【七点鐘】(上)

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それは10月の初旬であった。
 
私はその日、取材で山奥の集落まで行っていたのだが、村の長老の話は要領を得ず、記事にするのに必要なだけの内容を得るのに予定の時間をかなりオーバーした。帰ろうと思ったらもう最終のバスが出てしまっている。
 
「ここは皆さん、交通はどうなさっているんですか?」
と80歳くらいの『娘さん』に尋ねると、
 
「ここは朝夕1本ずつのバスとあとは週に2度巡回してくる農協ストアの送迎バスが頼りなんですよ。年寄りばかりで車の運転ができる人もいないので。何でしたらお泊まりになって明日の朝お帰りになります?」
と言う。
 
「いえ、この記事を今夜中にまとめて提出しなければいけませんし、明日は朝から別の取材もあるので。タクシーの電話番号教えていただけませんか?」
 
その問題もあるが、記者のモラルとして、取材対象からお茶程度を超える便宜の提供を受けることはよくないという気持ちがあった。
 
「ああ。この集落に来てくれるタクシーは無いんですよ。一番近いタクシーの営業所まで25kmほどあるので、割に合わないと言って拒否されるんです」
 
私は、誰か車が運転できる人に一緒に来てもらうべきだったと後悔した。私は家が貧乏だったこともあり、学生時代に車の免許を取りに行けなかったのである。そして就職してからは仕事が忙しすぎて、とても取りに行けない。
 
「えっと、どこかこの時間帯でもバスの走っている所か、タクシーが来てくれそうな村ってどこでしょう?そこまで歩いて行きます」
 
「でしたら花序集落でしたら確か22時くらいの高崎行きがあったはずです」
と言って娘さんは地図を出して教えてくれた。
 
「県道777号をまっすぐ歩いて行けばいいですから。まだ40代の頃に1度歩いた時は4時間掛かったんですけど、記者さん、男の方だし若いから急いで歩けば何とか間に合うかも」
 
現在時計は20時である。花序まで地図上で見ると14kmほど。時速7km程度で歩く必要がある。取材用の資材が10kgほどある。結構きついが歩くしかない、と私は思った。
 

娘さんが県道の所まで送ってくれたので、礼を言って私は早歩きで歩き出した。
 
最初は良かったものの、やがて上り坂になるとこれがかなりきつい。私は日頃の運動不足を痛感した。
 
疲れてくるが、夜中にこんな山の中で立ち往生したら危険でもある。道路は雨が降ったあとで、しばしば水たまりができているが、懐中電灯を持って来ていなかったので、何度か水たまりに突っ込んでしまい、靴がずぶ濡れになる。しかしそれでも歩かなければならない。
 
30分も歩く内に、やはり泊めてもらうべきだったかと後悔し始めていた。時々道路脇の森の中でカサカサという音がする。タヌキかキツネだろうか。或いは野ねずみかリスだろうか。まさか、イノシシとかクマとかじゃないよな?などというのも考える。
 

21:10頃。私はようやく峠までたどり着いた。かなり疲れている。喉が渇いた。自販機を見た時にお茶でも買っておけば良かったと後悔する。しかしここからはたぶんずっと下りだ。頑張ろうと自分に言って私は歩き続けた。
 
そして10分もした時である。
 
突然前方で車のヘッドライトが光った。私は焦る。道幅は4m程度しかない。私はできるだけ道の端に寄った。車が近づいてくる。
 
そして私のそばを通過する時、車が派手に水たまりの中に突っ込んだ。
 
「わ!」
 
と思わず声を上げる。車がごく至近距離を通過したので私は転んでしまったし、車が跳ね上げた水たまりの泥水がまともに身体に掛かってしまった。
 
車が急ブレーキで停車する。
 
運転席から懐中電灯を持った人物が降りてくる。
 
「大丈夫ですか?」
と声を掛けてくれたのは30代くらいの女性である。
 
「はい、何とか」
「車、当たりました?」
「いえ。当たってませんが、びっくりして転んでしまって」
 
「あら、大変。水浸し」
「いや、泥はねが来て」
 
「車に乗って下さい。うちで何かお着替えでもお渡しします」
 
「でもこの身体で乗ったらあなたの車の座席を汚してしまいます」
「ぜんぜん平気ですよ。座席にはカバーを掛けてるから、それを洗濯すればいいだけです」
 

それで私は女性の車(フェアレディZであった)の助手席に乗せてもらった。女性の車はその道をまっすぐ進み、峠を少し過ぎた所で脇道に入る。こんな所に脇道があったとは気づかなかった。夜間なので、視界の認識が極端に低下している。
 
脇道に入ってから5分ほど走って車は小さな集落の中の1軒の家に到着する。こんな山奥の集落には似つかわしくない、ずいぶんと西洋的な建物である。
 
「中に入って下さい」
と言われて、女性と一緒に家の中に入る。女性が鍵で玄関を開けたので、私は
 
「おひとりですか?」
と尋ねた。
 
「ええ、夫は単身赴任しているし、娘は高校に通うために町で下宿しているんですよ」
 
確かにこんな山奥の集落からでは高校に通うのも大変だろう。しかし女性のひとり暮らしの家に夜間お邪魔するのは、何とも気が引ける。とはいってもこちらも濡れた服を何とかしたい。
 
「シャワー浴びてきてください。その間にお着替え用意しておきます」
「すみません」
 

それでシャワーを浴びていたら、浴室の外の脱衣所の所に彼女が来て
 
「ここにお着替え置いておきますね。夫のもので申し訳ないのですが」
と言う。
 
「あ、いえ、お借りします」
と私は答えた。
 
浴室を出て置いてあるバスタオルで身体を拭く。そして着替えに置かれていた服を取ろうとして私は困惑する。
 
外に居るであろう女性に声を掛ける。
 
「すみません。ここにあるの女性用の服のようなのですが」
「あ、すみません!間違ったかも」
 
女性がこちらに来る雰囲気なので私はいったん浴室内に待避する。
 
「ごめんなさーい。私何勘違いしたのかしら。これ、娘の服だわ。やだぁ、まだボケる年でもないのに。ちょっと待ってください」
 
それでしばらくすると、また女性が来て
「これは間違い無く、男物だと思います」
と言って脱衣所から出た。
 
それで私はまた浴室から出て、服を確かめる。今度は男物のようである。それで、灰色のトランクス、白いアンダーシャツ、それにトレーニングウェアの上下を身につけた。確かにトレーニングウェアならサイズが少々違っていても問題無い。
 

外に出て行くと、女性は台所の片付けをしているようであった。
 
「良かったらその濡れた服をお貸し下さい。乾燥機付きの洗濯機があるので、2時間程度で着られるようになると思いますので、それまでお休みになっていてください」
 
「助かります!」
 
それで女性に着ていた服を渡すと、洗濯機を回していた。
 

「お体が冷えたでしょう。お酒でも飲まれます?あるいはコーヒーとか」
「じゃコーヒーでも」
 
それで女性はコーヒーを入れてくれる。あらためて見るが、なかなかの美人である。既婚女性でなければ口説きたくなるくらいだ。
 
「このコーヒー美味しい!」
「夫がコーヒーにうるさいので私も覚えたんですよ。これはトアルコトラジャです」
「なるほど!これがトアルコトラジャですか。初めて飲みました」
 
「うちはいつもレギュラーコーヒーの豆が数種類置いてあって、しばしば独自のブレンドで煎れたりするんですよ」
 
「お客様とか多いんですか?」
「ええ。友人がよく遊びに来てくれるんです」
「だったら、こういう場所でも気が紛れるでしょうね、あ、失礼」
 
「いえいえ。本当に何も無い山の中だから。私も仕事帰りに買物をして帰宅する所だったんですよ。そちら様はハイキングか何かですか?」
 
「あ、いえ。龍沼集落の古老に、取材で行っておりまして。あ、すみません。私、雑誌記者です」
と言って私は名刺を出した。
 
「ああ、そういう関係の方でしたか。私は名刺は持ってないのですが、月目スネ(つきめ・すね)と申します」
 
「月目さんですか。いや、色々お世話になってしまって。それで取材が遅くなって帰りのバスを逃したので、花序まで歩いて行こうとしていたんですよ。あ、でももう花序の最終バスにも間に合わないな」
 
「お住まいはどちらですか?」
「高崎市内なのですが」
「でしたら、朝になってからそちらまでお送りしますよ」
「すみません!」
 

「ところで、こんな話を聞いておられます?」
と月目さんは言った。
 
「はい?」
「龍沼の古老のお話なら、龍沼の伝説をお聞きになったんでしょう?」
 
「ええ。若い娘の所にどこぞの貴人が通ってきていたが、素性が分からなかった。それで、男が帰る時に、服の裾に糸巻きの糸の端を結びつけておいた。明るくなってからその糸を辿っていくと、山奥の沼に到達した。それで通ってきていたのは、沼に棲む龍神様であったかと察した。似たような伝説は奈良県の三輪にもありますし、佐賀県の唐津にもありますね」
 
「あちこちに同じタイプの話があるようですね。でもここの伝説にはその前もあるんですよ」
 
「前があるんですか!?」
 
「その龍神様が通ってきていた娘ですけど、最初は男だったんですよ」
「え〜〜!?」
 
「でもある時、満月の晩の真夜中にだけ湧き出すという不思議な水を飲んだら娘に変わってしまったというのです」
「へー!」
 
「その泉は元々龍沼と地下水脈でつながっていると言われます」
「なるほどー」
 
「だから、龍沼の龍神様は意中の子を見初めたのだけど、困ったことに男であった。それでまずはその男に泉の水を飲ませて、女に変えてしまって、そのあとで夜這いを掛けたんでしょうね」
「面白いですね」
 
「その泉が湧き出した場所は、化女と呼ばれて、それが後に字を変えて花序になったんですよ」
 
と言って月目さんは紙に《化女》《花序》と並べて書いて見せた。
 
「それは面白い。これ記事にしていいですか?」
「いいですよ。ついでに花序のその女に変わる水が出たという泉も見られます?」
「残っているんですか?」
 
「ええ。普通に名水として評判です。残念ながら、それを飲んで性転換した人は聞いたことないですが」
「それで性転換したら大変ですね。じゃ、そこも教えて下さい」
「じゃ明日に。今夜は、お休みになって下さい。お布団用意しますね」
 
「何から何まで済みません!」
 

私は用意してもらった布団で寝た。少しだけ寝るつもりだったのだが、山道を歩いた疲れが出たのだろう。朝、月目さんに起こされるまで熟睡していた。時計を見ると7時であった。
 
服は乾いているということで受け取り着替えた。麦ご飯と若布の味噌汁に焼海苔、沢庵という朝食を頂く。
 
「すみません。女の1人暮らしなもので、大したものが無くて」
「いえ、こういう朝ご飯大好きです」
 
朝食後、彼女が茶碗を洗っている間に私は取材の道具がそろっているのを確認する。彼女の運転するフェアレディZの助手席に乗って花序まで行った。
 
問題の性転換の泉というのは村の外れの農道脇にあり《聖浄水》という簡素な札が立っているだけである。
 
「この聖浄水というのは、元々は成娘水と書いたそうです」
「おお!」
「飲んでみられます?」
 
飲めば女になる水というので、私は一瞬ためらったものの、これも取材だ。まさか本当に性転換する訳であるまいと思い、私は手で水を汲んで飲んでみた。
 
「美味いですね!」
「でしょ。私もこの水を中学生の時に飲んだら、1年ほどで女になったんですよ」
「え!?」
 
私が驚いて絶句していると
 
「まさか本気になさいました?」
と言う。
「びっくりしたー!」
と言って私は笑う。
 
「でも女になるのもいいかも知れませんけどね」
「なんでしたら、いい病院紹介しましょうか?」
「あ、いや、それは10年くらいしてから考えます」
 

彼女はそのまま私を高崎駅まで送ってくれた。よくよくお礼を言って降りようとした時、彼女がつぶやくように言った。
 
「あなたはこれから1年ほどの間に7人の性転換者に会うでしょう」
「え?」
「そしたら、また私の所にいらっしゃいません?」
「え?あ。はい」
「じゃ。また」
 
私は首をかしげながら車から降りる。フェアレディZが走り去る。私は狐につままれたような気分になったが、気を取り直して会社の方に行くバス乗り場に向かった。
 

会社に戻って、朝遅れたことを課長に詫びた。
 
「何だ。だったら朝まで取材していた訳か」
「結果的にはそうなります」
「だったら問題無い。これは遅刻にはならんよ。でもその話面白そうじゃん。今日中にまとめてくれる」
「はい。午前中には書き上げます」
 
それで私は午前中に自分の机の上の端末から記事を入力し、撮ってきた写真も適当なサイズにトリミング・縮小して添えた上で校正担当者に送信した。
 
その後、雑多な記事の整理をしていたら、主任から声を掛けられる。
 
「ね、フィギュアスケートの夢井兄妹の取材に行って来てくれない?」
「あ、はい。行って来ます」
 

アポイントは既に取られているというので、私はバスと電車を使ってその兄妹が練習場所にしているというスケートリンクに行った。途中でふたりのプロフィールを見る。両親はごく普通の会社員と主婦だったようであるが、ふたりは小学生の内から頭角を現し、兄妹らしい息の合った演技で期待が高まっており、次期五輪の有力候補にも挙げられているらしい。
 
私が行くと、ふたりはリンクで練習中であった。リンクの貸し切り料金は結構高いはずである。その貴重な時間を使っての練習を邪魔してはいけないと思い、私はずっとその様子を見ていた。
 
確かにかなりセンスが良い。兄は身長180cmくらい、妹は150cmくらいだろうか。お兄さんはわりと細身の身体だが、妹がそんなに重くないのでリフトなどもできるようである。
 
私はコーチさんに声を掛けて許可をもらって練習中の様子を取材用カメラで何枚も撮影した。
 

練習は16時に終わった。私はふたりが着替え終わってから近くのファミレスで軽食でも取りながら取材させてもらうことにした。
 
「どうも貴重なお時間を頂いて済みません。こういうものです」
とあらためて名刺を渡す。
 
「今日は学校は早く終わられたんですか?」
「いえ。練習の日は早退させてもらっています。学校が終わった後で夕方から練習したい所なんですけど、その時間帯は人が多くて、ぶつかりそうで怖いので」
 
「ああ、貸し切りにしている訳ではないんですね」
「ええ。とても貸し切りの料金は払えません。普通の使用料金でも、平日の昼間は安いんですよ」
「そういう練習活動の資金とか大変ですよね」
「はい。結構な有名選手でも資金は苦労しているようです。オリンピックに出るような選手でもスポンサーの付いている人はごく少数なんですよ」
 
「そうでしょうね。金メダリストとかでもバイトしながらという人は多いみたいですよ」
 
「私も高校生くらいになったらバイトとか探せると思うんですが。両親に苦労掛けていて」
とお兄さんの方が言うが、
「いや、今は練習に集中してください」
と私は言った。
 

「スケートは小さい頃からしていたんですか?」
と私は質問する。
 
「はい。私は幼稚園の頃からしていました。母が大きな大会とかには出たことはなくてもスケートが好きだったので、それで教わったんですよ」
と兄。
 
「私はその兄がやってるの見てて、面白そうだなと思って、一緒に習い始めたんですよね」
と妹。
 
「それでペアを組むようになったんですか?」
「そうなんです。ペアとして練習するようになったのは、私が小学2年生でこいつが幼稚園の年長の時からかな」
 
「ほんとに長く一緒にやっておられるんですね」
 

「その頃は誰かの指導を受けるでもなく、母が教えてくれる程度の内容で取り敢えず、滑っている程度で。スピンとかジャンプも初歩的なものでした。でもそれでリンクで滑っている時に、地元出身のスケーターの方に目を留められて、レッスン代は要らないから、自分の生徒にならない?と言われたんです」
 
「いい出会いがあったんですね」
 
「それで兄が大会に出ることになって、最初はそのスケート教室の別の女の子と組んでペアで出る予定だったんですよね」
 
「ああ、何か事故でもあって、その人が出られなくなって、妹さんが代わりにというパターンですか?」
 
「そうなんですよ。直前にその子が盲腸やっちゃって。入院したので出られなくなって。それでピンチヒッターでこいつと組むことにしたんです。実はいつも練習相手になってもらってたんですよね」
 
「なるほど、そもそもペアの代理をしていたんですか」
 
「それで私が兄と組んで出ることになったんですけど、この衣装着て滑ってと言われて、『え〜?』と思いました」
 
「何か派手な衣装だったんですか?」
「派手とかはいいんだけど、スカートだったので」
 
「ああ、スカートはあまりお好きじゃないんですか?」
「スカートなんて穿いたことなくて」
 
「ああ、最近の女子はあまりスカート穿きませんよね」
 

「でもまあお前しか居ないからと言われて、渋々スカート穿いて兄と一緒に出て、滑ったんですけど、優勝しちゃって」
 
「それは凄い」
「それが市の大会だったんですけど、県大会に出ることになって。そこでもまた優勝して、全国大会まで行っちゃったんですよ」
 
「最初の大会でそこまで行くって凄いじゃないですか」
「ほんとにびっくりでした。全国大会は上手い人がたくさん居て、上位には入れなかったんですけど、私たちがまだ小学2年と幼稚園というのに凄いと言われて特別賞をもらいました」
 
「良かったですね」
「それで、本格的に兄弟で組んで練習しなよと言われて。実際、その大会が12月の小学生選手権だったんですが、3月に行われる選抜大会にも招待するからと言われて」
 
「それから本格的にペアとして練習するようになったんですね」
「ええ。そうなんです。でもここでちょっと問題が生じて」
 
「はい」
「ペアは本当は男女でないといけないと言われたんです」
 
「えっと。。。兄妹ではダメという意味ですか?」
「いえ。兄と妹ならいいのですが、当時私たちは兄と弟だったので」
 
「は?」
 
「あ、聞いておられませんか?私、生まれた時は男だったんですよ」
 
「え?」
 

「だからスカート穿いて演技するのも嫌だったんですけど、今度はちゃんと女の子になれと言われて」
 
「え〜〜〜!?」
 
「まあそれでちょっと手術して女の子になっちゃったんだよね」
と兄が言う。
 
「まあ、当時は自分としてはショックだったけど、まあ女の子ライフは割と気に入っているよ」
「お前は最初から女の子になる素質あったと思うよ。そもそも赤ちゃんの頃はいつも『可愛いお嬢さんですね』と言われていたらしいし」
 
「じゃ、性転換手術しちゃったんですか?」
と私は驚いて尋ねた。
 
「ええ。幼稚園年長の12月25日、クリスマスの日に女の子になる手術を受けました」
 
「それって、睾丸を取ったとか?」
「おちんちんもタマタマも取って、割れ目ちゃんを作ってもらいました。でも実は赤ちゃん産む穴は作ってないんですよ。それは結婚する前に作ればいいと言われています」
 
「じゃ兄妹ペアになるために性転換したんですか?」
「そうですよ。弟ではダメだから妹になってくれと言われて」
 
「でもそういう大手術したら、しばらく寝てないといけないのでは」
「あの手術って、赤ちゃん産む穴まで作ったら、半年くらい痛みが続くらしいですけど、実はおちんちんとタマタマ切るだけなら、そんなに痛くないんですよ。私は翌日には普通に歩けましたし。溶ける糸で縫ってもらったから、抜糸も必要無かったし。一応一週間入院しましたけど」
 
「そのくらいは入院するでしょうね」
 
「幼稚園の内に女の子になったので、小学校には普通に女子として通ったんですよ」
「それお友達とか何か言いませんでした?」
 
「同じ地域の学校に行くと何か言われるかもと言って、引っ越して別の市に行って、小学校からはそちらに入ったので。だから、私が元々は男の子だったと知っている人はいないと思います」
 
「えっと、この話は記事にしないほうがいいですよね」
「あ、できたら記事にしないで下さい」
「分かりました。この件は書きません。ただ、大会にピンチヒッターで妹さんがお兄さんと組んで出たら全国大会まで行っちゃったというのだけ書きますね」
 
「はい、ありがとうございます」
 
「しかしこれ記事にはしませんけど、突然女の子になって、違和感とか無かったですか?」
 
「最初の内、結構トイレに入り間違いましたよ」
「でしょうね」
 
「君君、女の子トイレは向こうだよと言われました」
「なるほどなるほど」
 
「お風呂はまだ幼稚園だから、一緒に入っちゃったね」
「ええ。兄と一緒に男湯に入ってました。でも幼稚園とか小学1年生の女の子が男湯にいても、特に何も言われないので」
 
「まあ小学1年生くらいが限界でしょうね」
 
「スカートは今でも苦手なんですよね」
と元弟の妹は言う。
 
「だいたいズボン穿いてることが多いよね」
「友達とかでもスカート派って少ないから、これはごく普通」
「うん。確かに今時の小学生の女の子はスカート穿かない。僕は今中学1年で制服だから、女子たちも仕方なくスカートのセーラー服着ているけど、小学校の時はクラスの中でスカート穿いてる子は1人か2人くらいしか居なかったです
 
「名前はその時に改名したんですか?」
「病院のお医者さんが、何だか診断書書いてくれて、それで戸籍の性別を男から女に変えるのと同時に名前も変えました。当時何度か裁判所に連れて行かれたのを覚えていますよ」
 
「ああ、だったら半陰陽か何かということにして性別変えちゃったのかな」
「そのあたりはよく分かりませんけど、確かに生まれた時は女の子のように見えたけど実は男の子だったとか、その逆って割とあるらしいですね」
 
「うんうん。そもそも性器の形が曖昧な人もいるし、生まれた時は無かったおちんちんが、5−6歳くらいになってから生えてくる人も稀にいるんですよ」
 
「へー。人間の身体って面白いですね」
 
「そういうことを引き起こす遺伝子が見つかっているんですよね。逆に生まれた時はあったおちんちんが消えちゃう子も居るんですけど、こちらはまだ医学的には解明されていないみたいですよ」
 
「そういう人たちがいるんだったら、私みたいに男に生まれたけど、女の子として生きているというのもあっていいんでしょうね」
 
「もちろん。あなたがそれで良いと思っていれば、それでいいんですよ。男の子のままで居たかったと思うことはないですか?」
 
「女の子は可愛い服着られていいですよ。私、お菓子作りとかも好きだし。特におちんちん無くしたくなかったと思ったことはないです。最近少しおっぱいが膨らみ出したから、これも楽しみ。これで結構遊んでいるんですけどね、男の子はおっぱい無くて可哀相と思っちゃう」
 
「だったら問題無いですね」
と私は笑顔で妹さんの方に言った。
 
取材はその後、練習の内容、今後の抱負、目標としてる選手などについてふたりに聞き、1時間ほどで取材を終えた。
 
私はその日の内に記事をまとめて会社に送信したものの、むろん妹さんの方が元は弟であったのを性転換したなどということは、どこにも書かなかった。
 

12月。私は山梨県にある地場中堅企業を取材に訪れた。
 
最近男女共同参画社会ということで、企業でも女性の管理職を増やすよう求められているのだが、この会社は昨年までは女性の管理職がゼロだったのに、わずか1年で管理職の5割が女性になり、取締役も7人の内3人が女性という構成になったというのである。
 
その話を聞いて、今年の春は有名大学卒の女子が大量に入社し、実力のある人が多いので、ひょっとしたら数年後には女子の管理職の方がずっと多くなるかも知れないという。また優秀な人材が入ったことで、この会社はここ数ヶ月急速に営業成績を伸ばしているのである。
 
私が取材を申し込んだのは、その女性取締役のひとりで常務の肩書きを持つ人ある。まだ30代のように見える。
 
「初めまして、このような者です」
と言って私は雑誌社の名刺を渡す。向こうも常務取締役の名刺をくれた。名刺がカラフルである。会社の名刺を白一色ではなく、このようなカラフルなものに変えたのも、女性取締役が増えてかららしい。
 
お茶とケーキを持ってきてくれたのは若い男性の社員だった。この会社ではお茶くみなどの仕事も男女分けずに割り振っているという。
 

「御社ではどのような形で女性の管理職を増やしたのですか?」
 
「まあその話は大雑把に言えばズルなんですけどね」
と常務さんは笑いながら言った。
 
「まず、ひとつは管理職のポストを増やしたんです。それまで当社には管理職の数は30個ほどあったのですが、これを10個増やして40個にしました。ですから実は管理職だけど、部下が居ないなんて人もいるのですが、そのあたりはまあ取り敢えずは良いことにしようということで」
 
「まあ最初はそういうのでもいいですよね」
「その増やした10のポストに、女性社員の中で結構頑張っている人たちを就けました。いわゆるライン&スタッフのスタッフに当たる部分のポジションではあったのですが、その後の人事異動でラインの役職に移動してきた人も数人います」
 
「実力がある人にはそれだけの職務をやってもらっていいですよね」
 
「でもこれだけだと女性の役職者は25%にすぎません。そこで男性管理職の人たちに呼びかけたんです。あなたたち女性になりませんか?と」
 
「それで女装役職者が大量に生まれた訳ですか」
と私は笑顔で言う。
 
実はこのことが話題になって、結構テレビに流れたり、ネットにも書かれたりしたおかげで、会社の知名度が上がり、結果的に営業成績のアップにつながったのである。
 
「10人先着で募集したんですが、12人応募してきまして。内1人はどう見ても女に見えないということで却下させてもらって、あとの11人を女装管理職にしました」
 
「たくさん応募がありましたね」
「お手当を出したので。女装手当を月2万と、化粧品・衣服手当を初年度だけ3万、2年目からは1万です」
 
「それは結構大きいですよ。でも女装管理職の女装の基準とかはあるんですか?」
 
「女性管理職になる条件は3つです。通勤中の服装は自由なので、会社内や取引先などに行く時は、女子制服あるいは女性用ビジネススーツを着ること。女性的な名前を仕事用に登録して、それで名刺を作り、会社のデータベースにも登録すること。給与明細もその名前で出しますが、源泉徴収票は戸籍名で発行します」
 
「なるほど」
 
「それとあとひとつが、社内では女性的な言動を心がけるとともに、社外やプライベートでも極度に男っぽい言動は控えて、できれば女性的か中性的な服装をすること。ヒゲやすね毛はきちんと処理し、眉毛も細くしてお化粧もしておくこと。髪も女性的な髪型にすること。髪は自毛が基本ですが伸びるまでは一時的にウィッグの使用も認めます」
 
「結果的にプライベートもかなり女性的にならざるを得ないんですね」
 
「実際には全員、自宅から女装で通勤してきています。休日はトレーナーとジーンズのような格好で過ごしているようです。休日も外出する時はメイクしている人もいるみたいですよ。奥さんと一緒に出かけていて姉妹と思われたという人もあるみたいで」
 
「なるほど。奥さん公認ならいいですね。お化粧とかも楽しそうだし」
 
「みんな楽しんでいます。最初は化粧品会社の人を招いてお化粧のレッスンをしたのですが、わいわいと騒いでました。女装手当・衣服化粧品手当を原資にして、かなりお化粧が好きになって、ネイルアートとかまでしている人もいますよ」
 
「それはかなりハマってますね。トイレはどうしているんですか?」
 
「一応男子用トイレの使用は禁止しています。でも女子トイレに入る勇気は無いようなので、男女共用の多目的トイレを使うよう指導しています。それで社内に多目的トイレを増設したんですよ」
 
「それはいいことですね」
「これが結構好評でした。着替えなどにも使えるというので、女装管理職だけでなく一般の社員もよく利用しているんですよ」
 

「取締役も同じ仕組みなんですよ。それまで5人だったのを定員を2人増やしてその増やした2人に女性を登用するとともに、1人は男性から女性に転換してもらったんです」
 
「なるほどー。常務さんは、その増員で常務さんになられたんですか」
「あ、いえ。私は元々男性の常務だったのが、性別変更して女性になった口です」
 
「え〜〜!?でも、あなた男性には見えません」
 
「みんなから言われました。私は実は会長の息子でして」
 
と常務さんは頭を掻きながら言う。彼女(彼?)の声は、女性の声にしか聞こえないし、見た感じも女性として不自然なところが全くない・
 
「それで、みんな女になるのは嫌だと言っているから、お前が女になれと言われて、スカート穿いてお化粧して勤務することにしたんです」
 
「凄い。でも声も女性の声に聞こえますけど」
 
「ああ。私は両声類なんです。男の声も出ますよ」
と言って常務さんは男の声を出してみせた。
 
「凄い。自由自在なんですね」
「もっとも最近はずっと女の声で話しているので、男の声の出し方を忘れてしまいそうです」
 
「ああ、そうなるかも。髪はウィッグですか?」
「実は趣味でロックバンドやっているもんで、元々自毛が長かったんですよ。切れ切れと親父には言われていたものの、取締役の特権でバックれて長いままにしていました。それで、お前その髪ならいっそ女になれと言われて」
 
「ああ、ロックバンドですか!」
「結果的にバンドの方も女装でやってます。だから男性ボーカルが女性ボーカルになっちゃったんで、あんたとこのバンド、ボーカル交代したの?とか言われました。実は交代したんじゃなくて性転換したんですけどね」
 
「凄い」
 

「社内で女装レベル審査委員会というのを作っているのですが、私はその審査で100点もらっちゃいました。まあ会長の息子というので審査が甘くなった可能性も高いですが」
 
と常務さんは言う。
 
「いや、あなたのレベルは充分100点だと思います。誰もあなたを見て男だなんて思いませんよ」
 
「それで、あんた本当は元々女になりたかったんだろう?性転換したら?とか言われるんですよ。自分でも本当に手術したくなりそうで自分が怖いです。実際女装審査の100点というのは、性転換すべしというレベルだそうで」
 
「常務さん、マジで性転換を考えてもいいと思いますよ」
「なんか1年後に取材に来られたら、性転換しちゃいましたと私言ってるかも」
 
などと言って常務さんは笑っている。
 
「他の管理職さんたちはどうでした?」
 
「実は女装管理職を作ったら、平社員の間でも、女装してみたいと声が出ましてね。それで平社員でも、届けを出せば女装社員になっていいことにしたんですよ」
 
「ほほぉ!」
「ただし女装管理職に出しているような、女装手当・化粧品手当は出ません。あくまで本人の趣向の範囲としています」
 
「なるほど、なるほど」
「それと、女装勤務を選択した場合、最低3年間は男装社員には戻らないことが条件です。コロコロと性別を変えられると困るので。これは女装管理職も同じです」
 
「それは確かにそうですね」
 
「今、平の女装社員が実は50人ほどもいるんですよ」
「それは凄い!ここ、社員数は800人ほどでしたっけ?」
 
「正社員が700人とパート・派遣が400人ほどいます。うち戸籍上男性である人は600人ほどで、その中の50人ですから比率的には8%くらいですか。結構そういうのを希望する人がいるもんだと思いました」
 
「LGBTの傾向がある人は全体の1割くらい居るといいますからね」
「多分自分も女装で勤務したいけど、それを言い出す勇気が無いと思っている人もいますよ」
「いるでしょうね」
 

「まあそれでその50人、女装管理職の11人、それに私も女装審査委員会のテストを受けたのですが、100点を出した人が私を含めて5人出ました。基本的には100点は性転換した方がいいレベル、90点は取り敢えず去勢くらいしてみようか、80点は真剣に自分の生き方を考えた方がいい、70点以上は女の声を出すレッスンに通う補助を出すよ、60点以上はプライベートでも女装生活するのお勧め、なんて言っていたんですが、実際問題として平社員で女装社員になった人はほとんど80点以上でした」
 
「やはり、そういう傾向のある人なんでしょうね」
「それで性転換した方がいい、なんて言ったら、その内2人が本当に性転換したいから、手術を受ける間、休職にして欲しいと言いまして」
 
「おお!」
「実際には会社規定の有給休暇に加えて、特別休暇を2ヶ月あげました。2人とも性転換手術を受けて1人はもう復職して、もう1人も来月には復職予定です」
 
「そこまで理解のある会社はなかなか無いですよ」
「実はふたりともかなり実力のある社員で、将来的には管理職、役職にと思っていたので、その人たちが会社を退職せずに継続して勤務してくれることは会社にとっても大きなメリットがあるんです」
 
「そう考えてくれる会社がすばらしいと思いますよ」
 

それで常務さんは、その女装テストで100点を取り、性転換を「推奨」されて手術を受けたあと、会社に復職したという社員さんを呼んでくれた。
 
彼女は物凄い美人だった。髪は胸くらいまである。
 
私は彼女と名刺を交換した。
 
「もう戸籍の性別変更も終わったんですよ。ですから年金手帳、健康保険証、源泉徴収票も全部女性名に切り替わりました」
 
彼女はまだ声の出し方が苦手なようで低い声だが、話し方が女性的なので、充分女性が話しているように聞こえる。
 
「実際かなり悩んでいたんです。仕事は辞められないけど、できたら30歳になるまでには手術を受けて性別を変更したいと思っていたので」
 
「だったら、まさに渡りに船だったんですね」
「ええ。女装管理職なんて話が出た時、私も係長だったら応募するのにと思いました」
 
「彼女は主任の肩書きなんですよ」
と常務が補足する。基本的に主任というのは、平社員の扱いの会社が多い。
 
「その後、平社員でも女装社員に移行していいよというお話があったので、即希望しました。実はそれまでは、会社には男物の背広着て出てきても、家に戻ったら女の格好で過ごすという二重生活だったんです」
 
「なるほどなるほど」
「まだ男性社員のうちに、おっぱいは大きくしていたんだったね?」
と常務。
 
「ええ。18歳の時から女性ホルモンを飲んでいたので。それで実は手術の時はペニスが小さすぎてそのままでは膣が作れないというので、S字結腸法を併用したんですよ」
 
「でもそれかえって、結果的に良かったんだよね?」
と常務が言う。
 
「はい。伸縮性が豊かなので、彼氏とセックスしても全然痛くないんです」
と本人。
 
「普通はペニスの皮膚を裏返してヴァギナの壁にするんですけど、それだと伸縮性が足りないんですよ」
と常務が説明する。
 
「へー。そうやってヴァギナ作るんですか?」
 
「それで伸縮性を確保するのに毎日、ダイレーションというのをしなければいけない。まあシューストレッチャーのようなもので伸ばすんです」
 
「大変ですね!」
「ところが、S字結腸の部分を膣に転用した場合、元々腸の伸縮性がいいのであまり問題は起きないんです」
 
「へー。だったら、基本的にそちらで手術した方がよくないですか?」
「その方法は大手術になるし、費用も高くなるのが欠点で」
 
「ああ。それはまた大変だ」
「私の場合も陰茎反転法に比べて3割も高かったんですよ。手術時間も長かったようです。借金作っちゃったから頑張ってお仕事して返済しないといけません」
 
「でも性転換した後、ちゃんと普通にお仕事できるのはいいことですよ」
「ええ。みんなそれで苦労しているようなんですよね」
 
その後私はその人もまじえて、この会社のユニークな「女装社員制度」について色々楽しくお話させてもらった。性転換手術まで受けた人がいることについては常務さんと話した上、記事には記載しないことにした。
 

私はこの会社の取材内容を記事にまとめていた時、ふと10月のフィギュアスケート・ペアの性転換した妹に続いて、今回は性転換社員に会ったなというのを考え、唐突に、龍沼伝説の取材で訪れた時にお世話になった月目さんのことを思い出した。
 
「あなたはこれから1年ほどの間に7人の性転換者に会うでしょう」
と彼女は言った。
 
私は彼女の家はどこの集落だったんだっけ?と思い、地図を広げてみた。
 
私は首をひねった。龍沼集落に行く群馬県道777号は、途中に枝道のようなものが記載されていないのである。
 
地図にも載らない、小さな村道か林道なのだろうか?と私は考えた。
 

2月。
 
私は群馬県警が画期的な新しい取締車両を採用したという話を取材に行った、それは『ナイトライダー』に出てくるナイト2000のように、自分の意思を持ち、自律的に走行し、犯人の逮捕などもできるという車両だというのである。日本では自動車の自律走行は法的にはまだ完全解禁されていないのだが、この車両は特例で認められたのだという。
 
私が訪れたのは、県警の高速隊本部である。
 
説明してくれたのはまだ22-23歳に見える若い警部補さんであった。この年齢で警部補ということはキャリア組なのだろう。
 
「何か格好良い車ですね。最高速度は?」
「一応仕様上の最高速度は340km/hなんですけど、サーキットで試してみたら400km/hを超えました」
 
「それは凄い」
「但しそれだけの速度を出す時は半マニュアル半オート運転なんです。人間とコンピュータが共同で運転している時だけ200km/h以上の速度が出るようになっています。人間だけの時は最高180km/h、コンピュータだけの時は最高120km/hに制限されています」
 
「なるほど」
 

「でもこの車両、まだ警視庁にもないんでしょう?よく群馬県警で採用されましたね」
 
「実は関越の無法な車に手を焼いているんですよ」
「なるほどー」
「ですから、この車は主として関越や上信越道などで使います」
「やはり高速道路ですよね」
 
「それと実はこの車の開発者は私の父なんです」
「そうだったんですか!」
「私は中学生の時から、この車のテストパイロットを務めていました」
 
「それで、ここに最初に導入されたんですか」
「実際、この車を操縦できるのは、僕と僕の弟の2人だけなんですよ。だから僕が壱號機を使い、弟が弐號機を使っています。弟は今大学在学中で、卒業したら、警視庁に入って、弐號機を警視庁で使うという方向で話を進めています」
 
「じゃ、この車の専用操縦者として警察にお入りになったようなものですね」
「そうです」
 

「良かったら実際に運転している所を見せていただけませんか?」
「いいですけど、ここから先は記事にしないで頂けますか?機密事項なので」
「はい、それでいいです」
 
警部補はキーを取ってきたが、その鍵ではなく自分の目で鍵穴の所を見ている。ああ、生体認証なんだな、と私は思った。
 
「実はキーでもドアを開けることができますが、乗り込んでから3分以内に生体認証をしないと、運転席から射出されてしまいます」
 
「怖い仕様ですね」
「この車はけっこう軍事的なんですよ」
と言って警部補が乗り込む。
 
「助手席にどうぞ」
「射出されませんよね?」
「運転席に私が座っているから大丈夫ですよ」
 
それで助手席に乗り込む。座席はしっかりと身体全体を受け止める作りになっている。スポーツカー特有の強烈な加速度に耐えられるようにする構造なのだろう。
 

警部補はドアをロックしてから、突然ズボンを脱ぎ始める。
 
「何をなさるんです?」
「操縦するのに必要なんです」
 
警部補はズボンの下に、まるで女性用のショーツのような下着を着けていた。そういう趣味なのかなあと思っていたのだが、そのショーツのようなものまで脱いでしまう。すると、そこには・・・
 
「あなた女性だったんですか?」
と私は驚いて言った。
 
「そうですね。医学的には女です。戸籍上は男ですが。16歳の時に性転換手術を受けました」
 
「それは随分早いですね!でもそんなに早く性転換なさったのに、戸籍は直されないんですか?もう20歳過ぎておられますよね?」
「はい。私は23歳です。でも女として生きる意思は無いので」
「はあ」
 

まあ人には色々事情があるのだろうと思っていたのだが、警部補はハンドルの下にあるボタンを押すと、そこから棒状のものを取り出した。棒状というより実は、男のペニスに見える。
 
「へ?」と思っていると、警部はそれを自分のお股のスリットの中に入れようとしている!?
 
「実はこの車を操縦するには、操縦桿を自分のヴァギナに入れないといけないんです。そして腰の使い方で動かします」
 
「え〜〜〜!?」
「処女の人にはお勧めできません。この車にバージンを捧げてしまうことになるので」
「あなたは処女ではないのですか?」
「高校の同級生にバージンは捧げましたよ」
「へー。しかし不思議な操縦方法ですね」
 
「最初に作った零號機は逆にペニスを操縦管に挿入する方式だったんです。だから中学生の頃はそれで操縦していましたよ。でも、でもそれだと操縦している間ずっと勃起してないといけない。何度かうっかり途中で射精してしまって小さくなり、車とのコンタクトが外れて、あやうく事故る所でした。それで、これは危険だということで、壱號機は逆に自分のヴァギナに入れる方式に変更しました。それでこれに乗るために私は性転換手術を受けたんです」
 
「この車を操縦するために性転換ですか?」
「はい」
「嫌じゃ無かったですか?」
 
「別に嫌では無かったです。父から言われた時はびっくりしましたが、親公認で女の子になれるなんて素敵じゃないですか」
 
「女になりたかったんですか?」
「別に。女になりたかったら、女装して過ごしていますよ」
「確かに」
「でも女の身体は快適ですよ。記者さんも性転換してみません?」
「あ、いえ。遠慮しておきます」
 

それで警部補は車を出したが、この車にはアクセルとかブレーキというものは無い。ハンドルだけは付いているものの、実際には200km/hを超えると、このハンドルは人間の側からは一切操作不能になると言う。
 
「これ速度調整はどうするんですか?」
「これも記事にはしないで欲しいのですが、私の性的な興奮度に応じて速度が上がるようになっています」
「え〜〜!?」
 
「だから自分の性的な興奮度を自分の意思でコントロールすることが求められます。こうやって市街地を40km/hで走っている時は軽い興奮度ですが、高速に乗ったら、セックスかオナニーでもしているかのような状態まで興奮度をあげる必要があります。私の興奮度があがると、操縦用ジョイスティックの出入りの速度も上がって、こちらの興奮状態が維持しやすいようになるんです」
 
「はぁ・・・・」
 
ジョイステッィクね・・・・。
 
「そもそもこちらのペニスと車の操縦管で操作する場合、どうしても射精で終わってしまう問題があるんですよね。女の興奮度は徐々に上がっていって昂揚を維持して、万一逝ってしまっても徐々に下がって行くから、こちらが女の身体である方がうまく行くんです」
 
「なるほど」
 

実際そのあと警部補は関越に乗って走行車線を120km/hで走行していたが、顔が物凄く気持ち良さそうである。
 
ところが走行している内に追越車線を、物凄い速度で走って行ったスポーツカーがあった。
 
「行きますよ」
と警部補が言うと、ハンドルを操作してこちらも追越車線に出る。赤色灯を出す。警部補が目を瞑って頭をヘッドレストに付け、かなり気持ち良さそうな表情をする。「あ、あ、」と喘ぎ声まで出している。そして車はみるみる内に速度を上げていく。
 
目を瞑っていていいのか?と私は不安になったものの、ちゃんと進行方向は車が自動的に制御しているようである。警部補はもう気持ち良すぎるのもあるのかハンドルから手を離しているが、そのハンドルは自動で動いている。
 
やがて前方にさっきのスポーツカーが見えてくる。向こうは速度をあげたようだが、こちらも速度が上がる。警部補の喘ぎ声が激しくなる。
 
しかしどうやって掴まえるのだろうと思っていたら、車の前方から何かが飛び出した。
 
物凄い爆発音があり、前の車が停止する。こちらの車も停止する。警部補は「ふぅっ」とため息をつくようにすると急いでパンティーを上げ、ズボンも穿いた。
 
そして前の車に行くと
「群馬県警だ。道路交通法違反の疑いで現行犯逮捕する」
と告げてドライバーに手錠を掛けた。
 
そして電話で応援を呼んでいた。
 

私は事故処理が終わるのを待って警部補と一緒に高速隊本部まで戻ったが、警部補は帰りもずっと気持ち良さそうな顔をしていた。
 
「あの前の車を停止させたのは何ですか?マシンガンか何か?」
「小型のバズーカですよ」
「凄い」
「ああでもしないと止まりませんから。但しあれはこちらが250km/h以上出してないと反動でダメージが来ます」
 
と警部補は恍惚の表情の中から言う。
 
「ああ。でも日本の警察も凄い武器を使うようになりましたね」
と私は半ば『いいのか?』と思いながら感想を言った。
 
見せてもらったお礼を言ってから高速隊本部を去ることにするが、私はふと思いついて尋ねた。
 
「弟さんが弐號機を操縦なさるということですが、もしかして弟さんも性転換手術を受けられたのですか?」
 
「そうですよ。中学3年の夏休みに手術を受けさせました」
「大変ですね!」
 
「私は自分が手術された時、別に何とも思わなかったんですが、弟は嫌だ嫌だと泣き叫んでいました」
「ああ」
 
「だから最後は逃亡しようとするのを男性看護師数人で取り押さえて手術室に連行して性転換しました。さすがに手術が終わった後は、泣きながらも自分が女になったことを受け入れましたが」
 
「まあ手術されちゃったら受け入れざるを得ないですね」
「でも弟はそもそも僕よりも女になる素質があったと思いますよ」
「へー」
 
「あいつは小さい頃から結構女の子に間違われていたし。今はスカート穿いて女子大生として大学に通っているんですよ」
 
「じゃ結果的には女としての生き方にハマっちゃったんですかね?」
「だと思います。僕は別に女になるつもりないから、戸籍は男のままですけど弟は戸籍の性別と名前も変えちゃったんですよ。だから今は法的には妹ですね」
 
「だったら、性転換して良かったのでは?」
「だと思いますよ。あいつは多分、そのままでも20代のうちに性転換していたような気がします。どうせ性転換するなら、早いうちがいいんですよ。おっぱいも僕より大きいし」
 
おっぱい!?
 
「警部補さんは、おっぱいあるんですか?」
「ありますよ。女性ホルモン飲んでるから。でも僕はBカップで弟はDカップなんです」
 
「なるほどですね〜」
 
「記者さん、物は相談ですが、あなたも性転換手術受けて参號機のパイロットになりません?あなた、結構女になる素質ありますよ」
と警部補は小さい声で言った。
 
「あはは。失業した時に考えます」
と私は焦って言った。
 
でも女になる素質があるって!??
 
そんなこと考えたこともなかったが。。。。
 
 
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【七点鐘】(上)