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■夏の日の想い出・花園の君(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-06-07
 
それは高校1年の9月だった。土曜日なのでスタジオに行って麻布さんの助手をしつつ、その日は新人アイドル歌手・秋風コスモスちゃんの音源制作をしていたので、例によって仮歌を歌ってあげたり、歌唱指導などもしていたが、その日は作曲家さんが午後から用事があるということで、14時で作業終了となった。
 
スタジオを出てから、駅で電車を待っていたら、少し前の方に政子と花見さんが並んで待っているのに気付いた。やっべー、この姿(女子制服姿)を見られたらまずいと思い、移動しようかと思った時だった。
 
バチンという音がする。見るとどうも政子が花見さんを平手打ちしたようだ。やれやれ何だろう?花見さんが政子の服の下にでも手を入れようとしたのか、あるいは花見さんの浮気がバレたのか。その時、上り電車が入って来た。花見さんが政子に「一緒に乗ろう」という感じで促しているが、政子は乗りたくないようだ。乗車口で揉められるとハタ迷惑である。駅員さんが寄ってきて、あんたたち乗るの?乗らないの? と言うと、政子は「この人だけ乗ります」
と言って花見さんを電車に押し込む。それと同時にドアが閉まり、政子だけホームに残った。
 
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私はちょっと微笑んだのだが、その政子が振り返ってこちらを見た。その瞬間目が合ってしまった。政子が寄ってくる。
 
「あの、すみません。勘違いだったらごめんなさい」と政子。
 
私は開き直った。
 
「中田さん、また花見さんと喧嘩したの?」と私。
「やっぱり唐本さんだ!」と政子は嬉しそうに言った。
「でもどうしたの?その制服?」
「友だちにハメられてこれ着せられた」
「あはは、やっぱり唐本さんって、そういう服を着せたくなるんだよ。でも凄く似合ってるよ。月曜からその服で学校に出ておいでよ」
「恥ずかしいよぉ」
 
「ね、ね、どこか行く所?」
「恥ずかしいから帰ろうと思ってた」
「せっかく可愛い格好してるのにもったいないよ。ね、植物園にでも行かない?『女の子同士』でさ」
「そうだね。今帰るとお母ちゃんいるから、お母ちゃんが買物に出かけたくらいのタイミングで帰ろうかな」
 
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そういう訳で、私と政子は次に来た下り電車に乗り、植物園に出かけた。
 

「今日は女の子同士だから名前で呼び合おうよ」
「うん」
 
「でも冬子って、ほんとに女の子の服を着せた時に違和感が無いなあ。ね、ね、本当は女の子で、男子を装っているということはないの?」
「それはないと思うけどなあ」
「冬子、私が性別のこと訊くと、だいたいそんな感じで自信の無さそうな返事をするよね」
「そうかな?」
「おちんちんは付いてる?」
「あ、えっとどうだろう?」
「ほら、やはり自信無さそう」
「うーん」
 
政子はせっかく私が女子制服姿なら、自分も制服着てくれば良かったなあなどと言っていた。
 
電車を終点で降りて植物園に中高生料金300円を払って入る。
 
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「今の時期だと何が咲いてるんだろう?」
「彼岸花とか金木犀とかかな」
「私、彼岸花ちょっと怖い」
「ああ、少し毒々しい雰囲気があるよね」
 
少し歩いて行くと金木犀の香りがしたので、もっぱらその香りを鑑賞する。その他、シュウメイギク、スイフヨウ、ムクゲ、キンロバイなどが咲いているのを見る。
 
「お花を見てるととても優しい気持ちになる」
と私が言うと
「ああ、私も」
と政子が言う。
「だけど、花って実は生殖器官だよね」
「そうだね。でも生殖器官って実は美しいのかもね」
「かもね」
 
「・・・私ね」
「うん」
「やはり自分はレスビアンかもと思う」と政子。
「ああ、それはそうだと思ってた」と私。
「やはりそうかなあ。男の子の器官ってあまり見たいと思わないけど、女の子の器官は見てもいいなと思う」
「ふーん。別にそれはそれでいいと思うよ」
 
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「そっかー」
と言って政子はしばらく考えていたが訊く。
「冬には男の子の器官が付いてるの?女の子の器官が付いてるの?」
「えーっと、どっちだろ?」
「ああ、やっぱり自信が無い」
「う、うん」
 
「ね」
と言って政子は私の顔を覗き込むようにする。
「ん?」
「このあとホテル行ってみない?」
「へ?」
「ホテル代くらい、私持ってるよ」
「なんでそうなる?」
「冬に男の子の器官が付いてるか、女の子の器官が付いてるか確かめたい」
「でもやばいよー、そんな所に行くのは」
 
「じゃ、今触らせて」
「えー!?」
と私が言っている間に政子は私のお股の所に手を当てた。
 
「あっ」
「やっぱり、男の子の器官、無い」
 
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「えーっと」
 
「まあいいや。今日は冬子は女の子だということにしておこう」
「うん」
「私、男の子より女の子の方が好きだしね」
「ふふふ」
 

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一緒に温室に入る。蘭の花がたくさん咲いている。香りも強烈だ。
 
「インドネシアにでも来た気分」
「実際、その付近で咲いている花だろうね」
 
シンビジウム、デンドロビウム、パフィオペディルム、カトレア、ファレノプシス、・・・どれも強く自己主張しているかのようだ。
 
「日本の菊とかツツジとかとは、花の持つ空気そのものが違う感じ」
「そそ。お花ではなくて、蘭という別の種類の生物かと思いたくなる」
 
「菊や桜は集団咲きで映えるけど、カトレアにしてもファレノプシスでも、ただ一株だけで強い存在感がある」
 
様々な蘭に混じって、バナナとか、パイナップル、マンゴーなどの実もなっている。
 
「あ、果物が美味しそう」
「勝手に取らないように」
「うーん。あまり目の前にあると理性が・・・」
「じゃ、温室出よう」
 
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促して温室の外に出る。きれいに剪定された、ヨーロッパの宮殿の庭園のようなところを散策する。政子は
 
「おっぱいは無いのかな?」
などと言って私の胸に触ったり、
「あ、ヒゲは無いんだね。ツルツル」
などと言って顔を触ったり
「あ、やはり脇毛は剃ってる」
と言って袖から手を突っ込んで確認したりしていた。
 
「よく見たら、冬子って眉を細くしてる」
「あ、えっとまあ眉は細いのが好きかな」
「ふーん」
と言って意味ありげな笑顔で私を見つめた。
 
「だいたい、冬子って、女子制服着せられて『恥ずかしい』とか言ってる割には全然恥ずかしがってるそぶりが無いんだけど」
「えーっと・・・」
「むしろ男子制服を着てる時より落ち着いてる感じ」
「そ、そうかな?」
 
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やがて、庭園を抜ける。
 
「わあ」
 
私たちは一瞬見とれて無言になった。
 
「きれーい」
 
そこには一面のコスモスが赤・白・ピンクの花を咲かせ、視野いっぱいに広がっていた。
 
「ここすごいね」
「ちょっと座ろう」
 
他にも座って鑑賞しているカップルや家族連れなどがあった。私たちも並んで座り、しばし、その素敵なコスモスの風景に見とれていた。
 
「ね、ね、冬。何か紙持ってる?」
「うん」
 
私は今日スタジオでもらった秋風コスモスのレターセットを渡した。
 
「秋風コスモスか! この情景で詩を書くのにはピッタリだけど、冬ってこんな下手くそな子の歌も聴くんだ?」
「ああ、別にファンという訳じゃなくてバイトの関係でもらったんだよ」
「へー」
 
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政子は珍しく詩を書きながらおしゃべりを続けた。
 
「私たいがい歌が下手だって言われるけど、秋風コスモスよりは上手い気がする」
「うん。政子の方がずっとうまいよ」
「あの子が歌手になれるなら、私も歌手になれるよね?」
「ああ、政子は歌手になれると思うよ」
 
と言ってから、政子がステージに立って歌を歌っている姿を想像した。何となく様になっている気がした。政子はどんなできごとにも超然としているから、舞台度胸はありそうな気がする。それまであまり考えたことは無かったが、政子って歌手向きの性格かも知れない気がした。
 
結局政子はおしゃべりしながら詩を書き続け、15分ほどで書き上げた。
 
「できたー!」
「可愛い詩だね」
「これに曲を付けられる?」
「うん。できると思う」
 
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私は政子からレターセットの残りと愛用のボールペンを受け取ると、そのレターセットにフリーハンドで五線紙を描き、その上に音符を書き記していった。
 
「冬、フリーハンドでもかなりきれいな直線が描けるんだね」
「うん。わりとそういうの得意」
「もしかして絵も得意?」
「ああ、小さい頃から絵はわりと褒められていた。でもボクが描く絵はだいたい少女漫画になっちゃう」
「へー。私の似顔絵とか描ける?」
「うん。この曲を書き上げたら描いてあげるよ」
 
そういって、私も政子とおしゃべりしながら、30分ほどで曲を書き上げた。
 
「歌える?」
「うん」
 
私は出来たての譜面と政子が書いた詩を見ながら、とりあえず1フレーズだけ歌ってみせた。
 
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「可愛い! なんか私のイメージにピッタリ。冬って、私が思い描いてた通りの曲を付けてくれるよね?」
 
「多分、政子とボクの相性がいいんだよ」
などと言いながら、政子の似顔絵を最後に残った1枚のレターセットに描く。
 
「おお、可愛く描いてくれたなあ」
と政子は嬉しそうであった。
 

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植物園からの帰り、政子は駅前でもらった美容室のチラシの裏に何やら詩を書いていた。
「『お払い箱』?」
「うん。あんなに浮気ばかりする人とは、もう別れちゃおうかと思ってさ。私が把握している範囲でもう5回目だよ」
 
「ふーん、まあいいんじゃない。ハタから見てても破綻してる気がしてたよ」
「やっぱり? 今夜電話して別れようと言おう」
 
「頑張ってね。でも珍しいね。政子がこんなチラシの裏に詩を書くなんて」
「チラシ程度の価値しかない奴だから」
「ああ、もう完全に冷めてるみたいね」
 
しかし実際にはその日政子は花見さんに泣き付かれて交際は継続することになった。
 

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翌年の2月。私はこの時植物園で書いた『花園の君』という曲を雨宮先生の前で披露した。先生は気に入ってくださって「編曲料100万円・出世払い」で編曲してくださり、もうひとつ雨宮先生の前で即興で作った曲『君がいない部屋』
という曲とペアでデモ音源を制作した。
 
先生はこれをあちこちのレコード会社に持ち込み、その中で★★レコードの加藤課長に聴いてもらったものが注目され、それが結果的にはローズ+リリーのメジャーデビューにつながっていくのである。
 
デモ音源はあの年、もうひとつ『雪の恋人たち』『坂道』というのも作った。
 
『花園の君』『君がいない部屋』は私がひとりで歌ったもの、『雪の恋人たち』
『坂道』は政子とふたりで歌ったものであり、加藤課長や町添部長は、両方を聴き比べて、ふたりで歌った方がよいと判断した。
 
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実際ローズ+リリーは私と政子のデュオで活動することになった訳だが、この時のデモ音源のうち、ふたりで歌った『雪の恋人たち』『坂道』は2009年秋に私たちの休業期間中のファンサービスとして無料公開した。
 
しかし『花園の君』『君がいない部屋』の方は私がひとりで歌った音源なので一般公開されることはなく、ずっと眠ったままであった。
 

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この2009年。騒動のショックで自信喪失した政子は「ステージで歌いたいけど歌う自信が無い」と言った。その微妙な心情の政子の、心のリハビリのため、私と町添さんと雨宮先生の3人で計画して、友人だけを招いた内輪のコンサートを、ローズ+リリーが最後にホールツアーで歌った東京中野のスターホールでわざわざ会場を借りて行なった。
 
そのコンサートの最後、アンコールされた私と政子は『花園の君』を歌ったのだが、その時私は「ローズ+リリーが完全に復活したら、この曲を先頭曲にしたアルバムを作りたい」と言った。
 
その時点で私はローズ+リリーの復活は1年後くらいのイメージだったのだが、政子の心のリハビリは結構な時間が掛かり、音源制作には2010年夏に復帰したものの、ライブステージへの復帰は結局3年後の2012年春になった。
 
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しかし政子がステージに復帰したことから、私たちはあの時に約束した通り、『花園の君』を先頭に置いたアルバムを翌年夏発売をメドにして制作に取りかかることにした。そのアルバムのタイトルは企画スタートした2012年5月の段階で『Flower Garden』とすることを記者会見で告知していた。
 

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夏の日の想い出・花園の君(1)

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