【夏の日の想い出・天使の歌】(1)

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龍虎は多数の友人と一緒に歌を歌っていた。無伴奏だがボーイソプラノの響きがとても美しい。龍虎たちはだいたいC5-C6くらいのハイソプラノで歌っているのだが、多数のハイソプラノの声が共鳴している内に、自分たちが歌っている音より1オクターブ高い声が響いてくるのを感じていた。
 
その高さの声はふつうの人間が出せる声の高さでは無い。
 
それを「天使の声」と言うんだよ、とスカート姿が可愛い先輩は教えてくれた。合唱をしている人の間ではわりと知られている現象らしい。すごくうまくハーモニーが取れていることを意味するもののようである。
 

そういえばうちの合唱学校って男子ばかりだと思うのに、なぜか中等部の先輩たちはみんなスカート穿いているよな、と龍虎は時々不思議に思っていた。
 
ちなみに龍虎たち初等部の生徒の制服は下はキュロットである。おちんちんを出す穴は無いので、みんなトイレは個室を使用する。というより、この学校のトイレには小便器というものが存在しない。おしっこする時にちんちん見られるなんて恥ずかしいじゃん、と言っていた友人もいたが、そんなに恥ずかしいものなんだろうかと龍虎は疑問に感じていた。
 
その日、初等部6年生の10名は初等部卒業で、その内、成績上位の6名は、来月からは中等部に進学することができると言われた。龍虎は2位の成績だった。
 
「これから個別に中等部に進みたいか、ここで辞めたいか尋ねます」
と言われ、1位の子が個室に入っていった。15分ほどの後、彼はスカートを穿いて恥ずかしそうにして出てきた。
 
「中等部に行くの?」
「うん。そうすることにした」
「もう中等部の制服なんだ?」
「ちょっとこれ恥ずかしー」
 
へー。じゃボクもスカート穿かないといけないのかな?
 
名前を呼ばれるので面接室に入る。
 
「君はとても立派な成績なので、中等部に推薦したいです。中等部に行きますか?」
「はい。行きたいです。よろしくお願いします」
 
「分かりました。それでは今から去勢します」
「え?」
「声変わりが起きたらボーイソプラノが出なくなるので、中等部に行く子は声変わり防止のため、睾丸を除去することになっています。あなたは中等部に進学するので、睾丸を除去してもらいます」
 
「え〜〜〜!?」
「嫌ですか。あと10秒以内なら取り消せます」
 
10秒!? どうしよう? でも龍虎はまだまだ歌が勉強したいと思った。
 
「中等部に行きたいです。睾丸は取って構いません」
「分かりました。ではそこに寝て下さい」
 
それでベッドに寝る。キュロットとパンツを脱ぐように言われるので脱いだ。
 
「では睾丸を取りますね」
「はい」
 
何か箱のような物をお股に取り付けられた。
 
「去勢は自動で行われます。自分でその箱の黄色いボタンを押して下さい」
 
自分でボタン押すの〜!?嫌だぁ。玉を取られるのは仕方ないと思ったのに自分でそれを操作しないといけないなんて・・・
 
と思いながら龍虎は箱の上に付いている赤いボタンを押した。
 
「あ、それは違う!」
「え!?」
 
そういえば黄色いボタンと言われた気がするぞ。でも赤いボタンしか無いじゃん!
 
「箱の横に付いている黄色いボタンを押さなきゃいけないのに」
 
箱の横〜〜?
 
「赤を押したらどうなるんですか?」
「睾丸だけではなく陰茎も取ります」
 
嘘!?
 
箱が取り外されると、そこにはおちんちんもタマタマも無くなっていて、まるで女の子みたいな割れ目ちゃんができていた。
 
きれ〜い!
 
これでもいいんじゃないかな、と龍虎は思った。
 
でもこれわざと間違えるようにしてないか!?
 
「ちんちんが無くなったのであなたは女子生徒になってください」
「分かりました」
「女子はこういう男子用パンツは穿けないので代わりに女子用パンティを穿いて下さい。それから下もキュロットではなくスカートになります」
 
と言われて白い前開きの無い、前身頃が1枚布になっているパンティを渡されるので穿くとピタリとお股にフィットする。何も突起状のものは無い。布が肌に食い込んで縦筋のような物がてきている。そしてスカートを穿いて鏡に映したら、なんか可愛い気がした。
 
「それではあなたは女子になったので名前は長野龍虎あらため長野龍子になります。それでは中等部でも頑張って下さい」
「はい。頑張ります」
 
それで部屋を出た。次の子が呼ばれる。
 
その日成績上位の6人は全員スカートを穿いて部屋から出てきた。
 
「なんで君たちスカートなの?」
「秘密」
 
6人が全員辞退せず中等部に進学したので、残りの4人は何も知らないまま、初等部卒業で学校を後にした。
 

そこで目が覚めた。
 
龍虎は物凄い動悸がしていた。
 
変な夢!
 
でもボク中世のヨーロッパに生まれていたら絶対去勢されてカストラートになってるだろうなと思った。パジャマを脱いでパンティも脱いでみる。
 
そこには、おちんちんもタマタマも無く、女の子のシンボルがある。
 
ボク女の子で良かった!去勢されることもないし、と龍虎Fは思う。
 
しばらくその格好で居たら、隣で寝ていた龍虎Nが目を覚ます。
 
「ちょっとちょっと、なんでパンティ脱いでるのさ?」
「ねぇ。おちんちん切ってあげようか?」
「要らない!」
「ああ、やはり、ちんちん要らないのね?」
「ちがーう!」
「女の子になりたいと思っているくせに。女性ホルモン飲ませちゃうぞ」
「あ、やめてー!!!そんなの飲んだら胸が大きくなって困る」
「おっぱい大きくしたいくせに」
 
それは龍虎のマンションでの日常的な朝の光景であった。
 

ローズ+リリーの2018カウントダウンをしたMuse-3施設のある土地の広さは250m×400mの10ha(10万m2)ある。サッカーのピッチ(105m×68m)が10個取れる広さである。もっとも、日本で最も広いサッカー場である、日産スタジアム(横浜国際総合競技場)の面積はここの1.7倍もある。あちらはピッチの周囲に7万人の固定観客席が設けられている。むろんそんな巨大な競技場を運営できるのは、横浜という大都市にあるからである。
 
横浜国際総合競技場の建設費は600億円。土地は横浜市のものであるが付近の土地価格は平米あたり30万円程度なので土地代は510億円くらいと推測できる。一方Muse-3の土地購入価格はわずか15億円。カウントダウンライブをするために建てた仮設劇場の建設費は、ほんの(?)2億円くらいである。こちらがいかにチープにできているかが分かる。
 

「しばしば田舎に大きな設備作って赤字だ、赤字だというのはさ」
と若葉は言った。
 
「お金を借りて設備作っちゃったからじゃないかという気がするんだよね」
「ほほお」
「会社とか自治体が出資して事業した場合も同じ。出資した以上利益をあげなければいけないというのは、結果的には借金で運用しているのと同じ」
「ふむふむ」
 
「私たちの場合は元々お金が余って困っているから、その余っているお金で建設しただけのことで、利益を出す必要も無い。だからその施設が何の利益も生み出さなくても全然平気」
 
「それは面白い見解だね。もっとも私は困るほど余ってないけど」
「でも冬も仮想通貨で少しだけお金持ちになったでしょ?」
「あの時は会計士さんが絶句してたよ」
「ああ、それはこちらも同様だ」
と若葉は言ったが、たぶん千里の会社の会計士さんも、入力間違いではないかと通帳を確認したりしていたろう。
 

カウントダウンのために作った施設でアクアのライブをやりたいというのをTKRが小浜市長に申し入れたら、市長は歓喜で受け入れてくれた。ただ、今後もしばしば使うなら、もう少し耐久性のあるものに更新してもらえないかという申入れがあった。そこで“お金が余って困っている”若葉が、40-50年は使えるものを建てることにしたのである。
 
若葉の構想としては、ステージとその前の扇形の客席(幅最大200m 奥行100m)を常設の劇場として建設し、その後方に幅230m×奥行160mの展示場を建設しようということであった。劇場は客席面積1万m2で概算で2万人弱の定員のホール、展示場はアリーナ部分が200m×140mで面積2.8万m2で、概算5万人強の定員の観客席が設置できると考えられる。
 
そしてアクアのイベントのような大きなライブをする時には、両者の間の壁を取り外し、一時的な屋根と外壁を設置して、一体として使用するのである。
 
若葉はこれを1月中旬に市側に構造設計書・耐震計算書などとともに提出した。そのあまりにも早い提出に市側は驚いたが、実はMuse-3に計算させたのである!
 
建設工事で大量の雇用が見込めることから、設計はすぐに市議会で承認され、即工事が始まった。
 
私企業(というよりほぼ個人)の建設なので入札などをする必要が無い!それで千里が推薦する播磨工務店という建築会社が中心になり、地元の多数の工務店や作業員派遣会社を指揮して工事が2月頭から始まった。この時期は自動車工場などの季節工に出ている人も多かったのだが、割のいい仕事があると聞いて早めに向こうを辞して地元に戻ってくる男たちもかなり居たようである。
 
若葉はMuse-3の施設のある土地に隣接する山側に4haほどの土地を昨年秋の段階で買って木の伐採などをしており、ここに12月31日には山村がヘリコプターを着陸させたりしていたのだが、若葉は市議会でホールと展示場の建設の件が審議されている間に先行して大量のユニットハウスを発注していた。そして市の承認が取れるとすぐにここに80棟ものアパートを建ててしまったのである。各ユニットハウスは2階建てで10個の1Kルームからなっており、1人1部屋の場合で800人を収容可能である。実際には仲の良い友人が一緒に住んだり、夫婦で住んだりする例もあり、この「工事用住宅」で1000人以上の作業員を収容することができた。
 
それ以外にも小浜市内・敦賀市内・舞鶴市内などから通勤してくる者も多く、この時期、小浜線の乗車率が凄いことになり、JR西日本はすぐに車両の連結数を増やす対応を取った。特に通勤時間帯が通学時間帯とも重なることから、トラブル防止のため、女性専用車両を設定して、女子高生たちには必ずそちらに乗るよう高校で指導してもらった。
 

若葉はこの工事用住宅の住人に朝御飯と晩御飯のデリバリーを実施(小浜市内の飲食店は特需となった)。お昼は作業中に出るので、食費ほぼゼロで生活できるようにした。物凄い住宅街が出現したので、大手コンビニチェーンが臨時店をオープンしてくれて、ここは物凄く繁盛した。
 
作業員の日程は
 
_9:00-10:30 作業
10:30-11:00 休憩・おやつ
11:00-12:30 作業
12:30-13:30 昼食・休憩
13:30-15:00 作業
15:00-15:30 休憩・おやつ
15:30-17:00 作業
 
ということになっている。一般的な建築業での作業スケジュールである。
 
但しこれ以外に夜間の作業をする特別チームもある。その参加者は昼間は仮眠をしている。
 
荒っぽい男たちが多いので、信頼出来そうな人たちを集めて自警団を結成。作業中も作業終了後も建築現場や工事用住宅を巡回して揉め事などが起きないようにした。トラブルメーカー、ヤクザの組員などは遠慮無く解雇した。
 
自警団の手に余る者は播磨工務店の社員が直接対応したが、彼らに逆らえる者は皆無だった!初日に相撲取り崩れの体重100kgの巨漢を播磨工務店の女性秘書!が一発背負い投げで抵抗意欲を無くさせたのを見て、この人たちには逆らえないという空気が支配的になったようである。女でさえこんなに強いのなら、男の社員を怒らせたら・・・というのでみんなおとなしくなったのである。実際、播磨工務店の社員は全員物凄い身体能力を持っているようだった。40代っぽい社長さんが数百キロありそうな鉄骨を抱えてひょいひょいと高い所に持って上がるのを見て、みんな特撮か!?という気分になったらしい。
 
そういう訳で工事は物凄い速度で進行したのである。
 
プレキャスト工法、ユニット工法などの標準化と流れ作業によるスピード化だけではあり得ないほどの速度で工事は進捗していた。
 
なお、カウントダウンのために建てた施設に使用した若狭杉の木材も今回の建築で主として強度を必要しない場所にどんどん再利用した。
 

一方、福島の方でおこなう、3月9-10日の震災イベントについても準備作業が進められていた。
 
ローズ+リリーの演奏に参加してくれる人としてまずスターキッズ&フレンズ(山森さん以外)は私とマリが旅費を折半して連れていく。詩津紅と千里に「参加してくれる?」と訊いてOKをもらう。『コーンフレークの花』で踊ってくれるダンサーだが、音羽と光帆が名乗りをあげてきた。
 
「ビキニまでは脱いでいいよ」
「ヌードは特別料金もらったら考えてもいい」
「いや。真冬だから脱ぐのはやめておこうよ」
「ところで私たち踊ったら、ローズ+リリーの伴奏者として旅費がそちらの予算から出たりしない?」
 
私は苦笑した。
 
「そちら8人分の交通費・食費・宿泊費は私が個人的に出すよ」
「やった!」
 
笙については鮎川ゆまに電話すると
「交通費と宿泊費だけ出してくれない?食費はいいや。ここ1年南藤由梨奈も活動が停滞気味だったから懐が寂しくて」
と言うので、それを私が個人的に出して、ついでにマンションから適当にお酒持っていってと言ったら、段ボール箱に詰めて持って行っていた!
 

私は青葉に電話してみた。
 
「そちら就職戦線はどう?」
「名古屋もお祈りメールが来ました」
「ああ。ダメだったか」
「その件で金沢〒〒テレビの石崎部長がちょっと話したいと言っているので、ひょっとしたら採用してくれるのかもという気がしています」
「採用してもらえたらいいね!」
「ええ。私も東京・大阪・名古屋でダメだったら北陸のどこかの放送局に入れないかなと思っていたので」
 
「ところで3月9-10日とか時間取れないよね?」
「震災イベントでしょ?すみません。3月11日に和実の帝王切開をする予定なので、3月2日以降、私ずっと仙台の病院に詰めているので」
「あっそうか!」
 
「千里姉もです。2人で交代で24時間傍に付きっきりです。ここまで無事来たのが奇跡なので、最後の詰めは慎重にいきます」
「分かった」
 
「ですから私も千里姉もずっと仙台ですね」
「なるほどー」
 
まあ千里は3人いるから、能力をまだ回復させていない1番は置いといて、千里2か千里3のどちらかが仙台の病院にいて、どちらかが福島のイベントに来てくれるのだろう。
 
「そうだ。田中(世梨奈)さんと上野(美津穂)さんは都合付かないかな?」
「行けると思いますよ。彼女たちの交通費・宿泊費・食費は私が出しますから」
「ほんと?じゃ申し訳無いけどよろしく」
 
それでその2人が参加してくれることになった。
 

私は最後にコスモスに電話した。
 
「3月10日のローズ+リリーの演奏に、そちらのレイアちゃんと葉月ちゃんを貸してくれない?ノーギャラだけど」
「いいですよ。葉月は本当にノーギャラになるけど、レイアは給料制だから、あまり関係無いですね」
「うん。じゃよろしく」
「ちなみに演奏楽器は?」
「葉月ちゃんには、キーボードとヴァイオリン、レイアちゃんにはヴァイオリンと、トロンボーンとサンバ・ホイッスル」
「サンバ・ホイッスルですか!」
「やってくれるなら、事前に楽器はあげるから」
「じゃそれお願いします。練習させておきますよ」
 
そういう訳で今年の演奏者は揃ったのである。
 
今回はできるだけコンパクトにまとめようということで、和楽器を多数フィーチャーした曲は外した。
 

2019年2月24日(日・友引)。
 
年内で引退した桜野みちると、Wooden Fourの森原准太の結婚式が行われた。
 
政子はこの日で床上げとしたので、私と一緒に祝賀会に出席した。会場は都内のホテルだが、披露宴方式ではなく基本的に御祝儀無しで参加費だけを支払う“祝賀会”方式にしたので、比較的質素な祝賀会となった。
 
これは本人たちが「あまり派手なことはしたくない」という意向だったので、§§ミュージックの秋風コスモス社長と、Wooden Fourの事務所の池原さんとで話し合い、芸能人の結婚式にありがちな大量の招待客を招いた豪華結婚式のようなものはしないことにした。
 
それで祝賀会は下記の6名の発起人によって主催されたのである。
 
森原側 大林亮平・木取道雄・本騨真樹(Wooden Fourの残り3人)
桜野側 川崎ゆりこ・山下ルンバ・桜木ワルツ
 
案内状も250通ほどしか発送していない。関わった全員に出したら1000通、ひょっとすると2000通を越えて費用も億を超すところだが、それでは“豪華結婚式”になってしまうので、主として川崎ゆりこと大林亮平で話し合って、200人まで人数を絞った。しかし向こうから「ぜひ出席したいので」と連絡してきた人には送ったので結果的には250通送ることになった。それで費用は2000万円程度で抑えられることになった。会費3万円なので差額1250万円を新郎新婦が負担することになるが、会費と別途で、私・紅川・コスモス・WoodenFour一同が少し包んだのでそれでだいたいトントンくらいになるはずである。
 
芸能人の結婚披露宴というと大人数になりがちなので立食パーティー方式の場合が多い。しかし発起人たちは着席方式を採用した。250人であれば、この人数を着席させられる会場はけっこう存在する。
 
会場は新宿Kプラザホテルのディグニティホールを使用する。正餐形式で最大450名入るが、ここに余裕でテーブルを並べる。祝賀会は3時間ほどで、最初の1時間はオーケストラの生演奏を入れて、ゆっくりと食事を楽しんでもらい、残り2時間は参加者の余興の時間とする。
 

祝賀会のドレスコードは「平服でおいでください」と案内状に記載した。
 
それで私と政子もごく普通のワンピース(シャネル)で参加した。他の参加者もだいたい女性はワンピースか明るい色のスカートスーツ、男性はやや上品な背広スーツで参加している。ロックバンドの人でふだんステージなどに出ているようなツナギとかジーンズなどで来ている人たちもいるが、この業界ではそれが“ロックバンドの正装”のようなものなので問題無い。
 
お祭りの法被が正装とみなされるのと同じである。
 
アクアと顔を合わせた時、政子が異様に喜んだ。
 
「アクアちゃん、可愛い!」
 
「結婚式だから振袖だよと副社長(川崎ゆりこ)から言われてこれ着せられちゃったんですけど、他に振袖着てる人を見ないんですけど」
と不安そうに言っている。
 
そういう訳でアクアは豪華な加賀友禅っぽい青系の振袖を着ているのである。たぶん300万はすると私は見て取った。ちなみに新婦は3000万円の大振袖を着ていて、それよりは格下の服である。ゆりこは新婦が着る服を知っていたので安心してこの豪華な振袖を着せたのだろう。
 
「向こうで松原珠妃がやはり加賀友禅の振袖着てたよ」
と私は言う。
 
「良かった!他にも振袖着てる人がいるなら、いいですよね」
と“彼女”は安心したふうで言った。
 
今日来ているのはどうもアクアFのようなのである。
 
ちなみにこの日、振袖で来ていたのは、アクア、松原珠妃、青葉の3人だった。珠妃の振袖は700-800万円クラスとみた。
 
青葉は「千里姉に欺された!」と言っていたが、青葉の振袖を見てアクアは大いに安心したようであった。
 
(千里本人はショップブランドっぽいロリータのドレスを着ていた。尋ねると Innocent World だよと言っていた)
 

最初の1時間オーケストラの演奏が続くというのは、うまいなと思った。この手の披露宴とかでは、しばしばすぐ余興が始まり、運営に関わる人が料理を食べる暇がない時もある。なお、挨拶の類いは、池原社長、紅川会長の2人だけであった。挨拶が延々と続くと疲れるからこれも絞ろうということでこの2人になった。乾杯の音頭は∞∞プロの鈴木社長にお願いした。
 
オーケストラの演奏が終わった後は参加者が多数歌を歌ったりバンド演奏をしたりしたし、マジックを披露している人もあったが、歌の伴奏は今井葉月がしていた。彼女、もとい、彼はピアノが上手いし、またよく色々な曲を知っている。即興や初見にも強いようである。ちなみに葉月は刺繍の入った可愛いペールピンクのドレス(ストロベリーフィールズ)を着ていた。
 
「そのドレスはレンタル?」
と訊くと
「パーティーとかに出る機会はたくさんあるから少し買っておきなさいと言われて、ワルツさんと一緒に行って買ってきました」
と言っていた。
 
「葉月ちゃん、女物の服が増殖してない?」
「少なくとも高校卒業するまでは女物の服しか着ません」
 
しかしむしろ彼は男性であることをほとんどの人に忘れられているのではという気がしている。明確に意識しているのはアクアとワルツにゆりこくらいかも知れない。コスモスもかなり怪しい。そのワルツはローラアシュレイのビロード風シックなドレスを着ていた。
 
私と政子もタイミングを見て出ていき、葉月に「伴奏不要」と言って私自身がエレクトーンを弾いて『花園の君』を歌った。千里はゴールデンシックスと一緒に『愛は続くよどこまでも』を歌っていた。青葉は自分でエレクトーンを弾きながら北里ナナの『ナナの海』を歌った。この3組が続くので、その間に葉月にはトイレに行っておいでよと言った。この3組の後は、今度はアクアがピアノを弾いて、桜木ワルツ、トイレから戻ってきた葉月と一緒に『三毛猫のワルツ』を歌った。
 

「葉月ちゃん、トイレはやはり女子トイレ?」
と私は後で訊いた。
 
「私、男子トイレとか使えません」
「ああ。その服では男子トイレには入れないよね」
「私、高校卒業するまでは身も心も女の子ですから」
 
「ひょっとして、女の子になりたくなってきた?」
「むしろ男の子に戻らなくてもいいかなという気分になってきました」
「ああ。丸一年女の子として生活していたらそうかもね」
 
「じゃ性転換手術して本当の女の子になる?」
と政子が訊いたが
「父からは20歳までに去勢するよう言われていますし」
などと本人は言っていた!
「いいの?」
 
「母には麻酔打たれてあやうく去勢されそうになりました」
「嘘!?」
 
「山村さんが訪ねてきたんで未遂で済んだんですよ。母は看護師の資格持ってるけど、実は盲腸の手術くらいはできるって言ってるし。離島で台風が来て病院のある所まで行けないという状態で、盲腸になった人を手術してあげたらしいです。看護学生時代に」
 
「それは緊急避難かな」
「麻酔の打ち方は若い麻酔科医より上手いと本人は言ってます。去勢手術の経験もあるそうです」
「マジ?」
 
「女の子になりたいけど手術受けるお金が無いと言っていた子の去勢をしてあげたことあるらしいです。無料で。こちらは完全に違法ですけど」
「危ない人かも知れない」
 
「ボクの場合、精液は保存してあるし。ちんちんは別としてタマタマは別に無くてもいい気がするし。母は別途病院にも去勢手術の予約をしてお金も払い込んでいて、いつでもそこの病院に行ったら手術受けられるらしいから、お医者さんにやってもらった方がいいなら、そちらに行きなよと言われています」
 
「うーん・・・」
 
やはり彼はもう男の子には戻れないのかも知れないという気がしてきた。
 

2月25日(月).
 
★★レコードが近い内に(子会社である)TKRを吸収する見込みという記事が一部の新聞に掲載され、株式市場で★★ホールディング株が急騰する騒ぎがあった。
 
ここ数年★★レコード本体が業績を悪化させているのに対して、アクア、ステラジオ、などを抱えていて、また配信事業でも利益を出しているTKRは右肩上がりの成長を遂げている。★★レコードが3年ほど前の280億円から毎年売上を落として2018年度は推定180億円の売上に留まったのに対して、TKRは2018年度推定60億円の売上をあげており、いづれはTKRが★★レコードより大きくなるのでは?と考える人も出始めていた。
 
2月25日の株式市場では先週末終値1160円から気配値がいきなりストップ高の1460円まで上がり、買い注文が殺到していた所に、大量の売りが出て全部取引成立してしまった。
 
東京証券取引所は吸収合併の情報の真偽を確認するため、いったん取引を停めた。
 
12時すぎに、★★レコードの村上社長、TKRの松前社長が共同で記者会見し、会社合併の話などは無いと言明した。
 
すると今度は取引再開後、★★ホールディング株は急落し、ストップ安の860円まで落ち込んだ。売り注文が多数あって売買が成立せずにいた所、引け際に大量の買い注文があり、ストップ安での売り注文は全て成立してしまった。
 
しかしあまりにも安くなったことから、翌日は朝から買い注文が殺到する。
 
結局この後、市場は憶測を含めて不確かな情報が飛び交い、株価は何度もストップ安とストップ高を繰り返し、一週間後には期待値から1800円付近という、以前よりかなり高い価格帯で安定した。
 

株価が落ち着き始めた所でアメリカのファンドLion Pairsが★★ホールディング株を8%も所有しているという大量保有報告書を提出して、株主の間に驚きの声があがった。
 
どうもここ一週間ほどの激しい取引の間に大量資金を投入して買い集めたようなのである。そして、その保有率を背景に取締役を送り込んでくるのではという憶測が広がり、株価は更に上昇することになる!
 
実際にLion Pairsの代表が来日して都内で記者会見をし、同ファンドとしては★★レコードがTKRと一体になって経営の効率化を進めてもらいたいと思っていると発言。これでやはりTKRは★★レコードに吸収されることになる、と考える人が増え、株価は更に上昇気味で移行していくことになる。
 
Lion Pairsは★★ホールディングに4月中に臨時株主総会を開催することを要請したが、★★ホールディングは拒否した。株主が株主総会の開催を求めるには「3%以上の株式を6ヶ月以上保持している」ことが必要で、現時点ではLion Pairsはこの要件を満たしていない。しかしどっちみち6月下旬には定例の株主総会が開かれる予定である。
 

「また100億、お金が増えちゃった」
と言っていたのは若葉である。
 
「ああ、若葉はやってると思ったよ」
「★★ホールディング株は180万株持ってたけど、いったん全部売って、ストップ安になったところで買い戻して、それだけで10億円の利益。その後何度も急上昇と急下降を繰り返したから、その度に儲けて最終的には230万株保有になって、その間に得られた利益は108億円」
 
「若葉ってやはり相場の才能があると思うよ」
 
この相場には千里、雨宮先生も参戦し、千里は80億儲けて最終240万株所有になり、雨宮先生は20億しか儲けていないものの、最終150万株を所有することになった。2016年春の相場の時ほどではないものの今回の相場は儲けた人と損した人の明暗が凄かったようである。
 
例によって卍卍プロの三ノ輪会長はまた40億損したらしい!
 
あの人はいったいどこで儲けていればこんなに毎回毎回損失を出せるのか不思議である。
 
しかし、若葉・千里・雨宮先生、3人の所有株式は合計すると620万株になり、発行済み株式の12%ほどに達する。もし3人が共同すれば(お互い個性的な3人が共同するかどうかは不明)、★★レコードの経営に大きく関与出来るのではという気がした。少なくともLion Pairsより大きいじゃん!
 

「だけど虚空さん、歓喜さんに、ひまわり女子高2年A組16番さんも今回の相場で200万株くらい所有することになったみたいだよ。みんな大量保有報告書出したくないから、5%未満にしている」
と千里は言った。
 
「え?イリヤさんのお父さん、そんなに儲けたの?だったら性転換手術する?」
と私が訊くと
「イリヤさんのお父さんはひまわり女子高2年A組17番。こちらは16番」
「番号違いなんだ!お友だちか何か?」
「無関係だと思うけどなあ。2A15さんも知ってる。みんな海浜ひまわりのファンクラブ会員番号だよ」
 
「え〜〜〜!?」
 
「男の子でもおじさんでも、特別入会費+年会費9000円を払えば先着3900人(50人×26組×3学年)は女子高の写真付き生徒手帳がもらえるというので、当時けっこう話題になった。2年A組は先着50人だけがもらえたから激レア。まあ受付初日に到着した申し込み書の中から抽選だけどね」
 
「へー!」
 
「B組以降の写真は自己提出だけど、1年A組,2年A組,3年A組の150人については指定の日に東京に来てもらったら、エステまでした上でメイクの達人に可愛くメイクしてもらって本人の身体サイズに合う女子高制服を着せられて撮影しているから50歳のおっさんでも何とか女子高生に見える写真に仕上がっている。実際にこの150人に入った中で現役女子中高生・女子大生は10人ほどにすぎなくて、大半が男子高校生・男子大学生だった。30歳以上も20人ほどいた。2A15, 2A16, 2A17は、その20人の中のひとりだよ。私は3人ともから生徒手帳見せてもらった。表紙も中のスケジュール表の台紙もすっごく可愛いの。ファンクラブは登録をアクアに変更して会費を払い続けているから現在でも有効だと言っていた」
 
「うーん・・・知らなかった」
 

「もっとも、女子高生に見える写真が貼られた女子高の生徒手帳持ってても、本人が女子高生に見える状態でないとライブ入場以外では意味無い」
「確かに!」
「職務質問とかで荷物チェックされたら、盗んだんじゃないかと疑われて警察署までご同行になったりしてね」
 
「あはは。あれ?でもそんな写真でライブ入場の時の顔認証通る?」
「顔認証は目や口の位置関係とか、骨格系を見ているから全く問題無い。メイクしただけで顔認証が通らなかったら、女性の入場ではトラブル多発だよ」
「あ、そうか」
 
「でも自分がオーナーになった会社のタレントのファンクラブ名くらいは把握しておくといいよ」
と千里は言った。
 

ちなみにイリヤさんのお父さんは売買のタイミングがうまく掴めず、今回の相場ではトントン。手数料を引くと数万円マイナスになったらしく、株主総会のある6月頃に予想される相場第2弾の結果次第と、イリヤさんと話し合ったという。
 
普通の人はこういう変動する相場で、そうそう儲けられるものではないだろうと私は思う。むしろ大半の人が損したのではないかという気がした。今回はコンピュータで売買した投資家の多くが損失を出しているらしい。つまり過去の相場の動きの法則に反した動きが多かったということなのだろう。
 
ちなみにイリヤさん本人は怖くて手が出せない気分だったものの800円ほどまで落ちたタイミングで20万株(時価3.6億円だが取得価格は1.6億円)だけ買ったらしい。これは発行済み株式の0.4%に相当し、彼女も充分大株主である。
 
私はその話を千里から聞いて、昨年春はほんとに収入が無くて困っていたのが2億円の投資ができるほど利益が上がったのかと内心驚いた。現在30人ほどのアレンジャーを雇っているのでその給料だけでも2000万円くらい毎月掛かるはずである。
 
ちなみにイリヤさんのお父さん(2A17)も3万株(時価5400万円・取得価格2400万円)の株主となったらしい。但し娘から2000万円借りているので、年内に返せなかったら奴隷決定らしい!
 

「奴隷って何させるの?」
「さあ。お父さんじゃ性奉仕はさせられないしね」
「そういう奴隷なの!?」
「玉だけ抜いた奴隷って後宮では重宝されたらしいね。安全に遊べるから」
「えっと・・・」
「貞操帯取り付けようかなと言ったら、取り付けて欲しいような目をしていたと」
「屈折してるなあ」
「女装ヌードで新宿を歩かせようかと言ったら、今すぐやりたい目をしてたと」
「ちょっとちょっと」
「来年で定年だし、退職金もらう前に逮捕されるようなことだけはしない方がいいね」
「それは賛成」
 
しかし来年で定年というなら現在は58歳??その年齢でも性転換手術受けたいというのは、男の身体のままで死にたくないという気持ちなんだろうなと私は思った。きっと本当は20歳くらいで女になって女の人生を歩みたかったのが、ずるずると性転換できないまま年齢を重ねてしまったのだろう。でも定年はひょっとすると性転換しやすいタイミングのひとつかも知れない。
 
でもそういう人は死んだ後、戒名はどうなるのだろうか?本人は信女とかになりたいだろうけど、お寺さんが認めてくれるか。そもそも遺族がどう扱おうとするか。それって自分の場合でも微妙だぞ、と私は思った。
 

「どうもTKRの吸収は実施されそうな雰囲気だよ」
と、その日恵比寿のマンションに来た音羽は言った。
 
「そういう、きなくさい話は苦手」
と私は言う。
 
「TKRの松前社長は外して、朝田副社長を★★レコードの取締役にして、実際には大した権限は与えず、TKRの利益だけ呑み込もうという魂胆」
 
「村上社長の考えそうなことだ」
 
「TKRは★★レコードとトリプルスターの合弁だけど、トリプルスターの親会社トラゴンが最近円安のおかげで業績を悪化させているから、トラゴンは株を買い取ってもらえるなら、吸収合併に合意するのではという憶測もある。だから森原会長はそのままトリプルスターに戻る」
 

「だけどTKRはTKRだからうまく行っていると思う。★★レコードの営業手法では利益があがらないよ」
と私は言う。
 
「全く同感。特に問題なのはTKRが抱えている年間売上げ10万円未満のアーティスト。これが現在10万組もいる。ひとりひとりは10万円でも10万組で100億円になる。実際には20億円くらいだけど。この部門だけでステラジオと似たような額を稼いでいる。でも★★レコードがTKRを呑み込んだら、絶対この部門を廃止しちゃうよ」
と音羽。
 
「頭の硬い人たちにはそういう商売の仕方があることが分からないだろうね」
「だから私はTKRを★★レコードが吸収するという話でなぜ★★レコードの株が値上がりするのか理解できない」
 
「そういう過去の手法とは全く違う手法のビジネスがあることを理解していない株主が多いんだと思う。儲かる事業なら吸収して利益が増えるだろうと考える」
 
「★★レコードがTKRを吸収すれば、アクアとステラジオが取り戻せるという思いがあるんだろうけど、アクアもステラジオもTKRだから活き活きと活動できていると思う」
 
「そうなんだよね。アクアが性別を曖昧なままにしておけるのは、三田原さんという本人の性別が曖昧だった人が統括しているからだよ」
「三田原さん、★★レコードに吸収されたら、きっと首にされるよね?」
「ああいう人を毛嫌いする人たちがいるからね」
 

「ステラジオみたいな無軌道なアーティストを統括できるA&Rも★★レコードには居ないし」
「あれも松崎連鹿さんがあの子たちをたくさん煽っているお陰。あの人も三田原さんとは別の意味で、★★レコードに吸収されたら即解雇されそう」
 
「松崎連鹿さんって、絶対付き合いたくない人だよね」
と音羽は言う。
「ああ。彼を良く言う人はいない。だから面白い」
「だって、あの人のそば5m以内に近づいたら妊娠しそうだもん。ステラジオが妊娠しないのは、やはりホシが実は男の娘だからなのかな」
 
「それはないと思うけどなあ」
 

音羽は言った。
 
「ねぇ。私は株買うお金なんて無いけどさ。少しでもTKRとか町添さんたちを応援するつもりがあるなら、冬、自分でも少し★★ホールディングの株を買っておきなよ。今1800円くらいまで上がっているから、損することになるかも知れないけどさ。それで株主総会で村上さんたちの提案に反対しなよ」
 
「それもいいかな」
 
それで私は証券会社の担当さんに電話し、あまり市場を刺激しないペースで、200万株程度、但し250万株(5%)に達しない範囲で★★ホールディングの株をできるだけたくさん買って欲しいと言った。
 
「株を保有することが目的なので損失が20-30億出ても平気ですから」
「分かりました。どのくらいの期間の内に買えばいいですか?」
「権利付き最終日までに」
「3月26日までですね」
 
★★ホールディングは3月決算なので最終平日である3月29日が権利確定日である。株式の権利移動は売買の3営業日後なので、権利確定日の3営業日前である3月26日が権利付き最終日ということになる。
 
「はい。無理だったら買える所まででいいですから」
「それだけの期間があれば200万株は何とかなると思います。今まだ結構値動きがあるし、仕手筋が入っているお陰で取引量もかなり多いから。うまくやりますよ」
 
「すみません。面倒なことをお願いして」
 
私はまた顧問弁護士の岩波さんに電話して、★★ホールディングの株を3月26日までに1単元(100株)買っておいてもらえないかと話した。
 
「株主総会への代理出席ですね」
「それをお願いする可能性があります」
「分かりました。買っておきます」
 
株主総会には代理人を出席させて議決権の行使を委ねることができるが、総会に出席できるのは株主だけなので(総会屋対策のための規定)、株主ではない弁護士は総会に入場することができない、あるいは入場してもその議決権は無効という説がある(裁判の判例が割れている)。それで弁護士さんには、1単元でいいから株主になっておいて欲しいという要請であった。
 
1単元でも持っていることで、200万株(2万単元)の株主の代理人として議決に参加できるというシステムは不条理であるが、現状ではやむを得ない。
 
岩波さんはその日の内に1単元買ってくれた。確実に値上がりする状況なので、早い内に買った方が良い。
 

アルバム『戯謔』の制作は続いていたが、3月上旬に、ふらりと和泉がやってきた。
 
「なんか高校時代の制作を思い出すね」
と彼女は言った。
 
「当時は予算も無かったし、こんな感じでやってたよね」
「原点に戻るというので、こういうのもいいと思うよ。『郷愁』はあまりにもお金の掛け過ぎだよ」
「なんかアルバム3枚作るくらいの苦労した気がする」
「それで売れてない」
「痛いところを突くなあ」
 
和泉は調整室に転がっている譜面を拾った。
 
「これ可愛い曲だね」
 
和泉が見ているのは、あやめが生まれた時に書いた『天使の歌声』である。
 
「ああ。でもそれ今回のアルバムには入れないんだよ」
 
「だったらシングルで出す?」
「え!?」
「これはシングルで出す価値がある曲だよ」
と和泉が言うと、政子が
「賛成!」
と言った。
 

氷川さんと秩父さんに来てもらい、鱒渕・風花・七星に、その場にたまたま来ていた鮎川ゆま、そして和泉も入れて緊急会議を開いた。
 
「ローズ+リリーのシングルは2018年1月の『Four Season』以来、1年以上出ていません。出すべきだと思っていました」
と鱒渕さんが言った。
 
「私も気になっていたんだけど、ケイちゃんがあまりにも多忙な状態だったから、言い出せずにいた」
と氷川さん。
 
「よし、出そう」
と和泉が言って話は決まった。
 
「収録曲目はどうする?」
 
「ひとつは『草原の夢』を使いましょう。あれは『戯謔』のハイテンションな雰囲気には合わないと思ってラインナップに入れなかったんだけど、逆に底抜けに明るいこの『天使の歌声』とは世界観が大きく違わないんですよ」
と風花が言った。
 
「歌詞が短いけど」
「私が補作するよ」
とマリが言うので
「頼む」
と言った。
 
「『出現』とかはどうですか?」
「うん。あれも使えると思う」
「あれも歌詞が短いから誰か補作を」
「あれ、千里が補作したいと言ってた」
「マジ?だったらやってもらおうかな」
「丸山アイちゃんも補作したいと言ってた」
「嘘?そんなに人気があるの?」
 
「それがどうもその件でふたり何か揉めてるみたいで」
「へ?」
「丸山アイちゃんが、どこかに新しい大陸を作ろうよと言ったら、千里が反対してるとかで」
 
「大陸を作る!?」
「火山でも噴火させるとか?」
「地球が壊れそう」
 
「それって丸山アイちゃんが歌った『あなたと私の新大陸』なのでは?」
「あれは、アイちゃんから千里へのメッセージらしい」
「なんか良く分からないけど、険悪になっている訳ではないなら問題無いよ」
 
「あれ実は鱒渕さんに関する話らしいよ」
「え?嘘!?」
と鱒渕さんは驚いている。
 
「『天使に逢えたら』のニューテイクを入れたらどうでしょう?」
という意見も出るが
 
「それは反対」
と和泉が言う。
 
「私も反対。久しぶりのオリジナル・シングルに過去の作品のニューテイクが入っているというのは、ケイの創作能力が枯渇してるのではと思われる」
と鮎川ゆま。
 
「そっかー」
 
「他の人の作品を入れるのもダメ?」
「それは問題無い」
「アーティスト同士のお付き合いで、お互いに融通しあうということだから」
 
「よし。だったら頼もう」
と言ってゆまはどこかに電話した。
「おはよう、万葉ちゃん」
と言っているので、ゆまの電話の相手は青葉のようである。
 
「ローズ+リリーのシングルを作るのよ。1曲提供してもらえない?2〜3日中に」
 
随分無理を言うなと思った。
 
「うん。それそれ。セナの方で。OK。よろしく〜」
 
それでゆまは電話を切った。
 
「大宮万葉さんに1曲書いてもらうの?」
「ううん。ケイに1曲書いてもらうことにした」
「は?」
「それでケイに発注してもらうことにした」
 
「ケイはここにいるけど」
「だから別のケイに頼むんだよ。青葉ちゃんを通して」
 
「やはりケイって複数いるんだ!」
 

●草原の夢
 
天然のトンネルを抜けて、車を降りたら
おいしそうな草原が広がっていた
黄色や緑の草々が
そよ風にゆらゆらと揺れて
いらっしゃい、と挨拶している
 
お日様はポカポカと
暖かい陽気を送ってくれて
誘われた紋白蝶が
ひらひらと舞う
 
私たちも、大きな歓声を上げて
思いっきり草の中に走り出す
そして笑いながら
柔らかい土の上で戯れる
 
のどかな、のどかな
春の一日
 

●出現
 
それは海の中に沈んでいました
どこを見ても波しか見えませんでした
 
しかし、その日、島は姿を現しました
その巨大で美しい姿を
 
見えなくてもやはり
島は昔からそこにあったんだろうね。
 

●ねこ
 
こねこねこねこ ねこは見ていた
窓の桟の バスケットのそばで
毛布をかぶって ねこは見ていた
 
人間ってほんとに 変なことする
不思議な生き物 なんだねって
あきれた顔して ねこは見ていた
 
受話器を持って おじぎをする人
画面を見てて 笑い出す人
 
このこねこのこ ねこは見ていた
 
お日さまポカポカ いい天気
吹く風そよそよ 気持ちよく
 
すてきな顔した 恋人たちは
朝からいちゃいちゃ じゃれている
 
このこどこのこ ねこは見ていた
 

2019年3月9-10日(土日)、今年は福島市で東日本大震災復興支援イベントを行った。"08年組"(KARION, AYA, Rose+Lily, XANFUS)が主催して、2014年以降、3月11日に近い土日にライブをやって“入場料収入”の全てを被災3県(宮城・福島・岩手)に寄付する。出演者はギャラ無し、アゴ・アシ・マクラ(食費・交通費・宿泊費)は自腹である。但しグッズを会場で販売した分の売上げはもらっていい。
 
(2013年にもイベントをしているが、これは被災地の人を無料招待するイベントで、入場料は発生していない)
 
このイベントは運営や設営のスタッフも、アクアのイベントで警備・運営をする人たち以外は交通費自腹(お弁当だけ渡す/2日とも参加の人には夕食と宿泊のクーポンも渡す)になっている。それでもこれは「結果的にタダで聴ける」というので、わりと参加者があるのである(過去にイベント運営の経験がある人限定)。
 
また、出演者の中で、あまり経済的な余裕が無い§§ミュージックのアイドル歌手たちの交通費・食費・宿泊費は、アクア(稼ぎ頭)・コスモス(社長)・私(オーナー)の3者で折半して出してあげている。
 
またトラベリングベルズの交通費・宿泊費・食費は私と和泉の折半、スターキッズの分は私とマリの折半。XANFUSの分は・・・今年は私が出すことになった!
 
アクアは3月9,10日の2日間とも午前中に出演する。彼だけで1万枚×2日のチケットが瞬殺である。1億6千万円の寄付をすることができる。ノーギャラで2度も歌ってもらう(どころか後輩たちの交通費・宿泊費まで負担する)のは申し訳ないが、
 
「大丈夫です。いつもファンの人たちからたくさん応援してもらっているからこういう時はご奉仕です」
と“アクアたち”は言っていた。
 

私と政子は前日の8日、うちの母・政子の母と5人であやめのお宮参りをしてから、政子の母と一緒に福島に移動。ホテルにチェックインしてから、あやめのお世話を政子のお母さんに頼み、私と政子は打合せに出た。
 
打合せに参加したのは私と政子、風花、若葉、和泉、カノン、光帆、大林亮平、鹿島信子、秋風コスモス、TKRの松前社長、イベンターの代表、警備会社の代表、それに司会をする姫路スピカ(9.AM)・桜野レイア(9.PM)・花咲ロンド(10.AM)・川崎ゆりこ(10.PM)である。
 
「亮子ちゃんが来てないけど」
とわざと政子が言う。
「僕はここにいるけど」
と大林亮平。
「Wooden Fourの亮平君じゃなくてFlower Fourの亮子ちゃんが見たい」
「委任状もらってきたから」
「嘘!?」
 
それで亮平が「事前打ち合わせに関する全てを大林亮平さんに委ねます/大林亮子」と書かれた委任状を見せるので、政子はぶつぶつ言っていた。政子の性癖を知っている松前さんがおかしそうにしていた。
 

9日朝は、こけら落としになるので、オーナーの若葉、アブクマーズの球団社長と選手たち、福島市長、まで参加してテープカットが行われた。現在アブクマーズは福島市市街地の福島中央体育館を使用しているのだが、来週からはこちらにフランチャイズを移して今期残りの試合はここですることになる。今日は先にライブで使わせてもらう。
 
このテープカットの後、入場になるが、厳重な入場管理をしているので、アブクマーズの球団社長や選手たちが驚いていた。彼らには特別に席を用意したのだが「アクアってこんなに歌が上手かったのか!」と驚いていた。
 
「これ電気的に修正しているとかじゃないですよね?」
「生の歌ですよ」
 
「でもアクアちゃんって可愛いね。お嫁さんにしたい」
「そういう意見はありますが、アクアは男の子ですが」
「え?嘘!?」
 
どうも選手の半数くらいがアクアを女の子歌手と思い込んでいたようであった。(実際9日に歌ったのはアクアFである)
 

今回のイベントでは、9日はF、10日はMが歌ったようである。9日のライブを聴いたファンは「今日のアクアちゃん、すっごく女の子っぽくて可愛かった」と言っていたし、10日のライブを聴いたファンは「今日のアクアちゃん、男の子っぽくて少しがっかり」(!?)と言っていたようである。
 
どうもアクアは女の子らしくなっていくのが人気の維持に必要なようである!?
 
事務所には「私が費用を出してアクアちゃんの性転換手術の予約をしてあげたいので、時間の取れる日を教えてください」などという電話もしばしば掛かってくるらしい!
 

イベントの司会者だが、9日のアクアのステージでは姫路スピカ、10日のアクアのステージは花咲ロンドが務めていた。9日午後の§§ミュージック総出演では桜野レイアが務めた。レイアは司会者もしつつ自分のステージもある。彼女は2月にデビューしたばかりではあるが、研修生としてあるいはプライベートに様々なバンドのメンバーとして多くのステージを経験しているので、舞台度胸はあるし、機転も利く。
 
「でも今年はコスモスちゃんのステージは無かったのね」
と私は秋風コスモスに言った。
 
「なんか若くて歌の上手い子が多いから私はいいかなと思って。川崎ゆりこにトリを取らせたし」
「来年更に2人くらいデビューさせたらあふれちゃうかな?」
「その時は1人20分にするか2日間やるか。来年は3月7-8日にします?14-15日にします?」
「私もカレンダー見て悩んだ。11日が水曜日だから、どちらもあり得るんだよね」
「もし08年組が14日か15日に出るなら7日は若い子たちに30分ずつやらせて、8日は、白鳥リズム・姫路スピカ・高崎ひろか・品川ありさ・川崎ゆりこの5人に1時間ずつでもいいかも」
 
「ああ。そういうやり方もあるよね」
「7日のトリは今井葉月でもいいと思いますよ。彼女も充分スターですよ。実際、葉月へのファンレターは、ひろか・ありさ・ゆりこの次くらい。リズムより多いんですよ」
「へー!」
 
しかしコスモスはわざと“彼女”と言ったなと思った。しかも“葉月”を“ようげつ”ではなく“はづき”と発音した。
 
「葉月ちゃんと結婚したい、葉月ちゃんと恋人になりたい、という男の子からのファンレター多いです」
 
「なるほどねぇ」
 
「葉月の写真集くらい出してもいいかもという気がします」
「写真集ね。いいんじゃない?企画進めてよ」
「じゃ可愛い水着とかも着せてプーケット辺りで撮影してきて」
 
それって写真撮る前にプーケットの病院で手術しちゃうんじゃないよね?と訊きたくなったが、怖くて訊けなかった!
 

3月10日の午後から08年組の演奏がある。司会は川崎ゆりこが務める。
 
アクアのライブが12時まであったので、その後、興奮冷めやらぬ客を何とか退場させて、その後、掃除をして、破壊された椅子を交換して!12:20には入場を始めた。ファンクラブを通して買った人が半分くらい居て、その人たちは顔認証で入場できるので13:05くらいに入場が完了し、少し予定を遅らせて13:15くらいに最初のゴールデンシックスの演奏を始めた。
 

今日のゴールデンシックスは、
 
Pf.花野子 Gt.梨乃 B.千里 Fl.小風 Cla.美空 Dr.桜野レイア
 
というメンツだった。
 
「いつの間にかゴールデンシックスと愉快な仲間たちに引き込まれちゃったんです。この会員バッヂ渡されました」
とレイアは言って金色の六芒星のバッヂを見せていた。
 
(金色の六芒星でGolden Sixというダジャレらしい)
 

ゴールデンシックスは14:10まで演奏してもらって良かったのだが、14:05で演奏を終了したので、次のOlive Lemonは14:08から始めることができた。
 
昨年初登場した時のOlive Lemonは
 
Gt.丸山アイ B.フェイ Dr.ヒロシ KB.谷崎聡子
 
だったが、谷崎聡子はまだ産後間もない鹿島信子の代理であった。今回は信子が出られるのでこのようになった。
 
Gt.丸山アイ B.鹿島信子 Dr.ヒロシ KB.フェイ
 
例によって全員女装である。とは言っても、アイ・信子はふだんから女装だし、フェイは男装・女装の両方をファンの前に曝している。ヒロシは通常は男装なので、このヒロシの女装にかなり黄色い声援が飛んでいた。
 
衣装への着替えは、アイ・信子は当然女性用控え室、ヒロシは男の娘用控え室であるが、フェイに「今年はどうする?」と訊いたら
 
「今年は男の娘用控え室使おうかな。ボクは男の娘じゃなくて普通の男の子だけど」
などと言っていた。
 
でも赤ちゃん(歌那ちゃん:2歳)を連れていて、時々おっぱいもあげている“男の子”というのはレアである!?
 
例によって14:46には観客と一緒に1分間の黙祷を捧げた。
 
 
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【夏の日の想い出・天使の歌】(1)