【シンデレラは男の娘】(1)

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昔ある所に、マニアン(Magnien *1)という貿易商が居ました。彼はアンジェリーナ(Angelina)という女性と結婚し、やがてとても可愛い男の子が生まれました。夫婦はその子にロジェ(Roger *2)という名前を付けました。
 
ロジェは男の子ですが、当時の西洋での一般的な風習に従い、7歳になるまではスカートやドレスを着せられていました。これは昔のズボンは着脱がとても大変で、小さい子供はトイレに行った時に脱ぐのが間に合わないこともあったので、ある程度の年齢になるまではスカートだったのです。
 
またロジェは髪の毛が栗色で天然でカールしており、それがとても可愛かったので、胸くらいの長さの長髪にしていました。それで可愛い巻き毛のロジェがスカートを穿いていると、てっきり女の子と思う人もありました。名前を訊かれて「ロジェ」と答えると、女の子なんだから「ロゼ(Rose *2)」だろうと勝手に思い込まれ、しばしば「ロゼちゃん」と呼ばれていました。
 
両親も女の子に間違われるくらい可愛いというのに気を良くして、ロジェには本当に女の子しか着ないような可愛いドレスを着せたりしていました。それで結局ロジェは7歳になっても、スカートをズボンに変える「ブリーチング」をしないまま、ずっとスカートを穿かせていました。
 

ロジェが5歳になった年、マニアン夫妻は家庭教師(グーヴェルナント, gouvernantes)のトルカンナという女性と契約し、ロジェに読み書きを教えるようになりました。
 
昔の上流階級での子供の養育教育は3〜4歳頃まで乳母(nourrice, 英語ではnanny)が行い、5歳くらいからは女性の家庭教師(gouvernantes, 英語ではgoverness)が担当していました。女の子の場合はそのまま女性の家庭教師が12-13歳くらいまで担当しますが、男の子の場合は途中で男性の家庭教師(instituteur, 英語ではtutor)に交代するのが普通です。governessはその家の「雇われ人」ではなくあくまで「契約者」なので家政婦などとは違い、別の所に住んでいて、勉強を教える時だけ通ってきます。食事も他の使用人とは別の部屋で取ります。
 
ロジェの場合も、4歳の時までは、クレアという名前の乳母にお世話をしてもらいました。しかし5歳になったので、今度は家庭教師を付けることになり、トルカンナと契約したのです。トルカンナはマニアン家から歩いて20分ほどの所に住んでいて、死別した夫との間に2人の娘がいるということでした。
 
初めてトルカンナが家に来た時、彼女は
「素敵なお嬢さんですね」
と笑顔で言いました。
 
「いや、娘に見えるけど、実は男の子なんですよ」
とマニアンが言うと
「ごめんなさい!」
と驚いたような表情で言いました。
 
「でも女の子みたいに可愛いから、女の子に教えるような料理とか裁縫とかも教えてあげてもいいかも」
とアンジェリーナが言うので
 
「分かりました。ではそういうお勉強もしましょうね」
と笑顔で答え、トルカンナはロジェに読み書き、算数、そして音楽や舞踊のほか、料理と裁縫など女の子にしか普通は教えないようなものも教えてあげましたが、ロジェは結構そういうのが好きなようでした。
 
トルカンナが優しいし、また実はトルカンナはアンジェリーナの親戚にもあたり、結構似た雰囲気を持っていたこともあって、ロジェは、すっかり彼女になつき、楽しくお勉強をしていました。
 

ロジェの父は貿易の仕事で何ヶ月も留守にすることがありましたが、ロジェは母のアンジェリーナの愛情をたっぷり受け、トルカンナ先生からいろいろ教えてもらって、すくすくと育っていました。
 
「あのぉ、奥様、ロジェ様のブリーチングはどうしましょう?」
「そうねぇ、さすがにそろそろかなあ」
 
などと言っていた、ロジェが9歳の年、母のアンジェリーナが重い病気にかかりました。マニアンはエジプトまで仕事で行っていたのですが、報せを聞いて急いで帰国しました。しかしアンジェリーナは夫の顔を見ると安心したかのように息を引き取ってしまいました。
 
葬儀を済ませてから2ヶ月ほどマニアンは家に滞在していましたが、仕事が溜まっていきます。彼にはペルシャまで行ってこなければならない仕事が控えていました。アンジェリーナが亡くなって以来、トルカンナ先生は仕事の範囲を超えてロジェの世話を色々してくれていました。
 
マニアンはトルカンナ先生に言いました。
 
「私はロジェを残したまま海外に行くのが凄く不安なのです。トルカンナ先生、ロジェはあなたのことをとても慕っている。もしよかったら、ロジェの母親になってくれないだろうか」
 
トルカンナも奥さんを亡くして沈んでいるマニアンとロジェに同情していて、その気持ちが既に同情の範囲を超えつつあったので、この申し出を受けました。それでマニアンはトルカンナ先生と再婚したのです。
 
「ロジェ、私があなたのお母さんになってあげる。本当のお母さんみたいにはできないけど、頑張ってあなたを育てていくからね」
とトルカンナはロジェに言いました。
 
「うん。僕も泣いてばかりいないで頑張る」
とロジェも答えました。
 
それでロジェはふたりの結婚式の日、初めてズボンを穿きました。自分ももう男の子として頑張らなければと幼心に思ったのです。
 

トルカンナはマニアンと結婚すると、それまで自分の家に住まわせていた、2人の娘も連れて来ました。上の娘はクロレンダ(18)、下の娘はティカベ(16 *3)といいました。ふたりもロジェに優しくしてくれて、ロジェもふたりを慕っていました。特にティカベはロジェと相性が良いようでした。また元々トルカンナがアンジェリーナと親戚だったこともあり、ティカベは顔立ちもロジェと似ていました。
 
「じゃお前たち、お父さんはこれからペルシャまで行ってくる。半年帰らないけど、仲良くしててくれよ」
「はい」
とクロレンダ・ティカベとロジェは答えます。
 
「お前たち、ペルシャのお土産は何がいい?」
「そうね。私は素敵なティアラが欲しいわ。女王様みたいなの」
とクロレンダ。
「私はペルシャの素敵なネックレスがあるといいな。貴婦人みたいなの」
とティカベ。
「僕は可愛いドレスがいいなあ。お姫様みたいなの」
とロジェ。
 
「ちょっと待て。お前は男の子だろ?」
と父は呆れて訊きます。
 
「そうだった!忘れてた」
とロジェ。
 
「忘れるものなの!?」
 
「まだスカート穿いてた頃のことが忘れられないみたいね」
とクロレンダ。
「いっそのこと女の子になっちゃう?」
とティカベ。
「女の子になれるものなの?」
とロジェは訊く。
 
「ペルシャの医者なら、男を女にしたり、女を男にしたりできるらしいぞ」
と父は笑いながら言う。
 
「うーん・・・」
 
「ロジェ、あんたお父さんといっしょにペルシャまで行って、向こうのお医者さんに女の子に変えてもらう?」
とトルカンナ。
 
「どうしよう?」
とロジェが考え込むので
「悩むのか!?」
と父親は思わず言いました。
 
「まあいいや。ロジェは男の子だから剣か何かでも買ってこようか?」
と父は訊きました。
 
その時、ロジェはふと思って父に頼みました。
 
「じゃお父さん、ペルシャの市場で煎ってない生のヘーゼルナッツ(はしばみの実)があったら買ってきてくれない?」
 
「いいよ。お前料理が得意だし、お菓子か何かにするの?」
と父は言っていました。
 

それでマニアンはペルシャに出かけて行き、トルカンナには素敵な指輪を、クロレンダには素敵なティアラを、ティカベには素敵なネックレスを。そしてロジェには彼が望んだ通り、ヘーゼルナッツを1袋くれました。
 
マニアンはみんなへのお土産の他に、父が小さな箱をこっそり持ち帰ったのに気付いていました。夜中に父はこっそり家の外に出ると、ロジェの母アンジェリーナの墓の下にその箱を埋め、涙を流していました。ロジェはその父の姿を見て、自分も目に涙を浮かべました。
 

マニアンはしばらく家に滞在したものの、またお仕事でインドに出かけることになりました。マニアンはみんなに「インドのお土産は何がいい?」などと訊いて出かけました。
 
ところがその3ヶ月後、父の乗った貿易船が暴風雨のため沈没し、父も含めて乗組員が全員死亡したという報せが入りました。
 
ロジェは母が亡くなった上に父までも亡くなったことでショックを受けました。トルカンナもショックでしたが、トルカンナにはしなければいけないことがたくさんできました。
 
荷主などへの補償、亡くなった船員さんの遺族への補償などに駆け回ることになります。そのため、所有していた金貨や宝石の類いはもちろん土地なども処分し、最後は住んでいた屋敷まで売却するハメになります。
 
住むところまで無くなってしまったのですが、一家に同情した知人が小さな家と少しばかりの畑を貸してくれたので、トルカンナやロジェたちはその家に引越し、畑を耕してギリギリの生活を送るようになります。
 
引越の時、ロジェは母の墓を持っていきたいとトルカンナに言いました。
 
「あんたが自分で持てる範囲でなら持っていっていいよ」
 
と言ったので、ロジェは墓石はとても重たくて持てないので、墓を掘り返して遺骨の一部と、父がペルシャから帰った時にここに埋めた箱を掘りだして持っていき、新しい家の裏手に埋めました。
 
そして埋めた場所の目印になるかなと思い、ペルシャ土産に父からもらったヘーゼルの実を1個埋めました。するとヘーゼルはやがて芽を出し小さいながらも木として育ち始めました。
 

トルカンナは一連の仕事で疲れ果ててしまい、そのせいもあり自分が苦労した原因を作ったマニアンの息子であるロジェにしばしば八つ当たりしてしまうことがありました。ふたりの姉たちも豊かな暮らしができるようになって快適だったのが一転して以前より厳しい生活になってしまったことから、母親に同調してロジェをしばしば、いじめました。ロジェはトルカンナたちの豹変に困惑し、つい泣いてしまうこともありましたが、家の裏のヘーゼルを見ると、トルカンナさんだって辛いんだよと思い直し、自分も頑張らなきゃと思い直すのでした。
 
引っ越した家はとても狭く、台所の他には居室が1つしかありません。その家に4人分のベッドを入れるのは苦労しました。居室はどう頑張ってもベッドを3つ入れるのがやっとでした。
 
「ロジェは男の子だから同じ部屋にする訳にはいかないよね」
 
と言われ、居室のベッドにトルカンナと2人の娘が寝て、ロジェは台所の暖炉の傍に置かれたベッドに寝るようになりました。
 
「ここ暖炉の傍だから少しは暖かいし」
と言われたものの、夜は暖炉の火は落としていて、煙突を通して外の冷たい空気が入ってくるので、寒い上にたくさん暖炉の灰をかぶってしまいます。しばしば朝起きた時、灰だらけになっているので、上の姉・クロレンダは
 
「あんたの名前はもうシンダラス(Cinder-Ass 灰だらけの尻 *4)でいいや」
などと言いましたが、ロジェに少しは同情的な下の姉・ティカベは
 
「お姉様、それはひどいわ。もう少し可愛くシンデレラ(Cinder-ella 灰かぶり娘)くらいにしましょうよ」
と言った。
 
「娘なの〜?」
とロジェは言う・
 
「シンデレル(Cinder-el 灰かぶり息子)より少し可愛い気がするし。本人時々こっそりとスカート穿いてたりしてるし」
とティカベ。
 
「見たの〜?」
と言ってロジェは恥ずかしがりました。
 
しかしトルカンナさんは言いました。
 
「1年の内に同じ家で人死に2人出たら、もうひとり取られてしまうことがあると言います。ロジェまで死んだりしたら私は悲しい。こういう場合の魔除けとして、3年間別の名前で過ごせば無事で居られるという言い伝えがあるのですよ。だから、ロジェ、あなたの名前は13歳になるまではシンデレラということにしましょう」
 
それでロジェはシンデレラと呼ばれることになったのです。
 

ところでこの暖炉の上の時計、動かないみたいだけど壊れてるんだっけ?」
とクロレンダが言います。
 
「それはマニアンが初めて航海した時に、旅先のアルジェで買ったものらしいのよ。マニアンの遺品も補償金作りのために大半を売っちゃったけど、これはどうせ動かないし、役に立たないから売れないのよね。だからここに掛けておこうと思ってさ」
 
とトルカンナは言いました。
 
クロレンダは
「動かない時計なんて意味無い」
 
と文句を言っていますが、トルカンナが父の遺品を大事にしてくれているのを感じて、シンデレラは最近色々八つ当たりもされるけど、この人もいいところがあるんだな、と思いました。
 

ロジェがシンデレラという名前で過ごすようになって2年が経ちました。一家はとても貧乏でしたが、畑を耕したり、18歳になったクロレンダが家庭教師の仕事を得て、ガバン公というお屋敷に行ってそこの三男のジルベール、四男のフェリックスに読み書きと音楽を教え、また女物の洋服の仕立ての仕事をトルカンナが取ってきて、みんなで協力して縫っていました。
 
「シンデレラ、縫うのが凄く速い」
「それに曲線の縫い方が凄く上手い」
「あんた、お針子になれるね」
「えへへ。そうかな」
「まあお針子って普通女の子だけどね」
「いっそ女の子でもいいよ〜」
「あんたのワードローブにスカートやドレスが何枚か入っているね」
「見たの〜?」
「やはりスカート穿くんだ?」
「子供の頃のことを思い出して懐かしさにひたるだけだよ」
 
「スカートといえば、私が読み書きを教えているガバン公の末の息子のフェリックス君がやはりスカートが似合うのよ」
とクロレンダが言います。
 
「何歳?」
「今11歳。シンデレラより1つ下。だから本当はもうとっくにブリーチングしてズボンを穿くべきなんだけど、スカート姿があまりに可愛いからそのままスカート穿かせているのよね。本人もそういう格好が好きみたいだし」
 
「まあ好きならそれでもいいんじゃないの?」
「いっそお嫁さんになっちゃったりして」
「ブロー公の三男のジョルジュ君と仲良くて、ふたり並んでいるとそのまま結婚させたくなっちゃうのよね〜」
「ほんとに結婚したりして」
 

その頃、国では国王アンリの唯一人の王子であるエステル(Estelle)様のお嫁さん探しが話題になっていました。もうすぐ18歳になるというのに、結婚相手が定まらないのです。隣の国の姫だとか、大臣の親戚の娘とか、色々候補があがるものの、エステル様ご自身が消極的で、なかなかお相手が決まりません。
 
周囲がやきもきする中、王様は
「まあ、その内良い人も見つかるだろう」
 
とのんびりと構えているようでした。しかしこのままでは世継に困ると考えた大臣は王様と王子様に言いました。
 
「国中の娘を招待してパーティーを開きましょう。国中の娘が集まればさすがにその中には好みの娘もいるでしょう」
 
それで本人はその気が全く無い中、パーティーが告知され、8歳以上の未婚の娘なら誰でも来て良いということが発表されますと、国中で大騒ぎになります。玉の輿を目指して娘たちは美しいドレスを仕立てたり、少しでも可愛くなろうと、美容に励んだり、ダイエットしたりするものも多くありました。中にはダイエットのしすぎで貧血で倒れたりする者まであったといいます。
 

「娘たち喜べ。パーティータイムだぞ」
と言って、トルカンナが大きな箱を抱えて帰って来ます。
 
「私たちもパーティーに行けるの?」
とクロレンダ。
「着ていけるようなお洋服無いと思ってた」
とティカベ。
 
「着ていけるようなお洋服を作るのさ」
とトルカンナ。
 
「すごーい。作ってそれを着ていくのね?」
「まさか。これは仕立てを頼まれて来たんだよ」
「私たちが着るんじゃないの〜?」
「貧乏なんだから無理。これお仕立賃けっこう高いんだよ。凄く儲かるよ。4人全員で掛かるよ」
 
「4人って?」
「私にクロレンダにティカベにシンデレラさ」
 
「僕も縫うの?」
「どっちみちあんたはドレス着てパーティーに行く訳にはいかないし、縫うの専門で頑張ってよね」
 
「はいはい」
「だってあんたがいちばんうまいんだから。肩や胸の所とか、ウェストからヒップに掛けてのラインとかは、あんた頼りだから」
 
「お母さん、その服のサイズは?」
「この巻き尺で測って記録してきているから」
「じゃその巻き尺で布を裁断すればいいね」
 
昔は巻き尺・物差しの目盛りには色々なものがあり不統一でした。測ったのと違う物差しで洋服を作ると大変なことになってしまいます。長さの単位を統一したのは1790年代のフランス革命政府です。
 

そういう訳で、パーティーに着て行くお洋服を作りたい娘さんたちのために一家は頑張ってドレスのお仕立をしたのです。トルカンナにも言われた通り、シンデレラは縫うのが速くしかも上手いので、大忙しでした。
 
「シンデレラほんとにうまーい」
「ね、ね、ここのカーブが私うまく縫えない。やって」
「OK。どんどん縫っちゃうよ」
 
それで4人は3ヶ月ほどひたすらドレスを縫い続けました。おかげでかなりの縫い賃をもらうことができ、これまで3年ほど本当に苦しい生活をしていたのが、少しだけ蓄えを作ることができました。
 
「お母さん、結構お金貯まったでしょ?私たちのドレスをそれで買えない?」
とクロレンダは言いました。
 
「そうだなあ。できるだけ蓄えはとっておきたいんだけど、お城のパーティーなんて2度とあることじゃないしね。じゃ余った端切れをつなぎ合わせてドレスにしよう」
とトルカンナは言います。
 
「端切れなの〜?」
「シンデレラなら、うまく仕立てられるよね?」
 
シンデレラは苦笑して答えます。
 
「たぶんお姉ちゃんたち2人の分はきれいに作れると思う」
「さすが!頼む」
 
それでシンデレラは頼まれたドレスを仕立てる時に微妙に余った端切れをうまく利用して、とてもつぎはぎとは思えないような可愛いドレスを仕立てあげました。
 
「私、これにお父ちゃんの形見のティアラを付けていこう」
「私もこれにお父ちゃんの形見のネックレスを付けていこう」
 
とふたりは喜んでいました。
 
「あと1着くらい作れると思うけど、お母ちゃんのドレスも縫おうか?」
とシンデレラが言うと
 
「私は、唯一残ったよそ行きの服を着てこの子たちをエスコートして行くよ。私はパーティー自体に出る訳じゃないから、その程度の服でいいし。でもありがとうね、ロジェ」
 
とトルカンナは久しぶりにシンデレラの本名を呼びました。その名前は13歳の誕生日になったらまた使うことにしています。あとしばらくはシンデレラです。シンデレラはその自分の誕生日が、お城のパーティーの最終日だなあ、などと考えました。
 

シンデレラは念のため、残っている端切れを縫い合わせて、あと1枚、可愛いドレスを仕上げました。
 
「お母ちゃんが着ないなら、僕が着てみようかな」
などと独り言を言って、身につけてみます。鏡に映してみると、結構可愛い感じです。
 
「パーティーって楽しそうだなあ。でも招待されているのは、国中の娘だけだし、男の子の僕が行くわけにはいかないよね」
などと呟きました。
 
それでドレスは自分のワードローブの奥に入れておきました。
 

やがて3月3日、パーティの初日となります。パーティーは3日間開かれます。この夕方、シンデレラは姉たち2人の髪をきれいにセットしてあげました。
 
「あんた、こういうのもうまいね」
とクロレンダ。
 
「私が仕込んだからね。でも私よりうまくなった」
とトルカンナ。
 
「ついでにいうとこの子はお化粧もうまい」
とトルカンナは言います。
 
「ほんと?してして」
と姉2人がいうので、シンデレラは2人の姉のお化粧もしてあげました。
 
「すごーい!なんか美人になっちゃった」
と2人は感激します。
 
「もし王子様に見初められたら、みんなにももっといい暮らしさせてあげるからね」
などと2人は言いました。
 
「でも王子様のパーティーだったら、美味しいごちそうもあるよね」
とティカベ。
 
「美味しいごちそうはあるかも知れないけど、私はコルセットをぎりぎりまで締め上げているから食べるの無理」
とクロレンダ。
 
「お姉ちゃんそれ締め上げすぎ。途中で倒れても知らないよ」
とティカベ。
 
「あんたは細いからなあ」
 
「美味しいごちそうかぁ。僕もパーティーに行きたい気分だなあ」
とシンデレラ。
 
「まああんたは男の子だから無理だね」
「鶏の足1本くらいなら、くすねてこれるかも」
「それ見つかったら、みっともないからやめなよ」
とシンデレラは言いました。
 
それで2人はトルカンナにコーディネートされてパーティーに出かけていきました。
 

ひとり残ったシンデレラはベッドに横になると
 
「パーティーって、どんな所か見たい気もするけど、男の子が近寄ったら衛兵に追い払われるだろうしなあ」
などと独り言を言いました。
 
それで部屋の掃除でもしてよう、と思い寝室に入って棚の掃除をしていたら、トルカンナのベッドの上の棚から箱を落としてしまいました。
 
「ごめーん」
などと言いながら拾い上げようとしたらふたが開きます。
 
シンデレラはハッとしました。その中に入っているものに見覚えがあったからです。
 
中に入っていた服を取り出してみます。
 
わぁ。。。この服、取ってあったんだと思い、シンデレラはそれを思わず抱きしめてしまいました。
 
この服は、亡き母アンジェリーナが一番お気に入りだったドレスだったのです。何でも若い頃よく着ていた服だと言っていました。
 
母のドレス類は、父の船の事故の後、荷主さんや亡くなった船員さんたちへの補償のため、全部売却してしまったのですが、この服だけはきっとトルカンナが取っておいてくれたのでしょう。箱には母のお気に入りだった銀色の靴、そして花の形をしたブローチも入っていました。
 

シンデレラはふと、その服を着てみたくなりました。
 
服を汚さないようにシュミーズ(*5)を着け、その上に母の形見のドレスを身につけます。鏡に映してみます。
 
あ、なんか可愛い。
 
と思ってしまいました。そしてその時、僕もこんな服を着てたら、女の子と思われてパーティー会場に入れないかなと考えたのです。
 
でもパーティー行くならお化粧した方がいいよね?
 
と思い、シンデレラはトルカンナのお化粧品を借りて、きれいに自分の顔をメイクしました。一緒に入っていた銀色の靴を履き、胸には花の形のブローチを付けました。
 
たぶんこれなら・・・女の子に見えるよね?
 
それでシンデレラはその格好でお城に出かけたのです。
 
こんな格好しているのトルカンナに見られたら叱られそうだし、パーティーは夜12時までだから、その前に帰って来ようとシンデレラは思いました。
 

それでシンデレラはお城まで歩いていくと、少しドキドキしながらお城の門をくぐり、庭の通路を歩き、階段を登って宮殿の中に入りました。たくさんの若い女性が歩いています。こちらに戻ってくる人たちはもう帰るのでしょうか。多くは歩いていますが、時折2頭立てや4頭立ての馬車に乗って到着する女性もいます。きっと高貴な家の姫様かお金持ちのお嬢様なのでしょう。シンデレラは、男の子だというのがバレてとがめられないかな?と不安でしたが、門の所にいた衛兵も通路に立っている衛兵も、そして宮殿の階段やその先の通路に立っている衛兵も、何も言わずにシンデレラをそのまま通してくれました。
 
パーティー会場はとても広い広間でした。こんな大きな広間をシンデレラは見たこともありませんでした。
 
すごーい。これがお城のパーティーかぁとシンデレラは感動して見ていました。楽団が何か素敵な音楽を演奏していて、踊っている男女もいます。あれ?男の人もいるんだ?とシンデレラはしばしその様子に見とれていました。
 
その時、
 
「すみません」
と男性の声がします。
 
きゃっ。女ではないってバレた?
 
と思って焦って振り向くと、立派な身なりの若い男性です。
 
「お嬢さん、踊っていただけませんか?」
「あ、はい」
 
それでシンデレラはその男性に手を取られ、一緒に踊り始めました。幸いにも踊りは5歳の頃からトルカンナに教えられているので、普通のワルツやガヴォットなどは踊ることができます。しかもトルカンナには
 
「あなたには男の踊り方も女の踊り方も教えた方がいいみたい」
などと言われて、両方を習っているので、女の側の踊り方もちゃんとできます。それで相手が男性なので、シンデレラは自然に女性のステップで踊っていました。
 
その男性とシンデレラがきれいに踊っているので、周囲の注目を浴びたようです。
 
「誰?あのアラザン少尉と踊っている子?」
「可愛い子ね」
「見たことない子だけど、まだ社交界にデビュー前なのかしら」
 
「でもドレスの流行が少し古い」
「いや、流行を気にせず良いドレスを着こなすのは、きっと良い所の娘さんだと思うよ」
「そう言われてみるとそうかも」
「そもそも踊り方が凄くうまいし上品だし」
「うん。きっとどこかのお嬢様かお姫様よ」
 
そういう声が聞こえてくるので、シンデレラは自分が踊っている相手がアラザン少尉という人だということが分かります。しかしシンデレラはそれより
 
『男の人でも入れるんなら、わざわざ女の子みたいな格好しなくてもそのまま来られたんじゃないの〜?』
などと思っていました。
 
アラザン少尉と2曲踊った所で、休憩タイムですというアナウンスがあります。それでシンデレラはアラザン少尉に挨拶をして離れますが、その時、
 
「すみません。あなたのお名前だけでも聞かせてください」
と言われました。シンデレラは《シンデレラ》というここ3年ほど使ってきた名前を名乗るのが恥ずかしかったので、
 
「ロジェ」
と明後日から戻すことにしている本名の方を言ってしまったのですが少尉は
「ロゼですか。美しい名前だ」
と言っていました。
 

お城まで歩いて来て、会場に入ったらいきなり踊ったのでシンデレラは喉が乾いています。何かお水みたいなのがあるなあと思い、テーブルから取って飲んだら、頭の中がカァーとしました。
 
わっこれお酒だった!と気付きますが、気付いたのが遅く、シンデレラはすぐ酔ってしまいました。
 
そして休憩タイムが終わると、すぐにシンデレラの所に別の男性から踊りの申し込みがあります。酔って気が大きくなっているので
 
「はい」
と気軽に応じて、またその男性と2曲踊りました。
 
パーティーはどうも2曲ごとに休憩タイムになって、パートナーを交代するようになっているようです。シンデレラはその日20人ほどの男性と踊り、名前を訊かれると「ロジェ」と答えるのですが、相手はみんな「ロゼって可愛い名前だね」などと言いました。
 
そして広間の時計が11時半を示した時、そろそろ帰らないとお姉ちゃんたちが先に帰ってしまうと思い、退出しようとしていた時、また若い男性から
 
「僕と踊って頂けませんか?」
と言われました。
 
「はい」
とシンデレラは応じます。たぶん10分くらい踊ったらまた休憩タイムになるからそこで退出すればいいと思ったのです。
 
この男性は最初に名前を訊きました。
「ロジェです」
とシンデレラは答えます。
 
「ロゼ(薔薇)か。素敵な名前だ。あなたにはこの花がふさわしい」
と言って近くにいた従者?に向けて指を鳴らすと、その従者が持っていた袋の中からピンクの薔薇を1本シンデレラに渡しました。
 
「すみません。あなたのお名前も訊いて良いですか?」
とシンデレラが言うと男性はなぜか笑った上で
 
「僕はエステルです」
と答えました。
 

そしてふたりは踊り出したのですが、シンデレラは彼がとてもリードがうまいのに驚きます。シンデレラも踊りは上手いのですが、彼がとてもうまくリードしてくれるので、とても踊りやすく、結果的にふたりの踊りはとても素敵なものとなりました。
 
凄く気持ちよく踊れる〜!とシンデレラは思っていました。
 
あっという間に2曲が終わってしまいます。ちょっと名残惜しいなと思いつつもシンデレラはエステルにお辞儀をして離れようとしました。その時、彼はシンデレラに言いました。
 
「明日も来てくれる?」
「はい。結構楽しかったし」
 
休む暇も無く踊っていたので、結局何も食べることができなかったのですが、ここの所、農作業か仕立て物ばかりしていたので、今日はたくさん踊ってとても楽しい気分になっていました。
 
「じゃ待ってるよ、ロゼ」
「では失礼します、エステル様」
 
それでシンデレラはお城の広間から退出しました。
 

急いで帰らないと、トルカンナやお姉さんたちが戻って来る!
 
そう思うと、シンデレラは急ぎ足で宮殿の廊下を戻り、階段を降りて、庭の通路を小走りに進み、門を出ました。その後はほとんど走って家まで戻り、ドレスを脱いでお化粧を落とします。靴もボロ布で汚れを丁寧に拭きます。そしてドレス・靴・ブローチをまた箱に入れ、トルカンナのベッドの上の棚に戻しました。
 
エステルからもらった薔薇の花は、どうしたものかと思ったのですが、裏庭の端に刺し、水を掛けてみました。うまくすれば根付くかも知れないし、水をあげていれば4〜5日はもつかもと思いました。
 

シンデレラが帰って来てから30分ほどして、トルカンナとクロレンダ・ティカベが戻って来ました。
 
「お帰りなさい。楽しかった?」
「うん。結構楽しかった。踊りを申し込んでくれる殿方は誰もいなかったけど、お料理はたくさん食べたし」
 
「殿方って、パーティーは王子様以外にも男の人いたの?」
「うん。王子様以外にもたくさん良い所のお坊ちゃまたちも来てたよ」
「へー」
「女の子たちも、さすがに王子様に見初められるのは難しいとしても、どこかの良い家のお坊ちゃまに見初めてもらえればという気持ちで来ていたと思う」
「なるほどー」
 
それでアラザン少尉とか、エステルとか、たくさん若い男性が居た訳だ。
 
「女の子は誰でも入れるから多分1000人は居たけど、男性は招待状をもらった50-60人だけだったみたいね」
「じゃ僕は行っても入れなかったんだ?」
「男は、招待状が無きゃダメだよね」
 
しかし男性が50-60人しか居なかったわりには僕、20人くらいと踊ったぞとシンデレラは思いました。ではあの場に居た男性の半分近くと踊ったのでしょうか。
 

「王子様のお嫁さんは決まりそう?」
とシンデレラは訊きました。
 
「どうだろう。今日王子様はいろんな娘と踊っていたよ。その中にお気に入りの子が出ると決まるんだろうけどね」
 

「そうそう。シンデレラにお土産」
と言ってティカベが皮の包みを取り出します。
 
「お料理少しくすねてきたから」
「わあ、ありがとう!すごーいお肉だ」
 
「私たちはパーティの席でたくさん食べたから」
「クロレンダお姉ちゃんも食べられた?」
「コルセットの紐を外して食べた」
「ああ、それがいいね」
「どうせ私に王子様が声を掛けてくれる訳ないし美味しそうな匂いに負けた」
などとクロレンダは言っています。
 
「じゃ頂きまーす」
と言って、シンデレラはその肉料理を食べました。
 
「美味しい!」
 
シンデレラもパーティーに行きはしたものの、ひたすら踊っていたので食べている暇が全く無かったのです。
 
「でしょ?あんたも連れてってあげたかったけど」
「僕、女の子じゃないし、王子様から招待状もらえるような身分でも無いし」
 
「残念ね〜。いっそ女の子になっちゃう?」
「ペルシャのお医者さんにかかると、男を女にしたり、女を男にしたりできるんだっけ?」
「そうらしいね」
 

「そうだ。そのペルシャのお医者さんってのが今来ているのよ」
とクロレンダが言います。
 
「うそ!?」
 
「ガバン公の奥方が、悪性の出来物ができてて、それを取る手術をするのに来たんだって」
「ああ、そういう手術なんだ」
 
「それと一緒に四男のフェリックス君を女の子に変える手術もするらしいよ」
「うっそー!?」
 
「ガバン公は男の子ばかり4人で女の子がいなかったでしょ?それでフェリックス君を女の子に変えて、ブロー公の三男のジョルジョ君と結婚させるんだって」
 
「そんなのありー?」
 
そういえばフェリックスとジョルジュは仲が良くて、ふたり並んでいるとまるでカップルのようだとクロレンダは言っていたな、とシンデレラは思い出しました。
 
「実は今日のパーティーにも、フェリックスは女の子のドレスを着て来ていたのよ」
「すごーい!」
「もちろん女の子として入場した。そして招待状もらって来ていたジョルジュ君と踊っていたけど、凄くお似合いだったよ。ふたりは他の人とは踊らずにずっとふたりだけで踊ってた」
「へー」
 
「フェリックスって、凄く可愛いしね」
「うん。小さい頃から女の子にしてあげたいって随分言われてたみたい」
「それでとうとう女の子にしてもらえるんならいいんじゃない?」
「可愛いお嫁さんになりそう」
 

シンデレラは「あんたも手術を受けて女の子になりなさい」とか言われないかとドキドキしました。でもティカベが言います。
 
「でもそういうのの手術代って凄く高いんじゃないの?」
 
「うん。奥方の出来物の手術は金貨10枚、フェリックス君を女の子に変える手術は金貨15枚だって」
「凄い!そんなにするんだ!」
「その他にペルシャからわざわざ来てもらった旅費を金貨5枚払うから全部で金貨30枚らしいよ」
 
「じゃうちじゃそんなの払えないよね」
とシンデレラが言うと
 
「あんたお金があったら、女の子になりたいの?」
と言われ
 
「なりたくないよー」
と答えたのでした。
 

翌3月4日、そのフェリックス君を女の子に変える手術が行われるというので、クロレンダが「あんたも後学のために見るといい」と言ってシンデレラをガバン公の屋敷に連れて行きました。むろん一般の人に公開するようなものではないのですが、クロレンダが当のフェリックスとお兄さんのジルベールの家庭教師をしている関係で一緒に屋敷に入ることができました。
 
手術は屋敷の中でいちばん明るい吹き抜けのある広間で行われ、使用人や家庭教師などは2階からその様子を見ることができるようになっていました。シンデレラは男の子を女の子に変えるってどうやるんだろう?と思ってドキドキして見ています。
 
周囲の話を聞いていると、手術は2回に分けて行われ、今日は1回目の手術で、来月2回目の手術をするらしいです。
 
フェリックス君は女の子の服を着て部屋に入ってきました。女の子になるから、もう洋服も女の子の服を着ているのでしょう。彼(彼女?)はブロンドの巻き毛が美しく、顔立ちも優しいので、女の子の服を着ていると女の子にしか見えません。こんなに可愛かったら女の子になってもいいよなあ、とシンデレラは思いました。
 
上半身の服を脱いで、横になります。
 
手足を縛られます!
 
「なんで縛るの?」
とシンデレラはクロレンダに訊きます。
 
「手術の途中で暴れたりしないようにじゃない?」
「なんで暴れるの?」
「痛いからでしょ」
「暴れたくなるほど痛いんだ?」
「まあ手術ってそんなものだよ」
 
更に彼(彼女?)の口に布が押し込められました。
 
「なぜあんなの押し込めるの?」
「叫んだり、舌をかみ切ったりしないためでしょ」
「叫ぶのは分かるけど、舌をかみ切るってなぜ?」
「あまりの痛さにいっそ死のうと思って舌をかみ切ったりしないようにだと思うよ」
「死にたくなるほど痛いんだ?」
 
やがて手術が始まります。お医者さんの傍で火が焚かれ、鍋の中に何か丸い灰色のものが2つ入っているようです。
 
フェリックス君は今はまだ男の子なので、上半身も男の子の裸です。おっぱいがありません。でも男の子でも乳首はあります。お医者さんは右の乳首の下のところを刃物(メスというんだと後で教えられた)で切り開きます。
 
「痛そう・・・」
「痛いだろうね」
 
実際フェリックス君もかなり辛そうな顔をしています。でも我慢しているようです。
 
お医者さんは鍋の中で煮ていたものをまずは1個取り出すとどうもお酒を掛けているようです。そして充分それを掛けてからフェリックス君の乳首の下を切り開いた所に差し入れました。
 
「あ、おっぱいになるのか」
「そうみたい」
 
そして差し入れた後形を整えると、針と糸で縫います。
 
「切って縫うのか。まるで洋服を仕立て直すみたい」
「洋服を直すのも身体を直すのも似たようなものかもね」
「うーん。。。」
 
右側の胸の傷を縫った後、今度はお医者さんは左側の乳首の下もやはりメスで切り開きました。そして鍋で煮ていたもうひとつの丸いものを取り出すと、やはりお酒を掛けています。そしてそれを右胸の切り開いた場所に挿入しました。そして形を整えてから縫い合わせます。
 
手術は30分ほどで終わりましたが、この手術の結果、フェリックス君には立派なおっぱいができました。
 
「すごーい。女の子みたいになっちゃった」
といいながらシンデレラは少し感動しています。
 
「まあ女の子にする手術だからね」
とクロレンダ。
 
「でも痛そうだった」
「痛いだろうけど、今日は何とか我慢したね。来月この続きの手術をするんだろうけど」
 
「まだこれだけで終わりじゃないんだ?」
「一度にやると辛すぎるから2度に分けてやるんだと思うよ。次はいよいよあそこの手術なんだろうね」
「あそこって?」
 
シンデレラが全然分かってないようなのでクロレンダは「うーん」と悩んでから言いました。
 
「今日の手術は女の子にあって男の子には無いものを作ったでしょ?」
「おっぱいのこと?」
 
「そうそう。だから来月は、男の子にあって女の子には無いものを取る手術をするんじゃないの?」
 
「男の子にあって女の子に無いもの??」
シンデレラは全然分かってないようでした。
 

その日の夕方、お城では2日目のパーティーが開かれました。この日もシンデレラは姉たちの髪をセットし、きれいにお化粧をしてあげました。
 
そして母と姉2人を送り出した後で、ふと思い出します。
 
「そういえば、エステルさんに、今日も来てねと言われたんだった」
 
昨夜も女の子ではないなんてバレなかったし、今夜も女の子の格好をして行ってみようかなと思います。でも何着て行こうと思いました。昨日は母の形見の服を着ていったのですが、「少し前の流行だよね」などと言われてしまいました。
 
「じゃこちらを着ようかな」
と言って、シンデレラは自分のワードローブの奥から、先日自分で縫ったドレスを取り出しました。端切れを組み合わせて作っているのですが、色の違う布が結果的に切り替えのようになっておしゃれな感じになっています。
 
それでシンデレラはまたシュミーズの上にそのドレスを着たのです。お化粧もきれいにしてみました。
 
それで出かけようかなと思った時、どこかでガタッという音がしました。
 
何だろうと思って見に行くと、暖炉の上に掛かっていた時計が落ちていました。見てみると時計を掛けていた釘が曲がったようです。それでシンデレラはその釘を抜くと、新しい釘を打ち、そこに時計を再度掛けようとしました。
 
ところが掛けようとした時、この時計が異様に重いことに気付きました。
 
なぜこんなに重いの?
 
と思い、少し振ってみるとカタカタ音がします。なんで?と思って裏のふたを開けてみました。
 
するとそこに何か箱が入っていることに気付きます。
 
何だろうと思い取り出して開けて見ると、そこには金色の婦人靴と金色の小鳥の形をしたブローチが入っていました。
 
これ・・・お母さんが1度だけ履いているの見たことある。お母さんが自分の結婚式の時に履いた靴だと言っていた。あれを履いていたのも多分誰かの結婚式に出席する時だったんじゃないかな。
 
などと思います。そしてこの時計が動かなくなったのは母が亡くなった後だということにも気付きました。
 
きっと・・・母の遺品を父が箱に入れてこの時計の中に隠したんだ。父はトレカンナと結婚したから、前妻の物を取っておくとトレカンナに悪いと思い、でもこれだけは処分できなくてここに隠したのかも知れません。
 
それでシンデレラは今日はこの靴とブローチを借りようと思いました。
 

それでその日もシンデレラは歩いてお城まで行きました。衛兵の立っている門をくぐる時はけっこうドキドキするのですが、衛兵は何も言いません。
 
また昨日と同じように庭を通り、階段を登ってお城の中に入りました。そして通路を通り会場の中に入ります。
 
会場は昨日と同様に多数の人がいて、楽団が音楽を演奏し、多数の人が踊っていました。お料理もたくさんあります。
 
料理も美味しそうだなあ。昨日は自分では全然食べられなかったからと思い、少しお料理ももらっておこうかなと思い、料理の並んでいるテーブルに行きかけたのですが、声を掛けられます。
 
「ロゼ」
 
振り向くと、エステルが立っていました。
 
「また来てくれたね。今日の君にはこれをあげよう」
 
と言って、エステルは従者の持っている袋から、白い薔薇を2本取るとシンデレラに渡しました(*6)。
 

「踊ろうか」
「はい」
 
シンデレラは笑顔で応じて、エステルと踊り始めました。
 
やはりこの人と踊るのは凄く楽〜と思います。ステップが正確なので複雑な動きをした時も、うっかり彼の足を踏みそうになることがありません。安心して動くことができます。
 
ふたりが踊っていると、周囲の噂する声が聞こえます。
 
「エステル様と踊っている子、昨日も来てたね」
「踊りがうまいよね。エステル様もうまいから、ふたりが踊っている様がすごくきれい」
 
「昨日は少し古風な服を着ていたけど、今日のは斬新だね」
「なんか色々端切れをつないだ服のようにも見える」
「いや、それがやはりお金持ちの趣味なんじゃない?」
「配色が凄くセンスいいよ。きっとあれ高名なドレスメーカーさんが作った服だと思う」
「うん。曲線のカットの仕方が凄く大胆だし、美しいカーブを描いているもん」
「あれはかなり技術力の高い洋裁師が裁断して縫製したものだと思う」
 
それで2曲踊り、休憩タイムになります。それでシンデレラはエステルに礼をして、離れます。そして今日やっとテーブルから小ぶりのサンドイッチ(*7)を取り、女性がするように口元を手で隠して食べました。
 
美味し〜い!
 
やっと食べられた。
 
飲み物は無いかなと思いグラスの並んでいる所に行きます。シンデレラは素直に近くに居る人に訊きました。
 
「これってミネラルウォーターではないですよね?」
 
「それはビールですよ。ミネラルウォーターは向こうにある青いグラスに入ってますよ」
 
「ありがとうございます!」
 
それでシンデレラは今日はちゃんと水を飲むことができました。昨日はワインで酔っぱらってしまったので今日は気をつけようと思います。
 

それで水を飲んでいる内にまた音楽が始まってしまいました。殿方たちが女性を誘って踊り始めます。それを眺めていたら、
 
「ロゼ踊ろう」
とい声がします。エステルです。
 
「ありがとうございます。でも同じ方と続けて踊っていいのかしら?」
とシンデレラは訊きました。
 
「君が気にしなければ僕は続けて踊りたい」
「ではお供させて頂きます」
 
それでシンデレラは水のグラスを使用済みの所に置き、エステルと踊り始めました。
 
そしてこの日、シンデレラはひたすらエステルとだけ踊り続けたのです。
 
「エステル様、あのお嬢さんが気に入ったみたい」
「ずっと踊ってるね」
 
「他の女性がエステル様に自分で売り込みにいっても断られているみたいだし」
「うん。昨日エステル様と踊ることのできた子でも今日はダメみたいね」
 
「でもふたりともダンスが上手〜い」
「美男子と美女の組合せだからきれいだし」
 
「あの娘(こ)、昨日は銀色のブローチつけて銀色の靴を履いてた。今日は金色のブローチと金色の靴だよ」
 
「だったら明日は何を着けるのかしら?」
 

エステルは話術も巧みでした。彼の話はしばしば遠いインドや中国などのことまで及びます。シンデレラの父もインドには数回行っていたので、エステルの話にシンデレラは結構付いて行きました。
 
「君はよく知っているね」
「私の父が何度か貿易でインドまで行っていたので」
「ああ、貿易商の娘さんか」
「でも亡くなってしまったんですよ」
「それは悪いこと聞いたね」
「いえ。いいんですよ」
 
「ロゼは知ってる?中国の更に向こうにジパングという島があってそこは黄金が満ちあふれているらしい」
「それは知りませんでした。中国がこの世の果てかと思ってました」
 
「そのこの世の果ての更に向こうだから、きっと仙人とか仙女とかが住んでいるんだと思うよ」
「わあ」
 
「そこは家とか道路も全部黄金でできていて、人々が着ている服まで黄金らしい」
「それは凄い。でも黄金の服って重くないですか?」
「重いだろうね!君はやはり面白い」
 
そんなことも話している内にあっという間に時間が過ぎてしまい、広間の時計は11時45分を指します。
 
「ごめんなさい。そろそろ帰らないと叱られるから」
と言ってシンデレラはエステルから離れます。
 
「明日も来てくれるよね?」
「はい。参ります」
 

それでシンデレラは広間から退出すると、小走りに廊下を進み、宮殿の階段を駆け下りて中庭を進みます。そして門を出た後は、全力で走って家に戻りました。
 
すぐに靴を脱ぎ、ボロ布できれいに拭いて、金色の小鳥のブローチと一緒に箱に納め、時計の中に入れました。時計を元の所に戻します。そしてお化粧を落とし、ドレスを脱いで自分のワードローブの中に入れました。エステルからもらった薔薇は昨日と同様、畑の端、昨日のピンクの薔薇の左側にさして、水をあげました。
 
疲れたのでベッドに入ってうとうととしていたら、トルカンナとクロレンダ・ティカベが帰って来ました。
 
「シンデレラ寝てた?」
「ごめーん。お腹も空いたし寝てた」
 
今日のシンデレラはお城のパーティーで最初はサンドイッチを食べたものの、その後はひたすらエステルと踊っていたので、結局それ以外は何も食べられなかったのです。何も食べてないのにはひたすら踊っていたのでかなり疲れていますし、お腹も空いていました。
 
「今日も料理をくすねてきたよ」
「ありがとう!」
 
それでシンデレラはティカベが持って来てくれた料理を味わって食べたのでした。
 

「お姉ちゃんたちは、誰か男の人と踊った?」
「全然」
「誰からも申し込まれなかったね」
「だからひたすらおしゃべりして、料理食べてた」
「それもいいなあ」
 
「あんたも女の子なら一緒に来られるのにね〜」
 
「そうだ。王子様はお気に入りのお嬢さんが見つかったみたいよ」
「へー!」
 
「昨夜最後に踊ったお嬢さんなのよ」
「ふーん」
「今日は最初から最後までずっと王子様はその人とばかり踊ってた」
「凄い。完全にお気に入りになったんだ?」
 
「可愛い子だったね」
「でもどこのお嬢さんだろうねと話してたのよね」
「凄く若い感じだったから、きっと今まであまり表に出してなかったお嬢様なのかもね」
「なるほどー」
 

翌3月5日、ガバン公の家で、ペルシャの医師が奥方の出来物を取る手術をするので今日も見ない?とクロレンダが誘ったので見に行きました。
 
右のお乳に出来物ができているということだったのですが、今日の奥方は昨日のフェリックス同様、ベッドに手足を縛り付けられ、口にも布を押し込められて手術を受けました。見ていると、医師は右の乳房を全部切り落としてしまいました。
 
「おっぱい取っちゃうんだ!」
「出来物の部分だけ取っても、出来物の悪い成分がその近くにも広がっている可能性があるんだって。だから、おっぱいまるごと取ってしまうのがいいらしい」
とクロレンダは説明します。
 
「でもおっぱい無かったら困らない?」
「たぶん落ち着いてから、昨日フェリックスにしたのと同じような手術をしておっぱいを作るんだと思うよ」
 
「なるほどー!そうだ。あのおっぱいの所に入れていた丸いのは何だったの?」
 
「特殊な粘土を入れた革袋らしい。触った感触がおっぱいそっくりなんだって」
「粘土なのか・・・」
 
「あんたもおっぱい欲しい?」
「えー?別に要らないよう。僕男の子だし」
「女の子になる気は?」
「うーん・・・・」
 
「そうか。悩むのか」
と言ってクロレンダは可笑しそうにしていました。
 
「あ、そうそう。フェリックスはおっぱいもできたし、もう今日からは女の子ということで名前もフェリシアに変えたんだよ」
「へー!やはり名前も女の子らしくするのね」
「女の子なのに名前が男みたいな名前だったら変だからね」
 
 
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【シンデレラは男の娘】(1)