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■少女たちの聖火(2)

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網走までの行程はこのようになっている。
 
留萌9:51(快速るもい)10:45深川10:54(オホーツク3)15:09網走
 
(1994年10月の時刻表が入手できなかったので1994年12月の時刻表を使用しています)
 
車掌さんが検札に回ってくるので、小春は留萌から深川までの自分の切符、そして深川から網走までの“2人分”の乗車券と特急券を見せた。
 
「お嬢さんの深川までの切符は?」
「指定席を使ってないので」
「ああ、そういうことですね。了解です」
 
千里はよく分からないままその会話を聞いていた。
 
小春は道中、アイヌの伝説をたくさん話してくれた。千里は興味深くそれに聞き入っていた。お昼は小春がお弁当を作って来ていたので、それを特急の車内で食べた。
 
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千里は4時間ほどのオホーツクの乗車中に2度トイレに行ったが、トイレする度に女の子のおしっこの出方に感動していた。
 

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特急オホーツクは札幌始発で、旭川から北海道の真ん中を横断する石北本線を通り網走まで行く。上川・遠軽(えんがる)・北見・網走と走って行く。石北本線は非電化なので、オホーツクは気動車特急である。
 
15時すぎに列車は網走駅に到着する。小春は千里を連れて出札を出たが、駅の外には出ずに、券売機で切符を1枚買った。
 
「こんどは1まいだけ?」
「小学生未満は無料だから」
「でもとっきゅうでは、きっぷ、つかったね」
「指定席特急券を使ったからね。そのためには運賃も払わなければならない」
「むつかしー」
「うん。ルールが難しい」
 
網走駅の待合室で30分ほど待つ。千里はここでも“記念に”女子トイレに行ってきた。女の子みたいな身体になっているのが、よほど嬉しいんだなと小春も思った。
 
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案内があるので、改札を通り、陸橋を渡って2番ホームに行く。既に停まっている釧網(せんもう)本線“下り”の気動車に乗り込む。
 
わりとどうでもいいことだが、釧網本線自体は東釧路駅が起点なので網走から釧路に向かうのが上りになるのだが、列車は網走から釧路に向かう列車を下りと呼ぶ。このように線の上下と列車の上下が一致しない場所は時々ある。ここの場合は、解体されてしまった網走本線時代の名残もあるようである。
 

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お客さんは少なかったのでゆうゆう座ることができた。千里を窓際に座らせて小春は通路側に座った。
 
網走15:40-17:36川湯温泉
 
駅前まで来ていた旅館の送迎バスに乗り、川湯温泉の予約していた旅館に入った。小春は宿帳には、
 
村山小春 24歳 女 留萌市・会社員
村山千里 3歳 女 留萌市・無職
 
と記帳した。
 
「お食事にビールかチューハイとかを付けますか?お子様にはジュースとか」
「いえ、どちらも要りません。お茶がいいです」
「分かりました」
 

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先にお風呂どうぞということだったので、荷物を置いてふたりとも浴衣に着替えてから一緒にお風呂に行く。
 
むろん一緒に女湯に入る!
 
楽しく身体を洗って(楽しく洗うのは、お股!)、小春と一緒に浴槽につかる。
 
「千里って多分男湯に入ったことないよね?」
「はいったおぼえはないなあ」
「お父ちゃんと一緒に男湯に入ったことない?」
「いっしょにおんせんいっても、ちいさなこども、あつかえんとかゆって、おかあさんにまかされてた」
「なるほどねー」
 
(だから父は千里のペニスを見ていない。実は女湯に入っている他の客にも見せていない。小春と出会う以前にも、温泉ではタオルでたくみに隠したり、足の間にはさんで隠したりしていた。だから女湯の中でも「可愛いお嬢ちゃんですね」と言われて母は悩んでいた)
 
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お風呂からあがり部屋に戻ると既に布団が敷いてあった、少しして、帳場から在室の確認があった上で晩御飯が運び込まれてきたので、美味しくいただいた。子供には子供向けの料理が用意されていたので、千里も楽に食べることができた。
 
その日は20時には寝た。北海道を横断400kmの旅をしてきているので結構疲れている。千里はぐっすりと眠った。
 

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「千里起きて」
と言われて起こされる。まだ暗い。
 
「もう、おきるの?」
「あまり人に見られたくないからね」
「ふーん」
 
それでふたりがしっかり防寒具を付け(ボトムも小春が用意していた暖かいズボンを穿く)、小春が用意していた登山靴を履き、しっかりしたグローブを付けてステッキを持ち、旅館を密かに出たのは午前3時すぎである。西の空に十六夜(いざよい)の月が残っているので(この日の月入は6:08)、天文薄明前ではあっても空は明るく、足下が見えるので歩きやすかった。
 
(この日の網走の最低気温はプラス6.4度だがアトサヌプリは内陸部だし高度もあるので、ひょっとしたら0度前後だったかも)
 
約2.5kmの距離を子供の足なので1時間ほど掛けて歩く。
 
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アトサヌプリ(43.6103 N 144.4386 E)の麓に到着したのが4時前である。焼け石に水を掛けたような臭いがすると言ったら、これが硫黄(いおう)の臭いだと言われた。そこから登山道(*6)に沿って登り始める。登り始めてすぐ、4:06に天文薄明が始まった。
 
「何とか人には見られず、こちらは目標物を見つけられるかな」
「ふーん」
 
(*6)この時期(1994)は、アトサヌプリは入山規制がされていない。2000年4月23日、登山道を外れてショートカットしようとしていた人が落石に遭い2人死亡1人重傷(同じパーティーで登山道にいた人たちは全員無事だった)の事故があり、この事故後、入山が禁止されてしまった。その後、20年も入山禁止状態だったが、2020年夏に、ガイドが付くことを条件に入山が再開された。
 
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アトサヌプリは以前は日本語で“硫黄山”とも呼ばれていたが、硫黄山という山は道内だけでも少なくとも4つあり(もっとあるかも)、紛らわしいので、最近は元々のアイヌ語のままアトサヌプリと呼ばれることが多い。
 
アトサヌプリ 弟子屈町 川湯温泉で有名。
イワオヌプリ 倶知安町 ニセコ連峰のひとつ。近くに五色温泉がある。
イワゥヌプリ 羅臼町・斜里町 常に蒸気や噴煙をあげている。秘湯として知られるカムイワッカ湯の滝の近く。ヒグマが出没するので要注意。
硫黄山 函館市 詳細不明
 
知床半島・羅臼のイワゥヌプリは今回取り上げた弟子屈町のアトサヌプリともお互い近いし、どちらも活発に蒸気を上げているので、しばしば混同されていた。
 
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山を登り始めて30分ほどした時、小春が「見つけた」と言う。その小春が見ている先に蒸気の激しく上がっている場所があった。
 
小春は自分がしょってる荷物の中から金属製の箱を取り出すと、箱に長い棒(カメラの三脚のように伸びる)を取り付ける。
 
「千里、この箱の取手を持って、箱をあの蒸気の上にやって。噴き出してる口のすぐそばに当てるように」
「うん」
 
それで千里がそっとその箱をその蒸気の上に掲げると、突然炎が燃え上がるのでびっくりする。
 
「火が取れたね」
「これでいいんだ?」
 
(この方法はたいへん危険なので、良い子は決して真似しないように)
 
それで千里はその箱を手元に引き寄せる。箱が燃えているので、小春はその火を紙を撚(よ)ったものに移し、その火をランプ2個に移した。
 
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「この箱には凄く燃えやすい物質が入っていたんだよ。でもそのままでは持ち帰れないから、このランプに移した」
 

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「いろいろたいへんなんだね。もえやすいものってガソリンとか?」
「ココアだよ」
「のむココア?」
「うん。ココアの粉はガソリンより遙かに燃えやすいのさ」
「へー!」
「白燐とか硫炭とかもっと燃えやすいものもあるけど、有毒ガスが出るから私たち死んじゃう」
「あまり、しにたくないね」
「だからココアを使ったのさ。実際にはもっと燃えやすくなるように少しだけ加工してるけどね。あと発火した火を維持するために植物油を染み込ませた紙や布も一緒に入れておいた」
「へー」
 
発火した箱の火はすぐに燃え尽きてしまったので、小春は別途持って来た水の中にそれを沈めてしまった(旅館に戻ってから水は捨てて、燃えがらだけ持ち帰った)。
 
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「ランプは私と千里で1個ずつ持とう」
「うん。ふたりでもってれば、かたほうきえても、あんしんだね」
「そうそう、そうなんだよ」
 

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それで2人は下山したが、ちょうど麓まで降りた頃、夜明け(5:05)になって、あたりが明るくなった。そのまままた1時間ほど掛けて旅館まで歩いて戻ったが、その途中で日出(5:41)になった。帰りついたのは6時頃である。
 
「つかれたぁ」
「お風呂入る?」
「あさごはんたべてから」
「その方がいいかもね」
 
小春は千里のランプの火を懐炉の豆炭にも移し、それは自分の腹巻きの中に入れた。ランプが2つとも消えるという、最悪の事態に備えるためである。ランプ自体は2人の各々の荷物の中に入れた。内部でランプを燃やすため、空気の出入りがしやすい素材で作られたかばんを使用している。
 
朝7時に朝御飯を食べ、また一緒にお風呂に行った。むろん一緒に女湯に入り千里は楽しく身体を洗った(楽しくお股を洗った!)。そして10時に旅館の送迎バスで川湯温泉駅まで送ってもらい、下記のルートで留萌に帰還した。
 
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川湯温泉10:26(快速しれとこ)11:48網走13:53(特急オホーツク6)17:57深川18:22-19:26留萌
 

川湯温泉で買ったのは網走駅まての切符“1枚”である。網走で2時間待ち(ここは本当に連絡が悪い)なので、いったん改札を出、網走の町の食堂でのんびりと“ザンギ丼”を食べた。
 
(ザンギというと鶏肉のザンギが有名だが、網走のザンギ丼は鮭の唐揚げ)
 
(千里は誤って“サンキュー丼”と覚えていた!)
 
その後おやつを買ってから、公園で懐炉の豆炭を交換する。この後は帰り着くまでもつはずと小春は言った。駅に戻り、今度は2人分の切符を見せて改札を通る。特急オホーツクに乗り込み、指定された席に座った。
 
17時頃、オホーツクの車内販売で駅弁を2つ買い、車内で食べて夕食とした。
 
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深川では少しだけ時間があったので、いったん改札を出て留萌までの切符を“1枚”券売機で買い直した。これは留萌駅で町の住人である駅員さんに網走からの切符を見られないようにするためである。行ってきた先はできるだけ秘密である。
 

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留萌駅には翻田宮司が迎えに来ていたので、そのままP神社に行き、千里が持って来た火を神殿奥に設置した3つの燈台のいちばん奥の燈台に移した。そして小春が運んで来た火を手前左側の燈台に移す、双方の火を蝋燭に移してその2本の蝋燭を同時に手前右側の燈台に移した。そして蝋燭の火をいったん消した上で、手前右側の燈台の火から蝋燭に移し、これを社務所内に作ってもらった囲炉裏(いろり)に移した。以降はこの火はこの囲炉裏で永久に燃やし続けることにする。
 
「千里のランプを私に下さい。ある場所で予備として燃やし続けます」
「うん、よろしく」
 
小春は実際には、そのランプを神社深部に持ち込み、大神様が用意してくれた3つの燈台に移した。
 
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「まあ神殿で燃えてるのが表の火、ここで燃えてるのが裏の火だな」
と大神様は言った。
 

神事が終わってから、20時すぎに千里は宮司に車で送ってもらい帰宅した。
 
「どうだった?」
「たのしかった」
「どこまで行ったの?」
「それはナイショなんだって」
「まあいいや」
「このスカートとかパンツとか、わたしつかっていい?」
「そうだねぇ。パンツはいいことにするか。スカートはお父ちゃんがいない日なら」
「うん」
 
そんな会話をしながら、千里のパンツにちんちんの形が出ないのはなぜだろうと津気子は悩んでいた。
 
千里はお役目を果たして、留萌に戻ってから、翌朝起きるとちんちんが付いていたので、とても悲しくなった。
 
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でも女の子ショーツやスカートを買ってもらったので、この後、千里はタマラたちの前でスカートを穿いていることが多くなったが、そもそもタマラたちは千里のことを女の子だと思っているので特に何も思わなかった。
 
ただ、子供は成長が速いのでこのスカートや4月に札幌で(母の間違いで)買ってもらったスカートは翌年夏には穿けなくなり、玲羅に譲ることになる。千里があまりにも悲しんでいるので、母は
 
「父ちゃんには内緒だよ」
と言って1枚だけスカートを買ってくれた。
 
また女の子ショーツにしても昨年の90サイズがきつくなったので、100サイズのものを6枚(3枚セット500円×2)買ってもらって、喜んで穿いていた。
 
「だけどあんたのパンツ、なんで股布の部分が汚れるの?」
「なんか、おかしい?」
 
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「男の子のパンツは前が汚れる。ちんちんが前にあるから。女の子のパンツは股布付近が汚れる。ちんちんが無くて、真下に割れ目ちゃんがあるから。でもあんたのパンツは女の子と同じように股布が汚れる」
 
「きっと、ちんちんがないんだよ」
「・・・・・」
 

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宮司は息子の民弥を呼び、社務所の入口にある左右の門柱の上に、門柱と同じサイズの強化ガラス製のフレームを造り込んでもらった。そこにランプを入れて神殿の燈台3つの内のいちばん奥のものの火を移した。ここで囲炉裏の火の予備を燃やし続けることにしたのである。
 

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1994年のイベント
 
1994.02.21(月) 千里がタマラと知り合う
1994.03.03(木) ひなまつり(兼千里の3歳の誕生日)でタマラ・小春と一緒にパーティー。その後温泉に行く。その深夜、狼退治。神様がP神社に着任。
1994.04.01(金) 新しい宮司さん(翻田常弥)が来る
1994.04.26(火) 藍川真璃子が航空機事故に遭い死亡?する。でも死亡?後、千里と亜津子に“基礎教育”をする
1994.07.15(金) P神社の例祭で千里は巫女舞を奉納
1994.10.15-16(土日) 七五三の参拝集中日。千里は満年齢、玲羅は数えで3歳の七五三
1994.10.18(火) 宮司が津気子に火取りを千里にさせたいと依頼
1994.10.19-20 小春と千里が火を取ってくる。
1994.10.22-23(土日) 秋祭り復興(約40年ぶり)。
1994.10.30(日) 幼稚園の入園試験
1994.11.05(土) 優芽子が吉子・愛子を連れて遊びに来る。幼稚園カバン・電子ピアノをもらう
1994.11下旬 タマラの父から木製の輪投げセットをもらう
1994.12.22(木) 幼稚園のクリスマス会に招待される
 
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少女たちの聖火(2)

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