【受験生に****は不要!!・結】結婚しちゃおう!

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エレベータのドアが開いて、そこにいた人物を見て美夏はぎょっとした。前島も「え?」という声を出した。
 
「わーい、美夏じゃん、こんな所で何してるのぉ?」
思いっきり大きな明るい声で叫んだボクは美夏の首に抱きついた。美夏が思わず、よろける。ボクはその美夏の身体を支えながら
「美夏、愛してるよぉ!」
と言って強引に美夏の唇にディープキスをした。美夏の心臓の鼓動が速くなったのをボクはしっかりと確認した。
 
そして、続いてボクは今気づいたような振りをして前島の方を向き
「あ!前島さん、ボク前島さんのことも大好き!」
といって二人の間に身体を割り込ませて美夏と引き離した上で、こちらは頬に口づけする。ちなみにボクは真っ赤なルージュを自分の唇に塗っていた。そしてサービスで前島さんのワイシャツの襟にも口紅を付けておいた。
「春紀ちゃん、きみ、酔っているのかい?」
前島はマジでそう訊いた。
 
ボクは
「いやーん!酔ってなんかいないよぉ。でもまだ飲み足りないなぁ。ねぇ、美夏一緒に飲みに行こ」
と美夏の腕を全身の力を込めて引っ張る。ボクは、この行動をしている最中ずっとエレベータのドアが閉まるまでの時間をちゃんと計算していた。これはドアが開いた瞬間に二人の姿が見えた時にとっさに思いついたことだった。その時にボタンは既に1階が押してある。美夏を強引にゴンドラの中に引き込んで二人ともそのまま倒れてしまった所でドアがしまった。
 
あっという顔をしている前島に、ドアの閉まり際ボクはこう言ってあげるのを忘れなかった。
「前島さん、3階のティールームで早苗さんが待ってるって」
と。
 

ゴンドラの中。ボクが美夏を立たせてあげると、美夏は平手で思いっきりボクの頬を殴った。ボクが実際酔ってないようだと分かると連続で殴った。ボクは殴られるに任せておいたが、美夏の殴り方は本当に遠慮なしだった。多分ボクの頬はヒリヒリしていたと思うのだが、ボクはそんなことに関心はなかったから、痛みの記憶は無い。でも美夏のほうはその内手が痛くなったのか、手に持っていたハンドバッグで殴り始めた。数えてはいなかったけど、それで20回以上は殴った。その内ハンドバッグのひもが取れてしまった。
 
しかし殴り終えると、美夏はそのままボクの胸にしがみついて泣き始めた。ボクは気が変わった。さっき早苗さんに言われて念のためフロントで手配していたものを行使することにした。
 
エレベータはまだ30階付近を降下中だ。18階のボタンを押す。
 
「何があるの?」
「美夏のお化粧が涙で崩れてしまった時のために、お化粧直しできる部屋を用意しておいた」
とボクは正直に言った。
「そこで、私を春紀の物にしてくれる?」
「いいよ」
 
その夜、ボクと美夏は本当の意味で結ばれた。ボクたちの間には入れた入れてないなどという関係は成立し得ないけど、そういうものと関係なしに、ボクはそう思った。

翌朝までには、ボクたちの間には何もわだかまりはなくなっていた。一睡もしなかったけどお互いに疲れは全然感じなかった。ボクは美夏が落ち着いてきた段階で伯母さんに電話して、美夏を無事確保していることを伝えて安心させた。
 
「私、早苗に悪いことしたよね」
 
ボクがどうしてここに現れることになったかの経緯を聞いて美夏はそう言った。早苗は前島の携帯の発信履歴にこのホテルの番号が入っているのを見ていたのだった。ほぼ毎日こっそりチェックしていたらしい。そんなことしていいの?と早苗に聞いたら、大抵の子やってるよ、と言っていた。「大抵」というのがどの程度の人数なのかは知らないが。
 
「知らない番号だったから掛けてみたらこのホテルが出て、おお凄い!と思っていたのに誘われる様子がない。そして今日休んでいる、というので、これは怪しい....と思ったんだって」
「なるほどね。でも携帯の履歴のチェックってうちのクラスメイトでも彼氏いる子はやってるみたいよ」
「変な世の中だなぁ」
「だけど私も春紀も携帯持ってないもんね」
「使わないもん。美夏とはほとんど一緒に暮らしてるようなもんだし」
「そうか、だから欲しいと思わないのか」
「早苗さんたちも、縁があれば、ちゃんと仲直りするよきっと。美夏が気にすることないって」
「そうだよね」
 
「美夏さ、やっぱりボクと一緒に大学受けようよ。4年経てばその間にテンションの維持が大変だし、記憶力はやっぱり今ほどは働かなくなるよ」
「でも、結婚はどうするの」
 
「ボク、大学に行きながらもずっとバイトするよ。美夏もしてよ。二人のバイト代を足せば、質素な生活すれば、きっとやっていける。だから、結婚は高校卒業したらすぐ。それは動かさない」
 
「そうね。何とかなるかもね」
美夏は少し明るい顔になって答えた。
「でもさ春紀、卒業したら男の子に戻るの?」
「女の子のままになっちゃった場合は、結婚してくれない?」
 
「ううん。それでも構わないよ。昨夜みたいにたっぷり私を満足させてくれるのだったら、おちんちん付いてなくても気にしない」
 
ボクはちょっと照れた。実は昨夜は偶然にもメッシュイン(美夏が持っている教本?での呼び名)ができてしまった。正常位から一段階潜って密着度の高い、いわゆるトリバディの状態から更にもう一歩踏み込んだ感じ。美夏は一瞬何か入れられたと思ったらしい。「道具使ってるの?嫌よ」と美夏は思わず言ったが、ボクが何も使ってないといい美夏も手で触って確認すると、それをもっとやれとリクエストされた。
 
ボクは昨晩の夢中になってしていた時のことを思い出しながら答えた。
「実は自分でも男の子に戻れるかどうか自信が無いんだ。でもボクは美夏ひとすじだよ」
「私も春紀ひとすじ」
 
美夏が、ボクと前島さんの相合い傘を見て、前島さんがボクを誘い、ボクがそれに安易に応じたんじゃないかと誤解したことを話した。ボクは自分が男同士だから構わないだろうと発想していたことを正直に話した。
「でも自分が外見上女の子だったことを忘れていた。ごめんね」
と謝る。
 
「その直後に、前島さんが私をお茶に誘ったからさ、前島さんって早苗がいるのに、春紀をさそって、その直後に私まで誘って、て怒りが爆発しちゃったのよ。だからホテルの部屋まで誘って、その上で恥かかせてやろうと思って」
「きっと、それ美夏が前島さんのことを少し好きなんだよ」
 
「え?そんなことないよ。私の男嫌い知ってる癖に」
「いやそうだって。だからそれは美夏の嫉妬」
「嫉妬?誰に?」
ボクは笑いながら解説した。
 
「美夏は前島さんのこと少し好きだから、前島さんの恋人の早苗さんにちょっと嫉妬しているんだ。だから前島さんを見ると、その感情が出てきていらつくんだよ。それでボクと前島さんが一緒の傘に入っているの見て、早苗さんがいるから自分は前島さんに好きと言わずにいるのに、更に他の女の子を誘うなんて、という思いと、美夏ひとすじの筈のボクが前島さんに好意持っているんだろうかという思いと、ふたつの嫉妬が同時に起きたんだな。それで更に前島さんが自分を誘って4つめの嫉妬が発生して、もうコントロール不能になっちゃったんだよ、美夏って」
 
なるほど、そう解説されてみるとそうなのかも知れないと美夏は思った。そして「御免ね」と言って、ボクに優しいキスをしてくれた。
 

ボクたちの関係は、それを契機に今までわずかにあった危うさのようなものが消えてしまい、ものすごく安定して、お互いに全てを信じ合える関係になった。ひょっとしたらもう結婚しちゃったようなものかなという気もした。
 
ボクの成績は順調だった。11月の実力試験では3位。そして12月の期末試験は5位。2月の期末試験は4位だった。春休みを経てボクらはいよいよ3年生になった。
 
ボクもおちんちんを取られてしまってから2年以上経過したことになる。美夏は女性ホルモンが充分支配的になれば、女の子としての性欲が出てきて悶々とするかも知れないよ、と言っていたが、ボクと美夏は週に一度、ボクらにとってのHをしている。それだけで充分満足していて、一人でしたいと思うことはなかった。美夏はHで満足していても、一人でもやっていた方がHの時もっと気持ちよくなれるよ、と言っていたが実はハマってしまうのが怖くて、手を出していなかった。でも逆に言うと、それで我慢できる程度の性欲に留まっているということかも知れない。
 

3年生ではまた成績順にクラスが再編成される。ボクはもちろん3年8組に入れられたが、2年8組から3年8組にそのままあがれたのは約半分だった。女の子のメンツは完璧に寂しくなって、ボクと西川さんの2人だけだった。西川さんは成績も10位前後で安定していて、志望校を京大の理学部に変更していた。そしてボクも志望校を変えようと思っていた。都合良く、3年8組の新しい担任の先生が一人ずつ面談をしてくれることになり、ボクは理3ではなく理1にしたいということを伝えようと思っていた。
 
この3年8組の担任になった松崎先生はここ5年ほどずっと3年生を担当している。進路指導について、かなりの腕らしかった。ボクはちょっと警戒して面談に臨んだ。ところが松崎先生は意外な人物だった。
 
「理3を理1に変えたい。それは構わないけどどうして?」「実は理3って出した時点では、まさか本当に理3を狙える所まで成績が上がるとは自分では思っていなかったので、適当だったんです。ボクは医者になる気は無いので」
「あぁ、なるほど。では何になりたいの?」
 
ボクは聞かれて詰まってしまった。
「まだ考えてないか。あのね、君はどこの学校に入りたいか、ということより、将来何をしたいのかということを考えるべきだね」
松崎先生は優しく話し始めた。
 
「よく模擬試験の結果表などにね、あなたは何点で偏差値が幾らだから、どこの大学の何学部に入れる、なんてことが書かれているけど、それはおかしなことだよね。大学を入ることの困難さだけでランキングするのは間違っている。例えば水が100cc, 牛乳が90cc, ガソリンが80cc あった時に、これをその量だけで、水100cc, 牛乳90cc, ガソリン80cc の順に役に立つ、なんて言うことはないでしょ。マラソン走った人には水100ccがありがたいけど、イチゴを食べようとしている人は牛乳90ccがあった方が、それを掛けて食べるとおいしい。バイクを走らせたい人にはガソリン80ccが一番ありがたい」
 
「物はひとつのメジャーでランキング付けるべきものではなくて、自分の目的にあったものを選択すべきものなんだよ。ただ、それで自分の行きたい所が例えば東大の宇宙工学の学科で将来ロケットの開発に関わりたい、という場合に、でも成績がうちの学校の順位で100位くらいなら、これは合格するのは難しい。そうなったら、合格できるように頑張って勉強すればいいということだよね。つまり、大学に入ったあと何を勉強して卒業後何になりたいか、ということを考えれば自然と自分の進路は見えてくるものなんだよ。現在や過去の自分から未来の自分を限定してはいけないね」
 
ボクはそれは自分の性別のことについてもそうだ、という気がした。完全に女の子化してしまっている自分の身体。でも自分が本当に男に戻りたいのなら折角移植してもらったのに悪いけど卵巣は摘出してもらって、男に戻ればいいんだ。でも自分が本当は女の子でいるのが好きなら、このままでいればいい。そして保存している男の子の性器は破棄すればいい。それは自分の生まれた時の性別や現状の性別ではなく、自分の意志で判断すればいいんだ。ボクはようやくそういう考えに辿り着いた。ボクは先生に
「志望校もう一度考えてみます」
と言って最初の面談を終えた。
 

ボクは進路資料室で職業のガイドブックを丁寧に読んで、自分がそれを一生やっていってもいいと思える仕事がないかと思って探した。その時ボクはいやでも
「男として就職するのか、女として就職するのか」
ということを考えざるを得なかった。世の中、ほとんど男にしか開かれていない仕事もあれば、逆に女でなければやりにくい仕事もあるのだ。「男女不平等な世の中だな」とボクは思った。
 
そんな中でボクは自分の中で固まってきた幾つかの「好み」を整理することができるようになった。
 (1)組織の中で動くタイプの仕事より、実力主義の仕事がいい
 (2)できれば男女関係なく仕事ができる所がいい
 (3)若い内だけでなく少なくとも50歳くらいまでは現役で働ける仕事
 (4)やはり将来の発展が見込めるか、ずっと続いていくことが確実な業種
 
そういう中で浮かび上がってきた仕事は、教師・弁護士・コンピュータ技術者・通訳・作家・写真家・医者・といったものだった。この内、医者は6年間大学に行かなければならないので却下。教師はコネが無ければ就職先の確保は絶望的と聞かされたのでパス、通訳はうまく仕事を取れるかどうかがかなり不安、作家は学校など関係ないが成功確率が低すぎて、しかも大学は無関係。写真家も大学とは無関係。またコンピュータ技術者はいかにも安定しているように見えるが、実際には世の中で要求される内容が数年単位で大きく変化しているのではなかろうか、というのをボクは古い資料と比較して見て感じた。
 
そういう訳で、ボクの頭の中で「弁護士」というのがひとつの候補として残った。そのことを美夏に言ったら「春紀が弁護士やったら、無罪の人でも有罪にされちゃうよ」とからかわれた。ボクは確かにあまり弁が立つタイプではないかも知れない。でも、必要な技術であれば身につけられるという気もした。
 
「美夏は何になりたいのさ?」と聞く。
「私は薬剤師になるよ。だから薬学部」
「薬剤師って、あまり就職先無いんじゃない?」
「教師よりはあるかもよ」
「あぁ。今狙っているのはどこの薬学部?」
「白金のK大学」
「おぉ、名門!でも今の美夏の成績なら楽勝だよね?」
「うん。でもね、密かに東大の薬学部もいいな、という気もしてるんだよね」
「薬学部はもしかして理3?」
「理2が多いけど理1や理3からでも行ける」
「今のまま頑張ればそれも充分可能性あるね」
「うん」
「美夏がもし理1行くんならボクと一緒に行けるな」
「弁護士は理1じゃないよ」
「あ、そうだった。法学部は文1だった。くそ」
「ふふ、大学に進学したら、もう私たち結婚するんだから、別に同じ所でなくても構わないよ」
「そうだね」
 

ボクは弁護士、だから文1から法学部、という線を想定しながらも志望学部は暫定的に理1にしておいた。理1で何するの?と聞かれたら、理科の先生、と答えておいた。
 
目標が微妙に定まらないながらも、成績の方は安定度を増していった。5月の中間試験は2位、6月の実力試験は1位、そして7月の期末試験も2位だった。
 
夏休みはフルに補講だ。美夏も今年の夏はさすがにバイトはしない。それから早苗と前島はあの日は一時的に仲直りしたものの結局数日後に別れてしまったらしい。早苗はあの店でまだバイトを続けていたが前島は辞めていた。早苗は最近は店長さんと親しくなりつつある、と言っていた。美夏は受験準備のため、塾の特別夏期コースを受講し、それが4時までなので、そのあと今度はボクと一緒に勉強した。お互いに教材を交換して勉強し、分からない所を相互に教えあった。
 
2学期になるとボクの学校は、もう授業なんだか補講なんだか、訳の分からない体制になった。受験科目中心に生徒はみな自分の好きな教室に勝手に出て、勝手に先生の話を聞いている。人数が入りきれる限り、どこで聞いてもいいことになっていた。学校に出てこずに塾に入りびたりになっている子もいたが、先生は別にとがめなかった。出欠は朝の朝礼で取った後は、誰がどこにいようと誰も気にしていないようだった。もう全員臨戦態勢である。
 

10月の雨の日、ボクと美夏は相合い傘をして、町を歩いていた。ふとバス停が見える。ボクらはお互いに苦笑いした。そこへ近づいて行った時に、意外な人物と出会ってしまった。
 
「前島さん....」
 
「やぁ、久しぶり。あっそうか、このバス停だよな、あの事件があったのは」
と前島は頭を掻きながら笑っている。ボクは前島に謝った
「あの時は申し訳ありませんでした」
 
美夏も
「変なことしちゃって御免なさい」
と謝った。前島は慌てて
「いや、いいんだよ。気にしないで。僕と早苗は早晩だめになっていたと思うし」
とサバサバした感じで言う。
 
「君たち、恋人同士なんだろう」
と前島は言った。
「早苗から聞いたよ。でも自分たちの信じる道を行くのはいいことだと思う。僕も影ながら応援しているから、世間の偏見なんかに負けずに頑張れよ」
 
前島さんはボクたちがビアンだと思っているようだ。でも別に悪い誤解では無い。確かにボクは最近自分が男として美夏を愛しているのか、自分は女だけど同性の美夏を愛しているのか分からなくなってきていた。それは美夏も同様のような気がする。
 
「そうだ。立ち話も何だし、どこかでお茶でも飲む?ケーキくらいおごるよ」
と前島が言った。すると美夏は悪戯っぽい顔をして
 
「じゃ、あの時のケーキ屋さんで」と言う。
「もう、君には参るな」と笑いながら、前島はボクたちをそのフルーツパーラーに連れて行った。
 
「前島さん、今何なさってるんですか」
 
ボクはケーキセットを注文してから尋ねた。
「環境アセスメントの仕事」
「あ、なんか格好いい」
と美夏が言う。
 
「今需要が伸びている分野ですね」
ボクは就職資料室で見た内容を思い出しながら言った。
「そう。どこも人手不足だから、かなり忙しいんだけど、面白いよ。まぁ、会社が出した結論に個人的に納得のいかないことも多いけどね」
「それは仕方ないですね。今の制度は基本的に開発優先だから」
美夏はシビアな見方をしている。
 
「生物系や化学系の出身者が多いんですか?」
とボクは尋ねた。
「そう言われた時期もあるけどね。今はどこからでも来る。でも僕は生物学科の出身だよ」
「理学部出て、ファーストフードやってたんですか?」
美夏がびっくりしたように言う。
 
「うーん、理学部ってさ、つまり潰しの効く学部なんだよ。そこを出て何かになろうとした時、何にでもなれるけど、逆に何かなれる確率の高い物もない。経済学部出たら経営の仕事するか、会計士などを目指すかだろう、医学部出たら大抵の人は医者になるよね。まぁ国家試験通らなきゃ話にならないけど。薬学部は薬剤師、法学部は弁護士か裁判官、この辺も国家試験だな。農学部からは農業試験場などに行くとか獣医になるとか。工学部はだいたい企業の技術職。大学の学部でもたいていの学部はそこに進んだらその先にある職業が限定されるけど、理学部ともうひとつ文学部だけは何でもありなんだよね」
 
ボクは、自分が理1を選んだ場合に何になれるのか見えてこなかった原因を解説してもらったような気がした。
 
「それで目的が定まらなくて不真面目な学生も結構いるよね。サボリ学部、アソブン学部、なんて昔から言うでしょ」
 
ボクも美夏も詰まらない駄洒落だと思ったが敢えて触れなかった。
「僕は大学出てから最初コンピュータ関係の会社に入ったんだけど、そこが今の不況で1年くらいで潰れちゃって。すぐにいい所が見つからないんで、取り敢えずの生活費稼ぎと思って、あそこにいたんだよ」
と前島は笑って話した。
 
「じゃ、今はむしろ本来の専門が生かせてるんですね」
「うん、君らのお陰でね」
ボクたちも笑った。
 

ボクも美夏もセンター試験の願書を提出した。いよいよ始まる。美夏はやはりK大学薬学部と東大理2を受けることにした。ボクは散々迷ったあげく、前期日程で東大文1、後期日程で近くの県の国立S大学の理学部の物理学科を受けることにし、私大は受けないことにした。
 
美夏が「まだ自分の進路を決めてないのか?」と笑った。でもボクはまじめな顔で答えた。「法学部に行く場合は、司法試験に通らないと話にならないから。それなら東大に一発で通る程度の力が無いとダメと自分に課すことにしたんだよ。とにかく在学中に司法試験にパスして卒業と同時に司法修習生にならなくちゃ」
 
2学期の中間試験・期末試験は、ほとんど普通の実力試験と変わらない内容だった。しかしボクはどちらも2位だった。西川さんも頑張って5位くらいの所まで上がってきていた。彼女も志望校には確実に入れそうな感じだ。
 
ボクが中学時代の同級生と一緒の下宿で一緒に勉強しているというのを聞いて、西川さんが時々そこに顔を出してもいいかと聞いてきたので、美夏にも確認した上で、土曜日には3人で勉強会をすることにした。西川さんも塾があまり好きじゃないらしく行っていない。「自分のテンポで勉強しないと、頭に入らないのよねぇ」と言っていた。
 
この「勉強会」の初日、西川さんはボクらを見て、すぐにその関係を見抜いてしまった。
「春紀の恋人ってこの人だったのね。道理で男の影が全然なかった訳だわ。でも素敵」
彼女は明らかに面白がっていた。
「お二人は、えっと春紀の方がネコちゃん?」
 
ボクと美夏は顔を見合わせた。実は早苗にもそう言われたのだ。どうして?ボクは女言葉もまともに使えてないのに。
 
「私達どっちがどっちて意識してない感じで、どちらもリバなのかもね」
と美夏が答えた。
「へえー。あ、でも私恋人同士の時間をお邪魔してしまってる?」
と少し心配そうに訊く。
 
「そんなこと無いわよ。私も玲子とお友達になれて嬉しいし」
と美夏がフォローする。
「ほとんど、一緒に暮らしているみたいなもんだから全然大丈夫だよ」
ボクは
「高校卒業したら結婚するんだ」
と付け加えた。
「きゃー、凄い。結婚式には呼んでよね」
と西川さんは言った。
「うん。ぜひ。来てくれる友達少ないかも知れないし」
とボクは返事した。
 
しかしその言葉は後で美夏に咎められた。
「ということは春紀としては結婚式の段階では少なくとも女の子のままなのね」
美夏は決して怒っていない。ボクは半ば言い訳がましく返事をした。
「女の子でいるのにすっかり慣れてしまって。何だか快適だから、もうしばらくは、このままでいたいんだ。御免、わがまま言って」
「でもそのままじゃ子供作れないよ」
「うーん」
 
最近はボクの性に関する知識もかなりしっかりしてきた。美夏には本当にたくさん教えてもらった。美夏によれば、この年でそんなこと知らない方がおかしい、ということだった。
 

11月の連休を利用して、ボクと美夏は短期間の帰省をして桜木クリニックを訪れた。本来は休診日だが電話すると、どうせ入院患者さんもいるし出てきているからいつでもいいよと言われた。訪問のひとつの目的は実際問題として、保存してあるボクの男性器はどのくらいまで冷凍保存しておけるのかということを聞くこと、もうひとつは、それをくっつけることなく子供を作ることは不可能かというのを確認しておくことだった。
 
桜木先生はボクの話をニヤニヤしながら聞いていた。
「多分、あんたは男に戻る気は無くなると思ってたよ」
ボクは反論する。
「戻る気、無いことは無いです。ただ、まだしばらくは今のままの身体でいたいだけです」と言う。
 
「保存期間はね、アメリカにいた時の経験で7年弱保存した後、再接合したことがある。個人差があると思うけど5年は大丈夫と思うな。それ以上長い場合にどうなるかは、何とも言えない」
「ダメという訳じゃないんですね」
「保証しかねるこということだけ。理屈上は何年たっても可能だろうけど」
「だけど、そのアメリカの症例ってどういう人達なんですか?」
 
「女の子になりたい男の子だよ。でも自分が本当に女になれるか不安な人達。それをテスト的に女の子にしてあげるわけ。これやってたのはうちの大学だけなんだけど。春紀くんにはヴァギナプラスティーは適用してないけど、向こうでは希望する人には共同研究機関の民間医療会社が開発した人工膣壁素材を利用した膣形成もしていた。事前に自分で勝手にホルモンやってる人多いでしょう?すると男性器が萎縮していて膣の素材に使うのに足りないこと多かったのよ。だからそれは使わずに、でも捨てるのはもったいないから冷凍保存しておこうか、というのが最初の出発点だったんだよね。向こうは日本と違って、場所はたくさんあるから。だけどあの人工素材は伸縮性も良くて愛液も出るし何より萎縮する可能性がないから好評だよ。基本的にはまだ試験開発中で他には出さないんだけど、私は嘱託契約が残っているから、個人的に取り寄せ可能なんだよね。春紀くんが希望すれば付けてあげようと思ってたんだけど天然のをもらえたからね」
 
「ということは、先生。もしかしてほとんどの人は接合せずそのままですか?」
 
「再接合の希望者は100人に1人もいなかった。うちの大学では毎年500〜600人手術していたけど、私がいた5年間で男に戻ったのは12〜13人。切る方も年間数十例担当していたけど、私は顕微鏡見て神経つなぐのが得意だから、接合の方はほとんど全部私がやった。だけど折角つないであげたのに、その中の半分はまた数年後に再々手術して女の子になっちゃうんだよね、もう面倒くさい。さすがに2度目は再冷凍ができないから普通の性転換手術になっちゃうけど」
桜木先生は楽しそうに言う。外科系のお医者さんって切ったり付けたりというのが本当に好きなんだろう。
 
「子供の件はどうですか?」
と美夏が聞く。
「方法は2通りあるね」
と先生は説明した。
 
「ひとつは、この性器を別の人に移植しちゃって、その人に射精してもらい、その精液を美夏ちゃんの卵子に人工授精する手。もうひとつは睾丸を解凍して、そこから精子の原細胞を取り出し、それを遺伝子操作の技法で強引に卵子核に結合させる手」
 
「後のは何だか嫌な感じ。で、解凍した睾丸の再冷凍は無理ですよね」
「冷凍食品じゃないけどね、あまり好ましくないことは確か」
「つまりチャンスは2回ということ」
「まあね」
「でも、前のも誰に移植するんですか」
「睾丸を交通事故とかで無くした男の人か、或いは男になりたがっている女の人」
 
「そうか....でもどちらも組織の適合性が良くないといけないですよね」
「適合性の問題言えば、本人である春紀クンに移植するのが一番楽なのよ」
「でも、私も男っぽい体つきの春紀、あまり見たくない気がするし」
「睾丸を付ければ男性ホルモンが付いてくるからね」
「精子だけ作ってくれればいいのに。面倒ですね」
 
「だけどね」
と桜木先生は楽しそうに付け加えた
「もうひとつ、冷凍精液を使う手もあるよ」
「え?」
「春紀クンのおちんちん切断する直前に精液を採取してるからね。それを使って人工授精する方法もある」
「そんなものがあるんですか?」ボクはびっくりした。
「でも、そんなの取った記憶がない」
「麻酔掛けた後、実際に切断する前に採取したよ。これをクライアントの意志とは無関係に取っておくのもうちの大学の方針だったからね。取っちゃった後に子供が欲しいって言い出す人、結構多いんだもん。もっともきみの場合はママの許可も取ってるよ」
 
先生はカルテを見ながら説明した。
「陰茎刺激で1回射精させた後、前立腺刺激で2度目の射精をさせた。2度目の分には射精後尿道に残っていた精液も、切断した後の陰茎から吸い出して加えている。それでも、2度目の精液は薄いし、量も少ないね。1度目のは4分割、2度目のは2分割して冷凍保存しているから、確率の高いのが4本と確率の落ちるのが2本ある。後者は普通の人工授精やるより、顕微鏡受精した方がいいかもね」
 
「そんな物があったとは」
美夏は脱力して近くの椅子に腰を下ろして、それも支えきれなくなったようで、結局その場にしゃがみ込んでしまった。ボクは
「ちょっとベッド借ります」
と先生に声を掛けると、美夏を抱き上げてベッドに寝かせた。
 
「あ、大丈夫」
と美夏は返事したが、まだすぐには起きあがれないようだ。
 
「じゃ、春紀はもうおちんちん要らないよね。廃棄してもらおうよ」
「嫌だよ。その内くっつけるんだから」
 
先生は笑いながら答えた。
「廃棄しなくても保存しておいてあげるよ。冷凍保存室の片隅に置いてるだけだから、特別にそのためだけに費用がかかる訳じゃないから。ただあんまり将来になったら本当にくっつくかどうかは分からないからね」
「はい」
 
ボクはおちんちんを切られた時のことを回想していた。あの時Hな写真を見ながら、おちんちんをいじっていた最中に母にとがめられたから射精する前だった。当時ボクは実際にはオナニーに罪悪感を持っていて3日に1度くらいしかしていなかった。たぶん保存されている1本目の精液は濃いはずだと思った。
 

 
//美夏はさっきからそちらの方に感じていた「何か」を確かめたくて仕方が なかった。そこで春紀に助けてもらいながら診察室を出ようとしたとき、 間違えた振りして、奥のドアをさっと開けた。桜木先生が短い声でアッと 言う。美夏は「違った。御免なさい」と言ってすぐ閉め本当の出口の方に 向かった。ドアの向こうの人物も一瞬ギクっとしたようだったが目はあわ せなかったから向こうも大丈夫と思ったろう。それは裸にガウンだけ着て ベッドの上で雑誌を見ていた春紀のママだった。
 
『なるほど、こういう「支払い」をしていたのか』と美夏はやっと春紀の 身体の手術代のことが分かった。同時に、しっかりしてそうな桜木先生が 何故こんなバレたら保険医指定を外されかねない手術をしたのかも納得が いった。恋人に頼まれたらなぁ。しかし、もちろん春紀に言う必要は無い。
 
『おばさんも大変だよな。ご主人は10年以上海外に出たまま全然帰国無し だって言うし』男の人と浮気しているわけじゃないからいいのかな..... でも、そもそも男が嫌いなのかもね、と美夏は思い至った。だから春紀を 女の子にしちゃったのかも。あ、でも、男が嫌いなのは私も同じかも知れ ない。だから女の子の春紀を恋人として扱えるんだ、きっと。すると前島 さんにむかついたのも、春紀が言うように前島さんが好きだったからじゃ なくて、もともと男が嫌いだったからなのかも........
 
あ、そうか。分かった!!私早苗が好きで、その恋人の前島さんに嫉妬した んだ!!!私きっと女の子が好きなんだ。美夏は何だか愉快になってきた。 その様子を見て肩を抱いてくれている春紀が心配そうに「美夏、大丈夫?」
と訊いた。//
 

あっという間に12月がすぎ、年が明ける。ボクらは最後の追い込みに必死だった。ボクも美夏も、西川さんも充分それぞれの志望校に合格する学力はある。今の時期の勉強はそれをより確実にするための物だ。高校受験の時みたいに急に体調を崩したりしたら、もったいない。
 
2学期もその傾向が強かったが、3学期はもう授業など無いに等しかった。そして3学期に入ってすぐにセンター試験が行われる。ボクらは万全の体調で試験に臨んだ。ボクはしっかりとした手応えを感じた。美夏も相当いい感触だったようだ。学校が準備してくれた模範解答と比較してみても、ボクにしろ、美夏にしろ満点近い点数を取っていることは確実だった。西川さんもかなりのハイスコアを出していたようだった。ボクらは予定通りの大学に正式に願書を提出した。
 
2月に入り、本試験が始まった。西川さんは結局5つくらいの大学を受けることにしたらしく、忙しく飛び回っていた。ボクと美夏は大学を絞っているので、残された時間を集中力を高めるのに使っていた。また風邪の予防に外出後のうがいを欠かさなかった。
 

最初は美夏のK大学だった。2月の頭だったが、美夏の表情が満足げだったから、きっと万全だろう。東大の一次選抜はボクも美夏ももちろん通っていた。前期日程の本試験は25〜26日に行われた。
 
万一交通機関が止まった時のために都内の試験場の近くのホテルに泊まって受ける人たちもいたが、ボクらは高校受験の時のエアコン事件のことがあるので、逆にそれを避けて早めに伯母さんの家を出て、電車で都内に入った。
 
試験会場には独特の緊張感がある。しかしセンター試験でも多少の緊張感を経験していたので、その分自分を落ち着かせるのには時間がかからなかった。美夏が「ねぇキスして」と言う。ボクは校舎のかげに入ってディープキスをした。美夏はそれで落ち着けたようだった。
 
充分に勉強して体調も万全で精神的に落ち着いて受ければ、試験は基本的に楽勝だ。ボクは試験を終えた時点で、もう合格を確信していた。美夏も同様のようだった。

「でもひとつくらい女子大も受験してみたかったな」
とボクは美夏の前でひとりごとのように言った。
「すれば良かったのに」
「実は募集要項をいくつか見てみたんだけど、女であることを証明する書類の提出なんて不要なんだね」
「それは大抵、本人を見れば分かるからね」
「男が紛れ込むことって絶対無いんだろうか」
「大学に合格したあとで、健康診断とかがあるんじゃない?その時に、春紀みたいに身体が完璧に女の子になっていなかったらバレてしまうよ」
「ボクだったらバレない?」
「春紀は大丈夫だって。今からどこかの二次募集でも受ける?」
「ううん、別に。でもさ」
 
「なに?」
「女子大を受けてみたいと思うなんてボク、もしかして助平?」
「あはは。そうかも知れない。けど....違うな。きっと春紀、自分の女としてのアイデンティティを確立したがってるのよ」
「アイデンティティ?」
 
「自己同一性と言えばいいのかな。自分自身を今まで男と思おうとしていたのが崩壊してしまって、逆に自分を女とみなし始めているんだよ、春紀は」
「あ、何となく分かる」
「でも焦らなくても最近の春紀は精神的にもほとんど女の子だよ」
それはボクも実は感じ始めていた。
 

試験の結果が発表される。ボクも美夏もしっかり通っていた。ボクらは4月から一緒に東大の教養学部に通学することになる。ボクは文科1類から法学部を目指し、美夏は理科2類から薬学部を目指す。どちらも国家試験にパスしないと仕事に就けないけど、逆に狭き門故の面白さもありそうだ。西川さんも希望通り京大理学部の物理学科に合格した。
 
美夏はボクがもう女の子の身体になってしまっていることを母親に打ち明け、それでも結婚する、ということで説得してしまった。彼女の母親も、うすうすそのことには気づいていたようで、思ったより簡単にこの結婚を認めてくれた。ボクはこの3年間、何度も彼女のお母さんには会っている。その雰囲気は女装の男の子には全然見えなかったのだろう。
 
ボクは改めて美夏のお母さんに会いに行き
「必ず美夏さんを幸せにします」
と誓った。
「春紀ちゃん、小さい頃もよくスカート履いてたもんね。美夏も女の子同士みたいな感覚で遊んでいたもん。こういうふうになったのも自然よね」
と優しく言ってくれた。
 
「あ、それいつだったか姉からも言われたんですけど、ボク自身は全然その記憶が無いんですよ」
と頭を掻いた。
「それに美夏って昔から男嫌いだったから、ちょうどいいわね」
「ええ、美夏さんの男嫌いはボクも知っています」
とボクは笑顔で言った。
 
ボクらは4月からの新婚生活のためのアパートを探し、中野区の少し不便な場所にかなり安い家賃のボロアパートを借りた。不動産屋さんにはボクたちの関係は言ってないけど、女友達二人で暮らすんだろうと思ってくれたようだ。そして家が決まると二人ともさっそく学資を稼ぐためのバイトを探し始めた。
 
美夏は前とは別のファーストフードのチェーンで見付けた。そこは以前の所とは違ってマニュアルが徹底していて、実際に店に配属される前に講習も受けるようになっていた。ボクは同じ外食産業でもファミレスのウェイトレスの口を見付けた。こういう時はやはり女の子は便利だと思った。昨今、正社員になろうとすると、男子でもなかなか無くて女子はほとんど無い、という感じだが、逆にバイトは女の子ばかりで、男の子の仕事はあまり無い。
 
ボクたちは入学式を前にして、こういうことに理解のある友人だけ(全員女性)を集めて、ささやかな結婚式をあげた。西川玲子や飯島早苗は当然来てくれている。前島さんも祝電を送ってきてくれていた。話し合いの末最初美夏は白いウェディングドレスを着て、ボクは青いウェディングドレスを着てその隣りに並んだ。そして途中のお色直しでそれを交換して着た。体型がほとんど同じなのでこういう真似ができる。二人で一緒にブーケを投げたら玲子が受け取ってくれた。「私、京都に行ったら女の子の恋人探そうかな」などと、ブーケを持ってビアン宣言をしていた。
 
親族としてはうちは母と姉、美夏の所も美夏のお母さんとお姉さん、ボクらのお世話を3年してくれた遼子伯母さん。ボクの父は勤務先がブラジルから隣のアルゼンチンに変更になっていたが、帰国はどっちみち無理な情勢。出席していない。そもそもボクが女の子になっていることも知らないが、美夏と結婚するという話に電話でおめでとうを言われた。父とは幼稚園の時以来ずっと会っていない。電話で話したのも5〜6回しかないような気がする。
 
ボクらは結婚式の日に婚姻届を提出。その日は都内のホテルで宿泊して初夜を迎えた。新婚旅行はお金を貯めて夏くらいに行こう、ということにしていた。
 
ボクたちはホテルに入るとシャワーを浴びたが、疲れが出てそのまま眠ってしまった。夜中にふと目がさめたら、美夏がボクの乳首を吸っていた。お返しに足で彼女のお股を刺激する。次第に目が覚めてきたボクらはダブルスプーンから起きあがって乱れ牡丹、そのままボクが上に乗ってシックスナイン、などなどと体勢を変えながら、お互いの存在を何度も何度も確認しあうように愛し合った。美夏はこの日初めて自分の中にボクの指を入れるよう要求した。
 
ボクは今までそこには決して何も入れなかった。だから美夏はこの瞬間までは物理的にずっと処女だった。ボクの方はいつも入れられていたけど、美夏のその場所はボクも絶対に入れようとしなかったし、美夏も敢えて要求しなかった。でも結婚した以上、解禁ということなのだろう。本当はボクは自分にチンチンが戻ってきてから、そこにそれを入れるつもりだったのだけど、自分でももう、おちんちんを戻すつもりはなくなっていた。ボクがそっと指を入れて勘でGスポットの付近を刺激すると、美夏はすごく気持ちよさそうにしていた。
 

「区役所の係の人がさ、あなたは亀井美夏さんですか?と聞くんで、いえボクは鶴田春紀です、と言ったら、え?と言って一瞬見つめられた」
「でも書類に不備は無いもんね」
「うん。都会の役所だから、それで済むんだろうな。たまにこういう人いるかも知れないし。で、だいたい一週間程度で戸籍の作成作業は完了します、ということだったよ」
 
「春紀が戸籍上男だから、こうやって正式に結婚できて。私たち運がいいね」
「それはそうだね」
「でも春紀におちんちんがあったら、私達こういうことになってなかったかも知れない」
「それもそうなんだよね」
「私、おちんちんの付いている春紀って想像ができないな。ずっとこのままの身体でいてよ」
「いいよ」
「だから、春紀も、もう少し女言葉を覚えない?」
「それは何だか照れがあって」
ボクは頭を掻いた。でも、これを機会に女言葉に切り替えてしまおうかな、という気もし始めていた。自分を「ボク」と呼ぶことに最近少しずつ違和感を感じ始めていたのだ。
 
「さすがに大学行きながら子育ては大変だから、赤ちゃん作るのは大学卒業した後にしない?」と<私>は提案した。
「うん。赤ちゃんは交互に産もうよ」
「え?」
「春紀も生めるんでしょ」
「でも遺伝子的にはボク...その、私の子じゃないよ」
「あら『私』って言えたじゃない。でも精子は春紀の使うんだよ」
「あ、そうか。....私が父親なのね。複雑。私って遺伝子上の父・兼
・産みの母になるわけ?。あれ、美夏の遺伝子が入ってない」
「春紀の子だったら、私愛情持てるよ」
「待って。美夏の卵子を使って私の子宮に定着させる手もあるよ」
「あ。なるほど。でも春紀、その春紀が持ってる卵子使わなくていいの?遺伝子は違っても、それはもうほとんど春紀のものでしょう?」
「うん。考えてみる」
 
私たちは少しずつ自分たちの将来のプランを組み立て始めていた。
 
 
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【受験生に****は不要!!・結】結婚しちゃおう!