【娘たちのマスカレード】(1)

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2013年6月20日(木).
 
龍虎たちQS小学校6年生の一行は1泊2日の日程で修学旅行に出かけた。大型バス3台で、1クラス1台使用する。この時点での各クラスの人数は1組33人、2組34人、3組34人であるが、1組に“なかよし学級”の男子2名、3組に“そよかぜ学級”の女子1名を組み込んでいる。それで各バスに乗るのはこういう構成である。
 
1号車(39)1組33人、なかよし2人、増田♀、永井♂、佐和♂、水沼♂
2号車(38)2組34人、広橋♂、校医♂、教頭♂、坂本♀
3号車(38)3組34人、そよかぜ1人、竹川♂、牟田♀、西方♀
 
永井は“なかよし”担任、佐和は特学の支援教員、牟田は“そよかぜ”担任である。それ以外に付き添っているのは、体育の水沼先生、家庭科の坂本先生、音楽の西方先生である。
 
使用するバスは4×10の正座席41席・補助席9席の(運転手とバスガイド以外に)最大50人乗れるタイプの大型バスである。龍虎たちの乗る1号車の場合、1列目の左に増田先生、右に水沼先生、2列目はなかよしの子と永井・佐和、3〜10列(合計33席)にちょうど33人の生徒が乗る。1組の生徒は席を決めた2人のクラス委員の見地では!男子20人・女子13人なので、このように男女を並べた。
 
MMMMMMMM
MMMMMMMM
_______M
FFFFFFMM
FFFFFFFM
 
各男女の中で酔いやすい人は前の方に、平気な人は後ろの方に座ってもらうことにして、実際の配置は決めている。なお相性の悪い人は隣にしないようにクラス委員の判断で調整している。
 
そういう訳で、1ヶ所だけどうしても男女が隣り合う所ができる。クラス委員の2人は彩佳を呼んで尋ねた。
 
「南川さん、田代君と並べてもいい?」
「OKOK。全然問題無い。私たち許嫁(いいなづけ)も同然だし」
「・・・えっと、旅先では性行為は控えてね」
「それは大丈夫。龍はちんちん無いから」
「ああ、やっぱり無いの?」
「先週も裸にして再確認したけど、皮膚の中に埋もれてるから無いも同然」
「・・・南川さん、妊娠しないように気をつけてね」
 
それで座席配置を確定させ、座席表を増田先生に提出すると、増田先生は言った。
 
「1号車は他の組より1人多いから大丈夫かな?と思ったけど、ちゃんと男子は男子、女子は女子とだけ隣り合うようにできたね」
 
クラス委員の2人は一瞬顔を見合わせたが、“いいことにした”。
 

そういう訳で6月20日の朝、龍虎たちは学校に荷物を持って集合し、校長先生のお話を聞いてから、全員バスに乗り、出発した。
 
座席表は事前に配られていたのだが、彩佳と龍虎が並んで座ることは誰も気にしていない。彩佳も席決めの時点で言われていたので気にしていない。龍虎は何も考えていないので気にしない!
 
バスガイドは1号車を任せられるだけあってベテランの人で話術が巧みで、みんなを笑わせてくれた。最初から
 
「皆様、右手をごらん下さい。それが右手でございます」
と言って、笑いを取る(小学生はこの程度で笑ってくれる。ちなみにおばちゃんたちもこの程度で笑ってくれる)。
 
行程中はガイドさんの解説が入る所もあったが、多くの時間、歌を歌って過ごした。マイクをずっと回していくが、事前に最近の流行歌やキャンプソングなどの歌詞を印刷したものを配っているので、その中から歌う人もあったし、自分の好きな歌手の歌を歌う人もあった。並んでいるふたりでデュエットする人たちもあった。
 
龍虎は1回目に回ってきた時は、教科書にも載っていた曲『花の季節』(*1)を歌いみんなから「かっこいいー!」と言われた。
 
「でも龍ちゃん、龍ちゃんにはもっと可愛い曲が似合う」
などと言われたので、2度目に回ってきた時は『踊るポンポコリン』を歌った。
 
しかし
「ちがーう!そういう可愛さではない!」
と言われた。
 
もっとも性的に未熟な龍虎に色気を求めるのは無理というものである。
 

(*1)この曲は『悲しき天使』の名前で知っている人も多い。メリー・ホプキンズの "Those were the days" の邦題であるが、元々は1920年代にヒットしたロシア歌謡で、原曲のタイトルは『長い道』(Дорогой длинною ダロガイ・ドリンナユ)。ほぼ直訳の歌詞のものをローズ+リリーがカバーしている。『花の季節』は芙龍明子作詞。
 
Дорогой длинною(長い道)
 
作詞:Константин Николаевич Подревский (1889-1930)
作曲:Борис Иванович Фомин (1900-1948)
訳詞:マリ&ケイ
 
Ехали на тройке с бубенцами, 
鈴付きの馬車(トロイカ)が走ってゆく、
 
А вдали мелькали огоньки...
遠くに灯りが見える...
 
Эх, когда бы мне теперь за вами,
ああ。その後に付いてってたら、
 
Душу бы развеять от тоски!
憂いは消えてたのに!
 
Дорогой длинною, погодой лунною,
長い道を、月明かりの中、
 
Да с песней той, что вдаль летит звеня,
遙か遠くで舞う歌と、
 
И с той старинною, да с семиструнною,
古い想い出、七弦ギター(セミストルンナユ)が、
 
Что по ночам так мучила меня.
苦しめ続けたあの夜。
 

1時間ほどの行程で群馬県富岡市の富岡製糸場に到着する。ここで製糸場のガイドさんに連れられて1時間ほど見学する。運転手とバスガイドさんはその間お休みである。
 
ここは1872年に建設された、日本初の本格的な製糸工場である。規模としても当時世界一の大きさの製糸工場で、品質の良い生糸の輸出に大いに貢献した。
 
フランスの技術を導入して建設されているが、フランスの技師たちは日本の多湿な風土に合わせて揚返という工程を追加したり、そこで働く日本人女性の背丈に合わせて機械の高さを低くするなどの調整をおこなっている。
 
働いていたのは士族の娘たちが多く、当時最先端の技術者として誇りを持って働いていたし、日曜日は休みで労働時間は1日8時間などといった良好な労働環境であった(昔は年に2度の藪入り以外無休が普通)。そしてここの“工女”(と呼ばれた)たちが1-3年程度働くと退職して、各地に作られるようになった製糸工場で後進の指導にあたったのである。
 
製糸工場というと『女工哀史』に見るような過酷な環境で働いた農家の娘たちを連想する人も多いが、富岡はとても恵まれた環境にあった工場であった。(もっとも女工哀史に描かれている女性たちは実家に居れば工場の作業どころではないもっと過酷な人生を強いられていた)
 
この工場は最初は官営であったが、後に三井財閥、そして片倉工業に受け継がれている。戦時中の空襲の被害も受けずに、明治時代の遺構を今に伝えている。
 

説明コースが終わってバスに戻る前にトイレに行っておこうという話になる。龍虎は仲の良い、彩佳・桐絵・宏恵と4人で回っていたのだが(本来班単位で歩くはずが、既に定められた“班”は無視されている)、一緒にトイレの方に歩いて行き、男女に分かれているところで、龍虎だけ男子トイレに行こうとする。
 
「待った」
と言われて彩佳に身柄を確保される!
 
「龍、トイレは私たちと一緒に行くと言ってたでしょ?」
「え?でもトイレの前まで一緒に来たよ」
「でも1人だけ男子トイレに入って、その中で襲われたらいけないよ」
「男子のクラスメイトもいるから大丈夫だよ」
 
「そもそも龍は男子トイレには入れない気がするし」
「うーん・・・」
 
「試しにそちらに行ってごらんよ」
 
それで龍虎が男子トイレの入口まで行こうとしたら、女子トイレの前に立っていた女性スタッフさんが走って行って龍虎を停める。
 
「君、そちらは男子トイレだよ。女子トイレはこちらだよ」
「あ、はい。すみません。間違いました」
 
それで龍虎は女性スタッフに連行されるかのようにしてこちらに戻ってきた。
 
「龍ちゃん、何やってるの」
「間違ったらダメじゃん」
 
と彩佳たちに言われる。女性スタッフが龍虎の身柄を彩佳たちに引き渡す!
 
「ね。やはり男子トイレには入れないでしょ?」
「ボクどうしたらいいんだろう?」
と龍虎は困ったような顔をしている。
 
「だから私たちと一緒に女子トイレに入ればいいんだよ」
「え〜?それはまずいよぉ」
「大丈夫、大丈夫、問題無い」
と言って彩佳は桐絵とふたりで龍虎を連行するかのようにして女子トイレに連れ込んだ。
 
他の女子たちが龍虎に視線をやるが、誰も咎めない。それで結局龍虎は彩佳たちと一緒に女子トイレ名物の行列に並び、空いた所で個室に入って、用を達した。出した後はもちろんちゃんと拭く。龍虎の場合、“構造上の問題で”する時に周囲を濡らしてしまうので、拭くことが必要である。
 
そういう訳で龍虎は、予想通り!修学旅行の間はずっと女子トイレを使うことになってしまったのである。
 

富岡製糸場が終わったのが11時頃で、そこからバスで20分ほど移動して高崎のだるま制作工房で門田達磨製作所という所を訪れる。ここでベテランの職人さんという感じの人が、だるまを作る工程を説明してくれた。
 
だるまの生地を作るには2種類の方法がある。この工房ではその両方の方法でだるまを生産している。
 
伝統的な製法ではだるまの木型に濡らした厚紙を手作業で貼り付けていき、強化するために細い短冊のような紙も貼り付けていく。2〜3日天日で乾かしてから、生地を切断して木型から外す。切断した所は膠(にかわ)で貼り付ける。この方法は手間が掛かるので、伝統的なだるまを欲しがる人のために少量だけ生産している。
 
量産品は真空成形法で作られる。新聞紙や玉子の運搬用パックなどを水に溶かしこみ、高濃度の液を作る。そこにだるまの形に中空の型を沈め、外周から真空吸引して中心部の気圧を下げ、紙の層を型の内側に形成する。引き上げて取り出し、天日で数日乾燥させる。
 
この後、下地を塗り、赤い色を塗り、その後顔の部分に白い塗料を塗り、顔を描く。下地と赤い色は、伝統的には刷毛で塗るが、量産品の場合は塗料の入った水槽に沈めて一気に塗ってしまう。しかし顔の部分の白塗り→顔描き、は手作業である。
 
特に顔を描く作業はベテランの職人さんたちによってひとつひとつ描かれていくので、完全に同じ顔のだるまは決して生まれない。
 

龍虎たちが見学した所は製造だけしている工房で、ここで作った製品はイオンモールなどで販売されているということだった。
 
見学が終わったのが12時頃で、それからそのイオンに移動して昼食である。各自好きなものを食べていいということだったので、龍虎・彩佳・桐絵・宏恵の4人はハンバーガーセットを食べた。男子たちは高崎ラーメンとかを食べていたようであるが、
「なんかボリュームあるね〜」
「ちょっと入らない」
などと彩佳たちは言っていた。
 
食事の後はデザート?に上州名物焼きまんじゅうを買って一緒に食べた。女子はおやつは別腹である。龍虎も女子同様おやつは別腹のようである。
 
13:00出発ということでまだ時間があったので、さっきの工房で作っただるまを売っているお店に行き、5cmサイズの小さなだるまを買った。
 
「こんな小さいのでも、ちゃんと起き上がるんだね」
と言って龍虎は何度も倒しては起き上がるのを楽しんでいる。
 
「この底に付いてるのが、下地塗る前に貼り付けていたやつだよね。何て言ったっけ?」
「ヘタ?」
「似てるけど違う気がする」
「ハタとか?」
「いや“ヘ”で始まった気がする」
「ヘマ?」
「それは全く違う」
「思い出した。ヘッタだよ」
「ああ、それそれ」
「最初に言ったのがいちばん惜しかった」
 

出発前にトイレに行く。龍虎は当然彩佳たちと一緒に女子トイレに入るが、むろん誰にも咎められない。出発前に来ているのでQS小の子が多いのだが、龍虎たちがおしゃべりしながら行列に並んでいたら
 
「ねぇ、誰かナプキン持ってない?」
という声がある。
 
「龍、プレゼントしてあげたら?」
と桐絵が言う。
「うん」
と言って龍虎は生理用品入れからナプキンを1個取ると、桐絵に
「投げ入れてくれない?ボクには無理」
と言って渡す。
「OKOK」
それで運動の得意な桐絵がポイとなげて個室の中に放り込んであげた。
 
「サンキュー」
という声が個室の中からした。
 
中に居たのは2組の有香ちゃんである。
 
「今恵んでくれたの誰?」
と有香。
「龍だよ」
と彩佳。
「へー!龍ちゃんもナプキン持っているんだ?龍ちゃんありがとね」
「あ、うん」
と龍虎は少し恥ずかしがっている?
 
「そりゃちゃんと生理は来ているからね」
と彩佳が言うと
「龍ちゃん、生理があるんだ!」
と周囲の女子が驚いていた。
 

13時に出発して30分ほどで桐生駅に到着する。ここでわたらせ渓谷鐵道のトロッコ列車(桐生14:02-15:48間藤)に乗る。
 
ここで初めて“班”が始動した。
 
彩佳・龍虎・桐絵・立石・内海・西山
 
という6人で3班はできている。この単位でバスを降りてから行動し、列車に乗車する。
 
もっとも、多くの班が男3女3で出来ているが、座席は2人掛けである。それで隣同士の班で男女交換をして、男同士・女同士で座れるように調整していた。
 
「涼しい列車だ」
「窓が無いからね」
「冬は窓ガラス入れるらしいよ」
「そうしてもらわないと凍死できるかも知れん」
 
ちなみに龍虎たちは、立石君と西山君が並び、内海君は隣の班の宏恵と交換され、宏恵と桐絵が並び、龍虎は彩佳と並んで座った。ここだけ男女が並んでいるはずなのだが、誰もこの並びに意義を唱えなかった。龍虎は男女問題は何も考えていないので、ふつうに彩佳・宏恵・桐絵とおしゃべりしながら沿線風景を楽しんだ。
 

終点の間藤(まとう)までは乗らず、2つ前の通洞(つうどう)で降りる。班単位で行動し、駅から歩いて7分ほどの足尾銅山の見学施設に行く。
 
坑道の一部が観光用に開放されており、見学用の列車に乗って中を見ることができる。内部では、鉱山の発掘作業をしている所を人形などで再現しており、精錬の過程なども見ることができるようになっている。
 

見学が終わった後、龍虎たちは再びバスに乗る。そしてバスは国道122, 120号を通って奥日光まで行くのだが、途中“いろは坂”を通ることになるので、バスの中で大量の悲鳴があがっていた。
 
旅館に到着したのは18時頃であるが
「今すぐ食事と言われてもとても食べられない」
という声が多数であった。実際、バスの中で吐いてしまった子も居た。
 
結局20時まで入浴タイムになり、食事はその後ということになった。
 
この旅館は大浴場を持っているので、QS小の全生徒104人が一度に入浴しても全く問題無い。なお荷物は貴重品と着換えだけ持ち、それ以外は食事をすることになる大広間に置いておくようにということだった。
 

龍虎は彩佳・桐絵・宏恵と一緒に着換えと財布・携帯だけ持っておしゃべりしながら大浴場に向かう。本館とは別になっていて、渡り廊下でそちらに向かう。男女の風呂は1日交替で入れ替わるらしいのだが、この日は、1階“華厳の湯”が女湯、2階“東照の湯”が男湯ということであった。
 
「お風呂は24時間使えるらしいから、朝反対側に入りにくるといいね」
「なるほどー。それでどちらも体験できるわけだ」
「そういう仕組みが無いと、夕方は男の身体で男湯に入って、朝は性転換して女湯に入らなければならない」
「お風呂に入るために性転換するのは大変そうだ」
「ちんちんが取り外し式なら便利かも」
「それ作り物なのでは?」
 

貴司は輸入代行業者からの荷物を受け取り、ドキドキしながらそれを開封した。
 
「なんか凄いリアル。触った感じも作り物とは思えん。まるで本物みたい」
と声をあげる。
 
ついぶらぶらとしているそれを指で弾いてみる。
 
「しかしハーネス無しで装着できるというのがいいなあ」
 
貴司は装着の仕方を書いた英文の説明を読み、同封されていたCDに入っている装着の様子を納めたビデオも熱心に視聴した。
 

龍虎はお風呂の前まで来ると
 
「じゃね」
と彩佳たちに言って2階へ階段を登ろうとした。
 
QS小の生徒はエレベータは使わずに階段を使いなさいと言われている。
 
ところが彩佳と桐絵に身柄を確保される。
 
「どこに行く?」
「どこって男湯に」
「龍は男湯には入れないはず」
と彩佳。
「だってボク男の子なのに」
「男の子かも知れないけど、ちんちん無いよね?」
と桐絵。
「ちんちんが無い子は女湯に入らないといけないんだよ」
 
「ちんちん、あるよぉ」
「いや、無いのは確認している」
と彩佳。
 
「どうやって確認したのよ?」
と宏恵が言っている。
 
「裸に剥いて目視確認した」
「あんたたちの関係が分からん」
「だから付いてたでしょ?」
「付いてるけどほとんど皮膚に埋もれているから実質無いのと同じ」
「外に出る部分が1cmくらいあるよぉ」
「あれはちょっと押せば中に引っ込んでしまう」
 
「彩佳触った訳〜?」
と宏恵は呆れている。
 
「龍は去年も宿泊体験で女湯に入ったじゃん」
「あれ増田先生に女湯に押し込まれてしまったから」
「一度女湯に入っているなら問題無い。おいで」
 
「まずいよぉ」
「女子トイレは普通に入るじゃん」
「女子トイレと女湯は違うよぉ」
 

ところが、そこで揉めている時に増田先生が通りかかる。
 
「どうかした?」
「龍が2階にあがっていこうとしてたので停めた所です」
「ああ。この旅館は男湯。女湯が固定じゃなくて日替わりだからね」
「だから龍が今日入るのは1階だよ」
と彩佳に言われ、結局龍虎は女湯の脱衣場に強引に連れ込まれてしまったのである。
 

龍虎が女子トイレを使い、女子と一緒に着換えるのを容認している他の女子たちもさすがに女湯の脱衣場ではざわめく。龍虎自身は中に連れ込まれたのと同時に目を瞑っている。
 
「彩佳、また龍ちゃんを女湯に入れるの?」
と声がある。
 
「龍は去年よりは少しちんちん伸びたけど、まだ短いのよ。見てみて」
「どれどれ」
「龍、ズボンとパンティ脱ぎなよ」
「うん」
 
それで龍虎は体操服のズボンを脱ぐ。
 
「やはり女の子用のパンティ穿いているんだね」
「龍は男の子用のトランクスとかボクサーは持ってないよ」
と彩佳。
「買っておくんだけど無くなるんだよ。今朝も探したけど見つからなかった」
と龍虎。
 
「そもそも龍は立っておしっこできないから男の子のパンツが穿けないんだよ」
「へー。でもパンティに何も盛り上がりが無いね」
「ちんちん実質無いのと同じだから当然。龍、パンティも脱いで」
「うん」
 

それでパンティも脱いだ。
 
「付いてないように見える」
「あることはあるんだよ。見てみて」
「どれどれ」
 
それで女子たちが寄ってきて見ている。龍虎は目は瞑っているものの恥ずかしくてたまらない。
 
「やはり無いように見える」
 
「ほら、これがちんちん」
と言って彩佳は触っている!
 
「それがちんちんだったのか!」
「タマタマは無いんだね」
「それは去年も確認したね」
 
それはもう、いいや!
 
「おちんちん病気で切っちゃったと言ってたけど、また伸びてきたのね」
「そうそう。伸びすぎたらまた切るらしいよ」
「へー、髪の毛みたい」
 
何それ!?
 
「中学に入る前に根元から切って、もう伸びてこないようにしようとかも言っているんだよ」
「ああ、それなら安心だね」
 
安心なの〜?
 
「伸びててもこうやっておせば中に引っ込んでしまう」
と言って彩佳は実際に押し込んでしまう。
 
「押し込んだ跡が割れ目ちゃんみたいになっちゃう」
「そうなのよ。これ接着剤でくっつけるとそのまま数時間割れ目ちゃんのまま」
と彩佳。
「それやられると。おしっこができない」
と龍虎。
 
「あんたたち普段何やってんの?」
と呆れる声もある。
 

「でもこれなら男湯には入れないでしょ?」
「確かにこれでは女の子が男湯に入ってはダメって追い出されるね」
「だから女湯に入れてもいいでしょ?」
 
「龍ちゃんが女湯に入るのは構わないけど、私は龍ちゃんに裸を見られたくない」
と言っている声がある。麻耶のようである。麻耶本人は気にしないだろうが、意見を言うのに慣れてない子たちの声を代弁しているのだろう。
 
「そう言う人もあるかと思ってこれを用意した」
と彩佳。
 
「ゴーグル?」
「麻耶ちゃん、着けてみてごらんよ」
「どれどれ」
と言って麻耶が着けると
「何も見えない」
と言う。
 
「これ内側に黒いフィルムを接着剤で貼った。だから何も見えないし、お湯に曝しても平気」
「これを着けさせる訳か」
「それならいいかもね」
 
「ということで龍、これをつけて」
「うん」
 
それで龍虎は彩佳から渡されたゴーグルを着けた。
 
「目を開けていいよ」
 
龍虎おそるおそる目を開ける。
 
「何も見えない」
「それでお風呂入ればいいね」
「でも歩けないよぉ」
「それは私が手を引いてあげるから」
「ゴーグルなら、そのまま髪も洗えるね」
「むしろ私がゴーグル欲しいくらいだ」
 
「実は最初ベネチアン・マスクにしようと思ったんだけど、頭を洗うと落ちそうな気がしたから、ゴーグルにした」
 
「ベネチアンマスクをしてお風呂に入ってたら、どう見ても変態だ」
「ゴーグルもかなり危ないけどね」
 

それで龍虎は内貼りされて何も見えないゴーグルをつけたまま女湯に入ることになってしまったのである。
 
龍虎が上半身の服も脱ぐと、
「おっぱいもあるね」
と周囲の女子から言われる。
 
「結構膨れているよね。龍はA60のブラジャーつけてるから」
「へー。これAカップなの?」
「うん。お店の人に測ってもらったよ」
「龍ちゃん、今日はブラジャーつけてないの?」
「私が持って来たから、お風呂からあがったらつけよう」
「なぜ彩佳が龍ちゃんのブラを持っている?」
「龍が修学旅行にちゃんと持って来ないかもしれないと思ってこないだ行った時に確保しておいた」
 
「やはりあんたたちの関係が分からん」
 

龍虎も昨年に続き2度目の女湯なので、去年より少しは平常心で入浴することができた。彩佳が手を引いてくれるし、自分でもある程度の勘は働く。そしてゴーグルは髪を洗うときにも便利である!
 
それで汗を流し髪を洗い、身体を洗ってから彩佳たちと一緒に浴槽につかる。ここは多数の浴槽があり、色々なところに浸かった。
 
「龍はこの浴室内部が見られないのが残念だね」
 
ほんとだ!
 
彩佳たちによれば全体的に岩風呂っぽい作りらしい。華厳滝(けごんのたき)になぞらえた“華厳湯”という打たせ湯もあって、龍虎も体験したが面白かった。ほかにジェット湯・バブル湯なども楽しめたが、薬草湯は匂いが凄くてすぐあがった。
 
「でもこの薬草湯は美人になれると書いてある」
「私たち既に美人だから必要無いね」
「君たちのその自信はどこから来るのか?」
 

結局1時間ほど掛けて楽しく入浴した。みんないろは坂の疲れも癒えて元気いっぱいになる。
 
それであがるが、龍虎は彩佳からブラジャーを渡され、苦笑しながらつけた。
 
「確かにこれはAカップでいい気がする」
「あまりお肉があまってない」
「一説によると、龍は身体自体が細いから、腕を動かすために必要な筋肉の分、バストがあるということらしい」
 
「なるほどー!それなら納得できる」
 
「でも一説によると生理が始まったから、胸も発達してきたという説も」
「龍ちゃん、生理あるの!?」
「無いよぉ」
「いやきっとある」
 
「それどこから出てくるのさ?」
「きっと何とか出てくる」
 

お風呂からあがった後は、荷物を置いている大広間に行き、そこで夕食を取った。
 
長いテーブルに座布団が並べられていて、そこに既におかずは配膳されている。仲居さんたちが、小型コンロに青い固形燃料を置いては、点火棒の長いガスライターで火を点け、その上に一人用鍋を置いてまわっている。御飯は適当な間隔におひつが置かれていくので近くに居る人が盛ってあげてねということだった。龍虎は隣が彩佳、向かい側が宏恵と桐絵で、その龍虎と彩佳の間におひつが置かれたので、龍虎がその4人、その向こう側の優梨と菜美の分まで御飯を盛ってあげた。
 
「龍ちゃんって、こういう時、自然にお給仕とかしちゃうよね」
と菜美。
「私も、あっ盛らなきゃと思った時には既に龍が始めていた」
と彩佳。
 
「おうちでもこういうのお手伝いする?」
「うちはお父ちゃんもお母ちゃんも忙しいから、ボクが御飯とかも作ること多いし、その延長で御飯や料理も盛ってる」
と龍虎。
 
「料理とか作るんだ!」
「すごーい!」
「龍は料理うまいよ。天麩羅とか唐揚げも揚げちゃうし」
と彩佳は言っている。
 
「揚げ物ができるのはポイントが高い」
「龍ちゃん、きっといいお嫁さんになれるね」
「あまりお嫁さんになりたくはないなあ」
「でも龍ちゃん、お婿さんにはならないでしょ?」
「うーん。。。ボク実はそのあたりがよく分からない」
 

「龍は恋愛も分からないって言うもんね」
「うん。王子様とお姫様の話とか聞いて、その王子さまになりたいか、お姫様になりたいかと言われると、ボク分からない気がするんだよね」
 
「まあ要するに龍は性的に未分化なんだな」
 
「ああ、いわゆる男の娘とは違う気がしていた」
 
「そうそう。男の娘は基本的に男の子で、女の子になりたい。でも龍虎の場合はそもそも男の子ではないし、女の子になりたいという意識もない」
 
「ほほお」
 
「龍は現在まだ中性なんだと思う」
 
「なるほどー!」
 
「この後、ちんちんが生えてくるか、おっぱいが膨らんで来るか」
「ちんちんは生えかかってたね」
「おっぱいも少し膨らんでいた」
 
「でも龍はどちらかを選ばなきゃいけない」
と彩佳は言う。
 
「うーん・・・」
と本人はマジで悩んでいる。
 

「男になりたかったら、おっぱいはこれ以上膨らまないようにし、女になりたかったら、ちんちんはきれいに取ってしまう」
 
取っちゃうのか・・・。川南さんからは「今年こそきれいにちんちん取っちゃおう」とかよく言われるけど。。。。。
 
「今ならまだ男にも女にもなれるけどね」
 
結局それはその後8年ほどの龍虎の最も大きな悩みとなる。
 
「取り敢えず身体は女性化させておけばいいよ」
「そうなの!?」
 
「今の時期は女性化させて骨盤を女性的にしておく。そうしないと男性的な骨盤になると、20歳くらいになって女になりたいと思っても、もうなれない。男の骨盤では赤ちゃん産めない。でも女性的な骨盤は男になっても邪魔じゃ無い。18歳頃からちんちんを発達させれば、ちゃんと男にはなれる」
 
と彩佳は言う。
 
「へー!」
 
そういうものなのかなあと龍虎は考えた。
 
「声とかもいったん声変わりしてしまうと、もう女の子の声には戻れない。でも女の子の声のまま20歳くらいまでいっても、男の声になりたいと思ったら、それから男性ホルモン飲めば声変わりが起きて男の声になれる」
 
「そうなんだ!」
 
男の声には・・・あまりなりたくない気がする、と龍虎は思った。
 
「だから今はお医者さんに頼んで女性ホルモン処方してもらって、飲んでおくといいよ」
 
と彩佳が言うと、龍虎はギクッとした。
 

食事が終わった後は各々の部屋に入ることになる。22時就寝なので1時間ほどの余裕がある。クラス委員が部屋割り表を配って回っている。
 
龍虎は彩佳・桐絵・宏恵・麻由美と一緒になっていた。
 
部屋割りを作ったのは増田先生である。この学年はどのクラスも男子が女子より多いので、各クラスに男子4部屋・女子3部屋で割り当てられている。
 
一応書いた上でクラス委員の意見を聞いたのだが、クラス委員のふたりは一瞬顔を見合わせたものの、龍虎が女子の部屋に入っていることについて何も言わなかった。実際問題として昨年の宿泊体験でも龍虎は女子部屋で問題無かったので、今年も問題無いだろうと考えたのである。
 
実際クラス委員のふたりとしても、龍虎を男子部屋に入れた方が、色々問題が多い気がした。
 

部屋割りを見た龍虎も、彩佳たちも一瞬腕を組んだり、他の子の顔を見たりしたものの
 
「龍は私たちと一緒で全く問題無いと思う」
と宏恵が言い
「ボクもこのメンバーと一緒なら構わないかな」
と言って、一緒に割り当てられた部屋に言った。
 
「龍ちゃん、女子部屋なんだね」
と麻由美が少し驚いていたが
 
「まあ龍は肉体的には男子より女子に近いからね」
と彩佳は言う。
 
「心は男子に近いから、龍は私たちの着替えは見ないように」
「目を瞑るか壁を向いているよ」
 
「でも龍はどう考えても男子部屋には入れられないもん」
と桐絵。
 
「あ、それはそんな気がした!」
と麻由美も言った。
 
「ライオンの小屋に羊を入れるようなものだよね」
「朝までに消滅してるね」
「ボク消滅するの!?」
 

持参のおやつなどもあけて、5人で結構楽しくおしゃべりして就寝時刻まで過ごす。22時すぎに増田先生が回ってきて
 
「もう寝なさい」
と言われたので
「はーい」
と返事して、灯りを消した。
 
ちなみに布団は8畳の部屋に、上3列、下2列で敷いており、窓側の方から上に麻由美、下に宏恵、上に彩佳、下に桐絵、最も入口側の彩佳の隣に龍虎という配列である。桐絵と宏恵が
 
「最も問題の少ない配列」
 
と言ったが、ふたりはついでに
「彩佳は夜中に龍を襲わないように」
と付け加えた。
 
しかし彩佳も今日の行程がけっこうハードだったので、龍虎に夜這いを掛けたりせず!?熟睡していた。
 

午前3時。
 
「龍、起きて、龍」
という小さな声で龍虎は目を覚ました。
 
「どうしたの?彩佳」
「お風呂行こうよ」
「え!?今何時?」
「午前3時。この時間なら誰も入ってないから、龍ものんびりと入れるよ。夕方のお風呂は結構緊張したでしょ?」
「うん。実は」
「私と一緒に行こうよ。そしたら何かあった時、フォローできるし」
「やはり女湯なの〜?」
「龍が男湯に入れるわけない」
 
それで2人で行こうとしていたら桐絵が起きだして
「私も行く」
と言った。それで3人で大浴場に出かけた。
 

夕方は1階の“華厳湯”に入ったのだが、今は
《↑2階女湯→1階男湯》
という看板が立っている。それで階段を登って2階にあがる。
 
時間が時間だけあって誰も居ないようである。
 
「目隠ししなくていいの?」
と龍虎が訊くが
 
「私も桐絵も何度も龍と裸を見せ合っているしね」
と彩佳が言う。
「そそ。2〜3年生の頃はよく一緒にお風呂入ったよね」
と桐絵。
 
「でも、ボクたちもう6年生だよ」
「龍はまだ男の子になってないからね」
 
そう言われてやはり“男の子”になっちゃったら、今みたいに彩佳たちとは付き合えないのかなあと少し寂しくなった。
 
3人とも裸になってしまうが、龍虎は彩佳や桐絵の裸を見ても何も感じないし、龍虎が何も感じていないようだというのを彩佳も桐絵も感じる。
 
それで3人で一緒にお風呂に入った。
 

1階の華厳の湯は岩風呂的だったが、2階の東照の湯は木の香りがする。最初に入ったのは木彫りの三猿が飾られている三猿の湯である。
 
「今夜私たちが一緒に入ったことは“言わざる”で」
「まあ、その方がいいかなあ」
 
それで3人は湯船に入ったまま、昨日の旅程のことや、学校での普段のことなどで楽しくおしゃべりをした。途中で木彫りの龍が飾られている鳴き龍の湯に移動する。
 
「龍にふさわしいお湯だ」
と言われて、龍虎は1年生の時に、龍のおじいさんに乗って空を飛んだ時のことを思い出していた。
 
「龍さ、ベルリラ担当でスカート穿くの嫌だったら、クラス委員の佐苗に言って調整してもらうよ。昨年から転校で3人減っているから、多少の人数調整が可能なんだよね」
と彩佳が言った。
 
「ボク別にスカート穿くの嫌ではないし、ベルリラでいいよ」
「そ?じゃ、そのままで」
 
「それと龍さぁ」
「うん?」
「最近少し女性ホルモンの飲み過ぎだと思う」
「・・・バレてる?」
 
「こんなにおっぱい大きくしちゃうと、さすがにヤバいと思うよ」
「ボクも少し育て過ぎたかなという気はした」
「しばらく控えてなよ。そしたらバスト小さくなって行くよ」
「そうしようかな」
と言ってから龍虎は言った。
 

「たださ」
と龍虎は言った。
 
「偶然かも知れないけど、“お薬”飲み始めてから身長が伸びたんだよ」
「え?」
 
「ボク1年生の頃から4年生の終わり頃までほとんど身長が伸びてなかったし、体重もあまり増えてないんだよ。それが去年3月にお医者さんから間違って女性ホルモン剤を渡されて3ヶ月間飲んでいたんだけど、その間におちんちんは縮んだけど身長は伸びたんだよ」
 
「へー!」
 
「その後、誤投薬が分かって、飲むのやめたらその後、おちんちんは大きくなったけど、背丈は全然伸びなくなった」
 
「うむむ」
 
「それで年末頃から、ボク彩佳が言うように女性ホルモン剤を結構飲んでる。そしたら、おちんちんは縮んでいるけど、背丈は10cm以上も伸びたんだよ」
 
「最近の龍の急成長はそのせいか。ということは、龍の選択は男だけど身長が小学2年生のままで留まるか、身長は年齢相当まで伸びるけど、おちんちんがほとんど無くなって女の子みたいになってしまうか、どちらかということか?」
 
「そうかも」
 
「既にこれはちんちんではなくクリちゃんになってる気がする。割れ目ちゃんが無いだけ」
と桐絵は龍虎のお股に触りながら!言う。
 
それで彩佳はしばらく考えてから言った。
 
「だったら、もう潔く手術して割れ目ちゃん作って女の子の形に変えてもらったら?名前も龍子に変えて」
 
「それは嫌だ」
 

脱衣場の方で何か音がするので“危ない話”は中断する。
 
眠り猫の湯に移動し、当たり障りの無い話に切り替えておしゃべりしていたら、入って来たのは増田先生であった。
 
「おはようございまーす」
「あら、あなたたち早いわね。それともずっと起きてたんだっけ?」
「寝てましたよ。0時を境にお風呂が男女入れ替わったらしいから行ってみようよと言って出てきたんですよ」
「だったらいいけど」
「少しお風呂に浸かってから、また寝ます」
「それがいいかもね」
 
「先生こそお疲れ様です。事故とかあったらいけないし、神経使うでしょう?」
「そうなのよねぇ。ここの学校ではその手の事故は起きてないけど、やはり修学旅行中に生徒が大怪我したり、死んだりという事故は毎年どこかで起きているから」
「そういう時は先生も大変でしょうね」
「うん。責任を問われるしね」
 
「でも昨日のエポックはトロッコ列車だったけど、今日はきっと華厳滝ですよね」
「うん。あそこは私も以前1度行ったけど、凄いよ。あの巨大な滝をすぐそばで見られるのがね」
 

しばらくおしゃべりしている内にふと増田先生は言った。
「そういえば、田代さんは男の子ですよ、と言っていた人がいたけど」
 
龍虎はギクっとする。彩佳と桐絵は素早く視線を交わす。
 
「こうしてみると、間違い無く女の子よね」
「そ、そうですね」
と桐絵。
 
「だって、おちんちんなんて付いてないし、おっぱいあるし」
と増田先生。
 
「龍はA60のブラ着けてますよ。Aカップ着けてる子はうちのクラスの女子でも少ないです。まだみんなジュニアブラかせいぜいAAカップだもん」
と彩佳。
 
「じゃやっぱり田代さん、女の子だよね?」
と増田先生。
 
「こんな可愛い男の子がいる訳ないです」
 
と彩佳は内心焦りながら言った。龍虎は少し悩んだが、男の子だということになると女湯に入っていることで逮捕されるのでは?という気がしたので、そのままにしておいた。
 

龍虎たちは増田先生より先にあがり、服を着て部屋に戻って少し寝た。
 
朝は食事の後、旅館のそばにある湯ノ湖を歩いて見学。それからバスに乗って湯ノ湖南端から水が落ちる湯滝を見る。そして戦場ヶ原をバスで通過しながら見て、やがて竜頭の滝もバスを降りて見学する。
 
その後、更にバスで移動して中禅寺湖に到達。華厳滝をエレベータに乗って見学するのがお風呂の中で彩佳も言った通り、午前中のエポックとなった。
 
ここで早めのお昼を食べて1時間ほど休憩する。お土産などを買っている子もいた。
 
そして12時頃またバスに乗り東照宮に移動するが、いろは坂を通過する!
 
ちなみに昨日通ったのは第2いろは坂(登り専用)で、今日通るのは第1いろは坂(下り専用)である。またまた悲鳴があがっていたし、吐く子もいる。
 
「そうか。昼食の後、1時間休憩したのはこのためか」
という声があがっていた。
 

東照宮ではバスガイドさんの案内で観覧していくが、三猿(見ザル・言わザル・聞かザル)、陽明門、眠り猫とみていくと、その度にざわめきのようなものが起きていた。しかしみんながいちばん感心したのが鳴き龍で、交替で体験したが、みんな「すごーい」と言っていた。
 
龍虎は「龍の鳴き声」というので、また《こうちゃん》さんのことを思い出した。呼んだら返事してくれたりして?と思ったら『へーい』という声がした気がして、周囲を見回した。
 

東照宮を見た後は、お土産屋さんを見て、まだお土産を買っていなかった子が買い、その後バスに乗る。バスは日光宇都宮道路→東北自動車道と走り、羽生ICで降りて、熊谷市のQS小学校まで戻った。到着したのは4時半頃である。
 
帰りのバスの中でもマイクを回してひたすら歌っていた。
 
龍虎は1回目は色っぽい歌を歌えと言われて『ベサメ・ムーチョ』を歌ったが「英語はわからん」と言われ「これスペイン語」というと「更に分からん」と言われた。2回目はとうとう曲を指定されて『ヘビーローテーション』を歌ったものの「なぜこんなに色気が感じられない!?」と言われ、3回目はもう開き直って『夜の女王のアリア』(但し3度下げて最高音はD6)を歌ったら「なぜそんなに高い声が出る!!?」と呆れられた。
 
「ひょっとしていわゆるカストラートだったりして」
「やはり睾丸が無いという噂は本当か?」
「龍ちゃんに睾丸がある訳無い」
「実際見たけど、睾丸なんて無かったよ」
「ちんちんも無かったよ」
 
などといった声があがっていた。
 
「ところで今のもスペイン語?」
「ドイツ語〜」
「龍ちゃん、スペイン語とかドイツ語とかできるの?」
「音で覚えただけだから、歌詞の内容は知らない」
「ふむふむ」
 

龍虎たちが修学旅行に行く半月前。
 
2013年6月5日(水).
 
バスケットボール男子日本代表の第四次強化合宿が始まり、貴司は東京に出て5日間の合宿に参加した。今回も龍良さんは怪我からの回復がまだで不参加だったので、貴司は「性別疑惑の追及」をされることなく、練習に専念できた。龍良さんが居ないので、貴司はずっと自分の部屋でお風呂に入っていた。“あれ”も装着していない。
 
6月6日には千里から「今日は結納1周年」というメールが入っていた。それで夕方練習が終わった後、20時半頃に自室で、千里に直接電話を掛けて少し話したが、千里は特にふたりの結婚問題を出すこともなく、ふつうに楽しく会話できた。
 
しかし20:55になると千里が
「私今から練習に行かないといけないから、またね」
と言って電話を切った。
 
この時間から練習?と驚き、貴司も許可を取ってコートに行き自主的に練習をした。貴司がやっていたら前山が来たので、彼と随分1on1をやった。
 
今回の合宿では、先日の東アジア選手権で貴司が活躍したことから、スターター枠のボーダーラインくらいの人たちがかなり厳しく貴司に対抗してくる感じで、貴司も彼らの真剣なプレイに大いに刺激される思いだった。
 
一方、日本女子代表の方は6月13日にアメリカ・ヨーロッパ遠征から戻ったのだが、6月19日(水)から第三次合宿に入った。合宿は26日までである。
 

貴司は6月5-9日は東京で合宿をしていたので会社も休んでいる。そして10日からはまた市川ラボに行き、ドラゴンズのメンバーと練習を重ねた。
 
そういう訳で、貴司は千里(せんり)のマンションには週に1回郵便物チェックに戻る以外は全く立ち寄らず、事実上市川ラボから遠距離通勤しているような状態にあった。A4 Avantは最初の頃、体育館の前にある一般駐車場に駐めていたのだが、貴司が6月上旬の合宿をしていた間に、1階の貴司が寝泊まりしている部屋のすぐそばに簡易カーポートが作られていて、雨に濡れずに車と部屋の間を行き来できるようになっていてびっくりした!
 
「なんか俺、もう千里(せんり)のマンションを解約してもいいんじゃないかという気がしてきた」
と独り言をいうが、そこには阿倍子が住んでいるので、解約する訳にもいかない。
 
貴司は結局阿倍子とはほとんど会話らしい会話も交わしていない。彼女は電話とかしてくるタイプでもないようである。
 

ところがその阿倍子が6月12日の昼休みの時間に貴司に電話して来た。
 
「何かあった?」
「あのね。お父さんが亡くなってから来月の19日で1年になるの」
「あぁ・・・」
「よかったら、1周忌の法要ができないかと思って。出席できるのは私とお母ちゃんくらいだから、大袈裟なことはしなくていいけど」
 
「それどこでやるの?」
「神戸の実家でやろうと思う」
「いいの?」
「そのくらいバレないと思うし」
「阿倍子さんとお母さんだけで、短時間なら問題ないかもね。風通しとかもした方がいいし」
「そうなの。それも気になっていたの」
 
「じゃ、神戸の実家にお坊さん呼んでお経あげてもらって、その後一緒にお墓参りくらいかな?」
「うん。そんな感じになるかな」
「お布施っていくらくらい出すもんだっけ?」
「よく分からないけど、私もお母ちゃんもお金無いし1万じゃダメかなあ」
「それはさすがに少なすぎる気がする。3万くらい包もうよ。僕が出すからさ」
「ほんと?ごめんね」
 
「いや、亡くなった後の三十五日法要にも出なかったし」
「海外出張中だったもんね。でも貴司さん、7月19日頃で空いている日ある?もし貴司さんが出られる日があったら、その日にしたいの」
 
「ちょっと待ってね」
 
さすがに阿倍子を放置しすぎたかなあと少し反省する。それでスケジュール表を見る。
 
「7月3日から15日まで台湾で大会をやっているんだよ。7月22日から8月7日までは今度はフィリピンで大会」
「忙しいね!」
と阿倍子は驚いたように言い
「だったら、17から21までの間かな?」
と尋ねる。
「平日は無理。20日も予定が入っている」
「ということは7月21日しかないじゃん!」
「じゃ、その日何とかするよ」
 

男子代表の合宿は次は6月21日から愛知県刈谷市のNBL所属ステラ・エスカイヤの体育館で行われることになっていた。
 
千里は6月20日15時頃、堂々と“細川の妻”を名乗って貴司の会社まで行き、まだこの後も仕事をする予定の一般の社員さんたちにスペインの菓子店で買ったフルーツケーキを配った。
 
「これ見たことない。どこで買ったんですか?」
「スペインに行って来た友だちのお土産なんですよ」
「へー!」
 
それで貴司と一緒に退出し、一緒にA4 Avantに乗ってドライブデートに出た。
 
「明日の朝までに刈谷市に送り届けるね」
「あ、うん」
 
それで千里が運転する車は近畿自動車道を南下。西名阪に入り、そのまま名阪国道を走って、針の道の駅(針TRS:「はりテラス」と読む)で休憩した。2年前にここに瞬嶽さんを乗せて立ち寄ったなあと思い出した。
 
「少し早いけど晩御飯食べようよ」
「うん」
 

それでレストランに入って一緒に食事をする。
 
「そうそう。これ誕生日プレゼントね」
と言って千里は紙包みを渡す。
「わぁ、ありがとう」
と言って貴司は受け取り、「開けていい?」と確認してから開ける。
 
「へ!?」
と言って貴司はそれを見て悩んでいる。
 
「《貴子ちゃん》って、女物の下着は持っていても、アウターを全然持ってないみたいだから、ドラゴンズの女子にお出かけとか誘われた時に困るでしょ?だから、こういうの1着持っているといいよ。これちゃんと貴子ちゃんが着られるサイズだから」
 
「助けて〜」
 
という訳でライトブルーのワンピースなのである。
 
「貴司が私と結婚してくれるまで、毎月女子服をプレゼントしようかな」
「変な気になったら困るから勘弁して〜」
「既に変な気になってる癖に」
「うっ・・・」
 
「ついでにこれもあげるね」
と言って小さな包みも渡す。
 
「ありがとう。これは?」
と言って開けてみる。
「すごーい!iPad miniだ!こんな高いものいいの?」
 
「誕生日にもらったネックレスのお返しかな」
「わぁ」
「私は静電体質だから使えないけど、貴司なら役立てられるかと思って」
「ありがとう!スコア付けソフトとか入れて、使うよ」
と貴司は喜んでいた。
 

その後、最近のバスケの話題などを話していたのだが、貴司が何か考え事をしている雰囲気である。
 
「何かあったの?」
「いや、千里不愉快かも知れないけど」
「そうだね。貴司がなかなかプロポーズしてくれないから不愉快」
「それを更に不愉快にして申し訳無いんだけど」
 
と言って貴司は7月21日に阿倍子の父の1周忌に出てくることを話した。
 
「それは出ていいんじゃない。行っておいでよ」
「すまん」
 
「まあ死んだ人にまで嫉妬しないし」
「うん」
「だから貴司は20日に私とお泊まりデートして、その足で阿倍子さんに会いに行くのね」
 
ふたりは7月20日にデートしようと約束していたのである。
 
「僕の罪悪感を煽るようなこと言わないで〜」
「へー。貴司にも罪悪感なんて、あったんだ?」
 

しかしその後はなごやかに1時間ほど掛けて食事をした。混み始めたのでレストランを出る。
 
「ここ温泉もあるんだね。入る?」
 
貴司はドキっとした。
 
「でも僕実は女物の下着を着けていて」
 
千里と会う直前まで女のような身体だったので女物の下着を着けていたのである。
 
「じゃ車の中で着換えて来たら?」
「そうしようかな」
「さっきプレゼントしたワンピースを着れば私と一緒に女湯に入れるかもよ」
「無理。絶対通報される」
 
今貴司は千里と会っているので男の身体に戻っている。
 
「だったら男物の下着に着替える?」
「そうさせてもらう!」
 
そんなことを言いながら、貴司は千里が近くに居ない場合、自分は女湯に入らなければならないのだろうか?と少し悩んだ。
 

ともかくも貴司は車の中で下着を男物に交換してきて、それで温泉に入った。むろん貴司は男湯に入る。そして千里はむろん女湯に入る。
 
千里は30分ほどであがったのだが、貴司はなかなか出て来ないので結局車の中で仮眠していた。19時頃やっと貴司は車に戻ってきた。貴司のお風呂が長いのは昔から謎だなと思っている。いったいどこを洗っているのだろう?
 
「でもだいぶ暖かくなったね。私服も着ずに寝ていたけど寒くなかったよ」
と千里が言うと
「千里、今服着てないの?」
と言って、貴司がドキドキしたような顔をする。
 
「毛布をめくってみればいいよ」
「うん」
 
それで貴司は車がロックされていることを確認した上で毛布をめくるがガッカリしたような顔である。本当に面白い。
 
「下着をつけてるのか」
「まあアウターは着てないよ」
「触ったりしたらいけないよね?」
「触ってもいいけど、その前にプロポーズして欲しいなあ」
「ごめーん」
 

千里は
 
「貴司も下着だけになればいいよ」
 
と唆し、ふたりは結局下着姿で“各々の”毛布にくるまって、後部座席でおしゃべりした。1時間ほど話している内に、やはりお風呂に入ったせいか貴司があくびをする。
 
「少し寝るといいよ。まだ時間はたっぷりあるし」
「うん。だったら、僕は床で寝るから」
「このクッション敷くといいよ」
「そうする」
 
それで2枚積んでいるロングクッションの1枚を後部座席の床に敷き、貴司はそこで自分の毛布をかぶって、すやすやと眠ってしまった。
 
千里はそっと貴司にキスをすると
「さて、私は練習に行ってこなければ」
と独り言のように言い、チームの練習用ジャージを着てから、スペインに行っている《きーちゃん》と入れ替わってレオパルダの練習に参加した。
 

千里がスペインから戻ってきたのは午前4時である。貴司は眠っているようだ。
 
『私も眠い。こうちゃん運転して』
『OKOK』
 
それで千里が後部座席の上で毛布をかぶって寝て、運転席には《こうちゃん》が千里に擬態して座り、車を発進させた。針から刈谷市までは2時間ほど掛かるが、《こうちゃん》は湾岸長島PAで車を駐めた。時刻は5時半である。ここから目的地までは30分ほどで行く。
 
「貴司、朝御飯食べよう」
と言って起こす。
 
「うん。あれ?ここは?」
「ここは長島。でもさっき御在所SAのコンビニでお弁当買っといたから」
「いつの間に!?」
「取り敢えずトイレ行ってから」
「うん」
「その前に服を着た方がいいけどね」
「そうする!」
 
それでトイレに行って来てから一緒にお弁当を食べた。
 
「弁当が4つあるのが凄い」
「弁当2個くらい行けるでしょ?」
「行ける行ける」
 

結局そこで7時頃まで休憩してから、千里(本人)が運転して伊勢湾岸道を進み、豊明ICで降りて、そこからほんの5分ほどでステラ・エスカイヤの体育館前に到着した。
 
「じゃ、頑張ってね」
「うん。ありがとう」
 
それでキスして別れた。
 

「こうちゃん。私も疲れたかも。車を市川に回送してくれる?私、スペインのアパートに戻って休む」
 
「うん、そうするといい。車は明日か明後日の朝くらいまでに到着すればいいよな?」
「いいけど、ガソリンは満タンにしといてね」
「OKOK」
 
それで《きーちゃん》と入れ替わりでスペインに戻り(スペインは夜中の0時半)、朝までぐっすりと眠った。
 
それで・・・こうちゃんは丸2日の事実上の休暇をもらったので、それに浮かれてしまい、うっかり、貴司の身体を女に変えるのを忘れてしまったのである。
 

貴司は千里の車が見えなくなっても、身体が男のままなので「あれ!?」と思った。それで念のため自分の身体を色々触っていたら、突然後ろから抱きつかれる。
 
「わっ」
と貴司は声を挙げた。
 
「細川君、久しぶり〜」
「龍良さん!」
「そうそう。お見舞いメール、サンキュー・サンクス・サークルKね」
「いえ、病院までお見舞いに行けたらよかったのですが」
「でも、細川君、今日はブラジャーつけてないの?」
「そういつもいつもはつけてないですよ〜」
「練習が終わったら、一緒にお風呂入ろうね〜」
「あはは、はい」
 
しかし貴司の身体はこの合宿の最中はずっと男のままだったので、安心してお風呂に入ることもでき、そして龍良さんにまた、ちんちんを握られたのであった。
 
「ねぇ、僕と一晩寝てみない?」
と龍良はあからさまに貴司を誘ったが
「すみません。結婚したんで勘弁してください」
と言った。
「ああ。村山さんと結婚したんだって?前山から聞いた」
「ええ。はい」
「だったら今晩は誰を誘おうかなぁ」
 
ちょって待て!
 
 
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【娘たちのマスカレード】(1)