【女子バスケット選手の日々・2016オールジャパン編】(L 1)

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千里は2008年,2012年のオールジャパン(全日本総合)にも出場した。
 
中学3年間を「女子バスケット部の男子(?)部員」として過ごした千里は、旭川N高校に入学した当初は戸籍上男子だからということで「男子バスケ部」に入ったのだが、男子選手として試合に出ているうちに「性別疑惑」をもたれてしまう。
 
戸籍抄本の提出では納得してもらえず病院で医学的な検査を受けて、本当に男性であるという証明を提出してくれと言われる。
 
それで検診を受けて来た千里は
「村山千里は医学的に女性である」
という診断を受けてしまう。
 
この診断には千里は「なぜだ〜!?」という思いであったのだが、これで結局千里はバスケ協会の登録も女子選手に変更され、N高校でも男子バスケ部から女子バスケ部に移動されてしまった!
 

男の身体なのに女子選手として扱われることに罪悪感を感じた千里は、出羽の八乙女のリーダーで「神様の端くれ」である美鳳さんに悩みを相談したのだが、美鳳さんは
 
「じゃ本当に女の子の身体になっちゃえばいい」
 
と言った。そして千里は翌朝目が覚めた時、自分の身体が女の子の身体になっていることに驚愕する。
 
美鳳の説明では千里は元々2012年に性転換手術を受けることになっていて、その手術の結果を「時間の組み替え」により先取りしたもので、その身体は性転換手術から1年経っているということであった。
 
戸惑いはあったもののとにかく女の子の身体になれて、心のひっかかりが無くなった千里はその直後のインターハイで大活躍し、全国3位になりスリーポイント女王まで獲得する。
 
その冬のウィンターカップには出場ならなかったものの、直後に出た全道総合で優勝。旭川N高校はオールジャパン初出場を決めた。
 
この年のオールジャパンでは旭川N高校は初戦で中国地区代表のクラブチーム、2回戦でインカレ7位の大学生チームを倒して勝ち上がり、3回戦でWリーグの強豪・ビューティーマジックと激しい闘いをしたものの敗れ去り、BEST16に留まった。しかし千里は得点女王およびスリーポイント女王を獲得した。
 

2012年には千葉ローキューツで出場したのだが、この出場経緯は複雑である。
 
2009年10月千葉クラブ選手権優勝→2010年2月の関東クラブ選手権・準優勝→2010年3月全日本クラブ選手権3位となって、いったん2010年11月の社会人選手権の出場権を得る。
 
しかしこの年の社会人選手権では残念ながら準決勝で敗れてオールジャパン出場はならなかった(当時の社会人出場枠は2)。
 
翌年ローキューツは関東クラブ選手権で優勝してまた全日本クラブ選手権に出場する権利を得たのだが、ここで東日本大震災が発生し、2011年の全日本クラブ選手権は中止になってしまう。そして社会人バスケット選手権には昨年の上位3チームが派遣されることになった。それでローキューツはまた社会人選手権に出ることになった。
 
そしてこの2011年の社会人選手権で準優勝してローキューツはオールジャパンの出場権を獲得したのである。
 

2012年オールジャパンに出場した千葉ローキューツは、1回戦で四国代表のクラブチームに勝ち、2回戦でインカレ1位の大学チームに勝利。3回戦ではWリーグ王者・サンドベージュと対戦した。
 
三木エレンさんの所属するチームである。
 
この試合で千里は三木エレンを完璧に封じた。全く仕事をさせなかった。そしてそもそもサンドベージュは今まで聞いたことも無かった名前のクラブチームというので、(エレン以外のメンバーが)ローキューツを甘く見ていた。
 
それでWリーグの王者が初出場のクラブチームにまさかの敗戦を喫するのである。
 
準々決勝に進出したローキューツではあったが、準々決勝の相手レッドインパルスは、過去に旭川N高校と練習試合をしたことがあり千里の恐ろしさを知っていた。またレッドインパルスは社会人選手権の全試合をビデオに撮っており、千里のみならずローキューツの各選手の特徴をあらかじめ研究していたらしい。実際の試合では千里と実際に何度も対戦したことのある主将の黒川さんが千里に厳しいマークをして千里にスリーを3本しか撃たせなかった。
 
それでローキューツは準々決勝でレッドインパルスに敗れ去り、この年千里はBEST8に留まったのであった。
 
ただし千里はまたスリーポイント女王に輝いている。
 

2012年の後は千里は結婚準備のためと称してローキューツを辞めた後、性転換手術とその後の回復のため一時バスケットを離れていた。
 
しかし千里が今になって「性転換手術を受けた」という話は貴司をはじめ千里の周囲の人間を戸惑わせた。
 
手術を受けて療養中と聞きアパートまで訪ねてきてくれた麻依子は言う。
 
「今更性転換手術を受けたなんて意味不明なんだけど」
「そうだよねー。私もよく分からなくて。私、2007年5月以降『性転換済み』だったから、今『性転換した』みたいで」
 
「全く分からん。でもインターハイに行った時点で性転換から一定期間経ってたんだしょ?」
「うん。あの時点で約1年経過していた。去勢はその更に1年前」
「ということは、高校1年の6月頃に性転換したってことだよね?」
 
「そうなるのかなあ。取り敢えず、これもらってきた性転換手術証明書」
 
と言って千里が英文の性転換手術証明書を見せると麻依子は顔をしかめる。
 
「Tuesday, July the 18th, 2006 って書いてあるけど?」
「え!?嘘?」
 
その指摘で千里は初めて証明書の年が2012ではなく2006になっていることに気づく。
 
麻依子はカレンダーを確認する。
「今年の7月18日は火曜ではなく水曜」
更に彼女は自分のスマホで2006年の暦を呼び出す。
「2006年の7月18日なら確かに火曜日だよ」
 
「え〜!?」
「つまり千里は本当に2006年・・・・やはり私たちが高校1年の時だよね。その7月に性転換手術を受けたってことなんだね?」
 
「うーん・・・」
 
この件は後で美鳳さんにも訊いたのだが、美鳳さんにも、なぜそういうことになってしまったのか分からないと言っていた。色々無茶なことをしているのであちこちに歪みが生じていたようである。
 
「実際千里ってその年の秋に性別検査を受けて女だってことになって男子選手から女子選手に登録変更されて、男子バスケ部から女子バスケ部に移動された訳でしょ?」
「うん」
「つまり性転換手術を受けたから、性別は女と判定されたということでは?」
「うーん。。。そう考えた方が合理的という気がしてきた」
 
「じゃ千里結局何の手術受けてきたのさ?」
「何なんだろうね?私も分からなくなってた」
「まさかおちんちん付けて男になってないよね?」
「え?」
 
千里は慌てて自分のお股に手をやって確認する。
 
「大丈夫みたい。ちんちんは無い」
「だったらいいけどね」
 

この時期の千里の休養には、2012年7月に唐突に貴司から婚約破棄されたショックに沈んでいたのもあった。しかしやがて千里は立ち直る。
 
2013年10月頃から自主的に練習を再開するが、そこに江戸娘を退団していた夕子、出産後そろそろバスケを再開したいと思っていた麻依子、千里同様に失恋したことから新天地を求めて北海道から出てきた暢子、他にローキューツに所属していた雪子、実業団に居た星乃、練習場所を探していた橘花などがここに加わって、合同自主練習のメンツが増えて行く。
 
「これだけの人数がいたらチームが作れるね」
という話から、千里たちは自分たちに 40 minutes という名前を付けユニフォームも作ってしまった。
 

40 minutesは2014年4月に東京都クラブバスケット連盟に登録したが、凄いメンツが集まっただけあって、当初から勝ちまくっていた。
 
そして同年11月に参加した東京都クラブ選手権で準優勝(優勝は江戸娘)して関東クラブ選手権に進出。同選手権で優勝。そして3月に京都で行われた全日本クラブ選手権でも優勝する。それで出場することになった2015年11月の社会人選手権で準優勝(優勝はジョイフルゴールド)して2016年1月のオールジャパン出場を決めた。
 
40 minutesは2015年の東京都秋季選手権(オールジャパン東京都予選)にも参加していたが、社会人選手権ルートで本戦出場を決めたので、そちらは途中で辞退する。そちらは江戸娘が優勝。続く関東総合でも優勝して江戸娘もオールジャパン出場を決めた。
 

2015年11月上旬、千里は自分と貴司の関係が新たなステージに入ったことを意識して『門出』という曲を書き、ローズ+リリーに歌ってもらったが、その音源制作に千里自身も参加した。
 
それでローズ+リリーが12月31日〜1月1日にカウントダウン年越しライブをすることになり、会場の安中市まで当日来てもらえないかと冬子(ケイ)から打診があった。千里はそれを了承し、12月31日の練習が終わった後で新幹線で安中榛名まで行った。
 
ライブが終わった後は伊香保温泉に泊まる。2008年インターハイで泊まった場所である。宿泊した宿自体は別の所ではあるが、千里は当時を懐かしく思いながら湯に浸かる。当時の自分のバスケに対する情熱を思い出す。そして湯に浸かっていたら高校時代からの友人・花野子が来て、湯船の中で色々話し合った。千里は彼女との会話を通じてもまた気持ちの整理が付いていった。
 
千里はそういう心理状態で東京に戻った。
 

新幹線が到着した東京駅から東京駅構内にあるような地下鉄大手町駅に移動し、半蔵門線−東急(直通)という、いつもの路線で移動する。駒沢大学駅から1kmほどの道を軽くジョギングして会場となる駒沢体育館に入った。
 
「千里、遅刻〜。罰金100万円」
などとキャプテンの夕子から言われる。
 
「ごめーん。じゃ今日の祝勝会は全部私のおごりで」
「よしよし」
 
「オールジャパンが終わるまで毎日の祝勝会の費用は千里持ちで」
と星乃。
「え〜!?」
 

この日の駒沢体育館は2面コートが取られており、ひとつの時間帯に2試合ずつゲームが行われることになっていた。千里が到着したのはまだ試合が始まる前で大会テーマ曲・小野寺イルザの『頂点を目指して』(風間絵美作詞・上野美由貴作曲)が流れていた。千里はその曲を心地良く耳に受け止めていた。
 
千里たちの試合は14:40からなのだが、13:00からの第1試合には北海道代表として旭川N高校が出場していた。やがてその試合が始まるので千里はそれを客席から観戦した。
 
旭川N高校は千里たちが2年生だった2007年から現在40 minutesのチームメイトとなっている松崎由実やローキューツに居る原口紫らが3年生だった2011年まで5年連続インターハイに出場したものの、そのあと2012-2013は旭川L女子高の後塵を拝していた。しかし2014年に長身のセンター福井英美が入学してきたことから、再びインターハイに出場できた。
 
N高校は2014-2015の2年連続でインターハイに出てきているが、ウィンターカップには北海道の女王・札幌P高校に敗れて出場できずにいる。しかし今年は北海道総合を制してオールジャパンの方に出てきた。2008年以来8年ぶり2度目のオールジャパンである。
 
中心選手で現在2年生の福井英美は2014-2015年の2年間、北海道の得点女王・リバウンド女王として君臨。インターハイでも2015年のリバウンド女王である。2014年にU18日本代表、2015年にU19日本代表候補として招集されている。但しU19世界選手権は日本がFIBAの制裁中であったため実際には出場できなかった。千里はこの時彼女に直接電話を掛けて慰め、代わりにインハイで優勝を目指せと激励した。彼女は今年もまたU18日本代表に招集されるのは確実である。
 
この日のN高校の相手はインカレ6位の大学生チームだったのだが、彼女はゴール下を完璧に支配していた。リバウンドは全部取ってしまうし、英美のシュートを大学生プレイヤーが誰も止めきれない。ファウルで停めてもフリースローが上手で、1発も外さずに入れてしまう。千里は本当に凄い選手が出てきたものだと思った。
 
試合は62-86という大差で旭川N高校が勝利した。
 

千里は暢子・雪子・由実を誘ってN高校のメンバーがフロアから出てくる所に行き、
 
「勝利おめでとうございます」
と声を掛けて祝福した。
 
「わ、村山大先輩だ!」
と3年生の志村美月が言う。
 
「若生大先輩もいるぞ」
と暢子は言って美月にヘッドロックを掛けている。
 
「若生大先輩、村山大先輩、森田大先輩、松崎大先輩、応援ありがとうございます」
「よしよし」
 
「私は大先輩でなくて普通の先輩でいいよぉ」
と由実が言っている。
 
「でも村山君も昨年は世界で大活躍だったね。森田君もヤング代表で頑張ったし。村山君が日本代表で不在の間には若生君が頑張って全日本クラブ選抜を制したし。松崎君も随分力を付けてきたようだし」
と宇田先生もニコニコした顔で4人に声を掛けてくれた。
 
「でも英美ちゃん、あらためて凄いね」
と千里は言う。
 
「私はウィンターカップに出場したかったんですけどね」
と福井英美。
 
北海道ではインターハイ道予選BEST4チームの内、ウィンターカップに出られなかったチームが北海道総合に出場するのである。但し総合は大学生や社会人チームに勝って優勝しなければオールジャパンに出られないのでそれもまた大変である。
 
「やはりP高校の壁は厚いよね。私たちやその一つ下が出られたのもP高校が予選免除になったおかげだから。でも今年は最後だし狙おうよ」
と暢子が言う。
 
「はい、頑張ります」
と英美は明るい声で答えた。
 
「大先輩たちは次の試合だよね。頑張ってね。優勝するつもりで」
と南野コーチも笑顔で激励してくれたので
 
「はい、そちらも頑張って下さい。決勝戦で会いましょう」
と笑顔で言ってから千里たちは他のメンバーの所に合流した。
 

14:40から千里たちの試合が始まる。相手は九州代表として出てきた大学生チームだが、千里たちの敵では無かった。年齢的にはこちらの主力は24-26歳で、21-22歳が中心の向こうより高いものの、身体の鍛え方が違うし、経験も違う。
 
麻依子も橘花も、桂華も星乃も、夕子も暢子も、相手選手を圧倒する。リバウンドも森下誠美や松崎由実がほとんど取ってしまうので、試合は一方的になってしまった。
 
前半で20-43とダブルスコアにして後半はこちらは主力を休ませたものの差は全く縮まらず、結局42-87で大勝した。
 
取り敢えずこの日は東急−半蔵門線ラインで江東区に戻り、地元の焼肉店で初日の祝勝会をあげた。
 
「元日から焼肉というのもいいね」
「年末ずっと練習してたから、うちおせちとかも用意してない」
「うち餅も買ってないや」
「オールジャパンが終わってから1月15日の小正月でおせち・お雑煮にしてもいいんじゃない?」
「うん、そうさせてもらおう」
 
なおこの日行われた1回戦には各地区代表8チーム、社会人3チーム、大学4チーム、高校1チームが出場し、地区代表3チーム、社会人3チーム、大学1チームと高校チーム(インターハイ覇者・愛知J学園)が生き残った。地区代表で生き残ったのは旭川N高校の他、東海地区から出てきた岐阜F女子高と関東地区代表の江戸娘である。結果的に今年のオールジャパンでは高校生チームが3つも2日目に駒を進めることとなった。
 

2日目、この日は昨日勝ち上がった8チームと、Wリーグの下位3チーム、大学の上位4チーム、そして東北代表として出てきてはいるが実質プロ並みの力を持つ山形D銀行が対戦する。鶴田早苗がいるチームである。なおこの日の試合は1フロアに2面取るのではなく駒沢体育館と代々木第2体育館の各々センターコートで4試合ずつ行われる。千里たちは代々木第2体育館であった。
 
千里たちのこの日の相手はWリーグ下位のシグナス・スクイレルである。
 
千里はコートに立った時、観客席からじっと見つめる佐藤玲央美の姿を認めた。このチームは玲央美にとっては因縁のチームである。
 
玲央美は高校を卒業後、このチームの前身のスカイ・スクイレルに入団する予定で契約も交わしユニフォームももらっていた。ところが親会社の白邦航空が入団直前の3月に倒産してしまったことからチームも解散してしまったのである。一応後継チームとしてシグナス・スクイレルが結成されたものの、そちらに参加したスカイ・スクイレルの選手はわずか4人。社員契約方式でバスケに専念できる環境でもなかったため、玲央美はそこには加入せず、元日本代表・藍川真璃子と一緒にトレーニングを重ねる道を選ぶ。そしてその練習仲間が参加する形で翌年実質的に新しい実業団チーム・ジョイフルゴールドが誕生した。
 
現在のシグナス・スクイレルには当時の選手も全く残っていない。どうも入れ替わりの激しいチームのようだ。
 
戦っていて千里は昨日の大学生チームとそんなに違わない気がした。試合は49-90で快勝した。
 

この日も40 minutesのメンバーは試合終了後江東区に戻って、お寿司屋さんで祝勝会を開いた。今回は祝勝会は全て江東区内の飲食店でやろうという方針である。地域に愛されるチームを目指すのと、江東区の人達に40 minutesを知ってもらうのと2つの目的を兼ねてやっている。
 
2日目の結果。地区代表で唯一2回戦からの登場になった山形D銀行は伊香秋子の所属するW大学に敗れて初戦で消えた。高校生チーム3つは全て勝って3回戦に進出。その他、今日勝ったのは社会人2チーム、大学1チーム、Wリーグ1チームである。
 
旭川N高校は今日はインカレ2位の大学とかなり競ったものの最後は1年生の「自称ベンチウォーマー」久田美波のスリーポイントがブザービーターで決まり、1点差で辛勝した。N高校の試合は駒沢体育館の方で千里たちは見ることができなかったので試合終了後、おめでとうございますのメールを宇田先生に送っておいた。
 
玲央美たちのジョイフルゴールドは大学3位のチームに勝って3回戦に進出したが、社会人3位のバタフライズは大学1位のTS大学に負けてここで消えた。TS大学は現在はジョイフルゴールドに所属する前田彰恵が昨年3月まで在籍していたチームで現在もユニバ代表候補だった広川久美が所属している。久美と目が合ったので千里は手を振っておいた。また江戸娘はWリーグ下位のハイプレッシャーズに敗れた。ハイプレッシャーズには元釧路Z高校/TS大学の松前乃々羽が居る。
 
そして1月3日の3回戦には未登場の8チームが全て登場する。
 

オールジャパンは32チームで行われるが、1回戦・2回戦・3回戦はそれぞれ8試合ずつ行われる方式になっている。つまり16チームが1回戦を戦い、それに勝ち残った8チームと2回戦からのチーム8つが戦い、それで勝ち残ったチームと3回戦からのチーム8つが戦う。
 
そしてその3回戦から加わるチームは全てWリーグの上位チームである。つまりオールジャパンは3回戦に物凄く高い壁があるのである。
 
1月3日の3回戦も代々木第2体育館と駒沢体育館センターコートで4試合ずつ行われる。
 
代々木第2体育館
12:00 W大学×−○サンフラワーズ
14:00 ハイプレッシャーズ×−○エレクトロ・ウィッカ
16:00 40 minutes−ブリリアント・バニーズ
18:00 ジョイフルゴールド−ブリッツ・レインディア
 
駒沢体育館
12:00 愛知J学園高校×−○ビューティーマジック
14:00 岐阜F女子高×−○レッドインパルス
16:00 旭川N高校−ステラ・ストラダ
18:00 TS大学−フラミンゴーズ
 
千里たちは第3試合だが、第2試合までは4つとも今日から登場したWリーグ上位チームが勝っている。高校生チームは2つ消えて残る1校の旭川N高校は千里たちと同じ時間帯だ。
 
千里はコートに入って客席を見ていて次の試合に出るジョイフルゴールドの佐藤玲央美と、第1試合に出ていたサンフラワーズの三木エレンが怖い顔でこちらを見ているのに気づく。玲央美に向かって笑顔で手を振ったら玲央美も表情を崩して手を振ってくれた。
 

16:00。代々木第2体育館センターコートに40 minutesとブリリアントバニーズの選手が整列する。ブリリアントバニーズには以前代表活動で一緒になったことのある183cmの富田路子や元愛知J学園高校の大秋メイなどがいる。富田は2010年にU18代表になっている子だ。彼女も「ボク少女」メーリングリストの仲間なので、誠美が手を振ったらこちらに会釈していた。
 
その誠美と富田のティップオフで試合が始まるが、ブリリアントバニーズがこちらを全く研究していなかったのは明らかであった。千里がスリーを入れても最初の内は「ふーん。よく入ったね」みたいな顔をしている。しかし第1ピリオドだけで3本も入れると「これはやばいかも」という顔になる。それで最初は向こうのシューターの人が千里にはマッチアップしていたものの、自分から志願した雰囲気の大秋メイに交代する。しかしメイでは千里は停められない。シューターの人よりはマシだったものの、7−8割はこちらが勝つ。
 
それで第2ピリオドになると、とうとう向こうのエースが千里のマーカーになるものの、千里の動きを事前に研究していない人が千里を停めるのは困難である。どんどんフリーになり、どんどんスリーを放り込む。
 
そして千里だけに注意を奪われていると、橘花や星乃たちが中に進入して得点を挙げていく。千里が休んでいる間に出ている渚紗は千里とはまた違うタイプのシューターなので、明らかに守備に混乱が生じていた。
 
そういう訳で、この試合は67-90というまさかの大差で40 minutesが勝利をおさめたのであった。
 
試合中、千里は客席から見つめる玲央美と三木さんの熱い視線を心地良く受け止めていた。玲央美は次の試合準備のため途中から居なくなったが、逆に後半は前の試合に出ていた花園亜津子がこの試合をじっと見ていた。
 

玲央美は後で聞くと、やはり千里がプロ相手に全くひけをとらずに伸び伸びとプレイしているのを見て「よし。自分たちもやっちゃる」とかなり燃えたらしい。
 
それで第4試合のジョイフルゴールド対ブリッツ・レインディアでは玲央美が物凄く頑張った。ブリッツ・レインディアは鞠原江美子のいるチームである。江美子は「玲央美もローザさんも怖いし、サクラはゴール下で圧倒的ですよ」と注意していたのだが、彼女はまだ1年目の新人という立場であったこともあり「大丈夫大丈夫。アマチュアには負けんよ。まあアジア選手権MVPの佐藤には念のため高橋が付こうか」などと言われていたらしい。
 
しかし試合は序盤からジョイフルゴールドが圧倒する。ブリッツ・レインディアは防戦一方になる。玲央美のマーカーに指名された中堅選手・高橋さんは玲央美に全く歯が立たなかった。たまらずベンチを温めていた江美子が玲央美のマークをするよう指名され、そのあとは玲央美と江美子という好ライバル同士の激しいやり合いで、玲央美の得点力はかなり落ちたものの、玲央美だけを抑えても、母賀ローザや高梁王子のパワーはあなどれない。
 
特にパワフルな「アメリカ型フォワード」の王子は誰にも停められない。ファウルで停めようとしてもファウルした側がはじき飛ばされてしまう。更にちょっと油断していると昭子のスリーが美しく飛び込む。玲央美が休んでいる間に出てくる前田彰恵なども怖い存在だ。江美子は玲央美との対決で力を使い果たしていたので、さすがに彰恵の相手まではできず他の人がマッチアップしたものの、普通の選手ではとても彰恵に歯が立たない。
 
かくして試合は68-88でジョイフルゴールドが勝利した。
 

この日駒沢体育館で行われていた後半2試合はいづれもWリーグ側が勝った。千里は宇田先生に「残念でしたね。またインハイで頑張って下さい」というメールを送っておいた。先生からは「そちらは優勝目指してね」と返信があった。
 
かくして3日目を終わって、Wリーグ6チーム・社会人2チームが残る形となった。例年ならここにはWリーグのチームしか残っていないので、社会人が2チームも残ったのは凄いことであった。
 
この日の祝勝会はまたまた江東区に戻り、中華料理屋さんで行った。1人2500円で食べ放題にしてもらったのだが、店主さんが途中で青くなる。その表情を見て、千里が「1人4000円払いますよ」と言ったら、店主さんが「助かります!」とホッとしたような表情で言った。まさか女子の集団がこんなに食べるとは思ってもいなかったようであった。
 
「ちなみに本当にみなさん女性なんですよね?」
「うーん。性別は自己申告だから」
「もしちんちん付いてる人がいたら自主的に申告すること」
 
と言った声も出ていた。
 
「あんた実は付いてない?」
「こっそり切り落とすならハサミ貸そうか?」
などという声も出ていた。
 

翌日1月4日は準々決勝の4試合が、いづれも代々木第2体育館で行われる。
 
12:00からの第1試合ではWリーグ1位のサンドベージュがステラ・ストラダを倒した。三木さんはこの試合で鬼気迫るものがあり、5本もスリーを放り込んで、中継の解説者が「こんなに入れられるなら3月で引退するのがもったいない」と言っていたらしい。
 
14:00からの第2試合では玲央美たちのジョイフルゴールドとWリーグの強豪ビューティーマジックが対戦した。ビューティーマジックには日吉紀美鹿に萩尾月香や鈴木志麻子がいる。鈴木は高校を出てからすぐここに入団したので既に中核選手である。彼女は2009-2010年にインターハイで活躍し、渡辺純子・湧見絵津子・加藤絵理とともに「高校四天王」と言われた選手である。この試合ではその鈴木がずっと玲央美にマッチアップした。一応玲央美が7割方勝っていたものの、玲央美の得点力を随分落とすことに成功した。
 
ビューティーマジックはきちんとジョイフルゴールドを研究していたようで高梁王子対策もしっかりしていた。彼女には体格のある中国人選手がマッチアップしていた。またサクラ・ローザという身長のあるセンターに対応したのは愛媛Q女子高出身の186cmセンター大取優雨であった。サクラとの身長差を活かして、要領や勘で負けても背丈で何とかカバーするプレイでサクラといい勝負をしていた。また前田彰恵には、彼女を高校時代から知っている日吉紀美鹿がマッチアップしていた。
 
息を抜けない接戦が続いたものの、最後は72-74という僅差でビューティーマジックが勝った。
 
試合後、ビューティーマジックのキャプテンが
「あんたら強ぇ〜。また練習試合とかでやろうよ」
と言って玲央美と握手していた。
 

16:00からの第3試合では、花園さんたちのエレクトロ・ウィッカが古豪フラミンゴーズを破った。この試合で花園さんは11本もスリーを放り込む活躍を見せた。花園さんには大野百合絵がマッチアップしたのだが、
 
「今日の亜津子さん、凄すぎる!」
と言っていた。
 

17:50、千里たち40 minutesのメンバーは代々木第2体育館のフロアに入った。
 
千里は4年前に千葉ローキューツでオールジャパンに出てきた時も準々決勝でレッドインパルスに敗れているのだが、今日40 minutesが準々決勝で対戦する相手も、そのレッドインパルスであった。
 
18:00、センターコートにレッドインパルスと40 minutesの選手が整列する。スターターが名前を呼ばれてコートに入る。両軍のスターティング5はこのようになっていた。
 
40 雪子/千里/星乃/暢子/誠美
RI 入野/餅原/広川/渡辺/三輪
 
餅原さんは広川主将より3つ下の28歳で結婚のため今期限りの引退を表明している。千里が昨年春にレッドインパルスの練習場に最初行った時、彼女との1on1には全く勝てなかった。しかし今は日々の練習ではもう7割くらい千里が勝てるようになっている。千里が4月からレッドインパルスに加入するのは餅原さんの後継含みであるが、千里は最後のオールジャパンとなる餅原さんへのはなむけに、この試合ではたとえゲームに負けても彼女との対決には勝たなければならないと思っていた。
 
ティップオフは誠美が取って雪子が攻め上がるが、そこに入野朋美がピタリと付いて自由にはさせない。2人は世田谷区の体育館での自主練習仲間ではあるが、公式戦での対決は実に2007年のインターハイ以来9年ぶりである。入野が雪子の速攻を防いでいる内に他のメンバーが各々自分がマークする相手の傍に寄る。千里には餅原マミ、星乃には広川妙子、暢子には渡辺純子(元札幌P高校)、誠美には三輪容子が付いた。
 
千里が餅原を振り切ってエンドライン方向に走り込む。雪子が千里の走る方向に振りかぶる。入野が一瞬そちらに視線をやる。
 
がボールは反対側のサイドの星乃の所に飛んで行く。しかし広川はそれを読んでいて、ボールをカット。しかし星乃は広川がカットしてバウンドしたボールを飛び付くようにして確保し、体勢を崩しながら床を這うようなパスで暢子にボールをつなぐ。暢子が渡辺を振り切って中に進入し、シュートしようとする。しかしそこに三輪が覆い被さるようにして邪魔する。暢子は空中でパスの体勢に変えて千里にボールを送る。千里が受け取るとボールを持ち直しもせずに即スリーを撃つ。餅原はジャンプしたものの届かない。
 
縫い目が斜めだったのでボールはカーブのような軌道を描くもののゴールにダイレクトに飛び込む。
 
0-3.
 
試合は40 minutesの先行で始まった。
 

両者とも複雑にボールを繋いでいくので、一瞬でも気を抜くとどこにボールがあるか見失いそうである。どちらもマンツーマン・ディフェンスなので、各々の技術と技術、パワーとパワー、スピードとスピードがぶつかり合う。千里はこの日無茶苦茶気合いが入りまくっていた、
 
元旦の早朝、伊香保温泉の湯の中で花野子と色々話したことで、自分の気持ちが凄くまとまっている。そのためこの日は迷いの無いプレイをした。千里は餅原を抜いたり振り切ったりしてどんどん攻めたし、餅原は全部千里に停められた。たまらず松山コーチは餅原を下げて若い柚野美杉を投入する。高校を出て即入団し1年目の選手である。彼女は若いだけあってエネルギーはたっぷりあるし、ひじょうに足の速い選手である。千里を尊敬していて「サンの弟子のつもりで頑張ります」などと普段言っている。一応シューティングガード登録になっているが、これだけ足が速ければ、むしろポイントガードもできるのではないかと千里は普段の練習でも思っていた。
 
しかし彼女と千里では経験があまりにも違いすぎる。ちょっとした呼吸の隙に簡単に抜いてしまう。そして彼女が攻めてきた場合は、彼女の呼吸を読んで停めてしまう。このあたりはふだん一緒に練習している相手だけにこちらとしては把握しやすい。
 
広川vs星乃では経験の差で広川が7割くらい勝っている。渡辺と暢子の所は五分五分。三輪と誠美の所は誠美が6割、そして入野と雪子も雪子が6割という感じである。しかしシューティングガード対決の所で、餅原にしても柚野にしても千里に完璧に負ける。
 
それで第1ピリオドは千里のスリーが炸裂して12-21とまさかのダブルスコアである。Wリーグ今期2位の強豪レッドインパルスのお尻に火が付く事態となる。
 

第2ピリオド、結局千里をどうにかしないと、どうにもならないと悟ったレッドインパルスはとうとう広川主将を千里のマークに付け、代わってSGに代えてパワーフォワードの桔梗乃愛を入れて来た。千里より1つ上の学年。愛知J学園高校出身だが、高校時代は全国大会では1度もベンチに座ることができなかった選手だ。しかし卒業後実業団に入って頭角を現し、2年前に所属していたチームが解散した所を松山コーチにスカウトされて加入した。
 
むろん普段の練習でもたくさん一緒にプレイしているが、ひじょうに器用な選手である。177cmの背丈を活かしてリバウンドも良く取り、どのポジションでもこなすが、取り敢えずパワーフォワードの登録になっている。ある意味、玲央美にちょっと似たタイプである。
 
こちらはスモールフォワードの星乃を下げて橘花を入れた。渡辺純子のマッチアップは引き続き暢子になると見て、器用な桔梗対策に同じく器用な橘花を使おうという意図である。
 
この体制で広川さんはさすがに千里を完全に自由にはさせてくれない。少しでも隙あらばスティールしようと果敢にチェックしてくる。これで千里は第1ピリオドほどまでは好きにできなくなる。それでも勝負としては五分五分に近い感じだ。普段の練習の時は広川さんが8で千里が2くらいなので、広川さんは「嘘だろ!?」といった顔をしている。
 
一方の桔梗vs橘花は器用さではいい勝負ではあるもののスピードで橘花がまさっていることから、橘花が6割くらい勝つ感じになった。
 
この結果、チーム全体の勝負として40 minutesがやや優勢な状態になる。それで第1ピリオドほど一方的ではないものの、結局16-20とこちらが4点多い状態で終わった。前半合計は28-41である。
 

ハーフタイムを終えて控室から戻ってきたレッドインパルスの選手たちの顔がかなり厳しかった。こちらが千里や雪子を休ませているのを見て、広川妙子・桔梗乃愛・渡辺純子・勘屋江里菜とフォワードを4人並べる体制で来た。多少の点を取られるのは覚悟でそれ以上に取ってやろうという姿勢だ。
 
これに対してこちらは夕子/渚紗/桂華/麻依子/由実という布陣で臨む。このメンツが敢えてゆっくりとした攻めをして、相手のペースを狂わせる。前半出ていたメンツは女子の試合とは思えないほど高速に駆け回り、それでレッドインパルスは翻弄されていたのだが、一転してスローなプレイをする。それで相手は肩すかしを食ったような感じになった。夕子にしても麻依子にしても、とても丁寧なプレイをする選手だ。そして桂華は基本的にはゆっくりプレイするのが好きな選手なのだが、ゆっくりと動いていたかと思うと突然高速に攻め込んでゴールを狙う特技を持っている。相手はこの緩急の差に幻惑された。そして向こうがセンターを出していない分、由実はゴール下でボールを拾いまくった。
 
結果的には相手の攻める気持ちが空回りするようになって、このピリオドを24-18で持ちこたえた。ここまで52-59である。
 
第4ピリオドでは千里を戻し、桂華に代えてまた違うタイプのフォワードである来夢を投入する。彼女はWリーグの複数チームで何年もプレイしている。むろんレッドインパルスとも何十回と対戦している。相手の攻めたくなるような穴を提示してはそこに誘い込んで潰すなど、トリッキーなプレイが物凄くうまい。総力戦で来たレッドインパルスの、特に若手選手がことごとく来夢にやられてしまう。そして長時間出ていてさすがに疲れの見えた広川を千里はこのピリオドでは圧倒した。
 
結果的にこのピリオドでは10-23の大差が付いてしまう。
 

終了のブザーにレッドインパルスの選手たちが天を仰いだ。
 
「82対62でフォーティー・ミニッツの勝ち」
「ありがとうございました」
 
広川キャプテンが首を振りながら千里と握手して、そのままハグしあった。
 
「サン、お前ふだんの練習では手抜きしてないか?」
と苦笑いしながら言うので
「この数日で進化したんです」
と千里は答えた。
 
この日の試合で千里はスリーを14本も放り込んだ。
 
実際千里は1月1日早朝の温泉の中で花野子と話していて気持ちの整理ができたことで、物凄く強くなったのである。しかし千里の強さは観客席で見ているだけでは分からない。実際に対戦した人だけが知ることになる。
 
千里は餅原さんとも柚野美杉ともハグ、他の多くの選手とも握手した。
 

この結果今年のオールジャパン女子BEST4は、サンドベージュ、ビューティーマジック、エレクトロ・ウィッカ、40 minutesということになった。BEST4にトップリーグ以外のチームが顔を並べたのは1999年の日本体育大学以来なんと17年ぶりのことであった。
 
準決勝は日を置いて、1月9日(土)に行われる。
 

1月4日の祝勝会はやはり江東区内に戻って、しゃぶしゃぶのお店で食べ放題でおこなったが、空の皿がどんどん積み上げられていくのをお店のスタッフさんが呆然とした顔で眺めていた。今日も
「ほんとにみなさん女性なんですか?」
と訊かれた。
 
「ところで千里、祝勝会の費用がかなりかさんでないか?」
と橘花が心配して言ってくれたが、千里は
「みんな頑張ってるから、そのくらいOKOK」
と笑顔で言っておいた。
 

1月9日(土)。
 
この日は場所を移して大勢の観客が入る代々木第1体育館のセンターコートで11:00からと13:00から女子の準決勝2試合が行われる。
 
第1試合では三木エレンたちのサンドベージュがビューティーマジックを倒した。この日も三木さんは3本スリーを入れた。
 
そして13:00からの第2試合。千里たち40 minutesの相手はエレクトロ・ウィッカ、つまり花園亜津子が所属するチームである。他に日本代表正ポイントガード・武藤博美、元愛知J学園でユニバーシアード代表でもあった加藤絵理、元大阪E女学院の河原恭子などが所属している。
 
各々のスターティング5が1人ずつ名前を呼ばれて、チームメイトとハイタッチしてコート上に入る。今日のスターターはこうなっていた。
 
40 雪子/千里/星乃/暢子/誠美
EW 武藤/花園/河原/加藤/馬田
 
花園亜津子は例によってティップオフ前に千里のそばに寄ってきて
 
「今日はまたスリーポイント競争しようね〜」
とあっかるく言った。
「じゃ12対6で」
と千里は笑顔で答える。
「それ私が12でいい?」
と亜津子は言ってからティップオフに備える位置(千里と星乃の中間くらいの位置)に陣取った。
 
馬田恵子は190cmの身長。中国生れだが2008年の夏に日本に帰化して日本代表にもなった選手で、実は彼女がエレクトロ・ウィッカの正選手になった煽りで186cmの森下誠美は選手枠から弾き出されてしまい、特例移籍でローキューツに入った経緯がある。誠美にとっては因縁の相手だ。
 
そのふたりが中央サークルで相対し、審判が投げたボールに向かってジャンプする。誠美が物凄い迫力でボールをタップし、雪子がボールを確保。そのまま速攻で攻めて行く。雪子は後ろから追って走っていた千里に、そちらを見ずにパス。千里は受け取ると即撃つ。
 
0-3.
 
試合開始わずか4秒で40 minutesが先取点を挙げてゲームは始まった。
 

どちらもマンツーマンを選択する。マッチアップは武藤−雪子、花園−千里、河原−星乃、加藤−暢子、馬田−誠美と自然な組合せになった。
 
河原−星乃、加藤−暢子は高校の時以来の顔合わせである。武藤−雪子は6月にユニバ代表対フル代表の練習試合をした時以来半年ぶりだが、前回は痛み分けになっている。
 
そして花園−千里は、今年ずっと日本代表として一緒にやってきた仲である。お互いの手の内は全て分かっている。
 
・・・・と花園は思ったのだが、3分で自分の思い違いを認識する。
 
今日の千里は花園が思っていたような千里では無かった。
 
全く停められない。
 
千里は花園を振り切ったり抜いたりして、どんどんシュートを撃つ。花園の攻撃は千里に完璧に停められる。
 
花園は「信じられない」という顔をしていた。
 

向こうがタイムを取る。何やら話し合っている、というより揉めてる!?
 
結局揉めたまま1分が経ち、やむを得ずコートに戻る。
 
しかし花園は決意を秘めた表情をしていた。
 

コートに戻ったエレクトロ・ウィッカのシステムにざわめきが漏れる。エレクトロ・ウィッカは花園を千里のマーカーに出したダイヤモンド1のゾーンを敷いたのである。とにかく千里以外の失点を防ごうというシステムであった。
 
1対1では河原−星乃も加藤−暢子も、40 minutes側がやや優勢である。しかしその1対1の状況を作らないようにして、どこからの侵入も許さないという態勢を取る。
 
そして花園は他のことは忘れて千里だけを抑えることに専念した。
 
すると雪子はひたすら千里にボールを供給する。千里はひたすら花園を抜いたり、あるいは距離を取ったりマークを外したりしてスリーを撃つ。
 
それでもこの後は最初の3分ほどの酷いことにはならず、結局第1ピリオドは16-22で終わった。千里はスリーを5本も入れている。一方の花園は速攻から撃ったわずか1本に留まる。
 

第2ピリオドは、向こうの様子を見るのも兼ねて夕子/渚紗/来夢/麻依子/由実とラインナップを一新して出て行く。向こうは第1ピリオドとほとんど同じオーダーで出てきたがセンターは中丸華香に交代した。第1ピリオドで馬田が全くリバウンドを取れなかったので交代したようだ。向こうの監督は馬田の調子が悪いのではと思ったかも知れないが実際は誠美の凄まじい気魄に馬田が負けてしまったという所だろう。
 
このピリオドではこちらのオーダーを見て相手は普通にマンツーマンにした。それでエレクトロ・ウィッカ優勢かと思われるものの、夕子にしても来夢や麻依子にしても、一癖も二癖もある選手だ。変幻自在の攻めを見せるし、来夢のトリックプレイに加藤や河原が引っかかってしまう。
 
それでこのピリオド、18-18の同点で持ちこたえた。
 
このピリオドでは花園は渚紗と来夢の連係プレイにやられてスリーを1本も入れられなかった。花園はこのチームが千里だけのチームではないことを思い知らされることとなった。
 

第3ピリオドは千里を戻すが、花園はやはり千里を全く停められない。第2ピリオドを休んだ千里に対してずっと出ていた花園は疲れも出てくる。結局このピリオドは16-20で千里はスリーを4本入れ、対する花園は1本も入れられなかった。
 
第4ピリオド。
 
花園は全く休んでいないがまた出てくる。実際エレクトロ・ウィッカとしては花園無しではこの相手には勝てないとみて、他の選手とは交代させない。花園も気合いで頑張る。
 
5分が過ぎて点数は8-10である。10点の内6点が千里のスリーだ。ここまでの総得点は58-70と12点差である。
 
このままではエレクトロ・ウィッカの敗色が濃厚である。花園はコーチにタイムを取ってくれるよう要求した。コーチがタイムを請求する。
 
それでベンチに引き上げて行った花園は水のペットボトルを2本両手に取ると、いきなり自分の頭に左右から掛けた!
 
え〜〜!? と他の選手が驚いている。
 
慌ててトレーナーさんがタオルを渡し、身体を拭くように言う。このままの状態でコートに戻す訳にはいかない。しかし本人が拭こうとしないので結局トレーナーさんが花園の身体を拭いている。そして身体を拭かれながら花園はコートを睨むように見詰めて仁王立ちしていた。
 

コートに戻った花園の動きが違った。
 
休まず35分間出ていた選手の動きとは思えないスピードである。千里は彼女と対峙していて物凄い興奮を覚えていた。
 
そうだよ。あっちゃんはこうでなくちゃ!!
 
千里は恍惚に近い表情をしながら花園と対峙していた。
 
そしてこの後花園は立て続けに4本もスリーを入れたのである。点数は24-16となり、合計では74-76とわずか1ゴール差まで追い上げた。この間の千里のスリーは1本である。
 
しかし残りはもう43秒しかないし、40 minutesの攻撃である。雪子が慎重に攻めあがるが、そこに加藤絵理が雪子の死角から絶妙に近寄ってスティールしようとする。すんでで交わして反対側の手にドリブルを移したが、そこに武藤が飛び付くようにしてボールをはじいた。
 
そしてそこに花園が走り寄ってボールを確保し走る。スリーポイントラインの所でピタリと停まって美しい動作でシュートを撃つ。
 
入って逆転! 77-76。残りは34秒。
 
ボールを審判からもらった暢子はすぐに思いっきり振りかぶってボールを遠投する。
 
見ると向こうのゴール下には長身の中嶋橘花が居る。センターの森下がこちらに居たのでエレクトロ・ウィッカはこの作戦に気づかなかった。
 
長いパスをキャッチした橘花は着地すると、その反動を利用してジャンプしながらシュートする。きれいに入って2点!
 
再逆転して77-78。残りは32秒!
 

武藤が慎重に攻め上がる。エレクトロ・ウィッカとしてはできるだけ時間を使って得点し、40 minutesに時間をあまり残さないようにしたい。相手陣営と対峙しながらパスを回す。花園の所にボールが来た時、思いっきり千里が飛び出してそのパスをカットする。
 
ボールが転がった所に暢子が飛び付いて体勢を崩しながら雪子にパスする。
 
雪子がドリブルで走り出す。
 
エレクトロ・ウィッカのメンバーが必死に戻る。
 
雪子が千里にパスする。シュートする!
 

しかしそのシュートに花園はジャストタイミングでジャンプしていた。
 
きれいに花園のブロックが決まる。
 
そのボールに加藤が飛び付くようにして手で叩くと、そのままドリブルに移行させて高速で走る。
 
いちばんこちら側に居た誠美が加藤の前に立ちはだかるが、加藤は一瞬で誠美を抜き去る。
 
そして美しいフォームでランニングシュートを決めた。
 
「2ポイントゴール、エレクトロ・ウィッカ加藤絵理」
というアナウンスが流れる。
 
再逆転79-78!!
 
そして残りはわずか3秒であった。
 

矢峰コーチがタイムを取った。
 
しなければならないプレイは分かっている。
 
雪子・千里・誠美・橘花・由実という長身の選手を3人並べた陣容で出て行く。誠美・橘花・由実が向こうのゴール近くに立ち、千里は少し手前に立つ。相手プレイヤーもその4人のそばに付く。千里のそばにはむろん花園が付いている。
 
雪子が審判からボールをもらうと思いっきり投げる。
 

ボールはジャスト千里の所に飛んできた。
 
千里は一瞬で花園を抜き去る。そして制限エリアの中に走り込んでシュートを撃った。
 
その直後にブザーが鳴る。
 
が、千里がシュートした次の瞬間、そこに走り寄った中丸華香が思いっきりジャンプしていた。
 

ボールは中丸の指先に僅かに当たって軌道を外れ、そのままアウト・オブ・バウンズになってしまった。
 
そのボールが転々と転がっているが、誰も追いかけない。
 
そして全員がその場から動けなかった。
 
最初に動いたのは河原恭子であった。
 
「やった!」
と言って近くに居た武藤博美に飛び付くようにした。
 
それでみんな呪縛から解かれたように動き出した。
 
千里は頭を抱えて下を向いた。その千里の肩を花園が叩く。千里も泣き笑いのような顔になって彼女とハグした。彼女のユニフォームが濡れているので千里も濡れるが構わない。そして千里は自分のシュートをブロックした華香ともハグした。
 
審判が整列を促す。
 
「79対78でエレクトロ・ウィッカの勝ち」
「ありがとうございました」
 
再度お互いに握手したりハグしたりしてからベンチに引き上げた。
 

「なんかいつも気楽に構えていたけど、この試合はマジになった」
と星乃が言う。
 
「マジになったから負けたのかもね」
と桂華。
 
「うーん。もっとお笑いに行くべきだったか」
「来年はお笑いで決勝戦まで行ってね」
「よし。頑張ろう」
 
こうして今年のオールジャパンでは千里たち40 minutesは準決勝で敗れ3位に留まったのであった(オールジャパンは3位決定戦は行われない)。
 
この日の「残念会」は焼き鳥屋さんでしたが暢子がかなり酔って他のメンバーに絡み、橘花に頭から水を掛けられていた。
 
「私も試合中にこれやるべきだったかな?」
と暢子。
「あっちゃん、始末書を書いたみたいよ」
と千里。
「やはりね」
 

翌日1月10日の決勝戦では、サンドベージュがエレクトロ・ウィッカを倒して優勝した。しかし花園亜津子は負けはしたものの、この試合で三木エレンを徹底的にマークして1本もスリーを撃たせなかった。そして自らは8本のスリーを撃ち込んだ。
 
決勝戦が終わって少しして表彰式に移る。
 
この日は40 minutesの黄色いユニフォームを着て、メンバーは入場口の所に行った。
 
小野寺イルザ『頂点を目指して』の曲が流れる中、プラカードを持った女性に続いて、1〜3位の4チーム、サンドベージュ、エレクトロ・ウィッカ、40 minutes, ビューティーマジックが入場する。
 
サンドベージュに皇后杯が授与される。キャプテンの三木エレンが笑顔で受け取った。彼女にとってまさに花道となった。そのほか様々なトロフィーが授与され、ウィニングボールは湧見絵津子が受け取っていた。そして選手全員が金メダルを掛けてもらう。三木さんと一瞬視線が合った。千里は最後にまた三木さんとここで対決したかったなという思いがした。
 
続けて準優勝のエレクトロ・ウィッカが準優勝のプレートを受け取り、銀メダルを掛けてもらう。
 
その後、40 minutesとビューティーマジックに3位のプレートが授与される。キャプテンの夕子がプレートを受け取り、副主将の千里は賞金100万円の目録を受け取った。そして全員銅メダルを掛けてもらう。オールジャパンでの初めてのメダルだ。できたら金色のが欲しかったけど、銅色も充分嬉しい。
 

個人表彰が行われる。
 
大会のMVPは準優勝エレクトロ・ウィッカから花園亜津子が選ばれた。準優勝チームからの選定に亜津子本人がびっくりしていた。敢闘賞に優勝チームのサンドベージュから中堅選手の平田徳香が選ばれた。
 
「個人別成績を発表します。得点女王、佐藤玲央美・ジョイフルゴールド」
 
ジョイフルゴールドのユニフォームを着た玲央美が来賓席の付近から出てきて役員さんの前に立った。
 
「スリーポイント女王、村山千里・40 minutes」
 
千里は賞金目録を桂華に預けると、微笑んで前に出て行き、先に立っている玲央美と笑顔で握手を交わした。鋭い視線が背中に突き刺さる。亜津子だなと千里は思った。
 
「リバウンド女王、森下誠美・40 minutes」
 
誠美は呼ばれて驚いたようだが、出てきて千里の横に並んだ。千里と玲央美が手を伸ばして誠美と握手した。
 
「アシスト女王、武藤博美、エレクトロ・ウィッカ」
 
武藤さんが出てきて並ぶ。誠美、千里、玲央美と笑顔で握手した。ひとりずつ前に出て賞状と記念品を受け取ってから下がった。
 
「次にベスト5を発表します。PG.比嘉優雨花、ビューティーマジック、SG.花園亜津子、エレクトロ・ウィッカ、SG.村山千里、40 minutes、SF.佐藤玲央美、ジョイフルゴールド、PF.平田徳香、サンドベージュ」
 
千里はびっくりした。自分がスリーポイント女王は取ってもベスト5は亜津子だろうと思っていたのである。シューティングガードが2人選ばれたあおりでセンターがひとりも選ばれていない!
 
名前を呼ばれたのでスリーポイント女王の賞状と記念品を今度は麻依子に預けて前に出て行く。他の4人と握手するが、亜津子の握手は痛かった!
 
またひとりずつ名前を呼ばれて賞状と記念品をもらった。
 

川淵会長のお話があった後、大会テーマ曲『頂点を目指して』に合わせて選手は退場した。ロビーで他のチームの選手と多少の交款があった。千里の所に花園亜津子が来て
 
「決勝戦で追いつこうと思ったけど追いつけなかった」
と言った。
「私は1,2,3回戦、準々決勝・準決勝と5試合だもん。あっちゃんは今回3回戦、準々決勝、準決勝、決勝と4試合。こないだのアジア選手権と逆の立場だよ」
と千里は言ったが
 
「1試合あたりのスリー成功数でも、ちーが上だったから今回は完敗」
と亜津子は言っていた。
 
今回千里のスリー成功数は49本、亜津子は37本である。
 
ふたりがしばらく話していたら三木エレンが来て、ふたりの肩を抱くようにする。
 
「フラ、サン。もうおばあちゃんは去るけど、オリンピックで金(きん)取って来いよ」
と言う。
「はい取って来ます」
と千里も亜津子も笑顔で言った。
 
その近くで暢子と星乃が
「今日の打ち上げは天麩羅屋さんもいいね」
などと話していた。
 
今日も宴会するのか!
 
「ところでサンがお股の金(きん)を取ったのは結局いつ?」
などと星乃が言うので
「ステラ、最近おやじ化してる。ちんちん生えてない?」
と千里が言うと、自分のバスケットパンツの中を確認していた。
 
 
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【女子バスケット選手の日々・2016オールジャパン編】(L 1)