【夏の日の想い出・勧誘の日々】(1)

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これは2005年8月、私が中学2年8月の物語である。
 
私が最初に関わりの出来た芸能関係者といえば、やはり津田アキ先生である。津田先生は1994年の「大分裂」以降の新生○○プロを建て直した「中興の祖」
のひとりであり、元専務(当時は事実上の経営者)だったが、性転換手術を受けるために経営から離れ、身体が落ち着いてから民謡教室を開いていた。
 
(自分より浦中さんの方が絶対経営の才覚があると思ったのも離れた理由のひとつだと後に津田さんは言っていた。株式は引き続き保有しており、○○プロ株の20%を持つ大株主であり、丸花さん・津田さん・浦中さんが実質的に○○プロの共同オーナーの形になっている)
 
その津田先生と私は2002年5月に出会い、先生の教室に通うようになると共に、しばしば斡旋してもらって、様々な民謡大会や発表会の伴奏やお囃子の仕事をするようになった。
 
次に会ったのが同年12月、私の「元先生」である静花(松原珠妃)が所属する事務所ζζプロ社長(後に会長)の兼岩さんである。兼岩さんは私の歌を聴いて、静花とともにスカウトしようかと思ったものの、私が津田先生の教室に通っていると聞き、てっきり民謡歌手として育成中かと思って諦めたのである。ただ、ここの事務所とは、松原珠妃関係や谷崎潤子関係で、結構ライブでの伴奏や音源製作への参加をしている。もっとも静花は私に「歌手としてデビューする時は自分とは別のプロダクションに行け」と言っていたから、私はここからデビューする可能性は無かったと思う。
 
次に会ったのが翌2003年5月、ドリームボーイズのマネージャーで、当時既に$$アーツの取締役の肩書きを持っていた前橋さんだ。ここは後にAYAが所属することになる事務所で、前橋さんもその頃には社長に昇格している。前橋さんは当時私がまだ小学6年生であったこともあり、強くは勧誘しなかったものの、ドリームボーイズのバックダンサーとしての活動のほか、しばしば他の歌手のバックでダンスやコーラスをしたりする仕事も依頼してきた。もっとも前橋さんは
 
「洋子ちゃんがコーラスに入ると、メインのボーカルがかすみかねないから」
などと言って笑っていた。
 
そしてその次に知り合ったのが○○プロの丸花社長である。2004年7月に1度偶然遭遇し、10月に2度目の遭遇をした時「授業料の安い優待生にするから、うちのスクールでボイトレとかしない?」などと誘った。
 
結果的には同プロの前田係長の口利きで私は「特別優待生」ということになり授業料は本来の額の1割で済むことになった。前田さんは「これだけの子なら特待生でもいいのに」と言っていたが、ずっと後から聞いたのでは丸花さんは、あまり優遇しすぎると、私が○○プロに借りを作るみたいに感じて逃げるかもと思い、貸し借り感の少ない優待生という線を提示したらしい。この業界にはそういうのがきつい事務所も多いのだが、実際には○○プロは契約を解除した歌手に違約金などの名目でレッスン費用やデビュー費用など事前投資分の「借金返済」を迫ることは無い。
 
私はこのスクールに中学1年の10月から中学2年の3月まで1年半通ったが、その間、レッスンを受ける傍ら、篠田その歌・原野妃登美など、○○プロの何人かの歌手のバックで伴奏やダンスなどをしていた。
 
そしてその次に出会ったのが後にXANFUSが所属することになる&&エージェンシーの白浜さんである。
 

2005年(中学2年)の夏。私は陸上部の先輩・絵里花に水泳を指導してもらっていた。私は元々筋力が全然無かったので、小学校の頃にどんなにバタ足とかを練習しても、どうしても泳ぐことができるまでは至らなかった。しかし小学6年の時、毎日若葉と一緒に校舎の周りを走った経験の上に、中学1〜2年の時の陸上部の活動を重ねて、やっと人並み?の筋肉が付き、ついに私は泳げるようになったのだが、私がプールで泳げるようになると、絵里花は
「では海でも練習しよう」
 
と言い、8月1日、陸上部の女子数人と一緒に、千葉の海岸に数日間泊り込みで泳ぎに行った。
 
「実はこれ陸上部女子の合宿だよ」と現地に着いてから言われる。
 
「男子の方でも合宿やるらしかったけど、冬子はこちらに入れるからと言っておいた」
などと絵里花さんは言っていた。
 
「冬子を男子の方に入れると着替える時にも困るし、他の男子と同じ部屋に寝せる訳にはいかないしね」
などと裕子さんなども言う。うむむ。
 
こちらの合宿では、同じ2年生の若葉・美枝・貞子と同室になったが、初日にいきなり解剖されて「確かに女子であるようだ」と確認!?されてしまった。
 
すると2日目からは彼女たちは私の前でも平気で下着姿になったり、貞子など裸になって着替えたりもしていた。
 

4人の布団の敷き方であるが、私の隣が若葉で、私の足側が貞子、その隣が美枝である。最初の夜。日中の練習でくたくたになっていて熟睡して起きるとなんだか腕が重い。ん? と思ったら若葉が私の布団の中で、私の腕を枕に寝ている。
 
「ちょっと若葉」
と言って、他の2人に気付かれないように若葉を起こそうとしたが、若葉が起きる前に貞子が起きてしまい
 
「あんたら、何やってんの?」
と言われる。
 
ここで、私と若葉が何かしたのでは?とは発想されないのが、私が彼女たちによく理解?されている所だ。
 
「ああ、お早う」
などと言って若葉は気持ち良さそうに目を覚ます。
 
「なぜ若葉がここにいるの?」
と私。
 
「あ。私寝相が悪いから。ごめーん」
などと言うので、それだけで終わってしまうかと思ったら若葉は大胆なことを言う。
 
「冬に夜這いかけようかと思ったんだけどね〜。熟睡してるのをいいことに、冬のヴァギナに指入れちゃおうかと思ったけど、ヴァギナ見つけきれなかった」
 
「えーっと」
 

「冬におちんちんが無いのは昨夜解剖して確認済みではあるが」
と貞子。
「冬、おちんちんは取ったけど、ヴァギナは作らなかったの?」
と美枝。
 
「ボク、おちんちんあるけど・・・」
 
「嘘ついてはいけない」
と全員から言われる。
 

「ところで若葉、あんたレズ?」
と貞子が訊く。
 
「そうだよー。私、男の人はダメだもん」
「まあ、いいけど。合宿中は自粛して」
「はーい」
 

旅館には大浴場もあった。合宿での日々のメニューは午前中が水泳でお昼から15時までが休憩。15時から18時までが走る時間である。それでお昼の休憩タイムには水泳で冷えた身体を温めるのも兼ねて、大浴場に入りにいった。
 
初日は私は「疲れたから寝てます」と言って、ひとりで部屋で寝ていたのだが、2日目からは「冬、恥ずかしがらなくていいから、私たちと一緒にお風呂入ろう」
などと言って、大浴場に引っ張って行かれた。
 
「おちんちんが付いてないこと恥ずかしがることないから」
「私たちもみんな、おちんちんは付いてないからさ」
「いえ、付いてるからやばいんだけど」
 
「じゃ、男湯に入る?」
「それは入れない」
「まあ、おっぱいある人が男湯に入れる訳ない」
「昨日解剖した時の胸はAAカップくらいかなと思ったけど、こうやって服の上から触るとAカップ超えてる気がするね」
 
などと言って気軽に触られる! まあ私も彼女たちの胸をノリで触っていたが。
 

「小学6年の時に冬と一緒に沖縄行った時、私一緒にお風呂に入ったけど、その時Aカップあるなあと思って見てたんだよね。昨日はむしろあの時より小さい気がした」
 
と若葉は当時のことをバラしちゃう。口の硬い若葉であるが、私がそれを隠す気がないと思ったことは結構しゃべってしまうのである。
 
「それはね、中学に入ってから陸上やるようになって、余分な脂肪が落ちちゃったからなんだよ」
「ああ。確かに痩せる時は胸から痩せると言うもん」
「そうそう、それなんだ」
 
「つまり、冬は小学6年の頃にはもう立派なおっぱいがあったのか」
と美枝。
 
「まあ、こういう写真もあるしね」
と言って若葉がみんなに携帯の中の写真を見せる。
 
「おお!冬がビキニ着てる!」
「これ、胸はBカップあるぞ」
 
「もう・・・・」
と言って私が困ったような顔をすると、
 
「この写真は当時テレビとかでも流れたからね。今更だよ」
と若葉。
 
「何〜〜!?」
「冬、以前モデルさんしてたから」
「うーむ・・・・」
 

まあ、そういう訳で私は旅館の大浴場の女湯の脱衣室まで連れて行かれてしまった。脱衣場まで行っちゃったら脱ぐしかない。という訳で私は汗を掻いた服を脱ぎ、水着の跡がくっきり付いている肌に付けたブラとパンティも脱いでしまう。
 
「冬、今更だから、そこタオルで隠さなくてもいいじゃん」
「いえ。世の中の平和のため、隠させてください」
 
彼女たちも深くは追求せず、一緒に浴室に入り、めいめい身体を洗ってから、浴槽の中で集まる。
 
「冬、そこ手で隠す必要無いのに」
「いや、気持ちの問題で」
 
「冬が小学校の修学旅行で女湯に入ったという話は聞いた」
「その後、お正月に温泉に友だち数人で行った時も女湯に入ったらしい」
「でもそれ以前に夏の沖縄でも女湯に入ったんだ?」
「それも友だち何人かで行ったの?」
 
「私と冬と冬の従姉さんの3人だよ」
「へー」
「その時、冬はビキニになって泳いだし、その後、私とお風呂にも入ったのよね」
「ほほぉ、そのあたり詳しく」
 
「ちょっと勘弁してよー」
と言って私は笑っておく。
 

「でも、冬もかなり力を付けてきたね。去年の春、陸上部に入ってきた頃とは別人だよ」
 
「冬、秋の大会では女子としてエントリーしたら? かなり入賞狙えるよね?」
「うん。長距離は絵里花さん・貞子・冬で3位まで独占できるかも」
 
「ごめんなさい。女子として参加する資格無いので、男子の方でエントリーさせて」
 
「だって若葉の証言によれば小学6年の夏に既に女の子の身体だったということみたいだから、性転換して2年も経過してたら、女子としてエントリー可能ですよね?」
 
「いや、性転換はしてないので。ほんとにごめん」
 
「恥ずかしがることないのに」
「親に内緒で性転換したから隠したがるのかな?」
「ああ、それは叱られるだろうけどね」
 
「自分の息子だったはずの子供がいつの間にか性転換手術受けて娘になっていたら確かに親としてはショックだろうけど」
「でも息子より娘の方が楽しいかもよ」
 
「可愛い服を着せられるしね」
「成人式に振袖着せるのも楽しみ」
「ただお金が掛かるのは大変」
 
「いや、冬の場合、お母さんは最初から冬にいろいろ可愛い服を着せて楽しんでいた節がある」
と若葉は言う。
 
「ほぉほぉ」
「じゃ、冬子って、最初からお母さんにとってはふつうに娘だったんだ!」
「なるほどー!」
 
「それならヒゲが生えて来たり、男みたいな声になってしまったらショックだよね〜」
「じゃ、ちゃんと女の子として育って、冬って親孝行なんだよ」
 
うーん。それは新しい見解かな、という気がした。
 
「冬、おちんちん取っちゃったこと、お母さんにはちゃんとカムアウトしなよ。きっと喜んでくれるよ」
 
「えっと・・・」
 
「でも万一実はまだおちんちんが存在していたとしたら?」
と美枝。
「ああ。まだおちんちんある癖に女湯に入って私たちのヌード見ていたとしたら、痴漢の重罪人だね」
と貞子。
 
「死刑?」
と美枝。
「やはり、おちんちん切断の刑だ」
と貞子。
 
「なるほどー」
 

この旅館の1階には焼肉屋さんが入っていて、男性3000円、女性2000円、中高生は男子2000円・女子1200円の食べ放題コースが設定されていた。それで、
 
「筋肉付けるのに蛋白質取るぞ!」
 
ということで毎日夕食はここで食べ放題コースに参加していた。付き添いのお母さんはパスと言ったので、女子部員6人で7200円払い(私はもはや完全に女子扱い)、ひたすら食べる。絵里花や貞子は無茶苦茶食べていたし、裕子さんと美枝もほどほどに食べ、若葉もまあ普通の女子程度に食べ、私は少食だった。
 
「冬、もっと食べなきゃ筋肉付かん」
と言われて、皿にどーんとお肉を盛られ
「これ食べ終わるまでは部屋に帰ってはいけない」
と言われて、ひーと思いながら食べていた。
 
しかし、やはりあれだけたくさん蛋白質を取るのと、毎日のハードな練習の組合せは良かったと思う。
 

最終日前日、つまり宿泊する最後の夜。今日は最後の夜だからカラオケしよう、などと絵里花が言い出した。
 
「私、歌苦手〜」
などと若葉が言ったし
「私が歌うと、ジャイアンも逃げ出すぞ」
などと貞子は言っている。
 
「どういう順番で歌いますか?」
と美枝が訊くと
 
「ジャンケンで負けた人が歌うというのでどうだ?」
と絵里花。
 
「それじゃ、ジャンケン」
 
というのでみんなで一斉に手を出すと、私だけがグーで全員パーだ。
 
「じゃ、冬どぞー」
 
私はポリポリと頭を掻いて、取り敢えず松原珠妃の新曲『硝子の迷宮』を歌う。お店の中にいた人たちが随分大量にこちらを向いたのを感じた。快感!
 
「冬、歌うまーい」
「ってか、この曲知らない」
「松原珠妃の新曲。来週発売。カラオケは今日の夕方から先行解禁」
「そんな解禁されたばかりでまだ発売されてもないものをなぜ歌える?」
「インサイダー」
 
「おお、凄い」
「まあ、一応今日の朝からFMで流れてるはず」
「ラジオは持って来てないな」
 
「よし、次行こう」
 
また私が一発で負けた。曲を呼び出す。ドリームボーイズの『あこがれのおっぱい』を歌う。これ・・・PVの画像がそのまま流れてる! あはは。
 
「うまーい!」
「ね、ね、冬。今流れてた映像の左端で踊ってた女の子だけど」
「ボクだよん」
「おお!」
「よし、その問題については今夜、部屋で少し追求してみよう」
「あはは」
 
「次の人!」
 
更に負ける。今度は篠田その歌の『ポーラー』を歌う。これもPVがそのまま流れる。
 
「ね・・・今のPVでヴァイオリン弾いてた子?」
「はい、ボクです」
「なんか普通に女の子してる!」
「これも追求しなければ」
 
「冬、いろんなことやってるね!」
 
「でも、その歌ちゃん可愛いね」
「17くらいだっけ?」
「いや、実は23くらいという噂も」
「冬、インサイダーで教えてよ」
「彼女の年齢はバラしちゃいけないことになってるから。まあ23ってことはない」
「ああ、やはり少し鯖読んでるのか」
「でも17-18で充分通るよね、あの子」
 
「よし、次の人」
 
また負けた!
 
「これジャンケンする必要がない気がしてきた」
「うん。冬、ずっと歌ってていいよ」
「あはは」
 
ということで、今度は麻生まゆりの曲を歌う。そして私はひたすらジャンケンに負け続けて、谷崎潤子、原野妃登美、田代より子、しまうらら、保坂早穂、と何となく関わっている人の歌を歌い続けた。
 
「さて、そろそろ部屋に戻って、お風呂入って寝ようか」
「今日は冬子のワンマンショーだったね」
「しかしこれだけジャンケンで負け続けるって天才としか言いようが無い」
「まあ歌もうまかったね」
 
などと言いながら引き上げることになる。最後の保坂早穂の歌を歌って、これで終わりというのを宣言した時には、お店のお客さんみんなから拍手をもらってしまった。
 

それでお店を出て部屋の方に戻ろうとしていた時、私に声を掛けてくる女性がいた。
 
「すみません、あなた歌手になるつもりない? 私、こういうものです」
と言って名刺を出してくる。
 
「&&エージェンシー制作部・白浜藍子」
と書かれていた。
 
「すぐデビューというのでなくても、この世界に慣れるのを兼ねてしばらくレッスンとか受けてからでもいいし。もっとも今のあなたの歌を聴いた感じでは、話がまとまれば即デビューでいい気がした」
 
私は一応名刺は受け取ったが、答える。
「済みません。私、契約はしてないけど、あるプロダクションから声を掛けられて、そちらでレッスンとかも受けているので」
 
「ああ、やはり、このレベルの歌唱力あれば目を付けられるよね〜。でもまだ契約してないのなら、もし何かの時は声を掛けて」
 
「あ、はい。何かご縁がありましたら」
 
ということで、その日は白浜さんとはその程度のやりとりであった。
 

「冬、凄いね。スカウトされちゃったね」
と絵里花。
「いや、あの歌を聴いたらスカウトしたくなるだろうね。ホント冬ってうまいもん」
と美枝。
 
「でも冬は既にスカウトされ済みだから」
と若葉が言う。
 
「なんかいくつかの事務所に関わってるよね?」
 
「そうそう。色々な義理でというか。○○プロ、$$アーツ、ζζプロ。各々の予定がぶつかったりするから、通ってる民謡教室で調整してもらってる。というか、その民謡教室から頼まれてやってる仕事もあるんだけどね」
 
「じゃ、将来的にはそのどれかからデビューするの?」
「うーん。それは分からないなあ。それに私自身、まだデビューまでに解決しなければならない問題あるし」
 
「へー」
「でも問題って何?」
「あ、戸籍が女でないこととか?」
「まあ、それは別に構わない気がする。現役女性歌手やタレントさんで実は・・・って人、何人か知ってる」
 
「すごー」
「冬も女の子の歌手になるんだよね?」
「当然」
 
「もしおちんちん付いてたら、デビュー前に取らなくちゃ」
「うーん。それも大した問題じゃない気がする」
「へー。それ取るくらい些細なこと?」
「いや、既に取っちゃってるから問題無いのでは?」
 
「2年生の女子の間では、冬子は性転換済みであることは確定です」
「そうだったの?」
 

白浜さんにはそれから間もなく、8月中旬にも会うことになる。
 
テレビ局が主催し、複数のレコード会社が相乗りした「新人歌手夢のドラフト」
なる番組の収録が行われていた。それで私は当日会場となっている都内のホールまで(セーラー服姿で)出て行った。
 
適当な席に座って審査を受けている女の子たちを見ている。参加者は書類選考を通り、芸能活動同意書と誓約書を既に提出している16〜23歳の50人である。
 
二部構成になっていて第1部では着衣で出てきて歌を歌い、歌審査で10人の審査員が付けた点数が80点以上であれば、その場で司会者からいくつか質問がなされて、その結果で審査されて決勝戦に進出する15-16名が決定される。
 
休憩を挟んで第2部は水着審査が行われる。こちらは全国の視聴者による投票で1〜5位が発表される。1位から順にレコード会社担当者による入札が行われて所属レコード会社が決定される。1位は木ノ下大吉先生から曲をもらって年内デビューという特典で、万一その場でレコード会社の応札が無くてもテレビ局が責任を持ってどこかを紹介する。2〜5位の子(応札があった場合)のデビュー条件は各レコード会社との話し合い次第である。
 
6位以下は「残念でした」だが、有望株がいる可能性があるので会場には結構プロダクション関係者などが来ている。
 
昔の「スター誕生」を今風にアレンジし直した雰囲気で、入札も結果のみ発表する方式にして「人身売買」みたいなイメージを払拭する。
 
放送は第1部の決勝進出した子の部分(1人30秒)と第2部全部が放映され、第2部は生放送で、同時に電話投票が行われる。
 
木ノ下先生は2000年に佐多雪之丞『空の契約』で150万枚、2001年に春川典子『純粋』で130万枚、2002年に田嶋已里子『シャンゼリゼ』で110万枚、2003年に松原珠妃『黒潮』で400万枚、2004年に津島瑤子『出発』で120万枚と5年連続でミリオンヒット、今年も粟島宇美子『雨の中の告白』が90万枚とミリオンは到達していないものの大きなセールスを上げていて、(世間的には)最も売れている作曲家のひとりとみなされていた。
 
(しかし実はこの頃から既に「楽曲品質の波」が、かなりひどくなってきつつあったし、結局は『出発』が木ノ下先生の最後のミリオンヒットになった)
 

私が第1部の各「歌手の卵」のパフォーマンスを見ていた時、トントンと肩を叩かれた。
 
「こんにちは。こないだ千葉で会った子だよね。あなたも今日のオーディションに出るの?」
 
と声を掛けたのが白浜さんだった。
 
「ああ、こんにちは。白浜さんでしたね?」
「わぁ! 名前覚えてくれてたのね?」
「私、割と人の名前覚えるの得意なので。あ、済みません。私、柊洋子と言います」
 
「ひいらぎ・ようこさん、と。演歌歌手か何かみたいな名前ね」
「暫定的な芸名です。先日は名刺もお渡しせずに済みませんでした」
 
と言って、私は《音楽家・柊洋子》という名刺を渡した。連絡先は津田先生の民謡教室にしている。
 
「おぉ!名刺が出てくるとは」
と言って受け取っている。
 
「私、実質セミプロのようなものなので」
と言って私は微笑む。
「今日は、ゲストコーナーで歌う、篠田その歌ちゃんの伴奏なんですよ」
「あ、そうだったんだ! って何の楽器するの?」
 
「私、その歌ちゃんのヴァイオリニストです。音源製作では毎回弾いています。ただし今日は変則編成なのでピアノを弾きますが」
 
「へー! ヴァイオリンとかピアノとかやるんだ?」
「どちらも自己流に近いんですけどね」
「自己流で、音源製作の伴奏ができるほどうまいというのは凄いよ。あ、篠田その歌ちゃんは、○○プロだから、津田民謡教室とは関連が深いね。洋子ちゃんもそれなら実質○○プロ所属に近い形?」
 
「まあ、津田先生が○○プロの元専務ですからね。でも実際両者は業務的にはほとんどつながりは無いんですよ。確かに民謡教室から○○プロに移ってCDデビューした民謡歌手は数人いますけど。私ほんとに、こないだも言ったようにどことも契約してないんです。もっとも事務所も伴奏者やダンサーとわざわざ契約しませんけどね」
 
「確かに、確かに。そもそもこの業界は口約束で済ませているものが多すぎる」
 
「まあ、それでたまに揉めますけどね」
「ほんとほんと」
 
という感じで、途中から私たちはほとんど雑談になってしまった。
 

この日のゲストコーナーでは3人の歌手が歌い、篠田その歌はその中の3人目だったのだが、この時、ちょっとしたハプニングが起きた。
 
篠田その歌のバックバンドは「ポーラスター」といい本来7人編成なのだが、今日はギターでリーダーの杉山さんと私、それにほとんどライブに参加できない私の代わりにいつもライブでヴァイオリンを弾いてくれている田崎さんという人の3人で来ている。それで私はキーボードに回っていた。
 
Aメロ、Bメロ、Aメロ、サビ、と演奏して次は間奏に入った所。最初に杉山さんのギターソロが入り、その後にヴァイオリンのソロも入るのだが、ギターソロがもうすぐ終わろうとした時、
 
田崎さんが転んじゃった! スカートが派手にめくれてカメラが慌てて向きを変える。
 
どうもステージに多数走っているケーブルに靴のヒールが引っかかってしまったようだ。
 
私はとっさに右鍵盤をヴァイオリンの音に切り替えると、本来ヴァイオリンで演奏されるべきソロパートをエレクトーンの右手で演奏した。杉山さんがびっくりした顔をしていたが、私はほとんど顔色ひとつ変えずに弾いていた。その間に田崎さんも立ち上がり、こちらに会釈して、間奏が終わった所から普通の伴奏を再開する。
 
篠田その歌は一瞬ビクッとしたようであったが、何事もなかったかのように、また歌い続けた。
 

歌が終わった所で、司会者が篠田その歌に尋ねた。
 
「なんか今伴奏の人が途中で転びましたが」
「パフォーマンスです。今パンティの柄が見えたという人は何の柄だったか書いて送ってきて頂いたらサインを」
「え?」
「なんて企画はしませんからビデオを何度も再生して確認しようとしないように」
 
とその歌は笑顔で答えた。
 
この事件はテレビを録画したmpeg動画が結構ネットに貼られてちょっとした話題になっていた。実際にはパンティの柄は判別できなかったようであった!?でも本当にハガキを送ってきた人がいたらしい!
 

席に戻ると、白浜さんから言われた。
 
「洋子ちゃん、とっさの対応が凄い!」
「まあ、ステージ上では色々なことがありますから。私、民謡のステージは子供のころからたくさん経験しているから、たいがいのことには対処できると思いますよ。一昨年は松原珠妃のライブで殺人未遂までありましたからね」
 
「・・・あのステージにいたの!?」
「あれで私、ヴァイオリン壊されちゃったんですよねー。代わりの買ってもらいましたけど」
「あの時の、松原珠妃を守ったヴァイオリニストが洋子ちゃんだったの!?」
 
テレビで生放送をしている会場なので大きな声は出せないが、白浜さんは驚いたように言った。
 
「だって、あそこで松原珠妃を守ったヴァイオリニストはその怪我が原因で亡くなったと聞いたのに」
「この通り、生きてます。だいたい、死んでたら殺人罪が成立してるからJは今頃服役してますよ」
 
と言って私は笑っておいた。
 
「Jちゃんは何してるんだろ?今?」
「高校生です。フリースクールに通っています。あの子、学校の勉強とか何もせずに歌手やってたから、それからやり直しと言って。フリースクールには、けっこう挫折を経験した子が多いから、それでああいう大事件起こした子でも周囲に受け入れてもらっているみたいですよ」
「へー」
 
「大検受けて、大学に行くんだと言ってました。看護師の資格を取りたいらしい」
「かえっていい看護婦さんになるかもね」
「ええ。頑張って欲しいです」
 

白浜さんは12位だった子に名刺を渡して勧誘をしていた。しかしその子は他のプロダクションの人にも目を付けられたようで結局5枚ほど名刺をもらって、「どうしよう?」といった顔で、名刺の束を眺めていた。
 
「他のプロダクションからも勧誘されてるかも知れませんけど、取り敢えず適当に話を聞いて、それからどこが自分の好みに合うか考えればいいですよ」
などと白浜さんは改めてその子に声を掛けて言っていた。
 
「洋子ちゃん、今日はこの後、用事とかある?」
と白浜さんが訊く。
 
「えっと。夕方からコンサートマスターをしている中高生のオーケストラの練習に顔を出すことにしていますが」
「コンサートマスター!?」
 
「本来のコンサートマスターは別にいるんですけどね。その人が実際の演奏会では指揮をするので、私は団員ではなくエキストラなんですけど、客演コンマスということで、コンサートマスターの代理をするんですよ」
 
「すごーい! そうか。ヴァイオリンを弾くんだったね?」
「はい」
 
「そちら何時?」
「練習は18時からですが」
「だったら、まだ時間あるよね。ちょっとうちの事務所に来てくれない?」
「えー!?」
 

ということで私は、半分拉致られるようにして、&&エージェンシーに連れて行かれてしまった。
 
社長の斉藤さんに引き合わされる。
 
「この子、物凄くうまいんですよ! ちょっとこの子の歌を聴いてもらえませんか?」
などと白浜さんが社長に言っている。
 
私はポリポリと頭を掻き、事務所内の簡易防音室でキーボードを借りて保坂早穂の『ブルーラグーン』を弾き語りした。
 
最初コーヒーを飲みながら聴いていた社長さんが途中で目を見開き、こちらを見ている。うーん。こういうの快感!!
 
歌が終わると、社長も白浜さんも凄い拍手をしてくれた。そして社長が言った。
 
「ね、君。契約金3000万円でうちと契約しない? レコード会社は★★レコードでも◎◎レコードでも%%レコードでもいいよ。君のその歌い方なら★★がいいかも知れないな。あそこ、自由にさせてくれるから、個性を潰さない。作曲家も誰か大物に依頼しよう」
 
「済みません。私はまだ修行途中なので。自分でもう少し満足できる歌い方ができるようになるまでは歌手にはならないつもりです」
と私は正直に答える。
 
「君、それだけ歌えるのに、まだ不満なんだ?」
 
「私、小さい頃から松原珠妃に歌を教えられていたんです。ですから彼女に馬鹿にされない程度には歌唱力を付けてからでないとデビューできないと思っています」
 
「松原珠妃! あれが基準か! それは厳しくなる訳だ! じゃ君もζζプロからデビューするつもりなの?」
 
「いいえ。兼岩会長からは度々勧誘されているのですが、松原本人がζζプロには来るなと言っています。他のプロダクションからデビューしてくれないと、純粋にライバルとして戦えないからと」
 
「確かに、その方がお互い高め合えるのかも知れないね。保坂早穂と芹菜リセみたいな感じかな?」
「そうですね。私たちも姉妹みたいなものだから」
「でそれだったら、ホントうちに来ない?」
 
「すみません。もう少し実力を磨いてから考えさせてください」
「分かった。君、それじゃ特に今はどことも関わり無いの?」
 
「そのζζプロの谷崎潤子と、○○プロの篠田その歌の音源製作でヴァイオリンを弾いてますし、$$アーツのドリームボーイズのバックで、バックダンサーをしています。他に民謡の大会とかでよく三味線の伴奏をしています」
 
「なんか色々やってるね!?」
「スタジオミュージシャン兼B級アイドルだね、とドリームボーイズの蔵田さんから、よく言われています」
 
「あはは、なるほど。しかしバックダンサーということは踊りもうまいんだ?」
「小学生の頃、少しバレエしていたもので」
「へー! 何かちょっと踊ってみてよ」
「はい。何か音楽頂けますか?」
 
と言うと白浜さんは、この事務所の中堅歌手・横芝光のCDを掛けた。その曲に合わせて創作しながら踊る。
 
「うまいね!君!」
「ありがとうございます」
 
「ね、ね、君、明日の夕方とか時間空いてる?」
「えーっと・・・」
 
「明日の夕方、横芝光のライブがあるんだけどさ、そのバックダンサーとかしてみない?君、それだけ踊れるなら即戦力だよ」
 
「明日は日中、民謡の発表会で三味線伴奏をするので、そちらが15時くらいまで掛かるんですけど」
 
「横芝光のライブは18時からだから問題無い」
「それにそもそも振り付けを知りませんが。今のも適当に踊ったものですし」
 
「ああ。それは参加する子みんな知らないから大丈夫。リーダーの子の動きを見ながら、それに合わせて踊ってもらえばいいし、多少違う動きになっても愛嬌」
「あははは」
 

8月19-21日。私はドリームボーイズのアルバム用のPV撮影のため、伊豆白浜に赴いた。ダンサーチームも常連の、葛西さん・私・松野凛子さん・竹下ビビさん、の4人が全員参加。それに最近加わった花崎レイナさん、鮎川ゆまさん、今回初めての参加になる高崎充子さんの7人。
 
この高崎さんは後にマネージャー業に転じてAYAのマネージャーになった人である。当時は芸能スクールに通いながら歌手デビューを夢見る女子大生であった。
 
ちなみにこのメンツで私の性別を知っているのは葛西さんと松野さんの2人だけである。
 
なお、もうひとりの常連の梅川アランさんは5月に出産して現在産休であった($$アーツと契約は結んでいなかったものの、たくさん貢献しているからということで年内一杯産休手当をもらっている。赤ちゃんはみんなで見に行った。彼氏とは出産直前に籍を入れたが彼も驚いていたらしい。アランのお父さんは無茶苦茶怒ってて平身低頭だったらしいが)。
 
19日の夕方都内で集合してから、ダンスチームと撮影スタッフはマイクロバスで移動して下田市内に泊まった。そして早朝伊豆白浜に入る。
 
同じ白浜でも南紀白浜と違って伊豆白浜は観光客が少ない。人が少ない分美しいビーチが保たれている面もあるが、とにかく人が少ないのはPV撮影には嬉しい条件で、しかもお盆が過ぎて人が少なくなった海岸を使うというのがミソだ。
 
一応ビーチの一郭を貸し切り、早朝から夕方までひたすら踊った。衣装は曲ごとに変えたのだが、いつものようにボディコンとか、今回はビーチということでビキニも入ったし、リゾートっぽい衣装にミニスカというのもあった。
 
ドリームボーイズのメンバーは当日朝の新幹線と伊豆急で下田まで来て、午後からの参加となり、13時頃から16時頃まで、実際にドリームボーイズが演奏しているバックで私たちも踊っている所の撮影を行ったが、ドリームボーイズがホテルに引き上げた後も、私たちは夕方までひたすら踊った。
 
さすがにくたくたになった。
 
それから、上旬の陸上部合宿でついた水着の跡がやっと消えかけたかと思っていたのに、これでまたしっかりビキニの跡がついてしまった! とても親には見せられない。
 

疲れ果てて下田のホテルまで戻ったら、ホテルのロビーに何と静花が居た!
 
「どうしたの?仕事?」
とお互い声を掛け合って笑う。
 
「私はテレビの番組の撮影で来たのよ。凄く美味しい懐石料理頂いちゃった。もう終わったから後泊してから帰るんだけどね」
 
「わぁ、凄い。後で放送日教えて」
「うん。分かったらFAXでも流しとくね。冬は?」
 
「ドリームボーイズのPV撮影。今日は朝5時から夕方5時まで休憩をはさみながら半日、ひたすらダンス。さすがに疲れた」
「おお。でもそれだけ踊り続けられる体力が付いたんだね」
 
「最近かなり水泳やってるんだよ。それで持久力が付いてきた」
「歌手の全国キャンペーンとかもだいたい過酷な日程だからさ。ほんと体力しっかり付けとけよ」
と静花は言う。
 
「うん、頑張る」
 

そんな立話をしていたら、ちょうどレストランから蔵田さんが出てきた。
 
「お、ナノとピコが揃ってる!」
「おはようございます、蔵田先生」と静花が挨拶する。
 
「頂いた曲、シングル『硝子の迷宮』もアルバム『幻の歌』もとっても好調で嬉しいです。『鯛焼きガール』に続いて素敵な曲を書いて下さって、ありがとうございます」
 
「まあ、『夏少女』で少し縁ができたからね。また縁があったら書くよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 
などと最初は挨拶をしていたものの、立ち話もなんだしと言われて、そのままラウンジに入ってしまう。うっ・・・これは長話が始まるパターンだ、というので私と静花は一瞬顔を見合わせた。
 
果たして蔵田さんはグループサウンズ論を語り始めた! これは凄まじく沢山ネタがある話だ。私はきゃーっと思いながら話を聞いていた。
 
それでまずはワイルド・ワンズについて熱く蔵田さんが語っていた時、私たちのテーブルの所に、葛西さんがやってきた。
 
「洋子、ちょっと、前橋さんが話があるって。って、あ!松原珠妃さん、おはようございます!」
 
(この場の序列は 蔵田>>>珠妃>>>>>>葛西>私 である)
 
「おはようございます。確か、ダンスチームのリーダーさんでしたっけ?」
と静花。
「ありがとうございます。葛西樹梨菜と申します。覚えて頂いていて光栄です」
と葛西さんは笑顔で答える。
 
「樹梨菜さん、蔵田先生の彼女ですか?」
「え!?」
「いや、今一瞬、蔵田先生との間に走った視線でそんな気がして」
 
「静花さん、その件は絶対に誰にも言わないで」
と私は小声で注意した。
「え?そうだったの。ごめんなさい」
 
「いや、でも凄い。一瞬の視線で見抜くなんて。誰にもバレたことないのに」
と蔵田さんは逆に感心している。
 
「洋子にも霊感あるなと思ったけど、珠妃ちゃんも少し霊感あるね」
「あ、それはあるかも」
と言って静花は頷いていた。
 
ともかくも、それで私は葛西さんに連れられてその場を離脱した。
 
しかし、静花と蔵田さんのおしゃべり(というか実態は蔵田さんがひたすら静花の前で話し続ける)は翌朝、9時過ぎまで15時間以上続いたらしい!
 
私はその晩ぐっすり寝て(葛西さん・松野さんと同室になったが、また夜中に葛西さんからお股をチェックされて「やはり手術済みなのね?」と言われた。もう!)、翌朝、朝御飯を食べるのに3人でラウンジに降りて行ったら、蔵田さんと静花がいる。それで声を掛けたら、夜通し話をしていたと聞いて仰天した!! 私たちが行った時は沢田研二とか大野克夫とかの話をしていたようである。
 

蔵田さんも上島先生も才能豊かなクリエイターだが、話が長いという共通点もある! ただ話し方は若干違って、上島先生はゆったりと話し、しばしば沈黙の時間(先生は何か考えている感じ)や、突然ピアノを弾いたり譜面を書いたりという時間も入るが、蔵田さんは、マシンガンのようにひたすらしゃべり続けるタイプである。
 
なお、静花はその日21日は午後から東京のテレビ局で仕事があったので、私たちが行ったのを機に「またぜひお話聞かせてください」と笑顔で言って事務所の人の車に乗り、東京に戻る車中でひたすら寝ていたらしい。
 
そして午後から出たテレビ番組で
「昨夜はどうしてました?」
と聞かれ
「昨夜は蔵田先生と伊豆のホテルで一晩語り明かしました」
 
とうっかり答えたら、ふたりはホテルで一晩一緒に過ごしたのか!? と思われて、大騒動になってしまった。
 
むろん、蔵田さんが女の子に興味がないことは知られているし、珠妃も誤解されたことに気付いて
 
「いえ、ホテルのラウンジで、周囲に人がいる所で、ひたすらおしゃべりしただけです」
とコメントして、騒動はすぐに鎮火した。
 
しかしこの事件は各局のワイドショーなどにも取り上げられ、またまた珠妃のCDセールスを押し上げたようであった。
 
なお、蔵田さんはテレビ局のレポーターにコメントを求められて
「俺、女には興味無いし、そもそも18歳未満に手を出したりしねーよ」
と笑って答えていた。
 

夏休みの終わり頃。8月28日(日)私は、小学校の時の友人、奈緒・有咲・由維と待ち合わせて一緒に近くの小さな遊園地に遊びに行った。あまり大したアトラクションも無いが、入場料が中高生400円というのは、とっても美味しい。なお、この日、私も奈緒・有咲も全く色気のない体操服であった。由維はサマードレスを着ていた。
 
バス代ももったいないし、などと言ってみんなでのんびりと歩いて遊園地まで行っていたら、途中でヴァイオリンケースを抱えた若葉とバッタリ遭遇する。若葉も何だか体操服だ!
 
「若葉って、普段はもっとお嬢様っぽい服を着てるのかと思った」
「面倒くさーい」
「その服でヴァイオリンのお稽古に行くの?」
「うん。今行ってきた所」
 
「あ、終わったんなら、若葉もおいでよ」
などと有咲が誘うので、結局5人で遊園地に入った。
 
この時、奈緒・有咲・私・若葉の4人が体操服を着ていたのだが、奈緒と有咲は●★中学、私と若葉は●▲中学の体操服で、つまり2種類の体操服に別れていた。しかし、どちらも青いジャージに黒いショートパンツという似た感じの服で、胸の所に入っている校名をよく見ない限りは区別が付かない。なお私はある理由でいつも女子の体操服を着ていたので、私と若葉は全く同じ服を着ていたことになる。また私と若葉の髪の長さは同じくらいであった。
 
さて、私たちは遊園地に入りはしたが、いきなり自販機でジュースを買って日陰でおしゃぺりモードである。
 
「若葉、小さい頃からヴァイオリンやってるよね」
と奈緒が言う。
 
「うん。小学1年の時から始めた」
「へー。私もヴァイオリンとか憧れてたけど、ピアノもまともに弾けないのにヴァイオリンなんてとんでもないとお母ちゃんから言われて、通わせてもらえなかったんだよねー。若葉、どんなヴァイオリン弾いてるの?」
 
などと言うので、若葉がケースを開けて取り出してみせる。
 
「わぁ、なんか可愛い! ね、触ってもいい?」
「いいよ」
 
「あれ、この黒い所を顎に当てるんだよね。これ左利き用?」
 
などと言いながら、奈緒がヴァイオリンを左手で持ち、顎当てを顔の右顎に当てようとして戸惑っている。
 
「それ、持ち方が全然違う」
と言って、由維が正しい持ち方をしてみせる。
 
「へー、そうやるのか。あ、そうか。由維もヴァイオリン弾くんだったね」
と奈緒。
「もう辞めてからだいぶたつけどね。音は出るというレベル」
と由維は言って、G線に弓を当て少しだけ音を出してみる。
 
「ああ、私も音は出るというレベルだよ」
と若葉は言っている。
 
「でもさすが、これ凄く良いヴァイオリンだね」と由維。
「弾く人の腕も良ければいいんだけどね。私ではちょっと可哀想」と若葉。
 
「でもヴァイオリンはまともな音を出すまでに結構掛かる」
と有咲が言い、由維からヴァイオリンを何となく受け取ると、やはりG線を弓で弾いてみせる。
 
「みんな、まともに音が出るじゃん! ちょっと貸して」
などと奈緒が言うので有咲が渡すと、奈緒はいちばん右側のE線に弓を当てて美事にノコギリのような音を出した。美味しいキャラだ。
 
「まあ、みんな最初はそんなもの」
と若葉が笑って言う。
 
「冬は?音出せる?」
などと言って、奈緒が私に楽器を渡すので、私もG線を弓で引く。
 
「うまーい! なんでみんな、そんなにきれいな音を出せるのよ?」
と奈緒は言っている。
 
「このヴァイオリン、多分300-400万円はするよね? 凄く鳴りがいい」
と私は楽器を若葉に返ししながら言った。
 
「うん、そのくらいかな」
と若葉が言うと、奈緒が
「きゃー!」
と悲鳴をあげた。
 

結局アトラクションには何も乗らないまま、おしゃべりしながら遊園地の中を咲いているお花など見ながら散歩する。すると少し歩いた先で、何かイベントをしているようであった。
 
何やってるんだろう?などと言いながら近づいて行くと、背広を着た30歳くらいの男の人が
「あ、君たちも参加しない? こっちこっち」
 
などと言われて、番号札を渡され、テントの前に案内される。
 
「何だろう? これ」
「さあ・・・」
 
などと言っていたら、そのテントの所に立っていた20歳くらいのお姉さんが
「自分の好みの花冠を付けてね」
などと言う。
 
見ると、多数の花の冠がテーブルの上に並んでいた。
 
「よく分からないけど、可愛いし付けちゃおう」
と言って、奈緒は特に飾りの無いシロツメクサの白い花冠を選ぶ。有咲は青いラベンダー、由維は黄色いパンジー、若葉はピンクのデイジーを選んだ。
 
私が「えーっと、どれにしよう?」などと言って迷っていたら、若葉が
「冬はこれが良い」
と言って、真紅のバラの花冠を取ってくれた。
 
「おお、似合いそう、似合いそう」
と奈緒も言うので、それを頭に付けた。
 

さて、何があるのだろう?と思ったら《花の女王コンテスト》と書いてある。
 
「これ、何すればいいんですか?」
と有咲がそばに立っていた女の人に尋ねている。
 
「うん。これ付けて1人ずつステージに出て行って何か芸をしてもらえばいいかな。一応危険な行為や公序良俗に反する行為はやめてね」
 
「コージョリョーゾクに違反するというと、ストリップとか?」
「危険な行為というと地球破壊爆弾を使うとか?」
「そんなの持ってるの?」
「ドラえもんを呼んで来れば」
「地球を破壊できる爆弾をなぜドラえもんが持っているのかは謎だ」
 
「コントとか落語とかでもすればいいんでかん?」
「そういうのでもいいし、歌を歌っても良いよ」
 
それで最初に奈緒が出て行き、ひとりコントをやっていたが、私たちはみんな「うーん」と悩んでいた。どこで笑えば良いか分からなかった。
 
次に有咲が出て行き歌を歌う。曲はドリームボーイズの『江戸っ娘回転寿司』
である。先週発売されたばかりの曲だが、有咲は熱心なファンなのでしっかりフォローしている。
 
次に若葉が出て行き、持っていたヴァイオリンで『ロンドンデリーの歌』を弾いた。知名度の高い曲なので、けっこう聴衆が聴き惚れている感じだった。
 
次の由維は若葉にそのヴァイオリンを借りて『G線上のアリア』を弾いた。2年くらい弾いていないとは言っていたが、やはり身体が覚えているのだろう。ちゃんと普通の演奏になっていた。
 
そして私の番である。『庭の千草(Last Rose of Summer)』を歌う。
 
「'Tis the last rose of summer, left blooming alone;
All her lovely companions are faded and gone;
No flower of her kindred no rosebud is nigh,
To reflect back her blushes, or give sigh for sigh.」
 
日本語歌詞で歌っても良かったのだが、ここはバラの花冠を付けてもらっていたので、それにちなんで Rose という単語が出てくる英語歌詞で歌った。なんだか拍手をたくさんもらってしまった。
 

取り敢えず私たち5人の出番が終わったので、ステージの前に並べられているパイプ椅子に座ってその後の出場者のパフォーマンスを見学する。やはり歌を歌う人が多い感じであった。
 
「でも、参加者が女の人ばかりだね」
などと私が言ったら
 
「だって花の女王コンテストだもん」と有咲から言われる。
「男が花の女王になったら変」と奈緒。
「出場して万一選ばれたら速攻で性転換してもらわないと」と由維。
「ボク出て良かったんだっけ?」
「何を今更」と若葉にまで言われる。
 
「ああ、優勝して性転換されたいのでは?」
「なるほどー」
 
結局40人ほど参加する、結構なイベントになったようであった。もっとも入口の所の男の人が通りかかる若い女性を捕まえてはどんどんこちらに誘導していた感もあったが。
 

やがてなんか背広を着た70歳くらいの男性がステージに上がる。何かお偉いさんという雰囲気である。
 
「それでは発表します。まず3位。18番、ヴァイオリン演奏をしてくださいました、山吹若葉さん」
「ぉぉ!」
と私たちのグループで歓声が上がる。普段あまり笑ったりしない若葉が本人も驚いたかのような顔を見せて笑顔になり、壇上に登って賞状をもらい、銅色のメダルを掛けてもらう。
 
「2位。28番。ギターの弾き語りをしてくださいました****さん」
別の所で歓声が上がっている。数人の女子高生の集団の中のひとりが2位になったようである。ワンティスの『霧の中で』を歌った人だ。確かにうまいと思った。
 
「そして1位、優勝。20番、歌を歌って下さいました、唐本冬子さん」
へ? 周囲は若葉の時以上の騒ぎになり、みんな笑顔で拍手をしている。私は頭を掻きながら檀の上に行った。何だか優勝の賞状を読まれ、おめでとう!と言われて金色のメダルを掛けてもらい、握手をする。ノリで賞状を高く掲げる。
 
3位の若葉、2位の人、そして私と3人で並んで写真に写った。年内一杯園内とホームページに掲示していいですか?と言われ同意する。あはは。誰も知り合いが見ませんように。
 
 
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1  2 
【夏の日の想い出・勧誘の日々】(1)