っておいた」
と言って、千里はおにぎり4個の内、好きなのを2個取るように言う。
 
母はシーチキンおにぎりを1個取り
「私は肉まんとこれ1個で充分」
と言った。
 
「玲羅は?」
と母が訊く。
 
「さあ。私も今戻ったんだけど居なかった。誰かの部屋にでも行ってるのかな」
と千里は言う。
 
母の携帯に着信がある。
 
「あら、玲羅がこの携帯持ってたの?」
「うん。お姉ちゃんから預かった。もうすぐ旅館に戻るけど、何か買ってかなくていい?」
「千里がお弁当買ってきてるよ」
「あ、そうなんだ。じゃおやつでも買って帰るね」
「うん」
 
玲羅はそれで戻って来るようだ。
 

しかし母は時間が気になるようだ。
 
「そろそろ車を取りに行かなきゃ」
と言う。
 
「どこかに置いて来たのか?」
と父が訊く。
 
「来る時にタイヤがパンクしたから、帰りは転換タイヤ(*7)のままでは走れないし、オートバックスで交換してもらったのよ」
 
(*7)性転換したタイヤではなく(タイヤに性別があるのか?)、きっと、テンパータイヤ(テンポラリータイヤ)のこと。
 

父は
「ああ、そうなんだ。あのスペアタイヤ(*8)、そのまま付けとく訳にはいかないんだ」
と言ったが、千里まで
 
「ああ、タイヤ新しいの買ったのね。あのタイヤ古いからやばいと思ってたよ」
 
などと言うので、あんたが新しいの買えって言って、お金まで出してくれたじゃん!と津気子は思う。
 
(*8)昔の車にはスペアタイヤが載っていたから、それと交換すれば済む場合もあった(但しパンクしたタイヤは修理するか買い直さなければならないし、どっちみちスタッドレスの場合はテンポラリータイヤと同じ対処になる)。最近でもSUVなどでは、スペアタイヤをリアに貼り付けるようにしている車がある(万一追突された場合はクッション代わりにもなる)。
 
しかしスペアタイヤは場所を食うし重いので、その内、車にはスペアタイヤではなく軽量のテンポラリータイヤが積載されるようになった(英語では Temporary use とか space saver と言う)。この場合は一時的にそのタイヤに交換し、1〜2日中に新しいタイヤを買って再交換になる。
 
武矢は車の知識が無いので、スペアタイヤとテンポラリータイヤの違いが分からない。
 
しかし最近はテンポラリータイヤさえも載ってない車が売られている。こういう車でパンクしてしまった場合は、レッカー移動になってしまう場合もあるので、オプションでテンポラリーと小型ジャッキを買って載せておくのを推奨。
 

母は父に説明した。
「シーズンだからタイヤ交換の順番待ちが長くて。だから車は預けてタクシーで斎場まで行ってきたのよね」
「ああ。今の時期交換する人多いだろうな」
 
「それで取りに行くから千里付いてきて」
「うん」
 
「取って来てから留萌に出発しよう。お父ちゃんはお弁当食べて休んでて」
「分かった」
「玲羅が帰って来たらお弁当食べさせてて」
「うん」
 
(千里Yはお参りした後父母で食事を取ってから車を取りに行き、そのまま帰ればいいと言ったのだが、武矢があまりにも酒臭いので、レストランなどでは入店拒否されると津気子は思い旅館に連れてきた。更に津気子は千里だけと話したかった)
 

それで津気子は千里を連れて出掛けた。これが12:30くらいである。
 
玲羅は結局12:20くらいにカフェを出てコンビニで輝耶と一緒におやつを物色し(カフェに入る前にも買ったはずだが)、それで旅館に戻った。輝耶と手を振って別れて部屋に戻ったのは12:35くらいである。
 
「ただいま。あれ?お父ちゃんだけ?」
「ああ、母さんと千里はタイヤ交換してもらった車を受け取るとか言ってオートハットだかに行ったぞ。肉まんと弁当あるから食え」
などと言っている。
 
しまったぁ!と玲羅は思った。
 
あと少し早く帰って来て、私もお姉ちゃんに付いていくんだった!
 

※Timeline
 
▼Y■B●R※玲羅£津気子
 
800 ■※£津気子・千里B・玲羅で食事に行く
830 ■※千里Bと玲羅が部屋に戻る。
831 ●帰蝶からの電話でRに切り替わる。
835 ●R(白い服)が帰蝶に迎えに来てもらい出ていく
840 ※玲羅がコンビニに出掛ける
848 ※玲羅がコンビニで輝耶と遭遇
850 ▼£津気子、朝食から戻り喪服に着替える。部屋に居た千里Yもセーラー服を着る
855 ●Rと帰蝶がダムに到着
855 ■※玲羅と輝耶、コンビニの前で千里B(紺色コート)と遭遇。一緒にカフェに行く。
858 ■※3人でカフェに入りパフェを注文する
900 ▼£千里Yと津気子が光江と一緒に富士子の部屋に行く
902 輝耶が富士子にメールし、玲羅が輝耶と一緒にいることをYと津気子も知る。
905 ▼£富士子も喪服を着る
910 ▼£ 910初子の部屋→920浩子の部屋→930玉緒の部屋
940 ▼£津気子と千里Yが部屋に戻る。
945 ▼£Yと津気子がタイヤを買いに行くことにする、セーラー服の上にグレイのコートを着る
1010 ▼£Yと津気子がカー用品店でタイヤを見る
1030 ▼£Yと津気子がタイヤを買い交換を依頼する。
1035 £津気子が小足の携帯に電話。
1040 小足が川夫を自宅に呼び出す
1045 小足が武矢を連れてタクシーで斎場へ。
1050-1100 川夫が浩子と一緒に自宅でアルコール回収。宴会終了。
1050 ▼£Yと津気子が斎場に到着。
1055 父と小足が斎場に到着 1055-1105 ▼£Yと両親、斎場で十四八とお別れ
1110 £両親が川夫宅へ
1112 ▼Yが父母と別れタクシーで旅館へ 1115 ●封印作業が終わり、帰蝶がRを連れて旅館に向かう
1118 ▼カフェの30m手前でタクシー乗車中のYが消滅
1120 £川夫宅で津気子が男性陣に挨拶。
1125 ■Bが玲羅たちをカフェに置いて旅館に戻り仮眠
1134 ●Rと帰蝶がタクシーが集まっているのを見る。
1135 ●Rがコンビニで下ろしてもらう。
1140 £両親が川夫宅を出る。
1145 ●Rが4人分のお昼を買って旅館に向かう。途中で寝ているBが消滅(*9).
1150 £両親が旅館着。
1215 ※玲羅と輝耶がカフェを出る
1220 ※玲羅と輝耶がコンビニでおやつを物色
1230 ●£津気子と千里Rが車を取りにカー用品店に向かう(実際にはイオンで相談)
1235 ※玲羅と輝耶が旅館に戻る
1320 ●£津気子が車を受け取る
1325 £津気子が瑞江をピックアップする。
1330 £旅館に戻り、武矢を乗せて留萌に向けて出発。
 

(*9) 30mルールでは、基本的には前から居る側が“強く”、そこに接近して行く側(双方動いている場合は速度の速い方)が消えることが“多い”が、寝ていると寝ている側が“負けて”消える。
 
消滅した個体(というよりエイリアスに近い)は他の誰かに相乗りし、相乗りしているエイリアスの言動と経験を夢を見るような感じで認識している(そのまま眠ってしまって、覚えてないことも多い)。それで3人とも十四八の死去と葬式のため釧路に移動したことは把握していた。
 
この日の午前中の動きの結果、このようなことになった。
 
11/15の夕方はBがお参りし、この日の昼にはYがお参りした。この後Rが通夜に出るのでRはその時にお参りする。3人全員に十四八さんとのお別れをさせるというのが、全体を管理している??千里Gの計画だったのである。
 

千里と津気子が旅館を出たのは12:30くらいだが、タイヤ交換の仕上がり時刻は13時半と言われていた。しかし津気子は千里と相談したいことがあったのである。それでタクシーをオートバックスではなく、その向かい側にあるイオンに付けてもらった(このイオンは1987年にオープンしている)。
 
「オートバックス、このショッピングモールにあるんだっけ?」
「道路の向かい側なんだけど、あんたにちょっと相談したいことがあって」
「うん」
 
それで2人はイオンの中にあるマクドナルドに入った。
 

千里が“カクニパオ”(角煮包)のセット、津気子はコーヒーだけを頼んだ。
 
「実は、弾児さんが転勤になるのよ」
と津気子は話を切り出した。
 
「旭川に来てから長かったね」
「そうなのよ。5年間旭川に居たのよね。もっとも旭川の中で1回勤務する局は変わっているけど」
 
「郵便局って特定郵便局を除けば2-3年で転勤になるみたいだよね」
「そうらしいね。旭川の前は紋別市で、その前は釧路町とか言ってたけど、釧路市って最近市制施行したんだったっけ?」
 
「お母ちゃん、釧路町は釧路市の東隣の町だよ」
「え〜〜!?釧路市と別に釧路町ってあるの??」
などと母は言っている。
 
「紛らわしいよね。郵便物の宛先間違いが無茶苦茶多かったと弾児おじさん言ってたもん」
「面倒くさいから合併しちゃえばいいのに」
「合併協議はしてるみたいだよ(*10)」
「ああ、くっついた方がいいよね」
 
「福井県の越前市と越前町とかも、ここで同じで、隣接していて名前が同じで紛らわしいんだよね」
 
(*10) この合併協議会は解散してしまったので2022年現在でも両者は合併していない。2006年には四万十市に隣接した四万十町が誕生してこの類が1つ増えた。
 

「まあそれでさ。弾児さんは旭川に来てもどうせまた2年くらいで転勤だろうからというので一時的に、天子さんのアパートに同居していた。でも弾児さんたちが引っ越すと、天子さんが1人あのアパートに取り残される」
 
「ああ、分かった」
 
「以前は十四春さんと2人暮らしだから、まだ良かったんだけど、天子さんは目が見えないからさ。目の見えない年寄りを1人置いておくのは危ないじゃん」
 
「どうすんの?」
 
「光江さんは、引越先に一緒に来て下さいと言った。でも天子さんはもう旭川に40年住んでるから、ここから動きたくないと言った」
 
(天子は1960年に十四春と結婚して以来旭川に住んでいた)
 
「動きたくない気持ち分かる。特に目が見えないと慣れない街に住むこと自体が不安だよ」
 
「そうなのよね」
 
「おじさん、どこに転勤になるの?」
「辞令は今月中に出るらしい。まだはっきりしないけど、札幌か稚内になりそうという話」
 
「全然方角が違うけど」
「なんか欠員が生じてるらしいよ。それでシーズンでもないのに転勤らしい」
「普通は4月かな」
「うん。多くは4月だけど10月の異動もあるらしい。でも今回は欠員補充だからイレギュラーに12月転勤だって」
「辞令が出たらすぐ移動しないといけないんでしょ?」
「1週間程度らしいよ。前札幌に居た時の上司さんなんて、秋田への転勤を3日前に言われたらしい」
「きゃー」
 

「まあそれで光江さんと話してたんだけど、選択肢は4つだと思うの」
と津気子は言った。
 
「1つは無理にでも弾児さんの転勤先に連れて行く」
「うん」
「1つはうちに同居させる」
「へー」
「これは転勤先が稚内あるいは道外になった場合の選択肢。札幌はまだいいけど気候の厳しい稚内は、腰痛を抱えている天子さんには辛いと思うし、道外だと環境が変わりすぎるから」
 
(筆者注.実際には旭川の方が稚内より寒い!「稚内は寒いから腰痛に響く」というのは、引っ越したくない天子の言い訳)
 
「うちに住むスペースある?」
「何とかするしかない。引っ越すお金無いし」
 
引越のお金というより家賃だろうなと千里は思った。市営住宅の家賃は物凄く安い。しかしその安い家賃をうちは滞納させぎみである。民間のアパートの家賃はとても払えないだろう。
 
「1つは旭川からどうしても動きたくないというのであれば、旭川市内の老人ホームに入ってもらう」
「うーん・・・」
 
「そしてもうひとつは天子さんに今のアパートで1人暮らしさせて、ヘルパーさんを頼む」
 

「3番目と4番目はコスト的にあまり差が無いと思う。だったら3番目より4番目の方がいい。天子さんは本当に1人で充分やっていける。老人ホームに入れたら、目が見えないからと自由に行動もさせてくれないだろうし概してああいう所は世話のしすぎだから、たぶん早々に惚けてしまう」
と千里は言った。
 
「実は光江さんも私もその意見」
「じゃ3は無しで」
 
「老人ホーム案は弾児さんから出て来たのよ。弾児さんは天子さんの世話で光江さんに負担を掛けているのが申し訳無いんだと思う」
 
「でも天子さんは光江さんにとっても存在が大きいと思うよ。天子さんって優しいもん」
 
「そうなのよね。天子さんって、まず文句言うことないって。家事については光江さん流を受け入れてそれに合わせてくれるし、料理失敗してもむしろ文句言ってる息子たちをなだめてくれるし。だから自分の母よりも相性がいいって光江さんは言ってた」
 

「それで4のケースになった場合の支援体制も考えないといけないんだけど、うちに同居することになった場合、本当にどうやって住もうか」
と津気子は言った。
 
多分これが主題なのだろう。支援体制の方は主としてお金の問題だ。お金無いけど!
 
「今でもよく2DKに4人暮らしてると思ってたけど、何とか5人寝るしかないよね」
と言って、千里は方眼罫のレボート用紙(必要になるから持っていた:千里の日常)をバッグから出すと、しばらく何通りかの布団レイアウトを描いていたが、やがて
 
「あ、分かった」
と言った。
 
「何かやり方ある?」
「2段ベッドを買えばいいんだよ」
「あぁ!その手があったか」
と母も感心している。
 
「奥の部屋に2段ベッドを置いて、私と玲羅が寝る。寝相の悪い玲羅が下段だろうな。お祖母ちゃんにはその横に布団を敷いて寝てもらう。ベッドでもいいけど」
 
「いいと思う」
「じゃ天子お祖母ちゃんが留萌に来ることになった場合はその手で」
と千里は言ってから
「お祖母ちゃんは札幌にも留萌にも行きたくないと言いそうだけどね」
と付け加えた。
 
「そんな気がするのよね〜」
と津気子も言った。
 

母は最後に言いにくそうに
「あとね。天子さんが1人で暮らすことになった場合、全自動洗濯乾燥機とか、食器洗い機とか買ってあげた方がいいと思うのよ」
 
「それはあった方がいいね。ルンバも買ってあげたら?」
「なんだっけ」
「全自動掃除機だよ。勝手に部屋の中を掃除してくれる。棚とか机とかはちゃんと回避する」
「面白いものがあるんだね!」
「去年発売されたばっかり」
「世の中進歩してるね」
「既に1970-80年代のSFの世界を越えてると思う」
「そうかも」
と言ってから母は
「あのね、あのね。凄く言いにくいんだけど」
と言った。
 
やはりそこへ来るか。でも、まいっか。
 
「留萌に帰ってから用意するよ。いくらくらい必要?」
「ごめんね、ごめんね。50万とか無理だよね」
 
千里は苦笑した。
「何とかするよ。天子おばあちゃんのためだもん」
 
「ありがとう!」
 
しかし今日もらった報酬の半額が飛んだな、と千里は思った(今現金で渡せるけど、今渡したらさすがに母が仰天するだろう)。
 

13:10になったので「そろそろ終わってるかも」と言って、マクドナルドを出て道路を渡りオートバックスに向かう。
 
「あ、そうだ。お母ちゃん、お願いがあるんだけど」
と千里は言った。
「私の剣道部の先輩がね。ちょうど釧路に来てたけど、留萌への最終連絡の列車を逃しちゃったらしいんだよ」
「ありゃ」
 
「それで明日留萌で用事があるからどうしても今日中に行く必要があるらしくて。うちの母が今日留萌に帰ると聞いたら、その車に同乗させてもらえないだろうかと言ってきた」
 
「先輩って、男の人?女の人?」
「もちろん女性だよ」
「ああ、そうだろうね」
と母は言った。
 
「頼めない?免許も持ってるから、何ならお母ちゃんと交替で運転していってもいいって」
「それは助かるかも知れない」
 
それで千里と津気子はオートバックスでタイヤ交換の終わっていた車を受け取ると、釧路駅に向かい、“朝日瑞江”さんをピックアップしたのである。
 
「すみません。助かります。あらためて御礼しますから」
「女子大生さん?」
「大学2年です。でも免許は大学入学早々取って、一応これまでの走行距離は3万kmくらい。昨シーズンも冬の道を走りましたから」
「3万kmも走っているなら安心かな。普段は何に乗ってるの?」
「中古のRX-7なんですよ。50万を2年ローンで買いました」
「RX-7乗りさんなら安心だわ!」
 
それで千里と津気子は“瑞江”を乗せて旅館まで戻った。父に瑞江を紹介するが彼女が美人なので機嫌がいい。留萌に行ける最終連絡を逃したと聞くと
 
「それは大変でしたね。狭くて汚い車で良ければどうぞ乗って下さい」
と彼女を歓迎した。
 
それで13:45頃、車は出発して行った。
 

この後、ヴィヴィオはこういうコースで帰ることになる。
 
釧路-池田 110km 40km/h 2:45 津気子
池田-清水 50km 100km/h 0:30 瑞江
清水-滝川 137km 55km/h 2:28 瑞江
滝川-沼田 33km 100km/h 0:20 瑞江
沼田-留萌 38km 40km/h 0:57 津気子
小計 7:00
休憩(池田IC傍ローソン,秩父別PA)小計30分
合計7:30
到着時刻 21:15
 
瑞江を21:10に留萌駅で降ろしたが、父が21時までに帰りたいと言っていたのを過ぎてしまったので、瑞江は
「すみませーん。私の運転が未熟だったから遅れてしまって」
と謝った。しかし父は
 
「いえいえ。このくらい全然問題無いです。俺は車内でも寝てたし」
 
と言って、ご機嫌だった。母は美人にデレデレする父に蹴りを入れたくなったらしいが!
 
しかし父だけでなく、母も助手席で結構寝ていたようである。
 
千里がミミ子に運転してもらったのは、母の運転では“出港時刻(朝5時)までに留萌に到着出来ない”おそれがあったこと、そして何よりも2人だけなら喧嘩するのが確実なので、他人を同伴させることで、父が抑制的になることを期待したからであった。
 
 
前頁次頁目次

1  2  3  4 
【女子中学生のビギニング】(3)