【アレナクサン物語】(2)

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ファルマー皇子が、アルマン候の娘を選んだと聞き、グルセは危機感を持ちました。それで皇帝の前に出て言いました。
 
「昨夜、大天使セブラール(*)が私の枕元に立って言いました。皇后様のご病気を治すには、キリマ・ンジャロの山頂の神殿前の泉に湧いている“命の水”(マジ・ヤ・ウジマ)が有効であると。そしてそれを取ってこられるのは、キリマ・ンジャロと同様の神聖な山アール山の麓で生まれた高貴な娘だけであると」
 
(*)西欧ではガブリエル(Gabriel)と呼ばれる。トルコ語ではセブラール(Cebrail). 聖母マリアに受胎告知した天使。アブラハムの宗教に共通の大天使の1人。現代の解釈では男性とみなされるが、一部のオカルティストの間では女性的と考えられており、男性的なミカエル(Michael トルコ語ではMikail)とよく対比される。
 

「それはアレナクサン・アルマンのことか?」
「確かに彼女はその条件を満たしております」
 
「分かった。取りに行かせよう。半年ほどかかるだろうが、護衛の兵士を10人も付けて速い馬を交換しながら行けば何とかなるだろう」
 
(コンスタンティノープルからキリマ・ンジャロまでは直線距離でも往復8000kmあり、1日に50km進んだとしても160日掛かる計算になる)
 
「いえ。これはひとりで取ってこなければ効果が無いのです」
「しかし、か弱い娘をひとりだけで、遙か遠いキリマ・ンジャロまでもやれんぞ」
 
「神のご加護があれば大丈夫です。それに彼女は自分の領地から都まで片道7500スタディオンの距離を歩いてきています。馬も使えるらしいので、きっと大丈夫でしょう」
と言いながらグルセはまさか成功しないよね?などと一抹の不安を感じます。
 
「そして彼女が戻って来たらすぐ盛大な結婚式を催しましょう」
と言いながら、本当に生きて帰ってきたらどうしよう?と不安が増大します。
 
ここでグルセは、もしアレナクサンがこのミッションに失敗し、自分の娘フルバが代わってお后候補になった場合、同等の試練を課されることになるということには全く考えが及んでいません。この時は、ただ何とかしてあの娘を排除しなければということだけ考えていました。
 

皇帝は少し悩んだのですが、アレナクサンを呼んでこのことを伝えました。
 
「皇后陛下のご病気に効くのでしたら、ただちに行って参ります」
とアレナクサンは答えます。
 
アレナクサンとしては、このまま皇子と結婚ということになり、女でないことがバレると、自分が死刑にされるくらいはいいとして、父アルマン侯にも処分が及びかねない。だから、そんな危険な旅をして、もし事故死でもすれば、それでもいいと思ったのです。自分が事故死したら、きっと皇帝はアルマン侯に謝り、補償などもしてくれるだろう。それで自分は父に貢献できると考えました。
 
護衛の兵士などは連れていけないと言われたものの、侍女くらいはよいだろうと言ってもらえたので、ザベルには父との連絡役を兼ねて留守番を命じ、カリナひとりを連れて、アレナクサンは遙か南方のキリマ・ンジャロ目指して皇帝から拝領した、1日に500スタディオン(100km)走れる馬2頭に乗って皇宮を出たのです。(カリナは自分で馬に乗れる。ザベルは乗れないのもあり、彼女には留守番を命じた)
 
キリマ・ンジャロまでは20000スタディオン(4000km)くらいと聞いたので、順調にいけば、40日ほどでこのアフリカの霊峰に到達できるはずです。
 
(*)中国の古典でいう「千里を駆ける馬」。この“里”は現代のように4kmではなく0.1kmくらいだったと言われている。つまり1日に100km走れる馬のことだった。馬は短距離走タイプが多いが、たまにこういう長距離走が得意な馬も存在する。むろん物凄い高額で取引されていたと思われる。
 
中国『戦国策』にある「隗(かい)より始めよ」では、千里の馬がなかなか得られなかったので、千里の馬の骨を高額で買ってみせたら、骨でも高額で買うのかといって、千里の馬を売る者が多数来たという話が述べられている。つまり金さえ出せば、そういう馬は割と存在したのだろう。
 
(それで隗は「自分みたいな駄臣に高額の給料を払ってみてください。そしたらあんな馬鹿にも高給を払うのかと言って、もっと優秀な人材が集まってきますから」と言って、隗は厚遇してもらう。すると本当に昭王の元には多数の人材が集まったという。現代では「隗より始めよ」は「言い出しっぺが頑張れ」のような原典とは違った意味で使われることが多い。多分誤用の定着)
 

アレナクサンとカリナは馬をひたすら走らせ、地中海を船で渡って、わずか10日ほどでエジプトのカイロに到達します。エジプトはコンスタンティノープル帝国の友好国なので、ここで皇帝からの手紙を見せて、アレナクサンたちはかなり疲労が目立ってきていた馬を交換してもらいました。
 
ここで受け取った馬はアフリカの荒れた大地に慣れた馬だったので、2人の行程はますますスピードアップしました。そして、コンスタンティノープルを出てから25日ほど経った7月中旬、ふたりは巨大な湖の畔に到達しました。ナイル(白ナイル)の水源にもなっているニアンザ湖(英名ヴィクトリア湖)です。目的のキリマ・ンジャロまではここから500km, 5日ほどです。
 
「湖だと教えられていなかったら、海かと思っちゃう」
「物凄く広い湖ですね」
 
ニアンザ湖の水域は68,800km2 で、瀬戸内海(23,200km2)の約3倍である!
 
「黒海より広いかな」
「エジプト王の話では黒海の6分の1くらいということでした」
「ああ。黒海よりは狭いのか」
 
(黒海は436,400 km2 だが現代の定義では黒海は湖ではなく“海”に分類されている:但し湖だと主張している国もある。一応隣のカスピ海374,000km2が世界最大の湖とされる。ニアンザ湖(ヴィクトリア瑚)は世界第3位の湖。第2位はスペリオル湖)
 

湖にカモメのような鳥(*)が12羽飛んできました。そして見ていると、そのカモメが、湖のほとりに降り立つと、全員美女に変身したのです。彼女たちは、アレナクサンたちには気づかないようです。
 
「不思議なこともあるもんだね」
とアレナクサンたちは小さな声で言い合います。
 
よく見ると、湖畔の木の枝に白い衣が掛かっています。
 
「あの衣を着るとカモメに変身するのかも」
「ああ、その手の伝説は聞いたことある。だったらあれは天女の類いかな」
「みんな美人ですものね」
「確かに美しいよね」
「アレナクサン様、女性の裸を見て変な気持ちになりません?」
「変な気持ちって?」
 
とアレナクサンが不思議そうに訊くので、カリナは、この子ってやはり女性に興味が無いのかな。私にも手を出さないしと思いました。カリナは小さい頃から、もしアレグ様に求められたら、快く応じるように言われていました。自分がこの子の筆下ろし役も務めるのかなとも思っていたのですが、どうもアレグは自分のみならず、そもそも女性に興味が無いのかもという気もしていたのです。
 

天女たちは水浴びをしていたのですが(*)、やがて水から上がってきます。
 
そして羽衣を掛けた木の傍に歩み寄ったのですが、その時、強い風が吹いてきて、羽衣が飛んでしまいました。
 
「あ!」
と天女たちが声をあげます。
 
アレナクサンたちは、彼女たちからは死角になる。岩の陰にいたのですが、飛び出して、飛んできた衣をキャッチします。ふたりで手分けして拾います。羽衣を追いかけて来た天女たちも何枚かつかまえました。
 
「ありがとうございました!」
と天女たちが感謝します。
 
「これで全部かな」
と言って数えてみると、11着しかありません。
 
「私の羽衣が無い」
とひとり若い天女が泣きそうな顔で言いました。
 
「たぶんどこかそのあたりに・・・・」
と言って、探していた時、カリナが
「あそこにある!」
と言って指さしました。高い木の先端にひっかかっているのです。
 
2人の天女が羽衣を付けてカモメに変身し、飛んで行って、2人(2羽?)で協力して羽衣を取ってきました。
 
「ありがとう」
と言って若い天女はその羽衣を受け取ったのですが、
 
「あ、破れている!」
とまた泣きそうな顔で言います。
 

「見せて」
と言ってアレナクサンはその羽衣を手に取ってみました。羽衣は中央から大きく裂けています。
 
「カリナ、裁縫道具あったよね?」
「もちろん」
 
それでカリナが出してくれた裁縫道具から、アレナクサンは細い針と絹糸を取り、その裂けた羽衣をきれいに縫い合わせてあげました。(実はカリナは裁縫があまり得意ではない)
 
「これでどうかな」
 
それでその修復された羽衣を若い天女が身につけると、ちゃんとカモメに変身して空を飛ぶことができました。
 
「よかったよかった」
「ほんとにありがとうございました。どうなることかと思いました」
と若い天女。
 
リーダーっぽい年長の天女も
「助かりました。本当にありがとうございます。この御礼はまたあらためて必ず致しますので」
 
「そんなの気にすることないよ。お互い様だよ」
と言って、2人は湖畔を離れました。
 

(*)ビクトリア湖周辺には、カモメの近縁種であるハサミアジサシ(鋏鰺刺)が生息している。
 
(*)少なくとも現代のヴィクトリア瑚には住血吸虫が生息しており、水浴び・水泳は危険である。アスワンハイダムの建設がナイル周辺の住血吸虫の蔓延をもたらしたとも言われる。
 

アレナクサンとカリナはそのあと5日間馬を走らせ、やがてキリマ・ンジャロの麓に到達しました。コンスタンティノープルを出てから30日、7月下旬のことでした。物凄く速い行程です。
 
「これは・・・凄い山だね」
とアレナクサンは言いました。
 
カリナも山を見て感動して
「これこそ神の住む山です。アール山も凄い山でしたが」
と言います。
 
(キリマ・ンジャロは5895m, アール山は5137m。どちらも充分凄い山である。なお“キリマ・ンジャロ”:直訳すると白い山:はスワヒリ語だが、マサイ語ではンガイエ・ンガイ“神の家”という。まさに霊峰)
 

2人は、キリマ・ンジャロの麓にある小王国で、コンスタンティノープルの皇帝、およびエジプト王からの手紙を見せて、馬を預かってもらうのとともに、登山のための装備を調えようと思いました
 
ところが、2人がその小王国の入口付近まで来た時、ひとりの尊い雰囲気を漂わせた女性が現れました。
 
「私は天女の管理者の女神です。ちょっと北極まで行っていたので御礼が遅れました。本当によく助けて頂いたようで感謝しています。もしそなたたちに何か望みごとがあれば、叶えてあげますよ」
と女性(女神様)は言いました。
 
「あのくらいはお互い様ですよ」
とアレナクサンは言ったのですが、カリナは思いついて言いました。
 
「女神様、このアレナクサンを女に変えることなどできますでしょうか?」
 
「え?」
とアレナクサン本人は驚いたのですが
「だって、あんたが女になったら、もう皇子様を避ける必要ないじゃん」
とカリナは言います。
 

「女に変えるって、元々女ではないかと思ったが、そなた実は男か。私も気づかなかった」
と女神様は言います。
 
「たまに男になりたいという娘はいるが、女になりたいという男は珍しい。そなた、本当に女になってもいいのか?」
と女神様は確認しますが、アレナクサンが返事をする前に、カリナが
「お願いします」
と言いました。
 
「そうか。それほど望むのなら女に変えよう」
と女神様は言いました。
 
アレナクサンは、嘘、まだボク女になってもいいなんて同意してないのに!?と思いましたが、身体が変化していくのを感じます。
 
おっぱいが膨らみ始め、急に胸が重くなったのを感じました。そして、お股は急速に軽くなっていきます。え〜〜!?と思っている内に、アレナクサンの身体はすっかり女になってしまいました。お股に触ってみて、男の印が消滅し、代わりに女の印ができていることが分かりました。
 
「ちんちん無くなっちゃった」
「女にはちんちん無いから」
「そもそも、そなた女の格好をしているということは、女になりたかったのだろう?」
「もちろんなりたいと思っていました」
と答えるのはカリナです!アレナクサン自身はまだ女の身体になってしまった自分に戸惑っています。
 

「1人ひとづずつ望みを聞くが、もうひとつは何にする?お金持ちにでもしてやろうか」
と女神様はアレナクサンに尋ねました。
 
しかしその時アレナクサンは特に何も思いつきませんでした。
 
「すぐには思いつかないか?では明日またここで会おう。その時、お前の望みを聞こう」
と女神様は言いました。
 
それでアレナクサンたちは女神様と別れました。
 

それで2人は今夜の宿を取り、また馬を預かってもらったりするため、小王国に入りました。もう目の前に見えていた王国の門の所まで行きます。
 
門番がいるので声を掛けたのですが・・・
 
「石になってる!?」
 
それで王国内に入っていくと、行き交う人々がみんな石になっているのです。道を歩いている人が歩く格好のまま石になっています。走っていたふうの飛脚は走る格好のまま空中で石になっています。抱き合った若い男女は抱き合ったまま石になっています。
 
やがて王宮に至りますが、ここでも門番が石になっていますし、中庭でネズミを追いかけていた猫が、ネズミもろとも石になっていました。宮殿内に入ると、兵士も貴婦人も石になっていますし、厨房では料理人が料理を作りながら石になっていて、料理は空中に浮いたまま!石になっていました。どうも料理を鍋の中で返そうとしている最中に石化してしまったようです。
 
やがて玉座に行くと、ここにひとりだけ、上半身が石化していない人がいました。
 
「君たちは誰だね?」
とその老人は言います。
 
「失礼します。みなさん石になっていたので、案内も無しで勝手に入ってしまいました。コンスタンティノープルの皇帝の使いで参りました、アレナクサン・アリマンと申します。これはどうなっているのでしょうか?」
 
「それは遠い所から来られた。私はこの国の王じゃ。40年ほど前にこの国に飛来した魔女にやられてしまったのだ。物凄く強力な魔女で、国中を石にしてしまったが、“命の水”のありかを吐かせようと、私だけ、身体の下半身のみ石にして上半身は生身にしているんだ」
 
「それは大変でしたね」
「魔女は毎日お昼になるとやってきて私を責めて吐かせようとするが、私は絶対にしゃべらない。それが40年ほど続いている」
 
「それは大変な苦難でした。魔女を倒す方法はないのでしょうか?」
 
「40年の間に向こうがうっかり漏らしたことがある。山の麓の森の中に神聖な泉があるのだが、その泉のそばのナツメの木に鏡が掛かっていて、その鏡に魔女を映すと、魔女は滅びてしまうのだよ。それにその泉の水をコップ一杯程度でいいから、王国の中央にある噴水に流し込むと石にされた者たちも生き返るらしい」
 
「だったら、その鏡と泉の水を取ってきましょう。泉への道を教えてください」
とアレナクサンは言いました。
 
「ただ、困ったことに、その泉の周囲には結界が張られていて、その結界を通過できるのは、男に生まれたものだけ。でも泉の水を汲んだり、鏡を掛けてあるナツメの木から取ることができるのは女だけなのだよ。つまり誰にも取れないということなんだ」
 
しかしアレナクサンは言いました。
「たぷん取ってこられます。道を教えて下さい」
 

それでアレナクサンは水を汲むための瓶と、木の枝から鏡を取るための足台と棒を王から教えられた王宮内の厨房と倉庫から取ると、それを持ってカリナと一緒に出かけます。
 
「出る前にトイレ借りていこうよ」
「そうだね」
 
それで王宮内のトイレに入ります。トイレは男女に分かれているようですが、カリナは当然女トイレに入りますし、アレナクサンも女トイレに入ります。半年以上の女装生活で、アレナクサンも女トイレに入ることには何の抵抗も無くなっていました。ここは壺が並んでいて、そこにするようです。
 
「あれ、これどうやっておしっこすればいいんだろう?」
などとアレナクサンが言います。
 
「普通にすればいいと思うけど」
 
いつものようにスカートの中に壺が入るようにし、そこにまたがるようにします。アレナクサンは少し不安を感じながら、してみましたが、ちゃんとできたのでホッとしました。
 
「できるみたい」
「それはおしっこできなかったら困る。周囲が結構濡れるから、布で拭いてね」
「いつもあれの先を拭いてるけど」
とアレナクサンは言ったものの、した後、結構広い範囲が濡れているので、びっくりしました。アレが付いてた時は、先の方を少しだけ拭けば良かったのに。
 
「割と大変だった」
「でもこれからはずっとそれだからね」
 
「うん。慣れなくちゃ。でもおしっこ自体は凄くしやすい気がした」
「へー」
「男のおしっこは雨樋を通った後、飛び出していく感じ。女のおしっこは、そのまま落ちていく感じ」
「私は男になったことないから、分からないけど、出しやすいのは良かったね」
 

ともかくも、それから2人は荷物は王宮内に置かせてもらった上で、足台と棒に瓶を持ち、馬に乗って森の中に入っていきました。
 
王が書いてくれた地図を頼りに1時間も行きますと泉が見えてきます。
 
2人は馬を下りました。
 
「ああ、ここから先は私は通れないみたい」
とカリナが泉の手前10mくらいの所で言います。
 
「私は通れるよ」
 
と言ってアレナクサンは“男に生まれた者だけが通れる関門”を通過して中に入りました。確かに泉があり、そばにナツメの木があります。鏡は木の下から3mほどの所に掛かっていました。アレナクサンは木の下に足台を置き、その上に登って棒を鏡の方に伸ばします。
 
アレナクサンは確かにその鏡を取ることができました。
 
「ちゃんと取れたよ」
「女の子になったからね」
「えへへ。この身体割といいね」
「良かったね」
 

アレナクサンは泉の水も瓶に一杯汲みました。そして王宮に帰還します。
 
ちょうどそこに魔女がやってきました。魔女が杖で王を責めようとしますが、アレナクサンはそこに飛び出し、魔女の杖を叩き落としてしまいました。落ちた杖をすかさずカリナが確保します。
 
「何じゃお前たちは?」
「旅の者だが、国王殿に助太刀させてもらう」
 
「ふん。女に生まれた者に私は倒せんわ」
「へー」
「ちなみに男にも私は倒せんぞ」
「そう?」
 
「だから私が倒されるのは、男が女に変わった時くらいだろうね」
と言って魔女は大笑いしました。
 
「ではこれを見なさい」
と言って、アレナクサンは泉の傍のナツメの木から取ってきた鏡を魔女に向けました。
 
「その鏡は・・・馬鹿な?まさかお前は男から女に変わった者なのか!?」
「まあそういうこともあるかもね」
とアレナクサンは言いましたが、鏡に映された魔女は小さく縮んで消えてしまいました。
 

「噴水に泉の水を入れてきます」
「頼む」
 
それでアレナクサンたちが、町の中央にある噴水の所に泉の水を少し注ぎますと、そこから光のようなのが広がっていき、石になっていた人たちが皆復活しました。
 
道を歩いていた人は歩き続けます。走っていた飛脚は走り続けます。抱き合っていた若い男女はますます強く抱擁します。
 
町の入口の番人も、王宮の入口の門番も何事もなかったように監視を続けます。ネズミを追いかけていた猫は、ネズミもろとも復活して、そのネズミを追いかけていきました。王宮内の兵士や貴婦人も復活して何事もなかったかのように行進を続けたり、おしゃべりをしたりします。料理人は料理ごと復活して、炒め物を作り続けました。
 
そして王の下半身も復活して全身生身に戻りました。
 
「ト、トイレ」
と言って、王はトイレに駆け込みました。40年分のトイレをするのはなかなか大変だったようです。
 

アレナクサンたちが王宮に戻ると、王は玄関まで出て、2人を歓迎してくれました。
 
石になっていた人たちは自分たちが40年も石になっていたことに全く気づいていませんでした。ただ当時20代だった王がいつの間にか60代になっているので驚いたようです。
 
「上半身は60代なんだが、どうも下半身は20代のようで困ったものだ」
などと王は言っています。
 
「若いお嫁さんをもらって、お子さんを作られるといいですよ」
とカリナは微笑んで言いました。
 
その日2人は王に歓迎されて、夕食も頂きましたが、出て来た料理は40年前に作りかけたまま時が停まっていた料理で、40年間に熟成したのか物凄く美味しい料理でした。ワインも頂きましたが、このワインも40年物なので、とても美味しく「10本くらい持って行きなさい」と言われたので、皇帝に届けることにしました。
 
「コンスタンティノープルというと、私の姉がコンスタンティノープルから来た役人と恋をして、嫁いで行ってしまった。私がああなってしまったから連絡もできなかったが、元気でいるかなあ」
と王様は言いました。
 
「何という人に嫁いだのですか?」
「ハヤチ・アカイという人だったよ」
 
アレナクサンとカリナは顔を見合わせました。
 
「君たち知ってる?」
「それ・・・先代の大臣の名前だよね?」
「おお、あの男、大臣にまで出世したのか!」
「5年ほど前に亡くなられて、今は息子さんのゲンコ・アカイが大臣をしています」
「おぉ!」
「陛下のお姉さんって、エリエさんですか?」
「うん!」
「まだお元気ですよ。お手紙でも書かれますか?」
「うん。書く。届けてくれる?」
「もちろん」
 
つまりグルセは図らずも義母の出身地の近くにアレナクサンたちを行かせたことになります。
 

「ところで陛下、実は私たちはキリマ・ンジャロの頂上の神殿にあるという泉に湧いているという“命の水”を汲みに来たのですが、行き方が分かりますか?」
 
「それは無理だ」
と王は言いました。
 
「無理というと?」
 
男に生まれたものしか通過できない・女にしか獲得できない、といったものなら自分が行けるけどと思ったのですが、国王の答えは思いも寄らないものでした。
 
「その神殿は人間には辿り着けないのだよ。まあ魔女なら行けたんだけど、場所も絶対に教えなかったし、門を通る呪文も教えなかったけどね」
 
「うーん・・・」
 
「神様か天使の知り合いでもいたら、頼むと取ってきてくれるかも知れないけど、まあ普通そういう知り合いはいないからね」
と王は笑って言いました。
 
取り敢えずアレナクサンたちは、泉への地図と、門を通過するための呪文だけ教えてもらいました。
 

翌朝、王宮でぐっすり休み、美味しい朝御飯も頂いたふたりは王からエリエ様への手紙も持ち、お互いによく御礼を言い合ってから、城下町を出ました。
 
昨日女神様と約束した場所に来ます。
 
やがて女神様が現れます。アレナクサンは言いました。
 
「女神様、キリマ・ンジャロ山の山頂の神殿前の泉に湧いているという“命の水”を取ってきて頂いたりはできませんか?」
 
「ああ、そんなものでよいのか」
「そこには人間は辿り着けないと聞いたので」
「うむ。人間は死んだ者だけが行ける。何なら今すぐ死なせてもよいが」
「遠慮します!」
「では天女に取って来させよう」
 
と言うと、女神は天女を呼び寄せます。先日アレナクサンが衣を縫ってあげた、若い天女でした。彼女は
「すぐ持って参ります」
 
と言って、アレナクサンから瓶を預かると、山の頂まで飛んで行き、ガラスの瓶いっぱいの“命の水”を汲んできてくれました。
 
「あの神殿は、そもそもその場所に行っても、生きている人間の目には見えない。更に泉の水を汲むには、番をしているライオンに認められなければならない。よこしまな心を持つ者はライオンに食い殺されてしまうのだよ」
と女神様は言います。
 
「だったら、魔女にはどっちみち無理だったね」
とアレナクサンはカリナに言いました。
 
「しかし“命の水”など、何にするのだ?」
「コンスタンティノープルの皇帝の皇后様が病気で伏せっていて、治すには命の水が必要だと、大天使セブラールから言われたらしいのです」
 
「大天使がわざわざ人間の病気治療のことなど言うとは思えないがな。神も天使も本来は人間の世界には関わってはいけないのだよ。人間の世界には人間の世界の秩序があるから、我々の関与はしばしば秩序を破壊し、混乱をもたらす」
 
「ああ、そういうものですか?」
 
それで女神様は石化された町も特に救済しなかったんだろうなとカリナは思いました。
 
「今回のことは私たちが助けてもらったゆえ、特別なことだから」
と女神様。
「はい、承知しております」
とカリナ。
 
「しかし、病気を治すのに使うのであれば、お前たち早く帰りたいだろう?」
「はい」
 
「ではお前たち、速攻でコンスタンティノープルに送り届けてやろうか」
「いいんですか?」
 
「お前たちの望みがどちらも小さくささやかなものであったから、まあサービスだ」
「本当にありがとうございます」
 
性別を変えるのが“小さくささやかな”ものなのかなあ、とカリナは疑問に思いました。
 

そして2人は気がつくと、コンスタンティノープルの宮殿前にいました。
 
2人は驚いたものの、すぐに皇帝の執務室に行きます。
 
「おお、お前たち無事、戻って来たか!」
と皇帝は大喜びで2人を歓迎しました。
 
「あの後、私は皇子から酷く責められていたぞ、かよわい娘をそんな遠い所にやるなんてと」
 
「私たちは元気です。それより早く、この“命の水”を皇后陛下に」
「うむ」
 
それで皇帝の案内で2人は皇后の居室に向かいます。看病していたグルセがアレナクサンの顔を見てびっくりしています。
 
皇后はかなり衰弱していて、このままではあと1月ももたなかったのではとアレナクサンは思いました。しかし、アレナクサンが皇后に命の水をグラスに注いで飲ませますと、皇后の顔にみるみる内に赤みがさしてきて
 
「あ、私少し調子がいい」
とおっしゃいました。
 
「おぉ!」
 
妹のグルセも驚いています。
 
「この水をくださった方によると、水は1日グラス1杯くらいずつ飲ませなさいということでした。あまりにも急に回復させると、身体がその変化に耐えられないそうです」
 
「分かった。グルセよ。そなたがこの瓶は管理して毎日グラス1杯飲ませなさい」
「はい。かしこまりました」
 
「グラス1杯ずつなら、一週間くらい持つかな」
とアレナクサンは言ったのですが、不思議なことにこの瓶の水は1日置くといつの間にか増えていて、皇后は毎日グラス1杯の水を飲むことができました。そして1ヶ月ほどの間にずいぶん体調を回復させて歩けるほどまでなったのです。
 

「グルセ様。キリマ・ンジャロの麓の王国で、ゲンコ閣下のお母さんの弟さんが国王をなさっていて、王からお母さまに手紙を言付かりました」
 
「あ、その話、あなたたちが出発した後に義母から聞いて、私もびっくりした」
とグルセも言います。
 
それで手紙はグルセが預かり、義母(ゲンコ・アカイ大臣の母エリエ)に届けることになったのです。
 

アレナクサンはいったん自室に戻ります。2人が無事戻って来たのを見て、ザベルは泣いて喜び、カリナとまず抱擁し、その後でアレナクサンとも抱擁します。
 
「あれ?アレナクサン様、身体の感じが違う」
「えへへ、私女の子になっちゃった」
「女になる手術を受けたんですか?」
「手術を受けたんじゃないんだけど、女神様と遭遇して、女の身体に変えてもらったんだよ」
「へー、そんなことがあるんですか?」
 
「旅の話はまた後で」
「皇太子殿下がお待ちですよ」
「うん」
 
それでアレナクサンは長旅で汗も掻いているので、お風呂に入らせてもらい、カリナが垢などをこすって落としてくれました。カリナ自身もザベルとお互いに垢すりをしています。
 
そしてお風呂からあがると、たっぷり良い香水も付け、あのブルーのドレスを着ました。
 
そしてカリナとザベルに付き添ってもらい、皇太子殿下の部屋に行き、謁見します。
 
「心配したぞ。お前たちが出発してから話を聞いて、私は随分皇帝をなじった」
「はい、そのように聞きました」
「よく無事で戻った。私は本当に嬉しい」
「お心掛け頂いてありがとうございます」
「私の妻になってくれるよね?」
「もちろんです。殿下」
 
それで殿下が強く望むので、“本番”は結婚式の日までとっておくことにして、その夜は“何もしないまま”アレナクサンは皇子に添い寝したのです。
 
「ちょっと触るくらいはいい?」
「入れなければ」
「入れたいなあ」
 
と言いながら、皇子はアレナクサンのあの付近に随分触っていました。
 
きゃー。こんなことまでされるのかとアレナクサンは焦りましたが、女の身体になって良かったぁと思ったのでした。カリナに教えられた通り、殿下のアレを舐めてあげたら殿下はものすごく喜び、あっという間にアレナクサンの口の中で逝ってしまいました。その夜はそれだけで殿下も満足してくれたようでした。
 

皇帝は翌日、皇子とアレナクサンの結婚を発表しました。結婚式は、父のアルマン侯も都に呼んで、3ヶ月後に行われることも発表されました。
 
仲の良い、アイセ姫・ネシア姫が、アレナクサンを改めて祝福してくれました。
 
「キリマンジャロまて行ったと聞いてびっくりしたけど、よく無事に戻ってきたね」
「神様の加護があったんだと思う」
「そうでもないと、厳しい旅だよね」
 
自分の娘を皇子の妻にと画策し、夢枕に天使が立ったなどと称してアレナクサンを遠い旅にやったグルセは、アレナクサンが取ってきてくれた“命の水”であと何日もつかという状態だった姉が回復するし、義母が40年ぶりに弟の国王と連絡が取れて喜んでくれたしで、アレナクサンに頭があがらない状態になりました。グルセはアレナクサンと話しました。
 
「色々変なことしたりしてごめんね。私、あなたに借りを作っちゃった」
「頭をあげてください。とにかく皇后陛下が回復なさったのはよいことです」
と言う。
 
そしてアレナクサンはカリナ・ザベルと話し合ったことを言ってみました。
 
「グルセ様、私は王宮に後ろ盾とかが無いのです。もしよかったら色々教えて頂けませんか」
 
「もちろん!」
 
グルセとしては、この娘と仲良くしていれば、息子(フルバ姫の兄)の出世も期待できるという計算です。
 
それで結局大臣一派が、アレナクサンの後ろ盾になってくれることになったのでした。
 

長男のサルマナスに領地を託して、アール山麓の領地から駆けつけて来たアルマン侯は、アレナクサンが皇子と結婚するという話に戸惑いを隠せないようでした。
 
「お前、男なのに、皇子の嫁になれるの?」
「父上、私、女に変わってしまったんですよ」
と言って。アレナクサンは父に自分の胸を触らせました。
 
「信じられん!そんなことがあるものなのか」
「きっと神の思し召しなのでしょう」
とアレナクサンは微笑んで言いました。
 
「アレもナクなったの?」
と父は小さな声で訊きます。
 
「もちろん。あんなのが付いてたらお嫁さんになれませんから。男の印が無くなって、女の印ができたんですよ。見ます?」
「いや、いい!」
 
と慌てて言った上で父は確認しました。
 
「だったら、お前、皇子と契れるんだな?」
「はい。契れるはずです」
 
カリナがアルマン侯に言います。
「アレナクサン様はアレがナクなって、ちゃんと女の形になっています。お風呂に入る時にお世話しておりますよ」
 
それを聞いて、アルマン侯も安心したようでした。
 
「いや。結婚するという話になって男とバレたら、私もお前も死刑になるかと思ったよ」
「大丈夫ですよ。ご負担をおかけしますが、これからも父上にはご支援お願いしますね」
「ああ、できることは何でもするよ」
とアルマン侯は言いました。
 
アレナクサンは、大臣様やその奥様たちが自分たちを支援してくれると言っていると言いました。するとアルマン侯も、
「うん。王宮内にそういう後ろ盾がないと、こういうのは辛い。後で会わせてくれる?挨拶しておきたい」
「では昼食後にでも」
 

アルマン侯と一緒にシベル叔母様も来てくれたのですが、アレナクサンに
「もしかして女になったの?」
と訊き、アレナクサンが
「そうなんですよ。女神様のおかげです」
と言うと
「見せて見せて」
といい、アレナクサンに下半身の服を脱がせて、お股をしっかり観察しました。
 
「すごーい。きれいに女の子になったね」
と言って、わざわざ開いてみて、あそこを触ったりしますので
「叔母様、恥ずかしいよぉ」
とアレナクサンは声をあげました。
 
「穴はちゃんとあるかな」
と指を入れようとするので
「アレナクサン様はまだ処女ですのでご勘弁を」
とカリナが言い、止めました。
 
「まだ皇子様に抱いてもらってないの?」
「結婚式の夜に本番をすることになっています」
 
「結婚前にちゃんとセックスして相性確認しなきゃ」
と叔母様は過激なことを言っています。
 
「殿下の笛は吹かせて頂いたのですが」
とアレナクサンが遠回しの表現をすると
 
「あんた笛は大得意だもんね!」
と叔母様は笑顔で言いました。
 
(日本では尺八と言うが、英語にも blow job という表現がある。漢字熟語では吸茎)
 
叔母様には頂いたブルーのドレスを着た所も見せましたが、
「凄く似合ってる!奮発して良かった」
と喜んでいました。
 

結婚式は各地の領主たちが列席して、盛大に行われました。皇后も“命の水”のおかげで、すっかり元気になり結婚式に出席しました。
 
ちなみに、それまでいくら使っても翌日までには元の量に戻っていた“命の水”の瓶が、皇后が完全に回復すると、無くなってしまいました。
 
アレナクサンは特注の純白のドレスを着て結婚式をし、披露宴では例のブルーの美しいドレスを着ました。外国からのお客様もたくさん来ていました。
 
キリマ・ンジャロ麓のあの王国の王も結局、姉と会うのも兼ねてきていました。王はまだ15-16歳くらいの若い奥さんを連れていました!(多くの人から孫だと思われていた)
 
披露宴では、皇子のウードとアレナクサンの横笛の合奏、皇子の伴奏によるアレナクサンの歌唱、更にはアレナクサンのハープシコード演奏なども披露し、列席している諸侯や外国からのお客様たちの耳を楽しませました。
 
宴自体は3日3晩続くのですが、皇子とアレナクサンは途中で退席し、休ませてもらいます。(アルマン侯やシベルが代わりにたくさん諸侯に挨拶して回る)
 

「やっと君を僕の物にできる」
「私はパーティーで選んで頂いた時から、既に殿下のものですよ」
「でも君はすぐ逃げて行きそうで」
「だったらしっかりつかまえていて下さいね」
 
それで皇子はアレナクサンにキスしました。ふたりで一緒にベッドに入ります。
 
「服は自分で脱いだ方がいですか?殿下が脱がせます?」
 
実はこれまでふたりは数回同衾しているのですが、いつも着衣だったのです。
 
「実は僕も女性との経験が無いから、女の服の仕組みがよく分からなくて」
「だったら自分で脱ぎますね、殿下」
 
「殿下はやめてよ。アリムでいいよ」
「分かりました。アリム」
 

それでアレナクサンはベッドの中で服を脱ぎました。皇子も既に裸になっています。
 
「いいよね?」
「もちろん」
 
それでアリムはアレナクサンを抱きしめ、乳首を舐め、あのあたりを指で刺激します。ここまではいつもされています。そしてアレナクサンが気持ちいーと思っている内に彼は入ってきました。
 
アリムが入ってくる時「痛い」と思いましたが、これは我慢します。アリムが頑張っています。アレナクサンはカリナに言われた通り“締める”感じを保ちました。そして生まれて初めて体験するその感触にドキドキしていました。
 
やがてアリムはアレナクサンの中で逝ってしまいます。これまでお口の中や手の中では逝っていたものの、あそこの中で逝くのは初めてです。
 
アレナクサンはアリムが脱力して身体を自分の上に乗せてきたので、重い!と思いながらも、彼の背中を撫でてあげました。
 
カリナおよび、皇子の側近侍女が、2人が結ばれた時刻を記録します。2人で目を合わせて一緒に部屋の外に出ました。
 

10ヶ月後、アレナクサンは玉のような男の子を産みおとしました。いきなりの世継ぎ誕生に、皇帝も皇子も、そしてアルマン侯も大喜びでした。
 
「いや、娘は小さい頃から、自分が結婚したいと思うほどの可愛い娘でしたよ」
と皇帝とワイングラスを交わして語るアルマン侯は、すっかり脳内で“わが娘・アレナクサン”の幼き日の妄想が勝手にできあがってしまったようでした。
 
アレナクサンはその後2年おきに男の子2人、女の子2人の4人の子供を産みました。
 
カリナは若い中尉殿と結婚。ザベルは大臣の腹心の役人と結婚。彼女たちも母親になりました。アイセ姫・ネシア姫は各々国の有力領主の所に嫁ぎました。
 

兄たちのその後。
 
アレナクサンが皇子と結婚すると聞いた兄たち、サルマナスとカムソンですが
「まあ、あの娘もよくやってるわね」
などと女言葉で言いました。
 
実はあれ以来、2人とも女装にハマってしまったのです。2人とも領主屋敷の中でも、領内を見回る時も、女の服を着ているので、アルマン候を嘆かせました。
 
サルマナスは「俺のことはサルマナサンと呼んでくれ」などと言って、武術の練習はやめてしまい、昔はしたこともなかった、楽器(主としてウード)やアレグが残していったハープシコードを習って弾いたりするようになります。屋敷内に花壇を作って自分でお花を育てたりしていました。
 
領主の長男という立場上、しばしば領内を見回って、争いごとの仲裁などをしていましたが、男性時代(?)は厳しい処断をすることが多かったものの、女性に性転換(??)した後は、優しい処分をするようになって、かえって領民たちからの評判は高まりました。
 

彼は男性時代は、何度か女性の恋人を作って、筆降ろしも済んでいたのですが、女性の格好をして過ごすようになってからは
「女の子とのセックスは楽しくない」
などと言って、男性の恋人を作るようになります。
 
そして結局、「男と結婚したい」と言っていた、近くのテルカブバ伯爵の次男と男同士で結婚してしまいました。もちろんサルマナスあらためサルマナサンが花嫁衣装を着ましたが、両国の領民たちはお似合いのカップルだと言って祝福してくれました。そういう訳で、サルマナサンは、テルカブバ伯の所へお嫁さんに行ってしまったのです。
 
ちなみに結婚式の前に獣医!の手で睾丸を除去してもらい、男を廃業してから嫁いだという噂もありました。
 

次男カムソンもすっかり女装にハマってしまい「僕のことはカマサンもしくはおカマサンと呼んでね」などと言い、女装して日常を送るようになりました。男性時代はしたこともなかった料理や裁縫を習い、結構上達しました。そして厨房で侍女たちとと一緒にお料理やお菓子を作る姿が見られるようになりました。
 
そして彼は、例の女戦士・アルチンと結婚してしまったのです!
 
結婚式ではふたりとも花嫁衣装を着たので、神父様が「どちらが夫だっけ?」と悩んだとか。
 
兄(姉?)のサルマナサンが他国にお嫁に行ってしまったので、侯爵家はこの次男(次女?)おカマサンが継ぐことになりました。でも彼(彼女?)はいつも女の服を着てニコニコしているだけなので、実質アルマン侯爵領を管理したのは妻(夫?)のアルチンでした。アルチンはしっかり者で、武術にもすぐれるので領民たちは彼女を頼りにし、アルマン領は安定しました。
 
ドレス姿のおカマサンと武装のアルチンの並ぶ姿は様になっていて、肖像画などにもたくさん描かれました。
 
なおふたりの家庭ですが、アルチンは料理などできないものの、おカマサンは料理が上手になっていたので、おカマサンはすっかり“奥さん”をしていました。
 
おカマサンとアルチンの結婚は結婚式の時は2人とも花嫁姿ではあったもの、実際には男同士の結婚と思った人も随分あったようです。それでアルチンが最初の子供(女の子アマゾン)を産んだ時には随分驚かれました。
 
「最近は男同士でも子供ができるんだっけ?」
「それでどっちが産んだの?」
「おカマサン様では?」
「おカマサン様は、バグダッドの医者に手術してもらって女になったらしいよ」
 
などという会話が領民たちの間であったそうです。
 
実を言うと、おカマサンは、インドの秘薬を使っておっぱいを膨らませたのですが、バグダッドの医者に掛かって、おっぱいを大きくしたという説も流布し、更にはその時、ちんちんは取っちゃったのだろうと思った人も多かったようです。おカマサンはアルチンからおっぱいを揉まれたり舐められたりして幸せな気分になったそうです(アルチンは本物の女の子とも寝た経験があるらしい)。
 
「アレナクサン様もバグダッドの医者に掛かったんだっけ?」
「いや、あの方は元々女の子だったんだよ。でも病弱だったから、そういう子は男の格好をさせて育てると育つということで男の子の格好をしていただけだよ」
「そうだったのか」
 
どうもアレナクサンは元々女の子だったという説が領民たちの間では信じられていたようです(アルマン侯自身が広めている感じもある)。
 
おカマサンと結婚したアルチンは子供を女の子3人・男の子3人の合計6人も産み、侯爵の地位はおカマサンとアルチンの子孫へと引き継がれていきました。
 

アレナクサンが窓の外を見ているとカリナが入ってきました。
 
「何してるの?」
「景色見てた。ボスボラス海峡が美しい」
「うん。きれいだよね」
「私、アール山の景色も好きだったけど、ここの海峡の景色も好きだなあ」
「私もすっかりコンスタンティノープルが好きになったよ」
「でもキリマ・ンジャロも美しかったね」
「世界でいちばん美しい山かもね」
 
カリナはアレナクンサンに聞きました。
 
「女になったこと後悔してない?」
「後悔も何も戸惑っている内に女になっちゃったし」
「まあアレナは、女になる以外に生きる道が無かったからね」
 
「まだ夢を見ているようだよ」
「夢だとしても一生見続ければいいのよ」
「そうだね」
とアレナクサンは言い、カリナに笛の合奏をしようよと言いました。
 
皇太子妃の私室から、二声の笛の音が響いてくるので、皇宮の人々はその美しい調べに手を休めて聴き惚れていました。
 

【短い解説】
 
『アレナクサン−女になる息子』は民話蒐集家 Lisa Tetzner (1894-1963) が蒐集した民話集の中に見られる『アレグナサン−男になった娘』という物語をベースにリライトしたものです。
 
元々の物語では娘3人(サルマナサン・サマサン・アレグナサン)しかいないアルマン侯が、娘たちに誰か男装して皇帝に仕えてくれないかと言い、姉2人は挫折したものの、三女が男並みに勇気があると認められ、男名前アレグを名乗り、男装で都に行き、皇帝に仕えるというものです。皇帝の危機を救ったりして認められ、皇女(Kaisertochte)のヌヌファル(Nunufar)姫に見初められ、婿にと望まれますが、本人は男ではないので姫と結婚できないと悩みます。姫はアレグが自分の思いを受け入れてくれないので悩み病気になってしまいます。
 
そしてヌヌファル姫をぜひ自分の息子と結婚させたいと思っていた大臣の奥方が、ライバルを排除しようと、アレグを命の水を取ってくる旅に出します。
 
アレグは途中で鳩が飛んできて羽衣を脱いで美女に変身し、水浴びをするのを目撃し、その羽衣を隠してしまいます。困った天女が「羽衣を返してくれたらあなたに男の印をあげる」と言い、それでアレグは本当の男にしてもらいました(Geschlechtsumwandlung : sex transformation)。命の水も鳩が取ってきてくれました。
 
その後魔女によって石化された町を救うことになります。魔女は「自分は男になった女にしか倒せない」と言いますが、アレグナサンにあっさり倒されてしまいます。
 
最後はアレグが持ち帰った命の水でヌヌファル姫は回復し、アレグも姫の思いを受け入れて結婚するというものです。
 

石化された町を救い魔女を倒すエピソードは正直な話、とってつけたように付加された感じで、本筋には全く関係ありません。でも民話にはしばしばこういう“本筋と関係無い話”が混入するんですよね。恐らくは元々別の物語のエピソードだったのではと思います。
 
でも「娘が男に変わった時にしか自分は倒されない」と魔女が言う話は、シェイクスピアの『マクベス』で、主人公が占い師に
 
「女の股から生まれた者はマクベスを倒せない」
「バーナムの森が進撃して来ないかぎり安泰だ」
と予言されたものの、どちらも裏切られることになる話と似ています。
 
マクベスを倒したのは、帝王切開で生まれたマクダフでした。また彼は部下たちにカモフラージュに頭に木の枝葉などを乗せたまま移動させたので、まるで森が動いているように見えたのです。
 

この物語は社会思想社・教養文庫「新編世界むかし話集6ソ連・西スラブ編」
(山室静編著)に翻訳されて収録されており、山室氏はこの物語はテツナーの「メルヘンヤール」という民話集から採ったと書いていますが、どうしてもLisa Tetznerの著作の中にそれらしきタイトルの本を見つけることができませんでした。
 
この物語はその後、イラストレーターでやはり民話蒐集家である Helga Gebert のイラスト付き本 Woher und wohin? - Maerchen der Frauen (どこからどこへ?女の昔話)という本の中にも収録されています↓Amazonのリンク
https://www.amazon.de/dp/3407800371
 
(収録話:Der Mond und das Maedchen, Die Himmelsfrau, Aregnasan, Zottelhaube, Umtschegin und die Schwanenmeedchen, Des Nebelbergs Koenig.)
 
この物語をできるだけ原典に近い形で読むには現時点ではこの本を買うしかないようですが、私もまだ入手していません。
 
テツナーはアルメニアの民話として蒐集したようで、ゲバートも同様にアルメニアの民話としていますが、この情報にどの程度の正確性があるのかは不明です。多分アルメニアまで行って調査しないと分からないでしょう。
 
私は高校時代に学校の図書館でこの物語を読んでドキドキしました。それはもっと大きなハードカバーの世界民話集の中にあったのですが、その本は既に絶版になっていたので、入手できる本がないか調べていて、上記・山室静さんの世界民話集の中にも収録されていることに気づき本をゲットしました(もしかしたら最初に読んだのはこの本のハードカバー版か何かだったかも)。この本は現在紙の書籍でも中古なら入手可能ですし、Kindleでも読めるようです。
 

このアレグナサンの物語の類話に、インドの昔話で、やはり娘が男装して王に仕え、姫と結婚してくれということになるというのがあります。その物語では、暴走する馬車が池に飛び込んだ時、その水を浴びた主人公の性別が変わってしまい、無事姫と結婚できる身体になったというもので、単純な筋になっています。
 
どちらの物語も性別が変わる時に水が関与しています。アレグナサンの物語では水浴びしていた天女の羽衣を隠しますし(意地悪された天女が色々してくれるという筋立てが私には納得できない)、インドの物語では池に突っ込んで性別が変わります。
 
きっと、いったん子宮の中に戻ってリセットされて性別が変わるというシンボリズムなのでしょう。水は羊水の象徴だと思います。アレグナサンの物語では、主人公の代わりに天女が水浴びしているのでしょう。
 
しかし水に入ると性別が変わるというと、早乙女乱馬もですね!
 

先日から何度も書いていますが、女の子だったはずが男に変わってしまうというのは、多分昔から時々発生していたと思われる、5α還元酵素欠損症ではないかと思われます。
 
中国の古典には、女が男に変わるのは吉兆だが、男が女に変わるのは凶兆であると書いたものがあります。更にこのようなことも書かれています。
 
献帝の建安七年(202年)、越雋(四川省)で男が女に変わった。その時、周翠が意見をたてまつり、かつて哀帝のころにもこのような異変があったが、これは革命が起こりそうだという前兆であると述べたが、建安25年になって果たして献帝は帝位を奪われ、山陽公に封ぜられたのであった。
 
(昔図書館で見かけてコピーを取っておいたのですが、何の本のコピーか記録するのを忘れたので原典不明!)。
 
こういうことが中国の古典に書かれているということは、昔から、女が自然に男に変わったり、男が自然に女に変わってしまうことは、割と時々起きていたのではないかと思います。
 
男性の女性化はよく分かりませんが、完全な女性化でなくてもよければ、アロマターゼ過剰症などの例もあります、中国の“都市伝説”縮陽(ペニスが小さくなっていき最終的には消滅する病気)なども、ひょっとしたら、アロマターゼ過剰症なのかも知れません。(肥満による陰茎埋没+糖尿から来る勃起障害という説もある)
 
そもそも中国の古典の話は、陰陽五行説に基づくもので、女(陰)が男(陽)に変わるのは、陰転じて陽になる事例で国の勢いが付いていく時期だが、男(陽)が女(陰)に変わるのは、陽転じて陰となる事例で国の勢いが落ちていく時という解釈なのでしょう。
 
しかし易歴40年の私に言わせれば、陰陽は元々対になるもので、どちらがよい、どちらが良くないということはないと思うのですけどね。だからこそ、陰極むれば陽に転じ、陽極むれば陰に転じるのでしょう。夜がふけていけばいつか朝になり、昼がすぎていけばいつか夕方になるのと同じだと思います。
 

私はこの物語を男女逆転させて、男の子が女に変わり、王子と結婚する話を書こうとして2000年に合計400行ほどの文章を書いて途中まで配信していましたが、挫折しました。ずっと気になっていて、あれの続きを書きたいと思っていたのですが、数年前当時の途中まで書いた文章を見たら、あまりにも稚拙すぎて、使い物にならないと判断しました。それで完全に新しく書き直す機会を狙っていました。
 
元々の発端は“アレグナサン”という名前を「“あれ”を無くそう」ということでアレナクサンと改変しようという思いつきから出発しています。父親の名前がとても怪しいですが、“アルマン侯”というのは、山室版の通りの記述です。別に“あるマンコ”と掛けた訳ではありません。山室版ではアララト山になっていましたが、現地名に従ってアール山と書き改めています。
 
山室版との名前対照
 
長女サルマナサン→長男サルマナス(女装名サルマナサン)
次女サマサン→次男カムソン(女装名カマサン−おかまさん?)
三女アレグナサン(男装名アレグ)→三男アレグ(女装名アレナクサン)
ヌヌファル姫→ファルマー皇子
 
サマサンをカマサンに変更したのは、長女がサルマナサン、次女がサマサンというのでは、次女の名前が長女の名前の亜流になっており適当すぎて可哀想と思ったからで、サ行をカ行に変更して、立派なおカマさんになりました!
 
なお、今回のリライトで登場した多数の固有名詞は、アルメニアやトルコの俳優さん・女優さんの名前を借用しています。
 
アルチンの名前は、ロシアの伝説的な女勇者アルティン・アリーグから採っています。アルチン・アルマンで両性具有になる!?
 
 
 
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【アレナクサン物語】(2)