【ボクが女子高生になった理由(わけ)】(中の3)

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「きれいな島だね」真也は揺れる船の上で真琴に言った。真琴は真也が少し元気を取り戻している風なのにほっとして答えた。「小さな島だからゴチャゴチャ色々なもの作ったって仕方ないし、開発の手があまり入ってないのよね。夏の間だけ別荘のある人がやってくるだけで冬はほぼ無人になるの」
 
真也と真琴はふたりでその小さな島に渡っていく所であった。真也は昨日交通事故に遭って、病院に行ったあと、訳の分からない事態が立て続けに起きていたので、こういう綺麗な風景を見ると、やや気持ちが落ち着く気がしていた。
 
確かに事故に遭った時はショックで最初立ち上がれないくらいだったが、病院に着く頃にはかなり気分が良くなっていた。しかし突然手術だと告げられて、手術室に運び込まれたような気がするのだが、先生に聞くと別に手術なんてしてないよと言う。頭が混乱している間に母に連れられ帰宅したものの、なぜか体が痛い。取り敢えずトイレにと思って行った所で絶句した。なぜか腰から股間に掛けて包帯がグルグル巻かれていて、細いパイプが1本出て腰の所に取り付けられたパックにつながっている。あっけに取られて眺めているうちに、どうやら包帯でしっかり巻かれておしっこができないので、尿をそのパックに導いているようだということに気づいた。パックは開けられるようになっていたのでその中身をトイレの中に捨て水を流してトイレを出たが変な気分だった。
 
母がお医者さんから聞いてないかどうか尋ねてみようとしたら「あなたは何も心配しないでゆっくり休んでいればいいのよ」と言われた。自分では軽傷と思ったのだが、やはり意外に重い怪我だったのだろうか。とにかくその日はずっと寝ていたのだが、夜中にまた痛み出して辛い気分だったので、どの程度の怪我の具合なのだろうと思い、おそるおそる自分で包帯を外してみた。そして絶句した。怪我は股間の付近だったのだろうか。縫合された傷口が生々しくて気の弱い真也は一瞬気を失いそうになった。しかし気を失わずに済んだのは、もっとショッキングなことがあったからだ。「ちんちんが無い!?」
 
真也は事態が理解できなかったが、取り敢えずまたできるだけ元の通りにガーゼを当て、包帯を巻いた。母が「何も心配しないで」と言っていたのは、こういうことがあったせいなのかなと思い至った。ショッキングだろうけど頑張れということなのだろうか。しかし頭が痛くなってくる。母にもう一度何か聞いてみようかと思ったが、その時、以前友人に「精神的に疲れている時は寝るのが一番」と言われたことを思い出し、無理してでも寝ることにした。
 
 
真琴は船に揺られながら、何か光明が見えてきたような気がすると思っていた。物心着く前からずっと女の子として育てられていた。周囲にも誰も真琴がまさか女の子ではないと気づく人などはいなかった。しかし小学校の頃から級友の女子たちとは目に見えない壁を感じていた。小学3年の時に精巣を取ってからは少しは近づけたかなという気もしたのだが5年生くらいになって級友たちのバストが発達していくのを体育の着替えの時間などに目の当たりにすると壁あるいは深い溝のようなものを感じざるを得なかった。自分もホルモンの投与で胸はふくらみはじめはしたが、コンプレックスの分真琴は勉強は頑張っていた。中学でも常に上位に居たので、この高校に進学すると言った時には担任の先生からも周囲からも「なんで?」と言われた。確かに学力水準ではもっと上に行けるのだが、戸籍をごまかせるアバウトな学校はそうそう無いのだ。
 
思えば真也に何か近いものを感じたのは、真也が自分と似た立場だからなのかも知れないと真琴は思っていた。昨日完全に女の子になるための手術を受けることになり病院に行ったが、ちょっと脱走している間に「手術は成功」などと告げられてしまった。病院に長居すると面倒なことになりそうなので、本来なら最低でも一週間は入院が必要なところを無理矢理帰宅してしまった。それと同時に交通事故に遭ったらしい真也のことが気になったので、今朝、母とあまり接触していたくないこともあり、お見舞いに来たのだった。
 
真也は青い顔をしていた。寝た方がいいよと言ってベッドに寝かせて、どのあたりを怪我したの?と聞くと真也が「さっぱり分からなくて」と言って、スカートをめくった。その包帯でぐるぐる巻きになった腰の部分を見て、真琴は全てを悟った。
 
「その包帯の下、自分で見た?」
「うん。ゆうべ。そしたらね。。。」
 
「ちょっと待って。あのさ、誰にも言わないでふたりだけの秘密にするから教えて。マヤってもしかして男の子だったの?」
 
「うん。え?女の子だと思ってたの? でもこの学校、男の子少ないよね」
 
真琴はその真也のことばの意味を一瞬考えた。真也と会ってからの今までの会話や真也の行動などを超高速でプレイバックする。そして真琴は驚くべき結論に到達した。そしてそれを言おうと思ったが、口をついて出たのは別の言葉だった。
 
「どこかで少し静養しない?そうだ。うち瀬戸内海の島に別荘があるんだけど、そこに来ない?空気もいいし」
 
そう言うと、真琴は母の携帯に掛けて、友達と一緒に別荘でしばらく休養していいかと聞いた。母はそれだと手術後のアフターケアが出来ないじゃないと言ったが、真琴が熱心に頼むと、ちょっと待ってと言っていったん電話を切り、30分後に掛け直して来た。なんと病院の先生に頼み込んで、岡山市内の系列の病院の若い先生が3日に1度、島を訪問して診断してもらえるようにしたというのであった。診断と聞いて真琴は一瞬困ったが、ふとそばにいる真也に目が行くとひらめくものがあり、それを了承した。母は友人と一緒というのも気にしたようであったが真琴が「大丈夫よ。ふたりだけの秘密にできる子だから」
としっかりした口調で言うと、向こうも安心したようであった。
 
そのあと、真琴は真也が呆然としている間に、真也の母に、自分の家の別荘に真也を招待したい旨を告げた。真也の母は突然のことでびっくりしたが、真琴のしっかりした雰囲気に、この子になら任せても大丈夫かなと思い、了承した。そして真琴はお昼に東京駅の銀の鈴で会いましょうと言って、嵐のように帰っていったのであった。
 
真也は何を持っていっていいのか分からないので、適当に着替えを2〜3日分と夏休みの間にしなければならない宿題をスポーツバッグに詰めて家を出た。
 
真琴が自宅に戻ると、母は着替えと衛生用品などを既に段ボール10箱!ほどに詰めていてくれた。「これ、もう少ししたら宅急便屋さんが取りに来るから。明日には届くように送っておくね。参考書とかは分からなかったからあなたが詰めて」と言われたので、宿題と辞書類だけを箱に詰めて母に渡し、1日分の着替えと身の回りの品だけ小型の旅行用バッグに詰め、別荘の鍵と現金少々、それと自分名義のキャッシュカードを母から受け取ると、東京駅に向かった。
 
瀬戸内海までの移動は岡山まで空路で移動するほうが普通は楽なのだが、気圧が変わって真也の傷にさわってはと思い、新幹線で移動することにしたのである。
 
ふたりが佐保島に上陸したのは17時すぎだったが、まだ夏の日は落ちていない。別荘は船着き場から歩いて5分ほどのところにあった。急ではあったが管理会社への連絡がきちんと行っていたようで、水道・ガス・電気はもう栓が開けてあった。クーラー付き受け取りボックスの中に食材の配送サービスも届いていたので、真琴は真也を寝室で休ませておいて、晩ご飯を作った。
 
できてから声を掛けても出てこないので、御飯をプレートに載せて寝室に持っていくと、真也はベッドに座ってぼーっと窓の外を見ていた。
 
「あ、ごめん。呼ばれた気はしたんだけど」
「いいよ、いいよ。ここで一緒に食べよう」
「ありがとう。御免ね、ボクも手伝わなきゃいけなかったのに」
「ううん。真也は体を休めるのが、お仕事」
「ありがとう。でも夕日が綺麗」
「うん、私もそれが好きなんだよね、ここ」
 
食事が済む頃には夕日は完全に海に落ちてしまった。
 
「ところで、その絵もきれいだね、少女趣味っぽいけど」
食後のお茶を飲みながら真也が壁に掛かっている絵を見ながら言う。
「うん。ローランサンっぽい絵柄だよね」
「ローランサン?」
「マリー・ローランサン知らない?」
「えっと詩人だっけ?」
「画家だよ。詩人のアポリネールと恋人同士だった時期もあるけど」
「アポリネールというのも女の人?」
「ううん。男の人だよ。でもなぜ女の人と思ったの?」
「いや、その絵がなんとなく、何ていうのか、女の人同士で。。。」
「レズっぽい」
「あ、レズっていうのが、女の人同士で愛し合うこと?」
「そうそう。正しくはレスビアン。高校生くらいになったらこの程度の話してもいいよね。日本では男の人同士のはホモ、女の人同士のはレズって言っているね、一般に。もっとも元々の英語ではhomosexualというのは男女問わない言葉なんだけど」
真也の顔が赤くなっている。純情だなぁと真琴は微笑ましく思った。
 
「その絵の下の方に何か文章が書き込まれているね」
「ああ、これはサッフォーの詩らしいよ」
「中世の詩人か何かだっけ?」
「あぁ。マヤ、少し文学史とかも勉強しようね。サッフォーは紀元前7世紀のギリシャの女性詩人。そうだ!」
「なに?」
「今レスビアンの話したんだけど、レスビアンというのは元々サッフォーのことをいった言葉なのよ」
「へえー、サッフォーも女の人が好きだったの?」
「かどうかは分からないし、普通に男の人と結婚して子供も産んでいるだけどね。女性のお弟子さんへの熱いことばとかを綴った詩とかがあったらしくて、それで女性が女性を愛することを言うのにサッフォーの名前を借りて表現したんだ。サッフォーが住んでいたのが、レスボス島という所で、レスビアンというのはつまりレスボス島の住人ということで、サッフォーを婉曲的に指しているの」
 
「でもそれじゃレスボス島の住人がみんな女同士で愛し合っているみたい」
「ね、迷惑だよね。そんなわけないのに。でも言葉って大抵そんなもの。それとね」
「うん」
「この絵は母の知り合いがくれたんだけど、サッフォーの詩が書いてあるというので、この島が佐保島だから、その名前にひっかけて、ちょうどいいと思って、選んでくれたらしい」
「ふーん。でもそれにしては、なんだかピッタリの絵柄」
 
真也は真琴と話しているうちに、少し元気が出てくる気分だった。
絵の中には裸の白い肌の少女がふたり描かれている(ように見える)。
 
「この詩はじゃギリシャ語?」
「うん」
 
  Κατθνασκει Κυθερη,
  αβροσ Αδωνισ, τικε θειμεν,
  Καττυπτεσθε κοραι και
  κατερεικεσθε χιτωνασ.
 
「なんて書いてあるのか分かる?」
「私もギリシャ語読めないけど、この詩は以前教えてもらったのよね。確か
 
  優しいアドニスが死にそうです。
  キュテーレ、どうしてあげたら良いでしょう?
  少女よ、あなたの服が破けて
  白い胸がはだけるくらい、鼓動を高めなさい
 
 といった感じかな」
「じゃ、この絵の中に描かれているのが、アドニスという女の子とそれを看病している女の子なのね」
「うーん。どちらも女の子に見えるよね。でも実はアドニスって男の子なんだ」
「え!?」
「私たちみたいなものね。男の子ではあっても女の子に見える」
「え?え? 真琴も男の子だったの?」
 
「うーん。。。」
真琴は一瞬迷ったが、カーテンを閉めてから、いきなり服を脱ぎだした。真也があっけにとられている間に全て脱ぎ捨てる。
 
そこには豊かなバスト、くびれたウェスト、そしてまだ未発達の腰のラインが浮かび上がった。股間にはなぜか陰毛が無かったが、縦の筋が1本見えた。真也はリアクションに困った。どう見ても女の子にしか見えない。
 
困っている間に今度は真琴は真也を脱がせ始めた。「あ」と声は出したものの真也は抵抗しなかった。服を全部脱がされると、発達しかけの胸があらわになる。
 
真琴は真也の左胸を右手でつかむと、真也の右手を自分の左手で取って、自分の左のバストに当てさせた。真也はどきどきした。
 
「私もマヤも本来は男の子。でもこんなにおっぱいがあって、もう男の子というのは通らないわ。だから、今夜からは私もマヤも女の子ということにしちゃおうよ」
「え?」
「ね、いいでしょ。私はこれからずっと女の子として生きていくつもり。だからマヤも一緒に女の子として生きていかない?何かあった時はお互いに助け合えるし」
「女の子として。。。。」
 
真也はよく分からなかったが、昨夜包帯をはずしてみた時に見たものが正しいとすれば、もうそもそも男の子としてはやっていけないのかも知れない。どうしてそういうことになっているのかはまだ理解できなかったが。
 
「うん。女の子もいいよね」
「じゃ、そういうことで決まり」
 
真琴はお互いに右手でバストをつかんだままの状態で、左手で真也の左手を取り、小指同士を絡ませて「指切り」の仕草をした。
 
そして立ち上がると、いったん部屋から出て、バッグを持ってきた。
「包帯を換えてあげるよ。それ、交換してないでしょ。明日になればいろいろ届くはずなんだけど、今日はあまり大した用意がないけど、ガーゼと包帯くらいは持ってきたし」
 
真琴は真也をビニールシートの上に座らせ、包帯をはずした。手術の後の傷跡があらわになる。真也はあらためてそこにやはりちんちんが無いことを確認し、再度ショックを受けたが二度目なので昨夜ほどのショックではなかった。しかし真琴はそれを見ても平気そうに脱脂綿に消毒薬をふくませると傷口にそっと当てていき消毒をしてあげ、新しいガーゼを当てて、しっかり包帯を巻いた。
 
「また痛くなったらこれを飲んでね」と言って、痛み止め(本来は自分が病院からもらったもの)を渡す。来る途中でも、東京駅を出てすぐと岡山駅で降りた直後に真也はこの痛み止めを飲んでいた。
 
「じゃ今飲む」と言って真也が薬を飲むと、真琴は「じゃ、今夜からふたりとも一緒に女の子になる記念に、今夜はいっしょに寝ましょ」といって真也をそのまま、優しくベッドに横にして、その横に裸のまま滑り込み、目を閉じた。
 
真也はこんなにそばに女の子(?)にくっつかれた経験が無いので少しどきどきしたが、やがて疲れと薬の作用とで、眠ってしまった。
 
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翌日の昼、岡山市内の医師がやってきた。まだ20代くらいの男性の医師だった。
 
「森田さんのお宅ですね。SRSのアフターケアということで往診に来ました」
「はい、患者はこちらです。よろしく」と真琴は医師を真也のいる寝室に連れて行った。「あ、あなたじゃないんですね」「ええ、私は付き添いです」
と真琴は答える。「ですよね。あなたは女性のようだし。妹さんですか?」
「いえ、同級生です」「あっと、大学の?」「いえ、高校です」
「え?患者さんも高校生なの?」「ええ」
 
医師はあまり詳しいことは聞いていないようである。好都合だ。
 
お医者さんが来たというので、真也は驚いたが、一昨日から驚くようなことの連続なので、若干感覚がまひしていた。
 
医師は包帯を外して傷口をチェックしていたが「化膿とかしてないようですね。発熱はしてませんか?」「いいえ」「うーん。若さゆえの丈夫さだな。順調ですよ。パッキングを交換しますね。ちょっと痛いかも知れませんが」
というと、医師は真也の新しい臓器の中に詰めてあった脱脂綿の固まりをゆっくり引き抜いた。真也は自分の体の中からそんなに大きなものが出てきたことに驚いた。医師は新しいパッキングを詰めると「3日後に来てこれを外したら、あとは普通にディレーションすればいいですから」と言う。
 
「はい、ありがとうございます」真也はディレーションって何だろうと思ったが、取り敢えず返事をした。
 
「でもあなたはこの傷口を見なかったら、女の子にしか見えない。きっと本来女の子だったはずなのを神様が間違って男の子にしてしまったんでしょうね」と医師は言った。
 
『本来女の子のはずだった』そのことばが真也の頭の中でリフレインされていた。そうなのかも知れない、だから交通事故に遭って、男の子の象徴を失ってしまったことも、結果的に良かったのかも知れない。そんな気がしてきた。
 
真琴は封筒に入れていた謝礼を渡すと、船着き場まで医師を送っていった。
「でも東京じゃ高校生でもSRSしちゃうんですね。うちの病院では20歳以上でないと手術しないんだけど」「私もそういうのよく知らないけど、真琴が言っていたのでは、ヨーロッパでは13〜14歳で手術する場合もあるそうですよ。そのほうが、女性として社会に適応しやすいからって」「うん、確かに社会への適応を考えると、そのほうがいいのかも知れないなぁ」医師は妙に納得したような顔をしたが「でも早まってということはないかな?」と聞く。
 
真琴は「私、あの子とは小学生の時からの友達なんですけど、あの子小学1年の時から学校にスカート穿いて来ていたから。ああいうのは実際、生まれつきなんでしょうね、きっと」と言った。「うんうん、確かにトランス志向の人はたいてい、物心ついた時からずっと性自認は女だったと言いますね」若い医師はいろいろ考えているようだった。そして結局、自分が診た患者が、まさか森田真琴ではないことには気づかずに帰っていった。
 
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