【クロスロード3・未配信分】(1)

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深夜。今回の葬儀出席者が泊まっている宿に静かに侵入する影があった。
 
その影は迷わずにある部屋を目指す。そして鍵の掛かっているはずのドアを苦も無く開けて、中に忍び込んだ。しかしそこに青葉が立ってこちらを見ているのでビクっとする。
 
「精進落としが終わって師匠が宿に帰った後、斎場のスタッフみたいな顔してうちのお母ちゃんに近づいてマークを付けたよね。だから今夜来るだろうと思って待ってたよ」
と青葉は言った。
 
「あいつを倒すのに絶好の機会だと思ってやってきた。でもあいつの所に行く前に、お前を片付けておかないと邪魔されそうだからな」
 
とその影は言う。
 
「師匠に会わせる訳にはいかない。ここで帰ってもらう」
 
青葉とその影が睨み合う。お互いにじりじりと間合いを詰める。一定距離まで近づいた時が勝負だろう。
 

菊枝はハッとして目を覚ました。奥の方の布団にいる瞬嶽は寝ている感じだ。一瞬だけ迷う。ここに居るべきか、青葉を助けに行くべきか。しかし菊枝は瞬嶽は負けることはないだろうし、青葉を今捨て石にはできないと判断。急いで青葉たちの部屋に向かった。
 

青葉とその影の距離は既に4mくらいまで縮んでいる。青葉は正直、この相手には勝てないと判断していた。でも自分が全力でこいつにダメージを与えればその分、菊枝さんがこいつを倒しやすくなるはずだ。青葉はそう思い、死を覚悟して、その影と対峙していた。お母ちゃん、ちー姉、桃姉、彪志、ごめんね。青葉は心の中でそんなことを考えていた。
 
その時である。
 
1歩、青葉に歩み寄ったその影が、何かに躓いて倒れてしまった。
 
明らかにその瞬間相手の集中が乱れた。そこに青葉は全力で気の塊をぶつけた。
 
『ぎゃっ』と言って相手はそのまま窓から飛び出して逃げて行った。窓ガラスが粉々に砕けた。
 
その音でびっくりして朋子と桃香・千里が目を覚ます。そして次の瞬間、菊枝がドアを開けて入って来た。
 

「何?何があったの?」
と朋子が言う。桃香が起き上がって部屋の電気を付けた。
 
菊枝は黙って部屋の中に入ってくる。入口近くの畳の上にドライヤーが転がっていた。
 
「これ誰の?」
と菊枝が訊く。
 
「あ、私のです。ごめんなさーい。誰かそれに躓いた?」
と千里が言った。
 
菊枝は黙ってそれを拾い上げると千里に返した。旅館の人が慌ただしい足音をたててやってきて、ガラスが割れ全開になっている窓を見て
 
「落雷でもありましたか?」
と尋ねた。
 
青葉は全力を使いきって放心状態でその窓を眺めていた。菊枝はそばに寄り青葉をハグした。
 
「野犬か何かじゃないですかね?」
と桃香が言った。
 
「なんかうなり声が聞こえたんで起きようと思ったんだけど、疲れが溜まってたせいか身体が動かなくて。でも妹が何か物を投げつけたら、凄い勢いでその窓から飛び出していきましたよ」
と桃香は付け加える。
 
「それは怖い思いさせて申し訳ありません。でも確かに震災以来、どこの町でも野良犬が多いんですよ」
と旅館の人は言った。
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