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■娘たちの転換ライフ(8)

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それで千里は天津子に留守番を頼んで、車で貴司を旭川空港まで送って行った。
 
「今回は留萌まで行けなかったね」
「まあ向こうまで行くには微妙に時間が足りなかったね」
 
「じゃまたね」
と言ってふたりは素早くキスをし、千里は貴司が手荷物検査場に消えるのを見送った。
 
旭川17:30-19:15羽田20:15-21:25伊丹
 
千里は貴司を見送った後、旭川駅に行き、函館からやってきた美鈴と理香子を迎えた。美鈴は自分の服の特徴を伝えてくれていたのだが、人探しのうまい千里はすぐに見つけて、ふたりを車に乗せ、美輪子のアパートに連れて行く。
 
「かっちゃん!」
としずか・織羽が言う。
 
「しーちゃん、おりちゃん!」
と男の子のような格好をした理香子が言った。
 
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陽子が子供たち見てますから、大人たちで話し合ってくださいと言い、子供3人を連れて奥の部屋に行く。
 
それで桃川・天津子・千里・美鈴の4人で話し合った。
 
「それじゃ亜記宏と実音子さんは生きてるんですね?」
と美鈴が確認する。
 
「生きていると思います。死ぬ理由は無くなったはずなので」
と天津子は言う。
 
「でもとても子供を引き取れる状態ではないのね?」
と千里が確認する。
 
「まあ、あれは無理でしょうね」
と天津子。
 
「実際、あと少しで織羽を含めて3人、死んでしまいそうな所を私が助けたんですよ。それでふたりはあの子を私に託して去って行ったんです」
と天津子は言う。
 
「そんな状態だったのか!」
 
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と美鈴は怒ったように言う。おそらく美鈴は亜記宏たちが無理心中を図ったと思ったであろう。千里は天津子の言葉の《波動》から、実際には3人が殺されそうになっていた情景を読み取った。天津子は色々裏世界とのつながりを持っているので、その関わりで3人を助けてあげたのだろう。だから警察沙汰にはできないんだろうという所まで千里は推察した。
 
「私がやばい所から借りた借金を肩代わりしてあげたんですよ」
と天津子は言う。
 
天津子は既に2000万円を小樺会の若頭に直接手渡し、借用証書を返してもらっている。借用証書は念のため天津子が預かっている。借用証書の額面は1500万だったが、利子が膨らんで5000万になっていたようである。しかし額面が1500万なので組長も2000万で手を打ってくれたのだろう。
 
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「ほんとに!?それは申し訳なかったです」
「まあ出世払いで返してもらったらいいですよ」
「すみません!」
 
「だからあの人たちはもう逃げる必要はありません。銀行や金融公庫から借りた分は弁護士立てて自己破産しちゃえばいいですよ」
 
「じゃみっちゃん、どちらかに連絡があったら、そのことをあの人たちに伝えようよ」
と美鈴。
 
「有稀子さんの実家にも話しておきましょう」
と桃川。
 
「そうだね。向こうに連絡ある可能性もあるもんね。それ私が話しておく」
と美鈴。
 

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4人は子供たちをどうするか話し合った。
 
「もう新学期が迫っている。住所不定状態ではどっちみち子供を学校にやれないよね?」
と千里は言う。
 
「うん。もとの飲食店のあった所も向こうの家があった所も、こないだ行ってみたら道路になってた。そのための地上げ絡みだったのかも」
と美鈴。
 
「だったらガス爆発というのも怪しいなあ」
「まあ今更調べようもないけどね」
 
「ふたりは見つけようと思えば、見つけることは可能だと思う。でもとても子供を引き取れないと思う。それに子供を捨てたことを少し反省する時間が必要だと思う」
 
と天津子は言う。
 
ああ「反省させる」のかと、千里は天津子のことばから、天津子がしようしていることを想像した。きっと夢見の悪い日々をしばらく送ることになるのだろう。彼らはそのつもりになったら、取り敢えず函館の美鈴たちの所か、美幌の桃川の所に来れば、いつでも子供を引き取れるはずだ。
 
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「まあ子供を捨てた親に、安易にその子供を返したくない気がしますね、私も」
と千里も言った。
 
「だったら、理香子はやはり当初の予定通り、うちの方で学校にやるよ」
と美鈴。
「じゃ、しずかもこちらで学校にやります」
と桃川。
 
「それにしずかには、もう少し今の女の子ライフを味わわせてあげたい」
と桃川は付け加える。
 
「亜記宏たちが出てくるまでどのくらい掛かるか分からないけど、半年にしても1年にしても、女の子として学校に行く時間があれば、あの子が得るものは大きいだろうね」
と美鈴も言った。
 

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「織羽はどうしようか?」
と言って4人は悩む。
 
「必要なお金は全部私が出しますから、海藤さんの所で織羽を預かっていただく訳にはいきませんか? その肩代わりしてくださった2000万円も1ヶ月くらい待って頂いたら払います」
と桃川は言った。
 
「2000万円あります?何か他のことに使うおつもりだったのでは?私は2000万円くらい大丈夫ですよ」
と天津子が言う。
 
「私のお母さんが、私に内緒で30歳になった時に渡してくれって、株をプロの人に運用してもらっていたらしいんですよ。それで払いますから」
と桃川は言った。
 
「分かりました。じゃ頂きます。織羽もうちで預かりますよ。私、けっこうあの子と仲良くなっちゃったから、あの子のお姉さんになってあげよう。コネのある幼稚園と話して、4月から幼稚園に通わせようかな」
 
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と天津子は笑顔で言った。
 
「じゃ、3人は取り敢えずバラバラで育てるけど、時々会わせるということで」
「連休とかに札幌あたりに集まればいいね」
 

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だいたい話がまとまったので、子供たちを呼んできた。
 
「ぼくたちどうなるの?」
と男の子のような口調で理香子が訊いた。
 
「今まで通りでいいよ。姉妹で会えなくて寂しいかも知れないけど」
 
「ぼくは男の子みたいにあつかってもらえてうれしいから、よかったらみすずおばちゃんやせいこお姉ちゃんの所にいたい。しーちゃんも、女の子でいられるから、ママの所にいたいって。おりーはよくわからないって言ってる」
 
と理香子はしっかりした口調で言った。どうも《長男》という雰囲気だ。
 
「織羽は私のところで暮らす?」
と天津子が優しく訊く。
 
「うん、てつこおばちゃんのことすきだよ」
と織羽が言うので
 
「てつこおねえちゃんと言いなさい」
と天津子は少し怒ったように言った。
 
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「はーい」
 
「中学生でも5歳児からすると、おばちゃんか」
「だったら、私たちはもうおばあちゃんだな」
 

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陽子と千里で協力して御飯を作った。
 
実は人の家を勝手に使っているのだが、美輪子たちも文句は言うまい。一応千里は「今晩美輪子さんたちのアパート借りるね」とメールしておいたもののまさかこんな多人数が集まっているとは思いもよらないだろう。
 
子供たちが賑やかにおしゃべりしている中、食事をするが、その最中に千里の携帯に着信がある。
 
見ると旭川N高校の宇田先生である。
 
「村山君、旭川に戻ってきているんだって?」
「はい。叔母の結婚式で来ていたんですよ」
「いつ帰るの?」
「何か用事があります?」
 
「君が1000万円も寄付してくれたので、理事長が直々にお礼をしたいと言っているんだけど」
「いやあ。大したことじゃないんですが」
「充分大したことだよ!」
 
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それで千里は翌火曜日にN高校を訪れることにした。
 
その晩は、姉妹3人を一緒にしてあげようということで、天津子も含めて大人5人と子供3人が美輪子のアパートに泊まり込むことになり、3人がはしゃぐので、美鈴が「あんたたち、少し静かにしなさい!」と叱っていた。
 
3人は翌日「じゃ、またねー」て言ってお互い手を振って別れ、理香子は美鈴と一緒に函館へ、しずかは陽子・桃川と一緒に美幌へ、そして織羽は天津子といっしょに市内の神社へと帰っていった(美鈴と理香子は、陽子たちが駅まで送って行った)。
 

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千里はきれいに部屋を掃除してから戸締まりして、アパートを出た。美輪子のウィングロードを運転して学校まで行く。
 
学校に入っていくと、理事長室に案内され、宇田先生、校長、そして理事長から直筆の丁寧なお礼状を渡された。年末に1000万円寄付した件である。
 
「でもお金のこと以上に、村山君は本当にうちの学校の誉れだよ。名誉賞をもうひとつあげてもいいくらい」
などと理事長はご機嫌であった。
 
「U19世界選手権でも大活躍だったしね」
と教頭先生が言う。
 
「いや、あれはP高校出身の佐藤玲央美とか、アメリカ留学中の高梁王子とかの力が大きいんですよ」
と千里は言っておく。
 
「次の世界大会にも出るんだっけ?」
と理事長から訊かれる。
 
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「今年はU20アジア選手権ですね。それで上位に入れば来年U21世界選手権です」
と千里は答える。
 
「それにも出るよね?」
と理事長が訊くが
「村山を出さなかったら、バスケ協会がおかしいです」
と宇田先生は言った。
 
「ただU20アジア選手権は今年が最後、U21世界選手権は来年が最後なんですよ」
「おお、それではその最後の大会の有終の美を飾りたいね」
 
と理事長はニコニコであった。
 
「ただ、村山にしても、P高校の佐藤玲央美にしても、フル代表の方にも招集される可能性がありますね」
と宇田先生は言う。
 
「そういう場合、どうなるの?」
「たぶんU19/U20と兼任ですね。過去にも両方の代表を兼任していた選手はありましたよ」
と宇田先生が説明するので、うーん何だか大変そう、と千里は他人事のように思った。
 
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「それはぜひ頑張って2012年のオリンピックにも行って欲しいね」
と理事長は満面の笑顔で言う。
 
「代表に選ばれるかどうかは上の方の方達の判断次第ですが、もし選ばれたら全力でやります」
と千里は答えた。
 
1年前の全てから逃げたい気分だった時とは自分も随分変わったな、と千里は笑顔で理事長に答えながら考えていた。
 
やはり12月のあのスペシャルマンスが自分の全てを転換させたのだろう。
 

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11時頃、理事長・宇田先生と3人で、市内の料亭に行き、お昼を食べた。宇田先生は「村山君のおかげで、僕まで美味しい御飯を食べられる」などと言っていた。理事長が
 
「今年の旭川N高校インターハイ優勝の前祝いだから」
と言うと宇田先生は
「では優勝した後は、部員全員に美味しい御飯を」
と言い
「もちろん、喜んでおごるよ」
と理事長も言っていた。
 
ちょうど昼休みくらいの時間に学校に戻る。そこで練習に出てきた女子バスケ部のメンバーたちと軽く汗を流した。
 
「そうだ、南野コーチ、お正月にえっちゃんと言っていたのですが、部員全員に、ナイキのスポーツブラをプレゼントしたいんですが」
と千里は南野コーチに話す。
 
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「それはいいね!」
 
「多分ブラを変えるだけで凄くプレイがよくなる子がいると思います。地区大会前にプレゼントしたいので、新しい子たちが入った所で連絡ください」
 
「分かった」
 
今年のN高校の入試は2月16日に行われ、既に合格者も3月6日に発表されている。女子バスケ部の特待生として入るのは、フォワードタイプの徳宮カスミという子と、ガードタイプの瀬内鮎美という子だと聞いた。徳宮は札幌P高校との争奪戦になったらしいが、最終的に本人が「家から近いからN高校に行く」と言ってこちらに決めてくれたらしい。
 
「女子部員全員、ベンチ枠に遠い子まで含めてナイキの北広島店に連れて行って、全員きちんと測ってもらって買ってあげたいんですよ」
 
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「きちんと測ったものつけたら確かに変わるかもね。私も欲しいくらいだ」
と南野コーチは頷くように言った。
 
「南野コーチにもプレゼントしますよ」
「ホントに?」
と言ってから、南野コーチは小さな声で言った。
 
「夏恋ちゃんから聞いたけど、あんた作曲家してるんだって?」
「それあまり人に言わないでください。だから売れなくなったら寄付とかできなくなると思いますけど、お金のある間は寄付しますから」
「うん。無理しない範囲でよろしくね」
 
と南野コーチは笑顔で言った。
 
 
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