【Les amies 恋は最高!】(1)

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「ただいま」という声に「おかえり」という声が返ってきた。
「もうすぐごはん出来るからね」といって、キスをする。
その様子を小夜子の母はニコニコと微笑みながら見ていた。
 
どこにでもあるような新婚家庭の様子である。ただちょっと違っていたのは、「ただいま」と言ったのが、奥様の小夜子であり、「ごはん出来るから」と言ったのが、今日は火曜日で美容室が休みのため家に居た旦那様のあきらであるということだった。そしてもうひとつふつうの家庭と違うのは、奥様がスカートを穿いているのはふつうとして、夕飯を作っていた旦那様のほうもスカートを穿いているということだった。
 
小夜子の携帯の着メロが鳴る。My Little Loverの「カラフル」だ。会社からの連絡で、上司から明日の打ち合わせに関する連絡であった。通話が終わったあとも小夜子はメロディーを口ずさんでいる。
 
「サーヤ、最近その曲気に入ってるね」
「うん、いい歌だよね。『違わない人なんて、どこにもいないでしょ』とか」
「まあ、うちは少々違ってるけどね」
「でも、けっこうとんでもない夫婦とかいるからね。みなそれぞれだよ」
 
お正月早々、小夜子の妊娠が分かったので、あきらが強く主張してふたりは1月24日の友引に入籍し、それと同時に同居を始めた。それに先立ち、ふたりは五十鈴を伴って北海道のあきらの実家を訪れ、挨拶をしてきていた。向こうは変態の息子を「もらってくれて」有り難いなどと恐縮していた。
 
「ねえ、バレンタインは忙しい?」
「美容室は大忙し。やはりデートする女の子多いからね」
「そっかぁ。会社で取引先から大帝ホテルの御食事券もらったからバレンタインデーに一緒にと思ったけど」
「翌日の火曜日が美容室休みだし、その日じゃだめ?」
「しょうがないよね〜。火曜日にしようか。でも14日も一応デートしたいから当日仕事が終わったら連絡して」
「きっと9時頃になるよ」
「全然構わない。ホテル予約しといてね」
「了解。あ、チョコは明日買っとくよ。どんな系統のが好き?」と、あきら。「私、生チョコがいいなあ。美味しいのね」と小夜子が答える。
「あら、あきらさんがチョコ買って、小夜子に贈るの?」と五十鈴。
「私がアッキーに贈る分も一緒に買ってもらうの。私、特設売場で女の子たちが大量集結してる雰囲気が苦手でさ」と小夜子は平気な顔で言っていた。
 
「こんにちは」お昼を食べに出たついでにチョコの物色をしていたあきらは、突然声を掛けられて振り向いた。「あ、こんにちは。細川さんでしたっけ?」
あきらは笑顔で答える。あきらは担当したことがないが、美容室に1年ほど前からよく来て下さっているお客様だ。あきらの頭の中でカルテがめくられる。確か25歳くらいで、髪質が細く若干髪が薄いことを本人は気にしている。商社に勤めていたかな?。
 
「わあ、覚えてくださったんですね。指名したことないのに」と喜んでいる。「彼氏へのプレゼントですか?」とあきらに尋ねる。あっそうか、この人は自分の性別を知らないか・・・・と思いながらあきらは「まあ、愛する人への贈り物ですね」と曖昧な表現をしながら「細川さんもですか?」と尋ねてみる。
 
「ええ」と答えながら彼女は顔をあからめた。その様子からあきらは片思いかな?と感じる。「実は・・・14日に初デートなんです」「おお、それはおめでとう。しっかりハートをキャッチですよ」「はい」と嬉しそうに答える。「でも男の人って、どんなチョコが好みなんだろうって、全然分からなくて。そうだ!14日はまだ空いてますか?パーマ掛けたいんですが」「あ、ちょっとお待ちください」
とあきらは携帯を取り出して自分の美容室の予約システムのサイトを開いた。
 
「14日は4時以降は完全に埋まっていますが、午前11時と午後2時なら空いていますね」「じゃ11時で予約します」「会社は大丈夫ですか?」「ええ・・・その日は休みにするので」「了解しました。ご指名はありますか?」「えっと特には」
あきらは副管理者特権で彼女の履歴を調べてみて、毎回違う美容師が担当していることを見て取った。そういう客も多い。「じゃ取りあえず指名無しで予約入れておきますね」といって、あきらは携帯を操作する。
「そういえば、この美容室、以前近所に住んでいた友人から紹介されたのですけど」「それはありがとうございます」「その友人が男の美容師さんですごくうまい人がいるからと言っていたんですよね。でも、今男の美容師さんいませんよね。もう辞められたんですか?いえ、今までカットしてくださった方たちもみんな上手で気に入っているのですけど」あきらは何と説明していいか困った。
 
「えっと・・・私、一応男です」「え!?」彼女はキョトンとしている。「ええ?冗談でしょう」「いや、ほんとです。世間でいう所のニューハーフとかなんとかいうやつで」「え〜!?信じられない。だって声だって女の人の声だし」
「あ、声は男の声も出せますよ。えっと・・・・あれ?出し方忘れちゃった。しばらく出してないものだから」あきらは焦っている。「いえ、信じます。でも信じられない感じ。あの・・・・手術とかも終わってるんですか?」「いや、体はいじってませんしホルモンもしてないです。手術も当面する予定ないです」
「えー。嘘みたい。完璧に女の人にしか見えないのに・・・あ、そうか。じゃ友人が言ってた上手な男の美容師さんって、あなただったんですね。あの、指名していいですか?」「ええ。ありがとうございます。うちはデザイナー料金とか取りませんから」といって、あきらは照れながら携帯を操作した。
 
「あの、個人的な興味なんですけど、チョコを贈る相手の方は男の人ですか?」
「女性です。実は結婚してまして。妻に贈るものです」と、あきらは頭を掻きながら答えた。「あぁ、そうだったんですか!」と驚いている様子。「あ、でも男の方だったのなら、聞いていいですか?男の人は贈られるのなら、どういうチョコが好きなんですか?」「えっと、私の感覚はふつうの男の人の感覚とはかなり違うと思うので、あまり参考にならないかも知れませんが」とあきらは前置きをしながら答えた。
 
「お酒の好きな方だったら、洋酒入りは押さえておきたいタイプですね。中にはチョコは単なる言い訳の容器にすぎず実質お酒、という感じのものもありますよ。むろん軽いものでは、ラミーなどと同様に単に洋酒が入っているだけのものもあります。ただ、デートの時に車を使う場合は、こういうのを食べて運転すると飲酒運転になるので、気をつけたいところです」
 
「あと、全体的に人気が高いのは生チョコですね。カロリーとかを気にしている人以外では、あまり避ける人のいない無難なタイプです。それから、意外に人気なのが、チョコレートケーキとかガトーショコラとか。ふつうのチョコを食べるよりボリューム感があって、それ食べただけで結構満腹できるので、男性には人気が高いようです」
 
「ああ、チョコレートケーキは思いつかなかった」と彼女はうなづいていた。
「彼、あまりお酒飲まないみたいだから生チョコにしようかな。。。それともケーキもいいかな・・・・」などと悩んでいる。結局、あきらは彼女のチョコ選びにけっこう付き合うことになってしまった。
 
その日あきらが帰宅すると、今日はもう小夜子が帰宅していて、夕飯の準備をしていた。「ただいま」「おかえり」と答える小夜子は今日は花柄のウールの和服である。「チョコ買ってきたよ」といって渡すと「あ、今日はガトーショコラだ。嬉しい。食べちゃおう」といって、調理しながらチョコの封を開けて食べ始めた。「明日も何かチョコ買ってきてね」というので、あきらは苦笑している。ここ数日、あきらは連日チョコを買って帰っているのである。
 
「お腹の中の子が糖分をほしがっているのよね〜」
「あまり食べ過ぎると、体重増えすぎて難産になるよ」
「まだ出てくるのは半年以上先だし、夏くらいになったら控えるよ」
と小夜子は開き直っている。今夜は五十鈴はお花の教室で遅くなっていた。「今日のご飯は何?いい匂いするね」「牡蠣入りのお鍋」「あ、いいね」
あきらは鍋のふたを少し開けてみた。「お刺身用の鰤も買ってるよ。和食系だから、着物を着てみた。アッキーも着物着てきて」「おっけー」
 
「でもその前に、今日の着物の着方は何点ですか?1級着付け技能士さん?」
と小夜子が尋ねるので、あきらは小夜子の服をチェックする。「95点かな。このあたりが少し乱れてる」「ああ、その付近は適当にやっちゃったとこだな。やはり手抜きするとだめか」と言いながら、小夜子は少し修正をしていた。
 
あきらは着付けの国家試験に合格していた。「合格発表を見てたら、凄い高い合格率だった。今回は第一回目でもともと受験した人のレベルが高かったこともあるだろうけどね」とあきらは言っていた。あきらのいる美容室で受験した人も、1級受験者・2級受験者ともに全員合格していた。
 
あきらがウールの和服に着替えてきたら、小夜子はもう鍋を食卓に移して、お刺身を切っているところだった。「うーん。やはり和服を着たアッキーは色っぽいな。ごはん終わったらHしよう」「あはは」「でも和服同士もHしやすいよね。スカート同士も楽だけどさ」「確かにズボン穿いてると面倒だよね」
「うん。ズボンなかなか下げられない。アッキーはスカート多いから、簡単にめくれて、私は楽だわあ」などと小夜子は言う。ふたりのそちら方面の生活ではだいたい小夜子がリードして進めていくことが多かったし、小夜子が男役になることが多かった。
「ひょっとして日本人の出生率が下がっているのって、男の人がズボン穿くからかもね」と小夜子は唐突に言い出した「え?スカート穿けっての?」
「違う違う。和服を着ればいいのよ。そしたらHしやすくなって、出生率も上がるんじゃないかなあ」「和服は風通しがいいから、睾丸の活動が盛んになって、男性の能力も高まるかもね」とあきらも少しまじめに答えている。
 
「やはり男の人は褌に和服の着流しじゃない?それが睾丸にはいいよ、きっと」
「その意見にはけっこう同意する」とあきらは笑いながら答える。「アッキーは褌とか付けたことあるの?」「無いよ。私は、もう高校の頃から女物の下着しか付けてないよ」「睾丸に悪いことしてるな」「女物の下着だといつも押さえつけられているから、睾丸の活動は低下してるだろうね」「それでかなあ。アッキーって以前付き合っていた頃から、体毛も薄かったよね」「まあね」
 
「でも女物の下着なら、体育の時の着替えとかどうしてたの?」「開き直り」
「ふむ。そうか」「変な奴と思われるのには慣れてたからね。小さい頃から」
「強いなあ・・・・というか、こういう傾向持っている人って、強くないと生きていけないのかもね」「たぶん。精神的に弱い子はおそらく自殺しちゃってるかも。私も自分の体がどんどん男性化していくのが悲しくて本気で悩んでた」
「まあ、でも男性化してくれたおかげで、今こうやって、私の子宮の中に新しい生命ができているわけで」「うん。運命の巡り合わせだね」あきらは優しい顔で小夜子のお腹を見つめた。
 
10日から14日までは殺人的な忙しさだった。休憩する時間もまともに取れず、店長の妹さんが全員分のお弁当を買ってきてくれて、短い合間にスタッフルームで交代で昼食を取った。あきらはチョコの買い出しに行くことができず小夜子から文句を言われていた。
 
細川さんも14日の予約通りの時刻に来店し、あきらがカットとパーマを掛けた。「可愛い感じに仕上がって嬉しいです」と本気で喜んでいる風であった。14日は20時の閉店後までフル稼働で、結局上がったのは21時前であった。あきらは小夜子にメールを入れて、待ち合わせ予定の駅の広場に向かった。小夜子は車で出てくるということだった。和服を積んでくるつもりだなとあきらは思った。
 
あきらがその駅で降りて広場に出ようとした時、駅のベンチで寂しげな表情でいる細川さんに気づいた。デートはもう終わったのかな?とも思ったが、その表情が気になる。振られたのだろうか?あきらは、ひょっとして彼女が自殺を考えたりしないかと思ったので、声を掛けることにした。
 
「こんばんわ、細川さん」「あ、浜田さん」というと、彼女はいきなりあきらに抱きついてきた。「ちょっとちょっと。どうしたんです」彼女はあきらに抱きついたまま泣き出した。こういう場合はしばらくそのままにしておいてあげるに限る。あきらはじっと彼女が泣き止むのを待っていた。
 
「ごめんなさい。誰かにすがりたかったんです。浜田さんが男の人なのは分かっていても、女の人の知人みたいな気がして」
「私の性別は都合のいいほうで解釈していいですよ」
「ありがとうございます」
「よかったら少し話を聞きましょうか?誰かに話すとすっきりするかも」
「はい。お願いします」
あきらは彼女を駅の表のスタバに誘った。窓際の席に座る。ここなら、小夜子が来ても、分かるはずだ。
 
「デートは結局できなかったんです」と細川さんは寂しげな表情で言った。
「まさかドタキャン?」
「彼の仕事の都合がなかなかつかなくて・・・・」「うん」
「遅れるという連絡があったので、待っていたのですが、さっき連絡があって急遽大阪まで行かなきゃいけなくなったということで」
「それは仕事なら仕方ないですね」
「ええ。向こうでの用事はすぐ済みそうということで、明日いちばんの新幹線で戻れると思うということではあったんですが」
 
「それだと、明日にでもデート延期するかかな。遅れた分、おわびに何かをねだったりして」
「それが・・・・・・」
「どうしたの?」
「実は彼にもまだ言ってなかったんですが、私、先週一杯で仕事やめたんです」
「そうだったんだ」
「明日朝の特急で田舎に帰ることになっていて、実は今日は彼とデートできるラストチャンスだったんです」
「明日の朝は入れ替わりになっちゃうのか」
「はい。だから、今日会えなかったということは、この恋はもうこれで終わりかなとか」
「遠距離恋愛だってできるよ。今はネットが発達してるし」
「母から向こうで見合いしろと言われていて・・・・今日彼とデートできて交際OKくらいまで約束できたら、見合いはそれで断れると思っていたのですけど」
「彼の仕事は今夜中に終わるの?」
「たぶん。11時くらいに終わると思うから終わったらメールすると・・・」
「じゃ、今から大阪に行って、彼に会いに行こうよ」
「実はそれちょっと考えて駅まで来たのですけど、もう大阪行きの最終新幹線には間に合わないと、みどりの窓口の人に言われて。夜行バスだともう着くのが朝になっちゃうし。やはりこれが運命なのかなと思って・・・・」
 
その時、あきらは目の端で小夜子の車が到着したのを認めた。
「行こう。大阪に連れてってあげる」
「え?」
「運命というのはね、定まっているものじゃないの。自分で動かしていくから運命というんだよ。『運命』の『運』は『運動』の『運』でしょ?」
あきらは彼女を促して席を立つと、一緒に小夜子の車の所に行った。
 
「サーヤ、予定変更。ホテルはキャンセル。ドライブデートするよ」
「いいけど。え?その女の子は誰よ?」
「説明するからすぐ高速に乗って」
「行き先は?」
「大阪」
「えー!?」
 
状況を説明すると小夜子も乗り気になった。カーナビで大阪を設定すると、5時間半で着くと出る。「今ちょうど9時半だから、夜中3時には着くよ。彼の泊まるホテルを聞いて、そこに行けばいい」「はい。でも休憩は?5時間も連続して運転するのは」「大丈夫、私たちふたりで交代で運転するから。トイレに行きたい時は、その運転交代する時に急いで行ってきて」「はい」
 
小夜子はかなりの飛ばし屋である。一応「捕まらない程度・記念写真を撮られない程度」には抑えるが。また彼女は覆面パトカーを見分ける天才でもあった。あきらも小夜子ほどはスピードを出さないものの、あまり遅く運転するタイプではない。カーナビは5時間半と出したものの実際には5時間切るだろう、とあきらは思った。
 
小夜子が都市高速から自動車道のICへ向かう間、あきらは約1時間交代で運転することを提案し、交代するPAの候補を地図を見ながらリストアップした。「ガソリンはどれだけある?」「ここに来る途中満タンにした」「上出来!」
それなら途中での給油は不要だ。うまい具合に今日の都市高速は空いていた。あきらは細川さんに、着くまで寝ているように言った。
「彼と会った時にねぼけまなこだったらダメだよ」「はい」
 
最初の交代ポイントに着く。なりゆきで最初スタートした時は後部座席にあきらと細川さんが座り、小夜子が運転席だったのだが、ここであきらが運転席に、小夜子が助手席に座って、眠ってしまった細川さんを後部座席に残した。車内に常備している毛布を掛けてあげる。
 
車をスタートさせたら助手席の小夜子があきらにキスをした。
「ハッピーバレンタイン」といってチョコの箱を渡す。
「えへへ。一応手作りのハート型チョコだよ」
「ありがとう。でも手がふさがってるから開けられない」
「だいじょうぶ。食べさせてあげるから」
「自分でも少し食べてもいいよ」
「ほんと?ありがとう。じゃ半分こね」
小夜子はチョコを細かくしてはあきらに食べさせていたが、けっこう自分でも食べていた「うーん。わりといい出来だなあ」
「うん。美味しいよ。サーヤ上手じゃん」
 
車は高速道路を疾走していった。12時頃細川さんの携帯にメールが着信し仕事が終わったということだった。細川さんは彼に電話を掛けて「今から大阪に行く」と言った。向こうはびっくりしているようであったがホテルの名前と住所、それに部屋番号を伝えた。あきらは行き先を設定し直した。
 
結局ホテルに着いたのは2時半頃であった。連絡をうけて彼氏はホテルの玄関まで出てきていた。細川さんがチョコを渡すと、彼氏は照れている感じであった。しばらくそこで話をしていたが、やがて彼氏に促されてふたりはホテルの中に入っていった。
 
あきらと小夜子はその様子を少し離れたところで見ていたが、ふたりがホテルに入っていったのを見て安心したように車をスタートさせた。
小夜子が運転席のあきらにキスをする。
 
「ところで、アッキ〜、私朝9時から仕事なんだけど」
「大丈夫。それまでに戻ればいいんだろう。ドライブデートは続く」
「ひぇー。また1時間交代で運転?」
「そのほうがいいだろう。連続運転でいねむりして事故起こしたらやばい」
「分かった。とりあえず私が先に寝るから『4時間後』に起こして。妊婦特権」
「いいよ」
笑いながらあきらはウィングロードのアクセルを踏んだ。
 
FMからマイラバの「カラフル」が流れていた。
 
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