【夏の日の想い出・2年生の秋】(1)

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7月下旬に緊急発売になったローズクォーツのシングル『夏の日の想い出』はこれまでのローズクォーツの作品のどれよりも高い売り上げを示し、8月上旬には50万枚を突破、そのあと夏フェスへの出演と、それに伴ってあちこちのFM局にお呼ばれして出演したりしたのもあり8月中もどんどん売れ続け、8月末までに80万枚を突破。このままなら初のミリオンもありえる感じになっていた。ランキング会社のランキングでも、ウィークリーではずっと2-3位付近に付けているものの、デイリーランキングでは何度か1位をマークしていた。
 
またこの曲に引きずられる感じでローズ+リリーの最後のシングルである『甘い蜜』も売れ続け、8月末には累計売上97万枚まで来ていた。こちらも3年越しのミリオンが視野に入ってきていた。
 
9月3日、私は昨年「越中おわら節」を収録した時に協力してもらった富山の民謡酒場のオーナーさんのお誘いで富山市の八尾(やつお)を訪れ、「風の盆」
の深夜の街流しに参加した。私は大学の夏休み中、青葉のヒーリングを受けるために頻繁に彼女の住む富山県高岡市を訪れていたので、その度に富山市内のその民謡酒場に寄っては、おわら節のお稽古も受けていた。それで「これだけ唄えたら行けるね」と言われての参加だった。
 
オーナーさんの胡弓、八尾在住のオーナーのお母さんの三味線、お母さんの妹さんの太鼓、そして私と別の常連さん2人の3人で唄を唄い(3人で唄・囃子・休憩というのを回していく)、お母さんの友人で八尾在住のご夫婦の踊りという8人構成で明け方まで八尾の町を歩いて回った。青葉もお友達2人と一緒に来てくれて、ずっと見物していた。青葉たち3人は浴衣を着て、私達の後に付いて歩いていたので、ちょっと目には11人編成にも見えたであろう。
 
八尾の町は石畳の通りの両側に燈籠がずらっと並んだ緩い坂道が、ほんとに美しかった。1時間くらい流したら1時間くらい休憩して他の街流しを見たりしていたが、みな良い風情であった。観光客からたくさん写真も撮られたが、美智子は私達の街流しを全部ビデオで撮影した上で編集して5分ほどの動画にまとめてyoutubeで公開した。
 

「冬の浴衣姿はほんとに色っぽいな。何か最近ほんとに女らしさも増してない?」
と街流しのビデオを見ていた美智子は言う。
 
「性転換が済んだ心の余裕かも。以前は『女の子になりたい』とか『女の子として扱ってもらいたい』という気持ちだったのが、去年の夏あたりから『自分は女の子である』という確信に変わっていたのだけど、最近は『自分が女の子なのは当然』という、平常心みたいなのになってきたのよね」
「恋とかはしてないの?」
「相手がいないよ」
「もし相手ができたら早めに言ってよね。よほどの相手でない限り、交際に反対はしないから。男の子でも女の子でも、不倫でも構わないし」
「うん・・・って不倫でもいいわけ?」
「反対はしない。協力もしないけど。それは冬が自分で結末を付けるべきこと」
「了解」
 
「あとね・・・」
「うん」
「私、最近性欲が出てきたんだ」
「へー」
「実は昨年去勢した後、性欲が無くなってたの。それまでも私ってあまり性欲が強いほうじゃなかったんだけど。やはり性腺が無くなって消えたんだろうな、と自分では思ってたんだけど、青葉ちゃんからそれってただの思い込みで実際にはある筈って言われて、それからEliseさんから恋をしろ!性感を開発しろ!とか言われて、政子も一緒に寝てる時に私にいろいろいたずらするし、あれこれ煽るし。そんなんで最近、なんかHしたいなみたいなこと考えたり、映画とかのラブシーンからちょっと妄想したりするのよね」
 
「ふーん。それはいい傾向だと思うな。やはり性欲あったほうが人間って活動的になるよ。たぶん。私もこの年で独身だけど、性欲はあるからね」
「そういえば前々から思ってたけど、美智子こそ恋人は作らないの?」
「若い頃は何度か恋人作ったよ。同棲してた時期もあるし。でもたまたま結婚に至らなかったのよね。ここ5年くらいは相手もいない。子供を産みたかったなという気持ちは少し残ってるけど、今の私にとっては冬と政子が自分の子供みたいなもんだよ」
「43・・・だよね。まだ産める年だよ」
「今更めんどくさい」
「そう?」
「だけど・・・・政子と冬って、けっこう一緒にお泊まりしてない?」
「うん。割と。夏休み中はほとんどどちらかの家で一緒に寝てた感じ」
 
「お泊まりの時って、もしかして同じベッドで寝てる?」
「それは昔からいつもそうだよ」
「昔からって・・・・冬がまだ男の子の身体だった時から?」
「うん。でもHしちゃった・・・・ことはないというのが公式見解だった」
「あはは」
「私達は基本的にはお友達。恋愛感情はお互い持ってないつもり」
「そのあたりの微妙な関係がよく分からないのよね。ふたりがもし恋人宣言しても、私は応援してあげるからね」
「ありがとう。でも今のところ、そういう方向性は無いから」
 

8月下旬から9月上旬にも私達はあちこちのFM局を回ったりしていたが、それは金沢のFM局に来た時であった。
 
「へー、そしたら6月には震災の被災地で、ずっと避難所巡りをしたんですか」
「えー、とにかく避難所におられる方たちに純粋に楽しんでもらおうということで自分達の持ち歌を歌わない、バンド名を名乗りもしないというので」と私は笑いながらDJさんに答える。
「バンド名も名乗らないというのは面白い試みですね」
「ええ。それで、ひたすらリクエスト受け付けて、その場で演奏するというのをしていました」
「どんな曲のリクエストを受け付けるんですか?」
 
「なんでも演奏します。ポップス・ロック、民謡・演歌、ジャズ・洋楽、唱歌・童謡、クラシック・ラテン、何でも来いです」
「クラシックも?」
「はい。くるみ割り人形なんてリクエストもあったので、くるみ割り人形の行進曲を演奏して、私その場で即興で作詞しながら歌いました。『さ、みんな行こう、素敵な。楽しい夢の舞踏会へ』なんて感じで」
「面白ーい。あ、でもそういうのラジオ番組でやったら面白いかもね」
「ああ。楽しいでしょうね」
「リスナーのみなさんからリクエスト受け付けて、その場でローズクォーツがその曲を演奏するというの」
「新しい形のリクエスト番組ですね。あ、いやもしかしたら放送の黎明期にはそんな番組があったかも」
 

そんな話をしていたら、ホントにそういう番組企画をその局から打診されたのであった。美智子は私達4人を集めて「やる自信あるか?」と訊いた。ライブでやる場合は、万一演奏できなかった場合でも、ごめんなさいで済むかも知れないが、生放送でやる場合、あまりみっともないことはできない。
 
「リクエストライブはこれまでたくさんしてきましたが、破綻したことはないですね。間違ってもなんとかなってきたし」
「放送でやる場合は、パソコンをスタジオ内に持ち込んで、リクエストされた曲のコード付き歌詞を即表示することはできるらしい。メジャーな曲なら譜面も出る。1980年以降に出版された新譜雑誌やヒット曲集がまるごとデータベース化されてるらしい」
「じゃライブでやるのより、かなり条件がいいですよ」
「じゃ、この企画、受けちゃうよ」
 
そういうことで、私達の初のレギュラー番組「ローズクォーツのリクエスト大作戦」が10月からとりあえず週1回・3ヶ月限定でスタートしたのであった。番組の制作は原則として都内のFM局のスタジオを借りて行い、私達が地方のライブなどに出ている時はその地域のFM局の施設を借りることになった。放送は、30分の午後の生番組で、番組を企画をした金沢のFM局をキーとして、富山・福井の北陸3県のFM局で放送されることになった。30分の間に私とDJさんとのトークを交えて、だいたい6-7曲くらい流せたらいいかなということであった。
 
トークは一応ローズクォーツ4人とDJさんの会話ということではあったのだが、「俺達はあまり機転がきかないからトークはケイに任せた」などとマキからは言われて、ほとんど私がしゃべりまくっていた。話の内容によっては他のメンバーも会話に加わったし、特にサトはよく絡んでくれた。なお、一応4人とも放送中に最低1言は発言することというのも指示であった。ラジオなので声が無いとそこにいるかどうかも分からないからである。
 

第1回の放送だけは向こうの制作スタッフとの話し合いなどもあったので、特別に金沢のスタジオまで行った。番組の冒頭で『夏の日の想い出』を1分間演奏したあと、リクエストをお受けしますといって、実際にリクエストが入ってくるまでDJさんとトークをしていた。
 
「最初にシステムを説明します。リスナーのみなさんから頂いたメールやFAXを私の前にある箱にスタッフにどんどん入れてもらいます。そこから私が適当に1個取り出して、ローズクォーツさんに演奏してね、といいます。ローズクォーツさんは演奏できそうと思ったら即演奏してもらいます。ごめんなさい、演奏できませんということでしたら、罰金として1万円徴収して、それをリクエストしてこられた方にお贈りします。なお、ほんとに誰も知らないような曲をリクエストされても困るので、ここにいる番組スタッフ5人に尋ねて、5人とも知らなかった曲はパスとさせて頂きますのでご了承ください」
 
「ということでローズクォーツさんです」
「みなさん、こんにちは。ローズクォーツの出しゃばりボーカルのケイです」
「ローズクォーツの目立たないリーダーでベースのマキです」
「ローズクォーツの流行りもの好き、ミーハーなギターのタカです」
「ローズクォーツ一番の力持ち、元自衛隊員でドラムスとキーボードのサトです」
 
最初に飛び込んで来たリクエストメールは「聖少女」であったがあえて保留した。基本的に自分達の歌は後回しにしようということで制作スタッフ側と方針を確認していたからである。2番目のリクエストはAKB48の最新曲であった。リクエスト曲をDJさんが読み上げ、番組スタッフがその曲の譜面と歌詞をパソコンに表示させる(こういうメジャーな曲は譜面まで出るが、多くはコード付き歌詞だった)。私達は頷いて演奏を始めた。
 
「ほんとに即演奏できるんですね。でも何をリクエストしてもいいんですか?」
「はい、ポップスでも洋楽でも、演歌でもカントリーでもジャズでもラテンでも文部省唱歌でも民謡でも何でもどうぞ」
などといってDJさんとこれまで1年ほどのローズクォーツの活動内容なども話していたら、次に「荒城の月」というリクエストが来た。DJさんがリクエストのメールに書かれていたエピソードを紹介している間に私達はスタンバイする。
 
サトがオーソドックスな8ビートのドラムスを刻み、マキのベースとタカのギターが短い前奏をしてから私は声楽っぽい発声で「荒城の月」を熱唱した。 その後、「虹色のバイヨン」「Hits me like a rock」「シューベルトの鱒」
「山中節」「能登空港」とリクエストをこなした。
 
「『山中節』もよく歌えたなと思いましたが『能登空港』を歌えるとは思いませんでした。ローカルな歌なのに」とDJさん。「絶対、第1回目から1万円が出たなと思ったんですけどね」
最後の3曲はデータベース(これは実は番組の提供元である★★レコードが管理用に構築していたものを特別に使わせてもらっている)になく、歌詞が端末に表示できなかったのである。
 
「山中節は昨年の山中温泉・道の駅での公演の時に現地で採取して覚えていました。能登空港の方ですが、今日は時間の関係で羽田から能登空港に飛んできたんですよ。それで空港に降りた時にこの曲が流れていたのを聴いたので。ロス・インディオスのシルビアさんの声だったから、あら?と思って1回分まるごと聴いていたんです」
「なるほど。でも1度聴いたら歌えるんですか?」
「はい。私の特技です」
「ケイが最初のフレーズをキーボードで弾いてくれたので、僕らも何とか演奏することができました。僕らも一緒に聴いてましたし。ケイはだいたい半年以内に聴いたことのある曲なら、弾き語りで歌えるみたいです」とマキ。
 
最後に最初にリクエストをくれた人の「聖少女」を演奏して1回目の放送を終了した。
 
「あれ?悠子(桜川さん)、残るんですか?」
と私達は空港で美智子に尋ねた。
「特別指令を申し渡した」と美智子。
「CIAみたい」
「まさにCIA。今回『能登空港』は偶然にも歌えたけど、ご当地ソングのリクエスト、来週からもかなり来ると思うのよね」
「確かに」
「それで今夜ホテルでネット使って北陸三県のご当地ソングを調べられるだけ調べ上げて、そのCDあるいは音源を調達してもらおうというわけ」
「なるほど」
「中にはどこかの役場とか漁協とかまで行かないと買えないCDもありそうだからそれを来週までに可能な限り集めてもらう」
「わあ、一週間居残り」
「あと北陸のコミュニティFMを一週間録音してもらう。それで聴いたことのない曲があったら即切り出して送ってもらう。ひとりでは無理だから、悠子のお友達10人くらいに動員を掛けてもらって、一応5ヶ所で受信することにした。私達と入れ替わりでその子たちがこちらに来るよ」
「かなりハードな指令ですね」
「ははは」
 
この作戦が功を奏して、2回目の放送以降もかなりのご当地ソングが毎回寄せられたものの、事前準備が効いて、ローズクォーツは無難に演奏することができたのであった。悠子は友人達と一緒に、翌週は周辺の新潟・長野・山梨・岐阜・愛知のご当地ソングの収集、その翌週は大阪・京都・滋賀・兵庫のご当地ソングを収集してくれた。
 
リクエストしてくれる人の中には、ごくふつうのリクエストをする人、ふつうのリクエストではなかなか掛けてもらえない、唱歌とか少し古めの洋楽とかを指定する人、そして明らかに1万円狙いの人がいたが、11月まで終わっても1万円は1度も出なかった。何度か「分かりません」と私が答えた曲もあったが、制作側の5人のスタッフ(DJさんを含む)の誰も知らないということでパスになった。しかしリクエストの数は好調で、リクエスト以外のお便りもたくさん寄せられるので、番組は取り敢えず3月までの延長が決まった。
 
また1月からは群馬と栃木でも放送されることが決まり、悠子はまたその地域のご当地ソングを調べて回った。一応放送は北陸限定ではあるものの、リスモがあるので他の地域で聴いている人もいる。そういう地域からその地のご当地ソングをリクエストされることもあったが、それも5人のスタッフの誰も知らないということでパスになっていた。ただ私達は分からなかったご当地ソングは、一応パスにはなるものの、番組終了後に調べて次からは演奏できるようにしておいた。
 
少し時を戻して、9月下旬、ローズ+リリーの『甘い蜜』がとうとう累計売上100万枚を突破した。ローズクォーツの『夏の日の想い出』もその時点で90万枚近く売れており、同時タイトル曲の『聖少女』が10月から始まるドラマの主題歌に採用されているので、ドラマが始まったら売り上げが上がることが予想され、こちらも100万枚突破はほぼ確実と思われた。
 
その報道に合わせるかのように、★★レコードはローズ+リリーの2回目のメモリアル・アルバム「Rose+Lily After 3 years, Long Vacation」を10月下旬に発売することを発表した。その予約が最初の一週間で20万枚も入り、これには「ローズ+リリー制作委員会」と私が個人的に呼んでいる、美智子・津田社長・浦中部長・町添部長・上島先生の5人も驚いたようであった。ローズ+リリーは年に1回くらいのアルバム制作だけをしていくつもりでいたのだが、この5人で集まって打ち合わせをして、11月に3年ぶりのシングルリリースをすることが決定された。
 
例によって、上島先生の作品と、私と政子との作品とをカップリングすることになり、私は美智子から「ローズ+リリーっぽいのを2〜3曲書いてね」と言われた。政子はずっと詩のノートを付けていて、その詩に私は時々曲を付けていたが、そのストックの大半は、アルバム制作で使ってしまっていた。まだ曲を付けてないものや、アルバム制作以降に政子が書いた詩の中で、シングルに使えるようなものがないかなと思って再度見てみたのだが、これ行けるかな?と思うものが2曲あったが、3年ぶりのシングルとなるともう少し欲しい感じがあった。
 
それにローズクォーツでやった『キュピパラ・ペポリカ』『聖少女』がひじょうに高いクォリティだったので、それに負けない曲を作りたいという思いがあった。
 
私は何かいいもの思いつかないかな・・・と、ふらりと旅に出ることにした。土曜日の仕事がお昼で終わってしまい、翌日も予定が無かったので、車を出して、取り敢えず関越に乗った。
 
思いつきで進行するのでけっこう経路が迷走した。藤岡JCTから上信越道に入るが、更埴JCTで長野道に乗って南下する。岡谷JCTから中央道の名古屋方面に進行し、土岐JCTで東海環状道の内回りに乗って美濃関JCTから東海北陸道を北上。小矢部砺波JCTから北陸自動車道の新潟方面に進行し、有磯海SAで長めの休憩を取った。
 
ここまでの間に、軽井沢付近で1曲思いつき、東部湯の丸SAで譜面を書いた。(今回はさすがにちゃんと五線譜と筆記具を持参した)それから安曇野付近で1曲思いついて梓川SAで書き留める。それから伊那付近で1曲、美濃加茂付近で1曲、ひるがの高原で1曲思いついて書いた。有磯海での仮眠から覚める際に夢の中で聴いたモチーフをベースに書いた『渚の思い』という曲は、自分でも結構気に入った。これは使えるかも知れないなという気がしたので帰ることにする。
 
北陸道をそのまま北上し、長岡JCTから関越に乗る。魚沼まで来た時に美智子から電話が入った。前橋にいるというので、合流することにし、私は前橋ICで降りることにした。料金所を通る時、このくらい走ったら2万円くらいかな?あ、0-4時帯に掛かってるから深夜割引でその半額か、と思ったのに、1400円と表示される。へ?と思いながらETCで通過する。
 
美智子たちに合流してから、その話をしたら花枝から「どういうコースで走ったの?」と訊かれた。私がコースを説明すると「ああ、そういう場合は最短距離の料金で計算されるのよ」と花枝は笑いながら言った。つまり練馬から前橋に直行した料金で済んでしまうらしい。それに深夜割引が掛かって半額である。
 
ただ、最短距離の料金が適用されるにはいくつか条件があるらしい。「24時間以内に走り切ることと、コースが重なってないことが条件。これ前橋で降りずに、藤岡より南まで行ってたら普通に900km分の料金が必要だった」「わあ」
「そして24時間たってしまうとバーが上がらないのよね」「なるほど」
 
「ただ、どちらも条件が結構曖昧で、コースが重なっていたのに最短料金で通れたとか24時間超えてもちゃんとバーは上がったという報告もあるけど、確実ではない。そのあたり高速会社も明確な基準は公表してないの。あくまでもこれ裏技だから」
「へー」
「でもよく、こんな長い距離をひとりで1日以内に走破したよね。ふつうは、こういうお遊びする時は3人くらいで交替で運転するのよ」
「あはは」
 
「いい作品できた?」
「全部で7曲書いた。1日でこんなに書いたの初めて。詩が付いてないのもあるから、政子に見せて書いてもらう」
最後の1曲は前橋で降りる間際に浮かんで、ICを降りてすぐの所で車を脇に寄せて大急ぎで書いたものであった。
「いちばんの出来はこれかな」といって有磯海SAで書いた『渚の思い』の譜面を美智子に見せる。
「うん、これはいい曲だね。こないだ見せてもらった2曲よりぐっとレベルが高い」
と美智子は言う。ただ私は美智子の言葉の中に微妙な不満足を感じ取った。
 
10月8日は誕生日であった。私は前日に実家に行って両親や姉から祝福を受け、また週明けに書類提出予定の性別変更申立てのことを話して、母からも姉からも、そして父からも快諾を得た。ずっとこの問題でまともに話をしていなかった父が許してくれたことが、私は嬉しかった。
 
翌朝、事務所に行くと、ローズクォーツのメンバーや、スタッフらから誕生日おめでとうと言われた。そしてその場で、マキが12月に長年の恋人である葵さんと結婚式をあげることを発表、お昼は私の誕生祝い兼マキの婚約祝いということになった。政子に葵さんも合流しての食事会となった。
「じゃ、水曜日からローズ+リリーの制作やるから、みんなよろしくね」
と美智子が言う。明日の日曜日は臨時の休みの予定である(月火はふつうに休み)。
 
食事会が終わったあと、私は政子とふたりで私のマンションに行く。マンション近くのミスドに、礼美・仁恵・博美・小春・琴絵といういつものメンバーが集まっていた。私達2人もまずはそこに合流して1時間ほどおしゃべりした。
 
「でもファンクラブ主催の誕生パーティーとかはしないの?」
「しない、しない。アイドルじゃあるまいし」
「彼氏とふたりで誕生祝いなんてのは?」
「彼氏いないもん」
「M君とはどうなの?」と政子。
「何何?そのイニシャルだけの表現は?」
「あ、えーっと・・・」
 
「冬、最近男の子と何度かデートしてるのよね」
「いや。。。そのデートというほどのものじゃなくて、ちょっと何度か一緒に食事したりドライブしただけだよ」
「充分デートじゃん」
「でもただの友達だよ−、礼美たちとも食事したりドライブしたりするじゃん」
「セックスしたの?」
「まだしてないって、いやそういう関係じゃないし」
私はかなり焦っていた。
「そのM君からは今日は何も連絡無かったの?」
「えーっと、Happy Birthdayメールはもらった。実は昨日のお昼に会って、誕生日プレゼントもらった。今日は彼バイトなのよ」
「何もらったの?」
「えーっと・・・・」と私が答えあぐねていると、政子が
「今、冬が耳に付けてるイヤリング」と言ってしまった。
「おお、完璧な恋人フラグ」
 
「ね、どんな人なの?」
「高校の同級生だよ。仁恵とコトは知ってる」と政子。
「私達が知ってる同級生でMというと・・・・彼か!」
「彼、一橋大学だったよね」
「そのあたり、もっと詳しく」
「ちょっと勘弁してぇ」と私はちょっと逃げ出したいモード。
この日はずっとこの問題で私は追求されることとなった。
 
そろそろ家に入ろうということになり、ミスドを出てマンションに向かう。「そうだ、みんな荷物持つの手伝って」と言う。
「ファンから贈られてきたプレゼントを車に積んでるの」
「わあ、すごい」
 
「ファンからのプレゼントって、今年は凄かったでしょう?」
「うん。去年の10倍くらい来た。でも手作りのものとかは申し訳無いけど全部廃棄させてもらった。デパートとかアマゾンとかからの直送のものとか、確実に未開封であるものだけもらった。それから中身確認してぬいぐるみとか衣類とかは、児童福祉施設に寄付して、食べ物・飲み物だけもらってきた。このあたりの分別作業は慣れている○○プロでやってくれた。アイドルとかも沢山抱えてるから、あそこ。金属探知機や透過装置とかまで持ってるんだよね」
「すごい世界だ」
 
「おお、それでも結構な量あるね」
「でしょ」
「それで今日は買い出し不要ってことだったのね」
「悔しいけど、私の誕生日の時の3-4倍あるのよ」と政子。
「だって、今回は『夏の日の想い出』のヒットの直後だもん。来年のマーサの誕生日にも、きっとこのくらい来るよ」
「あ、さっきから政子がちょっとご機嫌ななめなのはそのせいか」と礼美。
 
「ま。でも私が手作りケーキ作ってきてあげたから感謝しなさい」と政子。
「おお、すごい」
「あと、お寿司を頼んでたんだ。夕飯用に。17時に取りに行くことにしてる」
「あ、じゃ私取りに行くよ」と礼美。
「レミはここの駐車場の出入りの仕方、知ってたね」
「うん、暗証番号も覚えてるよ」
「じゃ、お願いしようかな」といって車のキーを渡す。
「でも、それなら、その時間までは飲まないようにしなきゃ」と仁恵。
「はーい、自重します」
 
「ということで、お寿司は私が取りに行くから、冬は安心して今日は飲みなさい」
と、琴絵が持ち込んできたワインをグラスになみなみとつがれた。
「私、マジでお酒飲んだことないのよ、今まで」
「おお、どんな酔い方するか楽しみだなあ」
「あはは。実は明日はEliseさんと飲みに行く約束なのだ」
「じゃ、今日はその予行練習ね。私達の前でならいくら乱れても大丈夫だよ」
「うんうん。今日は自分の限界を知ろうね。冬」
「ひゃー」
 
政子が音頭を取って乾杯する。礼美は自重して今のところオレンジジュースだ。私は生まれてはじめてのアルコールを味わった。
「・・・・・」
「どう?初めてのワインの味は」
「おいしいね。ジュースみたい」
「よし、どんどん行こう。まずはぐいっとそれを飲み干そうか」
「あはは」
 
ケーキを食べた後、私達は随時ファンから頂いたプレゼントを開封しては、クッキーや和菓子などを頂いた。
「青いテープ貼ってるのが生菓子の類だから、早めに食べちゃおうね」と政子。
 
仁恵がぐいぐいワインをつぐので、私は5杯目を飲んだあたりで少しフラフラしてきた。「ちょっとごめん。トイレ行ってくる」といって中座する。戻ってきてもどうも脳が変な感じだ。
「どう?酔った?」
「よく分からないけど、脳味噌が10cmくらい浮き上がっている感じ」
「ああ、完全に酔ってる」
「それが20cmくらい浮き上がると乱れてきて、30cm浮き上がるとダウンするんだよ」
「そうなのか」
 
「よし、冬今度はウィスキーも行ってみよう」といって、政子がファンからのプレゼントの中にあったバーボン・ウイスキーを開ける。
「お、フォア・ローゼズじゃん」と琴絵。
「たぶん、ローズクォーツに引っかけたんだよ。4人だし」と政子。
「あ、うまいね」
「なんか、それアルコール度数が高そうなんですけど」と私。
「水割りにするんだよ。氷あるよね」
「けっこう作ってたはずだけど」
 
政子が氷を持ってきて、それで水割りを作ってくれた。
「まま、ぐいっと」
「甘ーい。ウィスキーってこんな味なんだ!」
「よし、どんどん行こう」
隣に座っている仁恵もどんどん勧める。
「でも・・・脳味噌がもう15cmくらい浮いてる感じ」と私。
「あと一息で乱れた冬が見られそうだな」
「冬はきっと脱ぎ出すと思うよ」と礼美。
「あ」
「どうしたの?」
 
「マーサ、五線譜〜♪」
「おっけー」と政子はさっとバッグから五線紙とボールペンを渡してくれる。私はその浮遊感のある脳味噌から突然流れてきたメロディーを大急ぎで譜面に書き始めた。
 
「なんか、ふだんより速くない?書く速度」
「きっとアルコールでブーストしてるんだよ」と私。
 
普段はたいていメロディが浮かんだあと続けて歌詞も浮かぶのだが、今日はメロディーが先に浮かんだり詩が先に浮かんだりしたし、またメロディーの途中まで書いたところで、急にサビが浮かんで、そこを先に書いたりなど、無茶苦茶な浮かび方をした。ふたつのメロディーが同時に浮かんだりして、私はひとつを書き留める間にもうひとつが頭から消えてしまわないように、脳内の「一時記憶」
と呼んでいる部分にそれを一時的にストアしたりした。
 
私はその曲を5分くらいで書き上げた・・・が・・・
「えーん。歌詞が半分くらいしか浮かばない」
「どれどれ・・・でもこれどういう順序で演奏するのさ?」
私の速筆の譜面を見慣れている政子にも今日の譜面は演奏順序がよく分からないようであった。
「えっとね・・・」といって、私は○数字で順序を指定していく。
 
「なるほどー。よし。抜けてる所、私が歌詞書いてあげる」
「助かる」
政子は私の譜面を読みながら、楽譜の下にずっと歌詞を入れていった。
「ね、ここ、冬はこう書いてるけど、この流れからいくと、むしろこんな感じの歌詞がよくない?」という。
「あ、そちらの方がいい。そう変えて」
「それから、ここのメロディライン、ここの部分の3度上にしたリピートでしょ」
「うん」
「どうせならそのまま3度上じゃなくてさ、ここのソはミにしちゃった方がかっこよくないかな?」
「ああ、それがいい、それがいい。じゃここも・・・こうしよう」
「あ、いいね」
私は政子と10分くらい、曲のあちこちを検討しては修正していった。
 
その作業を面白そうに見ていた仁恵が言う。
「へー。政子と冬って、政子が歌詞を書いて、冬が曲を書いてるのかと思ってたけど、けっこう詩も曲も共同作業なのね」
「いや、こういう作業の仕方は初めて」と私と政子が同時に言った。
 
「政子がずっと歌のレッスン受けてて、最近けっこう譜面が読めるようになってきたから、こういうこともできるようになったのかもね」
「うんうん。私、以前は譜面見ただけでは、どういうメロディーかとか、よく分からなかったもん」
 
「あれ?冬、まだ曲のタイトル書いてないよ」
「実はね。。。そのフォア・ローゼズのラベル見てて浮かんだんだ。Roses Patternというか。。。薔薇模様?」
「あ、それなら『花模様』のほうがきれい」
「よし、それで行こう」
 
こうしてできた『花模様』を私はあらためて普通に読めるように書き直して、美智子の家にFAXした。美智子からすぐに電話が掛かってきて「ローズ+リリーのシングルのタイトル曲、これで決まり!」と言われた。
 
「女子高生のローズ+リリーから、女子大生のローズ+リリーへの進化だね」
などと美智子は言っていた。
「じゃ、将来はママさんのローズ+リリー、おばちゃんのローズ+リリーとかにもなっていくのかな」
「おばあちゃんのローズ+リリーまでやろうね」
「それもいいですね」
 
「でもお酒を飲んで曲が出来るというのは新しいパターンだね」と
私が電話を切ってから、博美。
「杜甫とか白楽天とかはお酒飲むと詩が浮かんだらしいけど」と仁恵。「これを機に冬がそういう子になっちゃったらどうしよう」と政子。
 
17時近くになったので、何とかここまでアルコールを我慢していた礼美がお寿司を取りに行ってきた。
 
「わあ、たくさんあるね」
「だって晩ご飯だもん」
といって、みんな一斉にお寿司をつまむ。20人前頼んでいたのだが、数分で半分は消えた。
「おいしーい」
「ネタが新鮮」
「うん。ここのお寿司なかなかいいのよ」
「予約時間の直前に作ってくれるのよね。だから予約時間より少し前に着くと待たされるの」
「よし、これでお役目果たしたから、私も飲むよ」と礼美。
「そのフォーローゼズ、私にも頂戴よ」
と言って飲んでから
「わ、これは!」
と言ってあらためてラベルを見ている。
 
「これ、すごい。限定品だよ、日本ではなかなか手に入らない奴」
「えー、そんなのを贈ってくれたんだ!」
「うん。ふつうの市販のフォーローゼズとは別物。多分アメリカで買ってきたんじゃないかな。ルート持ってるのかも」
「私、これ贈ってくれた人にお礼の手紙書くよ」
「誰からのプレゼントとかは分かるんだ?」
「もちろん、ちゃんとリストになってる」
念のため私はフォア・ローゼズの箱に付けられた整理番号を手帳にメモした。
 
「でも曲書いたので、冬、少し醒めたでしょ?」
「えっと、少しね」
「じゃ、ぐぐいっとこの銘品バーボンを飲んで、乱れようか」
「あはは」
 
「ウィスキーなら、こちらにスコッチもあるよ」と政子が別の箱を開ける。
「おお、カティーサークだ」
「これもローズに引っかけてるね」と礼美。
「え?」
「カティーサークの原酒はグレンローセス。RothesでRosesではないからちょっと惜しいけどね」
「みんな、いろいろ考えて贈ってくれてるんだなあ」
「いや、こんなの考えるのは一部の凝り性の人だけだって」
「たしかに」
 
その晩の私の記憶は20時頃で途絶えている。あとで政子に聞いたのでは私は特に酔ってからストリップしたりすることもなく、むしろ酔っていても普段とあまり雰囲気が変わらなかったということ。そしてそのままダウンしてしまったらしい。しかし、みんなは明け方近くまで飲みあかしていたようで(プレゼントの品の中には日本酒やビールなどの銘品も入っていた)特に礼美や琴絵はひたすら飲んでいたようである。
 
明け方、私が目を覚ました時は、その礼美と琴絵もダウン寸前で、他の子たちはほとんど眠り込んでいた。私は御飯を炊きながら冷凍室から材料を出してチキンカレーを作り始めた。その匂いに釣られて、博美と政子が起きてきて、少し手伝ってくれた。8時頃、みんなを起こしてカレーで
朝御飯にした。
 
「美味しい〜。なんかインド料理店で食べるカレーみたい」
「冬は昔から料理得意だったんだよね」と政子。
「マサラのセット使って作った。いわゆるカレー粉は使ってないよ」
「私はいつもバーモンドカレーだなあ」と小春。
「私はこくまろ派〜」と琴絵。
「私はレトルトしか使わないや。でもこのカレーが凄く美味しいと
いうのは分かる」と礼美。
「辛いカレーと甘いチャイで、ぴったりだね」と博美。
「このチャイで私、かなり酔いが覚めた」と礼美。
 
「でも、冬、いい奥さんになりそう」と琴絵。
「いや、そもそも私みたいなのと結婚してくれる人がいるかどうか」
「あ、冬の性別はどうなってるんだっけ?」
「明日、家庭裁判所に性別変更の申立ての書類を出す予定。だいたい1ヶ月くらいで結果が出るはず。改名も同時申請」
「じゃ、来月には法的にも女の子になれるんだ」
「順調に行けばね」
「じゃ、冬が女の子になったら、またみんなでお祝いしよう」
「また飲みあかしだよね」と礼美。
 
私は性別変更の申立書類ってどんなのなの?と訊かれて、明日提出予定の書類を見せた。
「へー、こういうこと書くんだ。こんなの見る機会なかなか無いから」と仁恵。「私がもし男になりたくなった時のために覚えとこう」と礼美。
「レミ、男の子になりたいの?」
「いやー、背広着てサラリーマンとかしてみたい気はするけど、でもおちんちんとかあるのは面倒そうな気はするけどね」
「うん、おちんちんなんて無い方がいいよ」と私。
「世の中からおちんちんを消しちゃおう」
「それでは人類が絶滅するよ」と琴絵。
 
その日は12時にみんなでマンションを出て、シダックスに行き、カラオケをしながら昼食を取って、2時に解散となった。私と政子はいったん一緒に私の家に戻って仮眠を取ったあと、一緒に電車でEliseとの待ち合わせ場所に行き、合同飲み会をした。スイートヴァニラズの5人とローズ+リリーの2人の、「女の子だけ」7人で飲みあかそうという趣旨だった。
 
「飲み・・・あかすんですか?」
「もちろん、朝までだよ」とElise。
場所はEliseのマンションで、
「ここなら盗聴器とかの類もチェック済みだから、何発言しても大丈夫だから」
とEliseは言う。
「みんな、今日聞いたことはお互い、今夜限りで忘れることにしようね」とオフレコ宣言である。
 
お酒はいきなりバランタインの水割りから始まった。棚に様々なウィスキーの瓶が並べられている。
「私は自分では買わないんだけどさー、ファンがどんどん贈ってくるのよ。今夜は20本くらい消化できるといいのだけど」
「ひゃー」
いちばん年上だからと指名されたLondaの掛け声で乾杯して、宴会は始まった。
 
「年上といわれても誕生日がいちばん早いだけなんだけど」
「みなさん同学年ですよね」
「同じ高校の同じクラスだったんだよ」
「音楽の時間にたまたま誰も組む相手がいなくてあぶれていた5人が、じゃ、まとまって何かしようかといって組んだのが最初だったのよね」
「あ、その話は聞きました。最初はリコーダーとか木琴だったんでしょ」
「そうそう。私だけピアノが弾けたの」とLonda。
「ギター買って練習し始めたの、大学に入ってからだもんね」とElise。
 
スイートヴァニラズの初期の頃のエピソードが色々出てくる。私は興味深くそれを聞いていた。そして30分ほどした時であった。
 
「よし、オフレコ告白大会だ!」とEliseが言うと、
「まずは、ケイとマリはセックスしたことがあるのか、という点を私としては追求してみたい」とElise。
「性転換前に1度と、性転換した後で1度、したよ」と政子はあっさりバラす。
「ちょっとー」
「だからオフレコでしょ」と政子は平然としている。
 
「おー、あっさり凄い告白だ」とElise。
「でも性転換後にもしたというのは初耳だぞ」
「したの先週だから」
「もう・・・・」
「ふたりは恋愛感情持ってるのか正直に言え」
「ありません」「無いです」と私達は同時に答えた。
「うーん。怪しいなあ。まいっか」
 
「じゃ、Eliseさんに、今までの彼氏の数」
「えー、ちょっと待て。数えたことないけど・・・・うーん、セックスまでしたのは4人だな。そこまで行かなかったのは・・・・・8人だ」
「妊娠したことあるでしょ?」と政子が遠慮無く訊く。
「ある。でも流産しちゃったんだよ。自然に。流産してなかったら、私産んでたよ。今頃は結婚して引退していたかも」
「流産したの、2年前の秋だよね」と政子。
「分かった?」
「何かあったと思ったから、あの時。でも、結婚しても引退する必要ないのに」
「うーん、そのあたりはなっちゃんとの話し合いだな。そっちはどうなのさ?」
 
「私達の契約条項には少なくとも結婚のことは書かれてないね」と私。
「うん、こないだみっちゃんは、おばあちゃんになるまでローズ+リリーはやろう、なんて言ってた」と政子。
 
「そうか。。。。私達もおばあちゃんになるまでスイートヴァニラズやる?」
「私はやりたい」とLonda。
「私、子育ての間は少し休むかも知れないけど、どこかで復活したい」とMinie。「ずっとやっていけるといいね。私達元々が仲良しグループだし」とSusan。Carolは何も言わずににやにや笑っているが、その笑顔からはみんなに同意している風なのが読み取れる。
 
「じゃ、今彼氏がいる人、手を挙げろ」とElise。
 
MinieとCarolが手を挙げる。政子が「ほら、冬も手を挙げよう」と言う。「いるんだったら、正直に手を挙げよう」とElise。
「えー?彼氏とかのつもりないんだけど」
「向こうは結構本気だと思うよ、話聞いてると」と政子。
「じゃ、彼氏と認定するから手を挙げなさい」
「はい」
私は頭を掻きながら手を挙げた。
 
この夜はこんな感じで、お互いのプライバシーをかなりさらけだしたのであった。特に私とEliseの2人が徹底解剖されていたような感じはあったが。私はローズ+リリーを始めた頃の「初めての女子トイレ」とか「初めての女子更衣室」とか「初めての女子水着」とかも鋭く追求された。Eliseは今までセックスした相手の名前を全部告白させられた。その中には驚くような名前もあった。「それ全く噂にもなりませんでしたね」「うん、なんかあれは全然バレなかったんだよ」
 
そして朝までにウィスキー10本が棚から消えていた。私達は全員翌日の夕方近くまでひたすら眠って、それから解散した。私はその日朝一番に裁判所に行くつもりだったのだが、ダウンしていてとても行けなかったので、性別の変更申立ての書類提出は、夕方の閉庁前ぎりぎりになった。
 
火曜日を休んで(政子と2人でのんびりショッピングなどを楽しんだ)、水曜日からローズ+リリーのレコーディングに入った。今回のタイトル曲は上島先生に書いてもらった『涙のピアス』と私が誕生日の宴会の中で突然作った『花模様』でいつものようにダブルA面である。カップリング曲として、私が有磯海で書いた『渚の思い』、Eliseから提供してもらった『可愛くなろう』、政子の作詞ノートの詩に私が曲を付けた『探し物』の5曲と決まった。
 
伴奏をしてくれるマキたちも譜面に目を通していたが「確かにこういう選曲は、ローズクォーツとはコンセプトが違う感じですね」という。
「でしょ、こないだ冬からも聞かれたんだけど、同じメンツで演奏してもローズクォーツとローズ+リリーでは、全然違うものに仕上がるんだ」
「下川先生の編曲は、『涙のピアス』と『可愛くなろう』の2曲だけか」
「うん。あとの3曲は私が編曲した」
「両A面の曲は対照的になりますね。上島・下川サウンドと、マリ・ケイ・はらちえみサウンドとが比較される」
「うん。対照的にしたほうが面白いでしょ」と美智子。
「『花模様』はクラシックっぽく伴奏するわけですね」
「うん。だからマキはウッドベース、タカがアコスティックギター、サトとケイがヴァイオリンの音をキーボードで出して二重奏。これに
サトのフルートと、ケイのハープシコードも重ねる。ドラムスは入れない」
「フルートはキーボードで?」
「生フルート吹けるでしょ?かなり練習してたし」
「まだ、あまりうまくないですけど」
「それは構わない。完璧な音よりローズクォーツの音を私は求める」
「分かりました」
 
一方の『涙のピアス』の方は、ノリの良いスローロックのリズムに、シンセの多彩なサウンドを入れ、様々なパーカッションやホムス・こきりこまで指定されている。
「下川先生、張り切ってる」
「だって、上島先生の曲が張り切ってるもん。これ明らかにダブルプラチナ(50万枚ヒット)くらいは狙って書いているよね」
「あわよくばまた3年越しのミリオン狙いですね」
「そうそう。ローズ+リリーのシングルなんて、次いつ作るか分からないしね」
 
録音は水曜から月曜まで6日間、ぷっ通しで続けられた。実際には『涙のピアス』
と『花模様』が、それぞれ2日かかり、『可愛くなろう』が1日、残りの2曲を1日で制作した。このシングルは11月16日に発売・ダウンロード開始となることが決まった。
 
「私、この曲に合わせてピアスしちゃおうかなあ」
「しちゃえ、しちゃえ」と政子。
「でもなんか痛そうで」
「もっと痛いおちんちん切りした人が何怖がってるのよ」
「それはそうだけど」
「私がピアスしてあげようか?」
「ピアッサーで?」
「ふとん針でもいいよ」
「いや、ピアッサーでお願いします」
 
政子はピアッサーを買ってきて、私の家で、私の両耳にピアス穴を開けてくれた。
「痛いよー」
「よしよし、泣いてもいいからね」
「えーん」
「1ヶ月間はこのピアスを付けといてね」
「うん」
 
とは言われたものの、その日の夜、富山の青葉に電話して遠隔ヒーリングを受けようとした時のことである。
「あれ。冬さん、ピアスしたんだ」といきなり言われた。
「分かるの?」
「そのくらい分かるよ」と青葉は言う。
「今、ピアッサー付属のピアスしてるんだよね」
「うん、1ヶ月はこのままにしておけって言われた」
「それ、すぐ外せるようにしてあげようか?」
「そんなことも出来るんだ!」
 
「携帯をハンズフリーにしてベッドに横になって。携帯はおへその所に置いて」
「うん」
「心を楽にして」
いつものように青葉に触られているかのような感覚が来る。
いつも胸から性器にかけて重点的にヒーリングしてもらうのだが、今日はその感覚が耳のところに来た。少し熱いような感じ。でも心地いい。
 
「もう大丈夫だよ」
「痛みが無くなった」
「傷が治るのにあと数時間掛かるけど、明日の朝にはもうそれ外して、ふつうのピアスに変えてもいい」
「凄ーい」
「じゃ、いつものヒーリング行くね」
「うん」
「眠っちゃっても大丈夫だから。終わったらこちらから切るから」
「うん、私、いつもヒーリングされながら寝ちゃってる」
 
優しく、とても柔らかい手で身体を触られているみたいな感じ。物凄く気持ちいい。ほんとに不思議な感覚だ。
「あ。ちょっと御免」
「誰か来た?」
「違うの。5分くらい中断していい?」
「あ、何か曲思いついたのね」
「うん」
 
私は机の引き出しから五線紙を取り出すと、急いで思いついたメロディーを書き留める。
「よし、これで大丈夫。。。。あれ?タイトル思いつかない。何にしよう」
「恋の間違い探し」
「え?」
「なんてのは?」
「あ、うん。ぴったり。それにしよっ。ででも、なんでこの曲にぴったりなタイトルをそちらで思いつくの?譜面も見てないのに」
 
「だって、その譜面を書いてる最中の冬さんの波動をこちらでは感じてたもん」
「あらためて、青葉って、すごいね」
「いや、こんな曲を書ける冬さんが凄い。かなりいい曲だよね」
「うん、そうなの」
「それと、冬さん、今恋してるでしょ」
「えー!?」
「ま、その点は追求しないでおこう」
 
その日は青葉といろいろおしゃべりしながらヒーリングを受けた。そしてそれが終わると、『恋の間違い探し』の譜面を美智子にFAXする。するとすぐに美智子から電話が掛かってきた。
「明日、スタジオに全員集合」
「わぉ」
「この曲も、ローズ+リリーのシングルに入れちゃう。編曲は今から私がする。他のメンバーにも私が連絡するね」
「うん」
 
その後、美智子と町添さんが話合った結果、ローズ+リリーの新しいシングルは『涙のピアス』『花模様』『探し物』で1枚、『可愛くなろう』『恋の間違い探し』
『渚の思い』で1枚、の3曲入りCDを2枚同時リリースすることになった。どちらもダブルA面である。なお、『探し物』は『恋の間違い探し』とタイトルがかぶるので『あなたの心』と改題された。
 
「しかし『あなたの心』も『渚の思い』も本来A面にできる曲ですよ」とマキ。
「今ケイは凄く乗ってるね。いい曲がどんどん出来るみたい」
 
これで決まりと思ったら、過去のローズ+リリーのCDが4-5曲入っていたのに3曲では寂しいと政子が言い出した。そこで、先日私が高速を1日で900km走破した日に書いた曲の中から『熱風』と『トライアングル・ラブ』を収録することにした。しかしレコード会社からは入れてもいいが明日の朝までに持ってきてくれることが条件と言われたので、この伴奏を美智子は大半を、打ち込みで一晩で作ってしまった。なお、『熱風』は美智子だけで打ち込みをしたが、時間が足りないから手伝ってと言われ『トライアングル・ラブ』の打ち込みは美智子の書いたスコア譜から私がかなり打ち込んだものを美智子が修正・調整して完成させた。また、私と政子の歌、それに私のキーボード演奏を深夜に2時間(3時から5時)スタジオを借りて収録した。
 
ミキシングが完成したものを聴くと、ふつうにギター・ベース・ドラムスの他、サックスやフルート・ヴァイオリンなどが入っているように聞こえるのだが、ドラムスもサックス・フルート・ヴァイオリンも打ち込みだし、ギターとベースは実は私のキーボードなのである。
 
「キーボードで弾いてるのにギターを実際に弾いてるみたいに聞こえるって不思議」
と政子。すると美智子がニヤニヤして
「それ、上級テクニックなの。さすがエレクトーン5級だけのことあるね」
と言った。私は7月にエレクトーン5級を受け、先日その合格通知を受け取っていた。
 
「ドラムスも打ち込みに聞こえない。まるで生で打ってるみたいに聞こえる」
「それもそういうテクがあるのさ。オートじゃこうはならないよ」
と美智子はこれには得意そうに言う。
「昔のYMOがギターとかの音を実はシンセで録音の時はやってたんですよね」
「うんうん。今ではよくある話だけど、当時は特にそんなこと思いつく人いなかったろうし。凄いね」
 
時間を24時間巻き戻して、私がピアスをした翌朝、レコーディングスタジオで政子にピアスの痛みがもう無くなったことを言うと、「凄い。さすが青葉だね」
と感心していた。その日のレコーディングの休憩時間に「じゃ、最初にするピアス、私がプレゼントしてあげようか?それとも正望君に買ってもらう?」
と言う。「いや、ほんとに彼とはそういう関係のつもりないから」と答える。
 
「じゃ、私がプレゼントしちゃうよ」「うん」
政子は私をアクセサリーショップに連れて行き、きれいな涙型のローズクォーツのピアスを買ってくれた。
「すごい、可愛い。でもよくこんなのがあったね」
「実は何日か前にこれ見つけてたの。買っといて1ヶ月後にプレゼントしようかと思ってたんだけどね」
「わあ」
 
そのピアスを付けてスタジオに戻ると、美智子が
「あ、すごい。涙のピアスじゃん」という。
「しかもローズクォーツですよ」と政子。
 
「そのピアス付けて、明日ジャケット写真撮ろう」と美智子はニコニコして言った(実際にはその晩徹夜になったので、徹夜明けの顔を撮る訳にはいかないということで、ジャケット撮影は翌朝になった。これも期限ぎりぎりだった)。
 
『涙のピアス』のジャケット写真には、私がこの涙のピアスを付けているところの接近写真をバックにして、私と政子がブーケを付け花柄のワンピースを着て手をつないでいる写真が使われることになった。『可愛くなろう』の方は、この曲をCMに使わせてと申し入れがあっていた化粧品会社の最新の製品をちりばめ、政子が私にメイクしてくれている写真、私が政子のヘアメイクをしている写真が配置された。
 
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【夏の日の想い出・2年生の秋】(1)