【夏の日の想い出・3年生の春】(1)

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「性転換手術の日程が決まりました」
 
スリファーズの春奈から、それを聞いたのはその年の3月31日だった。私はスリファーズの新曲録音のプロデュースのため、スタジオに入っていた。
 
「おめでとう!結局、どこで手術するの?」
「アメリカの病院です。青葉さんに紹介してもらったところ」
「へー。秋に伊豆の温泉に一緒に行ったのが縁だね」
「ええ。でも、青葉さんは、国内の病院に変えちゃったんですよね〜」
「あはは。春奈ちゃんは変えなくていいの?」
「国内だと病院に出入りしている所を見られて騒がれたりすると嫌だから、やはりアメリカで受けて来ます」
「それがいいかもね〜」
 
「でも、あの集まり面白いですね。1月にみなさんで温泉に行かれたのには私、参加できなかったけど」
「平日だったからね。また機会あるよ」
「彩夏と千秋も、そんな集まり見てみたかったと言ってました」
「いいよ。連れておいで。念のため和実にメールしといて。でもあの集まりも付き添いが増殖しつつあるな」
「でも天然女性と人工女性の区別が、私、つきません」
「うん。知ってないと分からないね、あのメンツは」
 
「そうそう。結局ヴァギナは作るの?」
「作ります! そしてお嫁さんになるのを目指します」
「うん。頑張ってね」
 

 
2012年4月。私たちは大学3年生になる。
 
思えば中学生の頃までは、学校生活そのものが自分の生活だった。でも高校になると、校外での活動(ハンバーガーショップでのバイト、録音スタジオでの仕事、リハーサル歌手、そしてローズ+リリー)の方がメインになってしまう。
 
考えてみると、中学の時は私は女子制服を学校で着ていたのだが、高校では校内ではほとんど着ておらず、むしろバイトに行く時に着ている感じだった。だから私の高校の女子制服姿を見ている人はひじょうに少ない。実際に女子制服を着ていた時間は高校の制服の方が圧倒的に長いのに!
 
そして大学に入ると、何だか音楽活動が生活のほとんどになってしまい、大学は「取り敢えず行ってる」という感じになってしまった。
 
3年生にもなるとみんな就職活動をスタートさせる。同じ大学でも理学部に行ってる友人の若葉や和実などは大学院まで行くので勉強に集中している感じだが、私が行っている文学部の同級生たちは、みんな就職の情報集めに大変な様子だった。中には2年生の頃から積極的に企業に接触して既に内々々々定(?)とかを取っている子もいた。
 
そんな中で私と政子は、卒業したら歌手兼ソングライター専業になるのがもう確定だったので、音楽活動自体はますます忙しくなってきていたものの、大学の講義への出席率は、かえって他の子たちよりも高い雰囲気だった。
 
しかし・・・・一時は自分は背広とか着て就活しなきゃいけないのだろうか?などというのをマジで考えていた時期もあったので、そういう羽目にならなくて済んだのは幸運だなと思っていた。政子とか若葉とかも「背広着て就活」は絶対あり得ない。それは性別詐称だ、なんて言ってたけどね。
 

4月14日(土)、私と政子は沖縄でローズ+リリーのシークレットライブを行った。ローズ+リリーの公式な公演としては2008年12月13日のロシアフェア以来1218日ぶりのステージとなった。
 
「久しぶりのステージどうだった?」
 
打ち上げの席で政子は近藤さんに訊かれていた。
 
「美味です」
と政子は笑顔で答えた。
 
「この勢いで全国ツアーなんてどう?」
とタカが言うが、政子の返事は
「パス」
 
「でも長くステージから遠ざかっていたにしては、ノリノリだったね。全然怖がってなかったみたい」
と鷹野さん。
 
「マリはそのステージが怖くなくなるのに3年掛かったんですよ」
と私が言うと
 
「ああ、そういうことか」
と宝珠さんが納得した様子で言った。
 
「まあ、リハビリたくさんしたからね。でも、もう少しリハビリしたいかな」
と政子は言う。
 
「どんなリハビリしてたんですか?」と春奈は訊くが
「秘密」と言って政子は微笑んだ。
 

打ち上げが終わってから、ホテルのスイートルームのベッドの上で、私は政子に聞いてみた。
 
「秋月さんがいたの気付いた?」
「気付いた。手を振っといたよ」
「ちゃんと会場が見えてるってのは落ち着いてるね」
「うふふ」
 
秋月さんは★★レコードの、ローズ+リリー初代担当者で、現在は退職結婚して福岡に住んでいる(現在の苗字は執行:しぎょう)。私は幕が上がってすぐに秋月さんと目が合ってしまったのだが、おそらくローズ+リリー復活ということで、町添さんが招待状を送ってあげたのだろう。
 
「おまじないも効いたのかな?」
「うん、効いたよ、ありがとう」
といって政子は私にキスをした。
 
幕が開く前、私は「おまじない」と言って政子にキスした。ざわついた客席の雰囲気を前に少し緊張していた感じの政子がそれで落ち着いて歌えた感じだった。
 

私たちはひと休みしてからシャワーを浴びて、それからベッドの中でたっぷり愛し合った。
 
少し疲れてまどろみながら、政子は私のあの付近を悪戯してる。
 
「このクリちゃんの原料って何?」
「原料って・・・・工業製品じゃないけど、元はおちんちんの先のやわらかい部分だよ。その一部を切り取ってくっつけて神経とか血管をつないでる」
「へー。一部取って残りは?」
「廃棄」
 
「捨てるのか。もったいない」
「もったいないと言っても使い道が無い」
「クリちゃんを4個くらい作るとか」
「そういう変なのは勘弁して」
 
「おちんちんの間を取っ払って、短くしたようなもんだね」
「まあそんな感じかもね」
「途中の取っ払った部分も廃棄?」
「皮とか尿道とかを使ってヴァギナを作ってるよ」
「あ、そうか」
「ヴァギナには陰嚢の皮膚も使ってるけどね」
「ああ。いろいろやりくりしてんだね。洋服のリフォームに似てるね」
「あ、趣旨は同じだと思うよ。まさにお股のリフォーム」
 
「捨てたのは、その先っぽの所だけ?」
「海綿体も廃棄だね。おちんちんの硬くなる本体というか」
「ああ、あれは使い道無いか?」
「女の子の身体で、興奮すると硬くなる所は無いから」
「うーん。。。。何か利用法無いのかなあ・・・」
 
「家畜人ヤプーでは、伸び縮みする鞭に改造してたね」
「ああ、そんなことしてた、してた。あれは面白い本だね」
「面白いの〜!?」
「え?私、笑いながら読んでたけど」
「やっぱりマーサって変わってる」
「冬もかなり変わってるけどね」
「あ、それは自覚してる」
 
「よし!少し休んだから、もう1戦やろう」
「いいけど」
「あ・・・」
 
政子は突然発想が浮かんだようで、枕元に置いていたノートとボールペンを取ると、詩を書き始めた。私は微笑んでベッドを抜け出すと、お湯を沸かしコーヒーを入れて枕元にカップをひとつ置いた。
 
政子は左手の指を三本立てて応える。「サンキュー」の略式サインである。詩のタイトルの所には『こぼれゆく砂』と書かれていた。
 
そんな感じで私たちの沖縄の夜は更けていった。
 

「えー!? 小春、沖縄のライブに来てたの?」
 
沖縄から戻って横浜・東京でのキャンペーンも終えた翌日4月17日(火)、私と政子は学食で数人の友人とお昼を食べながら話していた。
 
「うん。タダで沖縄に行けるっていいじゃん!と思って応募したら当たっちゃったのよね。まさかローズ+リリーが出てくるとは思わなかったけど」
と小春は言う。
 
「誰だと予想してた?」
「★★レコード20周年で7回のシークレットライブでしょ? 当然★★レコードの看板アーティストか、あるいは期待の新人だと思ったのよね」
「うんうん」
 
「看板アーティストといえば、サウザンズ、スカイヤーズ、AYA、KARION、XANFUS、スイート・ヴァニラズ、スリファーズ、そしてローズ+リリー。でもローズ+リリーはライブやらないからと真っ先に除外した」
「まあ当然よね」
 
「サウザンズはこの手の企画物が嫌いだから無し。スイート・ヴァニラズとスカイヤーズ、KARIONはこの日別口でライブとかキャンペーンとかの予定が入っていたから除外。となると残るは AYA, XANFUS, スリファーズ。私はAYAに期待して行ったんだけどなあ」
「あはは、ごめんねー」
 
小春はAYAの大ファンなのである。
 
「ちなみにAYAは海外に行ってたんだけどね」
「ああ、それは知らなかった。でもまさか、ローズ+リリーがスリファーズをバックコーラスに出てくるとは予想もしなかったよ。超VIPアーティストを組み合わせるなんて、とんでもない贅沢企画」
 
「まあ、嵐とキスマイの合同コンサートみたいなもんだよね」
「あ、それも絶対行きたい!」
 

「でも今小春が言った看板アーティストって、なんかお友だちが多いね」
と政子は言う。
 
「そうだね。なんか携帯に番号が入ってる人たちばかりだな」
と私は答える。
 
「へー。さすが」
「サウザンズとも交流があるの?」
「サウザンズは樟南さんの番号だけ入ってる。某所で知り合ったのよね〜」
「わあ。いいなあ」
 
「冬の携帯のメモリー件数、凄そう」
「そんなことないよ。せいぜい200件くらい」
「あれ〜?そんなもの?」
「メモリーに1000件登録してたら実際問題として目的の人を探せないよ」
「そうだよね!」
「冬は連絡頻度の少ない人は全部ワ行のタブに移動してるよね」
「ああ、その辺、きちんとメンテしてるんだ」
「うん。例えば田中太郎さんなら《わわたなかたろう》にしてワ行末尾に移動する」
「なるほど」
「超良く掛ける人はア行の先頭にまとめてあるし」
「あ、それ私もやってる」
 
「だから私の名前は『ああ愛してる政子』で登録されてる」
「おお、熱いな」
「ふふふ」
「あ、私も彼の名前『愛してる』で登録して先頭に置いてる」
「けっこうやる人いるのか」
 
「政子も件数多いでしょ?」
「私は10件くらいしか入ってないな」
「えーー!?」
「父ちゃん、母ちゃん、伯母ちゃん、彼氏、社長(須藤さん)、氷川さん、ノエル。あ、10件も無いや」
 
「冬は入ってないの?」
「それは0番に入ってる」
「だよね」
「要するに自分から掛ける所しか入ってないんだな?」
「でも番号交換したりしないの?」
 
「政子は携帯を年に1度は壊しちゃうから残らないんだよ」
と私は事情を説明する。
 
「なるほど!」
とみんな納得したようであった。政子の強烈な静電体質はみんな知ってるから携帯とかMP3プレイヤーなど、絶対に触らせない。みんな政子はきっと手榴弾なんか持っただけで爆発するよ、などと言っている。
 

「あれ、博美、何の本買ったの?」
「ああ。もしドラ。読んでみようかなと思って」
と言って、博美が本屋さんの袋から小説を取り出す。
 
「なんか長い名前ね」
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」
「寿限無みたいな名前だ」
 
「え?もしドラって、そんなのの略称だったの?」
「何の略称だと思ってたの?」
「もしもドラえもんがいたら、の略かと思ってた」
「なぜドラえもん!?」
「いや、ドラって言ったらね〜」
 
「私は『もしドラ焼きが』の略かと思ってた」と政子。
「さすが食の達人」
 
「でも、もし何とかって考えると楽しい時あるね」
「もしもボックスの世界だね」
 
「あそこまで画期的でなくていいけど。もし松潤から私に電話があったらとか」
「へー、潤担なの?」
「けっこう、そうかも。間違い電話でもいいから無いかなあ」
 
「でも今みんな携帯のアドレス帳で掛けるから間違い電話ってまず無いよね」
「たしかに〜」
 
「やはりあれだな。もしもローズ+リリーが新宿都庁前を裸で歩いてたら、とか」
「それ捕まる〜」
「謹慎1年だな」
「じゃ、水着で」
「それでも職質されるよ」
 
「もしもローズ+リリーが新宿都庁前でいきなりキスしたら、くらいじゃない?」
「それやるなら都庁前よりアルタ前がいい」
「アルタ前だと多少奇行しても目立たないからなあ」
「とんでもない人が多すぎるよね、あそこ」
 
「でもやはりローズ+リリーには歌ってもらわなくちゃ」
「もしもローズ+リリーが新宿アルタ前で路上ライブしたら、だね」
 
そんな話になったら政子が
「ああ。路上ライブか。いいなあ」などと言い出す。
「やる?」
「いや、ローズ+リリーが路上ライブやったら、大混乱になるよ。以前郷ひろみが渋谷でやって書類送検されたでしょ」
「そうだなあ・・・・」
 

そんな話をした日の午後、私は福岡の秋月さん(旧姓)にも電話を入れた。
 
「どうもご無沙汰しておりまして」
「町添さんから『新生ローズ+リリー』は君が育てたようなものだから、ぜひ見に来なさいって招待状と、町添さんのポケットマネーで沖縄への往復航空券までもらっちゃって」
「見てもらって嬉しかったです」
 
「町添さんが言ってたのよ。当時はそういう話まで、私は聞いてなかったんだけど。須藤さんが作ったローズ+リリーは例の事件で終わってしまったんだ。今ふたりが名乗っているローズ+リリーはあの事件の後で、マリちゃんとケイちゃんがふたりで改めて作った新生ローズ+リリーで、それを育てたのは私だって」
 
「ええ。まさにそうです。花謡子さんには、例の事件当日もマリにずっと付き添ってもらったし、1月末の秘密外出のお手伝いもしてもらったし。あの伊豆のキャンプ場で、新生ローズ+リリーが生まれたんですよ」
「うんうん、そんな気はしてた。それまでは何度かマリちゃんち訪問しても、なんか意気消沈した感じでボーっとしてたのが、あの後は元気なマリちゃんに戻ったから。やはりマリちゃんとケイちゃんの絆って大きいんだなと思ったし」
「そうですね。もっともマリはいつもボーっとしてますが」
「確かに!」
 
「でもケイちゃんも、それまでは女装歌手だったのが、あの後は本当の女性歌手になったんじゃない?」
「ふふ。そんな気もします。私にとってもマリにとっても、破壊と再生の日々だったんですよ、あれは」
 

その日の夕方、私はいろいろ溜まっている事務的な手続きを片付けるのに、学校が終わってから、事務所には行かずにまっすぐ★★レコードに行った。(必要な書類は昨日事務所から持ち出している)
 
氷川さんと話して、請求書その他の処理をして明日から始まるローズ+リリーの新曲(恋降里など)音源制作の簡単な打ち合わせをした後、加藤課長・町添部長にも挨拶して、帰ろうとしたら、KARIONの3人がマネージャーの三島さんと一緒に入ってきたのに遭遇する。
 
取り敢えず和泉とハグした後、少し立ち話していたら、南さんが立って来て、
「次のシングルとアルバムの打ち合わせですよね。(KARION担当の)滝口が少し遅れているので代わりに少し話していてくれと頼まれています。あ、ケイさんも良かったらどうぞ。お茶とケーキ持ってこさせますから」
 
などということで、ノリでそのまま一緒に会議室に入った。課の若い女の子がコーヒーとケーキを持ってきてくれた。
 
「そうそう。ローズ+リリー、ライブ復帰おめでとう」と和泉。
「ありがとう。本当にファンをお待たせしてしまって」と私。
「3年ぶり?」
「そうなんだよね。ローズ+リリーの公式な公演としては2008年12月13日のロシアフェアでのステージ以来、1218日ぶり。3年と123日」
 
「それだけブランクがあったら、ファンだったけど・・・って人もいるだろうね」
と和泉は遠慮しない感想を言ってくれる。
 
「そう思う。だから、これが私とマリの再出発だよ。今回は1000人の観客相手でしかも、ローズ+リリーが出るとは知らずに、無料で集まってきた人たちだから。今年中には、ちゃんと告知して有料でのライブをやりたいね。それも最初は100人とか200人からかも知れないけど、3年後くらいには3000人か5000人集めたい」
と私は言ったが
 
「いや、いくらブランクがあってもローズ+リリーは今すぐ1万人行く」
と和泉は言う。
「そうかな?」
「僕もいづみちゃんの意見に賛成。むしろ復帰記念2万人コンサートとか企画したい」
と南さん。
 
「済みません。マリがまだそこまでの大会場には対応できないみたいで」
「うん、そうみたいね。でも3000人くらいは大丈夫でしょ?」
「微妙な線ですね」
 
「あ、そうそう。土曜日のライブ、私たちも見たからね」と和泉。
「えーーー!?」
「2階席の後ろの方で、目が合わないように気をつけてた」
 
「だって、あの日、KARIONもライブやったでしょ?」
と私は戸惑いながら訊く。
 
「そそ。夕方からね。でもそちらが那覇市で、こちらが宜野湾市で、すぐ近くだから。南さんからシークレットライブの話を聞いて、それは敵情視察に行こうよと言って、午前中にリハやって午後は会場を抜け出して見に行ってきた」
と和泉。
 
「凄っ!」
「私たち3人とTAKAOさんの4人で。TAKAOさんが運転手役もしてくれたんだけどね」
「なるほど」
 
「見てたら凄い盛り上がってるし、ケイもマリちゃんも乗ってるし、これは絶対負けられないってんで、こちらも気合い入ったよ」
と和泉。
 
「特に、和泉とマリは凄いライバル意識あるみたいだしね」
と私が言うと
「ケイちゃんを巡る三角関係だよね」
と美空。
「また、そういう変な噂立てないでよね〜」
 

「ケイちゃんたちは、翌日はどこか行ったの?」と美空が訊く。
 
「朝の便で東京にトンボ返り。横浜でキャンペーン」
「慌ただしいね」
「そちらはどこか行った?」
 
「日曜の午後の便で東京に戻るからというので、午前中に玉泉洞に行ってきたよ」
と和泉が答える。
 
「ああ、名前だけは聞いたことある」
「近くには珍珍洞ってのもあるらしいね」と美空が言うと
「その近くには満満洞というのもあるんだよ」と小風。
「ちょっと、ちょっと、何よ?そのネーミング」と私は笑って言う。
「実際に洞内にそんな形の鍾乳石があるんですよ」と南さん。
「へー!」
 
「で、玉泉洞なんだけど、金色の鍾乳洞なのよね。なんか凄かった」と和泉。
「へー。私も一度行ってみたいな。写真とか撮った?」
「えーっと、こんなものかな」
と言って和泉が携帯に入れている写真を開く。
 
「ほほぉ、こんな色なのか」
「ちょっと面白いでしょ」
「鍾乳石も石筍もこの色だからさ、やはり不思議な感覚」
「なんかこれ持って帰ったら、金でも出てこないかなと思っちゃう」
「自然破壊しないように。金は入ってないと思うよ」
 
「でも、あの景色に感動しちゃって、私詩を書いちゃったよ」
と和泉。
「ふーん。ちょっと見せてくれる?」
 
「あ。これこれ」
と和泉は自分のノートパソコンを開いて、詩を見せる。和泉は詩を直接パソコンに打ち込むタイプである。いつもパナソニックの小型ノートを持ち歩いている。
 
「ふーん。。。『金色の石たち』か・・・・」
 
詩を読んでみると「金色の石」というのはモチーフに過ぎず、内容は恋歌である。ただ、あまり和泉らしくない詩だと思った。いつもの彼女の詩は平易な言葉で、淡々と純情乙女という感じの気持ちを歌っているのに、この詩は高揚感があって、しかも積極的である。よほど美しさに感動したのだろう。
 
「気に入ったならメールしようか?」と和泉。
「うん。でもタイトル変えちゃおうよ」と私。
「どう変えるの?」
「金色のペンダント」
「へー!」
 
南さんや三島さんが不思議そうな顔をしている。
 
「ケイちゃん、和泉ちゃんの書く詩に興味があるんだ?」
「ええ。ライバルですから」
 
と言って私は微笑んだ。
 
「それなら、一度、森之和泉作詞・ケイ作曲なんてコラボ考えてもいいかもね」
と南さん。
 
「いや、それやったら、水沢歌月さんに嫉妬されちゃうから」
と私は笑顔で答えた。
 
「マリちゃんにもでしょ?」と小風。
「そうそう! 個人的にはそちらが怖い」
「拷問されちゃう?」と美空。
「なぜ、そういう私たちのプライベートなことを知ってる?」
「マリちゃん本人が結構しゃべってる」
「もう・・・」
 

明日からゴールデンウィークという4月27日(金)の深夜。都内某駅前。近くに繁華街があるので、夜遅くというのに若い人の通行が絶えない。そこに突然
 
「こんばんはー! ローズ+リリーでーす」
という声が響く。
 
「え?」という感じでそちらを見る人が多数。しかしそこには紙で作った、ケイとマリの顔写真を印刷したお面を頭にかぶった、女の子2人(小春と博美)が立っていて、ひとりはアコスティックギターを首から提げている。ふたりのそばに白木の箱のようなものが置かれていて、その隣には小型のスピーカーもある。
 
そちらを見てしまった通行人から一瞬笑いが漏れるが、小春は
「それでは『影たちの夜』行きまーす」
と言ってギターを弾き始める。博美はそばにあった白木の箱に座って側面を打ち始めた。ドラムスのような音が出る。「ああ、カホンか」という声が通行人から漏れた。そして前奏が終わった所で・・・・
 
通行人の中に紛れていた私は政子の手を握って合図し、帽子で隠したヘッドセットのマイクに向かって少し小さな声で『影たちの夜』を歌い始めた。
 
小春の案だった。
「1年前のクリスマスの時、冬たちXANFUSと二人羽織したじゃん。あれやろうよ」
 
ということでギターとカホンで演奏しているのは小春と博美なのだが、歌は口パクで、実際に歌っているのは、私とマリなのである。
 
聴衆は、まがい物と思ったら意外に歌がうまいので、へー!という感じで見てくれている雰囲気である。1曲終わった所で拍手が来る。
 
「ありがとうございます。次は『神様お願い』」
と言って2曲目を歌い出す。
 
政子は1曲目終了で拍手が来たことで、何だかとても嬉しそうにしていた。私と政子は実は震災の後、東北でかなりの数のゲリラライブをしてたのだが、だいたい小さな町とか、都市でも周辺部とかでばかりしていたので聴衆は30〜40人くらいということが多かった。ここは深夜なのにあっという間に50〜60人を超えてしまった。さすが東京である。
 
小春たちの演奏に合わせて、私たちは超ヒット曲『神様お願い』を歌う。聴衆が手拍子を打ってくれる。聴衆がますます膨らみ始める。私はちょっとヤバいかなというのを感じ始めた。
 
歌が終わると拍手とともに歓声が上がる。観衆が興奮している。マリも隣で昂揚した顔をしている。気持ち良さそう!私も気持ちいいけど、マリにこういう感覚を体験させるのは大きい。
 
「ありがとうございます。この曲、みんなたくさんダウンロードしてくれたので、たくさん被災地に寄付することが出来ました」
と小春は私が言いたいことを代弁してくれる。
 
この曲の売上げは全額を岩手県・宮城県・福島県に寄付したのである。
 
「それでは次は『花模様』。この曲は実はフォアローゼズを飲みながら書いた曲なんです。歌う時も何か一杯やりながら歌いたいですね」
などと小春のMCは好調だ。
 
小春のギターと博美のカホンの前奏が始まる。そして私たちが歌い始める。聴衆はどうも100人を超えた感じ。そろそろ限界かなというのを感じ始めた時、向こうから警官が2人来るのに気付く。あーあ。
 
警官は小春たちに近寄り、何か言おうとしたが、聞こえてくる曲を聴いて、その動作を停めてしまった。顔を見合わせて曲をそのまま聴いている感じである。
 
そして警官が来てから2分ほどして演奏が終了。拍手がわき上がった所で警官は「ちょっと君たち」と声を掛ける。
 
「はい」
「道路使用許可は取ってる?」
「あ、済みません。取ってません」
「じゃ、ここで演奏はできないよ」
「ごめんなさい。退散します。聴いてくださったみなさん、ありがとうございました!」
 
聴衆から暖かい拍手が来た。小春はギターをギターケースに入れ、博美もスピーカー(約1kg)をバッグに入れて肩に掛け、カホン(約3kg)もケースに入れて手に持ち、駅の方に向かう。警官がふたりに何か言ったようだった。
 
政子は物凄く満足そうな顔をしていた。私は政子の唇にキスをしてからふたりの後を追った。カホンは私が持つ。
 
「ありがとう。結構楽しめた」と私。
「ううん。こちらも面白かったよ」
と言いながら、小春は頭の上に乗っけていたお面を取る。
「せっかく練習した『恋座流星群』まで演奏できなかったのは残念だけどね」
 
ふたりはこのパフォーマンスのために、二週間近く一所懸命練習してくれたのである。
 
「警官が最後に何か言ってたけど、何言われたの?」
「お疲れ様。君たちうまいね、だって」
「へー」
「警察も仕事だから止めさせるけど、結構優しいんだね」
「たぶんあまり繰り返してると誓約書とか書かされるのかも」
 
「でも道路使用許可って、申請すれば取れるもの?」
「まず無理」
「じゃゲリラでやるしか無いのか」
「そうなっちゃうね」
 

翌日。私と政子は東京近郊の遊園地に来ていた。ここでアニメ番組「エンジェル・リリー」のイベントが行われるのである。そのテーマ曲を歌っている関係で、私たちとAYA、それに伴奏のスターキッズのメンバーがこの遊園地に集まった。
 
イベントはアニメキャラのかぶり物をした俳優さんたちが、ミニ劇を繰り広げるのだが、その劇の幕間に、私たちは出て行き、このゴールデンウィークのイベントのために作った曲「Angle R-Ondo」を初披露した。
 
この曲は「ロンド形式の音頭」である。
 
ロンド形式なので、Aメロ、Bメロ、Aメロ、Cメロ、Aメロ、Bメロ、Aメロ、という形で作られていて、そのAメロ自体が音頭の様式で作られている。
 
最初のAメロはAYAが「音頭取り」になって「はぁ〜、エンジェル可愛いや」
などと歌い出す。そしてそれに、私とマリ、宝珠さんの3人で唱和していく。
 
Bメロはみんなで一緒に歌う。歌い方自体をAメロとは変える感じだ。
 
Bメロが終わると今度は私が音頭取りになって先にAメロを歌い、それにAYA,マリ,宝珠さんが唱和する。
 
こんな感じで、3回目のAメロは宝珠さんが音頭を取り、最後のAメロはマリが音頭を取って歌った。
 
覚えやすいメロディーなので、2回目からは一緒に歌い出す子供たちがいて、4回目の頃はかなりの子供たちが一緒に歌ってくれた。
 
その後、今度は『天使に逢えたら』の4ボーカル版を歌って、私たちは下がった。
 

「なんか楽しい音頭ですね。このまま盆踊りに使いたいくらい」
と◇◇テレビの諸橋さんが言う。
 
「この曲全曲演奏すると30分くらい掛かりますから、たくさん踊れますよ」
「えー!?」
 
「歴代のエンジェル30人分の歌詞をマリが張り切って書きましたから。今日披露したのは今年出てきた4人のエンジェルの分ですけどね」
 
「ひゃー。これぜひCD出しましょう。ゴールデンウィークだけの限定はもったいないです」
「いいですね。せっかく書いたし」
 
そういう訳でこの曲は、同じく演奏に30分ほど掛かる『シャドウ変装曲』と組み合わせて7月に発売され、各地の盆踊りでかなり流されることになる。そして「エンジェル・リリー」シリーズが毎年ずっと放映されるため、この音頭も毎年盆踊りで流され、ロングヒットとなるのである。(政子は毎年、新しいエンジェルのための追加歌詞を書き、それを追加した改訂版CDも毎年出続けた)
 
なお『シャドウ変装曲』の方は、形式的には変奏曲で、多数のバリエーションで繰り返されていく曲なのだが、メインメロディーを取るのが歌声9種類、楽器9種類となっている。エンジェルたちの対抗組織シャドウの怪人たちが変装していくように、音楽も変身していく。各楽器や声の特徴を活かしてメロディーや伴奏も少しずつ変えているので、この曲の作曲編曲に私は一週間ほどかかった。
 

5月1日。連休の途中に2日間はさまった平日の初日。全国の書店とオンライン書店で『中田マリ詩集1 闇の声』が発売された。
 
マリが書いた「かなり暗い詩」を集めた詩集で、本の帯には大きな文字で「心が疲れている人は絶対に買わないでください」という注意書きが付いていた。
 
マリがひじょうに暗い詩を書くことは、以前から一部のファンには知られていた。その一端を見せたのが昨年秋のアルバム『Long Vacation』に収録された『夢物語』である。その曲をアルバムに収録するに当たっては、このまま出したら絶対に自殺者を誘発するとタカや宝珠さんが心配し、マリの許可を得て、私が詩にかなりの手を入れ、危ない単語をソフトな表現に改めてリリースしたのである。
 
それでも「この曲怖い」という感想が結構聞かれた。
 
しかしあの曲の歌詞はまだ「生やさしい」のである。
 
怖いという感想があったとともに、この世界は凄い!という感想もあり、ぜひマリちゃんのこの傾向の曲を出してください。曲で出すのが倫理的に困難なら詩集でも出してくださいという声が多数★★レコードに送られてきた。
 
そこで私たちは心理学者なども交えて会議をして、比較的危険度の低い詩を19篇と、最後に1個だけ、救いのある詩1篇を入れた詩集を刊行することにした。(この会議をするのに、私も氷川さんもマリの詩を100篇ほど読んだが、読んだだけで、かなり鬱な気分になった)
 
ただ内容が内容だけに、詩の一部をネットで公開して注意を促すとともに帯にも注意書きを付けたし、中学生などが買いにくいように、わざと高い価格を設定した(その分良い紙を使っている)。表紙は私が描いた幻想的なイラストで、おどろおどろしい雰囲気を主張している。また買ってから後悔した人は返送してくれれば手数料を引いて返金に応じますという対応にした。実際返金を希望してきた人が数十人居たが、それでもこの詩集は最初の1ヶ月で3万部も売れたのであった(初日に売り切れたので慌てて増刷した)。
 
ほんとに自殺者が出ないかと私たちは心配したのだが、読んだ感想を送ってきてくれた人たちの声をみると、恋愛や仕事、また人間関係のストレスなどで落ち込んでいたという人が多く、この詩を読んで強く共感した、ひとりだけで闇の中にいた気分だったのがマリちゃんと一緒にこの闇の中にいる気分になれたなどと書いている人もあった。
 
そういう状態の人に必要なのは励ましではなく共感や連帯感なのだということを私たちは改めて認識したのであったが、私たちは「疲れている人は買わないで」
という注意文句は逆効果であったことも認識した!
 

この年の5月。私は作曲編曲や譜面の調整で多忙だった。
 
翌月前半にローズクォーツの『Rose Quarts Plays Latin』の録音、後半にはローズ+リリーの《Last Memorial Album》の録音が予定されていた。またそれと並行して、毎日夕方から21時くらいまでのスケジュールでスリファーズのアルバムの録音も設定されていた。
 
ローズクォーツの方は既存の楽曲を、ローズクォーツ用にギター・ベース・ドラムス・キーボードとツインボーカルに編曲するだけだが、聴いてくれる人が楽しんでくれるよう、色々仕掛けを作るのに結構頭を悩ませた。
 
ローズ+リリーのアルバムも曲自体はだいたいできているものの、それを魅力的なサウンドに仕上げるのに、多少Cubaseを使って打ち込んだ状態を聴いてみたりしながら調整していた。しかしスリファーズのアルバム用の曲はこの時期に政子と2人でひたすら書いていた。
 
この他、テレビアニメの関連で『Angel R-Ondo/シャドウ変装曲』の録音を5月末に予定していた(AYA,スターキッズとの共同作業になる)。
 
更に実は私は密かにKARIONの曲も書いていたが、KARIONは5月下旬にシングル、6月1ヶ月掛けてアルバムの録音を予定しており、私はそのための曲も作っていたし、当然編曲もして、更には確定したスコアに基づいて、私の担当パートであるキーボード演奏の部分を密かに知人のスタジオで収録したりもしていた。
 
(ローズクォーツの録音は新宿のUTPが借りているスタジオで行い、ローズ+リリーの録音は青山の★★レコード系のスタジオを借りて行い、スリファーズの録音は赤坂にある○○プロ系のスタジオで行い、KARIONの録音は渋谷の菊水さんが勤めているスタジオで行い、私のKARION伴奏部分の収録は郊外の山鹿さんが勤めているスタジオで行う。よく考えて行動しないと違うスタジオに行ってしまいそうだった)
 
怒濤の連続録音作業は5月21日のKARIONの音源制作開始からスタートするので、私は5月前半はとにかく作曲・編曲の面で、後からやり直しなどが発生しないように、それぞれの曲に充分な吟味をしていた。
 

ところで私は昨年の秋から高校時代のクラスメイト、木原正望と恋人として交際を始めたのだが、当初は結構な頻度で会っていたのが、向こうのお母さんにも会ったりして、正式な交際になった直後から、ローズ+リリーの活動が本格化したこともあり私自身が超多忙になってしまって、なかなか会えなくなってしまった。
 
結局正望がエンゲージリングを買ってくれた(買ってくれたが私は受け取っていない)日以降会えたのは、12月のマキの結婚式で顔を合わせ、12月19日にお昼を一緒に食べ、1月9日に正望の家に泊まり、2月26日にやっと1度まともなデートしただけ。半年の間にわずか4回しか会えてないし、内2回は会っただけで、セックスしてないのである。
 
こんな状態でもし正望が占い師さんとこに行って「僕と彼女の関係はどうなっているのでしょう?」なんて訊いたら、たぶん占い師さん10人の内9人くらいは「この恋はもう終わってます」と言うだろう。
 
そんな状態に陥っていた所で、さすがに我慢出来なくなった正望が
「デートしたいよお」
と電話してきた。
 
「うーん・・・・」と私はうなる。
 
自分のダイアリーを見てみると、少なくとも7月15日までは完璧に予定が埋まっている。
 
「ごめん。7月15日まではスケジュールが詰まってる」
「じゃ7月16日にはデートできるの?」
「うーん。。。。私の予定が空いていると即、誰かが勝手にスケジュール入れてくるから、今の時点では何とも」
 
私のスケジュール帳はネット上で町添さん・津田さん・畠山さんの3人に共有されており、この3人はしばしば勝手にそこに予定を書き入れるのである。(予定が書き込まれると、一応私の所に自動的にメールが来る)
 
「フーコ、もう僕を愛してないの?」
「愛してるよぉ、モッチー」
「じゃデートしてよぉ」
 
私は悩んだ。私だって正望とデートしたい。でも時間が無い。どうしよう?
 
「ね。モッチー、今夜時間がある?」
「今夜って何時頃?」
「えっとね。今やってる作業を12時までには終わらせて送信しないといけないのよ。その後からなら」
「夜中の0時過ぎ!? 明日はどうなの?」
「明日は朝6時前、5時半くらいまでにFM局に入らないといけない。そのあと1日スケジュールが詰まってる」
「明後日は?」
「だから、私のスケジュールは今のところ7月15日まで空き無し」
 
「分かった。今夜0時すぎにデートしよう」
「データ送った後、少しやりとりがあると思うから、1時にマンションまで車で迎えに来てくれない?」
「行く。じゃ、明日はそのままFM局に送って行こうか?」
「うん。助かる。群馬県のFM局なんだけどいい?」
「群馬〜!?」
「うん。早朝から自分の車で行くつもりでいたんだけど」
「分かった。じゃ送ってくよ。ってか群馬へのドライブデートで」
「OK。ごめんね〜」
 

そういう訳でその日私はその日までに送って欲しいと言われていた KARIONの新譜『金色のペンダント』『鏡の中の私』の編曲したスコアを23時半頃にやっと完成させ、和泉に送信した。(政子は夕飯のトンカツを500g食べ、その後私と2時間ほどセックスしたあと満足げにすやすやと眠っている)
 
和泉から電話が掛かってくるので、私は防音室の中で取る。和泉からアレンジに関して何点か注文が入る。私はそれを修正してまた送信する。このやりとりを何度か続けて「OK。これで行こう。じゃ、キーボード部分の収録、よろ〜」
ということで和泉にはおやすみなさいを言った。
 
時計を見ると0時40分! 私は取り敢えずシャワーを浴びると、デート用の下着を身につけ、ちょっと可愛いめのワンピースを着て、手早くメイクをして下に降りる。正望のアクセラが待っている。助手席に乗り込み
 
「ごめんねー。待たせちゃって」
と言って、正望に熱いキスをした。
 

その夜はそのまま首都高を走って深夜のレインボーブリッジを渡った。
 
「昼の風景は豊かな大自然のある田舎が美しいけど、夜の風景はこういう大都会が美しいね」
「24時間誰かが動いている。ちょっと異常な場所だろうけどね」
 
その後、ファミレスで夜食を取ったあと
「取り敢えず群馬に移動しよう」ということで関越を北上する。正望は寝てていいよ、と言ってくれたので遠慮無く寝た。正望には悪いが徹夜明けの状態でラジオ局に出る訳にはいかない。
 
目的の市に着いたのは午前3時頃であった。車は郊外のモーテルに駐まっている。私は揺り起こされて一緒にお部屋に入り、あらためて正望にディープキスをして抱きつく。そしてそのままベッドに押し倒されて、3ヶ月ぶりのセックスを味わった。
 
最初はほんとに久しぶりだったので正望はあっという間に逝ってしまう。その後、フェラをしてあげて、再度ふつうのセックス。最後は手で逝かせてあげた。
 
そのまま正望が眠ってしまったので、私もまどろみながら、ずっと愛撫していた。
 
中学生くらいの頃、漠然とお嫁さんになれたらな、なんて思っていた。正望は私をお嫁さんにしてくれそうだけど、私には平凡な家庭の主婦はできそうにない。結婚しても、結局は今と同じような形での付き合いになってしまいそうな気がするなあというのも思う。私が御飯作ってあげてるのは、むしろ政子にだ!
 

私は正望を愛撫しながら、未来の自分を空想していた。
 
正望に優しくキスされたりしながら私は御飯を作っている。テーブルでは政子が赤ちゃんにお乳をあげながら、3歳くらいの女の子のおしゃべりの相手をしている。ああ、なんかこんなの幸せ・・・・なんて思ったりするけど、これって妻妾同居みたいな発想じゃんと思って、微笑んだ。
 
私と政子が実質夫婦としての関係を保ちながら、私自身は正望と、政子も和則君と恋愛関係を維持していることを、琴絵や仁恵は「大胆な二股」と呼んでいる。こういう関係を知っているのは、他には青葉や Elise、美智子や町添さんくらいであったが、当人同士の間ではお互いの関係は安定していたし、特にお互い嫉妬も感じていなかった。
 
でも赤ちゃんか・・・・。私せっかく一度は精子を冷凍保存したのに、ちゃんと更新しなかったな、と思って悔やまれた。高校1年の秋に若葉に協力してもらって産婦人科で自分の精子を冷凍保存したのだが、更新時期の1年後、更新しますか?というハガキが来ていたものの、ローズ+リリーで超多忙な時期だったこともあり、病院に連絡しきれなかったのである。その後、その病院からの連絡は来なかったので廃棄されたのだろうなと私は思っていた。
 
その後私はローズ+リリーの活動をしていた時期にとうとう精子が精液の中に存在しないようになってしまった。活動休止後、政子の勧めで「タック休日」を作ったら、半年くらい後に精子は復活したものの、男性機能は使わないまま、翌年6月には去勢してしまった。
 
その去勢前日に政子と1度だけ、男女間のセックスをしてしまったけど、政子が妊娠することはなかったので(妊娠してたら大変だったけど)、私は自分の遺伝子を残すことは無くなったものと考えていた。実際問題として去勢直前の頃って、夢精した時の自己顕微鏡チェックで、精子が存在することは確認していたものの、かなり活動性が悪かったので、妊娠させる能力は無かったかもという気もしていた。それは、私との子供を作ることを望んでいたふうの政子には悪くて言えなかったけど。
 
政子は自分が他の男性と結婚して産んだ子供の半分は私の子供にしてあげる、なんて言ってる。そうだよね。政子が産んだ子供なら、本当に自分の子供みたいに可愛がれるだろうしね、と思うと少しだけ心が軽くなった。
 

ラジオ局まで送ってもらう。入館証を見せて中に入り、顔見知りのディレクターさんやパーソナリティさんに挨拶。打ち合わせをする。
 
この日は15分の枠で、先月発売されたローズ+リリーのアルバム『私の可愛い人』、また発売されたばかりのローズクォーツの企画アルバム『Rose Quarts Plays Jazz』
のことをとりあげてもらった。
 
「このアルバム、マスカットとかサーターアンダギーとか、食べ物をテーマにした曲が入ってますね」
 
とパーソンリティさんがローズ+リリー『私の可愛い人』について言う。
 
「ええ。マリは食べ物大好きなので、美味しいものを食べると曲ができます。マスカットは岡山で、サーターアンダギーは沖縄で出来た曲ですね」
「では是非、群馬県の名物でも何か曲を」
「群馬の名物といったら何でしょう?」
「高崎のだるま・・・は食べられませんね」
「ああ。ファンの方から頂いた高崎のだるま、うちにありますよ。でも確かに食べられませんね」
 
「峠の釜めしとか、おっきりこみとか、ありますが、個人的には焼きまんじゅうを推薦したいですね」
「ああ、焼きまんじゅういいですね。先日も甘楽PAで食べました」
「ぜひマリさんにお土産に持って帰ってください。これ用意しておきました」
と言って目の前にドーンと焼きまんじゅうのパックが積み上げられる。
 
「おお、ちゃんと出てくるのは素晴らしい予定調和ですね」
「マリさんはたくさん食べるということをお聞きしたのでたくさん用意しておきました。取り敢えず、ケイさん1本どうですか?」
「頂きまーす。うーん! 美味しい!! このタレが何とも素敵ですよね」
「ええ。ちょっとハマりますよね」
 

ラジオ局の仕事を終えてから建物を出ようとすると、雨が降っていた。あちゃー。傘を持ってないな。駅までは300mほど。なんかタクシーを呼ぶには申し訳無い距離だ。さて、どうするかな・・・いっそあそこ行ってくるか、などと思ってバッグからメモ用紙を取り出した時。
 
目の前にすっとアクセラが走ってきて停車する。私は微笑んで助手席に乗り込んだ。
「待っててくれたの?」
「だって東京に戻るでしょ?」
「うん。ありがとう」
「放送聞いてたから。終わったからそろそろ出てくるかなと思って」
「わあ」
私は心が熱くなった。
 
「次の予定は?」
「今度は12時半までに東京麹町のラジオ局」
「じゃ、車で戻っても大丈夫だね?」
「うん。食事する時間くらいはあるかな。Hまではできないけど」
「食事パスしてH」
「いいよ」
と言って私は微笑む。
 
「今日の午後は、1時半から政子と2人で3時間生番組やるから聴いてね」
「それは録音しとかなくちゃ」
 
「ふふ。あ、そうだ。高速に乗る前にここに寄ってくれる?」
と言って私は住所を渡す。
「いいよ」
と言って正望はカーナビをセットした。
 

「焼きまんじゅう屋さんか!」
「うん。放送局の人から、マリちゃんへと言って焼きまんじゅうのパックを5パックもらったんだけどさ、この程度じゃ足りない気がして」
「あはは、政子ちゃん、ほんっとによく食べるみたいね。松山から聞いてたよ。ピザの食べ放題に行ってひとりで30切れ食べたとか」
「ああ、そのくらいは序ノ口」
 
私は焼きまんじゅうの2本入りパックを7個買い、1個は開けて正望と1本ずつ食べた。
 
「お昼食べる時間がなくなるみたいだから、1パックはお昼用ね」
「うんうん」
 
それから私たちは高速に乗って、関越を南下した。
 

私と政子は6月前半の『Rose Quarts Plays Latin』の音源制作の後、続けて『Rose+Lily after 4 years』の音源制作に突入した。Rose Quarts Plays はローズクォーツの4人と一緒にだが、after 4 years の方は スターキッズの伴奏になる。この「ローズ+リリー・メモリアル」シリーズは第1作の after 2 yearsも近藤さん・宝珠さんたちと一緒に録音したもので、昨年の after 3 years はローズクォーツの伴奏でやったが、今年はまた近藤さん・宝珠さんに戻って来たという感じである。
 
「2年前に『メモリアル・アルバム』という名前を聞いた時は、もうこれでローズ+リリーは終わってしまうのかと思って、凄く残念に思ったね」
などと近藤さんから言われる。
 
「あの時期、一応メモリアル2の制作予定はあったものの、それはもうインディーズでのリリースになるかなあ、とかも思ってたんですよね。まあ、マリがやる気を出してくれたので、ローズ+リリーも復活することができました」
と私は答える。
 
政子は「ふふふ」と笑っている。
 
もうローズ+リリーの復活という路線が確定したので、今回は春先から『ローズ+リリー・ラスト・メモリアル・アルバム』という仮題を告知している。
 

そのタイトルの件について、私は5月にローズ+リリーの『夢舞空・風龍祭・恋降里』
の発売記者会見の席で記者さんから尋ねられた。
 
「ラスト・メモリアル・アルバムということは、メモリアルアルバムはこれで最後ということですか?」
「はい、そうです」
「それは、ローズ+リリーのアルバムはもうこれ以上作らないという意味でしょうか? それとも別のシリーズが始まるのですか?」
 
「この後は通常のアルパムになるという意味です。発売時期は決まっていませんが、『Flower Garden』という仮タイトルだけ決まっています」
 
記者さんたちがメモする。
 
「ではローズ+リリーの活動は本格的に再開されるのですか?」
「本格再開はたぶん私たちが大学を卒業してからになると思いますが、今後はライブなどもある程度やっていきます」
 
「全国ツアーとかもありますか?」
「それはたぶん卒業後です」
 
「沖縄のライブは本当にサプライズでしたが、今年の次のライブの予定は?」
「まだ未定ですが、1年以内には、やります」
 

今回の「ラスト・メモリアル・アルバム」のために私たちが用意した曲は次の14曲であった。
 
『旅立ち』(上島作品)『あの街角で2008』『ウォーターエッジ〜愛の水際』
『こぼれゆく砂』『SWEET MEMORIES』(ピアノ伴奏)『ここから愛が』『バナナ』
『Period is late〜遅れてるの』『液晶の嘘』『愛の道標』『ふたりの愛ランド2012』
『あの街角で2012』『After 4 years』『wake up』
 
これまでのローズ+リリーの歴史を総決算するということから、初期の頃ライブで好評だったカバー曲、『ふたりの愛ランド』と『SWEET MEMORIES』を入れている。
 
『ふたりの愛ランド』は私たちのデビューシングル『明るい水』に収録したものをその後、伴奏を差し替えて活動休止中のアルバム『長い道』に収録し、更にそれの歌唱を差し替えて一般発売しないシングル『恋座流星群』に収録したが、今回完全に新しく録り直した。
 
演奏は明るくハワイアンっぽくしている。楽器はスティールギター、ウクレレに、ハワイアン・パーカッションを入れ、ふつうのギター・ベース・ドラムス、キーボード、サックスと合わせて演奏している。
 
ウクレレはスターキッズのリーダー近藤さんの友人で宮本さんという人が弾けるということだったので今回演奏に加わってもらうことにした。スティールギターは心当たりがいないということで、手配屋さんを通して誰か弾ける人を頼もうか、などと言っていたのだが、たまたま陣中見舞いに来たヤスが「あ、弾けるよ」ということだったので、そのまま徴用して弾いてもらうことにした。更にウリウリ・プイリ・イリイリなどのハワイアン・パーカッションについては、これもたまたま陣中見舞いに来たサトを掴まえてプイリを打たせ、私がウリウリを振り、政子がイリイリを打って演奏した。
 
この曲はクリック音を使わず、スターキッズのドラマー酒向さんのテンポキープに合わせて収録している。
 
『SWEET MEMORIES』の方は逆に私のピアノ演奏のみの伴奏というシンプルなものである。私も弾きながら歌った一発録りであるが、ライブではこの形式でセカンドアンコールをするというのを結構やったので、その再現となった。
 
『あの街角で』は因縁の曲で、元々は2009年春くらいにリリース予定のシングルに入れるはずだったのが、2008年12月のトラブルで吹っ飛んでしまった。しかしその曲の存在は知られていて、何度かその一部を披露したのだが、最終的には2010年春の鍋島先生の追悼番組の中でフルコーラスを披露。しかしCD化されないまま時が経過し、2011年7月に発売されたアルバム『After 2 years』でやっと公開することができた。
 
ただし、その正式発売の前、2010年秋に大手ミュージックダウンロードストアに登録された謎の海賊版(通称アルゼンチンアルバム)に出所不明のこの曲が収録されていたため(いわゆるブートレグ)、実際には多くのファンがその時点でこの曲を聴くことができてはいた。
 
今回このアルバムにはこの曲の2008年版と2012年版を収録した。2008年版は高2の時に私たちが練習で歌ったものを偶然録音していたものが、★★レコードの社内のパソコンの中に残っていたということで、それに打ち込みの伴奏を合わせたものである。この打ち込みも当時私が作っていたデータを、残っていた歌に合うように調整したものである。
 
2012年版はスターキッズに普通に演奏してもらったものに合わせて私たちが歌い収録した。両者を比べてみると、私にしても政子にしても、歌が進化したんだなというのも分かるが、逆に2008年頃のような歌い方はもう自分たちにはできないなというのも感じた。この2008年版と2012年版を一緒に収録した今回のアルバムを聴いたファンの意見でも、2008年版はこれはこれでとても価値がある、という声が多かった。
 

「でもこの中でいちばんローズ+リリーとの関わりが長いのって誰だっけ?」
「七星(ななせ)さんですよね」
「うん。そんな気がするね。私はケイちゃんたちが高2の時の11月の全国ツアーに参加したからね。当時、この子たちって普通のアイドルとは少し違うなって思ったんだけど、何が違うのかは良く分からなかったね」
 
「ケイが女の子ではなかったことかな?」と政子。
「ああ、それは思いもよらなかったけど、性別は大した問題じゃないと思うな。マリちゃんも凄く強いオーラ持ってたしね」
 
「マリはそれが無自覚なんですよ。そのすぐ後が近藤さんですね」
「『甘い蜜』の録音に参加したからね。同じく、この子たちはビッグスターになると思ったよ。だから君たちが大学生になってアルバム制作に参加した時、わくわくしたね」
 
「そのアルバム制作に参加したのが、近藤ちゃん、宝珠ちゃん、俺だな」
とヤスが言う。
 
「いや、実はサトちゃんも、ちょっとだけ『After 2 years』に参加してるんですよね」
と私が言う。
 
「そうそう。最後になってちょっとフレーズを追加したいという話になって、俺が8小節だけドラムスを打ったのよ」
とサト。
 
「ああ、そうだった。最後にちょこっとだけ出てきてたね」
と宝珠さん。
 
「なんかメモリアル・シリーズを始めた時のメンバーが4人も、そのシリーズのラストにも参加するというのは感無量だね」
 
「もし良かったら、来年制作する『Flower Garden』にも参加してください」
と私は言った。
 
「じゃ、縁があったら、またマラカスか何かで」とサトは言い、「俺も、みんなと喧嘩してなかったらベルリラか何かで」とヤスは言い、私たちは握手を交わした。
 
 
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【夏の日の想い出・3年生の春】(1)