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■夏の日の想い出・女になりましょう(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-04-18
 
「あの人、本当に性転換するつもりみたいなんです。私どうしたらいいんでしょうか?」
 
そう言って突然さめざめと泣き始めた彼女を見て、私の方こそどうしたらいいんだと悩んでしまった。
 
政子が
「女の子同士になっちゃうのもいいですよー。恋人と一緒にトイレにも並べるし、温泉に行っても一緒に入ることができて便利ですよ」
 
などと言うと、彼女は戸惑っているようである。
 
「でも女の人になってしまったあの人を私は愛することができるんでしょうか?」
と彼女。
 
「大丈夫。最初は戸惑うかも知れないけど、女同士なら、どうすれば気持ちよくなれるかがお互いに分かるから、男女よりもずっと満足できますよ」
などと政子は言う。
 
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「でも女の人になってしまったあの人の前で、私、愛を語る自信無いです。私、男の人としか恋愛経験無いし」
「そんなの慣れですよー」
 

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「政子、少し黙っててくれる?」
 
何だか話が勝手に進行しているので私は歯止めを掛けた。
 
「麗(うらら)さん、ちょっと待って下さいね。隆明さんが性転換するつもりだって、それ本人から聞いたんですか?」
と私はタカの婚約者・麗さんに尋ねた。
 
「いえ。でもこんなものが郵便受けに入ってたんです」
 
と言って彼女は1通の封筒を取り出した。
 
「差出人が何とかコスメティックと書いてあって、私、てっきり化粧品か何かのDMと思っちゃったんです。それでうっかり開封してしまったんですが中に入っているものを見て仰天しました」
 
「ああ。その会社は、性別を変えたいと思っている人の間では超有名会社なんですけど一般の人にはほとんど知られてないでしょうね」
と私は答える。
 
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「冬もそこのアテンダントさん使ったんだっけ?」
「ううん。私は別の所」
 
それで私は彼女が封筒から取りだした中の書類を点検する。
 
「これは単なるこの会社の案内です。資料請求した人に送っているものであって具体的な話が進んでいる人には、もっと突っ込んだ資料とか、申込書とか、あるいは診断書を取れる病院のリストとかを送って来ますよ」
と私は言う。
 
「私が想像するに、これ誰かが勝手に隆明さんの名前でここに資料請求したんじゃないでしょうか? 悪質な悪戯ですよ、きっと。あるいは先日の記者会見を受けて男になったりしないで〜と思った暴走気味のファンの仕業か。隆明さんの住所は、非公開ではありますけど、芸能人の住所なんて、その気になったらいくらでも調べる方法があります。実際うちにでもたくさん心当たりの無い所からの郵便が届きますから、全部事務所に渡して内容をチェックしてもらっていますよ」
 
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「カミソリの刃とか白い粉が入っているのは日常茶飯事だもんね」
「うん。カミソリの刃程度は常備している金属探知機でチェックして、そのままポイです」
「金属探知機をお持ちなんですか?」
「簡単なのですけどね」
 
「それにですね。もし私が隆明さんで、もし本当に女の子になる手術を受けたいと思っているのなら、こんな資料を麗さんが見る可能性のある自宅には取り寄せたりしませんよ。局留めにして自分で取りに行きますよ」
 
「あ・・・そうかも」
 
「冬は実家で暮らしていて、そういう資料を局留めで受け取ってたのね?」
と政子。
「その話はいいから」
と政子には言っておき、麗さんとの話を続ける。
 
「隆明さんは立派な男性です。女の子になる気なんて無いですし、麗さんのことを愛してますよ。しばしば彼、のろけ話とかもしてますからね。よしんば女の子になりたいと、チラっと思うようなことがあったとしても、麗さんがいるのに、具体的に手術とかを考える訳がありませんよ」
 
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「そうですよね!」
 
私と政子は麗さんと2時間以上話した。最近ローズクォーツのお仕事が増えて、なかなかデートも思うようにできずにいる不満もちょっと背景にあったようだが、それでも長時間私たちと話して、かなり落ち着いたようであった。
 

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「やはり性転換だよ!」
 
その言葉に、私たちは顔を見合わせた。
 
麗さんと話した数日後。その日は、私のマンションに、ローズクォーツのタカとサトが来訪していた。そこにちょうど七星さんも来て、雑談していた所に、雨宮先生が突然来訪したのである。そして私の入れたコーヒーを1口飲むと、いきなり「性転換だよ!」と言ったのである。
 
「雨宮先生、いよいよ性転換手術を受けられるんですか?」
とサトが尋ねた。
 
「あら、私は別に性転換とかするつもりはないわよ。私、普通の男性だし」
と雨宮先生。
 
「あまり普通の男性には見えませんが」
と七星さん。
 
「そうだ。ナナちゃん、性転換して男の子になる気無い?」
「ああ。私、男になっても生きていけると思うなあ。誰かおちんちん取る予定の人がいたら、その人からもらってもいいかも」
 
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「七星さんが男になったら、近藤さんが困りますよ」
「別に大丈夫だと思うけどなあ。男同士のセックスを覚えてもらえばいいだけよ」
 
「そうだ、タカちゃん、あんたこそ性転換しちゃいなよ」
と雨宮先生。
 
「その件でこないだ麗に泣かれたばかりです。誰か悪戯して性転換アテンダント会社の案内をうちに送って来たんですよね〜。それで僕が性転換するつもりかって訊かれて」
 
「あら、だったら彼女にも男になってもらうなんてのはどうかしら?」
「向こうのお父さんにぶん殴られます」
 

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「で、結局、誰が性転換するんですか?」
と私は訊いた。
 
「今度のローズクォーツのアルバムよ」
 
それを聞いてサトが凄く嫌そうな顔をする。何だか先が見えている展開だ。
 
「性転換とアルバムがどう関わるんでしょうか?」
 
「Rose Quarts Plays Sex Change ってアルバムにするのよ」
 
サトとタカが顔和見合わせて溜息を付く。政子がワクワクテカテカという目をしていた。
 

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「でも性転換に関わるような曲ってあるんですか?」
 
と私は冷静に訊いた。
 
「ドレスデン・ドールズの Sex Changesとかは?」
「それは性別を変えるのではなく、セックスで世界が変わるという意味です」
「オー・チンチンとかは? あのチンポコよ、どこ行った?と言ってるくらいだから、無くなっちゃったんだよね?」
「あの歌詞は謎ですね」
 
「麻生夏子のMoonlight Romance。女の子になりたいと歌ってるよ」
「あなただけの女の子になりたい、ですね」
 
「野口五郎の女になって出直せよ。性転換して女の身体になってきてよって意味では?」
「もっと女らしくしろという意味だと思いますが」
 
「奥田民生の女になりたい」
「ビンゴ! それはマジです! モロッコで性転換ですね」
「よし。ひとつ見っけ」
 
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タカとサトは私と雨宮先生のやりとりを呆気にとられて眺めていた。七星さんは笑っていた。
 

結局、私と雨宮先生が選定した曲はこんな感じである。
 
間嶋里美『涙のSweet heart』(ストップ!!ひばりくん!の中の曲)』
美女♂men Vlossom『CRYSTAL SNOW』
Dana International『Diva』
SHAZNA『Melty Love』
ハニー・ナイツ『オー・チン・チン』
野口五郎『女になって出直せよ』
ローズ+リリー『女子力向上委員会』
ローズ+リリー『ペティコート・パニッシュメント』
ローズ+リリー『お化粧しようね』
ローズ+リリー『去勢しちゃうぞ』
ローズ+リリー『胸を膨らませる君』
ローズ+リリー『美少女製造計画』
 
「性転換の歌というより、女装とか性転換した歌手の歌か・・・・」
「ちょっと違う。間嶋里美は女装キャラを演じた声優、美女♂menは女装バンド、ダナ・インターナショナルは性転換歌手、SHAZNAのIZAMはヴィジュアル系」
 
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「違いが良く分かりません」
「まあ、素人さんにはそうかもね」
「玄人というとどういう人ですか?」
「私とかケイちゃんとかタカちゃんだよ」
 
「私もですか〜!?」
とタカは言うが
「世間一般はそう思っている」
と雨宮先生。
 
「でも最初の4つは美しい曲ですよ」
と私。
 
「途中の2つがオチって感じかな」
「後半はマジで性転換推奨ソング」
「ってかマリ&ケイの未発表曲だ」
 
「『去勢しちゃうぞ』は『虚勢しちゃうぞ』のタイトルで発表済みです。あの歌を聴いて決断できて去勢手術を受けましたなんてお便りを数通頂きました」
 
「おお、だったら今度のアルバムは性転換する人続出ね」
 
タカもサトも嫌そうな顔をしている。
 
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「じゃケイとマリの空いてる日を6日くらいリザーブしてもらって」
とサト。
 
「ケイのスケジュールを管理しているデータベース、僕たちは閲覧もできないので。雨宮先生から予約を入れてもらえませんか?」
とタカが言う。
 
「あら。別にケイちゃん・マリちゃんは必要無いわよ」
「だったらOzma Dreamに歌わせますか?」
 
「あら、このアルバムの主役はタカ子ちゃんに決まってるじゃない。今回のボーカルはタカ子ちゃんよ」
と雨宮先生は言う。
 
「えーーーー!?」
とタカは言ったが、サトも七星さんも薄々雨宮先生の意図を想像していたようで、やれやれという感じの顔をしている。
 
「性転換の歌を女の子が歌っても仕方無いじゃん。ケイも既に性転換済みだからダメ。これから性転換する子が歌わなきゃ。タカ子ちゃんは、あれだけ女装キャラとして、世間に名を売ってるんだから、女装したら次は性転換ね」
 
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「あのぉ・・・・ほんとに手術受けろとかは言いませんよね?」
「手術受けるのは個人の自由よ。手術したいなら病院紹介しようか?」
「遠慮します!」
 
「遠慮することないよ。そうだ。性転換手術を受ける時のお世話をしてくれる会社の案内も送ってあげたから」
 
「あれ、雨宮先生だったんですか!? こちらはあやうく破局の危機だったんですけど!」
 
私は頭を抱えた。犯人は雨宮先生か!!
 
「もう届いた? 申し込んだのは昨日なのに」
「え? じゃこないだのは別口か?」
「やはり暴走したファンの仕業かも」
 
「でもさ。やはりこないだの熱愛騒動で、タカ子ちゃんって実はノーマルな男性なのではと思っちゃったファンが結構いるから、その人たちに、タカ子ちゃんは期待通りのキャラだということを示すのには、こういう歌を歌うの最適ね」
 
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「ちょっと待ってください。それ誤解されるのは個人的に困るんですけど」
「誤解を解くにはCDが売れた所で実際に性転換することかなあ」
「嫌です!!」
 
「まあ、それはファンに期待させとくだけでいいや。ちなみに他の3人も当然女装で演奏ね」
 
サトはもう悟りきったような顔をしていた。
 
「アルバムのタイトルは『Rose Quarts Plays Sex Change - 性転換ノススメ』だな」
と雨宮先生は楽しそうである。
 

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そんな話をしていた時に、インターホンが鳴る。出てみると、和実・淳と千里・桃香がマンション入口の所にいる。
 
「冬、例の荷物を取りに来たんだけど」
と和実が言う。
 
「あ、ごめーん。今ちょっと立て込んでるけど、入って来て勝手に持っていってくれる?」
「了解、了解」
 
ということでドアロックを解除する。
 
「お友だち?」
「ええ。ちょっと内輪のサークル活動なんです」
「ふーん」
 
ほどなく、4人が玄関の前まで来るのでドアを開けて中に入れる。
 
「奥の部屋に置いてるんだよ。4人では一度には運べないかも」
と私。
 
「うん。何度かに分けて車に積み込めばいいかな」
と和実。
 
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