【夏の日の想い出・The City】(1)

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アクアが出演している(主演は中堅医師役をした三崎京輔さんでありアクアはあくまで脇役である)『ときめき病院物語』の最終回は関東地区で41%、関西地区で38%という恐ろしい数字を叩き出した。この視聴率に気をよくしたスポンサーは来年の春にこの物語の第2部を、ほぼ同じキャスト、特に三崎とアクアは必ず入れて制作してくれるよう要請したが、放送局は三崎も忙しいしアクアも来年のスケジュールは今の段階では確定できないとして、この要請を保留した。
 
そしてその翌週からは、今度はアクア自身が主演する『ねらわれた学園』が放送開始され、やはり物凄い視聴率が出たのだが、この初回放送で一部のアクア・ファンから悲鳴が出た。
 
アクアは主人公の関耕児(リアルのアクアと同じ中学2年)を演じているのだが、彼が明らかに男声で話していたからである。
 
「アクアちゃん、声変わり来ちゃったの!?」
という悲鳴のようなツイートがネットにあふれたが、8月下旬に行われたライブに行った人たちが否定する。
 
「アクアは少なくとも8月下旬の段階では、まだ変声前のボーイソプラノで歌っていたし、話していたよ」
 
「『狙われた学園』は8月から撮影スタートしているはず。だからこの時点では、まだ変声前だったはず」
 
この問題についてはアクア自身が記者会見を開いた。
 
「えっと、僕はまだ声変わりしていません」
と彼はおなじみのハイトーンでコメントし、この映像がテレビを通じて全国に流れると、多数の女性ファンたちがホッと胸をなで下ろした。
 
「でもアクアさん、中学2年生ですよね。この年齢でまだ声変わりが来ていないって、凄く珍しいと思うのですが、女性ホルモンとか打っているのでしょうか?」
 
と記者が世間でくすぶっている疑惑をストレートに尋ねる。
 
「なんか僕に女性ホルモンを投与したがっている人、いっぱい居るみたいなんですけど」
とアクアは苦笑するように言う。
 
「実際女性ホルモンの錠剤とかわざわざプレゼントとして送ってこられる方もあるんですよ。これ薬事法違反の疑いもあるのでやめてくださいね。でも僕、何もお薬とか飲んでないし注射とかもしてないです。僕は、ご存じの方もあるかと思うのですが、幼稚園から小学1年の時に掛けて、大きな病気をして。その時は一時は髪が全部抜け落ちるくらい強い薬を使っていたんです。その薬の影響で性的な発達も遅いみたいなんですよねー。僕オナニーとかも月に1回くらいしかしたくならないんですよ」
 
このアクアのオナニー発言にはまた全国の女性ファンが悲鳴をあげたし、事務所社長の秋風コスモスがやや渋い顔をしたものの、中学2年生の男子がオナニーもしていなかったら、その方がよほど変なので、多くの冷静なファンは彼の発言を好意的に受け止めた。
 
「むしろ月に1回って男の子にしては少ないよね」
「やはり本人が言うように、性的な発達が遅れているんだろうね」
 
といったやりとりがネットではなされていた。
 

「ではドラマの声はどうなさったんですか?」
という記者の質問に対してアクアは笑顔で答えた。
 
「ボイスチェンジャーを使っているんですよ」
「なるほど!」
 
それでアクアは実際のボイスチェンジャーの機械を記者会見場に運び込んできてもらい、それを通して初回放送で使用したセリフをしゃべってみせた。確かにボイスチェンジャーにより、アクアの声が男の子の声に変換されて聞こえてくる。
 
「凄いですね」
「逆に男の人が女の人みたいな声を出すこともできますよ。記者さんもこの機械1個どうですか?」
 
「女の子を装ってお友達増やしたい気分ですね」
と記者が悪のりして言うと
 
「犯罪予告か!?」
などとネットではツイートされていた。
 

「今回はアクアさん、女役はしなかったんですか?」
「一応、僕男の子なので」
とアクアは言っていたが
 
「アクアちゃんの女装見たいよぉ」
という声がネットにはまた大量にあふれていた。
 

アクアの8月のライブツアーはこのような日程で行われた。
 
8.16(日)福岡 22(土)札幌 23(日)大阪 29(土)名古屋 30(日)埼玉
 
今回のツアーまではゴールデンシックスが伴奏を務めたが、アクアの音楽活動がこのあと活性化することも予想される中、ゴールデンシックス自体も売れているので、9月以降は別のバンドがアクアの伴奏を務めることが予告されていた。つまりゴールデンシックスにとっては、最初で最後のアクアのライブツアー伴奏となった。
 
このツアーでは、年末くらいの発売が予定されているアクアの初アルバムに収録する予定の曲もいくつか披露された。そのアルバムはまだタイトルも決まっていないのに、各地のCDショップに大量の予約が行われた。
 
今回のツアーのチケットは全国分を1つにして抽選する方式、つまり複数の会場のチケットの購入はできない方式(但し住所に近い所を優先する)で販売されたが競争率が20倍を越えた。転売防止のため入場には同伴者も含めて、写真付き身分証明書が必要とされていた。
 
なおこのライブの様子は9月下旬にDVDで発売されたが、そのDVD自体が価格が1万円もするにもかかわらず30万枚も売れた(つまり売上30億円)。
 
何だか私たちがマジメに音楽制作しているのがアホらしく思えるほどの凄いセールスである。
 

「アクアのアルバムですけど、誰々が書いたんですか?」
と私が加藤課長に尋ねたら
 
「忙しい時に悪いけど、ケイちゃん、1曲書いてくれない?」
と言われ、藪蛇だったなと後悔した。しかし政子が
「可愛いアクアちゃんのためなら」
と張り切っていて、結局ワールドツアーの時に書いた『翼があったら』という曲を音域など調整した上で提供することにした。
 
千里に訊いてみたら、彼女たちも頼まれたということで、例によって東郷誠一さんの名前で『テレパシー恋争』という曲を提供したらしい。恋争は恋の争いということではあるが「れんそう」とい音が「連想」につながりテレパシーの関連単語である。蓮菜(葵照子)らしい言葉あそびが多用されている。この曲は『ねらわれた学園』の挿入歌にも使用されることになったと言っていた。
 
他に結局上島先生も1曲書くことになったようである。どうもアクアのプロジェクトでは、今「旬」の作家12名に1曲ずつ提供してもらってアルバムを構成したようである。制作の指揮は雨宮先生の3番弟子か4番弟子くらいの位置づけらしい毛利五郎さんがしたと氷川さんから聞いた。彼は聞く所によると実はAYAのインディーズ時代とかにも制作に関わっていたらしく、アイドルの制作をかなり昔からやっていたようである。
 
あまり名前が表に出てきたことは無かったと思うのだが、どうも雨宮先生の弟子には、千里も含めて「闇の中で」活動しているミュージシャンが多いようである。
 

一方KARIONもちょうどアクアと同時期に全国ツアーをしていた。昨年は10ヶ所でやったのだが、今回は8ヶ所にしてもらった。これは私自身がローズ+リリーのアルバム制作に時間をできるだけ取りたいためにワガママを言わせてもらった。
 
「KARIONのアルバムも作りたいんだけど」
と和泉が言うものの
「ごめーん」
と私は言っておいた。和泉は詩を書き貯めていたが、私はなかなか曲を付けてあげる時間も取れずに居た。
 
KARIONのツアー日程はこのようになっていた。
 
8.16(日)札幌 18(火)福島 22(土)沖縄 23(日)福岡 8.27(木)富山 29(土)大阪 8.30(日)名古屋 31(月)東京
 
むろんアクアのライブとはぶつからないようにしている。8月はツアーをしているアーティストも多いが、アクアと不幸にも日付と場所がダブってしまったバンドや歌手のファンたちは宿泊や、場合によっては交通機関も確保できずに困ったようであった。同じ日に学会を開こうとしていた団体は急遽日付の変更をしたりもした。
 

ローズ+リリーのアルバム『The City』に収録した曲は14曲で、これは各々次のようなスケジュールで制作を行った。
 
7月上旬『内なる敵』
7月下旬『摩天楼』
8月上旬『ハンバーガーラブ』
8月下旬『たまご』
9月上旬『枕が揺れる』『仮想表面』
9月中旬『スポーツゲーム』『Flying Singer』
9月下旬『短い夜』『通勤電車』
10月上旬『ハイウェイデート』『ファッションハウス』
10月中旬『ダブル』『モバイル・ガールズ』
 
7月はマリの恋愛騒動でとても制作ができず、8月は夏フェスやKARIONライブで時間が取られたので、結局9月から10月中旬に掛けて集中して作業を行って何とか年内発売できる線でまとめたという感じである。2月初旬に企画会議をしてから発売(12月2日)まで10ヶ月の長丁場であった。制作費は4億円に及んだ。これには「ロケハン」を兼ねて行ったワールドツアーの費用は含まれていない。
 
(昨年の『雪月花』は3億円、一昨年の『Flower Garden』は1億円掛けている)
 
そういう訳で、KARIONのアルバム制作は結局11月になってやっと起動することになったのである。
 

ローズ+リリーのアルバム収録曲で最初に作った『内なる敵』は元々シングル用に制作したものであるが、マリのトラブル絡みでシングル発売直前になってアルバム収録予定の『コーンフレークの花』と入れ替えることになり、大騒動となったが、おかげでローズ+リリーのCDは8連続ミリオンを達成した。
 
2013.01『夜間飛行』110万
2013.03『言葉は要らない』110万
2013.04『100%ピュアガール』120万
2013.08『花の女王』130万
2014.04『幻の少女』110万
2014.07『Heart_of_Orpheus』140万
2015.03『不等辺三角関係』130万
2015.07『コーンフレークの花』160万
 
「なんか作品の出来と売上が比例してないなあ」
とある日マンションで私は売上の数字を見ながら言った。
 
「まあしょうがないね。宣伝がうまく行ったものもあれば外れたものもある。雰囲気で売れちゃったものもあれば、うまくブームに乗れなかったものもある。発売日前後に発売された他のアーティストの作品の影響もあるし」
と七星さんがファンからの贈り物のバーボンを飲みながら言った。
 
「100%ピュアガールなんかが雰囲気で売れてしまった例ですよ」
「あれは公開制作されたからね」
 
あの曲は『言葉は要らない』の発売記者会見をしている最中に唐突にマリが詩を書き始め、私もノリでその場で曲を付け、加藤課長がその場で発売日まで決めてしまったという作品であった。正直、もっとリファインできる作品であったが、もうテレビで制作現場が流れてしまったので、そのままの形でリリースしたのである。
 
「幻の少女なんて渾身の作品だったのに、あまり売れなかったし」
「まあ何が売れるかが分からないのがこの世界」
 
「今回のコーンフレークの花は後ろめたい気分です」
「でも差し替えてなかったら10万枚も行ってないね」
「だと思います」
 
あれは『内なる敵』をリリースする予定が、マリの恋愛騒動の余波で大量にキャンセルが行われ、大損害確実という危機的状況だったのを、大林亮平さんたちの記者会見でマリの「熱愛疑惑」が消え、更に雨宮先生制作のコミカルなPVを入れた『コーンフレークの花』に楽曲を差し替えるというマリ自身の提案に町添さんが首を掛けて乗ってくれたおかげで、初動74万という奇跡のような数字が出たのである。そのあと売上はどんどん伸びて9月末に160万枚を突破してしまった(年内に180万枚到達)。
 
「ここだけの話ですが、RC大賞をやると言われたのですが辞退しました」
「もらえばいいのに」
「こういう売れ方したものが取ったら申し訳無くて」
「欲が無いなあ。しかし今の時期にもう大賞決めちゃうのね」
「まあ今後更に有力な作品が出たら、ごめんと言われるのかも」
「そのあたりは運もあるだろうね」
 

6月下旬から7月上旬に掛けて制作した『コーンフレークの花』はシングルに転用した。次に制作したのが『摩天楼』で、これは苗場ロックフェスティバルが終わった後、7月下旬に集中的に制作をした。
 
七星さんと青葉のツインサックスをフィーチャーしている。1980年代のアメリカのフュージョンを思わせるようなムーディーな曲で、ワールドツアーの時に撮影したマンハッタンの高層ビル群の映像も使用している。
 
またサマーロックフェスティバルの時に私とマリがハングライダーで降りてきたのが結構好評だったので、関東近郊のハングライダー飛行コースに行き、ベテランの人とのタンデムで実際に私とマリが飛行する映像も撮影され、使用された。
 

続いて制作したのか『ハンバーガーラブ』であるが、明るいポップな曲であり、伴奏もスターキッズの基本メンバー5人のみで演奏している。PVとしてはハンバーガーの「製作過程」を映像化した。
 
私がタマネギをみじん切りにし、マリが挽肉・パン粉・牛乳・卵と一緒にこねる。それをふたりで手分けして整形し、私が鉄板の上で焼いている。一方でマリはバンズを半分に切って、これも鉄板の上で焼く。特別出演した美空がスライスしたトマトも一緒に焼いている。
 
そしてバンズの下半分の上にハンバーグ、トマト、他にチーズなども載せてバンズの上半分を乗せる。これは美空も含めた3人で手分けして作業していき、できあがったらテーブルの上の白磁の皿に載せていく。
 
そして広いテーブルの上にハンバーガーが100個くらい並んでいるのを私とマリが満足げな表情で見ているところでPVは終了する。
 
「あのハンバーガーはその後どうしたんですか?」
という質問がツイッターーで来たが
 
「まあムダにはしていませんよ」
と私は回答しておいた。
 
(実際には政子と美空・穂花の3人で丸1日で食べてしまった。しかしさすがにこのメンツでも1日掛かるんだな、と私は感心した)
 

8月下旬にはKARIONのツアーの合間をぬって『たまご』の製作をした。この曲では、本当は千里の龍笛をフィーチャーしたかったのだが、日本代表の活動で徴用不能。青葉もインターハイが終わった後、自動車学校に行っているという話で、結局千里・青葉の双方が推薦する形で、北海道在住の海藤天津子さんという女子大生の人に吹いてもらった。
 
最初は彼女だけ札幌あたりのスタジオで別録りしてもいいという線で打診したのだが「セッションは他の演奏者と合わせた方がいいはず」と先方も言うので東京まで来てもらった。
 
彼女は青葉の「霊能者」としてのライバルということで、普段霊的な相談事は1件100万円取るらしい。それでこちらも演奏料100万円+交通費・宿泊費という線で提示したものの、
 
「私は霊相談は100万円取るけど、これは音楽活動だから普通の演奏者のギャラでいいです」
と本人が言うので、ギャラとして30万円払った(その他プレミアムクラスの往復航空券代と都内の一流ホテルのスイートの宿泊代を出している)。
 
30万円払ったのは、何と言っても彼女の龍笛の演奏が物凄かったからである。
 
千里の龍笛も青葉の龍笛も、それぞれ凄いのだが、海藤さんの龍笛はふたりのものとは、また違う印象があった。
 
千里の龍笛が「空」、青葉の龍笛が「水」だとすると、彼女の龍笛は「火」だと思った。物凄いパワーが感じられたし、青葉の演奏同様、大量に物が壊れた!
 
「私が演奏する前にDAWのデータはバックアップ取っておいた方がいいですよ」
と彼女が警告したので、しっかりバックアップを取ったのだが、本当にハードディスクのデータが飛んでしまった!
 
演奏自体は録音されたものの、それ以外のデータが蒸発してしまったので、結局バックアップから戻して事無きを得た。それ以外に音のモニターが1個壊れた(これは修理不能だった)し、ギターとベースの弦が演奏終了直後に全部振り切れるかのように切れてしまった。
 
録音にはその弦が切れた時の衝撃音も入ってしまったが、この音はそのまま生かすことにした。
 
「最後に卵が孵ったかのような感じになったからちょうどよい」
と七星さんは言った。
 
「ごめんなさい。できるだけ控えめに吹いたんだけど」
などと彼女は言っていたが、七星さんは彼女の演奏に感激したと言い、ぜひお友達になりたいと言ってメールアドレスを交換していた。
 

9月5日(土)大安。
 
山村星歌と本騨真樹の結婚式が都内の某神社で行われた。
 
式自体の参加者は双方の親族・事務所社長・レコード会社社長、星歌のライバルであった坂井真紅・富士宮ノエル、本騨君が所属するWooden Fourのメンバー大林亮平・森原准太・木取道雄といったメンツに限定された。
 
披露宴は都内のホテルの大広間を利用して行われた。大企業のパーティーや大きな会議などが行われる場所である。立食形式で、招待客は500人に及んだ。私と政子も招待されていたので一緒に行ってきたが、まあ知り合いに会うこと会うこと。
 
KARIONの和泉・美空・小風とも会う。
「蘭子、こちらに来ない?」
「誰か代役を立てておいて」
「御祝儀は4人分まとめて出しといたから、あとで払って」
「ありがとう。助かる。金額をメールしといて」
 
実際には4人で合わせて100万円包み、和泉と私が40万円ずつ、小風と美空が10万円ずつの負担にしたということだった。
 
スイート・ヴァニラズの面々と会ったのは、まだ披露宴が始まって間もない頃だったのだが全員完璧にできあがっていた。
 
「ケイ、何飲んでる?」
とEliseが言う。
 
「ウーロン茶ですけど」
「なんで水割り飲まない?おーい、ボーイさん、こちらに水割り」
と言ってコップを1個取り渡そうとする。
 
「仕事があるので無理ですー」
と言って断る。
 
「Eliseさん、瑞季ちゃんはどうしたんですか?」
と政子が訊く。
「妹(亜矢)に預けてきた」
「そんなに飲んで授乳に影響しません?」
と私が心配して言ったが
「こいつのアルコールが抜けるまでは絶対授乳させないから」
と隣でLondaが言うので、いいことにした。
 

その他、富士宮ノエル・坂井真紅・小野寺イルザ、秋風コスモス・川崎ゆりこ、AYAと遠上笑美子の姉妹、XANFUSの2人などとも遭遇する。
 
だいたいみんなドレスが多いものの、振袖や訪問着などを着ている人もいる。星歌が加賀友禅の1000万円はしそうな豪華大振袖を着ているので、みんな安心しておしゃれしている。
 
会場を歩いていたら、京友禅の振袖を着たアクアに遭遇する。
 
「アクアちゃん可愛い!やはり女の子の服なのね」
と言って政子が騒ぐ。
 
「マリさん、やはりこれ女の子用の服ですかね?」
とアクアは怪訝そうである。
 
「ふつう振袖は女しか着ない」
「ボク、これ女の人の服じゃないんですか〜?と聞いたんですけど、男性でも着る人はいるんだよ。アマテラス陛下も振袖着てるよとか言われたんですけど、どこの人でしたっけ?」
 
「アマテラス・ディス・エイダス・フォース陛下はファイブスター物語のキャラだね」
「男性なんですか?」
「公式見解としてはね。でも実態はやや怪しい」
「うーん・・・」
 
「でも似合っているからアクアちゃんは着てもいいんだよ」
と政子は笑顔で言っている。
 
どうも事務所の誰かにうまく乗せられて女性用の服を着せられてしまったようだ。アクアと私たちが話していると、記者が写真を撮っていた。これは翌週発売された女性雑誌に掲載されていた。「★★レコードの稼ぎ頭ツートップ」などとタイトルが付けられていて私は苦笑した。
 

明智ヒバリにも遭遇したが、白い衣装を着ている。たぶんノロの服なのだろう。
 
「清子ちゃん、元気そう!」
と私は声を掛ける。
 
「ケイさんにもご心配おかけしました。お手紙頂いたのにまだお返事してなくて済みません」
としっかりした声で彼女は答える。
 
「いや、忙しいんでしょ?」
「実はノロとして覚えなければいけない儀式の手順とか、歌の類いとかが沢山あって。ドラマのセリフ覚えるのより大変です」
 
「まあ無理しない程度に頑張ってね」
「コスモス社長からも、そんなこと言われました」
 
「ヒバリちゃん、シーサーの子供ありがとうね。千葉の神社に設置することにしたから」
と政子が言う。
「川上さんから聞きました。私は仲介しただけですが、行き先が決まって良かったです」
 
「シーサーの弟君、他には子供産まないのかなあ」
「おちんちんが復活したから、もう産まないと思いますよ」
「残念。折角おちんちんが無くなったのに、付けちゃうなんて」
「本人はおちんちん欲しがってましたからいいのではないでしょうか」
 
とヒバリは笑いながら言っていた。
 

葵照子(琴尾蓮菜)とも遭遇した。
 
「千里が中国だし、麻里愛ちゃんも今またフランスに行ってるから私が出てきて鴨乃清見の祝儀袋を出したんですけど重かった。千里が中国に行く前に私のアパートまで来て、ひょいと置いて行ったので、全然触ってなかったんだけど。あんなに入っているんだったら、鍵のかかる引き出しに入れておかないとやばかったです。中の金額は見てないんですけどね」
と蓮菜は言っている。
 
「知らぬが仏って奴だね」
 
蓮菜は現在研修医をしているので、本来なかなか時間が取れない状況のようである。
 
「でもまあ千里も頑張っているみたいだし」
と蓮菜。
 
「千里凄いね。このまま優勝しちゃうかね?」
と私。
 
オリンピック予選を兼ねたアジア選手権で、日本女子はここまで連戦連勝で、昨日は台湾に勝って決勝進出。今日の19:30からは中国との決勝戦が行われるのである。
 
「今朝電話で話したんですけど、強敵だけど頑張ると言ってました」
 
このアジア選手権では優勝しなければオリンピックに行けない。切符は1枚である。ここまで日本は花園さんと千里のダブル遠距離砲の活躍もあり勝ち続けている。中国とは予選リーグでも当たっているが、その時は花園さんのブザービーターで1点差勝利をしている。
 
「勝つことを私も祈っているよ。帰国したら一度4人で食事でもしない?お金は私が持つからさ」
と私は言う。
 
「いいですね〜。どこか豪華ホテルのレストランとか希望してもいいですか?」
と蓮菜。
 
「うん。政子が帝国ホテルかインターコンチネンタルにしてくれ、という目をしているよ」
と私は言った。
 

意外なものを見た。政子がトイレに行くというので私も一緒に行ったものの、時間が掛かっているようで、なかなか出て来ない。それで私はトイレの前の廊下で待っていた。
 
その時、ふと何か気になって横を見ると、氷川さんが作詞家の八雲春朗さんと何やら話している。それはいいのだが、よく見ると、氷川さんと八雲さんは手をつないでいるのである。
 
ふたりは直接仕事上のつながりは無いはずだ。氷川さんはローズ+リリーの専任だし、八雲さんは主として演歌の歌詞を書いている。
 
それを何気なく見ていた時、私はふたりをじっと見る別の視線があることに気づいた。そちらに目をやると、★★レコードの八雲礼朗さんである。私はその礼朗さんの視線に嫉妬の感情を感じた。
 
私が彼を見てしまったので、八雲礼朗さんもこちらに気付き、私に笑顔で会釈した。それで私も会釈して彼のそばに寄る。
 
「私最近まで知らなかったんですが、八雲さんって、作詞家の八雲春朗さんとご兄弟なんだそうですね」
 
「ええ。まあ、家庭は別なんですけどね」
と彼は笑顔で答える。
 
「父同士が双子の兄弟で。それで私の母は最初春朗の父と結婚して春朗を産み、そのあと向こうと別れて私の父と結婚して、私を産んだんですよ」
 
「何やら複雑な事情があるみたいで」
「そもそも母はどちらも好きだったと言っていました。便宜上先に向こうと結婚して、後でこちらと結婚したんだって」
「うーん・・・」
 
「だからこれは敢えて母にも父にも訊きませんが、たぶん母は今でも春朗の父と関係があると思う。おそらく3人とも納得ずくで。だから母はふたりの共有の妻なんですよ」
 
私は驚いた。
 
先日から自分や政子の恋愛模様、また千里や細川さんなどの恋愛模様が、世間的には異様だなと思っていたのだが、世の中にはこういう愛もあるのかと。
 
「それとそもそも父同士が一卵性双生児だから、遺伝子的には同じでしょ?だから、本当に春朗が春朗の父の子供で、私が私の父の子供なのかも、分かりませんよね。たぶん本人たちも分からないまま、1人ずつ子供をシェアしたんじゃないかなあ」
などとまで礼朗さんは言っている。
 
それは・・・確かに、調べようもないかも知れない。
 
「母は本当は男の子と女の子を1人ずつ産みたかったなんて言ってましたよ。それじゃ僕が性転換して女の子になろうか?と言ったら、そうしてくれるとありがたいけど、なんて言うんですよ」
 
「え〜!?」
「じゃ僕がもし性転換しても文句言わないでよねと言っておきました」
「性転換なさるんですか?」
「そうだなあ。男を40年くらいやったら、その後女を40年くらいやってもいいかも」
 
私は彼のことばが冗談なのか本気なのか、判断しかねた。そういえばこの人、女性のアーティストばかり担当している。担当されている女性アーティスト側も彼とは垣根無い感じで話ができていいと言っているようだ。逆に男性のアーティストとはうまくやれないとも聞いた。もしかしてこの人、女の子の心を持っている??
 
そんなことを私が考えた時、政子がトイレからやっと出てきて、こちらを見付け「ケイ、お待たせ〜」と言って寄ってくる。すると氷川さんは初めてこちらに気付いたようで、さっと八雲春朗さんとつないでいた手を離すと、こちらに会釈した。春朗さんは、そのまま向こうに歩いて行った。礼朗さんはじっとその背中を見送っていた。
 
礼朗さん、氷川さんのことが好きなのかな?と私は思った。
 
そして氷川さん自身は春朗さんの方と付き合っているのだろうか?
 

この山村星歌の結婚式が行われた9月5日(と翌6日)、新潟市で「全日本クラブバスケット選抜大会」が開かれた。
 
これは裏関とも呼ばれる「関東クラブバスケット選抜大会」とは無関係の大会で「関東クラブバスケット選手権大会」の上位が出場している大会である。関東選手権の上位5チームが「全日本選手権」に出場できて、その内の上位2チームのみが「全日本選抜」にも出場できる仕組みになっている。
 
1月に行われた関東選手権で40minutesが優勝、ローキューツが3位だったので、両チームともに全日本選手権には出場したのだが、全日本選抜には40 minutesのみが出場した。但し40 minutesの中心選手である千里は5日まで中国でアジア選手権をやっているので、チームは千里抜きで臨んだ。
 
私は一週間ほど前に、40 minutesの河合麻依子(旧姓溝口、クロスロードの準メンバー)から
 
「冬子さん、道具とか運ぶのにエルグランド借りられます?」
と打診されたので
 
「いいよいいよ」
と言っておいた。
 
運転は千里の専任ドライバーである矢鳴さんがするということであった。選手が運転すると、行きは良いが帰りは試合で疲れているので事故があってはまずいということで、千里が矢鳴さんに打診したらしいが、彼女たち専任ドライバーさんたちは、千里本人が乗車しない場合でも、こういったケースなどに便利に使ってもらってよいことになっている。実際矢鳴さんも千里がずっと合宿続きでここ2ヶ月ほどは暇にしていたので、久しぶりの仕事に張り切っていたようであった。
 
「矢鳴さんは、千里の新しい車の方は運転しました?」
と私は6日車を返却に来た矢鳴さんに尋ねたのだが
 
「慣れるのに少し運転しておいて下さいと言われたので、本人もまだあまり乗っていないのに、勝手に100kmくらい運転させてもらいましたが、パワーがあっていいですね」
と彼女は言っていた。
 
「本人も運転しないうちに専任ドライバーさんが運転しているというのは私と同じパターンかも」
「へ?」
 

9月8日。司法試験の結果が発表された。正望は合格していた。
 
私はスタジオで制作作業中だったのだが、正望からのメールが来ているのに気付き、電話して「おめでとう!」と言った。それでしばらく話していたら政子が
「お祝いにお泊まりしておいで。帝国ホテル予約しておいたから」
と言ってクーポンを渡すのでびっくりする。
 
合格するものと思って予約しておいてくれたようである。七星さんも
「後は任せて」
と言っていたし、正望も今日は時間が取れるということであったので、政子のお膳立てに乗り、その日はスタジオを抜け出して正望と会ってきた。
 
政子が渋紙銀児さんと遭遇することになった日以来のデートであったが、その日はゆっくりと正望とふたりの時間に没頭した。
 
「フーコがベッドに寝ていて突然譜面を書いたりしなかったのは初めてだ」
などと明け方、彼から言われた。
 
「ごめんねー。いつも」
 
なお、その日の政子は「後は任せて」と言った七星さんが近藤さんとふたりでしっかり監視して恵比寿のマンションまで戻り、近藤さんが御飯を作って!3人で食べて寝たらしい。
 
「マリちゃんは絶対にひとりにしないこと」というのが松前社長から厳命として下っている。
 

『The City』の制作は佳境に入りつつあった。
 
9月初旬にはまず『枕が揺れる』を制作した。ややスラブっぽいメロディー進行もあるが、基本的にはシンプルなポップロックである。この曲のPVの前半では美空に出演してもらって、美空がピタゴラスイッチみたいに複雑な構造の目覚まし時計で起こされる様子が描かれている。
 
政子がドミノ倒しのドミノの端を爪で弾いた所から始まり、ボールが転がったり、プラレールが走ったり、バネが弾んだりしながら、最終的に美空が寝ている枕が取り去られてしまう(枕を本当に揺らすのは危険なのでしないことにした)。
 
それで眠そうにして起きてきた美空がお姫様のようなドレスに着替えて食卓に就くと、大量のピロシキが並んでいる。それを幸せそうに食べ始めるところでPVは終わっている。
 
このPVが公開されたあと、最初の1時間くらいは「なんでピロシキなんだ?」と疑問の声があがっていたが、やがて「分かった! Pillow Shakeだ!」と1人が書き込むと、「ダジャレだったのか!」という声が多数また書き込まれていた。
 
「ちなみにあのピロシキの行方は?」
と質問が来たが
「1時間で終わりました」
と私が答えると
「さっすが、マリ&ミソリン」
という声が出ていた。
 
「しかし最近ローズ+リリーってマリの食欲頼りになってないか?」
「いや、そもそもマリちゃんがコンセプトを作っているユニットだから」
「そう言えばそうだった!」
 
「ケイって基本的に透明な天才なんだよ。基本的にケイは言われたことをそのままするだけの性格」
「それができることが凄いんだけどね」
「マリが無茶振りして、それをケイが何とか頑張って実現するのがあのユニットなんだよ」
 

次に制作した『スポーツゲーム』は急遽入れることになった曲で、書いたのは鮎川ゆまである。ゆまは『ファイト!白雪姫』『ガラスの靴』『虹を越えて』と童話シリーズを続けてローズ+リリーに提供してくれたのだが、今回は千里が出場していたアジア選手権をわざわざ中国の武漢(ウーハン)まで見に行ってきたということで
 
「凄かった。日本よくやった!」
と、私のマンションに来た時も興奮した様子であった。
 
日本女子は美事この大会に優勝してリオデジャネイロ・オリンピックの切符を獲得した。今回のオリンピックの切符を獲得した競技は女子バスケが最初である。
 
「ボクが女の子ならバスケやりたかった」
などと言い出すので
「ゆまって、女の子じゃなかったんだっけ?」
と尋ねると
「実は自分ではあまり自信無い」
などと言っている。
 
「でもそれでこれを書いたんだよ」
と言って、ぜひ次のアルバムでもシングルでもいいから入れてくれと言われたのがこの曲で、彼女の興奮が冷める前に制作することにした。
 
七星さん、ゆま、私、七美花によるサックス四重奏を入れている。KARIONの『月に想う』ではサックス三重奏を入れたが、四重奏というのは初めての試みであった。私がウィンドシンセでソプラノサックスの音を出し、ゆまがテナーサックスを吹いて、七美花と七星さんがアルトサックスのデュエットという構成である。
 
またこの曲には、ローズ+リリーでは珍しいコーラスが入っている。これはバレンシアのメンバー8人に入れてもらった。
 
またこの曲の間奏部分には実際にバスケをしている音が入っているが、これは40minutesとローキューツのメンバーに集まってもらい、練習試合をしているところを録音させてもらって使用した。
 

8月27日のKARION富山公演の時に、私は青葉から、彼女や友人の清原空帆らが結成していたバンド Flying Sober (「焼きそば」のもじり:焼きそばは本当は fried noodle だと思うが UFO - Flying saucer と掛けている)の最後のCDをもらった。私はその中の曲『Flying Singer』に興味を持った。
 
青葉にこの曲をローズ+リリーで使わせてくれないかと打診すると、作曲者の空帆が「気に入ってくださったのなら、ぜひ使って下さい。印税楽しみにしてます」と言っていたと青葉から返事があった。
 
その時点ではまだJASRACに登録されていなかったので、書面で使用許可・編曲許可をもらって、これを制作することにした。できたらFlying Soberと一緒に演奏したいと考えたので打診した。青葉は教頭先生と相談した所9月中ならいいと言われたと返事をしてきた。しかし青葉は合唱部が9月6日に富山県大会、それで2位以内に入ると27日に北陸大会ということであったので、9月12-13日の土日に私とマリが、七星さん夫妻・風花と一緒に富山に赴き、Flying Soberのメンバーと一緒に高岡市内のスタジオで制作をした。
 
この日程にしたのはFlying Soberのメンバーは夏休みが終わると受験勉強のため楽器の練習からも遠ざかってしまうので、まだ彼女たちの身体が楽器の感触を忘れていない内にやりたかったこともある。
 
メンバーはこの2日間は補習を休み、丸1日付き合ってくれた。しかし初日は近藤さんたちによる演奏の技術指導に終始した!その後、13日にひたすら練習を続け、同日夕方、休憩を兼ねた夕食を取ってから収録することにした。
 
この夕食は政子の希望で氷見市のきときと寿し本店まで行き、好きなだけ食べていいと言ったのだが、女子高校生たちの食欲が凄い!政子が食べた分も入れてお勘定が10万円を越えていた!
 
しかしお寿司効果か、みんな元気よく演奏してくれて、とてもいい音が取れた。翌14日の午前中にそのまま高岡市のスタジオで私とマリの歌を乗せ、14日夕方にPV用に制服姿のFlying Soberと一緒に私たちが歌っているシーンの撮影などを行った。PV用に、氷見の美しい斜張橋・比美乃江大橋、射水の巨大な新湊大橋、高岡のS字型に架かる伏木万葉大橋などの映像、また私たちが羽田空港で搭乗口に行く所や富山空港から降りた所の映像なども撮影しておいた。
 

富山から戻ってきてから制作したのが『仮想表面』である。
 
元々このアルバムのコンセプトの中核になった曲で
 
「都会はその大きな波の中に全てを飲み込んでしまう」
 
という私が高校1年の時に新宿で友人と会っている時に思いついた字句を歌詞に読み込んでいる。
 
ワールドツアーとサマフェスで披露したことで、曲のタイトルだけは結構ファンに知られていたが、音源自体は全く公開してない。それでもフェスを聞いた人が記憶に頼って(?)自分で演奏したものが、結構youtubeなどの動画投稿サイトにチラチラ見られ、私たちはそれを取り敢えず放置しておいた。
 
月丘・山森のダブルキーボードがローズ+リリーでは珍しい「ポリフォニー」的な旋律を奏で、私は月丘さんの音に合わせて歌い、マリは山森さんの音に合わせて歌う。
 
実際の収録も、月丘さんのキーボード+私の歌唱、山森さんのキーボード+マリの歌唱と、別々に録音している。微妙なタイミングのずれは私自身がDAW上で合わせつけ作業をした。他の楽器の音は、このふたつの録音を重ねたものを聴きながら酒向さんが(前乗りで)ドラムスを打ち、そのドラムスに合わせて近藤さん・鷹野さんがギターとベースを入れ、最終的に七星さんと私自身によるツイン・サックス、風花と七美花のツイン・フルート、鈴木真知子ちゃんと松村さんのツイン・ヴァイオリンを乗せている。
 
ローズ+リリーの曲は元々多重録音を多用したものが多かったのが最近はあまり多重にせず一発録音するものが増えていたのだが、この曲は珍しく昔の手法に近い形に戻って制作した。
 

9月下旬には『短い夜』『通勤電車』と制作をした。
 
『短い夜』はワールドツアーの時にごく短時間で夜が明けてしまうのを見て書いた曲であるが、曲としても2:30という短い曲に仕上げている。
 
しかし中身としてはひじょうに濃い曲である。
 
リズム楽器を入れずにアコスティック・ヴァージョンのスターキッズで演奏している。またヴァイオリン奏者を6人入れて夜のしじまを表現し、曲の最後はトランペット・トロンボーンの明るい音で終わっている。
 
その後に小さな声で「え?もう終わり?」という声が入っているが、これはマリの声である。練習を始めた時に、本当にマリが言ったことばで、偶然録音していたので、面白いから使おうということになり、そのまま使用している。
 
短い曲ではあるが、多数の演奏者の息を合わせるのに苦労し、また録音されたものを聴いた上での調整という作業が思った以上に大変で、制作には一週間以上掛かっている。
 

『通勤電車』は葵照子・醍醐春海から提供してもらった曲である。葵照子が医学部を卒業し、今研修医として毎日電車で通勤しているので、その満員電車に詰め込まれる日々から発想した曲である。
 
実は私の周囲にはこのような経験をしている人が少ない。
 
私も政子も高校時代は電車通学をしているものの、都内でも周辺部なので都心部のあの無茶苦茶な密度の電車はあまり経験していない。スターキッズのメンツで会社勤めを経験しているのは月丘さんと酒向さんだが、月丘さんは熊谷市内での通勤、酒向さんは平塚市内での通勤だったらしい。
 
千里は千葉市内に住んでいて千葉市内の大学やバイト先に通っていたが、自転車やスクーターを使用していたという。4月以降は一応?都内に引っ越して来て会社勤めになったはずだが、そもそも周辺部だし、アパート最寄りの駅と勤務先最寄りの駅はわずか1駅(但し1.8kmある)である。夕方、江東区内の体育館に移動して40 minutesの練習に参加すると言っていたが、通常の通勤とは逆方向になる。
 
和実は毎日都心の大学とお店に通学通勤しているものの、あの子はふつうの人と移動する時間帯が大幅にずれている。
 
結局ああいうシビアな通勤を経験しているのは葵照子だけだったようである。
 
この曲は、電車が走っているような感じのスネアの音のリズムに合わせ、月丘さんのキーボードのみを伴奏として私とマリが歌っている。ところどころ七星さんのサックスが絡むという構成である。近藤さんと鷹野さんはお休みでコーヒーを飲みながらサウンドチェックをしてもらった。
 

10月に入って『ハイウェイデート』『ファッションハウス』の制作をした。
 
『ハイウェイデート』は上島先生から頂いた曲で、抑揚を押さえてまるで打ち込みで作ったかのようなドラムスとベースの音に乗せて演奏している。同じパターンの繰り返しも多く、ハウスっぽい感じの仕上げにした。
 
PVでは雨宮先生が所有するエンツォフェラーリに私とマリが乗っている所を撮し、背景をブルーバック合成している。町中(さいたま市内)でエンツォフェラーリに乗り込むところだけが本物だが、実際には運転していない。撮影現場まで車を持ってきたのは千里である。千里は国際C級ライセンスを取ったということで(無茶苦茶忙しそうだったのに、よくそんなものまで取ったものだ)、雨宮先生が自分が運転するより安心だと言って任せたらしい。
 
後ろに映した背景は磐越自動車道を走るエルグランドの後部座席から撮した映像を使用している。磐梯山が美しかった。撮影したのは★★レコードのスタッフで運転したのは佐良さんである。
 
『ファッションハウス』はスイート・ヴァニラズから頂いた曲である。Eliseの産休中は私たちをはじめとする08年組や青葉がいろいろ支援したので、その御礼にともらった曲で、宮本さんを入れて Gt1/Gt2/KB/B/Dr というスイート・ヴァニラズと同じ構成にして演奏している。それに私たちの歌と七星さんのサックスを乗せた。
 
PVではセットで作ったファッションブティックで私とマリが品定めをする様子が撮されている。私はすんなりと赤いドレスに決めてさっそく身につけるのだが、マリの方は白い服をあれを出させ、これを出させて、出してきた服がたくさん積み上げられていく。
 
このマリの注文に応じてたくさん服を出してあげている店員を演じているのは、チェリーツインのドラマー・桃川春美さんである。(私に服を出してくれたのは同じくチェリーツインの「歌わないボーカル」気良星子さんであった。
 

10月初旬に風帆伯母から呼び出されて私は名古屋に1日行ってきた。
 
叔母の民謡教室でCDの制作をしたいということであったが、私はけっこう基本的な話から説明する羽目になった。2〜3時間で済むと思うからと聞いていたものの、そういう訳で話し合いが終わったのはもう夜の20時過ぎである。そのまま名古屋市内のホテルに泊まることにし、叔母たちと割烹で食事をした後で22時近くに別れた。
 
それで夜の町を散策していたら、カラオケ屋さんの前に居た背の高い女性がギクッとしたような顔をして顔を伏せた。彼女がそんなことをしなかったら私はきっと彼女に気づかなかった。
 
私は彼女のそばに寄って小声で訊いた。
「ねえ、まさか松山君?」
彼女は恥ずかしそうにコクリと頷いた。
「松山君、女装するんだ?」
「もっと小さな声で」
 
私は充分小さな声で話していたつもりなのだが!?
 
「ここに居ると目立つよ。どこかお店に入るか、ホテルとかに行く?」
「唐本さんはこちらは出張?」
「うん。どこかホテル泊まらなくちゃと思ってた。松山君も出張?」
「うん。今晩は栄のアパホテルに泊まる」
 
「じゃ空きがあったら私もそこに泊まろうかな」
 

結局タクシーでホテルまで行く。幸いにも空きがあったので、私もそこに泊まることにし、とりあえず1つの部屋に一緒に入った。
 
「まさか名古屋で知り合いに遭遇するとは思わなかった」
と松山君はホッとしたような顔で言った。
 
「けっこう様になっているよ。充分女性に見える。そういえば、元々小さい頃は女の子になりたかったんだと言ってたね」
 
「うん。それはそうだけど、僕は男として生きる道を選んだんだ」
「でも時々女装したくなるんだ?」
 
「他の人には内緒にして」
「別に言いふらしたりしないよ」
 
「実は政子と付き合っている時は、結構女装させられていたんだよ」
「まあ、あの子はそういうのが好きだから」
 
「政子と切れてから女装の機会が無くなって・・・名古屋に出張に来て、知り合いに会うことないだろうからと、つい昔の癖が出てしまって」
 
「女の子の服、持って来てたの?」
「一式買った。でも持って帰ると露子に見付かるし、どうしようと思ってた」
「じゃ私が持って帰るよ」
「助かる!捨てるのはもったいないし」
 
「取っておいてあげるから、東京に来た時に着てみるといいよ」
「いや、東京だとたくさん知り合いが居てやばい」
「ふふふ」
 

「でも政子とは最終的にじっくり話し合ってから別れることができて僕としても少しは気持ちが楽になったよ」
 
と松山君が言うので、私は驚いた。
 
「いつ政子と会ったんだっけ?」
「あ、唐本さんには言ってなかったのか。実は8月9日の日に会ったんだよ」
 
え!?
 
それは山村星歌の大阪ライブにゲスト出演した日だ。あの日、ライブが終わった後で政子は東京から来た美空とふたりで「粉もん」の食べ歩きをしたと言っていた。
 
そうか。そういうことにしておいて、政子は実際には松山君と会ったのか、と私は思い至った。美空はアリバイ作りの共犯なのだろう。政子と美空が食べ歩きをしたと言ったら誰でもそれを単純に信じる。
 
そうか!だから政子はその「食べ歩き」をした後、山村星歌との夕食でふだん以上の食欲を見せたのか、と私はあの時の政子の「胃力」にも納得がいった。
 
「いけないこととは思ったけど、ホテルで会って、セックスもした。それでサヨナラということにしたんだよ。政子からは結婚祝いまでもらった」
 
なんか政子も千里みたいなことしてるなあと私は思った。
 
「でもお互いスッキリしたら、それでいいんじゃない?」
 
「うん。政子には悪いことしちゃったとずっと思ってたから、僕も少しだけ罪悪感が減った感じで」
 
「その分、奥さんを大事にしてあげなよ。いつ結婚するの?」
 
「11月に結納を交わして、来年の4月30日・友引に式を挙げる予定」
「ゴールデンウィークの先頭か」
「そうそう。それでゴールデンウィークに新婚旅行に行く」
「混んでそう!」
「そんな気がする。まあハワイに行くつもりだから、向こうはそんなでもないかもしれないけど」
 
「きっと日本人観光客だらけだよ」
「そんな気もするんだよ!」
 
彼は、こういう話ができる相手がさすがに居ないからということもあったのだろうが、彼なりの政子への思い、そしてここ1年ほどの揺れに揺れた自分の心などもたくさん話した。
 
私は彼がそういう話をすることで気持ちの整理が付き、彼と露子さんの幸せにつながればいいなと思い、彼のことばを聞いていた。
 

10月中旬に青葉がちょうど東京に出てきたのを捕まえて、『ダブル』の収録を行った。
 
この曲は『たまご』と対のような曲で、細川京平の誕生に関わる様々なできごとや、アクアの『ときめき病院物語』『ねらわれた学園』での演技なども関わっている。ダブルキャスト・ダブルロール・ボディダブル・ダブルラブなどといったものが絡み合っている。
 
この曲は演奏者がひたすら二重化されている。
 
ギターは近藤さんと宮本さん、ベースを鷹野さんと香月さん、キーボードを月丘さんと山森さん、サックスを七星さんと青葉、フルートを風花と七美花、ヴァイオリンを松村さんと長尾泰華さん、そして歌唱者は私とマリ。
 
その各々が上になり下になり、二重螺旋のように絡み合っているのである。
 
メロディー自体はむしろシンプルであり、氷川さんは
「カラオケでも歌いやすいですね」
と言っていた。ローズ+リリーの曲は「聴いてもらう」ことを主体として制作しているので、あまり歌うことは考慮していない。概して難易度の高い曲が多い。しかし今回はマリにもメインメロディーの一部を取ってもらわないといけないこともあり、音域もあまり広くないし、難しいスケール進行も無く、確かに歌いやすい曲に仕上がった。
 
「ケイさん、これまるで子供でも作るかのような曲です」
と青葉が言っていた。
 
「まあちょっとあの子に関わることでね」
と私が言うと、《あの子》だけで分かったようで、納得していたようである。
 
「じゃこの曲、ケイさんも知っているある女の子に聴かせてあげたいのですが」
「うーん。漏れないように管理してもらえるならいいよ」
 
「ありがとうございます。10ヶ月後に赤ちゃんできるかも」
「へー。不妊治療か何かしてるの」
 
「そうですね。。。不妊治療の一種かな」
と青葉はその時言ったが、その内容を聞いて私は後に絶句することになる。
 

『ダブル』のPVは、今年の6月に国内某所でたまたま撮影された二重虹の映像を利用してそれに合成する形で制作した。
 
内側の虹(主虹)の上を私が、外側の虹(副虹)の下側を逆さまになってマリが歩いている。ふたりともレインコートを着て可愛い傘をさしており、私は左側から、マリは右側から歩いて行き、ちょうど真ん中のところで出会う。そして、お互い逆さまになっている状態で笑顔でキスするのである。
 
私とマリがキスするのは、しばしばステージ上で興奮したマリが私に飛び付くようにしてキスしているので、珍しいことではないのだが、このシーンに加藤さんが「ちょっと待って」と言って悩み、町添さんと相談した。町添さんも少し悩んだらしいが、実際の映像を見た上で
 
「まあふたりも10代じゃないし」
ということで、やっと許可がおりた。
 
PVの後半では、私もマリも下の虹(主虹)の上に座って、足をぶらぶらさせながら一緒に歌を歌っている。
 
そこにKARIONの和泉・美空・蘭子・小風の4人が副虹の方を歩いて来てお花を渡してくれるシーンがクライマックスになっている。ここで私に花を渡すのは和泉と小風、マリに花を渡すのは蘭子と美空である。
 
さり気なく、ケイと蘭子の同時出演映像になっている。
 
なおこの映像が公開されると
「美空ちゃんがマリちゃんに渡すのならお花じゃなくてお団子で良かったのでは」
などと言われていた。
 

今回のアルバムで最後に制作したのが『モバイル・ガールズ』である。これはXANFUSの楽曲作者、神崎美恩・浜名麻梨奈が提供してくれた曲である。昨年のXANFUSのトラブルに関しては、私たちも結構支援をしたので、その御礼にということで頂いた曲である。
 
神崎・浜名ペアの作品らしい、小気味の良いダンスナンバーである。スターキッズにも、乗りの良い演奏をしてもらい、私たちも踊りながら歌ってこの曲を仕上げたが、歌自体はあとで別録音して差し替えている。
 
この曲のPVはディスコに50人くらいのエキストラ(全員プロのダンサー)を入れて曲に合わせて踊りまくってもらっている。私とマリは円形のお立ち台のような所で踊った。照明もこういう場所での照明になれている方にお願いした。
 
このPVの撮影が終わったのが10月20日で、これで『The City』の音と映像の収録作業はひととおり終了した。
 
 
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【夏の日の想い出・The City】(1)