【女の子たちの陰陽反転】(2)

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日曜日は父が自宅に居るので、千里は自分のセーラー服を荷物に入れて体操服で家を出て、町のショッピングセンターのトイレでセーラー服に着替えて会場に入った。普段は髪を服の中に隠しているが、今日は学校外だしと思い、髪は外に出しておいた。
 
「おお、千里ちゃん、ちゃんと女子中学生に見える」
と節子が何だか喜んだ風に言う。
 
「いや、ふだんの体操服でも普通に女子中学生に見えてる」
と久子が言う。
 
千里の今日の姿は、男子のバスケ部員にも好評で
 
「長い髪が凄く魅力的」
「村山、もう授業にもその格好で出ろよ」
という声もある。
 
本来もっと短くしなければならないところを、千里は4月に風邪?を引いて病み上がりなので体調が回復したら髪を切ります、などと言ったまま、その後、特に注意されないのをいいことに、いまだに髪を切っていないのである。
 
普段は髪を結んで服の中に押し込んでいるので、気をつけて見ないと千里の髪が長いことには気付かない。しかし実は髪は胸の付近まである。その髪を今日はセーラー服の外に垂らしている。
 
貴司が少しボーっとしてこちらを見ているのを見て、千里は心が躍った。
 

開会式では参加チームの中高生が全員制服で整列する中、ふつうの開会式のように式次は進行する。ただ、大会役員からの注意があった後で、ルメエラ大使のおことば(きれいな日本語だった)があり、今回の大会から成績とは別に、特に健闘したチームに《ルメエラ杯》が贈られることになった旨を大会役員がコメントした。
 
開会式が終わった後で、各チームともユニフォームに着替える。これは女子は隣接する武道場が着替え場所に割り当てられていたが、男子はもうその付近で適当に着替えていた。
 
千里もチームメイトと一緒に女子更衣室に指定されているその武道場に行ったが、節子さんが「ん?」という表情で千里を見ている。同学年の数子は小学校の時に千里の下着姿を見たことがあるので、ニヤニヤしている。
 
そして千里がセーラー服にブラウスを脱いだ下に、ブラを付けていて、下もショーツを穿いているのを見て節子さんは「ほほぉ」などと言っていた。
 
「千里、おっぱいが無い」
「お奉行様、それはお情けを」
「千里、おちんちん付いてないみたいに見える」
「女の子におちんちんはありません」
 
千里はすぐに(ユニフォームである)体操服を着てしまったが、そういう下着姿をチームメイトに曝したことで、千里はより普通に「女子」として彼女たちに受け入れられてしまった感もあった。
 
「ね、ね、その髪を見ていたら三つ編みしたくなった。していい?」
などと友子が言うので、やらせる。
 
「千里、小学校の頃もよく友だちにそうやって髪で遊ばれていたね」
などと同学年の数子が笑って言う。
 

中学生のバスケの試合は、本来8分ピリオドを4回まで行うのだが、今日のフェスでは、1日で全試合を済ませるため、6分ピリオド2回(休憩2分)の特別ルールになっていた。千里は第2ピリオドに出てと言われた。
 
最初の試合。相手は他の町の女子高チームだった。体格差がかなりある。こちらは千里は165cmあるものの160cm超は節子さんの162cm、房江さんの161cmのみで、他はみな150cm台である。しかし向こうはスターティングメンバーが全員167-8cm以上ある感じ。
 
最初から圧倒される。向こうのパスは通るがこちらのパスはことごとく途中で停められる。最初の2分で既に12対0と圧倒的である。
 
節子さんがタイムアウトを取った。時間は20秒である。千里も含めて円陣を組む。
「これ圧倒的。千里出て」と節子さん。
「はい」
「誰と交替?」と房江さん。
「数子代わって。これ遠くから撃たないと、勝てない」
「OKです」
 
数子はSF(スモール・フォワード)で接近戦の方が得意である。ただし今日は体格差で負けていた。
 
選手交代を申請して数子の代わりに千里が入る。
 

ゲーム再開。
 
相手チームが攻めてくる。節子と房江のふたりがかりで停めて、相手がパスしようとした所を久子がたくみにスティール。そのままドリブルで駆け上がる。友子と千里のふたりは指示に従って先に駆け上がっている。相手は長身の千里を警戒してそちらをガードに来る。そこで久子が友子にパス。そのままシュート。入って3ポイント!
 
相手が攻めてくる。がパス相手を探していた所をいきなり久子が相手の手の中からスティール。そして千里に山なりの高いボールでパス、千里はそれをジャンプして取って、着地後、そのままシュート!また3点ゲット!
 
とにかく相手の隙を突いてボールを取ったり、複数で行って停めたり、あるいはリバウンドで長身の千里がボールを押さえたりして、その後主としてPG(ポイントガード)の久子がドリブルでフロントコートに運び、友子か千里が遠くから撃つ、というパターンで、相手にできるだけ「プレイさせない」ようにして、試合を進めた。
 
シューターが2人いて、相手の動きを見て久子がどちらかにパスするので、向こうとしてもその両方はガードしきれない感じであった。
 
それで第1ピリオド終了時点で16対12まで追い上げた。
 

第2ピリオドは前半、友子を休ませる。友子は実は10分程度以上続けてプレイするとシュート精度が落ちる癖があるのである。
 
友子が居ないと、こちらの得点パターンは久子のドリブル→千里のシュートというのがメインになってしまうので、完璧にそれをガードされる。しかしそこにガードが集中する隙を突いて、今度は節子・房江の長身コンビが手薄になった相手ゴール下に攻め入り得点するパターンを作った。
 
これで第2ピリオドの前半まで行った所で22対16と何とか食らいついていた。
 
ここでSG(シューティングガード)の友子が復帰する。第1ピリオドの後半でも見せたダブルシューターのパターンが復活する。節子と房江の3年生コンビは防御や相手の隙を狙ってボールを奪うのに集中する。
 
残り30秒まで行って、26対25。どちらに転んでもおかしくない状態。そこで相手が攻めてきて乱戦の末、シュートを決める。28対25。残り10秒。
 
久子がドリブルで駆け上がる。ふたりのシューターを見比べて友子にパス。友子が撃つ。。。が、相手選手がそれを停めようとして手が友子の腕に当たった。
 
しかしそれでも友子の撃ったボールは大きな弧を描き、ゴールに吸い込まれる。同点! そして・・・・。
 
「バスケットカウント・ワンスロー」
 
友子のゴール(3点)は認められた上で、相手のファウルが認定されてフリースローを1本もらえるのである。残り時間は2秒。もうこのフリースローで全てが決まる(引き分けの場合はジャンケン)。
 
友子がフリースローラインに立ち、ボールを数回床に打って気持ちを鎮める。
 
ボールを構えて、
 
撃つ!
 
ボールはきれいな弧を描いて・・・・
 
ゴール!
 
やった!
 
千里は思わず隣に居た久子と抱き合って喜んだ。
 

残り時間2秒の時計がスタートし、相手チームはいちかばちかでバックコートからの超ロングシュートを撃ったが、さすがに外れた。
 
29対28でS中学の勝利であった。
 
整列して「ありがとうございました」と挨拶し、お互いに握手した。
 
「勝った、勝った。高校生に勝てたって凄い」
「まあ、向こうも全開ではなかったし」
「そそ。あそこの高校は後半追い上げパターンが多いんだよ。今日は前半だけで終わってしまったようなものだから調子が出る前に終わってしまった」
 
「へー」
「運が良かったですね」
「運も実力の内」
 

S中男子チームの試合を観戦する。田代君はベンチに入っているが、鞠古君はやはりベンチに入っていない。会場にも見当たらない。
 
こちらも近隣の高校生の男子チームと当たっていたが、貴司を中心に速攻パターンでどんどん点を奪う。ロングパスとロングシュートがことごとく成功する。田代君も出番が来ると、1年生ながら、さすが小学校の時のエースの貫禄で、よくリバウンドを拾い、よくシュートを撃っていた。
 
このチームは割と点数を取られること自体は平気という感じで、防御に使うエネルギーを節約して、その代わりこちらもどんどん点数を取るという主義のようである。それで結局58対32で快勝した。短い試合時間でどうやってこんなに点数が入ったんだ?と思うくらい、息もつけない試合だった。
 

この日、S中の女子チームは2回戦で同じ市内別の中学の男子チームと当たり、かなり頑張ったものの、30対21で負けた。S中男子チームの方は準々決勝まで行ったところで、4月に準決勝で対戦した相手にまた負けて、BEST8に終わった。
 
試合が終わった後、千里はアイコンタクトで(?)貴司と一緒になり、2人で散歩がてら歩いて帰った。ふたりが合流したのは会場から、かなり離れた場所だったので、この日ふたりが一緒に帰ったのに気付いた人は少ない。
 
「千里、セーラー服姿が凄く可愛い」
「えへへ」
「学校にもそれで出てくるということは?」
 
あれ〜?私、セーラー服で貴司の前に出たことなかったっけ?などと思う。そういえば、練習の時はいつも体操服だし。
 
「でも貴司大活躍だったね。貴司ひとりで1回戦で22点、2回戦で18点、3回戦で24点、準々決勝でも12点取った」
と千里は言った。
 
「よく数えてたね!」
と貴司はびっくりしていた。
 
「だって好きな人の活躍は見てるよ」
 
「あっと、僕はあまり数字に強くないから点数までは覚えてないけど、千里も1回戦、2回戦、たくさん点数取った」
 
「2回戦で負けちゃったけどね」
「まあ相手は男子チームだし、仕方無い」
 
「でもこの大会良いなあ。私も堂々と出られる」
「良かったね。でも千里、かなり身体能力上がっている気がする」
「毎日練習してる効果かな」
 
「ちょっと触っていい?」
と言って貴司は千里の身体のあちこちに触る。ドキドキする。あ、えっと、そのまま抱きしめてくれてもいいけどなあ。
 
「筋肉は付いてるけど、脂肪もすごく豊か。基本的に千里のお肉の付き方ってやはり女の子っぽい」
 
「そういう体質なんだろうね」
と千里は言って微笑んだ。
 
そういうお肉の付き方してるのは、もしかしたら鞠古君の代わりに女性ホルモン注射を打ってるせいかもという気もするが、それはさすがに知られたくないな。
 

のんびりとおしゃべりしながら歩いていて、町の中心部近くまで来たとき、貴司の携帯が鳴った。
 
「あれ、母ちゃんだ。もしもし・・・」
「うん・・・・あ、分かった。じゃ、そちらに寄るよ」
 
と言って電話を切る。
 
「何か用事?」
「うん。母ちゃんが大量にサクランボもらったらしくて、取りに来てというから」
「へー」
「あ、千里も一緒に来いよ」
「えーー!?」
「一度母ちゃんに紹介しとくから。今日はセーラー服だから、凄く都合が良い」
 
確かに学生服を着た子を連れて来て「僕の彼女」なんて紹介したら親が仰天するだろう。
 
「でも恥ずかしいー」
「何も結婚しますって紹介する訳じゃないから」
「あはは」
 

それで貴司に連れられて来たのは・・・・。
 
「あれ?ここは?」
「うん、母ちゃん、ここの神社に務めてるんだよ」
「へー!」
 
それは先日、留実子に連れられて鞠古君の病状のことで巫女さんに占ってもらったQ神社であった。
 
貴司は特に声を掛けたりもせずに勝手に社務所の玄関で靴を脱ぎ、中に入って行く。千里は「お邪魔しまーす」と言って、それに続いた。
 
廊下を歩いて行き、事務室?という感じの部屋の襖を開けて中に入る。中は和室である。神職の衣装を着た人や巫女さんの衣装を着た人を含めて6人ほど、和机の前に正座して何やら仕事をしていた。
 
そこで初めて貴司は「こんにちはー」と声を掛け、ひとりの巫女さんの所に行く。千里も「お邪魔します」と言って続くが。。。。
 
貴司が「母ちゃん、来たよ」と声を掛けたのは、先日例の占いをしてくれた巫女さんだ! 千里はびっくりして、たたずんでいた。
 
「あら、そちらは?」
と貴司のお母さん。
 
「あ、これ僕の友だちの千里ちゃん」
「へー!」
 
「初めまして。村山千里と申します」
と千里は挨拶する。まだ声変わりが来ていないので、女の子のような声だ。
 
「可愛い子だね!」
とお母さんが笑顔で言う。が、ふと何かに気付いたように、
 
「あれ?あなたどこかで会わなかったっけ?」
と言う。
 
あはははは。先日ここに来た時は学生服だったんだけどね! どうかそのことを思い出しませんようにと思ったが、無駄だった。
 
「あ、あなた、先月だったか、お友だちの病気の占いでうちに来なかった?」
 
「はい、来ました」
と千里はこうなったら仕方無いので開き直って笑顔で答える。
 
「あの時、学生服を着てたよね?」
「ええ」
 
貴司が思わぬ展開に驚いている。せっかくセーラー服を着ている所を見せようと思って連れてきたのに、学生服姿を見られていたとは・・・と貴司は思ったのだが、母は
 
「あの時、セーラー服の女の子は、あんたのこと、学生服を着ているけど女の子ですと言ってたけど、ほんとに女の子だったんだね!」
と言った。
 
貴司も
「間違いなく、千里は女の子だけど」
と言う。
 
「まあ、裸にしてまでは確かめてないけど」
と付け加えたら
 
「そんなことするのは中学生には早い」
などとお母さんは言った。
 

それで、少し話しましょうと言われ、別室に案内される。
 
お茶とお菓子までもらってしまった。サクランボも貴司が自宅に持ち帰る分の他に「おみやげ」と言われて、千里も少しもらった。
 
「いつから付き合ってるんだっけ?」
「こないだのゴールデンウィークに三井グリーンランドで親しくなったんだよ」
と貴司が言う。
 
「ああ、あの時! じゃあそこでデートしてたんだ?」
 
「私が女子バスケ部、貴司さんが男子バスケ部で、一応お互いの顔は知っていたのですが、あの時偶然遭遇して、お話している内に、お友だちになりましょうということになって」
と千里も説明する。
 
「なるほどねぇ。でも何だかいい感じの子」
とお母さんはご機嫌である。
 
「でも、千里ちゃん、髪長いね」
「本当は肩あたりまでで切らないといけないみたいなんですけど、注意されないのをいいことに今の所バッくれてます」
 
「あ、1年生?」
「はい、そうです。何か特別な事情がある場合は髪を結んでおけば長くてもいいらしいんですけどね。特に事情とか思いつかないもので」
 
と千里は言ったのだが、お母さんは少し考える風である。
 
「千里ちゃん、あんた霊感があるね?」
「え? そうでしょうか?」
 
「ちょっと待って」
と言ってお母さんは一度部屋から出て行くと、何やらカードのようなものを持って来た。
 
そして8枚裏返しに並べる。
 
「これはイーチンカードと言って、中国古来の占いである易(えき)をカードにしたものなの。易の基本要素は、乾兌離震巽坎艮坤(けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こん)、あるいは天沢火雷風水山地(てん・たく・か・らい・ふう・すい・さん・ち)と言って、8種類の記号がある」
 
「はい」
「この8枚の中で兌(だ)あるいは沢(たく)とも言うけど、そのカードはどれ?」
 
「えーーー!?」
と千里は言ったものの、
 
「じゃ、これです」
と言って、左から3番目のカードを指さす。
 
お母さんがそれを表に返す。下に長い横棒が2本あり、上に短い線が2本並んでいるカード(:||)が出た。
 
「正解」
とお母さん。
 
「凄い!」
と貴司。
 
「ねぇ、千里さん、この神社で巫女さんのバイトしない?」
 
「え?私みたいな素人がそんなことできるんでしょうか?」
「あんた、巫女の素質があるよ」
「へー!」
 
「このイーチンカードで確認する以前に、千里ちゃんと話をした瞬間に、あれ?この娘・・・と何かを感じたんだよね。これは霊感のある同士でないと分からないことなんだけど」
 
「私はそういうの全然分かりません」
「少し鍛えると、そういう感覚も研ぎ澄まされるけどね」
「修行とかですか?」
「まあ、その辺は人によりけりだね」
 
「滝行とかすんの?」
と貴司が訊く。滝行!? やだー、冷たそう!!
 
「まあそんなのは本気でプロの巫女さんになりたい場合だけだよ。取り敢えず来月の七夕祭りの時はたくさん臨時雇いの巫女さん入れるけど、まずはその要員ということで」
 
「わあ・・・」
「バイト代は当面、土日祝日に3時間1500円という線でどう?」
「私、1ヶ月のお小遣いが1000円だから、それ凄く嬉しいです!」
と千里は素直に言った。
 
「でもバスケの試合がある時は休ませてもらっていいですか?」
「もちろんOK」
「じゃ、やらせてください」
 
「よし、決まった。それでさ、その千里ちゃんの長い髪が巫女さんには好都合なんだよね。だから、巫女さんするのに髪を長くしてますと言えるよ」
 
「ほほぉ!」
と貴司は面白そうに言った。
 
「なんなら神社の名前で証明書を出してあげるから」
「わあ、それ嬉しいです」
 
と千里は本当に嬉しそうに答えた。
 
だけど、男子生徒が巫女さんしてますと証明書出しても通るんだろうか!??
 

「ところで、こないだのお友だちの占いのことだけど」
とお母さんは少し小さな声で言った。
 
「はい」
「あの占いは私も何だか凄く気になってね。普通は占いした内容は即忘れるんだけど、あれはずっと記憶に残っててさ。あれ、よけい本人達の前では言いづらかったんだけど、どうも問題がありそうな気がするんだよ」
 
「やはり、病気の状態は悪いのでしょうか?」
と千里は心配して言う。
 
お母さんは、黙って何やら黒檀の棒を6本取り出した。四角い棒で、真っ黒な面と真ん中が赤く塗られている面とがある。
 
「これは算木というの。易の卦(か)を表すのに使う。こないだ出た卦は、沢天夬(たくてん・かい)の五爻変」
 
と言ってお母さんは、:ll lll の形に棒を並べた。
 
「五爻変だから、下から五番目の爻(こう)が反転する。つまり :ll lll の形から ::l lll の形に変化する」
 
と言って、5番目の棒を回転させる。
 
「この黒い面は陽(|)を表す。赤いのが真ん中に塗ってある面は陰(:)を表す。陰陽だよね。陽というのは、太陽とか昼とか光とか男とか。陰というのは月とか夜とか陰とか女とか。この | というのはおちんちんの形、: というのは女の子の割れ目ちゃんの形と思ってもいい。それで、この卦は陽(|)が陰(:)に転じているんだよね」
 
千里は話を聞きながら先日、深川行きの列車の中で見知らぬ女性から聞いた陰陽の話を思い出していた。
 
「それ、つまり、おちんちんを取ってしまって男から女に変わるという意味ですか?」
と千里は訊く。
 
「そうそう。そういう手術を受けるんでしょ?」
とお母さん。
 
「何それ?」
とびっくりしたように貴司が訊くので、千里は男子バスケ部1年生の鞠古君が、おちんちんに腫瘍ができていて、7月におちんちんとタマタマを切断する手術を受けることになっていることを説明する。
 
「鞠古が病気で部活を休んでる件は聞いていたけど、そんな病気だったのか!」
と貴司は驚いている。
 
「私が気になったのは、この、沢天夬・五爻変の爻辞(こうじ)なんだよ」
「はい」
 
「莫陸は夬夬。中行して咎なし。象に曰く、中行して咎なきは、中の未だ光いならざればなり」
 
「えっと・・・良かったら日本語で教えてください」
 
「つまりね。夬(かい)というのは《決》の字の右側で決断を表す卦ではあるのだけど、その決断をする人物がまだ未熟だということなんだよ」
 
「・・・もしかして誤診の可能性がありますか?」
と千里は訊いた。
 
病気に関して医者が診断している内容について、占い師が異論を唱えることはできないだろう。だから、敢えてあの時は何も言わなかったのだろう。
 
「逆に言うと、この爻は、やり過ぎを表す。解決するけど、そこまでしなくても良いのではとも思えること」
とお母さん。
 
「廊下を走っただけで退学処分にされるような?」
「うーんと・・・」
「消しゴム1個盗んだだけで、射殺されるとか」
「ああ、それに近いかも」
 
「つまり、これもしかして、チンコを切らなくても治る可能性があると?」
と貴司は言った。
 
「いや、占い師がそこまでは言えない」
とお母さんは難しい顔をして言った。
 

翌日、学校に出て行って、昨日貴司のお母さんと話したことを考えながら千里が悩んでいると、
 
「おっはよう!」
と明るい声で鞠古君が入ってくる。
 
が・・・
 
「え?もしかしてお前鞠古!?」
と男子の同級生から戸惑うような声。
 
「そうですわよぉ。みなさん、おっはようございまーす」
と何だか女言葉(?)で話している鞠古君は、何とセーラー服を着ている。しかも髪が長い・・・のは多分ウィッグなのだろう。
 
「お前、何て格好してるの?」
 
「ああ、実はテストなのよ」
と女言葉で話す鞠古君が気持ち悪い。字面では女言葉だが、イントネーションが女言葉のイントネーションではないのである。
 
鞠古君が出てきたみたいというのに気付いて隣の教室から留実子が来るが、セーラー服姿に顔をしかめている。
 
「テストって何の試験?」
「あたしが、女として適合できるかのテストだって」
 
「はぁ?」
 
「いやね、チンコ切ってしまうでしょ? そして女性ホルモンをずっと打っていたら、いやでも女みたいな身体になっちゃうじゃない。それなら、いっそのこと、女の子になってしまった方がいいかも、なんてお医者さんが言うのよ」
とあくまで鞠古君は女言葉で話す。
 
が留実子が不快そうな顔で言った。
「トモ、気持ち悪いからその女言葉やめろ」
 
「あ、ごめんねー。るーちゃん。お医者さんから、女の子として適合できるかのテストで、半月くらい、女の子の服を着て過ごして、その間は女言葉で話してみなさいって言われたの。それで女の子としてやっていけるようだったら、チンコ取った後、人工のチンコ作るんじゃなくて、女の子の形に整形して、戸籍も女に変更しようって。ちゃんと男の人とセックスできるようになるらしいのよ。名前も知子にしようかなあ」
 
思わぬ話の展開に千里は驚いたが、留実子は明らかにかなりのショックを受けている。おちんちんを失っても鞠古君は男なんだから、自分の気持ちは変わらないと留実子は言った。それは彼女なりに相当悩んだ上での結論だ。それなのに鞠古君が女の子になってしまうというのは、話が違う!
 
「この女言葉は看護婦さんに教えられて半日くらい特訓したのよ」
と鞠古君。
 
「すっごくイントネーションが変。気持ち悪い」
と尚子まで言う。
 
「あら、そうかしら? もっと練習しなくちゃ駄目ね」
と鞠古君。
 
「鞠古、お前、もしかして女物の下着とかも付けてるわけ?」
 
「もちろんよ。女の子ショーツに、ブラジャーにキャミソールを着て、ブラウスを着て、この制服を着てるの」
 
「足の毛は?」
「全部剃ったけど、毛のないきれいな足っていいわね。スッキリしてて。今は足と足の間にちょっと男の子みたいなの付いてるけど、取っちゃったらそこもスッキリしそう」
 
ああ、開き直りなんだろうけど、少し自虐的になってないか?
 
「その制服は誰の?」
「お姉ちゃんがまだ捨てずに取っていたのをもらったの。ブラウスもね。下着は新品だけど」
 
「あのさ。女の下着とかつける時、チンコ大きくならなかった?」
「なったけど、オナニーは禁止されてるから、何とか我慢したわよ。我慢汁は出てきたけど」
「そりゃ出るだろうな」
 
と男子の同級生たちも呆れている感じである。
 
「今はガードルで押さえつけてるの」
「それ痛くない?」
「痛いけど我慢する」
 
留実子は最初しかめ面をしていたが、次第に怒りの表情になってきた。そして
 
バチッ
 
っといきなり鞠古君の顔を平手打ちすると、さっと走って教室から出て行ってしまった。
 
千里は慌てて留実子の後を追う。
 

留実子は走って廊下の端にある非常扉の向こうまで行ってしまった。千里もそれに続き、非常口の外に出る。
 
留実子は非常階段の手摺りに寄りかかって、立っていた。
 
「るみちゃん」
と声を掛ける。
 
「千里」
と言って留実子はそのまま千里の胸に顔を埋めると泣いた。
 
千里は留実子が泣くに任せていた。
 

どうしたらいいんだろう。
 
千里はその日ずっと悩んでいた。当の鞠古君は昼休みに女子トイレの使用を敢行しようとしたが1分で叩き出された。
 
「私、女の子なのよ。女子トイレ使ってもいいでしょ?」
と言う鞠古君に対して
 
「セナなら半分女の子だから女子トイレでも歓迎するけど、鞠古は完全に男だから次入ってきたら痴漢として警察に突き出す」
 
などと蓮菜から言われている。
 
結局彼は1階にある多目的トイレで用を達して来たようである。
 
「女トイレ入ってみたけど、小便器が無くてまず戸惑ったわ」
などと本人は言っている。
 
「まあ、女は立って小便しないからな」
と同級生男子から言われている。
 
そういえば留実子は男装している時は立ってすると言ってたし、3月に旭川で会った時も実際男子トイレを使っていたけど、どうやってするんだろ?と千里は疑問に思った。
 

取り敢えず鞠古君のその日の行動には失笑を隠せないままも、どうしたらいいんだろうと千里は悩んでいた。
 
それで部活も休んでそのまま帰宅する。帰る時、留実子をキャッチしたかったのだが、2組に行ってみたら、留実子は5時間目の途中で早引きしたと言われた。
 
多分心が動揺しすぎて体調までおかしくなったのではと千里は思った。留実子もあまり自律神経が強い方ではない。
 
ひとりで自宅に戻り、自分の机の所でぼんやりと考えている。
 
「お姉ちゃんどうしたの?」
と玲羅から訊かれたが
 
「ううん。何でもない」
と答える。
 
「もしかして彼氏に振られた?」
「そんなことないよ。大丈夫だよ」
 
その内、母が帰宅したので、母に神社でのバイトの件を話した。昨日は忙しそうにしていたので話しそびれたのである。
 
「巫女さんのバイトって・・・・でも、それみんなに顔を曝すのでは?」
 
母はやはり「世間体」を気にするようである。
 
「男の子の私しか知らない人は、巫女装束の私を見ても、同一人物だとは思わないよ」
と千里が言うと
 
「確かにそうだね!」
と納得するように言った。
 
「私を女の子と思い込んでいる人は何も疑問を感じないし」
と千里が付け加えると
 
「ちょっとぉ!」
と母は焦ったような声をあげた。
 
「それで、神社の宮司さんにこれ書いてもらった」
と言って、千里は、《村山千里。右の者は当社の業務の都合で長い髪を維持する必要があることを証明する》
と書かれた書類を見せる。宮司さんの名前と社印が押してある。
 
「はぁ・・」
と母は少し呆れている感じ。
 
「これに保護者の署名・捺印も欲しいんだけど」
と千里が言うと母は
 
「まっ、いいか」
と言って、笑って異装届を書いてくれた。
 

母と一緒に晩御飯の支度をして、さて夕食、という時に電話が鳴る。
 
「あ、私が出る」
と言って、千里が席を立ち、玄関の所にある電話を取った。
「はい、村山です」
「あれ?」
という声は・・・晋治だ!
 
「あれ?ってどうしたの?晋治」
 
それは3月に別れた元彼の晋治である。
 
「いや、ごめん。掛け間違い」
「もしかして彼女に掛けようとして、間違って私に掛けた?」
「いや、違う違う」
 
と言うが、図星っぽい。
 
千里がどうも彼氏と話しているようだと察した玲羅が居間と玄関との間の襖を閉めてくれた。
 

「そうだ。千里、その後変わりない? 新しい彼氏とはうまく行ってる?」
 
「彼のお母さんが務めてる先でバイトすることになっちゃった」
「・・・それ、男として?女として?」
 
「まあ、私は女の子にしか見えないだろうね」
「へー!」
 
「晋治はどう?元気?新しい彼女とうまく行ってる?」
「うん。元気。彼女とは今の段階では主として電話のやりとりだけだよ。僕自身も、昨日はちょっとチンコ切っちゃって痛かったけど、もう平気だし」
 
「え!? おちんちん切っちゃったの?女の子になるの?」
と千里がびっくりして言う。
 
「いや、切るって、そういう意味じゃないよ。チンコの皮がズボンのファスナーに挟まっちゃってさ。外すのに苦労して、結局ファスナーを分解してやっと外したけど、結構皮が切れて痛かったよ。おばちゃんが笑いながら生理用ナプキン1枚くれたから、ついさっきまでずっと付けてた」
 
「あはは。おちんちん切って女の子の生理用ナプキン付けてたら、ちょっと女の子気分?」
「何か凄く変な感じ。ナプキンって」
 
「まあ体験しておくのはいいことかもね」
「千里はナプキンって使ったことあるの?」
「私は女の子ですから」
 

「なるほどねえ。でもチンコ切ったというのから、性転換を連想するとは、さすが千里だな」
「まあね」
 
「普通の男子はチンコ切り落とすなんて考えもしないから」
「そうだね」
 
「ん?どうかしたの?」
「うん。実は・・・・」
 
千里は同級生の鞠古君がおちんちんに腫瘍が出来て、来月手術しておちんちんをもタマタマも切らなければなくなくなったという話をする。
 
「鞠古は覚えてるよ。バスケットが強かったな。鞠古知佐だっけ?」
「うん」
 
「鞠古(まりこ)という苗字がまるで女の子の名前みたいだから、Mariko Tomosuke と署名したら、きっと Tomosuke が苗字で Mariko が名前で女の子と思われるぞとか、からかわれていた」
 
「ああ。それは小学校の時もよく言われてた」
 
「しかし、そういう話になってしまうと、とてもからかえないな」
 

「そうだ。晋治、どう思う? 実は昨日、そのバイト先の人というか、今彼のお母さんから言われたんだけどね」
 
と言って、千里はお母さんの占いで、もしかしてこの件は誤診がある、あるいはおちんちんを切らなくても治療する方法が存在する可能性があるというのが出たということを話してみた。
 
晋治は少し考えているようであった。
 
「あのさ。それ、セカンドオピニオンは取ってるの?」
「セカ・・・って何?」
 
「別の医者の意見」
「それって病院を変わった方がいいということ?」
「それは状況次第だな。変わる変わらないを抜きにして、重大な治療になる場合は、別の医者の意見も聞いてみた方がいいこともあるんだよ」
「へー」
 
「医者も色々勉強はしてるけどさ、完璧な医者なんて居ないじゃん。全ての医学的知識を持ってて、あらゆる種類の治療体験のある医者なんて存在しない」
 
「うん」
 
「だから、同じ患者を診た時に、医者によって診断名が変わったり、あるいは違う治療方針を提示したりする場合もある訳だよ。それは医者に優劣があるというより、立場や過去の経験が違うから違う判断をする」
 
「つまり別の医者に診せたら、おちんちんを切らずに治す方法を提示してくれる可能性もあるということ?」
 
「あくまで可能性だよ。どこに行っても全部切るしかないと言われるかも知れない」
 
「でもそれは診せてみる価値あるよね?」
 
「うん。鞠古、どこの病院に掛かってるの?」
「旭川の**病院」
 
「・・・・だったら、札幌の##病院に行ってみない? 学閥が違うんだ」
「学閥?」
 
「医者には学閥があるんだよ。どこの大学を出たかで、同じ大学の出身者同士助け合っている訳。同じ学閥の所に掛かっても、遠慮して綺譚のない意見を出してくれない可能性がある。だからセカンドオピニオンを求めるなら、別の学閥の所がいい」
 
「ちょっと話してみる」
「何かあったら僕に電話して。僕のできる範囲のことは協力する」
「ありがとう。恩に着る」
 

それで千里は電話をいったん切ってから、留実子に電話して、今晋治と話した内容を伝えた。留実子はすぐ鞠古君と話してみると言った。
 
留実子は結局途中から鞠古君のお母さんと直接話したようである。
 
「でも違う病院に掛かったことが知れたら、今後いろいろ嫌がらせとかされたりしませんかね」
などとお母さんが変な心配をしたのに対して留実子は
 
「知佐君の一生が掛かってるんです。病院と喧嘩くらいしてもいいじゃないですか」
と言った。
 
その晩、鞠古君の家でお父さんとお母さんが激論をしたようである。判断がつかなくなって旭川にいる長女(鞠古君の姉)花江さんの意見も聞いたようである。そして翌朝、鞠古君のお父さんから千里の所に電話が掛かってきた。
 
「息子を札幌の病院に連れて行って診せてみます。済みません。どの先生とか指名した方がいいんですかね?」
 
「友人から聞いています。##病院の&&先生に診てもらってください。でもこの先生、紹介状が無いと診てくれないんです。それでいったん旭川の$$病院に行って、そこで紹介状を書いてもらってください」
 
念のため千里はFAXで晋治から聞いた情報を送ってあげた。
 

翌日。鞠古君は休んでいた。そして留実子も休んでいた。
 
留実子と同じクラスの佳美から「るみちゃん、鞠古君に付いて旭川・札幌まで行くので欠席だって」と聞いた。
 
確かに居ても立ってもいられない気持ちだったろう。
 

その日、千里は担任の先生に母が書いてくれた異装届に、神社から書いてもらった証明書を添付して提出した。
 
「あれ?村山、髪伸ばしてたんだっけ?」
「はい。何だか切るタイミングを逸してしまって。ふだんは学生服とか体操服の中に押し込んでいるんですけど」
 
「全然気付かなかった!」
と担任は言った。
 
「この神社でバイトしてるの?」
「ええ。することになりました。霊感が凄いとか言われて」
「へー。でも霊感を働かせるのにも、髪の毛が長い方がいいとか言ってたな」
「あ、それはあるかも知れません」
 
「了解、了解。でも村山が髪を長くしていても、全然違和感が無い気がするなあ」
と担任。
 
「先生、村山がショートカットにしたら、その方が不自然です」
と前の方の席に座っていた男子が言う。
 
「言えてる、言えてる。多分村山の場合は短髪の方が校則違反だ」
と担任は言った。
 
そういう訳で、異装届けは受理され、千里は中学の間は長い髪を維持することができたのであった。もっとも先生が「巫女」のバイトと認識していたかどうかは微妙である。
 

千里はその日部活を休み、貴司のお母さんが勤める神社に行った。
 
それで学校に異装届けを出したので髪を長くしていることを認めてもらえそうだというのを言った上で、鞠古君がセカンドオピニオンを求めて札幌の病院に行ったことを話すと
 
「うん、その方がいい」と少しホッとするかのようにお母さんは言った。
 
「何か祈祷とかしてあげられるでしょうか?」
と千里が訊くと
 
「千里ちゃん、水垢離(みずごり)とかできる?」
と尋ねられる。
 
「やります!」
と千里は答えた。
 
それで神社の裏手に行き、まずは白い(女性の水垢離用)衣装に着替えた上で、そこに流れている清流に入って水を浴びた。お母さんも付き合ってくれた。
 
しかし冷たい!
 
でもこれで少しでも役に立てるなら、我慢できると千里は思った。
 
その後、身体を拭いて巫女の衣装を着け、神社の奥社のひとつ、少彦名神社(すくなひこな・じんじゃ:但し小さな祠があるだけである)にお参りした。病気治療の神様だとお母さんは教えてくれた。
 
「私が言う通りに祝詞を唱えて」
「はい」
 
それで貴司のお母さんが唱える祝詞をできるだけ真似して唱えた。どのくらいきちんとコピーできているかは分からなかったが、これは気持ちの問題が大きいと千里は思ったので、自分のできる範囲でやれるだけやってみた。
 

「通ったね」
とお母さんは言った。
 
「はい?」
「千里ちゃんの友だちを思う気持ちは通じたよ」
「ほんとですか?」
 
「神様は明らかに反応した。この件、多分悪いようにはならないと思う」
とお母さん。
 
「男の子にとって、おちんちん失うなんて、死にたくなるくらい辛いことだもん。何とか失わずに済む治療法が見つかるといいですね」
と千里は言う。
 
「そうだね。普通の男の子の場合はそうだよね」
「ええ」
「でも最近は逆に失いたい子もいるみたいね」
 
「ああ。でも多分その本人にとっては、おちんちんが付いていることが凄い苦痛なんですよ。女の私には分かりませんけど」
と千里は開き直って平気な顔で言う。
 
「私の同級生にもそういう子がいてね」
とお母さんは遠い所を見るような目で言った。
 
「結構本人はそういう性癖を隠していたから、知ってたのは少数だった。でもその子、高校を出た後はすっかり女の子の格好で暮らすようになって、数年前タイに行って性転換手術受けて、本当の女になったんだよ」
 
「タイ?」
「タイには性転換手術をしてくれる病院がたくさんあって、世界中から希望者が集まっているんだよ」
「へー」
「千里ちゃんも、お友だちとかに、そういう子が居たら教えてあげるといい」
 
「そうですね。でもその同級生さんも、きっと色々悩んだんでしょうね」
 
「うん。理解してくれない人も多いだろうから、あれこれ苦労したと思うよ。大学はずっと女の格好で通学したものの、就職するのに、受け入れてくれる所が無くて、大変だったみたい」
 
「確かに、なかなか理解してくれる会社は少ないでしょうね」
 
「そういう子はおちんちんは取ってしまいたいだろうけど、同級生の男子に聞いたら、おちんちん切られるくらいなら死んだ方がマシなんて言ってた子も居たよ」
 
千里はにわかに鞠古君、自殺したりしないよな?と不安になった。
 
いや、ひょっとしたら・・・・おちんちんをどうしても切るということになったら彼は自殺を考えるかも知れない。いや、既に考えていたかも知れない。
 
「彼・・・・自殺したりしませんよね?」
「こないだ一緒に来た、彼のガールフレンド。あの子が彼を愛してあげている限り大丈夫だと思う」
 
「ああ」
 
そうか。留実子がいたから何とかなったのかも知れない。
 
「そして千里ちゃん、あなたの行動も彼を救ったと思うよ」
 
「あぁ・・・」
 
千里は溜息のようなものを付き、遠い所を見る仕草をした。
 

「千里ちゃん、面白い所見るね」
とお母さんは、本当に面白そうに言った。
 
「はい?」
「今千里ちゃんが眺めていた所は、古い磐座(いわくら)の場所だよ」
 
「いわくら?」
「神様が降りてくる所。そして千里ちゃんが見詰めていた時、確かにそこに神様がいたよ」
 
「へーー!!」
 
「ほんとに千里ちゃん、霊感が強い。そして強い守護霊に守られている」
「そうですか?」
 
「千里ちゃん、もし貴司と別れたとしても、留萌にいる間はここの巫女をしてよ」
「はい。それは構いません」
 
「誰かが千里ちゃんを呪おうとしても、跳ね返されるだろうね」
 
「呪いですか? 怨まれるようなことってあまりしないつもりだけど」
「こちらは普通にしているつもりでも相手が呪いたくなることもあるのさ」
 
「そんなものなんでしょうか」
 
千里はまた遠い所を見た・・・・つもりがさっきと同じ場所を見詰めていることに自分で気付いてしまった。
 

実際にその磐座の場所にお母さんと一緒に行ってみた。
 
「神々しい岩ですね」
「うん。でも何かに似てるでしょ?」
「えっと・・・・女の子かなぁ」
「そうそう。陰陽石の一種だよね」
「いんようせき?」
「しばしば男の子の形とか女の子の形の岩は信仰対象になった。それを並べて信仰している所もよくあるよ。だから、ここも古くは男の子の形の岩もあったのではと言う人もいるけど、よく分からないね。神社の記録にはそういう話は無いようだし」
 
「じゃ、やはりここに居るのは女神様ですか?」
「うん。この神社の御祭神は三柱の神だけど、その中の姫大神の御神体がここかも知れないと思う」
「でも三柱の神のお名前を唱える時、姫大神は最後に言いますね」
「一般に神社では後から祭られるようになった神様を最初に唱えて、最初から居た神様を最後に唱える」
「へー。真打ちなんですか?」
 
「ああ。そういう考え方はあるかもねー」
 
とお母さんは少し考えるように頷きながら言った。
 
「でもさっき水垢離の時に見ちゃったけど、千里ちゃん、おっぱい全然無いね」
「あ、済みません。男みたいな胸だってよく言われます」
 
「ふふふ。男みたいな胸ね。でもまあその内、大きくなるかもよ」
「そうですね。大きくなるといいなあ」
 
千里はバレたかも?という気はしたが、お母さんが優しく微笑んでいるので、この場では取り敢えずバッくれておくことにした。
 

鞠古君一家と留実子は、火曜日に旭川の病院に行き、そこで紹介状を書いてもらい、水曜日に札幌の病院に行った。そこで検査をされてその結果を見て木曜日に両親とお医者さんが話し合った。それで、まだ未認可の薬の治験に参加してみることになった。ただ、その薬には重大な問題があった。
 
「その薬使うと、生殖機能が失われるんだって」
と留実子は千里に札幌から電話して来た。
 
「でも睾丸取っちゃうという話だったんだから」
と千里は答える。
 
「そうなんだよ。だから取っちゃうくらいならこの薬使ってみようかと。それで、この薬を使う場合、その前1ヶ月くらい掛けて精子の採取と保存をするって」
 
「保存?」
「うん。精子を出して、それを冷凍保存しておくんだって」
 
「へー。精子を出すってどうやって出すの?」
「あのなぁ・・・・」
 
千里は実は中1になっても射精の経験が無いので、時々こういう問題でトンチンカンなことを言ってしまう。千里はセックスの仕方を知っているくせにオナニーの仕方をこの頃はまだ知らなかったのである。
 
「まあ冷凍しておくと10年でも20年でも持つらしいよ」
「それは凄いね」
 
「その保存が終わってから治験だって」
「じゃ、おちんちんとタマタマは取らなくてもいいの?」
 
「分からない。この薬が効いて、もし腫瘍が小さくなってくれたら、おちんちんは全部切っちゃうんじゃなくて、腫瘍のある所だけを切るので済むかも知れないということ」
 
「結局切ることは切るんだ?」
「腫瘍のある所を切って、その前後をつなぎ合わせるらしい。だから、おちんちん短くなっちゃうけど全部失うよりは良いよね?」
 
「私は男の子の感覚が分からないけど、多分全部なくすよりは随分いいんじゃないかな?」
 
「きっとそうだと思う。それでタマタマの方も、この薬を使うと機能停止して男性ホルモンも生産しなくなってしまうから、取らずにそのままにしておいても構わないって」
 
「へー!」
 
「でも薬が効かなかったら、やはりおちんちん全除しかないらしい」
「効くといいね」
「ボクもそれを祈ってるよ」
 
「で、これは期待しないで欲しいということでさ」
「うん?」
 
「おちんちんも睾丸も運良く温存できた場合で、病気の治療が完全に終了した時点で、男性ホルモンを取ると、確率は低いけど睾丸の機能が回復する可能性もあるって」
 
「そうなったらいいね」
 
「過去の例では、その薬を投与して治療が完了した後で、睾丸の機能が回復したのは、30人中2人だけらしい」
 
「鞠古君がその3人目になるといいね」
「うん」
 

「それで女性ホルモンは摂るの?」
 
「それは摂るけど、成分を調整すると言ってた」
「ふーん」
 
「その処方だと、身体が丸みを帯びたりとかは起きるけど、おっぱいはそんなに大きくはならないって」
「ほほぉ」
 
「まあ多少は大きくなるかもとはいうことだけど。トモもボクのおっぱいより大きくならなかったらいいことにするかなあ、なんて言ってた」
「じゃ、るみちゃん、自分のおっぱい大きくしよう」
「まあ、それでもいいよ。ボクは自分の胸が大きい状態はそれなりに楽しんでいるし」
「うんうん」
 
留実子は小学5−6年生の頃は、胸を小さくしたいと時々もらしていた。自分が女の身体に変化していくことが多分辛かったのだろうが、それなりに妥協できたのだろう。自分は自分が男の身体に変化していくことに妥協できるのだろうか?千里はその自信が無かった。
 
「一応、手術したあと2年間女性ホルモンを投与して、それで再発とかしなかったら男性ホルモンに切り替えてみましょうということらしい」
 
「なるほど」
 
「結局この病気は男性機能に深く関わっているらしくて、治療のためにはいったん、どうしても身体をホルモン的に女性にしてしまわないといけないみたい。でも治療が終わったら、また男に戻せばいいんだよ」
 
「陰陽反転か・・・・」
 
千里は貴司のお母さんが算木の陰と陽をくるくると回しながら反転させていたのを思い出しながら言った。列車で会った人も陰と陽は簡単にひっくり返るのだと言っていたなと千里は考えていた。
 
「うん。男女反転。でもそれは身体だけの問題だからさ。身体がどうなっていても心が男であるのなら、トモはやはり男の子だし、ボクもトモの恋人でいられる」
 
「うん、頑張ってね、るみちゃん」
「ありがとう」
 
「じゃ、鞠古君、もう女装しないよね?」
「ああ。今度女装してたら、股ぐら蹴ってやるぞと言っといた」
 
「るみちゃんのキックは痛そうだ」
 
「こちらの先生も身体が女の子の身体みたいになるから、女の子として暮らしてみてはというのは無茶すぎる。そんなの50年前の論理だとか言ってたよ」
 
「同感」
 
「それで御両親もこちらの先生を信用する気になったみたい」
 
「じゃ、今後の治療はそちらの病院で進めるのね」
「うん。協力してもらえる留萌の病院も別の所だよ。千里が言ってた学閥ってやつみたい」
 
「なるほど」
「だから、千里がトモの代わりに女性ホルモンの注射を打ってた件もバレない」
「あははははは」
 
「でも千里はずっと女性ホルモン打って欲しかったんだったりして」
 
「それはそうだけどずっとやってたら絶対バレてたからね。それに、ここ数回打ってもらったのだけでも、私は凄く心理的に楽になった。中学になってから、何か小学校の時より遥かに男女の扱いが違うんだもん」
と千里は言う。
 
「それはボクも同感。すっごく不愉快。だから最近ボク反動で男装する時間が増えてる」
 
「・・・・ね、まさかるみちゃん、男装して鞠古君に付いてるんじゃないよね?」
 
「男装してるよ」
 
「嘘!」
 
「だから鞠古君の御両親はボクのこと、トモの男友だちと思ってる」
 
「えーーー!?」
「ホテルの部屋もトモと一緒の部屋にしてるし」
 
「・・・あのねぇ」
 
でも千里は何だか楽しい気分になった。
 
「そうだ。るみちゃんさ。男装してる時は男子トイレ使うんでしょ」
「うん」
 
「どうやって立ったままおしっこできるの?」
「ふふふ。それは秘密さ」
 
うーんと悩んでみたが、そもそも自分が立っておしっこをしたことがないので千里は考えてみてもさっぱり分からなかった。
 
「だけどさ」
と留実子は言う。
 
「万一、トモが女の子になっちゃったら、ボクが性転換して男になってトモと結婚してもいいかもともチラッと思った」
 
「ああ、そういう愛の形もあるだろうね」
 
と言いつつ、千里の頭の中は若干混乱していた。陽が陰に反転し、陰が陽に反転すれば、結局ふつうの関係になってしまう??
 

週明け、鞠古君も留実子も登校してきた。鞠古君はもちろんワイシャツに学生ズボンである。鞠古君はついでに髪を切ったようだ。これまでスポーツ刈りっぽくしていたのを三分刈りの丸刈りにしている。しかし、彼にしても留実子にしても何だか表情が明るい。千里はきっと新しい治療方法はうまく行くだろうと信じた。
 
鞠古君はみんなの前で、もしかしたらチンコ取らなくてもいいかも知れないということを話し、特に男子達から「良かったなあ」と言われていた。
 
「まだその新しい薬を使ってみるまでは分からないけどね」
 
と一応彼は言う。
 
「あ、そうだ、村山、これやるよ」
と言って、鞠古君は千里に紙袋を2つ渡した。
 
「何?」
「姉貴からもらったセーラー服。こちら冬服、こちら夏服」
 
「ああ、先週お前が着てたもの?」
 
「そそ。でもちゃんとクリーニングした。俺がこれを着ることはなくなったから、村山、要らないかと思って」
 
「ありがたいけど、私はもうセーラー服持ってるし。それに鞠古君の身体に合う制服が私に合うとは思えないし」

と千里が言うと、
「そこに着たそうな目をしてる子がいるけど」
と恵香が言った。
 
「おお、高山、お前なら俺が着てた服でも入るよな?
「え!?」
と本人は唐突に名前を呼ばれて驚いている。
 
「それは良いことだ!」
と周囲から声が上がる。
 
「高山、取り敢えず着てみろよ」
と他の男子からも言われる。
 
「えっと・・・」
 
「セナちゃん、女子制服着てたら、女子トイレを使ってもいいよ」
などと近くで蓮菜が言う。
 
「ほらほら、着替えて」
とせかされて、女子数人が作ってくれた円陣の中で、高山君はノリで女子制服を着てしまった。
 
「足の毛は処理してるね」
「ちゃんと女の子下着着けてるね」
「今日は体育が無いから、きっと女の子下着だと思った」
などと円陣を作っている女子。
 
それで高山君が着替え終わると
 
「可愛い!」
という声が女子からも男子からもあがる。
 
本人は物凄く恥ずかしがっているが、彼はセーラー服を着たらちゃんと女の子に見える。
 
「高山、今日はこれで授業受けなよ」
「えーー!?」
「明日からもそれで学校に出て来なよ」
 
「それは叱られる〜」
 
「誰も変に思わないから」
「鞠古の女装は違和感ありありだったね」
「同感同感」
 
彼はその日は本当に1日セーラー服のまま授業を受けたが、先生たちは誰も彼の女子制服姿に注意はしなかった。更に千里や蓮菜が手を握ってあげて、女子トイレに連れ込んだりしたが、彼は普通にトイレの列に並んでいて
 
「セナちゃん、女子トイレ慣れしてる〜」
と言われていた。
 
このクラスの男女比は4月には男15女11だったけど、このままだと男12女14になっちゃうかも、などと千里は思った。
 
 
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【女の子たちの陰陽反転】(2)