【クリスマスプレゼント】(1)

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(c)2010.01.06 written by Eriko Kawaguchi
 
それは結婚して5年目のクリスマスイブだった。
 
私は大学の薬学部を出て製薬会社のMR(昔でいう所のプロパー)になり、病院関係を訪問している内に彼女と知りあい結婚した。当時彼女は市民病院で勤務医をしていたが、私と結婚したのを機に新しく出来たバイパス沿いに美容外科を開業。最初は経営が苦しい時期もあったが、今では比較的安定してお客さんが来てくれるようになっていた。バイパス沿いに病院を作ったのは市街地より土地が安かったという問題が大きかったのだが、アクセスの良さから、かなり遠方からやってくるクライアントも多い。これがうちの病院の強みにもなっていた。
 
私は相変わらず製薬会社に勤めているが、いづれ退職してドラッグストアでも開こうかとも思っている。
 
一方、実は結婚前から私には密かな趣味があり、結婚前は彼女にそのことを隠していたのだが、結婚して1年もしないうちにバレてしまった。それはコスプレの趣味だったのだが、私がコスプレするのはだいたい女キャラであった。キュアブラック、セーラーマーキュリー、デスノートの弥海砂、最近ではリボーンのクローム髑髏、しゅごキャラの歌唄などは私の好みのキャラだった。
 
コミケで撮ってもらった写真を大抵はスキャンしてDVDに保管し廃棄しておいたつもりが数枚、本の間にはさんでいたのが見付かってしまった。
 
バレてしまった時は離婚だとか言われるのではと思ったのだが、彼女は「可愛い!」などといい、自分の前でそういう格好してみてと言いだした。
 
コスプレ用の衣装は結婚前に箱詰めして会社に隠しておいたのだが、それを自宅に持ち帰り、付けてみると「何でこんなに似合うの?」と感嘆しているようであった。
 
しかし彼女に言わせると若干、服(一応自分で縫っていた)のディテールに問題があるという。またお化粧の仕方がなってない、もっと可愛くなれるはず、ということだった。
 
それからは服作りにしてもお化粧にしても、彼女から色々「指導」を
受けた。おかげで自分でも以前に比べてかなりハマった感じにできあがるようになった。
 
抵抗したものの、押し切られたのは眉だ。女キャラするなら眉をもっと細くしなきゃダメと言われたものの、そんなに細くしたら会社で叱られると抵抗した。しかし押し切られて細く削られてしまった。そして会社に行く時はマイクロファイバー入りの眉マスカラをすることになってしまった。
 
「これ付ければバレないから」とか言われて細くなった眉の上に彼女が付けてくれたのだが、会社に行くと親しい女子社員に速攻でバレてしまった。しかし課長(50代男性)からは何も言われなかったので、男には分からないのか、あるいは見逃してくれたのか・・・・
 
彼女はどこからか発声法の本とCDを調達してきて、私に女っぽい声の出し方を練習するように勧めた。男が女の声を出せるなんて、私はにわかに信じがたい気がして、女っぽい声って、テレビとかに出ているオカマタレントさんみたいな声かと思ったら、CDを聞いてみると全然。女の声にしか聞こえないような声なのでびっくりした。
 
発声練習は毎日夕飯前の5分義務づけられた。最初はさっぱり要領を
得なかったのだが、ある日突然自分でも女の声みたいだと思う声が出た。彼女も「今のうまくいった!」というので、その時の感覚を忘れないようにして出していくと、段々そんな感じの声が出せるようになり、最初は声域が狭かったものの、少しずつ広いトーンで声が出せるようになっていった。
 
そういう日々が1年ほど続いた頃。大きなイベントがあり、レイヤーさんが大量に参加するようだったので、私も参加しようと要項を確認した。すると今回のイベントでは「女装禁止」というのが書いてあった。
さて困ったと思ったのだが彼女は「大丈夫。最初から女として参加すればいい」と言いだした。
 
私の名前は「桂」と書いて「かつら」と読むのが本名だが「けい」と読むことにして性別・女で彼女は申し込んでしまった。現地で着替えることになるので、自宅から会場まで、普通の女性の服を着ていくことになった。さすがにこれは未体験のことだったが、彼女が付き添ってあげるから、というので開き直って、彼女が用意してくれた私のサイズのカットソーとスカートを穿き、電車に乗って出かけて行った。
 
物凄く恥ずかしかった。
 
私もみんながコスプレしている会場で女キャラの服を着るのは一種の
快感になっていたが、女物の服でふつうの場所を歩くとスカートひとつとってみても、とても頼りないような感じがした。また変態男が女装しているようにでも見えるのでは?という不安もあったが、そんな私の気持ちを見透かしたように彼女は『大丈夫。女の子にしか見えないから』と
私の耳元で囁いた。
 
会場では何と!女子更衣室に入った。彼女に手を引っ張られていなければもう逃げ出したい気分だった。幸いにもロッカーがいちばん端の列だったので、できるだけさっと着替えた。しかし彼女から少し修正が入った。メイクは彼女がしてくれた。
 
実際のイベントが行われている所では多数の人に声を掛けられた。でもこちらも女の声でお返事ができるので、怪しまれたりしたような雰囲気は無かった。後半になるとこちらも度胸が据わってきて、こちらから
他の参加者に声を掛けたりもした。
 
女子トイレも初体験だった!
 
これまでは女キャラではあっても中身は男ということで男子トイレに
行っていたのだが、今回は女装禁止のイベント。女の格好をしている
ということは中身も女であることが前提なので男子トイレに入るわけ
には行かない。彼女に付き添ってもらおうと思ったが「大丈夫だから
ひとりで行ってきて」と言われてしまった。
 
おそるおそる中に入ると、ずらーっと列が出来ていた。その列を見た
だけで逃げ出したくなったが、ここは開き直るしかない。大きく息を
ひとつつくと、黙って列の最後に並んだ。しばらく並んでいたら、突然後ろの女性から声を掛けられた「すごい列だね」。私はとっさに
「ええ、そうですね」と返事したが、幸運にもちゃんと女声になって
いたので、心の中で冷や汗が出た。ふつうは意識して出さないと女声
にならないのに、この時は不意だったのにうまく出た。
 
とにかくもこのイベントでは自分にとって新しい世界が開けたかの
ような感覚のことがたくさん起きた。ソーシャルネットをしている
人からお誘いを受けてしまい、私はその場で携帯から「女性」として、そのネットに登録してしまった。
 
イベントが終了し、更衣室で元の服に着替える時は、なんだか堂々と
した感じで着替えてしまった。充分女で通せるな、という不思議な
自信が出来ていた。
 
結局このあと私は、別に女装禁止でないイベントにも、最初から女性
として登録して参加するのが常になってしまった。
 
またこの頃から、コスプレでなくても、女性の服を着て休日に外出
するのが、癖になってしまった。
 
そういう格好をしていると男の格好をしている時とは世界が180度
違うので、今まで知らなかったような感覚を色々な場所で味わうこと
ができた。それは私の仕事にも影響し、発想の仕方や言動にも微妙な
変化が出ていった。まず、女性の医師が運営している病院への売り込みが以前よりうまく行くようになった。以前から付き合いのある女性医師からも「最近あなた話しやすくなった」などと言われた。男性医師と
話をする時は、頭が男モードに切り替わるので、そちらで悪影響が
出ることはなかったが、男性医師と女性医師に続けて話をする時は
一時的に頭の中が混乱するような感覚になる場合もあった。
私と彼女との間には1年目に女の子、3年目に男の子、5年目に女の子が生まれた。彼女は「3人子供ができたから、子供はもういいかな」
というので「じゃ、ちゃんと避妊するようにしようか」と言ったら
「生でできないのも寂しいから、不妊手術とかはダメ?」などと
言いだした。
 
「それ、どちらが受けるの?」「あなた。私が手術してあげるから」
「別にいいよ。僕も君以外の人と子供作るつもりはないから」
 
ということで私は彼女の手でいわゆるパイプカットの手術を受けた。
それが10月のことだった。
 
手術が終わったあと、彼女はこんなことを言った。
「私のわがままであなたの体をいじっちゃって御免ね。代わりに
クリスマスには、あなたにプレゼントをあげる」と。
 
その時は私もこんなことになるとは思ってもみなかった。
 
ちなみにパイプカットしても、彼女との性生活には特に変化はなかった。強いて言えば以前より彼女が優しくなったかも知れない気もする。
 
クリスマスイブ。
 
子供達を寝かせ付けてから、私たちは居間でシャンパンを飲みながら
歓談をしていた。子供の前ではいつも男の格好をしているが、こういう時には私も女の格好である。今日は彼女が白っぽいブラウスとスカート、私は黒っぽいセーターとスカートだった。私も女声で話しているから
他人が見たら姉妹か仲の良い女友達同士の会話だろう。
 
そしてその時、彼女が突然こう言った。
 
「ねえ、ダーツしよう!」
 
彼女が紙袋からダーツのセットを取り出したが、どうも的の方は
彼女の手作りっぽい。私はこの時になって初めて少し嫌な予感がした。
 
「ねえ、これどんなダーツなの?」
 
「あなたへのプレゼントを決めるダーツよ」と彼女は言う。
私は苦笑した。
「的に書いてあるアルファベットは何なのさ?」
「秘密。あとで教えてあげる」
 
私はどうもかなりやばいダーツのような気はしたが、半ばなるように
なれ、という気分で矢を取ると、彼女が壁に貼り付けた的めがけて
投げた。
 
『B』という所に当たった。
 
「大当たり!おっぱいをプレゼントするね」
 
「ちょっと待って。それどういう意味?」
「あなたのおっぱいを大きくしてあげる。豊胸手術ね」
「えー?いやだよ。それじゃ会社に行けなくなっちゃう」
「大丈夫。FカップとかGカップとか巨乳にはしないから。少しだけ
膨らませれば、女の子の格好した時には自然だし、男の格好している
時もそんなに目立たないし。そうね・・・BからDの間で選ばせてあげる」
「Aは無いの?」
「Aじゃ詰まらないよ。お勧めはCかな。充分『おっぱい』という
感覚が楽しめるから」
私はくらくらとしてきた。
「うーん。せめてBにして」
「じゃ決まり!Bカップのバストにしてあげるね」
「いや、僕はまだ同意してないんだけど」
「しょうがないなあ」
 
彼女は「ちょっと待ってて」というと、部屋を出て行き病院エリアの
方に行ったようだった。やがて何か肌色の物体を2個持ってきた。
 
「これうちで豊胸手術する患者さんが事前に自分の好みのサイズを
確認するための小道具。あなたならたぶんこのサイズのパックを挿入
するとBカップになる。ちょっと胸に付けてみて」
 
私は促されて上半身裸になった。それは胸に密着するようになっていた。
「これでワイシャツと背広と着てみてよ」
 
「うーん、背広を着れば目立たない。でも背広脱げないよ、これ」
「いいんじゃない?折り目正しい人だと思われるし」
「でも夏になってクールビズとか言われたら・・・・
そうだ、健康診断受けられないよ!」
 
「まあ、クビになったら、うちの病院で雇ってあげるよ」
 
私は大きく息をした。
しかし性転換しろと言われているわけでもない。
自分の体におっぱいがあるという状態にちょっと興味を感じた。
それにどうしても嫌だと思ったら、あらためて手術してパックを
抜いてもらえばいい。
 
「まあ、いいや。ありがたくプレゼント受け取ることにする」
「わーい。あなたのおっぱいを揉んでみたかったの」
「そうか、揉まれるのか・・・」
「じゃ、早速今から手術する?部分麻酔で出来るから」
「なんか痛そうだ」
「我慢我慢」
 
「ところでさ?」
「なぁに?」
「ダーツの他のは何だったの? AとTとPとV?」
 
「ああ。Aは喉仏を削る、Tは睾丸を取る、Pはおちんちんを取る、Vはヴァギナを作っちゃう」
 
私はもう笑うしか無かった。どうやら比較的「当たり」を引いた
ようだ。彼女はこれからする豊胸手術の詳しい説明を始めた。
 
「クリスマスの朝には豊かなバスト〜♪」
 
彼女は即興の歌を歌っている。私はあと何年自分は「男」でいられる
のかなぁ、と少し困惑するような気持ちで彼女の説明を聞いていた。
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