【クロスロード3】(2)

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「えーー!?千里ちゃんは見えるの?」
「私も、そういうのぜーんぜん見えない」
「ちょっと安心した」
 
「君確かに少し霊感あるみたいだけど、幽霊とか妖怪とか見ることもない?」
と竹田さんが千里に訊くが
「私、そういうの見る感覚が全然無いみたいです」
と千里は答えた。
 

カフェでみんなを座らせ、千里がまとめて注文し、いちばん気心の知れている天津子と2人で紅茶を配る。むろんお嬢様の舞花はこんな所で動き回ったりはしない。
 
「コーヒーじゃなくて紅茶というところが偉い」
と渡辺さんが言う。
 
「刺激物のコーヒーを避ける方もあるかと思いまして」
と千里は言う。
 
「うん。確かに占い師や霊能者には刺激物を避ける人が結構いる」
「かなり厳しい禁忌を維持している人いますね」
「肉や魚を食べない人も多いから、おもてなしする時に悩む」
 
「渡辺さんもあまりコーヒー飲まないよね。僕はテレビ局の打ち合わせとかでは飲むけど、個人的にはやはり紅茶派」
と竹田さんが言う。
 
「私も割と紅茶の方が好き〜」
と舞花さん。
 

「でも、なんでこんな凄い人たちが来てるの?」
と天津子は千里に訊いた。
 
「おふたりとも、青葉を小さい頃から知っていたのよ」
「へー!」
と天津子は本当に驚いているようである。
 
「竹田さんはテレビに出てて知ってるだろうけど、よく私のこと知ってたね」
と渡辺さんが言う。
 
「だって、お二方とも日本で五指に入る凄腕霊能者じゃないですか」
と天津子。
 
「ほほお。五指って誰と誰?」
と竹田さんは楽しそうに訊く。
 
「えっと、竹田宗聖さん、渡辺佐知子さん、長谷川瞬嶽さん、中村晃湖さん、それと私です」
と天津子。
 
「おお。自分を入れるのは偉い」
「だって今あげた4人の方以外には簡単には負けないつもりです」
「そういう主張する子、僕は大好きだよ」
 
と竹田さんは本当に天津子が気に入ったようであった。
 
「でもあなた自分でそう主張するだけのパワーは持ってると思う」
と渡辺さんが言う。
 
「ありがとうございます」
 
「しかし君があげた5人が全員今日は集まることになるね」
と竹田さん。
 
「えーーー!?」
 
「長谷川瞬嶽さんは昨日から来ておられるし、中村晃湖さんも別便で来てくださることになってるんだよ」
と千里。
 
「うっそー!?」
「瞬嶽さんは青葉のお師匠さんだし」
「うん。それは知ってるけど、あの人、めったに山を降りないというのに」
「愛弟子の家族の葬儀というので特別に降りてきたみたい」
 

やがて政子が乗った新幹線が到着する。全員カフェを出て迎えに行く。政子はウンガロのブラックフォーマルを着ている。
 
「政子さん、お疲れ様」
と言って千里は彼女に近づいて行く。
 
「ごめんねー。遅刻しちゃって」
「多少の時間の余裕はあるから大丈夫ですよ」
と千里は言う、
 
「あれ、ローズ+リリーのマリちゃん?」
と竹田さんが言う。
 
「あ、はい。あ!霊能者の竹田宗聖さん!おはようございます」
と政子がびっくりしたようにして挨拶する。
 
「うん。おはよう」
 
「でも私の顔を知っている人は少ないのに」
と政子が言う。マリは極端にメディア露出の少ないアーティストである。
 
「以前某局の番組で写真から守護霊を見て、運気を占うなんてのやらされた時、マリちゃんを鑑定したんだよ」
「わっ、それで!私の守護霊ってどうです?」
 
「写真で見た時も巫女さんっぽいなと思ったんだけどね。生で見るとよく分かる。お筆先を書く巫女だよ」
と竹田さん。
 
「あ、私はチャネラーだって言われたことあります」
「うんうん。チャネラーだと思う。教祖様になれるタイプ」
「年取ったら何とか教とかやってみようかな」
などと政子は言っているが半分本気かもと千里は思った。
 

「でも竹田さん、もしかして青葉の知り合い?」
と政子は千里に訊く。
 
「小さい頃から知ってたんだって」
「へー!」
 
「マリちゃんは青葉ちゃんとどういう関わり?」
と竹田さんが訊く。
 
「ケイが6月下旬にこのグループと遭遇したんですよ」
と政子。
 
「うん。あれは凄い遭遇でした。5つのボランティアグループがある避難所でバッタリ遭遇したんですよ。その後、1度再度東京で集まっていろいろ話して意気投合したんですけどね。私たちはこのグループをクロスロードと呼んでいます」
と千里。
 
「ほぉ、避難所で?」
「私と桃香はファミレスから派遣されて炊き出しをしてたんです。青葉は霊的な相談に乗ってあげていて、あきらという美容師さんは散髪のボランティア、そして淳・和実というペアは募金を元に救援物資を調達して届けるボランティア、そしてケイさんはローズクォーツというユニットで慰問ライブをしに来たんです」
と千里は概略の説明をする。
 
「それでその5組が偶然その避難所に居た時、大きな余震が来て、赤ちゃんが火傷したのをその5組で協力して応急処置したって言ってたね」
と政子は千里を見ながら言う。
 
「そうそう。それで親しくなったんだよ」
 
ここで千里はその全員がMTFの人を含んだグループであったことは説明していない。しかし竹田さんは
 
「不思議な縁だね」
と言う。
 

「あれ?今ローズクォーツとか言いました?ローズ+リリーじゃなくて?」
と渡辺さんが訊く。
 
「ケイは去年の秋からローズクォーツというユニットをしてるんですよ。ケイの他に男の人3人のロックバンドなんですけど」
と政子が説明する。
 
「知らなかった。じゃローズ+リリーはやめちゃうの?」
と渡辺さん。
「ああ、ケイは両方やっていくつもりみたいです」
と政子。
 
「へー。でもローズ+リリーもなかなか新譜出さないね」
と渡辺さんは言ったが
 
「昨日新譜をリリースして今ケイはそれで全国キャンペーンで飛び回っているところです」
と千里が言う。
 
「え?そうなの?」
「そのキャンペーンでの移動中にケイさんは昨日通夜に寄ってくださったんですよ」
と千里が言うと
「あ、結局、ケイ昨日寄ったんだ?」
と政子。
 
「うん。今朝、4時に仙台に移動したよ」
「忙しいなあ。性転換手術してまだ3ヶ月なのに、もっと休んでいればいいのにさ」
と政子。
 
「ケイちゃん、性転換手術受けたの?」
と竹田さんが驚いたように言う。
 
「ええ。4月3日にタイで手術しました」
と政子。
 
「そんなの受けたら半年くらい動けないのでは?」
「半年くらい寝てればいいと思うんですけどねぇ。あの子、手術して1ヶ月もしない内にローズクォーツのライブで歌いましたからね」
と政子。
 
「信じられん!」
と竹田さん。
 
「超人的ですね」
と舞花は言うが
 
「ってかそれ酷使されすぎ」
と渡辺さんは顔をしかめる。
 

「そうだ。みなさんに1枚ずつあげますね」
と言って政子は『夏の日の想い出』のCDを出して、竹田さん・渡辺さん、それに千里・舞花・天津子にも1枚ずつ配る。
 
「マリちゃん、どうせならサインしてよ」
と竹田さんが言うので
「いいですよ」
と言って、政子はその5枚に全部ローズ+リリーのサインをした。
 
「あれ?でもこのCD、クレジットがローズクォーツってなってる」
と渡辺さん。
 
「その件、ケイさんから聞きましたが、どこかで行き違いが生じてそういうクレジットになってしまったようですが、実質ローズ+リリーのCDです。その版は発売日の前日に急遽CDライターで作ったCD-R版なので、単にローズクォーツのクレジットになっていますが、その後工場でプレスした版ではローズクォーツwithローズ+リリーというクレジットになったそうです」
と千里が説明する。
 
「あ、その辺は私もまだ聞いてなかった」
と政子。
 
「ローズクォーツのタカさんと★★レコードの部長さんが話して、そういうクレジットに変更したらしいよ」
と千里は政子に説明する。
 
「ローズクォーツも実際問題として誰がコントロールしてるのかさっぱり分からないなあ」
と政子は少し呆れた風に言う。
 
「リーダーのタカさんはコントロールできてないの?」
と千里。
「あ、時々タカがリーダーと思ってる人いるけど、リーダーはマキ」
と政子。
「え?そうだったの?誤解してた」
 
「バンドを統率しているのはタカでメンバー個人のスケジュール管理からライブハウスとの折衝とかも彼がやってるけど、音作りはケイ主導でやっててMCもケイだし、生演奏の曲目決めや演奏タイミングはサトが決めている。営業してるのは須藤社長だけど、スケジュールを最終的に決めているのは花枝さん。アルバムの構成に関しては、ケイと★★レコードの町添部長との話し合いで事実上決まってしまうようだし。でも★★レコードの本来の担当は南さん」
 
「なんか船頭多くしてだね」
と竹田さん。
 
「でもバンドリーダーって結構目立たないことが多いわよね」
と渡辺さんが言う。
 
「そうそう。シャ乱Qのリーダーはつんくじゃなくてはたけだし、米米CLUBのリーダーはカールスモーキー石井と思ってる人多いけどBONだし、Princess Princessも奥井香がリーダーと思っている人多いけど実は渡辺敦子だし」
と竹田さんは幾つかの名前を挙げる。
 
「まあリーダーはバンドをまとめていればいいのであって目立つ必要はないから」
と舞花は言うが
 
「ローズクォーツの場合は結局何もしてないのがマキかな」
と政子は言う。
 
「君臨すれども統治せずだな」
と竹田さんが言った。
 

結構立ち話した上で駐車場に移動し、車に乗り込む。
 
「冷めちゃいましたけど、一応ホカ弁を少し買ってます。おにぎりやお茶もありますので、適当に取ってください」
と千里は言ってから運転席につく。
 
舞花が助手席に乗り、2列目に渡辺さん・天津子・政子、3列目に竹田さんが乗ったのだが・・・・
 
「マリちゃん、席変わろうか?」
と途中で竹田さんが言う。
 
「あ、大丈夫です。あとお弁当1つくらいで終わると思います」
と政子は言う。
 
竹田さんがこんなことを言い出すまでに政子はお弁当を5個たいらげていて、その度に後ろの座席の竹田さんが政子にお弁当をとってあげていたのである。
 
天津子も渡辺さんもポカーンという感じの顔をしていた。
 
「でも越智さん、凄いネックレスしてますね」
とお弁当を食べながら政子が言う。
 
「あ、私も思った」
と渡辺さんが言う。
 
「いやこれ大したことないですよ」
と舞花。
 
「それ800万円くらい?」
と天津子が訊く。
 
「正解!すごーい!」
と舞花。
 
「ひぇーっ」
と渡辺さんが悲鳴に似た声をあげる。
 
「いや、渡辺さんが付けておられるのも結構良い品」
と政子。
 
「そちらは80万円くらいですよね」
と天津子。
 
「なんでそんなに目利きができるの?」
と渡辺さんが訊く。
 
「私、パワーストーン・ヒーリングとかもしてるから、石にはうるさいですよ」
と天津子。
 
「むしろマリさんがそんな安物の貝パールのネックレスしてるのが信じられないんですが」
と天津子は言う。
 
「あ、これヤフオクで落とした800円のネックレス」
と政子。
 
「800円!?それってプラスチックなのでは?」
と渡辺さんは言うが
「いえ、貝パールですよ。お店で買ったら1-2万円の品。但し何個か傷のついた珠がある」
と天津子は言う。
 
「そうそう。それでジャンク品扱いで。紐も切れてたの交換したし」
「なるほどー」
 
「私は建前上、引退中の身だから。一応一般人ということで。実際今収入はゼロですよ」
と政子。
 
「でもこないだアルバム出しましたよね。そして今回シングル」
と天津子。
 
「アルバムは引退したアーティストの『追悼版』という名目で。シングルもそういう訳でローズクォーツ名義になってるし。それに、CDの印税が入るのは3ヶ月単位で締めてその3ヶ月後だから7月に売ったCDのお金が入るのは来年の1月なんですよ」
と政子。
 
「それでも経費は何百万・何千万単位で掛かりそう」
と天津子が言うが
 
「いやローズ+リリーの経費は多分数億円規模」
と竹田さんは言う。
 
「今貯金を食いつぶしてる状態です」
と政子。
 
「歌手で売るのって運転資金が大変なんですね」
 

千里の運転する車が大船渡に到着したのは12時半頃であった。少しして彪志の母が運転する和実や小夜子たちが乗った車が到着し、14時前に、礼子の友人5人を乗せた彪志の父が運転する車が戻ってきた。
 
礼子の友人は最初3人という話だったのだが、その後お互いに連絡を取り合って5人に増えたということであった。それで最初は早紀の母が最初自分の車で迎えに行くつもりだったのだが、急遽エスティマを使うことにした。しかし早紀の母はエスティマのような大きな車を運転する自信が無いというので彪志の父がドライバーをすることにし、早紀の母は同乗して単にお迎え役として往復した。
 

葬儀の準備が慌ただしく進む中、桃香が何だか悩むような顔をしている。
 
「桃香、どうしたの?」
と千里が声を掛ける。
 
「千里、ちょっと相談に乗ってくれ。あ、待て、青葉とうちの母ちゃんも呼んでこよう」
 
というので結局4人で別室に集まる。
 
「実はだな。香典になんか凄い金額を包んでいる人がいるんだよ。藤原夫妻、山園さん、それに竹田さんの香典袋に10万円も入っていた。中村さんも5万包んでくれている」
「わっ」
 
「私も普通の葬儀のつもりでいたから、香典はみんな3000円か5000円程度で、ビール券3枚、2118円分を会葬御礼に同封して渡せばいいと思っていた」
 
「それ既に渡しているんだっけ?」
「受付のレベルで香典袋を頂いたのと交換に渡している」
と桃香。
 
「でも10万円に対して2000円だけって訳にはいかないね」
と千里。
 
「どっちみち、この人たちには後で交通費を計算して渡すつもりだったから、その時にあらためて香典返しを渡すべきじゃないかと思う」
「でもいくら香典返しすればいいんだっけ?」
 
「普通は半返しというけど、ちょっとこういう高額の香典は悩むね」
と朋子。
 
「他の人は?」
 
「他の霊能者さんたちはだいたい3万円包んでくれている。そしてこれはあまりにも香典袋が重かったので、受付をしてくれていた真穂さんが私の所に慌てて持ってきたのだが」
 
と言って桃香が見せる香典袋には《唐本冬子・中田政子》と書かれている。
 
「何?その分厚い袋は?」
と朋子が顔をしかめる。
 
桃香が中身を取り出す。
 
「この通り、銀行の帯封がしてある」
「ぶっ」
「100万円〜!?」
 
「こんなのどうするよ?」
と桃香。
 
「芸能界相場だね。あの世界はこのくらいが普通だから。多分時間があったら誰かに相談して金額を決めたのかも知れないけど、急だったんで普段の感覚で金額を決めちゃったんだよ」
と千里が言う。
 
青葉が言った。
「ちょっと竹田さんに相談しよう」
 

それで竹田さんを呼んできて、香典返しの金額について相談した。
 
「1万円通しで良い」
と竹田さんは明解に言った。
 
「3万円未満の香典に関してはふつう通り、ビール券3枚でいいと思うよ。3万以上の香典に対しては3万でも100万でも1億でも香典返しは1万円分のギフト券にしておけばいい。その件僕がみんなに話してあげるよ」
と竹田さん。
 
「竹田さんがそう言ってくださるのでしたら、そうしましょうか」
 
と青葉が言い、高額香典に関しては、千円のVISAギフト券10枚を追加で渡すことにし、桃香がすぐ手配した。また冬子・政子の100万円のような常識外れの金額のものについては、後で何か記念品でも贈ろうということで話がまとまった。
 

葬儀は14時から始まる。
 
昨日の通夜も結構な人数が居たのだが、この日は青葉がこちらの学校で所属していたコーラス部の友人たちや元同級生なども大量にやってきたし、祖母の知り合いの老人たちがまた大量にやってきて、会場は人であふれ、パイプ椅子が20-30個新たに置かれたりもした。
 
祭壇に5つの骨箱(青葉の姉・父・母・祖父・祖母)が並べられ、瞬嶽を中心に3人の僧の読経で葬儀は進められた。
 

この読経が行われていた最中に、菊枝が千里に声を掛けた。
 
「ちょっと相談したいことがあるんだけど少し外に出ません?」
 
と言うので、いったん一緒に外に出る。そして密談しやすそうな場所と言って、ふたりで女子トイレの中に入り、更に一緒の個室に入ってしまう!桃香に見られたら嫉妬されそうだと千里は思った。
 
菊枝は念のためふたりを包み込む結界を張る。
 
「凄いね。結界張ると、ふつうの霊感の強い人は一瞬、その結界を精神的に見回すんだ。千里ちゃん、まるで結界が張られたことに気付かないかのようだった。霊感ゼロの人みたいに。それだけで千里ちゃんが実は桁外れに凄いパワーの持ち主だということが判断できる」
と菊枝は言う。
 
「済みません。私、その手のものがさっぱり見えなくて」
「見えないけど、感じるタイプだよね?目を使わなくても身体全体がセンサーになっている」
 
「そのあたりも良く分からないのですが。でも高校生時代にバスケやってて、私、後ろから飛んでくるパスを直前になるまで振り向かずにキャッチできてました」
「心の目がボールを見てるから飛んでくる方向に走れるんだろうね」
「お前、後ろに目があるだろ?って言われてました」
 
菊枝は頷く。
 

「千里ちゃん。私はあなたを見誤っていたよ」
と菊枝は言った。
「はい?」
と千里は笑顔で返事する。
 
「青葉はほんとに最良の保護者を見つけたんだね」
と菊枝。
「そうですね。性別に関して似た立場ですし」
「ああ。それもあるだろうけどね」
と菊枝。
「私、4日前に去勢手術を受けたんですけど、青葉も先々週、睾丸が自然消滅したそうです。私たち縁が深いみたい」
 
「自然消滅なんて凄いね。千里ちゃん性転換手術はいつ受けるの?」
「私は来年くらいに手術するつもりですが、青葉はまだ年齢的に受けられないんですよ」
「ふーん。。。。でもきっと青葉も来年やっちゃうよ。千里ちゃんが手術するんなら」
「そうですね。そういうこともあるかも知れませんね」
 

「『それ』にも気付く人って、私と師匠くらいだろうなあ」
「私が田舎に居た時の宮司さんと巫女長さんは知ってます。最初の状態を見ているので」
「ああ、最初を見た人だけかもね」
 
と言ってから菊枝はふと思い出したように言う。
 
「千里ちゃん、書きやすそうな筆ペン使ってたね」
「これですか?」
と言って千里はバッグの中から今回の葬儀で使っている筆ペンを取り出す。
 
「ちょっと書かせて」
「はい」
 
と言って千里は筆ペンを渡す。菊枝はメモ帳にその筆ペンで『騰蛇・朱雀・六合・勾陳・青竜・貴人・天后・大陰・玄武・大裳・白虎・天空』と書いた。千里が微笑む。
 
「この筆ペン、私にくれない?」
「筆ペン『だけ』なら差し上げます」
 
「その子たちは・・・・千里ちゃんが死なない限り、もらえないみたいだし」
 
「菊枝さんなら私の心臓を今すぐ止められるでしょうけど、私まだ死にたくないので勘弁してくれると嬉しいです」
 
「私は夜神月にはなれないよ。千里ちゃん、青葉が死ぬまでは見守ってあげて。たぶん私は青葉より先に逝くだろうし」
 
そう言って菊枝は十二天将の名前を書いたメモ帳を千里に渡した。
 
「私も自分の寿命は分かりませんけど、あの子、自分の鍵を私に預けたなんて言ってました」
「うん。それは聞いた。千里ちゃん、ある意味では青葉のお母さんだ」
「それでもいいですけどね」
 

葬儀が進んでいる間、千里はこの後運転しなければならないので、控室に入って仮眠をさせてもらった。30分ほど寝て目が覚めた時、控室に直美夫妻、小夜子とあきら、和実と淳、それに政子に早紀と美由紀も来ていた。
 
「あ、まだ寝てていいよ」
「会場がもう休日の湘南海岸状態になってるから避難してきた」
「エアコン最強で掛けてるみたいだけど暑くて暑くて」
「ここ本来は60人くらいの会場みたいだけど200人くらい居ない?」
 
「トイレ行って来てからコーヒー飲みます」
と千里は言うと、トイレに行ってきてから、控室の隅にある段ボールの箱から幾つか缶を取り、小夜子には緑茶、早紀と美由紀にはコーラ、他の人にはコーヒーを配った。
 
「お、さんきゅ、さんきゅ」
 
「しかし今回の通夜・葬儀には、あっちの意味で怪しい人がたくさんと、性別の怪しい人もたくさん来てるみたいね」
と直美の夫・民雄が言う。
 
「ああ。昨日冬も来たみたいだしね。それから礼子さんのお友だちの5人の内の1人が男の娘さんだよね」
と政子。
 
「えーーー!?」
という声があがるが
 
「うん。それは私も気付いた」
と和実が言う。
 
「芸能界にも男の娘さん多いから、結構識別眼が鍛えられるのよね」
と政子。
 
「私、性別ってのはもう見た目でいいよね、と思うことにした」
と早紀。
 
「割と同意。今この部屋に居る人って、見た目では男性1人と女性9人ですけど、戸籍上の性別ではどうなってますかね?」
と美由紀が訊く。
 
「えっと・・・・」
と言って和実が考えていたが
 
「多分戸籍上は男性5人と女性5人だと思います」
と言う。
 
「それ、私が数えたのと同じだからそれで多分合ってる」
とあきら。
 
「今回の葬儀は、日本の魔術サミットで、セクマイ・サミットだったのかも」
と直美が言う。
 

「ひょっとして北海道に縁のある人も随分いませんでした?」
とあきらが言う。
 
「私が留萌出身です」
とまだ少し眠いのか横になって目を瞑っている千里が言う。
 
「それから虎を連れた女子高生が旭川です」
と千里が付け加えると
 
「あの子、インパクトあるね」
と直美が言うが、他の人は
 
「虎!?」
と驚いたように言う。
 
「いや、胸元にリボン付けたチェックのスカートの制服の女子高生が虎の眷属を連れてるんですよ。普通の人には見えない。あの子、青葉ちゃんの友だち?」
と直美が訊く。
 
「彼女の方は青葉をライバルだと言ってます」
と千里。
 
「なるほどー」
「青葉はびっくりしてたけど来てくれてありがとうと言ってましたよ」
 
「あれ?あの子、もしかして千里ちゃんの知り合いだったの?」
「旭川で同じ合奏団にいたんですよ」
「へー!」
 

「私も実家が室蘭にあります」
とあきらが言う。
 
「へー、あきらさん北海道出身だったんですか?」
と政子が言うが
 
「いえ。私は埼玉生まれの埼玉育ちです。でも高3の時に父が室蘭に転勤になっちゃって。私は受験目前だから埼玉に1人で居残ったんですよね。だから私は北海道では暮らしたことないんですよ」
 
「実家=育った場所ではないですよね」
 
「あと中村晃湖さんが北海道出身ですね。確か夕張かどこかじゃなかったかな」
と直美が言う。
 
「あの人、私の高校の先輩です」
と千里が言うと
 
「それは知らなかった!」
という声が上がる。
 
「でも交流とかは全然無いんですよ。20も年上だし」
「中村さんのお祖母さんが、青葉の曾祖母さんと親友だとか言ってましたね?」
 
「そうなんです。その2人が1940年代の気仙二大霊感少女だったらしいですよ。中村さんのあの物凄いパワーはお祖母さん譲りなんでしょうね」
と直美が言う。
 
「でも天津子ちゃんとの縁もあるし、実は他にもどうも共通の知り合いっぽい人がいるし、私と青葉って実際に震災の後で出会う以前に幾つものラインで縁があったみたいです」
と千里が言って《その方角》を見ると、美鳳が慌てたように目を逸らした。
 
「だから千里ちゃんが青葉ちゃんの保護者になるように運命の歯車が動いたんだろうね」
と直美。
 
「それってあちらの世界で仕組まれてたってやつだよね?」
と民雄。
 
「そうそう。私たちって結構手駒にされてる」
と直美は言った。
 

葬儀が終わった後休憩を挟んで初七日法要が行われた。
 
遠方から来てくれた人の多くはここまで出席してくれた。その後精進落としをするのだが、時間の都合で精進落としに出ずに帰る人には、精進落としの弁当テイクアウト・バージョンを渡して送り出すことになる。このタイミングで竹田さんが特に発言を求めて言った。
 
「今回、ほんとに大きな災害での御逝去であったということもあって、皆さんの中には結構な金額の御香典を包んでくださった方もあります。一般に香典返しは3割から5割程度を御礼にお渡しするケースが多いのですが、高額の香典に3割お返ししようとすると、喪主のご負担も物凄いことになってしまいます。高額の香典を包んでくださった方は、そもそもそんな高額の香典返しは期待していないと思います。そこで私は3万円以上の香典を包んでくださった方には1万円分商品券の香典返しで通させてもらおうというのを提案しました。3万円でも100万円でも1億円でも1兆円でも香典返しは1万円ということにさせて頂きたいと思います。できればご了承頂きたいのですが」
 
すると中村さんが率先して拍手をし、舞花や政子なども拍手をして、その拍手が全体に広がった。青葉と朋子が一同に礼をした。
 
そういう訳で、ここで帰る人たちに、交通費の封筒と、高額香典を頂いた方に香典返しの封筒を渡していく。多数の人の顔があったものの、千里が全部名前と顔の対応が分かったので間違い無く渡すことができた。
 
なお、交通費に関しては、一部希望者には帰りの航空券やJRチケットも同封している。これは桃香がとりまとめて旅行代理店に発注し代理店の人がこちらまで持って来てくれていた。
 

遠方に帰る人は一ノ関組と花巻組とに別れてエスティマに乗ってもらう。
 
一ノ関に行くのは出雲の直美・民雄夫妻、静岡の山川さん、それに県内から集まってきている礼子の友人5人である。礼子の友人たちは最初から一ノ関までの往復で切符を買っていたので、来た時と同じ駅に送り届ける必要があった。こちらの車は、民雄自身が運転して行き、そのまま一ノ関の営業所に返却してもらうことにした。精算に必要なお金は概略で直美に渡しておき、後で調整することにした。
 
なお、直美・民雄夫妻と山川さんは一ノ関を18:26の新幹線に乗り、そこから山川さんは東海道新幹線、直美・民雄はサンライズ出雲に乗り継いで帰還する。
 
花巻に行くのは、神戸の竹田・博多の渡辺・東京の中村・栃木の村元、それに天津子である。(渡辺は竹田と一緒に伊丹に飛び、大阪で一泊後博多に戻る予定である)
 
中村と村元は一ノ関から帰る予定だったのだが一ノ関組の礼子の友人の人数が増えたので、あふれてこちらに回ってもらった。こちらは菊枝がドライバーを務めることになっていた。なお、静岡の山川は一ノ関に行かないと静岡まで乗り継ぐ新幹線に間に合わない。
 

花巻組は国道107号・国道283号を通るルートである(この時期、釜石自動車道は東和ICまでしかできていないので、結構な山道を走り抜けることになる)。ここで竹田・渡辺に天津子は来る時、この道を運転の上手い千里の車に乗ってきた。また、中村・村元は彪志の母の運転で一ノ関から大船渡に入ったのだが、妊娠中の小夜子が同乗していたので、彪志の母はスピード控えめで、とっても丁寧な運転をしていた。
 
この全員が菊枝のワイルドな運転に「うっ」と思う。
 
国道107号を10分も走った時、たまりかねた竹田が菊枝に声を掛ける。
 
「山園君、ちょっと車を脇に寄せて停めて」
「はい?何ですか?」
 
と言って菊枝が車を駐める。
 
「ちょっと全員いったん降りましょう」
と竹田が言うので一同いったん降りる。
 
「みなさん体操しましょう」
と言って竹田は手を伸ばしたり深呼吸したりの体操をする。他のメンツも各々ストレッチしたりしている。そして竹田は宣言した。
 
「この先は僕が運転する」
 
「え?でも私、青葉から送迎を頼まれましたし」
「うん。だから僕たちが降りた後の帰りの車を運転してよ。君の運転だと僕たちは花巻じゃなくて、碓氷峠かいろは坂にでも行ってしまいそうだ」
 
「ああ、東京方面までこのまま走りましょうか?」
「いや、いいから君は2列目に乗りなさい」
 
と竹田が強引に言って自らさっさと運転席に座る。それで菊枝は不満そうに2列目に乗り、他の面々はホッとした表情で車に戻った。
 

一方の残留組は精進落としの仕出しを頂いていた。政子は当然ここに残っている。食事の機会を政子がパスして先に帰る訳がないのである。
 
これに出席したのは青葉・朋子・桃香・千里、彪志親子、佐竹親子、早紀・椿妃・咲良とその母たち、柚女、美由紀・日香理・小坂先生、舞花、政子、あきら・小夜子・和実・淳、といった面々で、それに瞬嶽を含む主賓の僧3人まで含めて28人がテーブルについた。
 
最初に喪主の青葉が挨拶したが、青葉は泣いていた。
「私の姉・母・父・祖母・祖父の葬儀にこんなにたくさんの方に来て頂いて、私、ほんとに嬉しくて・・・・・」
 
挨拶の途中で涙声になってしまったものの、何とか予め書いておいた挨拶文を最後まで言うことができた。
 
献杯の音頭は親族の中の年長者が取ることが多いのだが、親族全滅の状況で、また年長者という感じの人もいないので、喪主の朋子・葬儀委員長の慶子・僧の瞬嶽・法嶺を除いた中で故人と少しでも関わりのある人でいちばん年上の人ということで、結局、彪志の父が取ることにした。未雨の同級生である彪志の父という名目である。
 
「たくさんの涙が流されました。たくさんの大切な物が失われました。前途有望な命が失われ、老後を安らかに暮らそうとしていた人も突然先の道を断たれてしまいました。あまりの悲しみに生きる力さえも失ってしまいそうな気分ですが、生き残った者は何とかしていかなければなりません。突然家族親族を失った喪主には、頑張ってねという言葉さえも掛けられない所ですが、この子には私は敢えて頑張れと言いたいと思います。それがきっと妹を、娘を、孫娘を置いて逝ってしまった故人たちの思いでもあります。そして彼女の周辺に居る私たちも常に彼女を支えていきたいと思います。ですから亡くなった未雨さん、礼子さん、広宣さん、市子さん、雷蔵さん。安らかにお休みください。献杯」
 
みなグラスを低く掲げる。それから食事を始める。
 
このメンツの中で故人全員を知っているのが実は法嶺と佐竹慶子だけなので、特に法嶺が積極的に故人5人のことを話してくれた。青葉も知らないエピソードがあり、青葉は「そんなことがあったんですか」などと言いながら聞いていた。早紀の母と咲良の母も礼子のことを少し話してくれた。もっとも礼子は未雨・青葉の姉妹をほとんどネグレクトしていたので、PTAなどでもほとんど顔を会わせたことがなかったようである。
 

千里が発言する。
「菊枝さんからちょっと聞いたのですが、瞬嶽さんも子供の頃に親と別れて暮らすことになったんだそうですね」
 
瞬嶽が答える。
「うん。そんなこと山園には言ったことあったかな。僕は尋常小学校を出た年に父親が亡くなってね。それで母親ひとりでは子供全員食べさせていけないので、僕は寺に預けられたんだよ。その後、母とも兄弟とも音信不通になってしまったから、その後の消息も知らない。だから10歳ちょっとの頃からずっとあちこちのお寺で暮らしてきた」
 
瞬嶽の隣の席に座っている法嶺が頷きながら聞いていた。
 
「占い師や霊能者にはしばしば親兄弟との縁が薄い人がいますね」
と彪志が言った。
 
「だからこそ、その方面の感覚を発達させざるを得なかったのかも知れないよね」
と慶子も言う。
 
「性別が曖昧な人も多くないですか?」
とここで政子が脱線発言をする。
 
「あ、それは私も思う」
と慶子の娘・真穂が言う。
 
「女装の占い師さんってよく居るよね」
「男装の麗人の占い師さんも結構いる」
 
「私の大学に心霊研究会ってサークルがあるんだけど、メンバー8人の内2人がニューハーフさんなんですよね」
「真穂さん、そんな研究会に入ってるんだ?」
「入ってません。でもしばしば相談事を持ち込まれて」
 
「それを解決してあげてるんでしょ?」
と彪志が言うが
 
「ほとんど青葉ちゃんに丸投げです!」
と真穂は言った。
 
なお、この時期の学年は、彪志が高3、真穂が1つ上の大1、舞花が大2、そして千里と桃香は大3である。政子と冬子に和実・若葉は舞花と同じ大2、千里の妹の玲羅は真穂と同じ大1、法嶺の孫の法健は彪志や未雨と同じ高3(未雨の元同級生だったので葬儀には個人的に出席した)、虎少女・天津子は彪志より1つ下の高2である。
 

精進落としが終わった後、和実と淳、あきらと小夜子、政子、の5人が帰るので、千里がエスティマにこの5人を乗せて一ノ関駅まで走った。
 
「葬儀なのにこういうこと言ったら不謹慎だけど楽しかった」
と政子が言った。
 
「いろんな人が集まってたからね」
「亡くなった5人、そして青葉を含めて6人各々の知り合いが集まってきてたけど、青葉のお父さんも母さんも、青葉たちとはそもそも別に生きてた感じだから、各々の知り合いにあまり接点が無かったみたいね」
 
「つまり青葉の家自体がクロスロードだったんだ」
 
「今走っている大船渡から一ノ関に至る道って、例のドラゴンレールに並行して走っているんでしょう?」
 
「そうそう。龍の道なんだよね、ここ」
「ドラゴンロードか・・・」
 
「私たちと一緒に龍もこの道を走っていたりしてね」
「私、龍に乗って空を飛んでみたいなあ」
「1000年くらい修行すればできるようになるかもね」
 

「彪志君のお父さんは献杯の挨拶で、青葉ちゃんのことを《妹》《娘》《孫娘》と言ってたけど、あれでいいんだよね?」
と小夜子が訊く。
 
「青葉の性別については2つのグループがあった気がする」
と千里は言う。
 
「そもそも青葉のことを女の子と思い込んでいた人たち。青葉のお父さんやお母さんにしても、けっこう子供の数を訊かれて娘2人ですと答えたりしていたみたいなのよね」
 
「ああ」
 
「もうひとつは青葉の性別のことを知っていた人たち。この人たちは青葉を女の子と見てあげるのが自然だと思ってくれている」
 
「うんうん」
 
「結局、青葉のことを男の子と思っている人たちというのが存在しない」
 
「なるほどねー」
 

「自分で言うのも何だけど、パス度の高いMTFが多かったよね」
とあきら。
 
「結局通夜・葬儀に顔を出してMTFさんって何人なんだろ?」
 
「うーん・・・」
と言ってみんな悩む。
 
「取り敢えずここに居る4人でしょ、冬子、青葉、礼子さんのお友だち。7人じゃないかな」
 
「あの胸元に大きなリボン付けた女子高生は?」
「あの人は結構男っぽい雰囲気もあるけど、天然女子だと思う」
 
「大粒の真珠のネックレスつけたおばちゃんは?」
「あの人、わりと有名な霊能者だよ。多分天然女性」
 
「青葉や未雨ちゃんの同級生たちの中にMTFさんが混じっていた可能性は?」
「うーん。あの付近は大量に居たから分からない」
 
「お祖父さん・お祖母さんのお友だちの中に混じっていた可能性は?」
「あの年齢になるとそもそも性別が良く分からない」
 
「うむむ」
 

千里が戻ってきたのは22時近くである。桃香が夕方の内に早紀・美由紀と一緒に大量に食糧やおやつを調達してきていたので、それから宿の中の一室に集まり、また色々話をした。
 
これに参加したのは青葉、朋子・桃香・千里、彪志親子、佐竹親子、早紀と母、椿妃と母、咲良と母、柚女、美由紀、日香理、小坂先生、舞花の20人である。瞬嶽は既に休んでおり、菊枝がそばに付いていた。
 
この時、今回の通夜・葬儀に出席していた人の噂話が出て、初めて多くの人が冬子と政子の正体を知ってびっくりしていた。
 
「だったらサインもらうべきだった!」
と早紀と美由紀は悔しそうに言っていた。
 
「私、サインもらっちゃったよ」
と言って舞花がCDを見せるので
「わぁ、いいなあ」
という声が出る。
 
新譜だというので、聞きたい聞きたいという声が出る。慶子がCDラジカセを持っていたので、掛けてみた。
 
「『夏の日の想い出』、すごくきれいな曲だね」
「これ誰の作品?」
「あ、上島雷太みたいですね」
と舞花がCDの中に封入されているパンフレットを見て言う。
 
『キュピパラ・ペポリカ』についてはみんなから「これ何語〜?」という声が出る。
 
「スペイン語?」
「いや、タガログ語では?」
「アラビア語かと思った」
「私はてっきりロシア語かと」
 
みんな自分の知らない言語だと思っている感じだ。
 
『聖少女』が流れている時に真穂が首をひねっている。
 
「どうしたの?」
と彪志が訊く。
「彪志さん、感じない?この曲聴いていると、何だか心がマッサージされている感じ」
「あ、俺も思った」
 
それで青葉がこの曲の背景を説明する。
「この曲、私がヒーリングをしているのを見た直後にケイさんが着想を得て曲を書いたんですよ。それで私のヒーリングの波動が曲に混入しちゃったんですよね。だからこの曲を聴くと実際癒やしの効果が出ると思いますが、それに気付いたケイさんが、私の名前を作曲クレジットに加えたんです」
 
「あ、このマリ&ケイ+リーフと書いてあるリーフが青葉ちゃん?」
「そうです」
 
「印税もらえるの?」
「作詞作曲者印税の2割をもらえる約束です」
「ローズ+リリーのCDなら70-80万枚売れるでしょ?」
「なんか凄い金額になりそうな」
 
「なったらいいですけどねー」
 

翌日。
 
ゆっくりと朝御飯を食べた後、お寺に行き、真新しいお墓に納骨をした。納骨に付き合ってくれたのは、朋子・桃香・千里・彪志親子・佐竹親子である。お墓自体は5月に頼んでいたものだが、母以外のお骨はまだ納骨せずにお寺で預かってもらっていた。実は銘もまだ刻んでない。石屋さんが忙しすぎて間に合わないのである。青葉は急ぎませんから一周忌までに彫ってもらえればと伝えていた。
 
法嶺さんの息子の法満さんが読経してくれたが、青葉はまた涙を新たにし、疲れもたまっているのかちょっとフラついたので千里に支えられていた。
 
お昼をみんなで市内のレストランで取った後、帰途に就く。
 
彪志と両親は自分たちの車で一ノ関に戻るし、咲良母娘も自分たちの車で八戸に戻る。菊枝も瞬嶽を乗せて帰る。残りの出席者は一ノ関組と花巻組に別れ、一ノ関方面は朋子が運転し、花巻方面は千里が運転して、各々エスティマで送って行くことになった。エスティマは各々の駅そばのトヨレン営業所で返却する。
 
一ノ関に行くのが、青葉・小坂先生・美由紀・日香理という高岡組、花巻に行くのが、桃香・舞花・真穂である。この2日の間にお互い仲良くなったので花巻空港から帰る舞花をみんなで見送ってから新花巻駅に行き解散しようということになった。
 
ところが各々の車に別れて乗って出発しようという時になって、千里たちの車のところに瞬嶽がやってくる。
 
「すまん。村山君、こちらに乗せてくれんか?」
「はい。定員はあまってますから良いですが、菊枝さんの車で帰る予定ではなかったのでしょうか?」
 
「いや、僕はもう寿命はたぶん1年くらいしか残ってないとは思うんだけど、山園の車に乗ったら、高野山に行く前に西方浄土に逝くことになりそうだ」
などと瞬嶽は言っている。
 
「師匠、大丈夫ですよ〜。帰りはもう少し慎重に運転しますから」
と向こうで菊枝が言っているが
 
「いや、僕はこちらに乗せてもらう」
と瞬嶽は言った。
 
その向こうで出発を待っていた一ノ関組の車のそばで青葉が笑いをこらえて苦しそうにしていた。
 

朋子が運転する青葉たちが乗ったエスティマは、彪志親子のカムリと並んで一ノ関まで走った。
 
「青葉、向こうに乗った方が良かったんじゃないの?」
と美由紀に言われる。
 
「大丈夫だよ。この2日間にたくさんキスしてもらったから」
「おぉ」
「セックスもした?」
「さすがにしてないよ!」
 

青葉たち5人は15:49の新幹線で高岡方面に向けて出発した。大宮・越後湯沢乗り換えで22:01高岡着の予定である。
 
新幹線の出発を彪志親子が見送ってくれた。美由紀が「彪志さんとキスしちゃいなよ」と唆したが、ふたりは握手だけして別れた。
 
「あ、これ先生たちの交通費と会葬御礼です」
と言って青葉が小坂先生・美由紀・日香理に封筒を渡す。
 
「でもお金足りた?凄い人数の人たちが集まってたから交通費も宿泊費もかなりの金額になったのでは?」
と小坂先生が心配する。
 
「私この春から震災で行方不明になった人たちの遺体探しの霊査を随分請け負って、かなり見つけ出していたんですよ。その御礼をたくさんもらっていたので、それで何とかまかなえると思います。それに実は香典でローズ+リリーのおふたりが合わせて100万円も包んでくれていたんです。びっくりしましたが、おかげで借金して調達した分は速攻で返済できそうです」
 
青葉は高岡を出る前に現金を300万円用意してきていた。これに加えて桃香と千里が、現金が要るはずと言って200万円調達してきてくれていた。お金の出所を桃香は言わなかったがクレカのカードローンではと青葉は想像していた。しかしその合計500万の現金で、今回の斎場代・僧への謝礼・食事の費用・飲み物代・会葬御礼・交通費・宿泊費・レンタカー代・ガソリン代などは何とか払うことができていた。ただしクレカで決済したものもあったので最終的な費用は多分520-530万と青葉は見ていた。
 
「ああ、芸能界の結婚とか葬式の香典・祝儀ってなんか世間と桁が違うよね。大物同士だと3本だとか5本だとかいう話」
と美由紀が言う。
 
「3本?」
「1本が100万円」
「恐ろしい・・・・」
 
香典袋は取り敢えず桃香が千葉に持ち帰り、金額のリストを作り報告してくれることになっているが、冬子たちの分まで入れて概算で200万円くらいではないかと桃香は言っていた。つまり桃香たちが用意してくれた現金の分を香典でちょうどまかなうことができる。
 
しかし青葉も桃香もこの時点では、舞花の香典袋にまさか恐ろしい金額の小切手が入っているとは思いも寄らなかったのである!
 

一方の花巻組では、瞬嶽が乗り合わせた女子4人のアイドルのような感じになり、楽しい時間が過ぎていった。
 
「何、これ『かんジャニエイト』って読むんだ?『レムニスケート』でも『むげんだい』でもないんだ?」
「知らないと読めませんよね」
「お経より難しい」
 
「ふーん。AKB48って秋元康がやってるの?じゃおニャン子クラブの妹分みたいなものか?」
「師匠、おにゃん子をご存じで?」
「僕、『セーラー服を脱がさないで』とか歌ったよ」
「ぜひ聞かせて下さい!」
 
この4人はそれで瞬嶽が『セーラー服を脱がさないで』を歌うなどという類い稀なものを見ることになる。瞬嶽の歌は上手かった。そこでみんなで乗せて、AKB48の『Everyday、カチューシャ』の歌詞を教えて、これも歌ってもらった。
 
更に舞花が持っていたローズ+リリーの『夏の日の想い出』のCDを見せると歌詞カードに指を当ててなぞっている。
 
「この『キュピパラ・ペポリカ』って何語?」
「誰も分からないみたいです」
「ソグド語かと思った」
「また新たな説が出た!」
 
その様子を見ていた真穂がふと言う。
 
「師匠、歌詞カードを指でたどっておられましたよね。ひょっとして目がご不自由などということは?」
 
「うん。僕は目が全然見えないよ」
「えーーー!?」
 
「そんな風に見えない」
「普通に歩いておられるし」
「私たちが差し出したものを迷わずふつうに手に取られるし」
「目が見えない状態で200年間くらい生きて来たから、そういうのは慣れたね」
「師匠、200歳ですか?」
 
「どうだろう。自分でも途中で数え切れなくなった」
「いや、200歳もあり得る気がした」
「ネテロ会長並みだ」
 

花巻組は15時頃花巻空港に着く。舞花がチェックインした上で空港内の喫茶店でお茶とお菓子を飲みながら、またたくさんおしゃべりをする。
 
「師匠、ケーキはお口に合いませんか?」
「ごめん。長年山奥で暮らしていたので地上のものが食べられなくなっているんだよ」
「紅茶とかはいけます?」
「うんうん。頂くよ」
 
「師匠、精進落としでも、仕出し弁当、お召し上がりになってませんでしたもんね」
と真穂が言った。
 
「山奥での食事というと、木の実とか山桃とか?」
「いや、師匠は猪くらい気合いで倒して食べておられるかも」
「ああ。山を降りる時に猪に遭遇したことはあるけど、僕が睨むとこそこそと逃げて行ったよ」
「すごーい!!」
「やはりネテロ会長級!」
 

17:05の新千歳行きに乗る舞花を手荷物検査場のところで見送り、一行は新花巻駅に移動する。ここでレンタカーを返却した。
 
17:41の新幹線で真穂が盛岡に帰り、千里・桃香・瞬嶽は17:52の東京行き新幹線に乗った。
 
「村山君、頂いた導師御礼だけど、僕は現金と無縁の生活送っているから、これ川上に返してやってくれない?あの子いろいろお金が入り用のはず」
と瞬嶽が千里に封筒を返す。
 
「確かに山奥には三越もイオンもありませんからね。ではいったんお預かりします。状況次第では、震災の被災地に寄付とかにしてもいいですか?」
「うん、それでいい。高野山に戻る交通費だけ恵んで」
 
「千里、師匠を高野山まで送っていきなよ。あまり下界に降りてきておられないのなら、自動改札とかでも戸惑うんじゃないかな?」
と桃香が言う。
 
「うん。そうする。じゃ、香典の整理は桃香頼む」
「OK」
「その整理する時にさ」
「うん」
「海藤天津子という名前の香典袋があると思うんだけど、それだけ分けておいてくれない?リストには名前を載せるけど、香典袋は青葉には送らないで」
と言って千里はその名前を書いた紙を桃香に渡す。
 
「了解。それは千里に渡せばいいのね」
「うん」
 
「例の虎少女か」
と瞬嶽が言う。
 
「そうです。彼女は青葉のことをライバルと言ってます」
「そういう存在がいるのはあの子にとっても良いことだ」
「はい」
 

東京駅で千葉に戻る桃香と別れる。千里は瞬嶽を都内某所の駐車場に案内した。
 
「ほぉ。スバルの車だね」
「お目が不自由なのに、よく分かりますね」
「メーカーそれぞれの固有の波動があるよ」
「下界にはどのくらいの頻度で降りてこられているのですか?」
「2〜3年に一度じゃないかな。でもこれが多分最後という気がする。今回は若い女の子たちと楽しい時間が持てて良い思い出になった。冥土の土産にできるよ」
「まあお寺も男ばかりでしょうしね」
「ここ数年で話をした女というと、山園(菊枝)・川上(青葉)・藤原(直美)くらいだった」
 
「助手席でもいいですし、後部座席で寝ていかれてもいいですよ」
「助手席に乗ることにしよう。君の持つ気が美味しいから」
「少しくらいなら食べてもいいですよ。自分の気を食べられるの慣れてるから。夜のお相手が必要でしたら、応じてもいいですし」
「さすがに僕はもう100年くらい前に男を卒業したよ」
 
「男を卒業なさったのなら、いっそ女になります?」
「近い内に人間を卒業することになりそうだから、今更股の形などどうでもいいな」
「師匠、トイレも不要な体質のご様子ですしね」
「うん。実際僕はもう半分以上死んでいるんだと思う」
 
それで瞬嶽をインプレッサ・スポーツワゴンの助手席に乗せ、千里は車を出した。首都高から東京ICを通って東名を走り、豊田JCTから伊勢湾岸道に入る。東名阪・名阪・西名阪・阪和と走って、和歌山まで行ってから国道24号で東に戻る。600kmほどの旅だが、千里は海老名SA・御在所SA・岸和田SAで休憩・睡眠を取らせてもらい、何度か短いトイレ休憩もした。
 
そして車を走らせている間、瞬嶽と千里はたくさんたくさんお話をした。また弟子たちに遺したいものがあると言われたので、ICレコーダーに3-4時間分録音した。
 

「そうだ。私の後ろの子たちが師匠にぜひ龍笛をお聞かせしろというので」
と言って千里は御在所SAで休んだ時、龍笛を取り出して吹いた。例によって龍が集まってくるが、いつもより数が多い!
 
更に何だか天女みたいなのまで姿を見せる。明け方のSAでトイレ休憩などに車を降りて不思議な気配に天を眺める人が何人か見られた。
 
ちょうど日の出となる。明るい朝日に龍や天女の姿が少しずつ薄くなって消えていく。そして千里の龍笛も終わった。
 
「川上の龍笛とはまた違った趣があるな」
「私、あの子にはとうてい勝てません」
 
「それは考え方次第だと思うよ」
と瞬嶽は楽しそうに言った。
 

「そうだ。クロスロードというのはどういう意味なの?」
と瞬嶽は名阪を走っている時に千里に尋ねた。
 
「私たちが出会った日、各々が全然違うルートであそこに集まっていたのですよね。青葉は高岡からバスを乗り継いで大船渡まで来ていた。私と桃香は釜石から南下してきて、和実と淳さんは気仙沼から北上し、あきらさんは一ノ関から回って来たし、冬子は盛岡・花巻から移動してきていた。みんな違う方面から違う所へ行く途中、あそこで偶然遭遇したんです。だから道が交わるところ」
 
「なるほど」
 
「そしてみんな人生を迷走しながら生きていたから。その迷走する人生が交わるところというのでクロスロードです」
 
「その出会いで、人生が変わったんじゃないの?」
 
「そんな気もします」
 

インプレッサが高野山の★★院に到着したのは、25日のお昼頃であった。
 
瞬醒が迎えに出て来たが、千里を見るなり
「ね、君、うちの寺で修行する気無い?」
と言った。
 
「私、神社体質なんですよ。般若心経とか読んでも、それ祝詞だ!って言われます」
 
「へー、ちょっと唱えてみてよ」
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄」
とまで千里が唱えたところで
 
「ほんとに祝詞だ!」
と瞬醒は楽しそうに声を上げた。
 

千里は帰り大阪にちょっと寄ってから、26日の夜、千葉に戻った。
 
「お疲れ様」
「そちらもお疲れ様」
「会計たいへんでしょ?」
「お金の計算が5万ほど合わない」
「仕方無いよ。あれだけいろいろなものが慌ただしく進行していたら」
 
「いや誰かが何かの費用を自分で出してこちらに申告してなかったりしたら悪いなと思ってさ」
「うん。でも考えても分からないよ」
「で、これ見て驚け」
 
と言って桃香は1枚の小切手を千里に見せた。
 
「20万円?」
と言って千里は目を細めてその額面を見た。
 
「これ舞花さんの香典袋に入っていたんだけどね。私も最初20万円かと思った。でもよくよく桁を数えてみろ」
 
千里は目をゴシゴシしてから小指を置いて桁を数えてみる。
 
「うそ・・・・2000万円!?」
「やはり2000万円だよなあ」
 
「何かの間違いでは?0を1つか2つ多く打っちゃったとか?」
「念のため青葉から舞花さんに照会してもらったが、この金額で間違いないらしい」
「なんか金銭感覚が崩壊する」
 
「こういうのがあると、会計の計算をするのがあほらしくなってくるよ」
と桃香。
「冬子・政子からの香典が100万でぶっ飛んだのに、更に上があるとは」
と千里も呆れる。
 
「で舞花さんが言ってたらしい。青葉の性転換手術代に使ってもいいよって」
「なるほどー」
「青葉の性転換手術代を出しても充分あまるし、千里の手術代にも使わせてもらうか?」
 
「大丈夫だよ。私はもうその分貯金してたから」
「まあ、今回現金がいるだろうというので、その貯金を降ろしていったん青葉に渡したけど、香典できれいに戻ってきたからな」
 
「でも葬儀費用で使った分を除いて、市に震災復興に使ってとかいって寄付してもいいんじゃない?」
 
「うん、青葉もそうさせてもらおうかと言っていたよ」
「震災の傷跡は大きいけど、早く正常化するといいね」
「ほんとだな」
 
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