【娘たちのクランチ】(5)

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千里が頑張ったおかげで手術の最後の縫合が終わるまで千里の心臓はしっかり動き続けた。
 
『お疲れ様〜』
『みんなありがとう。そうだ青葉の方の様子は?』
と最後は向こうで青葉の近くで見守ってくれていた《てんちゃん》に尋ねる。
 
『こちらは今意識回復した所よ。千里あと少しだけ意識を維持しておいて』
『うん』
 
《てんちゃん》の目を通して千里も青葉の様子を見ることができる。どうも青葉は自分自身をヒーリングしようとしているのだが、それができないようである。
 
『パワーゲージが落ちてるね』
『傷が大きいから青葉の身体のバランスが取れないのよ』
『彪志君がそばに付いているのなら、彼のエネルギーが使えるはず。彪志君に手を握るように意識させて』
 
『うん。思念を送り込む』
 
すると彪志が気付いて青葉の手を握ってあげた。それで彪志から青葉にエネルギーが流入する。青葉はそのパワーを使ってまず自分の身体と精神のバランスを回復させた。すると青葉と菊枝のコネクションが繋がったようである。
 
『千里、来るぞ。スタンバイしろ』
と《とうちゃん》が警告した。
 
『うん』
 
菊枝は青葉に筆ペンを使うように指示した。彪志に取ってもらって筆ペンを青葉が左手に握る。途端に千里はその筆ペン(元々は千里の所有物)を通して、青葉から大量にエネルギーを吸い上げられる。
 
「ひぇー」
と千里は思わず小さく声を出してしまった。
 
『大丈夫か?千里』
『辛いけど頑張る。まずは青葉を回復させないと始まらない』
『千里寝てた方がいい。その方が消耗が少ない。心臓がサボりそうになったら起こすから』
『そうする。お休み』
 
それで千里は眠ってしまったが、寝ている間にもどんどんパワーを青葉に供給し、それで青葉は体力を回復させていった。
 

千里は2時間ほど寝ていたが、その間に病室に戻されたようである。目を覚ました時、桃香が心配そうにこちらを見ていた。
 
しかし・・・辛い。
 
何か今にも死にそうな気がする。これ遺書でも書かなきゃいけない?と一瞬千里は思った。それでなくても手術で体力を消耗している時に青葉の回復のために大量にエネルギーを供給した。
 
千里が辛そうなのを見て桃香がナースコールし、痛み止めを処方してもらったものの、その程度で利くものではない。さっきは青葉が身体のバランスを取れずに苦しんでいたが、今度は千里が身体のバランスを取れない。青葉にたくさんエネルギーをあげたことで自分のパワーが危機的水準まで下がっているのだ。
 
これじゃビッグクランチ(一点収縮)じゃなくてビッグリップ(粉砕)だよぉと思う。
 
『千里、予備タンクをひとつ開けるよ』
と小春が言った。予備タンク?そんなのあるんだっけ?
 
しかし小春がその《予備タンク》を開けてくれたおかげで、千里は『今にも死にそう』という気分から『物凄く辛い』という程度まで回復した。
 
『千里凄い。自力で回復させてる』
と小春の操作には気付かなかった眷属たちから声が出る。
 
その『物凄く辛い』状態で1時間ほど苦しんでいた時、桃香の携帯が鳴った。青葉がこちらに電話を掛けてきたのである。青葉は例のローズクォーツの数珠を千里の「仮想子宮」の上に置いてくれるよう言った。
 
そして青葉は電話を通して、千里の新しい膣の部分の傷をヒーリングしてくれたのである。ぐいぐい痛みが減っていくのを感じる。
 
青葉すごーい!と千里はマジで思った。
 
青葉が作業を始めるまで、霊的操作の跡を見られるとまずいので作業を控えていた《びゃくちゃん》も一緒に傷の修復作業をしてくれた。ふたりの作業のおかげで、千里は劇的に痛みが減っていき、それとともに精神的な回路が回り始めた。
 
千里の顔色がみるみる良くなっていくので桃香は驚いているようだ。唯物論者の桃香もこの時は青葉のヒーリング能力をハッキリ認めた。
 

ヒーリングが1時間ほど続いた所で桃香が
「これ以上は青葉に負担がかかりすぎる」
と言って作業をやめさせた。
 
それでこの日の交信は終了する。しかし結果的に青葉と千里はお互いの能力で協力し合うことによって、いちばん辛い状態から脱出することができたのである。
 
『しかしこれ青葉の手術が先で良かったな』
『思った。逆だったら私あの瀕死の状態で3〜4時間耐えてないといけなかった』
 
その後、千里も青葉も普通の人の倍以上の速度で回復していき、双方の主治医を驚かせることになる。むろん青葉は毎日自分と千里をヒーリングしていたし、《びゃくちゃん》も千里の傷を修復してくれていた。
 

18日の昼休み、学級日誌を担任の増田先生に渡すのに職員室に行った龍虎は先生から唐突に言われた。
 
「田代さんさあ、体育祭の時とか先頭列で元気に踊っていたけど、普段はわりと引っ込み思案だよね」
「そうですかね」
「やはり、もっと積極的に学校生活を送った方がいいと思うのよ」
「はい」
 
「今週末に学習発表会の演目と出演者を決めるけど、田代さん、思い切って主役に立候補してみない?」
「主役ですか!?」
 
「田代さん、国語の朗読とか凄くうまいじゃん。だからお芝居のセリフなんかも上手に言えると思うのよね。去年の学習発表会の劇では何の役したんだっけ?」
 
「去年の演目は『白雪姫』で、私、魔法の鏡の役だったんですけど、当日主役の磯村(麻由美)さんが風邪引いて休んじゃって、誰かセリフ覚えてる人?と聞かれたので手を挙げたら、だったらあんたやりなさいと言われて、白雪姫役を演じたんです。磯村さんもわりと身体が小さいから、彼女の衣裳が入る子が少なかったのもあったんですけどね」
 
「白雪姫をやったのか!」
 
「3年生の時は、わらしべ長者でミカンと反物を交換する人の役で」
「ああ、あの役か」
 
(ミカンと反物を交換する人は、旅の商人というパターンと、若い女性で実は最後に出てくる長者の娘だったというパターンがある。龍虎は実際には男物の和服を着て男性の商人を演じたのだが、増田先生は長者の娘を想像した)
 
「2年生の時は笠地蔵の11番目のお地蔵さんでした」
「お地蔵さんがたくさんいたのね」
「はい。18人です」
「凄い!!」
 

「だったら、今回主役やっちゃいなよ」
「何の劇をするんですか?」
「ピーターパンの予定」
「ああ」
 
龍虎はピーターパンって確か《永遠の少年》だよなと思った。成長しない子供というのなら、わりと自分がやってもいいかもと思った。
 
「分かりました。じゃ主役に立候補します」
「うん。頑張ってね」
と増田先生は言った。
 
ちなみに増田先生がいう「主役」とはウェンディーのことである!!
 

7月19日、射水市・プーケット。
 
昨日性転換手術を受けた青葉と千里は、各々の病院で爽快に目を覚ました。眠っている間に基本的な身体の自然治癒能力が働いて傷と痛みをかなり癒やしてくれたのである。青葉の主治医・松井医師は傷口を点検して
 
「これは普通の患者なら3日くらい経った状態だ」
と言って驚いていた。
 
千里の主治医も
「信じられない。あなた物凄く再生能力が高いね」
と驚いていた。
「以前掛かった医者から、あなたは腕を切断しても腕が再生しそうだと言われたことあります」
と千里が言うと
「そしたら、あなたのおちんちんも再生したりして?」
と医師が突っ込む。
「それは嫌です!」
と千里はマジで言った。
 
お昼過ぎ。千里の携帯が鳴る。『恋のダンスサイト』の着メロなので桃香はいぶかるような顔をする。それが千里の彼氏、つまり千里との婚約を破棄した男性からのメールだというのが分かっているので、一体何の用なのだと疑問を感じたのである。しかし千里にはだいたいの内容が想像ついていた。
 
《阿倍子のお父さんが亡くなった》
とだけあった。千里は速攻でメールを削除して桃香には見せなかった。
 

貴司は実際にはこの日19日から22日までまた合宿に入っていたはずである。千里がメールを受信したのは13時頃で、日本時間では15時。午後の練習中の休憩時間に阿倍子さんからのメールを見てそのことを知り、わざわざこちらにも報せてくれたのかな?と千里は思った。
 
ロースターに入れるかどうかギリギリの貴司は絶対に合宿を途中で抜け出すなどということはできないはずである。貴司は阿倍子のお父さんの葬儀には出られないだろうと千里は想像した。
 

7月15日までの合宿をこなした貴司はその日の最終新幹線で大阪に戻った。阿倍子からお父さんがかなりやばい状態になっているという連絡は入っていたものの、そちらに顔を出すのは困難だった。合宿の間に仕事が溜まっており、貴司は16日も17日もあちこち走り回ることになる。17日は午後からソウルまで行ってくるハメになった。帰国したのはもう18日のお昼近くである。空港から会社に行って報告をし、合宿に入るので申し訳ないがその後をお願いしますと言って14時すぎに会社を退出させてもらった。
 
貴司はこの日千里が“性転換手術を受ける”と言っていたことを思い出した。冗談なのかも知れないが、ひょっとしたら何か治療のための手術でその内容を自分に言いたくないのかもと思った。それで千里の携帯に
 
《付き添ってあげられなくてごめんな。手術頑張れよ》
というメールを送った。
 
貴司はいったん自宅に戻るとシャワーを浴びて身体をきれいにする。そしてAUDI A4 Avantに乗ると、滋賀県竜王町の三井アウトレットパークまで走った。そしてその中にあるナイキのショップに行くと、勇気を出してスポーツブラのコーナーに行く。そして何個か手に取って製品を見ていたものの、どうも分からない。
 
それで意を決して、女性の店員さんに声を掛けた。
 
「すみません。スポーツブラが欲しいんですが」
「はい。お嬢さんのでしょうか?」
 
う・・・俺ってブラが必要な娘がいるくらいの年齢に見える??
 
「いえ。僕が使います」
 
すると店員さんは困ったような顔をして言う。
「たいへん申し訳ありません。うちでは男性用のブラジャーは取り扱っていないのですが」
「それが僕はホルモンの異常で胸がかなり大きくて、競技をする時に邪魔になって困っているんです。それでブラジャーで抑えられないかと思って」
と貴司は恥を忍んで説明した。
 
「失礼しました。少し触っていいですが」
「はい」
それで店員さんが貴司の胸を触る。
「これは結構ありますね」
「そうなんですよ」
「普段も普通のブラジャーつけておられます?」
「いいえ」
「じゃ取り敢えずサイズを計りますね」
 
それで店員さんが計ったくれたのによると貴司のバストはアンダーバスト103cm, トップバスト115cmでC100あるいはB105でフィットすると思うということであった。それで試着させてもらうとB105では胸の“中身”がおさまりきれない感じである。結局C100を買うことにした。
 
「友人の女性アスリートがつけているんですが、ガッチリと抑えて邪魔にならないようにするタイプもありますよね?」
「はい、あります。ただお客様のサイズでしたら注文販売になると思うのですが」
「構いません。それも取り敢えず3枚ください」
「はい」
 
それで貴司は普通のスポーツブラを取り敢えず6枚(このサイズはこれだけしか在庫が無かった)買い、ハイサポートタイプのを3枚注文した。
 

その後貴司は大阪まで戻ると、深夜の歓楽街に行き、あらかじめネットで調べておいたお店に入った。もうこの際恥ずかしがっても仕方ないので最初からお店の人に訊く。
 
「****が欲しいんですが」
「えっと・・・FTMさん?」
 
貴司の身長なら男性客と思われてもおかしくないのだが、店員さんは貴司にバストがあるのを認めたので大柄だけど、男性ホルモンをやっている女性かもと思ったのである。
 
「あ、はい(ということにしておいた方がいいだろう)」
「ハーネスも使われます?」
「はい(確か必要だったはず)」
「リング式とプラグ式とどちらがお好みですか?」
「えっと・・・」
 
貴司が分かっていないようだったのでお店の人は丁寧に説明してくれた。
 
「リング式というのはこのように****を通す穴が空いています。****の根本は広がっているので、それで留まるんですね。多くの****に適合します。プラグ式というのはこのように取り付け器具が付いているもので、****側にこれに合う穴が空いている必要があります。対応する****が少ないですが、しっかり固定してくれるのが特徴です」
 
それで実際にいくつかの商品を見せてもらってから、結局リング式の目立たない色の肌色のハーネスと、物凄くリアルな****(ソフトタイプ・中空)を買った。ソフトというのは日常用でハードは性交用である。中空になっているのはそこに"STP"などを通す。ただこの時点では貴司はSTPのことを知らなかった。
 
中空タイプの物には男性が使用して、自分のおちんちんを入れることのできる物もある。実は****は男性の使用者も結構いるのである。これはEDの場合と巨大化させたい人の場合がある。ただ現在貴司はそういう使い方はできない。
 

それで貴司はまた自宅に戻ると、もう最終新幹線が出てしまっているので、AUDI A4 Avantに乗り、一路東京を目指した。
 
しかし海外出張の後、更に色々走り回った後なので猛烈に疲れている。もうダメ〜と思って、途中の湾岸長島PAに車を駐め、そこで熟睡してしまった。
 

貴司を監視していた《げんちゃん》は、眷属のリーダーである《とうちゃん》に相談した。
 
『分かった。貴司が遅刻して代表から落とされるのは千里も望まないだろう。勾陳行ってやれ』
『OKOK』
 
それで《きーちゃん》が《げんちゃん》の位置と《こうちゃん》の位置をスワップしたので、《こうちゃん》は貴司を助手席に移動し、自らは千里に擬態して、A4 Avantを運転して伊勢湾岸道・東名を東京に向かった。
 
明け方、ナショナル・トレーニング・センターのゲート近くで車を一旦停止させる。そして貴司を揺り起こした。
 
「貴司、朝だよ。合宿頑張ってね」
と《こうちゃん》は千里の振りをしてキスまでして!言った。
 
「千里!?」
と貴司が驚いて声をあげ、目を覚まし、微笑んでいる“千里”の姿を見るが、次の瞬間、《こうちゃん》はもう姿を消していた。
 
(こうちゃんは大の女好きだが、実は男でも行ける)
 
「貴司、今回は付けといてやるからな」
と《こうちゃん》は言うと、《きーちゃん》に連絡して、また《げんちゃん》と入れ替えてもらった。
 

貴司は確かに今千里を見たと思ったのに居ないので、キョロキョロ回りを見た。ドアを開けて外に出てから後部座席をチェックするもやはり誰もいない。
 
「俺やっぱり千里のことが好きなんだろうなあ、夢にまで見るなんて」
とキスされた感触の頬を触りながら独り言を言うと、近くで不可視の状態で待機している《げんちゃん》が頷いていた。
 
貴司は自分がナショナル・トレーニング・センターの近くにいることに気付く。「なぜここに居るんだろう?」と首をひねったが、運転席に就いた。車を出そうとして何か違和感を感じる。
 
嘘!?無くなってる。
 
貴司は脱力する。
 
嬉しいー!
 
もしかしてあちらも?と思い、お股を触ってみたが、そこには期待したものは無かった。
 
「まあいいや。こちらは多分何とか誤魔化せる」
 
それで車をスタートさせてゲートまで行き、IDカードを見せて中に入った。更にアスリート・ヴィレッジに行き、入館手続きをしていたら、いきなり後ろから身体を抱きしめられた。
 
「わっ」
と声をあげる。
 
「龍良さん!?」
「細川君、これ何つけてんの?胸」
「えっと、ブラジャーです」
「君女装趣味?」
「そういう訳じゃないんですけど、ブラジャーつけてると身体が引き締まって素早く動ける気がするんですよ。龍良さんもいかがですか?」
 
「そうだなあ。朝起きて女になっていたら考えてみる」
と龍良は言い、残念そうな顔をして離れた。
 

その日貴司は“あそこも無いままで邪魔にならない”し、今朝起きてみたら“あれも無くなってて邪魔にならない”しで、ドリブルの速度は前回の合宿より更に早くなり、瞬発力も元の速度が戻って、ひじょうに調子が良かった。
 
なお、ブラジャーもハーネスも練習前に取り外してきている。
 
しかし、ひょっとしたらちんちんは無くてもいいのかも、などと貴司は思っていた。ただちんちんが無いと不便なのはトイレである。貴司は必然的に個室を使わざるを得ないので、どうもそれが面倒くさい。女の子って生まれた時からこうしてるって、大変なんだなあ、などと貴司は便器に座りながら考えていた。
 
昼休みに電話で阿倍子と話したが、お父さんはもう完全に意識が無いらしい。さきほど集中治療室に移されたが、医者からは覚悟しておいてくれと言われたと言っていた。
 
15時に小休憩が入る。練習中はスマホの電源を落としているのだが、電源を入れると阿倍子から《お父ちゃん、亡くなった》というメールが入っていた。貴司は少し考える時間が欲しかったので先に千里に
 
《阿倍子のお父さんが亡くなった》
とメールした。その後、阿倍子にもメールをしようと思ったのだが、途中まで書いた所で
 
「練習再開するぞ」
というキャプテンの声が掛かるので、やむを得ず貴司はスマホの電源を切ってバッグに戻し、コートに戻った。
 

結局、夕食の時間に電話で阿倍子と話した。本当に申し訳ないが合宿の途中を抜け出すことはできないことを説明。向こうも仕方ないねと言ってくれた。21日が友引なので、そこに葬儀がぶつからないようにして、21日通夜・22日葬儀ということであったが、貴司の合宿は22日まで続くので結局出られない。23日にお線香を上げに行かせてということで了承を得た。
 

さて・・・。
 
貴司はこの日、練習が21時に終わると、急いで部屋に戻り“準備”をしてから大浴場に行った。急いで来たのでまだ誰も来ていない。服を脱いで浴室に入り身体を洗ってから浴槽に入る。間もなく龍良さんと、どうも新野さんが来たようである。
 
龍良さんは浴槽に入ってきて貴司がいたのを認めると即寄ってきて、あそこを触った!
 
「なんだ、付いてるのか」
「付いてますよぉ!以前にも触ったじゃないですか」
「いや、どうも細川は実は付いてないのではという気がして。残念だ」
などと彼は言っている。
 
更には胸にも触られる。
「おっぱいも無いな」
「男におっぱいがある訳無いじゃないですか」
「いや何度か接触した時に、胸があるような気がしたから」
「それ例によってブラジャー着けてたんですよぉ」
「ああ、それで胸があるように感じたのかな」
「どっちみち試合中はよけいな下着つけるのは禁止ですから着けませんけどね」
「うん。女子のブラジャーは仕方ないが、男子のブラジャーは違反になると思う」
と言ってから
「特殊な事情で、おっぱいがある場合はたぶん認められる」
と龍良は言ったが、そのことばに貴司はドキッとした。
 
なお「細川は変態でしばしば女の下着をつけてるらしい」という噂はあっという間にチーム内に伝搬していた!
 

19日夜、千里はいったん《せいちゃん》と交代でこちらに来てくれた《げんちゃん》から、貴司の状況について報告を受けた。ただし貴司の“ちんちん”と“おっぱい”の問題については知られると叱られそうなので何も言わない。
 
「通夜・葬式っていっぱい人が来るの?」
 
「阿倍子との電話を聞いていた感じでは、お父さんの同僚とかが来てくれるみたいだよ。あそこ親戚はほとんど居ないみたいね。お父さんは一人っ子で両親は亡くなっているし。お母さんのお姉さんが1人いるくらい(*1)」
「お父さんは会社勤めか何かだったの?」
「どうもそうみたい」
 
千里は考えた。
 
「あそこのおうちって、収入はどうなっている訳?」
「俺も考えた。想像だけど、お父さんは休職中で、たぶん健康保険の傷病手当金で給料の7割相当額をもらっていたのだと思う。それとたぶん生命保険」
 
(*1)龍造の妹が忠子で忠子の娘が保子、保子の娘が阿倍子。龍造の養女が輾子で実家の所有権を巡って保子と争っている。名古屋在住の保子の“姉”憲子というのは、忠子の夫が前妻との間に作った子供で、龍造とは血が繋がっていない。前妻の手で育てられたが、子供の頃から保子とは姉妹としての付き合いがあった。
 

「阿倍子さんはお仕事してないんだっけ?」
 
「してないみたい。というか無理だろ、あれ。だって普通に歩いていても、数分歩く度にしゃがみこんで休んでいるぞ。物凄く身体が弱いみたい。あれで妊娠が維持できる訳がない気がするけど」
 
「妊娠?」
 
《げんちゃん》が『しまったぁ』という顔をした。《とうちゃん》が頭を抱えている。その問題は今話したら千里が激怒して身体によくないだろうから言わないようにしようと眷属たちで話し合っていたのである。
 
「ね。阿倍子さん、妊娠している訳?」
と千里が凄い顔で迫るので《げんちゃん》はタジタジとなる。
 
「えっと、してたかも」
「誰の子供?」
「それは貴司君の子供だと思うけど」
 
「あいつふざけやがって!」
 
と言って千里が物凄い怒りの形相をして拳でベッドの手すりを叩くと、この時宿舎のベッドで寝ていた貴司はベッド外に放り出され、床に身体を叩き付けられた。むろんその程度で怪我するような貴司ではないが
 
「何だ?何だ?地震か?」
と言って緊急速報が流れていないかテレビを点けた。
 

『あいつ、それで私を捨てて阿倍子さんを取ったのか!?』
 
千里の目が怒りに燃えているので、眷属たちが少し距離を置くほどだった。平気でそばにいるのは《こうちゃん》だけである。《きーちゃん》も平気ではないようだが頑張って近くに居てくれる。
 
『貴司、いっそ絶対によその女とできないように、ちんちん取っちゃおうか?』
と《こうちゃん》が言う。
 
『許す。もう貴司には男を廃業してもらおう』
『OKOK。じゃ帰国したらやっておくよ』
と《こうちゃん》が楽しそうに言うのを、他の眷属たちは呆れて見ていた。
 
『だけど千里、貴司君が男でなくなってしまったら、千里が誘惑した時、セックスできないぜ』
と《りくちゃん》は《こうちゃん》に視線をやりながら言う。
 
『私と会っている時だけ、ちんちん戻すってできる?』
『まあできるよ』
『じゃそれで』
 
『しかしセックスしようとして貴司のちんちんが無かったら阿倍子さん仰天するだろうな』
『それで別れてくれたら何も問題無い』
『なるほどー!』
 
そして実際問題としてこの怒りが千里の回復速度を上げることになったのである。
 

19日の夕方、富山。彪志は青葉の様子がとても元気そうなので、学期末でもありいったん千葉に戻ることにして、朋子が駅まで送って行った。彪志と入れ替わりに美由紀と日香理がお見舞いに来てくれて、しばらくおしゃべりしていったので、青葉はまた精神力を回復させることができた。
 
21日にはクラスメイトが大勢押し掛けてきて騒ぎすぎて注意される程であった。来たのは大半が女子だが、男子の呉羽君・奥村君・吉田君の3人も来てくれていた。もっともその中でちゃんと性転換手術を受けた青葉のお見舞いと分かっていて来たのは奥村君だけで、呉羽君と吉田君はよく分からないまま「あんたも来なよ」と言われて連れてこられたらしかった。
 
23日には忙しい中、冬子もお見舞いに来てくれた。実は冬子は23日にKARIONの金沢公演があって、そのついでに寄ってくれたのだが、この時点で冬子がKARIONのメンバーであることは世間的には知られていなかった。
 
でも青葉は知っていた!ので、青葉としては金沢公演のついでに来てくれたのだろうと思っていた。
 
しかし青葉は「冬子がKARIONのメンバーであることが世間的に知られていない」ということを知らなかった!ので、その問題についてこの時は何も話さなかった。
 

7月20日(金).
 
龍虎の学校ではこの日は1学期の終業式なのだが、その後の学活で、秋の学習発表会の出し物と主要演者を決めることになっていた。ところがこの日龍虎は学校に遅れて出て行った。
 
実は18日に志水英世(龍虎の最初の里父)の祖父(母の父・秩父市在住)が亡くなったのである。龍虎にとっては曾祖父のようなものである。実際一緒に動物園に行ったこともあるし、何度かお小遣いももらっている。
 
志水照枝も福井から緊急に出てきたのだが、龍虎も故人の曾孫として放課後電車で駆けつけた。熊谷から秩父へは秩父鉄道で1時間である。
 
結局19日通夜・20日葬儀ということになったのだが、龍虎は19日は学校を休み、20日は終業式だからということで葬儀には出ずに朝曾祖父にお別れをしてから熊谷市に戻ることにした。
 
ところが秩父鉄道で事故が起きて、電車が遅れてしまったのである。
 
それで結局龍虎が学校に辿り着いたのは10時半頃であった。
 

学校では既に体育館での終業式は終わり、各クラスで学活が行われていた。
 
「遅くなって済みません」
と言って龍虎は教室に飛び込んで来た。
 
「ちょうどいい所に来た。龍ちゃん、今学習発表会の演目が決まって、これから役を決めようとしていた所だったのよ」
と学活の司会をしていた学級委員の麻耶が言った。
 
「今主役をやりたい人って聞いたけど誰も手を挙げなかった所なんだけどね」
ともうひとりの学級委員の藤島君が言う。
 
あ、主役に立候補しなきゃ、と龍虎は思った。それで言った。
 
「はい!だったらボク主役に立候補します」
 
一瞬クラスの中がざわめいたのだが、やはりボク普段あまり目立たないのにこういうのに突然立候補したからかなと思った。
 
「いや、龍ちゃん、適任という気がする。だって歌がうまいもん」
と桐絵が発言する。
 
「そうそう。この役はけっこう歌が大事なのよね」
と真智。
 
「みんな、そんなに歌が歌えないといって尻込みしてたんだもん」
と優梨。
 
ん?歌?ピーターパンって何か歌うシーンがあったっけ?
 
「じゃ龍ちゃんが立候補したので主役ということで」
と言って、麻耶は黒板に
 
《マリア 田代》
 
と書いた。
 

「マリアって誰?」
と龍虎は訊いた。
 
「この物語の主役」
「ピーターパンにマリアって役あったっけ?」
「ああ。『ピーターパン』という意見もあったんだけど『サウンド・オブ・ミュージック』になったから」
 
「嘘!?」
と龍虎が驚いて声を出すと、増田先生は言った。
 
「ピーターパンのウェンディもいいけど、サウンド・オブ・ミュージックのマリアもいいと思うよ。田代さん、歌がうまいから、ホント適任よね」
 
「マリアが歌う歌は『サウンド・オブ・ミュージック』『ドレミの歌』、『私のお気に入り』『ひとりぼっちの山羊飼い』かな」
と麻耶。
 
「うん。『エーデルワイス』はゲオルクが歌う」
 
「アルプスの物語だからアルプスっぽいディアンドルを着るといいね」
「ディアンドル?」
「ジャンパースカートに似たアルプスの民族衣装ね。エプロンと組合せる」
「それ私が縫ってあげるよ」
 
ちょっと待って。もしかしてボク女の子役をするの〜〜〜〜!?
 

7月22日の夕方、貴司の合宿は終わったが、龍良は妙に貴司に絡んで来る。
「細川くーん、飲みに行かない?」
「すみません。明日朝から仕事があるので帰ります」
と言って逃げ出したが、龍良はいかにも酒が強そうである。こちらが酔い潰されると絶対ホテルに連れ込まれて“やられて”しまう気がする。彼は貴司が実は女なのではと、かなり疑っている様子なのである。
 
ともかくも東京駅に出て、新幹線の座席に身体を沈めたが「うっ」と思う。
 
恐る恐る自分の胸を触る。
 
「戻ってる」
と小さな声を出してから貴司はため息を付いた。
 
何もつけてないと揺れて痛いので、トイレに行ってスポーツブラを着けてきた。
 
「執行猶予3年と言っていたけど、麻酔してもらうので1年延びたから4年間、俺はこのままなのかなあ」
などとつぶやき、窓の外の夜景を眺めていた。
 

7月23日(月).
 
貴司が出社すると、先日から色々交渉している件でまたソウルに行って来てほしいと言われる。結局そのまま関空に行って仁川(インチョン)行きに飛び乗った。どうも数日掛かりそうなので、阿倍子のお父さんに線香をあげにいくことができない。貴司は阿倍子に電話して、仕事で海外に行ってくるのでどうしてもそちらに行けない旨を連絡した。
 

関空から仁川(インチョン)へは2時間弱のフライトである。このルートにはもう何十回乗っているんだろうなと思う。空港に着いてから入国審査に並んでいたら、何やら警備が凄い。人の会話を聞いていると、どうも外国の要人が来るので警戒が厳重になっているようだ。この日は何と入国審査の所に金属探知機が設置されていた。
 
そして貴司は引っかかってしまった。
 
多分探知機の感度がかなり強くなっているのだろう。
 
「Bodycheck please」
と言って女性の検査官が貴司の身体に触る。
「Sorry, Are you a woman?」
検査官は貴司の胸の所に膨らみがあるのに気付いてしまった。
 
貴司は困った。変装とかと思われるとやっかいなことになる。
 
「I am male legally, but I am woman medically」
「Oh I see. Sorry to hear about your personal things」
 
韓国にも性転換者は多いだろうから、こういう話はすぐ理解しもらえるようだ。でも俺、性転換者なんだっけ!?
 
結局貴司のベルトのバックルが引っかかっていたということが分かり問題無く?通過できた。
 

7月24日(火)、青葉は退院した。そしてこの日は和実が青葉と入れ替わる形で入院した。実際には和実は朝一番の連絡
 
東京7:00-8:11越後湯沢8:20-10:27高岡
 
を使ってやってきて、お昼前に入院した。それで青葉は和実をお見舞いした上で午後に松井先生の診察を受けてから退院した。
 
一方プーケットの千里もこの日の午後退院し、夕方の便で桃香と一緒にバンコクに移動。夜行便で羽田に向かった。
 
HKT 7/24(TUE) 19:00 (TG218) 20:25 BKK
BKK 22:25 (TG6107/NH174 767) 7/25 6:40 HND
HND 7/25(WED) 9:30 (ANA883) 10:30 TOY
 
この時、バンコクのスワンナプーム国際空港で出国手続きをしてから飛行機を待っている時、千里はふと時計を見るとMon July 24 21:21 という表示だったのを記憶している。そして羽田に到着してから国内ターミナルに移動している時に見るとWED JUL 25 5:20 という表示だった。曜日が2つ進んだのは時差のせいかな〜?などと考えている。桃香に頼んで日本時刻に戻してもらうと7:22になっていた。
 
なお桃香自身の腕時計は安物でそもそも日付を表示する機能も無いので単純に時刻を2時間進めていたようである。
 
羽田の国内ターミナルから富山行きに乗り継ぐ。富山空港に到着したのは7月25日10:30で朋子が迎えに来てくれていて、そのまま桃香の実家に入る。ここでしばらく静養することになる。
 

青葉は25日は朝から学校に行って1学期の通知簿をもらい、お昼にはいったん自宅に戻った。
 
「ちー姉、すごく顔色がいい!」
「青葉にヒーリングしてもらったおかげだよ。凄く楽になった」
「これなら結構早く出歩けるようになるかもね」
「青葉は無茶苦茶元気だね!」
 
桃香がプーケットで買ってきたお土産のイヤリングも渡す。桃香は
 
「プレートは銀で、青い月の形の石はブルースピネルで、赤い玉はルビーと言われたんだけど、値段的にありえないと思ったんだけどね」
と言った。
 
「プレートは真鍮の銀メッキだと思う。青い石は天然のブルークォーツ、赤い玉がレッドスピネルだよ」
 
「クォーツだったか!」
「ブルークォーツの多くは熱処理で青を発色させるんだけど、これは熱加工していない天然のブルークォーツ。だから割といいお値段したはず」
 
「そういうことだったのか!クォーツにしては高い気がしたんだよ」
と桃香は言っていた。
 
青葉が夕方近くに母の車で病院に行くと、和実はちょうど性転換手術が終わって回復中であった。青葉はさっそくヒーリングをしてあげた。
 

なお桃香は学期末なので、試験前の最後の授業などを聞かなければいけないからと言い、千里を置いてその日の最終連絡で千葉に戻ることにした。
 
高岡18:47-20:59越後湯沢21:09-22:28東京22:55-23:34千葉
 
青葉が病院に出かけたのが16時頃、桃香が家を出たのは18時前だが、17時頃、千里の携帯で『恋のダンスサイト』の着メロが鳴る。
 
貴司からのメールであるが
《結婚式はとりあえず一周忌明け以降に延期になった》
と書かれていた。
 
ふん。その間にまた浮気して阿倍子さんから愛想尽かされればいいよ、私は知らないけどね、などと考えている。
 
むろんメールは速攻で消した。
 
桃香が訊く。
「今のメールって、千里を振った彼氏だよね?」
「そうだけど」
「別れたのにメールで連絡しあってるの?」
「まああいつは色々私と話したいのかもね。私は知らんけど」
 
「男って過去に付き合った女は全部自分のものみたいに思ってるよね」
「その点、桃香は女だよね。別れた相手のことはスパッと忘れる」
「まあね。でも今回は取り敢えず2ヶ月くらいはおとなしくしてる」
 
「ああ、もう次の好きな人ができたんだ?」
と千里は訊いた。
 
「そのことで後から話したいんだけど」
「その人と同棲するの?」
「しようかなと思ってる」
「まあいいんじゃない?」
 

「そういえば千里は婚約指輪とか結婚指輪もどきはどうしたの?」
「婚約指輪はあいつのお母さんに返した。お母さんは私が持ってていいと言ってたけど、とりあえず預かってくれた。結婚指輪は忘れてた。どうしよう?」
 
「プラチナの結婚指輪なら売って生活費の他しにする人も多いらしいね」
「プラスチックでは売れないな」
「捨てちゃう?」
「そうだなあ。もう捨てちゃおうかな」
と言って千里はバッグのポケットからプラスチック製の結婚指輪を取り出す。
 
「捨てるなら私が捨てといてあげるよ」
「うん。じゃ任せた」
と言って千里は桃香にそのプラスチックの指輪を渡した。
 
それで桃香は千葉に帰っていった。
 

翌7月26日。千里は青葉が和実のヒーリングに行くのに同行して、射水市の病院で松井医師の診察を受けた。
 
「千里ちゃん、あんたのこと前もって知っていたら、私が手術してあげたかった」
と松井は言っていた。
 
内診台に乗せてクスコなども入れてチェックしていたが
「傷の治りが早い」
と驚いていた。
 
「青葉がずっとヒーリングしてくれたので」
「なるほどー。でも青葉ちゃん以上に傷が減ってるよ。もう膣内部の充血はほとんど無くなっているもん。これは普通なら性転換手術してから1ヶ月くらい経った状態」
 
「私、普通の傷の治りも早いんですよね〜。あんた指の2〜3本失ってもすぐ再生しそうだとか、腕1本くらいもいでもまた生えて来そうと言われたことあります」
 
「ああ、だったら君のおちんちんはきっと再生するよ」
「嫌です」
「大丈夫。その時は私の所に来たら、すぐ切ってあげるから」
と松井医師が言うので、千里はつい吹き出した。
 
松井先生は、千里が性別変更の申請をするのに必要な、性別判定診断書を書いてくれた。海外で手術した場合は、国内の病院での診断書も添付して申請する必要がある。
 
「陰茎・陰嚢・睾丸を認めない。CTスキャンで停留睾丸を認めない。大陰唇・小陰唇・陰核・膣を認める。尿道は通常の女性の位置に開口している。外見的に女性型の性器に近似している」
 
という診断書の記述を見て、これ高校時代に受けた性別診断の時の記述と同じパターンだなあと千里は思った。あの時は男性器があったのに、なぜか「女性型の性器に近似している」という診断書を書かれちゃったんだけどね!
 

なお和実の手術に付き添っていた淳は仕事があるので26日の最終連絡で東京に戻った。胡桃はもうしばらく付き添う。
 
淳は東京に戻る時、和実の性別変更の書類を持ち帰り翌27日に裁判所に提出してくれた。
 
あらかじめ和実が裁判所に行って説明を受けた上で書類をもらってきていたので、それに自分で記入し、この日26日には松井先生にも必要な書類を書いてもらい、一緒に持ち帰ったのである。
 

7月27日夜。
 
青葉が千里のヒーリングをしてくれてから、自分のヒーリングをオートでしながら眠ってしまった後、桃香の部屋で(ひとりで)寝ている千里の所に美鳳と《清らかな声のお方》が出現した。
 
千里が驚いて起き上がろうとしたら
「そのまま、そのまま」
と美鳳が言う。
 
「前にも言ってたと思うんだけど、あんたは****を産まなければいけないから、その人工的に作ったヴァギナでは赤ちゃんがそこを通過できなくて困るんだよね」
「あ、はい?」
 
「赤ちゃんの頭の大きさは直径10cmくらいあるけど、ペニスを改造して作ったヴァギナはせいぜい広がっても直径5cmくらいにしかならない」
「破裂しそう」
「だから、本物と交換するから」
「本物って?」
「あんたが小学生の時に骨髄液を採取してそこからiPS細胞を作り、それを膣や子宮、外陰部にすべくずっと育てていた」
「どこで育ててたんです!?」
「それは企業秘密」
「まあいいですけど」
 
「だからあんたのその人工的な膣を除去して代わりにこの膣と子宮を埋め込む」
「手術ですか?」
「まあそういうこと。麻酔は掛けないけどいいよね?」
「痛いですか?」
「気の持ちよう。痛くないと思っていれば痛くない。あんたさあ」
「はい?」
「性転換手術中に本当は麻酔が効いてて痛くないはずなのに、怖がって痛そうと思っちゃったでしょ?」
「あれ?そうかな?」
「それであんた痛みを感じて、激しく消耗したんだよ。あれは私もちょっと計算外だった。あんたそれで死にかけるし」
 
「あはは、やはりあれ死にかけてました?」
「なんか気力で持ち堪えたみたいだけどね。だから痛くないと思っていれば痛くない」
 
(美鳳には小春がした操作は見えていない)
 
「分かりました」
 
それで裸になり、目を瞑ってお任せする。
 
何か触られているような感覚。お腹を引っかき回されているような感覚がしていた。
 
「終わったよ」
「もうですか?」
「痛みは?」
 
「物凄く減りました」
「そうだろうね。膣の部分の痛みも小陰唇・大陰唇の部分の痛みも無くなったはずだから」
 
「でも全体的な痛みは残っています」
「身体にたくさんメス入れているから、それ自体の痛みが消えるのには1ヶ月くらい掛かるよ。まあ無理しないで」
 
「ありがとうございます」
 
「そうだ。性転換手術の証明書もらったよね?」
「はい。タイ語と英語で出してもらいました」
「そのタイ語のをちょうだい。高校時代の千里に渡してくるから」
「そうか。それであの時、美鳳さんから手術証明書をもらったのか」
「そういうこと。英語のがあれば性別変更の申請ができるよね?」
「はい、できると思います。こちらの病院でも診察を受けて性別判定の診断書を頂きましたし。両方添付すればいいんですよね?」
 
「そそ。そのこちらでの診断書が出るのを待ってたのさ。今の千里の性器を見たら、あんた元々女でしょ、ふざけないでと言われちゃうから」
「なるほどー」
「じゃ女としての人生を楽しんでね」
「はい!」
 
それで2人は姿を消した。千里は痛みが劇的に減ったのですやすやと安眠した。そして朝起きた時、千里は昨夜の美鳳たちとの会話は全て忘れていた。それで凄く楽になったのは青葉のヒーリングのお陰と思っていた。
 

貴司がやっとソウルでの交渉をまとめて契約をもらい、帰国したのはもう25日の夕方である。会社に報告してねぎらいのことばをもらうと、すぐに自宅に戻って明日7月26日からの合宿のための荷物をまとめた。
 
「あれ?ユニフォームが洗濯してある。阿倍子が来てくれたのかな?」
 
貴司は阿倍子にこのマンションの鍵を1つ渡した。実は千里には返却してもらいたいのだが、とてもそんなことは言える状態ではないので、千里が自主的に返却してくれるのを待っている。ここの鍵は5本あり、1本を貴司、1本を千里、1本を保志絵が持っていて2本余っていたと思っていたのだが、余りは1本しか無かった。どこに置いたのだろう?と思ったのだが、取り敢えずその1本を阿倍子に渡したのである(実はもう1本は緋那がこっそり持っていたのを千里に返しているので千里は2本持っている)。
 
しかし洗濯して乾燥も掛けられていた服の中にスポーツブラもあったので貴司は血の気が引いた。これを阿倍子に見られた?
 
女装趣味かと思われたら・・・などと貴司は考えてしまったのだが、実際にはふつう男性の家の洗濯物の中に女物の下着があれば、恋人のものかと思うのが一般的であり、浮気を疑われるのだが、貴司はそこには発想が至っていない。
 
まあ変態かと思われて破綻したら破綻した時だよなあと思い、乾燥機に掛けられていた服などもバッグに詰めて新大阪駅に向かった。実は前回の合宿で車をNTCに置きっ放しにしてしまったので、今回は新幹線で行くしかないのである。
 
(なお実際に洗濯をしてあげたのは、洗濯物が放置されていることに気付いたげんちゃんからの連絡で行ってあげた、いんちゃんである)
 
ともかくもそういう訳で貴司は最終新幹線で東京に行き、その日は都内のホテルに泊まって、翌26日朝、NTCに入った。
 

高岡では、この時期、桃香は期末試験のため千葉に戻っているので、朋子・青葉・千里の3人での生活になっていた。買物は日中に千里がやっておき、朝食は青葉、夕食は千里が作っていた。ふたりとも休み休みなら問題無く稼働できていた。
 
千里は毎日歩いて15分ほどの所にあるスーパーまで往復していた。この軽微な運動をすることで体内の循環が活性化し、傷の治りも早くなっているような気がした。
 
「でも歩いて15分って大変でしょ?自転車使ってもいいよ」
「自転車は無理です。あのあたりがとても痛いので」
「あっそうか!」
 
青葉は18日に手術を受けて24日に退院したばかりだというのに、よく動き回っていた。26-28日には学校に出て行ってコーラス部の練習に参加。ただし自分では歌わずに見学して、中部大会で青葉の代わりにソロパートを歌う子の指導などをしていたらしい。そして29日にはその中部大会で名古屋近郊の都市まで日帰りで行ってきた。
 
朋子も千里も「大丈夫なの?」と心配したが、「私は見学だけだから」と言って出かけて行った。ところが本番直前にそのソロを歌うはずだった子が倒れてしまい、結局青葉が歌ったという話には朋子が言う前に千里が注意した。
 
「青葉、無理していい時とよくない時がある。そもそも今回は名古屋までも行くべきではなかった。それで失格になったとしても仕方ないじゃん。自分の身体をもっと大事にしなきゃダメ」
 
「うん。自分でもさすがにまずかったかなと思った」
と青葉も少し反省したようであった。
 

この日は高知から菊枝が来てくれて、夜通し青葉をヒーリングしてくれた。菊枝は青葉が名古屋から戻って来る前に千里も見てくれたのだが彼女は千里に
 
「ねぇ、私笑ってもいい?」
と言った。
 
「何か変?でもこれマジでまだかなり痛いんだけど」
と千里。
「じゃその痛そうな部分だけ少し治してあげるよ」
と言ってヒーリングしてくれた。
 
「ありがとう。私はそういうヒーリングとかの力が無いのよね」
「そうね。“千里ちゃんは”無いのかもね」
と言ってやはり彼女は笑っていた。
 

「そういえばこないだ師匠の庵に行ったら、大量のUSBメモリーがあるからびっくりした」
と菊枝は言った。
 
「私が持って行きました。あれでずっと口述なさっているようです。私は部外者だから、その手の連絡とかできないのですが、あれお弟子さんたちで文章起こしをしてもらえませんか」
「うん。それ瞬高さんに連絡した。向こうはびっくりしているみたいだった」
と言ってから
「あそこに発電機まであってエネループに充電できるようになっていたけど、あれも千里ちゃんが持って行ったの?」
 
「どうも虚空さんが持って行ったようですよ」
と千里が言うと、菊枝はピクリとする。
「虚空に会った?」
「1度会いましたし、電話でも1度話しました。面白い人ですね」
 
「私も1度会ったけど物凄く怖かった。足がすくんでしまった」
と菊枝は言う。
「ああ、怒らせると怖いでしょうね」
と千里も言った。
 

貴司は今回の合宿(7/26-29)でも、合宿所に入った途端胸は無くなったので、下だけ誤魔化して、最初の日から大浴場に龍良さんと一緒に行き、あそこを触らせて確かに男であることを確認してもらったものの、彼は貴司の性別に関する疑いを解かなかった。それどころかこんなことまで言ってきた。
 
「細川君、男の子は経験無いの?僕としてみない?」
「すみません。婚約者がいるので他の人とは男性であれ女性であれできないので」
「うーん。残念」
 
龍良さんは男でもいけるの〜〜?
 
「でも婚約者ってどんな人?」
と龍良が訊くと、貴司が答える前に前山君が答えた。
 
「女子の日本代表シューターで村山さんって言うんですよ。凄い格好いいですよ」
「へー!」
「今回の世界最終予選に絶対出ると思っていたのになぜか落とされたんですよね。彼女が出ていれば絶対オリンピック切符つかめたと思うのに」
と前川は言っていた。
 
「そんな凄い子なら1度寝てみたいな」
などと龍良がいうので
「ダメです」
と貴司は答えた。
 
しかし答えてから、俺は千里が他の男とくっつくことを停められないのではという気がした。それを考えると急に嫉妬のような思いが出てきた。
 

8月1日、和実は退院し、胡桃と一緒に石巻に移動した。しばらく胡桃のアパートで静養することにする。東京の淳と暮らしているアパートでは、淳が仕事で数日帰らない時に放置されてしまうからである。
 

29日までの合宿が終わった後は、2日置いて8月1日から3日まで、また合宿が行われる。その2日で大阪に戻るのも辛いので、貴司は東京に居残ることにした。都内のホテルに滞在し、空いている体育館を探してはそこに行って練習したがパートナーが居ないのは不便だなと思った。今まではいつも千里がいてくれた。そもそも千里は自分に誘われてバスケットを始めたんだった。自分は千里の人生を狂わせてしまったのだろうかと悩んだ。
 
8月1-3日の合宿も龍良さんから逃げながら何とか頑張った。8月3日の夜はNTCの駐車場に駐めっぱなしになっていたAUDI A4 Avantに乗り、適宜休憩しながら東名・名神を戻った。
 
4日(土)朝、途中のPAで時間調整してから竜王町のナイキに行く。そこで先日注文していたハイサポートのブラジャーを受け取った。
 
「つけてみられます?」
「あ、はい」
 
それでスタッフの人につけてもらったが、かなりきつい。しかしこれならまるでバストが無いかのように動けるかもと貴司は思った。付け方の練習もさせてもらった。これは手順通りに装着しないとハイサポートの機能が出ないし、着けてて痛くなるかもとも思う。
 
試合に出るとき、おっぱいが消えていてくれたら問題無いけど、ある状態であったら、これを装着しないと自分の能力をフルに発揮できない。
 

大阪まで戻ったのはお昼過ぎである。マンションの宅配ボックスから荷物を受け取って部屋に戻る。取り敢えずシャワーを浴びた後、ドキドキしながら荷物を開けた。
 
実は・・・普通のブラジャーを通販で注文していたのである。早速着けてみる。スポーツブラがC100で適合したので普通のブラも同じサイズで行けるだろうと思って頼んでみたのだが、ちゃんとサイズは合うようである。
 
しかし、スポーツブラは色も灰色でシンプルなデザインなのでそうでもなかったのだが、普通のブラジャーは色もベージュとペールピンク、端にはレース飾りのようなもの(「ピコット」というのだが、貴司は知らない)が入っているし、ブラジャーのカップ自体にも刺繍のようなものが入っている。
 
物凄くフェミニンである。
 
そんなものを着けるとなんか変態にでもなったみたいでドキドキする。
 
今回はお試しで2枚だけ注文したのだが、これはあと5〜6枚は頼んでおかないとやばいなと思った。
 
ブラジャーの上に下着が見えないように黒いTシャツを着る。下は普通のトランクスである。カッターシャツを着てからブラックスーツを着た。そしてA4 Avantに乗って、神戸の阿倍子の家に行った。
 
近くに駐車場が無いようなので、やむを得ず家の近くに路上駐車する。
 

阿倍子の家に来るのはこれが初めてであった。
「ごめんね。忙しい時に」
「とんでもない。こちらこそ葬儀にも顔を出せなくてごめん」
 
それで仏檀にお線香をあげた。
 
「お葬式の費用はどうにかなった?」
 
「お坊さんとか入れずに祭壇とかも作らずに、無宗教で純粋にお別れ会という形でやったから掛かったのは棺桶代・骨壺代・ドライアイス代・火葬代とかで15万くらい。でもお父さんの同僚の人が10人も来てくれて香典が香典返し分を引いて3万あって会社からもお見舞い金が5万円出たから、それで半分くらいはまかなえたんだけど・・・」
 
「一応5万持って来た」
と言って封筒を渡す。これで実はボーナスは全部無くなってしまった。
 
「ありがとう。助かる」
と言って阿倍子は封筒を受け取る。
 
「それとこちらは指輪代を立て替えてもらった分の一部。残りは申し訳ないけど来月以降に」
といってもうひとつの封筒も渡す。こちらは7月の給料から出したものである。
 
本来は偽装結納のつもりだったから指輪代などは全部阿倍子が出すつもりだったのだが妊娠発覚で結局貴司が阿倍子との結婚に同意したことから、指輪代については貴司がもつことにしたのである。
 
阿倍子は中身を見てから
「ありがとう。結構助かる。でもあれはお父さんが強引に進めちゃったから。ごめんね。だから残りはいつでもいいよ」
と言った。
 
「でも前結婚した時は婚約指輪も結婚指輪も無かったから、嬉しかった」
と言って、本当に嬉しそうにしている阿倍子の顔を見て、貴司は良心が傷むのを感じていた。
 

阿倍子が「泊まっていく?」と言うのを「悪いけど仕事が溜まっているから」と言って断り家を出る。実際問題として泊まった場合、阿倍子に求められた時にこの身体を見られたくない。
 
道路まで出て車を見るが何も貼られたりはしていない。幸いにも駐車監視員とかは回ってこなかったようである。それでA4 Avantを運転して自宅に戻った。
 
あらためてシャワーを浴びてから、今度は下半身にハーネスを装着し上は普通に!?ブラジャーを着けて上下とも体型の分かりにくいだぶだぶのTシャツとジーンズパンツを穿く。ちょっとB系っぽい装いだ。
 
それでまた夜の歓楽街に行き、先日***などを買ったお店に入った。
 
「すみません。STPが欲しいのですが」
「***にパックします?」
「はい」
「使っておられるの見せて頂けます?」
「ええ」
 
それでトイレを借りて外してきて見せる。お店の人は使い捨てのビニール手袋をしてサイズとかを計っている。
 
これはリアルなのはいいんですが、STPパックするにはある程度自分で工作する必要がありますよ」
とお店の人は言った。
 
加工法をまとめたFTM当事者が書いたパンフレットがあるということだったのでそれを500円で購入した。パックするSTPとしては受け口の広いものの方が失敗が少ないですよと言われたが、かなりかさばるようで“偽装”には不向きのようである。それで練習が必要とは言われたが、スプーン型で柔らかいゴムでできたものを選んだ。
 

そういう訳で買って帰ったSTP器具を貴司はパンフレットやネットの情報などももとに頑張って加工した。
 
加工はうまく行ったようで、貴司は約1ヶ月ぶりに立ちションをすることができた。
 
「できた〜!嬉しい」
と貴司は感動していた。
 
でもこれをやった後は、洗浄が問題のようである。使用した後は洗う必要があるし、そのままにしておくと雑菌で尿道が炎症を起こす可能性もある。これは本当に大変だと思った。やはりできるだけ個室を使うようにしておいた方が良いようだ。
 
 
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【娘たちのクランチ】(5)