【トワイライト】(2)

前頁次頁目次

1  2 
 
スイッチを入れてふたりの目に飛び込んできたのは、巨大な津波の映像だった。
「何?これ・・・・」
淳平も叔母も絶句した。
 
それはもう何かであらがうことのできるものではなかった。
 
田畑が飲み込まれていく。ビニールハウスが飲み込まれていく。この田畑を作ってきた人のたくさんの努力が無残にも波の中に消えていく。淳平は自分が作ったものが無碍に壊されていくような気がして涙がこぼれてきた。
 
家が飲み込まれていく。道路が飲まれていく。道路上の車が飲み込まれていく。「あの車、人乗ってなかったよね?」と叔母が言ったが、淳平は答える言葉が無かった。
 
津波はやがて高架になっている道路の所で停まった・・・・かに見えたが、その暴力的なエネルギーは激しくうごめいていた。どこか突破口を探しているように見える。そしてやがて、高架の中の1点を突き破る。津波は更にそのエリアを広げていった。近くの道を走っている車がいる。あの車は逃げ切れるだろうか。画面の端から外れてしまったが、淳平は何とか逃げてくれることを祈った。
 
いつの間にか長い時間が過ぎていった気がする。ふたりとも、あまりの無残さに、言葉を失い、何もすることができずにいた。テレビの電池が切れる。「これバッテリーですか?」「単三電池でも動く。10本必要だけど」
「車にあるから取って来ます」
 
淳平は車に戻ると、電池のパックの他に、カップ麺を2個と、カセットコンロを取って来た。テレビに電池を入れてスイッチを入れたあと、やかんを借りてペットボトルの水を入れ、お湯を沸かし始める。
 
「テレビ停めてラジオにしようか。そのほうが電池節約できるし」と叔母は言って、テレビを消し、小型のラジオを付けた。正直もうこれ以上悲惨な映像を見ていられない精神状態になりつつもあった。家の電気はまだ回復しない。寒くなってきたのでストーブを付けた。
 
「いや、とんでもない時にこちらに来ちゃったね」
「・・・さっきから考えていたんですけど、僕はここで何かしなければならない気がします。そのためにここに来たという気がします」
 
カップ麺を食べると叔母は少し元気が出たようで、親戚などと電話で連絡を取り始めた。しかし、電話がつながらずなかなか安否確認が出来ない。淳平も和実に電話するがやはりつながらない。自分の兄や実家にも電話するのだがそれもつながらない。かなり輻輳している感じだ。実家は愛媛なので問題ないのだが、やはり気になるのは石巻の和実だ。メールの返事も来ていない。
 
21時頃、黒石市に住んでいる伯父がやってきた。電話掛けてもつながらないので女の一人暮らしが心配だからというので、とにかく来てみたのだという。伯父も親戚関係の安否は確認できてないということだった。「とにかく電話がつながらないとどうにもならん。その前に電気か・・・」
 
その日は電気が回復しないまま、早めに寝ることとなった。
 
結局、電気が回復したのは翌日の夕方くらいであった。食料は叔母の家にも多少の備蓄があったし、淳平も車に積んでいるので心配なかったが、供給がストップするのは確実なので、どのくらい非常事態が続くのかが不安だった。12日はスーパーに買い出しに行ってみたが、どうも出遅れたようであまり物が残っていなかった。どうやら昨日のうちに買い物に来なければならなかったようだ。念のため数軒コンビニに寄ってみたが、全く物が無いか、そもそも閉めていた。
 
ただ出歩いたことで、色々情報も入手することができた。やはり地震そのもの以上に津波の被害がひどかったようだ。どこどこの町が壊滅状態などという話が入ってくる。仙台市内で100名ほどの遺体発見などというニュースも流れてきた。淳平はこの地震の犠牲者がひょっとしたら1万人を超すかも知れないという気がしたが、口に出すのはやめておいた。
 
12日の夕方、mixiに和実が「もう悲惨。取りあえず私も姉も無事」という短文の書き込みをしていた。よかった。無事だった!と思うとホッとした。私が「よかったぁ」などと言っていたら、伯父が画面をのぞき込んできた。「石巻の友人が無事と書き込んでました」と言う。
和実のトップページの写真を見て「へえ、ガールフレンド?めんこいな」
と言った。淳平は少しドキッとした。数日前、別れ際にキスされた時の記憶がフラッシュバックする。淳平は大変だろうけど頑張ってね、というコメントをしておいた。同じ内容のメールも送っておいた。
 
この時点で青森・岩手付近の親戚とはだいたい安否の確認が取れていた。ただ仙台にいたはずの従妹の佳奈とまだ連絡が取れていないようであった。
 
13日のお昼前、携帯に着信があり、見ると和実からだ!淳平はすぐにオフフックボタンを押した。「もしもし大丈夫?」「とりあえず生きてる。でもお腹空いた」
「今どこにいるの?」「石巻市内の避難所。姉ちゃんの住んでいたアパートも勤めていた美容室も流されちゃった」「よく無事だったね」「私は仙台市内に買い物に行ってたの。石巻までは通りがかりの車に乗せてもらって戻った。姉ちゃんもちょうど交代で遅めのお昼御飯に出ていて、ビルの6階にいて無事。でも美容室のあった所まで戻ってみても跡形もなくて。スタッフの誰とも連絡とれないみたい」「なんと。。。。。そうだ。食料無いの?」「全然無いよ−。もう空腹感通り過ぎてる。昨日は配られたおにぎり1個を姉ちゃんとふたりで分けて食べた。今日は果たして何か食べられるか」
「そちらに行くよ。とりあえず調達できる範囲の食べ物を持って行く」
「でも道が寸断されてるから」「やってみるさ」
 
和実は携帯の電池節約のため、必要な連絡をする時以外は切っていると言っていた。ただ予備のバッテリーを持っているので数日は大丈夫らしい。現地はまだ電気が回復していないようであった。
 
淳平が友人のいる石巻に寄ってから東京に帰ると言うと、伯父が「うちのリンゴを持っていけ」と言った。伯父はリンゴ農園を経営している。収穫は秋だが、出荷は少しずつおこなうので、まだかなり在庫があるらしい。どっちみち国道4号線がどのくらい通れるのか分からなかったし、仙台方面には山形の方から回りこもうと考えていた。黒石は途中だ。
 
私と伯父は叔母に別れを告げて黒石に向かい、伯父の家で、りんごの箱を載るだけトヨエースに詰め込んだ。伯父の家にあった電池、カセットボンベ、に灯油も6缶ほど積み込んだ。伯父にお礼を言い、7号線を夜通し南下する。和実にそちらに向かっているので避難所の場所を教えてくれるようメールをした。その日は酒田近くの道の駅で車中泊した。翌朝47号線で新庄まで行くが、47号線の新庄以東は怪しい感じがしたので、いったん13号線で山形市まで南下。国道286号で仙台南部に入った。
 
悲惨だった。
 
これをどうやって復旧すればいいんだ?と淳は思った。あちこちで通行止めになっていて、淳はそのたびに地図を見て迂回路を探して石巻を目指した。仙台の中心部まで行った頃、和実から返事が返ってきた。そちらに向かっていると、警官が検問をしていた。
 
「どちらまで行きますか?」
「石巻です」
「向こうは道路がめちゃめちゃで通れませんよ」
「なんとかします。救援物資を運んでいるので」
「おやそうでしたか。では緊急車両の許可証を発行しますので少しお待ち下さい」
少し待っていると、警官が許可証を持ってきてくれた。
「これで三陸道を通れますので使って下さい」
「ありがとうございます。助かります」
 
どうもこの車がいかにも物資を運んでいるふうなので、許可証をもらえた気がした。プリウスならダメだったかもなと淳は思う。そもそも物資が載らなかった。運命は仕組まれているものだという気がした。三陸道の入口で許可証を見せて乗ると、緊急車両のみなので、道はがらがらであった。しかしあちこち道路が傷んでいる。淳は慎重に車を進めた。
 
石巻河南ICで降りて、和実が連絡してくれた避難所に辿り着いた。
青森からりんごを持ってきたことを告げると、避難所にいた人たちが
協力して、箱をおろしてくれた。半分くらい降ろしたところで「うちだけでは悪いので、別の避難所にも持って行って欲しいと言われた。そこで、リンゴ以外の救援品、カップ麺、米、水、電池、カセットボンベ、灯油なども半分だけ降ろし、市の職員の人の誘導で別の避難所まで持って行き、それからまた和実たちの避難所に戻ってきた。
 
「リンゴ美味しかったよぉ、淳。そして来てくれてありがとう」と言って和実は淳に抱きついた。淳はドキドキした。和実はライトグリーンのモヘアのセーターにジーンズのスカートを穿いていた。地震にあった時に着ていたもので、着替えも無いらしい。
 
「ねえ、淳はこれから東京に戻るの?」
「そのつもりだったけど、どこか行く所があるなら乗せてくよ。幸いにもガソリンは地震の直前に満タンに給油してたんだよね。この車、バンにしては燃費がいいからまだ半分も使ってない」
「私と姉ちゃんを盛岡まで連れてってくれない?反対方向で申し訳ないけど」
「実家だね」
「一応無事は確認してるんだけど、向こうもかなり被害にあったみたいだから」
「よし、行こう」
和実と姉は盛岡に移動するということを避難所の人に言ってから、淳の車に乗り込んだ。和実を真ん中にして、左側にお姉さんを乗せる。
「すみません、お邪魔します」とお姉さんは恐縮している。
「青森からは4号線を下ってきたの?」
「いや通れるかどうか不安だったから7号線の方から回り込んできた」
「わあ、やはりひどいのかな」
「でも来る途中で会ったトラックの運転手さんとかから聞いた話ではかなり通れるようになっているみたい。だから4号線を北上しよう。浜街道は絶対無理だろうし」「ですね」
 
108号で大崎まで出てから4号線を北上する。途中広めのCBがあったので車を駐めカップ麺で食事にした。荷室に移動し、カセットコンロでお湯を沸かしてお湯を注ぐ。「わあ、暖かいもの食べるの久しぶり」と和実も姉も喜んでいる。
 
「あのさ、和実。着替えてないんだったら、もし私の着替えでも良かったら着る?実は今回の旅に出かける前に買った新品のブラとショーツが1組だけ残ってるから、それをお姉さんに使ってもらって、和実は私の使っている服だけど、洗濯済みのを。これも地震に遭う前日にコインランドリーで洗ったもので」
「わあ、助かる。貸して貸して」
「じゃ、出しておくから着替えてね」といって淳は着替えを渡して先に運転席に戻った。しばらくして和実と姉が戻ってきた。
「着替えたら凄く気持ちいい」「良かったね」
淳は笑顔で車をスタートさせた。
 
さすがに4号線は混んでいた。しばしば渋滞にひっかかったが、ガソリンがもったいないので動かない時はエンジンを停めておき、前の車との距離が少しできたらエンジンを掛けて前に移動した。その日は結局花巻近くの道の駅で車中泊をした。駐車場はいっぱいだった。
 
鍋でお湯を沸かして「サトウの御飯」を暖め(10〜15分ほど熱湯につけるとけっこう美味しく戻ってくれる)レトルトのカレーを掛けて夕食にする。和実がトイレに行っている間にお姉さんが話しかけてきた。
 
「あの・・・」「はい?」
「あの子の性別は・・・・ご存じでしょうか?」
「ええ、聞いてますよ」「ああ、よかった。あの子ああしてるとホントに女の子に見えちゃうから、同性と思っておつきあいしていたら実は異性だったなどということになると色々面倒だして思って、ちょっと老婆心ながら・・・」
「あはは、それは全然問題無いかと。私も男ですし」「え!?」
お姉さんは目をパチクリさせていたが「本当ですか?全然気付かなかった」
と、ほんとに驚いている様子であった。
 
「あの・・・」「はい?」
「あの子とは、もしかして恋人同士なんですか?」
「いえ、友達ですよ、とりあえず今のところは」と淳は笑って言った。
「でも好きになっちゃいそうなくらい可愛いですね」
一週間前に逢ったばかりだということは黙っておいた。お姉さんとも携帯の番号とメールアドレスを交換しておく。
「あの子をああいう道にハマらせちゃったのは私にも責任があるんですけど・・・でも、ああしてるとホントに可愛くて、姉の欲目かも知れないけど。それでつい、可愛い服を買ってきて着せてみたくなっちゃったりするんですよね。
避難所でも誰もあの子が女の子ではないなんて思ってもいなかったみたいでした。だけど、あの子が本当の女の子になりたいとか言い出したらどうしよって少し不安ではあるのですけど」
「それは本人もしっかり悩んで自分の進むべき道を考えているみたいですよ」
と淳はまじめな顔で答えた。
 
そこに和実が戻ってきた。
「わあ、カレーだ。嬉しい」
「あと5分くらい待って。あ、そうだ和実」「うん」
「実家に帰るなら、その格好はまずいでしょ。私の男物の服あげようか?洗濯してないけど」
「あ、それはいい。この格好で行くから」「え?」
「それ私も言ったんですが、この際だからカムアウトしちゃうって」
と姉が困ったように言う。
「それ、いつかはしないといけないかも知れないけど、何も今しなくても」
と淳は言った。
「私のことのショックで地震のショック忘れちゃうかもね」
と和実は笑っている。
 
食事が終わったあと、しばらく道の駅のテレビでニュースなどを見たあと8時頃、寝ることにした。荷室の布団に和実とお姉さんを寝せて淳は運転席で寝ていたのだが、少しして、和実が運転席の方に来た。「こちらで寝せて」
「狭いよ」「くっつけば平気」和実はそういうと、淳の傍にくっつくようにしてスヤスヤと寝てしまった。寝顔がとても可愛かった。
朝起きると和実はもう起きて『お肌のメンテ』をしていた。「見ないで〜」
と恥ずかしがっているが、その恥ずかしがるさまがまた可愛い。「避難所ではちゃんとメンテができなかったから」「どうしてたの?マジで」「夜中にこっそりトイレで剃ってたよ」「大変だよね。お互い」「もう永久脱毛しちゃおうかなあ」「お金に余裕があるならやってもいいかもね。去勢するとかとは違うから、後で男として生きていくことにしても、そう困らないでしょ」「うん」
 
「でもどうして今カムアウトする気になったの?」
「地震と津波のせいかな」「へ?」
 
「なんか凄い地震で心の中にあったいろいろなものが崩れちゃった感じで。自分の心の中の価値観が完全に変わってしまったんだよね。私の心の中にはね。もう男の子はいない気がするの。男の子の私は津波で流されて行っちゃって今残っているのは女の子の私。だからこのまま女の子になっちゃおうかなって。あ、でも体をいじるつもりは当面無いよ」
 
「気持ちが固まるのはいいことだと思う。でも結論を急いじゃだめだよ。ホルモンもプエラリアも当面禁止」「うん、そうする。ありがとう」和実はそう言うと、また淳の頬にキスをした。「あ、待って」淳は体を離そうとする和実をつかまえて、額にそっとキスを仕返した。和実は優しい微笑みを湛えていた。
 
お湯をわかしてパックの御飯を戻し、インスタント味噌汁で朝ご飯にした。お姉さんも起きてきた。「お昼前には盛岡に着くと思いますよ」
「ほんとに済みません。お世話になっちゃって」「いえいえ、お互い様ですよ。何かの時にはみんな助け合っていかないと」「でもほんとに今回はいろいろな人にお世話になっちゃって。避難所でもそうだったし、避難所に辿り着くまでも。津波でさらわれてしまった美容室の跡に呆然として立ってたら、通りがかりの人が津波はまた来るかもしれないから、ここに居ちゃダメだっていって高台の避難所まで連れてってくれたんです。この子も親切な人のおかげで仙台から戻って来て、合流することができましたし」
 
「日本人ってみんな基本的に優しいよね」と和実が言う。
「農耕民族の性質なのかもね。農耕ってチームプレイだもん。日本列島って地震もあるし台風も来るし。2000年前から、何度もいろんな災害に遭ってきたろうけど、その度にみんなで協力して立ち直ってきたんだと思う」
と淳は言った。
 
「そうだ。淳は会社には戻らなくてよかったの?盛岡まで送らせておいて私が言うことじゃないけど」
「ああ、会社には昨日の朝電話がつながったんだけど、一応生きているということと、震災の影響でいつ帰れるか分かりませんという連絡しといた」
「実際、あちこちで足止めくらって動こうにも動けない人多いでしょうね」
と姉が言った。
 
盛岡市内は渋滞していたが、なんとかお昼頃に和実たちの実家まで辿り着くことができた。ふたりは丁寧にお礼を言って降りていったが、和実は降りぎわに「ね、少し離れたところに車停めてちょっと待っててくれない?」
と言った。「いいけど」
 
淳は言われた通り、家から少し離れた場所に車を駐めた。ふたりが家の中に入っていく。約10分後、和実だけが家から小走りに出てきて、こちらを認めると車に駆け寄ってきた。ドアを開けると乗ってくる。
「東京まで連れてって」
「実家にいなくていいの?」
「あはは、勘当されてきた」
「なるほど」
「家の後片付けは姉ちゃんに任せた」
淳は笑って車をスタートさせた。
 
「でも東京までのガソリンが無いんだ。どこかで給油しないといけないけど盛岡も被災地だから、ここでは余所者があまり給油したくない」
「じゃ、いったん青森県内まで行って給油して、それから東京に戻ろうよ」
「うん、それしかないかなと思ったんだけど、空の車で往復するのはもったいないよね」「じゃ、こうしよう」
和実は携帯でmixiに接続すると、「救援物資を被災地に運びます。協力していただける方は、青森市の○○公園まで明日16日の昼12時に物資を持ってきて下さい。欲しいものの例:カップ麺、トイレットペーパー、ペットボトル入りの水、女性用ナプキン、レトルト食品、赤ちゃん用粉ミルクなど」と書き込んだ。同じ文章をツイッターにも流し、拡散希望と書いた。
「私も呼びかけてみよう」と言って、淳は車をいったん脇に停め、青森の叔母に電話した。事情を話すと、町内会に呼びかけてみると言ってくれた。
 
翌日指定の公園まで行くと、けっこうな人が集まっていてびっくりした。集まっていた中には、ちょうど青森に帰省していた和実の大学の同級生の女子も2人いて、手を取り合って無事を喜んでいた。高校の同級生に一斉メールしたと言っていた。そのおかげで、こんなに集まったようだ。行き先は縁があることもあり、石巻市にすることにしたが、和実達が避難していた避難所の人と直接電話をした所、他にも悲惨な所があるのでということで、紹介してもらった別の避難所に届けることにした。
 
叔母の家に行くと、町内会のみなさんの協力でこちらも多数の物資が集まっていた。和実とふたりで荷物を積み込んでいると、「そちら奥さん?可愛いわね」
と近所の奥さんから声が掛かった。「あ。どうも。淳平がお世話になってます」
などと和実は挨拶していた。淳平は困った顔をして頭を掻いた。叔母が小さな声で「仙台で被災して無事だったというので喜んでいた子よね」と言った。「ええ」
「結婚するの?」「いや、そういう段階ではないですが、今回はなりゆきで一緒に行動していて」と答える。「こんな災害に遭って助かったんだから大事にしてあげなさいよ」と言われた。うーん。やはり恋人とか夫婦に見えるのか?
 
「そうそう。仙台の佳奈は無事だったよ。昨日やっと連絡が取れた」「それはよかった」「津波で怪我して病院に収容されてたのよ。それで連絡できなかったみたい」「ああ」「怪我は大したことなかったみたいで、重症患者がどんどん入ってくるからというので追い出されてしまったらしい」それなら大丈夫か。「それで言付かって欲しい」と言われて封筒を渡された。「キャッシュカードも身分証明書もなくて途方にくれてるらしいから」佳奈がいる避難所の名前と住所をメモする。
 
2ヶ所でいただいた救援物資を積んでも少しスペースがあったので、淳と和実は自腹でペットボトルの水やカップ麺を買える範囲で買い込んだ。和実は青森市内のATMでやっとお金をおろすことができていた。「これ使って」といって淳に10万渡した。「実家に戻れないし春休みバイトに精出すから」というので、ありがたく買い出しに使わせてもらった。買い出しも1ヶ所でたくさん買うのは悪い気がしたので、4つのスーパーやドラッグストアを回った。それからふたりは市内のガソリンスタンド3ヶ所で給油してほぽ満タンにし、再び宮城県を目指した。
 
緊急車両の特権を使わせてもらうことにして東北道に乗り、一気に南下する。途中車中泊して、17日のお昼すぎに石巻に入ることができた。仙台の佳奈は途中で叔母から教えられたといって淳の携帯に電話を掛けてきた。千葉の姉の所に行きたいから乗せていって欲しいというので、仙台駅で落ち合うことにした。
 
連絡してもらっていた避難所2ヶ所に車をつけて、物資を降ろすと歓声があがった。寄せ集めなので(移動中に和実が可能な範囲で分類をしていたものの)仕分けがやや不十分ではあったが、なにせ物が無い状態だったので喜ばれた。特に粉ミルクや女性用ナプキンが感謝されていた。ほんとに無いと困る物資だ。
 
届け終わってから、仙台駅に行き佳奈を拾い、言付かったお金を渡した。佳奈は足を怪我していて松葉杖をついていた。淳は女装のままで会ったので、向こうはびっくりしていたが「女物の服、ちゃんと着こなしていて偉い。私より美人だし」
などと言っていた。道すがら、佳奈は和実と女子トークで盛り上がっていた。和実は「淳のガールフレンドの和実です」と佳奈に自己紹介したが、佳奈は恋人という意味に取ったようであった。
 
佳奈は途中まででいいと言っていたが、首都圏の交通も乱れているようなので、しっかり千葉市内の佳奈の姉、比奈の所まで送り届けた。結果的に淳は比奈にも女装姿を披露することになったが、比奈も「似合ってる。きれいだよ」などと言っていた。比奈が御飯食べてってというので、4人で食事をすることになった。淳は会社に電話して明日出社することを伝えた。また和実もお店に電話して、戻って来れたことと明日お店に出ることを伝えた。
 
「でも、淳ちゃん、彼女公認で女装できるなら、いいじゃん」と比奈。「洋服も共用できて便利なんですよ。今私が着てる服も淳のなんです」と和実。「あ、なるほど!いいかも」と佳奈。「私も女装趣味の男の子探してみようかな」
淳は苦笑いしていた。それは事実だが(和実が着替えを全部無くしていたので貸しただけである)、そういう言い方だと、まるで長く交際しているかのようだ。しかし比奈も佳奈も和実が男の子だなんて、まるで気付いていないようであった。
 
話題がこの震災で亡くなった人、行方不明になっている人などのことに及ぶとみな神妙な感じになった。和実は夕方姉と電話で話していたが、姉のいた美容室の人とは結局全く連絡が取れていないということだった。店長のお兄さんから連絡があったものの、向こうも店長や他のスタッフと連絡が取れないということらしい。佳奈は勤め先の人の遺体を3体病院で確認したと言った。佳奈の勤め先でも連絡の取れている人は2人だけだった。
 
「まだ救助隊とかが近づけない区域もあるみたいだよね」
「犠牲者の数なんて考えたくない・・・・だって『数』で数えられちゃう、そのひとりひとりの人が、その家族や恋人にとっては掛け替えのない人だったんだから」涙を浮かべながら言う佳奈に、淳は何も言う言葉が無かった。
 
「この震災って、尋常な手法では復興できないよね。戦後の枠組み変えなきゃ」
「うん。終戦後並みの大胆な事しないと。まともなやり方では復旧に20年掛かる」
 
話題はいつしかまた軽い話題へと移っていった。話は「女同士」の気軽さで盛り上がっていった。23時頃になって、淳と和実は比奈の家を辞した。
 
東京に戻ってきたが、そのまま別れがたい気がして「どこかでお茶でも飲む?」
と聞いた。しかし和実は「ううん。落ち着ける所がいいから、淳のうちにお邪魔していい?」と和実が言った。「うん」「それにね。。。一人で寝るのが怖いの。津波が来た時、必死で階段駆け上った時の記憶が・・・私の後ろを昇ってたはずの人私が屋上まで辿り着いた時、いなかった・・・」淳は運転しながら和実の手を握りしめた。いつも元気に明るく振る舞っているから気づきにくいけど、心の中はいろいろなものが渦巻いているんだなと思った。そして彼女も、ほんとにギリギリの所を生き延びたんだ。
 
駐車場に車を入れ、布団だけ抱えて約30m歩き自宅に戻る。他の荷物の整理は明日だ。お風呂を入れて交代で入った。
 
「すっきりした。地震に遭ってからずっと入ってなかったから」
「そうだったよね。ごめん、青森に行った時に叔母さんところで入れさせてもらえば良かったね」「ううん、あの時は先を急いでいたもん。早く被災地に物資を届けなきゃというので」
 
「今夜は・・・泊まっていくんだよね?」「うん」
「今、布団敷くね」
といって奥の部屋にひとつ布団を敷き「そちらを使ってね」と言う。
そして自分の分を居間に敷きかけたら和実が抱きついてきた。
「布団はひとつでいいよ」「でも」「くっついて寝たいの」
「そうだったね。ごめん」
そういえば石巻で再会して以来、和実は毎晩車の中で淳にくっつくようにして寝ていたのだった。寂しかったんだなと思った。
淳は、いとおしく思えて、そっと和実の額にキスした。
「あ、だめ」
「ごめん。ついキスしたくなったから」
「違うの。キスはここにして欲しいの」
和実は淳の唇に深いキスをした。『あ・・・』淳は心の中で声を出した。理性が吹き飛んだ。いいよね。性別なんて大した問題じゃない。
和実の口はさわやかな香りがした。
 
「ね、ぴったりくっついて寝よう」「うん」
ふたりは下着だけになって一緒に布団に入った。。
和実が抱かれながら淳のブラのホックを外す。あそこを触られる。
淳は男の子に戻ってしまった。和実のも触ってあげようとする・・・・あれ?「どこ?」「えへ。タックしてみました。だから今夜は女の子」
あの付近を触ってみるがこれはまるで女の子の股間だ。男の子の痕跡が無い。「ずるい」「今度淳のもしてあげようか?そしたら女の子同士のHができる」
「えっと・・・」そうか。この子、女の子の格好してる時は大きくなったりしないと言ってた。多分私には無理だ。タックしても抑えきれない・・・・「でも今夜は淳、男の子役してね」「うん。あ・・・」
 
とろけるような感覚の中、明日の朝起きれるかな?という不安が頭をよぎった。
「・・・出社は来週からと電話で言っておけばよかったな・・・・・」
「大丈夫だよ。私ちゃんと朝起こしてあげるから。今日は疲れたけど、明日はまた元気が出るよ」
 
和実が可愛い顔でそんなことを言うと、淳は本当に元気が出てくる気がした。
 
前頁次頁目次

1  2 
【トワイライト】(2)