広告:オトコの娘コミックアンソロジー~天真爛漫編~ (おと★娘シリーズ8)
[携帯Top] [文字サイズ]

■夏の日の想い出・南へ北へ(1)

[*前p 0目次 8時間索引 #次p]
1  2  3  4  5  6  7  8  9 10 11 12 
前頁 次頁 時間索引目次

↓ ↑ Bottom Top

(C)Eriko Kawaguchi 2016-12-09
 
彼女はじっとそれを見つめていたが、やがて思い切ったような表情でハサミでその物体をはさんだ。
 
「サヨナラ」
と言って彼女は指に力を入れた。
 

↓ ↑ Bottom Top

「切られると困ります!」
 
「そうか。困るか」
と言うと、彼はそれを切り落としてしまった。
 

2014年の9月上旬、私は千里、雨宮先生、長野龍虎(アクア)、上島先生と5人で宮崎まで「宮崎牛のステーキを食べに」1泊3日で行ってきた。行きは千里の運転で宮崎まで夜通しエスティマで走り(車中泊)、翌日鹿児島神宮と霧島神宮、青島・鵜戸神宮を回り、翌朝青島で太陽と月が同時に空にあるのを見て飛行機で帰ってきた。
 
その後、私はローズ+リリーとKARIONのアルバム制作(雪月花・四十二二十四)に没頭していたのだが、この時期、私たちと同じ08年組のAYAは何もアナウンスの無いまま休養中だったし、XANFUSは事務所のトラブルで消滅の危機にあった。
 
↓ ↑ Bottom Top

8月中旬、&&エージェンシーで斉藤邦明社長が突然解任され、新社長になった悠木朝道氏が「生バンドは金が掛かる」と言ってPurple Catsの契約を解除、更に「君たちの曲は詰まらない」と言って9月初旬、神崎美恩・浜名麻梨奈のソングライトペアとの契約も解除、今後XANFUSはガラクン・アルヒデトがプロデュースし、伴奏も打ち込みで行くと宣言した。
 
これまでのXANFUSの楽曲制作は、神崎・浜名ペアが書いた曲を、作詞作曲の2人とXANUS/Purple Catsの6人の合計8人で実際に演奏しながら何日も掛けて練り上げて行って、最終的に実際に通して演奏したものを収録するという方法を採っていた。つぎはぎ編集はしない方針で、ライブ演奏しないと、ダンスミュージックの「息」や「ノリ」のようなものが反映されないからというのが考え方だったのだが、ガラクン主導の制作は全く異なっていた。制作を始めるという話を聞いたので待機していたのだが、いつまでもスタジオに来てという話が来ない。
 
↓ ↑ Bottom Top

問い合わせても「もう少し待って」と言われるだけである。やがて呼び出しが来たので行くと、もう打ち込みによる伴奏ができあがっていて、それを聞きながら歌ってと言われる。ほぼ初見に近い状態で歌ったら、もうそれで「お疲れ様。帰っていいよ」と言われた。
 
「今のは初めてだったので、あまりうまく歌えなかったんですが」
「むしろその方がいい。アイドルは上手い必要は無いんだよ。音程のくるいとかはオートチューン(*1)で調整するから問題無い」
 
と言われ、ふたりのスタジオでの作業は、わずか1時間で終わってしまった。音羽と光帆は困惑する思いでスタジオを出た。
 

↓ ↑ Bottom Top

(*1)歌の音程を自動調整して平均律の音の高さに合わせ付けるソフト。Perfumeの歌などで使用されている。音程を正しくする犠牲で声質が機械的になるのでPerfumeの場合は、その効果狙いで、わざとやっている。あそこまで極端な変形が発生しない程度で、アイドルのCDなどでは多用されているのではという疑惑がささやかれている。
 
ミュージシャンの中には、少なくともプロの音楽制作の現場でAuto Tuneの類いのソフトは使うべきでは無いと主張する人たちもある。
 

↓ ↑ Bottom Top

10月17日、悠木朝道社長は突然事務所に音羽(織絵)を呼び出すと、君が光帆(美来)君と恋愛関係を持ち同棲しているのは、恋愛を禁止した契約に違反するとして、その日付けで解雇され、退職金として2000万円を口座に振り込み、更に光帆と共同で所有しているマンションも半額事務所が買い取り、後日代金を振り込むと通告された。その場で、マンションの鍵とスマホを取り上げられた。光帆に連絡する時間も無かった。
 
突然の解雇で、呆然として町を歩いていた織絵は、高校時代の恋人であった桃香と偶然遭遇。彼女に保護された。桃香は「まるで今にも自殺しそうな顔に見えた」と言っていた。そして翌日18日(土)の昼、今後のことを相談したいと言って、桃香が織絵を私のマンションに連れてきた。
 
↓ ↑ Bottom Top

その時、私は楽曲の収録でスターキッズと一緒に九州まで行ってきた所で、この収録作業には千里が明笛(みんてき)演奏のため同行してくれた。戻って来て17日夕方、羽田で千里と別れようとしていた時、自宅に電話していた千里が
 
「ごめーん。うちのアパートがふさがってるから冬たちの所に泊めて」
と言った。
 
「ふさがっている」というのは桃香が恋人を連れ込んでいるという意味で、これはよくあることのようである。当時、私はなぜ千里が、桃香が浮気していても平気なのか分からないと常々思っていた。ともかくもそれで千里を泊めたのだが、その桃香の浮気相手というのが織絵だったのである。
 

↓ ↑ Bottom Top

事務所からは今朝10時に「音羽が音楽の勉強のためにXANFUSを卒業しました」というメッセージが事務所のホームページに掲載され、ツイッターなどが騒然としていた。
 
私は美来(光帆)に電話してみたのだが、この番号は使われていませんというアナウンスである。どうも向こうも強制的に番号を変更させられたようである。
 
結局、私と政子、千里と桃香、そして織絵の5人で話し合うことになるのだが今後のことを考える前に、織絵が強い精神的なショックを受けているので、どこかでしばらく静養させた方がいいという結論になる。最初織絵は高岡の実家に帰るつもりでいたが、それではそちらに記者が押しかけてくるということで、織絵との接点が無かった千里が、自分の妹が札幌に住んでいるのでそこにしばらく滞在してはどうかと提案、それで千里が妹の玲羅さんに電話して了承を取り、織絵は札幌に行くことになった。
 
↓ ↑ Bottom Top

それで札幌への飛行機の時刻を調べ、予約しようとしていた時のことであった。だいたい14時頃だったと思う。
 
来客を告げるチャイムが鳴る。それで出てみると、何と蔵田さんである。室内に居るメンツを見回して特に問題は無いだろうと思ったのでエントランスを開け、32階まで上がってきた所で玄関のドアも開ける。
 
「おはよう、お嬢様方」
と言って蔵田さんが入ってくるが、リビングに結構人がいるので
「んん?」
と言ってメンツを見回す。蔵田さんが最初に目を付けたのは桃香である。
 
「ねね、君、凄いいい雰囲気。君って男?女?」
と訊くが、桃香は
「誰?あんた?」
と言った。
 
洋楽しか聴かない桃香は蔵田さんの顔を知らないのである。桃香は実は織絵が歌手になってXANFUSというユニットをしていたこと自体知らなかったらしい。
 
↓ ↑ Bottom Top

「おお!なんかストイックな感じでいいなあ。君って、たぶん女の子になりたい男の子だよね?僕と1度寝てみない?」
といきなりナンパする。
 
「私は男には興味は無い」
と桃香は、にべもない。
 

↓ ↑ Bottom Top

「蔵田さん、何か用事があったんですか?」
と私は訊いた。
 
「ああ。そうそう。ちょっとジンギスカンでも食べに行かないかと誘いに来た」
と蔵田さんが言うと
 
「行きます!」
と政子が言う。
 
「ああ、君は行くと言うと思った」
と蔵田さん。
 
「何か曲を作るんですか?」
と私が訊くと
 
「チェリーツインの曲を頼まれたんだけど、全然思いつかなくてさ。それでジンギスカンでも食べながら考えようと思って」
と蔵田さんが言うので、ため息をつく。
 
「それひょっとして札幌まで行くんですか?」
と私が訊くと
 
「札幌の近くなんだけど、滝川という所なんだよ」
と蔵田さん。
 
「もしかして松尾ですか?、蔵田先生」
と千里が訊いた。
 
↓ ↑ Bottom Top

「そうそう。よく知ってるね。その店のジンギスカンは札幌のジンギスカンとは作り方が違うらしいんだよ。ところで君誰だったっけ?どこかで見たことあるんだけど」
と蔵田さんが訊く。
 
「名も無き北海道人です」
「おお!道産娘(どさんこ)がいるなら、心強い。君も一緒に来てよ」
と蔵田さん。
 
「ちょうど今、北海道に行こうと行っていた所なんですよ」
と千里が言うと、蔵田さんは初めて部屋の中にいるメンツをしっかり把握するように見た。
 
「お、音羽ちゃんがいるじゃん。君大変だったね」
「いえ、すみません。ファンの方とかにも心配掛けてるみたいで」
 
「ところで君男装とかしない?男装が似合いそうな気がしていたんだけど」
とまたナンパしている。
 
↓ ↑ Bottom Top

「蔵田先生、お仕事なんでしょう?」
と織絵は苦笑しながら言う。
 
「まあいいや。で、誰々が北海道に行こうとしていたの?」
「私とそのロングヘアの千里さんです」
 
「じゃここにいる全員来る?」
と蔵田さんは訊いたのだが
 
「私は明日、就職先との打ち合わせがあるから申し訳ないが行けない。千里の妹さんとはまた会っておきたかったけど」
 
と桃香が言い、結局、私と政子、千里と織絵の4人が蔵田さんに同行して北海道に行くことにした。
 

↓ ↑ Bottom Top

「じゃ羽田に移動しますか?」
と私は訊いたが
「行くのは調布」
と蔵田さんが言う。
 
「は?」
「知り合いがプライベートジェット持ってるんだよ。10人ちょっと乗るから」
「それ何時に出るんですか?」
「16時に飛行許可取ってる」
「だったら急がなきゃ!」
 
ということで、私も政子も大急ぎで荷物をまとめる。織絵はまとめるような荷物を持っていない。バッグひとつである。千里は結局九州に持っていった旅行用バッグをそのまま持って行くことになる。それで出ようとしていたら、ピンポンとまた来客を告げるチャイム。見ると龍虎である。
 
「龍虎ちゃん、どうしたの?」
「上島のおじさんからお使いできたんですが」
「だったら、君も一緒に来る?土日は学校休みだよね?」
「あ、はい」
 
↓ ↑ Bottom Top

それで私は桃香にマンションの鍵を渡し、
 
「ごめーん。戸締まりしといてくれる?お酒とか適当に持ち帰ってもいいし」
 
と言って飛び出す。玄関前に居た龍虎も誘い、マンションそばにハザードを焚いて停車中だった蔵田さんのプレマシーに、政子・千里・織絵・蔵田さん、そして龍虎と一緒に乗り込んだ。運転席には樹梨菜さんがいたが、乗り込んできたのが多人数なので驚いている。
 
「じゃジュリー、出して」
「OK」
と言って、男装の樹梨菜さんは車を出した。
 

↓ ↑ Bottom Top

私は車が出ると、すぐに上島先生に電話した。
 
龍虎がうちのマンションを訪れて何か用事があるようだったが、こちらはちょうど北海道に行く所だったので、その機内で話を聞きたいと伝えた。
 
「それはいいんだけど、ちょっと一般の人に聞かれると困る内容なんだけど」
「それは大丈夫です。実は上島先生の前であれなのですが、蔵田さんのご友人が所有しているプライベート・ジェットで飛ぶんですよ」
 
「ああ、だったら問題無い。ちょっと龍虎出してくれる?」
「はい」
 
それで電話を龍虎に替わる。龍虎はいくつか指示をされているようで「はい」、「はい」と答えていた。やがてまた私に電話を替わり、先生は後でお金出すから、龍虎に北海道のうまいものなど食べさせてやってと言っていた。
 
↓ ↑ Bottom Top

「その点はこちらにはマリがいますから大丈夫です」
「なるほど!マリちゃんなら安心だね」
と言って、上島先生は笑っていた。
 
龍虎の里親の田代夫妻には、上島先生から伝えておくということだった。それで電話を切ったものの、あれ?蔵田さんとは話さないのかなと少し思った。蔵田さんも、この電話は聞こえないふりをしていたようなので、南藤由梨奈の件で共同作業することになったとはいえ、やはりこの2人はあまり接触を持ちたくないんだろうな、と私は思った。
 
私は氷川さんに電話した。織絵を保護していることを言うと、驚いていた。
 
「それで光帆と連絡が取れないんですよ。彼女との直接の連絡手段を何とかできないでしょうか?」
「だったら、こちらで携帯を1台確保して、それを洋服か何かの通販を装って彼女のマンションに投函してきます。その携帯番号をケイさんにお伝えします」
 
↓ ↑ Bottom Top

「ありがとうございます。助かります!」
 

「でも、これどういうメンツなんだっけ?」
と運転しながら樹梨菜が訊く。
 
「全員を説明できるのは多分私だけだよね」
と私は言い、席順に説明していく。
 
「まず助手席に座っているのがドリームボーイズのリーダーで作曲家の蔵田孝治大先生」
「ふむふむ」
「運転しているのはその奥様の樹梨菜さん、歌手名は高木倭文子(しづこ)」
「まあ、もう数年CD出してないけどね」
と樹梨菜。
 
「え?蔵田先生って男の方と結婚したんですか?」
と驚いたように龍虎が尋ねる。
 
「男装しているだけだよ。戸籍上も医学的にも女性だよ」
と私が言うと
「びっくりしたー」
と龍虎は言っていた。
 
↓ ↑ Bottom Top

「男になりたいんだけどねー。子供作るまでは性転換できない」
と樹梨菜は言っている。
 
「でも俺は女には興味ねー。樹梨菜は身体は女でも中身が男だから、将来的に性転換して男になるという前提で結婚した。結果的には合法的に男と結婚できたからな」
などと蔵田さんは言っている。
 
龍虎はそういう話は理解できないようで、首をひねっている。
 
「2列目に乗っているのは、私たち、ローズ+リリーのケイとマリ、そして私の隣に居る可愛い子は、アクアという名前で来年デビューする予定の子。楽曲はゆきみすず先生の詩に東郷誠一先生が曲を付けて歌わせる予定になっています」
と私が紹介する。
 
↓ ↑ Bottom Top

前頁 次頁 時間索引目次

[*前p 0目次 8時間索引 #次p]
1  2  3  4  5  6  7  8  9 10 11 12 
夏の日の想い出・南へ北へ(1)

広告:ここはグリーン・ウッド (第3巻) (白泉社文庫)