【夏の日の想い出・ボクたち女の子】(3)

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ウェンディの体調も数日で良くなるので、子供たちはウェンディたちを地下のおうちに招待することにする。ウェンディたちの身体のサイズを計り、その身体が通過できる木の穴を探し少し加工して地下の家に通じる穴にする。
 
この穴はセット上では人間が通れるサイズの透明プラスチックのパイプを通している。上から下に行く時は、単純に滑り降りる。“上の地面”から“下の床”までは2メートルほどあるが、速度が出にくいように、プールのスライダーのようにらせん状にして傾斜を緩やかにしている。パイプは、身体の小さな双子用から身体の大きなピーター用まで数本ある。
 
ここを通る子はだいたい30-45kg程度の子なのであまり速度はつかなかったようである。いちばん重いのが七浜宇菜の52kgだが、宇菜は運動神経が良いので多少スピードが付いても平気である。また着地点はクッションカーペットになっている。これを作った時は、放送局の体重の軽い女性ADさんでたくさん実験したらしい。全くご苦労様である。
 
なお、下から上に行く時は実は吊っている!全員服の内側に身体全体を支えるスーツを着ており、それにピアノ線を掛けてウィンチで吊り上げているのである。
 

ウェンディーは小さな子供たちが、おとぎ話の類いを全然知らないようだったので、色々な昔話を語ってきかせてあげた。ジョンたちも一緒に聞いている。そんな感じで日々が過ぎていった。ションやマイケルは他の男の子たちと一緒に島の中を冒険に出かけたりしていた。
 

ある日、ピーターとウェンディは子供たちを連れて人魚の入江に遊びに行った。入江の上をフラミンゴが飛んでいる(CGで書き加えた)。人魚たちとも遊んだが、人魚たちは概して意地悪で海に引きずり込んだりするので、ピーターが注意していた。人魚たちはどうもウェンディが気にいらないようである(嫉妬)。
 
なお、人魚は信濃町ガールズ東北の高校生以上のメンバーが人魚の衣裳をつけて演じている。彼女たちは最寄りの空港から数機のHonda-Jetで連れてきた。
 
そろそろ暗くなるので(セットを収納している大広間の照明を調光する)帰ろうかと言って、みんな浜辺に上がった時。手漕ぎのボートが近づいてくる。みんなが岩陰に隠れてそっと見ていると、ボートの上には人影が3つ見える。どうやら男2人と女1人のようだ。
 
「誰か分かる?」
とウェンディ(アクア)が小声で訊く。ピーター(七浜宇菜)が
「海賊のスミー(岩本卓也)とスターキー(大林亮平)、それに女の子はピカニニ族の族長の娘、タイガー・リリーだ」
と言う。
 
「何するんだろう?」
「分からない」
 
みんなが見ていると、やがて海賊たちはひとつの岩のそばにボートをつけ、少女を岩に立っている棒に縛り付ける。
 
ここでタイガーリリー(恋珠ルビー)のスタイルだが、ピーターたちと同様に葉っぱ(但し茶色)を集めて作ったように見えるショートワンピースを着て、髪はツインテールにして、白いヘアバンドを巻いている。リンリン・ランラン風!?
 
従来のタイガーリリーでよく行われたような、ヘアバンドに羽根を挿したりするのは避けた。過去には羽根冠を付けた造形などもあったが、羽根冠はインディアンの中でも極めて名誉ある者だけに許される最高のシンボルであり、これを勝手に付けることは、決して許されるものではない。今回はあまりインディアンを強調するのは避けて、羽根を挿すのもやめた。
 

「あんな所に縛り付けてどうするんだろう?」
「そのまま放置するんだと思う。あの岩は“島流しの岩”(Marooners' Rock)と言って、今は水面に出てるけど、潮が満ちてきたら水面下に沈んでしまうんだよ。だからあの子は溺れ死んでしまう」
 
「まずいじゃん。助けようよ」
「じゃあいつらが離れたら」
と言っていたのだが、海賊たちはどうも少女が溺れるのを確認してから帰るつもりのようで、ボートに乗ったまま待っている。あたりはすっかり暗くなってくる。海賊たちの姿は星明かりでかろうじて認識できる。潮は少しずつ満ちてきて、少女の足首付近まで水が来る。
 

「行かないよ。どうしよう」
「よし」
 
ピーターはフック船長の声を真似て海賊たちに声を掛けた。
 
「おい、スミー、スターキー」
 
(この声は実際にはピーター役の七浜宇菜ではなく、ウェンディ役のアクアが出している。男の声色で話すアクアをすぐ傍で見て宇菜が「その声の出し方覚えたーい」と言っていた)
 
「あれ?船長ですかい?」
とスミーが答える。
 
「娘はどうした?」
「ご命令通り、島流しの岩の木に縛り付けました。溺れるのを見届けてから帰ります」
「話が付いた。その子は逃がしてやれ」
「え〜?そうなんですか?」
 
海賊たちは、きっとピカニニ族側と何かと交換で解放するように話が付いたのだろうと考え、少女の縄を解く。少女は海に飛び込んで泳いで離れていった。
 
(ここでタイガーリリーを演じている恋珠ルビーは吹き替え無しで泳いでいる。彼女は水泳は大得意である。服を着て泳ぐのも何の問題もなくこなした。実際問題として今回は水泳が得意であるということから、この役にはルビーを起用している。水泳の得意な女優さんというのは結構限られる。ちなみにこの入江のセットの水深は1.5mくらいである。この深さにしたのは、少し先に出てくる演技のためである)
 

「これで解決したね」
とアクアと宇菜・・・じゃなくてピーターとウェンディが手を取り合っていたらそこに別の声がある。
 
「首尾はどうだ?」
「ああ、船長、娘は言われた通り、逃がしてやりました」
「逃がしただと?」
「はい、船長が逃がせとおっしゃったので」
「俺がそんなこと言うわけない」
「え〜〜〜?」
 
結局ピーターがフック船長の声を真似てタイガーリリーを解放させたことはバレてしまい、ピーター(宇菜)とフック(アクア)は“島流しの岩”の上で闘うことになる。
 
ここは十六夜(いざよい)の月が昇ってきた設定でその月明かりでふたりの姿が見える。
 
このフックの造形だが、青い帽子をかぶり、太い付け眉・長いカイゼル髭を付けて、青いロングコートを着ている。これを見ただけですぐアクアと分かった人は少なかった。
 
赤ではなく青い帽子とコートにしたのはディズニー版とあまり似すぎないようにという配慮である。そして右手はかぎ爪(フック:フック船長の語源)になっており、左手にサーベル(*4)(*5)を持っている。
 
つまり宇菜は剣を右手に持っているが、アクアは左手で剣を持っている。アクアは一応右利きではあるが、小さい頃からピアノやヴァイオリンを習っているので左手の力も充分強い。それで左手に剣を持ってしっかり宇菜と剣を交えるので、美高監督も感心したし、宇菜も「龍ちゃん凄い」と後から言っていた。
 

(*4)フックは原作では右手が鈎なのだが、ディズニーの1953年の映画は左手を鈎にした(理由は不明)。そのため、ディズニーを真似して左手を鈎にした作品も多く作られた。ピーターとフックが闘ってピーターが手を斬り落としたのならそれは利き手の右手であるのが自然である。剣を持ってない側の手を切り落とすのは不自然だし無意味。剣を持つ手ならこちらに伸ばしてきているからそれを斬り落とすのはあり得る。
 
(*5)サーベル(sabre)は片刃の剣である。英語読みするとセーバーで、宇宙SFなどでおなじみライト・セーバー light sabre とは、光で作ったサーベル。レイピア (rapier) が“刺す”ものであるのに対してサーベルは“斬る”ものであって、戦場など向きである。この物語でもピーターがフックの手をサーベルで斬り落としたことになっている。
 
なお、舞音がタロットの撮影で使用していたバスタード(bastard)は両刃の剣である。サーベルは片手持ち、日本刀は両手持ちだが、バスタードは19世紀以降はhand and a half とも呼ばれるようになった。その名の通り、両手で持ったり片手で持ったりする。なお bustard は鳥の“野雁”。
 
ところでPerfumeの『ビタミン・ドロップ』の歌詞で「バスタード掛けた」と聞こえる部分があり、加速するとか、そういう意味で使っているのだろうかと私は長らく思っていたのだが、歌詞をよくよく確認したら「パスワード掛けた」だった!
 

少し闘っている内に、ピーターは自分がフックより上の岩に立っていることに気付く。フックの立っている所は水面があがってきていて動きにくい。それで
 
「フック、これでは僕が有利すぎる。こちらに上がってこい」
と言って左手を差し伸べた。
 
するとフックはピーターが差し伸べた手をかじった!
 
(このシーン、フック役のアクアはピーター役の宇菜の手を咥えてはいるが、さすがにかじってはいない)
 

このかじられたのに驚いたピーターはバランスを崩し、その隙にフックが右手の鈎でピーターの腹をひっかく。それでピーターは倒れてしまう。
 
フックが
「ふん。とどめた」
と言ってサーベルでピーターを刺そうとした時
 
チックタックという音が聞こえてくる。たちまちフックが青くなる。
 
「逃げるぞ!」
と言ってボートに飛び乗ると、スミーたちと一緒に慌てて向こうの方に去って行った。その後を大きなクロコダイルが“チックタック”という音を立てながら追いかけていった。
 
このクロコダイルは以前時計を飲み込んでしまったため、その時計の音がいつもしている。また以前フックがピーターと闘った時にフックは右手の手首から先を切り落とされ、その切り落とされた手をこの鰐が食べてしまったため、鰐はフックに味をしめ、フックを全部食べようといつもフックを狙っているのである。
 
クロコダイルは鰐の精巧なフィギュアを水に浮くように改造し、細い透明の紐をボートの端に!付けている。だからボートの後を追いかけていく。チックタックという音を立てる部品は内部にビニール袋に入れて貼り付けてある。
 

ちなみに、ここでアクアの“位置”だが
 
ウェンディと岩陰で見ている場面:宇菜(ピーター)とアクア(ウェンディ)が並んでいる。
 
ピーターとフックが闘う場面:岩の上で宇菜(ピーター)とアクア(フック)が闘う。岩陰にいるのはウェンディの衣裳を着けた葉月(暗いので顔まで見えない)。
 
フックが去った後:宇菜(ピーター)をアクア(ウェンディ)が介抱する
 
というように演じているので、ここは2度撮影して編集、といったことをする必要が無かった。アクアは「着替えてきます」と言って控室に行ったが、実際には、ウェンディの衣裳を着けたのはMでフックの衣裳を着けたのはFなのでアクアは実は着替えてない!
 

岩にピーターが取り残されている。
 
「ピーター!」
と岸からウェンディが声を掛けるが反応が無い。
 
「どうしよう?ピーターが死んじゃったら」
とウェンディが狼狽していたら、人魚のメルリン(花貝パール)が寄ってくる。
 
「私たちにまかせて」
 
それでメルリンは島流しの岩まで泳いでいくと、他の人魚とも協力して、何とかピーターを自分の身体の上に載せる。そして泳いで岸まで来た。ウェンディーとジョン、身体の大きなスライトリーでピーターの身体を岸にあげた。
 
「メルリンちゃんありがとう」
「結構ひどく怪我してる。でも丈夫な子だから何日か寝せておくと治ると思うよ」
 
「ありがとう!」
 
それでウェンディはジョンや子供たちに指示して担架を作り、それにピーターを乗せて、ウェンディ・ジョン・スライトリー・トゥートルズの4人で持って家まで運んだ。
 

このシーンでは、花貝パールは本当に体重52kgの七浜宇菜を自分の身体に載せて泳いでいる。水の中で軽くなるとはいえ、身長168cm 54kgと身体も大きく、水泳大得意のパールでなければできない演技だった。
 
ここでパールは人魚の姿は腰付近のみで足が自由に動く衣裳を着けている。また、この演技があるのでこのセットの水深は1.5mにしている。ピーターを載せると身体が結構沈み込むので、1m程度の水深では足が下にぶつかる可能性があり危険だった、
 

幸いにもピーターの傷は数日で治り、ピーターはピカニニ族に招かれた。タイガーリリーの父(鞍持健治:特別出演)から勇者の証の、緑のヘアバンドをもらい“グレイトホーク”(*6)という名前までもらう、そして今後仲良くしていこうと言われる。
 
鞍持さんや他のピカニニ族の男性の衣裳は、ロングコートのような服で、色合いはタイガーリリー同様に茶色系統である。ピカニニ族の女性たちはタイガーリリーと同様に茶色系統のワンピースである。ワンピースの丈は短い人と長い人がいるが、タイガーリリーに尋ねると、未婚女性はショート、既婚女性または結婚する意志の無い女性はロングという話だった。但し既婚や非婚でも、狩りをしたり、戦いに出る時は動きやすいショートを着るらしい。男性は短髪にヘアバンド、女性はツインテールやポニーテールにヘアバンドをしている。ツインテールかポニーテールかは本人の好みらしい。
 
(ピカニニ族を演じているのは○○プロの俳優・タレント・モデルさんたち)
 
ヘアバンドの色が、族長やタイガーリリーは白で、他の人の多くは赤や黒である。
 
(*6)ピーターがもらった称号は、原作では"The great white father"(偉大な白人の父), 1953 Disney映画では "Flying Eagle"(飛ぶ鷲)である。今回はどちらとも異なる名称で Great Hawk(偉大な鷹)とした。
 

宴会では席に座っている人の多くが女性で、男性の多くは雑用をしているようだ。座っている男性はみんな黄色や(ピーターももらったのと同じ)緑のヘアバンドで、どうも特別なステータスのようだ。
 
その件でウェンディがタイガー・リリーに尋ねると
「うちは女系(matrilineal)の部族だからね」
と言って笑っていた。
 
「世の中には父系部族(patrilineal tribe)と母系部族(matrilineal tribe)がいる。母系部族では女が絶対的に権力を持っている。だから、うちのお父ちゃんより、一段高い席に座って居るお母ちゃんの方が偉い」
 
「女が強いっていいなあ」
 

タイガー・リリーの母(沢田峰子:特別出演)は一段高い所に座って、凜とした姿勢でみんなを見ている。彼女は食事も口にせず何かの飲み物を時々口にしている程度である。
 
彼女の傍には、紫色のヘアバンドをした人(槙原歌音)が控えている。タイガー・リリーに聞いて、リトル・ホーンという人と知るが、ウェンディはその人の性別がよく分からなかった。男と思えば男にも見えるし、女と思えば女にも見える(*7). タイガーリリーはその人を he でも she でも参照せず "That's Little Horn"と答えた。
 
その人はどうも聖職者か何かのようだとウェンディは思った。その人のことはあまり訊いてはいけないような気がしてウェンディは何も訊かなかった。
 
(*7)インディアンの一部の部族には two-spirit と呼ばれる聖職者がいる。彼(女)らは男でありかつ女である。
 

「うちは平和的に男の子を口説いて夫にするけど、中には男狩りをして男を連れてきて結婚する部族もいるよ」
とタイガーリリーが言う。
 
「過激〜」
 
「ところであんたピーターと寝たの?」
「寝る・・・って!?」
単に睡眠を取るという意味では無さそうと思ってウェンディは尋ねた。
 
「じゃ、ピーターとキスした?」
「キ、キス!?」
ウェンディーが狼狽しているので
 
「ふーん。まだか。だったら私があの子もらってもいい?」
などと言う。
 
「それはピーター本人の気持ち次第だと思うけど」
とウェンディ(アクア)はハッキリ言う。
 
「ふふふ。そうかもね」
とタイガー・リリー(恋珠ルビー)は楽しそうに言った。
 
「でも仲良くしようよ」
「うん。仲良くしよう」
と言って、ふたりは握手した。
 

どうもピーターに助けてもらったタイガーリリーはピーターに憧れているようでこの日もかなり“誘って”いたが、こういうことに慣れていないピーターは彼女に冷たい態度を取る。
 
一方ウェンディも彼らの村を離れてからやや遠回しにピーターへの好意を表明するのだが(タイガーリリーがかなり口説いていたので対抗意識が出てきた)、ピーターは全く分かってくれない。彼は恋愛というものを理解していない感じであり、彼にとってウェンディがネバーランドに居るのも、ロストボーイたちの“お母さん代わり”という意識である。つまりピーターは father とか mother はかろうじて理解しても、love, lover というものを理解できない。
 
(これはピーターがアセクシュアルとかではなく、単に幼いからである!)
 

それでウェンディは、何日か考えている内に、私はおうちに帰ると言い出す。このままだと自分の気持ちをコントロールできなくなる気がしたのである。
 
するとジョンとマイケルも急にお母さんが恋しくなり、帰ると言う。ロストボーイたちは、最初はウェンディが帰るというのに抵抗し、ウェンディを縛り上げようなどと言ったものの、リーダーのトゥートルズ(倉岡典彦)がウェンディの気持ちを理解してくれて、それで他の子たちも納得してくれた(いつものんびりしているトゥートルズの見せ場!)。
 
そして彼らは結局自分たちもウェンディと一緒に現実世界に戻ることにする。ウェンディは彼らに
 
「きっとうちのお父さんとお母さんは、君たちのお父さん・お母さんにもなってくれるよ」
と言った。
 
ウェンディはピーターにも一緒に来ないか(遠回しの愛の表現)と言ったが、自分はネバーランドに残ると言った。
 

結局ピーター以外のみんながネバーランドを出ることになる。それで出発しようとしていた時、海賊が現れ、地下の家から出て来た子供たちを全員捕まえてしまう。
 
(海賊は“ネバーランドから出る”=“子供を卒業しておとなになる”のを邪魔しようとする存在というオリジナルの路線に沿っている)
 
子供たちを捕まえた海賊たちは彼らを海賊船に連れて行く。ひとり残ったフックは地下の家への入口を見つけ、中に入った。ピーター(七浜宇菜)がひとりで寝ていたので、いい機会だと思い、フック(アクア)はサーベルを抜いて刺し殺そうとする。
 
ところが間一髪、間にティンカーベル(坂田由里)が割って入り、フックの剣はティンカーベルに刺さってしまった。
 
ピーターが飛び起きる。
「ティンク!」
と悲痛な声を出すが、フックを見てピーターも剣を抜き、闘おうとする。
 
しかしそこに、ピカニニ族の声が聞こえてきた。タイガーリリーの指令で、ピーターの家は不用心だから、警護してあげてと言われて数人のピカニニ族がやってきたのである。多勢に無勢を悟ったフックは、ピカニニ族が到着する前にと逃げ出した。
 

ピーターがティンカーベルを介抱するが彼女は瀕死である(この瀕死の演技が真に迫っていたと、坂田は評価された)。ティンクの光(CGで書き加えた)がどんどん弱くなっていく。
 
「ティンクしっかりしろ」
「私ダメかも。ウェンディは帰っちゃうし、私も死んだら、タイガーリリーとラブラブになってもいいよ」
「ラブラブって何だっけ?」
とピーターは本当に分からない感じ。
 
「それより、君を助ける方法はないだろうか?」
「みんなが妖精の存在を信じてくれるなら・・・」
 
そこでピーター(七浜宇菜)はティンク(坂田由里)を抱いたまま、カメラに向かって語りかけた。
 
「皆さん、お願いです。妖精の存在を信じてくださる方は、テレビのリモコンでdボタンを押して投票画面を出してから、青いボタンを押してください。青いボタンへの投票が一定数を超えたら、きっとティンカーベルは助かります」
 

「これ万が一押してくれる人がいなかったらどうするんですか?」
と宇菜は鳥山プロデューサーに訊いた。
 
「それは舞台でピーターパンやってる時に、妖精を信じる人は拍手をと言って誰も拍手しなかったらどうするか?という問題ともつながるね」
とアクアは言う。
 
「舞台の場合は必ずさくらを入れてると思うよ。誰かが拍手しだしたら、ノリの悪い人でも拍手する」
と岩本卓也。
 
「まあテレビの場合は最悪誤魔化す」
 
「今のは聞かなかったことにしよう」
と宇菜もアクアも言った。
 

視聴者からの投票で青ボタンへの投票が一定数を超えたら、ティンカーベルの光が少しずつ強まっていく。そしてティンクは復活する。
 
「ティンク、良かったぁ」
とピーター(七浜宇菜)はティンカーベル(坂田由里)を抱きしめた。抱きしめられたティンクは嬉しそうな顔をするが、その表情の意味をピーターパンは理解できない。
 
「そうだ。ピーター。子供たちが海賊に捕まっちゃったのよ」
とティンカーベルは子供たちの危機をピーターパンに告げた。
 
「え〜!?」
 

それで助けに行こうということになり、ピーターはティンクと一緒に外に出る。そこにピカニニ族たちが居るので事情を話すと、今日の警備役のリーダーであったリーン・ウルフ(鈴本信彦)が「自分たちも手伝う」と言う。それでひとりを伝令に走らせ、リーン・ウルフ以下3人がピーターに同行して、海賊船に向かうことになる。
 

海賊船ではフックが船上でチェンバロを弾いていた。曲はショパンの『幻想即興曲』(Fantaisie-Impromptu C# minor Op.66)である。スターキー(大林亮平)がヴァイオリン、スミー(岩本卓也)がチェロでそれに合わせた。
 
どんな曲だっけ?と思う方は↓の0:35くらいからが幻想即興曲である。https://youtu.be/mlJ3oiWSQss
 
この撮影ではアクアがマジでチェンバロを弾いている。大林亮平と岩本卓也もマジでヴァイオリンとチェロを演奏している。岩本君がチェロを弾ける理由は多分後日説明する。
 
この演奏もかなり評価された。アクアが使用したのは『白雪姫』でも使った、サマーガールズ出版所有フランドル様式の2段鍵盤チェンバロである。『白雪姫』の撮影の後、楽器輸送専門業者の手で熊谷市の郷愁村から川崎の撮影所まで運んで来た上で、チェンバロ専門の調律師さんにより平均律に調律してもらった。
 
実は『白雪姫』ではミーントーン調律で使用した(白雪姫の時代には平均律はまだ無い)。アクアはミーントーンは気持ち悪いと言った。音感が良すぎると、こういう微妙な所を感じ取るのだろう(日本音階はスッキリしてむしろ気持ち良いらしい)。
 

ピタゴラス音階→ド:ソ=2:3など音の周波数が整数比率になるように調律したもの。日本音階もこれ。五度の音が完璧に共鳴する。但し1.5を冪乗していっても2の冪乗にはならないので、どこかに歪み(狼の5度)が生じる。
 
ミーントーン(中全音律)→ピタゴラス音階の各音のピッチを敢えてずらし、三度が響き合うように変更したもの。和声が発達してきた時期に考案された。
 
平均律→ピタゴラス音階の歪みを全ての半音に分散させたもの。移調に強いのが特徴。但しどの音の組合せも完全には響き合わない。様々な方法があるが1900年前後に数学的に完全に平均的に分散して半音=2の12乗根(1.05946)にする方法が考案され一般化した。従ってバッハ時代の平均律(恐らくキルンベルガー法)と現代の平均律は別物である。
 
純正律→ピタゴラス音階とミーントーンの“いい所取り”をして、“主な”音間では三度も五度も響くようにしたもの。半音の大きさがバラバラ(1.0416 1.0666 1.0800と3種類の半音がある)になるので、チェンバロのような楽器では何とかなるが、歌唱やヴァイオリンなどでは演奏不能。実際に使われたことは無いものと思われる。
 

KARIONの音は純正律と私は言っていたが、KARIONは本当はピタゴラス音律を使用しており、純正律ではないと、最近になってゴールデンシックスのマリアから指摘された。
 
「ピタゴラス音律や中全音律のことを誤って純正律と言う人、わりと音楽の専門家にも多いんですけどね」
とマリアは言っていた。
 
それで私はKARIONの専用楽器を測定器で測ってみたら確かにピタゴラス音階だった!和泉に言ったら「そうだよ。KARIONはピタゴラス音律。純正律で歌える訳が無いじゃん。今更何を言ってるの?」と言われた!
 
「ただ、メロディーの3度下を歌う小風は、私が歌うメロディーに響き合う音で歌うからミーントーン的な音が部分的に混じることになるけどね」
 
で・でも和泉、以前は「KARIONは純正律」って言ってなかった!?
 

なお、アクアの演奏は室内に作った音楽室で行なっている。周囲に海賊船の一部に見えるようなセットを造り込んでいる。さすがにこの貴重な楽器を万が一にも雨にさらすわけにはいかない。
 
演奏が終わったフックが子供たちに向き合って言う。
 
(ここからはガレオン船の上での撮影。映っているチェンバロは道具係さんが、外見だけ真似て作ったハリボテ!)
 
船のマストにはウェンディが縛り付けられている所が映る。ここでカメラは“都合により”ウェンディとフックの顔を“同時には”撮さない。
 
「さて、これから君たちの楽しいショータイムだ」
とフックは縛られている子供たちに言った、
 
部下の海賊たちが、右舷(海側)の船縁に飛び込み台のような長い板を置いて固定する。
 
「君たちにはこの板を端まで歩いてもらおうということなのだよ」
 
「端まで行ったら?」
「楽しい海水浴だね。ワニたちと遊ぶといいね」
 

ここでフックは海賊になりたい者がいたら、2人だけこの船のクルーに加え、板は歩かなくてよいと言う。しかし全員拒否するので、(ウェンディ以外)の全員がこの板を歩くことになる。
 
それでフックが
「最初に歩きたいのは誰かな?」
と言った時
 
「チックタック、チックタック」
という音が聞こえてくる。
 
フックが青くなって反対側の左舷(岸側)の船縁まで逃げてしまう!そしてブルブルと震えて「俺をかくまってくれ」と部下たちに言うので、部下たちも呆れてフックの周囲に集まる。
 
このフック(アクア)の情けない感じの演技がまた美事であった。
 

さて、このチックタックという音を立てているのは実はクロコダイルではなく、その音を声帯模写しているピーターパン(七浜宇菜)だった!
 
彼はボートを船の右舷につけると、鈎の付いたロープを投げて船縁にひっかけ、そのロープを伝って上に登ってきた。その登る間中、ずっとチックタックと言い続けていたのである(実際には録音したものを流している)。リーンウルフたちも続けて登って行く。
 
このロープを投げてひっかけ、舷を登って行く所は七浜宇菜が自身で演じている。今回のドラマは普通なら吹き替え役が必要な所を本人が演じるというのが多くて、ある批評家さんは“プロ集団で作られたドラマ”と高い評価を出した。
 

ピーターパンたちが船縁まで登ってきた時、ちょうど船室から出て来た操舵手のエド・ティントと目が合う。ティントが声をあげようとした時、それより速くピーターは彼を羽交い締めにして、リーンウルフが腹に一発お見舞い。気絶させてしまう。そしてすぐ猿ぐつわをして縛り上げた。これを見ていたのは、右舷の“飛込み板”近くにいた子供たちだけである。
 
しかしこんなことをしていたので、ピーターパンのチックタックが止まる。
 
それでフックが
「音が聞こえなくなった。どこかに行ったのか?」
と言うが、まだ不安そうである。
 
しかし音が聞こえないので、フックは“復活”してまた偉そうに振る舞っている。そして子供たちをもっと怖がらせようと鞭で打つと言いだし、ビル・ジュークスに船室から鞭を取ってくるよう命じる。
 
しかし船室に入ったビル・ジュークスはたちまちピーターたちに捕まり、ティント同様、猿ぐつわをされて縛り上げられた。彼のうめき声が聞こえたので、海賊たちの間に緊張が走る。
 
「何だ?何があった。おい、チェッコ。様子を見てこい」
というが、チェッコは明らかに怖がっている。それで見に行くのを嫌がっていると、フックから
「言うことを聞かないのか?」
と右手の鈎を見せて脅されるので、仕方なく船室に入る。たちまち悲鳴が聞こえた後静かになってしまう。
 

海賊たちに動揺が走る。
 
「きっと船室に化け物がいるんだ」
と迷信ぶかい船員たちの間で声があがる。
 
「そうだ。子供たちを船室に入れよう」
という声が出る。それで海賊たちは“怖がっているふり”“嫌がっているふり”をしている子供たちを船室に押し込んでしまう。
 
船室からは何も聞こえてこない。ピーターたちは子供たちに静かにしているように言い、みんなの縛られている紐を切ってやった、そして子供たちのことをリーン・ウルフたちに頼むと、船室の窓から抜け出し、見つからないように背を低くしてウェンディのそばに寄る。
 
「声を出さないで。縄を切るから、子供たちと一緒に船室に隠れてて」
「うん」
 
それでウェンディはそっと船室に入った。
 

船員たちは、女なんかを船に乗せたからいけないんだ。女を処分してくれと船長に要求する。それでフックもやむを得ずウェンディを殺そうとマストの所に寄ってくる。しかしそこでマストに縛り付けられているふりをしていたのは
 
ピーターパンだった!
 
「フック、今度こそ勝負だ」
「望む所だ」
 
それでピーターパン(七浜宇菜)とフック(アクア)の戦いが始まる。手下たちがその行方を見ていたら、岸壁に大勢の声がする。ピカニニ族の戦士たちか、ピーターたちを助けようとやってきたのである。
 
ピカニニ族が船にどんどん登ってきて、海賊たちとピカニニ族の戦士たちとの戦いが始まる。リーン・ウルフも他の2人に子供たちのそばに付いているように命じて戦いに加わった。
 
船に登ってきた者たちのリーダーはタイガーリリー(恋珠ルビー)である。
 

フックとピーターは激しい闘いをしていた。
 
しかしとうとうピーターの剣がフックを貫く。フックはよろめいてデッキから転落する、ピーターが船縁に駆け寄って下を見る。
 
「あっ・・・・」
 
船の下には、あのクロコダイルが大きな口を開けて待っていたのである。フックはそのクロコダイルの口の中に転落し、フックが飛び込むとクロコダイルの口は閉じられた。
 
ここは大きく口を開けたワニの形が海面に出るように作られており、アクアがその中に飛び込むと、テコの原理で口が閉じられるようになっている。ワニの内部には充分なクッションが入っているし、万一転落位置がずれても水面なので危険は少ない。万が一にも怪我しないように、アクアには足から飛び込むように言っており、アクアもそれを守ってきれいに立った状態で飛び降りた。
 

その頃、ピカニニ族たちと海賊たちの戦いも終わっていた。海賊たちはあるいは海に落とされ、あるいは降参したり倒されてて拘束されていた。
 
タイガーリリーとピーターパンはがっちり腕を組んだ。タイガーリリー(恋珠ルビー)はピーター(七浜宇菜)を熱い目で見ているのだが、ピーターはやはり彼女の気持ちには気付かない。
 
その様子をヤード(横桁)に腰掛けて見ていたティンカーベル(坂田由里)は、
 
「ふん。族長の娘と結婚して、次の族長にでもなればいいわ。私知〜らない!」
などと呟いていた。
 
この嫉妬の表情が本当に嫉妬しているみたいと、これも高評価された。
 

海賊たちの大半のその後については、後述することになる。
 
甲板長のスミー(岩本卓也)はリーン・ウルフとの戦いで海に転落したのだが、しぶとい彼は多数のワニが集まっている中を何とか逃げ切った。そしてフックが隠し入江に係留していたカッター(小型の帆船)でネバーランドを脱出した。10年後、彼は別の島を拠点にして、自分の海賊団を立てる。
 
その後彼は「俺はあのキャプテン・フックが唯一恐れた男だ」と自称し、若い海賊たちから尊敬されたらしい。
 

さて、海賊船“ジョリー・ロジャー”をぶんどった形になったピーターたちはこの船でウェンディたちを送っていくことにした。
 
タイガーリリーたちが見送って手を振る中、ジョリー・ロジャーは追い風を受けて出発する。
 
ピーターが船長(captain)、ニブスが一等航海士(forst mate), ジョンが二等航海士(second mate)、トゥートルズが甲板長(bo'sun)である!
 
船は順調に航海してアゾレス諸島経由でイギリスに到着。ウェンディたちはそこからピーターとティンカーベルに先導してもらい、空を飛んでダーリン家に戻ってきた。
 

子供たちの帰還を最初に見つけたのは“諸事情により”犬小屋で暮らしていた父親のジョージ・ダーリン(松田理史)である。ジョージは
 
「ワンワン!子供たちが帰って来たワン!」
と叫んで帰宅を妻のメアリ・ダーリン(アクア)に報せた。
 
(松田理史の“犬ぶり”が何だか似合ってる!?として高評価された!)
 

ウェンディは勝手に出て行ったことを母に謝った。しかし母は泣いてウェンディを抱きしめ、ジョンとマイケルも抱きしめた。父も「よく帰った」と言って、子供たちを叱らなかった(ここはアクアと葉月が役割交換して2度撮影している)。
 
「それでお父さん、お母さん、お願いがあるんだけど」
「何だい?」
「この子たちのパパとママになってあげてくれない?」
とウェンディが6人のロストボーイたちを紹介すると、両親は目を丸くした。
 

両親は、親の居ない彼らを保護することを約束してくれた。更にウェンディの母はピーターに
「あなたもうちの子にならない?」
と誘ったものの、ピーターはやはりおとなになるのは嫌だと言って、彼はネバーランドに戻ることにした。
 
でもピーターが寂しそうにしているので、ウェンディーの母は提案した。
「毎年1度、春の大掃除(*8)の時に1週間だけ、ウェンディーをネバーランドに連れて行くというのはどう?」
 
ピーターはこの提案に乗り、来年の春の大掃除の時、ウェンディーを迎えに来ると約束した。それで、ピーターはティンクと一緒に帰っていった。
 
(*8)西洋では冬の間、暖炉で石炭(18世紀までは薪や木炭)を燃やしているので家の中に煤(すす)がかなり付着していた。それで毎年春に大掃除をして家の中の煤(すす)や灰を取り除くのである。これを春の大掃除(Spring Cleaning)という。日本だと「すす払い」だが、日本の場合は冬真っ最中の旧暦12月13日(新暦なら1月中旬)に行われていた。今日の日本では年末の大掃除に相当する。
 
西洋の場合は、Clean Monday あるいは Ash Monday と言い、古くは、すぎこしの日曜日の48日前(2021年なら3/15, 2022年なら3/7)に行われていたが、今日では4月1日に行う所も多いらしい。"Ash Monday"は、復活祭46日前のAsh Wednesdayから連想された呼び方と言われる。
 
なお、Clean Mondayは昔の“1日の始まり時刻”の習慣に従い、前日の夕方から始まる。(日本で12/31の夕方から事実上のお正月行事が始まるのも日没から1日が始まるという考え方に基づいている)
 

翌年の春の大掃除の時(Clean Mondayの前夜)、ピーターパンは約束通りウェンディーを迎えに来た。ウェンディの母との約束に従い、行ったのはウェンディーだけである(ジョンたちが羨ましそうにしていた)。
 
ウェンディは1年ぶりにネバーランドに来て、様子が随分変わっているのに驚いた。
 
ピカニニ族は、昨年来た時とは別の場所に居て、ティーピーではなく、もっと本格的な住居であるウィグアムに住んでいた。タイガー・リリーはウェンディを歓迎してくれた。
 
「ああ、ティーピーは夏の間の住居で、冬の間はこのウィグアムで暮らすんだよ。もう少ししたら、ティーピーを建てて、バッファロー狩りを始めるよ」
「へー」
 
そのウィグアムが並ぶ彼らの村に隣接して、新しい村ができていた。こちらは木造のロングハウスが数軒建っていて、そこに居た人々を見てウェンディはびっくりする。
 
「やぁ、ウェンディ、久しぶりだね」
などと言っているのは、海賊をしていたスターキー(大林亮平)である。
 
フックがピーターに倒された後、ピカニニ族に拘束されたり投降したメンバーはピーターに海賊をやめることを誓い、ここに土地を与えられて、トウモロコシ、インゲン豆、カボチャ、更には小麦なども育てることになったらしい。また、鶏と豚も飼っていた。
 
「スターキーさんが村長?」
「村長というのは決めてない。年長の3人の合議制で運営している」
「なるほどー。でも男の人ばかり?」
「ピカニニ族の女の子と仲良くしてる奴もいるよ」
「ああ、いいかもね」
 
あの戦いの時に船から転落した人たちも生き延びた者は大半がスターキーを慕ってこの村に集まり、一緒に農業をしているらしい。ピカニニ族は夏の間はあちこち移動するが、スターキーたちは一年中ここに留まり、村のお留守番をすることになる。
 
彼と少し話をしていたら、女性(原野妃登美!)が寄ってきて、こちちらに嫉妬するような視線を送る。ヘアバンドをしており、ピカニニ族のようだ。ウェンディは明るく挨拶した。
 
「奥様ですか?」
「まあ、この人の赤ちゃんの母親かもね」
「わぁ、赤ちゃんがいるの?」
 
それで赤ちゃんを見せてもらった。
 
「可愛い!」
とウェンディが声をあげるので、奥さんは気を良くしたようである。
 
(この子供は大林亮平と原野妃登美の本当の子供・月花ちゃん:12ヶ月。実は元々奥さん・子供と一緒に出てくれそうな人を探して亮平にスターキー役をオファーしたものである。実際には原野妃登美が勝手にOKした!)
 

ウェンディは入江にも行き、メルリンたちとおしゃべりをした。
 
「そういえば、あなたたちって女の子ばかり?」
「男もいるよ。でもあまり陸の近くには寄らないみたい」
「なるほどー」
「女しかいなかったら子供作れないよ」
「そうだよね!」
「まあ時々、陸に寄りたがる男の子もいる。でもわりと女の子っぽい」
「なるほどぉ!!」
「そういう子にはもう貝殻ブラジャー着けさせちゃう」
「あはは」
 
(ネバーランドは子供たちの想像から生まれるもので、今回は海賊の存在を望んだジョンが来ていないことから、平和を望むウェンディの希望に沿った形のネバーランドが形成されていたのだが、ウェンディはそんなことには気付いていない)
 
1年前に島に居たロストボーイたちはウェンディたちと一緒にネバーランドを出たのだが、新たなロストボーイが2人居て、あの地下の家で暮らしていた。昨年はまだ幼いので妖精たちに育てられていたらしい。
 
ピーターも彼らと一緒にいることで、日々が楽しいようである。
 
ウェンディも彼らには島を出ないかと声を掛けるのは控えた。だってこれ以上子供が増えたら、ウェンディのパパがパニックになる!
 

一週間の滞在の間に、ウェンディはその地下の家や、地上に建っている小さなおうちの大掃除もした。タイガーリリーも手伝ってくれた。ロストボーイの2人も手伝ったが、もちろんピーターは何もしない!ピーターは偉いから、細かいことはしないのである!!
 
楽しい一週間を過ごして、ウェンディはピーターとティンカーベルに送られてロンドンに帰還した。そして1年後の再会を約束して別れた。
 

ウェンディはまた1年後にネバーランドに行くのを楽しみにしていた。
 
しかしピーターは翌年の春の大掃除の日、来なかった。ウェンディの母が
「きっと何かで忙しくて遅れているのよ」
と言ったが、ピーターはずっと来なかった。
 
そして何年も来なかった。
 
ピーターパンは“忘れっぽい”という性格があるのである!!
 

ところで、ダーリン夫妻はロストボーイたちをダーリン家の子供にしてくれたので、みんな学校に通い、やがておとなになって色々な職業に就いた。
 
トゥートルズは相変わらずのんびり屋さんだったが、しっかりお勉強して法律家の資格を取り、裁判官になった。トゥートルズの落ち着いた雰囲気は裁判官の威厳になっている。
 
ニブスは大学を出ると10年くらい小さな会社に勤めた後、独立して自分の会社を作った。そしてその会社を大きくして、大会社の社長さんとして人々から尊敬された。彼は偉そうにしているのが好きである。
 
スライトリーはこちらに来てからは学校でよく運動するようになり、ネバーランドにいた頃はかなり太っていたのが、引き締まって筋肉質になる。そしてポロの選手になり、1920年のアントワープ・オリンピック (Antwerpen Olympic) で金メダルに輝いた。
 
カーリーは絵に才能があることを学校の先生が気づき、いい先生について訓練を受け、やがて画家になり、個展なども開いた。
 
ふたごのノーランとブライアンは音楽を志し、ピアノやヴァイオリンなども習ったのだが、やがて双子歌手として人気が出て、たくさんレコード(*9)を吹き込んだ。
 
(*9) 現代のレコードの原型になったのは 1887年にエミール・ベルリナーが発明したグラモフォンである。これが発達して1940年頃にいわゆるSPレコードになった。SPの規格(78rpm)が成立する以前のレコードは製造元によって回転速度がバラバラだったが、今日でも回転速度を変更できるプレイヤーで再生するか、あるいはデジタル化してからピッチと速度を変更すれば聴くことは可能である。
 

そしてウェンディーの実の弟たちだが、冒険好きのジョンは「旅行できる仕事がいい」と言って、鉄道会社に入り、機関車の運転士さんになった。
 
少しのんびり屋のマイケルはお父さんに勧められてお父さんと同じ銀行に入った。そして若き銀行員として顧客の所を歩き回って、投資商品などを勧めたりしている。
 

ウェンディは大学を出てから、学校の先生になった。ネバーランドで女性が高い地位を持つ社会を見たので(本当はそれはウェンディの心の中の理想)、自分も頑張ろうと思い、父の反対を押し切り、ウェイトレスのバイトで学費を稼ぎながら女子大を出た。
 
学校の先生になってから数年経った所で「結婚しても仕事を続けていいから」と言う男性がいたので、結婚して子供も産んだ。そして小学校で児童たちに教える一方でママとしても頑張った。最初に産んだのは女の子で名前はジェーン(Jane), 2番目は男の子でダニー (Danny < Daniel) と言った。
 
ウェンディは世界大戦(1914-1918),スペイン風邪の流行(1918-1920)を生き延びている。ピーターがやってきたのは、スペイン風邪の記憶も薄れ始めた頃で、まだ第二次世界大戦(1939-1945)が始まる前の束の間の平和な時期だった(*10).
 
(*10)ピーターパンがお芝居として発表されたのは1904年で、上演中に少しずつ変わっていき、本にまとめられたのが1911年である。それで今回のドラマではウェンディがネバーランドに行ったのを最初に上演された1904年頃と想定した。するとジェーンがネバーランドに行くのは1925年頃という計算になる。
 
assumed timeline
1904 NeverLand(1) Wendy 13 John 9 Michel 7 LostBoys 5-11 (*11)
1905 NeverLand(2) Wendy 14
1914 Wendy(22) becomes teacher
1917 Wendy(26) marries
1918 Jane is born
1920 Danny is born
1920 Antwerpen Olympic Slightly=25(9+16)
1923? Twin becomes Singer 24(5+19)
1925 Jane(7) & Danny(5) goes to Neverland
1950?? Margaret (daughter of Jane) goes to Neverland
 
(*11)子供たちの年齢は原作では明確には書かれていないが、ウェンディは12-13歳っぽい。しかしマイケルはかなり幼い。それでウェンディ13, ジョン 9, マイケル 7と想定してみた。今回のドラマで子供たちを演じた俳優の実年齢はウェンディ:アクア20, ジョン:水森ビーナ16, マイケル:羽田小牧14 だが、実際のお芝居でも概して設定年齢よりかなり上の役者さんが使われる。
 
ウェンディについてはデータが不明確なのだが、ウェンディと似た年齢設定のはずのピーターパンについては、1904年の初演で演じたのはNina Boucicault(37). 1905年に大ヒットしたブロードウェイ版ではMaude Adams(32)がピーターパンを演じている。Maude Adams は原作者が絶賛したこともあり、ピーターパンが当たり役となり、Maude Adams といえば Peter Pan という感じになる(一時期の榊原郁恵に近い:榊原郁恵が初めてピーターパンを演じたのは22歳の時で6年間にわたって演じている)。
 
ちなみにこの Maude Adams は、007の「黄金銃を持つ男」「オクトパシー」に出演した Maud Adams とは別人。名前が似ているので時々混乱している人がいる。
 
なお、ピーターパンを男性の俳優が演じたことは、ほとんど無いと思われる。
 

ピーターが久しぶりに来た時、ジェーンが7歳になっていた。
 
ピーターは前回と全く変わらない様子で
「ウェンディ、ネバーランドに行くよ」
と言った。
 
前回ピーターが来てから、もう20年ほどの月日が経っているのだが、ピーターは前回来た時の1年後にウェンディを迎えにきたつもりだった(とにかくピーターは忘れん坊)。
 
ウェンディは言った。
「私はもうおとなになっちゃったの。代わりに私の子供たちを連れてってくれない」
 
ピーターはウェンディがおとなになってしまったことにがっかりしたが、ジェーンがピーターに物凄くなついたので、連れて行くことにした。ダニーは「そんなおとぎ話みたいなこと信じない」と言っていたものの、お姉ちゃんがティンカーベルに妖精の粉を振り掛けてもらって浮遊しているのを見て羨ましくなり、自分も粉を掛けてもらう。最初は浮かばなかったが「ネバーランドひょっとしたら、あるかも」と言うと、浮かんだ。それで一緒に行くことにし、2人はネバーランドに1週間の旅に出かけることになった。ピーターが忘れん坊なので、ウェンディはティンカーベルに2人を一週間後に連れ帰ってくれるよう頼んだ。
 
(ジェーンとダニーは劇団桃色鉛筆の子役さんを使っている。本当に7歳と5歳)
 
ティンクがウェンディーに
「もう空を飛べないの?」
 
と訊くが、ウェンディは
 
「内緒」
と答えた。
 
「ふーん」
とティンクは答える。
 

ピーターパン、ジェーンとダニーが窓を飛び出す。
 
「おーいティンク、行くよ」
とまだ部屋の中にいるティンカーベルにピーターが声を掛ける。
 
ティンクは妖精の粉をウェンディに掛けた上で、窓から出て行った。
 
ふわっとウェンディ(アクア)が浮遊して微笑んだ所でウェンディが「終」の文字の入ったペナントを掲げて、ドラマは終了する。
 

そういう訳でアクアはこのドラマで、ウェンディとフックの二役をしたのだが、フックの造形は、付けひげ・付け眉をして、顔全体に日焼けしたように見えるファンデを塗ってるし、声も男声なので、翌年1月に今回のドラマが放送された時、フックをアクアと認識できなかった人も多かった。それで
 
「アクアちゃん、今回はウェンディとお母さんの二役をしたんだね」
「やはりアクアちゃん、女の子役だけでいいよね」
「紅白にも紅組から出たし、今後は普通の女優さんとしてやっていくのかな」
「アクアちゃん女の子なんだから、無理に男役することないよね」
などと言われた!
 

舞音ちゃんタロットの制作が9月一杯までしていたのだが、青葉にはその途中の9月の連休に、ラピスラズリと一緒に“作曲家アルバム”の取材をお願いした。今回の取材先は下記である。(取材日/放送予定日)
 
9.18/1.10 野潟四朗
9.19/1,24 鹿島信子
9.20/2.07 フェイ・ヒロシ
 
最初はシュール・ロマンティックの野潟四朗さんである。
 
シュールロマンティックのメジャーデビューは2015年と遅いのだが、野潟さん自身はそれ以前から作曲家として活動していて、そのキャリアはわりと長い。
 
ただ野潟さんは音楽に対して厳しい人なので、この日は青葉もラピスラズリも緊張していた。野潟さんが書いて室川美瑠花が歌った曲をラピスラズリは今回歌ったのだが、歌唱指導!が入り、30分ほど指導されていた。でも確かにその30分で2人の歌は物凄く改善された。
 
野潟さんは音楽に対して多くの持論を持っており、この日の取材ではそれを拝聴するのがメインとなった、特に理論的な問題については、東雲はるこが結構よく反応し、野潟さんも、はることかなり意気投合していたようだった。
 
野潟さんの御自宅マンションを出た後、町田朱美が
「でもかなり厳しく歌唱指導されたぁ」
と言っていたので、私は
「君たちだから30分で終わった」
と言った。
 
「並みの歌手なら歌唱指導で1日潰れてますね」
と青葉も笑いながら言うので、朱美が
「きゃー」
と悲鳴をあげていた。
 

翌日、9/19(日)は、リダンダンシー・リダンジョッシーの鹿島信子を訪問する。
 
リダンダンシー・リダンジョッシー(略してリダン♂♀←これで“リダンリダン”と読む)は、昨日訪問したシュール・ロマンティックとよく同じライブハウスで演奏していたバンド(元々の名前はベージュスカ:類似バンド名があったのでデビューの際に改名した)で、ほぼ同時にスカウトされ、ほぼ同時にデビューしている。
 
現在はバンドリーダーで夫の中村正隆(2017結婚)と一緒に暮らしているので、この日も中村さんがお茶を出してくれたりして、結局一緒にカメラに映ることになる。
 
鹿島信子は極めて常識人なので、今回の取材の中ではいちばん楽だった。鹿島信子が書いて、ムーンサークルが歌った曲をラピスラズリが歌ったら「あんたたち本当に上手いね」と褒めてくれた。
 
元々“ベージュスカ”という名前だっただけあり、リダン♂♀はホーンセクションを持ち(本来は“ホーン女子”という別のバンドだったのが合体した)、楽曲もスカ系統の曲が多い。しかし結果的に8人という大編成なので、それに合わせて編曲する大変さ、また8人もの人数をまとめていく大変さなども、お二人からは話を聞き出した。
 
「まあ喧嘩する時は3人のバンドでも喧嘩するからね」
「ある程度は開き直ってるよね」
「今リズムセクション、元々ベージュスカと言っていた4人にしても最初は6人だったんだけど、1人減って2人減って」
「1人はレーサーになると言ってやめて」
「1人は結婚するからと言ってやめて」
「女性ですか?」
「いや。男だと思うよ」
「相手も女性に見えたし」
 
「本人、女装させたいような甘いマスクだったけど」
「実は彼目当てで女の子のファンがたくさん付いてたから彼の脱退は痛かった」
「私彼からメイクセットの購入の相談受けたから、女装するのかなと思ったけど、彼女へのプレゼントだったみたい」
 
(要するに信子は女装でステージにあがるようになる以前から、他のメンツには“半分女の子”と思われていたということだが、信子はそれを意識していない)
 
「やはり結婚するとなると、バイト生活というわけにもいかないから本気で就活しないといけないし、バンドと両立できなかったんだと思う」
 
「そのあたりって難しいですよね」
 
「でも4人になってから随分長く一緒にやってるね」
 

取材が一通り終わって帰ろうとしていた所で、鹿島信子が言った。
 
「私分かっちゃった」
「はい?」
「世間では朱美ちゃんは、病気で性別が変わってしまって、男の子から女の子になったとか言われているけど、本当は性別が変わったのは、はるこちゃんの方だ」
 
「よく分かりましたね。実際そうなんです」
と朱美が答える。
 
ここから先はむろんカメラは動かしてないし、カメラマンとディレクターは目配せして先に車に行った。
 
「でも私実は彼氏がいるんで、元男の子と思われていた方が“虫が付きにくくて”助かるから、その噂放置してるんですよ」
と朱美。
 
「ああ、彼氏いるんだ?」
「その件は内緒で」
と私。
 
(本当は、はるこが元男の子というのがバレにくいように、自分がその噂を引き受けている)
 
「だからここに性別が変わっちゃった人が4人集まってるんですよね」
と青葉は笑って言っている。
 
「4人?」
と、はるこがその数字が分からないようである。
 
「私も男の子から女の子に変わっちゃったからね」
と信子。
 
「そうだったんですか?」
とはるこは驚いている。
 
「別に隠してないし、Wikipediaにも書いてあるけどね」
と信子。
 

そこから先は、中村さんも席を外したので、信子・ラピスラズリ・青葉・私の5人だけで“大暴露大会”になった。
 
お互いのことを正直に告白したが、はるこが“身代わり”で陰茎を切断してもらったという話に信子が驚いていたし、信子が目が覚めたら女の子になっていたというのにも、はるこや朱美が驚いていた。
 
「でも結局ここにいる5人は現在は全員妊娠可能な完全な女性なわけだ」
「ただ。はるこちゃんはもう少し体重増やさないと、妊娠した時大変だよ」
「それコスモス社長からも言われてます。私ヨーロッパならBMI規制にかかるらしいです」
「ああ、どう見ても禁止体重を下回っている」
 
はるこは161cm 35kg なのでBMIは13.5である。ヨーロッパではBMIが18未満だとモデルができない。BMI=18になる体重は47kgだが、161cmなら最低でも美容体重(BMI=20) 49kg 程度はあることが望ましい。
 
 
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【夏の日の想い出・ボクたち女の子】(3)