【夏の日の想い出・新入生の秋】(1)

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ローズクォーツの最初のシングル『萌える想い』が発売される前日の8月2日に私と政子は★★レコードの町添さんが手配したスタジオ・ミュージシャンの人たちと一緒に『天使に逢えたら』『影たちの夜』『私にもいつか』,『ふわふわ気分』,『恋座流星群』の未発売曲5曲を吹き込んだ他、『明るい水』のアコスティック・バージョンの作成、そして『ふたりの愛ランド』の歌部分の再録をした。
 
『ふたりの愛ランド』は最初2年前の8月に私たちの歌に打ち込みで作った伴奏を加えて『明るい水』のc/wとして発売した。昨年夏にベストアルバムを制作する時、私が新たに編曲したスコア譜にもとづき、スタジオ・ミュージシャンの人たちに演奏してもらったものに伴奏だけ差し替えた。そして今回はその音声トラックを新録音に差し替えたのである。つまり最初から残ったのはテンポだけ!できれいに新しいものに入れ替わった。
 
これらの音源を利用したN*K FMのローズ+リリー特集は、8月29日に放送された。その前日に私と政子はスイート・ヴァニラズの横浜公演で、1年8ヶ月ぶりに並んだ姿を観客の前に見せて、それがネットで話題になっていたこともあり、ローズ+リリーのベストアルバムのセールスが9月上旬に掛けて跳ね上がる結果となった。
 
しかしこの年の7月下旬から9月末まで、クォーツの3人が昼間の仕事との兼業のため、まともに動けない状況で、若干欲求不満になっていた私にとって、8月中旬の夏フェスで、スカイヤーズのボーカルBunBunが本番直前に倒れて急遽代役のボーカルを仰せつかり、8万の大観衆の前で歌ったのと、スイート・ヴァニラズの全国ツアーに帯同して、ゲストとして歌ったのは、本当に興奮する体験だった。
 
最初に出演した東京公演では、完璧にサプライズになったのでEliseさんに紹介された時「え〜?」という声が聞こえてきた。私自身、6月に一応現役復帰したものの、FMの番組などに何度か出ただけで、前日の夏フェスとその日の公演は、1年半ぶりの観客を前にしたステージになったので、観客はほんとに驚いた!という感じの反応だった。そしてそこで歌った私自身も、長岡のライブハウスでの演奏とも、8万人を前にした夏フェスのステージとも違う、濃厚な観客の反応を快感していた。
 
私がスイート・ヴァニラズの東京公演に出た件は公演終了後速攻でネットに書き込まれた。そしてスイート・ヴァニラズの事務所、うちの事務所、以前の所属事務所である△△社にケイはこの後の公演にもゲスト出演するのか?という問合せが深夜まで殺到した。どの事務所でも出演する予定ですと回答し、それもネットに書き込まれた。そしてそれまで若干残っていた福岡と札幌のチケットが、速攻でソールドアウトした。
 
スイート・ヴァニラズの全国ツアー日程は、14(土)東京 18(水)札幌 21(土)大阪 22(日)名古屋 25(水)福岡 28(土)横浜 となっていて、札幌と福岡は地方でもありまた平日であったことが売れ残りのあった原因と思われていたが、私が全公演に出演すると最初に書き込まれた時刻から、両公演のソールドアウトまで10分も掛からなかった。ソールドアウト後、ネットオークションにスイート・ヴァニラズの各公演のチケットが出品され、かなりのプレミアムが付いていた。
 
お盆は、私は9月に録音する予定のローズ+リリーの初のオリジナルアルバム制作のため、収録したいとして須藤さんに提出した曲の直しを要求され、それをずっと自宅マンションでやっていたので、忙しさを理由に実家には戻らなかった。一部の曲では、もう直しではなく新たに別のメロディーを書き下ろしたものもあった。
 
私がそういう作業をしていると、しばしば政子がやってきて(政子は学校への通学定期で最寄り駅まで来て、マンションまで歩いてくる)、私がエレクトーンで音を探していたり、あるいはパソコンでMIDIの編集をしていたりすると、しばしばスカートの中に手を入れてきて、いたずらしていた。
 
「ちょっと止めてよ。今考えてるんだから」
「冬は気にせず、お仕事してて。私勝手に遊んでるから」
「もう・・・・」
 
政子は私がどこかに電話をしている時などは、スカートの中に頭を入れてきて無理矢理こじあけてあれを取り出すと舐めたりしていた。こちらが反応できないのをいいことに、かなり濃厚にしていたが、電話が終わるとやめてしまう。
「えっと・・・ベッドに行く?」
「ううん。別にいいよ。声出せない状況でやるのが楽しいから」
 
「ねえねえ、晩ご飯の材料とか買いに行ってきてくれる?」
「あ、邪険にしてない?」
「ちょっと集中してこれ仕上げたいから。おやつにケーキでも買ってきていいよ」
「了解!行ってきます」
 
なんてことをやっていた。たまに礼美が学校の図書館に来たついで、などといって寄り、一緒にお茶を飲んだりしていた。
 
「学校やってる間はさ、講義終わってから夕方までマック、そのあと夜間にデニーズで、睡眠時間のぞくとずっと働きずくめで全然時間がないんだけど、夏休みの間は午前中勉強できるから、講義のノートや教科書見て、図書館で資料調べたりして、勉強してるのよね。前期で微妙によく分かってなかったところを、かなりフォローできた」
 
「よかったね。でも礼美、講義中に当てられた時とか、けっこうしっかり答えてたよね」
「あ、あれね、なぜか分かるものばかり当たるの。運が良いのよ」
「へー。でもあれ教官の印象いいと思うな。礼美、英語とフランス語の発音かなりいいし」
「冬にいわれて、洋画のDVDかなり借りて、原語にして見てる。字幕無しでもけっこう分かるもんだね」
「慣れだよね、あれ」
 
「親に借金返せた?」
「ここの入学金分は返した」
「おお、やったね」
「でも授業料はまだまだ」
「頑張ってね。無理しない範囲で」
 
礼美のこのダブル・バイトは結局翌年の2月まで続くことになる。3〜4月は震災復興のボランティアに行き、結果的にそれに免じて両親から残りの借金はチャラにしてもらった。その後は昼間のバイトだけにして勉強する時間を確保できるようになった。
 

お盆明け、18日には北海道に行く。北海道の地を踏んだのは、高2の11月にローズ+リリーのコンサートで行った時以来だったので、2年ぶりの新千歳は懐かしい気分がした。私の代理マネージャー役で一緒に来た政子も
「わあ、懐かしい」と言っていた。
 
FM局からスイート・ヴァニラズの面々がお呼ばれしていて公演の宣伝も兼ねて30分ほどトークすることになっていたのだが、私がスイート・ヴァニラズと一緒に来ているという情報が伝わっていたようで、私も一緒に来てと言われた。番組での枠も40分に拡大したと言われた。
「マリちゃんは来てないんですか?」と訊かれ「ステージには出ませんが一緒に来ています」というと、ぜひ一緒に来てくださいと言われた。
 
契約的に微妙かもと思ったので東京の須藤さんに問い合わせた所、契約上は問題ないのだが・・・と言われる。政子に訊くと「出てもいいかな」などというので連れていくことにした。
 
(政子との契約では観客のいる所でのライブ演奏をしないこと、テレビ・映画・ビデオへの出演をしないこと、となっていたので、5月の放送のように外から見えないスタジオを使用すればラジオでのトークや演奏は契約書文面では可能だったが、須藤さんができるだけ自粛させていた。今回の場合はスタジオは外から見えるところだが、そこで歌う訳ではないのでこれも契約文面上は問題無い。この問題については後日須藤さんが直接政子のお母さんと電話で話し合い、ラジオ出演は月に(収録回数で)3回以内ならOKということで話がまとまった。
 
「今日のゲストは本日19:00からサッポロ文化ホールでライブが行われます人気のガールズ・バンド、スイート・ヴァニラズのみなさんにおいで頂きました」
「こんばんは」
「スイート・ヴァニラズのリードギターEliseです」「キーボードのLondaです」
「ベースのSusanです」「セカンドギターのMinieです」「ドラムスめのCarolです」
 
「えっと・・・今ドラ娘って聞こえたような。。。」「お約束です」
 
「そして今日は、スイート・ヴァニラズのみなさんに加えて、その公演にゲスト出演するローズ+リリーのおふた方にも来て頂いております」
「こんにちは。スイート・ヴァニラズの公演にゲスト出演させて頂きますローズ+リリーのケイです」
「こんにちは。スイート・ヴァニラズの公演にゲスト出演しない、ただ付いてきただけの、ローズ+リリーのマリです」
 
私はここしばらくけっこうあちこちの番組に出ていたのだが、マリは5月16日以来3ヶ月ぶりのラジオ出演である。
 
この様子は北海道のFMリスナーが聴いて速攻でネットに書き込み、それを見て全国のリスナーがLISMOで聴き始め、この番組のLISMO経由の聴取率が凄いことになった。
 
基本的にはスイート・ヴァニラズのための番組なので、私と政子はできるだけ控えめなトークに徹した(ローズクォーツのアピールも控えた)が、突っ込み所などはどんどん突っ込んで行ったりして楽しい雰囲気のトークになった。
 
番組内でスイート・ヴァニラズの曲を5曲流したが、便乗でローズ+リリーの曲も1曲『恋座流星群』を流してもらった。
 
これは私たちの出演が始まる10分前に町添さんから電話があり、町添さんと番組ディレクターの直接のやりとりで流されることが決まってしまった。この音源は今月末のN*Kの番組で流すために録音したものだが、この音源の版権自体は★★レコードが持っているので、町添さんがOKを出せばどこででも流せるのである。データは私が自分のPCにコピーを入れていたのでそれをFM局に直接提供した。
 
「これ、新曲ですよね」とDJさん。
「はい」
「発売予定はいつですか?」
「それが実は全然分からないんです。先日録音したばかりで、私たちもリリース予定は聞いていないというシロモノでして。色々おとなの事情もあるらしくて」
 
「ね、ね。あとで個人的にそのデータちょうだい」とEliseさん。
「じゃ、番組が終わってから、裏取引で」と私。
「なんか、おとなの事情とか裏取引とか、凄い世界ですね」と笑いながらDJさん。
 
この番組は面白い効果をもたらした。この番組をスイート・ヴァニラズ,ローズ+リリー双方のファンが聴いていたため、双方のセールスが上がる結果となった。スイート・ヴァニラズの最新シングルと最新アルバムのダウンロードが増え、またローズ+リリーのベストアルバムのダウンロードも増えたのだが、アンケートなどを見てみると、どうやら、スイート・ヴァニラズの音源をダウンロードしたのは主としてこれまでローズ+リリーの音源をダウンロードしていた人達で、ローズ+リリーの音源をその日ダウンロードしたのは主としてこれまでスイート・ヴァニラズの音源をダウンロードしていた人達で、双方のファンが相互に乗り入れした形になっていたようであった。
 
またマリはスイート・ヴァニラズの公演には出ないと何度か放送中言っていたにも関わらず、マリちゃんも札幌公演に出るんですか?という問い合わせがかなり来たようであった。
 

その日の公演会場には、この放送が終わった後、そのまま入った。
 
「私たちが2年前にやった会場とは違うね」と政子。
「どこでやったの?」とElise。
「きららホールです。この文化ホールのほうがキャパは大きいですよね」
「うん。大差はないけどね。私たちも去年のツアーではきらら使ったよ」
「わあ」
 
簡単なリハーサルの後、休憩。やがて開場時刻がきて客席が埋まっていく。完璧な満席だ。そして開演時刻。スイート・ヴァニラズのメンバーがステージに登場し演奏を始めた。
 
「格好いい−」と言って政子が目をキラキラさせて見ている。私も頷いた。ほんとにこの人たちは凄い。演奏技術もさることながら、観客を巻き込んでいく力が強烈である。
 
やがてインターバルとなり、Eliseの紹介で私は出て行き『青い鳥見つけた』
を歌う。スイート・ヴァニラズのメンバーはインターバルの間に用意されていた水を飲み、飴を舐めたりしている。やがて私がその曲を歌い終わり、次の『海辺の秘密』を1コーラス歌ったところで、スイート・ヴァニラズのメンバーも加わって一緒に歌った。
 
歌い終わったところでEliseさんから
「ローズ+リリーのケイさんでした」
と再度名前を呼ばれて、私は観客の拍手に応え、ステージから下がった。
 
袖の所で政子が拍手で迎えてくれる。
「気持ち良さそうに歌ってた」
「うん。快感!」
「ほんと冬はこういうのが好きなんだね」
「マーサもすればいいのに」
「そうだなあ・・・・」
東京での打ち上げはダイニングバーを事実上貸し切り状態にして行ったのだが、札幌での打ち上げは複数のメンバーが北海道の味を食べたいということで地場の居酒屋さんに行った。するとスイート・ヴァニラズに気付いた人が近づいてきてサインを求め、メンバーが気軽に応じたりしていたが、ローズ+リリーに気付いた人もあり一緒にサインを求められた。私と政子が一般の人のサインに応じたのは、高2の時以来であった。
 
「どう?久しぶりにサイン書いた感想?」
「サイン自体は昨年のベストアルバム発売の時以来だよね。でも一般の人に求められて書いたのは一昨年の12月以来だもんね。トチらないように気をつけた」
「少しくらいエラーがあった方がレア物になったりして」
「レア物に価値が出るほどじゃないよ、さすがに」
 
「でも私、マリちゃんの歌も生で聴いてみたいなあ」とElise。
「下手だからダメですよぉ」と政子。
「でもFMの番組で聴いた音源だと、けっこう上手いと思ったけど。あ、そうそう。音源ちょうだいよ」
「じゃUSBメモリに入れてお渡ししますね」
と私は言うと、バッグからパソコンを取り出し、コアラの形のUSBメモリーにコピーしてEliseに手渡す。
 
「メモリごと差し上げます」
「なんか可愛い」
「データ交換用に、いつも3〜4個ストックしてるんです」
「コアラ以外にもあるの?」
「えっと・・・」
と言って、バッグのポケットから取り出す。
 
「パンダ、うさぎ、ネコ、ウーパールーパー?」
「って感じですね」
「私、うさぎがいいな」
「じゃ、そちらにコピーし直しますね」
 
私はコアラのUSBメモリのデータを削除し、あらためてうさぎのUSBメモリーにコピーしてEliseに渡した。
「町添さんの許可は取ってますから大丈夫です」
「ありがとう」
 
「今月の29日にN*K FMでローズ+リリーの特集をするということで、それ用に録音したんですよ」
「CDでは出さないの?あるいはダウンロードとか」
「来月から制作を始めるアルバムには入れる予定ですが、このアルバムの発売が来年の4月くらいになりそうなんですよね」
「そのあたりが大人の事情なのね」
 
私は周囲を見回した。居酒屋さんと話を付けて、周囲の席には他の客を入れないようにしてもらっている。しかし念のため私は小声で話した。
 
「今私、ローズクォーツの方を基本的にはメインにやってるもんだから、会社としてもそちらをメインに売りたいということで、ローズクォーツの最初のアルバムが販売できるまで、ローズ+リリーの新譜は出したくないというのがひとつの事情ですが」
「ああ、そういうことか」
 
「もうひとつの事情の方が重大で、マリがライブ活動したくないと言っているもので」
「えへへ」
「それでローズ+リリーの活動が事実上できないから、そもそも新譜もできるだけ出さないようにしようというので。当面は年に1回アルバムを制作するくらいにしようかな、などと言っているんですよね」
 
「それで新曲を発表してるのにCDを出さない訳ね」
「です」
 
「じゃ、マリちゃんがやる気を出すと、復活するわけだ」
「かも知れませんね。でもその件あまり言うと、それ自体がマリのやる気をそぐから。私自身も基本的にはローズクォーツだけをやるつもりでいます」
「ふーん」
 
「ローズ+リリーは半ばアマチュアに準じる活動という所で。とはいっても周囲が放っておいてくれないみたいで」
「そりゃ当然」
「町添さんも色々仕掛けてくるし、上島先生もローズ+リリーのアルバム作る話をどこからか聞きつけて1曲それ用にあげるといって、深夜にMIDIデータをメールしてくるし」
「ありがたいじゃん」
「ほんとにありがたいです」
 
「私、ケイみたいに学校の勉強もちゃんとしながら、歌手活動もってするだけの体力的な自信も無いんですよね。私がこういう仕事することに親があまり賛成してないというのもあるけど」
「でも去年の初め頃がマリのやる気の底だったよね」
 
「連日騒がれるから、私も参っちゃって。鼻歌も歌いたくなかった。親からも散々言われたからね。だって、私両親が長期出張するタイに付いてこいと言われたのを受検勉強があるからって日本にいたのに、実は歌手やってたなんて、もう即日本退去みたいな雰囲気だったんですよ、最初」
「そりゃ、親は怒るね」とLonda。
 
「でもマリも少しずつやる気回復してきている感じもする」
「まあね。騒動の時は学校にも行けなかったけど、少しだけほとぼり覚めて、学校に出て行ったら、だいぶ気分が晴れて。そのあと気分上がったり落ちたりしながらも、今の感じなら50年後くらいならまた歌手やってもいいかな、と」
「ちょっと待て。何歳になるのよ?」とSusan。
 
「長岡のライブハウスで歌ったのとか、気持ち良かったでしょ?」
「うん。久しぶりだったけど人前で歌うのって気持ちいいじゃんと思った」
「うんうん。気持ちいいよ」とElise。
 
「ということで、今マリは週3回、歌のレッスンに通ってるんですよね」
「おお、すごい」
「9月にアルバム制作するから、それまでにもう少しうまくなりたいなという気がして」
 
「でもマリちゃん、音源制作になら参加できるんなら、うちのアルバムの制作にちょっと参加しない?」
「あ、面白そう。私とマリでコーラスでもすればいいのかな?」
「どうせなら、ケイちゃん、私たちのために1曲書いてくれない?」
「あ、いいですよ。そうか。それでその曲の演奏に私たちも参加するんですね」
「うんうん」
 
「じゃ作詞担当のマリちゃん、よろしく」
「了解!今日はイカが美味しかったから、何か書いちゃおう」
「10月に制作して、12月に発売予定だから」
 

打ち上げが終わってからホテルに引き上げる。
 
「私たちは全員各々シングルなんだけど、ケイちゃんとマリちゃんはツインというリクエストがあったので、そうしたんだけど」と河合さん。
「ありがとうございます」
「ひょっとしてダブルの方が良かった?」と笑いながら言う。
 
「プライベートでは結構ダブルルームに泊まってますけど、あまりおおっぴらにしないでくれといわれてるので」と私
「うふふ」
「ツインに泊まってベッドくっつけて寝ます」
「その方が広かったりして?」
「ええ」
 
いつものようにシャワーを浴びてから一緒にベッドに入り、しばらく愛し合った。一息ついたところで政子は青いレターパッドを取りだし、何か詩を書き始めた。このレターパッドは実質レポート用紙的な使い方をしている。無機質なレポート用紙より、このフェミニンな雰囲気の青いレターパッドが、発想を刺激するといって、政子は創作用に愛用している。
 
「できた〜」といって私に見せてくれる。タイトルには『恋のステーキハウス』
と書かれている。
 
「マーサらしいタイトルだ・・・・」
「曲付けて〜」
「うん」
 
私は荷物からパソコンとAKAIの小型USBキーボードを取り出し接続した。長さ34cm,重さ440gなどという優れモノで、最近全国を飛び回る時はいつも携行している。政子の詩を見ながら音を探っていく。曲は30分ほどで出来あがった。
 
「見せたいけど、Eliseさん、もう寝ちゃったかなあ・・・」
「まだ起きてるに1票」
「じゃ、2回だけ鳴らして切る」
「うん」
 
私はEliseの携帯を2回だけ鳴らして切った。するとすぐに向こうから掛かってきた。
「おはよう」
「おはようございます。曲が出来たんですけど、もう寝ちゃったかなぁ、とも思ったので2回だけ鳴らしてみました」
「わあ、見せて見せて。こちらはさっきお風呂からあがってラジオ聴いてた」
 
ということで2人でEliseの部屋を訪れる。パソコンの画面で譜面を見せ、MIDIも鳴らしてみせる。
「お、楽しい曲だ」と言ってEliseは譜面を見ている。
「マリちゃんの詩とケイちゃんの曲?」
「はい、そうです」
「ふたりともセンスいいなあ・・・若さゆえのセンスなんだろうけど、ふたりともセンスだけじゃないよね。理論もしっかりしてる感じ」
「ありがとうございます」
「さっき、『恋座流星群』もあらためて聴いてたんだけど、いい曲だよね〜。あれほんとシングルで出してほし〜い」
 
そういう訳で、この曲を9月にスイート・ヴァニラズとローズ+リリーで録音することを約束した。
 

その後、スイート・ヴァニラズの公演は、21日・22日の大阪・名古屋、25日の福岡と続いた。21日の大阪と25日の福岡は泊まりで、名古屋は終了後新幹線で東京に帰還した。むろん、私たちは泊まりの日はベッドをくっつけて身体もくっつけて寝た。そしてツアー最終日28日の横浜公演を迎える。
 
この公演には須藤さんも顔を見せ、河合さんといろいろ積もる話をしていた。やがて幕が開き演奏が始まる。そして1時間ほど演奏したところでゲストコーナーとなり、Eliseに紹介されて私が登場し、『青い鳥見つけた』を歌う。そして更に『海辺の秘密』をスイート・ヴァニラズと一緒に歌う。凄い拍手。
 
私が客席に向かっておじぎをして下がろうとした時、Eliseが舞台袖に走って行き、そこで見ていた政子の手を引いて、ステージ中央まで連れてきた。政子は「わあ、どうしよう」という感じの顔をしているが、私の横に立つと、すぐプロの顔になり、客先に笑顔を向ける。そして私と手を握って、一緒に手を振り、客席のコールに応える。そして一緒におじぎして下がった。
 
袖に引き上げてくると須藤さんが頭を掻いている。
「まあ、観客の前で歌ったわけじゃないから、いっか」と須藤さん。
「ケイちゃんってスターだなぁって、こないだから思ってたけど、マリちゃんもスターだね。観客の前に立った時、顔つきが全然違ったもん」と河合さん。
「ステージで歌わないなんて、もったいない」
「うーん。30年後くらいなら」
と政子は笑顔で答えていた。
 

その日の打ち上げは、なんとカラオケ屋さんに行った。
 
「2時間歌ったのに、まだ歌うんですか?」と私は驚いたが
「私たち疲れてるから、ケイちゃんとマリちゃん、歌ってね」とElise。「私たち食べる人、君たち歌う人」と河合さん。
 
「了解!歌います」とカラオケ好きの政子は言い、スイート・ヴァニラズのデビュー曲『ヴァニラの心』を歌い出す。
 
私はまさか本人たちの前でスイート・ヴァニラズの曲を歌うとは思わなかったので心の中で冷や汗を掻いたが、EliseやLondaは嬉しそうな顔をしている。私は開き直って、もうひとつのマイクを取り、一緒に歌い始めた。
 
結局2時間ほどカラオケ屋さんにいた間に、私と政子はスイート・ヴァニラズの曲を10曲、ローズ+リリーの曲を4曲、そのほか主として洋楽を6曲ほど歌いまくった。
 
時々、EliseやCarolが加わってくれることもあった。他の3人はひたすら飲んで食べていた。河合さんと須藤さんはふたりであれこれ話しているようだった。
 
EliseやCarolもかなりの酒量で、Eliseは酔っているのか、やたらと私の胸に触り、揉んだりしていた。Lady Gaga の Love Game を歌った後はいきなり唇にキスされてしまった。不意打ちだったので、反対側の隣に座っている政子が停める間も無かった。
 
「もう少しキスしようよ」とElise。
「だめー」と政子。
「なぜマリちゃんが停めるのかなぁ〜?」
「ケイは私のものだもん。頬までは許すけど唇はだめ」と政子。
「ほほお」
私は困ったような顔をしたが、政子は私の肩を掴むと唇に長いキスをした。スイート・ヴァニラズの面々が歓声をあげて拍手。須藤さんは参ったという感じで頭を掻いていた。
 
その後は何となく全員で合唱になって、Buono!の『Kiss Kiss Kiss』, KatyPerryの『I kissed a girl』, 椎名林檎の『ここでキスして』、おまけにラテンの名曲『Besame Mucho』まで歌った。私と政子以外は相当酔っていたこともあり、なんか歌いながら乱戦模様でお互いに頬や額にキスしまくった。私と政子もスイート・ヴァニラズの5人全員と頬にキスした。EliseとLondaはお互いの唇に10秒ほどキスしていた。河合さんも須藤さんも天を仰いでいた。
 
最後はみんなハグしあって、その日は別れた。
 

その日は私のマンションの方に帰った。先にお風呂に入ってベッドの上で少しうとうとしていたら、政子がお風呂から上がって部屋に入ってきて、私の割れ目ちゃんに指をいれて、おちんちんを取り出す。
 
「何してんの?」
「今日、エリゼとキスした罰として、冬のおちんちんに死刑を宣告します」
「おちんちんでキスした訳じゃないよ」と私が笑って言うと
「管理責任よ」などといって、政子はキッチンハサミを私のおちんちんの根本に当てた。
 
「何か見覚えのないハサミだけど」
「よく切れそうだから、こないだ買っておいた」
「確かに肉を切るのにはいいかもね」
「切っちゃってもいい?」
「切り落としちゃうとヴァギナの材料がなくなるから男の子と愛し合える身体になれなくなるけど、個人的には切り落としたい気分だったし、いいよ。もし私が出血で意識失ったら、礼美を呼び出して病院に連れてって。私が自分で発作的に切ったと言ってね」
 
「うーん。そうマジに答えられるとなあ」と政子は言いながら、ハサミに少しだけ力を入れる。痛い。端のほうの皮が少し切れたなと私は思った。
 
「切ってもいいけどキスして」と私は言った。
唇に強烈なキスをしてくれた。
「冬のおちんちん、バイバイ」と政子は言ってハサミに更に力を入れた。けっこうマジで痛い。私は目を瞑った。
 
そしてたぶん10分くらい過ぎた。政子はずっと私にキスをしている。
 
「・・・・切らないの?」と私は少し唇を外して訊いた。
「冬が殊勝だから、執行猶予1年」
「ふーん」
「その代わり、私を今日は逝かせて」
「えっと・・・コンちゃん開封する?」
「しなくていいよ。私だけ気持ち良くなればいいから」
「分かった」私は微笑むと、政子の乳首を舐め、指で刺激しはじめた。
 
「ところでそのハサミどうするの?」
「え?ふつうにお料理に使えばいいと思うよ。よく切れるのは分かったし」
「政子が気にしないならそれでいいよ」と私は笑った。
 

翌朝、私たちは朝御飯にベーコントーストを焼いた。トーストを食べやすいように4分割する。そのトーストを切るのに政子は昨日私に見せたハサミを使っていた。
 
「なんか見覚えのあるハサミだけど」
「これ、ほんと良く切れるよ。いいお買い物したなあ。あ、ちゃんと熱湯消毒したから大丈夫だよ。そちらは大丈夫だった?」
「ナプキン当ててるよ」
「ナプキン、そういえば持ってるなとは思ってたけど、何に使ってるの?」
「たまに炎症とか起きた時に当てるのに使ってる」
「ああ。まだ痛い?」
「痛いよ、さすがにあれだけ切られると」と私は笑って言う。
「笑える程度だから大丈夫ね。実際の手術の時の予行演習ということで」
「それはご親切に」
 
午前中はふたりで協力して、クッキーを作ったり、トランプやリバーシで遊んだりして少しゆったりした時間を過ごした。その頃の、私たちのお気に入りは、ファンお手製の『ローズ+リリー・トランプ』(それを見て須藤さんが、これホントに作って発売しようか、なんて言った)と、ファンの方がイギリスで買ってきたという八角形(オクト盤)のリバーシであった。
 
その日の午後、FMでローズ+リリー特集が放送された。私たちはリビングで一緒に聴いていた。
 
ナビゲート役はAYAさんがしてくれていた。AYAさんは上島ファミリーの若手有望株で、年齢は私たちと同じ。私たちより半年ほど前にデビューして、デビュー曲を30万枚売り、その年の新人賞レースに私たちと一緒にノミネートされた(私たちは発表直前に辞退)。最終的には最優秀新人賞は他の人が受賞したのだが、同い年でもあり、上島先生絡みで何度か話をしたこともあり、私の現役復帰直後に向こうから(電話番号は上島先生から聞いたといって)電話があり、また頑張ってねと励まされたりもした。彼女は大学には行かず、高卒後歌手に専念している。
 
交流があるだけのことはあり、よく理解してくれている感じの解説で私たちはとても気持ち良く聴くことができた。ネットの反応も見ながら聴いていたが、ネットでのファンの反応もだいたい好評だったようだ。
 
『恋座流星群』や『天使に逢えたら』など最新の音源が流れると、AYAは
「私がふたりと知り合った頃に比べると、ふたりともホントに歌がうまくなりましたね。私もまた頑張らなきゃと思っちゃいます。特にマリちゃんの上達度凄いから、そのうち気が向いたらライブステージを見たいなあ」
などと言う。
 
「マリちゃん、どうでしょうね?」などと私は訊いてみた。
「そうだなあ。10年後くらいには復帰してもいいかなあ」などと政子は言った。
 
今回の特集は日曜日の午後という微妙な時間帯であったにも関わらず、かなり聴取率が良かったようであった。
 
今回特集をしたN*K にしても5月に放送をした JFNにしても、ローズ+リリーの新曲をリクエスト番組などでリクエストがあった時に流せないかというのを打診した。そこで須藤さん・津田さん・町添さんに私たち2人で話合った結果、『私にもいつか』,『ふわふわ気分』,『恋座流星群』の3曲、及び『明るい水』
と『ふたりの愛ランド』の新録音版については9月1日から解禁することにした。
 
JASRACにも登録の上、一応CDはプレスして、全国のコミュニティ局を含めたラジオ局、有線放送各社で希望する所に提供した。カラオケ各社にはご親切にもMIDIデータ付きで渡した。その結果、これらの曲は事実上未発売なのに、ランキングで100位以内に入るという面白い現象を起こした。特に『恋座流星群』は11位、『ふたりの愛ランド』新録音版も14位まで上昇し、ローズクォーツに大きなヒットが生まれる前の時期、これらの印税はほんとに心強かった。須藤さんの会社の収入にもかなりの貢献をした筈である。
 
(私たちの曲のクレジットは『作詞作曲:マリ&ケイ』という名義にしているのでカラオケ屋さんの演奏でも、私と政子の両方に印税が入る)
 
この時プレスしたCDは全部で1000枚で、私たちも記念に1枚ずつもらったほか、ごく一部のお世話になっている人に配った。クォーツの3人、上島先生やEliseにも渡した。そのジャケット写真が一部の放送局のホームページで公開され、あちこちの個人プログにも転載されていた。
 
また、この時期、ローズ+リリーへのラジオ番組への出演依頼も相次ぎ、政子はできるだけ出したくないということで、特に9月上旬は私がひとりであちこち出て行き、出演してローズ+リリーは秋からアルパム制作を始める(但し発売時期は未定)ということを言い、ローズクォーツの新曲もアピールしてきたのであった。
 

9月初めにタレントさんのカレンダーを手がけている会社から、ローズ+リリーのカレンダーを作りませんか?という話が来た。一応検討したもののお断りすることになった。
 
「政子ちゃん、カレンダーとか作ってみる?」
「パスです。もっと可愛い子のカレンダーを飾るといいと思うな、みんな」
「マリちゃん、可愛いのに。でも、たぶんそう言われそうだったから、少なくともマリちゃんは写りたがらないと思います、と答えたら、ケイちゃんだけのカレンダーでもいいと言われたのだけど」
「私は政子と一緒でないなら写りません」
「だよね、そう言われそうだと思ったから、そう言っておいたんだけど、本人たちに聞いてみて欲しいと、熱心に言われたんで、一応聞いてみた。じゃ、カレンダーはパスね?」
「はい」
 
ということで、カレンダーの件は消えたと思っていたら、町添さんから別件でカレンダーの話が持ち込まれてきた。なんと町添さんがわざわざUTP(うちの会社)の事務所までやってきたのである。用事があれば電話1本で須藤さんでも私でも呼びつける人が!
 
「狭い所で済みません」などと恐縮して須藤さんが応対する。
私がコーヒーを入れてきて、お出しする。そのまま出て行こうとしたが、「あ、ケイちゃんもマリちゃんも一緒に」などというので、音楽雑誌を読みながら様子を伺っていたマリを呼んできて一緒に話を聞く。どうも金曜日の夕方なら私と政子が高確率で事務所に出て来ているというのを知ってて、この時間帯を狙ってきた感じであった。
 
「実は★★レコード所属の歌手のカレンダーを作ろうという企画があってね」
「はあ・・・カレンダーですか。ローズ+リリーでしたら、昨日も某出版社から打診があったのをお断りしたところで」
「まあまあ、そう邪険にしないで」と町添さんが笑う。
 
「ローズ+リリーのカレンダーもぜひ作りたい所なんだけど、それと別に年代別のカレンダーを作りたいという企画が今年はあってね」
「はい」
「中高生歌手のカレンダー、18歳から24歳くらいの大学生程度世代の歌手のカレンダー、20代半ばから30歳前後の歌手のカレンダー、まあ、ある程度のセールスが見込めるのはこの3つの世代かな、と」
 
「女の子だけですよね」
「当然。それぞれ、レモン、ピーチ、マンゴー、という名前で」
「男の人の発想っぽい」
「あはは、加藤君の命名だけどね」
「加藤さんが部長に言われて1晩悩んだという感じが・・・」
 
「まあ、そういう訳でピーチに1枚出てくれないかな、という訳なんだけど」
私と政子は顔を見合わせた。
「町添部長から言われたら、お断りできませんね」と政子。
「マリがOKなら私は異存ないです」
「社長、私ビデオには出られないけどカレンダーやポスターはOKですよね?」と政子。「うん。契約には違反しない」と須藤さん。
 
「ありがとう。君たちは今の所9月を予定しているから。秋の装いでね」
「はい」
 
「ちなみに他にどんな人が出るんですか?」
「1月は振袖で百瀬みゆき、2月はチョコレートを連想する衣装でXANFUSの2人、3月は演歌歌手から唯一人エントリーする坂本旬子。十二単を着てお雛様風。4月は賑やかにFireFly20の24人、5月と6月は交渉中、7月は水着でKARIONの3人、8月も水着で谷崎聡子、9月が君たち、10月も交渉中で、これがこけたら、済まないけど、君たちを10月にコンバートさせて欲しい」
 
「10月はもしかして魔女の扮装とか?」
「正解。ハロウィンね。11月がAYA, 12月がサンタの衣装でスイート・ヴァニラズ」
 
「10月の交渉中はスリーピーマイスか・・・・」
「まあ、想像に任せる」
「魔女の衣装になりそうだなぁ」
と笑いながら私は政子を見たが、政子も特に嫌がる風ではない。
 
そういうことで、私たちは2011年のカレンダーに1枚だけ出ることになったのであった。そしてやはりスリーピーマイスとの交渉は成立しなかったようで、私たちは魔女の衣装で10月を飾ることになった。政子はけっこうノリノリで撮影されていた。
 

「でも水着なら辞退してたかも」
とその夜、私のマンションで政子は言った。
 
「何で?与論島で水着写真撮ったのに」
「写真集はいいけどさ。カレンダーだと1ヶ月間ずっと見られてる訳じゃん」
「えー?気にすることないのに」
「うん。気にしてたら仕方ないけどね」
 
「・・・オカズにされるのが嫌とか?」
「それはこういう仕事してたら仕方ないと割り切ってる。冬は可愛い女の子の写真とか、オカズにしてた?」
「うーん。何かオカズ使ってやった記憶って無いよ」
「へー。どういうこと想像してしてたの?まだできていた頃」
 
「何かを想像してってのあまり記憶が無いなあ・・・夜寝る時に何となく手が触れたら少しいじったりしてたけど、必ずしも出しちゃうとこまでしてなかったし。他の男の子たちが話してるの聞いてたら、みんな毎日出してるみたいな話だったから、え?そういうものなの?なんて思ったり」
「毎日出してなかったの?」
 
「うーんと。ほぼ毎日触ってたけど、出すのは週に1回くらいだったかも」
「それは男の子にしては珍しいかも」
「うん。自分は他の男の子とは少し違うかも、という気はしていた」
「冬は元々男性ホルモンとか弱かったのかもね」
「そうかもね・・・」
 
「ね、正直に答えなさいよ。ローズ+リリー始める前に、女の子になりたいとか自分が女の子だったらとか、生まれ変わるなら女の子がいいなとか、そういうこと思ったこと無かったの?ここだけの話。追求しないから」
 
「・・・・たまにそんなこと考えることはあった。おちんちん、股にはさんで女の子ってこんな感じかな、とか思ったり。その状態で、このあたりがクリちゃんかな、ってあたりをぐりぐりしたり・・・・」
 
「やっぱりね。もひとつ。スカート穿いたことは?あの高1の時以外で」
「・・・何度かあることはある」
「やっばり」
「内緒にしてて」
「いいよ。でも私ちょっと安心した」
「そう?」
政子は優しく私にキスした。
 

9月5日の日曜日は午前中にエレクトーンのグレード試験6級を受けた。
 
5月の7級試験の時は「唐本冬彦」の名前で受けたので受験者が違うなどと言われて苦労したのだが、今回から「唐本冬子」の名前で受検したので、何のトラブルも無かった。私は学生証が「唐本冬子」の名義なので、何か言われたらそれを出して本人確認しようと思っていたのだが、身分証明書等の提示を求められることも無かった。
 
試験もスムーズだったし、演奏はけっこう褒められた。しかし7級を受けた時のように、アレンジがハイレベル過ぎるとまでは言われなかったので、来年くらいに5級を受けるには、かなりの練習をする必要があることを感じた。
 
会場を出たところのカフェで政子が待っていたので、落ち合ってコーヒーを飲みそれからふたりでドライブに出た。
 
「明日は学校だし、今日中に帰らなきゃね」と私。
「明日の朝までに帰ればいいんだよね」と政子。
「・・・まいっか。行きたい所はある?」
 
「うーん。。。会津磐梯山とか見てこれる?」
「行けるよ。ノンストップで3時間くらいで辿り着くはず」
「じゃ、そこ」
 
私たちは首都高に乗り、川口JCTから東北道を北上した。
「これって、宇都宮に行く時の道だっけ?」
「そうだよ。いつもは鹿沼ICで降りるけど、今日はもっともっと先まで行くよ」
 
上河内SAで休憩し、宇都宮餃子を分けて食べる。
「ここって宇都宮市内なの?」
「そそ」
「私、餃子けっこう好きになったかな」
「宇都宮に来る度に食べるもんね」
「横浜の中華街で食べる餃子が最高と思ってたんだけど、宇都宮も好きだなあ」
 
1時間ほど休憩しておしゃべりしてから出発。車は更に東北道を北上し、郡山JCTから磐越道に入り、西行する。やがて磐梯山が進行方向右手にその姿を見せてきた。
 
「わあ、きれい・・・・・凄く久しぶりに見た」と政子。
「自然が作り上げたものって、全て美しいよね。人間のワザはなかなか神には及ばないよ」
「元々のパワーが違うし、持ってる時間も違うしね」
「私たちって、どのくらいの持ち時間があるんだろうね」と私。
 
「私は60歳まで生きれたらいいかなあ」と政子。
「もう少し生きられるんじゃない?マーサは。私はこれだけ身体をいじってたら寿命もかなり消耗してると思うから、マジで60歳くらいまでかも知れないけど」
「冬、私より先に死んじゃうの?」
「たぶん」
「寂しいなあ・・・・」
「・・・・じゃ、私が先に死んだら、マーサの守護霊になってあげる」
「ほんと?約束して」
「約束する。マーサと、マーサの子供たちを守ってあげるよ」
 
「うん・・・私の子供か。。。冬に似てるといいな」
「無茶なこと言わないで」と私は笑う。
 
「ね・・・私、彼氏作ったり結婚したりしてもいい?」
「もちろん。私に遠慮しないでよ。私、マーサの子供はきっと自分の子供みたいに可愛く思える気がするな」
「じゃ可愛がって」
「いいよ。女同士だから結婚してても気軽にマーサんちに行けるだろうし」
「その点、女同士って便利だよね。私、冬に授乳任せて休んでたりしようかな」
「それは無理だよ。お母さんしかおっぱい出ないもん」
 
「冬はおっぱい出るようにならないのかな?」
「うーん。そのあたりはよく分からないなあ・・・以前アメリカで夫婦で交替で授乳してる人って話は聞いたことあるけど」
「あ、それやりたーい」
 
磐梯山SAに駐めて景色を楽しむ。私たちはSAの端の方でしばらく一緒に山を眺めていた。
 
「ね・・・高速のサービスエリアって上り線と下り線にあるよね」と政子。
「うん」
「同じ名前が付いてて、距離的にも近いんでしょ?」
「わりと近くにあることが多いね」
「でも向こう側には行けないんだよね」
「そうだね」
 
「寂しくないのかな・・・お互いに」
「・・・・サービスエリアには感情は無いかも」
「私、寂しいと思うなあ。だってもともとペアなのに」
「そうだね」
「私たち・・・こうやって一緒にいるけど、ひとつにはなれないのね」
 
「恋人じゃないもん。でもずっと仲良くしていけるよ」と私。
「ずっと仲良くしていける?」と政子。
「20年も30年も40年も仲良くしていけるよ」
「うん・・・」
 
「でもね、サービスエリアでも時々お互いに行き来できる所もあるんだよ」と私。
「へー」
「ちゃんと通路で繋がってて。いつも宇都宮に行く時に休憩で使ってる佐野SAなんかもそうだよ」
「えー!?知らなかった」
 
「東名の浜名湖SAなんて、そもそも上下線のSAが一体化してるしね」
「ああ、そういうのいいなあ」
 
「私も・・・その内恋人作っちゃおうかなぁ」
「うん。作れるよ。頑張ってね」
「私ってコンプレックスの塊だなあとか思うことある」
 
「それはみんなそうかもね。でも最近、冬のファッション傾向また変わったね?」
「そう?」
「春頃は強烈に女の子・女の子してたのに、最近は揺り戻しが来てるというか」
「あ、それはある。無理に女を強調しなくても自分は女の子だよな、と思うようになって、力が抜けた感じ」
「ごく自然に女の子になったね」
「うん。自分が女の子だという自信も出て来た」
「よしよし」
政子は私の頭を撫でた。
 
私たちは施設の中に戻り一緒にラーメンを食べた。
 
「ねー。この道って、このまま行けばどこまで行くの?」
「新潟市まで行くよ」
「え?・・・だってここ福島なのに」
「えーっと、福島県と新潟県はくっついてるんだけどね。福島県の西側に新潟県がある」
「えー?嘘!福島県って日本海に接してなかった?」
「接してない。受検で地理を取らなくて良かったね」
 
「うーん。知らなかった。あれ?でも新潟に行く時はいつも関越に乗るのに」
「関越の終点は長岡市。中越地区だね」
「あ、私、その中越とか上越とかがよく分からない」
 
「新潟県を3つに分けてるんだよ。西の方、京都に近い糸魚川付近が上越、真ん中の長岡市付近が中越、東側の京都から遠い新潟市付近が下越」
「あ、そうか。あれ?上越新幹線って、上越に行ってないよね」
 
「あれが混乱の元でさ。上越新幹線というのは、上州(じょうしゅう)と越後を結んでいる新幹線であって、地域の名前としての上越とは無関係。上越地区に行く新幹線は今建設中の北陸新幹線なんだ」
「ああ!上州と越後で上越なのか!東横線や八高線と同じ原理!」
「そうそう」
 
「で、上州(じょうしゅう)ってどこだっけ?」
「上野国(こうずけのくに)のことで、今の群馬県だよ。『こうずけ』は『うえの』
と同じ字だね」
「あ、吉良上野介の上野か」
「そそ」
 
「あれ?そしたら下州が栃木?」
「うーん。残念ながら下州とは言わない。栃木県は『したの』と書いて下野国(しもつけのくに)で、野州(やしゅう)。野(の)の州だね」
「面倒くさい。私、やっぱり地理分からなくていいや」
「あはは」
 
「私、地理覚えないから、冬、私のドライバー兼ナビゲーターになってよ」
「もうなっている気がするけど」
 
「あ、いいこと思いついた。このまま新潟まで走って、新潟で何か食べてから関越で東京に戻らない?」
「いいよ。朝までには戻れると思うし」
 
そういう訳でその日私たちは結局磐越を終点まで走り、新潟市内に降りて、せっかく新潟まで来たからということで、地場のスーパーで買い物をして、最近政子がお気に入りの「えご」と「胎内ハム」を買って車内に置いているクーラーボックスに入れる。それから新潟市内でこれまで何度か行ったライブハウス(春に長岡で行った店の姉妹店)でいくつかのバンドの演奏を聴きながら食事をした。さすがに今宵は飛び入りで歌うことはない。
 
22時すぎにライブハウスを出て、北陸道に乗り南下する。黒崎PAで休憩し、目隠しをした上で、ふたりで後部座席に行って少しイチャイチャした。
 
「車の中って狭いけど、何となく興奮するよね」と政子。
「そう?」
「柔らかいベッドの上もいいけど、車の中でこういうことするのも割と好き」
 
その日最初はふたりとも下着は着けたまま抱き合い、一緒に毛布をかぶっていた。しかしその日はけっこうエスカレートしていった。
 
「冬ちゃんのおっぱいはよく育ってますね〜。舐め舐めしてあげます」
というと政子は私のブラを外してしまう。
 
「あう・・・」
「どうしてこんなに成長するんですか?」
「ホルモンの利きがいいみたいです。玉取ったせいかも」
「じゃ、おちんちんも取ったらもっと成長するかな?」
「それは関係無いかも」
 
「取っちゃうと巨乳ちゃんになるかもですよ〜GとかHとか」
「そこまで大きいのはちょっと・・・・」
「あんまり大きくなりそうだったら、シリコンは抜いちゃいましょうね」
「それもいいかも・・・・」
「私も少し気持ち良くなりたいから、私のおっぱいも舐めなさい」
「はい」
 
政子のブラも外す。そして、私たちは身体を反対向きにして、下半身は座席の下にやり、少し窮屈な姿勢になるものの、お互いの乳首を舐め合った。これは最近お気に入りの遊び方である。舐められるとかなり気持ちいい感じがあった。毛布は政子の身体をきれいに覆うようにしてあげた。
 
そうそう。私たちは車内でこんなことをする時も、センターアームレストの所に、コンちゃんを1枚置いておいた。既に私の突起物(政子は棒じゃなくて綱だね、などと言ってた)は立つことはなくなったので、コンちゃんを使用することはもう不可能なのだが、お互いの気持ちの上で一線を越えるようなことをする時は、象徴的な意味で開封する約束である。
 
「ねえ、シックスナインしようよ」と政子は甘えた声で言った。
「開封する?」
「開封しなきゃだめ?」
「シックスナインはさすがに一線を越えると思うなあ。四十八手にも入ってるよ」
「入ってるんだ!」
「椋鳥(むくどり)っていうよ」
「なんで、むくどりなの?」
「だって69でしょ」
「語呂合わせなのか!!」
「で、どうする?」
「うーん。我慢する。代わりにクンニして」
「はいはい」
 
「ねー、クンニは四十八手に入ってるの?」
「入ってるよ。花菱責めだよ。でもサービス」
「よし」
 
そんな感じで結局2時間くらい車内でイチャイチャしてて、結局12時頃眠ってしまった感じであった。
 
目が覚めたのは2時だった。政子はまだ寝ていたが、いったん起こし、寝ててもいいから、一応着席してシーベルトしてと言った。政子は眠いから後部座席にいるといい、一応服を着たうえで後部座席でシートベルトをして、そのまま身体を少し斜めにして眠ってしまった。
 
私は微笑んで、服を着た上で眠気覚ましにトイレに行って自販機で缶コーヒーを買ってきてから、運転席に着き、車をスタートさせた。
 
北陸道を更に南下、長岡JCTから関越に入ると、急激に車の量が増える。速度も異様に速い!右車線なんて130km/hくらいで流れている。私はゆったりとした流れの左車線に入った。こちらは80km/hくらいの流れだ。こんなに速度差があると車線移動もかなり大変である。
 
速度超過で万が一にも捕まったりしたら謹慎ものであり、私が謹慎すれば会社自体の存続に関わるので、私は会社の車であれ自分の私物の車であれ、運転をする場合に絶対に交通違反はしないという誓約書を書いている。それを厳格に守る自信が無ければ、自分で運転せずに運転手を雇えと須藤さんは言っていた。
 
少し走って塩沢石打SAで休憩した。ここも好きなSAである。政子も目を覚まして「越後もち豚とんかつ定食」を食べた。私は舞茸うどんにしておいた。
 
「そんなんで足りるの?たくさん運動したのに」
「だって夜中だよ」
「ああ、私もう少し入りそう」
というと政子はカツカレーを頼んでいた。私は政子がぺろりとカレーを食べるのを微笑みながら見ていた。
 
ここで1時間ほど休憩してからまた出発する。政子は助手席に乗ったが「まだ眠い」
と言って眠ってしまった。車は結局8時前に私のマンションに到着した。
 
冷凍ストックしている御飯をチンし、若布と豆腐の味噌汁を作り、昨夜新潟で買った「えご」を切って、朝御飯にした。政子はマンションに戻ってからも私が朝御飯を作っている間寝ていた。
 
「ここは学校に近いから、ぎりぎりに出て大丈夫ね」
「その代わり、寝過ごしたら救いようがないけどね」
「確かにね。小学校とかの時も近所に住んでいる子に遅刻魔が多かったな」
「ありがち」
 
「今日は冬忙しいの?」
「学校が終わってから茨城の放送局3ヶ所回ってくる」
「毎度ハードだなあ」
「帰りは9時頃になりそうだから、先に何か作って食べててよ」
 
「ううん。冬が帰ってから晩ご飯にするよ。それまで、おやつ食べてるから」
「ほんと、マーサって結構食べるのに太らないよね」
「そうね。。。お腹の中の子がたくさん食べるのかな」
「え?マーサ、妊娠してるの?」
 
「まさか。ちょっと言ってみただけ」
「びっくりした」
「ああ、でも6月にしちゃった時に奇跡的に妊娠してたら、今頃妊娠3ヶ月か」
「えっと・・・生理は?」
「残念ながら、ちゃんと来てるのよね。定期的に」
「あまり、驚かせないで」
「ふふふ。私との間の赤ちゃん、欲しかった?」
 
「・・・・最初で最後の体験しちゃったからなあ。もし私に子供ができる可能性があったとしたら、あれが唯一のチャンスだったね。・・・・でもきっと、精子は無かったかも」
「そうね・・・・・・間違いか偶然か陰謀か何かでも、私が冬の赤ちゃんを妊娠したら産んでもいい?」
「それはもちろん」
 
政子は8年後にあやめの妊娠を明かした時、私の冷凍精液を政子の卵子に受精させるのに私の同意を取ってないと文句を言ったら、この時の会話を引き合いに出して、私は妊娠に同意している、などと主張した。
 
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【夏の日の想い出・新入生の秋】(1)