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■寒竹(2)

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修学旅行の1日目は様々な名所や工場などを見学してひたすら歩いたのであったが2日目は松島の遊覧船がメインで、そのあと松島オルゴール博物館と瑞巌寺は少し歩いたものの、石巻市内で昼食をとったあとはそのまま帰途に就いたので、あまり体力は使わずに済んだ。もっぱら移動のバスの中でみんなでおしゃべりに興じる。
 
青葉はバスの中で、今朝おばあさんにもらったこけしを取り出してみた。
「あれ?なんか形が違うね、これ」
「うん。鳴子じゃなくて遠刈田というところのだって」
「へー、胴が細い」
「うんうん・・・でもこれ」
「どうかしたの?」
「かなり腕のいい職人さんが作ってる。高かったろうなあ」
 
「そんなの分かるんだ?」
「凄い気合いが入ってるもん。これいろんなものを封じられそう」
「おまじない、とか、のろい、とかの系統?」
「そう。これ凄い呪具になる。こんな物が私の所に来たということは・・・・」
「なにか起きるとか?」
「たぶん。これ覚悟して掛からないとやばいかも」
 
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そしてその青葉の予感は見事に的中したのであった。
 

 
修学旅行から帰って一週間ほどたった日のことだった。
 
学校から帰ってきて自室で宿題をしていたら、玄関前に車が停まる音がして、ドンドンドンと戸を叩く音。ああ、また借金取りかなあ?などと思って放置していたら「青葉さん、いませんか?」という声。
 
佐竹さんの娘さん、慶子さんの声だ。
「はーい、ちょっと待って」と答えて、玄関に行き、ドアを開けた。
「どうしました?」
「うちのお父さんが、うちのお父さんが、」
「佐竹さん、どうしたんですか?」
「死んだんです。祈祷中に突然倒れて」
「え?」
 
取りあえず家にあげて、お茶を入れ、話を聞く。ちなみに今日は両親ともに不在だった。
 
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「それって昨日の夕方くらいのことですよね?」
「はい」
「ハニーポット使用中だったから、祈祷をしているのは知っていましたが」
「ああ、青葉さんのパワー使って祈祷していたんですね」
「ええ、だからわりと大変な祈祷かなと思っていたのですが」
 
『ハニーポット』(蜂蜜の壺)というのは、霊的な力の貸し出しのことである。佐竹は基本的には自分である程度の霊的な力を持っているので、それで普段は拝み屋さんの仕事をしている。しかし、少し難しい祈祷をする場合、本人の力では足りないので、青葉がパワーだけ支援するようにしているのである。
 
昨日は午後に何度か断続的にハニーポットが使用されていた。本来はパワーを提供する側も現場にいなければならないのだが、青葉は自分の「寄代(よりしろ)」
を作って佐竹に渡しておき、佐竹がいつでも勝手に遠くにいても青葉のパワーを呼び出せるようにしていた。
 
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「内容は、交通事故で入院している人の平癒祈願だったんです」
「かなりの重症なんですか?」
「いや、それが・・・・私も患者さん、見たんですが、本人はかなりピンピンしているのですよね。だけど、なかなか怪我が治らないということで退院できずにいるんです。最初は1ヶ月くらいで退院できるでしょうと言われていたのに、もう事故が起きてから4ヶ月たっているということで」
「ああ、霊障っぽい」
 
「でしょ?それで邪霊を祓う祈祷をしていたようなのですが」
「うーん・・・・・お父さん、何の呪法をしたか分かりますか?」
 
「○○護摩です。病院なので火は焚かずに木を積み上げただけですが。病気平癒とかでは普通にやる呪法なのに。○○様でも押さえきれないくらい強力な相手だったのでしょうか?」
 
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「いや、たぶん・・・・戦ってはいけない相手だったんです。凄まじく強力な相手は、一見いかにも簡単に調伏できそうに見えるんですよ。いったんこちらが戦う姿勢を見せてしまった以上、向こうはこちらを潰しにかかってくるでしょう」
「どうなるんでしょうか?」
 
「このままにしておくと、私も、慶子さんも、その患者さんも危ないです」
「え?」
「向こうは自分に敵対したものをとりあえず全員叩いておこうとするでしょう。私はパワーを提供していたし、呪法の中心はその患者さんだし、慶子さんも助手として現場にいたんでしょう?」
「はい」
 
「体調悪くないですか?私も昨夜から何か来てるなと思って霊鎧を強めにしていた」
「確かに今朝からお腹の調子が・・・。どうしましょう?」
「関わってしまった以上、何とかするしかないですね。私達のレベルで止めないと、私達がやられた場合、慶子さんのお嬢さん、私の姉や両親、患者さんの家族が次はやられる可能性も出てきます」
「嘘・・・・・・」
 
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慶子は当初逃げ腰の雰囲気であったが、しっかりしないと自分の娘まで危うくなると聞き、顔色が変わって、やる気を見せるようになった。青葉は一瞬菊枝の顔も浮かんだ。自分がやられると、関わりがあまりにも深すぎる菊枝の所にも行く可能性がある。しかし菊枝はこんなのに負けないだろうし、既にこの状況を感知しているだろうけど、菊枝の所までいく事態になる前に自分が止めなければならないし、菊枝も当然自分がちゃんと処理するだろうと期待しているに違いない。
 
「とりあえず相手が何なのかを見定めましょう。私も病院に行きます。それで患者さんに訊いて欲しいことがあるのですが」
 
青葉は患者さんに聞いてほしいことをリストアップし慶子に尋ねてもらうことにした。小学生に訊かれても、まじめに答えてくれるとは思えないからである。ふたりで病院に行くと、向こうは恐縮していた。
 
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「やはり、お亡くなりになったんですか。もしかして強力なのろいか何かですか?」
「それで鈴江さん、その正体を見極めたいので、ご協力いただけませんか?この件に関しては私がご依頼を引き継がせてください。このままにすると、鈴江さんも助手として関わった私も危ないので、依頼料は不要ですから」と慶子は言う。
「分かりました」
 
ここで拒否されてしまうと万事窮すだったので、青葉はほっとした。青葉は慶子の助手みたいな顔をして、質問の答えをしっかりメモに取っていた。ベッドのそばに学生服を着た中学生か高校生くらいの男の子がいる。この人の息子かな?
 
青葉はいくつかのケースを想定していた。鈴江さん自身、あるいはその家系に憑いた霊、あるいは掛けられた呪い、事故を起こした車に憑いていた霊、たまたま拾った浮遊霊、事故現場近くにいた地縛霊、など。単純な事故の線はとっくに捨てていた。
 
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「ちょっと事故現場を見てみたい感じですね、先生」などと青葉が言い、それに合わせて慶子が「ええ、ちょっと地図で場所を教えていただけますか?」といって、用意してきていたノートパソコンの電子地図を開く。すると「あ、俺案内しようか?」とその息子が言った。
「おお、彪志(たけし)、案内してあげくれ」
 
慶子の車に彪志と青葉が乗って現場へ向かった。彪志はおおまかな住所を言って、現地に近づくと「そこを右に」とか「その先の角を曲がって」などと指示をする。「もうかなり近くまで来ましたよ」と言い、「そこを左に折れて」と言ってから車がT字路を曲がり、少し走った時だった。
 
「車、停めて!」
と、青葉が突然大きな声で言った。
 
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強い口調だったので慶子はびっくりして急ブレーキで停止させる。
「どうしたんですか?」
「状況が分かりました。ここから向こうに行っちゃダメ」
「え?」
 
「そこに廃車があるでしょ?あそこより先に行くと事故起こします」
「ああ、たしかにあれ何か怖い」
「ちょっと降りてみましょう」
 
3人で車の外に降り立つ。
 
「ふーん、やはり君の方がメインだったね」と彪志は言った。
「まあね」
「親父に質問している時の雰囲気が何となくそんな感じがした」
 
「すみません。じつはこちらのほうが大先生なんです。でも小学生が大先生とはにわかに信じてもらえないから」と慶子。
「大丈夫ですよ。親父には当面黙っておくし。君、未雨ちゃんの『妹』でしょ?」
「なんか『妹』というところが微妙なイントネーションだね」
「別の性別で言わない配慮を評価して欲しいね」
 
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「ありがとう、配慮してくれて。姉貴の同級生?」
「今は違う。でも小学校の時に2回くらい同じクラスになったよ」
「そっか。でも今回は災難だったね」
「何か分かった?」
 
「もうここで分かっちゃうよ。事故現場って、あそこの崩れかけた家の近くでしょ」
「ピンポーン。あそこでスリップして、そのとなりの空き地に突っ込んで停まった。俺も乗ってたからね。警察の現場検証は俺が対応した。しかし今考えてみると怪我したのが親父だけというのが奇跡的だよ」
「それは運が良いね」
 
「地縛霊か何か?」
「地縛霊ならまだ対処のしようがあるんだけどね。あれはダークスポット」
「ブラックホールみたいなもの?」
「うん。数百年かけて地縛霊が集まってできた場所だと思う」
「地縛霊に引かれて他のネガティブな霊が集まってきて、どんどん強力になっていったものですね」と慶子が言う。
「たぶん」
 
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「で、どうするの?封印しちゃうの?」
「無理。こんなの封印しようなんて、湖をガスコンロで温めようとするようなもの。この場合はここと私達のつながりを切っちゃう」
 
「ああ、心霊スポットで拾っちゃった霊をまたそこに置いてくるみたいな?」
「うんうん。それに近いことやる。ちょっと準備が必要だからいったん戻ろう」
「俺にも手伝わせてよ。俺、霊的なものに強いと思うんだよね」
「確かに強そうね。彪志さんだったね。凄く強いオーラ持ってるし。じゃ、明日の放課後、病院で落ち合ってから」
「OK」
「私は何をすれば?」
「清めの塩を1kgくらい、お願いします」
「分かりました」
 

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