【女の子たちの精密検査】(2)

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少し休んだ所でトイレに行く。列ができているのでそこに並ぶ。丸刈り頭で女子トイレの列に並ぶのも、最初の頃はいいんだろうか?と思っていたもののこれまで騒がれたことはない。だいたい男子トイレに入ろうとすると「混んでるからといって男子トイレに来るなよ」と言われるから、女子トイレに入らざるを得ない。
 
個室で用を達し、また手洗いの列に並ぶ。その時、トイレに入って来た40歳くらいの女性が千里を見て
 
「あら、あなた?」
と声を掛けた。
 
「はい?」
「あなた、今男子の試合に出てなかった?」
「ええ。出てましたけど」
「じゃ、あなた男なの?」
 
周囲が騒ぐ。千里は小さい頃から普通に女子トイレを使ってきた。それがこんな場所でいきなりこういう詰問をされるのは初めてである。女性は下げているネームプレートを見る感じでは運営関係の人のようである。
 
「自分では女だと思っていますが」
「生徒手帳持ってる?」
「あ、はい」
 
千里はウェストポーチから生徒手帳を出して見せた。
 
「ああ、ちゃんと性別女と書いてあるわね」
「そうですね」
「でも手帳の写真は長い髪」
「バスケするのに不便なので切りました」
「それは邪魔かも知れないけど、また極端に短くしたものね!」
「髪洗うの楽でいいですよ」
「確かに。でも、なんで女子なのに男子の試合に出た訳?」
 
「出場許可は頂いてます」
と千里は答える。
 
ここで戸籍上は男子だなんて言ったら、この人痴漢として警察でも呼びかねない気がした。
 
「選手登録証見せて」
と言われるのでそれも見せる。春の大会にしても今回にしてもこの登録証を人に見せるの、もう何回目だろう?
 
「ああ。こちらの写真は髪切ってから撮ったんだ?」
「はい」
 
「でも、男子チームに登録されているのか。女子生徒なのに。なんか疑問を感じるなあ。協会にこの件で照会させてもらってもいい?」
とその女性。
 
「それは構いません。私は協会の判断に従うだけです」
と千里は答える。
 
その女性は頷いていた。
 

試合でスッキリしなかったのに、トイレでトラブって、何だか不愉快な気分でトイレから出た来たら、ちょうど男子トイレから出て来た貴司とバッタリ会う。
 
「お疲れー」
「お疲れー。でも不完全燃焼だよー」
「僕も。何か今日の試合はスッキリしない」
 
「お互いファウルは気をつけようよ」
「全く。でもあの回避は必要無かったよ。あそこはお互いぶつかっていた方が安全だった」
「あれで始末書を書けって言われた」
「うん。退場するのは仕方無いけど、怪我してシーズン棒に振ったら、その方がよほど痛い」
 
「貴司が怪我したらS高一大事だよ」
「千里も怪我したらN高一大事」
 
「しかしトイレの前での立ち話も何だし、どこか行かない」
「そうだね」
 

それでふたりで体育館の裏手に出た。周囲に人は居ない。
 
取り敢えず抱き合ってキスする。
 
たっぷり5分くらいはキスした。微笑みあって並んで座り、お話をする。
 
「千里たくさん汗掻いてる」
「うん。着替えようかと思ってたんだけどね。貴司も汗掻いてる」
「この後、着替えるよ。だけど汗掻いても千里って男臭くないよな」
「女の子だもん」
 
「うん。女の子特有の甘い香りがする」
「ふーん。それ私分からないんだよねー」
「女性ホルモン飲んでるんだっけ?」
「飲んでるけど」
 
貴司はやはりそうか、という感じの顔をしていた。
 
「じゃ、声変わりとかは来ないのかな」
「どうだろうね。来なければいいのにとは思うけど、来たら来た時という気がしてきたよ、最近」
 
「千里とした2度のセックス考えてたけど、あれヴァギナじゃないよね?」
「お金があったら今すぐヴァギナ作る手術受けたい」
「僕、結局どこに入れたの?」
「スマタだよ」
 
「やはりそうか。。。。。僕もかなり考えてそれしかないかもと思ってた」
「あまり気持ちよくなかった?」
「天にも昇る気持ち」
「ふふふ」
 
「千里以外の女の子としたことないから、比較のしようがないけどね」
「私と別れた後で、たくさん経験するといいよ」
「うん。それはそうするつもり」
「私と恋人でいる間は他の子とはしないで欲しい」
「うん。やりたくなったら千里を呼び出す」
「いいよ。その時は留萌まで行って一晩一緒に過ごしてあげる」
 
ふたりはまたキスする。
 
「だけど雌雄を決するという話では、今日は私が男の子で貴司が女の子だね」
「じゃ僕が性転換しないといけない?」
「お茶に眠り薬混ぜて、寝ている内に手術室に運び込んで、おちんちんチョキンと切って女の子に改造しちゃったりして」
 
「やだなあ。でも千里男の子になってもいいの?」
「おちんちんだけならあってもいいかな。タマタマは要らないから取っちゃおう」
「ってか、千里、タマタマは無いよね?」
 
千里はそれには答えず微笑んでいる。
 
「貴司、おちんちん無くなっちゃったらどうする?」
「とりあえず、小便するのに困りそうだ」
「どうしても困った時は、私のをあげようか?」
「千里のって、使えるの?」
 
「そうだなあ、普通の男の子に比べたら少し短いかも」
「何cmくらいあるの?」
「うーん。0.5cmくらいかなあ」
「それ、チンコではなくて、クリトリスなのでは!?」
「ふふ」
 

「なんか、チンコとかの話してたら立って来た」
「舐めてあげようか?」
「えーー!?」
「誰も居ないよね?」
と言って千里はあたりを見回す。
 
「うん」
「物音とかしたら教えて」
と言って千里は貴司のハーフパンツをめくり、トランクスの脇から手を入れてそれを掴む。ひゃー、既にこんなに堅く、大きくなってるじゃん。そしてそこに顔をうずめて、舐めてあげた。
 
「あ・・・」
思わず貴司が声を出す。接触している顔から貴司の心臓の鼓動が伝わってくる。すごいドキドキしてる。私もドキドキしてるけどねー。
 
10回くらい舐めてあげて「今日はここまでね」と言って離れようとした時、いきなりバシャッという音がして閃光がした。
 
え?何?
 
「御免。全然気付かなかった。多分盗撮された」
「えーーー!?」
 
「いや、こんな所でこんなことしてた僕たちが悪いんだけど」
「どこかに投稿されちゃうかな」
 
「個人的な趣味でコレクションにするだけならいいんだけど・・・」
 
「私たちのユニフォーム写ってると思う?」
「多分僕の方は顔だけ写ってる。千里は顔は写ってないと思うけどユニフォームはパッチリ写ってると思う」
「背番号見たら私と分かるね」
「ごめーん。N高厳しいよね。千里、万一退学とかになっちゃったら」
 
千里は少し考えるようにしていた。そしてやがて微笑んだ。
 
「大丈夫だよ。きっと、そのカメラ壊れちゃうよ」
「へ?」
 

男はカメラを持って走っていた。何か凄い場面が撮れた。高校生カップルがデートしているのに気付き、キスでもしたら盗撮しようと思っていたのに、いきなりフェラ始めた。最近の高校生は凄いぜ。しかしあの女の子凄い短髪だったな。女の子の丸刈りって、それだけでそそられる。
 
そんなことを考えていた時だった。
 
いきなり何かにぶつかる感触があった。
 
何だ!?何だ!?
 
そして次の瞬間、慣性の法則で、持っていたカメラが走っていた勢いで前方に飛んで行く。道に転がる。そしてそこに大型トレーラーが通り、カメラを轢いてしまった。
 
トレーラーが停まる。運転手が降りてくる。
 
「何か轢いたな。あんたのもの?」
「あ。えっと大したもんじゃないです」
「そう? でも悪かったな」
「いえ、こちらこそ、突然道に転がしちゃってごめんなさい」
 
それでトレーラーの運転手は手を振って運転席に戻り、去って行った。
 
男は、あ〜あぁと思いながらカメラの残骸を見詰めていた。カメラ壊れちゃった。まあ2年くらい使ったからいいよね。お母ちゃんに泣きついて買ってもらおう。今度はどこのがいいかなあ。取り敢えずCFカードは回収しておかなくちゃ。
 
それでカメラの残骸の中からCFカードを探していたのだが・・・・
 
そこに突然強い風が吹いてくる。思わず顔を手で覆う。その時、残骸の中に転がっていたCFカードらしきものが風に飛ばされ、近くの溝のふたの格子状のところから落ちてしまった。
 
あっ!
 
慌ててその中を覗き込むが、中は凄い量の濁流が流れている。
 
えーー!?
 
だってこの中にはこないだ女子高生の着替え中を盗撮したのとか、5歳くらいの女の子がおしっこしている所を盗撮したのとか、公園のベンチで女ふたりが濃厚なラブシーンしてたのを盗撮したのとかあるのに!!!!
 
男は呆然としてその流れを見詰めていた。
 

しかしふたりのラブシーンを見ていたのは、盗撮男だけではなかったようであった。
 
ふたりがそれぞれのチームの所に戻ってから1時間ほどした頃。宇田先生が運営の腕章を付けた男性に呼ばれてどこかに行く。そしてしばらくして渋い顔をして戻ってくると、千里にちょっと来るように言った。
 
宇田先生は千里を少し人の少ない座席付近に連れて行った。
 
「大会関係者でね。体育館の裏手で濃厚なラブシーンをしている選手を見たという人があってね。ひとりが留萌S高のユニフォーム、ひとりが旭川N高のユニフォームだったらしい。その人は選手の顔までは見てないというのだけど、心当たりない?」
 
「申し訳ありません、それ私です」
「相手はS高の細川君?」
「はい」
「今回はコート上ではないけどさ。大会中はちょっと控えてくれない?」
「済みません」
 
「別に法律に触れるようなことでもないし、恋愛は別に禁止しないけど、そういうのは、自宅とかでやりなさい」
「はい、本当に申し訳ありません」
「取り敢えず、次の試合、君は謹慎。あとそれも始末書書いて」
「はい」
 
「始末書、あと1枚書くはめになったら、君、特待生取り消されるよ」
 
特待生を取り消されると、自分には退学の道しかない。
 
「肝に銘じます」
「今後こういうことは2度とないようにね」
「はい」
 

千里はさっき女子トイレの中で、運営関係の人から自分の性別について質問され、協会に照会してみると言われたことも話した。
 
「村山君は、やはり女子の方に出た方が問題ないのかも知れないなあ」
と宇田先生は言った。
 
「でも出られないのでは?」
「君さ、正直に答えてよ。性転換してるの? ここだけの話」
 
「してません。女性ホルモンは飲んでいますが、男性器は存在します」
「睾丸も取ってない?」
「はい。取ってません。でも女性ホルモン優位なので、睾丸の機能は物凄く低下しています。声変わりがまだ来てないのもそのせいだと思います」
 
「胸、あるよね?」
「女性ホルモンの影響で少し膨らんでいますが、AAカップ程度です。ただ、ふつうの授業とか受ける時は、Cカップ程度になるパッドを入れていることもあります」
「なるほどね。つまり、君って男性器以外は女性なんだ?」
「うーん。。。それは新しい見解かも」
 
「それに君って医学的に男性かも知れないけど、うちの女子生徒だよね?」
「自分では女子高校生だと思っています」
 
先生は頷いていた。
 

その日、夕方近くになって行われた2回戦では、千里が出られないので同じ1年の落合君がシューティングガードで出た。相手は結構な強豪で、落合君は相手チームの強いチェックにあってなかなかまともに撃たせてもらえない。
 
しかし北岡君・氷山君の活躍で何とか辛勝することができた。
 
宿舎に戻ってから電話で貴司と話した。貴司はもう留萌に戻っている。
 
「始末書、あと1枚増えたら、私退学になっちゃうみたい」
「ごめーん。こちらも始末書書いたけど、こちらは退学まではいかないや」
「大会終わってから、留萌に行くね。Hなことは自宅とかでしなさいと言われちゃった」
「えっと、むしろ僕がそちらに行っていい? こちらは妹2人もいるし、とてもHできない」
「いいよ」
 

翌日午前の準々決勝には千里が出場する。
 
相手は今年のインターハイ予選では札幌Y高校に敗れて決勝リーグに残れなかったものの、昨年のウィンターカップの代表でもあった帯広C学園である。
 
しかし千里は前の試合に出られなかった鬱憤を晴らすかのように活躍した。レベルの高いチームなので、千里を完全にはフリーにしてくれない。しかし、それでも千里はどんどんスリーポイントを放り込む。結局この試合で千里は20本のスリーを撃ち半分の10本を成功させて30点をもぎ取る。試合は62対46でN高が勝った。
 
午後の準決勝では今年のインターハイ予選を1位で通過した室蘭V高校と当たった。さすがに苦戦したものの、向こうが6月にはこちらに勝っていて多少甘く見ていた感もあり、その油断を突く形で千里と北岡・氷山の1年生トリオがフル回転し、最終的には10点差で勝利した。
 
 
そして最終日、決勝戦に臨んだ。
 
N高校は女子チームも準決勝でインターハイ予選で2位だった釧路Z高校を下して決勝戦に進出している(6月の大会の決勝リーグではZ高校に負けていたので雪辱を果たした)。
 
最終日はこの男女の決勝戦のみが行われる。
 

試合前のミーティングをしようとしたら、キャプテンの真駒さんが居ない。
 
「どこ行ったんだ?」
「すみません。なんかあいつ、腹の調子が悪いとかでさっきから何度もトイレに行ってました」
「トイレにいるの?とりあえず呼んできて」
 
それで1年生男子部員が数人で体育館内のトイレを探した所、真駒君を見つけて連れてくる。
 
「どうなの?」
「すみません。さっき、食べたおにぎりが悪くなってたかも」
「どこかで買ったやつ?」
「いえ。一昨日の朝、家から持って来たおにぎりで」
「2日も経ってるの!?具は?」
 
「シャケなんですけど、暖房の吹き出し口のそばに置いてたから、それで悪くなっちゃったかなあ・・・」
「こういう時に、食べ物には気をつけなきゃダメじゃないか」
 
結局、真駒さんが使い物にならない感じなので、この試合は1年の氷山君がポイントガードとして先発することになる。PG.氷山 SG.千里 SF.白滝 PF.四条 C.北岡 というスターティング・メンバーになる。
 

決勝戦の相手は6月のインターハイ予選でも当たった札幌Y高校である。元々強豪でインターハイ・ウィンターカップに何度も出ているが、6月の決勝リーグでは初戦でそれまでノーマークであったN高校に敗れたことから、調子をくるわせて三連敗で敗退した。
 
しかし今回はN高校をちゃんと研究してきたようであった。特に千里についてはかなり研究したような感じであった。一番強そうな選手がマンツーマンで付くので、ほとんどフリーにさせてもらえない。正直貴司より厳しいと思った。恐らく「仮想村山」役を誰かにやらせて練習したと見た。
 
それでこの試合では、N高側では、北岡・四条・白滝といったフォワード陣がゴール下まで攻め入って得点を狙うパターンを主軸にせざるを得なかった。一番強い人が千里に付いている分、どうしても向こうのゴール下の守りは手薄になっているので、攻め入る隙があるのである。
 
試合はシーソーゲームで進む。第2ピリオドまで終わって32対32の同点。この間、千里はスリーを2回しか撃つことが出来ず、1本は叩き落とされて、1本入れたのみである。
 
「村山、完全に封じられていますね」
「でもそれで向こうの10番の選手が村山にずっと付いてるから結果的に4人対4人で試合しているようなもの」
 
「あの10番、高校を卒業したら実業団にって誘われているらしいよ」
「すげー。その選手を村山対策に使ってるんだ?」
 
「向こうも村山をフリーにしたら大量得点されると考えて、割り切っているんだと思う。だから、これはこれでちゃんと村山は仕事してるんだよ」
 
「それでも村山、ここまで2回フリーになりましたね」
「10番が悔しそうにしてた」
 

第3ピリオドに入ると、お互いに少し疲れが見えてくる。そうなると、どうしても地力に勝る方が強い。向こうが得点先行するパターンが多くなり、やがて点差が開き始める。第3ピリオドが終わって50対44と6点差を付けられた。
 
「もう、腹は気合いで押さえ込みます。自分を出してください」
と真駒さんが言い、宇田先生も頷く。
 
それで第4ピリオドは真駒さんが先発する。必死で反撃する。ほんの一瞬千里がフリーになった所へ真駒さんからレーザービームのようなパスが来る。向こうの10番が慌ててダッシュしてくるが、一瞬早く千里が撃つ。入って50対47。後1回3ポイントが決まれば同点。
 
その後双方確実に攻めてゴールを奪い合い、56対53とスコアは進む。北岡君のシュートを向こうの選手が止めようとして腕に触れてファウル。フリースロー。ここで北岡君が2本の内1本を入れて56対54。
 
向こうの速攻。ゴール下乱戦の中からシュートが撃たれ、ボールはリングの所で1回転したものの、外に落ちてくる。そのボールを真駒さんが確保。そのままドリブルで走る。残り時間20.9秒。千里には10番の選手が付いているが一瞬の隙をついてフリーになる。そこに真駒さんからパス。即撃って3点。56対57と逆転!
 
残り時間はもう8.5秒。向こうは必死に反撃してくる。ポイントガードがそのままゴール近くまで走り込んで来てシュート。北岡君が停める。
 
がファウルを取られた。
 
フリースロー2本である。時計は残り2.8秒。
 
1本目。決める。これで同点。
 
2本目。ボールはリングに当たって外にこぼれる。そこに、ずっと千里とマッチアップしていた10番の選手が飛び込んでボールを確保。
 
そしてシュート。北岡君・氷山君が必死にジャンプしたものの及ばず。
 
ボールはゴールに吸い込まれた。
 

審判がゴールを認めるジェスチャーをしている。そして即、北岡君がスローインしたもののそのボールを真駒さんが受け取ってすぐに試合終了のブザーが鳴った。
 
しばらくみんな動けなかった。真駒さんはボールを持ったまま座り込んでいた。
 
審判が整列を促し、みんな並ぶ。
「59対57でY高校の勝ち」
と審判が告げる。
 
「ありがとうございました」
と挨拶して、お互いに握手し健闘を称えた。真駒さんは宇田先生に「失礼します」
と声を掛けてトイレに駆け込んだ。
 
こうしてN高校は、あと少しの所でウィンターカップの出場権を逃したのであった。
 

「インターハイ予選は男女とも3位、ウィンターカップ予選はどちらも準優勝か・・・」
「女子チーム、どちらにも出られなかったってのでOGから何か言われそう」
と久井奈さんが言う。
 
女子チームは決勝でインターハイ1位だった札幌P高校に結構善戦はしたものの最後は地力の差が出て16点差を付けられて敗退した。
 
「男子の方はこれまで北海道大会でBEST8になったこともなかったから、すごく健闘してるんだけど、女子はこれまでインターハイにもウィンターカップにも出てるからねぇ」
 
「やはり千里を女子チームに欲しいよ。真駒ちゃん、トレードしてよ。代わりに私が男子チームに入ろうかな」
と久井奈。
 
「岬が男子チームに入るのは無茶。だって女にしか見えないじゃん」
「いや、それを言うと村山も女にしか見えないんだけど」
「そうなんだよねー」
 
「その問題、ちょっと小耳にはさんだけど、協会が再審査するっぽいよ。宇田先生がまた呼ばれていた」
と真駒さんは言った。
 

11月11日(土)。千里は朝8時半、友人の蓮菜・鮎奈たちと一緒に旭川市郊外の録音スタジオ前に集まった。春頃からこのメンツでバンドを組んで練習していたので、その成果を録音してCDを作ろうということにしたのである。練習ではなかなか全員は揃わず毎回楽器担当を流動的にして練習していたのだが、この日は全員何とか都合を付けた。
 
楽器の担当は、リードギター梨乃、リズムギター鮎奈、ベース鳴美、ピアノ孝子、ドラムス留実子、鉄琴・蓮菜、ライア(竪琴)智代、大正琴・花野子、フルート恵香、ヴァイオリン千里、トランペット京子である。但し曲によっては少し担当を変更する。千里が龍笛を吹いたり、トランペットを鮎奈も吹いてツイン・トランペットにする曲もある。ギターを弾ける子は多いし、ピアノは孝子・智代・千里・花野子の4人が弾けるので結構曲によって交替している。
 
この日、スタジオの3時間パックを借りることにしている。結局自分たちで録音やミクシング・マスタリングもすることにした。そしてその作業をするため、わざわざ札幌から来てくれたのが田代君であった。
 
「おまえらの話聞いてたら不安になったから来てやったぞ。ミキサーでお菓子でも作るの?とか質問された時は絶句したぞ」
と田代君。
 
「私は別に来なくてもいいよって言ったんだけどね」
と蓮菜。
 
ふたりのいつもの口調なので、どうやらふたりは縒りを戻した感じである。
 
「田代君もバンドやってると言ってたね」
と千里が尋ねる。
 
「ああ。高校の同級生3人でやってる。俺がギターで、後2人がベースとドラムス。ただ歌える奴がいなくてさ」
 
「ああ、雅文って音痴だもんね」
「どうせなら女の子のボーカル入れようかと言ってるんだけどね」
「ふーん。雅文なんかのバンドに参加してくれるような女の子が居たらいいね」
 
などと言い合っている。見かねて恵香が
「蓮菜、歌ってあげたら? 蓮菜、歌うまいじゃん」
と言う。
 
ふたりは視線をぶつけ合っている。
「そうだなあ。蓮菜がどうしても歌いたいって言うんだったら、歌わせてやってもいいぞ」
「札幌までの交通費と食事代を雅文が出してくれるんなら考えてもいいけど」
 
ということで話がまとまりつつあるようである。
 

予約していた時間になったのでスタジオに入る。楽器はだいたい持ち込みだが、ドラムスとピアノはスタジオからのレンタルである。ピアノはヤマハS4B。標準的な高級グランドピアノだ(一般の家庭にあるようなのよりは良い品)。スタインウェイのD-274とか、同じヤマハでもCFXなどのコンサートグランドも備品にはあるのだが借り賃が高いので、安いピアノで間に合わせている。
 
まずはとにかく11人揃って演奏したことがないので合わせてみるのだが、やはり全然合わない!
 
「おまえら、とりあえず最初の1時間練習した方がいい」
と田代君が言い、それからひたすら練習した。
 
田代君が結構全体を見てアドバイスしてくれるので、それでお互いのボリュームなども調整する。またギターやベース自体の設定も田代君が「こうした方がいい」
と言って調整してくれた。
 
結局借りている時間の半分、1時間半を消費して、何とか形にまとまる。それでやっと録音に入る。
 
収録する曲は、『残酷な天使のテーゼ』『WHITE LOVE』『浮舟』『Butterfly』
の4曲である。千里は『浮舟』でだけ龍笛を吹き、他の曲ではヴァイオリンを弾いた。約1時間掛けて何とか収録を終える。録音したデータは田代君が持ち帰って、自分のパソコンでミックスダウン・マスタリングしてくれることになっている。
 
「『浮舟』でのフルートと龍笛の共演が美しかった。村山、お前フルートは吹けないの?」
「練習してるけど、まだまだ」
「あ、千里、フルート買ったの?」
「もらったんだよ」
「ああ。千里はそういうのが多い」
「くれる人があったんだ?」
「うん。叔母ちゃんの知り合いの人」
 
「今持ってる?」
「うん。念のため持って来た」
 
「ちょっと吹いてみてよ」
 
それで千里がビゼーの『アルルの女』の『メヌエット』を吹いてみせる。
 
「おお、充分うまい」
「それでさ、『残酷な天使のテーゼ』でツイン・フルートにしてみない?」
 
田代君がアレンジの要点を言う。
 
「ああ、何とか行けそう」
「村山、即興に強いから、五線譜書かなくても行けるよな?」
「うん、何とかなると思う」
 
それで合わせてみると、結構良い感じになる。トランペットも京子と鮎奈が吹いてツイン・トランペットにし、リズムギターは智代が弾いて、ヴァイオリンは孝子、ピアノは花野子で、ライアと大正琴がお休みである。
 
「よし、残り10分だけど、このアレンジ録音しよう」
「OKOK。みんな一発で合わせるよ〜」
 
と言っていたのだが、最後の方で少し混乱が生じる。
 
「ラストチャンス!あと1回」
「よし、頑張ろう」
 
ということで再挑戦したのが何とかうまくいった。
 
「お疲れさまー」
「撤収!」
 

ということで最後は1分でバタバタと片付けて撤収し、そこから歩いて10分ほどの所にあるショッピングモールに移動した。取り敢えず各自適当なものを取って食べたり飲んだりしながらおしゃべりする。
 
「そうだ。これまとまったら、谷津さんにも1枚送ってあげよう」
「やづ?それ誰?」
「東京のプロダクションの人」
「何、おまえらスカウトされたの?」
「スカウトというより、見込みありそうな子には多分誰にでも声を掛けていた気もしないではない」
 
「こないだからTVスポットが流れてるでしょ? Lucky Blossom っての」
「ああ、何かベリーショートの女の子がサックス吹いてるやつ?」
 
「そそ。千里には負けるけど、かなりのベリーショートだよね」
「え?あれ男じゃないの?」
「女だよ」
「うん、私も女だと思った」
「うそ。私、男の人と思ってた」
「俺も男とばかり思ってた」
 
「女子だよ。私、東京に行って会ってきたから。谷津さんはそのLucky Blossom のマネージャーなんだよ」
と千里が説明する。
 
「へー」
「いつの間に東京に行って来たの?」
「10月末まではできるだけ他人には言わないでって言われてたからね」
 
「しかし、女であそこまで格好よくサックス吹けるのなら凄いよ」
「あの人、音楽大学の管楽器科に在籍中なんだって。その基礎がある上に、ワンティスの雨宮三森にサックスの才能を見出されてポップス系の演奏をかなり鍛えられたらしい。本人から聞いた話」
 
「雨宮の弟子か! なるほど〜」
「雨宮の弟子なら、やはり本当はオカマだってことは?」
「オカマさんなら逆に髪を伸ばしていると思う」
「確かにそうだ」
 
「しかし村山みたいに髪短い奴もたまにいるかも」
と田代君。
「田代君、一回性転換してみる?」
と千里。
「いやだ。俺はチンコ切りたくない」
と田代君。
 
ちなみに今日の千里はロングヘアのウィッグである。
 
「まあそれで、千里が占いで、何月何日、どこそこに行ったらいいアーティストに巡り会えるって言って、それで谷津さんがそこに行ったら、Lucky Blossom を見つけたんだって」
とあの時一緒に居た蓮菜が言う。
 
「凄いな。村山の占いは、留萌でも百発百中だったからな。俺も記念のメダルをなくしたのを見つけてもらったし」
 

記念写真を取り忘れたね、ということで、そのショッピングモールの何だか不思議なモニュメントの前に11人並んで、田代君が写真を撮ってくれた。
 
「これCDのレーベルにプリントしてもいいかもね」
「あ、それできるならお願ーい」
「OKOK」
 
「ところでおまえら、バンドの名前は何?」
と田代君が訊いたが、お互いに顔を見合わせる。
 
「そういえば名前決めてなかったね」
「何にしよう?」
「じゃ、ドーン・リバー」
と恵香が言った。
 
「何か格好良いけど、どういう意味?」
「Dawnは夜明け、Riverは川」
「旭川か!」
「まあ、いいんじゃない?」
「じゃ、それに kittensを加えよう」
と梨乃。
「なぜ猫?」
「私、猫好きだもん」
 
「梨乃ちゃんち、猫2匹いたんだよね?」
「うん。黒猫と白猫」
「ほほぉ」
「黒猫がブランで白猫がノワール」
「待て」
「それ逆じゃないの?」
 
「いや、うちのお母ちゃんがうろ覚えのフランス語で名前付けたんでそうなっちゃった。それで本猫たち自分の名前と思ってるから、今更変えられないし」
「犬にミケとか付けるよりは罪が無いかも」
 
「で、旭川の子猫ちゃんたちか」
「まあ、いいんじゃない?」
「安易にgirlsとか付けるよりいいかもね」
「ごめーん、私、さっきGirlsとかは?と言いかけた」
 
「じゃ、Dawn River Kittens?」
「略称は DRK 」
「デオキシリボ核酸?」
「団子・ラーメン・粉物」
「Dルフィー・海賊王」
「ドクターK」
「男子との恋愛禁止」
「それって女子との恋愛は良い訳?」
「ってか男子との恋愛を既にしてるメンツが数人居るような」
 
「じゃ、Dawn River Kittens という名前をレーベルに印刷するぞ」
「よろしくー」
 
「そうだ。演奏指導もしてもらったし、ミクシングもしてもらうし、私たち田代君に幾らくらい払ったらいいかな?」
と孝子が言う。
 
すると蓮菜が
「じゃ、私に1人800円払ってくれない。CDのメディア代、JASRACに払う著作権使用料に、雅文の札幌からの交通費まで合わせて」
と蓮菜が言う。
 
「それで足りる?」
「交通費は高速バスで往復4000円弱だから」
 
「しかしJASRACにも払うのか」
「ちゃんと払っといた方が後で面倒くさくないよ。JASRACの使用料は確認したけど4曲で1600円」
「ああ、そのくらいなら払ってもいいかな」
 
「じゃ、そのお金を蓮菜が田代君に渡すのね?」
「ううん。私それで本でも買っちゃう」
「ちょっと待て。交通費はいいけど、メディア代と著作権使用料の分は俺に渡せよ」
「欲しいの? 仕方無いなあ」
 
結局、田代君の作業手間賃を含めて全員1200円払うことにした。
 
「じゃ、雅文、食事おごってよ」
「そのくらいいいけど」
 
「おお、みんなの前でデートの約束するとは大胆だ」
「いや、千里と細川君には負ける」
「ああ。またやって始末書を書かされたんだって?」
「なんか、今度は体育館の女子トイレの中でセックスしていたという噂が」
 
「ちょっと待って。何でそんな話になってるのよ!?」
 

その日千里が神社のバイトを終えて帰宅すると、美輪子が
 
「千里、CD作るよ」
と言った。
 
「え?何の?」
と訊くと、先日の公演の横笛協奏曲『カムイコタン』が好評だったのでCDにしようという話になったのだそうである。
 
「『カムイコタン』だけでCDにするの?」
「ソーラン節とカップリング」
「ソーラン節〜〜〜!?」
「いや、何だかその場のノリで決まった。明日の午前中、千里時間取れる?」
 
「明日録るんだ!?」
「うん。ほとんど一発録音になるかな」
「ははは」
 

それで翌日、美輪子と一緒にホールに行く。スタジオで録音する手もあるが、ホールの残響が欲しいということで、ホールで録音することになったらしい。
 
先にソーラン節を録るので千里はお休みである。何だかみんな楽しそうに演奏していた。
 
「そこな少女、暇そうにしてるね」
とコンマスさんが千里に声を掛ける。
 
「いえ、みなさんの演奏を楽しく聴いてます」
 
「踊る?」
「えーー!?」
「君、留萌出身なんだって?」
「お、留萌ってニシンの本場じゃん」
「ソーラン節、踊れるよね?」
「えっと・・・」
 
「踊って、踊って」
「でもこれCDなのでは?」
「CDにもビデオは収録できるよ」
「女子制服で踊るんですかぁ?」
「うん。その方がいい」
 
結局、うまく乗せられて、千里は女子制服でソーラン節を踊ってしまったのであった。やだー。これ、うちのお父ちゃんが見たりしませんように、と千里は祈った。
 

その後、横笛協奏曲『カムイコタン』を演奏する。こちらは先日の演奏会で着たドレスを着用して吹いたが、この様子も撮影された。
 
演奏している最中に落雷がある。
 
取り敢えず最後まで演奏してから、その問題について話し合う。
 
「ね、ね、こないだの演奏会の時も途中で落雷があったよね」
「そうそう。晴れてたはずなのにびっくりした」
 
「今日もそんなに天気は悪くなかったはず」
「この曲を演奏すると、雷が落ちるとか」
「だったら、今入った落雷の音は、楽曲の一部ということでいいかな?」
「うん、そうしよう」
 
ということで、この音源は「落雷音」入りでリリースすることになった。
 
千里は天空を去って行く龍たちを笑顔で見送った。
 

その日は午前中にこの録音をしてからお昼からはまたQ神社に行き巫女さんのバイトをする。バイト中はロングヘアのウィッグに巫女衣装で終わるとショートヘアのウィッグに高校の女子制服に着替えて帰宅することが多いのだが、この日は帰る時、雪が降っていたこともあり、ロングヘアのまま、そして女子制服の上にコート(学校指定のものだが千里は女子用を着ている)を着て雪の降る中、根性で自転車を漕いで帰宅した。
 
さすがに疲れたなあと思いつつ、自転車を自転車置き場に置き、階段を昇る。部屋の鍵を開けて、この日は「ただいま」も言わないまま中に入ったら、そこに思わぬ顔を見てぎょっとする。
 
父であった。
 
うっそー!? なんで父ちゃんが来てんのよ? と思う。
 
「あれ?愛子ちゃんだっけ?」
と父が言った。
 
「あ、叔父さん、こんばんは」
と千里は挨拶する。
 
どうも父は自分を従姉の愛子と間違っているようである。元々千里は愛子と顔立ちが似ている。しかも千里は以前まだ長い髪だった頃に、愛子の身代わりでテレビに出たことがあるので、父は愛子も長い髪をしていると思い込んでいるようである。
 
「こちらに遊びに来たの?」
「あ、はい。旭川で優佳良織(ゆうからおり)の講座やってたんで受けに来たんですよ。泊まりがけだったので、こちらに泊めてもらって」
などと千里が言うので、美輪子が呆れて見ている。
 
千里はコートのまま座った。これを脱ぐと下に女子制服を着ているのでさすがに愛子でないことが分かるだろう。愛子は今札幌市内の大学に通っている。
 
「ああ。そちらも講座か。俺も植木剪定の講習を受けに来たんだけどね。ちょっと千里の顔を見て帰ろうかと思って寄ったんだけど」
 
「千里ちゃん何時頃帰るんだろうね? 昨夜も遅かったね」
と千里は愛子の振りをして言う。
 
「今の時期は年末に向けてバイトも忙しいみたいね」
と叔母も言ってくれる。
 
「バイトかあ。バイトするのもいいけど高校生は勉強が仕事だからなあ。あまりやりすぎないように言っといてよ」
などと父は言う。
 
「その勉強するのにもお金が必要ですからね」
と千里。
 
「今仕送りいくらくらいしてるのかな。母さんに聞いてみよう」
などと父は言っている。
 
実際には4月に母が美輪子に下宿代3万と千里に3万くれただけでその後、千里も美輪子も全く実家からお金はもらえていない。
 
「おじさんはお仕事見つかりそうですか?」
「なかなか難しい。何度か面接も行ったけど、全部残念ながらと言われた。俺も陸(おか)の仕事なんてしたことないからなあ」
 
それより人と接する仕事をしたことがないことのほうが大きいだろうなと千里は思う。船の上で安全に走行すること、魚を獲ることだけを30年間やってきている。どちらかというと若い漁船員を叱り飛ばすことが多かったろう。父はそもそも敬語の使い方も怪しい。
 
「40過ぎてると求人自体が激減するからね」
と美輪子も言う。
 
「養殖関係の後継者募集を出している所もあるけど、だいたい40歳以下の掲示で、実際には30歳以下希望みたいなんだよね」
 
留萌はホタテ稚貝の養殖で北海道一である。留萌海域で育てられた稚貝が各地のホタテ養殖地に出荷されている。
 
「そりゃ、指導する側もおじさんみたいなたくましい海の男を叱り飛ばせないもん。やりにくいよ」
と美輪子。
 
「本音としては高校出たてくらいの若い男の子がいいんでしょうね。でもそういう子はみんな都会に行ってしまう」
と千里。
 
「そうそう。うちの息子もなんか都会に行きっぱなしになりそうでちょっと寂しい」
などと父から言われると、千里は少し気が咎めた。
 
結局千里は愛子の振りをして20分くらい父と話していた。美輪子は少し呆れている雰囲気だったが、何とか話を合わせてくれた。
 
やがて19時近くになる。
 
「そろそろ帰らないとやばいかな」
「留萌行きに間に合う最終は旭川19:15だから」
 
ということで美輪子が駅まで車で送って行くことにする。千里も助手席に座って一緒に駅まで行った。
 
「今日、千里に会えなかったけど、無理するなと言っておいてください」
と父。
「おじさんも焦らずに。おかしな仕事に就いてもすぐ辞めるはめになりますから」
と千里。
「そうなんだよなあ。なんか職安に登録されている仕事でも、ちょっと怪しい感じのはあるんだけど」
と父。
「疑問感じたら、おばさんとも相談するといいですよ」
「うんうん。あいつにも負担掛けてるなとは思うんだけど」
 
それで父は帰っていった。
 
美輪子が汽車が出て行くのを見送ってから言った。
 
「千里が嘘つきなのは知ってたけど、ここまで凄いとは思わなかった」
「ごめーん」
「だけど、あんたの父ちゃん、本気で気付いてないみたいだったね」
「あはは」
 
「千里、あんた実はもう性転換してるでしょ?」
「してませんよー」
「いや、千里の言葉は全然信用できん」
「えーん」
 

「でも留萌から出てくるのに車じゃないんだね」
と美輪子は帰りの車の中で行った。
 
「お父ちゃんペーパードライバーだもん」
「あ、そうだったんだ?」
「だって30年間、ずっと船の上にいたから」
「確かに海の上では車を運転する機会ないよなあ」
 
「中卒で40過ぎてて、運転免許はあるけどペーパーで、漁船関係以外の資格は皆無で営業とかの経験も無くて、というのはほんとに就職厳しいよ」
「なるほどね。それってまずは高校に行くべきかも」
 
「うん。それで実は先月からNHK学園に入ったんだよ」
「じゃ、あんたの父ちゃんも高校生なんだ!」
「うん。向こうは本当の男子高校生」
「まあ女子高校生ではないよな」
「だから親子そろって男子高校生かな」
「いや、あんたは女子高校生だ」
 
千里はそれに対しては答えずに微笑んでいる。
 
「学割が使えるらしいよ」
「ほほぉ。でもあそこ、誰でも入れるけど出るのは大変とは言うけど、あんたの父ちゃんなら頑張り通せるかもね」
「うん。頑張るのだけは得意」
 
「千里はもう少し頑張った方がいいよね。あんた何でも最初だけだもん」
「すみませーん」
 

月曜日、千里が学校に出て行くと、朝から教頭先生に呼ばれる。職員室に行くと宇田先生と保健室の山本先生が居て
「ちょっと話そう」
と言われる。
 
それで最初に山本先生に促されてふたりで防音面談室に入る。
 
「男の先生の前では言いにくいだろうから、私にだけ教えて。決して悪いようにはしないから」
と言われて、当日、貴司と《どこまでしたのか》を尋ねられた。
 
千里は隠しても仕方無いし、貴司の話と矛盾したら印象を悪くされるだけだと思ったので、正直にフェラチオをしたことを話した。
 
「やはり、そういう場所でやるには、やりすぎだよね」
「すみません。つい盛りあがってしまって」
 
「あなたたちを目撃した人は何だかすごく密着しているとだけ思ったらしい。向こうもあまりじっと見ちゃいけない気がしてすぐその場を離れたというのよね。それで、後から考えて、ひょっとしてセックスしてたんじゃないかとも思ったらしいけど、そこまではしてないのね?」
 
「さすがにそこまではしません」
「じゃ、具体的にどこまでしたかまでは言わないけど、セックスはしていないし、性器への直接接触とかもしてないということにして報告していい?」
 
「はい、お願いします」
 
フェラもやはりやばいので山本先生の所で停めようということか。山本先生はもし自分が「済みません。セックスしました」と言っても、言わずにいてくれるつもりだったのかもと千里は思った。
 
「でもあなたたち、人に見られない所ではどこまでしてるの?」
「3回セックスしました」
 
「避妊はしてる?」
「はい。ちゃんと付けてくれます」
「だったら大丈夫か」
 
と言ってから、山本先生は「あれ?」という感じの顔をした。
 
「えっと、あなた妊娠することあるんだっけ?」
「まだ妊娠はしたことないです」
 
「うん。そうだよね」
「うちの学校、妊娠したら退学でしたっけ?」
「うん。妊娠させた側もね。気をつけてね。セックス自体は個人的なことだから、学校としても問題にしないけど、きちんと避妊することは絶対条件」
「はい。気をつけます」
 

それでそのまま待っているように言われ、しばらく待つと、宇田先生と教頭先生が来た。
 
「プライバシーの問題もあるから深くは詮索しないけど、うちの学校の生徒としてふさわしくない行動まではしていない、ということで山本先生から聞いたので、それを信用することにするから」
と教頭先生から言われる。
 
「済みません」
と千里は謝ったが、あそこでセックスしていたら《ふさわしくない行動》だったのだろうか?というのをいぶかった。生徒手帳にはそんなことまで書いてないし。って、やはりそこまで書かないか!?
 
「でも協会としては、君をまた男子チームで出すと、今N高校もS高校も強いから、また直接ぶつかる可能性が高い。すると、またこういう問題が起きたりしないかというのを懸念していてね。できたら女子チームでプレイして欲しい。でもどうしても男子の方でというのであれば、再度君の性別を明確にして欲しいという要望があった」
 
「戸籍じゃだめですか?」
「向こうとしては、戸籍よりも実態を優先するということらしい。今オリンピックとかのセックスチェックでも、昔は染色体基準だったのが実態基準に移行してきているんだよ。アメリカのテニス選手が性転換手術を受けた後、女子選手として大会に出場するのが裁判所に認められたのが契機になって、見直されるようになってきてね」
 
「あ、その人のことは知っています」
と千里は答えた。レニー・リチャーズだ。
 
「実際問題として染色体って実情に合わないんだよね。染色体としては女性でも何らかの原因で男性ホルモンが分泌されていて男にしか見えない人もいるし、染色体的に男でも女らしい体つきの人がいる」
 
「確かにそうですが」
 
「君、運営関係者に生徒手帳を見せて、女子生徒として登録されていることが向こうに知られているしね」
 
「済みません。やはり見せたのまずかったですか?」
「いや、それは全然問題無い。ただ、協会としては、女子生徒として在籍しているのであれば、やはり女子チームで出て欲しいというのだよ」
 
「でも出てもいいんですか?」
「それで、向こうの指定する病院で、検査を受けてくれないかと言っているのだけど、受けてもらってもいい?」
 
「はい、それは構いません」
「お医者さんに性器や陰部を観察されたり触られたりすると思うけど、いいかな?」
「いいですよ。お医者さんに見られるのは、そのあたりの岩や木に見られているくらいに思いますから」
 
「うんうん。それで僕たちは協会側の判断に委ねたいと思う。それで君、女子チームで出てくれということになった場合、女子バスケット部の方に移籍してもらえる?」
 
「私はその方が気持ち的にも落ち着きます。中学の3年間はずっと女子バスケット部だったし、自分自身としては自分は女だと思っていますので。でも病院で検査されたら、私が医学的には男だってのが明確に出ちゃうと思いますけど」
 
「まあ、それは検査が終わってからまた話そうか」
「はい」
 
 
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【女の子たちの精密検査】(2)