広告:ここはグリーン・ウッド (第6巻) (白泉社文庫)
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■夏の日の想い出・走り回る女子中生(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-09-07
 
11月下旬のある日。私はその日は《Flora》のヴァイオリンケースを取り出し、学生カバンとそれを持ち、いつものように!セーラー服を着て学校に出て行き、昼休みおよび放課後1時間くらい、合唱部と吹奏楽部の練習に付き合った後、放送局に行った。今年デビューしたζζプロのアイドル歌手・谷崎潤子ちゃんがテレビ番組(4時間のスペシャル番組)に出演するので、そのバックでヴァイオリンを弾くことになっていたのである。
 
私はこの時期、アスカから借りたままの《Rosmarin》は、どっちみちアスカとの練習で主に使うしということでアスカの家に置きっ放しにし、伴奏の仕事には主としてζζプロの兼岩会長から頂いた《Flora》を持ち歩いていたので、自宅の部屋には《Flora》と高岡さんの遺品になってしまった《Highlander》を並べてそのまま置いていたが、母は「何だか三味線ではなさそうな楽器が並んでいる」程度に思っていたらしい。母にとっては「三味線かそれ以外か」
が重要であり、三味線でなければ特に何も感じないようだ。
 
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なお、この谷崎潤子は、5年後の2009年にデビューして何枚ものゴールドディスクを出した谷崎聡子のお姉さんである。お姉さんの方はなかなかヒット曲に恵まれなかった。
 
この特別番組には松原珠妃も出演していた。ドリームボーイズも出演していた!マリンシスタも出演していたのは覚えているので、そのバックで踊っていたはずのティリーとエルシー(後のスリーピーマイス)の顔も見ているはずだが、さすがに私も彼女たちまでは覚えていない。
 
伴奏者ではあっても、私は一応「女の子」扱いなので楽屋でメイクさんに軽いメイクをしてもらった。なんかこういうの、やみつきになりそう〜。自分でも少しお化粧覚えようかなとも思う。それから控え室に出て行き出番を待っていたら、ドリームボーイズの蔵田さんに声を掛けられた。
 
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「おーい。今日のダンスの衣装じゃないぞ」
「すみませーん。私、今日は別口の伴奏なので、ダンスの方はごめんなさい」
「誰の伴奏?」
「谷崎潤子ちゃんって言うんです。今年出たばかりのアイドルです。可愛いんですよ」
「俺は女の子には興味無い」
「そうか!」
 
「だけどさ、洋子ってほんとにほんとに男の子なの?」
と蔵田さんは小さな声で訊く。
「そうですけど」
「ほんとに男の子なら1度デートしてみたいなあ」
「ふふ。淫行でつかまっても知りませんよ」
「うーん。中学生とやったのバレたら、半年くらい活動停止くらいそうだなあ」
「そのくらいで済むといいですね」
 
「で谷崎潤子って、歌は上手い?」
「アイドルとしては上手い部類になると思います」
「ふーん。じゃちょっと買って聴いてみるか」
「わぁ、ありがとうございます! あとでこちらに挨拶に来させますから。音源制作でも私がヴァイオリン弾いてるんですよ」
 
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「おお。ところで前橋ちゃん、それ俺たちより前?後?」
と蔵田さんはそばにいたマネージャーの前橋さんに訊く。
 
「ずっと前だね。1時間以上間があるよ」
 
「じゃ充分着替える時間あるな。そちらの出番が終わったら、こちらに来て」
「私、今日の曲目のダンス覚えてないですー」
 
「今日俺たちが歌う曲目知ってる?」
「『噂の目玉焼きガール』ですよね」
「ちゃんとフォローしてるじゃん」
 
「それは当然です。私はドリームボーイズのスタッフのひとりのつもりですから」
と私は言っちゃう。
 
「よし。その意識があればOK。で曲目を把握してるならダンスも分かるはず」
「う・・・なぜバレたんだろう」
 
「洋子ちゃん、誤魔化すのが下手すぎる」
とダンスチームのリーダー葛西さんが笑っている。
 
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ちなみに、私はζζプロでは「ピコ」だが、$$アーツでは「柊洋子」の名前を使っている。
 
「ダンスチームの衣装は予備を持ってきているから大丈夫だよ」
と葛西さんも言うので、谷崎潤子ちゃんのマネージャーさんに連絡の上、掛け持ちで出ることにした。本人もマネージャーと一緒にこちらに来て、きちんと挨拶していた。「蔵田さん以外」のメンバーからは「可愛い!」とか言われていた。
 
更に待っていたら、○○プロの前田係長にまで声を掛けられた。普段はこういう現場にあまり来ない人だが、注目度の高い番組だし○○プロの歌手も何人か出るので出てきていたようである。
 
「あれ? 今日は冬子ちゃん、予定が空かないって言ってなかった?」
「この番組に出るので。谷崎潤子ちゃんのバックでヴァイオリン弾いて、それからドリームボーイズのバックで踊ります」
 
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「ほほぉ」
と言って、前田さんは番組の進行表を見ている。
 
「谷崎潤子ちゃんは、原野妃登美の3つ前だな。谷崎潤子ちゃんの伴奏の後でこちらに来てくれない? ピアノ伴奏者がどうしても確保できなくて、音源を使おうかと言っていた所だったんだよ」
 
「えっと・・・・私、原野妃登美ちゃんの曲知りませんけど」
「冬子ちゃんなら初見で演奏できるはず。すぐ譜面は用意させるから」
「あははは・・・」
 

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そういう訳で、その日は最初は谷崎潤子のバックでヴァイオリンを弾くだけのはずが、その後、原野妃登美のピアノ伴奏をして、更にドリームボーイズのバックダンサーまでしたのであった。
 
ドリームボーイズの次が松原珠妃だった。私たちがまだ出番を待って下手袖で待機していた時に珠妃が来て一瞬私と視線が合ったが、彼女はそのまま視線を逸らしてしまった。そしてドリームボーイズの出番が終わって上手にさがった後、私はそのままステージ袖で彼女の『哀しい峠』を聴いていた。私に気づいたドリームボーイズの大守さんが小さな声で言った。
 
「あの子、洋子ちゃんの従姉か何かだっけ?」
「元先生です。私の歌手としての才能を見い出して鍛え上げてくれた人。実質、姉に近い存在ですね」
 
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「去年はけっこう彼女の伴奏をしてたよね?」
「夏の間だけですけどね。一応私、彼女のバックバンドの2代目ヴァイオリニストとしてカウントされてるみたい」
 
「『黒潮』の大ヒットの後、2匹目のドジョウを狙ったのかも知れないけど・・・」
「売れるような曲じゃないですね」
と私は微笑んで言った。
 
この曲は厳しい峠を越えて日々恋人に会いに行く少女を歌ったもので、物語が黒潮と同じパターン過ぎる!
 
「彼女の歌って、演歌ともポップスとも違うよね?」
「演歌とJ-POPが別れる以前の《歌謡曲》に近い路線ですよね。小柳ルミ子とかちあきなおみとか」
「『哀しい峠』は演歌系に行き過ぎた気がする」
 
「私もそう思います。珠妃の歌唱力を活かしきってないんです。黒潮があれだけ売れたのに、カラオケでは難しすぎて忌避されていたので、易しくしたみたいですけど、ヨナ抜き音階にしたのも、声域を1オクターブ強に制限したのも失敗だったと思います。新しい社長さんが元々演歌系の人だから、看板歌手の珠妃に演歌を歌わせたかったというのもあるんでしょうけどね」
 
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ζζプロでは、結局例のJの事件の責任を取って昨年8月いっぱいで兼岩さんは社長を辞任して会長に退き、副社長だった普正さんが社長に昇格した。珠妃が演歌色の強い曲を歌うことになったのも、元々演歌畑を歩いて来た普正新社長の意向が強く反映されている。私が珠妃のバックバンドと距離を置くことになったのもその影響がある。
 
「そもそも曲の出来も良くないよな」
「まあそうですね」
「彼女の歌は鑑賞していればいいんだよ。カラオケで歌われる歌とは違う気がする」
「そのあたりの路線選定は難しいですけどね」
 

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そんな話を大守さんとしていたら、珠妃のマネージャーの青嶋さんが近づいてきた。
 
「ピコちゃん、この後は予定入ってる?」
「入ってませんけど、中学生としては、そろそろ帰宅したいです」
「そこを1〜2時間ほど、時間を取ってくれないかなあ。珠妃がピコちゃんと話したいと言ってる」
 
私は自分の心を抑えながら話した。
 
「珠妃さんがピコにじゃなくて、静花さんが冬子と話したいんなら、いつでも直接声を掛けてください。静花さんと冬子は何の遠慮もいらない関係のはず。人を介して話を持ってくる必要もないですよね?」
 
「分かった。伝えてみる」
 

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いったん控え室に戻った後、楽屋に行く。葛西さんにクレンジングを分けてもらってメイクを落とし、ダンスの衣装を脱いでセーラー服に着替える。
 
「ね、洋子ちゃん。前から疑問に思ってたんだけど」
と葛西さん。
「はい?」
 
「私、セーラー服を着た洋子ちゃんばかり見てるから何にも感じないんだけど、学校には学生服を着て行ってるんだよね?」
 
「そうですね。でも、ここの所忙しくて学生服を着る暇がないです。学校の合唱部のクリスマス会と、吹奏楽部の演奏会にも、参加することになっちゃったので、学校でもセーラー服を着たままになっちゃってます。私、学生服を着てると、演奏能力が落ちちゃうんですよ」
 
「ああ、その話は聞いたな。男の子の服を着ると、180度開脚もできないとか」
「立位体前屈がマイナスなんですよね」
 
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「そのあたりも信じられないな。あんなに柔らかい身体をしているのに。でもそれじゃ、今は学校の授業もセーラー服で受けてるの?」
「ええ」
 
「友達とか先生とか何も言わない?」
「何にも言われなくて拍子抜けしてます。生徒指導の先生から何か言われるかと思ってたのに」
 
「じゃもうこのまま女子中学生になっちゃうんだ?」
「いえ、今年いっぱいです」
 
「じゃ1月からはまた学生服で通学するの?」
「ええ」
「いっそもうずっとセーラー服のままにしちゃえばいいじゃん」
「そういう訳にも・・・」
 
「私、いろいろ努力してみたんだけど、どうやっても学生服を着た洋子ちゃんを想像できないんだよ!」
 

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その後もしばらく葛西さんや、ダンスチームの他の女の子たちと楽屋でおしゃべりしていたら、静花がやってきた。彼女は「大物歌手」扱いなので、この大部屋ではなく、個室の楽屋を使用している。彼女に気づいて、彼女が通るそばにいる女の子たちがおしゃべりをやめて、そちらを注目する。静花は私の前に立った。
 
「冬、このあと、少し時間、取れる?」
と静花は言った。
 
「いいよ」
と私は答えた。
 

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自宅に電話を入れた。静花が代わってくれて母に話をしたので、母も「あまり遅くならないようにね」と言って、帰宅が遅くなることを認めてくれた。
 
ふたりでタクシーに乗り、江東区の和風レストランに入った。
 
「ここ、個室がたくさんあるから、密談とかにいいんだよ。営業時間が夜12時までだけど、今日はあまり遅くはなれないしね」
「ふーん」
 
個室を希望して通され、彼女は豆腐御膳、私は鮭茶漬けを頼んだ。
「相変わらず少食だね!」
と呆れられる。
 
「陸上競技してるんでしょ?」
「うん」
 
「そんなんで身体もつの?」
「最近は晩ご飯、2杯は食べてるよ」
「あり得ない。スポーツやってたら、女の子でも4〜5杯食べて当然」
 
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「そんなものかなあ。体重をせめて40kgにしろと顧問の先生からは言われてるんだけどね」
「今何キロ?」
「39kg」
「契約上太ることのできない私だって48kgあるのに!」
 

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やがて注文した品が来て、ウェイトレスが下がる。
 
「さて、何の話かな」
と私が言うと、静花は突然泣き出した。
 
私はずっと彼女が泣くのに任せていた。
 
「御免。何か言おうと思ったんだけど涙が出てきて」
「泣くといいよ。私と静花さんの間柄だもん。何も遠慮しなくていいから」
「ありがとう。私この1年、泣くこともできなかった」
 
結局静花は30分近く泣いていた。私はずっと静花の手を握っていた。
 
やがて彼女は話し始めた。
 
「去年が天国なら今年は地獄だった」
「この世界は水物(みずもの)だもん。売れる時もあれば売れない時もある」
 
昨年400万枚を売った『黒潮』は歌謡界で最も権威ある賞であるRC大賞まで受賞した。しかしそれに続く第2弾として今年3月に発売した『哀しい峠』はここまで3万枚しか売れていない。レコード会社は実は30万枚プレスしていたのでそれを廃棄して凄まじい赤字を出した。そのため次のCDを作る機運も出ていなかった。静花は昨年ほとんどの歌謡賞に入賞したのに、今年は何の賞にも関わることができてない。
 
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「どこに行ってもさ。『哀しい峠』を歌わせてくれないんだよ。『黒潮』を歌ってくださいと言われる。確かに『黒潮』も今年10万枚以上売れてるからこれだけでも充分セールスとしては大きいんだけど」
 
「落差が激しいよね」
「巷では私は『一発屋』だと噂されているみたい」
 
「誰でも最初のヒット曲の段階では一発屋だよ。それをまた新たなヒットを出すことによって、本物のスターに成長していく」
 
「冬って、何でそんなに達観してるの?」
「その理由は・・・・ちょっとあってね」
 
自分の生命に執着が無いからだ、なんて言っちゃったら、話がややこしくなるしねー。
 

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夏の日の想い出・走り回る女子中生(5)

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