【虹を越えて】(1)

目次


 
思えばその時既に、全ての運命は仕組まれていたのだろう。
 
私はポスターカラーのカーマインが無くなったので画材店に買いに行き、ついでに彩色筆の新しいのも買ったらお店で福引き券をもらった。2000円で1枚福引きを引けるらしい。
 
私が引いて予想通り?4等のティッシュをもらって、帰ろうとしていた時、次に引いた中年男性が金色の玉を出した。係の人が鐘を鳴らして「1等賞!」と叫んでいる。へー。自分で1等なんて当てたこともないけど、人が当てたのを見たのも初めてだな、と思った時、その当てた人がそわそわして、辺りを見回すと、突然私の腕を掴んだ。
 
「すみません。君のその4等と僕の1等を交換してくれない?」
「え?」
「僕は今ここにいてはいけないことになってて」
 
ああ・・・・会社の仕事か何かで他の町にいることになっていたのだろうか。
 
「バレると困るので頼む」
 
しかし1等は「ハロウィン・ミステリアス・ツアー」となっている。旅行の権利を放棄してまで、隠さなければならないことなのか。
 
「いいですよ。ボク学生で暇だし」
そういうと、私はティッシュをその人に渡す。係の人がほんとにいいんですか?とその人に尋ね、ええ、お願いしますというので、私がその1等の当選の権利をもらうことになってしまった。
 
住所氏名電話番号を書き、当選の証書をもらった。具体的な旅行の詳細などは郵送で書類を送ってくれるらしいが、当日はこの証書を持ってきてくださいと言われる。
 
その詳細説明書はすぐに郵送されてきた。10月28日金曜日の夕方出発し、列車で「どこか」に行って、30日日曜日の夕方に戻るという「2泊2日」の旅である。食事は、28夕=駅弁、29朝=旅館、29昼=休憩地、29夕・30朝=旅館、30昼=駅弁、となっていた。
 
着替え、洗面道具、折りたたみ傘、スケッチブックと色鉛筆、デジカメ、非常食、それに多少のお金と携帯電話を持って、私は金曜日の夕方、集合場所に行った。
 
車両を1つ借り切ってのツアーなので、けっこうな参加者がいるかと思ったら意外に少なく、20人くらいであろうか。ほとんどがお年寄りで、若い人では25-26歳くらいの男性4人のグループがいた他は、同い年くらいの女の子が1人である。お年寄りもどうもグループが多い。このツアーは福引きの当選者ばかりではないようだ。たぶん一般のツアーの一部のチケットを福引きの当選にしたのであろう。
 
25-26歳の男性4人グループには同性ではあっても何となく近寄りがたい雰囲気があったこともあり、私は集合場所の駅のコンコースで、1人で参加している同い年くらいの女の子と何となく言葉を交わした。彼女は髪はショートカットでノーメイク。たくさんポケットの付いている(写真家用の?)ジャケットに、ジーンズを穿き、大きなカメラを肩にクロスに掛けていて、靴こそローファーだが最初見た時はボクは男の子?と思った
 
「おひとりですか?」
「ええ。福引きで当たっちゃって」
彼女は声もアルトヴォイスだ。でもそのアルトが何となく気持ちいい響きである。
 
「ああ、ボクも福引きで当たったんですよ」
「友達誘って2人ででも参加できるみたいなこと書いてあったけど、私、誘うような友達もいなくて1人で参加したんです」
「あれ?そうだったんだ!説明書、全然読んでなくて」
「もっとも友達の分は参加費用が必要ですけどね」
「なるほど。でもボクもあまり友達いないし」
 
私たちは言葉を少しずつ交わしている内にけっこうそれが会話になってしまった。
「他に知り合いいないし、一緒に座りません?」
 
などと彼女も言うので、私たちは列車に乗り込むと一緒に座った。座席は回転式のクロスシートで、3〜4人のグループは向かい合わせにしているが、ほかはみんな進行方向に向けている。私たちもそのまま2人掛けの状態で、窓際に彼女を座らせ、私が通路側に座った。乗車まもなく配られた駅弁を食べながら、私たちは会話を続けた。
 
「でも列車どこ走ってるんでしょうね。もう暗くなっちゃったから分からなくなった。あずさに連結されているみたいだから長野方面ですよね」
「もうすぐ大月を通過しますよ」といって千早は自分の携帯の画面を見せた。
「あ、そうか!GPSで分かるんだ!」
「文明の利器のおかげで、全然ミステリアスにならないですね」と千早は笑う。
 
私たちは携帯の番号とアドレスも交換した。彼女は「千早」と名乗っていた。彼女は駆け出しのイラストレーターということで、美術科の学生である私とは絵やイラストに関することで話が盛り上がった。
 
「でも私何かで捕まったりしたら、きっと『自称イラストレーター』とか報道される。だってイラストの収入なんてWWW制作の仕事や食品サンプルの写真撮影とか含めても、年間100万も無いもん。コンビニのバイトで何とか食べて行ってる状態で」
「この世界厳しいですよね。ボクもイラストレーター志望なんだけど、ホントに食っていけるのかは不安です」
 
写真を撮るのも仕事のひとつということで彼女はEOSの大きな一眼レフを持っている。CFカードもたくさん持ってきたようで、沿線の夜景をしぱしばカメラに収めていた。私はまだそういうカメラを買うお金がないのでLumixのミラーレス一眼だ。私たちはお互いを被写体にして写真を撮ったり、お互いの絵を描いたりもして時を過ごした。
 
22時前に列車は松本に着き、あずさと切り離され、単独で走行を始めた。
 
「大糸線に入ったね」と千早が携帯のGPS画面を見ながら言う。
私たちはいつしか敬語を使うのをやめて、友達言葉で会話をしていた。
「そっちの方がミステリアス・ツアーっぽいよね、篠ノ井線に行くより」
「大糸線の沿線は温泉が多いから、その中のどこかが目的地なんだろうね」
 
時刻が遅いのでもう寝ている客もいる。私たちは私が乗車前に買っていたペットボトルのコーヒーを分け合って飲みながら小声で会話を続けていた。
 
23時すぎに列車は今日の終着駅に到着した。御丁寧に駅名標にカバーが掛けてあるが、GPSのおかげで、私達はここが黒木駅であることを知っていた。近くに黒木温泉があるから、そこで泊まりになるのであろう。
 
駅から少し歩いた所に船着き場がある。こんな深夜遅くまで列車に揺られてきて更にフェリーに乗ると聞いて、顔を見合わせている老人たちがいる。しかしここの温泉に行くにはこのフェリーに乗るしかないのだ。
 
フェリーに乗って黒木湖の水面を走ること5分ほどで、私たちは黒木湖の中央にある弁天島に到着した。近くにある黒木雄岳の神様と黒木雌岳の神様が喧嘩して乱暴な雄岳の神様が雌岳の神様の首を切ったら、この湖に落ちて島となったという伝説がある。こんなことを知っているのも、私は高校時代にも1度家族旅行でここに来たことがあるからである。
 
私は千早にそんな伝説などを語って聞かせていた。
 
やがて私たちはフェリーから降り、少し揺れる感じのタラップを通って旅館の建物に直接入ってしまう。階段を上ったところに広間があり、私達はいったんそこで思い思い、ソファに腰掛けたり、壁に寄っかかったりしていた。私と千早は荷物だけ床に置いて立ったままだ。
 
「本日はお疲れ様でした。謎の温泉の謎の宿に到着致しました。温泉は一晩中入ることができますので、ご自由にどうぞ。お部屋は夕方お渡ししました書類の中に部屋番号が記されていますが、分からない方はこちらまでおいでください。明日の朝は10時の出発です。8時から朝御飯となっております。私は1階の次郎の間におりますので、何かあったらお声をお掛け下さい」
 
添乗員さんの説明で、とりあえずみんな自分の部屋へ行く。夕方渡したばかりなのに書類がどこかに行ってしまったなどといって部屋を問い合わせている人がいる。何やら手伝ってと言われて添乗員さんはそのお客さんと一緒に広間を出て行った。私と千早はその場でしばし立ち話をしていたが、そろそろ部屋に引き上げようということになった。
 
「お疲れ様でした。また明日ね。君はどこの部屋?」
「私はえっと・・・・、3階の鳳凰の間って書いてある」
「え?」
私は目を疑った。
「ボクも鳳凰の間なんだけど」
「え?」
私たちはお互いの書類を見比べてみたが、確かにどちらも3階・鳳凰の間になっている。
 
「ちょっと行ってみる?」
「うん」
 
私たちは3階まで上がり、鳳凰の間というところを探して、そっと襖を開けてみた。8畳ほどの部屋の中央にテーブルがあり、既に布団が2つ敷いてあった。
 
「私達ふたりだけだったりして」
「まさか・・・」
「あ・・・」と千早が言う。
「もしかしたら私、男と間違えられたのかも。千早って名前、男でもあるから、時々間違えられることあるのよ」
 
なるほど。それならこの事態はあり得る。若い客が少ないから、ちょうど似たような年齢の一人旅の客。で同性であれば同じ部屋に、と思われてしまった可能性がある。
 
「いや、それならボクのほうが女の子と間違われたのかも。朔弥(さくや)という名前も女の子であるから」
「ああ確かに」
 
「添乗員さんとこ行って、部屋を変えてもらおう」
私はそう行って千早を促して部屋を出ようとしたのだが、千早が何か考えている風である。
 
「ね、朔弥さん、この部屋で一緒しない?」
「え?」
「だって全然知らないおばさんたちと同じ部屋に入るより、今日少し仲良くなれた朔弥さんとのほうが、私リラックスできそうで。私って人見知りだし」
「でも・・・」
「着替えとか後ろ向いてすればいいよ」
などと彼女がいうので、結局私はその夜、彼女と一緒に同じ部屋で過ごすことにした。
 
「えーっと、布団の位置を・・・」
などといって、私はふたつの布団の間にテーブルが来るように配置し直した。
「ボクが表の方で寝るね」
「ありがとう」
 
私たちはお風呂に行ってきてから、お茶を飲み、お菓子など食べながら少し会話をした。
 
「夏目漱石の小説にこんなのあったね。見ず知らずの男女がたまたま列車で同席して、そのあとたまたま同じ旅館に行ったら、連れと思われて同じ部屋に案内されちゃうの」
「三四郎だね」
「同じ部屋になるけど、何も起きないまま一晩過ごして、翌朝」
「度胸の無い人ね、なんて言われちゃう」
「うふふ」
「ボクも度胸のない男だから」
「そうなんだ!」
「そろそろ寝ようか」
「うん」
 
おやすみを言ってその晩は寝た。その夜は極彩色の夢を見た。夢の中に千早が出て来て、謎めいた微笑みを見せた。そして夢の中の彼女がこんな事を言った。
『境界線を越えるのに走ってもダメ。歩いていって初めて越えることができる』
目が覚めてもその夢は鮮明に覚えていた。昨日会ったばかりなのに好きになってしまったのだろうか・・・・起き上がると彼女はもう起きていて明るい笑顔で「お早う」と言った。
 
私達は朝の弁天島を少し散歩した。紅葉もきれいだ。
「きれいな所ね」
「うん。秋の紅葉は初めて見た。以前来た時は5月で、新緑がきれいだったよ」
「へー。あれ?あそこに大きな岩があるね」
 
弁天島のすぐそばの海面に、海から突き出るように、高さ10mくらいの岩が飛び出しているのだ。
 
「天狗岩というんだけど、別名おちんちん岩」と私は解説する。
「確かに似てる!」
「弁天島の伝説は昨日話したでしょ。それに続きがあってさ、首を切られて、怒った雌岳の神様が対抗して雄岳の神様のおちんちんを切っちゃったんだって」
「きゃー」
「そのおちんちんが落ちてできたのが、その岩」
「なるほどー。でも首を切られても相手のおちんちんを切り落とす余力があるって凄いね」
「しめ縄が掛けてあるでしょ。男性の精力増強の祈願とかする人いるんだよ」
「へー。でも逆におちんちんが切られちゃったりして」
「あはは」
 
彼女がわりと平気で『おちんちん』なんて言葉を口にするので、ひょっとしてこの子、男性経験があるのかな?などとも思った。
 
朝食の席で私たちが一緒に楽しく会話しながら朝御飯を食べていたら、添乗員さんが「あ!」と言って、私たちのそばで足を留めた。
 
「申し訳ありません、お客様、女性の方でしたね?」
「ええ、そうですが」と千早。
昨日は中性的な格好をしていたが、今日の千早はピンクのカーディガンに下は膝丈のスカートを穿いている。お化粧もしている。
 
「大変失礼しました。お部屋を・・・・」
「ああ、いいんですよ。今夜も彼と一緒の部屋でいいですから」
「そうですか?」と言いながら添乗員さんはこちらの顔も伺う。
私が頷くと添乗員さんは「かしこまりました」と言って立ち去った。
 
「これで今夜も一緒だね」と笑顔で千早。
「うん。でも、いいの?」
「昨夜と同じ方式で」
「うん」
「でも、私たち、昨夜やっちゃったと思われたかなあ」
「もしそういう疑惑を持たれたりした時はボクが宣誓して証言するから」
「あはは、私別にバージンでも無いから大丈夫だよ」
「そ、そう?」
 
その日また列車に乗って出発してからも、私たちは楽しく会話しながら外の風景を楽しんだ。列車は大糸線をそのまま北上し、糸魚川から北陸本線を西に向かった。親不知子不知で列車から降りてマイクロバスで景色の良い所まで行き、お昼の休憩となった。
 
「わあ・・・凄くきれい」
「昔は交通の難所だったんだよね。親子といえども互いのことまで構っていられない。自分のことだけに集中しないと越えられないという難所」
「昔の旅は厳しかったんだね」
「旅をするということは死につながるものだった」
「死と再生の旅だよね」
「うん。新しい自分に生まれ変わるんだよね。お遍路なんか、まさにそれ」
 
「あ、虹!」
「あれ?」
「三重の虹だね。私も初めて見た」
「ボクも初めて!」
 
「虹って、いろいろ伝説あるよね」
「虹の端には金の壺が埋まっているとか」
「虹の向こうまで行くと性別が変わっちゃうとか」
「へー。ね、虹の向こうまで行っちゃわない?」
「えー?性転換したいの?千早さん」
「うーん。男になっちゃってもいいかな」などと言って千早は虹に向かって走り出す。「あ、待って」私も一緒に走りかけたが、その時、突然昨夜の夢で聞いた言葉を思い出した。
 
『歩いていって初めて越えることができる』
 
私は虹に向かって歩いて行った。何だか虹に近づいていくような感覚があった。千早はもう随分先の方まで走って行っていた。波打ち際を過ぎて、海の中まで、靴のまま入ってしまっている。あんなに濡れちゃったら困るだろうにと思いながらそちらへ歩いて行った時、ちょうど海と砂浜の境界線の所で、ふと何か不思議な感覚がして、私は立ち止まった。その瞬間、周囲に物凄く美しい色彩を感じた。え?何これ?
 
それはほんの一瞬だった。でもその瞬間、私は自分が虹の真下にいる感覚、つまり自分が虹のゲートを通りすぎたような感覚を覚えた。
 
千早は海の中で立ち止まっている。私は靴と靴下を脱ぎ、荷物を置き、ズボンを少しめくると、「千早さん!」と叫び彼女の元に歩み寄る。
 
「大丈夫?」と声を掛けた。彼女が泣いていた。
「もしかして・・・千早さん、失恋とかした?」
彼女が頷く。
 
「私・・・・どこかに行ってしまいたかった」
私は彼女の手をぎゅっと握りしめた。
 
「戻ろ」
「うん、ありがとう」
 
私は千早の手を取って砂浜まで戻った。
「ストッキング脱いじゃおうか」「うん」
 
私は荷物の中からタオルを出して彼女の足を拭いてあげた。
「あ、ごめん。後は自分で拭く」
 
「靴はダメかもね」
「ごめんねー。後先考えないことしちゃって」
「ボクもスリッパとか持ってきていたらよかったんだけど」
「列車の中で靴脱いでおくよ」
「壁に立てかけておけば少し乾くかもね」
 
列車は更に西行した。今日はたぶん富山か石川付近にたくさんある温泉のどれかで泊まりになるのだろう。幸いにも列車が走る音が大きくて会話は外に漏れにくいし、私たちは端の方の席なので、それをいいこと小声で彼女とは色々話をした。というより、その日の午後はひたすら彼女が話していて、私は聞き役に徹していた。
 
「でもなんか色々話してて、少しだけ気が晴れた感じ」
「そう。それは良かった」
「なんか私、彼にただ弄ばれてただけなんじゃという気がして。だって2年間同棲していたのに、その2年間ずっと他にも実は彼女いたなんて、ひどすぎる」
「それは結果的にそうなってしまったのかも。でももう忘れよう」
「そうだね・・・・」
 
「朔弥さん、お酒飲める?」
「うん、まあ」
「今夜飲みあかしたい気分」
「いいよ。一緒に飲みあかそう」
「えへへ・・・」
 
その晩は結局石川県内の某温泉郷に宿泊した。添乗員さんから、ミステリアスツアー参加認定証なるものと記念品の携帯ストラップが配られる。虹色に光る加工がされた可愛いタヌキのストラップである。
 
「なんか可愛いね、これ」
などといって、私も千早も自分の携帯に取り付けた。
「でも、なんでタヌキなのかなあ」
「色々なものに化けてて、正体は謎ってこと?」
「微妙によく分からない所だね」
「虹色がきれい」
「昼間の虹もきれいだったね」
「うん。三重の虹なんて多分一生に一度見れるか見れないかって気がする」
「うんうん」
 
私たちは夕食のあと、お風呂に入ってきてから、旅館の自販機で缶ビールをたくさん買ってきて、飲みながら話していた。
 
「そういえば虹を越えたら性別が変わるなんて話をしてたんだった」
「うん。私、いっそ男になっちゃってもいい気がしちゃって」
「でもあそこで、ボク、なんか虹を越えちゃった気がしたんだよね、波打ち際で」
「へー。朔弥さん、女の子になっちゃったりして」
「あはは。それも面白いかな。女湯に入れるし」
「わあ、Hなこと考えてる!」
 
私たちはその夜とってもたくさん話が弾んだ。そしてとっても仲良くなることができた。だから、とっても自然にひとつの布団に入った。
 
「いいの?」
「うん」
彼女にキスして、浴衣の紐を外す。私も自分の浴衣の紐を外し、やがて裸で私たちは抱き合った。たくさん愛撫した。
「ここまでするんなら、コンちゃんの装備があれば最後までできたんだけど、まさかこういうこと起きるとは思ってなかったから、準備がないや。今日はここまでかな・・・できたら東京に帰ってから、またデートしてくれない?」
「そのまま入れていいよ」
「だって・・・」
「妊娠したら結婚してよ」
「分かった」
 
私たちは更にたくさんお互いに愛撫しあい、やがてその気持ちの高まりの中で、ひとつになった。実は私はこんなことするのって初めての経験だったから、ちゃんとできるかなと不安だったけど、何とか最後まで行くことができた。彼女が私をぎゅっと抱きしめる。私も彼女をぎゅっと抱きしめた。私たちはしばらくそのまま抱き合っていた。
 
そしてそのまま眠ってしまった。
 
夜中、ふと目が覚めた。何か変な感じがした。あれ?何だろう・・・・
 
彼女もちょうど目が覚めたみたいだった。彼女の手が私のあの付近に伸びてくる。2回戦目行く?いや行けるのかな??ところが彼女の手で触られる自分のあのあたりの感触が変だ。え?
 
「あれ?隠してるの?」と甘えた声で彼女が言う。
「いや、そんなことしてないのだけど。あれ?」と自分で言った声が変。「え?」
「やだ。朔弥って、そんな女の子みたいな声も出せるんだ!」
「いや、ちょっと待って。これ何だか変」
 
私は起き上がると電気を付けてみた。
「え?」と千早が驚きの声をあげる。
「朔弥って女の子だったの?」
千早に先に驚かれてしまったので、自分で驚きの声を上げることができなかった。私は全身女の子になってしまっていた。
 
部屋にある鏡に映してみた。バストはEカップくらいありそうだ。かなり大きい。ウェストがきゅっとくびれていて、お股のところには何も無い。触ってみると、繁みの中に割れ目があって中に、ちょっとこりこりするものがあり、奥の方には何やら穴がある。指が少し入ったけど、あまり奥まで入れてみる勇気は無かった。
 
「何かボク、女の子になっちゃったみたい・・・・」
「うそ!元々は男の子だった?」
「だって、さっき千早としたじゃん。それにボク、今夜も昨夜も男湯に入ってきたよ」
「そうだよね・・・これって何が起きたの?」
 
私はハッとした。
「もしかして虹を越えたから?」
「虹を越えると性別が変わる・・・か・・・」
「どうしよう?ボク女の子になっちゃったら、千早と恋人になれない」
「恋人には・・・・なってあげる。だって、凄く仲良くなれたもん」
「千早・・・・」
 
千早が私に深いキスをしてくれた。それで私は少し落ち着くことができた。 「足のスネ毛とかも無くなってるね」
千早が私の身体を点検しながら言う。
「髪の長さは変わってないね」
「うん」
「顔つきも変わってないけど、おヒゲは無くなってる。喉仏も無いね」
「あ、うん」
「身長、少し低くなってる感じ。今165cmくらい?」
「あ、なんか視点が違う気がしてた。元々は173cmあったよ」
「体重とかも変わってる?」
「なんだか凄く軽くなった気がする」
「この身体つきだと・・・・たぶん47-48kgくらいかな」
「こないだ計った時は70kgだった」
「20kgも減れば軽く感じるだろうね」
「だよね」
 
「ヴァギナ・・・あるの?」
「あるみたい。怖くて、あまり中まで指入れきれなかったけど」
「私の指、入れていい?」
「うん」
千早は私に横になるよう言って、それから私の割れ目ちゃんを開くと、ヴァギナに指を入れてきた。きゃー。何?この感触!?気持ちいいじゃん!
 
「中指、全部入っちゃった。これかなり深い。たぶん、男の子のおちんちん入っちゃうよ。私もおちんちん無いから試してみられないけど」
 
「あ・・・」
「どうしたの?」
「その・・・トイレに行きたいような気がする」
「行っといでよ」
「うん」
「座ってするのよ」
「頑張ってみる」
 
私はちょっと戸惑いながらも部屋付属のトイレに入り、洋式O型の便座に腰掛けた。O型ってしばしばおちんちんがぶつかりそうな気がしていたのだけど、今はおちんちんが無いから、ぶつかることもない。でも・・・えーっと、どうすれば、おしっこ出るんだろう・・・・あれ?あれれ?今までどうやって、おしっこしてたのかな。考えたことなかったし。でも放出口の形が違いすぎるからなあ。。。水道みたいに栓でも付いてれば分かりやすいのに。。。
 
私はおしっこを出すまで、かなり悪戦苦闘・試行錯誤をした。あ、出た!ちゃんと出て来た時は、ちょっと感動してしまった。そうか、この感覚で出るのか!私は「栓の開け方」が分かったので、何だか嬉しくなってしまった。それにしても。。。。おしっこを出している時の感触がこんなに違うなんて。男の子のおしっこは放水する感じだけど、女の子のおしっこは排出する感じだ!!
 
手を洗ってトイレから出る。
 
「できた?」
「うん。何とか」
「おしっこした後、ちゃんと拭いた?」
「拭いた!それは知識として知ってた」
「ふふ」
「女の子としての初おしっこの感想は?」
「悪くないね、これも」
「そう!私は男の子になったことないから比較できないけど」
 
私はちょっとため息を付いて布団の上に座った。まだ裸のままだ。
 
「でもボク、これからどうすればいいんだろう・・・」
「この身体が嫌だと思ったら、性転換手術受けて男の身体になっちゃう手もあるよ」
「手術か・・・・」
「たしか費用は300万くらい掛かったはずだけど」
「きゃー、そんなお金無いや」
 
「あるいは、もういっそ女の子として生きるか」
「女の子・・・・何かスカートとか穿いてみたい気もするなあ」
「私の服、貸してあげようか?」
 
千早が少し面白がるような感じで、自分の服を貸してくれた。
パンティを穿く。何だかドキドキする。
前の開いてないパンティがピタリと自分の股間に納まると何だか不思議な感じだ。こんなの見て、ふだんの自分なら、おちんちんが大きくなっちゃう所だろうけど、今はそのおちんちんが存在していない。
 
ブラジャーをつける。千早のブラはD70だ。そのブラを付けてみたが、サイズが足りないみたいでホックを留めることができなかった。でも何だろう?この感触って、胸のところにこんなものを付けてると、不思議な安心感がある。
 
「朔弥、この感じからするとたぶんE75くらい必要だね。無理すればホック留められないこともないけど、それだと胸が苦しいと思う」
「うん。これはホック填めないままでもいいかな。でもなんか付けてるだけで安心感があるよ」
「これだけバストが大きかったら、ノーブラじゃきついもん」
 
そしていよいよスカートを穿く。これも初体験だ。幸いにも千早のスカートはきれいに私のウェストに入った。ホックを留めてファスナーを上げることができる。
 
「なんかこれって・・・単に腰を覆ってるだけって感じ」
「開放感があるよね、スカートって。ズボンに比べて」
「なんか、物凄い無防備な感じがする」
「だから女にスカート穿かせるのは男の陰謀だって言う人もいるよ」
「言えてる。それって」
 
更に私はポロシャツとパーカーも貸してもらった。彼女ももう服を着ている。
 
「ちょっと夜中、散歩でもしてこない?」
「この格好で?」
「誰も見てないよ。それにもし女の子として生きるんなら、そういう服で外を歩けなきゃ」
「うん、そうだね」
 
ちょっと怖い気がしたけど、彼女に手をつないでもらったので、ちょっとだけ勇気が出て、ふたりで旅館を出た。深夜の温泉街を歩く。もちろん人など歩いていない。
 
小川に沿った道を、僕たちはゆったりしたペースで歩いて行った。今夜は月も出ていない。一面の星空だ。夜空に一際明るい星があった。「あれは木星だよ」
と千早が言う。オリオン座も目立っている。私が分かるのは他にはカシオペア座くらいだ。
「でもきれいな空だね」
「東京じゃ、こんな空見られないよね。星の数が全然違う」
 
「なんかさ・・・あまり突飛なことが起きてしまって、全然焦る気持ちが無くて」
「今まで通り、ふつうに生活すればいいんじゃない?普通に学校に行って」
「そうだね。そんな気もする」
 
「とりあえず男の子の服着て生活しててもいいだろうし、せっかく女の子のボディ獲得したんだから、女の子の服着てお散歩するのもいいよ。お化粧とか教えてあげるよ」
「なんだか、そんなこと言われてると、別にこの身体のまま普通に生きていける気もしてきた」
 
「・・・もし良かったら・・・一緒に暮らさない?女の子同士の共同生活」
「あはは・・・それもいいかもね。ボク、女の子になりたてだから、いろいろ教えてもらわないと、あれこれ困ったことになりそうで」
 
「私、今いるアパート出ようかなって思ってたの。2年も一緒に暮らしてたから彼との思い出がありすぎて。もし、朔弥のアパートに同居させてもらえたら、家賃半分出すし」
「それもいいかもね。何か、千早に会えたの、ひとつの運命みたいな気がして。何だか、千早とは、ずっと前からの知り合いみたいな気もしてしまう」
「実は私もなの!」
 
私はあたりに人影がないのを確認して、千早にキスをした。千早が私を抱きしめる。私もしっかり千早を抱きしめた。
 
しばらく散歩していたらコンビニがあったので一緒に入る。女の子の格好で人前に出るのは怖い気もしたけど、千早が手を引いてくれたから、恐る恐る入ってみた。おやつを少しと、千早がワインを買った。
 
「まだ飲むの?」
「朔弥も飲みなよ。ひょっとして飲んで寝たら、性別がまた変わってたりして」
「あはは。そうだと面白いね」
 
私たちは宿に戻ると、ワインを注ぎ分けて飲んで、なんだか普通の話をしていた。私の性別が変わってしまったことは、わりとどうでもいい話題になってしまっていた。たぶんショックが大きすぎて、今はそれを自分で感じられないんだろうな、と私は自分で思っていた。
 
そもそも夜11時くらいまでビールを飲んでいて寝て、それから3時頃にワインを飲んでから一眠りしたから、朝起きた時はけっこう頭が痛かった。
 
「二日酔いの感じ・・・」などと千早が言ったが、私もだった。
 
果たして朝起きても私の身体は女の子のままだった。でも、何だかそれでも構わないような気がした。私は千早から誘われて一緒にお風呂に行った。
 
「女の子になったら、女湯に入りたいって言ってたよね。嬉しい?」
「いや、それは・・・なんか少し恥ずかしい」
「でもこの身体じゃ、もう男湯には入れないもんね」
「ははは」
 
今夜泊まっている部屋は2階である。その2階の中央にある渡り廊下を渡って、別棟になっている浴場に入る。階段を下りて、手前が女湯、奥が男湯であった。私は昨夜は奥の男湯に入ったのだが、今朝は千早と一緒に女湯のほうに行く。ちょっとドキドキ。
 
脱衣場で服を脱ぐ。どこからどう見ても女の子の裸だ。千早が微笑んで私のバストを撫でた。乳首に触られた時ちょっと「感じた」。一緒に浴室に入る。早朝なので、誰もいない。
 
「ちゃんとお股を洗ってからだよ、浴槽に入るのは」
「えっと・・・中まで洗うの?」
「もちろん。デリケートな部分だから優しくね」
「うん・・・その・・・ヴァギナの中までは洗わなくていいよね」
「そこまではさすがにしないよ」
「そっか」
 
一緒に浴槽に入る。
「なんか、さっきからずっと心臓がドキドキしっぱなしだよ」
「ドキドキってHな気分?」
「まさか。なんか自分が居るべきでない所にいる感じで」
「でもここに居るしかないのよ、朔弥は」
「だよね。おちんちん無くなっちゃったし。でも、なんかこうしてると、別におちんちんって無くてもいいんだなという気になってきた」
「私、おちんちん無い状態で23年間生きてきたけど、別に困ったことないよ」
「なるほどー」
 
結局その朝は私達が上がるまで女湯には誰も入ってこなかった。部屋に戻り、少し身体のほてりを覚ましてから、また千早から借りた女の子の服に着替える。お茶など飲みながらしばらく会話などしているうちに8時になったので食堂に行く。
 
おしゃべりしながら朝御飯を食べていたら、添乗員さんが私達のそばを通りかかる。「あれ?」といって足を留めた。「えーっと・・済みません、お客様、女性でしたでしょうか?」
 
「あ、女装してみただけだから大丈夫」
「あ・・・はい」
 
添乗員さんが頭を掻きながら立ち去る。私たちは見つめ合って笑った。
 
部屋に戻って出発準備をしながらまた会話する。
 
「でも、性別が変わったなんて、とんでもない一大事の筈なのに、ボクって、こんなに落ち着いてていいのかなあ」
「明日くらいになったら、もっと悩んでたりして」
 
せっかく女の子になったんだからといって、千早は私にお化粧をしてくれた。何か不思議な感覚だ!これって。
 
「口紅が凄く気になって、唇をつい舐めてしまいそう」
「我慢しようね、それは」
 
千早はスカートを穿いた状態での歩き方とか、座り方などを指導してくれた。
「膝頭をしっかりくっつけてね。絶対離しちゃダメよ」
「うん」
 
しかし実際に列車に乗ってから、私の膝頭は何度も何度も離れようとした。「膝!」とその度に千早に注意される。
 
「女の子って大変だ」
「多分、男の子より大変なことが多いと思うよ」
と千早は笑っている。
ミステリアスツアーの列車は、その日しらさぎに連結されて名古屋まで行き、そこから一行は新幹線に乗り換えて夕方東京に帰着した。私たちは車内で明日の夕方また会おうなんて約束したのに、いざ東京に着いてみると、とてもそのまま別れる気分にはなれなかったので「どっちにする?」なんて言って、少し買物をしてから、結局その日は彼女のアパートに一緒に入った。
 
中に入って鍵を掛けてから、キスをする。
「お布団敷くね」
「うん」
「私、裸で寝ちゃおうっと」と言うと千早は服を脱ぎ、布団に潜り込んだ。私も裸になって、彼女のそばに潜り込む。
 
私たちはまたキスをして、しっかり抱き合った。
「で、でもこのあと、ボクどういう風にすればいいのかな・・・・」
「私もよく分からないけど、お互いに気持ちよくなれるようにすればいいという気がするよ」
「そうだね」
 
私たちはお互いの指でお互いの敏感な所を刺激したり、お互いの顔や首筋、そしてお互いのおっぱいなどにキスをしまくった。
 
「あ・・・」と千早が言う。
「どうしたの?」と私。
「ゆうべさ、私朔弥のヴァギナに指をまるごと入れちゃったから」
「うん」
「私、朔弥のバージンもらっちゃったのかも」
「あ、そうかもね。でも、千早がもらってくれて、ボク嬉しいよ」
 
私たちはちょっと笑って、またお互いをたくさん愛しんだ。次第に興奮が高まっていく。千早は少し自分の身体を起こすと、私に寝たまま足を開いてといって、90度回転させた状態で自分の足を開いて組み合わせ、お互いのお股が密着するようにした。きゃー、何かこれ気持ちいい! 後でこの体位を松葉(シザー)というのだと知った。千早も知らなかったが、後でいろいろ調べて見るとレスビアンでは基本的な体位のひとつらしい。
 
私たちが千早の自宅に戻ったのは夕方7時くらいだったのだけど、さすがに疲れたね、などといって普通の添い寝の状態で休みながら、おしゃべりを始めた時、時計を見たらもう10時だった。
 
「このまま寝ちゃう?」
「お腹空かない?」
「空いた!かなり運動したもん」
 
夕食を作る材料(豚肉とジャガイモとタマネギと人参、糸こんにゃく)は買っていたのだけど、作ってるうちにもっとお腹が空くなんて言って、冷凍室に千早がストックしていた海老ピラフをチンして、一緒に食べた。千早が解凍作業をしている間に、私は道具などの場所を聞きながらコーヒーを入れた。コーヒーを飲みながらピラフを食べたら、人心地付いた。
 
そして、私たちはそれからまた愛し合った!!
 
結局その日はそんな感じで明け方近くまでやっていて、最後は半分眠りながら愛し合っている感じになって、いつの間にか眠ってしまった。朝起きたらもう10時だった。
「今日、ボク学校休む」
「ごめーん。私は自営業だから、時間の自由がきくけど。今度からはちゃんと起こせるようにするね」
「うーん。女の子同士だもん。お互いに自己責任でいいんじゃない?。それにボク、学校に男の子で出て行けばいいのか、女の子で出て行けばいいのか、今日はまだ決めきれないし」
「あ、そうだよね」
 
「どっちみち、女の子の服、少し買わないといけない気がするし、今日はその買出しをしてこようかな」
「じゃ、私も付いてってあげるよ。女の子の服の選び方、分からないでしょ」
「うん。たぶん、さっぱり分からない!そもそも服の名前が分からない」
 
私の女の子の服を買うのに、千早は凄く楽しそうな感じだった。日常的に最低必要な分を買うのにもけっこうお金がいる。自分の手持ちでは足りなかったが千早が「出世払いにしておくね」といってお金を貸してくれた。
 
「でもさ、考えてみたんだけど、朔弥、いちど病院で診てもらった方がよくない?」
「あ、それは考えてなかった」
 
しかし千早の言うとおり、この身体は一度病院の先生に見せたほうがいい気がした。何科に行けばいいのか迷ったが、結局翌日も学校を休んで婦人科に行ってみた。3日前、寝ている間に突然こういう身体になってしまったという話を医者は半信半疑で聞いていたが、何か特殊な病気だったりしたら自分には判断が付かないといって、大学病院に紹介状を書いてくれた。そこでその日の内に大学病院に行って、様々な検査を受けた。
 
「完全に女性の身体ですね。染色体もXXですよ」と女医さんは言った。
「はあ。でも3日前までは男の身体だったのですが」
「ほんとに?」
医師は疑っている感じだったが、おそらくは半陰陽の一種ではないかと言った。物凄く稀に性別が自然に転換してしまうことはあるらしい。
 
「このあとどうなさいますか?戸籍を変更なさるのでしたら診断書書きます」
「お願いします」
 
医師は診断書を書いてくれたが、千早はこの問題について一度ちゃんと私の両親にも話した方がいいと言ったので千早に付き添ってもらって、実家に行った。
 
私が女の子の服を着て実家に来たので、両親はぶっ飛んだが、千早が仲介役になって、いろいろ説明してくれたので、両親も何とか私の話を聞いてくれた。
 
「じゃ、性転換手術を受けた訳じゃないのね?」
「うん。手術とかしてないけど、寝ている間に女の子の身体になってた」
「朔弥さんがこの身体になっちゃう、ほんの2時間くらい前、朔弥さんと私、セックスをしたんです。その時までは確かに男の身体でした」
 
「世の中不思議なことがあるものなのね」と先に冷静になった感じの母。「しかし、お前これからどうするんだ?」とまだ充分事態を理解していない感じの父。
「ジタバタしても仕方ないし、戸籍もちゃんと女に訂正して、女として生きる」
「できるの?そんな突然女の子になっちゃって」
「私がいろいろ教えてあげます」
 
私は千早とは恋人同士で半年ほどの付き合いだと親には言った。さすがに先月28日に初めて会ったなどとは言えない。
 
「でもあなたたち恋人だったのなら、このあとふたりの関係をどうするの?」
「私が朔弥さんを好きなことは変わりません。性別が変わっても朔弥さんは朔弥さんだから、朔弥さんの戸籍上の性別が女になっても、できたら事実婚したいと思っています」
「でも、そんなのあなたのご両親が許してくれるかしら?」
「反対されても押し切ります」
 
いろいろ親からは言われたものの、最終的に私が性別を女に変更することは許してもらえた。東京に戻って私は家庭裁判所に性別の訂正を申し立てた。
 
そして私は約10日間の休みを経て、女の子の格好で大学に出て行った。最初私だというのが、みんな分からなかったようだが、それと分かるとみんなに取り囲まれた。
 
「お前女装趣味あったのか!」
「特に無かったよ。でも女の子の身体になっちゃったから、女の子の身体なら、女の子の服を着たほうがいいかなと思って」
「性転換手術受けちゃったの?」
「いや、手術とかしてないんだけどね。寝ている間に女の子の身体になっちゃった」
「チンコ無くなったのか?」
「おちんちんもタマタマも無くなって、クリちゃんとヴァギナが出来てた」
「胸は?」
「Eカップのブラ付けてるよ」
 
「突然そんな身体になってショックじゃなかった?」
「うーん。あまりにも凄い事が起きたせいか、私自身はとっても冷静、というか、まだよく考えてないのかも知れないけど」
 
そんな感じで、私はその日から女学生として学校に通うようになった。女の子たちに捕まって「美術モデルになって」などと言われて、裸にされてデッサンをされた。更にもっとじっくり観察したいなどと言われたので、私は彼女たちと一緒に温泉に行き、そこで気が済むまで観察してもらった。
 
女の子になってから1ヶ月ほどした時、私には生理が来た。その数日前から少し気分が変で、千早に言うと、きっとPMSだと言われ、ナプキンも渡されていたので、あまり慌てずに対処できたが、きゃー女の子って毎月これをやるのか!と思うと、ちょっとだけ憂鬱な気分がした。
 
私と千早は同棲を始めたが「女の子同士」ということで、家事なども半々の分担ということにした。昼間時間のある千早が買物に行っておいて、調理は私がするというパターンも多かった。私たちはお互いをモデルにして、絵もたくさん描いた。そして夜になるとたくさん愛し合っていた。私たちには『インサート』というものは無縁だけど、夜の生活の満足度はとても高かった。
 
私の戸籍訂正は2ヶ月ほどで認可され、私は学生課で学籍簿上の性別の訂正を申告したほか、運転免許センターでも性別変更の届けをしておいた。私は名前は変更しなかったので、性別を書き換える必要のあるものは少なかった。世の中、性別なんて大した問題じゃないのでは?という気もした。
 
そんなことをしていた時、千早が「私、生理が何だか来ないのよね」などと言い出した。もしかしてと思い、ドラッグストアで妊娠検査キットを買ってきて、おしっこを掛けてもらったら陽性の反応だった。私と千早は一緒に産婦人科に行き、千早の妊娠を確認した。
 
「あの晩のが当たりだったんだ!」
「でも朔弥の子が産めるなら私嬉しい」
「しかしこれ、千早のご両親にちゃんと話をしないと」
 
私と千早は一緒に千早の実家に行き、事態を説明した上で、籍を入れることはできないものの、できれば結婚式もあげて事実婚させてもらいたいということ、生まれてくる子供については既に胎児認知の届けを出したこと、生まれてきたら養子縁組もするつもりであることを語った。
 
千早の両親は驚いていたが、私が性同一性障害などのケースではなく、病院の先生によれば一種の半陰陽で自然に性が転換してしまったのだろうと言われたということなどもきちんと説明すると理解してくれて、なんといってもふたりの子供が今、千早のお腹にいるということ、私たちが私の性が変わってしまっても愛し合っていると言っていることを踏まえた上で、私たちのことを認めてくれた。
 
「2年も同棲して捨てた前の彼氏に比べれば、交際半年で結婚しようと言ってくれるあんたはまともだわ」
などともお母さんは言ってくれた。
「いや、私、交際してすぐに千早さんを妊娠させちゃったからまともじゃないです」
「だって前の人だって・・・」
 
私はその先は制した。千早が同棲していた彼の子供を1度中絶していることは千早自身から聞いていた。
 
私は生まれてくる子供のために大学を辞めて働こうと思っていると言ったのだが、折角大学3年まで来ているのに、それはもったいないと言い、私が卒業するまで経済的に支援するから、ぜひ大学は卒業まで行きなさいと言ってくれた。
 
私は自分の実家の方とも連絡を取り、千早のご両親とも更に話合い、とにかく翌月結婚式を挙げることを決めた。うちの両親も、私の大学については支援するから卒業しなさいと言った。
 
私は東京周辺の結婚式場に片っ端から電話を掛けて、私たちのようなケースの結婚式を扱ってくれるところを見つけた。そして私たちは、双方の家族と私たちの友人に囲まれて結婚式を挙げた。私も千早もウエディングドレスを着た。
 
千早は翌年7月に女の子を出産した。私たちはその子に「虹」という名前を付けた。あの時見た虹が結果的に私たちを結びつけたんじゃないかという気がしたから。そして私は予定通り、虹を養子とする届けを出した。私が女なので、私はその子の養母になる。千早は実母であり、ふたりとも虹の「お母さん」になることになった。
 
もっとも私は虹を認知しているので虹の実父「お父さん」でもある。私の性別訂正と子供の認知とが両立してしまったのは、半陰陽のケースだからでしょうね、と半陰陽の自助グループの人から言われた。性同一性障害だと、どちらかが却下されたのではなかろうかと、その人は言っていた。
 
「だけど朔弥って、完璧に女性として適応してるよね」
「あ、それは思う。もっと色々苦労するかと思ってたんだけど、何となく普通に女として自分は生きてるなって気がするのよね」
 
「朔弥、女の子の友達もたくさん作るから、私最初少し嫉妬したよ」
「ごめんねー。愛してるのは千早ひとりだから」
「うん。それが分かってるから今はもう大丈夫。朔弥のお友達の女の子たちと私もだいぶ仲良くなったし」
 
「だけど、こんなに適応できるなんてさ、もしかして以前から女装していたとか、女の子になりたいと思っていたとかはないの?正直な話。私怒らないから」
「それは無いなあ。あのミステリアスツアーに参加する前まで、ボクは普通の男の子だったよ。女の子になりたいと思ったこともなかった」
 
「それなら、男の子に戻りたいなんて、思ったことない?」
「全然。ボクは女の子ライフを楽しんでるよ」
「そんな感じがする!」
 
私たちはそんな会話をしながら、千早のおっぱいをゴクゴク飲んでいる虹を優しく撫でていた。
 
目次

【虹を越えて】(1)