【眠れる森の美人】(中)

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「じゃ、そちらはお任せして、私寝ますね」
とデジレは言う。
 
「うん、それがいいね」
とキエラも言った。
 
と言ってデジレが部屋を出ようとした時、外から入ってきた男性がデジレを突き飛ばした。デジレが床に倒れる。
 
「大公様!?」
 
それはノール大公ハンス殿下であった。
 
「デジレ王子。君は13歳になるまでに糸車の針が刺さって死ぬんだよ。あと10分ほどで君の誕生日が来てしまう。その前に死んでもらわないと」
 
「え!?」
 
大公は剣を持っている・・・が、それは昼間明日の式典用と言って大公自身が持って来てくれたバスタード剣とそっくりである。
 
「あ?これか。昼間お前に渡したのと同じものだよ。全く同じものを最初から2つ作らせたのさ。これで刺されて死んで居たら自分の剣で死んだと思うよなあ。お前の部屋の剣はあとで隠しておく」
 
「え?え?え?」
 
デジレは大公が何を言っているのか理解できなかった。
 
「しかし妖精も面倒なことを言ったもんだ。糸車の針は刺さったら痛いかも知れないが、その程度で簡単に死ぬものではない。やはり確実に剣を心臓に刺してあげなければすぐには死なないよなあ」
 
と言って大公は剣を抜いた。両手で持って構える。
 
「嘘!?どうして?」
 
「デジレ、君が死ねば私が王国の跡継ぎになる。だから君にはここで死んでもらいたい。あと9分以内に。君を殺した上でその糸車の針を指に刺しておけば、呪いが成就したと王は思うだろうし」
 
え〜〜?と思ってデジレが糸車の方を見ると、老婆はいつの間にか居なくなっている。どこに行った???
 
大公がデジレめがけて剣を突いてきた。
 

その時デジレは目の端で糸車にとまっている1匹の美しい甲虫(こうちゅう)の姿を見た。その甲虫からなぜか勇気のようなものをもらった気がした。脳が瞬間的に戦闘モードになる。
 
デジレは必死で横に転がり、剣が当たるのを逃れた。
 
「素早いな。しかし所詮は女として育てられた王子。日々鍛えている私には勝てまい」
 
そう言って、大公は何度かデジレを刺そうとするものの、デジレはすんでで逃げる。
 
しかしその内デジレは部屋の隅に追い詰められてしまった。
 
「さあ、どうする?そこは逃げる場所が無いぞ。死ね!」
 
と言って大公が剣を刺そうとした時、後ろから大公を抱きしめるようにして止める人影があった。
 
「リード!?」
 
それは葦の妖精だった。
 

そばにティアラも居た。口の所に手を当てて、息を呑んでいる。
 
「ティアラ、兵士を呼んできなさい。ここは私が時間を稼ぐ」
と葦の妖精は言った。ティアラが走って階段を降りていく。
 
「邪魔するか?だったらお前が先だ」
 
と言って大公は葦の妖精に斬りかかっていく。葦の妖精は自分が持つ魔法の杖で戦う。しかし鉄で出来た剣と、樫の木でできた杖では、最初から勝負は見えていた。杖はどんどん剣で折られて短くなっていく。
 
それでも妖精はひるまない。とうとう杖は全部折れてしまう。すると妖精は素手で戦う。妖精の腕が大公の剣で切られて血が出ている。しかし怪我しても妖精は戦い続ける。妖精の腕は既に真っ赤になっている。顔にもかなり血が飛んでいる。デジレは悲鳴をあげたいもののそれをあげることもできずに様子を見ていた。
 
やがて大公の剣が妖精の身体を刺し貫いた。
 
「リード!」
とデジレは悲痛な声をあげた。
 

葦の精の身体が床に倒れ、そのあと妖精の身体はまるで灰が崩れ落ちるように崩れて何も無くなってしまった。
 
「邪魔する者は居なくなった。さあ死ね」
と言って大公が構えた時、厳しい顔をしたデジレは自分のドレスの中に隠していた剣を取りだした。
 
「ほお、それを隠し持ってきていたのか。しかしお前、剣を習ったことあるか?女として育てられているから、そもそも剣自体手に持ったのも初めてだろう?料理を習うのに包丁くらいは持ったことあるだろうけどな。まあそもそもこのバスタードは特殊で普通の剣を習っている者にも使いこなせないんだけどね」
 
と言って大公は剣を構えて近づいてくる。デジレは持って来た剣を鞘から抜くと、自分も両手で持って構えた。
 
「やれやれ、素人の剣はこうだからなあ。デジレ、その構えはもう隙だらけで、どこからでも斬りつけられるんだけど?」
 
などと大公は呆れたように言っている。もう勝利を確信して彼は饒舌になっていた。
 
「これまでも部屋に熊ん蜂を放してみたり、手摺りを壊れやすいように細工したり色々したのに、なかなか死んでくれなかったが、やっとオカマ王子も年貢の納め時だな」
 
などと言っている。
 
「糸車も随分君の周囲に持ち込んだんだけど、すぐ誰か片付けてしまうし。最近はあれ妖精のしわざかね。壊したり紡錘を持ち去ってしまったり」
 
などとも言っている。糸車を出現させていたのは大公だったのか!?
 
やがて大公は
 
「剣をきちんと習っていなかったことを天国で後悔するがいい。死ね」
 
と言って寄ってきた。
 
しかしその時、デジレをかばうようにして立つ者があった。
 

「カラボス?」
 
それはさっきキエラと名乗っていた老婆であった。
 
「困るんだよねえ。私は王子は糸車に刺されたら死ぬと予言した。リラの精の馬鹿者がそれを糸車に当たったら100年眠るだけと修正してしまったけどね。そもそも糸車の針程度で死ぬ訳無いんだけど、剣で斬られて死なれては私の予言が外れたことになっちゃうじゃん。だからこれまでも陰に日向にこの子が他の災厄で命を落としたりしないように守ってきたんだから。糸車も近くにあったら誰かに報せたり使えないように壊したりしていたのに」
 
などとカラボスは言っている。つまりどうもデジレが小さい頃から大公が彼が命を落とすように仕込み、それをカラボスが邪魔していたようである。
 
「ちょっと貸しなさい」
と言ってカラボスはデジレから剣をとりあげ両手で持った。
 
そして
「どけ!老いぼれ!」
と言って掛かってきた大公と組み合った。剣と剣が当たって金属同士が擦り合う高い音が響く。
 
一瞬両者が離れる。
 
大公が剣を高く構えて振り下ろすようにした。
 
それに対してカラボスは身体を少しずらすと、真横に自分の剣を振り払うようにした。
 

大公が倒れる。
 
「私は老いぼれだけど、まだあんたみたいなひよっこには負けないよ」
とカラボスは言った。
 
「くそ・・・・あと少しでこの国が手に入る所だったのに」
と大公は言っている。
 
「甘い甘い。あんたなんか国民の人望も無いのに王位なんか望むからそうなる。んじゃトドメを刺すからね」
 
と言ってカラボスは剣を突き刺すようにする。
 
しかしその瞬間大公は残っていた力を振り絞ると、糸車の所に飛び付くようにし、紡錘を取ってデジレに向かって投げつけた。
 
「あっ」
 
とカラボスが声をあげた時はもう遅かった。
 
大公の投げた紡錘の先がデジレの右手薬指の所に当たってしまった。デジレが倒れる。
 
カラボスが大公にトドメの一撃を加えた。大公はピクピクっとした後、動かなくなった。
 

「うーん。困ったなあ」
と言ってカラボスは大公が絶命していることを確認した上で自分の剣を置いてデジレの様子を見る。
 
紡錘の先が指に当たったものの血も出ていない。実はカラボスはさっき糸車を発見した時、危険が無いように紡錘の先を潰してしまったのである。それでデジレは怪我もしていないのだが、意識を失っている。リラの精の魔法が効いているのである。
 
「あの馬鹿『私は針が刺さったら』と言ったのに、修正する時に『当たったら』と言っちゃったから、当たるだけで刺さりもしてないのにこの《女の子になりたくなってきた男の子》が100年の眠りに就いちゃったじゃん」
 
などと文句を言っている。
 

そこにティアラに案内されて兵士が数名駆け込んできた。
 
「これは一体?」
とティアラが声を挙げる。
 
「カラボスか?」
と年配のアンジェロ准将が彼女の顔を認めて呟くように言った。
 
その時、深夜0時になり、デジレの誕生日の到来を告げる時計塔の鐘が鳴り響いた。デジレは13歳になったが、本人は床に倒れている。
 
カラボスはアンジェロを一瞥すると語った。
 
「ノール大公がデジレを殺そうとした。それで葦の精が守って戦ったけど負けて葦の精は死んだ。それで仕方ないから私がデジレ王子の剣を取って代わりに戦った。私はあくまで糸車の針に刺されたらデジレは死ぬと予言したんだもん。予言を人間ごときが勝手に改変するのは困る。だからこれまでもデジレが危ない時は助けてきたし、そもそも糸車も見つけ次第私が処分してたんだよね。まあそれで大公は私が倒した。でも大公が死ぬ間際に紡錘をデジレに投げて、それが当たってデジレ王子は意識を失った。以上」
 
「んじゃ私は消えるね」
と言ってカラボスはスッと姿を消した。
 

そこに王様・お妃様、ステラ王女、そしてリラの精も駆け付ける。
 
「これはどうしたことか? デジレは?」
 
ティアラがデジレのそばによって脈を取る。
 
「姫様は生きておられます。でも意識を失っておられます」
とティアラは言った上で、今カラボスが話したことを王様たちに説明した。アンジェロ准将も、そのような説明であったことを確認する。
 
「なんと、大公がデジレを襲っただと?」
 
「はい。私と葦の精様が駆け付けた時、大公様がデジレ様を殺そうとしていました。葦の精様は自分が食い止めるから兵士を呼んでこいと私にお命じになったのです。でも葦の精様は大公に倒されてしまったようです」
とティアラは補足する。
 
「デジレ様が亡くなれば大公が跡継ぎになれるからでしょう」
とリラの精が言った。
 
「デジレは?デジレはどうなるのだ?」
と王様。
 
「100年経ったら目が覚めると思います」
とリラの精。
 
「ああ、なんてこと」
と言ってお妃様が泣くようにして王様の肩に顔を埋める。
 

「陛下。デジレ殿下をお部屋にお連れしてずっと寝ていても大丈夫なように暖かい毛布を掛けてあげましょう」
 
とリラの精が言う。
 
それで王様自身がデジレを抱き部屋に連れて行く。大公の遺体も兵士が運び出し部屋の掃除なども始めた。
 
「しかしティアラやアンジェロ殿の話では結局カラボス様がデジレ王女を守ってくださったということですか?」
 
「カラボス様も、たぶん本気でデジレ様を殺すつもりは無かったのですよ。実際これまで姫様が色々危ない目に遭った時も、カラボス様が陰に日向に助けてくださっていたそうですよ。予言以外の形で死なれるのは困るからとか言って」
 
「さっきのカラボス様の言葉を考えていたのですが、どうもカラボス様は糸車を見つけては人に報せたり壊したりしていた側なのではないでしょうか?だから糸車を出現させていたのはカラボス様ではなかったのでは?」
 
とアンジェロ准将が言う。
 
「では誰が糸車を?」
「デジレ様に死んで欲しい人では?」
「むむむ」
 
アンジェロ准将の部下がそのあたりでうろうろしていた大公の側近を捕まえて尋問した。その結果、この北の塔の糸車は大公の命令で自分が持ち込んだことを認めた。また過去にも何度か大公の命令で糸車を城内に運び込んだことも自白した。また彼の証言からカラボスと大公の会話内容が明らかになりカラボスが実はこれまでずっとデジレ姫を守っていたことも明らかになった。
 
「糸車を出現させていたのはカラボス殿ではなく大公だったのか!」
 

「100年後に姫様がお目醒めになった時は、そのお祝いの席にカラボス様もしっかりお招きしなければ」
とステラ王女が言う。ステラも兄のハンスがデジレ王女抹殺を図っていたことを知り、沈痛な表情である。
 
「うん。それは私が子孫への手紙として書いておく」
と王様は言う。
 
「葦の精殿にも気の毒なことをした。妖精の世界のことは分からないのだが、葦の精殿には家族とか、その類いの者は無かったのだろうか?弔いもしてやりたいし、お見舞いとかも届けてやりたいのだが」
と妖精たちに言う。
 
「私たちはたまに姉妹で生まれるものもありますが、多くは単独で生まれ、いつか灰になって消えて行きます。でも葦の精は幼い竹の精を保護して可愛がっていたので、その子にお見舞いでしたら届けましょう」
とリラの精が言った。
 
「お願いします。でもその幼い妖精の世話は?」
「仕方ないからバラの精がしてあげることに決めました」
「済まないな」
 

明け方、城は沈痛な空気に包まれていた。
 
本来なら今日はめでたいデジレ王子の成人式が執り行われる予定だった。しかし本人は100年の眠りについてしまった。更には大公殿下がデジレ王女を殺そうとしてお付きの侍女に身をもって阻止されたらしいという噂が広がると、かなりの動揺が起きていた。大公の側近5名と奥方が拘束され、子息のラスプ王子も監視下に置かれていることが城内には知れ渡って行った。
 
「陛下、私はこれから城をデジレ様と一緒に100年の眠りに就かせます。食料なども眠らせてしまいますので、100年後、デジレ様が目覚められた時にお食事などに困ることもないでしょう。100年の間の様々なお世話、トイレの始末などは私たち妖精が責任を持ってします」
とリラの精が言った。
 
「分かった。それは頼む」
 
「それでこの城に居るものは全て眠らせてしまいますので、皆様は全員退去してください」
 
「でもそれでは姫はひとりぼっちになってしまう。寂しくないだろうか?」
と王様が言う。
 
「私もデジレと一緒に眠らせてください」
とお妃様が言った。
 
「母親が一緒であれば寂しくないでしょう」
 
「だったら私も一緒に眠らせてくれ」
と王様も言ったが、リラの精はそれを否定した。
 
「それはいけません。国民からたくさん愛されたデジレ様がこのような事態になった今、国王まで一緒に100年の眠りに就いてしまったら国民が不安がります。陛下にはこの国を治める義務があります」
 
「そうか。分かった。ソフィー、すまぬ。そなただけデジレに付いてやってくれ」
「はい」
 
王様とお妃様は周囲に人がいるのも構わずキスをした。
 

「リラ様、私も一緒に眠らせてください。私はデジレ様が寝床から出られたのに不覚にも気づきませんでした。その責任を取らせてください。それに100年後に目覚められた時に侍女もいなければ不便ですよ」
 
とティアラが言った。
 
するとティアラの母の乳母も言う。
 
「でしたら私も一緒に眠らせてください。私はもう今日で引退するつもりでした。そして娘のティアラに後事を託して田舎に帰るつもりでした。私は既に夫も亡くなっています。ティアラと私たった2人の親子です。ティアラだけが眠ってしまって私が先に逝くのは辛いです。娘と一緒に100年後までデジレ様にお仕えしとうございます」
 
「分かった。ふたりの願いは聞き届ける。ではデジレ様と一緒に100年眠るのは王妃陛下、乳母様、ティアラ様の3人だけで良いか?」
 
「あの、私も一緒に行けませんか?私もデジレ様に7年間もお仕えしました」
と家庭教師のカピア先生が言い出すが、これもリラの精は否定する。
 
「カピア殿には年老いた両親もおるであろう。まだ学校で学んでいる最中の息子もいるではないか。そのお前が今眠ってしまうのは残された者がたまらない」
 
そうリラの精に言われて、カピア先生は涙を流した。
 

更に年老いたローラン侍従長がお供を申し出た。
 
「元はといえば、私がカラボス様をご招待しそこなったのが全ての発端です。私も一緒に眠らせてください。王女様がお目覚めになった時、男手も必要なはずです」
 
「そなたの気持ちは分かった。お供するがよい」
「はい」
 
もうひとりフランソワ准尉がお供を申し出た。
 
「私のような卑しい身分の者がこのようなことを申し出る失礼をお許し下さい。私はデジレ王女殿下が幼い頃から何度も行啓にご同行させて頂きました。どうか私も100年後までお供させてください。年は取りましたが、若い頃拳闘や水泳、ポームなどで鍛えていますから、力仕事はまだまだ行けますよ。私は結婚していないから身軽ですし」
 
「分かった。そなたもお供してやってくれ」
「はい」
 
ローラン侍従長とフランソワ大尉(国王がこの場で特進させた)は各々の家族に手紙を書いた。ふたりの家族には国王から、退職金相当の慰労金と年金の支払いを約束した。
 
アンジェロ准将もデジレ姫に同行することを申し出たのだが、参謀長も兼ねていたハンス殿下の死で動揺している軍を抑えるのに、軍の中では中立的でハンス殿下系の将校にも顔が利くそなたの力は必要だと言われ、国王とともに城を去る道を選んだ。
 

この日、デジレ王子の成人式は行われなかった。そして「病死」と発表されたハンス殿下の葬儀が行われた。ノール大公家は廃止とされ、ハンス殿下の息子のラスプ王子は廃王子となって王位継承権を失った。殿下の奥方は修道院に入るということも発表された。
 
デジレ王女が姿を見せず、健康そうだったハンス殿下の急な病死と大公家廃止の発表は人々の憶測を呼んだ。
 
「ハンス殿下の側近が数名処刑されたらしいぞ」
「いや俺は殉死だと聞いた」
「俺は名誉ある死を賜ったと聞いた」
「やはりハンス殿下がクーデターを起こそうとしたという噂は本当か?」
 
「デジレ王女も死んだのか?」
「それが生きてはいるが動けない状態らしい」
「大怪我をなさったのか!?」
 

王様とお妃様は最後のキスをしてから、お妃様は城に残り、王様は城を出ていった。王様たちが出て行くと茨が大量に発生して城の周囲を包み込み、もう人が近寄れないようになっていった。
 
ティアラと乳母タレイア、王妃ソフィーがデジレの部屋にベッドを用意してもらい、そこに寝る。そしてローランとフランソワは部屋の前の廊下にベッドを置いてそこに横になって、目を瞑った。
 
「それでは城を完全に眠らせます」
と言ってリラの精はお城全体に魔法を掛けた。
 
それでティアラたち5人も眠ってしまったし、料理番がうっかりお肉をオーブンで焼いている最中だったのを忘れてしまっていたものも、そのまま焼く途中の状態で時が止まってしまった。
 

事情によりこれまで国王が居城としていたミュゼ城を封印したことが発表され、今後の執政はノール大公が使用していたシャトン宮殿を使用するとした。またデジレ王太子が「病気療養中」のため、国王の妹のステラ王女が摂政に就任するとともに、新たにエスト大公家を創設してその当主となることも発表された。またソフィー王妃も病気療養中であることが発表された。
 
「発表文でデジレ王太子(Prince heritier Desire)って書いてあったけど、デジレ王太女(Princess heritiere Desiree)の間違いだよな?」
 
「デジレ姫様が男になっちまったとか?」
「まさか」
「デジレ姫様は男にするにはもったいなさすぎる美人だよ」
「あんた見たことあるの?」
「日照りの年に巡回なさっていた時見たんだよ。あんな美人は今まで見たことなかった。今はもっとお美しくなられているのでは」
「ご病気だというけど、早く良くなって欲しいね」
 
「まあ発表文は男女を区別せずに王太子と言ったんだろうね」
などと人々は噂した。
 
「しかしひょっとしてミュゼ城を封印したのは、そこにデジレ王太女様がおられるからでは?」
「もしかして何かの伝染病にかかられた?」
「お妃様もきっと同じ病気なんだよ」
「それで人に移さないように城を封印したのかな?」
 
そしてこの噂話がやがては「封印されたお城に美人のお姫様が眠っておられる」という噂話に変化して行くのである。
 

一方リラの精たち6人の妖精(バラ・チューリップ・カーネーション・桑・カナリア・リラ)はデジレを守って死んだ葦の精を追悼する会(国王の名代としてソフィー王妃の母君アラヤ王女、眠っているデジレ王女の名代として王女の侍女でティアラの親友でもあったコロナが出席してくれた)を開いた後で妖精だけでミュゼ城に移動してから話し合った。
 
「1人ずつ、半日交替くらいで城に詰めて眠っている人の世話と警護をすることにしましょう」
「次に城に付く者がその近くでバックアップするということで」
「そうしたら3日に1度当番をすればいいね」
 
「あと幼い竹の精は主としてバラが面倒を見るけど、他の子もサポートするということで」
 
そこにカラボスが姿を現す。
 
「カラボス様?」
 
「葦の精はヘッピリ腰だったね。あれじゃ本物の剣を取っても大公には勝てなかったよ」
などとカラボスは言っている。
 
「私たち剣は習ってないもんなあ」
とカーネーションの精が言う。
 
「その交代で城に詰める当番に私も混ぜて」
とカラボスが言った。
 
「はい、お願いします!」
 
「バラは幼い竹の世話で忙しいだろう?だから私が入る代わりにバラを外せばいい」
「済みません!」
 
「ただし私は昼間は苦手なんだ。夜の番にして」
「分かりました。ではカラボス様と私と桑が夜の番、カーネーションとチューリップとカナリアが昼の番ということにしましょう」
とリラの精は言った。
 

この時、カナリアの精が発言する。
 
「今、デジレ様は、中身は男のままで、でもお股の所だけ女の形になっていますけど、これちゃんと男の形に戻してあげなければならないのでは?」
 
「うーん・・・・」
と言ってリラの精は悩んだ。
 
「その魔法は葦の精が掛けたまま死んでしまったので、私の力では何とも。カラボス様にはできませんか?」
とリラの精は尋ねた。
 
「葦の精が預かったまま、消えてしまったから、デジレの男の印と種玉も葦の精と一緒に消えてしまったと思う」
とカラボス。
 
「え〜〜!?」
 
「ではデジレ様は男には戻れないのでしょうか?」
とバラの精が訊くと
 
「いっそ、このまま完全な女にすることならできる」
とカラボスは答える。
 
「え〜〜〜〜!?」
 
「お前たちも知っているだろう?人間はみな男の能力と女の能力を持っている。だから、男の能力は消えてしまったけど、体内に密かに眠っている女の根源を目覚めさせて刺激する。すると卵巣・子袋と鞘も発生して成長する。失った男の印に代わって、実(さね)もできるだろうね。今デジレは100年の眠りについていて代謝が通常の10分の1程度になっている。だから今女の根源を目覚めさせればちょうど100年後には少女が女になり始める年8-9歳頃から10年後の18-19歳の娘程度には女の身体が発達するよ。体付きも今より丸みをおびて、胸も結構膨らむだろうね」
 
カラボスは説明した。
 
リラの精たちは顔を見合わせた。
 
「そうそう。月の物も発生するから、トイレ以外にその始末も私たちがしてあげなければならないけどね。あ、月の物は侍女のティアラもしてあげないといけないよ。ソフィー妃は面倒くさいから卒業させちゃえ」
とカラボスは補足した。
 
「ソフィー様のお世話もしますよ〜」
 
「いやデジレ様なら女の子でも構わないと思う」
とカナリアの精が言った。
 
「だって国民はみんな姫様だと信じているし」
「むしろ実は男でしたと言った方がパニックになるかも」
 
「じゃ女の子にしちゃおうか?」
と桑の精が言う。
 
「わりと本人も女のようなお股を気に入っていた気がする」
「むしろ男に戻れるだろうかって不安がってた」
「いや、姫様は本当の女の子になりたいと何度か言っていた」
 
「実際デジレ様って男の素養があまり無いし。運動も不得意」
「女の素養は結構ある。お料理も好きだし。お人形とか可愛いものが好き」
「けっこう料理番たちに混じって夕飯の支度を手伝ったりしてたね」
 
「国王の務めのひとつは子孫を残すこと。今のままでは子供を作れないもん。男としては子を残すことが出来なくても、女として子を残せるのなら、そうしてあげるべきだと思う」
とバラの精が言った。
 
「んじゃ女の根源を目覚めさせるよ」
とカラボスは言うと、デジレ姫の部屋に行き、自分の魔法の杖でデジレの後頭部の下のあたりを撫でた。
 
「そんな所に女の根源があるんですか?」
「男の根源もあるけどね。そちらは今眠らせた。男の根源の方はもう男の印などを創り出す力は残っていないし」
とカラボスは説明する。
 
「これでデジレの体内時間で1年後、私たちの時間では10年後くらいまでには女の根源の活動で卵巣・子袋・鞘に実もできる。それからデジレは女の子としてゆっくり発達していき、ちょうど100年後くらいには18-19歳の娘程度の身体になるだろう。まあ王子としての成人式はできなかったけど、100年後が王女としての成人式だね」
 
「19歳ってむしろそろそろ赤ちゃん産むのにいいくらいの年齢ですね」
「うん。14-15でも産めるけど、どうしても不安定だよ。18歳すぎてから産む方が安心なんだ」
とカラボスは言う。
 
「じゃ私たちがいい人見つけてあげなくては」
「いい男がいたら、種を搾り取って持って来て、デジレの鞘の中に流し込んでしまえばいいんだよ」
などとカラボスは過激なことを言う。
 
「姫様目覚めた時は子供10人くらいの母親になっていたりして」
などとカーネーションの精が冗談(?)を言った。
 

3年後。
 
デジレ姫とソフィー王妃が長期間姿を見せないことから実際には死んでいるのでは?という噂が国内に流れていた。そこで国王は「見届け隊」を派遣する旨を発表した。
 
メンバーは中立的と思われた引退した元元帥が選考した。
 
国立中央大学から推薦された医師、教会の枢機卿、ラスプ元王子、高名な画家モシネフの4人を見届け人とし、ステラ女大公、デジレ姫の侍女コロナ、アンジェロ少将(参謀副官)の3人を案内役に選ぶ。一行は茨に取り囲まれたミュゼ城に3年ぶりに入った。
 
コロナは実は城が閉ざされた後もしばしば妖精に連れられて城に入っており、彼女が先頭に立った。すると普段は誰をも寄せ付けない茨たちがこの一行には自然と道を開けてくれて
 
「これは一体どういう仕組みなのじゃ?」
と枢機卿が驚いていた。
 
一行は城内で、デジレ王太女とソフィー王妃、侍女のティアラとタレイア、ローラン元侍従長とフランソワ大尉の6人が「生きている」ことと「眠っている」ことを確認した。医師はこれが病気などによるものではなく、純粋な睡眠であることも確認して診断書を書いた。また画家が眠っているデジレ姫と王妃の肖像画を描いた。
 
コロナは王女に付いて一緒に眠っている同僚のティアラとその母タレイアに涙を流しながらキスをしていた。ステラ女大公もデジレとソフィーにキスした。またアンジェロ少将もローランとフランソワにキスをしていた。
 
(この地域の文化ではキスは他地域の握手程度の意味合いであり恋愛的な意味は薄い、念のため)
 

見届け隊はシャトン宮殿に戻ると、ラスプ元王子が隊の代表として会見し、ミュゼ城内の状況を伝えた。会見場となったシャトン宮殿の広間に集まったのは、各地の市町村長たち、軍人たち、貴族たち、役人たち、また数人の書籍発行者も混じっていた。
 
ラスプ元王子の説明に人々から驚きの声があがる。
 
「本当に生きておられたのですか!」
「ちゃんと生きてましたよ」
「それは本当にデジレ王太女様だったんですよね?」
 
「幼い頃からずっと一緒に遊んでいた私が他人と見間違えるはずがありません」
とラスプ元王子は断言した。
 
「ところで念のためお聞きしますが、デジレ様が王太子なのか王太女なのかここで確認できますでしょうか?一般には王太女様と認識されていたと思うのですが、様々な機会に王太子と呼ばれていることがありますよね?」
 
とひとりの貴族が質問した。それについては見届け隊の医師が答えた。
 
「私は王太女殿下を診察致しました。王太女殿下は間違い無く女性です。少し性的な発達は遅いようで、まだ胸はあまり膨らんでおりませんが乳首が太くなってきておりましたので、あと数年すれば胸も膨らんでくるのではないでしょうか」
 
この医師の回答にはかなりのざわめきが起きていた。
 
デジレ姫が「実は男」というのは元々少数の者しか知らないはずだったのが、中には口の軽い者もいるため、結構な範囲に流布していたのである。医師の発言はそれを完全に否定した。
 
ステラ女大公が補足する。
 
「デジレ姫がお元気だった頃に、私の娘のルイーズ、そして各々の侍女と一緒にお風呂に入ったこともあります。ですからデジレは間違い無く女の子ですよ」
 
更にざわめきが起きていた。
 

「しかしデジレ様は何故眠っておられるのです?」
 
これについてはラスプ元王子が答えた。
 
「魔法に掛かっておられます。デジレ姫が倒れた時の状況は私も直接父の部下などから聞いております。その魔法を発動させたのは父・ハンスです。そして父は魔法だけではデジレ姫が死にそうにないと思い剣で殺そうとしてデジレ姫の侍女と争いになり、結局相打ちになったのです」
 
18歳の元王子は厳しい顔で、初めてこの事件の主犯がハンス殿下であったことを認めた。
 
「ハンス殿下は剣の腕はかなりのものでしたよね?デジレ姫の侍女にも腕の立つ人がおられたのですね?」
「戦いを見ていた父の部下によれば、剣の腕自体は父がずっと上だったらしいです。しかし侍女は元より自分の命は捨てるつもりで戦っていたようだと言っておりました。賭けているものが違ったことで相打ちに持ち込めたのですよ」
 
と元王子は語る。
 
実際にはあの戦いを覗き見していた側近は、葦の精の死体が消滅してしまったため、葦の精と後から戦ったカラボスとを混同してしまった。しかしデジレが眠ってしまったし、戦闘の一部を見たティアラもデジレ姫と一緒に眠ったことで彼が唯一の生証人となってしまった。それでその話が公式文書には残されることになったのである。
 
「それから父の側近が30名ほど処刑されたなどという根も葉もない噂が流れているようですが、それは事実と違います。拘束はされましたが処刑はされていません。拘束されたのも6名のみです。デジレ姫を眠らせる直接の原因となった糸車を城に持ち込んだ者と父の一番の側近だった者だけが特に許されて父の1年後の追悼ミサ(一周忌)が終わった後で自死しましたが、他の4人は全員その時点で恩赦を受けて釈放され、各々の田舎に帰って農耕に従事したり坊さんになったりしていますから」
 
と元王子は付け加えた。
 
「デジレ姫はいつか目を覚まされるのでしょうか?」
「100年後、というか既に3年経っておりますので97年後に目覚められるはずです」
 
「100年も生きてはいないのでは?」
 
「あの城はとてもゆっくりと時間が過ぎています。私たちはあそこに朝から夕方まで半日ほど滞在したのに、その間に城の中にあった正確無比のはずのアラビア伝来の機械時計が1時間ほどしか進みませんでした。ですから私たちの世界では100年経っても、あの城の中の時間はたぶん10年程度しか経たないのです。ですから100年後もデジレ殿下はまだ23歳くらいでしょう」
 
と枢機卿が述べた。
 

この会見内容が国の隅々まで伝わると、
 
「本当に眠っておられるのか!」
 
と国民の間にも驚きの声があがった。また、デジレ王女の肖像画の模写が大量に売れてどこの家庭にも掲げられるなどという現象まで起きた。これを描いた画家モシネフは
 
「本当はもっとお美しいのだけど、私の画力ではここまでが限界だった」
 
などと述べた。
 


 
デジレ姫が100年の眠りに就いた年にまだ11歳だったルイーズ王女(ステラ女大公の娘)は17歳で隣国の第3王子サミーを婿に取り、翌年エルビス王子を産んだ。シャルル国王は実際には妹のステラ女大公より長生きしたので、シャルル国王が亡くなった後は、ルイーズ女大公が摂政として国を治めた。
 
ルイーズの息子・エルビス王子は実は恋愛対象が男性で、女性との結婚に消極的だったものの、周囲の説得に応じて26歳の時にラスプ元王子の娘マリーと結婚した(はとこ同士の結婚)。
 
ノール大公が急死した後、国の一部には遺児のラスプ元王子を掲げて不穏な動きをしようとする勢力があったので、この結婚はその勢力との融和の象徴でもあった。
 
マリーは女ながら剣術が強く馬術や弓矢も得意で「女にしておくのがもったいない」と言われるほどの女丈夫であり、化粧もせずドレスも着ずに乗馬用のズボン姿で出歩いており、エルビス王子も彼女とならまだ何とかなるかなと思い結婚を承諾した感じもあった。
 
ふたりの間には2年後にアンリ王子が生まれた(デジレが眠った35年後)。
 
エルビス王子はアンリが生まれると、もう自分の役目は終わったとばかりに公式の場にも女装で現れるようになる。そして自分は太子は辞任すると言ったので、エルビスは大公位(摂政)は継がずに、ルイーズ女大公の後は孫のアンリ王子が継いだ。しかしエルビス王子(本人はエルビラ王女と呼べと主張していた)は、肩の荷が下りたら急にマリー妃との仲が良くなり、ふたりの間にはその後3人の王子が生まれ、3人は公爵家(エールair, テールterre, フーfeu)を創立して分家となる。
 
その後エルビラ王女はアラビア人の医師の手で男性器を切除したという噂があったものの、マリー妃との仲は睦まじく、ふたりはいつもまるで姉妹のような感じで(実際には男性的な雰囲気を持つマリーのほうがしばしば女性的なエルビラの夫と間違われていた)一緒に出歩いており、慈善事業にも熱心だったので、国民にはわりと人気があった。
 
アンリ王子は21歳の時、大臣の娘で王族の血も引くルナーナ姫(デジレの又従妹クロード王女の孫)と結婚して翌年ロベール王子が生まれた(デジレが眠った57年後)。
 
ロベール王子は20歳の年にローマ皇帝の第4皇女・カロリーネと結婚。なかなかお世継ぎが生まれず国民をやきもきさせたものの5年後にビクトル王子が生まれた(デジレが眠った82年後)。
 
50年ほど前にデジレの父シャルル国王が亡くなり、公的には茨に包まれた旧城で「療養中」とされるデジレ姫が国王(女王)の地位を継いだのだが、事実上王様が不在になっている状態で、皇帝の血を引く王子がエスト大公家に生まれたことから、ビクトル王子は大公摂政の地位を継いだら「国王」を名乗ってもいいのではないかという空気が臣下たちの間に生まれた。
 
■デジレの誕生年を000年とした時の年表
000 Desire born.
013 Desiree sleeps. Louise 11.
020 Louise 18 Elvis born.
048 Elvis(Elvira) 28 Henri born.
070 Henri 22 Robert born.
095 Robert 25 Victor born.
112 Victor 17 enter Old Castle.
113 Desiree wakeup.
 
■王国の統治者
-047 King Charles (father of Desiree)
-071 Grand Duke Luouise (cousin of Desiree)
-110 Grand Duke Henri (grandson of Louise)
-113 Grand Duke Robert (son of Henri, father of Victor)
 

ビクトル王子は15歳で成人式をした。
 
その直後から、分家の姫たちや、大臣や将軍の娘などからかなりあからさまに誘惑されるようになった。大臣の娘など夜中に裸で王子のベッドに侵入してきて、ビクトルは慌てて逃げ出したこともあった。
 
一方で王子はしばしばお忍びで単身町に出て女の子たちを口説いてデートしていた。女の子たちとおしゃべりしたりまではするものの、セックスに誘うとなぜか邪魔が入って遂げることができなかった。それで王子は17歳になってもまだ童貞のままであった。
 
その日も王子は単身馬に乗って出かけ、どこかで可愛い娘を口説いて、デートして、あわよくば・・・と思っていたのだが、ある村まで来た時のことである。
 
「それはもう凄い美人、この世の物とは思えない美人らしいぞ」
「しかしそれ誰か見たことある訳?」
 
などと噂をしている男たちがいる。
 
王子は自分が頼んだワインの瓶を持って男達の席に行く。
 
「まあまあ1杯どう?」
「おお、若いの済まんな」
 
「誰か凄い美人がいるって?」
「いや、俺の親父が若い頃1度だけ見たらしいんだ」
 
王子はがっかりした。この男は見た感じ30歳くらいだ。その父親なら55歳か60歳くらいだ。その人が若い頃なら30年くらい前、それなら当時20歳の娘だったとしてもとっくに50歳くらいだ。
 
「でもその頃まだ15-16歳の娘に見えたらしいんだよ」
「でも姫様が眠りについてからその頃既に50年くらい経っていたのでは?」
「どういうことですか?」
 
「若いの、知ってるか? もう100年くらい昔に、国民にたくさん愛された美しいお姫様がいたと。でも姫様は呪いに掛けられて100年の眠りに就いてしまったらしい」
 
「お姫様が眠ってしまった城では、お付きの侍女や兵士もたくさん一緒に眠っているという。その城は深い茨に取り囲まれて、人が辿り着けないようになっている。何人かその茨を突破して城まで行ってみようとしたものの、どうしても行くことができず、途中で命を落とした者も数知れないらしい」
 
ビクトル王子はハッと思い出した。それは話に聞いていた。デジレ女王の伝説だ。デジレ女王は実は現在この国の君主である。しかしそれは国の象徴、守り神のような話だと思っていたし、眠っているというのもおとぎ話か何かのように思っていた。確か祖父の祖母の従姉くらいに当たる人である。
 
ただビクトル王子は奇妙な話も聞いていた。そのデジレ女王は実は女王ではなく男王かも知れないという噂もあるらしいのである。
 
「でもあんたの親父は行けたんだ?」
「大変だったらしい。親父は茨刈りの名人だったんだよ。それでも一週間がかりでその城まで辿り着いたらしい。伝説では多数の侍女や兵士に囲まれて眠っているという話だったけど、実際には姫のそばで寝ている侍女は3人だけ、その部屋の外側にも警護の兵士が2人眠っているだけだった」
 
やはり女王であったか!
 
「それで死んでいるのではなく眠っていた訳?」
「うん。6人とも生きていた。しかし起きなかった。そして姫様はまだ15-16歳くらいに見えたという。それで親父は気づいたんだ。城の時計が物凄くゆっくり動いてることに。親父はその場に1時間くらいいたのに、城の時計はその間に5−6分しか進まなかったらしいんだよ」
 
「なんとまあ」
「だから多分今行っても姫はまだ17-18歳くらいの若さだと思う」
 

この話を聞いた王子は純粋にその眠れる美女というのを見てみたい気がした。
 
愛馬に乗って男たちに聞いた森の中の道を進む。この森自体がかなり深い。王子は熊か何か出たら面倒だなと思ったものの、そのような物は出ず、狐を1匹見ただけであった。泉があったので、馬を下り、水を飲んで少し休憩する。
 
王子はそのままうとうととしてしまった。
 
王子が夢を見ていると、夢の中に古いお城が出てきた。自分が入って行くと正面に階段がある。それを登っていき右手の方に行くと何か部屋がある。誘われるように中に入ると、豪華な天蓋のついたベッドに美しい姫が寝ていた。夢の中で見たその姫の顔は物凄い美人であった。
 

ハッと目を覚ます。
 
王子はある種の確信を持って馬を進めた。やがて深い茨が覆い茂っている所に到達する。
 
ところが王子がその茨の前まで行くと、茨が自然に左右に分かれ、王子が通れる道が出来た。
 
「これはどうしたことか?」
と思ったものの、王子はそのできた道に馬を進めた。王子が通るとその後ろの方では茨が閉じていく。しかし気にせず王子は前に進んだ。
 
そして馬を10分も進めた所で王子は茨の森の向こう側に出ることができた。
 
「美しい」
と王子は呟いた。
 
そこには古い様式のきれいな白い城が建っていた。王子は城の玄関の所に馬を留めた。玄関を入ると階段がある。登っていくと2階には左右に廊下がある。
 
「右だよな」
と思って歩いて行くと、ベッドがふたつ並んで、そこに男が1人ずつ寝ているのを見た。1人は兵士だが、もうひとりは文官に見えた。兵士は大尉の肩章を付けている。王子は男たちの顔の上に掌をかざし、ふたりが生きていることを確認する。それで男たちのベッドの間にあるドアを開けて中に入る。
 

そこは美しく飾られた部屋であった。姫君の部屋という雰囲気である。
 
入口近くに50歳くらいの女が寝ている。侍女なのだろう。中に進むと夢で見たのと同じ天蓋付きのベッドがあって、そのそばに少し小ぶりの、わりと豪華なベッド、少し離れた壁際に簡素なベッドがある。その3つのベッドに女性が1人ずつ寝ていた。
 
王子は天蓋付きのベッドに寝ている女性を見て
 
「美しい!!!」
と声をあげてしまった。
 
声をあげたことで誰か目を覚ますかと思ったものの、目を覚ます様子は無い。王子はじっとベッドの中の女性を観察した。
 

これがデジレ女王なのだろうか。
 
本当に生きていたのか。
 
そしてやはり女性だったんだ!男かもという噂はどこから出てきたのだろう。こんなに美しい人が男のわけないじゃん。
 
しかし100歳を越えているはずなのに。見た目はまだ16-17歳くらいに見える。そして王子は思っていた。こんな美しい人は今まで見たことも無いと。日々ビクトル王子に言い寄ってくる娘たちの中で、従妹のアデレイドは結構な美人だ。今言い寄っている子の中の誰かと結婚しろと言われたら彼女でもいいかなと思っていたのだが、この眠っている美女を見た後では、アデレイドでさえ完全にかすんでしまう。
 
王子はそのままじっと30分くらい姫を見ていたのだが、唐突に欲情が込み上げてきた。そして王子はズボンを脱ぐと、ベッドの中に潜り込み、姫を抱きしめた。そして王子は15分後、姫が間違い無く女性であることを自分の身体で確認してしまった。
 
「あはは、やはり女の人だった。男ではなかった」
と王子は自分が逝って脱力し、姫のそばで身体を休めながらつぶやいた。
 
王子にとって実は初めてのセックスだったが、何だかとてもうまくできた。
 
自分のものを見ると血が付いている。女王のあの付近にも血が付いているのでどこか怪我させてしまったか?と焦ったのだが、すぐにそれが処女の出血であることに気づく。
 
そうか女王は処女であったのか。それを自分は摘んでしまった。
 
そう考えた時、急に罪悪感に襲われてしまう。王子はベッドから出るとズボンを穿き、逃げるようにして城を出て立ち去った。城から出る時も茨たちは自然に左右に分かれて王子に道を開けてくれた。
 

その後、王子は自分の城に戻ったものの、ずっと茨に囲まれた古い城に眠る姫のことを考えていた。自分が祖父の祖母の従姉などという随分と年を経た女と交わってしまったことについてやや自己嫌悪に陥ったものの、それでもあの美しさは捨てがたい気持ちになった。
 
そしてまた1ヶ月ほどの後、王子は単身お忍びで出かけると、あの村まで行き茨が自然に開けてくれる道を通って古いお城に行く。そして姫の部屋まで行くとまた姫と交わってしまった。今日はもう2度目なので出血はしない。そして王子は翌月もこの城に来てしまった。
 
そういう「逢瀬」が続く内、母のカロリーネ皇女がビクトルの様子に気づいた。
 
「あなた、どこぞの娘と付き合っているのでは?」
「すみません。田舎の方に住む女なのですが」
「あなたは将来この国を継ぐ人なのですよ。そのような身分の低い女と付き合って面倒なことになるのは困ります。もう会いに行くのはやめなさい」
 
王子は身分が低いどころかこの国の女王様だけどなあとは思ったものの、その年老いているはずの女王とセックスすることに罪悪感も感じていたので素直に母の忠告に従うことにした。
 
「分かりました。もう会いに行くのはやめます」
「もし夜が寂しいようであれば、侍女のアルベルディーナに添い寝させますよ。本人には言いくるめていますから。赤子が出来ても田舎に帰ってひとりで育てるようにさせますし」
 
「いや、いいです!ひとりで何とかします」
「だったらいいですけど」
 

アルベルディーナは素直で可愛い子だけど、自分の欲望のはけ口にはしたくない気分だった。あの子には純粋に侍女でいて欲しい。
 
しかし今母親から言われてふと王子は考えてしまった。僕、随分とデジレ女王とセックスしちゃったけど、赤ん坊できたりしないよね?いや、どんなに若く見えても100歳の女が妊娠する訳無い・・・よね??
 

「今月はビクトル王子様、いらっしゃらないのかしら」
とカーネーションの精が言った。
 
「どうもカロリーネ様が気付いて、止めたようですよ。どこかの田舎娘と付き合っているのかと思って」
とカナリアの精。
 
「相手を知ったら仰天なさるでしょうね」
とチューリップの精が言う。
 
「ところで、デジレ姫の方はこれどうしましょう?」
と桑の精がデジレ姫のお腹をさするようにして言った。
 
「ビクトル王子様、たぶん姫のお腹の中で自分の子供が育っているとは思ってないわよねえ」
「うん。先月いらっしゃった時も妊娠に気づいている様子はなくて、そのままふつうに交わっておられたし」
 
「でも姫様はセックスされても起きないのね」
 
「まだ100年経ってないから」
と今やってきたリラの精が言った。
 
「赤ちゃんのために姫様の代謝をカラボス様と協力して普通の速度に戻したから、赤ちゃんは後4ヶ月ほどで生まれるだろうと思う。でも姫様が目覚めるのはまだ8ヶ月後」
 
「出産は私たちで何とかしてあげなければ」
「目が覚めて自分が子供を産んでいたなんて知ったらびっくりするでしょうね」
「そもそも自分が女になっていることに驚くかも」
「でも赤ちゃんがいたら結果的に女としての意識に目覚めると思う」
「女としての意識というか母としての意識というか」
 
「お乳出るかしら?」
とチューリップの精が心配するが
 
「出るようにマッサージしてあげるよ」
とリラの精が言った。
 

一方のビクトル王子は母親から眠り姫に会いに行くことを停められ、悶々とした気分で居た。相変わらず従妹や重臣の娘たちからのラブレター攻撃は続いているし、夜這いを掛けてくる娘もいる。しかし以前は気が向いたらラブレターのお返事を書くこともあったのだが、デジレ女王と会った後は一切書かなくなっていた。
 
どうも母君のお勧めは将軍の娘フランシスカ、父君のお勧めは大公家の分家フー公爵家の娘ミゲラのようである。ミゲラは又従妹、フランシスカは三従妹に当たる。それで母から1度フランシスカとお見合いをしてみないかと言われていた。
 
「取り敢えず一晩寝てみない?夜の生活の相性って大事だから、それであまり合わないようだったらそのまま別れてもいいし」
 
などと母は言っている。そんな寝るだけ寝て後はポイ捨てとかしていいのか?と思ったのだが、それって自分は既にデジレ女王にそういう行動を取っている気がしてきた。
 
やはり近い内に一度デジレ女王の所に行って来よう。
 
そう思っていた夜、もう寝ようとしていたら侍女のアルベルディーナが来て言った。
 
「殿下、3日後はフランシスカ様とのお見合いですよね」
「うん」
「それでフランシスカ様と夜を過ごされて、うまくできなかったら困るから少し練習させてやりなさいと言われて、私、今夜は参りました」
 
とアルベルディーナが言う。
 
ちょっと待て〜〜!と王子は思う。
 
「私も男の方とするのは未体験なので、うまくお相手できるかどうか分かりませんけど、私、ずっと殿下にお仕えしていて、殿下のことをお慕い申し上げております。ふつつか者ですが、練習のお相手務めさせて下さい」
 
と言ってアルベルディーナはペコリと頭を下げると服を脱いでしまう。
 
うっ・・・と王子は思った。アルベルディーナはまだ13歳だ。成人式を終えたばかりである。そのまだ未熟な肉体が夜の薄明かりの中に浮かぶ。彼女は近づいてきて
 
「王子様のおズボン脱がせますね」
と笑顔で言ってズボンを留めている紐に手を掛けた。
 
その瞬間、王子は思いついた。
 

「アルベルディーナ、ちょっと一緒に出かけないか?」
「はい?」
 
「今夜は満月だし、夜駈けのデートも楽しいぞ」
「あ、はい」
 
それでビクトル王子はアルベルディーナに服を着せ、乗馬用のズボンを穿かせた上で一緒に部屋を出た。
 
「ちょっと夜駈けをしてくる」
と言って馬を出させ、アルベルディーナを前に乗せ、自分がその後ろに乗って手綱を持つ。馬を出す。
 
この日は満月でカンテラなどを持つ必要もない。馬は夜道を駈けてやがていつもの村までやってくる。王子は村はずれの森の中に馬を進める。さすがに暗くなるので馬の速度は落ちるが、ホタルたちが道を照らしてくれて、木々の間の明かりもあり、何とか進路が分かった。そして茨の森に到達する。いつものように茨が自分たちで左右に分かれて道を作る。
 
「これどうなっているんですか?」
とアルベルディーナが尋ねる。
 
「分からない。でもいつもこうやって茨たちは僕に道を開けてくれるんだよ」
 
やがてビクトル王子とアルベルディーナは茨の森を抜けて旧城に到達する。
 
「こんな所に城があったなんて!」
とアルベルディーナが驚く。
 
「100年前に封印された、デジレ女王が眠るミュゼ城だよ」
「あの伝説、おとぎ話じゃなかったんですか?」
「デジレ女王に会いに行こう」
「デジレ女王様って、おいくつなのでしょう?」
「伝説通りだと多分112歳」
「え〜〜〜!?」
 
その数字は王子自身が城に残る王家代々の記録を調べて確認したのである。
 
ビクトル王子はアルベルディーナと一緒に玄関を入ると階段を登り、右手に廊下を進む。ベッドが2つあって兵士と文官が寝ている。
 
「この方たちは死んでいるのですか?」
「眠っているよ。顔の上に掌をかざしてごらん」
 
アルベルディーナがそっと掌をかざすと確かに息をしているのが分かる。それでドアを開けて中に入ったのだが・・・・
 
 
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【眠れる森の美人】(中)