【娘たちの二十面相】(1)

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その日、龍虎の学校では昨日テレビの映画番組で放送された『フェイス/オフ』のことが話題になっていた。
 
「あの映画が作られた頃(**)は、顔の移植なんてSFだったかも知れないけど、現代の技術ならできないのかな?」
という意見がある。
 
(**)Face/Offは1997年6月公開の映画。日本での公開は翌年になった。ジョン・トラボルタ、ニコラス・ケイジという超大物俳優2人が顔を交換するというプロットが大いに話題になった。『転校生』のサスペンス版?
 

「顔の移植手術は実際に行われているよ。全世界で今まで20件くらいあったはず」
と日高洋子が言う。
 
「マジであるんだ!?」
「でもドナーの顔と同じにはならない」
「なんで?」
「骨格や輪郭が違うから」
「おぉ!」
「確かに日馬富士に指原莉乃の顔を移植しても、指原莉乃には見えないかも」
「それは骨格以前の問題という気がする」
 
「実際にはドナーの顔とレシピエントの本来の顔がミックスしたような顔になる。だから『フェイス/オフ』みたいにはいかない」
と洋子。
 
「なるほど、ドナーの表面とレシピエントの骨格がミックスするのかな」
「そうだと思う。やはり美人とか、骨格からして美しいんだよね」
 
「ああ、私は骨格で美女になれない」
という声もあがっていた。
 
「でも顔がそっくりでも性格が違えば、絶対バレると思わない?」
と彩佳がいう。
 
「うん、そちらがもっと大きいと思う。顔だけ似せたって、性格や雰囲気は真似できるものではないよ」
と洋子が言い、龍虎も大いに納得した。
 

龍虎はゴールデンウィーク直前に追加の制服を注文して、3人が各々自分専用のを使えるようにしたのだが、連休が明けた後、今度は夏服も頼んだ。
 
元々のC学園高校の(女子)制服は、冬服はグレイのブレザーと同色の膝丈スカート、および胸元のリボンである。龍虎が“勝手に”設定した“男子制服”は女子制服のブレザーの左右ボタン交換版にボトムは黒い学生ズボン、胸元はネクタイだった。
 
女子の夏服はブルーのブラウス、白とグレイのチェックの膝丈スカート、それにネクタイだが、実は龍虎が冬服に合わせていたネクタイは本来夏服用のものであった。これに寒暖に応じて白いベストを着る。
 
龍虎が頼んだ“夏服”は、女子のブラウスと同色のワイシャツだが、実際には女子のブラウスの左右ボタン交換版である。男子用のワイシャツだとバストが収まらないのである。ボトムは女子のスカートと同系グレイの学生ズボンを念のため再度採寸して作ってもらった。
 
実際に注文したのは、女子仕様のと男子仕様のを2セットずつ。つまり4着である。ベストも4着頼んだが、ネクタイは2本にした。これは冬服として使用していたものが流用できるからである。
 
頼む時は、女子仕様の2着と、男子仕様の2着は、別の指定店に頼んだ。指定店は4ヶ所あるので、分けて頼めば目立たない。洗い替えに2着頼む人は普通にいる。女子仕様のを頼んだお店では何の問題もなくオーダーできたが、男子仕様のを頼んだお店では
 
「男装の趣味とかあるの?」
などと訊かれてしまった!
 

夏服は6月1日(木)から着用したが、この日学校に出て行ったのはNである。でもうまくFに唆されて、スカートを穿いて行った。
 
「夏服はスカートにするの?」
とクラスメイトから尋ねられたが
「日によってスカート穿いたりパンツ穿いたりするよー」
と答えておいた。
 
龍虎がわりとこういう発言をするので、クラスメイトの中には龍虎は gender fluid (性別が流動的な傾向)かと思っている人もあるような気がした。
 
実際には暫定的に three spirit 状態である!(多分フェイなどは gender fluid に近い)
 
「パンツは冬服と同じもの?」
「新たに作ったぁ」
と言って写真をスマホで見せる。
 
「グレイ一色なんだ」
「チェックにしなかったの?」
「スカート制服の写真を取り込んで、Photoshopでパンツの上に模様だけ転写してみたら、何か変だった」
 
「確かにチェックのスカートは可愛いけど、チェックのパンツは微妙かも」
 

2017年6月28日(水)は京平の2歳の誕生日だった。
 
この時点ではまだ“7月4日”の前なので、3人の千里はここに居た。
 
1番:東京北区のNTCで日本代表の合宿中
2番:アメリカでWBCBLに参戦中
3番:フランスでLFBのマルセイユの練習に参加中
 
まず夜中の2時頃、東京から転送されて1番がやってくる。
 
「誕生日おめでとう、京平」
 
それで1番からお誕生日のお祝いにレゴのデュプロをもらった。
「ママ(阿倍子)に訊かれたら、パパ(貴司)が置いて行ったよと言っておいて」
「そうする」
 
他にキティちゃんのワンピースをあげたら、さっそく着換えて
「これ可愛いね」
と嬉しそうにしていた。
 
しばらくおしゃべりしていたが
「ねぇ、おっぱいとかダメ?」
などと言う。
 
「じゃ誕生日だから特別ね」
と千里は言った。それで京平は横になった1番のおっぱいに吸い付き、しばらく飲んでいたが、眠くなったようでそのまま眠ってしまった。
 
1番は京平が充分深く眠ったのを確認してから東京に戻してもらった。戻る前に持参していたカップ麺とレトルトカレーを数個、棚の収納ボックスに追加しておいた。
 

朝5時頃、2番が“深川アリーナ”から転送されてやってくる。千里はアメリカ東部夏時間(EDT=UTC-4)で午前9-12時に練習をしているが、これは日本時間では22-25時に相当する。これだけでは練習時間が足りないので千里は1番が海外遠征中の期間を除いては、昼食後、日本の深川アリーナで3時間(AM 2-5h)ほど、ひとりで練習していて、これが終わった所で大阪に転送してもらったのである。
 
「京平、誕生日おめでとう」
 
京平は2番からはプラレールのセットをもらった。
「ママに訊かれたら、パパが置いて行ったよと言っておいて」
「そうする」
 
それで京平は自分で頑張ってプラレールを組み立て線路を輪の形にした。それでトーマスの機関車を走らせると、自分で線路を作ったゆえに凄く嬉しかったようで、とてもはしゃいでいた。
 
2番がアルミの型で舟形にしたチキンライス(旗付き)を大小1個ずつ作って持って来ていたのでそれで一緒に朝御飯にした。
 
「きょうのはたは、どこのくに?」
「これは左から緑白赤だからイタリアだね」
「フランスはあおだっけ?」
「そうそう。フランスは青白赤。ちなみに緑白橙ならアイルランド」
「むずかしいね」
「たくさんあるからね」
「でもこういうはた、さかさまにしたらじゅんじょがかわっちゃうね」
「たまにスポーツ大会でうっかり逆さまに掲げてしまう失敗がある」
「ほんとに?」
「ギニアが赤黄緑、マリが緑黄赤だから、逆にするとやばいね」
「まちがったらおこるよね?」
「おこるだろうね。流す国歌を間違ったというのも過去にあったよ」
「それもおこるよね?」
「国際大会で表彰台に登るなんて、一生に一度かも知れないのに、それを間違えられたら怒るよね」
 
京平は
「ねぇ、おっぱいとかダメ?」
などと言うので、2番は
「じゃ誕生日だから特別ね」
と言って、おっぱいを出して横になる。それで、京平はそのおっぱいに吸い付き、幸せそうに飲んでいる。
 
「でも京平もそろそろおっぱいから卒業したいね」
「そろそろね」
 
「ちんちんからも卒業する?」
「ちんちんからそつぎょうって?」
「お医者さんに行って、ちんちん取って女の子の形にしてもらう?お風呂に入る時に、ママやお母ちゃんのお股見てるから分かるでしょ?」
「けがはえてるからよくわからない」
 
「女の子になるなら、名前もあらためて可愛いらしい女の子っぽい名前をつけてあげるよ」
「ちんちんないのはこまるなあ」
「女の子になったら、可愛い服とかたくさん着られるのに」
 
今日の京平は可愛いキティちゃんのワンピースを着ているのである。しかもパンツはプリキュアの可愛い女児用ショーツである。ゆとりのあるサイズの物を穿いているので、ちんちんが飛び出したりはしない。
 
「かわいいふくはきたいけど、ちんちんはとりたくない。ぼくおとこのこだもん」
「まあそれもいいかもね」
 
そんな会話をしながら、京平にスカート穿かせて髪も長くしてるのって、そもそも誰の趣味で始めたんだっけ?などと考えていた。阿倍子も千里も買ってあげるので現在、京平のタンスの中で女児用の服が2割ほどを占めている。女児用水着まである。阿倍子に頼まれて数回京平をプールに連れて行った時、ワンピース型がいいと本人が言うので、アンダーショーツでおちんちんを目立たないようにして女児用水着を着けさせた。
 
京平もこういうのが好きなようだが、女の子になりたい訳ではないようだし、女の子の服を着るのは「そういう気分の時」だけで、普段は男児用の服を着ていることが多い。でも、京平はスカートなど穿くのに味をしめているので、このままだと龍虎みたいな感じに育ったりして!?
 
京平はしばらくおっぱいを飲んでいたら眠くなったようでそのまま眠ってしまった。
 
微笑んでマイメロの可愛いパジャマに着換えさせてから、ベッドに寝せ、食器を持って葛西に戻った。
 

10時頃、阿倍子が起きてくるが、京平が仮面ライダーのシャツとショートパンツを着て、プラレールで機関車を走らせながら、レゴを作っているのを見る。
 
「そんなのあったっけ?」
「こないだパパがおいてったよ」
「あ、そうだったっけ」
 
阿倍子は起きはしたもののまだエンジンが掛かっていないようでボーっとしていた。スマホでゲームをしているが、対戦中にうとうととして操作が停まり負けてしまうというのを繰り返している。
 
11時頃
「お腹空いた」
と言って、棚に載っている収納ボックスの中からマルちゃん・ワンタンしょうゆ味を取り出すと、ケトルでお湯を沸かして作る。3分の1くらい取り分けて京平に渡す。
 
「おいしそう!いただきまーす」
と言って、京平が食べていると、阿倍子も笑顔である。
 
最近、ママはカップ麺とかレトルトカレーが多いなあ、などと思いながら京平もこれは好きなので美味しく食べた。
 
しかし阿倍子は京平の誕生日ということに気付かなかったようだ。もっとも阿倍子は貴司の誕生日も自分の誕生日も!だいたい忘れている。そもそも日付の記憶があやふやである。一度阿倍子が書類に自分の生年月日を昭和53年12月18日と記入しているのを見て京平が「ママ、たんじょうび、ちがう」と指摘してあげたこともある!(本当は11月28日)
 
13時すぎに阿倍子は「少し昼寝する」と言って、また寝室に行ってしまった。阿倍子はだいたい朝は10時頃起きるものの、14-16時頃昼寝をする。それでその時間に京平は千里3と会うことにしている。
 

14時頃、京平が転送されて市川ラボに行く。フランスから転送されてきていた千里3がいる。
 
「京平、いい子してたか?」
「ボクはいい子だよ」
「誕生日おめでとう。ケーキ買ってきたぞ」
「わぁい」
 
それでマルセイユの洋菓子屋さんで買ってきたケーキを出し、蝋燭を2本立てて火をつけ、京平に吹き消させた。それで切り分けて食べるがさすがに2歳児の胃袋では6分割した内の1個しか食べきれない。
 
「残りはここに置いておけばパパが食べるよ」
「さいきん、パパぜんぜん、おうちに来ない」
「忙しいんでしょ」
 
「絵本読んで」
というので、アナと雪の女王のパジャマを着せて、ベッドに並んで寝転がり、毛布だけ掛けて、フランスで買ってきた絵本を千里が日本語に訳しながら読んであげる。
 
「それフランス語でも聞きたい」
「よしよし」
と言って千里は
「Il etait une fois, une petite fille de village, la plus jolie qu'on eut su voir; Sa mere en etait folle, et sa mere-grand plus folle encore. Cette bonne femme lui fit faire un petit chaperon rouge, qui lui seyait si bien que partout on l'appelait le petit Chaperon rouge」
 
とフランス語でも読み、1文ごとに続けて日本語に訳して聞かせた。
 
「C'est un chaperon?」
と京平が絵本の絵を指して尋ねる。
「Oui oui. Donc, elle s'appelle "Le Petit chaperon rouge"」
 
「女の子なのにLeなの?」
「Chaperon(ずきん)は男性名詞だからね」
「じゃ、ぼくがchemise bleueをきてて、chemise bleues の子とか
いわれたら、chemise (シャツ)は女性めいしだから、ぼく男の子なのに La chemise bleue とかよばれたりする?」
「するかもね。青いスカート穿いてたら La jupe bleue かもね」
「jupeはあまり穿かないよ」
「でも好きでしょ?」
「うん。jupe(スカート)のほうがpantalon(ズボン)より、トイレがしやすいんだよね」
「それはjupeの便利なところだよね」
 
結局絵本を聞きながら京平は眠ってしまったので、眠ったままの状態で大阪のマンションのベビーベッドの中に転送した。
 

阿倍子は京平が帰るのより少し早く起きていたのだが、京平が居ないことに気付かなかったし、戻ってきたのにも気付かなかった。
 
彼女はだいたい低血圧なので、寝ている時間が長いが起きている間もだいたいぼーっとしている。晴安とデートしていて、おしゃべりしている内に眠ってしまい、仕方なく晴安がマンションまで車で送ってきて、そのまま抱き抱えて寝室のベッドに寝せてあげたこともある。
 
(阿倍子が持っている鍵で部屋を開けた。京平もドアを開けたり、毛布・布団をめくったりなど、協力してくれた)
 

アクアのマネージャーであるが、コスモスが多忙なので、紅川が中心になって人選を進めた結果、次の3人が現在の牛田典子を中心とする暫定チームから引き継ぐことになった。
 
緑川志穂:元集団アイドル所属
高村友香:元イベンター所属。国内A級ライセンス、大型免許所持。
山村勾美:花村かほり・三條みゆきの元マネージャー。
 
特に山村はパワフルでかつ交渉能力が高いと見て、彼女(彼?)をチーフ・マネージャーにすることにした。山村の性別については、紅川は性転換手術済みのMTFと思ったようであるが、大半の人はふつうのおばちゃんと思ったようである。体型も普通になで肩でバストもDカップくらいあるし、声も女の声である。完全に女性の中に埋没していて、MTFの人を見慣れていない人にはまずリードされない。
 
なお、桜木ワルツはマネージングチームに残留、鷹木礼子も当面残留し、ハナや佐藤ゆかも状況に応じてお手伝いすることになった。また少し遅れて採用された河合友里もこのチームに投入された。
 
鷹木礼子は年内くらいアクアのマネージング・チームの仕事をしてから、現在メンバーがきちんと定まっていない白鳥リズムのバックバンドにお願いするかもという話になっている。
 
彼女もやはり日本の永住権を申請しようかなと言っていた。ずっと日本に住んでいた両親がアメリカ国籍取得のため出産の時だけハワイに行って産んだ(こうしないと彼女は無国籍になる所だった)だけで、その後ずっと日本に居るという彼女なら永住権を取るのはそんなに難しくないはずである。
 

山村(実は《こうちゃん》)はアクアのマンションに挨拶に行った。
 
これは7月8日で、7月4日に千里1が死亡後蘇生したものの霊的な能力を喪失した4日後のことである。眷属たちは話し合いで3年間千里の回復を待つことにした。その間は千里(実は千里1)と霊的コネクションが取れないまま近くに居て守護する。もっとも作業量はこれまでより大幅に減ることが予想された。
 
この日、山村(女装)はアクアに会うと言った。
 
「私がアクアの新しいチーフ・マネージャーになったから、よろしくね」
 
アクア(実はアクアN)は呆れたような顔をし、口をとがらせて言う。
 
「こうちゃんさん、何の冗談ですか?」
 
「実は千里のお世話は2−3年休みになったんだよ。だからしばらく、お前に付いてて色々助けてやるから」
 
アクアは腕を組んで少し考え込んだが、ふすまを開けると奥の部屋に居た2人に「出ておいでよ」と声を掛けた。
 
それで出てきたアクアF・アクアMを見て、《こうちゃん》は仰天した。
 
「お前ら誰!?」
 
結局この後、アクアは山村勾美マネージャー(こうちゃん)の助けにより2020年1月まで“3人1役”(triple cast)を続けることになる。
 

アクアは7月15日から8月6日まで全国12ヶ所(7月29日の苗場ロックフェスティバルを含む)という初めてのホールツアー(ドームも含む)を行った。これはアクア自身が言い出したことで、観客とできるだけ近い距離でのライブもやっておきたいということから実現した。コスモスはアクアの体力を心配したのだが、アクアが大丈夫です、というので実施することにした。
 
7.15大阪(M) 7.16愛知(N) 7.22沖縄(N) 7.23博多(F) 7.25広島(F) 7.26高松(M) 7.29苗場(F/N) 7.31長岡(N) 8.01小松(M) 8.03宮城(N) 8.05札幌(M) 8.06東京(F)
 
アクアは実は3人で歌うつもりなのである(↑の括弧内が担当)。実際アクアは《わっちゃん》と一緒に移動計画を立て、このようにチケットを確保してもらった。
 
M用
7/14 東京→大阪(泊) 7/15 Live→東京 (7/17-20映画撮影)
7/25 東京→高松(泊) 7/26 Live→金沢(泊)
8/01 小松Live→札幌 8/05 Live→東京
 
F用
(7/17-20映画撮影)
7/22 東京→福岡(泊) 7/23 Live→広島 7/25 Live→長岡
7/29 苗場Live→東京 8.06 Live
 
N用
7.15 東京→名古屋(泊) 7/16 Live →沖縄 7/22Live→長岡
7.29 苗場Live→長岡 7/31 Live →仙台 8.03 Live→東京
 
この期間はアクアの体力に考慮して、7/17-20以外は映画撮影の予定を入れていないので、アクアとしてはとても楽に移動することができて、結果的にライブでの歌唱の品質も「凄く良い」と三田原さんから褒められた。
 
7月29日の苗場は夏の野外ということもあり、本割りをFが歌い、アンコールはNに交替した。
 
アクアが山村に3つに仕分けしたチケットの束を見せると
 
「お前よくこれ1人でちゃんと確保したな」
と褒められたが、《わっちゃん》が居なければ、さすがにこんな複雑なチケット(飛行機・新幹線・ホテル)の確保はアクアだけでは無理だった。
 
最初に体力の負荷が小さくなるよう各公演地の担当を決め、わっちゃんと4人で3枚の白地図の上に、MFN3人の軌跡を書いてみて、それを元に旅行日程を書き出す。それでちゃんとうまく行っていることをシミュレーションで確認した上で、各々をネットで確保したのである。代金は千里のカードで決済した上で使用した金額を千里の口座に振り込んでいる。
 

各々数日間にわたる地方滞在がある。その期間龍虎はツアーの後に入ることになっている映画の台本も読んでいたが、中学時代にちゃんと勉強できていなかった学科、特に英語と数学の勉強をしていた。《わっちゃん》から紹介してもらった、ソンミさんという30代くらい?の女性がよく教えてくれた。韓国で中学の先生をしていたが、数年前に宮城県丸森町に前から住んでいた伯母さんの所に移住し、一緒に農業をしているらしい。日本語が少し怪しいが英語や数学の指導にはあまり支障は無い。今回のツアー期間中は↓のように移動しながら指導してくれた。括弧内は誰が習ったかである。
 
7/18-21 那覇(N)
7/24-26 長岡(N)
7/27-28 長岡(F)
7/29-31 金沢(M)
8/01-02 仙台(N)
8/03-04 札幌(M)
 
習っている龍虎が3人で交替していることには彼女は気付かなかったようである!
 
ソンミさんは授業の合間に龍虎の求めに応じて韓国語を少し教えてくれたので、龍虎は取り敢えずハングルの読み方だけは覚えた(読めるだけで意味は分からない)。龍虎が「アニョンハシムニカ」などと言うと「女の子は普段はアニョンハセヨと言った方が可愛いよ」などと言っていたので、龍虎はどうも自分は女の子だと思われているようだと思ったが、いつものことなので気にしない!
 

7月27日夜、山村マネージャー(こうちゃん)は鱒渕が入院している病院を訪れ、病室にいた人達を様々な理由を付けて外に出し(アクアは察して自主的に退去)、鱒渕に尋ねた。
 
「水帆ちゃん、生きたい?」
 
鱒渕は入院が3ヶ月にも及び、全然退院の許可が出ないし、人工透析も受け、物凄く強い薬が使われているので、自分はもしかしたら重症なのかも、ひょっとしたら死ぬのかも、などと思い始めていた。それで山村の言葉にしばらく考えた。そして言った。
 
「私は生きたい」
「だったらこの注射していい?」
「お願いします」
 
それで山村は腕の皮膚をアルコール綿で消毒してから注射したが、凄く上手だった。全然痛くなかった。そして注射されると、身体の中から燃えるような感覚が生まれて広がっていった。
 
「この薬は本人が持つ生命への希望を強烈に支援する。自然治癒力を高める。だから、生きる希望を持つ人は劇的に症状が改善されるけど、絶望していて、もう死にたいと思っている人は望み通り即死する。水帆ちゃんは即死しなかったから、治癒に向かい始める確率が高いと思う。但し15%の確率で性別が変わる」
 
「ちんちんあるのも楽しそうだから問題ありません」
「よしよし」
 
結局山村は他の人たちが戻って来るまで10分くらい2人で話していたが、その間にも鱒渕は自分の身体が急速に“暖まっていく”ような感覚があった。
 

「オーディションに合格したんだ!良かったね」
と秋風コスモスは、報告に来た米本愛心に笑顔で言った。
 
「Cold Fly 20って言うんですよ」
「それ、月村山斗さんの、Fire Fly 20 とか、Water Fly 20 とかの姉妹グループ?」
「姉妹というより、獅子舞グループかも」
「何それ?」
 
「Coldというのは、温度が冷めてしまったという意味なんです。だからメンバーは全員何らかの芸能活動をしたことのある人限定」
 
「面白いコンセプトかもね。でもいつオーディションあったの?」
「5月中旬に募集のお知らせがあったんで履歴書・活動経歴書と歌唱ビデオを送ったんですよ。ビデオはハナちゃんに撮ってもらって」
「へー」
 
「それで先週合格通知が来ました」
「書類選考の?」
「いえ。正式合格・採用通知です。制服とIDカードも送られて来ました」
「本選オーディションはいつあったの?」
「ありません。書類選考のみで合否判定だそうです」
「面談とかは?」
「それもないです」
 
「直接会わずに合格出しちゃうの〜〜〜?」
「そうなんですよ。何か適当っぽくないですか?」
「大丈夫なの?それ」
「まあダメだったら辞めてまた別のオーディションに応募すればいいかと」
「そうかもね」
 

愛心はオーディション合格者の初顔合わせの席で、Cold Fly20のリーダーに指名され、デビューシングルのセンターも任せられた。3年間§§プロに居てもデビューできなかったので“両親は”喜んだ。
 
しかし愛心自身は、他のメンバーの歌唱力もダンスセンスもあまりにも酷すぎて、ここに加入したことを後悔することになる。
 
音源製作の時など、技術者さんから
「助かった!ちゃんと音程取れる子が1人居た」
 
と言われる始末である。他の子たちにコーラスをやらせてみたら、全くハモらず雑音にしかならなかったので、結局女子大生のスタジオミュージシャン6人にコーラスを歌わせて音源を確定させている。PVも実際に踊らせると全員がバラバラの動きで統一性が取れないので、全員直立不動で愛心の後ろに並べた!
 
「私、逃げ出したい・・・」
と愛心は思った。
 
実際問題として、どうも面談無しで合格になったのは愛心だけだったようである。多分面談などしてレベルの低さに驚いて逃げられたら困ると思われて、面談無しでの合格になったのでは?という気がした。
 

7月6日、千里2は顧問弁護士の白金から、春に調査依頼していた上島雷太の経済状況について報告を受けた。その結果、上島の破綻は時間の問題だと認識した。上島はトリプルダウン(トリクルダウンではない)の状態に近づきつつあったのである。
 
・経済情勢の悪化→破産?
・度重なる浮気→離婚?
・T都議との黒い交際→逮捕?
 
もし上島がこの中のどれか1つにでもなったら、長期間の音楽活動停止は避けられない。その場合、年間数百曲を書いている上島に依存している音楽業界に激震が来る。
 
それで千里2は楽曲の作り溜め(主として千里1に依頼)、全国のアマチュア作曲家の支援(TKRに基金の形で資金提供)、などの対策を取り始めるのだが、これは翌年丸山アイと若葉が進めていたミューズ・プロジェクトと合体することになる。この時、冬子も巻き込んだ。
 

一方8月1日、千里3は貴司とデート中に偶然MM化学の田中社長・S代議士と遭遇。結果的にS代議士の接待役を務めることになるのだが、この時、Sの口からP代議士があと数ヶ月の命であることを聞く。
 
千里3はP代議士が亡くなれば、検察は絶対その人脈に手を入れると思った。その中にはS代議士、結果的には田中社長、そして東京のT都議、結果的にはT都議と度々会っている上島雷太も巻き込まれると考える。
 
そこで芸能界が大騒動になるのは避けられないとして楽曲の作り溜め(こちらも千里1に依頼が行く)、元々詩が書ける友人数人に作詞講座などを学んでもらって商業的な作詞ができる体制を整える。特に優秀な詩を書く若生暢子には鴨乃清見の名前で紹介して室蘭氷渡海さんの講座で学んでもらった。授業料が1回3万円で月3回、半年限定、生徒は最大6名という少数精鋭の講座で、かつて、KARIONの和泉もこの講座で学んだことがある。
 
そして千里3は一方で自動作曲システムの検討なども始め、使えそうな知り合いの確保・訓練に乗り出す。
 
これが翌年、青葉・鮎川ゆま・峰川イリヤを巻き込んで松本花子プロジェクトへと進展する。
 

青葉はこの時期、金沢市内で多発していた“タクシーただ乗り幽霊”の調査をしていたのだが、処理のための護符を高野山まで取りに行った帰り、8月3日のお昼前、大阪で阿倍子・京平の親子と遭遇する。それで一緒に御飯を食べながら話していた時、ふたりが話した内容から、青葉は“とんでもない”解決法を思いついた。
 
東京に行く予定を中止して金沢にとんぼ返り(大阪12:42-15:26金沢)した青葉は夕方からHH院で住職および〒〒テレビの神谷内と打ち合わせることにした。
 
さて、青葉がサンダーバードで大阪から金沢に戻っている最中の14時(アメリカ東部夏時間で深夜1時)頃、阿倍子が外出(実は晴安とデート)したのをいいことに千里(ちさと)2は、千里(せんり)のマンションで京平と戯れていた。そこに唐突に女性が現れる。
 
千里は阿倍子が帰宅したかと思って仰天したのだが、よく見ると見たことのない女性である。
 
「もしかして“姫様”ですか?」
「よく妾(わらわ)が分かるな」
と《ゆう姫》は言った。いつも青葉の背後に居候している姫様である。しかしエイリアスを出しているのは初めて見た。ただしこれは“薄い”エイリアスである。
 
「雰囲気がそんな感じだったので」
「さすがだな。ところでお主、済まぬが青葉を手伝ってやってもらえぬか?」
 
「えーっと、すみません。私は霊的な能力を全て喪失していて」
「霊的な能力のない者に妾(わらわ)が見えるわけがない」
「う、しまった」
 
京平が笑っていた。むろん京平にも《姫様》は見える。
 
エイリアスは“濃く”出せばふつうの人の目にも見えるのだが、“薄く”出すと霊感の強い人間にしか見えない。今回姫様は千里の能力を確認するため、わざと薄く出したのである。
 

「そなたは2番だな?」
「はい、そうです」
 
「アメリカからわざわざ来ているのに申し訳無い。3番とどちらにしようか迷ったのだが、この先をずっと見通したら、こちらの処理に必要な日と3番の試合の日程がぶつかるのだよ」
「なるほどー」
「お主の方の日程は奇跡的にぶつかっていないので頼もうかと思って」
 
「分かりました。何をするんです?」
「まずは3番が持ち帰ったインドのお土産を青葉の所に届けに行って欲しい。オーリスに乗って」
「オーリスを何か作業に使うんですか?」
「いや、青葉に見せるだけ。あの娘、あまりにも派手な車を買ってしまったことを後悔している。あの車でクライアントの所に乗り入れるのが恥ずかしいらしい」
 
「もう1台目立たない車を買えばいいじゃないですか」
「そこに考えが至らないようなので、お主から言ってやってほしい」
「姫様が直接言えばいいのに」
「妾(わらわ)はあの娘の眷属ではないから、基本的にアドバイスはしない」
「まあいいですよ」
 

それで千里は姫様と一緒に東京に瞬間移動し、《きーちゃん》に頼んで3番に「インドのお土産は千里忙しそうだし私が千里の振りをして朋子さんに渡してくるよ」と言って受け取り、それを2番の所に持って来てもらう。
 
それで千里2はオーリスにお土産と姫様(のエイリアス)を乗せて東京から、中央道→長野道→上信越道→北陸道というコースで金沢に向かった。ただし実際に運転したのは《つーちゃん》で、千里は仮眠していた。
 
途中梓川SAで休憩し、姫様の指示で青葉に電話を入れたら、“霊の回収車”を仕立てるので、そのドライバーをしてくれないかと頼まれ、快諾した。それでその後も車を走らせて(運転したのは《ほしちゃん》で千里は寝ている)23時頃、高岡の高園家に到着した。
 

千里は1番を装うため、オーラを小さく装って家に入る(姫様が笑っていた)。それで青葉から詳細を聞くが、これは確かに自分と青葉のペアでなきゃできないという気がした。
 
真夜中に観音様と霊木を乗せてお寺の車で市内循環する。多数の霊が飛び込んでくることが予想されるので、その霊から自分の身を守る必要がある。つまり霊鎧が使える人でないと無理だ。しかも霊の供養のため車内ではずっとお経をカーオーディオで流している。夜中に単調なお経を聞きながら、眠らずにちゃんと運転ができる人間なんて、そうそう居ない。できる人がかなり限られると思った。
 
青葉の傍では眷属も使えないし!!
 
「ところで青葉去年買ったYZF-R25は使ってる?」
「最近忙しくて、なかなか乗る時間がなくて」
「だったらしばらく借りてていい?」
「いいけど」
「ちょっと借りて出てくるね」
「今から出かけるの〜?」
 
それで千里2は深夜青葉の250ccバイクを借りて出かけた。気分転換をかねて氷見まで走ると、そこからバイクは東京へ、千里は高岡に転送してもらった。実はきーちゃんが(ローズ+リリーの制作に参加するのに)足として250ccか400cc程度のバイクを使う用事があったので、確か青葉はリッターバイクを買ったので250ccは使ってないはずと思って借りることにしたのである。
 
(それで借りたまま返すのを忘れてしまった!でも青葉も貸したことを忘れてしまった!)
 

千里が氷見から戻ってきたのは夜中の2時半頃である。今回のタクシーただ乗り幽霊の事件は、昨年処理した幽霊バイクの事件に似ているねという話をさっきはしたのだが、その時に青葉が使用した巻物を見せてもらった。英彦山の長老から千里が預かったメッセージに基づき、青葉が立山まで行って頂いてきたものである。千里は棚に置かれているその巻物を取ると開いてみた。さっきはわざと何も見えないふりをしていた。
 
「なるほどー、これは面白い」
 
としばらく巻物を見ていた千里は呟いた。
 
これは要するに解決すべき事件の種類に応じて、それに必要な祝詞が表示されるようになっているようだ。
 
「これは巻物というよりデータベースの検索端末だ」
 
但し、この巻物を見る者のレベルにより、検索できる範囲が違うし、自分のレベルを越える祝詞はそもそも見えない。
 
「これは仏教系の青葉にはきつい」
 
今回の事件の解決にはレベル7の祝詞が必要だと思った。幽霊バイクの事件で使用したものはレベル2であった。青葉は神道にはあまり強くないので、たぶんせいぜいレベル4−5くらいだろう。
 
「仕方ない。書き写してやるか」
と千里は独り言を言い、お風呂場でシャワーを浴びて潔斎すると、心を静かにして墨を擦り、巻物に表示された祝詞を普通の和紙に書き写し始めた。書いている最中に青葉が2階から降りてくる。千里は顔の表情を消して、夢遊病者か何かを装い、書き続けた。
 
そして青葉が驚いたように見ている中で、祝詞を全部書き写し終わり、青葉には全然気付かないふりをして、無表情で遠くを見ているような目のまま2階に上がり桃香の部屋に入って眠った。
 

翌8月4日は昼間によくよく寝て夜中の作業に備えた。そして4日24:00-28:00 (5日0:00-4:00)にドライバーを務めたが、意識をずっと覚醒させておくのに、本当に苦労した。缶コーヒー8本、クールミントガム2本半(23枚)、顔を拭くための化粧水シート12枚を消費した。4時間ノンストップなので、千里も青葉も念のため大人用オムツを着けていたのだが、かろうじてそれは使わずに済んだ!
 
「次回は途中どこかのPAででも休憩を入れようよ」
と千里は提案した。
 
次は8.12 0:30-4:30にも同じ事をするのである。
 
「うん。検討する。私も何度か眠りそうになった」
「ああ、合掌動作がアバウトになっているので分かった」
「神谷内さんは何度か眠ってしまったみたい」
「うん。ピクッとして起きてたね」
 
「時間的にちょうど中間になる観法寺PAか道の駅・内灘サンセットパークでトイレ休憩しない?夜間は人が少ないし」
 
「内灘サンセットパークに寄ってしまうと、内灘ICからは里山海道に乗れないから、結果的に内灘海岸付近を拾い漏れしてしまう」
「だったら観法寺PA」
「あそこは逆方向だよぉ」
 
内灘ICはハーフICなので、能登方面にしか進行できない。観法寺PAは西向き方面(外回り)からしかアクセスできず、東向き方面(内回り)からは進入できない。
 
「森本IC(津幡方面)→8号線→今町IC→山環→観法寺PA→森本IC(白山方面)→8号線→津幡バイパス」
 
「まあ確かにあそこは永久ループできる。でも今町ICが凄く間違いやすい。森本ICから8号線に出るのも慣れてないと特に夜間は難しい」
「そのあたりは任せて。神谷内ICよりは易しいと思うし」
「あそこも初心者殺しだよね。絶対途中で道を間違ったと不安になる」
 
「難しい合流のしかたをするからね。カーナビを信じればいいんだけど。森本ICから8号線に出るのは3回くらい間違うと次からは何とかなる」
 
「私は5回目くらいで成功したかも。2番目の難所はカーナビが指示してくれないから。『あっ』と思った時はもう遅い」
 
千里は朝の新幹線で東京に戻り、ぐっすり眠ってからセントルイスに転送してもらい、今年のWBCBLプレイオフに参加した。
 
金沢8/5 9:21-12:40東京/大手町12:59-13:17葛西-13:30自宅23:00=セントルイス8/5 9:00(チームメイトは9:30にセントルイス空港(STL)に到着する便で来る)セントルイスはCDT(UT-5).
 
QF 8/5 11:00-12:30 (win)
SF 8/5 19:00-20:30 (lose)
 
惜しくも敗れてしまったので、8月5日はセントルイス泊で翌日の決勝戦を観戦する。
 
Final 8/6 14:00-15:00
 

千里2はWBCBLの日程が終了後、千里3の代りにマルセイユに行くことにした。日本には帰国せず、アメリカから直接フランスに移動する。
 
STL 8/7(Mon) 10:45 (UA4896 ERJ-135) 13:48 IAD (2'03)
IAD 17:25 (UA915 787-8) 8/8 6:55 CDG (7'30)
CDG 9:55 (AF7662 A321) 11:15 MRS (1'20)
 
最終戦のあったセントルイスから、ワシントンDC→シャルルドゴール→マルセイユと飛行機を3つ乗り継いでいる。そしてあたかも7月12日に離脱した千里(千里3)が戻ってきたかのように装って
 
「Bonjour, Je suis revenue」(こんにちは。戻ってきました)
 
と言ってチームに合流した。
 
「アジアカップ優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「金メダル持って来た?」
「はい」
と言って、出して見せると
「オー、オー (O! or! おぉ金だ!)」
と言って、たくさん触っていた(金(きん)はフランス語で or オー)。
 
ちょうどフランスでの就労ビザも取れた所だったので、これで千里は今期からロースターに入れてもらえることになった。
 
「ちなみに君、女性だったよね?」
「女ですよー」
と言ってパスポートを提示する。
「うん。確かに Sex:F と書いてある」
「今更男だったら大変です」
 
「いや、キューはしばしば『私男だったんですよね』とか言ってた」
「過去は詮索しないということで」
「生理が重いのでとか言って休んでいるから、元男というのはあり得ん」
「何か毎週生理のある人もいる気がしますが」
 
洋服などは《きーちゃん》に頼んで、葛西のワンルームマンションに置いていたものの多くをこちらに持ってきてもらった。
 
またパスポートは《きーちゃん》と《えっちゃん》により交換され、以降千里3は(M3), 千里2が(F)を使うことにした。今回提示したパスポートも(F)で、春には千里3のほうがこの(F)のパスポートをチームに提示している。
 
なお千里2はアメリカでは現地仕様のLenovoのスマホを買って使っていたのだが、フランスではスペイン時代に使っていた BQ Aquaris 5 を使おうと思った。Aquaris は千里3が持っていたので《きーちゃん》に頼んで千里3から回収してもらった。しかし千里3は Aquaris のクローンを作って《きーちゃん》に渡したので、結果的に千里2のフランスでの通話は全部千里3に筒抜けになってしまった。
 
なおグラナダでの翻訳の仕事はこのAquarisで受けているので、以降、千里2が仕事をもらってきて、日本に転送し、千里1が翻訳してからまた千里2が納品に行く方式とした。2番が忙しい時は《つーちゃん》に取りに行かせる。
 

2017年秋から2020年1月まで3人の千里はこのような活動をすることになる。
 
1番:レッドインパルスの2軍でリハビリ
2番:春はアメリカのWBCBL、秋−冬はフランスのLFB
3番:レッドインパルスの1軍+日本代表
 
作曲活動は1番が醍醐春海の名前を使っていて「調子を落としている」ことにしているので、2番と3番は共同で琴沢幸穂という名前を使用することにした。鴨乃清見名義の曲も琴沢幸穂で書く。この辺りの調整は、琴沢幸穂のマネージャーを名乗る天野貴子(きーちゃん)が行う。
 
1番は基本的に他の2人より暇なので、グラナダでの翻訳の仕事も多くは1番にやらせた。
 
天野貴子のオフィスも必要だと考えられたので、北千住にシャトルの置き場所も兼ねてマンションをひとつ契約した。そういう訳で千里の“住所”はどんどん増殖しつつあった。
 

玲央美の方は今季はロースターに入ることができなかった。これはやはり千里のポジションであるシューティング・ガード(フランス語ではアリエール)に比べて玲央美のポジションであるスモール・フォワード(フランス語ではエリエール)は人材が豊富で競争率も高いという問題もあった。それに似たような実力なら若い選手・国内選手が優先される。外国人がロースターに入るには、チームの中心になるくらいの実力が必要だ。
 
しかし玲央美は、実力がこの数ヶ月間でかなり上がってきたとして解雇はされず、そのまま練習生を続けて1年後のロースター入りを目指すことになった。就労ビザは取れたので、身分は練習生のままだが、アジアカップから戻った8月以降、育成支援費として毎月500ユーロ(6万5千円)をもらえることになった。新たに発行された選手証には senior stagiaire (上級練習生)と書かれていた。しかし実際玲央美はこの数ヶ月間でかなり自分が進化したのを感じていた。
 
そういう訳で2017-2018シーズンには、千里と玲央美のLFBでの対決は実現しなかった。
 
ちなみに玲央美は千里がマルセイユに居ることを知っているが、千里2も千里3もこの年は玲央美がオルレアンに居ることを知らなかった。
 
(**)フランス語でのポジション名
Point Guard = meneur(f=meneuse) ムナー/ムナーズ
Shooting Guard = arriere アリエール
Small Foward = ailier(f=ailiere) エリエ/エリエール
Power Foward = ailier fort(f=ailiere forte) エリエ・フォー/エリエール・フォルト
Center = Pivot ピヴォ
 
サッカーだと"arriere"はバック、"ailier"はウィングの名称である。アリエールとエリエールの聞き分けは日本人には結構辛い。
 

玲央美は結局日本の昼の時間帯にジョイフルゴールドで練習し、フランスの昼の時間帯にオルレアンで練習するので、毎日12-13時間練習することになる。
 
「しかし昼も夜もバスケするのは、なかなか大変だぞ。千里は音楽活動までしていたみたいだけど、一体いつ寝てたんだ?」
と玲央美はぶつぶつ言っていた。
 
玲央美の日常生活(秋−冬)
FRA__ JPN
21-22 05-06 夕食?
22-04 06-12 睡眠(6h)
04-05 12-13 朝食?
05-12 13-20 日本で練習(途中で昼食?)
12-13 20-21 仮眠(1h)
13-21 21-05 フランスで練習(途中でおやつ?)
 
玲央美は腕時計を2つ用意し(様々な大会の記念品としてもらった腕時計がたくさんある)、片方を日本時間、片方をフランス時間に設定していた。
 
「どうしても1日5食になるし、どれが朝御飯か分からないけど、そういうことを千里も言ってたな」
 

アクアは7-8月の全国ツアーが終わった後、映画『キャッツアイ−華麗なる賭け』の撮影に本格的に入った。昨年のように半月で作ろうなどという恐ろしい撮影ではなく、7月上旬から始めて9月上旬まで2ヶ月間で撮影する予定である。アクアは正式なクランクイン前の6月頃から、スケジュールの空いた時に来て、1人で演技するシーンをかなり撮影した。そして7/17-20の集中撮影日に他の人との絡みを撮影し、その後はツアーが終わった後の8/07-31に本格的撮影をした。その中で8/18-20は香港に行って豪華客船での撮影を行った。
 
例によって1人だけ飛行機で香港に行き、あと2人は山村が転送してくれる。ホテルの部屋も2部屋用意し、片方に休憩中の子が隠れているパターンである。しかし4月のプーケット行きの時にどうしたのか、疑問に思わないのが、全てアバウトな山村らしい。
 
映画の主な配役
 
来生愛・内海俊夫刑事 アクア
来生瞳・平野猛刑事 フェイ
来生泪・武内刑事 ヒロシ
ねずみ・浅谷光子刑事 丸山アイ
木崎信彦刑事 本騨真樹
課長 大林亮平
 
主要キャストが全員男女2役をするという凄いキャスティングである。木崎刑事役の本騨真樹も、木崎が女装好き(?)というキャラなので、映画内で女装を披露している(真樹の女装は美人である−美人すぎて原作と違うと言われた!)。x
なお山村・アクアのパスポートは期限に余裕があったが、葉月のパスポートは11月までであった。残存期間は大丈夫か確認したのだが、香港は滞在日数+1ヶ月の残存期間があれば大丈夫ということだったので、そのまま使用することにした。コスモスは「それ帰国したら更新しておきなよ」と言っておいたのだが、実際には忙しすぎて、更新ができなかった。
 

香港での撮影では、実は豪華客船のオーナーがアクアのファンだったので撮影に協力してくれたのだが、到着した日はそのオーナーから主要キャストと監督がディナーに招待された。
 
「ディナーだって」
「きっと美味しい御馳走が出るよ」
「誰が行く?」
「じゃんけん」
 
勝ったのはNであった。じゃんけんは様々な当番を決めるのに日常的にやっていて、Fの勝率が高いのだが、この日はNが勝ち、Fが悔しがっていた。
 
Nは本当に素敵な料理を味わい、御礼も兼ねてその場で自分でピアノ(豪華なグランドピアノだった)を弾きながら『サンダーボルト−青天の霹靂』を歌った。オーナーは感動しているようだった。ディナーに招待された4人(アクア、フェイ、丸山アイ、ヒロシ)は各々色紙にサインを書いて進呈した。
 
さてその晩から撮影が始まる。
 
キャッツアイはレオタード姿での撮影が多いのだが、この演技はFが恥ずかしがったので、だいたいNがやった。但し可愛い水着を着て泳ぐシーンは、M・Nともに「勘弁してぇ」と言ったのでFがやった。ここで6月から学校や深川アリーナなどでたくさん泳ぐ練習をしていたのが役立った。
 
アクアたちはこの撮影中に丸山アイが、自分たちの分裂に気付いていることを知った。
 

香港での豪華客船での撮影を終えて帰国後、アクアたちは国内のスタジオやオープンセットで鋭意撮影を続け、2017年8月30日(水)に撮影は終了した。アクアがほとんどNGを出さなかったことから、撮影がどんどん進んだのが大きい。あまりに早く撮了したことから、出てきた日数に応じてギャラを払う契約の役者さんたちに、本人の出場頻度に応じて、4-10回分のギャラを追加で払うことにしたほどであった。
 

2017年8月31日(木).
 
アクアは前日までに『キャッツアイ』の撮影が終了したので、次の仕事の話をしたいという連絡で、10時頃、事務所に出て行った。
 
「おはようございます」
と言って中に入る。
 
「ああ、お疲れさん。予定より随分早く終わったみたいね」
と社長のデスクの所に座っていた青い服を着た“コスモス”が立ち上がって笑顔で言った。
 
アクアは顔をしかめる。
 
「2回しかNG出さなかったんだって?さすがだね」
と社長デスクの隣に置かれた副社長デスクの所に座っていた黄色い服を着た“コスモス”も立ち上がって、笑顔で言う。
 
「他の人がセリフ間違っても、アクアがうまくフォローして本来の筋に戻してしまうから『今のそのまま活かそう』なんてことになったのも多かったとか」
と左手の簡易テーブルの並び(ここは§§プロのタレント用の席)の所に座っていた、桃色の服を着た“コスモス”も立ち上がってアクアを褒めた。
 
アクアはため息を付くと、まず正面の社長のデスクの所に居る青い服の人物に
 
「何の冗談ですか?、副社長」
と言い、続いて副社長の所に座っている黄色い服の人物に
「桜野みちるさんも」
と言い、最後に簡易テーブルの並びの所の桃色の服の人物に
「そして社長も」
と言った。
 

「なんで分かったの〜〜!?」
と3人が言う。
 
「アクアがびっくりしている所に『私忙しいから3人に増殖してみた』と言おうと思ったのに」
「ちゃんと録音した声と合うようにリップシンクの練習したのに」
「服の色もそれぞれの人物のイメージカラーに合わせたのに」
 
などと言っている。
 
「顔だけ揃えても、声を同じにしても、雰囲気が違うから分かりますよ」
とアクアは言う。
 
「それひょっとして凄くない?」
「あんた、もしかして一卵性双生児を見分けられる?」
 
「一卵性双生児は難しいです。雰囲気も似てるから」
「なるほどー!」
 

「でも精巧なフェイスマスクですね」
とアクアは言った。
 
「これはね、目的の人物の顔と、自分の顔を3Dスキャンして、コンピュータで差分計算をして、このマスクをつけることで、ちょうど目的の人物の顔になるように作られているんだよ」
 
と社長のデスクの所に座っていた川崎ゆりこが自分のフェイスマスクを外しながら言う。
 
「じゃ、ひとりひとり専用なんですね?」
とアクアが訊くと
 
「そうそう。ゆりこちゃん用のマスクを私が付けてもコスモスちゃんの顔にはならない」
と副社長のデスクの所に座っていた桜野みちるがフェイスマスクを外しながら言う。
 
「それで社長は生の顔だとバレるから、自分の顔に偽装するマスクをつけたんですね?」
 
「そういうこと。アクアが本当はバストがあるのに、ブレストフォームで偽装しているかのように見せるため、薄いブレストフォームをCカップのバストの上に貼り付けているのと同じ」
などと言いながらコスモスは自分のフェイスマスクも外す。
 
「ボクは本当にバスト無いですけど」
と答えがらも「バレてる〜」と思う。
 
「うん、そういうことにしておこうね」
 

「まあそれで1月から3月まで3ヶ月間放送する、アクア主演のドラマなんだけどね」
 
「今年は3ヶ月なんですね」
「そうそう。夏に映画を撮って、10月から連続ドラマというのは無茶すぎ」
「それで映画の公開も12月にしたしね」
「そうでないと編集が間に合いませんよ」
「ほんとほんと。昨年の映画は興行収入は大きかったけど、それはアクア人気によるもの。内容的には、がっかりした人が多かったと思うよ。今年こそはちゃんとしたものを完成させてもらわないと、アクアは人気だけで演技は今一なんて言われかねない」
「それは困ります」
 
「それで次のドラマは『少年探偵団』をやるから」
「何か海外の子供向けミステリーか何かですか」
 
「江戸川乱歩の作品なんだけどね」
「明治の文豪か何かでしたっけ?」
「昭和の作家なんだけど」
「ああ、惜しかった!」
 
明治と昭和で近いのか?と平成3年生れのコスモスは突っ込みたくなったが、ぐっと我慢する。
 
みちるは呆れて、ゆりこは忍び笑いしているが、コスモスは気を取り直して、江戸川乱歩という推理作家が昭和初期から数十年にわたって書いた少年探偵シリーズという作品群があるのだと説明した。
 
「一種のシットコムなんだよ。怪人二十面相という変装の名人の大泥棒が居て、お金持ちの家から宝石とか純金の仏像とかを盗むという予告状を出す。それに対抗するのが明智小五郎という私立探偵。それを助けるのが奥さんの文代さんと少年助手の小林芳雄。そして小林少年を慕う男の子たちが結成した少年探偵団」
 
「へ−。名探偵コナンの少年探偵団みたいなものですか?」
「あれよりは随分本格的に役立っているよ。コナンの少年探偵団は、江戸川乱歩の少年探偵団へのオマージュだね」
 
「そうだったのか」
 

「まあそれでドラマの中で他人に化けるのにこのフェイスマスクを使うんだよ」
 
「そういうことだったんですか。でもこれ表情が乏しいと思います」
 
「うん。だから、変装を解いて実は誰だったかというのをバラす時だけ使う」
「なるほどー!!」
「でも5-6秒程度なら、照明に気をつけると結構誤魔化せるよ」
「暗ければ行けるかもですね」
 
「基本的には大林亮平君演じる二十面相が例えば川崎ゆりこ演じる伯爵夫人に変装するという場合は、大半の演技はゆりこ自身が変装した二十面相を演じる。変装を解くシーンだけ大林君が演じる」
 
「それ役者さんはかなり演技力を要求される気がします」
「うん。これは結構難しいドラマだよ。俳優さんたちのギャラも大きい。アクアのプロジェクトで予算が確保できるからこそ、成立した企画だね」
 
「へー!!」
 

実際の本を読んでみた方がいいと言われ、龍虎は『少年探偵団』『悪魔人形』、『魔人ゴング』という本を借りて帰り、“3人で”1冊ずつ読んだ。
 
子供向けの本なのでスイスイ読める。そして3人は相次いで読み終わった。そして言った。
 
「なんで、小林少年って無意味に女装するの〜?」
「なんで、少女助手のマユミが男装するの?」
 
それで話し合う。
「少女助手というのもいるんだ?」
「そうそう。この本に出てくる」
 
「じゃ明智探偵の助手って、少年助手が女装して、少女助手が男装する訳?」
「小林少年が女装して行くより、花崎マユミがそのまま行けばいい気がする」
「花崎マユミが男装しなくても、小林君が行けばいい気がする」
 
「女装・男装が目的化しているんじゃない?」
「要するにボクの女装が映したいんだよ」
「結局それが目的かぁ!」
「もう手段が目的化してるね」
「それはドラマのことだけじゃなくて、原作の少年探偵団についても言える気がする」
 
「これって多分毎回女装させられるよ」
「ボクの女装を映さないとファンがうるさいもんね」
 
「ま、いっか。結構面白かったし」
「うん。最初から誰が二十面相かって分かりやすいしね」
 
 
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【娘たちの二十面相】(1)