【寒竹】(1)

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それは青葉が小学6年生の6月に修学旅行に行った時から物語は始まる。
 
青葉は修学旅行に参加する費用も無いからパス、などと周囲に言っていたのだがそれを聞きつけた祖母が学校に直接参加費用を払いに行ってくれた。おかげで、青葉はみんなと一緒に旅行に参加できることになった。祖母は青葉に前日お小遣いも渡してくれた。
 
青葉たちの学校の修学旅行の行き先は仙台である。仙台の旅館に1泊し、仙台市内の数ヶ所のほか、松島付近を見て帰ってくるコースであった。旅館は数人ずつ小部屋に泊まるのだが、青葉の扱いに関して担任の教師は少しだけ悩んだ。さすがに男子と同じ部屋には泊められない。といって・・・と考えていたところでいつも一緒にいる、早紀・咲良と同じ部屋なら問題ないのでは、ということを思い付いた。
 
念のため、早紀と咲良の母に電話して青葉と同じ部屋でよいかと聞いたら、その3人でしばしばお泊まりしてますし、青葉のことは女の子としか思ってませんからという返事であった。それで、早紀・咲良・青葉の仲良し3人組で、そのまま1部屋という割り当てになった。
 
またお風呂については、青葉は男湯にも女湯にも入れられないと教師は思った。(実際にはこの頃既に、青葉は何度か女湯に入ったことがあったのだが、まさか青葉がそんなことをしているとは知らなかった。その件について青葉は早紀たちにも言ってなかった。青葉のバストが発達途上だったのでまだ言えなかったのである。青葉がバストを公開したのは中学進学後で、中1になってから、青葉は何度か早紀や椿妃と一緒に温泉の女湯に入っている)
 
ちょうど別のクラスの女子で、4月に交通事故に遭って怪我していて入浴介助が必要な子がいたので、その子のために女教師が泊まる部屋を浴室付きの部屋にして、そこで入浴させることを計画していたので、青葉にもその部屋の浴室で入浴してもらえば、一石二鳥ということになった。その件、青葉本人にも確認して了承を得た。
 
1日目は朝8時に学校を出発して、国道45号線を南下。石巻から牡鹿半島に寄り鮎川から連絡船の臨時便を出してもらって金華山に行く。鮎川に戻って昼食を取ると、仙台市内に移動。午後は市内の名所を5ヶ所ほど駆け足で見学して郊外の旅館に入った。
 
仙台市内に入ってから最初に行ったのが青葉城、その次が青葉神社だったので青葉はクラスメイトたちから「青葉のためのコースだね」などと言われた。青葉は「記念に何か買わないの?」などと言われるので「じゃ」といって青葉神社の御守りを買い求めた。ここは伊達政宗公を祭る神社である。
 
そのあと仙台市科学館、笹かまぼこの工場などを見学する。旅館についてから少し休んでいたらお土産コーナーに誘われた。早紀がお菓子など買っていたのでつられて青葉もチョコレートの小さな包みを買った。
 
「でも、青葉ともいっしょに大浴場に行きたかったなあ」などと部屋の方に戻りながら早紀は言う。早紀は今、咲良と一緒に大浴場に行ってきたところである。
「あはは。学校の行事じゃなかったら、女湯に突撃したかも知れないけど」
「あはは、それは逮捕されるよ」
「私、中学の修学旅行では早紀たちと一緒にお風呂入れるようになっていたいな」
「ふーん。入れるといいね」
青葉って、それまでに性転換しちゃうということかしら?などと早紀は思う。ただ早紀はこの頃から実は青葉は既に性転換しているのでは?という軽い疑惑を感じていた。まさかね・・・とは思っていたのだが。
 
「じゃ、私は秋野先生の部屋に行ってお風呂入ってくるね」
「行ってらっしゃーい」
 
青葉が先生の部屋に行くと、まだ先生が1組の蒔枝さんといっしょに入浴している最中であった。少し待つとふたりがあがってくる。
「お疲れ様でした」
「お待たせ。青葉ちゃん、どうぞ」
「じゃ頂いてきます」
 
青葉は浴室に入ると浴槽にお湯を貯めながら、上着とスカートを脱ぎ、ブラを外しパンティを脱いで服をまとめる。自分のバストを洗面台の所の鏡に映してみた。よしよし。順調に育ってるな。。。と思う。まだ「おっぱい」と言えるサイズではないけど、「胸が膨らんでいる」とは充分言えるサイズだ。自分もやっと「女の子」への道を歩み出せた、という気がした。
 
この浴室は浴槽外で掛け湯ができるようになっているので、身体に少しお湯を掛け、おまたや足の指などもきれいに洗う。それから浴槽に身体を沈めた。丁寧にバストマッサージとツボ押しをする。これを始めた頃は、何もない平坦な胸をひたすら刺激していて少し虚しいような気持ちになったものであるが、こうバストが発達してくると、けっこうな楽しみになってきていた。
 
その後身体と髪を洗ってから、今日は少し疲れたかなと思って足のツボを押さえたあと、また浴槽に入ろうと思った時であった。
 
いきなり浴室のドアが開いて、秋野先生が入ってこようとしていた。
「あ、ごめん」と言って先生はドアを閉める。
「ごめんねー。静かだから浴槽内にいるかなと思って。さっき洗面台のところにブラシ忘れた気がして」
「ブラシありますよ」と言って青葉はそれを取ると、ドアを少し開けて差し出し秋野に渡した。
「ありがとう」といって先生はブラシを受け取る。青葉は浴槽に入った。
 
先生はブラシを受け取りながら思っていた。今、青葉ちゃんの裸見ちゃったけど・・・・おっぱい少しあった気がした。それに・・・おまたに何も無かったような気がしたんだけど・・・・気のせいかしら???
 
そういう訳で秋野先生は青葉のことを知っている人で青葉の「女の子仕様」の裸体を見た記念すべき?第1号になったのだが、そういう貴重な!?体験をしたのだとは、秋野先生は知るよしもなかった。
 

 
翌日の朝、青葉は4時に目が覚めてしまった。いつも朝4時に起きて家の裏手の山道を1時間ほど走り、そのあと防空壕跡で瞑想するのが習慣になっているので今日もそのサイクルで起きてしまったのである。
 
うーん。やはり走らないと変な感じだし。と思い、走りやすい服に着替えて、旅館の外に出た。よし、30分でいいから走ってこようと思い、道に迷わないよう通りをまっすぐ走っていく。15分走ってから戻ればいいと考える。青葉は時計はなくてもそのくらいの時間はかなり正確に頭の中で計測できた。
 
早朝の町並みはさすがに人がいない。15分走ったところで踵を返し、旅館の方に向かって走る。やはり朝走るのは気持ちいいなあ、などと考えたりしている内にすぐ旅館に着いてしまった。中に入り、部屋に戻ろうとしていたら、仲居さんに声を掛けられた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
「早朝から散歩ですか?」
「いえ、毎朝ジョギングの習慣があるのでちょっと走ってきました」
「わあ、すごい。あ、汗掻いたでしょう?お風呂早朝も入れますから、どうぞ」
などと言われる。
あ、確かに汗は流したい。でも・・・・と思ったが、早朝なら人も少ないだろう。こんな時間に起きてる生徒もまだいないだろうしと思い、青葉はいったん部屋に戻ると着替えを持って大浴場の方へ行った。
 
そっと女湯をのぞく。実は青葉は連休に祖母に連れられて温泉に行った時にも似たような状況で早朝の女湯に入ったのだが、あの時は自分を知る人が誰もいなかった。今日は知っている子や先生などと遭遇するとやばい。しかし朝5時前では誰も入っていないようだ。
 
安心して脱衣場に入り、服を脱いだ。浴室に入り、掛け湯をし身体を少し洗ったあと、大きな浴槽に身を沈めると、すごく気持ちいい感じだ。しばらくつかっていた時、脱衣場のほうで音がする。きゃー、うちの生徒や先生ではありませんようにと祈る。
 
果たして入ってきたのは、おばあちゃんの2人連れであった。
「あら、修学旅行の生徒さん?」
「はい、おはようございます」
「早起きでいいわね」
「ちょっと早朝ジョギングしてきたので、汗を流しに来ました」
「あらあ、若い子はほんとに元気ね」
 
なんとなくそのおばあちゃんたちと世間話をすることになってしまった。都会に出ている息子や孫のことなどまで色々話す。青葉は笑顔で相槌を打っていた。
「でもあなた、この年になるとなかなか身体が言うこときかなくてね」
「どこか悪いところでもありますか?」
「私はこの左手がね、なかなか力がはいらないのよ」
「ちょっと見せてください」
「はいな」
 
青葉は、おばあさんのひとり、竹子さんという人の左手に触った。気の流れをチェックする。
「ああ、この手首が曲がらないんですよね」
「あら、よく分かるわね」
「ちょっと待ってて」
青葉は竹子の左手首の上に自分の左手をかざすと、ゆっくりと手を動かしてその部分の気の流れを調整した。うーん。これはこうなってから10年ちかくたってるなと思う。ふつうのヒーリングでは短時間には治せない。ちょっとあれを使うか。。。。。
 
青葉は目をつぶって集中し、深い所から『奥の手』の道具のひとつを取り出した。それを使って・・・・一気に気を流す!
「あ・・」
その瞬間、竹子が声をあげた。
「ちょっと変わったでしょ?」
と青葉がニコリと笑って言った。
「ええ、なんか感覚が違う! あらぁ、少し動くわ」
「これ、気功なんです。その部分で気がよどんでいたのを通しましたから、後はここの温泉で、ゆっくりと暖めてください。もう少し良くなるはずですよ」
「ありがとう。こんなに手首が動くの、もう何年ぶりかしら」
と竹子は喜んでいる。
 
「じゃ、私はそろそろ部屋に戻ります」といって青葉は浴室を出て、脱衣場にストックされている旅館備え付けのバスタオルで身体を拭くと、新しいブラとパンティを身につけ、今日のお洋服のオレンジのワンピースを着て部屋に戻った。早紀たちはまだ寝ていた。
 
早紀と咲良は6時半頃に起き出したが、青葉はそれまでの間、ずっと瞑想をしていた。心を三千世界に飛ばしていると、これがまた快感なのである。ふたりが起き出した気配で瞑想を中断する。朝7時から御飯なので、それまでおしゃべりを楽しんだ。
 
御飯を終えてから出発準備をし、ロビーにいた時、青葉は声を掛けられた。
「あ、いたいた、さっきの生徒さん」
「あ。その後どうですか?」
「とっても調子いいわあ。もう感激。それでこれお礼にあげようと思って」
と竹子は小さな箱を差し出す。
「今、そこの売店で買ったばかりなんだけどね。遠刈田(とおがった)のこけし」
「遠刈田?」
「こけしというと鳴子が有名なんだけどね。ここのは鳴子より古いのよ。鳴子のより胴が細くて、ダイエットしている感じかしら」
「へー、面白そう」
 
青葉は、こけしは欲しい気がしていたのだが、なにせ修学旅行のお小遣いはそう多くないので、予算の範囲で買えるものには、青葉が欲しいと思うようなものが無かったのであった。
「こけし欲しかったから嬉しいです。ありがとうございます」
とお礼を言った。
 
「何・何?青葉、あのおばあさんにヒーリングでもしてあげたの?」と早紀が訊く。
「うん。さっきお風呂で・・あ」
「何?どこでだと?」
「あはは、今のは聞かなかったことにして」
 
その後すぐに集合になったこともあり、早紀もこの件は追求しなかった。
 

修学旅行の1日目は様々な名所や工場などを見学してひたすら歩いたのであったが2日目は松島の遊覧船がメインで、そのあと松島オルゴール博物館と瑞巌寺は少し歩いたものの、石巻市内で昼食をとったあとはそのまま帰途に就いたので、あまり体力は使わずに済んだ。もっぱら移動のバスの中でみんなでおしゃべりに興じる。
 
青葉はバスの中で、今朝おばあさんにもらったこけしを取り出してみた。
「あれ?なんか形が違うね、これ」
「うん。鳴子じゃなくて遠刈田というところのだって」
「へー、胴が細い」
「うんうん・・・でもこれ」
「どうかしたの?」
「かなり腕のいい職人さんが作ってる。高かったろうなあ」
 
「そんなの分かるんだ?」
「凄い気合いが入ってるもん。これいろんなものを封じられそう」
「おまじない、とか、のろい、とかの系統?」
「そう。これ凄い呪具になる。こんな物が私の所に来たということは・・・・」
「なにか起きるとか?」
「たぶん。これ覚悟して掛からないとやばいかも」
 
そしてその青葉の予感は見事に的中したのであった。
 

 
修学旅行から帰って一週間ほどたった日のことだった。
 
学校から帰ってきて自室で宿題をしていたら、玄関前に車が停まる音がして、ドンドンドンと戸を叩く音。ああ、また借金取りかなあ?などと思って放置していたら「青葉さん、いませんか?」という声。
 
佐竹さんの娘さん、慶子さんの声だ。
「はーい、ちょっと待って」と答えて、玄関に行き、ドアを開けた。
「どうしました?」
「うちのお父さんが、うちのお父さんが、」
「佐竹さん、どうしたんですか?」
「死んだんです。祈祷中に突然倒れて」
「え?」
 
取りあえず家にあげて、お茶を入れ、話を聞く。ちなみに今日は両親ともに不在だった。
 
「それって昨日の夕方くらいのことですよね?」
「はい」
「ハニーポット使用中だったから、祈祷をしているのは知っていましたが」
「ああ、青葉さんのパワー使って祈祷していたんですね」
「ええ、だからわりと大変な祈祷かなと思っていたのですが」
 
『ハニーポット』(蜂蜜の壺)というのは、霊的な力の貸し出しのことである。佐竹は基本的には自分である程度の霊的な力を持っているので、それで普段は拝み屋さんの仕事をしている。しかし、少し難しい祈祷をする場合、本人の力では足りないので、青葉がパワーだけ支援するようにしているのである。
 
昨日は午後に何度か断続的にハニーポットが使用されていた。本来はパワーを提供する側も現場にいなければならないのだが、青葉は自分の「寄代(よりしろ)」
を作って佐竹に渡しておき、佐竹がいつでも勝手に遠くにいても青葉のパワーを呼び出せるようにしていた。
 
「内容は、交通事故で入院している人の平癒祈願だったんです」
「かなりの重症なんですか?」
「いや、それが・・・・私も患者さん、見たんですが、本人はかなりピンピンしているのですよね。だけど、なかなか怪我が治らないということで退院できずにいるんです。最初は1ヶ月くらいで退院できるでしょうと言われていたのに、もう事故が起きてから4ヶ月たっているということで」
「ああ、霊障っぽい」
 
「でしょ?それで邪霊を祓う祈祷をしていたようなのですが」
「うーん・・・・・お父さん、何の呪法をしたか分かりますか?」
 
「○○護摩です。病院なので火は焚かずに木を積み上げただけですが。病気平癒とかでは普通にやる呪法なのに。○○様でも押さえきれないくらい強力な相手だったのでしょうか?」
 
「いや、たぶん・・・・戦ってはいけない相手だったんです。凄まじく強力な相手は、一見いかにも簡単に調伏できそうに見えるんですよ。いったんこちらが戦う姿勢を見せてしまった以上、向こうはこちらを潰しにかかってくるでしょう」
「どうなるんでしょうか?」
 
「このままにしておくと、私も、慶子さんも、その患者さんも危ないです」
「え?」
「向こうは自分に敵対したものをとりあえず全員叩いておこうとするでしょう。私はパワーを提供していたし、呪法の中心はその患者さんだし、慶子さんも助手として現場にいたんでしょう?」
「はい」
 
「体調悪くないですか?私も昨夜から何か来てるなと思って霊鎧を強めにしていた」
「確かに今朝からお腹の調子が・・・。どうしましょう?」
「関わってしまった以上、何とかするしかないですね。私達のレベルで止めないと、私達がやられた場合、慶子さんのお嬢さん、私の姉や両親、患者さんの家族が次はやられる可能性も出てきます」
「嘘・・・・・・」
 
慶子は当初逃げ腰の雰囲気であったが、しっかりしないと自分の娘まで危うくなると聞き、顔色が変わって、やる気を見せるようになった。青葉は一瞬菊枝の顔も浮かんだ。自分がやられると、関わりがあまりにも深すぎる菊枝の所にも行く可能性がある。しかし菊枝はこんなのに負けないだろうし、既にこの状況を感知しているだろうけど、菊枝の所までいく事態になる前に自分が止めなければならないし、菊枝も当然自分がちゃんと処理するだろうと期待しているに違いない。
 
「とりあえず相手が何なのかを見定めましょう。私も病院に行きます。それで患者さんに訊いて欲しいことがあるのですが」
 
青葉は患者さんに聞いてほしいことをリストアップし慶子に尋ねてもらうことにした。小学生に訊かれても、まじめに答えてくれるとは思えないからである。ふたりで病院に行くと、向こうは恐縮していた。
 
「やはり、お亡くなりになったんですか。もしかして強力なのろいか何かですか?」
「それで鈴江さん、その正体を見極めたいので、ご協力いただけませんか?この件に関しては私がご依頼を引き継がせてください。このままにすると、鈴江さんも助手として関わった私も危ないので、依頼料は不要ですから」と慶子は言う。
「分かりました」
 
ここで拒否されてしまうと万事窮すだったので、青葉はほっとした。青葉は慶子の助手みたいな顔をして、質問の答えをしっかりメモに取っていた。ベッドのそばに学生服を着た中学生か高校生くらいの男の子がいる。この人の息子かな?
 
青葉はいくつかのケースを想定していた。鈴江さん自身、あるいはその家系に憑いた霊、あるいは掛けられた呪い、事故を起こした車に憑いていた霊、たまたま拾った浮遊霊、事故現場近くにいた地縛霊、など。単純な事故の線はとっくに捨てていた。
 
「ちょっと事故現場を見てみたい感じですね、先生」などと青葉が言い、それに合わせて慶子が「ええ、ちょっと地図で場所を教えていただけますか?」といって、用意してきていたノートパソコンの電子地図を開く。すると「あ、俺案内しようか?」とその息子が言った。
「おお、彪志(たけし)、案内してあげくれ」
 
慶子の車に彪志と青葉が乗って現場へ向かった。彪志はおおまかな住所を言って、現地に近づくと「そこを右に」とか「その先の角を曲がって」などと指示をする。「もうかなり近くまで来ましたよ」と言い、「そこを左に折れて」と言ってから車がT字路を曲がり、少し走った時だった。
 
「車、停めて!」
と、青葉が突然大きな声で言った。
 
強い口調だったので慶子はびっくりして急ブレーキで停止させる。
「どうしたんですか?」
「状況が分かりました。ここから向こうに行っちゃダメ」
「え?」
 
「そこに廃車があるでしょ?あそこより先に行くと事故起こします」
「ああ、たしかにあれ何か怖い」
「ちょっと降りてみましょう」
 
3人で車の外に降り立つ。
 
「ふーん、やはり君の方がメインだったね」と彪志は言った。
「まあね」
「親父に質問している時の雰囲気が何となくそんな感じがした」
 
「すみません。じつはこちらのほうが大先生なんです。でも小学生が大先生とはにわかに信じてもらえないから」と慶子。
「大丈夫ですよ。親父には当面黙っておくし。君、未雨ちゃんの『妹』でしょ?」
「なんか『妹』というところが微妙なイントネーションだね」
「別の性別で言わない配慮を評価して欲しいね」
 
「ありがとう、配慮してくれて。姉貴の同級生?」
「今は違う。でも小学校の時に2回くらい同じクラスになったよ」
「そっか。でも今回は災難だったね」
「何か分かった?」
 
「もうここで分かっちゃうよ。事故現場って、あそこの崩れかけた家の近くでしょ」
「ピンポーン。あそこでスリップして、そのとなりの空き地に突っ込んで停まった。俺も乗ってたからね。警察の現場検証は俺が対応した。しかし今考えてみると怪我したのが親父だけというのが奇跡的だよ」
「それは運が良いね」
 
「地縛霊か何か?」
「地縛霊ならまだ対処のしようがあるんだけどね。あれはダークスポット」
「ブラックホールみたいなもの?」
「うん。数百年かけて地縛霊が集まってできた場所だと思う」
「地縛霊に引かれて他のネガティブな霊が集まってきて、どんどん強力になっていったものですね」と慶子が言う。
「たぶん」
 
「で、どうするの?封印しちゃうの?」
「無理。こんなの封印しようなんて、湖をガスコンロで温めようとするようなもの。この場合はここと私達のつながりを切っちゃう」
 
「ああ、心霊スポットで拾っちゃった霊をまたそこに置いてくるみたいな?」
「うんうん。それに近いことやる。ちょっと準備が必要だからいったん戻ろう」
「俺にも手伝わせてよ。俺、霊的なものに強いと思うんだよね」
「確かに強そうね。彪志さんだったね。凄く強いオーラ持ってるし。じゃ、明日の放課後、病院で落ち合ってから」
「OK」
「私は何をすれば?」
「清めの塩を1kgくらい、お願いします」
「分かりました」
 

翌日、慶子に車で学校まで迎えに来てもらい病院に行く。まだ彪志は学校から帰ってきてなかった。付き添っていた奥さんにいったん病室から出てもらってから、青葉は病室の四隅に塩を盛り、それから用意してきた「こけし」に室内にいる3人、鈴江さん、慶子、自分、に付いていた「標的マーク」を移した。
 
ここでの処理を終えたところで、奥さんに「もう入っていいですよ」と声を掛けたら、彪志も来ていた。
 
「現場に行って仕上げをしてきますから」と青葉が言うと「あ、俺また案内してくるね」と彪志が言った。3人で現場に向かう。車を廃車より手前に停めた。青葉と彪志に清めの塩を振ってもらい、2人で歩いて現場に近づく。
 
「だけどこうして見てると、青葉って、ほんとに女の子にしか見えないね」
「私、女の子だよ」
「気のせいかな・・・・体臭も女の子の臭いという気がする」
「体臭で性別が分かるって、彪志さん、いい鼻してるね」
「あ、俺のことは呼び捨てにしてよ。「さん」付けされると気持ち悪い」
「了解、彪志」
「女の子の臭いは甘酸っぱい感じの臭い。女の子の集団がいた部屋に入ると、強烈に感じるよ」
 
「・・・実はね、その臭い、私も去年くらいまでは感じていたんだけど」
「うん」
「今、それが分からなくなっちゃったんだよね。女の子の集団がいた部屋に入っても何も感じないの」
「つまりそれは青葉自身がそういう臭いを出すようになったということだね。青葉、肉体改造中なんだろ?」
「うん、まあね。あ、これ持っててくれる?」
と言って、青葉は青葉神社の御守りを彪志に渡した。
「君の神社?」
「伊達政宗公を祭る神社だよ」
 
青葉たちは問題の廃屋と反対側の歩道を歩いて現場前まで行く。青葉は彪志に、この歩道のガードレールからは出ないように言い、ひとりで道を横断して向こう側に渡り、その廃屋の中に入っていった。10分ほどで出てくる。彪志は言われた通り、歩道から出ずに待っていた。
 
青葉は車道上、彪志から2mほどの所で立ち止まると「その御守りをこっちに投げて」と言った。彪志が投げて青葉がキャッチする。青葉はそれを握ったまま廃屋のほうを振り返り、何かしている感じだった。「よし」
 
というと、青葉は彪志の方を見て、ニコリと笑い、歩道上まで戻って来た。
「終了。でもこれ、彪志に来てもらって良かった。女の子だと、私にちゃんと投げてくれなかったりして私困っちゃってたかも」
「あはは」
 
「でも、これでこの場所と私達の縁は切れた。お父さんの怪我もこれで回復に向かうよ」青葉は元来た道を戻るように彼を促しながら言う。
「ありがとう。こけしは?」
 
「あれは身代わりだからね。廃屋の中に置いてきた」
「誰かがあそこに侵入してそれ持ち出したりしたら?」
「禍を受けるだろうね、持ち出した人が。でさ」
「うん」
「驚くなかれ。あの廃屋の居間にこけしが既に2体あった」
「えー?」
「私と同様の処理をした霊能者の先客が2人いたってこと」
「すごいな」
 
「こけしって身代わりにするには最高の術具だからなあ。ま、とにかくここには、そこの廃車より先には近づかないことだね。この廃車が『地獄の一丁目』の合図。霊的な力までなくても霊感体質の人ならこの廃車で引き返すよ」
「あ、こっちにきたら何となく空気が変わった気がする」
「ああ、彪志も分かる?この手のスポットにはしばしばこういう緩衝領域があるのよ」
「その御守りはどうするの?」
「もうこれは使用済み。中身空っぽになっちゃったから、週末に私仙台まで行って青葉神社に納めてくるよ。それで完全に終了」
「病室の盛り塩はどうするの?」
「放置でいいよ。もし崩れたり溶けたりしたら片付けておいて。ふつうにゴミに出せばいいから」
「OK」
 
慶子の車で病院まで戻り、そこで念のため3人全員と車に清めの塩を振った。病室に行き、処理が終わったことを報告し、最後に仙台まで行って処理に使用した御守りを納めてくると言ったら、週末なら彪志に送らせましょうと鈴江さんは言った。
 
青葉は「助手の私が行ってきます」と言ったのだが鈴江さんは「隠さなくてもいいですよ。あなたのほうが先生でしょ。見てたら分かります」と笑いながら言った。
「それであなたが最初ここに来た時『真打ち登場か』と思って、処理をお願いすることにしたんですよ。だって、あなたの持っている雰囲気が強烈だもん」
 
慶子が「済みません。ご推察の通りです。うちの先生、まだ小学生なので、こちらが先生と言っても、ふつう信用してもらえないもので、私が前面に立たせていただきました。でも腕は確かですから」と恐縮して説明した。
 
青葉も「済みません。私の曾祖母が凄い人だったのですが、私が小学2年の時に亡くなったあと、事実上私が継承しました。実際には曾祖母が亡くなる2年前、私が幼稚園の年長の時から実質継承していたのですが」
 
「凄いですね」
「佐竹には申し訳ないことをしました。早めに異変に気付いてあげられたらよかったのですが」
 
佐竹の遺体は、亡くなった時の状況が特殊であったため、警察の検死に回され今日戻って来ていた。このあと、お通夜になり、明日葬儀の予定である。
 

そして週末、青葉は彪志と2人で高速バスに乗り、仙台に出て、青葉は先日修学旅行で訪れたばかりの青葉神社を訪問した。「空っぽになった御守り」を納め、代わりに病気平癒の御守りをもらった。彪志にその場で渡す。
「ベッドの支柱に掛けておいて」「了解」
 
「晩飯食べてから帰ろうよ。交通費・食費は全部俺のほうで出せと親父から言われてるから。美味しい天麩羅屋さん知ってるけど行かない?」
「マクドナルドでいい」
「しかし昼がミスタードーナツで夜がマクドナルドじゃ、親父から叱られそうだ」
「小学生の好みなんて、そんなものだよ」
 
「ふつうの小学生ならね。青葉は小学生と思えない。俺より年上みたいな感触あるよ。頼りになるお姉さんって感じ」
「でも私の場合、ミスドとかマックとか凄い贅沢品だから。ふだんほんとにつましい食生活なんだよ」
「未雨ちゃんからそのあたりも聞いてた。じゃ、せめて、ファミレスにしようか」
「まあそのくらいなら」
ファミレスで青葉はシーフードスパゲティ、彪志はステーキセットを頼んだ。
 
「どうせ仙台行くなら未雨ちゃんも誘うと良かったんだろうけど、俺が青葉とデートしたかったからさ」
「・・・あまりからかわないでよね。私、そういうのでは傷つきやすいから」
「からかってないよ。俺、青葉のこと好きになっちゃったんだ」
「・・・・ストレートだね」
 
「ね、俺の恋人にならない?俺たちけっこう話が合いそうな気がする」
「・・・私、女の子の器官を持ってないから、彪志と男女の仲になることもできないけど、男の子の機能が既に消滅しているから、彪志と男の子同士の恋もできないよ」
 
「ああ、やはり男の子の機能はもう無いんだね。ここ何度か一緒にいて、青葉から男の子的な雰囲気を全く感じなかったから。でも俺、青葉の性別抜きにして好きだよ。青葉が男の子であるか女の子であるかというのは、今の俺には関係無い。もっとも俺、ホモじゃないから、青葉のこと基本的には女の子として好きなんだけどさ」
 
「そんなこと・・・・言ってくれる男の子がいるんだなということ知っただけで私は嬉しい」
「だって、青葉って充分可愛いもん。これだけ可愛かったら性別関係無い」
「ありがとう」
「じゃ、恋人になろうよ」
 
「・・・御免。私好きな人がいるの。ずっと会ってない人だけど」
「そっか・・・それじゃ仕方ないか。でも交際しているわけじゃないのね?」
「うん」
 
「じゃ、俺が青葉をたまにデートに誘うくらいならいい?」
「うんまあ。。。。キスとかはしてあげられないけど」
「メールとかしてもいい?パソコン持ってるんでしょ?」
 
「持ってるけど、自宅に置いてないの。自宅にそんなもの置いてたら、親に売りとばされちゃうから。それでたまにしか接続できないからメールもらっても実質放置になっちゃうと思う」
「そっか。じゃ手紙書くよ」
「うん。そのくらいなら少しはお返事書けるかも。あ・・・・」
 
「何?」
「キスしてあげられない代わりに、私のこと女の子だって認めてくれた彪志に、ここ触らせてあげる」
そういうと青葉は彪志の手を取って、自分のバストに当てた。
「おっぱいがある?」
 
「うん。まだ膨らみかけだけどね。知り合いには誰にも見せてない。女の子の友達にもまだ非公開のものだけど、彪志には教えないといけない気がした」
「ほんとに少しずつ女の子の身体に改造していってるんだ?」
「うん」
「ホルモン飲んでるの?」
「ううん。男性機能停止させたのも、おっぱい膨らませ始めたのも精神力」
「一種の性魔術か」
「うん。そういう話を信じてくれそうなのも彪志だけという気がする」
 
「青葉なら出来る気がするよ。性魔術で股間の形状も完全に変えちゃったりして」
「そこまではさすがに無理」
「心霊手術しちゃうとか」
「あれはトリックだよ。別にそんな面倒なことしなくたって、専門の医療として確立してるんだから、そういうお医者さんにふつうに手術してもらえばいいし」
「ふーん。性転換手術は受けるつもりなんだ」
「もちろん」
 
「じゃ、性別も女に変更するんだね」
「当然。20歳になったらすぐ変えるよ」
「じゃ、俺と結婚できるじゃん」
 
「そうね。。。。その時にまだ私のこと好きだったら考えてもいいよ。だけど元男の子だった女の子と結婚するなんていったら、ぜったい親に反対されるよ」
「既成事実作ってしまえばいい。結婚式も親戚が来てくれなくてもいいから、理解のある友人だけ招待してやっちゃう」
 
「そんなこと言ってくれる人が・・・・」
「ここにいるさ」
彪志は青葉の左手にキスをした。青葉は抵抗しなかった。
 
ふたりは高速バスで地元に戻った後、握手をしてその夜は別れた。
 

彪志の父は結局青葉が霊的な処理をした一週間後、急速に回復して退院してしまった。とっくに退院してよかったはずのものが霊的に抑えられていただけだから当然で、自分の祈祷やヒーリングが効いたわけではないと青葉は言ったが
「息子から聞きました。かなり危険な処理までしてくださったそうで。これこそまさに心霊治療ですよ」
と父は言っていた。彪志の父はなんと50万円も相談料をくれた。今回の件は相談料不要と言っていたのに!
 
青葉は振り込まれた金額を見て驚き「金額がさすがに多すぎる」と彪志に言ったが、「保険から見舞金で100万出たからその半額だって。青葉がいなかったら、まだ数ヶ月入院していたか、あるいは命も危なかったろうしね。これでも安いだろうけど、貧乏だからこのくらいしか払いきれないからって親父は言ってたよ。あ、そうそう青葉の性別も親父には言っといたから」
「ばらしちゃったのか・・・・」
 
「ばらしておいた方が俺としてはこのあと都合がいいし。このあと青葉との交際状況を少しずつ見せていく。既成事実作り。でも親父、女の子にしか見えないのにって、ほんとにびっくりしてたよ」
 

青葉は今後の「拝み屋さん稼業」について、佐竹の十日祭(神式の葬儀で亡くなってから10日目の儀式)に慶子と話し合った。
 
「慶子さん、この商売このあとどうしますか?」
「お客さんはいるし、実質青葉さんがやってることを知った上で依頼してくる人もいるし、できたら続けたいのですが。私も祈祷のまねごとくらいならできますが、いかんせん私は父みたいに霊的な力は無いので」
 
「じゃ、アクティブ・ハニーポットしましょうか?」
「アクティブ?」
 
「お父さんとはパッシブ・ハニーポットだったんです。お父さんは霊的な力があったから、私は純粋に必要な時だけ不足する霊的なパワーを提供していただけ。私は電気のコンセント。アクティブ・ハニーポットの場合、慶子さんに私の端末になっていただます」
「じゃ私が現場で祈祷とかすると、実際には青葉さんが全部してくださるんですね」
 
「そういうことです。そうすれば今回みたいな事態も避けられます。危険なものは私が分かりますから。ただ、この方式だと、それやっている間、私は1割くらいこっちに来てしまうので、反応が鈍くなるから、学校の授業中とかはできない。それで対応できる時間帯が限られますけど」
「そのあたりは時間調整していきましょう」
 
「実は曾祖母が亡くなる前、最後の2年くらいも私がハニーポットで、特に最後の半年くらいはほとんどアクティブ・ハニーポットだったんです」
「そうだったんですか!」
「私が現場に連れて行かれていたのは私に現場を見せて覚えさせるというのもあったのですが、半分は私のパワーを使うためだったんです。曾祖母は最後のあたりはとても他人の祈祷などできるような状態ではなかったのですが、何とか自分を頼ってくる人たちを助けたいといって、私に実質代行させていました」
 
「お父さんの場合は、けっこう自分で処理できていたし、お父さん自身の力で不足する時だけ、私がハニーポットになってました」
「じゃ、今後は全面的に青葉さんにお願いしましょう。そのほうがすっきりするし」
「報酬の分配はこれまでの共同作業時と同じで山分けで」
 
相談事に対する報酬分配はけっこうややこしいルールになっていた。お互いの貢献度をもとにいくつかのパターンを決めていたのだった。それはできるだけたくさん青葉に報酬を払いたい佐竹と、それを固辞する青葉との妥協の産物だった。
 
「いや、それは減らしてください。5割もいただけません」
「でも、そちらは生活がかかってるし。お嬢さん来年大学受験でしょう?」
 
色々話した結果、慶子の取り分3割、青葉は従来通り1割で、青葉の言う「みんなのもの」口座(資料館の資料購入費やデータベース化費用などに使用)に6割を入金することとした。
 
これで佐竹側の取り分が減ったのではあったが、実際にはこの時期から依頼自体が増えるようになり、結果的に佐竹家の総収入は前年より微増した。
 
「たぶん全部青葉さんがやってるから祈祷のパワーが上がって、リピーターが増えたり口コミが広がったからだと思います。うちの父ちゃんの祈祷はあんまり効いてない感じだったもん」
と後で慶子は言っていた。
 

事件から1ヶ月後、職場復帰した彪志の父にいきなり転勤の辞令が出た。行き先は八戸支店である。
「いやあ、参った」と彪志は青葉に言った。彪志が緊急に青葉を呼び出し(青葉の家には電話が通じないので未雨に伝言を頼んだ)、ふたりは海岸で座って話していた。
 
「サラリーマンだもん。転勤は仕方ないよ」
「4ヶ月半も入院して会社に迷惑掛けてたからね。文句も言えない。しばらく会えなくなっちゃうけど、俺青葉のことずっと好きだから」
「ありがとう。でも向こうで好きな人ができたら私に遠慮しないで」
「・・・手紙書くからさ」
「お返事書くね」
「八戸はそんなに遠くも無いし。またすぐにきっと会えるさ」
 
そんなことを言って別れたものの、実際にふたりが再会したのは1年9ヶ月後、震災後の連休に青葉が岩手に行った時であった。ただし手紙のやりとりは続いていたし、電話でも月に数回話していた。電話は彪志から掛けてもつながらないので、彪志の手紙の末尾に「○月○日の放課後、電話欲しい」などと日時の指定があり、テレホンカードが同封されていて、その時刻に青葉の方から公衆電話で掛けるようにしていた。
 
その時はそういう先のことまでは考えずにふたりはふつうな感じで駅でお別れをした。嵐太郎を見送った時は駅舎の隅で話したのだが、彪志とは他のみんなもいる前で、友人のひとりとして、ふつうに列車のそばで
サヨナラを言った。これで「お別れ」じゃないから、と彪志も青葉も言った。
 
「ほんとにお世話になりました」
と彪志の父が青葉に挨拶をした。彪志とは握手をした。
「誰?この子?」と質問が飛ぶので彪志は「俺の彼女」と言う。
「ひゃー」とか「ひゅー」とか声が飛ぶ。
「私、恋人関係になること同意した覚えはないんだけど」
「でもここには来てくれたからね」と彪志。
 
「キスしないの?しばらく会えなくなるんだから」と彪志の友人が煽るが「まだ小学生だからキスは無し」と彪志は答えた。
ふたりは笑顔で手を振って別れた。
他の友人達がホームから離れても、青葉は列車が線路の向こうに見えなくなるまで、ずっとホームに立ち続けて列車を見送った。
 
(旅立つ大伴狭手彦を岬でずっと見送った)松浦佐用姫(まつらさよひめ)の気分かな、と青葉は一瞬思った。
 
 
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【寒竹】(1)