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■女子社員ロッカー物語(3)

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「井河比呂志のままでも女で通せないことないけど、もっと女らしい名前にしといた方がいいわね」
 
などと若林さんは言い、俺をすぐできる名刺屋さんに連れて行き「井河比呂志」
改め「井河比呂子」の名刺を作った。それであらためてサミット会場に戻った。参加者名簿も若林さんが「井河比呂子」に訂正してしまった。
 
サミットは初日はずっと講演が続く。社長の基調講演の後、技術担当役員(CTO)、販売担当役員(CMO)の講演、どこかの大学教授の講演、シンクタンクの人の講演など続いて、かなり眠気と戦いながら話を聞く。
 
お昼は会場内でお弁当が配られた。隣の席の女性に話しかけられた。名刺を交換する。女性名義の名刺を出すのはちょっと気恥ずかしかった。彼女は高木慶子さんという人で大阪の枚方から来たらしい。というか俺は「枚方」の読み方を知らなくて尋ねてしまった。
 
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「ひらかた、だよ。確かに関西の人でないと読めない人もいるよね〜」
と言っていた。
 
しかしここで普段、同僚の女子社員とよくお茶など飲みながら、あるいは女子更衣室で会話しているのが役立つ。さりげない話題で話したが、普段のノリでこちらも話すと、向こうも乗ってきて、結構楽しい会話になった。
 
やがて1日目の講演が終わり、パーティーとなる。ここでは盛んにあちこち歩き回ってたくさん名刺交換している人たちがいた。俺は高木さんと一緒にひとつのテーブルの所に根を生やしていた。しかし、巡回している人たちと名刺交換することになる。それで「比呂子」名義の名刺を大量に渡すことになった。あはは。後で、この人たちと関わりが出来た時、俺、どうしよう?高木さんの方はあまりたくさん名刺を持ってきていなかったのか「済みません。名刺を切らしてしまって」と言っていた。
 
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途中で若林さんが来て
「明日の朝は7時に私の部屋に来て。お化粧してあげるから」
と小声で言った。
「はい」
「念のため、あなた用の化粧品一式買っておいたから」
と言ってポーチを渡される。
 
「もし時間があったら、自分で顔に塗る練習してみて」
「はい」
 

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結局ホテルの部屋は高木さんと同室だった。
 
「仲良くなれたからちょうど良かったね」
と彼女は言ったが、それはこちらも同じ気分だった。
 
「女の子同士」の気安さで、「けいこちゃん」「ひろこちゃん」で呼び合うことにする。
 
彼女は関西気質なのか、ほんとに開けっぴろげな性格で、会ったばかりの俺の前でもお風呂から上がったら、裸で部屋の中を歩き回り、ベッドに座って売店で買ってきたというポテチを食べていた。俺は目のやり場に困った。そして、俺が風呂に入った後、服を着て出てくると、
 
「いまどき珍しい古風な子ね」
となどと言っていた。
 
「でもさっき若林さんから渡されたの何?」
「あ、化粧ポーチを。私がお化粧もせずに来ていたのを見て、あんた化粧くらいしなさいと言われて、取り敢えずあり合わせの化粧品を塗ってくれたんですが、私専用のを準備してくれたみたい」
 
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「ああ。私たちって普段は、ほこりまみれ、油まみれになるから、みんなスッピンだもんね。私も実は久しぶりに化粧したんだよ」
と高木さん。
 
「でも私、お化粧なんてしたことなくて」と俺。
 
「新卒だったっけ?」
「大学出てから1年ですが、大学でもほとんどお化粧ってしたことなかったです」
 
ビジュアルバンドに勧誘されたことがあって、その時化粧させられたけど、あの時だけだなあと思い起こす。
 
「ふーん。少し教えてあげようか? できないと彼氏ができた時困るよ」
 
と言って、高木さんはアイシャドウの入れ方、チークの入れ方、口紅の塗り方などを丁寧に教えてくれた。これって、要するに自分の顔をキャンバスにしたお絵描きだよね? うちの会社には無縁だけど、OLさんとかは毎日お絵描きをやっている訳か、などと考えると、ちょっと面白いような気がした。
 
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翌朝、俺が7時に若林さんの部屋に行くと
 
「凄い。ちゃんとお化粧できてるじゃん」
と言われる。
「同室の女の子に教えてもらいました」
「へー。上出来上出来。教え方がうまいんだね」
 
ということで、俺はそのまま2日目に参加した。
 
サミットの2日目は小グループに分かれての色々な討議になった。昨日は女装してるというのが後ろめたい感じでドキドキしていたが、さすがに2日目になると俺も開き直って、男を忘れてすっかり『女子販売員』として、いろいろな意見を出して議論した。
 
この小グループでは高木さん・若林さんと一緒だった。
 
男性販売員の会合にも去年一度参加していたが、女子販売員の会合はあれとは全然雰囲気が違って、討論していても何だか柔らかい雰囲気。厳しい意見など出ても破綻だけはしないような感じにお互いセーブしている様子だった。俺はこんな世界もあったんだと、今まで知らなかった女の子の世界を垣間見た気がした。
 
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2日目が終わってから小グループのリーダー格の人が
 
「せっかく温泉町に来ていますから今夜は温泉にみんなでつかって、遅くまで討論を続けましょう」
と言った。俺は何も考えずに賛成してしまったが、次の瞬間ギクっとする。
 
温泉につかってということは・・・裸になるということだろうか?しかもやはり女湯に入るのだろうか。。。
 

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俺が焦った顔をしたのに気づいた若林さんが俺の腕を引っ張って外に連れ出してくれた。
 
「温泉に行くの、あなたも賛成してたけど、どうすんの?」
「どうしましょう?」
 
「風邪でも引いたといって欠席する?」
 
しかしそれもなんだかもったいない気がした。場所の問題はさておき、俺はまだ彼女たちと色々話がしたい気がしていた。
 
「行きたいけど、無理ですよね」
「そうだなあ。それじゃ女湯に入っても問題のないようにしちゃう?」
と若林さんは言う。
 
「それって・・・・」
「ちょっと手術しちゃうとか」
 
俺はギクっとしてつい股間に手が行ってしまった。
 
「温泉でのミーティングは夜9時から。今は4時。ちょっと電話してみよう」
 
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若林さんはどこかに電話をしていたが、やがて
 
「私の友人が隣町で美容外科を開業しているのよ。今から行って手術してもらいましょう」
と言い出す。
 
「ほんとに手術するんですか?」
「大した手術じゃないわよ」
 
大したことあると思うんですけど!
 
俺は念のためおそるおそる訊いた。
 
「どこを手術するんですか?」
「本当は下を取っちゃうといいんだろうけどね。時間がないよね。だから、おっぱいを大きくするだけ」
と言った。
 
私はアソコ取れと言う話ではなかったので、ちょっとホッとした。
 
「胸にシリコンバッグ入れるだけだからね。手術は部分麻酔ですぐ終わるし、何なら後で外せば元通りだし」
というので、行くことにした。確かにシリコンバッグは抜けば元の通りの胸に戻せるだろう。
 
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「手術代はサミットの雑費として適当に処理しとくよ」
 
などと言っていたが、いいのか?そんなの??
 
若林さんの車でサミット会場の温泉町から20分ほど走る。大きな市があって、その市街地に**美容外科クリニックというのがある。病院は閉まっていたがインターフォンで何か言うと、ドアが開いて中に通される。
 
若林さんの友人らしい女医さんは採血して血液検査をした上で、俺を上半身裸にすると、あちこち体を触っていたが、やがて
 
「じゃ今からね」
と言って、問答無用でベッドに固定され、麻酔を打たれる。
 
「全身麻酔でやってもいいのだけど、急ぐと麗子ちゃんがいうから、部分麻酔でいこうね」と言う。
 

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それはかなり痛い手術だった。麻酔が効いているはずなのに、脇を切開され、胸の皮の下を何か広い刃物で押し広げられている時はもう逃げ出したい感じだった。そしてバッグが挿入され、自分の胸が女の人のように膨らむのを見るとなんだかドキドキしてきた。何かこの胸揉みてーという気分になるが、それ自分の胸なんだけどと思うと、何だか変な気分だ。でもそんなことを考えていたら少し痛みがやわらいだような気がした。
 
けっこう時間がかかったような気がしたのだが実際には30分くらいで手術は終わったようだった。念のためその後2時間ほど安静にしていて、8時くらいになると先生の診察を受ける。
 
傷口がきれいに処理されているため出血も止まっており、胸の付近の感覚はまだまひしたままだったが、先生は「大丈夫ね」と言った。念のため傷口の所には透明な防水テープを貼ってもらった。若林さんは私を車にのせて、温泉町に戻った。
 
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「下の方はタオルでうまく隠しておきなさいね。女の子同士でも別に股間まで見せ合ったりはしないからね」
と言う。
 

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俺と若林さんが戻るとロビーに高木さんたちがいた。
 
「どこ行ってたの?」
「あ、ちょっと買物」
「そろそろ温泉行こうよ」
 
ということで、8人の集団でホテル付属の温泉に行く。外来でこの温泉に入るには2500円もかかるらしいが、宿泊客なのでフロントで出してもらって無料の入浴券を見せて、中に入る。
 
中が洞窟みたいなワイルド雰囲気にデザインされていて、手前に《男湯》と書かれた青い暖簾、奥の方に《女湯》と書かれた赤い暖簾がある。俺たちはその青い暖簾の前を通過して、奥の赤い暖簾をくぐる。あはは、いいんだろうか。でも男とカムアウトしたら高木さんから痴漢として訴えられるかも知れんという気がする。
 
服を脱いで行くができるだけ他の人の肌を見ないように視線を泳がせる。やがて全部脱いでしまうが、俺はお股の付近はしっかりタオルで隠しておいた。
 
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わいわいがやがやとおしゃべりしながら浴室に入る。各自身体を洗ってから浴槽でまた集まる。俺はアレとかアレは足の間にはさんで隠した。
 
何だか胸を触られるので、こちらもノリで触り返す。しかしそんなことをしていても、全然いやらしい気分にならないのが不思議だ。学生時代随分男同士の裸の付き合いを銭湯でやっていたが、女同士の裸の付き合いも悪くない感じだ。
 
そういう訳で、豊胸手術をしたおかげで、俺はこの温泉内ミーティングを和気藹々と楽しむことができた。こんな安易に豊胸なんてしちゃっていいのか?と疑問も感じたが、やっぱこういうのはノリだよな。俺って天性のロッカーだと言われたこともあったし。
 

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3日目のお昼すぎ、サミットも閉会式とパーティーで終了した。俺は若林さんにお礼に行った。借りていた服と化粧ポーチを返し、そして預けていた男物の服を返してもらおうと思ったのだが、若林さんは意外なことを言い出す。
 
「今回は女子販売員サミットで、あなたも女の子としてここに参加したんだから、そのままの格好で支店に戻って報告するべきじゃないの?」
「え?でも。。。」
「資料は全部『セールスレディサミット』になっているからね。黙っているわけにはいかないでしょう」
 
そう言われればそんな気もする。結局化粧品や服はそのままあげるし、男物の服は宅配便で送ると言われ、気が付いたら俺はブラウスとスカートの格好のままで帰りの新幹線に乗っていた。
 
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東京駅から山手線とモノレールを乗り継ぎ羽田空港に入る。荷物を預けてから保安検査場に行く。チケットを見せ、荷物を係員に渡して金属探知器を通ったのだが、キンコンと鳴ってしまった。
 
ポケットなど探ってみるが、特に何もひっかかりそうなものは無い。すると係の女性がハンディの探知機で体をさぐっていたが
 
「ああ、ブラジャーのワイヤーに反応したようですね」
と言われた。
 
そういえば話に聞いたことはあったが、実際にそういう体験をすることになるとは思いも寄らなかった。
 
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