【女の子たちの制服事情】(1)

前頁次頁目次

1  2 
 
「兄貴さ、最近女物の服が増えてきてない?」
と千里は玲羅から言われた。
 
「うーん。別に良いじゃん。スペースは侵略してないと思うよ」
「その分、男物を処分してるよね?たぶん」
「うーん。処分はしてないけど、着られなくなったのは顕士郎君(従弟)にあげてるし」
「着れてもあげてたりして?」
 
千里の家は、市営住宅で2DKである。2軒単位で1つの家になっていて、村山家は隣の町田家と同じ建物だが、別に隣だからといって特に交流がある訳ではない。
 
1つの建物を共有する村山家と町田家は対称な作りになっていて、村山家では東側から台所・四畳半・六畳と続き、町田家では西側から台所・四畳半・六畳と並ぶ。台所に勝手口があるので、勝手口は東端と西端にあることになるが、玄関はどちらも北側にある。玄関を入った所に2畳程度のスペースがあり、そこにトイレもある。お風呂は台所につながっているが、配置的にはトイレの隣である。
 
雪国で北側の玄関というのは危険である。ある年は雪が積もりすぎて玄関からの出入りが出来なくなり、春までずっと勝手口から出入りしていたこともあった。
 
御飯は4畳半の部屋で食べるし、ここにテレビもあって居間の役割を果たしているが、夜間は4畳半で千里の両親が寝て、6畳で千里と玲羅が寝ている。一応、6畳の部屋の南側(窓側)を千里が使い、北側(奥側)を玲羅が使い、お互いの領域はできるだけ侵略しないようにしているが、壁側(町田家との境界)に父が手製したクローゼットが設置してあって、横に4mほどの棒が渡してあるので、そこに千里も玲羅も、また母も上着やズボン・スカート、コートなどの類いをハンガーに付けて掛けているのである(父はここに掛けるような服を持っていない)。
 
問題はその領域なのだが、基本的には一番奥を母、真ん中付近を玲羅、窓側の方を千里が使用しているが、境界線が引いてある訳ではないので、各々の服が増えてくると、隣を微妙に侵略していく感じになる。実際、母の服は多いのでだいたい母の服が50%、玲羅の服と千里の服が25%ずつくらいになっている。
 
玲羅が指摘したのは、その千里の服の比率で女物が増えているという話である。千里は女物の服は奥側に掛けているので、ちょっと見ると窓側に男物の服が並び、その後女物が続くので、その境界が千里の服と玲羅の服の境界線かと思うと、実際には、ふたりの服の境界線はそこより少し奥側にある。
 
窓側からジュニアの男物が30cmほど続き、その後ジュニアの女物が170cmほど続いているが、実は千里の服と玲羅の服の境界線は100cmくらいの所である。つまりこの時期、千里の服は7割くらいが女物であった。
 
「でもその服の並びを見ると、私が一見お兄ちゃんの5倍くらい使っているみたいだからなあ。実際、お父ちゃんはそう思っているんじゃないかな」
「お父ちゃんは服のことには関心無いと思う」
「確かにそうかも知れん」
 
そんなことを話したのは3年生か4年生の頃だったろうか。
 

男の子が女の子になりたいと思っている場合、女物の服をどうやって調達するのかというのは大問題である。みんなこれでかなり苦労しているので、ずっと女の子の服を着たいと思っていても、実際に着始めるのは高校を出た後という人も多い。
 
千里はその問題についてはかなり恵まれていた部類に入る。千里の場合、女の子の服を調達する手段を3つ持っていた。
 
ひとつは毎月もらうお小遣いである。お小遣いは最初の頃は月数百円、6年生で1000円ではあったが、千里はそのお小遣いで他の子たちのようにジュースやおやつを買うことは無く、もっぱら下着を買うのに使っていた。またお正月に親戚の人からもらうお年玉もほとんどそういう目的に投入していた。(2月にはバレンタインのチョコの素材に少し使った)
 
千里の下着の調達先はだいたい、しまむらとかである。千里はよくしまむらでワゴンセール100円のショーツを買っていた。またしばしば上下セット400円とかのブラ&ショーツがあったりするので、重宝していた。
 
なお千里が女の子の下着とかを持っていても、母はとがめたりはしない。変な目的で使うものではないし、変なことをして入手したものではないことが分かっているからである。洗濯物の中に女の子の下着があっても、母は玲羅のものと千里のものをきちんと仕分けしてタンスに入れてくれた。
 

千里の女の子の服の調達先の第2は他の人からのお下がりである。千里に服をくれていたのは、主として友人の留実子、従姉の愛子、そして叔母の美輪子である。
 
留実子は小学3年の時に引っ越して来た子であるが、千里と留実子はお互いに“異性の服”の供給源となった。留実子は男の子になりたい女の子で、千里は女の子になりたい男の子なので、しばしばお互いの服を交換した。留実子の母は留実子の性格を知っているから、スカートなど買ったりしないが、親戚から頂いたりする。それを千里にくれる。逆に千里が持っている男の子っぽい服はどんどん留実子にあげていた。服の交換は相互の母の了承のもとである。
 
実は、留実子の母は千里のことを普通の女の子だと思っていたし、千里の母は留実子のことを普通の男の子だと思っていた。それで留実子の母は
「これまで女の子の友だちなんて、できたことなかったのにやっとできた」
と思っており、千里の母も
「これまで男の子の友だちなんて、できたことなかったのにやっとできた」
と思っていた。
 
また、旭川市に住む叔母の美輪子がしばしば、自分が着ない服をこちらに送ってきてくれていた。美輪子は母の妹だが、母と12歳も年が離れている。千里が中1の時、母は36歳だったが、美輪子は24歳で、元々童顔でもあり、また若い子が着るような服を好んで着ていたので、車を運転していて検問で
「中学生が運転してはいけない」
などと警官に注意されたこともあるらしい。
 
そんな美輪子の服は千里や玲羅でも充分着れそうな服が多かった。しかしこの時期はまだ玲羅はガールズサイズ140の服を着ていたので、美輪子の服はむしろ玲羅より千里に合ったのである。
 
折角送って来てくれたけど、母はこんな若い服は着ないし、玲羅には大きすぎるしと言っていた所に千里は
 
「ボクがもらってもいい?」
と言った。母は
 
「あんた着るなら着てもいいけど、スカート穿くの?」
などと訊く。
 
「最近は男の子でもスカート穿くよ」
などと千里は開き直って言うので、じゃあげるよ、ということになったのである。
 
小学校の頃、千里は学校にさすがにスカートは穿いて行かなかったが(千里的見解)、左前合せのポロシャツなどは堂々と学校に着て行っていた。
 
(蓮菜や留実子の見解では小学校時代、千里はかなりスカートで登校していた)
 

そして千里の女物の服の第三の調達先は、母であった。
 
母は時々気まぐれ的に千里に女物の服を買ってくれることがあった。
 
「これ女の子用だけど、千里はこのくらいは穿けるよね−」
などと言ってガールズのジーンズを買ってきてくれたりするし、
 
「あ、間違って女の子用のパンツ買って来ちゃった」
などと言って(玲羅にはまだ大きすぎて千里のサイズに合う)セーラームーンのショーツを買ってきてくれたこともあったし、
 
「これ暖かそうだったから買ってきた」
と言って、ダウンのオーバースカートを買ってきてくれたこともある。(但しこれは玲羅が「貸してね」と言って借りたまま返してくれなかった。もっとも千里も玲羅の星模様のプルオーバーを借りたまま返していない)
 
小学2年生頃までがそういう状況だったが、3年生頃からは家庭の経済状況もあり、男物はどうせ千里が着てくれないから、もったいない、ということで千里には女物しか買ってこなくなった。
 

ところで中学入学の前、千里に学生服を買うのかセーラー服を買うのか母はかなり悩んでいた。千里は当然セーラー服を着ると主張していたものの、母はギリギリまで悩んでいた。母の主たる悩みは
 
“セーラー服のほうが学生服より高い”
 
ということである。何しろ、母はお金を節約しなければという意識が強いのでガソリンを入れなければならないバーベキューセットに「こちらが安いし」と言って灯油を入れて壊した前歴のある人である。
 
取り敢えず見に行った。
 
ショッピングセンターの一角に制服コーナーが設けてあり、市内および近隣の町の全中学の制服がマネキンに着せて並べられている(高校は入試の後になる)。もっともバリエーションがあるのは女子のみで、男子は全校学生服であった。その女子の制服が千里には、まぶしかった。
 
わあ、いいなあと思い、寄って見る。特に自分が進学予定の中学の女子制服には、つい手で触ったりしてみた。そんな千里を母はそっとしておいてくれたような気もする。
 
係の人が寄ってきた。
 
「今度中学進学ですか?」
「あ、はい」
「採寸はお済みですか?」
「採寸?」
「ええ。女子の制服は受注生産になるので、寸法を測ってから作りますので」
「あっ、えっと・・・」
 
などと言っていた時に母の携帯が鳴る。
 
「ちょっと御免」
と言って母がその場を離れる。
 
その後ろ姿を見送りながら係の人が言う。
 
「早い時期に予約をしていた人も、採寸は今の時期にするんですよ。夏頃採寸していても、その後成長して合わなくなってしまうことがあるから」
 
確かにこの時期の女子は体形が変わりやすい。主として胸が成長するタイプとお腹が成長!?するタイプと。
 
「お母さん向こうに行っちゃったけど、採寸だけでもしておきません? 注文は後でも良いですよ」
 
などと係の人が言うので
「そうですねー。じゃ採寸だけ」
 
と言って千里はメジャーで身体の寸法を測ってもらった。
 
「バスト65、ウェスト55、ヒップ85、肩幅34、袖丈54、身丈48、スカート丈68かな。あなた身長があるから、身丈・スカート丈は長めの方がいいわね」
 
「あ、そうかもです。鼓笛隊の標準のスカート穿いたら、なんでお前だけミニスカート穿いてる?とか言われました」
 
「あはは。バレーとかバスケとかすると、いいかもよ」
「ああ。いいですね。でも私、運動神経悪いから」
「練習すればいいよ」
と係のお姉さんは言う。
 
「一応、この数値コンピュータに登録しておくから。この登録番号を電話で伝えてもらえたら、注文できるからね」
「ありがとうございます」
 
「あ、名前と電話番号、訊いていい?」
「はい。名前は村山千里、電話は0164-**-****です」
 
それで係のお姉さんは登録番号 214 で千里の寸法を登録してくれた。千里は採寸の控えを手に取って見ながら、バレンタインデーみたいな数字だと思った。
 
なお、この日は母が急用ができたということで、そのまま帰ったので何も買っていない。そして結局、父の漁師仲間・神崎さんの息子が着ていた、中学の制服を譲ってもらえるという話が来たので、結局千里は“学生服は”買わないことにした。千里は「学生服なんて着ないからね」と宣言しておいた。
 

2003年2月14日(金)。小学校最後のバレンタインデー。千里は旭川の中学に通っているボーイフレンドの晋治に電話を掛けた。
 
「バレンタインの手作りチョコ、今年もありがとう」
と晋治が明るい声でお礼を言う。(郵便が遅れた場合にそなえて)昨日届くように郵送しておいたのである。
 
「晋治、そちらの中学でも人気だろうから、たくさんもらってるだろうけど」
「まあ、もらうけど、千里のは特別だよ」
 
「ふふふ。特別な子が何人居るのかなあ」
と千里は半ば冗談で言ったのだが
 
「嫉妬してんの?」
と晋治は言った。千里はその反応に微妙な違和感を感じた。
 
「ううん。いいんだよ。私は晋治の子供は産んであげられないしね」
「最近、千里、言葉がきつくない?」
 
「私も4月からは中学生だし」
「・・・・千里、中学には学生服で通うの?」
 
千里は晋治との関係に限界を感じていたので、彼と別れるには自分は中学には男子として通うことにしておいた方がいい気がした。それで晋治に話を合わせる。
 
「セーラー服で通いたいけど、駄目だろうなあ。髪も短くしないといけないみたい」
「ああ」
「ね。3月1日か2日、時間取れる?」
「1日なら何とかなる」
 
「そちらに行っていい? 一応うちのお母ちゃんには旭川まで行く許可は取ったんだけど」
「いいよ。会おう」
「私が女の子である、最後の姿を晋治に見て欲しいの。それでサヨナラにしない?」
 
その件は実は12月に会った時も示唆していた。電話の向こうの晋治は少し考えているようであった。そして
 
「千里はたとえ学生服着て、短髪にしても、女の子だよ」
 
と言った。「サヨナラ」の件については何も言わない。これまでも千里がそれを示唆した時、晋治は《黙殺》するかのように反応していた。千里は晋治が《否定》しないことをその返事と捉えていた。
 
「ありがとう。でもさすがに、その格好で女子トイレとか入れないだろうしなあ」
「ああ、それは痴漢と間違えられるね」
 

翌日の土曜日。蓮菜の家に、美那、千里、留実子、というメンツが集まっていた。何か用事がある訳でもなく、適当に集まって、適当に漫画など読みながら、おしゃべりしているだけである。
 
「みんなバレンタインのチョコは渡したの?」
と蓮菜が訊く。
 
「渡したよ。今年は頑張ってゴディバ」と美那。
「おお、凄い」
 
美那は今は2つ年上でS中学のスキー部に所属している藤代君にラブ♥である。但し藤代君にチョコを渡す女子はたくさんいるし、一応決まった彼女も居るようだ。美那はどうも人気の集中する男子に惚れてしまう傾向がある感じ。もっともそれは千里も同様という気もしないではない。
 
「まあ、取り敢えずチロルチョコを渡した」
と留実子が言うと
「チロルなの〜〜!?」
と呆れる声。留実子の彼氏は同学年の鞠古君である。
 
「うん。チロルチョコを100個」
「100個!」
「それは食べるのに一苦労」
「留実子らしい」
「鞠古君もそういうジョークを面白がるタイプ」
「ミルクとコーヒーガナッシュを組み合わせてハート型に並べてやった」
「それは、むしろかなり凝っている」
 
「蓮菜も渡したんでしょ?」
「うーん。誰に渡すか少し悩んだんだけどねー。田代が欲しそうな顔していたから『余ったのやる』と言って、押しつけといた」
と蓮菜は言う。このふたりは、本当に付き合ってるのか付き合ってないのか、よく分からないし、いつも喧嘩しているが、多分仲は良いのだろう。
 

「千里はどうしたの」
「うん。郵送しといた」
「ああ、青沼君とまだ続いてたんだ」
 
「続いているというか半分惰性だけどね。きっと晋治、向こうにも彼女居るよ」
と千里は言ってから、ハッと思う。
 
もしかしたら・・・・そうかも知れない。
 
「別に向こうに居たっていいじゃん」
「男の子って、わりと複数の恋人が居ても平気みたいだよ」
「そうそう。それぞれの彼女をちゃんと愛してくれるみたい」
 
ふーん。男の子ってそういうものなのかなあ。。。
 
「会いはしなかったの?」
「平日だから」
「この週末にデートしても良かったろうに」
「来月会う約束してるよ」
「お正月には会ったの?」
「うん。12月にデートしたよ」
「あの時はセックスしたんでしょ?」
「してないよぉ」
「なぁんだ」
「じゃ、来月会ったらセックスしちゃいなよ」
「おお、大胆な意見」
 

3月1日(土). 千里は朝から汽車に乗って旭川に出た。この日は叔母の美輪子の家に泊めてもらい、明日帰宅することになっている。留萌から旭川までは車なら2時間(速度制限を守った場合!)で行くが、JRを(深川で)乗り継ぐと連絡が良くても2時間半掛かる。みんなJRに乗らないわけである。留萌本線は日本一の赤字路線らしい。
 
千里は自分が大きくなる頃までこの汽車は残ってないだろうなと思った(が、その後、極限まで経費を切り詰めた運用がなされており、2014年現在も廃止の話は出ていない模様)。
 
旭川駅まで晋治が迎えに来てくれていたので、取り敢えず握手して(まだキスする勇気は無い:人目もあるし)、駅の自販機でジュースを買いベンチに座って少しおしゃべりする。
 
「あ、これ2日早めの誕生日プレゼント」
と言って、晋治が何やら小さな箱を渡してくれる。
 
「わぁ、ありがとう!」
と言って受け取る。
「開けていい?」
「うん」
 
中身はペンギンのイヤリングである。
 
「可愛い!」
「付けてごらんよ」
「うん」
 
左右の耳たぶをイヤリングの留め金で挟んでネジを締める。何だかこれって大人の女の感覚だよな、などと千里は勝手に思う。
 
イヤリングが見えるように、長い髪を耳の後ろに流して、手鏡で見てみる。
 
「可愛いよ」
と晋治は言ってくれた。
 
「ありがとう。中学の入学式までの命だけど、それまで頑張って使うよ」
「中学生になっても付ければいい」
「えー? でも短髪にイヤリング付けてたら変じゃないかなあ」
「僕は構わないけど」
「私は構うかも!」
 
「実はアンパンマンのイヤリングとペンギンのイヤリングで迷ったんだけど、こちらの方が可愛いと言うから」
と晋治。
 
「そうだね。アンパンマンより、こちらが良いかな」
と千里は答えたが、今の晋治の言い方を聞いて、こないだから感じていた疑問に確信が持てた。そうか。。。やはり晋治・・・・・。まあ、仕方無いかな。
 
「それから、これは13日早いホワイトデー」
と言って晋治は《白い恋人》の小箱を渡してくれる。
 
「ありがとう!」
と言って受け取る。
 
「ね、一緒に食べない?」
「そうだね」
 
ということで、その場で箱を開けて、ふたりで分けて食べる。
 
「これ美味しいよねー」
「うん。僕も実は好き。《白い恋人》を恋人同士で一緒に食べるって何だか幸せな気分になるよね」
と晋治は言った。
 
千里は心がじわっとして泣きたいほど嬉しかった。ああ・・・こんなことを晋治とできるのも今日が最後か、と思うと千里はそれがまた悲しい気持ちになる。さっきの疑問も今は忘れよう。だって晋治はきっと《私も》愛してくれているのだろうから。
 

結局30分以上駅で話した後、バスに乗って、旭山動物園に行った。駅から動物園までが40分あるので、その間、隣り合う座席に乗り、たくさんお話ししたが、バスの座席は狭く、身体が接触するので、その接触で千里は結構ドキドキした。晋治の方もドキドキしているような気がした。
 
動物園に着いたのがもうお昼頃だったので、最初に食堂に行き、その後園内を見て回る。前日は雪だったのだが、この日は晴れていて、動物園を見て回るのには良いお天気である。それでも寒いのは寒いので、千里も晋治もダウンコートを着ているし、晋治は黒い手袋に黒い毛糸の帽子、千里はピンクの手袋に赤い毛糸の帽子をしている。2人とも長靴だ。
 
「私たちにとって冬は寒くて大変な時期だけど、ペンギンさんにとってはとっても過ごしやすい季節なんだろうね」
と千里はペンギンたちの様子を見ながら言う。
 
「人間でもそうだよね。その環境を喜ぶ人もいれば、嫌がる人もいる。物事の価値観って、結構個人の立場で変わるんだよ」
と晋治。
 
「・・・だろうね」
 
その時、ふたりの近くを小学5−6年生くらいかな?という感じの男子のグループが通りかかる。何だかうるさい!千里たちはペンギンたちを見ながら、彼らをやり過ごした。
 
「小学6年生かな? もうみんな声変わりしてた」
と晋治。
 
「うん。早い子は5年生で声変わりしちゃうけどね」
と千里。
 
「千里はまだ声変わりしないんだね」
「それ考えると憂鬱!」
 
「僕は千里くらいの年にどんどん男らしい身体になっていくのが大人になることだという感じで楽しみだったけど、千里にとっては辛くてたまらないことなんだろうな」
と晋治。
 
「さっきの同じ環境が人によって喜びであったり悲しみであったりという話だね」
と千里も言う。その問題は自分でもさんざん悩んだから、今晋治の前でこの程度のことを口にするだけの心の余裕はある。
 
「でもおかげで最後まで晋治の前では完璧に女の子でいられる」
と千里は言った。
 
でも、その「最後」という問題に関して晋治は言葉を濁している。
 

北海道の冬は暮れるのも早い。この日の日没は17:18であったが、動物園は3時半で閉まってしまう。千里と晋治は結局、ペンギンとしろくまを見ただけで動物園を出た。
 
千里の叔母で独身の美輪子が、その閉園時間に合わせて迎えにきてくれていたので、車に乗せてもらい、取り敢えず美輪子の自宅に行った。そして2人を中に入れると、美輪子は「買物してくるね。6時頃戻る」と言って出かけてしまう!
 
「今、おばさん出かける時に、千里に何か渡したね」
「えーっと、こんなの渡されちゃったんだけど、どうしよう?」
 
と言って、千里が渡されたものを晋治に見せる。2枚もある!
 
「もしかして、これ・・・・」
と晋治がその単語を言いかねている。
 
「どうする? 使うようなことする?」
と千里は謎めいた微笑みで晋治を見ながら言う。
「お布団も敷いてあるみたい」
 
と言って、千里はいつもここに来た時に泊めてもらっている部屋の襖を開ける。布団が《1つ》敷いてあり、ストーブも焚かれていて暖かい。
 
「まあ、取り敢えず、お部屋に入ろう。暖かいよ」
「うん」
 
それで2人でその布団が敷いてある部屋に入る。襖を閉める。取り敢えず布団を挟んで座る。
 
「あ、ポットにお湯が入ってる」
と言って、千里はココアを入れて、1つ晋治に渡し、1つは自分で取る。
 
「頂きます」
と言って晋治はココアを飲む。寒い所にずっと居たので、暖かいココアはありがたい。千里もゆっくりとココアを飲んだ。
 
「やはり外は寒かったね」
「うんうん」
 
「この部屋暖かいし、私、コート脱いじゃおう」
と言って、千里はコートを脱ぐ。ついでにレッグウォーマーも脱いじゃう。可愛いチェックのスカートにタイツ、上は厚手のトレーナーを着ている。
 
「千里・・・胸がある」
「うん。パッドだけどね。ほんとに胸があったらいいのに。私は服を着ている時だけ本当の姿になれるんだよ。裸になったら、偽りの自分になってしまう」
 
「千里にとっては、裸体は偽りなんだな」
「うん。だから、私、服が脱げないんだよねー」
 
これがお互いにあと3つくらいずつ年が上だったら、こんな会話から、どちらからともなく誘って、お布団の中に入ってしまっていたかも知れない。でも、この時は、ふたりとも未熟すぎて、そんなことまではする勇気が無かった。
 
「晋治に言い寄ってくる女の子、今でもたくさん居るだろうし、これからもたくさん出るだろうけど、私という存在を晋治の恋愛歴のどこかのページに、今の私のまま残しておいてくれたら嬉しい。この後、私、晋治の恋人とは主張できないような身体になっていってしまうから」
と千里は言った。
 
「もう会えないの?」
と晋治。
 
「武士の情けで勘弁して」
と千里。
 
この問題について結局晋治は何も言わなかった。晋治の反応次第では千里は服を脱いで彼に裸を見せちゃうつもりだったのだが。
 

1時間くらい、たわいもない話をした。もしこれが最後のデートになるのならもっと話すことあるだろうに、などと思いながらも、どうでもいいような話ばかりしてしまう。
 
やがて17:45になる。美輪子叔母さんは18時に帰ると言っていた。帰って来たら晋治をおうち(晋治が下宿している、晋治の伯父さんの家)まで送って行く。それでサヨナラになる。
 
お互いにタイムリミットを意識するのか、千里も晋治もチラッチラッと時計に目をやる。
 
「千里、ひとつだけ言っておきたい」
「うん」
 
「僕は千里という人、そのものを好きになった。だから、千里がどんな姿であろうと、どんな声であろうと、そのこと自体は変わらないから」
と晋治は言う。
 
「ありがとう」
と言って千里は微笑んだ。
 
「手紙は・・・書いてもいいよね?」と晋治。
「そうだね。お友だちとしてなら」と千里。
 
「でも千里、好きだよ」
と晋治は言った。
 
「私も晋治のこと、好き」
と千里も言った。
 
ふたりはずっと布団を挟んで座って会話をしていた。しかし、この時、ふたりは何かに動かされるかのように、そしてお互いに吸い寄せられるように布団の上に乗り、至近距離まで近寄った。
 
そして自然と唇が近づき、ふたつの唇が重ねられた。
 
ふたりとも怖くて目を瞑ってしまったが、無事ふたつの唇は綺麗に重なった。
 

そのまま、永久に時間が止まってしまったかのような感覚があった。
 
もう我慢できないかのように、晋治は千里を抱きしめた。千里も晋治の背中に手をやり、しっかりと晋治を抱きしめた。
 
このまま、セックスしてもいいかな?と千里は思った。彼びっくりするだろうなあ。
 
晋治が千里を押し倒す。晋治は千里を抱きしめてしまったことで、理性のタガが外れてしまったようだ。千里も抵抗しない。
 
「お布団。めくらない?」
と千里は笑顔で言う。
「うん」
と晋治は答えたものの、動作を停めてしまう。でも抱き合ったままだ。
 
「どうしたの?」
「いや、布団の中に入ったら、僕もう我慢できなくなって、絶対やっちゃう」
「してもいいよ」
 
そんなことを言う自分を、何て大胆なんだろうと千里は思った。
 
「いや。だから我慢するよ」
「どうして?」
「御免、千里、僕、実は・・・・」
 
晋治が言えずにいるので代わりに千里が言った。
「彼女がいるんだよね?」
「気付いてた?」
「会話の端々に、今付き合ってる女の子が居るんだろうな、というのは感じたよ」
「ほんと?」
「女の勘」
 
「ごめん、千里」
「いいのよ。だって、今日は1日、私だけの晋治で居てくれたもん。私、嬉しかったよ。イヤリング大事にするから」
 
「ごめんな」
「私が本当の女の子だったら、ライバル宣言して略奪するかも知れないけど、私、あと1ヶ月しか女の子で居られないから身を引く」
 
「そういう言われ方すると凄い罪悪感が」
「それは浮気男の罰だね」
 
「でもさ」
「うん」
「千里、僕ほんとうに千里のこと好きだから」
「私も好きだよ。だから、今夜の0時までは、私の恋人で居て。明日からはただの友だち」
 
「分かった」
 
それで、ふたりはまたお布団の上で、ぎゅっとお互いを抱きしめた。
 

そのまま時間が過ぎていった。千里も晋治も何も言わなかったが、お互いを思う気持ちは伝わってきた。やがて玄関の鍵を開ける音がした。
 
ふたりは何ともなしに、いったん身体を離し、そしてキスした。
 
美輪子叔母さんの「ただいま」という声が聞こえる。そして千里と晋治は見つめ合って微笑んだ。
 
「あ、これ今日の記念にあげる」
と言って、千里はおばさんからもらったコンドームの1個を晋治に渡した。
 
「彼女とする時に使ってもいいよ」
と千里が言う。
 
「使うかも。千里もそれ、新しい彼氏が出来たら、その彼氏に使わせていいよ」
 
「新しい彼氏か。。。。しばらく恋はしたくない気分。って、だいたい髪切っちゃったら、もう女の子として男の子との交際はできないよ」
 
「そうかな。千里、こんなに可愛いんだもん。きっとすぐ彼氏できるよ」
「できたらいいけど」
 
「千里、髪が短くたって女の子の服、着ちゃえよ」
「それ変態に見えると思う」
「変態だと思われたら嫌?」
「・・・・・平気かも」
「だったら着ちゃえ、着ちゃえ」
 
「・・・ほんとにそうしようかなあ・・・」
「学校の制服もさ、女子制服作っちゃうといいよ」
「お金無いよー」
「なるほど、お金があれば作りたいんだ」
 
「・・・・そうかも」
「お金、お小遣い少しずつ貯めたら今年は無理でも来年は何とかなるかも」
「そうだなぁ」
 
「そして、千里、多分2ヶ月後くらいには新しい彼氏作ってると思う」
「私、そんなに節操無くないよー」
 
「じゃ、千里に5月までに彼氏が出来なかったら、僕、千里に去年道大会で優勝した時の記念にもらったボールペンあげるから」
 
「おお、そんな大事そうなの、ぜひもらわなくては」
 
美輪子叔母さんは家の中には入ってきたものの、こちらの部屋には来ず、台所で何かしている雰囲気である、それをいいことに、千里と晋治は更に会話を続けた。
 
「もう一度キスしていい?」
「うん。今夜までは私は晋治の彼女だもん」
 
そういって、ふたりはまた唇と唇を重ねた。そのまま離そうとしたのだが、晋治は千里の口の中に舌を入れてくる。えーーー!? と思うが、されたら仕返してやる、という精神で千里も晋治の口の中に舌を入れる。
 
舌と舌が絡み合う。
 
何これ!? 凄くHな気分!!
 
その時、美輪子おばさんが
「唐揚げたくさん買ってきたからさ、あんたたち食べない? 今お味噌汁も作ったよ」
と台所からこちらへ大きな声を掛けた。
 
それで千里と晋治は身体を離した。
 

翌日午後の列車で留萌に戻った。戻り際、おばさんは千里に
 
「これ私が着なくなった服だけど」
と言って、可愛い女物の服をいくつか持たせてくれた。
「いつもありがとう」
「可愛い女子中学生になってね」
「うん」
と千里は笑顔で返事した。
 
そして列車が動き出してから、晋治のことをまた考える。
 
涙が出てきた。
悲しいよぉ。心が寂しいよぉ。
心の中にポッカリと大きな穴が開いたのを感じる。
嫌だよ。辛いよ。誰かこの穴を埋めてよ。
 
晋治が自分には2ヶ月くらいで彼氏が出来ると言ったのを思い出す。本当に作っちゃおうかな。だって、この心の穴、このままにしてたら、私、壊れてしまいそうだよ。
 
千里は列車の中で泣きながら、そう思った。
 

少し複雑な思いを胸に自宅に戻った千里は、困惑したような母の顔を見た。
 
「お母ちゃん、どうしたの?」
 
「いや。こないだ言ってた、神崎さんから中学の制服をもらったんだけどね」
「ああ、ありがたいね。学生服だって買えば結構するのに」
 
「いや、それが学生服かと思ったら、これなんだけど」
と言って、母が千里に見せたのは、何と千里が進学予定のS中学の女子制服、セーラー服であった。冬服・夏服ともに揃っている。
 
「ちょうど良かったね。セーラー服買わずに済んだ」
と千里は言った。
「でもお父ちゃんの言い方からは、学生服かと思って、やだなあと思っちゃった」
 
「どうも、神崎さんはうちの子はふたりとも女の子と思い込んでいたみたい」
 
そういえば自分は神崎のおばちゃんに何度もスカート穿いてる所を見せてたよな、と千里は今更ながら思った。
 
「神崎さんとこ、お姉さんと弟だよね?」
「うん。それで弟さんが着ていた学生服の小さくなったのをもらえるものと思ってたら、どうもお姉さんが着てたセーラー服をくれたみたい」
 
「S中の女子制服、もう10年以上変わってないみたいだもんね」
 

母は“父の手前”学生服も調達しておきたいと言った。そんなの買っても着ないからねと千里は言った。
「だいたい私の身体のサイズに合う学生服なんて存在するわけがない」
 
「千里、あんたウェスト幾つだっけ?」
「ウェスト55、ヒップ85」
 
「・・・・ウェスト55なんて学生ズボン、無いんだけど」
「だから言ったじゃん。ついでに言うと、85のヒップを納めるにはウェスト75くらいのズボンが必要なはず」
 
「でもウェスト55しかないのに75のを買ってどうするのよ?」
「お裁縫して自分で詰めるしかないと思う。ベルトで調整できる量じゃないから」
「私、裁縫とかできないよぉ」
 
うん。母が針と糸を使っている所なんて見たことない。うちにはミシンもない。
 

それで諦めたかと思ったら、母はレディースサイズの学生服!?(多分コスプレ用)を売っている所を見つけ、そこから通販で取り寄せることにした。普通に売ってる学生服より遥かに安い!
 
「多分、作りが適当なんだと思う」
と千里。
 
「でも千里は、おとなしいから、多少適当なのでも大丈夫かもね」
と母は言った。
「どっちみち、そんなの着ないし」
 
ちなみに神崎さんからもらったセーラー服を試着してみたら、多少大きいものの、ウェストをアジャスターで縮めると何とか着られることが分かった。
 
「神崎さんとこのお姉ちゃん、けっこうスリムなのに!」
と母は呆れていた。
 
でもしっかり、セーラー服を着た千里の記念写真を撮っていた!
 

小学校の卒業式。
 
他の子たちは、男子は学生服、女子はセーラー服を着て、出席した。しかし千里は制服を着ずに、黒いセーターと黒いスリムパンツという格好で出た(と千里は主張するが友人たちは全員否定する!)千里以外に、もうひとり、札幌の中学に進学する女子が1人、その中学には制服がないということで、代わりに黒いドレスを着て出席していた。
 
中学の制服を着ていないのが自分だけではなかったので、千里はちょっとだけ気が楽であった。千里だけでなく、参列した千里の母も気が楽だった。
 
また髪の毛も男子はみな中学の頭髪規則に合わせて短髪にしていたが、千里はこれまで通り、胸くらいまでの長さの長髪である。それで実際問題として、千里のことを女子と思い込んでいる保護者も多かった雰囲気である。
 
「あの長い髪の子、可愛いね」
「セーラー服着てないけど、私立に行くのかな?」
「どこの子だったっけ?」
などという会話も聞こえていた。千里がここまで髪を長くしたのは5年生の秋頃からなので、その後同級になってない子の親は千里のことを知らないのである。
 
卒業式の前夜、母は千里に「短く切ったりしないから」と言って、鏡台の前の椅子に座らせ、髪の端を切りそろえてあげていた。前髪も眉毛の上で直線に切ったので、お姫様カットという感じになっていた。
 

卒業式の帰り道、留実子と偶然一緒になった。
 
「千里、卒業式にセーラー服、間に合わなかったの?」
「ううん。あったけど、お母ちゃんがぶつぶつ言うから妥協した」
「ふーん。でも4月からはちゃんとセーラー服着るんでしょ」
「るみちゃんは学生服着たいんでしょ?今日はセーラー服着てたけど」
 
「るみちゃんは、セーラー服着たんだね」
「あんまり着たくなかったんだけどねー。ボクは本当は今日も学生服着たかったけど、お父ちゃんが心臓マヒ起こしちゃまずいから」
と留実子。
 
「そうだねー。性別なんて面倒くさい」
「ほんとほんと」
 
「るみちゃん、学生服は買ってないの?」
「お年玉、まだ取ってるし、買っちゃおうかなとも思ったけど、悩んでる」
 
「・・・・ね、うちで学生服、試着してみない?」
「え!?」
 

それで留実子を連れて千里は自宅に戻った。
 
「あ、るみちゃん、いらっしゃーい」
と母が笑顔で迎えてくれる。
 
「ただいま。玲羅は?」
「**ちゃんちに遊びに行ってるよ」
 
「だったら好都合! お母ちゃん、この襖閉めていい?」
「いいけど、何すんの?」
「内緒」
 
「・・・あんたたち、Hなことするんじゃないよね?」
と心配そうな母。
 
「まさか!」
と千里も留実子も言った。
 

それで4畳半と6畳の間の襖を閉めた上で、千里は自分の学生服を取り出す。
 
「学生服買ったんだ?」
 
留実子が着ていたセーラー服を脱ぐ。留実子はこの日、男物の上下下着を着け、更に男物のワイシャツを着て、その上にセーラー服を着ていた。ていた。たぶん、セーラー服を着るのが本当に嫌で、それを我慢するために、ワイシャツや下着は男物を着たんだろうな、と千里は思った。
 
「ボクに入るかな」
と留実子は少し不安気だったが、ズボンは問題無く入った。
 
「るみちゃんがくれる服が私に合うから、私たちあまり体形差無いはず」
「そうだね」
 
留実子は身長が170cm、千里が165cmである。
 
千里も神崎さんからもらったセーラー服を取り出して身につけた。
 
「ああ、ちゃんと持ってたのね」
「もちろん」
 
「でもるみちゃんが男物の服を着てても、鞠古君は何か言わない?」
「ボクがボーイッシュなのは構わないって。ヴァギナさえ付いてれば充分と言われた」
「うーん。でも男の子ってそうかも」
 
千里と留実子は見つめ合って笑った。
 
「でも鞠古君とHとかしたの?」
「さすがにまだする勇気は無いよ。冗談半分で、高校生くらいになったら、してもいいよとは言ってる」
「おお、凄い!」
「まあ、それまでボクとトモの関係が続いたらだけどね」
と鞠古。
 
その言葉を聞いて、晋治と別れてしまったことを千里はちょっと後悔していた。
 

ワークシャツの上に学ランを着る。ボタンはきれいにハマった。
 
「お、格好いい。ちゃんと中学生男子に見えるよ」
 
「千里も女子中学生に見えるよ」
と留実子は言ってくれた。
 

その時
「ホットケーキ焼いたけど、あんたたち食べる?」
という母の声。
 
「うん」
と千里が答えると、襖が開く。お盆の上にホットケーキを重ねた皿と、紅茶が2つ載せられていて、母がそれを持ってこちらに来る。
 
「あれ?千里、結局、学生服着たんだ?」
 
と言ってから、ん?という顔をして、メガネを取って目をゴシゴシしている。
 
「お母ちゃん、私はこちらだよ」
とセーラー服を着た千里が言う。
 
「あ、済みません。お借りしました」
と学生服を着た留実子が言う。
 
「えーーー!?」
と驚いたような母。
 
「私のセーラー服姿はこないだから何度も見てるじゃん」
「そうだけど」
「るみちゃん、学生服似合うでしょ?」
と千里。
「うん。凄く似合う!男の子に見える」
と母。
 
「千里ちゃんはセーラー服が凄く似合うし、学生服を着てもたぶん女子中生が友だちの借りて着ているかのようにしか見えない気がします」
と留実子も言う。
 
「だろうね。私ももう諦めるしかないかと思ってる」
 
それで留実子の学生服、千里のセーラー服姿の記念写真を母に撮ってもらい、データをありあわせのUSBメモリに入れて留実子に渡した。留実子はそのメモリを胸の所に抱きしめていた。
 
 
前頁次頁目次

1  2 
【女の子たちの制服事情】(1)