広告:ここはグリーン・ウッド (第6巻) (白泉社文庫)
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■春乱(7)

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桃香は出産した当日はひたすら眠っていたが、11日朝になると赤ちゃんが同じ部屋に連れてこられ、やっと自分も母親になったんだなという自覚が出てくる。桃香はどちらかというと「父親」というものになってみたい気もあったのだが、困ったことに精子を持っていないので、母親でもいいかなあと考えていた。
 
実は早月は「母親になりたかった」千里を父とし、「父親になりたった」桃香を母とする子供である。
 
「まあ私たちも割れ鍋に綴じ蓋だよね」
などと桃香は独りごとを言った。
 

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桃香は15日(月)に退院することになった。青葉たちはその退院まで見届けてから、高岡に戻ることにした。
 
千里は実際には桃香が出産した10日の夜は病院近くのホテルに泊まったものの、11日は「悪いけど仕事があるから」と言って、夕方車で移動したようである。どうもその時間帯から仕事があるようだ。出生届などを出してきてくれた12日も14時すぎに帰り、13日は午前中のみで帰った。
 
青葉もなにやら忙しいようで、11日は夕方まで居たものの12-13日は午後から用事があるとかで新宿だか青山だかに出たようである。千里の車に同乗して都心に出たようだ。
 
つまり12-13日は午後は朋子だけになったが、その朋子も桃香の状態が安定していることもあり、18時くらいで病院を引き上げている。
 
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13日の夜20時頃。千里が
 
「桃香、放置していてごめんねー」
と言って病室に入ってきた。
 
「えっと・・・」
 
桃香としてはこの日、千里は朝出てきて13時頃まで一緒に病室に居てくれたと認識している。お昼を食べに出た朋子が戻ってきたところで青葉と一緒に病室を出て、お昼を食べてから都心方面に一緒に出たようであった。
 
「今日夕方4時頃日本に着いたんだよ。色々挨拶とかあって、6時くらいにやっと開放された」
などと千里は言っている。
 
早月ちゃんだっこしていい?というので抱かせると、嬉しそうに抱っこしている。
 
桃香は“この千里”は、ほんとにこれ初めて早月を抱いたのでは?お昼までいた千里とは別人ではという気がしてきた。もしかしたら解離性同一性障害(いわゆる二重人格)??
 
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「これシアトルで買ってきたクッキーね」
と言ってクッキーの袋を出す。
 
「おお、これは美味しそうだ!」
 
ホームメイドっぽいもので品名などが手書きで書かれている。しかしとても美味しそうである。
 
「知る人ぞ知る店って現地の人に教えてもらったんだよ。マイクロソフト饅頭とか、アマゾン煎餅とか聞いてみたけど、そんなの無いって」
「聞いてみたのか!?」
 
桃香はそんな訳の分からないもののことを訊かれた人に少し同情した。
 
「野球のシアトルマリナーズとか、アメフトのシーホークスとか有名だから、それのグッズはわりとあったんだけどね〜。シーホークス・クッキーはあったよ。人形焼きのクッキーバージョンという感じ。アメフト選手の形してるの」
 
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「なるほどー!まあマイクロソフトのファンというのはあまり居ないかもな。アップルのファンは多いけど」
 
「アップルはワシントン州じゃなくて、カリフォルニア州のクパチーノだもんね」
 
「あと、これも美味しそうだから買ってきた」
と言ってチョコレートの箱を出す。
 
「おぉ!これは美味しそうだ!」
「ここ、オバマ前大統領のお気に入りのお店だったらしいよ」
「へー。でもこれはひとりで食べるのはもったいない。明日みんなで分けて食べよう。千里明日は?」
 
「ごめーん。18日からまた合宿だから、調整しないといけないし」
「うん。無理しないで」
「桃香、いつ退院するの?」
「15日」
「そっかー。私来られないと思うけど何かあったらすぐ呼び出してね」
「あ、うん」
 
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それでその千里は21時頃、帰っていったものの、桃香はお土産のクッキーとチョコを見つめて、腕を組み
「うーん」
と声をあげて悩んだ。
 

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14日。青葉と朋子はタクシーで9時頃出てきたが、千里はまだ出てきていなかった。
 
桃香が
「これ千里から昨夜もらったもの」
と言って昨夜千里からもらったチョコを見せる。
 
「千里ちゃん昨日の夜に来たの?」
「うん。夜8時頃1度来たんだよ」
 
「でもなんか豪華なチョコだね!」
 
箱の裏を見て青葉が言う。
 
「ここは割と有名なお店だよ。日本からもオーダーできるはず」
「ああ、日本でも買えるのか」
「でもこれ May 12 10:02 というスタンプが押されている。日本時間で言えば13日の午前2時。シアトルから日本まで飛行機で10時間掛かるから、実際に昨日の朝、シアトルのひょっとしたら空港内で買って持って来たものかも」
 
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「じゃやはり千里はシアトルに行っていた訳?」
と桃香が訊く。
「たぶんお友達がね」
と青葉は答える。
 
「あ、そういうことか!」
と桃香は納得したようである。
 
桃香は落雷による記憶の混乱ということで納得したようだが、青葉はたぶん千里姉の代わりに日本代表の遠征に行っていた眷属さんが買ってきたものだろうと思った。
 
ただ普段の千里姉なら、そのあたりをうまくやって、不自然さを感じさせないようにするはず。それがもしかしたら落雷のせいでコントロールが効かなくなっているのかも知れないと青葉は思った。
 

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取り敢えず青葉がお茶を入れてチョコを摘まんでいたら、その千里が出てきた。
 
「早朝に試合やってたから、遅くなった」
などと言っている。
 
「試合してたの?」
「うん。勝ったけどね」
「へー!」
 
「千里ちゃん、頂いているよ」
と朋子が言う。すると千里は
 
「それ美味しいでしょ? オバマ前大統領のお気に入りだったんですよ」
と言った。
 
その答えを青葉は意外に思う。“この千里”はひょっとしたらチョコのことを知らないのではないかと思ったのである。しかし知っていたということは、この千里姉が昨夜このチョコを桃香の所に持って来たのだろうか。
 
「バスケの友人がアメリカに行っていたんだよ。昨夜あちこちに配っていたみたいだけど、最終的に何個か余ったといって実はもうひとつ同じのをもらった」
などと言って、同じチョコのパッケージを出す。
 
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「わっ」
「こちらのパッケージは青葉、高岡に持ち帰ってから食べるといいよ」
と言って、千里は青葉にそれを渡した。
 
「うん。じゃもらっちゃうね」
と言って、青葉は笑顔で受け取った。
 
「あれ?千里の友だちがアメリカに行ったんだっけ?」
と桃香が訊く。
「そうだけど。昨夜そう言わなかったっけ?」
 
「千里自身がアメリカに行って来たのかと思った」
「だって私昨日午前中にも来たじゃん。そんな7−8時間でアメリカまで往復できる訳無い」
と言って千里は笑っている。
 
「そうだよな!」
 
それでこの話は何とかまとまってしまったものの、青葉はどうにも疑問が残る感じだ。
 
この日は青葉も千里も1日中付いていられるということだったが、ふたりはこの日は16時で引き上げ、退院後に必要になる、おしめ、ミルク、哺乳瓶、搾乳器、洗浄剤、ベビー服、などの買い出しに行ってくれた。
 
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青葉は12日の午後は恵比寿のケイのマンションでローズ+リリーのアルバムに関する打合せをしたのだが、13日の午後は、今度は実は信濃町の§§ミュージックでアクア・プロジェクトの打合せしていた。
 
「なるほど今年はアクアの映画は夏休みに主な部分を撮影して、冬休みに公開というパターンですか」
 
「昨年は『ときめき病院物語』の撮影と『時のどこかで』の撮影がクロスオーバーする中で映画の撮影を無理矢理割り込ませて、しかも夏休み中に映画公開という強引なことをしましたからね。それでアクア君がライブ中に倒れたりして、ファンからもアクアちゃんをもっと休ませてあげてという手紙やメールが大量にあったんですよ」
とTKRの三田原課長が言う。
 
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「それで今年はときめき病院物語の撮影がクランクアップする6月から、映画の撮影に入り、アクア主演のドラマは10-12月は無しで、1-3月の1クールの放送にするということで、上島先生の了承を頂きました」
と事務所社長の秋風コスモスは言っている。
 
「すると映画の主題歌は秋以降に制作すればいいですね」
「そういうことになります」
「じゃ次のシングルは普通の曲でいいですね」
「はい。それで夏休み前、7月5日か12日くらいの発売を考えたいと」
 
「ですから6月上旬に制作したいので」
「5月中に作品提供ですね。いいですよ」
と青葉は微笑んで言った。
 
まあ、このくらいの急な日程での仕事にもかなり慣れてきたね!
 

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桃香は15日午前中に先生の診察を受けて退院許可が出る。千里はこの日、11時頃出てきた。
 
桃香の希望で籐製のバスケットに早月を入れて退院する。このバスケットは実は昨年奏音を出産した優子からの借り物(優子と桃香の事前の話し合いに基づき今回朋子がこちらに来る時に持って来てくれていた)なのだが、図らずも姉妹が同じバスケットを共用することになった。
 
千里はランドクルーザー・プラドを持って来ていた。
 
「いつこれこちらに持って来たの?」
と青葉が驚いて訊く。
 
「今朝こちらに持って来てもらった」
「へー!」
 
(実は貴司が5月17-21日に東京のNTCで日本代表候補の合宿があるので、そのついでに持って来てよと頼んで持って来てもらったものである。実際には矢鳴さんにお願いして、貴司と交代で運転してこちらに運んで来てもらっている)
 
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プラドの3列目右側にベビーシートが設置されている。このベビーシート自体は千里が数日前に買ったものらしい。
 
「ああ、これ回転式か」
と桃香が言っている。
「うん。固定式はけっこう乗せにくい。特にこういう背の低い車では乗せにくい」
と千里。
 
ベビーシート自体の取り付け練習は桃香が少し元気が出てきてからさせると千里は言っていた。
 
「シートベルト固定式なのね」
と朋子。
 
「ISOFIXの方が簡単で安全度も高いけど、取り付けられる車種が限られるんですよね。私色々な車に乗ってるから、どんな車にでも取り付けられるものがいいと思って」
 
「確かにそうだよね!」
 

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それでそのベビーシートに早月を乗せ、隣に桃香が座る。2列目に青葉と朋子が座って、千里が運転席に就く。
 
千里はプラドを運転して大宮の彪志のアパートに行った!
 
実は経堂の桃香のアパートに置いた場合、何かあった場合に千里がすぐ動けなかった場合にやばいということになり、それなら彪志のアパートの方が安心ということで、結果的に彪志に桃香のお世話を頼むことにしたのである。青葉も千里もできるだけ彪志のアパートに寄り、彪志にあまり負担を掛けないようにするということにしていた。
 
実際には千里が毎日お昼頃に出てきてお昼ごはんを作ってくれて、その後は午後いっぱいパソコンで何か作業をしている様子である。そして夕方晩御飯を作って21時すぎに「仕事があるから帰るね」と言って帰っていく。彪志君とはだいたい入れ替わりになることが多かったが、たまに彪志君が先に帰ってきて3人で一緒に御飯を食べる場合もあった。
 
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「自分で御飯を作らなくていいのは楽だ!」
と彪志が言っていた。
 
「青葉も東京の大学に入れば彪志君と一緒に暮らせたのにね」
と千里が言う。
「私もそうするものだと思っていたんだけど」
と桃香も言う。
 
「青葉はお母さんをひとりにしたくないんですよ。助けてもらった恩を感じているから」
と彪志。
「つまり桃香が高岡に帰っていたら、青葉はこちらに出てこられたのかな」
と千里が言うと、桃香は咳き込んでいた。
 

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桃香から見て“千里の症状”はわりと安定しているように見えたが、18日には午前中に出てきて
 
「このあと23日まで合宿で、その後、ヨーロッパに遠征に行ってくるけど、何かあったら連絡してね」
と言った。
 
「うん。気をつけてね」
と言って桃香は送り出したものの、千里は翌日以降またちゃんと午後に来てくれていた。
 

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15日夕方の新幹線で高岡に戻った青葉は、大学に出席する一方で、裁判所に行って「性別の取扱いの変更の申立書」の用紙をもらってきた。一応裁判所の係の人が詳しい説明もしてくれた。
 
その日のうちに青葉の手術をしてくれた病院にいき、性別変更に必要な診断書の作成を依頼する。
 
「青葉ちゃんは、色々特殊すぎて、法令上の書式に馴染まないなあ」
などと主治医の鞠村先生は言っていた。
 
「裁判所から色々疑問を呈されたら、遠慮無く呼び出して。説明に行ってあげるから」
「よろしくお願いします」
 

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それで書類自体も鞠村先生に確認してもらい、5月22日、自分の誕生日の朝1番に富山家庭裁判所高岡支部に朋子と一緒に行って、提出した。
 
「ああ、今日20歳の誕生日なんですね」
「はい。それで提出しに来ました」
「性別再設定手術は・・・・5年も前に受けたんですか!」
「ひじょうに特殊な例ということで、特例中の特例中の特例ということで、倫理委員会の許可が下りたんですよ」
「ああ。手術はあそこの病院ですね」
 
たぶんあそこで手術した人の性別変更申請が多いので、裁判所の人も信頼しているのだろう。
 
他にも色々尋ねられたが、青葉や朋子が丁寧に答えると
「分かりました。これで受け付けます」
と言われた。
 

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この日は金沢へのアクアの往復は明日香に頼んでいる。
 
それで裁判所(越中中川駅の近くにある)が終わったら、青葉と朋子はそのまま新高岡駅に移動し、新幹線に飛び乗った。
 
新高岡11:10 - 13:26大宮
 
それで大宮の彪志のアパートに行く。彪志は会社に行っていて留守であるが、ここには桃香が早月と一緒に今長期滞在している。そして千里もだいたい毎日午後にここに滞在しているらしい。
 
「ちー姉、今日は何時までいいの?」
と青葉は訊く。
 
「21時頃から仕事があるから抜けるよ」
と千里。
 
「了解〜」
 

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