【娘たちの悪だくみ】(1)

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2013年1月30日、元アイドル歌手の花村唯香が国内の病院で性転換手術を受け、本当の女の子に生まれ変わった。
 
彼女は1992年9月生まれ、つまり千里や桃香たちの2つ下の学年で、性別を隠したまま(本人の弁では訊かれなかったから答えなかっただけ)女の子アイドルとしてデビューしたものの、そんなに売れていた訳ではなかった。
 
ところが2011年秋に「花村唯花は男である」という怪文書が出回り、その件では唯花のライバルとみなされていた歌手のマネージャーが仕組んだことと分かって、そのマネージャーは芸能界から永久追放された。
 
「良かったですね。男だなんてガセネタだということが分かって」
と記者に訊かれた唯花は
 
「え?私男ですけど」
と答えて、この爆弾発言でテレビのワイドショーなどは騒然となる。
 
それで逆に話題になって彼女の曲が売れに売れる事態となったのだが、さすがにもう女の子アイドルとして売る訳にはいかなくなった。それでその後は彼女にゆかりがあった、スイート・ヴァニラズがプロデュースして、ついでに誤魔化していた年齢も正しいものに訂正した上で、男の娘ポップス歌手に転向したのである。結果的にはセクマイのファンが増えたことで、女の子アイドル時代より売れるようになってしまった。
 
「女装歌手でやっていきたいのか?それとも本当に女になりたいのか?」
と訊かれた彼女は
「できたらちゃんと身体を直して女の子になりたいです」
と答えた。
 
それで、どうせ手術するなら早い方がいいということになり、手術を受けることにしたのである。性転換手術後は6月まで静養のため休業する。
 
でも恐ろしいことに7-8月にはアルバムの制作と全国ツアーが組まれている!
 
青葉は冬子を通して、彼女の身体のヒーリングを頼まれていた。彼女とは手術前にも何度か面会したが
 
「この業界は話題になっている内にできるだけ売っちゃえという感じだからなかなか怖い」
などと冬子が言っていた。
 
「もう魔法の杖を一振りしたら、女の子になれるとかなら、いいんだけど」
と唯香。
 
「私もそうだったらいいのにってよく思いましたよ。物凄い痛みに耐えないといけないですから」
冬子。
「体験者の話を聞く度に憂鬱になります。結構長時間の手術だし」
と唯香。
 
「お医者さんにもよりますけど、早い人で2時間、長い人で6時間掛かるみたいですね」
青葉。
 
「すみません。また憂鬱になりました」
「ごめんなさい!」
 

「また性転換したんですかぁ?」
と天津子は呆れるように師匠の姿を見て言った。
 
「男になった時と女になった時で、物の見方とかがガラリと変わるから楽しいよ。性転換の過程は、ほんの15分くらいで痛みも無いしさ。天津子ちゃんも一度性転換してみない?」
 
「結構です」
「ちんちん欲しくない?オナニー楽しいよ」
 
「私は別に男になりたくはないです。それから女子高生(*1)の前でオナニーとか次発言したら去勢しますよ」
 
「それは勘弁して〜。でも天津子ちゃんも男子高校生やってみない?」
「いりません」
 
「虚空も男になったり女になったりしているみたいだけど、あいつは僕が使っている***の法ではないもので性転換しているみたいなんだよね」
 
(などと羽衣は言っているが、丸山アイは実際には女体偽装・男体偽装の達人である)
 
「・・・虚空さんって17-18年前に死んだのでは?」
と天津子は訊いた。
 
「死んだと思っていた。ところがどうも生きてて、最近活動再開したようだという噂をある所から聞いた。実際、瞬嶽の弟子(菊枝)が虚空と遭遇したらしい」
 
羽衣は自分自身が2011年7月に大船渡で虚空と遭遇していることに気付いていない。
 
「虚空さんって何歳なんです?」
「たぶん200歳くらい。ひょっとすると300歳くらいかも」
「もう人間卒業してません?」
「卒業してるだろうね」
「師匠も人間なのかどうか、かなり怪しいですけど」
「僕は人間だよぉ」
「どうだか」
 

(*1)この時期(2013年2月)の主要人物の学年
 
1990年度生 大学4年 桃香・千里
1991年度生 大学3年 冬子・政子・若葉・和実・美空
1992年度生 大学2年 玲羅・理歌・絵津子
1993年度生 大学1年 彪志・王子(**)
1994年度生 高校3年 美姫・丸山アイ・フェイ・鹿島信子・ヒロシ
1995年度生 高校2年 天津子
1997年度生 中学3年 青葉
2001年度生 小学5年 龍虎
2002年度生 小学4年 西湖
2003年度生 小学3年 桃川しずか
2004年度生 小学2年 田中蘭
 
(**)王子は絵津子たちと同じ1992年度(1992.7.30)生まれだが、留学したので学年は1年遅れている。更に王子はアメリカの大学に在籍しているので複雑。
 

2013年2月2-3日。東京都内の2つの会場で、第26回関東クラブバスケットボール選手権大会が開かれた。関東8都県から2チームずつ代表が出てトーナメント形式で大会は行われる。
 
ローキューツは千葉1位で出場し、決勝戦で東京1位の江戸娘と激戦を演じたが最後はソフィアのスリーで1点勝ち。この大会3連覇を飾った。
 

2013年2月9日。石川県金沢市のいしかわスポーツセンターで、全日本実業団バスケットボール選手権大会が開かれた。
 
この大会は各地域の予選で上位になった男子32チーム、女子16チームが参加して行われる。
 
男子 北海道1 東北1 関東11 北陸2 東海5 近畿7 中国2 四国1 九州2
女子 北海道0 東北2 関東6 北陸0 東海1 近畿4 中国1 四国1 九州1
 
男子では近畿から貴司たちのMM化学が初出場を決めた他、大阪で長年トップを取ってきたAL電機なども参加する。女子で関東からは玲央美たちのKL銀行、黒木不二子らのMS銀行、夢野胡蝶らのBC運輸、松元ツバメらの湘南自動車などが出場している。
 
これらのチームが最初は4チームずつに別れてリーグ戦を行い、各組の1位のみが決勝トーナメントに進出できるのである。
 
女子では、玲央美たちのKL銀行、早苗たちの山形D銀行、不二子らのMS銀行、九州のクレンズ、の4チームが予選リーグを突破した。
 
そして男子では、貴司たちは初戦で敗れてしまったものの、残り2つを連勝。2勝1敗が3チームになった。そして得失点差で予選リーグを勝ち抜けたのであった。
 
更に準々決勝では昨年準優勝したチームと当たるも、超絶進化している貴司、それにプロチームへの移籍が決まっている藤元らの活躍でこれを1点差勝利。BEST4に進出する快挙を遂げる。しかしさすがにそこまでで、準決勝では関東の強豪に大差で敗れた。
 
一方女子では、準決勝はKL銀行と山形D銀行が勝って、昨年秋の社会人選手権と同じ組み合わせで決勝戦が行われる。そしてKL銀行が圧勝で2連覇を達成した。
 

MM化学の社長はこの成績に歓び、選手全員と監督・コーチに3万円入りの大入り袋を配った。
 
千里は試合終了後貴司に直接電話を掛けた。
「お疲れ様、よくやったね」
「ありがとう。自分でも頑張った気がする」
「日々の鍛錬の成果だね」
「市川ドラゴンズの人たちには感謝感謝だよ」
「来年は優勝しよう」
「やはり千里はそう来るな」
 
その後貴司が市川ラボに“帰る”とビーフシチューとフライドチキンが作ってあったので、貴司は嬉しくなった。
 

2013年2月14日(木).
 
深夜22時すぎ、長崎市内の病院で、谷山宏香は自身が産む子供としては5人目となる子供を産み落とした。付き添っていた妹(弟?)の早紀が時計を見ると22:22:22と、きれいに2が並んでいた。
 
「おめでとうございます。男の子ですよ」
と助産婦が言うのに宏香は微笑んだ。
 
「お姉ちゃんありがとう」
と早紀が言う。
 
「あんたはまだ赤ちゃん産むわけにはいかないだろうか、今回までは頑張ったよ」
「ほんとごめんね」
 
「でもこの子も小空も、私が産んだ以上私のものだからね」
と姉は言った。
「うん。その子たちの育て方については、お姉ちゃんの意見を優先する」
と早紀も誓った。
 

この子は「小歌」と名付けられることになる。昨年4月に宏香が産んだ小空の弟ではあるが、4月生まれと2月生まれなので、同じ学年になる。どちらも産んだのは宏香ではあるが、実際には早紀(後の丸山アイ)の子宮にあった胎芽を宏香の子宮内に移動させたものである。
 
早紀は小空を姉に産んでもらったので、続けては悪いなと思い、最初誰か他の人に頼めないかなと思った。実際、早紀のことが好きな従姉の楠本京華は私に産ませてと言った(ついでに結婚してと言われた)。早紀も彼女なら、と思ったのだが、宏香は「京華ちゃん、未婚でまだ自分の子供も産んだことないのに代理母とかしたらダメ」と言い、年子になってしまうのだが、代理妊娠・出産してくれたのである。
 
ただ宏香は妊娠したことでお乳が出なくなってしまったので、小空にあげるお乳は代わりに早紀が出してあげた。代理妊娠直前の姉の体内の内分泌状態を自分の身体にコピーしたのである。そういう訳で早紀はまだ女子高校生(男子高校生かも?)なのに毎日搾乳してお乳を谷山家に届けさせていたのである。
 
この子たちが活躍するようになるのは恐らく2020年頃以降であろう。
 
ちなみに小空・小歌の遺伝子上の母はどちらも桃香なのだが、桃香は自分の子供が2人もできているなどとは思いもよらない。
 

「桃香、実際子供何人くらい居るのさ?」
と桃香はその日、最近付き合っているガールフレンドのひとり、真利奈から訊かれた。
 
「まだ産んだことないよぉ」
「桃香が子供を産む訳ない。桃香は産ませる方でしょ?」
「えっと・・・」
 
「でも私も桃香の赤ちゃん産んでもいいよ」
「そうなのか!?」
「だから正直に答えなよ。3人?5人?8人?」
 
「さすがに8人も産ませた覚えはない!」
 
「だって桃香が貧乏なのは、養育費をたくさん払っているせいだという噂があるよ」
「そんな噂があるの!?」
 

長崎市内の病院で谷山宏香が小歌を出産したのと同じ日、河合麻依子(旧姓溝口)が旭川市内の病院で女の子を出産した。麻依子は里帰り出産のため年末以降、旭川市近郊の実家に滞在していた。
 
千里と暢子がこの出産には立ち会い、出産後、鳥嶋明里など、L女子高関係者も病院に詰めかけてきた。
 
生まれた子供の名前は希良々(きらら)と付けられた。
 
「そういえば千里と暢子は結婚はどうなってるの?」
と赤ちゃんに授乳しながら麻依子は訊いた。
 
「私は昨年結婚するつもりだったんだけど、突然キャンセルされたから再締結を目指して頑張っている」
と千里。
 
「まるでビジネスの契約の話のようだ」
 
「私は婚約した。今年中に結婚するつもり」
と暢子が言うので
「おめでとう!」
とその場にいるみんなが言った。
 
「千里の相手は例の100万人の前でキスした人だろうけど、暢子の相手は誰?」
 
100万人になってるし・・・
 
「うん。暢子が誰か男の子と付き合っているというのは高校時代から知られていたけど、誰もその相手を知らなかった」
 
「まあそれは結婚式当日のお楽しみということで」
と暢子は照れながら言っていた。
 
「当日発表なんだ!?」
 

2月18日、青葉が推薦入試で受験していた高校から合格内定が中学校側に通知された。桃香と千里は電話で青葉を祝福した。
 
「まだ内定で正式の発表は一般入試の合格者と一緒なんだけどね」
「当日発表か」
「変なことしない限りはそのまま合格として発表されるはず」
「変なことというと?」
「何か事件を起こしたとか?」
「まあそういうものかな」
「性転換して男になったとか?」
「それはさすがに嫌だ!」
 
2月23日には第11回シェルカップの男女決勝戦が龍ヶ崎市たつのこアリーナで行われた。ローキューツは例によってBチームでこの大会に参加していたが、僅差で敗れ、準優勝に終わった。
 
打ち上げは千葉市内に戻ってから、Aチームの人でも出られる人は出て、オーナーである千里が乾杯の音頭を取り、賑やかに行われた。
 

3月1日(金).
 
全国の多くの高校で卒業式が行われた。
 
磐田市内の高校では中山洋介(ハイライトセブンスターズのヒロシ)が、ごくふつうに!?女子制服で登校してきて、教室に入っていった時
 
「誰?」
と言われた。
 
「中山だけど」
「うっそー!?」
「どうして女子制服なの?」
「中山、性転換したの?」
「あ、性転換するのもいいなあ。女になったら女湯も入り放題、女子更衣室も入り放題」
と言ったところで女子のクラスメイトで幼馴染みの弥生からぶん殴られる。
 
「いってぇ」
「ヨウがたとえ性転換していたとしても、女湯に入って来たらその場でマグナム.44(フォーティーフォー)をお股にぶち込んでやるから」
などと弥生は言っている。
「ヤンこそ、男に性転換するの推奨する」
 
「ふざけてないでちゃんと男子制服に着替えてこい」
と弥生は怒った顔で言っている。
 
「卒業式くらい女装で出ようと思ったのに」
 
「言っとくけど、中山君が女子トイレに入って来たら痴漢として警察に突き出すからね」
と別の女子も言っている。
「弥生に殺される前にね」
と彼女は付け加えた。
 
一方、男子のクラスメイトからは
「中山、その格好では男子トイレは進入禁止だからな」
と言われている。
 
「え?だったら俺、トイレはどちらに入ればいいの?」
「だからさっさと男子制服に着替えろよ」
 

長岡市内の高校では鹿島信一(後のリダンダンシー・リダンジョッシーのnobu)がごくふつうに男子制服で登校してきて、普通に卒業式の式典に出席し、ごくふつうに男子制服のまま、教室で先生のお話を聞いた。
 
それで解散ということになった時、信一は
「かかれ!」
という女子の声とともに5〜6人の女子に取り押さえられる。
 
「何?何?」
「信一君、君には男子を廃業してもらおう」
「へ?」
「連行せよ!」
「おぉ!」
 
それで信一は女子更衣室に連行されてしまったのである。
 
「ちょっとぉ、まずいよぉ、ここは」
「君はもう男子を廃業してしまうから、今日からは女子更衣室でいいのだ」
 
などと言われて、よってたかって男子制服を脱がせてしまう(完璧なセクハラである)。
 
「あれ〜。男の子下着を着けてる」
「信ちゃんは絶対、女の子下着を着けてると思っていたのに」
「僕、別に女装趣味は無いよぉ」
「いや、それは嘘だ」
 
「おっぱいも無いね」
「そんなの無いよぉ」
「信ちゃんはおっぱい大きくしているのではという説も根強かったのだが」
「女性ホルモンは飲んでるんでしょ?」
「そんなの飲んでない」
 
「でもブラジャー着けてた日は何度かあった」
「こっそり女子トイレを使っているのを見たことがある」
「お代官様、お見逃しを」
 
「こんな時のために女子下着を用意しておいてよかった」
「え〜〜!?」
 

それで信一は女子たちに裸に剥かれそうになったのを勘弁してもらい、壁を向いて男子下着を脱ぎ、渡されたパンティとブラにキャミソールを自主的に着けた。
 
「ブラジャーのホックを後ろ手で留めた」
「何か変?」
「ブラジャーを着けたことのない人がそんなことできる訳ない」
「え?そう?」
「ブラジャー普段から着けてるでしょ?」
「ブラジャーなんて着けたことないよぉ」
「それは間違い無く嘘だ」
 
「ブラウスも着よう」
「うん」
 
「ちゃんとブラウスのボタンが留められるね」
「え?留められない人いるの?」
「ふつうの男子は女子仕様の左側にボタンが付いた服を留めきれない」
「そうなの!?」
「やはり女子仕様の服に慣れてるな」
「そんなことないと思うけど」
 
「スカートも穿こう」
「穿くよ」
「すね毛が無いのは?」
「剃ってることは認める」
「じゃこの制服の上も着て」
「分かった」
 

「やはり女子制服を着せると女の子にしか見えない」
「信ちゃん、女の子の服着るの好きでしょ?」
「恥ずかしいよぉ」
「いや、全然恥ずかしがっていない」
「けっこう普段から女装しているんでしょ?」
「女装なんてしたことないよぉ」
「嘘つかなくてもいいのに」
 
「今日から信一あらため信子(しんこ)ということで」
「その字なら信子(のぶこ)でいいんじゃない?」
「ああ、それでもいいね」
 
「性別変更届けも用意しておいたよ」
と見せられるのはプリンタで印刷した書式である。
 

性別変更届
 
****殿
 
私は性別を(男)から(女)に変更しましたので右届け出します。合わせて氏名も(鹿島信一)から(鹿島信子)に変更しました。
 
生年月日:平成7年3月2日
住所:長岡市**町**−**−**
氏名:
 
2枚あって宛名は1枚は「長岡市長殿」、1枚は「( )大学殿」になっている。
 
「これ署名捺印して」
「え〜〜!?」
「署名は新氏名でね」
 
それで信一(信子)は「鹿島信子」とサインし、持っているシャチハタを押した。実はけっこうドキドキしている。
 
「じゃそれ市役所と入学する大学に提出してね」
「あははは」
 

「取り敢えず記念写真撮ろう」
 
それで信一は外に連れ出され、女子のクラスメイトや部活(吹奏楽部)の女子友人と一緒にたくさん記念写真を撮ることになったのであった。
 
「スカート穿いてちゃんと歩けるね」
「え?歩けない人っているの?」
「スカート穿いたことのない男子はだいたい膝がスカートにぶつかって転ぶ」
「嘘!?」
「やはり、かなりスカート穿いてるな」
 
「あ、そうそう。その女子制服も女子下着もあげるから」
「この制服誰の?」
「私の洗い替え用の服。もう卒業するし使わないから」
「そう?じゃ記念にもらっておこうかな」
「今日はちゃんとそれで帰宅してね」
「うーん。頑張ってみる」
「その前に一緒にロッテリア行かない?」
「あ、それは一緒しようかな」
 
「男子制服は新入生で欲しがっている子にあげていい?」
「うん。そういう人がいたらあげて」
「男子下着は廃棄しておくね」
「まいっか」
 

それで信一(信子)は女子の友人たちと一緒にロッテリアに行き、楽しく1時間ほどおしゃべりしたのであった。
 
「信子ちゃん、今日、トイレは女子トイレを使ってね」
「使わせてもらう。この格好で男子トイレには入れない」
「今後はいつも女子トイレを使えばいいよ。信子ちゃんなら女装していなくても、女子トイレに入ってとがめられない」
「・・・・・」
 
「大学に入ったら、もう完全女装生活するんでしょ?」
「そんなのしないよぉ」
「でも下着は女の子下着を買うといいよ」
「・・・買っちゃうかも」
「うん。頑張れ頑張れ」
 

札幌市内の高校では成宮真琴(Rainbow Flute Bandsのフェイ)が女子制服を着て登校してきた。
 
「まこちゃん、今日は女の子なんだ?」
「サイコロを振ったら2、偶数だったから、女の子にした」
 
「マコちゃんファンクラブの統計によると、マコちゃんがこの3年間で登校した日数は今日を含めて598日。うち男子制服で来た日が299日、女子制服で来た日が今日を含めて299日」
 
「おっすごい!」
「あ、だいたい半々くらいかなあと思ってたけど、うまく行ったね」
と本人は言っている。
 
「結局まこちゃんの性別ってよく分からないなあ」
 
「全校生徒による予想投票では、男の子説92票、女の子説243票、男の娘説84票、女の娘説23票、ふたなり説148票、無性説15票」
 
「女の子説が多いな」
 
「ボクふつうの男の子なのに」
「それ女子制服着て言っても全く説得力が無い」
「だって生理とか無いし」
「生理が出てくるべき場所はあるよね?」
「それはあるよ」
「だったら、まだ初潮が来ていないだけだよ」
 
「今日は男子制服は持って来てないの?」
「持ってるよ〜」
「だったら私と男子制服着て記念写真撮ってよ」
「いいよ」
「あ、それ着換える前に私と女子制服のまま記念写真を」
「いいよ」
 

長崎市内の高校では久保早紀(後の丸山アイ)が男子用ブレザーにズボンという格好で登校してきた。
 
「早紀ちゃん、今日はそちらで出るの?」
とクラスメイトに訊かれる。
 
「式典はこれで出ようかな、と。式典が終わったら女子制服に着替える」
「結局早紀ちゃんの性別は最後まで分からなかった」
「ボクは男の子だよ」
「それだけは嘘だ」
 
「睾丸は無いんでしょ?」
「それは小学2年生の時に取ってもらった」
「睾丸が無いなら男の子じゃないよ」
「ちんちんはあるよ」
「ちんちんなんて、ついてても些細なことだと思う」
 
「取り敢えず早紀ちゃんにはおっぱいがあるし」
「おっぱいのある男の娘とか結構いるよ」
 
「早紀ちゃんにはヴァギナがあるというかなり信頼度の高い情報がある」
「早紀ちゃんとセックスしたという男の子が数人いるし」
「その時、早紀ちゃんにはちんちんなんて無かったという証言が」
「隠していただけだよ〜。まあヴァギナはあるけどね」
「ヴァギナがあるなら、やはり女の子でいい気がする」
「生理もあるよね?」
「生理くらいあるよ」
「だったらやはり女の子だと思う」
 
「早紀ちゃんって、しばしば、まるでふたなりか何かのような発言をするけど、多分実はふつうの女の子のような気がする」
「うん。ふたなり偽装ヌードの写真は撮ったことある」
「やはり偽装なんだ?」
 
「FTMかと思ったこともあるけど、明らかにFTMの人とは雰囲気が違う」
「そうそう。むしろMTFの人に近い」
 
「性転換手術しました、と聞いた時はもったいない!と思ったけど、結局あれは嘘だったみたいだし」
「赤ちゃん産んだという話も嘘だったみたいだし」
 
「ボク性転換手術もしたし、赤ちゃんも2人産んだけど」
「それはどう考えても両立しない」
 
「でも女子制服に着替えた後で記念写真撮ろうよ」
「OKOK」
 

3月3日(日)。昨年8月に解散したドリームボーイズのリーダー蔵田孝治が、ダンスチームのメンバーだった“女性”葛西樹梨菜(歌手名:高木倭文子)と結婚式を挙げた。
 
このニュースは世間にかなりの衝撃を与えた。蔵田は常々ゲイであることを公言しており、そのゲイの蔵田が女性と結婚するなんて!?と驚かれたのである。
 
「蔵田、転んじゃったのかなあ」
「女性には全然関心無いみたいだったのに」
「実はバイだったのかも」
 
とネットでもかなり騒然としたやりとりがおこなわれた。
 
不穏な空気もあったこともあり、また直前の結婚発表だったこともあり、結婚式は人前式、披露宴は招待客を100名限定にして、放送局や雑誌記者もシャットアウト。入口に警備員を配置するというものものしい雰囲気の中で行われた。
 

千里はこの“招待客”の頭数には入っていなかったのだが、雨宮先生から“鞄持ち”の名目で同行するように言われた。実態は新島さんに頼んだら「忙しい」と言って振られたので千里にお鉢が回ってきたようである。
 
「ケイに頼もうかと思ったんだけど、ローズクォーツのアルバムの発売準備で忙しいと断られた」
「ケイはまだローズクォーツやってるんですか?」
「プレイズ・シリーズなのよ」
「ああ」
「Rose Quats Plays Girls Soundというアルバム」
「へー」
「ケイを初めとして全員女装させて制作した」
「なぜ女装するんです?」
と言いながら千里はローズクォーツのサトが女装した所を想像して顔をしかめた。
 
まるで高梁王子の女装(?)みたいになるぞ。
 
「やはり女の子の歌は女の子の気持ちで歌わないとね」
「はぁ」
 
披露宴では余興で歌を歌う人の伴奏者を命じられてピアノで伴奏した。
 
「どんな曲でも弾きこなせる伴奏者は少ないから」
「そんなもんですか?ポップス弾きならある程度売れた曲は何でも伴奏できると思うけど」
「あまり売れてない曲も歌われるから」
「なるほどー」
 
「そういう曲まで伴奏できるのは、あんたかケイか、フェイくらいだな」
と雨宮先生。
 
この時点で雨宮先生は丸山アイのことをまだ知らない。
 

「フェイちゃんたちのRainbow Flute Bands、結構な反響があっているようですね」
「うん。凄い。かなり売れてる。もう全国ツアーが決まった。世間ではメンバー各々の性別が議論されているけど、フェイの性別が分かった子は少ないみたいね」
 
メンバーが全員セクマイというRainbow Flute Bandsは今年1月にデビューした。雨宮先生も千里もけっこうこのバンドに関わっており、デビュー曲も提供している。フルートの指導自体は忙しくて他の先生に委ねたものの、メンバーが使用する虹の七色の特製フルートは、製作費を千里が出してあげている。
 
なお、Rainbow Flute Bandsのメンバーは全員中高生なので、それぞれ各地区の学校にそのまま通い、音源製作やライブの時だけ札幌や東京に集まる形で活動をしている。Dream5などと同じ方式である。アリスなどはこのバンドの活動がきっかけになって学校から女子制服での通学を認めてもらった。
 
雨宮先生も千里も彼らのバンドの出資者なので、売上げの一部をバックマージンとして受け取ることになっている。
 
「まあ迷いますよね。あとジュンちゃんも男の娘かと思われているみたい」
「あの子はそのあたり訊かれると曖昧な答えをするから、かえって疑われている」
「まあ男の娘でソプラノが出るのは、かなりレアですからね。ケイとか私とか」
 
「ケイにしても千里にしても実は元々女なのではないかという疑いがあるんだけど」
「それは無いです。ちゃんと去年プーケットで性転換手術してきましたから」
 
「それ考えていたんだけど、あんたどこの病院で手術したと言ってたっけ?」
「TAH, Tanputa Aesthetic Hospitalですけど」
「やはりそれであんたの嘘が分かる」
「なんでですか?」
「確認したけど、タンプータ先生は2009年に亡くなってその病院は閉鎖されている」
「嘘!?」
 
「だからTAHで性転換手術を受けられたのはあの病院が設立された2004年から先生が病気に倒れる前の2008年まで。それ以降の予約は全て同じプーケットでサングァン先生がやっているPhuket Plastic Surgery Instituteに引け受けてもらっている。だからTAHで手術したということ自体で、あんたが手術を受けたのは中学2年から高校3年の間であるということが確定する。そもそもあんた高校2年の時に間違いなく性転換手術済みだったからね。医師も確認している」
 
先生が言う「医師が確認」というのはバスケ協会からの指示で性別検査を受けさせられた2006.11.13ではなく、雨宮先生に連れられて去勢手術を受けに行った2007.5.13のことである。この時、雨宮先生と蓮菜も千里のお股が間違い無く女の子の形であることを見ている。もっとも本当に千里が女の子になったのは2007.5.21である。
 
「うーん・・・」
 
千里はこのタイムパラドックスに悩んだものの、あまり悩みすぎるのは“危険”な気がして、それ以上考えるのはやめることにした。
 

ところで千里は別のことで悩んでいた。
 
結婚式を挙げるはずだった12月22日にその結婚式を挙げるはずだったホテルに行ってみたら偶然にも貴司と遭遇した。そしてうまく誘惑すると結局貴司はその後1週間千里と一緒に居てくれた。
 
この時はほぼ貴司の再略奪に成功したと思っていた。
 
ところが貴司は、なかなか阿倍子と別れることに同意しないのである。彼女に慰謝料を払う必要があるなら自分が肩代わりするからとも言ってみたが、何やらごにゃごにゃ言っていてハッキリしない。
 
その後1月のデートも、2月のデートも、自分としては結構うまくやったつもりだ。しかし貴司は阿倍子と別れてくれない。自分に再プロポーズしてくれない。
 
千里は貴司の気持ちが分からなくなりつつあった。
 
貴司が自分とセックスしたがっているのは分かっているので、させてあげる手はある。しかしそれは最後の切り札なので、その切り札を使っても貴司が自分になびいてくれないと、千里はその先の手段を失うことになる。
 

2013年3月6日(火).
 
日本バスケット協会はユニバーシアード(7.6-17)女子代表12名と、アジア選手権(10.27-11.3)女子代表候補24名を発表した。その名簿を見て、驚いた玲央美は直接協会の強化部長に電話した。
 
「ああ、佐藤君。君は今の時点では代表候補ということになっているけど、実際には代表確定だから、よろしく」
と強化部長は言った。
 
「それはいいんですが、なぜ村山がリストに入ってないんですか?」
と玲央美が訊くと、強化部長は困ったように言った。
 
「実は彼女の所属チームが分からなかったんだけど、聞いてない?」
「あの子は千葉ローキューツに籍はあるはずです」
「え?でも社会人選手権とかに出てなかったよね?」
「それなんですけど、2012年中は、前半は日本代表の活動で忙しく、後半は大学の卒業準備とか結婚で忙しいからというので、籍だけ置いて試合などには参加していなかったんです」
 
「村山君結婚したの?」
「結婚する予定だったんですが、婚約破棄されたんですよ」
「嘘!?」
「だから結果的に村山は現在まだ独身です」
「彼女のプレイを最近見ている?」
「7月以降は見ていませんけど、彼女はトレーニングを怠っていない筈です」
「そうかぁ。一応検討してみるけど、試合から遠ざかっているというのはちょっと問題だなあ」
「召集すればすぐ勘が戻りますよ」
「ちょっと検討はしてみる」
と強化部長は言葉を濁した。
 

2013年3月9-11日、大阪で全日本クラブ選手権が開催された。ひじょうにレベルの高い大会でローキューツも苦戦したものの、何とか優勝。昨年の優勝に続き2連覇を達成した。なおこの大会は一昨年は震災の影響で中止されたが、その前の2010年にはローキューツは3位であった。
 
今年千里は選手としては参加していないものの、オーナーとしてチームに同行。玉緒たちと一緒に事務処理などで奔走した。代表者会議にも千里が出席している。
 
この大会を見に来ていたバスケ協会の強化部長が、その代表者会議の終わったあと、千里に声を掛け、別室で少し話した。
 

「じゃ本当に結婚がキャンセルになったんだ?」
「もう昨年の夏は踏んだり蹴ったりでした。直前で日本代表から落とされて、精神的に疲れて帰国してきたら、いきなり婚約破棄を通告されたんで」
「それは大変だったね」
と部長は同情するように言う。
 
「ついでに持病の治療で手術を受けたりもして、実は9月頃まであまりバスケをしていなかったんですよ」
「ああ。手術とかも受けてたんだ?」
 
「まあそのリハビリ中に自動車レースのラリーとかやっていたんですけどね」
「へー!それは凄い」
 
「バスケはだから10月頃から再開したんです。一時的に実力も落ちていたからこっそり練習しようと思って、私設体育館を建てちゃったんですよ」
「嘘!?」
「後で見られます?」
「それはぜひ見せて」
 

それで千里は大会が終わった後、3月12日のまず午前中にJRで甘地駅まで移動して強化部長さんに市川ラボを見せる。
 
「ここに建てたのは本来はこの3月から私は大阪で婚約者と同居する予定だったからなんですよ」
 
「なるほど。しかしこれは凄い。本格的な試合ができる。最新鋭の電子得点板まであるじゃん」
 
「ゴールに取り付けたセンサーユニットで自動的に得点がカウントされるので。ひとりで練習している時に便利なんです。FIBA非公認の機能だから大会の時はセンサーは外しますけどね」
 
「なるほど」
 
「でもここ、あくまで練習用だから、観客席とかが狭いんですよ」
 
千里は観客席とか要らないと言ったのだが《たいちゃん》が『どうせこういうのを建てるなら経費は大差無いから作っておくべき』と言ったので、1000人程度は座れる観客席が2階に設置されているのである。むろんセンターコート仕様にすれば合計2000人くらいは観戦できるはずである。一応消防署にはバスケの大会で2000人、ライブコンサートなら3000人ということで認可も取っている。
 
(フロア面積が1540m2なので法令上はフロアに7700人まで入れられるが、さすがにそれは無茶である)
 
「あぁ・・・。でも中高生の大会とかで使わせてもらってもいい?」
「はい。お安くしておきますよ」
と千里は笑顔で言った。
 

午後から新幹線で移動して、夕方には常総ラボもお目に掛ける。
 
「こちらは本当に個人的な練習用って感じだね」
「そうなんです。狭いですし。あくまでトレーニング用です」
 
「それでさ、実際どのくらいできるの?ちょっとスリーを撃ってみせてよ」
「スリーくらいいいですよ」
 
それで千里は30本撃ってみせたが、全部入る。
 
「衰えてないじゃん」
「スリーくらいは入りますよ。でも7月以降全然試合に出てないから、勘がにぶっていると思います。ですから、今回はおそらく日本代表では皆さんの足手まといになりますよ」
 
強化部長は考えていた。
 
「ねぇ、君、4月からWリーグに来ない?今ならまだ12人のロースターが固まっていないチームもある。Wリーグに来たら、その試合勘がすぐにも取り戻せるよ」
 
「私の実力じゃWリーグなんて無理ですよ〜」
「君が無理なら、無理でない選手が5〜6人しか居ないよ!」
と強化部長は言った。
 

「うーん。君の実力は評価するけど、悪いけど今うちスモールフォワードは既に2人いるから、これ以上増やせないんだよ」
 
とそのチーム責任者は貴司に言った。
 
「そうですか」
「もし来年とかに欠員が出たりしたら連絡してもいい?」
「はい、よろしくお願いします」
と言って、貴司はその事務所を出た。
 
はぁ、とため息をつく。似たような感じでもう4チームに断られているのである。
 
「やはり動き出すのが遅すぎたかなあ。でもタイミングが難しいよ。みんないつ頃、チーム巡りとかしてるんだろう?」
と貴司は呟いた。
 

その日、千里は川南の仲介でさいたま市内のファミレスで龍虎と会い、彼が持って来た折り畳み式の碁盤とプラスチック製の碁石を使って囲碁を打った。
 
龍虎が9子(し)置き、対戦したのだが、その9子のハンディ(目にして90目分くらい)があっという間に無くなるので、龍虎は「凄ぇ」と思った。彩佳だと9子置いてしまうと龍虎が勝ってしまうこともあるのである。
 
「このくらいにしておこうか」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 
「でも場面場面で物凄く考えさせられた」
と龍虎は言う。
「今みたいなのを指導碁と言うんだよ。考えさせるように千里さんは打ってくれた」
と観戦していた彩佳が言う。
「なるほどー」
 
「龍ちゃん、囲碁ソフトで練習してたでしょ?」
と千里が言った。
 
「あ、はい!」
「独特の癖がある。龍ちゃんの打ち方はソフトの打ち方の裏をかくんだ」
「わっ」
「それは人間には通用しないんだな」
「そっかー」
「だから、これからは人間相手にたくさん打つといいよ」
 
「いやこれだけ打つのなら私が5子くらいで対戦したい。私も勉強になる」
と彩佳は言っている。
 

「龍ちゃんは今5-6級の腕前だと思う」
と千里は言った。
 
「昨年秋の囲碁大会でこの子、BEST8に残って5級認定されたんですよ」
と彩佳。
「やっとあの認定に追いついたかも」
と龍虎。
「それちゃんと追いついたのが偉いね」
と川南。
 
「千里さん、私とも打って下さい」
と彩佳。
「うん。石は何個置く?」
 
「5子くらいでいいですか?」
「いいよ」
それで彩佳が千里と打ち始め、龍虎と川南が観戦した。
 
ちなみに今日の龍虎はピンクのカーディガンにペールピンクのブラウス、白い膝丈のプリーツスカートに可愛いマイメロのミュールを履いていたが、龍虎の服装には誰も突っ込まなかった!
 

2013年3月21日(木).
 
千里は《こうちゃん》からの報せで高野山の奥の、瞬嶽が長年泊まり込んでいる庵を訪れた。
 
遺体は穏やかな表情であった。千里が涙を浮かべて合掌していると
「ああ、そちらが早かったか」
と後ろから声を掛ける者がいる。
 
みるとセーラー服(さすがに冬服)姿の女子高生である。
 
「もしかして虚空さん?」
「そうか。この顔では初対面か」
「顔の変化は四十面相のクリークと同じ原理?」
「企業秘密」
 
虚空も瞬嶽の遺体に向かって合掌している。
 
「ボクは明治時代に生まれた時、光ちゃんと近所でさ。超能力ごっこして遊んでいたんだよ」
 
「悪い遊び仲間なんですね」
「そうそう。当時ボクは耳が聞こえなくて、光ちゃんは目が見えなかったから、実際問題としてESP(超感覚的知覚)で意志を伝え合うしかなかった」
 
「瞬嶽さんは目が見えないなんて信じられないくらい周囲のものをしっかり把握していました」
「活版印刷された本なら、表面の凹凸で普通に読んでたしね」
 
「たくさん“おいた”したんでしょ?」
「そうそう。本当にあれは楽しかったよ」
 

千里と虚空はしばし瞬嶽の昔話をした。主として虚空が彼の思い出を語り、千里は聞き手に回った。
 
「じゃボクたちで埋葬してあげようか?」
「そうですね。ここは私たちみたいな人以外は、春になるまで誰も来られないでしょうし」
 
それでふたりは庵の床を上げ、その地面を掘って瞬嶽の遺体を埋葬した。虚空が何やらお経を唱えていたが千里は分からなかった。
 
「ここ寒いから遺体は春まで傷まないかも」
「かもね〜」
 
それでふたりは遺体を埋めた上に石を置き、その石に虚空が筆で金墨汁を使い、《長谷川瞬嶽 2013.3.21》と書いた。
 
そして庵の床を戻した。
 

「どうやって降りる?」
「私は飛んで降ります」
「ボクは普通に歩いて降りる」
 
「じゃまたどこかで」
「うん。またすぐ会うと思うけど」
 
それで虚空は本当に“かんじき”を付けたローファーで2m近くありそうな積雪の上を歩いて降りて行くので、千里は《こうちゃん》に乗せてもらって空路で下山した。
 

ふたりが去ってから30分後、遺体を埋めた床の上に瞬嶽の“気”が集まってきて、やがてそれは人の形になった。
 
「あれ〜?僕はどうしてたんだろう?」
と呟くと
「遅くなっちゃった。回峰に出なくちゃ」
と言って、“瞬嶽”は庵を出て、いつもの回峰路を歩き始めた。
 
「なんか今日は足取りが軽い気がする。たくさん寝たせいかな?」
などと彼は呟いていた。
 

2013年3月22日(金).
 
青葉は通っていた◎◎中学校を卒業した。大船渡で過ごした中学1年生の1年間は男なのか女なのか何ともハンパな扱いをうけていだ、高岡に転校してきてからの2年間はほぼ完全に女子生徒と扱ってもらえて、青葉の心はとても充実していた。それに今は肉体的にも完全に女子になることができた。
 
青葉は涙を流しながら、校歌を、仰げば尊しを、歌っていた。
 

同じ3月22日、千里と桃香はC大学の卒業式に出席した。ふたりは4月からそのまま同大学の大学院に進学するものの、とりあえず学部は卒業である。
 
さて近年、大学の卒業式で女子には袴を穿く人が増えている。その場合、上に合わせる和服は、本来は色無地か、あるいは矢絣や小紋などが合う。基本的にはセットでレンタルするのが良い。
 
ところが最近、成人式の時に作った振袖に袴を追加して着る女子がかなり増えている。だが、これは第一礼装の振袖と本来作業着である袴を組み合わせるというルール違反の着方である。しかしあまりにもそういう着方をする人が増えてきたことから、容認する人も増えてきている。
 
しかし!
 
千里や桃香、朱音や玲奈たち“振袖会”のメンツは
 
「卒業式は振袖を着よう」
と申し合わせたのである。実際問題として、振袖を着た写真と、それに袴を加えた写真を見比べてみると
「長い袖が袴とアンバランス」
という意見が多かった。
「せっかくの豪華な振袖の柄が、袴で見えなくなるのがもったいない」
という意見もあった。
 
それでこのグループは振袖のみで卒業式に出ようということにしたのである。
 

それで千里も桃香も、成人式の時に作ったいちばん豪華な振袖を着て卒業式に出てきた。朱音も母に買ってもらった豪華な振袖を着ている。更に美緒にうまく乗せられて、清紀まで振袖(美緒が成人式の翌年に買ったインクジェット染め)を着て卒業式に出てきた。
 
「清紀、結局女子として就職するんだっけ?」
「まさか。どうせ大学院に進学して、就職は5年後だから、それまでに就職先は考える」
「ドクターまで行くんだ!」
「すごーい」
 
「もしそのまま大学の先生になったら、女装の教授として全国的に有名になるかも」
「いや、そういうストーリーは勘弁して欲しい」
 
ともかくもこのグループはひときわ目立っていた。
 

「でもみんな入学式の時は何着たの?」
という質問がある。
 
「どうだったっけ?確かトレーナーとコットンパンツだったかな」
と桃香が言うと
「青いセーターとブラックジーンズだよ」
と千里が言う。
 
「そんなんだっけ?」
「ほれ、これが証拠写真」
と言って千里が携帯を開いて写真を見せると
 
「おぉ!桃香らしい」
「ほとんど男だ」
といった声があがった。
 
「なんでそんな写真があるの〜〜〜?」
と桃香。
 
「千里は何着たの?」
 
「うーん。。。イオンで買った1万円の紳士用スーツじゃないかなぁ」
と千里が言うと
「それだけは嘘だ」
という声。
 
「千里が男性用スーツなんて持っている訳が無い」
「そもそも千里に男性用スーツは入らない」
といった多数の声。
 
すると昨年からこの振袖会に参加していた聡美H(東石聡美)が
「これが証拠写真だ」
と言って、自分のAquos phoneで写真を呼び出した。
 
「レディススーツ着てるやん」
「可愛い柄だ」
 
「うっそー!?なんでそんな写真があるの〜〜?」
と千里。
 
「つまり千里は、入学当初からふつうに女の子だったんだな」
とみんなの意見。
 
「やはり1年生の時にしばしば男装していた理由が分からん」
と言われていた。
 

同じ3月22日。熊谷市のQS小学校でも卒業式が行われていた。
 
龍虎は卒業生ではなく在校生の5年生なのだが、この卒業式では5年生の鼓笛隊が、卒業生を送る音楽を演奏する。それで5年生全員、鼓笛隊の制服を着て、各自の担当楽器を持ち、体育館の中を歩きながら演奏した。
 
演奏曲目は最終的に『銀河鉄道999』と『Yell』(いきものがかり)になった。
 
鼓笛隊の制服は、ドラムメジャーが赤い制服に白い立派なシャコ(shako:円筒状の帽子)をかぶり、サブメジャーとカラーガードがオレンジの制服を着て小型のシャコをかぶる以外は、青い制服に白いボトムで、白いベレー帽をかぶる。
 
ボトムはドラムメジャー以外全員白で、男子はショートパンツ、女子はショートスカートである。
 
そして・・・龍虎は青い制服に白いショートスカートを穿いてベルリラを叩いていた。
 
なぜボク、スカートになっちゃったの〜?と思っているが、龍虎以外は誰も彼がスカートを穿いていることに疑問を感じていない。
 

龍虎は楽器の担当として第1希望ピアニカ、第2希望木琴、第3希望トランペットと書いて提出した。しかし増田先生から呼ばれて言われた。
 
「ピアニカの希望者が凄く多くてね。それとトランペットも吹奏楽部でペットを吹いている女子が2名いるからその子たちにやらせたいのよ」
「はあ」
「それで田代さん、第2希望は木琴と書いているけど、木琴は男子にやらせたいし、あれかなり重いから身体の小さな田代さんには厳しいと思うの」
 
あれ〜。なんか話がよく分からない所があるぞと龍虎は思っていた。
 
「それでベルリラの子が今2人しか居なくて、ピアニカ弾ける子の中で2人そちらに回ってもらえないかと思って。ベルリラ叩いたことない?」
 
「一度遊びで叩いたことはありますけど」
「やはりキーボード弾ける子はベルリラ行けるよね?」
「それは行けると思いますよ」
「だったら、あなたベルリラしてくれない?」
「いいですよ」
と答えながら、龍虎はベルリラって女子だけじゃなかったんだっけ?と考えていた。でも楽器のできる人の人数の関係で調整すると言っていたから、男子でベルリラでもいいのかな?と思い直した。
 

それで龍虎は練習の時、そして前日の予行練習の時も(普通の服装で)ベルリラを叩きながら行進した。
 
そして卒業式当日になって衣裳を着けてということになった時、ベルリラチームのリーダーである舞子ちゃんは、
「はい、この制服に着替えてね」
と言って、他の3人のベルリラ担当に制服を渡す。
 
それで龍虎はあまり深く考えないまま、上着を脱いで青い制服を着、またズボンを脱いで制服の白いボトムを履こうとして・・・
 
それがショートスカートであることに気付く。
 
「舞子ちゃん、これスカートなんだけど」
「女子は全員スカートだよ」
「え?でもボク男子だけど」
 
すると舞子は言った。
「ベルリラは女子の担当。龍ちゃんはベルリラ担当。故に龍ちゃんは女子」
 
「おお、凄い三段論法!」
と同じくベルリラ担当の真智が言った。
 
「それでも万一男子だと主張するなら、女子の更衣室にいるのを痴漢として突き出す」
ともうひとりのベルリラ担当の菜絵。
 
「え!?ここ女子の更衣室だっけ?」
 
龍虎はそのことはなーんにも考えていなくて「ベルリラ担当集まって」と言われてそこに集まり「着換えに行くよ」と言われてこの教室に入っただけである。
 
なぜそのことを何も考えていなかったのかは、作者にも分からない。
 
「とにかく時間が無いから、そのスカート穿いてよ」
「あ、うん」
 
それで龍虎は青い制服に白いショートスカートを穿き、ベルリラを持って演奏しているという訳である。
 
そして、なぜこうなっちゃったのかなぁ?と龍虎は考えていた。
 
そして龍虎はこの後1年間、鼓笛隊をする度にスカートを穿くことになることに、いまだ気付いていない!
 

3月25日(月)、天津子と桃源、天機の3人は、羽衣の呼び出しで北海道のある山の頂上に集まった。
 
「師匠、いったい何を始めるんですか?」
「どうも瞬嶽が亡くなったようなんだ」
「とうとうですか!」
 
「だからこれで日本の霊能者のトップは俺になった」
などと喪服のような黒い服を着た羽衣は言っている。
 
「だから祝杯を挙げようと思ってさ」
「なぜこんな場所で」
「北海道の最高峰で本州方面に視界が効くから。奈良に向かって祝杯を掲げる」
 
それで羽衣は弟子たちにグラスを配り、氷を入れウィスキーを注いだ。
 
「師匠、昇陽(天津子)は未成年です」
「硬いこと言うな」
「Royal Challenge? 見たことないウィスキーだ」
「インドのウィスキーなんだよ。俺と瞬嶽とドイツのミュンツァーとインドの**とで、よくこれを飲み交わしたもんだ」
 
「師匠泣いてます?」
「俺がトップになったうれし涙だ」
 
弟子たち3人は顔を見合わせた。
 
「乾杯!」
と言って羽衣がグラスを掲げ、弟子たちもグラスを合わせてRCを飲んだ。
 
おつまみの羊の丸焼き!?を食べながら瞬嶽の想い出を語り合ったが、羽衣が涙を流しているのを弟子達は静かに見守った。
 

3月29日、瞬嶽の5人の弟子、瞬嶺、瞬高、瞬醒、菊枝(瞬花)、青葉(瞬葉)は、瞬嶽が亡くなったのではと話し、冬山登山の装備をつけて、雪や氷を掻き分けながら半日掛けて山を登り、瞬嶽の庵に到達した。
 
そこには長年見慣れた瞬嶽の姿があったものの、それが霊体のみで肉体を伴っていないことに気付く。
 
瞬嶽の霊体は5人の弟子としばし話をした上で、彼らに送ってもらって天国に旅立っていった。5人は瞬嶽が生前から自分の墓石にしようと立てていたらしい大きな自然石に
 
《長谷川瞬嶽(俗名光太郎)明治十九年六月三日生・平成二十五年三月二十一日没》
 
と記した。瞬嶽の葬儀はあらためて★★院でおこなうことにした。
 

2013年3月30日(土).
 
この日は市川ドラゴンズの練習はお休みなので、MM化学の練習が桃山台の体育館で終わった後、貴司は久しぶりに千里(せんり)のマンションに帰った。
 
エントランスを通り33階にエレベータであがって、ドアを開けたら、台所のシンクの所で洗い物をしている人の姿がある。
 
貴司はてっきり千里と思い
「あれ?来てたの?」
と尋ねた。
 
ところが彼女が振り向いたら、千里ではなかった。
 
「お帰りなさい、貴司さん」
「阿倍子さん!?」
 
「私、あなたの婚約者だから、ここに居ていいよね?」
「え、えーっと」
 
「私住む所無くなっちゃって。取り敢えず身の回りの荷物だけ持ってここに来ちゃった」
と彼女は言った。
 
貴司はどう返事していいのか分からないまま、阿倍子の顔を見つめる。
 
「荷物がまだたくさんあるけど、明日までに退去しないといけないの。貴司さん手伝ってくれない?」
 
貴司は腕を組んで悩んだまま阿倍子を見ていた。
 
 
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【娘たちの悪だくみ】(1)