【夏の日の想い出・小3編】(1)

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私の母方の祖母は私が幼稚園の時に亡くなった。高山ではかなり有名な民謡の名人だったらしく、大きな大会などによく出演していたらしい。私もその祖母が文化会館か何かの大ホールで「郡上踊り」を歌い、多くの踊り手さんが周囲で踊っているのを見た記憶がある。私の最も古い時代の記憶のひとつだ。
 
そんな祖母がいたので、母も名人の娘としてかなり民謡や三味線のお稽古をさせられたらしいが「性に合わなかったのよね〜」などという話で、結局全くモノにならなかったらしい。母のお姉さんたちも同様に民謡を習わされて、特にいちばん上のお姉さんが祖母の後を継ぐ形で今でも民謡教室をしているのだが、母は一応三味線の名取りではあるが、私は母が三味線を弾いているところを見たことが無いし、そもそもうちには三味線自体無かった。
 
その祖母が亡くなる直前の夏、お盆で高山に帰省していた時、こども民謡大会に出てみない?などと言われて1度出て行った。私が歌ったのは「こきりこ」
(高山とはお隣感覚の富山県・五箇山(ごかやま)の民謡)だった。この頃のことは私自身、かなり記憶が曖昧なのだが、その時のことを小学2年生の時に日記に書いたものが残っていたのと、私が小学校高学年頃に姉が笑いながら話してくれたりしたこともあり、それを元に以下構成してみる。
 
当時小学校高学年であった姉も「ソーラン節」を歌うということで一緒に会場に行くことになる。その時、会場まで私と姉はお揃いの柄のサマードレスを着て行った。幼稚園の頃、私はサマードレスが好きで、母も「まあ、子供だしいいか」
ということで、夏になるとよくサマードレスを着ていたらしい。また私は髪の毛も長いのが好きで、幼稚園の頃はだいたい胸くらいの長さにしていた。
 
会場に行き、姉が自分と私のふたり分、名前を書いてエントリーしてくれた。指定の浴衣に着替えて歌うということで、姉は赤い花柄の浴衣、私は青いお魚の柄の浴衣を番号札と一緒に受け取り、着換えるため控え室に行くことになるが、控え室は男女別である。そこで、私は係の人に連れて行ってもらうことになり、姉と別れて男子の控え室に行った。着換えを入れるカゴをひとつ取ってくれる。「からもと」と書かれた名札をかごに付けてくれる。
 
「あとはいいかな?」
「はい。ちゃんとひとりで着換えられます」
 
係の人も、周囲に大勢居るし、幼稚園といっても年長さんだからひとりで大丈夫だろうと思ったのだろう。私を控え室に置いて戻っていく。控え室にはけっこう大きなお兄さんから自分と同じくらいの年の子供まで、たくさんいる。そこで着替えるのにサマードレスを脱ごうとした時のことだった。
 
「あれ、君、ここは男の子の控え室だよ」
と年配の女性に声を掛けられた。腕章を付け、何だか格好良い制服を着ていた。後から思うと、警備か何かの人だったのだと思う。
 
「えっと・・・」と私がどう答えればいいか迷っていると
「女の子の控え室は向こうだよ、連れてってあげるね」
と言われる。女性はかごから私の名札を外し、私の手を引いて廊下を少し歩いていき、別の部屋に入った。そこには女の人ばかりいた。
 
女性はその部屋でかごをひとつ取ると、私の名札を取り付けてくれた。
「あ、君、男の子用の浴衣持ってるね。換えてきてあげる」
と言って、その女性は私が持っていた青い浴衣を取ると、部屋から出て行き、ほどなく赤い小鳥の柄の浴衣を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「偉い偉い、ちゃんとお返事できるね。着換えるのもひとりで出来る?」
「はい、帯も結べます」
「うん。じゃ、頑張ってね」
と言って、その女性は去って行った。
 
私は当時、母と姉と3人でプールなどに行く時は(未就学の子供ということもあり)けっこう女子更衣室で着換えたりしていたので、女性の控え室で着換えることには何も抵抗を感じなかった。
 
サマードレスを着て髪も長くしている子を見たら、まあ女の子だと思われて当然という気もするのだが、当時の私はそもそも「性別を間違われた」こと自体認識していなくて、青い浴衣より赤い浴衣の方がいいなと思っていたので、それを渡してもらえて嬉しく、他のことはあまり考えていなかった。
 
そこでサマードレスを脱ぎ、浴衣を着る。へこ帯を前で結び、後ろに回す。当時私はへこ帯を蝶々のように可愛く結ぶのが得意で、この時もそういう結び方をしていた。番号札を安全ピンで胸に留めるのだけうまくできなかったので、近くにいたお姉さんに声を掛けて、留めてもらった。
 
やがて、大会が始まるので、みんなぞろぞろと控え室を出て会場に行く。姉を探すのだが見つからない。でも歌う順番は続きだし、歌う時になったら会えるよね、と思ったので、とりあえずそのあたりの空いている席に座った。
 
1番から順に歌っていくようである。成績は鐘を叩いて知らせることになっているようだ。歌い出してすぐに鐘をひとつ打たれる人もあれば、けっこう長く歌って「キンコンカンコン」と鳴らされる人もあった。私の順番は52番で、けっこう待ち時間がある。そのうちトイレに行きたくなった。
 
会場を出て、トイレのある方に行く。トイレの男女マークを見て男子トイレに入ったのだが・・・・
 
「あ、君、ここは男子トイレだよ。女の子は隣」
と中に居た中学生くらいのお兄さんに言われてしまった。
 
「あ、ごめんなさい」
と言って私は飛び出す。なんで「私は男です」と言わなかったんだ?と思ったが、あんなこと言われると、女子トイレに入らなきゃいけないのかな、という気になる。
 
それで少し心臓がドキドキしながらも、そっと女子トイレの方に入った。中に列ができている。それで列に並んで待つことにした。女子トイレは小便器がなくて個室ばかりだ。その個室がひとつ空くと、列の先頭の人がそこに入る。まあ、待っているうちに入れるよね、と思う。
 
前に並んでいた人は中学生くらいかなという感じだった。
「可愛いね。君、小学生?」
「いえ、幼稚園の年長です」
「へー。何を歌うの?」
「こきりこ、です」
「おお、すごい。私もこきりこ唄うんだよ。頑張ろうね」
「はい」
 
そんな話をして、彼女は私より先に個室に消えていく。私もすぐ次の個室が空いたので、中に入った。和式のトイレだ。浴衣の裾をめくりパンツを下げて、しゃがんで用を達する。パンツに雫がつかないよう、トイレットペーパーでおしっこの出てきたところを拭く(これは物心付いたころからしていた)。流してからパンツをあげ、浴衣の裾を戻して乱れを直す。個室を出て手を洗い、会場に戻った。
 
それから少しして自分の出番が近づいてきたので舞台脇に行った。そこで姉と再会したが
「あんた、なんで女の子の浴衣着てんの?」
と言われる。
「よく分かんないけど、これ違ってるねと言われて換えてくれた」
「もしかして、女子の控え室で着換えた?」
「うん。そちらに連れてってもらったよ」
「ふーん、まあいっか、あんた可愛いし」
と姉は笑いながら言った。
 
やがて姉が出て行き「ソーラン節」を歌うが、「私ゃ立つ鳥」あたりまで歌ったところで鐘ひとつ鳴らされ短時間で退場する。その次が私である。ステージ中央まで行き「こきりこ」を唄う。去年の秋に帰省した時に、五箇山まで連れて行ってもらい、その時見たのが強く印象に残っていた。
 
「こきりこの〜〜たけは、し〜ちすんごぶじゃ。ながいは〜〜そでのカナカイじゃ」
と私は地声で唄ったあと、裏声に切り替えて
「まどのサンサもデデレコデン、はれのサンサもデデレコデン」
とお囃子をセルフサービスで唄う(本当はお囃子隊の人たちが歌ってくれるはずだったらしいが私が自分で唄ったのでやめたらしい)。最前列に座っていた人たち(たぶん審査員)の人たちが驚いたような表情をしたのを覚えている。
 
結局私は3番まで歌い、キンコンカンコンと鐘をたくさん鳴らしてもらった。
 
鐘1個の賞品(参加賞)は飴1個だったらしいが、キンコンカンコンと鳴らされた時の賞品は扇子で、広げると高山祭りのカラクリ人形の写真になっていた。
 
「わあ、凄いのもらったね。大事にしなさいよ」
と姉から言われて、私はそれをずっと大事にしていた。そして大学に入ってから住み始めたマンションでも、あれこれ頂いた賞の盾などと一緒にガラスケースに入れて取ってある。
 
そのまましばらく見ていたら、さっきトイレでお話しした人がステージに上がり、私と同じこきりこを歌った。私は「わあ、上手いなあ」と思って聞いていた。彼女もキンコンカンコンと鳴らされ、扇子の賞品をもらってステージから降りてきた。ちょうど、私たちが座っていた所を通りかかったので、私は彼女と握手をした。
 
彼女とは私が大学になってローズクォーツで再デビューしたあと、全国ドサ回りツアーをしていた時に偶然遭遇し、
「あ、あの時、こきりこを歌った子、ケイちゃんだったのね?」
などと言われた。「唐本」という苗字だけ覚えていたらしい。こちらは彼女の下の名前だけ覚えていた。彼女は今では岐阜市内で民謡教室を開いている。民謡の全国大会で3位入賞したこともあり、私の「民謡の先生」のひとりでもある。
 
その日は、大会が終わると、姉と手をつないで女子控え室に行き、着て来たサマードレスに着替えた。そして姉は
「今日、冬が女の子浴衣を着たことは、ふたりだけの秘密ね」
などと言った。
 

私がこども民謡大会で入選したことを祖母は凄く喜んだ。その場で「こきりこ」
を歌わせると「すじがいい」と褒めたが「でも、お前それ誰かのまねして歌ってるのでは?」と聞いた。
 
私が「去年こきりこ祭りを見に行った時に聞いた通りに歌った」と答えると、祖母は突然、ある民謡を唄い出す。そして「今私が唄ったのを唄ってごらん」
と言った。(多分「日光和楽踊り」だったと思う)
 
私が記憶を辿りながらその歌を唄うと
「やはり・・・冬彦、お前は1度聴いたら、それを再現する力を持ってるんだね」
と言い、
「人のまねをすることは大事。うまくなるための第一歩。でもまねしているだけでは、そのまねした相手を超えられない。冬彦、お前は自分の唄い方を見つけなきゃいけないね」
と言った。
 
その言葉は、祖母から私への遺言になった。
 
私は祖母に言われてから、学校の音楽の教科書に載っている曲、それから母に頼んで色々な楽譜を買ってきてもらい、そこに載っている様々な曲を、自分でエレクトーンを弾きながら歌うようになった。知らない曲をたくさん歌って「自分の歌い方」を模索した。
 
母は祖母から民謡を無理矢理習わされたことへの反抗心からか洋楽が好きで、ビートルズとかクィーンとかの楽譜を買ってきた。私は英語なんか読めなかったけど、読めない文字を自分流に勝手に読みながら(「イ・ワナ・ホルド・ヨウア・ハ〜ンド」みたいに歌っていた)、たくさん歌った。でもビートルズやクイーンの実際の演奏を聴いたのは中学生になってからだった。
 

 
私は小学校の3年まで愛知県で暮らしていたのだが、当時住んでいた家では近所にいた同い年くらいの子供がみんな女の子ばかりだったし、家でも姉や母とばかり話していた(その時期、父はとても残業の多い職場に勤めていたので、父はほとんど不在に近い家庭だった)こともあり、幼稚園の頃まで自分のことは「私」と言っていた。しかし小学校に上がってから先生に「君は男の子だから『僕』と言わなきゃ」と指導され、最初はけっこう戸惑ったものの『僕』と言うようになっていったが、その一人称の使い方に微妙な違和感を感じていた。
 
そしてその頃、僕はとても泣き虫だった。
 
「ああ。また泣いちゃった」
「お前、チンコ付いてんのか?」
などと男の子たちからは良く言われていた。
 
そんな僕に
「ほらほら泣かないで。ああ。その紐がほどけちゃったのかい?ボクに貸してごらん。直してあげるから」
などと言って慰めてくれたり助けてくれたり、時にはいじめっ子から守ったりしてくれていたのが、麻央(まお)という活発な性格の女の子だった。
 
麻央は体力・運動能力なども男の子並みで、男の子と喧嘩しても滅多に負けることのない強い子だった。あんまり強いので、喧嘩に負けた男の子などから
「麻央って男だろ? こないだチンコ出して立ち小便してる所見たぞ」
などと悔し紛れに言われたりしていたが、
「おお、チンコくらい2〜3本持ってるぞ」
などと言って、豪快に笑い飛ばしていた。
 
彼女はいつも自分のことを『ボク』と言っていた。男ばかりの兄弟に囲まれて育ったので、そう自分を呼ぶのが癖になってしまったのだと言っていた。僕とは逆に先生から「女の子なんだから『わたし』と言いなさい」と言われたものの、直らなかったらしい。ただ彼女の『ボク』は男の子たちが使っている『僕』とは微妙にイントネーションが違っていた。
 
また僕と麻央がしばしば一緒にいるので
「麻央って名前の最後が『お』だから男だよな。冬彦って名前の最後が『こ』
だから女だよな。結婚したらちょうどいいかもな」
などと言われることもあった。
 
「冬彦って冬子でもいいよな」
などとも言われ、しばしば実際に『冬子』と呼ばれることもあった。
 
すると麻央は
「ああ、それもいいかもね。冬って優しい性格だもん。ボクのお嫁さんにしてあげてもいいよ」
などと言っていた。
 
そんなことを言われると、僕は純白のウェディングドレスを着ている自分を想像して、ああ、お嫁さんになるのもいいなあ・・・などと思っていた。もっとも、僕と麻央の間に恋愛感情は無かったと思う。どちらかというと、僕は当時隣のクラスの美形の男の子、泰世(たいせい)君に憧れていた。
 
「麻央が男で、冬彦が女なら、冬彦のチンコ取って、麻央にくっつければちょうどいいな」
なんてのもよく言われた。
 
麻央は
「そうだなあ。冬が要らないなら、おちんちんもらってあげてもいいけど」
などと言っていた。
 
そんな時、僕はたいてい、恥ずかしそうにうつむいていた。そしておちんちんを取られちゃった状態を想像して、ちょっと心臓がドキドキしてしまった。
 

僕は物心付いた頃から、遊ぶ相手といえば女の子ばかりだったし、幼稚園の時もいつも女の子たちの輪の中にいた。そして小学校の2〜3年頃までは、やはり同様に女の子たちと遊んでいることが多かった。もちろん麻央ともよく遊んだし、もうひとりの重要な親友であるリナたちや、また他の女の子たちとも一緒に鬼ごっこしたり、お絵描きしたり、しりとりなどして遊んでいた。
 
僕はお絵描きが好きで、特にセーラームーンやキューティーハニーなど、美少女の絵を描くのがうまかったので、友達からよく「天王はるか様、描いて」とか「ハリケーンハニー描いて」などと注文を受けたりすることもあった。
 
僕が女の子とばかり遊んでいて、男の子と全然遊ばないので、心配した担任の先生が、少し優しそうな感じの男の子に頼んで「遊んであげて」などと言ったりしたこともあった。誘われて、遊ぶものの、野球とかすると僕は打っては三振、守ってはトンネルだし、1度フォアボールで出塁した時も、ベースから離れたらいけないことを知らずにタッチアウトされる。という訳ですぐに誘われなくなった。
 
テレビゲームに誘ってくれた男の子もいたが、僕はどうもああいうのはなじめなかった。僕は結果が最初から定まっていることをするのが嫌いなのだ。また男の子たちの会話にそもそも付いていけない感じだったし、男の子の論理ってのがサッパリ分からなかった。なんであんなに意地張るんだろうとか、なんで殴り合ったりするのかなあ、などといつも思っていた。
 
また僕は割とボーっとしている性格だったので、女の子たちとしりとりなどしていても、
 
「冬子ちゃんの番だよ」と言われて気付き
「ごめん、ごめん、今何だったっけ?」
「かぶとむし」
「じゃ、しまうま」
 
などという感じだった。男の子とサッカーやってても、プレイ中にぼーっとしていてボールが来ても気付かずやり過ごしてしまうことが多々だった。もっとも、運動神経が悪いので、気付いていてもうまく蹴れなかったのだが・・・
 
そういう訳で、結局はあまり男の子たちとは遊ばなくなり、やはり女の子たちと遊んでいることが多かった。そんな女の子たちからは
 
「冬子ちゃん、性格も女の子っぽいよね」
「性格というか、発想が女の子だよね」
「冬子ちゃん、本当の女の子だったら良かったのにね」
などというのはよく言われた。
 
女の子たちからもよく『冬子ちゃん』と呼ばれていたが、男子たちが嘲笑気味にそう呼ぶのに対して女子たちは親しみを込めて自分たちの仲間として、女子に準じる存在として、そう呼んでくれていた感じだった。
 
「冬子ちゃん、髪、少し伸ばすと可愛くなるよ」
とも言われた。僕は小学校に上がる時に、髪を短く切られてしまったのである。
 
「あ、冬は幼稚園の頃はすごく長い髪だったよ」
と幼稚園の時からの同級生でもあるリナに言われる。
「わあ、可愛かったろうなあ」
「うん。可愛かった。うちの幼稚園の年長組の中で2番目の美人だったよ」
とリナ。
 
「2番目?1番は誰だったの?」
「それはもちろん私に決まってるじゃん」
「自分で1番の美人と言うのは、凄い自信だな」
 
「髪長くしてたんなら、スカートとかも似合いそう」
「いっそ、おちんちん取っちゃってスカート穿かない?」
 
などといったことも言われていた。ああ、おちんちん取っちゃうとスカート穿いてもいいのかな、などと思ったりして、でもどうすれば取れるのかな?などというのも悩んで、ねじったり引っ張ったりしてみたが取れなかった。
 
でもスカートは、おちんちんを取らないまま体験することになる。
 

小学3年生の夏休み、一応有志の参加(実際には3年生の9割ほどが参加)ということで、日帰りキャンプに行った。「少年自然の家」というところを利用するもので、かまどで料理を作ったり、キャンプファイヤをしたりして、夕方帰ってくるコースである。
 
朝学校に集合して、バスで少年自然の家まで行く。付属の体育館の中で、伝言ゲームをしたり、歌を歌ったりしていたが、やがて男女に分かれて、男子はマラソン、女子はテニスということになった。
 
マラソンは自然の家のそばにある遊歩道、約1kmを一周してくるコースである。
 
「ビリになった子には罰ゲームしてもらうから、お前ら張り切って走れ」
と言われてスタートする。
 
僕は体力無いし、運動は苦手なので、少し走ったところで息切れして、その後は走ったり歩いたりを繰り返す状態になった、最初の頃、前の方に見えていた友人たちの姿が全然見えなくなる。それでも道に迷うような所は無いので、僕は何とか頑張って走って行った。
 
ぜいぜい息を切らして戻って来たら
「お〜、唐本お前がいたのかぁ!助かった」
とひとりの級友が声をあげる。
 
「どうしたの?」
と僕はまだハーハー言いながら聞く。
 
「俺が最後みたいだったから、俺が罰ゲームすることになるかと思ったぞ」
「じゃ、僕が罰ゲーム? 何するの?」
 
「今日一日スカート穿いて過ごしてもらう」
「あはは」
 
僕はその場でズボンを脱ぐように言われ、脱ぐと、没収されて帰りに返すと言われる。そして代わりに真っ赤なスカートを渡された。きゃースカートだ!穿いてみたかったんだ!
 
などと思いながら、穿く。ウェストはゴムになっているので、問題無く穿けた。丈はちょうど膝くらいである。プリーツスカートなので、そのプリーツが揺れて不思議な感じ。ああ、でも風通しが良い。スースーして気持ちいいな。マラソンで汗を掻いていたので助かる、と思った。
 
僕がちょっと自己陶酔していたら、周囲が戸惑うような視線である。
「みんな、どうしたの?」
 
「いや、スカート姿似合ってるなと思って」
「ふつうに女の子に見えちゃう」
「むしろ可愛い女の子って感じ」
「本人も何だか嬉しがってない?」
「先生、これ全然罰ゲームになってないかも」
 
「唐本、お前ふだんからスカート穿いてるんだっけ?」
「えー? 穿いたことないですけど」
「それにしては・・・・・」
「初めてスカート穿いたとは思えないね」
 
「やっぱ、お前チンコ付いてないだろ?」
 

僕のスカート姿は女子たちにも好評だった。
 
「わあ、何だか可愛い」
「冬ちゃん、スカートがやっぱり似合うんだね」
「もう今度から学校にはスカートでおいでよ」
「とりあえず今日はこの格好のままでおうちに帰るといいよね」
「うんうん。きっとお母さんにも可愛いって言われるよ」
「そのまま女の子にしてもらえたりしてね」
 
その後、お昼の準備では、女の子たちが野菜などを切っている間に男の子たちが石を組んでかまどを作ることになっていたのだが、僕は何となく女の子たちに「冬ちゃんは、こっちこっち」と言われて連れて行かれ、野菜を切ることになった。
 
「冬ちゃん、切るのうまいね」
「冬ちゃん、ジャガイモの皮剥ける?」と女の先生。
「あ、最近練習してるんです。やらせてください」
と言って、僕はペティナイフを使ってジヤガイモの皮を剥き始めた。皮を薄く剥き、芽はナイフの角でえぐるのを見て「おお、ちゃんと出来てる」と褒められる。
 
「包丁の刃を内側に向けてるんで、よくやってるなというのが分かるよ。お料理したことのない子は怖がって刃を外側に向けるんだよね」
「外側に向けたらうまく力が入らないです」
 
「おうちで、よくお料理の手伝いしてるの?」と先生。
「はい。野菜を切ったり、天麩羅の衣を作ったり、玉子焼き作ったりしてます」
「わあ、玉子焼き作れるの?」
「ええ。1年生の時にいっぱい練習したので。今は毎朝作ってますよ」
「すごいね」
「冬ちゃん、お嫁さんになれるよ」
「あ。ちょっとなりたいかも」
「へー、やはり」
 
「でもさ、冬ちゃんっていつもおどおどしてる感じなのに、お料理してるとなんだか活き活きしてるね」
「そうそう。全然違う」
「きっと、お料理するのが天職なんだね」
「あ、違うと思う」とリナ。
「というと?」
「冬はさ、たぶんスカート穿いてるから元気なんだよ」
「ああ、そうかも!」
 
この頃は、僕はまだその意味が分からなかった。
 

その日は何だか女の子たちとの距離がいちだんと近くなったような感じで、午後のフリータイムでは、ずっと女子たちのグループの中にいて、一緒に花飾りを作ったりフリスビーをして遊んだりして楽しんだ。
 
夕方、先生たちが広場に薪を積み上げ、石油を掛けて火を点ける。僕たちはその周りを習いたてのフォークダンスを踊りながら廻っていた。男子と女子でふたえの輪になっている。僕はスカートを穿いているので女の方に入れと言われて、内側の女子の方の輪で踊っていた。少し踊っている内にパートナーがずれていって、僕は隣のクラスの男の子たちと組む。
「唐本チンコ取ったの?」
などと言われたりする。
「えへへ。内緒」
 
そのうち当時憧れていた泰世君と組んだ。僕が笑顔で会釈すると、彼もニコッと微笑んだ。僕は胸がキュンっとなった。彼と手をつないで踊る。きゃー、嬉しい−!! それは至福の1分間だった。
 
キャンプファイヤーが終わるともう帰る時刻である。僕はやっとズボンを返してもらったが、
「唐本、お前今日は家に帰るまでずっとスカートを穿いているように」
などと言われてしまう。
「そのスカートは記念にあげるから、それ穿いて学校に出て来てもいいぞ」
などとも先生は言っていた。
 
それで結局僕はスカートのまま帰りのバスに乗り込んだ。、女の子たちと一緒に座り、おしゃべりに花を咲かせる。そして学校で解散。僕はそのまま近所に住んでいる女の子たちと一緒に帰りながらおしゃべりを続けていた。
 
「でもそのスカート、いつ脱ぐの?」
と突然、小さい頃からの親友・リナに言われる。
 
「え?家に帰るまでそのままでいろと言われたから」
「あれ、冗談だと思うなあ」
と別の友人・美佳が言う。
 
「えー!?」
 
「冬って何か言われると、それそのまま受け入れちゃうよね」とリナ。
「そうそう。麻央が気付いたらいろいろ教えてあげてるけど、今日は麻央が来てないもんね」と美佳。
「私はスカート穿いた冬も可愛いなと思ったから言わなかったんだけどね」
とリナ。
 
「もう脱いでもいいのかな?」
「脱いでもいいし、冬がスカート穿いてるの好きなら穿いてていいし」
「先生も言ってたけど、好きなら今度からスカートで通学してきてもいいし」
 
「・・・・穿き替えようかな」
「その方がいいかもね」
 
僕は近くのマンションの隙間に入って、ズボンを穿き、それからスカートを脱いだ。
 
「お待たせ〜」
「スカート穿いた冬を見慣れちゃったら、ズボン穿いてても女の子に見える気がする」
と美佳が言う。
 
「ああ、気がする、気がする」と別の子。
「そう? ズボン穿いててもスカート穿いてても、僕は僕だと思うけど」
「つまり、冬は中身が女の子なんだ!」
「あ、そうかも」
リナは何も言わずにニヤニヤとしていた。
 

僕はその日穿いたスカートを洗濯物の中に入れておいた。翌日母から訊かれる。
 
「ねえ、このスカート誰の?」
「あ、僕の。昨日のキャンプでゲームしてて穿いたんだよ」
「へー」
「記念にあげると言われたからもらってきた」
「ああ、冬ならスカート似合うかもね」と中2の姉が笑って言っていた。
 
そのスカートは僕のタンスの隅に格納され、その当時の僕にとって宝物になった。
 

その頃、僕はだいたいリナたち近所に住む女の子たちと誘い合って学校に通っていた。その通学路の途中にかなり高い崖があり、手摺りが付けられていた。
 
「この手すり作る前に、男の子がここから落ちたんだって」とリナ。
「へー」
「それで危ないということで手すり作ったらしいよ」
「その落ちた男の子って、どうなったの?死んだの」
「ううん。死にはしなかったけど、落ちた時に、おちんちんに木の枝が刺さったんだって」
「きゃー」
「それで、おちんちんダメになって切っちゃったらしいよ」
「わあ」
 
「おちんちん無くなっちゃった男の子って、どうしたんだろうね・・・」と僕。「おしっこするのに困るかもね」と美佳。
「おしっこは女の子と同じように座ってするしかないよね」とリナ。
「いっそ、女の子に変えてもらった方がいいかもね」と美佳。
 
「そんなことできるの?」
「うちのお兄ちゃんの友だちの友だちの大学生が、男の子だったけど、手術して女の子に変えてもらったらしいよ」
「へー、すごーい」
「二十歳(はたち)になったら、男から女に変えたり、女から男に変えたりする手術を受ける人、時々いるんだって」
 
「わあ・・・・」
「冬もそのうち、手術で女の子に変えてもらったら?」とリナが笑顔で言う。
「そうだね〜。でも、どんな手術なんだろ?」
 
「やっぱり、お股の形を女の子の形に作り直すんだろうね」
「おちんちんとたまたまは取るんだろうね」
「あ、おっぱいも大きくするんじゃない?」
 
僕はその「男の子から女の子に変える手術」というのに興味を持った。お股を女の子の形にする。女の子の形か・・・・
 
僕は幼稚園の頃女の子の友だちとしたお医者さんごっこで、女の子のお股には、割れ目ちゃんがあることは知っている。また1度だけ、近所の小さな女の子がおしっこをしているところを偶然目撃したことがあるので、その割れ目の中からおしっこが出てくる、つまりあの中におしっこの出てくる所があることだけは知っている。しかしそれだけなのか、他にもあの割れ目の中に何かあるのかはちょっと謎だった。
 
「女の子から男の子にするには、おちんちん移植するのかもね。おっぱいは取るのかなあ」
「あ、男の子から女の子になる人から取ったおちんちんを移植すればいいんじゃない?」
「ああ、なるほど」
 
「そういえば、僕のおちんちん取って、麻央にくっつければいい、なんて言われてるなあ」
「ああ、いいかもね。麻央にはおちんちんあってもいいと思うよ」
「冬は、おちんちん無くてもいいんでしょ?」
「うん、無くてもいい気がするよ」と僕は答えた。
 

女の子のお股の構造については、その年の2学期に学校の授業で少しだけ知ることになる。
 
その日の午後、運動会の前に校庭の草むしりをするということで、僕たちは各自スコップを持って校庭に散っていた。僕は何となく仲良しの女の子たちと一緒におしゃべりしながら作業していた。その時、学級委員長の女子が僕たちのグループの所に寄ってきて
「ね、3年生の女子だけ視聴覚教室に集合だって」
と言った。
 
僕はへー、女子だけ何をするんだろ?と思った。
 
一緒に作業していた女の子たちが立ち上がり、行きかけたが、その時僕が一人取り残された格好になったのに気付き、麻央が「冬もおいでよ」と言った。
 
「あ、そうだね。冬ちゃんって半分女の子だもん。来ていいと思うな。それに一人で草むしり続けるの寂しいでしょ」と他の子も言う。
 
それで、僕は彼女たちに付いていってしまった。
 
60人ほど入る視聴覚教室が3年女子でいっぱいだ。同じクラスの子が数人僕に気付いたが何も言わない。僕は教室の長椅子に、麻央とリナに挟まれて座った。少々定員オーバーなので、ふたりと身体が接触する。なぜかドキッとしたが、麻央から「冬って、身体の感触が女の子だよね」と小声で言われた。
「あ、そうそう。他の男の子みたいに硬くないよね」とリナも言う。
「この柔らかさって女の子の身体だよ」
 
やがて、保健室の先生が前に立って「男の子と女の子の違い」という授業を始めた。スライドなどを使って、男の子の身体の構造、女の子の身体の構造、について説明する。
 
男の子と女の子の腰の付近のイラストが横から見たところと前から見たところで表示され、男の子の性器の名前として陰茎、睾丸、という名前が提示され、女の子の性器の名前として、陰核、膣、子宮、卵巣、という名前が提示された。それで僕は女の子の割れ目の中に陰核、尿道口、膣というものがあり、その膣が赤ちゃんを育てる部屋である子宮とつながっていることを知る。
 
そして先生は早い子だと4年生くらいから、男子の睾丸の中で精子の生産が始まり、女子の卵巣の中で卵子の成熟が始まることを説明する。精子が「生産」されるものであるのに対して、卵子は産まれた時から既に存在していて、「成熟」されるものであるという違いは興味深く感じた。
 
そしてその成熟した卵子が子宮まで出てきて「月経」というものが起きることを知る。その日の「女子だけの授業」の主たる目的はその月経が突然来ても慌てることのないように、心構えをさせるためのものだったようである。ふつうは小学4〜5年生から始まるものであるが、早い子は3年生で始まってしまう子もいるらしい。実際「私、もう生理来ちゃってる」と発言した子がひとりいた。3年女子の中でもとりわけ身体の大きな子である。やはり身体の成長の早い子はそれだけ早く来るのだろう。「生理」というのが「月経」
の別名だということも知る。
 
でも確かにお股から突然血が出てきたら、びっくりするだろうなと僕は思った。男の子は精子が生産されるようになるとどうなるのだろう?その精子もどこからか出てくるのだろうか?と僕は疑問に思ったが、その日の授業は女子向けの授業なので、男の子の方のことはあまり詳しく触れられず、女子に対して月経が来た時の対処法や過ごし方について、先生はよくよく説明していた。
 
僕は漠然と、自分にも月経が来たらいいなあ、精子なんてできなくてもいいのに、などと思いながら、説明を聞いていた。
 

保健室の先生の授業は30分ほどであった。授業が終わって視聴覚教室から出るが、そろそろ草むしりの方も終わるという話で、僕たちはなかよしの子たちと一緒に、そのまま教室へ向かった。
 
「ナプキン、うちのトイレにも置いてある。お姉ちゃんやお母ちゃんが使ってるんだと思うけど」と私が言うと
「ああ、うちのお姉ちゃんも使ってるよ。生理の時って結構たいへんみたい」
とリナ。
「女って面倒くさいなあ。私、男だったら月経なんかにならなくても済むのに」
と麻央。
「あ、やっぱり麻央って男の子になりたいんだ?」
 
「でもきっと男の子は男の子で大変なんじゃないの?」
「そうかもねー」
「男の子は射精っての毎日するんだってよ」とひとりの子。
「何それ?」
「精子ってどんどん生産されるから、毎日外に出してあげないといけないんだって」
「へー。それも辛いのかなあ」
「さあ、私男の兄弟いないから分からないや」
「あ、うちも男の兄弟いない」
「射精は気持ちいいらしいよ」と麻央が言うと
「わあ、それは羨ましい」と一同から声が上がる。
 
「冬は射精ってしたことある?」
「よく分かんない」
「じゃ、まだ来てないのかな」
 
「僕射精じゃなくて、月経が来ればいいのになあ」
「ああ、来たらいいね」とリナが優しく言った。
 

その年の秋、日曜日に麻央の家で、リナ・美佳と一緒に遊んでいたら
「あ、ごめーん。ガールスカウトに行かなきゃ」
と言う。麻央は小学2年生の時からガールスカウトをしており、夏にキャンプに参加しなかったのも、そちらの大会と日程が重なってしまったためである。
 
「そうだ。みんなも見学に来る?」
などというので、3人でぞろぞろと麻央に付いていった。小学3年生までは「ブラウニー」と言って4年生から「ジュニア」になるのだが、そのブラウニーの制服が格好良い。
「わあ、いいなあ」
などと僕やリナも言う。
 
集合場所に行くと麻央は指導者の人に「友人が見学します」と言って許可をもらう。「そちらお名前は?」と訊かれたので、麻央は一瞬悪戯っぽい目をしてから
「リナちゃん、美佳ちゃん、冬子ちゃんです」
と言った。
 
その日は最初公園でパトロール(班のこと)ごとに別れて何か報告しあったりしていたが、その内、清掃活動に行こうということになる。その時、指導者の女性が
「ね、君たち見学者も清掃活動に参加する?」
というので「はい」と言うと、
「じゃ、君たちも制服着てみる? 体験入隊ということで」
と言われる。
 
僕たちはちょっと顔を見合わせたが、あの格好良い制服を着れるのなら悪くない。「はい。着ます。お願いします」とリナが代表して答えると、僕たちの背丈を見て、制服を3着渡してくれた。公園のトイレで着替えて来なさいと言われる。
 
僕たちは一緒にトイレに行った。リナと美佳が女子トイレに入り、僕は男子トイレに入ろうとしたが「待て。一緒にこっちに来なさい」と言われて女子トイレに連れ込まれる。
「今日は、冬は女の子で通そうね」
「女の子のボーイスカウトはいるけど、男の子のガールスカウトはいないからね」
 
僕も女子トイレに入ること自体にはあまり抵抗が無かったのでそのまま付いていく。女子トイレの個室が3つあったので、私たちはひとつずつに入った。私は着て来たポロシャツとジーンズのズボンを脱ぐと、渡された白いブラウスを着て、その上にジャンパースカートをかぶった。ネッカチーフは付け方が分からないので後で聞こうと思った。着替えた服を持って個室から出ると、ちょうどリナたちも相前後して出てきた。
 
ネッカチーフはリナが付け方分かるよと言うので、美佳も私も付けてもらう。そして集合場所に戻り、私たちは麻央たちのパトロールに臨時で組み込まれ、一緒に公園や通りの清掃活動をした。
 
「だけど夏のキャンプの時も思ったけど、冬のスカート姿ってホントに違和感無いね」と美佳。
「それボク見逃したんだよな−」と麻央。
「あのスカート、まだ持ってんの?」
「うん。タンスに入れてるよ」と私。
「じゃ今度学校に穿いておいでよ」
「えー?恥ずかしい」
「いいじゃん、誰も変に思わないって」
 
そんなことを言いながらもゴミを拾うが、なんでみんなこんなに道にゴミを捨てるんだろうね、というのを麻央以外のスカウトの人たちとも話した。
「全く道徳心がなってないよね」
「道にゴミを捨てることに罪悪感持たないのかなぁ」
「私なら、自分が捨てたゴミを誰かに拾って片付けられること自体が恥ずかしい」
と私が言うと
「ああ、私も思う」
と何人かのスカウトの人たちからも言われた。
 
「自分のお股を見せてるみたいなもんだよね」
とサブリーダーの人が大胆な発言をする。
 
「わあ、それ恥ずかしすぎる」
「あ、でも男の子には自分のおちんちん見せびらかす子がいるよね」
「ああ、いるいる」
「女の子はそんなの見せたりしないよね〜」
 
「冬もお股見せたりしないよね?」
「しないよ〜」
「あ、でも小さい頃一緒にお風呂入ったから、私は冬のお股見てるな」とリナ。
「私も、リナのお股見てる」
と私が言うと、
「ああ、羨ましい。ボクも見たい。今度一緒にお風呂入ろうよ」
などと麻央が言った。
 
1時間ほどの奉仕活動の後、公民館に入って、お料理をした。その日のお料理はフルーツポンチとサンドイッチ作りだった。
 
白玉粉に水を加えて丸くし、お湯に投入して茹で上げる。麻央が
「手にくっつく〜」
などと声をあげる。
「これ、水を入れすぎたかもね」と私が言うと
パトロールリーダーの人も「そうかも」と言い、粉を少しもらってきて追加。それで何とかなったが、麻央の作る団子は形が悪くて大きさもバラバラである。私やリナがきれいに丸めて、大きさも均等にしているので
「あんたたち、うまいな」
などと言われる。
 
「だっておうちでも作ってるもんね〜」と私とリナが言うと
「今度作る時呼んで」などと言っていた。
 
麻央の家は男ばかりなので、白玉粉の団子なんて作ったことないらしい。
 
サンドイッチ作りの方もパンの耳を包丁で切り落とすのがうまくできない子が多い。私がスイスイ切ってると
「あ、耳落としは冬に任せた」
などと言われて、結局、大半を私がひとりでやった。
 
「なんかうまく切れないよね〜。潰しちゃう」
「パンを切るのはちょっとした要領だよ」
と私は言った。
 
「おうちでパンを切るの?」
「ええ。うちでホームペーカリーで食パン焼いたりするので、それ切るのは私の係です」
と私がいうと
「偉いね〜。いいお嫁さんになれそう」
などと言われた。
 
そんな感じでその日の「体験入隊」は楽しく過ごしたのであった。
 

終わってから家が近所であるリナ・美佳と一緒に自宅への道を歩いていたらリナから
「冬は今日は自分のこと『私』って言ってたね」
と言われた。
「え、だってみんなから女の子と思われているのに『僕』なんて言えない」
 
「ふだんの冬の『僕』って何だか聞いてて凄い違和感あるんだよなー」
「実は僕も自分で違和感ある」
「今日の『私』はすごく自然だったよ」
「いっそ、普段も『私』で通しちゃったら?」
「冬、幼稚園の頃は自分のこと『私』って言ってたもんね」
「そうだなぁ・・・・」
 
「麻央の『ボク』はあれはあれで何となくハマってるよね」
「麻央が『私』とか『あたし』と言うのも想像できないな」
 

麻央が「一緒にお風呂入りたい」などと言った件は翌月実現した。
 
またまた僕とリナ・美佳が麻央の家に遊びに行っていた時、麻央のお父さんが
「温泉のタダ券をもらったからみんなで行こう」
などと言い出した。
 
タダ券は全部で10枚あるということで、麻央の両親、麻央のお兄さんたち4人、そして麻央とリナ・美佳・僕の合計10人でぞろぞろと温泉に出かけたのである。お父さんの運転するエスティマ、お母さんの運転するカルタスに分乗して出かけたが、カルタスには、助手席に麻央が乗り、後部座席に、僕とリナと美佳が並んで座った。
 
「兄ちゃんたちは身体が大きいから、こっちの車には4人しか乗れないんだよな」
などと麻央が言う。
「こちらは子供ばかりだし余裕だね」
とリナ。
「しかも女の子ばかりだしね」
「でも、きれいに男組と女組に分かれたね」
とお母さんが言う。
 
その時はその言葉を僕はあまり深く考えていなかった。
 

やがて温泉に到着する。2台の車は途中で離れてしまい、お父さんの車の方が先に着いて、「男組」は先に入浴してるということだった。入浴券はお父さんとお母さんが分けて持っていたので問題無い。
 
駐車場に車を駐めておしゃべりしながら温泉の建物の方に行く(車の中でもお母さんから「あんたたち少しうるさい」と言われるくらいおしゃべりしまくっていたのだが)。受付でお母さんがチケットを出して、ロッカーの鍵を5つもらい、みんなに配った。
 
お母さんが先頭に立って歩き、女湯と書かれた暖簾をくぐる。麻央が続き、その後を美佳、リナが入ろうとする。僕はその先にある男湯と書かれた方に行こうとしたのだが、ガシリとリナに腕をつかまれた。
 
「ちょっと待て。どこに行く?」
「え?男湯」
「何言ってんの?冬子は女の子でしょ。小学生の女の子が男湯に入っちゃいけないんだよ。混浴は幼稚園まで」
「だから僕、向こうに行かなきゃ」
「そのロッカーの鍵は女湯のロッカーにしか合わないからね」
「あ・・・・」
 
麻央のお母さんはそもそも自分のことを女の子と思い込んでいたのだ。
 
「ということで、こちらに来なさい」
とリナは言って『えー?どうしよう?』という感じの顔をしている僕を女湯の脱衣場に連れ込んだ。
 
私がリナに手を引かれて遅れて入ってきたので、麻央の母が
「どうかした?」
と訊く。
 
「ああ、冬子ったら恥ずかしがってるから、無理矢理引っ張ってきた」
「あらあら、銭湯とか温泉とか初めて?」
「小学校に入る前には、下呂温泉とか奥飛騨温泉とか行きました。でも小学校に入ってからは初めてです」
 
「幼稚園の頃は男湯と女湯のどちらに入ってたの?」と麻央が訊く。
「お父さんと一緒に男湯に入ったり、お母さんやお祖母ちゃんと一緒に女湯に入ったり」
「まあ、みんなそんなものだよね。でもどちらかというと女湯に多く入ってない?」
とリナ。
{ああ、そんなものだよね」と美佳。
「そうだね。私も女湯に入ってたことの方が多い気がする」と私も言う。
 
「ボクは幼稚園の頃はたいてい男湯に入ってたな」と麻央。
 
「そうそう。私が一緒に女湯に入ろうと言っても男湯が良いって言って、向こうに入ってたのよね。お兄ちゃんたちと一緒にいたかったみたい。まあでも、男湯に入れるのは幼稚園までよね」
とお母さんは笑いながら言う。
 
もうこのあたりで私も開き直った。私を女湯に連れ込んだリナは視線を逸らしてこちらを見ない。何だか涼しい顔をしている。もう!
 
私は着ていたトレーナーとジーンズのズボンを脱ぐ。それからシャツを脱ぐ。上半身だけなら、小学3年生の裸なんて、男も女もおっぱいは膨らんでいないから問題無い。そしてパンツが問題だよなあと私は思った。
 
小学校の頃、私はだいたい前開きの無いトランクスを愛用していた。前の開きが無いことで『女の子のパンティと同じ』と自分に言い聞かせる自己満足と、もうひとつはこれだとおちんちんの形が外から見えないのが好きだった。おちんちんで膨らんだパンツ姿なんて絶対人には見せたくないと思っていた。
 
私はタオルで前を隠しながら、慎重にパンツを脱いだ。美佳と麻央の視線がこちらのお股の所に来るのを感じるが、見せてなるものかと私はしっかりそこを隠していた。
 
みんなで一緒に浴室に入る。まずは掛かり湯をして身体を簡単に洗う。私はお股のところはしっかりタオルで隠したまま、洗った。少し周囲を見回してもリナや美佳をはじめ、大人の人たちでも、お股をそのまま見せている人はほとんどいない。みんなタオルで隠している。私はこれなら不自然じゃないよなと思った。
 
ただひとり堂々とお股を見せている子がいる。麻央である。
「なんでみんなタオルで隠すのさ。女同士見せてもいいじゃん」
なんて言っているが、
「まあ、麻央は見せてないと『男では?』って疑われるかもね」
「あはは、ボク、一度痴漢に間違えられて女湯の脱衣場で捕まったことあるよ」
と麻央は言う。冗談か本当か判断しかねたが、麻央ならありそうという気もする。
 
身体を洗い終わると浴槽に入る。浴槽の中にはタオルはつけられない。私はあの付近を一時的に両足ではさんで隠して、タオルを取ると素早く浴槽の中に身体を浸けた。
 
「ふーん。隠し方がうまいね」とリナが小声で言う。
「ほんとは女湯に何度か入ってるでしょ?小学生になってからでも」
「入ってないよぉ。今日が初めてだよぉ」
と私は照れ隠しで笑いながら答えた。
 
お湯は、白濁した「にごり湯」だったので、幸いにもお股の付近は上から見えない。私はそれを確認してそっと足を開いたが、念のため両手で上から覆う。
 
「そういえば、みんな血液型は何かしら?」とお母さん。
「私はA型」とリナ。
「私はAB」と私。
「私はB」と美佳。
「ボクなんだったっけ?」と麻央は自分の血液型を覚えてない様子。
「あんたはO型だよ」とお母さん。
 
「私もお父ちゃんもO型だから、うちの子はみんなO型」
「あ、お父さんとお母さんの血液型で、子供の血液型も決まるんですよね?」
と美佳が訊く。
 
「そうだよ。親がたとえばA型とO型なら、子供もA型かO型。AB型同士なら、子供はA型の場合とB型の場合とABになる場合がある。親がA型とB型なら、A,B,AB,Oどの型でも生まれる可能性がある」
 
「へー。お母さんの血液型の影響があるのは分かるけど、なんでお父さんの血液型も関係するんだろ?」と私が言うと
「冬子、あんた少し性のこと勉強しなさい」とリナから言われた。
 
「お母さんの卵子とお父さんの精子がくっついて子供ができるからね。子供って、お母さんだけじゃなくてお父さんにも似てるでしょ?」
と麻央の母が簡単に説明してくれる。
 
あ・・・そういえば卵子と精子って話をこないだ視聴覚教室で聞いたんだった。そうか。それが結合して子供ができるのか・・・・でも・・・
 
「そういえばそんな話聞いたね。でもどうやって結合するんだろう?」
「冬子、そういう話はあとで私がよく教えてあげるから」とリナが言ったが「あ、私もそれ疑問に思ってた」と麻央。
 
「まいっか。こういうのは機会があった時に教えた方がいいし」
とお母さんは言うと、
「女の子に月経があるのはみんな知ってるよね?」
みんなが頷く。
「お母さんのお腹の中で卵子が成熟して子宮の近くまで出て来た時に、お父さんの精子がお母さんのお腹の中に入ってきたら受精して赤ちゃんの元になるのよ」
とお母さんは言う。
「卵子が子宮の所まで来るのは月に1回だし、時間がたっちゃうともう受精できなくなるから、赤ちゃんのできるタイミングって結構難しいのよね」
 
「でもどうやってお父さんの精子がお母さんのお腹の中に入るの?」と麻央。
「それはセックスというのをするから。あんたたちも高校生くらいになって、男の子と恋をしたら、することになるからね」
「セックス?」
「そうそう。お父さんの陰茎をお母さんの膣の中に入れて、射精すること」
「えー? あれがあそこに入るの?」と麻央が大きな声で言うので
「静かに」とリナから言われる。
 
「そうだよ。だから、男の子のおちんちんって大事なものだし、女の子の膣も大事なものなんだよ」
「きゃー。だっておしっこするものなのに」
「それを自分の身体に入れさせてもいいと思っちゃうのが恋なのさ」
とお母さんが言うと、みんな何となく納得した。
 
「まあ、小学生や中学生のうちはすることないだろうね。高校生くらいになったら、恋人同士でしたいと思ったりするようになるから、そしたらしてもいいんじゃない?」
 
「そんなの知ってた?」と麻央がこちらを向いて聞く。
「私は知ってたよ」とリナ。
「私、何となくそうじゃないかと思ってた」と美佳。
「私は全然知らなかった」と私。
 
「まあ、小学3年生くらいの知識だとそんなものだろうね」
とお母さんは笑って言う。
 
「じゃ、私もお父さんのおちんちんをお母さんの膣に入れて生まれたの?」
と麻央。
「そうだよ。そんなことって、お互いにとっても好きでないとできないから、とっても愛し合ってるふたりにだけ、子供は産まれるんだよ」
とお母さんは言う。
 
「確かに、好きでもない人のおちんちんなんて、自分の身体に入れたくないですよね」とリナ。
「そうそう。だから、あなたたち、みんなお父さんとお母さんがとっても愛しあって生まれたの」
とお母さん。
 
「ふーん・・・」と麻央は言いながら、私のお股のところに唐突に手を伸ばしてきた。「陰茎」というものを実地に確認しておきたかったのかも知れない。でも私がそんなものに触らせるわけが無かった。
 
「あれ、冬、おちんちん無い」と麻央。
「そんなものあったら困るよ」と私は笑って言った。
「麻央も突然変なこと言うわね。おちんちんは男の子にだけ付いてるんだよ。女の子はおちんちんが無い代わりに膣があるんだから」
とお母さん。
「女の子にもおちんちんが付いてたら、男の子におちんちん入れてもらう時、邪魔でしょうね」
とリナ。
「確かに邪魔だね」
「間違って付いてたら、お医者さんに行って、切ってもらわなくちゃ」
などとリナは私の顔を見ながら言う。お医者さんで切ってもらうか・・・・・
 
「私、おちんちん欲しかったなあ」と麻央は言っている。
「まあ、どうしてもおちんちん欲しいと思ったら、おとなになってから性転換手術を受ければいいよ」とお母さん。
 
「性転換手術って、男を女にしたり、女を男にしたりする手術ですか?」とリナ。
「そうそう」
 
へー。その手術を『性転換手術』って言うのか・・・・と私はその名前を頭に刻みつける。
 
「私、生まれた時は男で、性転換手術されて女になっちゃったってことない?」
「そうだね〜。男の子が4人続けて生まれて、その次生まれた子がまた男だったら、いっそ性転換手術して女の子に変えちゃおうか、なんてお父さんと話してたけど、お前は生まれた時から女の子だったよ」
「そっかー」
 
「冬がおちんちん無いのは、性転換手術受けたの?」と麻央。
「そんなの受けてないよぉ」と私は笑って言う。
「こんな可愛い女の子をつかまえて、それは無いわよねえ」とお母さん。
 
「冬とは小さい頃から何度も一緒にお風呂入ってるけど、おちんちんなんて付いてなかったよ」とリナが言った。
「ふーん・・・・」
 

お風呂からあがって服を着てから、ジュースをもらって飲む。お母さんがトイレに行き、子供4人だけになった時、リナが言った。
 
「冬、今日はずっと『私』って言ってる」
「えー。だって私、今日は女の子だし」
「やはりこれからずっと女の子のままでいなよ」
 
「ね。冬ってほんとはおちんちん付いてるの?付いてないの?」と麻央。「さあ、どうだろうね」と私はちょっと誤魔化した。
「リナ、冬のお股を見てるんでしょ? ほんとにおちんちん付いて無かったの?」
 
「忘れちゃった。でも付いてるのを見た記憶は無いんだよね〜。今日もかなり注意して見てたんだけど、結局、おちんちんの存在を確認できなかった」
とリナは視線を少し遠くにやりながら答えた。
 

3年生の12月、うちの一家は突然東京に引っ越すことになった。
 
父が勤めていた会社の名古屋支店が閉鎖され、東京の本店か福岡支店または札幌支店に移ってくれと言われ、父は東京への異動を選んだ。
 
僕はリナや麻央たち、仲の良い友人と別れるのが辛かった。特に仲の良い友達で送別会をしてくれたが、最後、僕はリナと抱き合って泣いてしまった。
 
僕は自分が寂しいということばかり考えていたのだが、リナから
「私も冬と会えないのは寂しいよ」
と言われ、自分がリナにとっても大事な存在であったことをあらためて認識した。それまでどちらかというと、自分は「要らない子」みたいに思っていたのだが、この時初めて、自分って生きている価値のある子なのかもと思った。
 
旅立ちの日、リナは駅まで見送りに来てくれた。そして僕に小さなファスナー付きのトートバッグをくれた。
「冬さ、女の子になりたいでしょ?だから女の子の服着たいよね。私の服を少しあげるから持って行って。未使用の下着も少し入れといた」
「リナ・・・・」
「キャンプの時も、ガールスカウトに行った時も、冬のスカート姿可愛かったよ」
「リナ、私・・・・」
「あ、ちゃんと『私』って言えたね。向こうの学校ではもう女の子で通しちゃったら?」
「そこまで勇気持てないかも」
「でも、きっと冬はいづれ女の子になっちゃうよ」
「そうかな」
 
「冬って女の子として可愛いからさ。もしかしたら美少女歌手とかになっちゃうかもね。歌うまいし」
「あはは、それはさすがに無理だよ。性別誤魔化して歌手なんてできる訳無い」
「ふつうの男の子ならできないけど、冬って持ってる雰囲気が女の子だもん。バレないと思うなあ。じゃ、もし冬がホントに女の子の歌手になれたら、最初のサインを私に送ってよ」
「いいよ」
 
後に、僕がローズ+リリーでメジャーデビューした時、僕は親友から頼まれたのでと秋月さんに断った上で自分で買った色紙に1枚サインを描き、メジャーデビュー前に政子とふたりで画用紙に練習した時のサインと一緒にリナに送った。
 
だから、リナは多分ケイが唐本冬子であることを知った関係者以外では最初の人物だと思う。
 

東京で転入した小学校で、僕は女の子としては通わなかったけど、僕の女の子っぽさは、みんな感じていたようにも思う。
 
クラスの子たちはみんな親切で優しかった。しかし僕は前の学校でのような親友を得ることはなかなかできなかった。男の子達がサッカーなどに誘ってくれたが、僕はこれが全然ダメ。会話も話題や発想などでどうしても馴染めないものがあり、結局男の子たちとは、あまり遊ぶことは無かった。
 
一方の女の子たちとは「男女の壁」のようなものを感じてしまい、彼女たちのおしゃべりの輪に入ることができなかった。結局、僕は転校してから1年近くほとんど友だちの居ない孤独な学校生活を送ることになる。
 
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【夏の日の想い出・小3編】(1)