【男の娘とりかえばや物語・右大将失踪】(1)

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4月になります。
 
涼道は、お腹も大きくなってきて(涼道はもうすぐ7ヶ月目である)、いよいよ身体も動かしにくくなってきました。そろそろ何とかしなければと涼道は考えていました。
 
権中納言(仲道王)は
「このままでは人の目にも奇異に思われますよ。早く女の姿になって、私のところに来て下さい」
と何度も言って来ていますが、涼道はなかなか決断ができませんでした。
 

「おい花子」
と東宮は言いました。
 
「どうかなさいましたか」
「どうもこないだのが当たってしまったようだ」
「は?」
「どうも私は孕んでしまったようだ」
「え〜〜〜?どうするんですか?」
 
「さすがに東宮が子供を産むことは許されん。花子、お前が代わりに産んでくれ」
「無茶な。だいたいどこから産めばいいんですか」
「取り敢えず玉を抜こう。午後から山伏で玉抜きに慣れているものを呼ぶことにするから」
 
「それ拒否します。でも山伏が玉抜きに慣れてるんですか」
「仏道の世界では、あれは修行の邪魔になる魔羅(悪魔)と呼んで、邪念を持たないようにするため切り落とす者がおるらしい」
 
「へー!よくやりますね」
「玉だけ取る方法と棒も一緒に取る方法があるが、お前、どちらがいい?」
「どちらもお断りです」
 

権中納言の父・式部卿宮の御領地が宇治にあり、風雅な邸があったので、権中納言はそこを整備させて、女の姿に戻った右大将(涼道)を迎える準備を進めていました。
 
しかし涼道は悩んでいました。
 
取り敢えず、権中納言と一緒にずっと暮らすなんて気持ちは毛頭無い。だから本当は彼の所にも行きたくない。
 
吉野の宮に行くことも考えてみたものの、自分の身一つであればあそこに身を寄せることもできようが、身重の身であの聖なる地に行くのは、よくない。
 
乳母の家も考えてみたが、そこまで彼女に迷惑を掛けるのは申し訳無い。
 
ということで、どこかに消えたいのだが、その行き先が見当たらないのです。
 

結局不本意だが、権中納言のところに行くしかないのだろうか?などと悩みつつ、右大将は自分の周囲の人にさりげなく別れを告げてこようと思いました。右大将が最初に行ったのは吉野です。
 
吉野宮と初めて会った時以来、涼道は姫たちのお道具などが不足しないようにと、多大な支援をしてきているので、今回の訪問も吉野宮は大歓迎してくれました。あまりにも歓迎されるので、もうこれが別れだなどとは言えず、ただ自分は体調が悪いのでいつまで生きていられるかなどというと、宮は
 
「間違ってもとんでもないこと(死ぬこと)にはなりますまい」
と言って、たくさん祈祷をしてくれました。
 
姫たちとも会うが、涼道は言います。
 
「3ヶ月ほどは来ることができないと思います。そのまま死んでしまったら申し訳無いが、自分がもし生きていたら、どんな姿に変わっていても、またこちらに寄せてもらいます」
 
つまり涼道は、この時点で、もう自殺するという道は断念し、不本意ながら権中納言の元で女の姿で出産することを決意しています。そしてその後、こちらにもう一度来るつもりではありますが、その時自分が男の姿のままか今度は女の姿になっているかは分からないと思っていました。ここではそのことを曖昧な形で言っているのです。
 
姫たちは自分たちがゆくゆく頼りにしようと思っていた人から意外なことばを聞き、最初は冗談か何かかと思ったものの、かなりマジな様子なので、一緒に涙を流しながら
「頑張って下さい。死んではいけませんよ」
と励ましてくれました。
 
そして吉野宮や姫たちと歌なども交わして、涼道はいったん都に戻りました。
 

両親の元に行くと、父も母も嬉しそうにしてくれます。2人とも右大将が自慢のようです。
 
右大臣の所に行きますと、右大臣は彼を褒めたり恨んだり忙しい。自分のことを(妻の四の君に冷たい)本当に酷い奴だと思っているだろうなと思うと、涼道は本当に申し訳ない気持ちでした。
 
四の君はお腹がだいぶ大きくなってきて、愛らしい様子です。このお腹の中の子供が自分の姉(花子)と権中納言のどちらの子供かは分からないが、自分がもし女の姿になってしまったとしても、この人が不自由しないようにしてあげなければと思い、彼女をいたわる気持ちで接しました。
 
長女の小夜は、やっと何かにつかまって立てるようになった所でその様子も愛らしく感じました。
 
自分がもし女の姿になってしまったら、父や母にはまた会えるかも知れないが、この人とはもう会うことはなくなってしまうだろう、などと思うと切なくなってきました。それでつい彼女に言ってしまいましたる
 
「私がもし死んでしまったら、少しでも哀れと思ってくれるだろうか」
 
すると彼女は歌を詠みました。
 
遅るべきわが身の憂さにあらばこそ、人をあはれとかけてしのばめ
 
(死に後れる辛さに私がなお生きていけるものなら、あなたを可哀想と思うかも知れませんが(きっと私は生き延びれないでしょう):あなたがもし死んでしまったら私は悲しすぎてきっと私も死んでしまいます)
 
それで涼道は感動して
 
しのばれむ我が身と思はばいかばかり君をあはれと思ひ置かまし
 
(おっしゃるようにあなたに思い起こされる我が身と信じられたら、どれほどあなたを愛しい思うでしょう)
 
それでふたりはこの日は涙を流し、それから愛しみ合うようにいたわって一夜を過ごしたのでした。
 

涼道は自分の侍女でありながら、現在は仲道(権中納言)の愛人のひとりにもなっている、筑紫の君をおそばに呼び、彼女に特命を与えました。
 
「私は本当に今体調が悪くて、正直、四の君が出産するまで生きていられるか自信が無い」
 
「そんな、殿様、情けないことをおっしゃいますな」
 
「できるだけ頑張るつもりだし、神仏に祈って何とかしたいと思う。しかし自分でもどうにもならない場合もある。もし私に何かがあり、その間に四の君が危急の場合は、そのことを尚侍の侍女の式部に伝えなさい。あの子ならきっと何とかしてくれるはず」
 
「分かりました。私は尚侍様の女房頭の伊勢様の前には顔を出せませんが、式部様なら、何とか私の話を聞いて下さるかも知れません」
 
「そなたが妻を守る頼りだ。頼む」
「分かりました」
 

翌朝、涼道は最後に姉上の所に行ってこようと思いました。体調が悪そうな涼道を心配して、四の君は
 
「侍女たち。御前に伺候せよ。今日は殿の体調が心配である」
と言って、侍女たちを付き添わせました。
 
幼い姫君(小夜)が手をひろげて、涼道の後を追います。涼道も微笑んでしゃがみこみ、小夜を優しく見ながら
 
「この子と私は他人が見れば普通の親子に見えるだろうが、これを限りに他人になってしまう」
 
などと思うと、また涙ぐんでしまいました。
 
涼道の今日のお顔はとても美しい。今19歳。そして四の君は3つ年上です。涼道の魅力は衣服の端まで満ちているようで、
 
翠竹辺夕鳥声(翠竹の辺の夕の鳥の声)
 
と漢詩を詠う様は魅力的です。
 

宣耀殿に行ってみると、尚侍(花子)のもとにはあまり侍女がおらず、庭を見ようと高さ三尺の御几帳だけを引き寄せて、その中におられました。
 
ふたりが話し合っていると、侍女たちは席を外してくれて、姉と2人だけになります。
 
「去年の秋頃から、ずっと体調がよくなく、これも自分の寿命なのかも知れないなどと思っていました。もうこの世の別れなのかと思うと、父母以外では兄弟は、姉上だけだと思い至り、私がいなくなったら姉上が
どんなにお嘆きになるだろうと思って胸がつぶれる思いでした」
 
涼道が涙汲んでいるので、尚侍まで涙ぐんでいます。
 
無邪気だった子供のころと違ってお互い成人して世の中のことを知るにつれ、この気持ちが分かるのはこの2人だけなのだというのをあらためて感じあいます。
 
「あなたが深山にでも行ってしまいたいという気持ちは私も身に染みて分かります。私もどこかに消えてしまいたい気分になることがあるもの。今は何とかやっていますが、ずっとこのままではいられないことは間違いないですし」
 
といって尚侍も泣き出してしまいます。
 
正直、花子としては、身体が男性化してしまったら、もう女官として東宮に仕えることはできないので、どこかに消えてしまうか、あるいは東宮の言うように男性化しないよう睾丸を取るかの二択だと思いつつも、その決断はできない状態でした。それと同時に東宮の妊娠をどう処理するかは重大な問題となっていました。
 

尚侍が、藤色の御几帳をそばに、撫子重ねのお召し物、青朽葉色の小袿を着ている姿は美しく、本当は自分がこういう格好をしていなければならなかったのにと涼道は申し訳無く思いました。
 
尚侍としては、右大将が華やかに匂いたち、美しかったお顔が随分やつれているのに、それでも充分美しいので「公的な場できっぱりとふるまっているのを見ると男らしく見えるが、こうして沈んでいる所を見ると、やはり女の弱さが出ているのだろう」
 
などと思っていました。
 
「なんにしても普通ではない私たちです。私こそ男の格好をしてあなたがしているようなことをしなければならなかったのに」
と花子も言います。
 
お互いに色々な思いを打ち明けあい、2人は日が暮れるまで、長く話していました。右大将はそろそろ帰らなければと席を立ちます。そして(席を外してくれていた)尚侍の侍女を呼びよせてから退出しました。
 
尚侍は「いつにない姿を見せたなあ」と思いながら弟を見送りました。
 

「今宵は宣耀殿に伺候していなければならないので」
と言って供の者はみんな帰してしまっていました。
 
権中納言が網代車(粗末な車)を北の陣に入れていましたので、右大将はその車に乗って内裏を出ました。
 
(本来は大内裏に車を入れることは許されない。帝の従弟という立場の特権を使ったか??なお、北の陣は内裏外郭・北側の朔平門の所にあるので、内裏内郭の玄輝門を通り朔平門を出てから車に乗り、そのまま大内裏の北側の偉鑒門(いかいもん)を出たものと思われる。つまり右大将が権中納言と一緒に門を出たのは警備の兵士には見られているはずである−むろん彼らはそのことを上司の源大将以外には言わないはず)
 
涼道は、こんな形で宮中を出るなんてと悲しく思います。
 
宇治への道中も心は暗いままです。幼い頃から好んで吹いてきた笛も今後はもう吹けなくなるのだろうかなどと思うとますます暗い気持ちになります。
 
たまたま持っていた笛を吹きます。
 
美しい調べに合わせて、権中納言も「豊浦の寺」を謡っておられました。
 

涼道はこの道中の車の中で男の服を脱ぎ、隠していた長い髪もそのまま露出させ、そして用意されていた女の服を身につけました。
 
女の服なんてもう久しく着ていなかったので、こんなかったるい服をよく昔は着ていたよなあと思いましたが、同時にこういう服をこの後はずっと着ていなければならないのだろうかと思うと、憂鬱な気分になるのでした。
 
到着してみると風雅な所にしかるべき工夫をして邸を建ててあります。
 
室内装飾も優美に造られています。侍女がいなくては不便だろうと、権中納言の乳母子2名と、世間のことを全く知らない若い侍女や女童などを予め連れてきています。
 
車から降りてすぐに涼道は
「なぜ自分はここに来てしまったのだろう」
と後悔の念にかられました。
 
しかし帰りたいといっても、身重の身体では、もう帰られるものでもありません。権中納言もこうして連れてきたからには絶対に帰すはずもありません。涼道は情けない気持ちでいました。
 

少し仮眠して起きた時、涼道はあらためて、ここにいることが自分で信じられない思いでした。
 
権中納言は侍女たちに命じて右大将の髪を洗わせます。そして眉を抜いて描き眉し、お歯黒もすると愛らしい姿になりました。
 
(この時代はお歯黒をしていたのは既婚女性のみ。男性貴族はしていない)
 
涼道は「こんな姿になるなんて」と嘆き、更に憂鬱な気分になりました。
 
しかし権中納言は言います。
 
「こういう姿こそ正常なのですよ。男みたいな格好をして世間に出歩き、仕事もしているのは立派ではあっても、あなたの本性に反していたのです。最初は慣れないでしょうが、こうしているのが普通なのです。父君の耳に入っても、決して悪いとは思われないでしょう」
 
そんなことを言われると、権中納言の言い分が正しいような気もしないでもないので涼道は悩んでしまいました。
 

さて、京では“宿直するから”と言って昨日返された涼道の従者たちが朝になって殿を迎えに来たのですが、宣耀殿の侍女たちから
 
「夜更けにお帰りになりましたよ」
と言われます。
 
それで右大将はどこに居られる?というので探すのですが見つかりません。
 
「毎月5〜6日休んでおられた時は殿はどこにおられたのだ?」
と問う者があり、六条辺りの家にいつも付き添っていた者たちが、緊急事態のようなので、すぐにそちらに行ってみたものの、そこにも涼道の姿はありませんでした。
 
花子は「あいつ何やってんだ?」と困惑の思いでした。思えば昨夜は自分に別れを告げに来たのだろう。しかし何もこんな騒ぎになるような姿の消し方をしなくても、もう少し曖昧な身の処し方もあったろうにと憤慨していました。これではカバーのしようもありません。
 
吉野の宮に行く時に必ず連れていく泰明も残っており、花子は念のため彼に命じて吉野の宮まで馬で行かせましたが、そこにも涼道の姿はありませんでした。
 

右大将が失踪した、というのは確定的になりました。
 
父の左大臣は嘆きます。
 
「たいそう現世を嘆かわしく思っていたが、やはり普通の身ではないゆえに悩んでいたのだろうか。しかしこの年齢になってから、明確な理由もなく世を捨てたりするとは思いもよらなかった。去年の冬頃から変な気はしていた。私はそれをどうして見とがめなかったのだろう」
 
出家してどこぞにおられましたぞ、のような情報もなく、ただ日数が過ぎていくので、どうする手もない状態です。
 
内裏や院でもなにが起きたのか分からず当惑しています。早く戻って来て欲しいと祈祷などもして大騒ぎになっています。
 
右大将を一度でも見て居る人がみんな悲しみ、野山に入って探す人もありましたが見当たらないまま、日々は過ぎていきました。
 

右大臣のお気持ちはもう尋常ではありませんでした。
 
右大臣は右大将を非難します。
「やはりうちの娘を愛していなかったのだ。まだ幼い子もいるというのに」
 
四の君の方は、やはりお覚悟を決めておられたから、あの時、あのようなことをおっしゃったのだろうと思いました。
 

世間では噂が立ちます。
「四の君の所に、権中納言が密かに通ってきていたのを右大将は恨んでいたようだ。生まれたお子様も権中納言の子供らしいぞ」
 
その噂を聞いて父の左大臣の方は
「それはそうだろうな。(女同士では子供ができる訳ないから)変だもの」
と思っていました。
 
そして、
「やはり自分が普通の者とは違うのでひとりだけで悩んで、どこかに出家してしまったのだろう」
と泣いておられます。
 

世間で四の君と権中納言の密通のことが噂になっていても、右大臣の周囲の者たちは、それが右大臣の耳に聞こえないよう気をつけていました。
 
しかし、4人の娘たちの中で、四の君ばかりが可愛がられていることに不満を持っていた、別の娘の乳母(**)が、他の人への手紙を装ったものを書き、右大臣が通りそうな場所にわざと落としておいたのです。
 
(**)原作は明示していないが帝に嫁がせてもらえなかった三の君の乳母と思われる。
 
その手紙にいわく
 
『右大将様は、権中納言の密事にショックを受けて失踪なさったのですよ。生まれたお子様も権中納言の子供なのです。自分の子供と思ってたいへん喜んでおられたのに、顔かたちが間違い無く権中納言に似ていて、見とがめしていたところ、七日祝いの夜に、権中納言が四の君の寝所に入って行かれるのを見てしまったのです』
 
手紙を読んだ右大臣は激怒します。
 
そして四の君に問い糾しますと、四の君も手紙に書いてあるのはその通りだと認めました。
 
「今妊娠しているのは間違い無く右大将の子供なのであろうな?」
「分かりません」
 
これは本当に分からないのでそう答えるしかありませんが、父は更に激怒します。
 
「分からないだと!?お前は誰の物とも知れぬ子を孕んだのか?お前はそんなにふしだらな娘だったのか!?」
 
父は激怒して非難しているものの、四の君としては、何も反論ができません。それでとうとう右大臣は四の君に勘当を言い渡したのです。
 
「もうお前は私の娘ではない。今すぐこの家から出て行け」
 

それで四の君は仕方ないので身重の身体を抱え、幼い娘を連れて、家を出て車に乗り込みます。
 
「悪いけど、私をどこかに連れていって」
 
左衛門が言いました。
「粗末な所ですが、私の実家にお連れします」
 
「うん。御免ね。よろしく」
 
四の君は侍女たちに自分はもうお前たちに給料も払えないから、各々の実家に戻るようにと言いました。それで大半の侍女が退出します。しかし数人の侍女は
 
「身重の姫様を見捨てて家に戻ったら私が勘当されます」
と言って残ってくれました。この中にはもちろん筑紫の君(本来は右大将の侍女)も居ます。
 
それで左衛門の導きにより、四の君に忠実な数人の侍女だけを連れ、四の君は取り敢えず左衛門の実家(四の君の乳母の家)に退避したのでした(**).
 
(**)原作では四の君がどこに退避したのかは書かれていない。追い出されたと書かれているだけである。しかし生母が協力したような記載もない。むしろ自分まで右大臣に嫌われないよう、そちらに同調していたふうなので、乳母の家くらいしか退去先は考えられない。
 
左衛門は、右大将が失踪中の今、ここで頼ることのできる人は不本意ではあるが、権中納言しかいないと判断し、取り敢えずの状況をまとめた上で、支援をお願いしたいという文を権中納言宛に書きました。
 
「筑紫の君よ。今、権中納言までどこかに引きこもっておられるようだ。しかしそなたなら、連絡がつけられるよな?」
 
「はい。何とかします」
「この文を権中納言に頼む」
「分かりました。必ずお届けします」
 

一方、宇治ではあっという間に日々が過ぎていきました。涼道としては、父母はどう思っているだろう?などと思って心苦しいものの、自分自身としては、まるで夢でも見ているかのような思いでした。
 
しかし取り敢えず京で妊娠している身体を隠し男姿で過ごしていた時期よりは辛くないので、ぼーっとしたまま過ごしてます。権中納言は盛んに
「君はこうして女の姿でいるのが自然なんだよ」
と日々言うので、涼道としても、そうなのかも知れないと考えてしまいました。
 
権中納言は
「昔からこのような人を妻にしたいと思っていた。それを神仏が叶えてくれた」
 
と喜び、涼道に男性時代のことなど思い出させないよう万事に気を配っていました。
 
そんな日々を送っていた所に左衛門からの手紙が届いたのです。
 

左衛門からの手紙を託された筑紫の君は、権中納言の腹心である家人を捉まえると、彼に四の君が勘当されてしまい、宿にも困る状態になっていることを話して、左衛門からの手紙を取り次いでくれるように頼みました。
 
彼は驚くも、必ず殿に届けると約束し、左衛門はその手紙を託しました。それでその人が手紙を宇治まで持って来てくれたのです。合わせて筑紫の君から聞いた四の君の状況を権中納言に伝えました。
 
状況を聞き、手紙を見て権中納言は驚きます。
 
左衛門は、姫様のお腹の中の子が右大将様の子か権中納言様の子かは分かりませんが、間違い無く小夜様のお父上である権中納言様のお情けにすがりたいと書いていたのですが、権中納言としては、女である右大将と四の君の間に子供ができる訳が無いから、四の君のお腹の中の子も自分の子供で間違い無いと確信しています。それでこれは何とかしなければと思ったのです。
 
それで権中納言は涼道に
「済まない。四の君が勘当されてしまって宿にも困っているらしいのだ。放置もできないから行ってくるけど、朝までには戻るから」
と言って、出かけていきました。
 

涼道としては尋常ではない状況の中で仲道だけが頼りだったのに、それが自分を放置して別の女の所に行ってしまうなんてと嘆き(つまり四の君に嫉妬している)、このような歌を詠みました。
 
思ひきや身を宇治川にすむ月のあるかなきかの影を見むとは
 
そんなことを思ったであろうか(思ったことも無かった)憂鬱な身をつらがってこの宇治川に映る月のあるかなきかの光を見るような運命になるとは
 

権中納言が左衛門の家に行くと、左衛門は
 
「姫様は右大将の失踪で心労を重ねておられた上に、お父上様から勘当されてショックで、今にも死んでしまいそうです」
と泣きながら訴えました。
 
「とにかく会おう」
と言って、姫の仮宿に入ります。すると四の君は本当に今にも息絶えるかというほどやつれています。
 
「萌子、萌子」
と言って身体を揺すります(権中納言は萌子の本名を知らない)。
 
萌子は精神的にも肉体的にも辛いので横になって目を瞑っていたのですが、権中納言の顔を見ると
「また、こいつと関わりができるのか」
と不快な気分になり、すぐ目を瞑ってしまいました。
 
仲道は言いました。
 
「あまり深く悩まないで。いつかきっとお父様の許しが出ることもありますよ。それより今は赤ちゃんを抱えたあなたの身体が大事です」
 
それで自ら彼女に白湯など飲ませたりして看病しました。
 

仲道は萌子に付いている侍女たちに言いました。
 
「君たちの給料は僕が払うし、様々な物も不足しないようにするから、君たちは姫にずっと付いてお世話をして欲しい。僕は絶対に姫を死なせない」
 
そう力強く語る権中納言に(左衛門以外の)侍女たちは、頼もしさを感じたのでした。
 
権中納言は、涼道には1晩だけと言って出て来たものの、これはとても放置して戻れないと思いました。それで涼道には文を書く一方、夜が明けたら坊主を呼んで加持祈祷をさせました。結局そのまま数日、京に留まることになります、
 
世間では「右大将の失踪は権中納言が間男したせいらしい」という噂が流れているので、権中納言は世間体からとても出仕などできず、ただずっと萌子のそばに付いていました。
 

権中納言が四の君のお世話をしている内に、6日ほど経ってしまいました。宇治に居る涼道の方も放置できません。それで泣く泣く、左衛門に後事を託して宇治に戻るのでした。
 
それで宇治に戻ってみると、こちらの方が余程人が少なく手薄です。涼道も大きなお腹を抱えて不便していたようでした。
 
権中納言は涼道に
「何日も放置して済まなかった」
と謝り、四の君の状況を報告して、とても放置して戻れなかったと言い訳します。涼道としては自分の妻のことは気になるものの、そのために自分が放置されていたのは不愉快です。
 
更に自分の目の前で四の君への文など書いているのを見ると、要するに自分はこの人に半分しか愛されていないのだなということを認識しました。
 
それにあの愛くるしい夏代(萌子の本名)ちゃんに比べたら、やつれている自分はひどく劣って見えるのでは、と完全に嫉妬の気持ちで一杯になります。それで涼道はこの男への気持ちがますます冷めていくのでした。
 
しかしだからといって出産まではどこも頼るべき所がないので、とりあえずそれまではこの男に拒否の態度を取るべきではない、という涼道らしいクールな気持ちが生まれてきます。結果的に涼道を自分を取り戻すことができ、それが涼道の顔を魅力的にしたので、権中納言は
「だいぶ元気になってきたようだ。本当に君は美しい」
などと言って喜んでいるようでした。
 

ところで筑紫の君ですが、左衛門から権中納言への連絡を頼まれ、左衛門の手紙を権中納言の腹心に託したのですが、その足で左大臣宅に行くと、旧知の侍女に接触します。
 
「実は右大将様が失踪なさる前に頼まれていたことがあったんです。自分に何かあった後で、右大臣の四の君様に何か不都合があったら、式部様に連絡を取って支援してあげてほしいと」
 
「何かあったの?」
「実は四の君様がお父上に勘当されてしまって」
「え〜〜!?」
「今乳母の家に取り敢えず籠もっておられるのですが、色々不自由なさっていて」
「分かった。式部様に会ってくる」
 
それで彼女は宮中に行き、宣耀殿に行って式部にそのことを伝えました。式部はすぐに尚侍に相談します。尚侍としては四の君のお腹の中の子供は、自分の子供だという意識があります。
 
「分かった。秋姫様に言って必要な支援をしてあげて」
と尚侍は指示を出し、式部自身が里に下がって筑紫の君から詳しい様子を聞き、秋姫とも相談して四の君の所に“右大将の名前で”色々な品物を届けさせたのです。
 
右大将が支援してくれている、ということは右大将は生きているんだということを確信したことで、四の君の精神状態は随分改善されました。
 

さて、右大将の父・左大臣は、かねてから右大将が数日姿を消したりすることがあったので、今度もすぐ出てくるのではなどと思って期待し、またたとえ女の姿になっていてもいいから出て来て欲しい、などと思っていましたが、右大将の消息は全く知れないまま、2ヶ月ほど過ぎてしまいました。
 
(つまり時はもう6月になっている:涼道の予定日は6月下旬)
 
「もし出家したのだとしても、あれだけたくさんの所を探したのに、見聞きしない。まさか遙か田舎(関東や九州などのこと?)までも行きはしまい。ひょっとして権中納言が、都合が悪くなって、殺してしまったなどということはないだろうか」
などと、変な不安まで浮かんできます。
 
とうとう右大将のことで泣く涙も涸れてしまい、出仕もできずに、ただ横になっているだけになってしまったので、邸内の人々は、右大将のことを心配しながらも、左大臣の世話までしていました。
 
(つまりこの時期、右大将・権中納言という実務の中核になっている2人が姿を現さず、左大臣・右大臣もダウンしているし、東宮まで“ご病気”で動けない状況になり、朝廷は完璧に機能麻痺に陥っていた。おそらくこの状況で朝廷を動かしていたのは、大納言・藤原宏長と、三の君の夫で左大将の源利仲)
 

さて“ご病気”で伏せっている(?)東宮の宣旨・敷島は尚侍(花子)を
なじっていました。
 
「私もずっと皇女(ひめみこ)様のそばにずっと付いているつもりでしたが、月に何日かは(月の者のため)里下がりしておりました。その間、あなたが皇女様のそばには付いておられましたよね。一体どなたを引き入れたのです?」
 
実際には敷島の目の無いところで、雪子は花子自身を弄んでいたのですが、まさかそれを話すことはできません。
 
「それは皇女様自身から口止めされていますので、宣旨様にもお話はできませんが、決して身分の卑しい者ではありません」
 
「ああ、やはりあなたの兄上様なのですね?」
「申し上げられません」
 
「しかしあなたの兄上様はいったいどこに行って仕舞われたのでしょうね」
 
と敷島は、東宮のお腹の中の子供の父親が右大将であるならば、悪い相手ではないと判断したようです。そしてその肝心の右大将の安否を気遣います。
 

「宣旨様。私が兄を探しに行って来ます」
と花子は敷島に言いました。
 
「女の身で無理ですよ」
「だから男装して行きます」
「え〜〜〜!?」
 
「元々私と兄は顔立ちが似ているのですよ。だから私が男装したら、きっと兄とそっくりになります。その姿で探し回れば、きっと何か手がかりが見つかると思うのですよ」
 
「それはもしかしたらそうかも知れない」
 
「だから私が右大将を探しに行っている間、皇女(ひめみこ)様のお世話をお願いします」
「お世話はいいけど、尚侍がそう簡単に外出できませんよ」
 
「取り敢えず“月の者”を理由にして里下がりします。それで兄の失踪で心を痛めて私も体調を崩して伏せっていることにしましょう」
 
「そういえば、あなた“月の者”で里下がりしたことないね」
「私のはとても軽いので」
「ああ、そういう人は時々いる」
 

それで尚侍(花子)は取り敢えず“月の者”なので里下がりします、と東宮に申し上げました。
 
「お前が月の者ね〜。いよいよ私に代わって出産してくれる気になったな」
と東宮は明るく笑って許してくれました。
 
「本当は兄上を探しに行って来ます。もしかしたら2〜3ヶ月かかるかも知れません。長くかかった場合に困った状況がありましたら、私の腹心の式部にお申し付け下さい。必ず何とかします」
 
「分かった。式部は頼りになる。頼む」
と東宮はまじめな顔で答えるのでした。
 
(尚侍の女房頭は伊勢なのだが、式部は頭もよく勘も鋭く、体力もあって、馬も弓矢もこなすので、しばしば裏工作的なものに関わっている)
 

尚侍は内裏出仕以来3年ぶりに里下がりして実家に戻りました。
 
実際には涼道の代理をして度々出歩いているのですが、それは内緒です。
 
そして実家で父の左大臣がひどくやつれた様子を見ました。思えばあの子が、あの日、私の所に来たのは、やはり別れを告げるためだったのだろうなと再認識します。
 
たった2人の兄妹で、小さい頃こそ縁が薄かったものの、ある時からお互い入れ替わって相手の苦手なお稽古を代わってやっていた日々などが思い起こされます。あの頃はふたりとも純真だったけど、お互い社会に出て各々の重圧に耐えて仕事をしていた日々、お互いに支え合っていたけど、やはり男女入れ替わって過ごすには色々無理もあったよな、などと花子はこれまでのことを回想していました。
 
ふつうの人は通り一遍の所しか探さないだろう。父はかなり傷心している。もしかしたらこのまま亡くなるかも知れない。回復しても左大臣という立場ではあまり動き回れない。結局あの子を探し出せるのは自分だけだ。もし自分もあの子を探し出せなかったら、自分も出家しよう。
 

それで花子はまず西の対にいる秋姫(涼道の母)の所に行きます。秋姫は左大臣と違って胆が座っているので、青ざめた表情ながらも気丈にしています。花子は父よりこの人の方が左大臣の職務を果たせたりしてなどと思いました。やはり涼道のしっかりした性格はこの人の遺伝ではという気もします。
 
「秋姫様、ご無沙汰しておりました。お願いがあるのですが」
「何でしょう」
「橘(涼道の幼名)の男物の服をお貸し下さい」
「あらあら、男物の服とか、どうなさるのです。まさか急に男に戻りたいなどと思ったりはしませんよね?」
 
「男姿に戻ろうと思いまして」
「うそ」
「でも私が男の服を着ていたのは小さい頃だけなので、私は男物の服を持っていないのですよ」
「あんた本当に男に戻るつもり?」
 
「それで橘を探しに行って来ます」
と花子が答えると、秋姫は真面目な顔をして、腹心の中将の君に命じて、涼道の服を数点持ってこさせました。
 
「お着替えお手伝いします」
「頼む」
 
それで花子は中将の君に手伝ってもらい、小袿(こ・うちき)と裳(も)を脱ぐと、狩衣(かりぎぬ)に袴(はかま)を穿き、頭には冠もつけました。髪の大半は服の中に隠します。実は涼道もいつもそのようにして長い髪を隠していたのです。
 
「一応男にみえるかな」
と秋姫は言います。
 
「本当に男なんですけどねー」
「でも桜様、まだお声変わりしないのですね」
「私は男としての発達が遅いようなのですよ」
 

それで秋姫には父の世話を頼み、花子は男装で春姫の居る東の対に向かいました。
 
春姫は男装の花子を見てびっくりします。
 
「右大将(うだいしょう)様!お戻りになったのですか?」
 
すると花子は微笑んで言いました。
「母上、私は尚侍(ないしのかみ)ですよ」
「え〜〜〜!?」
 
それで花子は母に自分の計画を打ち明けました。この姿で涼道を探しに行ってこようと。普段の格好のままでは、やはり女の身であちこち動き回るのは難しいので男装したこと。それに自分が男装すれば涼道そっくりになるので、その姿で探し回ることにより、何かヒントが得られるかも知れないということ。
 
「それは良いことです」
と母も賛成してくれました。
 
「だけど男装のあなたを、花子などという女名前で呼ぶのは抵抗がある」
と母は言います。
「だったら花久くらいで」
 

「じゃ花久さん、あまり無理しないで。あなたまで失ったら父君は亡くなってしまいますよ」
 
「はい、無理はしません。ただ私が妹を探している間、尚侍(ないしのかみ)まで不在になってしまいます。それで母上、尚侍は兄の失踪に心を痛めて伏せっているということにして頂けませんか?このことは絶対に信頼できる数人の侍女だけの秘密にして、私がここに居て、ずっと寝ているかのように振る舞ってほしいのです。朝昼夕の御飯などもちゃんと運んで」
 
「なるほどですね。でも東宮様には?」
 
「皇女(ひめみこ)様にも事情は話して出て来ました。でも伏せっている私から音信をしているかのように、皇女様には定期的に文を代筆して届けてもらえませんか?」
 
「分かった。それは誰か信頼できる者に書かせよう」
「お願いします。それでは出て来ます」
 
「供は?」
「泰明殿が、自分が殿様に出家を唆してしまったのではと落ち込んでいるようです。彼に同伴してもらおうと思います。それにやはり最初、吉野宮様と会ってみたいと思うのですよ」
 
「それはよいかも知れませんね」
 
それで花子は、一番の腹心で頭の良い式部には東宮との連絡役を頼み、もうひとりの腹心の長谷およびその妹の小紫と4人だけで、6月下旬の深夜、密かに左大臣宅を4人とも乗馬で出発しました。
 

ここから物語は主人公の2人のことを男君・女君と描写します。男君というのは現在男装している尚侍・花子(花久)、女君というのは今出産のために女装している右大将・涼道のことです。
 
さて、当時京から吉野に行くには2つのルートがありました。
 
1つは木幡山(現在の桃山)の麓を通るルート。もうひとつは淀川を下って、巨椋池(**)から宇治川に入るルート。
 
どちらにしても京の南側で、宇治川を渡ることになりました。
 
(**)京都南方にあった湖で京都市・宇治市にまたがる。淀川はこの湖の南西、宇治川は南東から流れ出る。現在の第二京阪巨椋池本線料金所付近が元々の湖の中心点。古い地図を見た感じでは琵琶湖の分湖のようにも見える。
 
秀吉が治水工事に失敗して水害を生むようになってしまい、昭和初期に埋め立てられて消滅した:風水的には京都の朱雀だったので、この消滅で京都の風水は絶望的に悪化した。京都の運気は京都に留まることができず、全て淀川経由で大阪に流れて行ってしまう。
 
なお実際の原作の記述を見る感じでは、花久たちは木幡山ルートを通ったように思われます。
 

さて、今は6月下旬、新暦でいえば7月下旬で盛夏です。とても暑い時期です。
 
花久の一行は宇治川を舟で渡った(馬も舟で渡す)後、木陰でしばし休憩しました。すると川の近くに風雅な邸があるのに気づきます。それで興味をもって近寄ってみると、読経の声がするほかは、人影がありません。
 
風雅だなあと言いながら、小柴垣のある建物に歩み寄ってみると、すだれが巻き上げてあったので、人がいたのかと驚きました。
 
落ち着いて見ると建物の前に遣り水があり、八方に流れて絵に描いたような庭です。よい具合にすだれを巻き上げて、鮮やかな色の几帳の帷子(かたびら)を掛け14-15歳ほどの美人の女童が二藍の単衣襲(ひとえがさね)を着て紅色の袴を穿き、袴を形良く踏みやって、帯をゆったりと締めて団扇で扇いでいました。
 
几帳越しに見える女主人も、目を細めてみると、紅色の単衣襲(ひとえがさね)を着て同じ色の生絹(すずし)の袴をつけているようです。たいそう悩ましげに物思いにふけっている感じ。伏せた顔の色艶は、華やかに光るように輝いて、額髪(ひたいがみ)がはらりと掛かっている様子は、絵に描いたようです。顔はよく見えないのですが、あふれる愛嬌があり、可愛らしい顔立ちのような気がします。
 
花久は、まさか妹ではないよね?と思い、もっと近づいてみようとしたのですが、中の人は人の気配に気づいたのか、すだれを降ろしてしまいました。
 

その頃、邸内では、誰か人が来たといって少し騒ぎになっていました。しかし権中納言からは、邸内には誰も入れないように言われています。それでなりを潜めて静かにしていました。
 
実は邸の中にいる涼道は、その近づいて来た人の姿を見なかったのですが、侍女たちが騒いでいるのを聞くと
 
「失踪なさった右大将様に似ている」
などと言っています。むろん彼女たちはその右大将というのが自分だということを知りません。
 
涼道はひょっとしたら、男として生きていきたい自分の魂が自分の身体から抜け出して、そのあたりを彷徨っているのかも知れない、などと思いました。
 

一方、邸に近づいて行った男君は、ちょうど通り掛かった農民に尋ねました。
 
「ここはどなたの住む所か?」
 
「ここは式部卿宮様のお邸です」
 
「そうであったか。変に関わると面倒なことになりかねなかったな」
と言って、花久はここを立ち去ることにしました。
 
こうして兄妹の巡り会いは、この日は起きそうで起きず、ニアミスで終わったのでした。
 

さてその宇治の邸。
 
権中納言は、人目を忍んで通っている四の君のことも気になり、昨夜またお出かけになりました。宇治の女君(涼道)の所でも出産の日が近づき、女君は起き上がることもできず、ぼんやりと物思いにふけっています。
 
「女の生活ってこんなものなのかなあ。頼み所もなく、つまらない日々だが」
と分かってくると
 
「権中納言は四の君に熱中して、こちらに5〜6日、向こうに5〜6日と籠もっている。その絶え間を、そういう経験の無い私が待ち続け、悩み暮らすというのは、いやになるほど気の揉めることだ。といって今は男姿に戻るというのも難しい。ともかくも無事出産できたら、吉野山に行って出家しよう」
 
などと考えています。
 
こういう女君の心情を権中納言は全く分かっていません。
 

権中納言は女君(涼道)については“今は平和に夫婦になっている人”と気を許して考えていて、むしろ今にも死にそうな四の君のほうが気に掛かっています(**).
 
(右大将失踪事件で)世間の目が厳しいので、外に出歩かないまま、この2人だけの間を往復する日々でした。
 
「長年、時が経つにつれ愛情面は思うようにならぬと嘆き恨んできた恋心が満たされたことだ」
と、感じて嬉しく思っています。
 
その日権中納言が四の君が退避している家に行きますと、見馴れない食べ物や布(当時はお金代わり)などが置かれていました。
 
「これはどうしたことか?」
と権中納言が左衛門に尋ねますと
 
「それが実は、右大将様が、四の君が勘当されたことをお聞きになったということで、不自由しているだろうからと、これらの品物を送ってきてくださったのです。右大将様のことは私も本当に心配しておりましたが、生きておられたんですね。早速姫様にも申し上げましたら、大変安堵しておられました」
と左衛門は嬉しそうに言います。
 
権中納言は驚きました。しかし同時に少し嫉妬し、また少しホッとしました。私が四の君の所に行く時、まるで嫉妬でもするかのような目をしているが、やはり自分の妻であった人のことは気に掛けているんだなと思います。右大将からの連絡で四の君が安堵したという話自体には嫉妬するものの、それは彼女が自分が四の君のお世話をすることを許してくれていることでもある、と権中納言は解釈したのです。
 
それで彼女が四の君のことも気に掛けているのなら、他の女のことを話すのは不快だろうかと思い控えていたが、これからは積極的に四の君のことをあの人にも話すようにしよう、と権中納言は思ったのでした。
 
このことは、結果的に涼道の心に全く別の波紋を与えてしまうのですが、そのことに権中納言は思い至りません。
 

(**)赤川次郎は、プレイボーイには、カサノヴァ型とドンファン型があると書いている。
 
カサノヴァは、女性への奉仕者であり、自分の愛した女性のためにたくさん尽くす。それで彼と恋人になったことのある女性は別れた後でもずっと彼のことが好きだ。
 
ドンファンは女性の征服者であり、女性を手に入れるまで努力を惜しまないが、手に入れたら途端に興味が薄れる。「釣り上げた魚には餌をやらない」タイプ。それでドンファンに“獲得された”女性は、みんな彼のことを恨む。
 
仲道王(権中納言)はどう見てもドンファン型である。
 
歌劇「ドン・ジョヴァンニ」ではドン・ジョヴァンニ(ドンファン)は石像に抱きしめられて死んでしまうが、なかなかこういう天罰は降りないと赤川は述べた。
 

女君が許してくれているのならと少し長めに京に滞在してから、
「またすぐ来るからね」
と四の君に告げて、宇治に戻ってきますが、女君もたいそう苦しげにしています。
 
「大丈夫だろうか」
とこちらも心配です。
 
それで女君と話しをしていたら、侍女のひとりが
「そういえば、失踪なさった右大将様が今日、この家のそばをお通りになったんですよ」
などと言うので、そんな馬鹿なと思います。
 
「それでどうだった?」
「狩装束姿で、この家をしばらく見ておられましたが、面倒になってはいけないので静かにしておりましたら、その内、立ち去られました」
 
侍女たちが下がったら、女君に
「あなたも見たのですか?」
と訊きます。
 
「見たこともない人がいたようです。私はよく見ていませんが、侍女たちは、右大将に似ていると騒いでましたね。もしかしたら、私の男として生きたい魂が勝手に出歩いてるのかも」
などと微笑んで答えます。
 
「やはり以前の姿でいたいという思いが深いのだ!」
と権中納言は言ってから
 
「でもどんな人でした?」
と訊きます。
「私に似ているということで想像してください」
と女君は答えて、この件は終わりにしました。
 

一方、男君は吉野宮の邸近くまで来ると、まず長谷を行かせて
「右大将のもとから参上した人がいます」
と伝えさせます。
 
吉野宮は、失踪したということで四方の山々まで騒ぎ求めていたが、本人が4月に来訪なさった時以降、何の消息もなかったのを心配していましたので、お使いというのは、あの最初に来た人(泰明)かなと思い、どうぞ中にお連れ下さい、と言います。
 
すると、少しして、今来た女、その女と顔立ちの似た女、そして泰明と一緒に、当の右大将本人が入ってくるので、びっくりします
 
「これはどうしたことか!?」
と驚きましたが、すぐに本人ではないことに気付きます。
 
「あなたは物凄く似ているが右大将殿ではない」
 
「私は、右大将の兄弟です。右大将はかくかくの次第で失踪なさって2ヶ月になります。こちらに時々参上しておられたし、ここを最期の住処に思っていると言っていたと告げる人がありましたので、もしや何か言い置きなどでもなさったことが無かったかと、お伺いしたくて参りました」
と申し上げました。
 
「そうか。あなたは尚侍様ですね」
「はい、そうです」
 
「男装なさっていても、あなたが女性なのは分かります。雰囲気が女ですから」
と吉野宮はおっしゃいます。
 
えーっと、私は本当は男なんだけどなあと思うものの、話が面倒になるので、いいことにしました。自分が尚侍であることは間違いありません。
 

吉野宮は男装の尚侍をあげて、お茶を勧めてから言いました。
 
「一昨年の秋頃から、あの世までもと約束なさって、私どもの所に立ち寄り訪ねくださっていましたが、4月初めにいらっしゃった時、大体の世の中が心細く感じられるとおっしゃって、次はいつとも言い残さずにお帰りになりました」
 
「ただ六月下旬・七月上旬を過ごすことが極めて難しく思えるからそこを平穏に長らえた命が無事か否か、七月には、必ず吹く風に乗せてお便りしようとお約束なさっていました。右大将様は身を慎まなければならぬ今日この頃であるなあと想像申し上げておりました。朝夕の念誦のおりに必ず右大将様のことも念じておりますが、現世にご無事ではあるようです」
 
と吉野の宮はおっしゃいましたた。
 
「では右大将はご無事なのですね」
「それは間違いないです」
 
尚侍もこの宮がかなり強い法力を持っていることは感じ取りましたので、その人が無事だというのであれば、間違い無く無事であろうと確信しました。それで取り敢えずは一安心というところです。
 
「兄弟とても多くはおりません。たった2人の兄弟なので、事情も分からず失踪してしまわれたのが、やり場も無い悲しいことですが、その上、老いた親が、死にそうに嘆いていますのが、身に応えております」
と尚侍が言うと
 
「あれほど素晴らしかった右大将ですから、お嘆きも当然ですよね。でもきっと探し出せるでしょう。心配なさるな」
と宮は頼もしげにおっしゃいました。
 

花久は考えました。妹は7月には便りをすると言っていたという。今自分は京に戻って、こういう話だったと母などに報告しても仕方ない。妹が手紙を書くと言っていたのなら、ここでその手紙を待った方がいいのではと。
 
それでそのことを吉野宮に言うと
 
「嬉しいことです。どうかここで待っていて下さい。右大将殿は決して約束を違えたりはしませんよ」
とおっしゃいます。
 
それで待たせてもらうことにしましたが、自分まで消息が定かでない状態になっているとまずいので、母に手紙を書くことにしました。あわせて東宮へのお手紙も託します。
 
・ある場所で7月には手紙を書くと右大将が約束していたという人と会ったので、自分は男姿にも慣れていないし、その手紙をここで待つ。
 
・出かける時も言ったように、私がそちらに在宅しているかのように振る舞っていて欲しい。
 

手紙を泰明に託して左大臣宅に届けさせます。春姫はまだ左大臣には話さないほうが良いだろうと考え、秋姫にこの手紙を見せました。秋姫も、涼道が無事であるのは間違い無いという便りに安堵します。
 
それで東宮様へのお手紙を侍女に持たせて宮中にいる式部の所に届けさせるとともに、秋姫から式部への手紙も届けさせて式部には事情を伝えておきます。東宮様も、涼道が無事であること、その手がかりを掴んだという話に安堵なさいました。
 
春姫と秋姫は、尚侍に
「あなたまで変なことは考えないで下さいよ」
という手紙を書き、長谷たち2人だけではさすがに不便だろうと考え、秘密を守れる侍女を5人(涼道の乳母子である小竹を含む)と、口の硬い男の下僕1名を選び、泰明と一緒に吉野宮に行かせました。花子も手の者が増えて、本当に助かりました。
 
(花子は男装していても普通の男性が使うような尿筒(しとづつ)が使えないので、おしっこをするには女性と同様に虎子(おおつぼ)を使う必要があり、そのためには本来は侍女が5〜6人、最低でも2人は必要である。花久が秘密の行程ではあっても侍女を2人同伴したのは、実はトイレの問題もあった。ちなみに涼道は普通の男性同様に尿筒を使う!ただし現在は女装中なので自粛して不本意ながら虎子を使っているはず)
 

小竹などは吉野の宮に着いてみると“右大将”がおられるので仰天します。
 
「私は尚侍だよ。女の姿では出歩けないから、男装しているだけ」
と説明しました。
 
「びっくりしました。本当の殿かと思いました」
「小竹殿、そなたも心配であったろう」
 
「はい。殿がご無事と聞いて本当に安堵しました。私にも告げずにどこかに行ってしまわれるなんて、私は殿に信頼されていなかったのだろうかと本当に悩みました」
などと言っています。
 
「七月には便りをよこすということだったそうだ。ここでそれを待とう」
 
「はい。尚侍様と一緒に待たせて頂きます。でも尚侍様、小さい頃はよくおふたりで入れ替わっておられましたけど、今でも男装なさると殿様とそっくりになりますね」
 
などと小竹は感心しています。小竹はあの頃のふたりの“悪巧み”を知っている数少ない侍女のひとりです。他の侍女たちは、“涼道様のお姉様が忍び歩くために男装なさっている”と思っているようです(トイレに虎子を使うし!)。涼道の性別を知っているのも長谷以外には、この小竹だけです。
 

吉野宮は、右大将からの連絡を待つ間、漢詩文でも勉強しませんかと花久に言いました。
 
「漢字ですかぁ。私はあの手の文字を見ると頭がくらくらします」
 
「そうおっしゃらずに。右大将は女の身であっても、とても漢詩文に深く通じておられました。あの方の妹君であるあなたにも、漢詩文はきっと理解できますよ」
 
それで吉野宮から習うのですが、宮はとても優しく指導してくれたので、それまでごく易しい漢字以外はちんぷんかんぷんだったのが、花久も少しずつ読める漢字が増えていきました。
 
漢詩文の勉強の合間に、宮は笛の手ほどきもしてくれました。それまで唄口に唇を当てて息を出してもスースーと息が通るだけで全く音の出なかった笛が、宮の指導で何とか音が出るようになり、日々練習している内に、随分まともな音になっていったのでした。
 
「宮は良い学問の師だ」
と花久も思いました。
 
なお、花久は夜の間は、涼道同様、海子・浜子の部屋で休ませてもらっていたのですが、涼道は男だと思って緊張していた海子たちも、花久については男装していても、雰囲気で女だと分かったので、無警戒にそばで寝ていました。
 
むろん涼道が海子に手を出さなかったように、花久も海子には手を出しません。涼道の場合は肉体的に女なので海子に手を出さなかったのですが、花久の場合は宮中で女性として暮らしていたので、多くの女たちと一緒に休むのが習慣となっていたことから、そばに海子が寝ていても、特に何も感じなかったのです。そもそも花久は男装はしていても、お股の部分の偽装は普段通りなので、その偽装を解除しない限り、女性と秘め事をすること自体、不可能でした。
 
海子は実は、念のためと思って花久が熟睡している時に、そっとお股に触ってみたのですが、何も付いていませんし、胸にも触ってみましたが、小さいながらも膨らみがあるので、ああ、やはりこの人は間違い無く女であったと安心しました。
 
 
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【男の娘とりかえばや物語・右大将失踪】(1)