【女たちのベビーラッシュ】(1)

前頁目次

 
年表-2020
 
2012.02.11 桃香と季里子が結婚する。
2012.04.15 丸山アイの第一子・小空生まれる
2012.06.06 千里と貴司の結納
2012.06.25 桃香が季里子と別れさせられる
2012.07.06 貴司が千里との婚約を破棄
2012.07.18 青葉と千里が性転換手術を受ける
2012.09.09 千里と桃香が密かに結婚式を挙げる
2012.09.22 千里と桃香が離婚!(千里は13日から出張していたので僅か4日間の結婚生活)
2013.02.14 丸山アイの第二子・小歌生まれる
2013.06.03 季里子、第一子・来紗を出産
2013.07.06 貴司が阿倍子と結婚する(2012.07.08婚約)
2014.08.10 季里子、第二子・伊鈴を出産
2014.11.23 若葉、第一子・冬葉(かずは)を出産
2015.06.28 貴司の第1子京平生まれる
2016.03.30 政子の思い人・松山貴昭が露子と結婚
2016.07.07 和実と淳の第1子・希望美(のぞみ)生れる
2017.03.11 若葉、第二子・若竹(なおたけ)を出産
2017.05.10 桃香の娘・早月誕生
2017.05.13 松山貴昭と露子の長女・紗緒里誕生
2017.09.16 千里と信次が婚約
2017.12.01 浜田あきら・小夜子の第4子えりか誕生
2017.12.03 北川博美 第1子
2018.01.04 滝沢朱音 第1子
2018.01.21 貴司が阿倍子と離婚
2018.02.03 貴司が美映と結婚する。
2018.02.25 萌依 第2子 清代歌
2018.03.17 千里と信次が結婚
2018.0319上島雷太が不公正な土地取引で摘発される。翌年3月まで活動停止
2018.05.14 信次が名古屋支店に転勤になる。千里も翌日移動。
2018.06.15 礼美 3人目
2018.07.03 桜川悠子 長女美季出産
2018.07.04 信次死亡
2018.07.29 政子が妊娠を公表(あやめ)
2018.08.03 青島リンナの子 夏絵
2018.08.23 貴司の第2子?緩菜(母美映?)生まれる
2018.09___ 和泉が冬子に作曲禁止を言い渡す。
2018.10.11 若葉、第3子・政葉(ゆきは)を出産
2018.10.12 仁恵 第1子
2019.01.04 千里と信次の娘・由美誕生(卵子は桃香)
2019.02.03 政子の第1子・あやめ誕生
2019.03.11 和実と淳の第2子・明香里(あかり)生れる
2019.03.29 上島雷太と春風アルトの第1子 美音良(びおら)
2019.03.31 上島雷太の謹慎解除
2019.04.01 水鳥波留が信次の忘れ形見・幸祐を出産
 
2019.04.29 千里が巫女の力を取り戻す。
2019.06.27 町添が社長に就任
2019.06下旬 冬子が政子・あやめと一緒に宮古島を訪れる
2019.06.29 信次一周忌法要
2019.07.03 皆既日食
2019.09.08 貴昭と露子の次女・安貴穂誕生
2019.11.11 佐野敏春・麻央の第1子 柚
2019.10___ 政子が大林亮平と交際開始
2020.01___ 政子が自宅敷地内に離れを建てる
2020.03,03 政子が大林亮平と別れる
2020.07.04 信次三回忌
2020.09.02 真友子,妃登美(亮平の妻),高木佳南が出産。
2020.09.09 風花出産
2020.10.02 マリナ出産
2020.10.18 政子が第2子大輝(父は大林亮平)を出産。
2021.04.05 阿倍子が明宏を産む
2021.04.12 萌依の第4子 弘晴
2021.08.10 麻央の第2子 桂
 

2017年12月1日 1:51AM.
 
浜田小夜子は、あきらとの間の4人目の子供《えりか》を出産した。
 
これがそれから数年にわたる《ベビーラッシュ》の始まりであった。
 
あきらは、この子の人工授精をおこなった3月10日の時点では、もうおちんちんは立たないものの、頑張ると何とか射精することはできたので、その精液で人工授精して妊娠したものである。
 
現在あきらは既に射精もできない状態になっているので、もうこれがふたりにとっての最後の子供ということになる。
 
友人たちからは
「精子冷凍保存しておかなくていいの?」
と結構言われたものの
「自然に任せたいから」
とふたりは言った。
 
「人工授精は自然の内なのか・・・」
「男から出てきたものを女の中に入れただけだし」
「あきらさんって男なんだっけ?」
「かつて男だったものかな」
「ふむふむ」
 

「この子も無事産まれて私たち4人の子持ちになったし、あきらはもう射精できないし、性転換手術受けていいよ」
と小夜子はあきらに言った。
 
「いや、別に私は性転換するつもりはないし」
とあきらは言う。
 
そもそもあきらはいつもスカートを穿いていて、セミロングの髪でお化粧もしていて、どう見ても女性美容師にしか見えないのに、自分は男だし、女装もしていないと主張している。ただ混乱防止のためトイレは女子トイレに入るようにしているようだ。実はお風呂も男湯に入るのは不可能でここ数年、女湯にしか入っていない。
 
「遠慮することないんだよ。性転換しても離婚したりしないから」
「私は今の身体が気に入っているし」
「だって、役に立たないおちんちんはもう取っちゃえばいいんだよ」
「いや、おちんちん要るから」
「使ってない癖に。そもそもこれ放置しておくと、おちんちん萎縮して、ヴァギナの材料を確保できなくなるよ」
「あれって、ヴァギナの材料なの?」
「もうそれ以外の意味は存在しないね」
 
小夜子に唆されて、あきらはかなり心が揺れていた。
 

12月3日。冬子・政子の大学時代の友人で、最近は冬子の楽譜係もしている北川博美(旧姓南野)が最初の子供を産んだ。博美は2016年10月9日に結婚していた。
 

2017年12月11日。この日は《千里2》は生理予定日だった(前回は11月13日に来ている)が、生理は来なかった。
 
ありゃ〜。まさか妊娠したかな?と思い、生理予定日から使用できる妊娠検査薬を買ってきて試してみると、確かに妊娠反応が出た。自分で予定日を計算してみると、2018年8月20日になる。
 
「もう貴司ったら、節操が無い。なんで奥さんでもない人とセックスする訳〜?私も、愛想尽かしちゃうぞ。でも今妊娠したら、秋に産めないじゃん!」
と千里2は文句を言った。
 
『だけど千里、もしワールドカップの日程にぶつかっていたらやばかったよ』
と《きーちゃん》が言う。
 
ワールドカップは2018年9月22-30日にスペインで行われる。
 
『出産後2ヶ月で世界大会か。京平を産んだ時よりはマシかな。あれは出産の一週間後にユニバーシアードやったから』
『全く千里も超人だね〜』
と《きーちゃん》は呆れるように言った。
 

2018年1月4日朝。
 
都内の病院で、千里や桃香の大学時代の友人・滝沢朱音(旧姓岡原)が男の子を出産した。
 
朱音の出産に立ち会ったのは、千里と、朱音の夫の母だった。朱音の母も病院内に居たのだが、席を外していて、産まれて少ししてから赤ちゃんを抱くことができた。夫は沖縄に出張していて、なかなか戻って来られなかった。
 
出産の翌日昼過ぎには高崎に住む美緒と夫(妻かも)の清紀も来てくれた。美緒は午後いっぱい病室に居て、雑用なども引き受けてくれたのだが、清紀は頼まれた買い物をしてくれたものの、その後は1時間ほどで帰った。
 
「男の僕が長時間居たら爽也君のご両親が戸惑うだろうから遠慮するよ」
と言い、何かあったら呼んでとだけ言って帰った。
 

「女装してればいいのに。清紀の女装は全く不自然さが無い」
と千里や美緒は言ったが
「女装で出歩くのはボクのポリシーに反する」
などと言っていた。
 
彼の女装をたくさん見ている千里たちは
「何を今更!」
と言ったのだが。
 
彼は学生時代から「ボクはゲイであって女の子になりたい気持ちはない」と主張している。もっとも美緒によると、彼のタンスの中身は7割が女物らしいし、家の中ではふつうにスカートを穿いているらしい。
 
ただし清紀は
「スカートを穿くのと女装は違う」
といつも言っている。あきらと同じこと言ってる、と千里は思った。
 

山吹若葉は中田政子(ローズ+リリーのマリ)に「冬(ケイ)には内緒の相談がある」と言った。それで2人は月山和実がオーナーをしている仙台のメイド喫茶クレールで会った。ここはいつも音楽が流れているし、通常2階席は一般客には開放していないので密談に便利なのである。
 
「若竹(なおたけ)もそろそろ手が離れ始めたし、そろそろ3人目の子供を作ろうかなと思っているのよね」
と若葉は言った。
「いいんじゃない?でも誰から精子をもらうの?」
と政子は訊く。
 
若葉の長女・冬葉(かずは)は中学時代の陸上部のチームメイトである野村治孝、長男の若竹(なおたけ)は和実の元同級生・紺野吉博という人から精子をもらっている。どちらも人工授精である。
 
「それでさ、3人目の子供の名前は、男であっても女であっても、こういう名前にしようと思うのよ」
と若葉は言い、次のように書いた。
 
《山吹政葉・ゆきは》
 
「政の字を『ゆき』と読むんだ!」
「そういう読み方は存在するんだよね〜。で、その許可を政子からもらおうと思って」
 
「私の名前から1字取る件?」
「それもある」
「ほかには?」
「政子、精子くれない?」
「うーん。。。。残念ながら私は精子は持ち合わせてないなあ」
 
「だったら代わりに冬子の精子を使ってもいい?」
「冬も精子は持ってないけど」
「今は持ってないけど、過去には持っていた時期があるのよね」
「・・・まさか」
 
「政子には言ってなかったのかなあ。冬子が去勢するかどうか悩んでいた時期にあの子を唆して、精子を保存してから去勢しちゃいなよと言ったのよね」
「へー!」
「それで4回、精子の採取をして、それを冷凍保存したのよ。その後で、男性器はおちんちんもたまたまも除去したんだよ。私が秘密に手術してくれる病院を紹介してあげた」
 

「そうだったのか!」
と政子は驚いたように言った。
 
「だからその後は偽物のおちんちんで親には誤魔化していたみたいね」
と若葉は言う。
 
「やはりね〜。あの時期まだ男の子の身体とは思えなかったんだよね〜。おちんちんいくら触っても大きくならないし」
「偽物なんだから大きくなるわけない」
「なるほどなるほど」
 
「それで冷凍保存の時、私が冬子の婚約者を名乗って、一緒に採精したんだよ。あの子自分ではどうやっても立たないとかいうからさ。実際射精させるのにかなり苦労したよ。当時でも」
 
「それいつ?」
 
「高校1年の時。だからまだローズ+リリーもKARIONもできる前だよ」
「じゃ、やはりKARIONでデビューした時は既に女の子になってたのね?」
「もちろん。男の身体で女の子アイドルになれる訳無い」
 
「やはりその段階で性転換していたのか」
「だからその精子は私と冬子の共同所有物なんだよ。それを使って妊娠したいんだけど、それにはやはり冬子のパートナーである政子の許可が必要だと思ったのよね」
 
「私は構わないよ。冬が若葉とセックスして妊娠するのなら抵抗があるけど人工授精なら全然問題無い」
 
「ありがとう」
「冬の許可はもう取ってるの?」
「書類を偽造して、冬には言わずに妊娠しようと思う」
「うん。それも別に構わないと思うよ。何ならその書類、私が書いてあげようか?私、冬そっくりの筆跡でサインできるし、冬が常用している認め印も押してあげるよ」
 
「わあ、それは助かる。頼もうかな」
「悪いことの相談は任せて」
 
「これで子供3人できたら、それで打ち止めにしようと思う」
「だったら、余った精子は?」
「念のためあと10年くらい保存しておこうかな」
 
「だったら、私にも1本くれない?」
と政子は言った。
 
「いいけど、何するの?」
「私も妊娠しようかな」
「契約とかは大丈夫?」
「27歳になるまでは結婚と出産はしないという口約束をしている」
「口約束か!」
「契約書の書類上では制約は無い」
「だったらもう大丈夫だね」
「うん。今制作しているアルバムが落ち着いたら、人工授精しようかな」
「だったらその時は言ってね。精子出してあげるから」
「うん。よろしく〜」
 
実際には若葉は2月になってから人工授精を実行した。また政子は6月になって人工授精を実施した。
 
政子が人工授精をする直前、冬子は長年の恋人であった木原正望との婚約を発表した。政子としては冬子を横取りされた気分だったので半分はそれに対する一種の意趣返しで、半分は自分と冬子との関係を永遠のものとするため、冬子の子供を妊娠することにしたのである。
 

2018年2月25日(日)、冬子の姉・萌依は、小山内和義との第2子、清代歌(きよか)を出産した。第一子の梨乃香(りのか)は2015年6月18日に生まれている。
 

2018年6月15日、冬子の古くからの友人・礼美が3人目の子供を出産した。彼女は大学生時代、ひたすらバイトに明け暮れていて、大学を卒業した後はすぐにママになってしまった。
 
バイトは学費稼ぎのためにやっていたのだが、結果的には就職もしていないし、そもそも授業にもほとんど出ていないので、何のために高い学費を払って大学に行ったのか、全く分からない人である(むしろ、よく卒業できたものである)。
 

7月3日(火)。ローズクォーツの所属事務所でローズ+リリーとも委託契約を結んでいるUTP(宇都宮プロジェクト)の古くからの事務員・桜川悠子(冬子たちと同学年)が長女・美季を出産した。
 
この時点で悠子は結婚していたのであるが、年末には離婚してしまい、シングルマザーとして美季を育てることになる。
 
悠子は、そのことをずっと後まで伏せていたのだが、実はUTP社長の須藤美智子と、ロック歌手・百道良輔の間の子供である。つまり美季は須藤社長の孫なのである。悠子は2月頃まで産休をもらっていたが、悠子と美季の生活資金は全部美智子が出していた。
 

2018年7月29日(日).
 
ローズ+リリーのマリは多忙なケイに代わって単独キャンペーンで仙台を訪れていたのだが、途中で気分が悪くなり退席する。その時の様子がどうも・・・なのでひとりの記者が質問した。
 
「ひょっとしてマリさん、妊娠なさったということは?」
「あ、はい。予定日は確か3月だったかな」
 
それで大騒動になった。夕方からの2度目のキャンペーンには急遽ケイが仙台に赴いて出席したのだが、マリはケイと入れ替わりに東京に帰ってしまったので、ふたりはこの日は会わずじまいになった。
 
それで
「ケイさん、マリさんのお腹の中の子供の父親はやはり噂のあるNさんですか?」
と訊かれて、それまで政子の妊娠のことを全く知らなかったケイは困ってしまう。その日は曖昧な答えに終始した。
 
ケイがマリから、その子の父親のことを聞くのは1週間後になり、ケイは自分が父親と知って仰天することになる。
 
政子はこの時、冬子が去勢手術を受けた前夜に1度だけセックスした時の精子を冷凍保存しておいて、それを使って妊娠したのだと説明した。
 
その精液の存在は冬子は実は知っていたのを知らないふりをしていた。しかし冬子はその精液は破棄されていたと考えていた。それで政子がそのことに気付かないうちに、高校時代に若葉と一緒に冷凍保存した精液のアンプルを1本転送しておいたのである。
 
だから冬子は、政子が妊娠に使ったのは高校1年の時に冷凍した精液だろうと考えた。
 
その推察は結果的には当たっていたのだが、実際に政子がこの時使用した精液は、冬子が転送した精液ではなく、若葉が政子に提供してあげたアンプルである。
 
冬子の精液は、政子が1個、若葉が4x2個(内1x2個は冬子が転送)、奈緒が1個所有していたのだが、みんな冬子本人には告げないまま勝手に使用している。
 
結果的に冬子は4人の子供の父親、1人の子供の母親となるのだが、それはもう少し先の物語である。
 
(4人:政子の子供あやめ・かえで、若葉の子供政葉、奈緒の子供ミドリ。冬子を母とする子供:もも)
 

2018年8月3日。青島リンナとその夫で後に中田政子(マリ)の恋人にもなる百道大輔との間の子供、夏絵が生まれた。
 
大輔は直前まで
「俺は子供生まれてもロックしかしないから、赤ん坊はお前ひとりで育てろよ」
 
などと言っていたので、リンナもその覚悟でいたのだが、実際に生まれてみると物凄い可愛がりようで、本当は子煩悩であった所を見せた。
 
この人って世間に見せているマメで真面目な気質と、自分を含めてごく親しい人にだけ見せる、少し乱暴でいい加減な気質の、どちらが本当の気質なのか、よく分からないと、リンナはその様子を見ながら思いつつも、幸せな気分であった。
 
なお、百道大輔は桜川悠子の父・百道良輔の実弟である。
 
従って夏絵は悠子の従妹になり、悠子が先日産んだ美季は夏絵の従姪である。
 
無軌道で何度も逮捕歴があり、多くのレコード会社にそっぽを向かれている良輔に対して、大輔は品行方正な歌手と、世間では見られていた。お酒もタバコも吸わず、毎日10kmのジョギングをして粗食という生活で、何度も自然派雑誌に取材されたことがある(リンナもそういう“ロハス”な生活スタイルは大好きである)。
 
良輔はかなりお金に困っていたが、大輔は兄の無心を一切拒否して、絶対にお金を貸さないようにしていた。
 

千里1が大変なことになっている時期、実は千里2も千里3も海外に出ていた。8月下旬、まず千里2が帰国する。状況は《きーちゃん》から聞いていたものの、自分の分身が打ちひしがれている様子を《きーちゃん》が撮影してくれていた動画で見て、直接慰めてあげたい気分であった。
 
『あの子と合体してひとつになるのは、今は無理だよね?』
と《きーちゃん》に訊く。
 
『あの子に霊感が戻るまでは無理。どうしてもあの子が霊感を取り戻さなかった場合は、あの子をヨーロッパかどこかにでも旅に出して、千里3が成り代わる手もあるけど、千里3は千里1や2の存在を知らないから、あれこれ矛盾が吹き出す』
と《きーちゃん》。
 
《きーちゃん》は敢えて曖昧な表現をしたが、このままにしておくと、千里1は消滅してしまうのでは?と《千里2》は思った。
 
『千里3じゃなくて私が合体する訳にはいかないの?私なら混乱を避けられるよ』
と千里2は言う。
 
『合体の順序は1+3が先。その後2が合体して元の1人に戻る。2のパワーが凄まじいから、エネルギーレベルが違いすぎて合体できないんだよ。1+3することで、2と合体できるレベルに近くなる』
と《きーちゃん》。
 
『私、3人まで行かなくても2人くらいいる方が仕事が進むんだけど』
と千里2は言う。
 
『千里も完璧にワーカーホリックだね』
と《きーちゃん》は呆れるように言った。
 
『でも千里1と3が合体した場合、記憶はどうなるの?』
『両方の記憶が残るよ。千里はそういう状態を問題無く処理できるはず』
『運動能力は?』
『強い方に合わせ付けられるはず。だからセミプロレベルの千里1ではなく、日本代表レベルの千里3の運動能力が残る』
 
『普通の記憶はプラスで運動能力はorで上書きかぁ』
『大脳と小脳ではシステムが違うから』
 
『私と3が合体した時は運動能力は3優先?』
『ドリブル能力とかレイアップシュートとかは2の方が強い。スリーだけで言えば3の方が圧倒的に強い。だからレイアップとかは2の方が残って、スリーは3の方が残るはず』
『だったら、私スリーの練習は放置して、レイアップとかの練習頑張った方がいい?』
『千里って、わりとクールだよね?』
 

8月21日(火)が信次の四十九日であったが、実際の四十九日法要は19日(日)に行われた。この時点でも千里1はまだ顔に表情が無く、お人形さんのような状態で喪主を務め、実際には青葉や康子が実質喪主の役目を務めていた。
 
23日(木)。千葉の川島家を(女性の姿の)羽衣が訪れた。
 
昨年7月、千里(千里1)が死んだのは、クロガーとの戦いで危機に陥った羽衣が千里からパワーを借りようとして、うっかり全生命エネルギーを引き出してしまい、エネルギーがゼロになってしまったためである。
 
しかしその時は小春が自分の生命エネルギーを千里に融通したことで千里1は蘇生することができた。但し千里1が死んだ時、千里1が持っていた霊感や眷属たちとのコネクションも全部消えてしまった。
 
羽衣はこの件で千里の師匠である出羽の美鳳からひどく叱られ、千里の霊的な能力を修復することを約束した。ただ完全修復には2年くらいの時間が必要であると羽衣は言った。
 
この日羽衣が千里の所に来たのは、美鳳に頼まれて千里を神無(仮名)の出産に立ち会わせるためであった。千里と美映の生殖器は交換されており、美映の体内に存在する千里の生殖器が実際には妊娠しているので、妊娠している本人をその場に連れていく必要があったのである。
 
美映が入っている病院に着いた時点で、羽衣はこれまで千里に掛けていた“仮の天羽衣(あまのはごろも)”を取り外すと、この1年間彼が頑張って修復していた“本来の天羽衣”を着せてあげた。この結果、千里は並みの霊能者レベルの霊的能力を回復することになった。この後の“天羽衣”の修復は、千里がそれをまとったままの状態で継続する。
 

千里1が羽衣に促されて病院内に入って行くと、貴司が廊下で待っていた。貴司が千里と会ったのは、約1年ぶりであった。阿倍子との離婚の時は、電話では話したが直接は会っていない。こんなに長い間ふたりが会わなかったのは高校3年の時以来であった(千里1としては)。
 
それまで心ここにあらず状態だった千里(千里1)であるが、貴司と会話している内に調子が出てきて、かなり自分を取り戻すことが出来た。そして赤ちゃんの産声が聞こえ、看護婦さんが廊下に出てきて「女の子が生まれましたよ」と告げた時は思わず喜んで、ふたりはキスしてしまった。
 
美映の状態が安定してきた所で彼女に見られないように、千里は病院を出た。この時、千里は羽衣から、産褥パッドを付けるように言われた。そしてふと考えたら、あの付近が物凄く痛いことを認識する。
 
後産まで終わった所で、美映と千里の生殖器が交換されたのである。これは実は、京平が掛けた呪が出産によって終了したためである。
 
この後、千里1は最低限の精神力を回復させ、常総ラボに行き《すーちゃん》を相手にバスケの練習を再開することになる(千里2と冬子の連携プレイによる)。
 

ところでこの時生まれた赤ちゃんは最初、お股におちんちんが見当たらなかったので、てっきり女の子と思われ、看護婦さんは廊下で待っていた貴司たちに「女の子ですよ」と告げた。それで千里(千里1)は貴司に
 
「貴司、今度は女の子のパパになったね」
と言ったのだが、その後、この子の性別が問題になった。
 
この子のお股をよくよく観察すると、どうも女の子のお股とは少し違うような気がしたのである。それで医師がその付近を指で触ってみていた所、小さなおちんちんがあって、それが肌の中に埋もれていることが分かった。近くを触っていると、睾丸らしきものも体内に発見された。
 
それでこの子は男の子で、停留睾丸、しかもペニスも小さくて肌の中に埋もれていたことが判明したのである。そのペニスが埋もれて小さな凹みを作っていたのが、陰裂のように見えたのである。
 
これが判明した時には既に千里(千里1)は帰ってしまっていたので、千里1は貴司の2番目の子供はてっきり女の子だと2年後まで思い込んでいた。
 

さて、千里と羽衣がアテンザに乗って千葉に戻っていった後、それと入れ替わるようにミラが病院のそばまで走り寄っていた。
 
助手席に乗っていた人物は降りて行き、病院の中に入っていったが10分ほどで戻って来た。
 
そして
「作業完了」
と言ったので、運転席に座る《きーちゃん》はミラを出発させた。
 
この作業は、2017年正月に、千里が小春と約束したことに基づいて、それを千里2から《きーちゃん》に依頼し、実行されたものである。
 

さて、この時生まれた子供の名前は、女の子なら環菜(かんな)、男の子なら秋緩(あきひろ)という名前にしようと、貴司と美映は話し合っていたのだが、この子の性別問題を考えて、ふたりは悩んだ。
 
「この子、確かに生物学的には男なのかもしれないけど、もしかしたら本人は女の子になりたいと思うかも」
と美映が言った。
 
「だったら、男女どちらでも使える名前にしておいた方が無難かもね」
と貴司も言う。
 
それで秋緩と環菜を合成して緩菜(かんな)という名前にすることにしたのである。性別については悩んだのだが、医者が
「普通に男で届けていいと思いますよ」
と言ったことから、男児として出生届を出すことにした。
 
千里(千里1)は貴司から、子供の名前は「緩菜」にしたと聞いたので、当初女の子が生まれた時の名前として用意していた「環菜」から字を変えたのかなと思い、まさか男の子であったとは思いもよらなかった。
 

ところで、緩菜が生まれてからすぐ、病院では血液型の検査をしたのだが、緩菜はAB型であった。
 
ところで貴司はB型、美映はO型である。
 
つまり2人の子供としてはあり得ない組合せなのである。B型の親とO型の親からAB型の子供が産まれることはありえない。
 
これが母親がB型で父親がO型というのであれば、母親が浮気して他の男の種で妊娠した可能性がある。そういう場合、病院側は敢えて触れないでおく。しかしO型の母親がAB型の子供を産んだとなると大問題だ。
 
病院側は他の赤ちゃんの検体と誤った可能性を考え、緩菜の血液型を再調査したが、間違い無く緩菜はABであった。病院は取り違えの可能性を考えたが、普通の男の子・女の子なら、取り違えの可能性もあるが、停留睾丸の男の子なんて、他にはいない。(念のため入院中の全ての赤ちゃんのお股を確認した)
 

病院側は詳細を告げないまま、検査のためと称して貴司と美映の口腔内から粘膜を取らせてもらい、それで病院の費用でDNA鑑定を行った。その結果、貴司と緩菜の父子鑑定は99.99%以上の確率で「親子である」と出て、美映と緩菜の母子鑑定は「親子である可能性は0%。親子ではない」という結果が出た。なお赤ちゃんの血液型はこの鑑定ではA型と出た。また性別も男の子であるという鑑定だった。
 
それで医師は貴司に「お話があります」と言って呼んで尋ねた。
 
「失礼ですが、そちらではお子様を作られる時に体外受精とかなさいましたでしょうか?」
 
すると貴司は京平のことを訊かれたのかと勘違いし
 
「ええ。妻の卵子がどうしても育ってくれなかったので卵子を友人から借りたんですよ」
 
と答えた。
 
それで医師はホッとしたのであった。
 
体外受精なのだったら言っておいて欲しい!と思いはしたものの、自分たちのミスとかではなかったことから病院側は安堵した。
 
ここで医師たちは貴司と前妻の間に、別の子供がいたことを知らなかったのでその「体外受精」で緩菜が生まれたものと勘違いしたのである。
 
それで病院側は何事も無かったかのように、美映と緩菜を退院させた。なお、停留睾丸については、大きな病院を受診した方がいいと言って、紹介状を書いた。
 

ところで千里は、2015年6月に京平を産んでからずっとお乳が出ていたのが、2017年11月に緩菜を妊娠した所でお乳は出なくなった。しかし2018年8月に緩菜を出産すると、またお乳が出るようになった。
 
このお乳の処理に関しては、羽衣が千里(千里1)に付けてくれている眷属・ヤマゴの指示で搾乳しておくと、それがいつの間にか無くなっていた。実際はヤマゴと連携した《いんちゃん》か《たいちゃん》がそれを貴司の家に運び、それを“実は出産していないのでお乳が出ない”美映が緩菜に哺乳瓶であげていた。
 
美映は初期の頃搾乳を試みたもののどうやっても出なかったのが、搾乳中に眠ってしまっていると、いつのまにか搾乳ボトルが満杯になっているので、私って眠っていると、その最中にお乳が出るのかも、と解釈して、あとは特に疑問を持たないまま、そういう生活を続けていた。
 
美映はわりと、アバウトな性格である。
 
なお、千里がお乳が出るようになったので、千里は由美にもお乳をあげることができるようになった。早月もたまにお乳を欲しがるので、早月にも飲ませていたが、早月は千里のお乳より桃香のお乳の味の方が好みのようである。
 
「でも千里しばらくお乳出なかったのにまた出るようになったのは、体調が回復してきたんだね」
 
などと桃香は言っていた。この時期、桃香のお乳はさすがに出産から1年以上たち、出が悪くなってきていたので、千里のお乳が出るようになったのは、桃香としては大いに助かった。
 

2018年9月12日(水).
 
月山淳がとうとう性転換手術を受けた。
 
若い年齢で性転換した人が多いクロスロードのメンツの中で最後まで男の身体のままであったのが、淳とあきらであったが、ちょうどソフトハウスの方の仕事が一段落し、また和実が仙台で開いているメイド喫茶クレールの経営も安定していたのでここで手術に踏み切った。
 
淳は1981年6月17日20:21、今治市の生まれで、性転換の時点で37歳であった。性転換手術は費用も掛かるし、周囲との関係の問題、仕事の問題などでどうしてもこのくらいの年齢になってやっと手術できるようになる人も多い。淳の場合は、資金的には足りていたのだが、やはり仕事がなかなか休めないということから、この時期の手術になった。淳は手術後1月末まで仙台で和実と一緒に過ごして療養し2月から東京のソフトハウスに復帰する予定である。
 
淳のパートナー和実(1991年11月16日15:03酒田市生)は2012年7月25日に20歳で性転換手術を受けている。彼女はすぐに戸籍を女性に変更し、ふたりは2015年6月17日に婚姻届を出したが、淳はこの婚姻を維持するため、戸籍上の性別は変更しないことにしている。戸籍の性別と実態上の性別が一致していないと色々不都合もあるのだが、同性婚が認められていない以上やむを得ない所である。
 
なおふたりの間には2016年7月7日に長女・希望美(のぞみ)が生まれている。実際には代理母さんに産んでもらい、1年後に特別養子縁組が認められて、ふたりの実子になっている。
 

「やっと女の子になれたね」
と集まったクロスロードのメンツが祝福して言う。
 
「まあ『女の子』というほどの年齢ではないけどね」
「女の身体になれた感想は?」
「まだ凄く痛くて、感想どころじゃないけど、やっと解放されたって気分」
「そうそう。中身は女なのに男の身体に拘束されていたんだよね」
「やっと自由になれたって感じだったね」
 
「あとはあきらだけか」
「あきらさん、いつ性転換するの?」
「12月にすることにしている」
「とうとうか」
「これでクロスロードのメンツからおちんちんが全て消滅するのかな」
「おちんちん完全消滅祝いのパーティーしようよ」
「じゃ、あきらさんの身体が落ち着いたあたりで」
 

「でも淳さん、いつ頃までおちんちんは立っていた?」
とあきらが訊く。あきらはもう4年ほど前からちんちんが立たなくなっている。
 
「手術直前まで立ったよ」
「え?」
「嘘!」
「だから性転換手術前夜に和実と男女型のセックスしちゃった」
「すごーい」
「あれやったの、5年ぶりくらいだったね」
と和実。
「うん。和実が女の身体になった記念に男女型でやったもんね」
「なるほど、なるほど」
 
「だけど松井先生って悪趣味でさ。私はもう役立たずになったちんちんを切るより、現役バリバリのおちんちんを切る方が楽しい、なんて言ってた」
と淳。
 
「私のはもう役立たずだけど」
とあきら。
 
「できたら、嫌だ!切らないで!女になりたくない!と泣き叫んでいる患者を強引に手術室に運び込んで、強制的に性転換してしまうのが好きだとも言ってた」
 
「それ犯罪だと思う」
「でもアメリカでそれ数回やってるみたい。日本でもやったことがあるみたい」
 
「よく訴えられなかったね」
「自分では踏ん切りが付かなかったから、女になれて嬉しいと患者はみんな言ったらしいよ」
「まあ最後の最後で迷ってる人たちって多いからね〜」
 

2018年10月11日(木).
 
2月に冬子の精液を人工授精して勝手に妊娠した!若葉が自身3人目の子供となる女の子・政葉(ゆきは)を出産した。
 
冬子は自分の子供が産まれているとは全然知らず、政子は妊娠を発表したばかり、和実も体調不良(実は妊娠していた)で、この出産に立ち会ったのは、若葉の母以外では、メイド時代の同僚の麻衣、古い友人で若葉の最初の子供・冬葉の父である野村治孝と貞子の夫妻、2番目の子・若竹の父である紺野吉博らであった。
 

その翌日10月12日(金).
 
冬子・政子の高校時代の友人・仁恵が最初の子供を出産した。
 
彼女は昨年6月に結婚した。彼女は同じく高校時代の友人・琴絵といっしょに、ローズ+リリーが“なんちゃって休業”していた時代、ふたりの実際の活動情報をホームページで広報する《千葉情報》というサイトを運用していた。ローズ+リリーには長いことファンクラブが無かったのだが、それができた後は、そちらの作業を実質担当するようになっていた。
 

明けて2019年。
 
1月4日。“千里と信次の娘”由美が、仙台の産婦人科で生まれた。代理母さんは一週間後に病院から姿を消した。その結果この子は「捨て子」ということになり、病院の院長が職権で出生届を出した。
 
出生証明書には、母:不明、父:川島信次、と記載されたが、その信次は死亡している。それで、この子は信次の妻である川島千里に引き渡され、千里は養子縁組の申請を出した。申請はすぐ認められ、1月29日付けで千里は由美の法的な母親になった。
 
そして“千里”は1月いっぱいでJソフトを退職した。
 
「子育てが大変でSEと両立できないので」
と“千里”は言ったが、実際には千里1本人は、自分が10月から1月までJソフトに復帰していたなんて、全く知らない。
 
この時期、千里1はまだプロレベルの楽曲を書くまでの力は戻っていなかったもの、編曲作業ならできるので、そういう作業を雨宮先生から回してもらい、これが結構な収入になっていた。
 

2月3日。政子の最初の子供である、あやめが生まれた。結局政子はこの子の父親について、若葉・冬子と鱒渕マネージャー以外には誰にも明かさなかった。(政子の母でさえ知らない)
 

3月11日。和実は“奇跡の子”明香里(あかり)を帝王切開で出産した。
 
淳は最初は2月から会社に復帰する予定だったのだが、和実のお世話をするためと、その間メイド喫茶の経営のため、3月いっぱいまで休職期間を延長させてもらっていた。実際にはメイド喫茶は和実の親友の梓と、チーフのマキコが何とか運用していた。
 
今回の出産でも、フェイの時と同様、最後の付近は青葉と千里2がほとんど付きっきりで和実の体調をコントロールしていた。
 
むろん青葉も千里もふたりだけでこの監視をやるのは体力的に不可能である。実際には大半の時間、各々の眷属をそばにつけておいて、自分は1日1回くらいチェックするようにしていた。
 

3月29日。上島雷太と茉莉花(春風アルト)の最初の子供・美音良(びおら)が生まれた。ふたりは2008年10月12日に結婚したが、結婚して10年半経過しての初めての子供であった。上島雷太40歳・茉莉花32歳である。
 
「不妊治療なさいました?」
と記者から訊かれた上島は
「いえ、自然妊娠なんですよ」
と笑顔で答えた。
 
そして同日、作曲家協会の会長は上島雷太の謹慎を解除すると発表した。
 

2019年4月1日(月)。
 
水鳥波留が信次の忘れ形見・幸祐を出産した。
 
波留は信次が死亡するわずか3日前にしたセックスでこの子を妊娠した。信次死亡のショックで会社を辞め、埼玉県久喜市に住む姉の家に転がり込んだ。そこでしばらく傷心を癒やしていたのだが、その時、妊娠に気付く。産むべきか中絶すべきか、かなり悩んだものの、自分が子供を産む機会は今回だけかも知れないという気がして、出産に踏み切った。
 
精神的にも経済的にもかなり姉夫婦に負担を掛けてしまったが。
 
幸祐の存在を千里たちが知るのは、少し先のことになる。由美と幸祐は同学年の姉弟(しかも3ヶ月違い)ということになる。
 
そして、これでベビーラッシュも一段落することになる。
 

4月8日(月).
 
青葉の姉弟子で事実上の師匠でもある菊枝が、千里(千里1)を岡山に呼び出し、ふたりは会って話をした。
 
菊枝は2017年夏のクロガーとの対決で重傷を負い、あれから1年ほど入院していた。クロガーと羽衣の対決で羽衣がかろうじて勝利できたのは、その直前に彼が菊枝とやりあっていたのもひとつの要因である。また菊枝がトドメを刺されなかったのは、そこに羽衣や千里が現れたからでもある。
 
菊枝は昨年春に退院したものの、ここ1年ほどはリハビリをしながら少しずつ霊的な能力を研ぎ澄ませてきていた。しかし困っていたことがある。それは「エネルギータンク」たる千里の不調である。
 
青葉・天津子・菊枝の3人は千里の莫大な霊的エネルギーを霊能者としての活動のエネルギー源にしている。その千里が2017年7月のクロガーとの対決で霊的な能力を失ってしまったため、この3人はここ2年ほどお互いにパワーを融通しあってはいたものの、絶対的なパワー不足に悩んでいた。
 
基本的には本人が少しずつパワーを回復させてくるのを待ち、見守っていたのだが、菊枝はとうとう我慢できなくなって、千里を呼び出したのである。本当は東京まで来たかったのだが、岡山くらいまで来るのが限界だったのである。
 
「千里さんが物凄い霊的なエネルギーを持っていたことを思い出して欲しい」
 
菊枝は千里1が自分の能力に気付きやすいように、千里1が体内に持っている勾玉を刺激してみた。千里1もその感触に記憶があったので、少し考えてみると言った。
 
この勾玉は千里が高校2年の時に、唐津で松浦佐用姫(まつらさよひめ)から頂いたものである。
 

さて、上島雷太は4月から作曲家活動に復帰したのだが、この1年間彼の代わりにケイが大量の楽曲を書いてくれていたと思い込んでいる町添専務はケイをねぎらいに来た(町添はしばらく業務の中核から外されていたので、真実を知らない)。ところがそこでケイが大量に曲を書いた反動で絶不調に陥っていると聞いて驚く。
 
それで町添は、今度はケイの楽曲の肩代わりが必要と思い込み、千里や鮎川ゆまなどケイに近い作曲家たちを集めて代理を依頼した。この会議の参加メンバーで本当のことを知らなかったのは、町添と千里(千里1)の2人だけである。しかし他の参加者はこの話は千里1に奮起を促すことになると思い、何も言わなかった。
 
千里は会合からの帰り、マリと一緒にタクシーに乗ったのだが、マリの極めていい加減な道案内にタクシーの運転手さんが
 
「お客さん、目的地はどこですか?」
などと言い出す。
 
千里はボーっとしていたのでタクシーが迷走していることに気付かなかったのだが、ふと外を見ると東京体育館なので、千里は「ここで降ろして下さい」と言って、マリと一緒にタクシーを降りた。
 
そしてその付近を散歩している内に、お人形さんの持ち物のような感じの小さな手鏡を拾った。
 
高校時代にここでウィンターカップを戦った時の記憶が蘇る。それとともに、自分が「何か思い出さなければならないことがある」ということに気付いた。
 

更に高3のインターハイで使用した埼玉県の本庄市総合公園体育館で千里は“剣”を拾う。
 
千里は“鍵”を開けなければならないと思った。
 
それから一週間にわたり、千里1は信次の遺品のムラーノを駆って、西は佐賀県の唐津から、北は宮城県の鮎川まで走り回り、ついに2年前にコネクションが切れていた12人の眷属とのつながりを回復したのである。
 
千里1は次いで自分の車であるアテンザに乗り換えて、出羽の八乙女のひとりひとりと会う。最後に4月30日の朝8時、羽黒山で美鳳と再会し、千里1は一昨年の7月に失った霊的な能力をほぼ回復することができた。
 
そして12人の眷属たちはあらためて美鳳から千里の守護を命じられた。
 

千里が美鳳との再会を果たしてから帰ろうとしたら、アテンザがバッテリー切れ、燃料切れになっていることに気付く。
 
ちょうどそこに「出羽山にお参りするとバスケットが強くなる」という噂に惹かれてやってきた貴司・美映・緩菜の親子と遭遇する。貴司は千里がバッテリーと燃料が切れているというのを聞くと、燃料を少し分けてくれた上で、ブースターケーブルを繋いでアテンザのエンジンを始動してくれた。
 
この時、美映は女の勘で「こいつは自分のライバルだ」と感じ取ったが、千里も実質的な「貴司奪回宣言」を視線に込めていたのである。
 

5月1日(水)、東京に戻った千里(千里1)は美容室に行き、長い髪をバッサリ切ってしまった。
 
髪を切った千里を最初見た時、桃香は
「どなたでしょう?」
と言った。
 
「私、千里だよ」
 
「嘘!?千里なの?髪どうしたの?」
と桃香が悲鳴のような声をあげる。
 
「自分がなまっていることに気付いたから鍛え治す。この髪が元の長さに戻る頃までひたすら頑張ってレベルアップする」
 
「はぁ・・・まあいいけど・・・。千里、女の子だよね?」
「そうだと思うけど」
「確かめていい?」
「一周忌までは待って」
「分かった!」
 
それで千里は毎日10kmのジョギングと腕立伏300回・腹筋300回・背筋/側筋、28mダッシュなどの基礎トレーニングを自分に課した。
 

シュート練習もしたいのだが、アパートの中でやったら桃香から叱られるし、近隣にも迷惑である。常総ラボには通っているのだが、もっと近い所にシュートだけでも練習できる所が欲しいと思った。
 
それで千里は不動産屋さんに飛び込むと、板橋区内で15坪(50平米)1500万円という何とも微妙なサイズで売りに出ていた土地を買っちゃう!
 
そしてここに不動産屋さんに紹介してもらった工務店で、鉄鋼構造で建坪10坪の小さな家を1000万円で建てる契約をその日の内に結んでしまう!
 
住宅の衝動買いである。
 
その建物は7月上旬に完成ということであった。
 
ここの土地は台形型で、11.2m x (8.2m-6.0m)というサイズである。建蔽率40%, 容積率60% なので、1階34平米、2階17平米までの家を建てることができる。その34平米を9.3m x 2.5m (外寸9.8m×2.9m)+階段、という非常識なサイズで建ててもらうことにした。するとここにスリーポイント練習用のゴールが作れるのである。
 
スリーポイントラインは6.75mであるが、ゴールは壁から1.575mなので合計8.325m. これにプレイヤー(千里)が立つスペースをとって9.3mという数字がでてきた、それで1辺が10.8m以上の物件を探していたら、11.2mの物件が見つかったのである。狭い上に台形の土地なので坪単価が相場より安かった。
 
ただ、“法的な問題”で千里が「2階」として指定したものは「地階」に変更になった。また千里はこの練習場の天井の高さを14mにしたかったが、これも法規制で8mにせざるを得なかった(2階と考えていたものを地下に移動したのもそのため)
 
地階には、小型のキッチンとユニットバス、それに用具室を兼ねた小部屋を作り、仮眠などもできるようにする。周囲への騒音防止と衝突した時の安全性も兼ねて1階内側にはクッションボードを貼り付ける。また早月と由美を置いて透明のアクリルボードで仕切られたエリアを設置した。
 

面積の割に建築費用が高くなったのは、地下を作った上に防音性を高めたためである。また、バスケットのゴールは高さと向き!を可変にしてリモコンでも変更できるようにする。この練習室は翌年貴司のチームや自分のチームのために作った個別練習室の原型のようなものとなった。
 
この家が完成するまでの間は頑張って常総ラボまで通った。
 

2019年7月5日(金)。板橋区内に建てていたバスケットの練習室が完成。引き渡されたので、千里は毎日これも衝動買いした40万円の中古のヴィッツで出かけてはシュートの練習をするようになった。
 
常総ラボでの練習でスリーが半分くらいしか入らず(普通のバスケット選手は1〜2割で優秀なシューターで3割程度)、フリースローですら7〜8割で、まだまだだなと思っていたのだが、この専用練習場に来る頃にはフリースローはほぼ全部入るようになり、スリーも7割程度入るようになっていた。
 
「やはりスリーくらい全部入るようにしないとね」
などと呟きながら、千里は日々練習に励んでいた。
 
だいたい日中に来るので早月と由美を連れてくるのだが、早月は千里の練習を結構楽しそうに見ていた。おもちゃも色々用意しているのでそれでも結構遊んでいた。
 
なおヴィッツを買ったのは、ミラでは後部座席に早月用のチャイルドシートと由美用のベビーシートの両方を設置できないからである。アテンザを使うつもりだったのだが、なぜかアテンザがよく出ているのである。《きーちゃん》が
 
『ごめーん。今別件で使用中』
 
と言っていた。それで眷属たちが使うのであれば、近距離はもっと小さい車でもいいかと考え、安い中古車を1台買ったのである。
 
(実際にはアテンザは千里3が使用していることが多かった)
 

2019年9月8日。
 
政子の元恋人で、現在は大阪で別の女性と結婚生活をしている松山貴昭に2人目の子供・安貴穂(あきほ)が生まれた。貴昭は2016年4月30日に鹿児島県出身の露子という女性と結婚し、最初の子供・紗緒里(さおり)は2017年5月13日に生まれている。
 
政子は実は紗緒里が生まれた時も、安貴穂が生まれた時も、気になって赤ちゃんを見に行っている。前回、廊下の窓ガラス越しに見た紗緒里は政子を見てニコッと笑った気がした。そして今回も同様に安貴穂を見たら、この子も政子を見てニコッと笑った気がした。今回、安貴穂を見ていたら、小さな女の子が寄ってきて尋ねた。
 
「おばちゃんもあかちゃんうんだの?」
「こないだ産んだよ。今日はおうちでお留守番してるけどね」
と答える。
「このこ、わたしのいもうと。かわいいよね」
「へー。だったら、あんたさほりちゃんか?」
 
政子は紗緒里(さおり)のことを誤って『さほり』と呼んでしまったのだが、紗緒里は、はにかむような表情を見せると
 
「うん。おばちゃん、お母さんのお友達?」
などと訊く。
 
「古い友だちなんだよ。さほりちゃん、あきほちゃんを可愛がってやってね」
と政子は言った。
 
ふたりは5分くらい話していたが、冬子から
「あやめが泣きやまないよぉ、どこまで買物に行ってるの?」
というメールが来ていたので
 
「じゃ、またね」
と言って別れた。政子は冬子に
「ちょっと買物に行ってくる」
と言って、新幹線に乗って大阪まで来ていたのであった。
 

2019年11月11日。
 
冬子の高校時代の友人・佐野敏春と、冬子の小学校時代の友人・麻央の夫婦の間に、最初の子供・柚が生まれた。2人は一見ゲイの夫婦のように見えることもあり、友人たちは
 
「どっちが産んだんだっけ?」
などと随分訊かれたようだが、一応産んだのは麻央である(多分)。
 
佐野君と麻央は大学時代の友人で、2011年春から付き合っており、2017年6月に長い交際を経て結婚していた。
 
麻央は別に男装している訳ではないし、FTMの傾向も全く無いのだが、極めて漢らしい性格であり、外見的にもふつうに男に見える。それで今回は
 
「男女の夫婦だったのか!」
と驚かれ、
「でどちらが女なんだっけ?」
などと言われていた。
 
「じゃ麻央ちゃん、性転換手術して女になったの?」
と訊かれると
「うん。2年前にタイに行って手術してきた」
 
などと麻央も悪のりして応じていたが、それを信じてしまった人もいる気がする!
 

「へー。高校生で性転換したんだ?」
という驚きの声に、蓮菜は
 
「未成年の性転換手術は、去年2件やったけど、高校生の手術したのは初めてだね」
と言った。それは2022年夏だった。
 
「性転換手術って何件くらいしてるの?」
「去年は簡易性転換手術、単純陰茎切断術を含めて20件やった。去勢はその倍やってる。だから週に1回は男性廃業のお手伝い」
「すごーい」
「MTFとFTM両方やるの?」
「私はMTFだけ。それでさ」
「うん」
 
「なんか普通の男の患者の手術でも、つい睾丸を除去したりペニスを根元から切断したい気分になっちゃうのよね〜」
 
「危ない医者だ!」
「いやいや。女の子にしてしまいたいような美少年がいたら、包茎手術か何かでも受けなさいと言って蓮菜の所に連れて行って手術させると、ちゃんと女の子に改造してもらえるかも」
「なんて親切な医者だ!」
 
「いやでも外科のお医者さんって、そもそも人の身体を切るのが好きな人が多い」
「うん。私も大好き! でも残念だなあ。今日来ているメンツには、もうおちんちんが付いてる子がいない」
 
「ああ。そもそも付いてないか、付いてたけど取っちゃった人ばかりだね」
と和実が言った。
 
「だれかおちんちんがまだ付いてる美少年がいたら連れて来てよ。美少女に改造してあげるから」
などと蓮菜は言っている。
 
「蓮菜ちゃん、研修医は終わったんだっけ?」
「この3月で後期研修が終了した」
「医師になるのにも、ほんとに時間が掛かるね」
「いや、そういうシステムでいいと思う。あまりにも簡単になれるのは問題」
 
「だけど女子の場合、結婚・出産のタイミングが難しいね」
「そうなんだよね。私の友人の中には医学部在学中に1年休学して赤ちゃん産んじゃった子もいた」
「そもそも浪人して医学部に入っていたりすると、前期研修を終えた段階で27-28だしね」
 
この日は「クロスロード」の集まりだったのだが、千里にくっついてくる形で蓮菜や、今日は来ていないが鮎奈なども、度々この集まりに顔を出している。蓮菜も鮎奈も、このメンツが医者(当初は医学生)の立場からも「面白すぎる」と言っていた。蓮菜は冬子の旧友でやはり医者をしている奈緒と、千里や冬子の子供の頃の実態について、しばしば話が盛り上がっているようである。
 

「だけどこのメンツの中には、随分早く性転換手術しちゃった子が多いからなあ」
などと蓮菜は言う。
 
「青葉と千里が中学生の時でしょ? 冬子や和実は小学生の時でしょ?」
 
「青葉は超特例で中学3年で性転換手術したけど、私は大学生になってからだよ」
と千里は言うが
 
「いまだにそういう嘘を言うのは理解不能」
などと桃香から言われる。
 
「だいたい千里、インターハイに出た時は女の子の身体だって言ってたよね?」
「うん。それは本当。私は男の身体をごまかしてインターハイに女子選手として出たりはしてないよ」
「だったら、高2の段階で既に性転換していたということになる」
「まあ、そうだけどね」
「だったら遅くとも高1までには性転換したってことでしょ?2年の夏に選手として稼働できるためには、遅くても高1の夏までには性転換手術を受けてないと無理」
 
「冬子なら性転換手術の1ヶ月後に試合に出られるだろうけどね」
「それは私でも無理!」
「青葉も冬子も性転換手術の1週間後にステージで歌ってるからなあ」
 
「いや、青葉は一週間後だけど、私は1ヶ月後だよ」
と冬子。
 
「青葉はまあ人間じゃないからあり得るけど、冬子は1ヶ月でも信じられないから、冬子はやはり小学生くらいで性転換していたと考えるのが自然」
などと桃香が言う。
 
「私、人間じゃないの〜?」
と青葉。
「たぶん神様」
「そんな偉くないよ」
 
「私も大学生の時に性転換手術受けたんだけど」
と冬子が言うと
 
「却下」
と政子に言われている。
 
「なんかどさくさに紛れて、私が小学生の内に性転換したなんて言われた気がするけど」
と和実が言うと
 
「事実なのでは?私和実のおちんちん一度も見てないもん」
と淳から言われていた。
 
 
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【女たちのベビーラッシュ】(1)