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■夏の日の想い出・あの人たちのその後(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2012-01-22
 
これは私たちが大学2年生の12月初旬の物語である。「2年生の秋」の直後で、「3年生の早春」より少し前の時期である。
 
その頃、私は正望と恋人として交際するようになり、一方で政子とも愛を確かめ合うということをして、琴絵のいうところの「大胆な二股」を始めて間もない時期で、スイート・ヴァニラズとローズクォーツとの「交換アルバム」の音源制作作業をしていた頃であった。
 
その日私は午後からFM局への出演の仕事が入っていたので午前中スタジオに顔を出して、自分の担当部分の吹き込みを少しした後、放送局の近くのスタバで時間調整を兼ねて、最近話題になっている本を読もうと思った。
 
私が注文の品を受け取りトレイを持って奥の方に入っていこうとした時、何かこちらを見て慌てるように席を立ち、まるで逃げ出すかのように外に出ようとしていた男性を見た。
「花見さん!?」
 
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それはローズ+リリーの活動を休止させるスクープを売った張本人、政子の元フィアンセの花見さんであった。
「いや、その節は、ほんとにすまんかった。示談金払えなくて仕事も見つからずに困ってた時にローズ+リリーのネタ何か無いですか?高く買いますよって、俺が政子の元婚約者と知って接触してきた記者に訊かれてつい・・・・」
 
「私自身はあまり気にしてないんですけどね。政子は無茶苦茶怒ってたけど」
「そ、そうか?」
「別に取って食ったりしませんから、少しお話しません?」
「あ、うん」
 
「あ、花見さん、もうコーヒー飲んじゃったんですね。取り敢えず、私のを半分あげます」
といって、自分のコーヒーを半分、花見さんのカップに注いだ。
「あ、ありがとう」
といって一口飲む。そしてふっとため息を付くと
 
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「だけど、唐本、すごく女らしくなったな、というか、もう女にしか見えない」
「はい、私は女ですから。もう戸籍も女に変えちゃったんですよ」
と私はにこやかに言った。
「そうなのか!じゃ、手術もしちゃったの?」
「はい。この春に性転換手術しました」
「そうか・・・」
 
「でも、花見さん、その後どうなさってたんですか?大学も辞めて、誰も連絡先知らないということだったみたいだし」
「なんか、あの後、あちこちの記者みたいなのが自分のアパートにも実家にも頻繁に来るようになって」
「まあ、来るでしょうね」と私は苦笑する。
 
「アパートにいた時に、電話があって」
「うん」
「おまえ、こんなことしてタダで済むと思うなよ、とドスの利いた声で言われた」
「あらら」
「それから郵便受けに『死』って書かれた紙が入ってたし」
「わあ」
「その後、黒服にサングラスの男の姿をよく見て。俺、捕まえられてどこかに沈められるんじゃないかって怖くなって」
 
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「△△社も○○プロもそちら方面との付き合いはないですよ。黒服の人を見たのって、何かの偶然じゃないかな?○○プロは業界でも珍しいそちら方面との関係がクリーンなプロダクションなんです。なにせオーナーが元警察庁の部長さんですから。警備関係のスタッフにも元警察官や自衛隊員が多数。ま、ある意味、そちら方面の人より怖い」
「そ、そうなの?でも俺、とにかく怖くなって。誰にも告げずに逃亡したんだ」
 
「逃亡ってどこに?」
「とにかくどこか遠くへと思って、高速バスを乗り継いで鹿児島まで行った」
「わあ」
「でもそこでもまた黒服サングラスの男を見て」
「そんなファッションが流行ってるのかなぁ」
「それでここじゃだめだと思って、フェリーで沖縄まで行って」
「大変そう」
 
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「で、沖縄では特に怪しい人は見なかったんだけど、金が尽きてしまって」
「宿賃だけでもけっこう掛かりますよね」
「それで工事現場で働いてた」
「大変でしたね」
「でも、簡易宿泊所でテレビ見てたら、連日のように須藤さんの写真とか、君や政子の写真が出て、なんだか須藤さん随分叩かれてたし」
「ひどかったですね。あの時は。私も親から随分責められたけど」
「いや、ほんとにすまんかった」
 
「その後も1ヶ所に留まってちゃいけないんじゃないかと思って」
「ええ」
「定期的に移動していた。沖縄には夏すぎまで居て、秋頃九州に戻って長崎にしばらくいて、その後、大分行って、山口、福山、米子、小浜、と渡り歩いて、富山の新幹線の工事現場には結構いたかな。そのあと新潟の方で高速の工事現場にいて、それから青森でまた新幹線やってた」
「ほんとに全国を旅してますね」
「1年半くらいそんなことしてた時にローズクォーツのデビューを新聞で見て、こういう形になれば、もう俺も危ない人からは追われないかも知れないという気がして」
 
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「いや、たぶん最初から追手はいなかったかと・・・・」
「それならいいんだけど・・・」
「ホントにいたら、とっくに捕まってますって」
「かもしれないな。で、それで少しまともな仕事に転じようかと思って、仙台で食品製造会社に就職した」
「よかったですね」
 
「ところがそれがこの春の震災でやられちゃって」
「わあ」
「それで同じ系列の埼玉の工場に移るか、あるいは地元に留まりたい人は失業保険をもらえるように即解雇すると言われたんだけど、仙台に留まっても仕事無いし」
「ですよね、あの状況では」
 
「それで関東に戻るのは気が進まなかったんだけど、埼玉に引っ越してきた」
「わあ、じゃ今埼玉県内に住んでるんですか?」
「うん、まあ」
「実家には連絡取ってます?」
「取ってない。まだ怖くて。だけど、唐本と話してると、なんか連絡とかとっても大丈夫・・・・かな?」
 
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「大丈夫ですよ」と私は笑って言う。
「実家にはぜひ連絡してください。お母さんきっと心配してますよ」
「そうだなあ。政子にも須藤さんにも謝らないといけないけど、俺」
「8日の夕方6時頃なら、私も政子も美智子も事務所にいるから、もし気が向いたら、来て下さい。菓子折でも持って」と私は言う。
「菓子折・・・って幾らくらい入れないといけないんだっけ?俺今あまり金が無くて」
私は一瞬きょとんとしたが、すぐに大笑いした。
 
「そんな、時代劇じゃあるまいし、菓子折はお菓子だけですよ〜。底に小判を入れたりしませんって」
「そうか。じゃ、顔出してみる」
私は花見さんから名刺をもらい、こちらも名刺の裏に地下鉄の駅からの道案内をメモして渡した。
 
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私は花見さんと別れた後、すぐに美智子に連絡を取った。美智子は
「私は別に会う必要ないけどね」
と珍しく怒ったような口調で言った。あの件ではホントに怒っているのだろう。テレビであれだけ叩かれたのだから無理も無い。
「まあ、そんなこと言わずに」
となだめるように言っておいた。
「取り敢えず政子には、この話、実際に本人来るまではしないほうがいいよ」
と美智子は言った。
「だよねー」
 
8日の午後、学校をお昼までで自主的に切り上げ、放送局に行って出ることになっていた番組に出演したあと、私は政子に連絡を入れ、事務所に誘った。ちょうど、制作中の交換アルバムのスイートヴァニラズのデータが届いていたので、それを聴いていたのだが、7時まで待っても結局花見さんは来なかった。
 
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私は事務所を出て1階の隣のビルとの隙間に入り、こないだもらった花見さんの名刺の会社に電話をしてみた。
 
「お世話になっております。私、唐本と申しますが、花見さん、いらっしゃいますでしょうか?」
「申し訳御座いません。花見は退職したのですが」
「え!?」
「失礼ですが、お知り合いか何かでしょうか?」
「はい。高校時代の後輩です。先週、都内で久しぶりに再会したものですからまた会いましょうと言って別れたのですが、今日会うことになっていたのに来られないもので」
「そうですか。こちらも急に辞められたので戸惑っておりまして」
「はあ」
 
私は、花見さんの実家に連絡を試みた。自分では電話番号が分からなかったので政子の叔母さんに電話してみたら、手帳に残っていたといって教えてくれたので掛けてみた。お母さんが出た。
 
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私が名乗ると、その節は息子がご迷惑を掛けて本当に申し訳無い、とこちらが気の毒になるほど謝っていた。先週都内で再会して今日また会う約束をしたのに、現れないので会社に電話してみたら退職したと言われたということを言うと、お母さんは、そもそも関東に戻ってきていたことを知らなかったと言っていた。
 
「啓介は元気でしたでしょうか・・・」
とお母さんは心配そうに言っていた。
「ええ。とても元気な感じでしたよ。日焼けしてたくましい感じになっていたし。きっとそのうちお母さんには連絡がありますよ」
と私はお母さんを励ますように言った。
 

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この月、私は8〜10日は東京にいたのだが、11日から18日まで全国を飛び回り、HNSレコードの店頭などでミニライブをしてローズクォーツの新曲『起承転決/いけない花嫁』のキャンペーンをしてきた。本来ならローズクォーツの4人で飛び回るのだが、10日にリーダーのマキが結婚式を挙げ、さすがに新婚ホヤホヤの人を駆り出す訳にもいかず、今回は私だけが飛び回ることになったのである。
 
私ひとりで行ってくるつもりだったのだが、どういう風の吹き回しか、政子が付いてくるというので、政子に臨時マネージャー役をお願いして2人で飛び回った。(この時期、ローズクォーツとローズ+リリーの方向性が混乱しないように、ローズクォーツは主として美智子が、ローズ+リリーは主として私が管理するように分担していた)
 
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11日の日曜日は飛行機で福岡に入り、福岡市内のショッピングモールでライブとサイン会をした後、福岡市内のFM局に出演したあと新幹線で小倉に移動してまたキャンペーン、それからソニックで大分に移動してキャンペーンをしてから大分市内のFM局に出演した。
 
どこかで適当に夕食を取るつもりでいたら、ちょうどFM局に来ていた大分市内のイベンターの社長さんから「ちょっと食事でもご一緒に」などと誘われて、市内のライブハウスで、地元のバンドの演奏を聴きながら夕食を取った。
 
「一度是非ローズ+リリーで大分ライブをしてくださいよ。大歓迎しますよ」
とまだ30代くらいかなという感じの社長さんは言った。
「そうですね。マリがやる気になったら」
と私は答える。
 
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「マリさんは長崎のほうのご出身でしたよね」
「よくご存じですね。諌早なんですよ」と政子。
「私、ローズ+リリーのファンですから」
「わあ、ありがとうございます」
 
「今年発売したローズ+リリーのアルバムで、7月に発売した『After 2 years』
は昨年録音したもので、10月に発売した『After 3 years, Long vacation』は今年録音したものですよね」
「それもよくご存じで」
 
「諸事情で実際に発売することができなくても、毎年音源制作していくのはいいことですよ。だって17歳の時、18歳の時、19歳の時、20歳の時、それぞれの年齢の時に、その年にしか歌えない歌ってあるでしょう。年齢を重ねていけば、それだけ技術も上がってうまい歌になるけど、21歳になってしまえば19歳の歌は歌えないんですよ。だから『After 2 years』は凄く貴重な音源ですね」
と社長さんは熱弁を振るう。私は頷いていた。
 
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その時政子が唐突に言った。
「だったらさ、例の音源も割と貴重だよね」
「どっちの?」
「どっちも」
「何か未公開音源があるんですか?」
「ええ。ひとつは活動休止中だった高3の時に、2人で吹き込んだ音源があるんですよね。打ち込みで伴奏作って、スタジオ借りて私たちの歌を吹き込んだもの」
「それは凄い。物凄く貴重です、それ!」
 
「もうひとつは実はローズ+リリーを始める以前に作ったもので。当時はお金が無かったから、少しでも安くあげようってんで、平日に学校サボって貸しスタジオの3時間パック借りてバタバタと録音したんですけどね」
「聴きたいです!ぜひそれリリースしてくださいよ」
 
「でも商業ベースに乗るような歌じゃないのよねー、特に高2の時のは」
「でも私たちの軌跡を辿る意味ではそれなりの価値あるのかもね」
「この2つだけインディーズで出す手もあるかもね」
「それでもいいかもね」
 
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ローズ+リリーがもし復活した場合は、ぜひ大分でのライブをやりましょうということを社長さんと約束した。この社長さんに別府港まで送ってもらい、私たちは八幡浜行きのフェリーに乗って四国に渡った。現地のスタッフが車でフェリーターミナルに来てくれていたので、私たちはその車に乗り、松山まで1時間半ほど掛けて移動して市内のホテルに泊まった。
 

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夏の日の想い出・あの人たちのその後(1)

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