【男の娘と魔法のランプ】(2)

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アニトラが目を覚ますと、母がそばに居て、心配そうな顔をしていました。
 
「目を覚ましたかい」
「ボク、どのくらい寝てた?」
「あんたが店の奥で倒れてたから、大騒動で。取り敢えず布団を敷いて寝せて。お医者さん呼んだけど身体に異常は無いと言って、恐らく疲れが溜まっていたのではと言ってた」
「今、何時くらい?」
「今は朝だけど」
「じゃ半日くらい寝てたのか」
「どこか痛かったり、辛かったりする所は無いかい?」
 
アニトラは自分の身体をあちこち触ってみました。胸に触った時、ドキッとしましたが、平静を装います。
 
「特にどこも痛くないよ。ほんとに疲れが溜まってたのかもね」
「あんた働き過ぎだもん。月に2〜3日は休んだほうがいいよ。お店のことはシュクリーあたりに任せてさ」
「そうだねー」
 

母が退出してから、アニトラは服を脱いで、自分の身体を確かめてみました。
 
服の上から触った時も感じた通り、胸には豊かな乳房ができていました。
「乳当て、ちゃんと着けなきゃー」
と思います。
 
そして・・・お股の所には邪魔でしょうがなかった男の印が無くなり、代わりに美しい女の印ができていました。アニトラは信じられない思いで、自分のお股をたくさん触りました。
 

そして半月もすると、月の使者がやってきました。アニトラはびっくりしましたが、これで本当に女になれたんだというのを実感しました。
 
ただ、月の使者が来ている間は仕事を休まなければならないので、面倒だなと思いました。でもこれまでひたすら休む暇も無く働いていたので、これはこれでいいのかも知れないと思いました。それでアニトラは母にも言われたように、毎月3〜4日仕事を休むことにしたのです。
 
月の者の期間中は、リームに自分の身の回りの世話をしてもらい、呉服屋の仕事は、シュクリーを番頭に任命して任せ、特に判断を迷うような場合のみ、お店の近くに建てた引き籠もりのための家まで聞きに来てもらいました。
 
この家はランプの精に頼んで一晩で建ててもらったものですが、簡単なものでいいからと言ったのに、どこの皇族方の別荘かという感じの立派なものになっていました(ランプの精は程度を知らない)。土地はアニトラの名前で勝手に買っちゃったようです。
 

アニトラが本物の女になってから、2ヶ月ほどした頃、アニトラのお店の前に豪華な馬車が停まります。
 
何事かと思ってアニトラが出て行くと、皇帝陛下が馬車から降りてくるので、さすがのアニトラも仰天しました。
 
アニトラも従業員も、居合わせた客たちも地面にひれ伏して、かしこまります。
 
「アラディンは?」
と皇帝がアニトラに尋ねます。
 
「仕入れに出ておりますが」
「それなら良い。そなたがどうしてもうちの皇子と結婚しないと言うから」
「大変申し訳ありません。私はどんな男の方とも結婚しないつもりなので」
「だから代わりにそなたの兄に、うちの姫バドルルバドールを“やる”」
「は?」
 
「ほれ、バドルルバドール、恥ずかしがらずに降りてこい」
と皇帝が言うと赤い“花嫁衣装”を着た、バドルルバドール皇女が馬車から降りてきました。そして
 
「ふつつかものですが、よろしくお願いします」
などと言っています。
 

「陛下、お待ち下さい。兄の意向も聞いてみないと」
とアニトラは焦って言います。
 
「気にすることはない。妻の1人としてもらってやってくれ。じゃな」
と言うと、皇帝は馬車に乗って帰ってしまったのです。
 

アニトラは取り敢えず、姫を輿に乗せて自分が月の者の時に使っている別宅に案内しました。大臣ワラカに使いをやり、皇子の宮殿に仕えていた侍女と宦官を5人ずつこちらに回してもらい(そもそも彼女たちの雇い主はアニトラ)、その者たちに姫の世話をさせます。ランプの精に命じて姫の着替えや日常のお道具を用意させました。
 
「お兄様はいつ頃、お戻りになるんですか?」
などと姫は訊いています。
 
「兄は遠くまで仕入れに出てるので2〜3ヶ月戻らないかも知れません」
と取り敢えず言っておきます。
 
ずっとアニトラが付いている訳にもいかないので、母に応対をしてもらいました。
 

母は言いました。
 
「くれるというのだからもらったら?」
「ボク女の子と結婚とかできないよぉ」
「あら、あんた男の人とは結婚できないかも知れないけど、女の人とならできるのでは?」
「ボクは心は女の子なんだから女の子と結婚なんて無理」
 
「あんたやっかいね。身体が男だから男とは結婚できないし」
 

アニトラは、別宅用に料理係や警備係などとして大臣の口利きで信用できる者を雇い、3日ほどの内に、何とか姫が暮らせるだけの陣容を整えました。また、姫の元々の侍女の中で、姫がお気に入りの侍女を数人、皇宮から呼び寄せました。その侍女たちと、新宮殿から呼んだ侍女たちとの話し合いで、取り敢えずバドルルバドール姫が住む離宮?は回り始めました。実際ここは都の南側にあることから“ツーチェ離宮”と呼ばれるようになります。
 
「しかし、この後、どうしたものか」
とアニトラもマジで悩むのでした。
 

実を言うと、皇帝としては、現在この国の体制が大臣ワラカとアラディンという2人によって支えられているので大臣の娘を皇子と結婚させるなら、皇女をアラディンと結婚させて、両者のパワーバランスを取りたいというのがあったのです。
 

ところで、洞窟入口でのアラディンとのちょっとした行き違いでランプを入手できなかったためマグリブに戻っていたアシムですが、水晶玉で何気なく中国の様子を眺めていました。するとアラディンが大商人になり、皇帝のお気に入りとなって権勢をふるって?いるではありませんか。
 
「あの野郎、どうやってあの洞窟を抜け出したんだ?」
と訝りますが、こんな大商人になったのはランプの力を使ったからに違いないと思います。
 
そこでアシムはアラディンからランプを奪い取るため、再度、中国にやってきたのです。
 
(実際にはアニトラはランプの力も借りてはいますが、彼女の商売の成功や国民の人気はむしろ本人の努力によるものです。原作はアラディンが“どうしようもないバカ息子”から、少しずつ頭を働かせ、勇気と頭脳で国民の英雄へと精神的に成長して行く様を描いています。原作はアラディンの“成長物語”なのです)
 

「あいつまた女の格好してやがる」
と様子を隠れ見てアシムは呟きます。
 
「しかしランプは持ち歩いていないようだな」
 
実際にはアニトラはランプの力に頼るのは、やむを得ない時だけなので、普段それを持ち歩く必要がないのです。
 
半月ほどに渡ってアラディン(アニトラ)の行動を見ていると、彼は仕事を終えると自宅に帰り、そこに皇帝の娘を住まわせているようです。
 
「あいつ、皇帝の娘までもらったのか。それにしても、昼間は女の振りして人を油断させといて、毎晩家に帰ると姫様といいことしてるんだな?許せん」
 
とアシムは憤りました。
 

もっとも“アラディン”がバドルルバドール皇女と床を共にすることはありません。
 
皇女は“結婚生活”しなくていいのかなぁ?と疑問は持っていますが、親の監視から離れて好きなように暮らせるのでここの暮らしが気に入っています。お気に入りの侍女だけを呼んでいるので、昼まで寝てても叱られないし、頭が痛くなるようなお勉強もしなくていいし、アニトラさんが色々親切にしてくれるので、お気楽生活をむさぼっています。アラディン本人とは時々一緒に食事をしますが
 
「済まない。またすぐ出なければいけないから」
と言って、握手!しただけで、どこかに出かけてしまい、セックスどころか口づけもしていません。
 
でもその一緒に食事をしている時は、とても楽しいし、彼は
「君には決して不便をさせたりはしないから」
と言っているので、まあ愛してはくれてるみたいと思います。
 
自分と寝ないということは、他に妻がいるのでは?とも思ったのですが、それとなくアニトラさんに尋ねてみると
「ここだけの話ですが、実は兄は女性が苦手なんですよ」
と言います。
 
「もしかして男の人が好きなんですか?」
「恋愛自体がダメみたいですね」
「へー」
 
「ですからアラディンの奥方は姫様ただ1人ですから、自信を持って下さい」
「分かった」
 
それで、女性が苦手というだけなら、自分は処女妻でもいいのだろうと考え、日々、侍女と囲碁や双六(バックギャモン)などしたり、琵琶など爪弾いたり、本を読んでもらったりしながら、のんびり暮らしています。
 

アシムはずっとアラディン(アニトラ)を監視していて、彼が帰宅するのは夜だけであること、昼間、自宅には姫とその身の回りの世話をする者だけがいることを知ります。それでたぶんランプはこの自宅に置いているのではと想像しました。皇宮の隣にもっと大きな宮殿ができていて、明らかにランプの精に作らせたものと思われましたが、アラディンは出入りしてないようなので、そちらにはこれから移るのかなと思いました。
 
そこである日、変装して店の者のような振りをし、アラディンの自宅を訪れて姫の取次ぎの者に言ったのです。
 
「御主人様からお使いに参りました。御主人様の部屋に置かれています、古いランプを持って来てくれと言われたのですが」
 
「姫様に確認します」
と取次ぎの者は言って下がりました。それで姫様に伝えると
 
「ああ、なんか古いランプがあったわね。ちょっと待って」
と言うと、アニトラの部屋に入り、そこの机の上に置かれている古いランプを取ります。
 
「これを渡してあげて」
と侍女に言いました。
 
それで取次ぎの者はそのランプをアシムに渡してしまったのです。
 

アシムはランプを受け取ると、お店の方に行くような振りをしてそこを離れ、ある程度離れた所でランプを、こすりました。
 
3mほどの巨人が現れます。一瞬、ん?という顔をしたものの、決められたセリフを言います。
 
「私はランプの精でございます。ご主人様、何なりと命令をお申し付け下さい」
 
「よし。まずは皇宮の隣に建っている豪華な宮殿をマグリブの俺の家の所に移動しろ。それから姫をその宮殿に連れて来い。そして俺もそこに連れて行け」
 
「たやすいことでございます」
とランプの精は答えました。
 

アシムが気がつくと、目の前に大きな宮殿が建っています。あたりの様子を伺うと、ここは間違いなくマグリブのようです。が、彼は呆然としました。
 
「なんで、俺の家が潰れてるんだ!」
 
ランプの精を呼び出して文句を言います。
 
「御主人様はご自分の家の所に宮殿を移動するようにおっしゃいました。私はそれに従っただけでございます」
 
そう言われると、確かに自分の言い方が悪かったかも知れない気がしました。それでランプの精を下げます。まあランプが手に入ったのだから、自分はもう世の中で最高の金持ちになったんだ。古い家のひとつやふたつどうでもいい、と思い直しました。
 
それで宮殿の中に入っていきます。長い廊下を歩いた先に大広間があり、そこに心細そうな顔をした美女が立っていました。
 

「これはこれはお姫様。わが館へようこそ」
 
「そちは誰じゃ?」
と娘は厳しい顔でアシムを詰問します。
 
「私は世界一の権力者であるアシムです。そなたには私の妻になってもらいたい」
 
「ふざけるな、下郎。身分を知れ。妾(わらわ)に狼藉でもしようものなら、わが父に言って、そなたきつくお仕置きするから、覚悟せい」
 
「おお、これは威勢のよいお姫様だ。まあ時間はたっぷりある。ゆっくりと口説かせてもらうよ」
と笑って、アシムは取り敢えずその場から引き上げました。
 

この宮殿に仕えていた侍女や宦官も宮殿ごとマグリブに飛ばされていました。空き家と思っていた宮殿に、そんなに使用人がいたのにアシムは驚いたのですが、ちょうどいいので、アシムは侍女たちに姫様のお世話をするよう命じました。また必要なものがあれば何でも言うように言いました。
 
侍女たちの中のひとり、ウマイマが厳しい表情でアシムに言いました。
 
「我らは元々姫様に仕えるように命じられているから、そなたに言われなくても、姫様のお世話は致す。しかし、そなたが、万が一にも姫様に乱暴なことをしようとしたら、我らは命に代えてもそれを阻止するから覚悟せい」
 
「うむ。あっぱれな覚悟である。私も強引に女を自分のものにしようとはしないぞ。ちゃんと言葉で口説き落とすから、案ずることはない」
とアシムも言いました。
 

その後、アシムは毎日姫を口説こうとするのですが、姫は取り付く島もありません。しかしアシムは焦ることはないと思い、1年掛けても2年掛けても口説き落とそうと思っていました。何年掛けてでも皇帝の娘と結婚できれば、中国に戻れば自分は大権力者になれる、と考えたのです。
 
(誰も知らない男が唐突に皇帝の娘と結婚したと言っても国民が支持しないということを彼は理解していない)
 
アシムは姫と一緒に食事を取りたいと思っていたのですが、姫が拒否するのでそれも無理はせず、ランプの精に自分の分と客人の分と各々食事を用意させ、別々に食べていました。
 
しかし1週間ほど経ったとき、姫から使いの者が来て言ったのです。
 
「本日は姫様の御誕生日であるゆえ、特に夕食に同席することを許す」
「おお、それはお祝いをしなければ」
「ところで、姫様はここに来てから、ずっとアフリカのお酒ばかり口にしておられる。中国のお酒が用意できるか?」
 
「ああ、それは用意させよう」
 
それでランプの精を呼び出して中国のお酒を持ってくるよう言いますと、ランプの精は宜賓元麹(*11)を持って来てくれました。
 
(*11)日本でもファンの多い五糧液の旧名。茅台酒と並ぶ代表的な白酒。中国では乾杯は白酒で行うのが基本。強烈な香りがあるので元々の味と香りを知らない人なら“何か”混ぜても気付きにくい。
 

ランプの精に豪華な夕食も用意させます。それで食事をする部屋に入ります。
 
入口の所で侍女が言いました。
 
「刀など持ったまま姫の御前に出るのは無礼である。武器は外すように」
「ああ、分かった」
と言って、腰に着けている刀を外し侍女に渡します。この侍女の顔をよく見なかったことをアシムは数分後に悔やむことになります。
 
アシムとしては、どうせこの宮殿には、男は自分だけで、残りは姫と侍女、あとは、むしろ女の服が似合いそうな優男の宦官だけだし、と思います。侍女が席に案内しますが、そこはテーブルをはさんで、姫と相対する席でした。
 
「ここに来て以来、食事などをずっと提供してもらっている故、特別に我と同席することを許す」
と姫は言いました。
 
「ありがとうございます」
 
侍女ウマイマがアシムの用意した白酒を、まず姫の銀の杯に注ぎ、続いてアシムの金の杯に注ぎます。自分に黄金の杯を渡したというのは、この家の主人として礼してくれているのかなとアシムは思いました。
 

それでアシムはその金の杯を持って立ち上がると
「バドルルバドール皇女殿下、お誕生日おめでとうございます」
と言いました。
 
ところが、姫は明らかに怒った顔をして、自分の持っている杯をアシムの顔に投げつけました、
 
「何をなさるんです?」
と左目にまともに当たったので、その左目を手で押さえながらアシムは訊きます。
 
「姫様の名前を間違うとはとんでもない奴だなあ」
という“男”の声がするので、ギョッとして見ると、そこに立派な身なりの男性がいます。
 
ジャマール皇子なのですが、アシムはこの皇子の顔を知りません。
 
誰だっけこれ?宦官ではなさそうだぞ。何でこんな所に男が居る?とアシムは混乱する頭の中で必死に考えました。
 
「マハ、君の手を汚させることもない。こいつはボクが倒す」
と言って皇子が剣を抜きます。
 
「マハ!??」
 
アシムはあの時“姫”とだけ言いました。それでランプの精は。バドルルバドールではなく、マハを飛ばしたのです。マハも皇族の血を引いている(皇帝の従姪に当たる)ので間違いなく“姫様”です。しかしランプの精もかなりとぼけています。
 

アシムも剣を抜こうとしましたが、空振りします。
 
しまった。刀は預けたんだった。
 
「侍女!俺の剣をよこせ」
と刀を預けた侍女に飛び付くようにして言ったのですが、
 
「やーだよ」
などと言って剣を持ったままするりと逃げます。
 
「何?」
と言ってその侍女をよく見ると、女装のアラディンではありませんか。
 
「アラディン、貴様、いつの間にここに来た?」
とアシムは言ったのですが、彼はアニトラの返事を聞く間もありませんでした。
 
ジャマール皇子の剣がアシムの身体を貫き、アシムは倒れて2度と動くことはありませんでした。
 

1週間前。
 
朝起きて、外の風景を何気なく見た皇帝は、そこに“何も無くなっている”のを見て仰天しました。
 
そこには昨日まで大臣が彼の財力を尽くして?建築してくれた新宮殿が建っていたのです。
 
宮廷人たちも驚いて右往左往していました。
 
「誰か、誰か、ジャマール皇子を見なかったか?」
 
「皇子殿下はおそらく新宮殿におられたものと思われます」
「新宮殿、それに皇子はどこに行ったのだ!?」
 
ただちに大臣ワラカを呼び出します。
 
「大臣、そなたが建てた新宮殿が突然姿を消した。ジャマール皇子の行方も分からない」
 
「実は我が娘マハの行方も分かりません。もしかしたら、新宮殿で皇子殿下と密会していたのかも知れません」
 
「マハは時々ジャマールと会っていたのか?」
「マハは最近度々、夜間外出しておりました。たぶん殿下と会っているのだろうと思っておりました」
 
「どうすればいいんだ?」
「実はあの宮殿はアラディン殿が建設したのです。アラディンに尋ねてみましょう」
 

それで皇帝がアラディンを呼びにやります。
 
「一体何事でしょうか」
と急ぎ参内したアラディンが尋ねます。
 
「新宮殿が突然消えた。そしてジャマール皇子とマハの行方が分からない」
と皇帝。
 
「まさかおぬし、ジャマール殿下を亡き者にして、自分とバドルルバドール様との子供を次期皇帝にと考えているのではあるまいな?」
と大臣が詰問します。
 
「そんなことはありません。私には何も権力欲はありません。私に権力欲があるのでしたら、陛下から宮廷の役職を与えると言われた時にそれを受けていますよ」
と弁解しながら、女同士では子供作れないから、ボクとバドルルバドールとの間に子供ができることはないし、などと考えています。
 
すると皇帝は玉座から降りてきてアラディンの手を握って泣きながら言いました。
 
「頼む、アラディン。頼れるのはそなただけだ。新宮殿はどうでもいいから、何とかしてジャマールの行方だけでも捜し出してくれ」
 
アラディンもこんな皇帝の姿を見たのは初めてでした。
 
「陛下。私に40日下さい。必ずや殿下やマハ姫様の行方を突き止めます」
「頼む」
 

アラディンは急ぎ帰宅しました。ランプの精に尋ねて行方を捜そうと思ったのです。ところが、自分の部屋にいつも置いているランプが見当たりません。
 
嘘!?
 
アラディンはアニトラの姿に戻ってから、バドルルバドールの部屋に行きました。
 
「姫様、ちょっとお尋ねします」
「どうかした?アニトラちゃん」
「私の部屋にいつも古いランプを置いていたのですが、姫様それを見たりはしていませんよね?」
 
「ああ、あのランプは昨日、お兄様の使いの方が来て、お店の方で使うのでとか言うので、渡したけど」
 
「え〜〜!?」
 
「まずかった?」
と姫も急に不安になり尋ねます。
 
「いえ。私もあの大事なランプを無造作に置いていたのが悪いです」
「もしかして、その使いの者って偽物?」
 
「姫様のせいではありませんよ。私の管理が悪かっただけです」
「何とかなる?」
「何とかします」
「ごめんね」
 

アニトラは自分の部屋に籠もり対策を考えました。
 
姫を欺してランプを持ち出したのは、おそらくアシムだろう。それでアシムがランプの精の力を使って、宮殿を移設し、皇子とマハはそこでデートしていたので巻き添えになったのだろうと推察します。
 
でもアシムも大きな宮殿が欲しければ新たにランプの精に作らせればいいのに。なんでわざわざ皇子が住んでいる宮殿を移設するのだろう?と疑問を感じました
 
(アシムは宮殿を空き家と誤解していた。アラディンが他人の住む宮殿を作ってやったとは思いも寄らないのでアラディンが出入りしていないことから、ここに入居予定なのだろうと誤解した。欲の張った人間は無欲な人間の思考を想像できない)。
 

アニトラは朝からずっと丸1日あれこれ考えていましたが、少し冷えてきたなと思います。暖房でも入れさせようかと思いながら、手をすり合わせました。
 
指輪の精が出現します。
 
「ご主人様、何なりと命令をお申し付け下さい」
 
あ、この子のこと忘れてた!とアニトラは思ったのですが、同時にこの子に頼めば何とかならないかと考えました。
 
「あのさ、皇子の新宮殿と中に居た皇子にマハ姫を元の場所に戻してくれない?」
 
「申し訳ありません。それはランプの精殿がなさったことなので、私にはそれを取り消すことはできません。ランプの精殿の方が私よりも上位なので」
 
ああ、魔神の世界も上下が厳しいんだろうなとアニトラは思いました。
 

「だったら、ボクを皇子やマハの居る所に飛ばしてくれない?」
「たやすいことでございます」
 
と指輪の精が言うと、アニトラはどこか知らない場所に来ていました。
 
見慣れた新宮殿が建っています。そっと近寄って窓を覗くと、見たことのない娘がいました。しかしそのそばに付いている侍女には見覚えがあります。アニトラは窓の中に忍び込み、その娘と侍女の方に歩み寄りました。
 
「何者じゃ?」
と娘が厳しい声で言いましたが、そばに付いている侍女ウマイマが
「アニトラ様!」
と言います。
 
「そなた評判のアニトラか?」
「はい、呉服屋のアニトラでございます。皇帝陛下の命令でお探しに参りました。マハ様でいらっしゃいますか」
 
「うむ。イシムとかウシムとかいう男に連れ去られた」
「お怪我はありませんか」
 
「当然じゃ。あのような下種(げす)に汚されたりすることはないぞ」
 
アニトラは純粋に物理的な怪我がないか尋ねたのですが、マハは別の意味に取ったようです。しかし普通の怪我もしていないようです。
 
「さすが、皇族の姫君ですね。私みたいな庶民の女とは違います。皇子殿下にはやはりマハ様がお似合いですよ」
 
「そうか?」
と言って、どうもマハは何か不満な様子です。何だろう?とアニトラは疑問を感じました。
 
「ジャマール殿下もご一緒ですか?」
「皇子もいるが、どうもあのイシムとかいう者はそのことに気付いていないようだ。皇子は倉庫に隠れている。夜中に警備している振りをして宦官に食事を運ばせている」
 
「なるほど」
 

「それで皇子と話し合っていたのだが、私と皇子が協力すれば、何とかあの下種(げす)を倒せるのではないかとは思うのだが、その後、国に帰れるだろうかというのが心配で」
 
「それは私がお連れします。ご心配なさるな」
「分かった」
「ところで、アシムは古いランプをどこかに置いていませんか?」
 
「ああ、何か古いランプをいつも腰に下げてるな」
「なるほどですね」
 
自分も腰にぶらさげておけば良かったのかなあとも思いますが、とにかくもアシムがいつも身体に着けているのであれば、奪い取るのは難しそうです。それで、アニトラはマハとジャマールが考えたアシムを倒す計画に乗ることにしたのです。
 
個人的にはアニトラはアシムを自分に身を立てることを覚えさせてくれた恩人と思っていたので、アシムが中国に戻って来たらまた一緒に商売をしたいとも思っていました。しかしこの状況ではアシムを倒す以外は無いと思い切りました。
 
しかしアシムはなんでマハを口説こうとしてるんだ?バドルルバドールを口説くとかいうのなら、まだ分かるけど?とアニトラは不思議に思いました。
 
(まさか人違いしているとは思いも寄らない)
 

姫の誕生日だと偽って、アシムを宴席に招待する。そして中国のお酒を用意させ、彼が持つ杯に毒を塗っておきそれを飲ませて倒すというのが基本的な計画です。この時、わざわざ中国のお酒を用意させるのは、一口飲んだ時に風味の違いに気づきにくいようにするためです。
 
万が一にも杯を取り違えないように、姫には銀の杯、アシムには金の杯を用意することにしました。それに銀の杯は毒に反応して変色するので誤って自分が毒を飲む危険が少ないのです。
 
念のためアシムの武器は取り上げることにし、その作業をアニトラが侍女の振りをしてやることにしました。侍女はみんなベールをしていますから、人相は分かりにくい筈ですし、アシムもまさか自分がマグリブに来ているとは思わないでしょう。
 

そしてこの計画を実行したのです。アニトラはうまくアシムの武器を取り上げることができました。そしてまさに毒を飲ませようとした時、アシムが
 
「バドルルバドール皇女殿下、お誕生日おめでとうございます」
 
と発言するので、アニトラは「は!?」と思います。それよりマハが激怒して自分の杯をアシムに投げつけました。
 
まさかアシムはマハのことをバドルルバドールと思っていたのか?
 
(深窓の姫君は普通は家族以外に顔を見せないから、アシムがバドルルバドールやマハの顔を知らなかったのも無理はない)
 
マハが杯を投げつけたことで、アシムが自分の杯の酒を飲むのを中断してしまいました。やばいなと思っていたら、ジャマール皇子が姿を現し、剣を抜きます。アシムが自分に預けていた剣を取ろうとしますが、当然アニトラは彼から逃げて剣を取らせません。
 
「アラディン、貴様、いつの間にここに来た?」
 
とアシムが驚いたようにしてアニトラの顔を見て言いました。
 
しかし次の瞬間、ジャマール皇子の剣がアシムの身体を貫き、アシムは倒れました、
 

ジャマール皇子が、アシムが絶命していることを確認します。
 
アニトラは、自分が取り上げていたアシムの剣を使って、彼が腰の所にランプを結び着けていた革紐を切りました。
 
「皇子殿下もマハ姫もここに居てください」
と言ってアニトラは部屋を出ますとランプをこすってランプの精を呼び出しました。
 
「おお、ランプを取り戻しましたね。わが主人であれば、いづれ奪還なさるだろうと思っていましたよ。だからあの馬鹿の命令は適当に処理しておきました。さて、御用をお伺いします」
 
「まあボクも油断してたね」
と言って、最初にアシムの埋葬を命じました。屈強な男が2人でアシムの遺体を棺に納め釘を打ちます。宮殿から運び出し、穴を掘って埋葬します。爆竹も鳴らします。アニトラと皇子が墓の前で合掌しました。
 
その後、アニトラはランプの精に命じます。
 
「ボクや皇子・マハ姫や使用人ごと、宮殿を元の場所に戻して」
 
「たやすいことでございます」
とランプの精が言うと、宮殿は空に浮かび、東に向かって飛んで行きます。そして、真夜中に皇宮の隣の元新宮殿があった場所に着地しました。
 

皇宮では真夜中に物凄い音がするので、みんなびっくりして飛び起きます。しかし見ると、新宮殿が再び姿を見せていたので、みんな驚きました。
 
皇帝は真っ先に新宮殿に飛び込んで行きました。
 
「ジャマール?ジャマールは居るか?」
と探し回っていると、当の本人か姿を見せます。
 
「陛下、数日留守をして申し訳ありませんでした」
「よいよい」
 
皇帝がジャマール皇子を抱きしめて涙を流しているのを見て、アニトラは
 
「マハ姫様、大臣閣下の御自宅までお送りします」
と言いました。
 
「うむ。ご苦労である」
 
それでアニトラは馬車を用意させ、姫を大臣宅に送り届けたのです。大臣も泣いて娘との再会を喜びました。
 

これで全てが解決したかというと、そうではありませんでした。
 
アシムには実はエシムという弟がいました。彼はアシムから
「近い内に中国の皇帝の姫君と結婚するから」
 
と聞いていたのに、一向に音沙汰が無いので、どうしたのだろうと思ってマグリブに来てみたら、兄の邸宅は何か重たいものに潰されたかのようにぺしゃんこに潰れていますし、兄の墓らしきものもあります。まさか誰かに殺されたのか?と思って水晶玉で見ると、ジャマール皇子の顔が浮かびました。
 
「こんなボンクラっぽい男に兄がやられるとは思えん。たぶん凄い魔法使いが付いているんだ」
と考えながら、中国までやってきます。
 
そしてジャマール皇子の周辺を色々調べていて、最近急速にこの国でのし上がってきた、アラディンという男がいることに気付きました。そして更に水晶玉で調べている内に、アラディンによく似た女が見えます。
 
「似ているからアラディンの妹か?こいつは魔女に違いない。兄貴はこいつに魔法のランプを奪われて殺されたんだ」
とエシムは考えました。
 
それでエシムは兄の敵討ちにまずはアニトラを殺してランプを奪い、続けてジャマール皇子も倒そうと考えました。
 

その頃、帝都近郊のシーサンという町にファティマという名の女祈祷師がいて評判になっていました。エシムは相談事があるかのように装って、そのファティマの庵を訪れると、彼女を脅して、まずは着ている服を奪い、その上でファティマを殺してしまいました。
 
そして自分がファティマの服を着て、その女祈祷師に変装したのです。
 
その頃、ジャマール皇子と大臣の娘の婚礼が目前に迫って、新宮殿が一般に公開されていました。
 
ファティマに変装したエシムは、一般の民衆に混じってその宮殿を訪れました。
 
ファティマがいることに気付いた民衆が、まるで聖人でも拝むかのように彼女を拝んでいるので、何事だろうと思ったジャマール皇子がそばによります。エシムは今すぐにも兄の敵であるこの皇子を刺し殺したかったのですが、護衛も居て難しそうですし、まずはアニトラを倒そうと思いました。
 
「あなたが今評判のファティマ殿ですか。トンペイに出てこられたのですか」
「私はただの貧しい女でございます」
 
「どうか別室でご休憩ください」
と言って、皇子はファティマに変装したエシムを部屋に案内しました。
 

「しかし素敵な宮殿でございますね」
とファティマに変装したエシムは言います。
 
「そうですか。個人的には大きな宮殿を作るより国民のために何かしてあげたいのですが、皇帝の権威を誇示して外国が安易にわが国を攻めたりしないようにするためには立派な宮殿を作るのもよいという意見がありまして」
 
「大粒の宝石が宮殿のあちこちに飾られていますし」
「ええ。寄付してくれた者があったので飾らせて頂きました。ここに飾っておけば、国民たちが見ることもできますし」
 
「なるほどですね。きっとこの宮殿は世界一の宮殿ですよ。でも後少しだけ惜しい」
 
「何か足りないものがありますか」
 
「宮殿の大広間に朱雀の剥製(*12)でも飾ってあれば、最高なんですけどね。世界一の鳥の剥製があれば、この国が世界一であることを誇示できますよ」
「へー」
 
(*12)東洋文庫版では“ルフ鳥の卵”と書かれているが、ルフ鳥はアラブの鳥なので、中国でそれに相当する朱雀に書き換えた。また“卵”では、ランプの精のことばに繋がらないので、剥製と書き換えた。“卵”というのは恐らくどこかの段階での誤訳あるいは誤記ではないかと思われる。
 
なお朱雀の大きさについては、同族である鳳凰が12-25尺とされるので、1尺を30cmと考えると、3.6-7.5m ということになる。
 
ルフ鳥は象を捕まえてきて雛鳥に食べさせると言われる。マダガスカルには、エピオルニスという体長3.5m・体重500kg程度の巨大な鳥が17世紀まで生息していた。ルフ鳥のモデルはこの鳥ではないかという説もある。(但しエピオルニスはダチョウ(体長2,3m 体重150kg程度)などと同様、空を飛ぶことができない)
 
なお、神話伝説上の鳥として恐らく最大級なのはガルーダ(迦楼羅)で、翼開長が34万kmと言われる。(地球から月までの距離が38万km)
 

皇子はファティマから言われると、急にそういう剥製が欲しくなったので、皇帝を通して、アラディンに、朱雀の剥製が手に入らないか尋ねてみました。
 
皇帝からリクエストされたアニトラはランプの精を呼び出して尋ねます。
 
「あのさ、朱雀の剥製とか手に入らないよね」
 
するとランプの精が激怒しました。元々恐ろしい風貌のランプの精が怒るとアニトラでなかったら、それだけで失神していたでしょう。
 
「ふざけるな!この恩知らずめが!俺や数々の精たちが、貴様の下僕(しもべ)となって、仕えてきたのにまだ飽き足らねえのか?あまつさえ、我らの女主人をお前の慰みのために殺して宮殿に飾れというのか?今すぐ、お前もこの国も全て燃やし尽くして灰にしてやろうか?」
 
アニトラは驚いて弁解しました。
 
「済まなかった。君たちが仕えていたのが朱雀殿だったのか。金輪際、そんなことは口にしないから、どうか許して欲しい」
 
ランプの精はかなり怒っていましたが、アニトラが土下座して必死で謝るので少し軟化します。
 
「まあ、お前が自分の望みでそんなことを言ったのではないことは分かるから、今度だけは勘弁してやる。でも朱雀様に詫び状を書け」
 
「うん。書くから届けてくれる?」
 
それでアニトラは朱雀に向けて、これまで様々な便宜を図ってくれた御礼、そして失礼な頼みをしてしまったことへの陳謝の気持ちを書いて、ランプの精に渡しました。
 
「じゃこれは我らが女主人に届ける。ついでにひとつ教えてやる。こんなことをさせようとしたのは、今ファティマに化けて、新宮殿に滞在している、アシムの弟・エシムだ。そいつが、俺や朱雀様が激怒するようなことをお前に依頼させて、お前が俺らに灰にされるのを待ち、続けて皇子も殺そうとしていたのよ。これは親切心で教えてやることだがな。お前が自分でそいつを始末してきたら、この国を灰にするのは勘弁してやる」
 
「分かった。何とかする」
 

それでアニトラはただちに新宮殿に向かったのです。
 
「アニトラ殿?」
と皇子は突然のアニトラの訪問に驚いています。
 
「こちらにファティマ様が滞在なさっていると聞いたので、ご祈祷をお願いしようと思いまして」
 
「おお、そうですか。こちらなんですよ」
と言って皇子はアニトラを案内します。
 
そしてファティマに化けたエシムのいる部屋に案内しました。
 
エシムはアニトラが無事なのに驚いたのですが、これはアニトラと皇子を一気に葬るチャンスと思います。
 
ところがアニトラは部屋に入るや否や、いきなりファティマに化けたエシムの心臓めがけて剣を一突きしたのです。
 
エシムは自分の剣を抜く前に刺殺されてしまいました。
 
「アニトラ殿、何をなさるんです!」
と皇子が驚いて言いました。
 

アニトラは黙って、エシムのベールを剥ぎ取りました。
 
「男!?」
と皇子も仰天します。
 
「皇子様。私と皇子様を狙った刺客(しかく)ですよ」
「なんと!?」
 
皇子の護衛が見るとエシムの手が剣に掛かって抜き掛けでした。
 
「一瞬の勝負でしたな。アニトラ様さすがです。しかし男の癖に女に化けて油断させて近づくとは太ぇ奴だ」
 
などと言っているので、アニトラは冷や汗を掻きました。
 

「私は朱雀とその眷属たちに守護されています」
とアニトラが言うと
 
「そういえばアラディン殿が妹を住まわせている離宮は朱雀(ツーチェ)離宮でしたね」
 
と皇子が言うので、そういえばそうだけど、あの名前は誰が付けたんだっけ?と疑問を感じました(ランプの精の裏工作)。
 
アニトラは続けます。
 
「それなのに朱雀の剥製などとんでもない話なので、どうかそれは諦めて下さい。こいつはそんな話をして、私を守護している精霊たちを怒らせ、私を始末しようとしたのですよ」
とアニトラは皇子に説明しました。
 
「そうだったのか」
と皇子は驚き、朱雀の剥製の話も無しにしてくれました。
 
「しかしアニトラ殿は、マグリブでの活躍といい、今回の刺客との対決といい、本当に勇気のある方だ。女にしておくのがもったいない。殿方と結婚しないのであれば、名誉男子にしましょうか?適当な役職か軍の階級を差し上げますよ」
 
「あはは。私は女で充分で男にはなりたくないです」
とアニトラは言いました。
 

皇帝も掛けつけてきて大騒ぎになりますが、それにしてもアニトラの働きで皇子が守られたとあって、皇帝はアニトラの手を握って感謝していました。
 
アニトラが疲れて帰宅すると、ランプの精が自ら姿を現しました。
 
「よくやった。朱雀様もお前の働きに満足していたぞ」
「いや、君がちゃんと事件の真相を教えてくれたからだよ。いつもありがとう」
「これからも俺たちはお前に従うから」
「それもありがとう。朱雀様にも御礼を言っておいて」
「了解、了解。ついでにこれは朱雀様からの贈り物だ。姫をちゃんと愛してやれ」
 
「何これ〜!?」
とアニトラは、ランプの精から渡されたものを見て叫びました。
 

大晦日。
 
呉服屋を普段より少し早めに閉め、アニトラは日没前に帰宅しました。
 
料理人に普段より少し豪華な食事を作らせ、母およびバドルルバドールと3人で食べます。女ばかりなので、甘い紹興酒を出して味わいました。
 
「でもアラディン殿は今夜もお仕事なのですね」
とバドルルバドール姫が言います。
 
「まあ兄さんは仕事してないと死んじゃうタイプみたいだからね」
とアニトラが言うと、母はおかしくてたまらないようです。
 

夜中0時を過ぎて新年になってから、各々の部屋に下がりました。
 
バドルルバドールは、約半年にわたる“結婚生活”を振り返り、まあ処女妻も悪くはないけど、男の人との“交わり”も1度は体験してみたいなあ、などと思いながら帳の中で床に就こうとしていました。
 
すると部屋の扉が開きます。
 
「アラディン様?」
「夜遅くごめん。今帰ったんだけど、また朝には出ないといけない」
「ほんとにお忙しいですね!」
 
「ずっと君を放っといてごめんね」
「いえ。私はアニトラ様たちと一緒に楽しく暮らしていますから」
「君をずっと処女のままにしておいて、それも申し訳無いと思っている」
 
とアラディンが言うのでバドルルバドールはドキッとしました。
 
アラディンが帳の中に入り、バドルルバドールに口づけをします。
 
口づけをされたのも初めてなので、姫はドキドキしました。
 
「君の身体をボクのものにしてもいい?」
とアラディンが訊きます。
 
「私の身体はアラディン様のものです。自由にして下さい」
「じゃもらっちゃうよ」
「はい」
 
それでアラディンはバドルルバドールの傍に寝て彼女を抱きしめました。
 

翌朝、アラディンは「また仕事があるから」と言って、出て行きましたが、バドルルバドール姫は、「やっとこれでアラディン様の本当の妻になることができた」という思いから、嬉しさでいっぱいでした。
 
元旦は宮殿で年始の儀式が行われ、バドルルバドール姫は、アラディンの名代のアニトラと一緒にこの儀式にも列席しました。
 
皇帝が姫に声を掛けました。
 
「幸せそうな顔をしている。アラディン殿とは仲良くやっているか」
「はい、仲良くやっております」
 
とバドルルバドール姫が少し頬を赤らめて答えるので、皇帝はやはり良い所に嫁にやったと思い、満足でした。
 

一方、皇帝がジャマール皇子に声を掛けると、皇子は憂鬱な顔をしています。
 
「いよいよお前の婚礼というのに何を憂鬱な顔をしている」
 
婚礼は1週間後、1月7日に行われる予定です。
 
「いえ。大丈夫です」
「マハは妊娠していたりはしないか?もし妊娠してるのなら、少し行事を軽くしないと辛いだろうし」
と皇帝が言うと、皇子は答えました。
 
「陛下、実は私はまだマハとは床を共にしていないのです」
「そうなのか。一緒にアフリカに飛ばされたりもしていたし、お前たちはいつも会っているものとばかり思ったよ」
 
「マハ殿が新宮殿に来られたことはありません。アフリカに飛ばされた時は、私は新宮殿に居ましたが、マハ殿は大臣宅におられた所を飛ばされたらしいのですよ」
 
「そうだったのか」
 
「実はそれとなく誘ったことはあるのですが、マハ殿は結婚するまでは決して身体は許さないとおっしゃるので」
 
「あはは。それはまた今時珍しい身持ちの堅い娘だな。まあそれも良いではないか」
と皇帝は笑っていたのですが、1週間後にこの会話を思い出して激高することになるとは思ってもいません。
 

バドルルバドール姫はお正月になってから、とても落ち着いた風でした。
 
アニトラは正月過ぎてから、月の者の処理のため3日ほど休んだのですが、その間、姫はアニトラの部屋に来ておしゃべりしていて、
 
「アラディン様は今度はいつお帰りかしら」
 
などと楽しそうに語っていました。姫が“恋する女の顔”をしているのを見て、アニトラは少し良心の痛みを覚えました。
 
そしてジャマール皇子と大臣の娘の婚礼か行われる1月7日が来たのです。
 

その日、アニトラは皇子殿下の妹君夫妻として結婚式に出席しなければならないのですが、その妹のアニトラも出席しなければなりません。そこでいつも影武者をしてくれているアンタルに言いました。
 
「アラディンかアニトラかどちらかの代理をして」
「アラディンでお願いします」
 
それでバドルルバドール姫には「疲れていて長時間立っていられないのでアンタルに代理を頼むから」と言いました。姫は「うん。問題無い」と明るく答えました。姫には贅を尽くした礼服を着せ、ダイヤモンドの髪飾りも付けさせます。アラディンの振りをするアンタルには儀礼用の服を着せます。
 
そして自らはバドルルバドール姫より1ランク下の礼服(それでも充分豪華)を着て翡翠の髪飾りを付けました。
 
それで出かけようとしていた時に、大臣ワラカが青い顔をして飛び込んで来たのです。
 
「花嫁のお父上がこんな所で何をなさっているんです」
 
「マハが駆け落ちした」
「は!?」
 

取り敢えず大臣を家に上げて、“アラディン”、バドルルバドール姫、アニトラの3人で大臣の話を聞きました。
 
「そういえばアラディン殿とアニトラ殿を一緒に見るのは珍しいな」
と大臣が言います。
 
「ああ、確かにアラディンとアニトラ様は、お店にはどちらか片方しか居ないので、実はアニトラ様はアラディンの女装では?という噂もあるみたいですね。皇子との結婚を断ったのも実は本当は男だからではとか」
などとバドルルバドール姫が悪戯っぽく言います。
 
ちょっとーぉ。
 
「でもアニトラ様には月の者がありますから間違いなく女ですし、アラディンが殿方であることは妻の私が証言しますから、別人であることは確かです」
 
とバドルルバドール姫はアニトラを見ながら言います。
 
「ではアニトラ殿はまことの女であるな?」
と大臣が確認するように訊きます。
 
「女ですよ」
とアニトラも答えますし、バドルルバドール姫は
 
「アニトラ様がお風呂に入っている所に私うっかり入っちゃったことあって、その時アニトラ様の裸を見てしまいましたけど、間違いなく女でしたよ」
 
と言いました。
 

「だったら、お願いしたいことがある。そのためには私の大臣の地位をアラディン殿に譲ってもいい」
と大臣は言います。
 
「私は以前から言っているように政治的な野心は全くありません。そのようなことは無用にお願いします」
と“アラディン”は言いました。アニトラも頷いています。
 
「それよりマハ姫に何があったのです?」
とアニトラが訊きます。
 
「今朝、マハが居なくて、こういう書き置きがあった」
と言って、大臣はアニトラたちにマハの手紙を見せてくれました。
 

マハの手紙にはこのようなことが書かれていました。
 
自分は以前より好きだった人がおり、その人と結婚したいので皇子様との結婚は辞退したい。皇子はアニトラ殿と結婚するかと思い安心していたのに、アニトラ殿がどうしても固辞しているというので、またこちらに話が戻って来て、とても困惑した。自分は思い人と一緒に国を出るので、自分のことは死んだものとして処理して欲しい。自分が死んだということになれば、誰も傷つけることがないと思う。
 
「じゃ、マハ様が亡くなったことにするんですか?」
とバドルルバドール姫が尋ねる。
 
「それで困ったのだよ」
と大臣は言います。
 
「皇帝の皇子と、私の娘が結婚するということで、親王たちも招いている。その中で結婚式を中止するわけにもいかない。皇子の結婚は皇帝の直系が続いていくことを意味し、親王たちによけいな野心を起こさせないためにも大事なことだ」
 
「でもどうするんです?」
「だからどうしても、今日、皇子と“私の娘”が結婚することが必要だ」
 
「しかし大臣殿にはご子息は2人おられますが、お嬢様はマハ様だけですし。ご子息を娘に変えるわけにもいきませんしね」
 
「息子2人にも、形だけでもいいからどちらか花嫁衣装を着て皇子と結婚してくれないかと言ってみたが、女の服なんか着たくないし、男と結婚するなんて絶対嫌だと言った」
 
“アラディン”がマジで嫌そうな顔をしています。
 
「まあ女になって皇子妃になってくれなんて、無茶ですよね」
と言いながらアニトラは冷や汗を掻いています。
 
「それで本当にこの通りだ。アニトラ殿、今日皇子と結婚してくれないか?」
 
「え〜〜〜〜!?」
 

「だって大臣殿の娘さんでなければならないのでは」
とバドルルバドール姫が素朴な疑問を出します。
 
「アニトラ殿を私の養女にする。それで結婚してもらえたら、私の娘が皇子と結婚したことになる」
 
「うっそー!?」
 
そんなこと言われても、私は皇子妃とかしたくないよーとアニトラは思います。窮屈な宮廷生活は御免です。
 
「形だけでもいい。だから夜のお務めもしなくていい。皇子には側室を持たせて世継ぎは側室に産ませる」
 
アニトラは考えました。そして言いました。
 
「皇子と話し合わせてください」
 
「密談の場所を用意する」
 

それで、結婚式のほんの2時間前、大臣の別荘で、ジャマール皇子と大臣にアニトラの3者が密議をしたのです。ここに来るのに、皇子は女装してきました。
 
「殿下、可愛いです」
とアニトラは言いました。
 
「そうか?しかしこの衣装は歩きにくいな」
などと皇子は照れながら言っています。
 
「いっそ、皇子が今日の結婚式の花嫁になられません?」
「私が花嫁なら誰が花婿になるのだ?」
「大臣のご子息のマジド様とかは?」
 
「今一瞬悩んでしまった」
 

「まあそういう訳で、私は花嫁に逃げられた哀れな花婿なんだけど、私ひとりが恥を掻けばよいのなら敢えて恥を掻く。しかし今日の結婚式が消滅した場合、親王たちが皇帝の座を狙って動き出しかねない。だから、帝国の安定のために無理を承知で、私と今日結婚してほしい」
と皇子は頭を下げました。
 
「そなたが殿方と交わりたくないという話は兄上殿からも聞いている。だから決してアニトラ殿には何もしないことを誓う。世継ぎについては側室を娶ってその者に産ませるから、形だけでも私の妻になってくれないか」
と皇子はアニトラに言います。
 
「私、皇宮に居なくてもいい?私は呉服屋だから、ずっとお店に出ていたい」
 
「ああ、あの呉服屋はアラディンがやってることになっているけど、実は全ての采配を振るってるのは君だよね。女主人では馬鹿にされるから、仮にお兄さんを主人ということにしているだけで」
と皇子。
 
「世間でもそういう見方をしている者はわりといるね」
と大臣も言います。
 
「儀式とか、外交使節を迎える時とか、そういう時だけあなたの妻の振りをしてあげる。普段はお店の方にいる」
 
「うん。それでいい」
 
「呉服屋の女店主と皇子妃は双子の姉妹とか言っておけば何とかなる」
と大臣は言っています。
 
それって、もしかしてボク、アラディンとアニトラと皇子妃の1人3役することになったりして?
 

しかし、自分が皇子と結婚する以外、この場の解決法は無いようなのでアニトラは皇子との“形だけの結婚”に同意したのです。
 
それで、アニトラはリームに今日の結婚式では自分の代理をしてくれるよう言いました。
 
「うっそー!?」
 
「女はこういう場ではベールで顔を隠してるからバレないって」
「アニトラ様、身体が3つ必要ですね」
「全くだよ」
と言って、アニトラは大臣宅に行き、マハに着せるはずだった真っ赤な花嫁衣装を身につけました。
 
そして宮廷から派遣された大人数のお迎えに守られ、花嫁専用のカゴに乗って新宮殿に向かったのでした。
 
花嫁は顔をベールで覆っていますので、この花嫁行列を見学している人たちにもその顔は見えません。アニトラは宮殿のそばを流れる川に浮かべた船に乗って新宮殿に入りました。
 

結婚式が行われる大広間に入ります。
 
赤い花婿衣装を着たジャマール皇子、結婚式を執り行う大道士が待っています。アニトラは多数の侍女とともにそこに進み出ました。
 
ここで花婿が初めて花嫁のベールをめくります。
 
人々の間にざわめきが起きます。それがアニトラに見えたからです。
 
人々は大臣の娘マハの顔は知りませんが、アニトラの顔は知っています。
 
しかし結婚式の列席者の方に目を遣ると、アラディンとバドルルバドール姫の夫妻と並んで、確かにアニトラがいるので、どうなってるんだ?と人々は訝りました。その人々の疑問は結婚式を執り行う大道士のことばで解決?します。
 
「これより皇太子ジャマールと、名誉大尉アラディンの妹君で、大臣ワラカの養女アマトラの結婚式を執り行う」
と大道士は言いました。
 
「アニトラ様ではなかったのか!」
「アラディン殿の妹ということはアニトラ様の姉妹か」
「道理で似ているはずだ」
「しかしアニトラ様に姉妹がおられたとは知らなかった」
 
と人々は言いました。
 

それで結婚式は滞りなく進んでいきます。結婚の誓いの所ではジャマールと誓いの口づけをする必要があります。ジャマールが小さな声で「ごめん」と言いますが、アニトラは微笑んで、ジャマールと口づけをしました。
 
きゃー!男の人との口づけって初めてした!
 
バドルルバドールとはたくさん口づけしたけとね。
 

結婚式が終わった後は、親王たちも列席して大宴会が行われました。たくさんの招待客が挨拶に来るので、その挨拶を交わすだけても疲れましたが、何とか5時間ほどの宴会を乗り切りました。
 
そして初夜の床に就くことになります。
 
皇子と一緒に寝室に向かいますが、ボク、皇子とセックスしなくていいんだよね?と思いながらも少し不安でした。
 
「部屋の中に入ったらすばやく“寝台の下に潜り込んで”」
と皇子が囁くので、言われた通り、寝台の下にスライディングしました。その時、寝台には既に侍女のウマイマが自分と同じ衣装をつけて寝ているのを見ました。彼女が新妻の代理をさせられるのか。ごめんねーと思いながらも、自分は皇子とはしたくないので寝台の下でじっとしています。
 
皇子は妻の代理をするウマイマにも「ごめんね」と言ってから、“初夜”をしてその記録が立会人に記録されたようでした。
 

「疲れた、疲れた」
と言って、アニトラは深夜離宮に戻って来ました。
 
「あら、“アマトラ様”は兄上と今夜初夜なのでは?」
とバドルルバドールが嫉妬するような目で言います。
 
「アマトラは知らない。ボクのおうちはここだもん」
 
するとバドルルバドールはアニトラの首に抱きつくようにして口づけまでして言いました。
 
「アラディン様ぁ、今夜も私をちゃんと抱いてね」
 
この時、アニトラはくたくたに疲れていたので、頭がしっかり回っていませんでした。それでバドルルバドールの甘い言葉に、うっかり“アラディン”として反応してしまったのです。
 
「いいけどその前に1時間くらい休ませて」
 
「うふふ。やはりあなたは“アラディン”様なのね」
「あ・・・」
 
「大丈夫。アラディンが実はアニトラの男装だなんて、誰にも言わないから。女だと軽く見られるから男の振りして“兄”がいるふりしてるんでしょ?」
 
「えーっと」
「こないだはどうやって私と交わったの?怒らないから教えて」
「うーん・・・」
 

それで仕方ないので、アニトラは“それ”を見せてあげました。
 
するとバドルルバドールは「きゃー!いやらしい!」と言って面白がり、
 
「ね、ね、私も付けてみたい」
 
などと言うので、結局この夜はバドルルバドールが装着することになりました。
 
「だってアニトラちゃんは疲れてるでしょ。今夜は横になってればいいよ。私が全部“して”あげるから」
「いいけど」
 
「兄上とは“した”の?」
と詰問するような目。
 
「兄上様は決してボクには手を出さないと誓ったよ」
「だったらアニトラちゃんは処女?」
「処女だけど」
「じゃ私がアニトラちゃんの処女をもらっていい?」
「ボクの身体はバドルルバドールのものだよ。自由にして」
「自由にしちゃおう」
 
それでその夜、アニトラは処女をジャマール皇子ではなくバドルルバドール姫に捧げたのです。
 
「でもどうして分かったの?」
「おっぱいあったもん」
 

翌朝、のんびりと母・バドルルバドールと一緒に朝食をとりながらアニトラは考えていました。
 
皇子様の妃になるとか普通の女の子は憧れるのかも知れないけど、バドルルバドールの話を聞いていても、王宮の生活なんて、堅苦しいだけで、全然楽しくないと思う。バドルルバドールも王宮を出て、うちで気楽な生活をして伸び伸びとしてるし。
 
この日はまた婚礼の続きの行事があったので、アニトラはお昼から宮廷に出て行き“アマトラ”の代理?をしました。
 
休憩時間、皇子妃の私室で休んでいると、ウマイマが
「お疲れ様です」
と言って、お茶を持って来てくれるので
 
「ウマイマこそ、昨夜はごめんね」
と言いました。
 
「もしかして、あなた様はアニトラ様ですか?」
「アマトラなんて姉妹が存在しないのは知ってる癖に」
 
「ではなぜこのようなことに。私たちも花嫁がマハ様でなかったので仰天しました。でも皇子様との“行為”は全然問題ありません。私は皇子様に抱かれて物凄く幸せな気分でした」
 
とウマイマは言います。
 
ああ、普通の女の子だとそう思うのかもね、とアニトラも思いました。
 
それで
「他の子たちに言っちゃダメだよ」
て言って、ウマイマだけに真相を明かしたのです。
 

「そういうことだったのですか。でもこの後、どうするんです?」
「ボクは普通に呉服屋の女主人を続ける。重要な儀式にだけはアマトラ妃として顔を出すよ」
「大変ですね!」
とウマイマは言いました。
 
「では日常的には私がアマトラ様のふりをしていればいいのかな」
「多分そういうことになるのかも」
 
「でも私もアニトラ様の下僕(しもべ)さんの力で女に変えてもらったし、その恩に報いるためには皇子妃の代理もやらせて頂きますよ。男に生まれて女になって、皇子様にまで愛してもらえるなんて夢みたいです」
 
「君もしかして男の子だった5人のひとり?」
「はい」
 
「君はとても勇敢だもんね。さすが女になった子だけのことはある」
「アニトラ様は“さすが男だっただけのことはある”とかおっしゃらないんですね」
「だって、世の中、女のほうが度胸あると思わない?結婚式前夜に夜逃げするとかマハちゃんもやってくれるし」
 
「マハ様、捕まらずに逃げられるといいですね」
「捕まると大臣の立場が無くなるから、きっと大臣は協力してるよ」
「それしかないですね」
 
結局ウマイマは皇子の側室の1人となり、子供を4人も産みます(側室の中では最も多くの子供を産んだ)が、全員女の子であり、世継ぎ誕生には至りませんでした。しかしウマイマは庶民出身で、政治的な権力闘争と無縁(一応彼女の生活費などは全てアニトラが出している)なので、皇子にとっては彼女と居る時がもっとも安らぐ時間となりました。
 

アニトラとバドルルバドールですが、この後、2人はその日の気分次第で?どちらが入れる側になるか決めて夜の生活をするようになります。しかしアニトラは仕事で疲れていることが多いので、バドルルバドールが入れる側になることが多くなります。
 
1年後アニトラは妊娠しました。アニトラはこの子の父親はどちらだろうと不安だったのですが、やがて生まれた女の子はバドルルバドールそっくりだったので、これを付けている側が父親になるのかと安心しました。この子はアニトラが建前上独身なので、バドルルバドールが産んだことにしました。
 
「私も本当に産みたーい」
と言っていたバドルルバドールも翌年、アニトラによく似た可愛い男の子を産みました。あまりにも可愛いので
 
「男にするのもったいないよ。女の子に変えてあげようよ」
 
と母のバドルルバドールは言ったものの「本人は男になりたいかも知れないし」とアニトラが言い、この子の性転換は保留?されました。でも男女どちらでも通る名前を付け、女の子の服を着せてほぼ女の子として育てました!
 
その後、アニトラが女の子、更にバドルルバドールが男女の双子を産みましたが、この男の子は密かに皇宮に運び“アマトラ”が産んだ子ということにしました。この子が後に帝位を継ぐことになります(3人の側室は全員女の子しか産まなかった)。
 
アニトラの手元に残った子供は4人ですが、この4人はよく似ていましたし、唯一の男の子も常時女の子の服を着ているので四姉妹に見えました。実際周囲はみんな全員女だと思っていました。
 
数十年後、アニトラは長女に店を譲って引退し、バドルルバドールと2人で女同士気楽な余生を過ごしました。二女?・三女・四女は材木業・運送業・金融業を始め、4人は協力して営業しました。
 
ずっと後、帝国は滅亡しましたが、アニトラが築いた“企業”は現在でも台湾と日本で継続しています。結局、アニトラは帝国の支配者になるよりもっと大きなものを得たようです。ランプの精はアニトラの子孫にも代々仕え、度々、その子孫が窮地を脱すのに助力してくれました。
 
 
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【男の娘と魔法のランプ】(2)