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■栄光に向かって走れ(3)

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手術から10日ほどした日、医師から「性転換証明書」なるものを渡された。
 
《患者名:レオン・イワノビッチ。当病院は上記の者に下記の治療を施した。陰茎深部切断、陰嚢睾丸除去、尿道短縮、喉仏切削、肩骨切削、腹部脂肪切削、乳房隆起、乳首肥大、膣・子宮・卵巣設置、陰核形成、大陰唇・小陰唇形成。この結果、レオン・イワノビッチはもはや男性ではなく完全な女性であり、全ての男性の義務から解放されるとともに、全ての女性の権利を獲得した。公的私的な書類上の性別も女性に変更されるべきである》 
 
なんかすげーこと書いてある気がする。人間の身体ってこんなに大改造できるものだったのか。
 
「あなた陸上選手だそうですね」
「はい」
「陸上選手は元々身体をスリムに作り上げているから、女性になるのも比較的楽なんですよ。これがボクシングとかジュードーやレスリングの選手だと性器やバストだけ合わせつけても全然女に見えないんですよね」
 
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「ああ、それは確かに厳しそうだ」
「これ1部は役所に出しておきますから」
「はい、お願いします」
「ついでに改名も申請しますか?」
 
「あ・・・」
 
確かにレオン・イワノヴィッチは男名前である。女になったら名前も変える必要があるだろう。
 
「じゃ、レオナ・イワノヴナで」
「自然な改名ですね」
 
それで医師は書類を出してくれたようだが、翌週、裁判所から性別変更および改名の許可という書類が届いた。新しい名前の健康保険証も渡される。もっとも今回の女になる手術の費用は全部、国から出ているようである。翌日には新しい学生証・選手登録カードも渡され、男名前の学生証・選手登録カードは回収された。なんだか用意がいいなと思った。
 
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少し遅れてレオナ・イワノヴナ名義のパスポートも渡される。病院内で看護婦さんにお化粧してもらって撮った写真が貼られていて「Leona Ivanovna, Sex:F」と書かれているのを見て、ちょっと面はゆい気分になった。結構自分って美人じゃん。男に生まれて女になって死ぬのも悪くないかも知れないな。俺が死んだら墓にも故レオナ・イワノヴナと刻まれるのだろうか?そうだ。もうレオン・イワノビッチは跡形も無く消滅して、今は代わりにレオナ・イワノヴナが居るんだ。
 
レオナはやっと自分の存在を自分で受け入れられたような気持ちになった。
 

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その翌週、スポーツ大臣が病室を訪れた。
 
「閣下、ひどいです。私もう死にたくなりました」
「死ぬのは勝手だけど、オリンピック代表になれないよ」
 
レオンはふっと息をつく。
 
「痛みは取れた?」
「はい。だいぶ痛くなくなりました」
「退院したらすぐトレーニング再開してもらわなきゃ。これ君の代表招集状」
と言って紙を渡される。
 
《レオナ・イワノヴナ。上記の者をトンキン・オリンピック、女子マラソン・ソビリア国代表として招集する》
 
「ありがとうございます」
「お姉さんのユリア・イワノヴナも同時に代表になっている。姉妹で表彰台を独占できるようにがんばり給え」
「はい、がんばります」
 

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退院する日になって、レオンは初めて姉と会った。
 
「面会申請ずっと出していたのだけど、今日やっと許可が取れたのよ」
とユリアは言う。
 
「でもどういうこと? あんた、女になってまでオリンピック代表になりたかったの?」
 
「え?」
「あんた、代表選考レースで4位だったらしいけど、男子代表になれないんだったら女子代表ででもいいと言って、女になる手術を受けたと聞いたけど」
 
「そんな話になってるの!?」
「違うの?」
 
「僕、3位に入ったんだよ。でも4位のイワン・アレクセイヴィッチを代表にすると言われて、それで女の方はオリンピック標準記録を突破しているのが2人しかいなから、と言われて」
 
姉は腕組みをした。
 
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「そういうことだったのか。あんたが、そこまでなりふりかまわぬ奴だとは思えなかったから、何かあるのかもとは思ったけどね。でもあんた、女になってよかったの?それとも元々女になりたかったの?」
 
「憲兵に強制連行されて病院の手術室に放り込まれて、意識が戻った時はもう全部手術終わっていたんだよ」
 
「まあ、わが国ではありがちだね」
 
「でも男を女に変える手術なんてものがあること初めて知った」
「世界で年間1万人くらいが男から女になっているらしいよ」
「そんなに?」
「女から男になる人も毎年2000人くらい居るらしい」
「女から男にもなれるんだ!?」
 
「ただし男から女に一度なった人は男になる手術は受けられないし、逆も同じ」
「それは無茶すぎる気がする」
 
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退院するのに服が無いという話になる。それで姉が近くの洋服屋さんで買ってきてくれた。
 
「これボタンの付き方が変だ」
「女の服はそうなってるの」
「なんかうまくボタンを留めきれない」
「慣れるしかないよ。あんた女になっちゃったんだから」
 
上着のほうはまだ良かったが、ボトムの方を手に取ってレオナは情けない顔をする。
 
「スカートを穿くの?」
「女だったら穿いて当然」
 
それで穿いてみるが・・・
 
「これどっちが前?」
「うーん。どっちかな?」
「女の人でも分からないの?」
「ポケットとか付いてると分かるんだけど、これは本当に分からないな。まあファスナーを左側にしておけばいいよ」
「はあ」
「ファスナーのあるところは、だいたい左か後かだから」
「前になることはないの?」
「女はそこからおちんちん出しておしっこしたりはしないから」
 
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レオンはその話で少しため息をつく。
 
「おしっこする度に凄く変な気分。つい立ってしそうになって、そうか、チンコ無かったんだと思う」
「あんた男子トイレ使ってるの?」
「パジャマのズボンからチンコ出そうとして無いことに気づいてから女子トイレに移動してる」
「そのうち捕まるよ。早く女に慣れなきゃね」
 

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訓練所に戻るが、部屋は姉と同室にしてもらっていた。1ヶ月にわたる入院、それに大規模な手術を受けたおかげで最初はあまり激しい運動はできなかったものの、退院して1ヶ月もすると、また10kmくらいは快調に走れるようになった。
 
「さすが元男子だな。スピードがある」
と姉は言うが
「全然だよ。出るはずの速度が出ない」
とレオナは言う。
 
「まあどうしても女の身体ではパワーが出ないから」
「でも前よりあまりエネルギーを消費しない感じがある」
「女の身体はパワーは出ないけど効率がいいんだよ。だから短距離走では男にかなわないけど、マラソンでは将来的に女子の記録が男子の記録を抜く可能性もあると言われている」
「抜きそうな気がするよ!」
 
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「だけど走るとおっぱいが揺れて痛いね」
「しっかりしたスポーツブラ付けておかないと痛いよ」
 

生活面でもレオナは姉からたくさんのことを習った。
 
一緒に行動していることが多いので、
「その仕草は男っぽい」
などと注意される。
 
「エレベータに乗ったらボタンのところに行ってオペレータしてあげよう」
「道でお見合いになったら即譲る」
「物を拾う時に腰をまげて拾ったらダメ。腰を落として拾う」
「座った時は膝頭を付ける」
 
など注意されるが男だった時は考えたこともないことばかりだった。
 
休みの日には美容院に行って一緒に髪を整えてもらったり、アクセサリーや洋服のお店を探訪したりした。そんなお店入ったことも無かったので、レオナは今度は自分の脳みそが解体されて女の脳みそに作り変えられていくような気分だった。
 
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お化粧も習った。最初は全然うまくできなくて自分で鏡を見て気持ち悪くなったが、毎日練習することを課されているうちに少しずつうまくなっていった。
 

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男女の選手は分離されているので、その後男子の選手たちとは競技場で何度か見かけただけで、言葉を交わす機会が無かった。それがオリンピックの開かれるイパーナ国の首都トンキンに入った日、宿舎になっているホテルのロビーで偶然ミハイルに遭遇した。
 
レオナはなんと言葉を掛けていいか分からなかった。
 
ミハイルはいきなりレオナの頬を平手打ちした。
 
「見損なった」
「何?」
「代表落ちしたからと言って、男をやめて女になってまで代表に割り込むなんて」
 
ああ、世間では全部自分が悪いことにされているのか。酷い!
 
それでレオナは全ての事情をミハイルに話した。
 
「そういうことだったのか。レオンがそんな卑怯な奴だとは信じられなかったから」
「レオナになっちゃったけどね」
 
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「もうチンコ無いの?」
「女だから」
「おっぱい、あるの?」
「見ての通り」
「オリンピック終わったら男に戻るの?」
「それは無理でしょ。女として一生生きて行くしかない。誰かのお嫁さんにでもなって子供を産んで」
 
「嫁さんになれるの?」
「確かめてみる?」
「確かめたい」
 

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