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■男の娘とりかえばや物語・ふたつの出産(2)

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花久と涼道はしばらく見詰め合って、お互い言葉も出ませんでした。
 
月の光で女君の髪はつややかに隙間もなく垂れ、この上なく愛らしく素晴らしい。しかし女装の涼道を見たのは4年ぶりです!
 
やがて女君は泣き出してしまいました。プライドが強いだけに辛いことがあってもずっと我慢していたのが、何も遠慮する必要のない人を前に、感情の堰が切れたかのような状態です。
 
花久は妹が泣くのをそのままにしてあげましたが、妹が“ある匂い”を漂わせていることに気付きました。それで花久は“全て”理解したのです。
 
彼女が少し落ち着いた所で優しい声で話を始めます。
 
涼道が行方不明になったと聞いてから、自分が色々考えたこと、そしてたった2人だけの兄弟を探すため、男の姿に変えて京を出て来たこと、吉野に行く途中でここを通り掛かった時、似た雰囲気の人がいる気はしたものの、まさかと思ったことなど。
 
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「それにしてもどうして、ここにいるの?」
と花久は尋ねる。
 
「自分が他人と違っていることでここ数年ずっと悩んでいたのだけど、心外にも辛いことが起きて、男姿のままでは居られなくなって、考えあぐねて身を隠してしまったんだよ」
 
人前では意識して女言葉を使っていても、遠慮が要らない姉の前では本来の男言葉が出ます。
 

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「そういうことだろうとは思っていたよ。でもここにずっといる訳にもいかないでしょう。これからどうする?あとお父上にはどう伝えようか」
 
「それなんだよね。僕もずっとこうしてはいられないと思っている。でも自分の性別のことをあまり人に知られたくない。権中納言には仕方なく身を任せたけど、このままでは居られないし、といって男姿に戻っても、彼が僕の性別を知っている限り、また何かされそうだし。だから、いっそ吉野宮の所に行って出家しようかと思っていたんだよ」
 
と涼道は涙ながらに語ります。
 
「桔梗、そんなことを考えてはいけない。父や母がある限り、私にしてもあなたにしても、現世を思い限ってはならないんだよ」
 
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と花久は妹をたしなめます。
 
(“桔梗”は涼道の本名。本名を知っているのは普通母親と夫くらい。涼道と花久はとりわけ仲が良いのでお互いに知っている。花久の本名は青龍である。涼道の本名を仲昌王は知らない。仲昌王は萌子の本名も知らない!本名を知っている者も、よほどのことがない限りその本名でその人を呼ぶことは無い。ここは特別な注意なので敢えて使っている)
 

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「あなたの失踪で父君が茫然自失になっているのを私は見て来ました。ずっと身を隠していてはいけません。それで少し考えていたのだけど、あなたが男姿で過ごすのに何か不都合があるというのであれば、いっそ女姿で出て来ない?」
 
「それはちょっと恥ずかしい」
 
「私は兄の失踪で心を痛めて実家で伏せっていることにして、密かに出て来たんだよ。だから、あなたが私の代わりにそこに入って、適当な時期を見計らって尚侍の振りをして宮中に出仕するんだよ」
 
「え〜〜!?だったら、花ちゃんはどうするの?」
「涼ちゃんの代わりに右大将として姿を現す」
 
「それ無理がある。僕は女の振りなんかできないし、花ちゃんが男として仕事できるとは思えない」
 
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「すぐには無理だと思う。でもお互いのことを少し教え合わない?そしたら何とかなると思うんだ」
 
「確かに僕たちは顔は似てるけど、たとえば字とか見たら違いが一目瞭然だよ」
 
「だから、右大将の文書は涼ちゃんが書く。尚侍の文書は私が書く」
 
涼道は少し考えました。かなり無理のある計画です。しかし、それは今の状況を打開する唯一の方法かも知れないという気がしてきました。
 

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涼道が考えているようなので、花久は言います。
 
「尚侍としてお勤めしていても、そこに権中納言が通ってくるのは別に悪いことではないと思う。何なら私が手引きしてもいいよ」
 
この時点で、花久としては、涼道が権中納言の邸に隠れているということは、妹は権中納言のことが好きなのだろうと思っていました。そして多分権中納言の子供を産んだのだろうと。しかし涼道は否定します。
 
「違うんだよ。成り行きで彼には身を任せてしまったけど、彼とは縁を切りたいと思っている」
 
「彼はもしかしたら次の帝にもなるかも知れない、立派な身分の人だよ」
「僕は好きじゃない」
 
「だったらそれでもいいでしょう。取り敢えずこっそり私の代わりに自宅に戻るといいよ」
 
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「それいきなりの入れ替わりは難しいと思う。少し準備期間が必要だよ」
「だったら、しばらく吉野宮様のところに一緒に隠れ住んで、あれこれ情報交換しようか」
「それがいい気がしてきた。それに花ちゃんが僕の代理するなら、文書自体は僕が書くにしても、とりあえず漢字の読み書きくらいはできるようになって欲しいし」
 
「努力する」
 

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「ところで花ちゃんってまだ声変わりしないね」
「だからこそ尚侍をしている。まあ声変わりしないように努力もしている(睾丸を常に体内に入れていること)けど。もし声変わりの兆候が見られたら、即玉抜きされることになっているし」
 
「は!?」
 
「だけど涼ちゃんも声変わりしないね」
「そうなんだよ。僕、発達が遅いみたい」
 
涼道がジョークではなく本気で言っているようなので、この子はどうも男女のことに関する知識が怪しいなと花久は思いました。
 

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話は尽きなかったのですが、だいたいの方向性が決まったことで、夜が明ける前に、花久は退出することにします。
 
しかし自分の生きる道が見つかるかも知れないという思いは、涼道の精神力を完全に回復させました。
 

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なお四の君の処遇について、花久と秋姫が涼道に代わって、右大将からと称して色々物を届けさせていることを話すと、涼道は感謝していました。
 
「権中納言は萌子が今にも死にそうだと言って、向こうに通っているけど」
「勘当された時はかなりショックを受けていたけど、今はだいぶ回復してきているよ。大丈夫だと思う。きっと立派な赤ちゃんを産むよ」
「だったら良かった」
と涼道はホッとしたような顔をしました。
 

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さて宇治の邸を出た花久ですが、吉野には戻らずいったん京に向かいました。左大臣に報告するためです。
 
左大臣は、右大将の失踪後、無事を祈ってあちこちの寺などで散々祈祷をさせていましたが、それもし尽くし、もう諦めかけていた所、その日の明け方夢を見ました。清らかなお坊さんが出て来て言ったのです。
 
「あまり嘆かないで下さい。この問題はもうすぐ解決しますよ」
 
それで左大臣は目が覚めてから春姫に言いました。
 
「そういえば、私も気が動転していて、尚侍をしばらく見ていなかったよ。具合が悪くて伏せっているということだが、どんな具合なのかね」
 
春姫はそろそろ言うべき時かと思ったので正直に言いました。
 
「実を言うと花子は自分が涼道様を探してくると言って、出ているのです。その際、自分までいなくなったら騒ぎが大きくなるから、自分は心を痛めて伏せっているということにしておいてくれと言ったのでそういうことにしていたのですよ」
 
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「そうだったのか!自分の子供が不在であることにも気付かなかったなんて、私はどうかしていたよ」
と左大臣は言いました。
 
その時、春姫の腹心の侍女・越前がやってきて、左大臣に
「失礼します」
と一言言ってから、春姫に何か囁きます。
 
春姫は微笑んで
「どうも左大臣の夢が合わさったようですね」
と言いました。
 
まだ人が寝静まっているので、静かに招き入れます。入ってきた姿を見て
 
「おお、右大将(うだいしょう)、戻ったのか!」
と大喜びです。
 
しかし花久は言いました。
 
「父上、私は尚侍(ないしのかみ)です」
 
「え!?」
 
春姫が微笑んで説明しました。
 
「私たちでも見間違えますよね。花子は女姿では動き回りにくいからと男姿に変えて、右大将様を探しに行っていたのですよ」
 
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「そうだったのか!しかしお前が男装すると、右大将そっくりだな!」
 

春姫の侍女が秋姫をお呼びになったので、秋姫もこちらに来ています。
 
「それで右大将はどうでしたか?」
と春姫は尋ねます。
 
「昨夜会いました」
と花久が答えますと
 
「おぉ!無事であったか」
と左大臣は大いに喜びます。秋姫も涙を流しています。
 
「どのような様子でしたか?」
と春姫は訊きます。言外に、頭を丸めてしまったのではという不安な気持ちがあります。
 
「女姿になっておられました」
「そうなのか?」
「では髪は?」
「長かったですよ。普通の女よりはやや短いかも知れませんが」
「そのくらいは構わん。頭を丸めたのでなければ良い」
 
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「結局何があったのだ?」
「私にも言いたくないようでした。何かよほどのことがあったのでしょうね」
「それは触れなくてもよいだろうな」
 
「こちらには戻って来られそうですか?」
「色々大変なことがあったようで、もう少し休みたいということなのですよ」
「そうか。しかし無事であったのならよいことにするか。しかし帝に何とお詫びをすればいいのか」
 
「それでですね。元々私が体調を崩して休んでいることになっています。でも私自身は元気なので、私が右大将の代わりに出仕しようかと思うのですよ」
 
「なんと!」
「そして涼道様が、少し身体を休めた後で、私の代わりに尚侍として出仕する」
「おぉ!」
 

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この2人の入れ替わり計画に、左大臣も春姫・秋姫も賛成してくれました。
 
「ただ入れ替わるにしても、お互いの周囲の人のこととか、仕事のこととかで情報交換する必要があります。その準備期間が少し必要だと思うのですよ」
 
「それはそうだろうな」
 
「父上は申し訳ありませんが、帝に右大将が無事であったことだけでもご報告しておいて頂けませんか」
 
「分かった。私が謝ってくるよ」
 
「身体を壊してある所で伏せって神仏に祈願して養生していたが、あまりにも体調が悪くてお便りも書けなかったと謝っておいて頂けませんか」
 
「うん。そうしよう」
 
「それで回復の目処が立ったので、あと少ししたら出仕しますと」
「うん。そう伝える」
 
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「東宮様へは?」
「式部を呼んで下さい。少し打ち合わせしたい。私もいったん退出しますが、乳母の家に来てくれるよう言ってください」
「ではすぐ呼びにやらせよう」
 
それで花久は家人たちが起きてこないうちにいったん退出し、堀川にある花久の乳母の家に移動したのです。
 

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花久が乳母の家で待機していますと、お昼前に式部がやってきました。
 
「右大将様がご無事と聞いて、東宮様もほんとうに喜んでおられました」
「良かった。私も復帰したいが、尚侍という立場上、一度あそこに入ると、なかなか外出できなくなるから、復帰はもう少し先になると思う」
 
「それなのですが、東宮様のお腹がだいぶ大きくなってきているのですが」
「ああ」
「ご病気ということにはしていますが、どこまで隠せるか」
 
「それについては少し考えていることがある。それより、私と右大将なのだが」
と言って、花久は式部に、自分たちは入れ替わって復帰しようと思うということを伝えます。
 
式部は驚いたものの、
「その方がうまく行くかも知れません」
と言いました。
 
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「ただ、私たちは顔は似ていても、字とか書いたら即入れ替わりがバレてしまう」
「そうでしょうね!」
 
「だから右大将の文書はあの子が書く。尚侍の文は私が書く」
「結局、二人二役ですか!」
 
「まあそれしかないかな、と」
 
「それでさ、宣旨様(敷島)と細かい点はそなたが打ち合わせて欲しいのだが、東宮様を里に下げようと思う」
 
「無理ですよ。そんなこと許されません」
 
「だから身代わりを置くのさ。私と涼道が入れ替わるようにね」
「へ!?」
 

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花久は、例の侍に頼んで涼道に文を送り、8月7日頃にお迎えに行きますので、都合のいいタイミングを教えてくださいと伝えました。
 
また、雪子の妊娠の件に付いて吉野宮に
「申し訳無いが協力してもらえませんか」
と相談しました。
 
「病気で伏せっているとして、あまり人前に出ないのであれば何とかなりそうですね。女は結構化粧で誤魔化せるし。あの子も少し宮中の物事に慣れさせた方がいい」
と宮からも賛意を得ました。
 

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さて、涼道の方はまだ夢でもみているかのような気分でした。
 
そして悩みます。
 
この若君(萩の君)をどうしたものか。
 
この子を連れて脱出するのは無理だ。吉野宮にも置けないし、自分が尚侍になるのであれば、とてもそこに連れていくことはできない。といって我が子を見捨てるのも悲しい。
 
しかし涼道は考えたのです。
 
親子の絆があれば、きっとまた巡り会うことはあるであろう、と。
 
(つまりこの段階で、涼道は子供を見捨てて単身で戻るつもりになったのです。それもあって子供のことを花久には伝えませんでした:バレてますが)
 
「あれほどみんなから評判されていた我が身だ。この子が可愛いからといって、こんなふうに男が通ってくるのを待つのを楽しみにして生涯を送るなんてことはできない(**)」
 
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(**) このあたりが男には理解できない女心でしょう。男なら「女は子供が可愛いだろうから、その子を置いてどこかに行ってしまうことはないだろう」と発想しがちです。実際権中納言もそう思いました。しかし女は意外にクールなのです。
 
このあたりはこの小説を書いたのが女性であるとしか考えられない所以です。
 

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さりげなく見苦しい反古(書き損じの手紙)などを破って燃やしてしまいます。若君を見ますが、たいそう愛らしく、声を挙げて、自分を見て笑ったりするのが見ると悲しく思われます。
 

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