【夏の日の想い出・やまと】(5)

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ところで私がオーナーをしているローキューツであるが、9月の全日本クラブ選抜では3位になり、1位の40 minutes 2位のミヤコ鳥ともども全日本社会人選手権に進出した。そして11月5-6日の同大会では1回戦には勝ったものの、準決勝で40 minutesと激突。残念ながら敗れてオールジャパン出場権は獲得できなかった。
 
もうひとつのオールジャパン出場へのルートである、総合選手権であるが、10月1-2日の千葉県総合で、強豪の千女会を1点差で破って優勝。11月26-27日の関東総合選手権に進出した。ここで優勝すればオールジャパンに出場できるが、この大会にはやはりクラブ選手権ルートではオールジャパンに行けなかった江戸娘(オーナーは上島先生)も出場する。
 

アクア主演の『時のどこかで』は10月17日の放送で、本能寺を脱出した信長のその後が語られたが、信長が「伊賀越えに失敗」して命を落とした徳川家康に成り代わり天下を取る、という展開に「そんな無茶な!?」という声がネットではあがっていた。もっとも今年はNHKの大河ドラマで家康が危険な伊賀越えでびびりまくる様子が描かれていただけに「確かにあんな凄い山を越えようとしたら、足を滑らせて死ぬこともあるかも」という意見も出ていた。
 
その後「時のどこかで」は歴史ドラマの様相を帯びてくる。
 
17日の放送のラストでアクアは次は藤原泰衡の兵に囲まれた衣川館の源義経の所にタイムスリップした。そして10月24,31日の放送で義経は北海道に旅立って行き、やがてチンギスハン(ジンギスカン)になる未来が示唆される。11月7,14日にはフランスに飛んでジャンヌ・ダルクを解放した(ジャンヌ・ダルクは亡くなったとされる年の5年後に馬上試合に出たという伝説がある)、21,28日にはアラモ砦に行って、脱出を勧めるも拒否され、彼らに食料と弾薬を供給して支援した。
 
ドラマの出演者だが、ジャンヌ・ダルク編ではちゃんとフランス人やイギリス人の役者さんを使い、アラモ砦編でもちゃんとアメリカ人やスペイン人・メキシコ人の役者さんを使っていて
 
「何かこのドラマ、予算が凄くない?」
という声も出ていた。
 
実はアクア主演ということで夕方5時代とは思えぬ視聴率があるので、予算が潤沢に使えるのである。有名予備校の先生が「このドラマは歴史の勉強に役に立つ」と発言したことも、視聴率を押し上げたようである。
 
ちなみにアクアはフランス編ではフランス語、アラモ砦編では英語を話していたが(字幕スーパー・副音声で日本語吹き替え付き)、英語はまだいいとして、フランス語については
 
「すみません。台詞の分だけ丸暗記しました」
 
と言っていたものの、その割には発音がきれいだったというので、評価が高かったようである。
 

2016年11月13日(日)大安。
 
福岡在住の従姉・純奈が結婚式を挙げた。
 
私の母方のいとこは私と姉も含めて15人いる。その中で友見がひとり早く1994年に結婚した(その娘が三千花=槇原愛、小都花=篠崎マイ、七美花=後の2代目若山鶴乃、の3姉妹である)。
 
少し時間が空いて2000年から2009年までが結婚ラッシュであった。
 
2000.恵麻 2001.聖見 2002.俊郎 2004.美耶 2006.鹿鳴 2008.晃太 2009.千鳥 と、この時期は毎年のように誰かが結婚している。
 
それから少し空いて2012年に歌衣とうちの姉の萌依が結婚、翌2013年に佳楽が結婚して、既婚者が11人となり、未婚なのは清香伯母の所の薙彦、里美伯母の所の純奈・明奈姉妹、そして私の4人となった。
 
正直この状態で残り4人の内の1人が結婚するというのは、他の3人にとってはけっこうなプレッシャーを感じるのである!
 

結婚式は福岡市近郊の福津市という所で行われるので、私は当日朝1番の飛行機(6:20-08:25)で博多に移動した。政子のお守り役は今日は仁恵にお願いしている。
 
この日私と一緒に博多に移動したのは、私と両親、姉の萌依と夫の小山内和義さん、そして2人の間の長女・梨乃香(1歳5月)の6人である。梨乃香は機内で、ぐずったりするとやばいなあとは思っていたのだが、たくさんおもちゃや絵本におやつを準備していたこともあり、何とかご機嫌良く1時間半の飛行機の旅を楽しんでくれた。
 
空港で予め予約していたレンタカー(プリウスα)を借り出して、和義さんの運転で結婚式が行われる宮地嶽(みやじだけ)神社に向かった。10時前に到着するが、式は11時からなので、急いで着換える。今日は私は東京友禅の振袖、母は黒留袖、姉は赤い色留袖であるが、2人とも自分で着きれないので、姉のは私が、母のは風帆伯母が着付けしてあげた。
 
10:50。巫女さんに案内されて、式場に入る。入口の所に「布施家・琴岡家・婚礼儀会場」と書かれている。中に入ると赤いビロードの床に赤い壁、全てが真っ赤な世界で、独特の空間にはまり込んでしまったかのようだ。
 
『わっ、これ曲書きた〜い』
と思ったら、
「よかったら」
と言って五線譜を差し出す人がいる。
 
へ?
と思ったものの、女子大生っぽいその彼女はニコッと笑うと、自分の席に戻っていった。私は誰だろう?と思いはしたものの、とにかく頂いた五線紙にわき上がってくるメロディーを書き綴った。
 
やがて祭主、そして2人の巫女に先導されて新郎新婦が入ってくる。私は五線紙をバッグの中にしまった。
 
婚礼の儀が始まる。
 
この全てが真っ赤な世界が、非日常の世界に参列者を置いた。祭主の祝詞が厳かに鳴り響き、巫女さんの舞と笛が美しい。三三九度では元々お酒に強い純奈は平気っぽいのに、新郎の方は最後の方でふらふらになっていて、ああこの人、普段はあまり飲まないのかな、とほのぼのとした気分になった。
 
ホテルの付属式場などと違って神社の式場は広いこともあり、双方40人くらいずつ出席している。親族固めの杯など、巫女さんが配るのにけっこう時間が掛かった。
 
新郎新婦の誓いの言葉、そして祭主の祝いの言葉で婚礼の儀式は終了する。
 
祭主と新郎新婦が退場した後、みんなホッとした雰囲気になり、ゆるゆると退場する。
 
場所を移して広い和室で、新郎新婦の写真、双方のご両親と入った写真、そして親族一同が一緒に並んだ写真を撮影した。
 

披露宴の行われる中華料理店・八仙閣へ移動するのに、女性用控室でバスを待っていた時、私は意外な顔を見る。
 
「千里? もしかして布施さんの親戚?」
 
千里は色留袖を着ていた。未婚なんだから振袖でもいいだろうが、私たちの年齢になると振袖を着るのをためらう人も多い。
 
「冬が琴岡さんの親戚とは知らなかった」
と千里は言ってから、あれ?という表情をする。
 
「花嫁、どこかで見たことある気がした。2年くらい前に博多で音源制作した時に一緒したっけ?」
 
「ああ。そういえば、その時、千里も一緒だったね」
「たしか今日の花嫁を私がもらってくれない?とか言われた」
「言ってた。言ってた」
「ちゃんと男の人にもらってもらって良かったね」
「確かに」
「でも結果的には親戚になっちゃったのかな」
 
「そうだね。千里と親戚になるのも悪くない」
と言って私たちは握手した。
 

「でもそっちはどういうつながり?」
と千里が訊くので
 
「私と花嫁は従姉妹なんだよ。母同士が姉妹」
と私は答える。
 
「なるほどー」
 
「そちらは?」
 
「花婿と貴司が従兄弟なんだよ。花婿のお母さんと貴司のお父さんが実の姉弟。戸籍上は腹違いの姉弟ということになっているけど、本当は実の姉弟」
と千里は少し複雑な説明をした。
 
しかし私はそれ以上に不可解な気分になった。
 
「千里、もしかして貴司さんの親戚の結婚式に出席してるの〜?」
と私は千里のそばに寄って小さな声で言った。
 
「だって私、貴司の妻だし」
「えっと・・・・」
 
千里が左手薬指を見せる。そこには金色の結婚指輪が輝いている。
 
これは・・・・桃香とお揃いの結婚指輪ではない。あれは確かプラチナだったはず、と私は以前ふたりがお揃いのリングをつけていた時のことを思い起こしていた。しかも・・・千里と桃香は「右手薬指」にそのプラチナの結婚指輪をつけるのである。
 
私は場所が場所だから、あまり騒ぎになるようなことも言えないと思い、何から訊いたらいいのかと思っていたら1歳半くらいの男の子が走って寄ってくる。
 
「おかあさーん、しっこした」
「はいはい。わざわざ大きな声で言わなくてもいいよ」
と千里は笑顔で言って、その小さな子を脇に座らせる。
 
「もらさずにできたよ」
「よしよし。おむつ卒業できる日も近いね」
 
「その子は?」
「京平だよ。この子が生まれる時はお世話になったね。京平、お前が生まれる時に、このお姉さんに助けてもらったんだよ」
と千里がその子に言うと
 
「おねえさん、ありがとう」
と京平は言った。
 
「ううん。いいんだよ」
と私は笑顔で言いながらも、内心戸惑いを隠せなかった。
 

「ごぶさたしてます。冬子さん」
と言って寄ってきたのは、ひとりは京平が生まれた時に、色々サポートしてくれた、貴司さんの妹の理歌さんである。
 
「どもども」
と言って一緒に来たのは、結婚式場で私に五線紙を渡してくれた人物である。
 
「こちら、貴司の妹の理歌ちゃんと美姫ちゃんね」
「どうも。さっきはありがとうございました」
 
と言ってから私は千里に訊く。
 
「もしかして私に五線紙を渡してくれたのは千里?」
「うん。私が直接渡したら、冬がパニックになるかもと思って美姫ちゃんに頼んだ」
 
「ああ」
と言いながらも、私は訳が分からない状態にある。
 
「まあ冬が今いちばん疑問に思っていることに答えるとさ」
「うん?」
 
「実は昨日の朝、私は大分県の中津市で試合があるんで、新幹線で移動していたんだよ。そしたら大阪で貴司と京平が乗ってきてさ」
「へー」
 
「『あかあさんだ!』と京平が言うから、キャプテンの許可もらって、小倉まで一緒にいたんだよ」
「ああ・・・」
「それで試合終わってから、こちらに来た。だから私は実は京平のお世話係。今日もあと少ししたら大分市に移動する」
 
「そういうことだったのか」
「阿部子さんは身体が弱いから、こういう長距離の旅行ができないしね」
「あの人、新幹線で福岡まで来るだけでもダメなの?」
「買物に出ただけでも途中で気分が悪くなってしまったりする人だから」
「うーん・・・・」
 
「でも私たちも好都合でした。私たちや母とかも、貴司兄のお嫁さんは千里さんだと思っていますから」
と理歌が言う。
 
「千里集合写真に写った?」
「写ったよ」
「それ阿部子さんが見たら何か思わない?」
「それは貴司が見せる訳無いから平気」
「うーん・・・・」
 

「でも細川さん、確か礼文島の人だと思ってたけど、九州にも親戚が居たんだね」
と私は千里たちに訊く。
 
「新郎の両親は札幌に住んでいるんだよ」
「あ、そうなんだ?」
「新郎は第一子で東京の会社に就職したら、転勤で小倉に飛ばされた」
「ああ・・・」
「第二子の弟さんは大阪の会社に就職したらソウルに飛ばされた」
「うむむ」
「今日はKTXとビートルを乗り継いで博多まで来た」
「大変だね」
「そして第三子の妹さんは札幌市在住の彼氏と結婚したら、彼氏がカリフォルニア州のサンノゼ(San Jose)に飛ばされた」
「わぁ・・・・」
「今回は太平洋横断の飛行機使ってやってきた。子供2人はアメリカで生まれたから、日本とアメリカの二重国籍になってる。22歳までに本人が自分で国籍を選択すればいいらしい。今回は日本のパスポート使って来日したんだけどね」
「色々大変そうだ」
 
「サラリーマンは転勤が大変だよね」
と理歌が言っている。
 
「そういう訳で札幌の両親の手許には誰も残っていないという」
「まあ、そういうこともあるかもね〜」
 
「現在、新郎は小倉で仕事してて、新婦が博多在住だから、中間の福津市で結婚式を挙げることにしたんだよ」
 
「そういう訳だったのか」
 

色々話していて12時半をすぎた時、千里が留袖を脱ぎ始める。
 
「披露宴は洋装で出席?」
「いや。私は試合があるから、そろそろ行く。京平、また夕方会いに来るから、お昼は理歌お姉さんや美姫お姉さんの言うこと聞いて良い子してろよ」
「うん。おかあさん、いってらっしゃい」
 
そうか。千里は「貴司の妻」としてここに来ていたから、既婚者ということで留袖だったのかと私は今になって思い至った。
 
千里が色留袖を脱ぐと下にはバスケットウェアを着ていた。
 
「そういう構造だったのか」
と美姫が驚いている。
 
「うん。襦袢代わりにユニフォーム着てた」
 
「その格好で大分まで行くの?」
「平気だよ」
「試合は何時から?」
「2時からだけど」
「間に合うの〜!?」
 
今は既に12時半近くである。ここから大分市までどう考えても2時間以上掛かるはずだ。
 
「大丈夫、大丈夫。じゃね」
と言って、千里は京平にキスしてからバスケットウェアのまま部屋を出た。私は千里に「食事の間、私が京平君見てようか?」と言おうと思い、千里を追って部屋の襖を開けた。左右の廊下を見渡しても、千里の姿は無かった。
 

結局私は理歌たちにことわって、食事の間、京平のお世話をしてあげることにした。席を変えてもらい、貴司さんの両親の望信・保志絵、そして貴司さんと理歌・美姫の間に入れてもらって、私と理歌さんで京平をサンドイッチする形にした(私と貴司さんではない!)。
 
実際、貴司さんは他の男性招待客にうまく勧められてかなりお酒を飲んでいたので、こりゃ子供の世話は無理だね、という感じになっていた。京平は何でも食べるようで、餃子に春巻きに、青椒肉絲に酢豚にと「美味しい美味しい」と言って食べていた。着ている服が悲惨なことにならないように紙製のエプロンを付けているが、当然そのエプロンは悲惨なことになっている。
 
今日の披露宴は面倒な挨拶とか式辞といったものはなく、最初に紹興酒で乾杯した後は、みんな自由にということになってしまっているので、小さな子供のいる人たちも気兼ねなく会場に連れ込んでいる(みんな紙のエプロンを着けてもらっている)。このレストランもファミレス色の強いお店なので、お店のスタッフさんも子供の扱いに慣れている感じであった。
 
そして・・・・披露宴が始まって5分もしない内に“民謡大会”が始まる。
 
「めでたやるから、あんたも来なさい」と、若山流鶴派代表でもある乙女伯母(若山鶴音)が来る。
 
「ここに来ている若山流名取りの女、全員でやるから」
「えー。でも私の名取りは《仮免》だから」
「名取りのお披露目もしてるんだから、仮免とは言わせない。あんた女だよね?」
「女のつもりですよー」
「じゃ、問題無い。おいでおいで」
 
(仮免というのは本来私の名前は若山鶴冬であるべき所を現在暫定的に冬鶴と名乗っていることを表す。私が民謡に転向したら自分で鶴冬にしなさいと言われているが、私は民謡に転向するつもりは毛頭無い)
 
それで伯母たちの世代が乙女・風帆・清香の3人(さすがに新婦の母の里美は免除)、従姉世代が、友見・聖見、恵麻・美耶、鹿鳴・千鳥・歌衣・佳楽、そして私の9人(新婦の妹の明奈も免除)、従姪世代が、三千花・小都花・七美花、月子の4人、と総勢16人で若山流の「めでた」を唄った。
 
(中学1年生の月子はこの夏休みに名取り披露をした。この子もひじょうに上手い子で、七美花が物凄いライバル心を燃やしている)
 
《めでた、めでたの若松様よ、若松様よ、枝も栄える、葉も茂る》
《咲いた杯、中見てあがれ、中は鶴亀、五葉の松》
《飲めや大黒、唄えや恵比寿、愛の酌取り、福の神》
 
(正確には各々の後に『あ〜』という小節(こぶし)が入る)
 
若山流「めでた」は私の祖母・若山鶴乃の出身地・富山県福光の「めでた」の流れを汲むもので、博多の「祝いめでた」とはメロディーも歌詞も違うので、参列している人たちが「へー!」という顔をしていた。それでこれに応えて博多からの参加者の有志が、博多の「祝いめでた」(博多祝い歌)を唄ってくれた。
 
《祝いめでたの若松様よ、若松様よ、枝も栄えりゃ葉も茂る》
《エーイッショウエ、エーイッショウエ、ショウエ、ショウエ、ションガネ。アレワイサーのエッサーソエーのションガネ》※
《こちの座敷は祝いの座敷、祝いの座敷、鶴と亀とが舞い遊ぶ》
※繰り返し
《旦那大黒、御寮さんな恵比寿、御寮さんな恵比寿、できた子供は福の神》※繰り返し
《あんた百まで、わしゃ九十九まで、わしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまで》※繰り返し
 
この歌は全国的に同系統のものが流布しているが、先頭を「祝いめでたの」と唄うのは、博多だけではなかろうかと私は思っている。
 

「誰か高砂やりなよ」
「じゃ私が謡おう」
 
などと言って、これも美耶の能管(のうかん)と恵麻の鼓(つつみ)に合わせて風帆伯母が高砂を、いわゆる「翳し」(歌詞の書き換え)をせずに本来の歌詞で謡った。若山流鶴派では基本的に翳しはしないことにしている。
 
しかし・・・尺八や篠笛なら分かるが、能管のような特殊な楽器まで用意しているというのは、最初からやる気満々だったということだ!
 
こちらで『高砂』をやったら、当地の友人たちが『黒田武士』をやっていた。
 
この唄では「酒は飲め飲め」と唄った所で、当然新郎は大きな杯に酒を飲まされる。結婚式の時の様子を見ていても、あまりお酒に強そうではなかったので、この後、初夜は大丈夫か?と心配になった。
 

母の姉妹5人は団結力が強いので、どうも色々計画していたようで、よどみなく出し物が披露される。
 
「あ、布施家のほうもどうぞ」
「いえいえ、そちらでどうぞ」
 
という感じで、この日は新郎側の余興1に対して、新婦側の余興が3くらいある感じであった! 私も三味線を弾いたり、胡弓を弾いたり(この2つは愛用の楽器を持って行っていた)、太鼓を叩いたりした。
 
風帆伯母が持っていた計画表!にきちんと誰が何を演奏するというのが細かく書き込まれていた。
 
「ここで次は冬ちゃんの余興が入る」
「なんかその計画表凄いですね!」
 
私は民謡ばかり続いて、疲れている人もあるだろうと思い、愛用のヴァイオリンRosmarinを使ってクライスラーの『愛の喜び』を演奏した。
 

貴司さんが酔ってほぼダウンしていて(この人もかなりお酒に弱いようである)、伯母や従姉たちの民謡唄合戦が続いている中、私は理歌とふたりで京平と色々お話をした。1歳半にもなると、かなりしゃべってくれる。
 
それでひとつ分かったことは、京平はほぼ毎日千里と会っているということである。私は千里がかなり頻繁に、ひょっとしたら週に1回くらい京平に会っているのではと思っていたのだが、毎日会っているというのは思いも寄らなかった。しかし試合で全国飛び回っているのにどうやって会いに行ってるんだ??東京からだって大変なのに。
 
また京平は「千里のおっぱい」をまだ完全には卒業していないことも分かる。阿部子さんはおっぱいが出ず、千里はおっぱいが出るらしい。これは以前にも千里がそのことを示唆していたが、どうも本当のようだ。
 
京平は千里のことを基本的には「おかあさん」と呼ぶものの、阿部子がいる前では「千里おばちゃん」と呼ぶようにしていることも判明する。ちなみに阿部子のことは「ママ」と呼ぶらしい。しかし1歳半で、このような高度な判断まで出来るというのは、この子、すごく頭がいいぞと私は思った。
 
しかし同時に、1歳半の子供がそんな気の回し方をしなければならないのは可哀相だという気もした。
 

トイレに立った時に理歌が一緒に来て(京平は美姫に見ててもらう)、会場の外で彼女が言った。
 
「千里姉さんがオリンピックでしばらく南米に行ってましたでしょ?」
「うん」
「その隙に兄はこれまでで最大級の浮気をしたらしくて」
「え〜〜〜!?」
と言って私は眉をひそめる。
 
「どうも3〜4回ホテルに行ったらしいです。これには阿部子さんも千里姉さんも物凄く怒って、今2人双方からセックス拒否されているし、阿部子さんは京平を連れて一時家を出てホテルに泊まりこんでいたんですよ」
 
「あぁ・・・」
 
もっとも千里の言うことを信じれば、貴司さんと阿部子さんは結婚しているにも関わらず1度もセックスしたことがないはずである。千里と貴司さんも2012年の婚約破棄以降セックスは多分3回くらいしかしていない。千里は貴司さんとデートしても「風俗程度」しかサービスしていないらしい。果たしてその浮気相手とはセックスできたのだろうか。
 
「あれ?阿部子さん、ご実家とかは?」
「神戸なんですけどね。なんか権利関係で揉めてて、その実家の家に入れないらしくて」
「お母さんはまだ名古屋ですか?」
「ええ。もう名古屋から動きたくないみたい」
「それでホテル暮らしか・・・」
 
「土下座して謝って今回はマンションに戻ってくれたようです。むろん相手とは、千里姉が中に入って、きっちり別れさせましたが」
 
「理歌ちゃんのお兄さんなのにこんなこと言ったらなんだけど」
「いいですよ」
「ほんとに懲りない人ですね」
「全くです。相手は30歳くらいのニューハーフさんだったみたいですよ。まだ手術してなくて、ちんちん付いてる人。タマタマは既に取ってたらしいけど」
「うーん・・・・」
「兄もさすがにニューハーフさんに本気になったりはしないと思うんですけどね」
「そうですね」
 
いや、貴司さんはニューハーフさんこそストライクなんじゃないかと私は疑惑を感じた。千里とここ4年程こじれているのは、千里が完全な女になってしまったからだったりして!?
 
「でも・・・」
「はい?」
「どうせなら、怒って阿部子さん離婚してくれたら良かったのに」
 
と理歌が言うので、私はうっかり吹き出してしまったが、彼女も笑っていた。
 

披露宴は13時から15時まで。その後16時から18時まで今度はカフェに移動して二次会をして解散するが、千里はその二次会の終わり頃に戻って来た。千里は白ロリータのドレスを着ていた。京平が「おかあちゃん、かわいい」などと言って、千里も思わず顔がほころんでいた。
 
「わ。京平、冬子さんと遊んでたんだ」
「ふゆおねえさん、おもしろいよ」
「そう、良かった、良かった」
 
「試合どうだった?」
と私は訊く。
「勝ったよ。まあ負けるような相手ではなかったんだけどね」
「へー」
「でも昨日がちょっと懐かしかった」
「昨日?」
「昨日の試合があった会場が、高校3年の時に国体に出た時の会場だったんだよ」
「・・・優勝した時だっけ?」
「うん。胴上げしようとしたら、宇田先生が恥ずかしがって胴上げ無し。後で本人もしてもらえば良かったと悔やんでいた。私にとっても高校時代、国内の全国大会で唯一の胴上げチャンスだったんだけどね」
 
その話に隣で、飲み過ぎて半分意識が飛んでいるふうの貴司さんも
「ああ・・・あそこの会場か」
と懐かしそうな顔をした。
 
「今日やった会場は貴司が国体で使った会場だよ」
「わぁ・・・ほんとに懐かしい」
 
「しかし貴司がこんなに酔っていたら、帰り道、貴司はとても京平の保護者にならないな」
「ごめーん」
 
「理歌ちゃん、悪いけど、京平を千里(せんり)のマンションまで連れて行ってくれない?私が行くのはさすがに面倒なことになりそうだし。チケットはこのカードで買って」
と言って、千里が理歌に渡すのは貴司さんのカードだ!
 
「うん。OKOK」
と言って、理歌もそのカードを受け取る。
 
「飲んべえさんはそこら辺に放置しといていいから」
「当然」
 

2次会も終わりのほうになって、やっと新婦の妹・明奈と少し話が出来た。
 
「お疲れ様!大変そう」
「うん。なんかひたすら挨拶してまわって、ひたすら雑用で走り回っている感じだよ」
 
「しかしとうとう若山系従姉妹連の中で、未婚は私と明奈と薙彦君の3人になっちゃったね」
「薙彦君、彼女紹介してやるから飲めと言われて、大量に飲まされてた」
「ああ、可哀相に」
 
姿が見えないのは、たぶんどこかで休んでいるのだろう。
 
「あの子、同性愛とかじゃないよね?」
「むしろ女装には興味あるみたいだけどね」
「ほお」
 
「ナギちゃんの振袖姿は割と可愛い」
「ほほお」
 
「でも私もお姉ちゃんが行かないからという言い訳が使えなくなったからやばい」
と明奈は言う。
 
「ボーイフレンドは居ないの?」
と千里が訊く。
「いたらいいんだけどね〜。ああ、私いっそ女の子と結婚しようかな」
「それもいいと思うよー」
「あれ女の子同士で結婚するのもいいし、性転換して女の子と結婚するのもいいと思わない?」
「いっそ男の娘と結婚して、結婚した後で揃って性転換するとかは?」
とやや酔っ払い気味の佳楽が言うと
「あ、それはいい手かも」
などと明奈は言っていた。
 
「冬ちゃんは彼氏連れてくれば良かったのに」
「あれはその内婚約しようと約束しているだけで、別に婚約者ではないから」
「そのあたりがよく分からない」
 
「まあ後2年は契約上、結婚も出産も婚約もできないのもある」
「歌手ってたいへんね〜」
 
「それに彼、今司法修習をやってる最中だから、とても時間が取れないしね」
「わあ。それ終えたら、弁護士になるの?裁判官?検察官?」
「弁護士志望で、就職先の弁護士事務所に行くのに付き合ってとか言われて、一緒にそこの所長さんに挨拶してきたよ」
「おぉ」
「もっとも卒業試験に落ちたら就職も取り消しだけどね」
「弁護士さんも大変だなあ」
 

「だけどうちの父ちゃん、直前までかなり不機嫌な顔してたけど、さすがに今日はひたすら笑顔だったね」
と明奈が言う。
 
「何かあったの?」
「いやあ、花嫁のお腹の中に赤ちゃんいるからさあ」
「そうだったんだ!」
「なんでちゃんと避妊しないんだって、かなり怒ってたから」
「それは当然怒るね」
 
「だから今日は三三九度も姉貴は飲むふりで、新郎が全部飲んだ」
 
「あ・・・」
 
私はやっと分かった。
 
「それで新郎さん、三三九度が終わった後、ふらふらだったんだ?」
「ふたり分飲んだからね。でもちゃんと避妊しない本人たちが悪い」
 
「まあそうだね」
 

私の姉一家や両親は1泊して翌14日に戻ったが、私は忙しいので千里と一緒に13日の最終便(北九州21:05-22:40羽田)で東京に戻った。千里に私は京平君に毎日会っていることについて訊いてみた。
 
「まあ現実的な解釈としては夢の中で会っているとでも思っておいて」
と千里は苦笑いしながら言った。
 
「千里の話はリアルとそうでないものとが交錯している」
「時々思うことある。私、そもそも生きているんだろうかってね」
 
私は少し考えてから言った。
 
「それを凄く強く不安がっていたのは和実だね。あの子、震災の時にたくさんの人と一緒に逃げていたのに、ふと振り返ると後ろに誰も居なかったって。つまり和実より後ろを走っていた人は、みんな津波に呑み込まれてしまった。それで彼女自身、本当に自分は助かったのか。実は自分も津波に呑み込まれて死んだのでは、ってかなり悩んでいたみたい」
 
「うん。それを青葉が随分ヒーリングしていたね。あの子は凄く運が強いんだよ」
 
「それは言えてると思う」
 
「ところで昨夜は、チームと一緒に大分の方で泊まったの?」
「試合が終わった後、貴司たちが泊まっている博多に移動したから・・・・京平と一緒に寝たよ」
と千里はニヤって笑って言った。
 
「つまり・・・貴司さんと同じ部屋に泊まったんだ?」
「セックスはしないし、現在ある理由で、風俗レベルのサービスも停止中」
「あぁ・・・」
 
「だから昨夜は私と京平が同じベッドで寝て、貴司は床で寝たよ」
 
私は笑いをこらえることができなかった。
 

11月23日(水)の夕方、司法修習もそろそろ最後の段階になっているはずの正望が突然来訪した。インターホンから声を掛けてきたので鍵を開けて中に入れる。
 
「どうしたの?突然」
「今夜は泊めてくれ」
「いいけど、私忙しいからセックスできないよ」
 
実はお正月に実施するローズ+リリーのツアーに合わせて、ツアー用のスコアを作成しているのである。一方で和泉からは「そちらのアルバム終わったら、こちらをよろしく」と言って6本作曲依頼が入っている。
 
「それは問題無い。こちらも試験中だからセックスとかしてられない。でも晩ご飯とか食べてもいい?」
 
「いいけど、自分で作って」
「OKOK」
 
そこで政子が「私が作ろうか?」と言い出すが、正望は過去に何度か政子の作った料理を食べて懲りているので「大丈夫、大丈夫。ぼくが政子ちゃんの分まで作ろうか?」と言う。
 
「あ、じゃよろしくー」
と政子が言ったので、正望は大きな中華鍋に山盛りのスパゲティ・ミートソースを作り、それでふたりで夕食を取っていた。
 

「でも正望さん、何かあったの?」
と政子が凄い勢いでスパゲティを食べながら訊く。
 
「今試験中なんだよ。でも明日の朝、雪で電車が停まりそうだから今夜は都内に泊めてもらおうと思って」
 
「あ、試験やってんだ?明日だけ?」
「明日は4日目。18日が検察、21日が民事弁護、昨日が民事裁判、明日が刑事弁護、25日が刑事裁判。5日間で終了。毎日朝9:30-17:50の長丁場」
「すごーい。私なら途中で眠りそう。何の試験なの?」
 
「司法修習生考試。通称“二回試験”。要するに司法修習生の卒業試験だよ。これに合格しないと、弁護士や裁判官にはなれない」
「へー。大変なんだね。それ落としたらどうなるの?」
「翌年再受験する」
「それでも落ちたら?」
「そのまた翌年再受験する」
「それでも落ちたら?」
「そんな人は法曹になる適性が無いんだと思うけど、実際3回落ちたらアウト。もう受験できない」
 
「司法試験から受け直すの?」
「そういうことをした人は多分居ないとは思うけど、二回試験を三振している人は司法試験を再度受けても落とされるのではないかという説」
 
「確かにそういう人を合格させても無駄という気はするよ」
「でしょ?」
「じゃ頑張らなきゃ」
「うん。頑張る」
 

それで正望はその晩も夜遅くまで勉強して0時頃寝たようであった。
 
翌24日朝は本当に雪が積もっていた。試験は9時半からということだったので、私は正望を7時に起こして御飯を食べさせ、お弁当も渡して、リーフに乗せ、和光市の司法研修所まで送っていった。カーナビは35分で着くという表示にはなっていたが、雪道で慎重に走ったので、50分ほど掛かり、現地に着いたのは8:20頃であった。
 
正望は車内でもずっと勉強していた。そして私にキスしてから「じゃ頑張ってくるね」と言って降りて行った。
 

24日の夕方、ローキューツの愛沢国香主将、原口揚羽副主将、歌子薫アシスタントコーチ(選手兼任)の3人がうちに来た。
 
「ああ。国香ちゃん、結婚するんだ?」
「まだまだ自由にしていたいんですけどね〜。子供産むこと考えると、そろそろ、結婚しておかないとやばいかなと思って。それでうまく口説かれて、エンゲージリング受け取っちゃったんですよ」
と国香は言う。彼女は1989年度生まれなので、来年度は28歳になる。
 
「わあ、それはおめでとう!」
 
「それで1年しか主将を務めてないのに申し訳ないんですけど、3月いっぱいで退団させてもらおうと思って」
「相手はどこの人?」
「帯広出身なんですが、大学に入るのに東京に出てきたまま居座っているんですよ。本人も帯広に戻るつもりはないみたいだから、ずっと東京近辺にいるのなら結婚してもいいよ、と言いました」
「なるほど〜」
 
「北海道に戻ると言ったら離婚です」
「ああ」
 
「まあ、それで私の後任の主将なんですけど」
と国香が言うので
「揚羽ちゃんの昇格でいいんでしょ?」
と私が言うと
 
「やはりほら、冬子さんもそういう意見だ」
と薫が言っている。
 
「やはり私なんですか〜?」
「揚羽ちゃん、主将時代にウィンターカップ準優勝してるし、インターハイ3回、ウィンターカップ2回、オールジャパン2回出場は物凄い成績。今週末の関東総合で優勝すれば3回目のオールジャパンだよ」
 
「そうそう。それ冬子さんからも言われてる」
と国香。
 
「うーん。。。結局私か」
「揚羽ちゃん、もっと自信持てばいいんだよ」
と私は言う。
 
「揚羽が主将なら、副主将は風谷翠花がいいかなと思っているのですが」
と薫。
 
「ああ。いいんじゃない?揚羽ちゃんの妹の紫ちゃんが日本代表経験者で推す人もあるかも知れないけど、姉妹で主将・副主将というのは、揚羽ちゃんも紫ちゃんもやりにくいだろうし、主将がN高校出身で副主将はL女子高出身というのも、いいかもね」
 
「やはり、冬子さんはチームの状況をしっかり把握しておられる」
 
そういうことで、来季は国香が退団して、揚羽が主将に昇格することとなった。
 
「でもいいなあ。私は赤ちゃん産みたいから退団するという言い訳が使えない」
などと薫が言っている。
 
「薫はまだ10年は選手兼任でいいな」
と国香。
 
「でも最近、男の娘が子供を産んだ話を3件聞いているんだけど」
と私が言うと
 
「嘘!?」
とみんな驚いていた。
 
3人というのは、千里、和実、桃川春美だが、フェイも入れたら4人になるなあ、と私は思っていた。
 

正望は25日の夕方、二回試験の日程が終わると、またうちに寄った。
 
「試験終わったんだ?お疲れ様〜!」
と言って政子が歓迎する。
 
ちなみに私はKARIONのアルバム用の楽曲のまとめ、ローズ+リリーのツアー用のスコア調整などで大忙しなので
 
「ごめーん。何か適当に作って食べて」
と言って作業のほうを進める。
 
結局、政子が焼肉を食べたいなどというので、お肉を1kg解凍し、あり合わせの野菜を正望が切ってくれて、ホットプレートで焼き始める。正望は少し焼けると小皿に取って、私のワーキングデスクにも少し持って来てくれた。
 
「さんきゅ、さんきゅ」
 

そんなことをしていたら、桃香が来訪する。
 
「千里と電話がつながらないんでここに来た」
などと言っている。
 
「どうかしたの?」
と私はCubaseと取っ組み合いながら彼女にも声を掛ける。
 
「首になった」
と桃香は言った。
 
「あぁ」
 
やはりね〜と私は思った。
 
「それどういう状況?」
と正望が尋ねる。
 
「産休が欲しいと言っただけなんだが」
と桃香がいうので、正望の顔が険しくなる。
 
「妊娠した女性が産休を取ろうとしたのに解雇するというのは、男女雇用機会均等法第九条3の違反で、その解雇は同条4により無効だよ。ぼくはまだ弁護士登録していないけど、先輩の弁護士さん紹介しようか?」
 
と正望は言うが
 
「いや、何というか。売り言葉に買い言葉になったからなあ」
などと桃香はかえって恐縮している。
 
「最初課長は私が妊娠したからには結婚するものと思ったらしい。ところが私は結婚するつもりは無いからシングルマザーになるつもりだと言ったら、相手とは不倫か何かかと訊かれて、そんなこと話す必要無いでしょうとか、そのあたりから、だんだん喧嘩腰になってきて」
 
「ああ」
 
「私と課長が言い争いになっているのを係長が仲裁に入ってくれたんだけど、こちらも少し興奮していたもんで、ちょっとした言葉に切れてしまって、つい係長を殴ってしまって」
 
「殴った!?」
 
「何かもう会社に入って以来のいろんな不満を全部ぶちまけたら、そんなにうちの会社が気に入らないのなら、勤めてくれなくてもいい、ああこんな会社辞めます、というので、退職届その場で書いて、投げつけてきた」
 
「うーん・・・・」
と正望が悩んでいる。
 
「どうする?弁護士さんに依頼してみる?」
と私は笑いをこらえながら桃香に訊いた。
 
「いや、正直あの会社は、女にはまともな仕事をくれないし、たまにくれても全く評価してくれないので、不満が大きかったんだよ。だから弁護士さん入れる必要は無いよ。愛想が尽きたから辞めることにするから」
 
と桃香は言った。
 
「最初の内は良かったんだけどね。凄くやりがいのある会社だと思った。でもそれ、私が男と誤認されていたからだったんだよね」
 
正望は吹き出しそうになってギリギリ我慢した。
 
「女と分かってからは、突然まともな仕事をさせてもらえなくなった。女性差別がここまであからさまな会社もないと思ったよ」
と桃香。
 
「まあそういう会社は多いよ」
と私は言う。
 
「退職金はもらえた?」
と正望が訊く。
 
「自己都合退職ということで、規定通りに計算して今月分の給料と一緒に振り込むと言われた。概算で15万円くらいもらえるみたいだから、まあいいかなと。係長を殴ったことは、私もちゃんと謝ったけど、係長自身はこのくらい気にしないと言ってくれた」
 
「1年半勤めただけで、そんなに退職金くれるってのは、さすが大手だね」
と私は作業しながら言った。
 
「しかしどうせ辞めるなら、あと半月我慢して、ボーナスもらってからにすれば良かった」
と桃香。
 
「ああ。それはちょっともったいなかったね」
と政子。
 
正望は腕を組んだまま、まだ悩んでいた。
 
桃香は結局夜中過ぎまでお酒を飲みながら、色々会社に対する不満を政子や正望相手に言い、正望も「そういう会社多いんだよねぇ」と言いながら、お酒にも付き合い、グチの聞き役に徹してくれていた。
 
むろん私はひたすらCubaseでスコアの調整をしていた!
 

11月26-27日の土日。
 
この週末に行われるローキューツの関東総合選手権(武蔵野市)も気になったのだが、これは政子と、お目付役の琴絵に代わりに行ってもらい、私はアクアの次期CDの制作に参加した。
 
この週のアクアはドラマの撮影もなく、他の予定は動かせたので動かして、無理矢理この2日間を空けたものである。制作に参加するのは、アクア本人、バックバンドのエレメントガード(Gt.ヤコ B.エミ KB.ハル Dr.レイ)、サポートミュージシャンとしてサックスの長谷部広紀さん、フルートの黒浜由佳さん、ヴァイオリンの三谷幸司さん、といったメンツが来ていたが、このサポートの3人は全員私と顔見知りである。
 
「ピコちゃん、お久〜」
などと三谷さんは言っている。三谷さんと私は松原珠妃の初期のバックバンドメンバー仲間である(元々は三谷さんが珠妃の初代ヴァイオリニストだが、怪我したあと、私がしばらくその後任を務めた。それで私は珠妃の2代目ヴァイオリニストとしてカウントされている)。
 
「醍醐先生は今日は川崎で試合があっているので、それが終わってから夕方くらいにいらっしゃるそうです」
とレコード会社の担当・鮫川さんが言っている。実際昨日は夕方から試合だったので桃香と連絡が付かなかったようである。今日は14時からの試合なので、夕方には解放されるらしい。
 
「じゃケイ先生の『モエレ山の一夜』から始めましょう」
と秋風コスモスが言い、作業は始まる。
 
スコアは下川工房のアレンジャーさんが編曲しており、それに沿って午前中いっぱい各自練習をし、お昼を経て、午後からそれを合わせてみることにする。
 
「それで、ケイ先生お願いがあるんですが」
とコスモスが言う。
 
「何だろう?この場でお願いって凄く恐いんだけど」
 
しかも彼女は普段は私を「ケイちゃん」と呼ぶのに、今日は「ケイ先生」である(伴奏者の手前もあるのだろうが)。
 
「それが毛利先生がどうも三つ葉と山森水絵で手一杯みたいで」
「ああ」
 
これまでのアクアの制作にはいつも毛利五郎さんが来て、音楽面の統括をしていたのであるが、確かに今日は来ていない。
 
「売れてるアーティスト3つはさすがに無理だよね」
「今後アクアの制作体制をどうするか、実は悩んでいるんですよ」
「うーん・・・誰か手の空いてる人は居ないかなあ・・・」
「それで今回はケイ先生も醍醐先生も来られるみたいなので、今回の制作では、お二人に全体的な監修をお願いできないかと思って。むろんちゃんとその分の報酬は払いますので」
 
「まあ、今回だけならいいよ」
「じゃお願いします」
「うん」
 
などという会話をしたのだが、後でアクアCD監修料ということで、私と千里に500万ずつ振り込まれてきたので、私も千里もびっくりした。
 

なお、この両日行われた関東総合選手権では、江戸娘とローキューツが決勝戦まで勝ち上がり、両者の延長にもつれる激戦でローキューツが勝利。ローキューツは2012年以来5年ぶり2度目のオールジャパン出場を決めた(江戸娘は2年連続のオールジャパン出場を逃した)。
 
主将の国香が「良い花道になる」と言ったら「3月の全日本クラブ選手権を制して花道に」と言われていたらしい。
 
政子は江戸娘オーナーの上島先生からも江戸娘のお世話を頼むと言われていたので(大会の事務関係では政子がローキューツ、琴絵が江戸娘のチーム代表を代理した)、結局2チーム合同の「お疲れ様会」を焼肉屋さんで開いたら、試合で疲れている食欲旺盛の選手たち以上に政子が食べるので、選手たちが呆気にとられていたらしい。
 
「マリさんの性別に疑惑を感じてしまう」
「あ、私昔から、胃袋だけは男子スポーツ選手並みと言われてます」
「なるほど〜」
「胃袋だけ性別が違うのか」
「何となく納得」
 

2016年11月28日(月)。
 
春から江東区内に建設を進めてきていた“91Club体育館”(別名深川アリーナ)が竣工。落成式が行われた。
 
この体育館は、千里がオーナーの40 minutes, 私がオーナーのローキューツ、上島先生がオーナーの江戸娘、KL銀行が所有するジョイフルゴールドの4者で共同で建設したものである。91Clubというのは、この4者が共同で創設した女子バスケットチームの交流団体(任意団体)で、その4者の他に千里が現在所属しているレッドインパルスも加入しており“クロスリーグ”の運営主体でもある(12月から江戸娘もクロスリーグに参加する)。この施設は91Clubのメンバーで共同で利用していこうという趣旨である。
 
ちなみに91は「くノ一」から来ている!
 
「女子だからってさぁ、なんか可愛い花の名前とか小鳥の名前とかって違うと思うんだよね〜。ここを使うメンツには世界と闘う子が何人もいるから、これからの女は強くなければいけないと思って。強い女といったらくノ一だよ」
などと千里や秋葉さんたちは言っていた。
 
体育館はメインアリーナ(34m x 94m)に3〜5つのバスケットボールのコート(28mx15m)を取ることができる(公式試合基準で4つ)。バレーボールは18x15なのでこれも最大5つ取れるし、ハンドボールは40x20、フットサルは42x25なのでこれらは2つ取ることができる(但し開業時点で用意しているタラフレックスは、バスケ練習用・バスケ本番用・バレーの3種類)。
 
これらのコートレイアウトは、タラフレックスの床を敷き直すことで変更できる。床の敷き直しは人海戦術で1晩で変更可能である。コンサートの際はタラフレックスの代わりに吸音床を敷く。
 
スタンド席は南北に2階席・3階席合わせて5000席あり、アリーナにも座席を設置すると、バスケットの試合(センターコート)で3000席、コンサート仕様の場合5000席設置できるが、見切り席が出るのでコンサートの場合のキャパは9000席と考えている(消防署には1万人レイアウトで許可を得ている)。なお、ステージはアリーナ上に仮設置するのではなく、最初から東端に作られており、様々な幕の上げ下ろし・セリ、ドラムスを高速に入れ替えるための装置なども付いている。このステージは大会では表彰式に使える。また結果的にアリーナ全てに椅子を並べることができるので、スタンドの見切り席も少なくて済む。
 
アリーナに座席を設置する時に並べるパイプ椅子だが、学校の体育館などにあるのは1個1000円くらいのものだが「どうせ株で儲けたあぶく銭だし」と私と千里は話し合い、定価3万円の肘置き付きの高級折畳み椅子を予備も含めて6000個購入した(大量注文なのでメーカーがまとめて1億円で売ってくれた)。これはお客さんには好評だったが、イベンターさんが設置する時にバイトさんたちが「これ重たいです!」と言っていた。
 
アリーナに最大5つのコートが設置できるし、4コート仕様の場合、コート間に「目隠し」の幕を張れるので、共同設立した4つのチームが同時に練習をすることができる。この体育館の敷地内に実は40 minutesが練習に使用している古い体育館があり、こちらの体育館が完成したので、その古い体育館もこれから建て直し、そちらは春頃までには2階建、各2面のサブ体育館になる予定である。つまりメイン体育館が行事などでふさがっていてもサブ体育館で4チームが練習できるようになる。
 
なお、体育館の地下は駐車場になっていて、350台の普通車と50台のバスを駐めることができるようになっている。EVの充電設備も用意した。都心にこれだけの駐車スペースを持つ体育施設は希少であるが、車好きの千里や雨宮先生が設計に参加していたことから実現したものである。
 
(東京体育館は普通車66台バス6台、代々木競技場は普通車173台バス不可)
 
最初屋上を駐車場にする案もあったが、建物の強度を強くしなければならないし音響にも影響が出る(駐めている自動車の重量やバランスにより建物の音の響き方が変化してしまう。特にリハーサルと本番で音の響きが変化するのは物凄く困る)ので、結果的には地下に作った方が安く済むし音響的にも問題無いということになったようである。
 
落成式では、最初に江東区長・副知事・バスケ協会会長、およびこの体育館の運営会社JER4社長の4人と91Club5チーム主将5人(40 minutes.竹宮星乃、Rocutes.愛沢国香 江戸娘.青山玲香 JoyfulGold.佐藤玲央美 RedImpulse.広川妙子)によるテープカットに始まり、参列者を中に入れてから、JER4社長、千里、私、上島先生、KL銀行頭取、レッドインパルス代表の挨拶、来賓の祝辞、工務店の責任者さんの挨拶などが続き、その後、竣工記念試合が行われた。
 
これは40 minutes+江戸娘 vs ローキューツ+ジョイフルゴールドという各々混成チームで試合が行われた。審判を務めたのは、レッドインパルスの選手たちで、千里と黒木不二子・渡辺純子・久保田希望という「北海道組」!であった。千里と不二子が旭川N高校出身、渡辺純子と久保田希望が札幌P高校出身である。TO(テーブルオフィシャル:記録係や24秒計の操作など)はレッドインパルスの2軍選手がしてくれた。
 
この体育館での最初のコンサートはローズ+リリーが行うことになっている。
 
12.02(金) クロスリーグ 江戸娘vsローキューツ、40 minutes vs Joyful Gold
12.03(土) Wリーグ レッドインパルス vs ブリッツ・レインディア
12.10(土) ローズ+リリーのライブ
 
なお、ロビーには牛丼チェーン・まき家の店舗が入っている。ここは道路にも直接面していて、体育館が閉まっていても道路側からアクセスできる。座席は道路側にカウンター10席、体育館側にテーブル60席で、双方の間に設置したガラス戸を、有料イベントが行われている時以外は開放して自由に通行できるようにする。営業時間はお昼11-14時と、夕方16-21時である。ここに牛丼屋さんを誘致したのは「練習でお腹が空くから牛丼を食べたい!」という選手たちの要望を聞いてのもので、このあたりが公共体育館では考えられない発想である(普通は喫茶店とかを考える)。
 
家賃はこの付近の相場からは破格の安値に設定しており、それで実は座席数が70席も確保できた。この座席数は試合をした時に両チームの選手・スタッフが全員座れる程度というのを考えており、また毎月の利益が一定水準以下であった場合は、91Club(JER4ではない)から支援金で補填する仕組みになっていた(実際にはほとんど千里が出すつもりだった)が、実際にはこのシステムは一度も発動されなかった。更に実は選手の中でバイトを探していた数名がここのバイトに採用してもらった!彼女らは自分の試合がある日はシフト免除ということになっている。
 
 
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【夏の日の想い出・やまと】(5)