【少女たちの伝承】(2)

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美帆里さんの結婚式が終わった後、四日市市内で父と合流するつもりだったのだが、母は友人控室で着替えている最中に遠駒藤子さんから声を掛けられた。
 
「奥沼さん、申し訳無いんだけど、良かったらおたくのお嬢さんを今晩一晩貸してくれないかしら?」
 
「娘って、この子ですか?」
と母の着替えに付いてきている玲羅を見て言う。
 
「いえ、お姉さんの千里ちゃんを借りたいんですけど。ちょっと会わせたい人がいて」
「ああ。千里ね。いいですよ」
 
それで控室を出てからロビーで待っていた千里に声を掛ける。千里も了承するので、千里は母たちと別れて、遠駒さんに付いていくことになった。
 
「じゃ明日の朝9時にナガシマスパーランドの入口まで送り届けますね」
「すみませーん」
 
それで千里は遠駒さんの車・年代物のサニーに乗って20分くらい走り、神社のような所にやってきた。“神社のような所”と思ったのは、形は神社のように鳥居もあるのだが、神社とは雰囲気が違っていたからである。
 
「ここは何でしょう?神社みたいな形しているけど」
と千里が言うと
「あんた、やはり私が思ってた通りの子だ。その違いが分かるって」
と彼女は言った。
 
「あの鳥居は結界を切っているだけで、ここは別に神社ではないのよ。一応宗教法人にはなっているけどね」
「へー」
 
彼女は千里を連れて中の神殿のように見える建物に入っていく。そこに80代かなという感じの女性がいた。
 
「お帰り、藤子ちゃん。って、その子は?」
とその女性が驚いたような顔をして言う。
 
「この子、凄いでしょ?」
「何者かと思ったよ」
 
「あのぉ、すみません。何でしょうか」
と千里は戸惑うように尋ねた。
 
「あ、ごめんね。こちらはここの主で私の母、遠駒貴子。こちらは私の姪の友人の娘さんで村山千里ちゃん」
と藤子さんは双方を紹介した。
 
「初めまして、村山千里と申します」
「初めまして、遠駒貴子です」
 
「あのぉ」
「はい」
「お母さんって、御主人のお母さんですよね」
「よく分かるね!」
「だって2人に共通するものが無いから、親子には見えないから」
 
「あんたほんとに凄い子だ」
「凄すぎて心配になるくらいですよね」
「あなた、“閉じ方”分かる?」
「あ、そうか。ずっと前に注意されたことあった」
と言って千里が“閉じる”と藤子さんも貴子さんも
「凄い」
と言って驚いている。
 
「あなた、普段はその状態にしておいた方がいいよ」
「この閉じ方を教えてくれた人からもそう言われました」
「必要な時だけ開ければいいね」
「はい」
 
「あなた御飯食べた?」
「まだです」
「じゃ、御飯食べて、お風呂入ってから、ちょっとある物を見てくれない?」
と藤子さんは言った。
「この子に“あれ”を読ませてみたいと思ったんですよ」
「ああ、それは試してみたい」
と貴子さんも言った。
 

それで藤子さんに連れられてロビーのような所に行く。他に何人かの男女が食事をしていたが、千里は藤子さんと一緒に夕食をごちそうになった。美味しい御飯だったが、お肉を使用していない。しょうじ料理とかってやつだっけ?などと思う。
 
その後、お風呂を頂く。お風呂は男女に分かれていたが、もちろん千里は女湯に入った。中には他に中年の女性が3人くらい居た。でも今夜は堂々と女湯に入れて助かる!と千里は思った。今夜も両親たちと泊まるとまたお風呂で悩むところだった。
 
お風呂からあがってロビーで無料サーバーのお茶を汲み、飲みながら少し休んでいたら藤子さんが来てこちらへと言う。最初に入った神殿のような建物の所に行く。貴子さんが一冊の和綴じの本を出してきて千里に見せた。
 
「これ読める?」
 
千里はその本を見て、何これ〜〜!?と思った。ひとつひとつの文字としては読めるものが多いのだが(何かの記号のようなものも多い)、およそ日本語や中国語には見えない。でも千里は読めるような気がした。
 
「われわれの全ては生まれつつある。全ての源となるものもこの世界のあらゆる物事も常に生まれつつある」
 
「おぉ!!」
と貴子さんが声を挙げている。
 
「だったらこちらは読める?」
 
千里は“読む”。
 
「風は西より吹きて、東の海の彼方に行く。富士の峰にかかる風、なお光をその内にたたえん」
 
「そこはまだ未解読の部分でしたね」
と藤子さん。
 
「うん。読み方に悩んでいた。確かに今の読み方が正しい気がする。この子は光辞に愛されている。光辞が自らこの子に自分の“読まれ方”を伝えている感じだ」
 
「ああ、そうですよね。読んでいるというより再生している感じ」
と貴子も言う。
 
「ちょっと待って」
と言って、貴子さんは押し入れのような所からラジカセを出してきた。新しいカセットテープの封を切り、ラジカセにセットする。
 
「申し訳無いが、今のところもう一度最初から読んでもらえない?」
「いいですよ」
 
それで千里はその本をずっと読んだのである。30分ほど読んだ所でさすがに千里も疲れてきたなと思った頃、藤子さんが停めた。
 
「長時間の作業は疲れますし、精度も落ちると思います。今日はここまでにしましょう」
「そうだね。でもこの子に光辞を最初から全文読ませたい。そなたどこに住んでいる?」
 
「北海道の留萌(るもい)というところです」
「北海道かぁ!」
と貴子さんは残念そうである。
 
「藤子さんの姪御さんの結婚式があったので、偶然四日市に来たんですよ」
 
貴子さんはしばらく考えるようにしていたが言った。
 
「だったら、こういうことはできない?定期的に私がそちらにこれの写本を送るから、それを読んでもらって、カセットテープに録音して送ってもらえないだろうか」
 
「うちカセットテープとかないんですが」
と千里が言ったら隣に突然小春が出現する。
 
「済みません。紹介もされずに姿を現して。私がカセットテープと録音できる機器は用意して録音させますので」
と小春は言った。
 
「あなたのことは見えていたよ」
と貴子さんは笑顔で言った。藤子さんの方は突然小春が現れてギョッとしたようだった。
 
「じゃお願い出来る?可愛いキツネさん」
「はい。いいよね?千里」
「うん」
「充分な御礼はしますので」
「分かりました」
 
「そうだ。あなたに名前をあげていい?」
「名前を?」
 
「駿馬というのはどうだろう」
「しゅんめ?」
千里は言葉の意味が分からず問い返す。
 
「すばやい馬という意味ですね」
と小春が言う。
 
「そうそう」
と言って貴子さんは毛筆で上等の半紙に“駿馬”と書き、遠駒恵雨と御自分の号も署名した。美しい字である。
 
「あなたを見ていたら、力強く走る馬をイメージした」
「私の父は、私が千里(せんり)を駆ける馬のようになるといいなと言って、千里(ちさと)とつけたらしいです」
 
「おお、それはピッタリだった」
 
そういう訳で駿馬の名前は実は富嶽教団の遠駒貴子(号は恵雨)さんから頂いたものなのである。
 

結局、遠駒さんから毎週、富嶽光辞の“写し”を10帖程度送ってもらい、千里が朗読しては小春がカセットテープ(最も保存性が良いと思われる60分テープ)に録音し、郵送することにした。
 
実はコピーで試してみたが、コピーでは千里は読めなかったので、藤子さんの娘(=遠駒来光と恵雨の孫/美帆里の従妹)の真里さんが原典を書写し、それを千里に送ってくれることになった。貴子さんは「多分魂のある者にしか写すことはできないのだと思う」と言っていた。その送られて来た“写し”は千里が持っていてくれと言われたので千里はこれをP神社の倉庫に保管していた。
 
その(一般には未公開の部分も含めて)全部で約1300帖にもなる“原典の写し”(実質オリジナルの分霊に近い)は現在でもP神社に置かれている。小春は
「きっと貴子さんは自分が死んだ後で資料が散逸するのを防ぐために予備を作っておきたいんだよ」と言っていた。ただし文字ではなく絵のみで構成されている帖は書写が困難なので、その部分を読むために千里は中学時代1度ここを再訪している。その帖については結局千里自身がその絵を模写して持ち帰り、それもP神社に一緒に保管した。この模写でも千里は読めた(現地で原典を見て読んだのと誤差レベルの違いしか無かった)。
 
小春は経年的な劣化を避けるため、千里の朗読(再生?)はICレコーダに録音してUSBメモリーにコピーして送りましょうかと言ったのだが、USBメモリとか分からん!と言われたので、最初に言われたようにカセットテープにした。ただし小春は同時にICレコーダでも録音し、DVDに焼いて保管している。
 
この作業は千里が中学3年生の時まで約4年間続くことになる。中学に進学して以降は、小春から後事を頼まれていた彼女の後輩の小町が録音作業をしてくれた。
 

その夜、千里は9時まで貴子さんたちと話をしてから、施設内の宿舎に泊まった。翌朝は朝御飯を頂いてから、また1時間ほど貴子さんたちと作業をした(うち光辞の朗読は30分くらい)。その後ナガシマスパーランドまで送ってもらい、藤子さんとは別れた。
 
「何の用事だったの?」
と母から訊かれる。
 
「お婆さんに本を読んでくれと言われた。私の読み方が凄く聴きやすいんだって。だからそれをテープレコーダーに吹き込んで送ることにした」
「へー。あんたの読み方が相性いいということなのかね」
 
「ああ、そんなこと言われたよ。だから御礼もするって。今日の分って頂いちゃった」
 
と言って千里は封筒を母に見せたが、母はギョッとした。父に気付かれないように千里に戻す。
 
「だったら、頂いたお金であんた竹刀の新しいの買うといいよ。だいぶ傷んでたでしょ?」
「うん。実はこないだの大会でも注意された」
「それで残りは貯金しておきなさい」
「うん。そうする」
 

ナガシマ・スパーランドに入場する。
 
千里は玲羅に付き添っててと言われたが、玲羅はひたすら絶叫マシーンに乗りたがるので、千里はしばしば、降りた後、しばらく重力の方向に悩んだりした。
 
玲羅は最初大人気のスチールドラゴン2000に行く。このコースターは身長140-185cmという制限がある。
「玲羅は身長足りないのでは?」
と言っていたのだが、係の人も少し悩んで
「測ってみよう」
と言って身長計の所に立たせると140.1cm と言われ、ギリギリ合格した。玲羅は喜んでいたが、千里は巨大なコースターを見上げて絶望的な気分になった。
 
それから数分間の記憶は飛んでいる!
 

そして実はナガシマスパーランドのマシーンの中でスチールドラゴン2000が最も身長制限が厳しかったのである。他のアトラクションは全部OKだったので、千里は何度も何度も死ぬことになる。
 
千里は小春に「私の身体の中に入り込んで、失神しておしっこもらしたりしないようにしてくれない?」と頼み、小春も呆れていたものの、中に入ってくれた。
「私だって怖いんだからね」
と小春は文句を言っていた。
 
スチールドラゴン2000の次は“木製コースター”ホワイトサイクロン(身長130-)に乗ったが、これはスピードや重力の恐怖に加えて「このコースター壊れないか?」という別の恐怖もあって、途中やはり記憶が途切れている。
 
その後、ダブルジャンボバイキングに行くが、降りた後5分ほど立ち上がれなかった。スペースショットはまた記憶が途切れている。
 

この時点(2002.1)に確実に存在したアトラクション↓
 
ウルトラツイスター (1989.8.1-)
コークスクリュー(1978.7.2-)
ジェットコースター (1966.3.19-)
シャトルループ (1980.3.1-)
シュート・ザ・シュート(1995.7.20-)
スチールドラゴン2000 (2000.8.1-2003.8.23/2006.9.3-)
スペースショット ( 1997.4.27-)
大観覧車オーロラ (1992.8.1-)
ダブルジャンボバイキング (1985.3.30-)
バイキング (1980.3.1-)
フリーフォール (1995.7.20-)
ホワイトサイクロン (1994.3-2018.1.28)
ルーピングスター (1982.3.7-)
 
当時無かった主なアトラクション↓
アクロバット(2015.7.18-)、嵐(2017.3.10-)、オムニマックス(?-2001.2.28)、ジャイアントフリスビー(2004.7.9-)、スターフライヤー(2012.3.17-)、テレコンバット(2006.3.18-)、トップスピン(2006.5.2-)、白鯨(2019.3.28-)、ナガシマ釣りスピリッツ〜伝説の白鯨を追え〜(2018.12.19-)、パラトルーパー(2006.3.18-)、牧場deバンバン(2019.4.19-)、ポケモンアドベンチャーキャンプ(2012.7.21-2017.9.24)、ボブカート(2004.3.18-)、C.ロックンロール(2006.3.18-)
 
開業時期不明↓
ウェーブスウィンガー、お化け屋敷、コーヒーカップ、ジャンボバイキング、ジェットスキー、、スイングアラウンド、、スペースシャトル、ダブルワイルドマウス、ふしぎの森と迷宮やしき、フライングカーペット、フリスビー、A.ロックンロール(-2011.9.19)
 

父は母と一緒にわりと穏やかなアトラクションを回っていたようである。
 
携帯で連絡を取り合い、お昼は4人で一緒に取ったが千里は
「ごめん。とても食事が入らない」
と言って、昼食はパスした。玲羅はハンバーグのセットを食べてからまだ入ると言って、チキンを追加で頼んでいた。
 
(父の携帯を千里が借りている。どっちみち父は携帯が使えない!海難事故が起きた時のために持っているだけだがいざという時に本当に使えるかは微妙)
 
午後はまた玲羅に付き合いアトラクションを回る。午前中は曇っていて寒かったものの、午後は晴れてきて少しは暖かくなった。でも玲羅が相変わらず体力と精神力を消耗するアトラクションを回るので、千里はくたくたになった。
 
「まだ回るの〜?」
「あと2つくらい行けるよ」
 
ということで、千里は精根尽きるまで(?)付き合わされた。
 

15時すぎにスパーランドを出る。玲羅はもっと遊びたいようだったが、これ以上付き合っていたら死にそうと千里は思った(実は既に死んでたりして!?)。
 
バスで名古屋駅に移動し、名古屋空港への連絡バスに乗り継いで、空港に到着したのは17時前である。すぐに搭乗手続きをし、荷物を預けて手荷物検査を通る。今回は母も千里も引っかからなかった(母が「これを使いなさい」と言って、ノンワイヤーのブラジャーを渡してくれたのでそれを着けていた)が、父はまた財布とベルトに靴底の鉄板が引っかかっていた。全く学習能力が無い!
 
待合室でお弁当を食べてから飛行機に乗った。
 
NKM 18:40 (JAL 859 B737-400) 20:15 CTS
 
名古屋は晴れていたので良かったのだが、千歳は雪だったので降りる時飛行機はかなり揺れた。それで父はかなり怖がっていたようである。しけている船は全然平気なのに!
 
空港に叔母(津気子の妹)美輪子が迎えに来てくれていた。美輪子が津気子の車を運転する。助手席に武矢が乗り、後部座席に千里・津気子・玲羅が乗った。
 
千里と母の身体が接触する。母は「うーん」と何か考えているようだった。
 
とりあえず近くのファミレスに入って一休みする。
 

ところでここで美輪子と落ち合ったのは、美輪子から就職の保証人の署名を頼まれていたからである。保証人は60歳未満の人が2人必要で、1人は兄の清彦(38)に書いてもらったのだが、もう1人を仲の良い津気子(34)に頼むという話だったのである。津気子のきょうだいは、清彦・優芽子・津気子が1963,1965,1967と2年おきに生まれたあと12年空けて1979年に美輪子が生まれている(それで津気子・美輪子はどちらもヒツジ年生れ)。もう子作りは終わったつもりでいた両親は唐突な妊娠にびっくりしたらしい。
 
食事をオーダーしてから来るまでの間に、津気子が保証人欄に署名・捺印した。
 
「ありがとう」
「まあ会社に何億とかの被害を与えたりしないように」
「そこまでの権限を渡してもらえないけどね」
 
美輪子はビーフステーキセット、玲羅はハンバーグセット、武矢は焼き魚御膳、などと食べているが、疲れが溜まっている津気子はパンケーキ、少食の千里はサンドイッチを食べた(ここの会計は美輪子持ち)。
 
「あぁ、そうそう。これ就職祝いね」
と言って津気子が美輪子に御祝儀袋を渡す。
 
「ありがとう!これが一番嬉しい」
「中身は大したことないけど」
「いや、就職って意外にお金かかるから少しでも助かるよ」
「あれこれ準備しないといけないもんねー」
 

結局1時間半ほど休んでから帰ることにする。この後、留萌まで美輪子が運転してくれる(明日のバスで旭川に戻る)。座席は少し変えて、千里が助手席に座り、後部座席は父・母・玲羅にした。夜間の運転で美輪子の隣に男である父を座らせるのを避けたのである。母は最初助手席は父か千里かどちらかと考えて取り敢えず父を座らせたものの、千里はどうも女の子のようだと考え、だったら助手席は美輪子にとって同性である千里の方が良い、と考え直したのであった。
 
実際助手席で何もしゃべらない武矢より、色々美輪子とおしゃべりする千里のほうが、居眠り防止にもなったようである。美輪子は運転しながら
「千里、寝ててもいいからね」
 
と言っていたが、千里はずっと起きてて美輪子とおしゃべりしていたし、美輪子があくびしたりするとコーヒーやガムを渡した上で
「美輪子姉さん、少し休んだ方がいいよ」
 
などと言って、実際途中の砂川SAで短い休憩をした。
 
帰り着いたのはもう夜中0時すぎである。みんなそのまま布団に潜り込んで熟睡した。
 
こうして名古屋・四日市への2泊2日の旅は終わったのだが、千里にとっては色々大きなものが得られた旅であった。
 

千里の父の船の通信機器は(落雷にやられたので)結局漁業無線もGPS/DGPSも、更にはソナーまで、新しいものに交換したようであるが、おかげで1月いっぱいには航海ができる状態になり、2月1日(金)に試験航海をしてみて問題無かったので、2月4日(月)から操業再開した。2月8日(金)には大漁旗を立てて帰港。新しいソナーのおかげもあり、良い漁獲が得られて船主の鳥山さんもホッとしたようである。12名もの乗組員に漁獲も無いまま給料を払うのは大変だったはずだし、通信機器の入れ替えでも100万くらいかかったはずである。
 

千里たちの学校では、3学期の体育は、毎週1回スキー(2時間使用)が設定されているほかは、雪の上でもできるサッカーあるいは雪が酷い時は体育館でポートボールやマット運動などということになっていた。
 
サッカーにしてもポートボールにしても結構身体の接触が発生する競技である。それで桜井先生は少し心配して、千里(一応女子と一緒にさせている)にはサッカーだとゴールキーパー、ポートボールではゴールマンをさせた。
 
実は千里はサッカーでは鉄壁のゴールキーパーだった。
 
千里は勘がいいので、相手がどこへ蹴ってくるかが分かる。それで相手が蹴った次の瞬間そこへ飛び付くので、ほとんどクリアしてしまうのである。
 
千里はだいたい留実子とは逆のチームに入れられていた(“男の子”を2人片方のチームに入れては不公平という配慮:桜井先生は留実子が男性ホルモンを摂取しているのではと疑っていた:千里は確実に女性ホルモンを摂っていると確信していた!)。サッカー部で男子に交じってエース級の活躍をしている留実子のシュートを千里がことごとく阻止するので留実子が物凄く悔しがっていた。
 
「千里、サッカー部に入らない?」
「無理ー。剣道部もソフト部もやめられないし合唱もしてるし」
「確かに4つ兼部はさすがに無理だよなあ」
 
そういう訳でサッカーをやると、引き分けになるか千里のチームが勝つかであった。
 

ポートボールではどこからどんなタイミングで投げられても、千里は手の届く範囲に飛んできたボールは確実にキャッチして得点にしていた。それでこちらでも千里のいるチームの勝率は高かった。
 
それで桜井先生は、さすが男の子だなあと考えていたようだが、それは見当外れの見方だったのである。
 
でも桜井先生は千里を男子と一緒に競技はさせられないと考えていた。何度か千里の下着姿なども見、水着姿も見て、千里が確実に女性的な体格に成長してきているのを知っていたし、桜井先生は千里が剣道部で女子の登録カードをもらったことも知っている。つまり千里はおそらく病気治療か何かで睾丸を除去したのだろうと想像していた。
 

その日は6時間目が体育で、男子は校庭で雪上サッカー、女子は体育館でポートボールをしていた。前の時間の家庭科が少し時間オーバーしてしまったため、体育の時間の開始が遅れた。それでこの時間の終わりもちょっと時間オーバーしてしまったのだが、6時間目でこれで授業も終わりだしということで、あと5分などといってゲームを続行していた。
 
そこに授業終了後部活で体育館を使用する予定の卓球部の子たちと、ミニバスの子たちが入ってくる。その中に12月に転校してきたばかりの森田雪子が居た。
 
雪子は片方のチームにいる背の高い“男子”に注目した。走る速度も速いし、投げるボールにスピードがある。かなりの距離からゴールマンへのパスを成功させて得点をあげたのを見て、かっこいいーと思った。
 
そして雪子はその“男子”に一目惚れしてしまったのである。
 
やがてゲームが終わる。得点は“彼”が居た側は僅かに相手に及ばず負けてしまったものの、雪子は思わず“彼”の所に走り寄った。
 
「すみません、先輩」
「え?ボクのこと?」
と留実子が言う。
 
「先輩、凄く格好良いですね。でもミニバス部じゃないですよね?」
「ああ、ボクはサッカー部だから」
 
「サッカー部かぁ。ミニバスでも活躍できそうなのに。あの、お名前教えて頂けますか?私は森田です」
 
「ボクは花和だよ」
「花和さんですか。ありがとうございます」
と雪子は言って、少し顔を赤らめた。留実子は何だろう?と思ったものの、サッカー部の練習に行くので、
「じゃ、またね」
と言って、体育館から出て行った。
 
これが雪子と留実子のファーストコンタクトであった!
 
ちなみに雪子は千里のことは意識の外にあった!雪子は“自分では”女の子には興味は無いつもりである!(でも今まで憧れたのはみんな女子!ただし全員最初は男子とばかり思い込んでいた。雪子も学習能力が無い)
 
しかしそもそもプレイしていたのが女子ばかりであったことにも全く気付いていなかった!(男子はロード10kmを走らされていた)
 

そしてスキーなのだが・・・
 
今年は暖冬であった!
 
1月の中旬くらいから寒さが弛みだし、零下にならない日がしばしばあった。それで実はスキーほ予定していたのにできない!という日が結構出たのである。
 
1月23日はその日は雪だったものの前日気温が高く雪がかなり融けていたためスキーは無理という判断になり、男子は校庭で持久走!女子は体育館でダンスとなった。男子たちからは「今日だけ女子になりたい」という声がかなり出た。千里は「すみません。今日は女子でいいですか?」と言って女子たちとタンスをした。ダンスが苦手な留実子は「ボクは走りたい」と言って、男子たちと一緒に校庭を走っていた。
 
1月30日は何とか実施できて。斜面を滑降する児童たちは歓声をあげていた。この日はみんな楽しむことができた。
 
2月6日はここ数日雪が全く降っておらず、雪はあるものの雪の状態が小学生に滑らせるのには危険かもということになって中止。校庭で男女混合で1組対2組のサッカーの試合が行われた。千里と留実子が同じチームに入る!
 
それで千里がゴールキーパーとなり鉄壁のセーブを繰り返し、PKも全部停めたし、留実子がハットトリックの活躍で、3対0で1組の勝利。
「お前ら2人だけで試合やってる」
 
と男子たちが言っていた。千里は男子のパワーあるシュートも全部はじいたし、留実子は男子たちとの接触も全く厭わず、男子たちを蹴散らしてボールを進めた。
 

2月13日は当日は晴れだったものの、前日まで充分雪が降っていたので最高の条件でスキー授業をすることができた(ほとんどレクリエーション感覚)。
 
2月20日も無事スキーができた。
 
2月27日はここ数日晴れの日が続き、雪崩の発生しやすい条件だったので危険と判断され、この日は体育館で男女別に卓球大会となったが、千里はこの日は男子に入れられ、まずは軽く3-0で1回戦負け。交流戦2試合もストレート負けして、「村山は卓球の才能は無いようだ」と言われた。
 
ちなみに女子で全敗した優美絵とやってもストレート負けして、優美絵が「私、卓球で勝ったの初めて」などと言っていた。どうも千里は卓球とは本当に相性が悪いようだった。
 

千里はその日、玖美子にお願いして付き添ってもらい、スポーツ用品店を訪れた。
 
「うん。千里の竹刀(しない)は、次の大会では審査通らないと思ってたよ。かなり傷んでるもん」
と玖美子も言った。1月の大会では、注意されたものの、今回だけは認めると言われていた。
 
「千里はもちろん女子用だから、このあたりかなあ」
ということで、玖美子の見立てで中学生になっても使える女子用規格の竹刀を買う。
 
(女子用は男子用より軽い。女子が男子用を使うのは構わないが、男子が女子用を使うのは違反になる:つまりこの竹刀で千里は男子の試合には出られない。ただし実は小学生の内は男女の基準に差が無いので来年度1年間に限っては、千里がもし男子だったとしてもこの竹刀が使用できる)。
 
「ついでにソフトボールのグローブも買おうかな」
「ああ、あれもかなり傷んでるみたいと思った」
 
千里が今使用しているピッチャー用グローブは、2年先輩の敏美さんが使っていた古いグローブを譲ってもらったものだが、もらった時点でも結構傷んでいた。
 
これは玖美子はよく分からないもののお店の人に見立ててもらい、千里の小さな手に合うものを選んでもらった。
 
「ありがとうね」
「グローブの方は私は何もしてないけどね」
 

その後、千里のおごりで大判焼きを食べながら少しおしゃべりした。
 
「でも何か臨時収入あったの?」
「うん。お年玉ね」
「お年玉かぁ。私は今年は不作だったなあ」
「まあ大人たちの懐具合次第だからね。たまたまおばちゃんから1万円もらっちゃったから」
「おお、それは素敵だ」
と玖美子は言った。
 
「だけど千里、ソフト部の子たちに、剣道で女子の登録証もらったこと言えばいいのに。病院で診察されて女子だと判定されたんでしょ?」
 
「うん。でもどうしても後ろめたい気持ちもあって」
「その気持ちは分かるけど、間違い無く女子なんだから、遠慮することないのに」
「そうなんだけどねー」
 

「でも病院の診察って何調べられたの?」
「血液検査とかMRIとか取られた。実は血液検査がいちばん大事らしい。ホルモンの状態が運動能力に大きく影響するらしいのよね」
 
「ああ、それは納得だなあ。ここだけの話だけど、花和さんは間違いなく、男性ホルモンが多いと思う」
 
私もきっと色々噂されている気がするなと千里は思う。
 
「まあ女性ホルモンがあまり高くならないように色々努力してるみたいではあるね。一般に言われる女性ホルモンをよく分泌させる方法の全部逆をしてる」
 
「あの子は千里とは逆の意味で苦労してるよね」
 
「うん。多少自分の身体を壊しても、できるだけ女らしくならないように努力してる」
「大変だなあ」
 
「血液検査とMRI以外には?」
「まあ目視検査だね」
「なるほどね」
 
「裸になって女のお医者さんに観察されたよ」
「まあ男のお医者さんには見られたくないよね」
「それは絶対嫌だ」
 
「それで要するに、ちんちんは付いてなくて割れ目ちゃんがあることを確認された訳だ?」
「中まで検査されたよ」
「きゃー」
「恥ずかしかったぁ」
「恥ずかしいだろうね。ということは、やはり千里はちんちんはついてなくて、女の子の性器があるわけだ?」
 
「そのあたりは内密に」
「別に隠すことないのに」
 

2月中旬にはバレンタインがある。
 
千里は名古屋に行った時に買っておいたチョコレートを旭川に住むボーイ・フレンド青沼晋治にメッセージも添えて送ったが、彼はありがとうと言って電話してきて、2時間くらい電話で話していた。さすがに長すぎると思った津気子が「電話代が大変だよ」と注意したので、そこで電話を終えた。
 
今年のバレンタインでは、鞠古君と留実子はわりと素直にチョコの受け渡しをしたようである。田代君と蓮菜はまたまたいつものように「余ったけど捨てるのもったいないからやる」「チョコは足りてるけど、余ったのならもらう」などと全く素直じゃないやりとりをしていた。美那はまた多数の女の子に人気の6年生男子にあげたようである。彼女の恋愛はバーチャルな状態から先に進まない。
 
なお留実子は“女子たち”にも人気なので、自身が鞠古君にチョコをあげただけではなく、多数の女子からもチョコをもらった。毎年のことなので、くれた子たちには「ありがとね」と言って笑顔で受けとっている。そのチョコをくれた女の子たちの中に4年生の森田雪子がいたことに、留実子は全く気付かなかった。留実子は人の顔をあまり覚えきれないので、先日の体育館でのやりとりをした女子の顔も覚えていなかった!
 
もっとも雪子は自分以外にも多数の女子が“彼”にチョコを贈っているのを見て「ああ、やはり花和先輩は人気なんだな」と思った。
 

2002年2月28日(木)卒業生を送る会が開かれた。この会は千里たちの学年の鼓笛隊初演奏でもある。
 
給食を食べた後、普段は吹奏楽部の練習場所になっている理科室に集まる。ここに太鼓や金管楽器なども置いてある。全体的な説明があった後で「それでは鼓笛隊のユニフォームを配ります」ということになる。千里は同じファイフ担当の恵香とおしゃべりしていたのだが、今日だけサポートで入っている馬原先生が
 
「恵香ちゃんはMだったね」
と言ってMのユニフォームを渡す。
 
「映子ちゃんはS?M?」
「Mです」
「じゃこれね」
と言ってMと書かれている衣装を渡す。
 
「千里ちゃんはSだよね」
「はい」
「じゃこれね」
と言って渡された衣装を受けとる。
 
それで馬原先生はファイフ担当の6人に衣装を配り、続いて隣の机の所に集まっているベルリラ担当の子たちに衣装を配っていた。
 

それで千里たちはおしやべりしながら服を着替える。フリース、上着を脱ぎ、鼓笛隊のユニフォームの上着を着る。今日渡されたのは裏フリースになっている冬用である。夏はこの裏地が無いタイプが使用されるはずである。恵香たちも着替えている。そしてズボンを脱ぎボトムを穿こうとした所で、千里は手が止まった。
 
「あれ?これスカートだ」
と千里。
「ファイフ組は全員スカートだよ」
と恵香。
「そうなんだっけ?」
「だってファイフ担当は全員女子だもん」
「え!?」
千里はこれまでそのことに全く気付いていなかったのである。
 
「でも私がスカート穿いていいのかなあ」
「合唱サークルでいつもスカートのユニフォーム穿いてて今更何を言ってる?」
「でもお父ちゃんに見られたら」
「卒業生を送る会にも卒業式にも千里のお父ちゃんは来ないと思うぞ」
「そういえばそうか」
 
「それに千里はスカート穿きたくないの?」
「穿きたい」
「だったら何も問題無い。スカート穿きたいんだから穿けばよい」
「そうだね。穿いちゃおう」
と言って、千里はそのスカートのユニフォームを穿いた。これも冬用で裏地付きだし、膝下まであるので、穿いてみて「暖かーい」と千里は思った。
 
「あれ?そういえば今ここの教室にいるの女子ばかり?」
と千里が言うと
「それも何を今更だけど。さっき男子は図工室で着替えて下さいと言われたじゃん」
「聞いてなかった!」
と言ってから千里は急に不安になった。
 
「私ここに居ていいんだっけ?」
「体育の時も部活の時も、いつも女子の方で着替えてるくせに」
「そうか。だったらいいのか」
「千里はどうも色々覚悟が足りない」
「蓮菜からもよく言われる」
 

そういう訳で千里は他のファイフ女子と一緒に理科室で着替え、恵香たちと一緒に自分のファイフを持って廊下に出て、体育館に通じる渡り廊下にいったん整列した。ちなみに留実子は男子のユニフォームを着ていた!!(留実子がどちらの更衣室で着替えたのかは千里も分からなかった)
 
合図があったところで体育館に行進しながら入っていく。所定の位置についた所で5年生は足踏みしながら『ヤングマン』を演奏する。6年生がそれに合わせて入場してきて卒業生席に座った。教頭先生の開会の辞がある。
 
それで卒業生を送る会は始まり、1年生から5年生までの出し物がある。今年は全学年が合唱で、1年生は『さんぽ』、2年生は『てのひらをたいように』、3年生は『パフ・ザ・マジックドラゴン』、4年生は『ソーラン節』!、そして5年生は『ビリーブ』(杉本竜一作曲)を歌った。
 
実を言うと5年生はずっと鼓笛の練習ばかりしていたので、合唱の方は2回しか練習していなかったのだが、みんな知っている曲なので、何とか破綻無く歌えたというのが内情である。ちなみに千里は高音部で歌っている。
 
先生たちの合唱があった後、5年生代表の挨拶、6年生代表の挨拶があり、6年生がお返しに『この地球のどこかで』を歌う(これはわりと難しい曲だが、6年生はしっかり練習していた)。
 
そして閉会の辞の後、5年生の鼓笛の演奏『情熱』にあわせて6年生が退場して、卒業生を送る会は終了した。
 

3月3日(日)はひな祭りで、千里の誕生日でもある。蓮菜が
「うちでひな祭りやるからおいでよ。千里の誕生日パーティーも兼ねて」
 
と言うので、千里は可愛いワンピースを“持って”蓮菜の家に行った。平日なら着ていく所だが、日曜で父が家に居るので自粛したのである。
 
むろん蓮菜の家で着替えさせてもらう。
 
「おぉ、可愛い!」
「千里は6年生になったらもう女の子になっていることを公表して、正式に女子児童として登校しよう」
「女の子にはなってないよぉ」
「いやそれは嘘だ」
 
千里の家では小さな親王飾(姫と殿だけ)の雛人形があるだけで、実はきれいに忘れていて前日慌てて出してきてテレビの上に飾った所である。蓮菜の家では段飾りのひな人形を2月3日(日)に出してきて飾っていたらしい。
 
「そんなに早くから飾ってたんだ?」
「これいつまで飾っておくの?」
と恵香が尋ねる。
 
「今日の夕方には仕舞うよ」
「そんなにすぐ仕舞うの?」
「だって雛人形をいつまでも飾っておいたら、(お嫁に)行き遅れると言うじゃん」
「へー。そうなんだ!!」
 
うちは毎年適当に出してきて適当に片付けてるなあと千里は思った。
 

蓮菜のお母さんが大きなラウンドケーキを出してくると歓声が上がる。
 
「これ千里ちゃんのお母さんが持って来てくれたのよ」
「千里は毎年ひな祭りと兼用だもんなあ」
 
大きなロウソクと小さなロウソクを1本ずつ立て、火を点けて灯りを消す。千里がロウソクを吹き消す。
 
「ハッピー・バースデイ!」
「ありがとう」
 
この日集まっていたのは、蓮菜の他、千里、恵香、留実子、佳美、美那の合計6人である。蓮菜がケーキをきれいに6等分して皿に載せ、各自の前に置く。恵香がスプライトをグラスについで配り、蓮菜が「いただきまーす」と言ってみんな食べ始めた。
 

蓮菜のお母さんが向こうに行っている間に恵香が小さい声で訊いた。
 
「蓮菜は田代君と“した”という噂があるのだが」
「そんな雰囲気になって、私もしてもいいかなとは思ったけど、最終的には中学生になるまでは待とうよということにした」
「中学生になったらするんだ!」
「あいつのを握ってあげただけ」
「握ったんだ!?」
 
「千里も青沼君と“した”という噂があるのだが」
と蓮菜は話をそらす。
 
「お正月にデートしただけだよ!キスもしてないし」
「キスくらいすればいいのに」
「もしそういうことになったら、キスはしちゃうかも」
 
「まあ蓮菜も千里も妊娠は気をつけるように」
と美那が言っている。
 
「たまに小学生で赤ちゃん産んじゃう子がいるらしいね」
と佳美。
 
「避妊具付けてたら大丈夫だよ」
と蓮菜は言う。
 
「そうだ。千里1個あげる」
と蓮菜は“それ”を千里に渡したが
 
「見せて見せて」
と言って美那が手に取る。
 
「丸いリングみたいな?」
と美那は包装の上から触っている。
 
「ここではまずい。美那にもあけるからあとで開封してよくよく観察しなよ」
と言って蓮菜は美那にも1個“それ”を渡した。
 
「1度使い方の講習会を」
と恵香。
 
「また今度ね」
 
娘たちが避妊具をあれこれ触っていたら、お母さんが仰天するだろう。
 
それでともかく千里も美那も避妊具はバッグの中にしまった。
 

「でも蓮菜、それ自分で買ったの?」
「お母さんから1箱渡された」
「ああ」
「理解があるね」
「単に危機管理だと思うけど」
「小学生の娘が妊娠したら大変だもんね」
「するなら必ずつけさせろと言われた。その時はちゃんとすると雅文も言った」
 
「結局、2人は付き合ってるんだっけ?」
「別に付き合っている訳ではない」
「だけど蓮菜は彼の浮気は悉く潰している」
「それは当然」
「じゃやはり恋人になったんだ?」
「そのつもりは無い」
「恋人でなくても彼が他の女の子と付き合うのは阻止するんだ?」
「もちろん」
「よく分からないなあ」
 

「いらっしゃーい、お疲れ様」
と志水照枝は、久しぶりにやってきた高岡猛獅を迎えた。
 
「ごめんねー、なかなか顔を出せなくて」
と高岡は照絵に謝った。
 
「あ、これ君のハズバンドから頼まれた。志水君もうちのもダウンしてる」
と言って、虎屋の羊羹の箱を渡す。
 
「ありがとうございます!これ大好きなんです。でも高岡さんがいちばんお疲れでしょうに」
 
「いやそれが僕のギターは使えんといわれて降ろされて、今滝口君(**)という人が弾いてる」
 
「え〜〜〜!?」
「これ内緒ね」
「ええ、もちろん」
 
(**)ドリームボーイズの滝口将人。この時期のドリームボーイズ(昨年デビュー)は、しばしばワンティスのバックアップの仕事をしていた。
 

「それで暇になったから、リュウコの顔見ようと思って」
「それは本当にお疲れ様です」
 
「まだお菓子とか食べられないしと思って、お洋服買って来た」
「わあ」
「サイズがよく分からないから、多少サイズ違っても着られるようにと思ってワンピース買って来たよ」
 
と言って、高岡はデパートの包みを出すと、ピンクの可愛いワンピースを広げた。
 
なんとベビー・ディオールだ。かなり高かったのではないかと思った。
 
「・・・・」
 
「どうかした?」
「あのぉ、それをリュウちゃんに着せるんですか?」
「え?似合わないかな?」
「だって男の子なのに、ワンピースなんて」
 
「え?リュウって男の子だったっけ?」
 
はぁ!?
 

「男の子ですけど。私も最初はてっきり女の子だと思ったけど、おしめ替えようとしたら、お股に変なものついてるからびっくりしました。夕香さんに電話したら、この子みんなから女の子と思われちゃうんですよ。いっそ、ちんちん切って女の子に改造しちゃおうか?なんて笑っておられましたけど」
 
「ごめーん。アルバム制作で煮詰まってたから、記憶が混乱しちゃった」
「いえ、お疲れですもん」
 
この人、以前ラーメンに胡椒を掛けようとして間違って御飯に掛けちゃったとか、ギターと(まじで)間違ってホウキを手に持ってステージに登場した、なんてのもあったからなあ、と照絵は思った。
 
「男の子の服、買い直してくるね」
「いえ、疲れがピークに達しているんですよ。自宅で少しお休みになった方がいいですよ。家の中でなら、男の子にワンピース着せてても別に誰も見ないし」
 
と照絵は言ったのだが、翌日来訪した夕香が仰天することになる。
 
「そうだね。少し休むことにする」
と言って、高岡は帰っていった。
 
「ほんと、リュウちゃん、女の子にしてしまいたいくらい可愛いもんねー」
と言って、照絵は龍虎を抱くと
 
「あんた、いっそちんちん切っちゃう?美人さんになりそうだし」
などと言った。
 
龍虎が嫌そうな顔をした気がした。
 

千里たちのスキーの授業は毎週1回行われていた。
 
3月6日は良いコンディションだったのでスキー授業は実施された。この先はもしかしたらできないかもということで、スキー大会が実施された。
 
千里は一応男子で出てと言われ、滑降と回転に出たが、いづれも最下位だった。次の組のスタートをかなり遅らせることになるほど離されたので
「うーん。村山を男子の部に出したのは間違いだったかも」
と言われた。
 
留実子は一応女子に出てと言われ、大回転とジャンプでいづれも断トツの成績で優勝してメダルをもらっていた。
「うーん。本当に花和を女子の部に出して良かったのか疑問がある」
などと言われていた!
 
実は滑降では他の女子と差が付きすぎるからというので大回転に出てと言われたのだが、それでも圧倒的だった。
 
「先生、今度からはセックスチェックしましょう」
「セックスチェックすれば、村山は間違いなく女子、花和は間違いなく男子と判定されそうな気がする」
 

3月13日はまた晴れ続きで雪のコンディションが悪く中止となる。この日は体育館で、男女別1組対2組でドッヂボールをした。千里は
「村山を男子の試合に出すのは危険だと思う」
 
と桜井先生と三国先生の意見が一致し、女子の部に組み込まれた。留実子は
「花和を男子でもいいかも知れないが一応女子に出て」
 
と言われて彼女も女子の部に出た。
 
結果、千里はひたすらボールから逃げまくって最後まで生き残った。留実子はひたすら敵を倒し続けた。そういう訳で最後まで1組で生き残ったのは、千里・留実子と運動神経のよい玖美子・初枝の4人、2組では麦美だけだった。しかし1組は男子が1人いたからと言って1人減算し3:1で1組の勝利とした。
 
「1組は男子2名入っていた気が」
などと2組の子が文句言っていた。
 
「その1名って村山さんなのか、花和さんなのかは疑問があるけど」
「裸にしてみないと分からないよね」
「裸にしてみれば村山さんは間違いなく女子だと思うけど、花和さんは怪しい」
 
などと言われていた。
 
なお、3月20日も晴れ続きで雪が融けてしまい、おとななら何とか滑れるのだが小学生は危険ということで中止になり、またサッカーが行われた。千里が前回鉄壁すぎたのでゴールキーパーは鞠古君が務め、2対2の引き分けに終わった。1組の2点はいづれも留実子が入れたものである。でも千里も1アシストした。千里はなぜか、いい所にいるのである。
 

3月22日(金)は卒業式だった。留萌市立N小学校を卒業した子はほとんどがそのまま留萌市立S中学校に進学するので、卒業生のほとんどはその制服を着ている。一部、私立に進学する子が違う制服を着ている。それで男子はほとんど学生服、女子はほとんどセーラー服である。千里は来年自分はセーラー服を着たいなあ、でも無理かなあ、などと思って6年生たちを見ていた。
 
卒業式は5年生の鼓笛隊の『ヤングマン』の演奏に合わせて6年生が入場してきて、教頭先生の開会の辞のあと、馬原先生がピアノを弾いてそれに合わせて『君が代』を全員で斉唱する。そのあと卒業生が1人ずつ名前を呼ばれて校長先生から卒業証書を受けとった。
 
校長先生の式辞、市長(の代理人)の告示、来賓の祝辞がいくつか続いた後、5年生代表(川崎典子:ドラムメジャーの服から黒いワンピースに着替えている)の送辞、卒業生代表の答辞、とひたすら退屈な挨拶が続く。眠りかけている子もいる。
 
4年生の渡部香織(コーラス部のサブピアニスト)が出ていきピアノ伴奏して全員で校歌を斉唱する。
 
その後、閉会の辞があり、5年生の鼓笛隊か演奏する『蛍の光』に合わせて卒業生が退場し、卒業式は終わった。
 

千里は卒業式が終わった後、剣道部、ソフトボール部、合唱サークルの卒業生に記念品を渡した。各部とも1人の在校生が1人の卒業生に渡すようになっているのだが、千里は部を3つ掛け持ちしているので3人に渡すことになり
 
「あんた忙しいね」
などと言われた。
 
またソフト部の楓先輩からは、あらためて
 
「ちゃんと春休み中に手術して女子になっておいてね」
と言われた。
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