【春葉】(2)

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2018年12月1日(土).
 
青葉は北陸新幹線で大宮まで出て、まずあきらに会って彼女のヒーリングをしてあげた。彼女は青葉と入れ替わりで新幹線で高岡に向かい、射水市の病院に入院した。12月3日(月)に性転換手術を受けることになっているので、手術後遠隔でヒーリングをしてあげるために直前に直接ヒーリングをしてコネクションを作っておいたのである。
 
青葉は12月2日から東京北区のNTCに入り、世界選手権に向けての日本代表の合宿に入った。
 
3日は練習が終わってから手術終了直後のあきらにリモート・ヒーリングを掛けたが、例によってこのヒーリングで物凄く楽になったようである。
 
しかしこれで“クロスロード”の初期メンバーから、おちんちんが全て消滅したことになる。
 
クロスロードの初期メンバーと当時の物理的性別(本人の主張による)
 
青葉♂ 桃香♀ 千里♂ あきら♂ 小夜子♀ 淳♂ 和実♂ 冬子♀ 政子♀
 
当時は(本人たちの主張を信じれば)性転換手術を終えていたのは冬子だけでPre-Op MTF/MTXが5人いた。しかし2012年に千里・青葉・和実が相次いで手術を受け(*1)、更に今年9月に淳が手術を受け、とうとう最後までおちんちんを残していたあきらが手術を受けて全員完全な女性になった。あきらは「私は別に女の子になりたい訳では無い」と言っていたのだが、やや周囲に乗せられて性転換してしまった感じもある。
 
手術が終わって数日経ってから自分のあそこを見ての感想は「きれーい」ということだったので、後悔はしていないようだ。実際彼女はもう長年タックしていたし、バストはかなり大きくなっていて、ほぼ女性として生活していた。
 
本人は“女装”も否定していたが、女にしか見えなかった。スカート穿いて女性用ショーツを穿きブラジャーもつけて、髪も長くしお化粧もしていて「女装していない」という主張は苦しい気がする。小夜子さんとの性生活でももう4-5年男性器は使用していないらしいし。ちなみに喉仏は8年前に手術して削ってしまっている。足のむだ毛・ヒゲなどは10年以上前にレーザー脱毛済みである。
 

(*1)青葉は実際には、2012年の千里の手術はフェイクではないかと疑っている。千里はどう考えてもかなり以前に女体を獲得していた。高校1年の12月から女子選手として大会に出場しているが、当時のIOC基準(2003.10.28)では性別を変更した選手が新たな性別でオリンピックに参加出来るのは次のケースである。
 
(1)必須条件 性腺(精巣・卵巣)の除去後2年以上経過していること。ただし特に男→女の場合、男性時代の筋肉が残っていないか個別審査する場合も。
 
(2)必須条件 性転換手術は既に終了していなければならない。
 
(3)思春期前に性転換した場合は性転換後の性別で参加出来るし、その性別で参加しなければならない。
 
(4)思春期後に性転換した場合は下記の条件が成立していれば性転換後の性別での参加を認める。
-外性器の形成と性腺の除去は完了していること。
-新たな性別が然るべき公的機関により認証されていること。
-新たな性に対応する性ホルモンの投与が適切な期間行われて元の性別による優位性が消失していること。
 
(この条件を満たさない場合、MTFなら男子として参加可能だがFTMは男性ホルモンがドーピングとみなされるので、どちらにも参加出来ないことになる)
 
この基準を考えてみた場合、まず去勢後2年という条件、千里が高校1年の11月までは男子の試合、12月からは女子の試合に出ているということから、千里は中学2年の11-12月頃に去勢したことが考えられる。そして少なくとも高校1年の12月には性転換手術は完了していたということは、高校1年の夏頃に性転換手術を受けたのではと推測できる。実際千里の友人たちが高1の夏休みに千里がほとんどバスケの練習に出てきていなかったと証言しているし、本人も「性転換手術したのは高1の夏休みということでいいよ」などと言っている。
 
しかしもうひとつの可能性は、千里が思春期前に性転換手術を受けていたというケースである。通常思春期は小学5年生くらいから始まるから、小学4年生頃までに性転換していた可能性である。
 
実際、千里の骨格は明らかに女性型に発達している。これは青葉自身、そして和実・冬子もそうである。淳やあきら、また呉羽ヒロミ・奥村春貴などは充分女らしいが、骨格は男性型である。
 
これがやはり、千里・青葉・冬子・和実と他の子たちとの大きな違いだ。
 
青葉の場合は自力で睾丸の機能を停止させ、アロマターゼ(*2)の分泌を促して女性ホルモンの量を増やし、女性的な体型を作ってきた。冬子の場合は小5の時にGIDという診断をしてもらい女性ホルモン剤(貼り薬)を処方してもらっていたことを告白している。千里にはその付近のことを何度か尋ねているのだが、全く辻褄の合わないことを言うだけで何だか、はぐらかされている。和実は毎回言うことが違い、全部嘘としか思えない!
 
(*2)アロマターゼは体内で男性ホルモンを女性ホルモンに転換する物質。アロマターゼは脂肪に多く存在するので、男性でも脂肪質の人は女性化しやすい。またアロマターゼは肝臓で分解されるので肝機能障害の男性が乳房が大きくなり悩むケースもある。逆に女性ホルモンを自主的に摂取している人が内科を受診した場合に、肝機能障害を疑われることがある。アロマターゼ過剰症(AES)といって、思春期頃にアロマターゼが何かの原因で過剰に分泌され、乳房発達・男性器縮小などの症状が出る場合もある。女性にもAESはあり、小学1-2年生で初潮が来たりする例もある。
 

そういう青葉自身も実は小学生くらいの内に性転換していたのでは?と若葉などから疑われているが、当時は生きて行くのが精一杯の状態で、母・姉ともども餓死寸前の状態で生き延びていた。性転換手術を受けるようなお金は無かった。
 
和実に関しても彼女の男性器を見た人が、淳も含めて全く存在しないので、結構怪しい気もしている。お姉さんの胡桃さんも「赤ちゃんの頃以降見た記憶が無い」と言っているし。だいたい高校の修学旅行で女湯に入り、女子と同じ部屋に泊まっていると高校時代の同級生・照葉さん(クレール店長代行)とかが言っていたので、高校1−2年で密かに手術していた可能性が濃厚だと青葉は思う。高校1年の時からメイド喫茶でバイトしているので、それでお金を貯めて高校2年で手術を受けたのではという気もするのである。しかし彼女が女性型の骨格を持っているということは、去勢だけでも小学生の内に受けていた可能性もあると思っている。
 

青葉たちの日本国内での合宿は12月7日(金)までで、8日に成田から杭州に渡った。
 
成田(NRT)10:00 (NH929 A320) 12:50 杭州(HGH)
 
時差が1時間あるので3時間50分のフライトである。
 
杭州は日本では「こうしゅう」と読まれているが中国語の発音はハンチョウ(Hangzhou)という感じ。そこの蕭山(シャオシェン Xiaoshan)国際空港に到着した。
 
青葉は今回が性別女性のパスポートの2度目の使用となった(初回はスペイン・シエラネバダでの合宿)が、結構ドキドキしていた。「そんな顔してたら密輸でもしてるかと疑われるよ」などとジャネから言われたが、空港では特に身体検査などは受けなかった。
 
でもホテルに到着してから即、ドーピング検査を受けることになった!
 

短水路世界選手権は12月11-16日に行われる。
 
青葉が出場する競技は400m個人メドレーと800m自由形である。ジャネは400m,800mの自由形に出場する。なおジャネは800m自由形の日本記録保持者である。南野里美が400m自由形と400m個人メドレーに出る。
 
11日には400mメドレーが行われる。参加選手は30名であるが、午前中に行われた予選(heat (*3))では青葉・南野ともに最終3組に入れられていた。上位8名が決勝に進出するが、青葉が6位・南野が8位でどちらも決勝に進出した。
 
夕方19時から決勝(final)が行われる。予選の成績から青葉は7レーン(*3)、南野は8レーンとなった(決勝では両端の0,9レーンは使用しない)。隣の6レーンはイタリアの選手である。
 

(*3) 決勝はfinalであるが、予選は heat と呼ばれる。予選1組,2組,3組は heat1, heat2, heat3 である。heatは普通の文脈では「熱」と訳される。英語の辞書を引いても heat に特に予選という意味は書かれておらず「情熱」とか「努力」という意味までは書かれているが、ここから予選という意味が派生している。上位に進出するために頑張るゲームという意味である。野球の“回”のことも heat と呼ぶことがある。
 
水泳でロープとロープに挟まれた泳ぐ領域のことを日本語では“コース”と呼ぶが、英語では Lane である。それに合わせて最近では日本でもレーンと呼ぶ人が増えてきた。国内の大会ではコース、海外の大会ではレーンと呼び分ける人もある。
 

最初は飛び込み台から飛び込んでバタフライである。ここで隣のイタリアの選手が随分飛ばしたので、青葉は必死にそれに付いて行った。短水路なのでバタフライのまま向こうで折り返して戻って来る。
 
2往復後、背泳ぎに変える。ここで隣の選手のペースが落ちる。あれ〜?と思うが、青葉は彼女の向こう側(5レーン)の選手がかなり先を行っていることに気付き、その人に付いていこうと頑張った。結果的に隣の人を追い抜く。折り返しで少し5レーンの人との距離が縮んだ気がした。頑張って泳ぎ、出発側に戻ってくる。
 
背泳でも2往復してから平泳ぎに変える。5レーンの人が速い!どんどん離される。負けるものかと思って必死で泳ぐ。それで向こう側でターンする頃は少しだけ挽回した気がした。そのまま頑張って泳ぐ。
 
平泳ぎで2往復して最後は自由形に変える。5レーンの人が無茶苦茶速い!だめだー!と青葉もとうとう諦めたが、それでも何とか自分のペースで泳いでいく。最後の往復に入るところでラストスパート。
 
そしてタッチ。時計を見る。青葉は結局5位であった。
 
これについては実は「7コースの日本人が4位なのでは?」というクレームが入り、ビデオをチェックされたところ、ゴールには確かに青葉の方が先に到達しているものの、6レーンのイタリア選手の方が先にタッチ板にタッチしていることが判明し、自動計測通り青葉は5位ということになった。
 
相変わらず青葉の課題はタッチである。
 
なお南野さんは8位であった。
 

12月12日朝9:30には女子800m自由形の予選が行われた。
 
参加者は23名で、3,10,10名で予選が行われる。青葉とジャネはふたりとも最終3組目に入れられていた。ジャネが6レーン、青葉は2レーンである。
 
この日は予選だけで決勝は明日である。それで青葉は全力で泳いでいいなと思い、日本記録を突破した時の泳ぎを思い出しながら泳ぐ。
 
最初から隣3コースのドイツの選手とかなり競り合った。途中から彼女のピッチがどんどん上がっていくが、青葉は頑張ってそれに付いて行った。向こうはあるいは予選だから軽く流そうと思っていたのかも知れないが、青葉の泳ぎを見て、やばい!と思い、本気になったのだろう。
 
ゴールしてみると、ドイツの選手が3位、青葉は4位でいづれも決勝進出である。ジャネも8位で決勝進出したが青葉が上位に居るのを見て厳しい顔をしていた。
 

翌13日19:00に女子800m自由形の決勝が行われる。レーンの割り当てはこうなった。
 
1.トンプソン(米)
2.ウー(中)
3.ハーマン(独)
4.ロン(中)
5.ハリス(米)
6.川上(日)
7.クリモバ(露)
8.幡山(日)
 
青葉にとってはこの大会最後のレースである。
 

青葉はスタート台に立った時、唐突に小学2年生の時に初めて女子水着を着て水泳の授業に出た時のことを思い出した。当時は早紀たちクラスメイトの女子には、おちんちんが付いていなかったのに自分だけ付いていた。上手に隠していたから、水着の上から見る分には付いているようには見えなかったが、それでも自分にはよけいなものが付いているという負い目があった。
 
今はもうおちんちんは無い。そして自分と一緒にスタート台に立っている他の選手にも(多分)おちんちんは無い。そのことに唐突に感動してしまったのである。
 
このプールにはおちんちんは無いんだ!
 
ここに立っている選手は全員おちんちんが付いてなくて(たぶん)割れ目ちゃんを持っている。自分もそのひとりであることが妙に嬉しかった。
 
よし!頑張るぞと思った。
 

号砲とともに飛び込むがこのレースでは青葉は最初からラストスパートするような気持ちで泳いだ。800mは25mのプールを16往復もする長丁場である。しかし世界のレベルと戦うには最初から全力でいくしかないと思った。
 
隣のアメリカ・ハリスとかなり競り合いになる。一瞬こちらが向こうを抜いたら向こうは必死に抜き返してくる。それで長丁場とは思えない激しい競り合いが最初から展開した。
 
青葉はこのレースでは全く力を緩めなかった。元々スタミナは1600mメドレーでも平気で泳ぐほどあるし、オープンウォーターも得意なので、800mくらいは全然平気である。それでこのレースは青葉のスピードがどこまで維持出来るかと、ハリスのスタミナがどこまで持つかの勝負となったのである。
 
激しいデッドヒートが続くので観客席は物凄い歓声だったらしい。
 
やがて最後の往復を終えてタッチ。
 
身体は青葉の方が先を行っていたが、たぶん、タッチと腕の長さで負けたと、青葉は思った。
 
時計を見る。
 
1.Long (CHN) 8:04.35
2.Harris (USA) 8:09.39
3.Kawakami (JPN) 8:09.40
4.Wu (CHN) 8:09.81
5.Hamann (GER) 8:10.54
 
青葉は冷や汗を掻いた。タッチでもっと時間が掛かっていたら次の選手にも抜かれていたところであった。
 
しかし銅メダル取っちゃった!
 
東京で行われたパンパシフィックでも800mで銅メダル、1500mで金メダルを取っているが、レベルはこちらの方がずっと上だと思っていた。短水路とはいえその世界大会でメダルを取ったのは、われながら凄いと思った。
 
(例によってハリスより川上が早かったのでは?と言われてビデオ鑑定された)
 
表彰式で表彰台の低い所に立ち、プレゼンターから銅メダルを掛けてもらい、青葉は笑顔で1位の龍(ロン)、2位のハリスと握手をした。
 
7位に入ったジャネは・・・そのあたりに居なかった!
 

14日はジャネと南野が出る400m自由形が行われるので青葉はこれを観戦した。9:30からの予選では南野は最終3組、ジャネは少し記録が低いので2組に入れられていた。ジャネは2組の中でトップでゴールしたが3組の結果待ちである。南野は結局3組の10人中7位で全体では8位になり決勝進出した。ジャネは全体で6位の成績であった。
 
そして19:30に行われた決勝ではジャネが4位と0.01秒差で3位に食い込む健闘を見せた。彼女も銅メダル獲得である。
 
表彰式が終わって戻ってきたジャネに青葉が握手を求めたら、彼女も笑顔で握手に応じてくれた。
 
「また頑張りましょう」
「うん。頑張ろう」
 
とふたりは硬い握手を交わした。
 

その日千里1は、いつもバスケの練習相手を務めてくれている南野鈴子さんから
「ちょっと付き合って」
と言われて、新幹線に乗り仙台まで行った。市内の病院に入る。
 
「あれ?和実、入院していたんだ?」
などと千里が言うので、和実は変な顔をしている。
 
「千里が入院しろって強く言うから私入院したのに」
などと和実は言っている。
 
「なんで入院しているの?性転換手術?」
「性転換したら男になっちゃうよ!?」
「和実って確か、おちんちん50本くらい持っていたと思うけど。だから以前手術したのとは別のおちんちんを切るのかと思った」
 
「それ千里が全部消してくれたじゃん。1本だけ残して」
「あの時全部消しておけば良かったね」
「でも全部無くなると、ヴァギナ作る材料が無くなるから」
「和実、最初からヴァギナも持っていたくせに」
 
「そのあたりの話はややこしくなるから置いといて」
「それで結局何で入院しているんだっけ?」
と千里がマジで訊くので、和実は困惑したような顔で
 
「妊娠したから入院しているんだけど」
と言った。すると千里は
「へー!おめでとう。まあ和実は男と女が混じっているから妊娠くらいするだろうね」
と言った。
 
「そういう見解は初めて聞いた」
「誰の子供?紺野君?伊藤君?」
 
「淳の子供だよぉ」
と言いながら和実は少しドキドキした顔をしている。伊藤君は問題外として、きっと紺野君の赤ちゃん産みたい気もするのかな?と千里は思った。
 
「淳はもう女の人になったのでは?」
「その性転換手術の前日にセックスしたのが当たってしまって」
と説明しながら、和実は何で今更こんなことを説明しなければならない?と思っていた。
 
「それは凄い!淳って性転換の直前まで男性能力あったんだ?でも良かったね。自身で産めば法的にも完全な母になれる」
 
「でも私、子宮が無いから腹膜妊娠しているんだよ。それで絶対安静と言われて入院することになった」
 
「嘘嘘。和実は子宮も卵巣も最初からあったはず」
と千里は言っている。
 
「だって和実、高校時代から生理があったんでしょ?だったらその頃から既に卵巣と子宮が活動していたんだよ」
 
「そんなこと言われるとそうかも知れない気がしてきた」
「だいたい希望美ちゃんの卵子は和実の身体の中から取ったんだから、卵巣が存在しなければあり得ないんだよ」
「それは冬子からも言われた」
 
「だから和実は普通に子宮で妊娠しているんだと思う。お医者さんは和実が元男だと思っているから、子宮なんてあるはずないと思うから見えないんだな。人間って思い込みで結構見えるものが変わるよ」
と千里(千里1)は言った。
 
「じゃ、私、自分には子宮があるはずと思った方がいい?」
「そう思ってないと、妊娠は維持出来ないと思う」
 
和実は少し考えていたが言った。
「そう思うことにするよ。“今日の千里”と話して良かった」
 

千里が和実とそんな話をしていた時、南野鈴子(すーちゃん)は、病室の隅に変なのが居ることに気付いた。あれちょっと手強そうだなあ、六合でも呼んでくるかなと思って見ている。
 
その時、千里は鈴子の視線に気付いた。
 
そして千里がその病室の隅をチラッと見たら、そこに居た妖怪(?)が一瞬にして破砕されてしまった。
 
うっそー!?“この千里”ってこんなパワー持ってるの?などと思う。
 
だったら実はもう霊的な能力、回復して、私たちに気付かないふりしているだけということは??などと鈴子は悩んだ。
 

泰美はその日も練習後の掃除当番になり、この日は霧絵とふたりで半コートずつモップを持って走って掃除したのだが、各々端から掃除始めて、中央付近まで来た時、霧絵はもうセンターラインのそばまで来ていたが、泰美はあと1mほど残っていた。
 
「ごめーん。もう1回行ってくる」
と言って泰美はモップを持って向こうのサイドへと走って行った。
 
外側を回って体育用具室に戻った時、霧絵が待っていた。
 
「こないだから疑問に思っていたんだけどさ」
「ん?」
「泰美ちゃんが床掃除する時って、いつも中央側で終わる気がする」
「へ?」
「私は体育館の端側で終わった」
と霧絵が言うと
 
「あ、それ私も思ってた」
と京佳が言った。
 
「たいていの子は端側から始めて端側で終わる。でも泰美ちゃんだけ中央側で終わる」
 
「それって、泰美ちゃんは丁寧に掃除していて1回あたりの移動幅が他の子より狭いのでは?」
と2年の雫紅さんが言う。
 
「ああ、そういうことかな?」
 
3年生の妃美さんが言った。
 
「バスケットのコートの長さは28mで半コートだと14mになる。モップの幅は1mだから、その幅ジャストで掃除すれば14回、つまり7往復で済む」
 
「ということは泰美ちゃんは15回走っているんだろうな」
「ということは1回あたりの幅が14m÷15で・・・93cmずつ拭いていることになる」
とスマホの電卓を叩いて京華が言った。
 
「まあ丁寧に拭くのはよいのでは」
などという声も出ていたが、
「でも大会でモッパーになった時は少し省略気味に走ってね。他の子と合わないと困るから」
などという声もあった。
 
泰美は『私そんなに重ねて拭いてたかなあ』などと思っていた。
 

「そうそう。泰美ちゃんの後輩の左倉ハルちゃん、進学についてはどう?」
 
「その件ですが、正式にはウィンターカップが終わってからの話になると思うのですが、彼女の性別の件は問題ありませんか?」
 
「戸籍上は男の子だという件でしょ?性別に関する国際基準をクリアして、女子選手のIDカード持っているのだから全く問題ないと中久コーチも古賀先生も言っているよ」
とキャプテンの奈々美さんが言っている。
 
IOCの現在(2015.11)の性別基準はこうなっている。
 
(1)女子として生まれた選手が男子として参加したい場合、無制限である。自分は男子であると宣言するだけでよい。性転換手術が終わっている必要は無い。
 
(2)男子として生まれた選手が女子として参加したい場合、下記の条件で認める。
 
-自分は女子であり、今後最低4年間は性別を変更しないと宣言すること。
-過去12ヶ月にわたって血清中の総テストステロンの量が10 nmol/L未満であること。また競技期間中もそのレベルであること(ケースバイケースで12ヶ月より長い期間を要求する場合もある)
 
(女子として生まれた選手であっても、男性ホルモンの濃度が高い場合、女子選手としての出場は認めない。男性ホルモンが低くなるように医学的治療を受けるか、あるいは男子として出場するかである)
 
(この過去12ヶ月という基準は緩すぎるのではという議論もあり、将来的に以前の2年間という基準に戻される可能性もある)
 

「実は私も中学時代に元男の子という女子を部活に引き込んだことあるのよ」
とキャプテン。
 
「そんな人がいたんですか!?」
「バスケ部に?」
「その時は卓球部だったんだけどね」
「へー」
 
「だったらぜひうちの大学受けろと言いますので」
「うん。よろしく。他にも数校働きかけている所があると言ってたね」
「でも私がいるのは彼女にとっても大きいと思うんですけどね〜」
 
「その子、もしかして元男子なの?」
と訊く子がいる。
 
「そうそう」
「だったら、かなりパワフル?」
「小学生の内に去勢しているし、ずっと女性ホルモン摂っているから、女子にしか見えないよ。おっぱいもあるし」
と泰美が言うと
 
「なーんだ」
という声がある。元男子なら男らしい体格を活かしてどんどん得点もリバウンドも取ってくれることを一瞬期待したようである。
 
「去勢って、おちんちん取っちゃったの?」
「おちんちんはまだあるけど、睾丸を取ったのよ。睾丸が無ければ男性ホルモンが無いから、女性的に身体は発達している。だから男みたいな筋肉も無いよ。裸にしても女の子にしか見えない。ちんちんも隠してるから女湯に入っても騒がれない。実際合宿で女湯に連れ込んだ」
 
「おぉ!」
「女湯に入れるのなら女の子の一種ということでいい気がする」
「しかし裸の状態でおちんちんを隠せるものなんだ?」
 
「秘密のテクニックがあるんですよと言ってたけど、そういう建前で実はもうおちんちんも取っちゃっているんじゃないの?と私たちは話していた。だって割れ目ちゃんも見えてたし」
 
「割れ目ちゃんがあるなら、ちんちんがある訳無い」
 
「女の子になるための手術って正式には18歳にならないと受けられないらしいんですよ」
 
「ああ、それで既に手術は受けているけど、まだ受けてないことにしているとか?」
「そんな気もするんですけどね〜」
 
「身長は?」
「夏頃測ったので169cmくらいと言ってました」
「まあ高い方かな」
「バスケ女子の中ではそれほど目立たない」
 
「彼女はスピード型なんですよ。ドリブル走も凄く速いですよ。シュートが上手いからスモールフォワード登録だけど、実際はポイントガードもできる。スリーも上手いからシューティングガードでもいい」
 
「ちょっと楽しみだなあ」
「何せ愛知J学園に勝ったチームの中心選手ですからね〜」
「あそこに勝ったんだ!?」
 
「この子のお姉さんは愛知J学園に入って1年生の内からレギュラーだったんだけど、交通事故で在学中に亡くなったらしい」
「きゃあ」
「それでご両親もあまり遠くにはやりたくなかったみたいだけど、仲良かった私のいる大学なら、まあいいかなと折れて下さっているのよね」
 
「だったらぜひ入って欲しいね」
「入ってくれる場合はスポーツ推薦でという話もしているんですけどね」
 

青葉たち競泳日本代表チームは12月17日に帰国した。
 
HGH 13:50 (NH930) 17:45 NRT
 
半月にわたり日本を留守にしたのですぐ仙台に行って和実の様子を見てきた。青葉が不在の間は“千里たち”がずっと交替で詰めてくれていたようである。もう絶対に目を離せない状態になっていると千里2が言っていた。
 
千里3と話したのだが、この“傍で監視”している役には千里1も動員しているらしい。千里1は既に並みの霊能者程度のパワーは持っているという。仙台市内では別の病院の患者になるが、千里と信次さんの忘れ形見になる子供が代理母さんのお腹の中で育っている(卵子は桃香が提供した)。そちらは入院はしておらずアパートで日常生活を送っているが、既に臨月なので、千里1はそちらの様子見も兼ねて、来ているようである。
 
それで17日の夜、青葉が行ったら、和実は随分調子が良いようで、妊娠もかなり安定しているので驚く。和実の胎内の赤ちゃんの“存在性”自体、前回見た時はけっこう曖昧だったのに、今見ると既に“完全に存在”しているのである。
 
「なんか凄く安定しているんだけど」
と青葉が言うと
「うん。ちょっと気持ちの持ち方を変えたら安定した」
などと言っていた。
 
「これなら何とかあと3ヶ月くらい、8ヶ月目に入るまで維持できそうだよ」
「もちろん維持出来るよ。だから青葉も千里もあまり根を詰めないでね。そちらが倒れられたら困るから」
「うん。そうする。お大事にね」
 

翌日は日中、千里が病室にやってきた。パワーが低いので千里1と青葉は判断する。実際京セラのガラケーを使っていた。
 
青葉が、川島さんの忘れ形見のことを話すと、今日はここに来る前に代理母さんのアパートに寄り、お土産を渡して色々おしゃべりしてきた、などと明るい表情で言っていた。千里1は2や3からするとずっとパワーが低いのだが、こうやって話していると、かなり回復してきているのを感じた。本来の能力を取り戻して眷属さんたちとのコネクションを復活させるのも時間の問題かなと青葉は思った。
 
青葉自身は千里3からパワーを分けてもらえるようになったので実害が無いのだが(千里2は他人にパワーを貸してくれるほど親切ではない)、千里1しか知らない菊枝や天津子はどうも昨年夏以降、千里姉からパワーをもらえなくて結構困っているようである。
 
2017年8月の事件の時に大怪我をして長期入院していた菊枝も今年の夏にやっと退院して、今はリハビリの日々である。入院中は青葉も何度かお見舞いに行っている。身体は動かないものの霊的な能力自体は充分回復しているので、車椅子で出かけて霊的な相談に乗ったりしているらしい。
 
“ウェルカムシート”付きのタントを買って、会社を辞めて菊枝のドライバー兼アシスタントを務めてくれることになった妹さん(霊感ゼロ!と本人が言っていた)の運転で結構出歩いているとのこと。
 
殺されそうになった女性を助けて代わりに重傷を負った山川春玄さんはまだ入院中で、エアクッションを敷いたベッドから出られない状態ではあるものの、最近は何とか口述筆記程度はできる程度に回復してきているらしい。全身に凄まじい骨折があり、内臓にもかなりのダメージがあったので、最初見た時、医師はまず助からないだろうと思ったと言っていたという。それで生きていて回復に向かっているのは本人の生命力の強さを表す。たぶん若い頃から山野に入って荒行などをしていたおかげだろう。年齢が高いので骨が完全につながるまでまだ1〜2年掛かると言われているらしい。あまりにも細かく骨折していたのでボルトで留めたりするような治療が不可能だったのである。
 

青葉は12月19日に仙台を出て帰宅の途に就いたのだが、途中大宮であきらの家に寄り、直接、手術後のヒーリングをしてあげた。彼女は12月10日に退院して自宅(小夜子の実家)に戻り、自宅療養している。県内のGIDに詳しいクリニックで経過観察をしてもらっているらしい。
 
「ちんちんが無いのって凄く楽だね」
などと言っていたので、やはり性転換して良かったようだ。
 

午後の新幹線で金沢!に移動する。そして〒〒テレビの神谷内さんと待ち合わせて、金沢近郊の大学病院を訪れた。
 
「前回お伺いした時より、少し顔色がよくなられた気がします」
と青葉は言ったが
 
「ダメダメ、ドイルちゃん、あんたすぐ顔に出るのが欠点だね」
などと慈眼芳子さんは言っている。しかし青葉は
 
「でも病気の進行は止まっているように見えますよ」
と顔色一つ変えずに言う。
 
「まあ今極めて強力な薬を使っているからね。これも利かなくなったら後はモルヒネしかないよ」
と本人は言っている。
 
慈眼芳子さんはT町在住の霊能者で、金沢ローカルの心霊番組によく出演していた。様々な局に出ていたが、ここ数年は〒〒テレビ『慈眼芳子の霊日記』のみに出演していた。彼女は的確な鑑定をするとともに優しいアドバイスをすることで評価が高かった。実はその出演を〒〒テレビのみに絞った理由が健康問題で、その頃からずっと癌と戦っていたのである。入退院を繰り返しながら闘病生活を送っていたが、この春以降はもう半年以上入院したままで退院できない状態にある。
 
青葉が出演する『金沢ドイルの北陸霊界探訪』は実は『慈眼芳子の霊日記』の後継番組である。世間では慈眼さんが高齢なので、お弟子さんの金沢ドイルという“中年の尼さん”に番組を譲ったと噂されているようだ。
 

「今度の正月は何とか迎えられそうな気がするけど、来年の正月はもうこの世では見られないだろうなあ」
と言ってから芳子さんは言った。
 
「でも私にはまだやるべきことが残っていると、後ろの人が言うんだよ」
 
「病気に勝って下さい。私は余命1年と宣告されてから20年生きた方を知っていますよ」
と青葉は言った。
 
「ああ、この世界には、しばしば“化け物”がいるから。ドイルちゃん、人間の寿命って何で決まるか知っているかい?」
 
「えっと・・・」
 
「知らない方がいい。知った時が、自分の本当の余命が分かる時だから」
と言って、彼女は謎めいた微笑みを見せた。
 

慈眼さんから、友人から頼まれたものの自分にはもう無理なので良かったら見てあげてもらえないかと言われたものがあった。青葉としては、ひじょうに多忙な時期だったので、あまり受けたくなかったものの、寿命が尽き掛けている先輩から頼まれると断りにくかった。それで青葉は神谷内ディレクターと一緒に、翌日朝の新幹線で東京に出ることになった。
 
青葉が海外遠征の後、仙台・東京から戻り夜遅く帰宅して、翌日の朝1番の新幹線に乗るというので、朋子は呆れていた。
 
金沢6:00(富山6:19)-8:06大宮
 
青葉は富山駅から乗ったのだが、神谷内さんは金沢から乗っていて、列車内で合流する。座席は隣り合わせの席である。神谷内さんはハンディカメラを持ってきていた。今回の東京行きは状況次第では『金沢ドイルの霊界探訪・関東編』として放送するということであった。ただ本当に番組になるかどうかは不明なのであまり予算を掛けないように神谷内さん1人で出てきたのである。
 
大宮駅でレンタカーのアクアを借りてふたりで乗り、10時頃、目的地に到着した。
 
お伺いしたのは、東京多摩地区某町に住む60代の女性だった。青葉は会うなり、この人凄っ!と思った。たいていの怪異とかなら、この人、自分で処理できるのではという気がした。
 
ところが青葉がそのように思った瞬間、女性はこう言った。
 
「うん。若い頃なら自分でこのくらい処理できたかも知れないけど、体力的に厳しくて」
 
「私の頭の中、読みました〜?」
「だって、そんなにハッキリ“考えた”ら、誰にでも分かっちゃうわよ」
と彼女は言った。
 
後ろで《姫様》が『以下同文』と言って呆れたような表情をしていた。そして神谷内さんは訳が分からず、ポカーンとしていた。
 

女性は岩戸空海(いわと・そらみ)さんと言った。物凄い名前だが本名らしい。
 
「最近は女で海で終わる名前って多いけど、私の子供の頃は珍しかったから、随分性別を間違えられて“くうかい”さんって呼ばれていたよ。女子高の入試でも落とされ掛けて、中学の校長先生が直接電話して間違いなく女子ですからと言ってくれたので入学できた。それでも入学した後戸籍謄本の提出を求められて、それを見て先生が『へー。ちゃんと戸籍も女子に変えたんだね』とか言っていた」
 
などと彼女は語った。彼女の高校入学というのはおそらく《ブルーボーイ事件》の前で、もし本当に性別を変更した場合も、裁判所は柔軟に対応してくれていた可能性はある。もっともこの人はたぶん天然女性なのだろうが。
 
岩戸さんは「実際に体験してもらった方がいい」と言って、本人自ら車(年代物の日産プレジデント)を運転して、青葉と神谷内さんを乗せ、目的地に向かう。
 
「この車、長く乗っておられるんですか?」
と青葉が尋ねると
 
「いや、5年前に20万円で買った」
とおっしゃる。
 
「20万でプレジデントがありましたか!?」
「うん。動かないから部品取り用と中古車屋さんは言っていたけど、私が見たら“直った”よ」
 
「なるほど〜」
 
この会話の意味は神谷内さんも想像が付いたようである。要するに何か変なのが憑いていたのを祓ったら動くようになったのだろう。
 

着いた所は旅館であった。
 
女将さんが出てきて、笑顔で
「いらっしゃい」
と言う。
 
「こんにちは、鶴美ちゃん。知り合いのお孫さんの、若い霊能者さん連れてきたから、体験してもらっていい?」
 
「はい、よろしくお願いします!」
と言って、青葉たちは旅館の1室に通された。お茶とお菓子まで出してくれるので青葉も神谷内さんも恐縮した。
 
「何か出るんですか?」
 
「出るというか・・・たぶん1時間もしない内に発生すると思うんですが」
「発生?」
 

世間話とか過去に放送した怪異、“放送できなかった”怪異などについて話していたら、突然揺れを感じた。神谷内さんが思わず「わっ」と声を出す。
 
「地震?」
「これはあまり大きくはないね」
「震度3くらいかな?」
「緊急地震速報は流れませんでしたね」
などと言いながら、神谷内さんは、どうも地震情報アプリを見ているようである。
 
「あれ?気象庁の速報がまだ入っていない」
 
青葉はハッとした。
 
「これは地震ではないということは?」
と言って、岩戸さんを見た。彼女は微笑んでいる。
 
「この旅館を含めて、この界隈の数軒だけで揺れるんですよ」
「え〜〜〜!?」
 

青葉は目を瞑って考えた。
 
「これはどこか川か何かで発生した震動が、たまたま周波数の合ったこの付近を共振させたということは?」
 
実はつい先日の10月25日、日本テレビの『THE 突破ファイル』で、そのような現象が起きていた青森県の旅館が紹介されていたのである。青葉は翌日からの短水路世界選手権・代表選考会に出るため出てきていて、彪志のアパートで一緒にその番組を見ていた。
 
「そうそう。私も最初似たようなことを疑っていた。ドイルさん、こないだのテレビ見たでしょ?」
「はい、実は」
「私もあの番組見て、似たような事例があるもんだと思ったのよ」
 
「違うんですか?」
 
「この近くには大きな川とかダムとかが無い。青森の現象で描写されていたような深い谷とかも無い。青森の事例では机の上のコップは揺れているのに机自体は揺れていなかった。でもこの旅館の周囲で起きているのは物が一切揺れないんだよ。揺れるのは人間だけ」
 
「え?」
 
そう言われてさっきの“地震”のようなものを思い起こしてみる。
 
「ほんとだ。さっきのは、茶碗とか蛍光灯の紐とかは揺れてなかった」
と青葉は言った。
 
「動物も揺れているっぽい。猫とか犬が騒ぐから」
 
「つまり生命体だけ揺れるんですか!?」
 
「唯一、揺れる“もの”がある」
「それは?」
「この近くの池に架かっている橋」
 
「その橋を見せて下さい!」
「うん。見に行こうか」
 

岩戸さん、青葉、神谷内さんで橋を見に行く。それは旅館から30mほど離れた所にある池に架かっている橋で、池には弁天様が祭られている。橋は向こう岸からその弁天様のある小島までと、その小島からこちら側までの2つに別れている。
 
「たぶん30分もすれば揺れる」
 
それで神谷内さんがカメラを三脚に付けて撮影したままの状態で待っていると本当に30分もしない内に橋が揺れ出したのである。青葉たちも揺れているのだが、カメラとか、揺れたら分かるようにカメラに吊り下げておいたペンデュラムも揺れていない。しかしその橋だけが揺れている。2つの橋はどちらも揺れているが、向こう側の方が特に大きく揺れている気がした。
 
「もしかして、この池が震源地ということは?」
「何があると思う?」
 
青葉は目を瞑り、じっと考えた。背中がゾクゾクっとした。
 
「これは地学現象ではなく霊現象です」
「でしょ?だから私たちみたいなのの出番なんだけど、私には手に負えない」
 
「ちょっと対策を練ります」
と青葉は言った。
 

青葉たちはいったん旅館の部屋に戻った。そして次の揺れが発生した時にさっき初めて揺れを感じた時の再現ドラマ!を神谷内さんが撮影することにしたのである。
 
青葉はノートパソコン(Fujitsu Lifebook S938/S Core-i5(8350U 1.7GHz) 12GB SSD 512GB) を開き、“千里たち”の予定表を見てみた。
 
「3にするか」
と独り言のように言い、千里3に電話をした。
 
「おはよう、どうしたの?」
と千里3は言った。
 
「ちょっと手伝って欲しい案件があるんだけど」
「また危ない案件に手を出してるね。それやり方を間違うと、青葉死ぬよ」
「うん。やばいなと思ったから、電話してみた」
「今いる場所を教えて」
 
それで青葉がこの旅館の場所を言うと、千里3は1時間程度でそちらに行くと言ってくれた。
 

神谷内さんがしっかり“再現ドラマ”を撮影し、少し待っていると、車の音がする。千里3が来たのかと思ったら、意外な顔がある。
 
「瞬法さん?」
「ありゃ、瞬葉ちゃん」
 
ふたりは素早く視線を交わした。
 
「もしかして、ここの地震の処理ですか?」
「同じ目的かな」
 
情報を整理したところ、瞬法さんは、岩戸さんが依頼を受けた旅館の隣にある別の旅館から頼まれて先日から作業の準備をしていたらしい。瞬法さんは同じ寺の僧・法験さんを伴っていた。瞬法さん1人では無理なのでまだ30代で割と法力のある法験さんに手伝ってもらおうと連れてきたのだという。
 
「しかし瞬葉ちゃんもいるなら万全だな」
「もうひとり来ますよ」
「ん?」
 
そこに千里のアテンザが入ってくる。
 
「何この凄いメンツは?」
と千里3は車を降りて言った。
 
「それはこちらのセリフだけど。瞬里ちゃん、随分元気になったね」
と瞬法さんは驚いたように言った。
 
ああ、瞬法さんは千里1しか見ていなかったろうな、と青葉は思った。
 

岩戸さんが呆然としている。
 
「一体あなた方は?」
「日本の霊能者の上位10人に入る人が3人集まっている気がします」
と法験が言ったが
 
「いや、瞬法さんと青葉は上位10人だけど私は一般人だから」
と千里。
「瞬葉ちゃんと瞬里ちゃんは多分5本の指に入るけど、僕はありきたりの坊主だから」
と瞬法。
「瞬法さんも千里姉も凄いですけど、私は未熟者だから」
と青葉。
 
「そちらの若いお坊さん(法験)の意見に私は賛成」
と岩戸さんは言った。
 
「岩戸さんも手を貸して下さい。これはできるだけ大きなパワーが無いと恐い」
「はい!」
 

それで、瞬法が用意してきた水晶の珠を池の周り10ヶ所に埋めた上で、瞬法−法験−青葉−千里−岩戸、と5人で池の周囲を取り囲んだ。
 
神谷内さんは撮影したがっていたが、撮影しようとしたらカメラが壊れますよと瞬法が言ったので諦めた。フリップボードに「作業中です」と書いたものを映して処理しようと言っていた。
 
全員数珠を持つ。青葉がローズクォーツ、千里は藤雲石の数珠である。青葉は千里がその数珠を使っているのを見て、これ3人とも各々ひとつずつ持っているのだろうか?と疑問を感じた。
 
瞬法が**明王の呪文を唱える。全員唱和する。
 
唱え終わった所で大きな力が池の“中”にあるものをギュッと押さえ込んだ感覚があった。
 
「できたかな?」
と瞬法が言うが
 
「10年くらいは持つかも」
と千里は言った。
 
「10年かぁ!」
と瞬法が嘆くように言う。
 
「これ相手が巨大すぎる気がします」
と法験が言ったが、岩戸さんも頷いていた。
 
「しかし俺は10年後に生きている自信が無い」
と瞬法さんは言っている。
 
「では10年後には青葉と法験さんの2人でメンテを」
と千里が言うので
 
「え〜〜〜!?」
と青葉も法験も声をあげた。
 
しかし実際この“封印”の儀式をした後、この不思議な地震はピタリと鎮まってしまったのである。ただ、千里の見立てでは10年後にメンテをしなければならないらしい。
 

青葉はこの作業の後、千里の車に乗せてもらって桃香のアパートに行き、ふたりで一緒に大掃除!と食糧の買い出しをしておいた。もっとも千里1が同居しているので、以前よりはかなりマシになっていた。その日は桃香や千里1が帰宅するのを待たずに(実際、桃香が千里3を見たら話がややこしくなる)千里3の車で大宮に移動して彪志のアパートに泊まった。
 
翌日は都心に出て、§§ミュージックやTKR、ケイのマンション、などを訪れる。また大田区の“松本花子”プロジェクトの拠点ものぞいて作業に当たっている人たちをねぎらった。
 
松本花子のプロジェクトはこの“太田ラボ”(プログラミング)、川口市の清原空帆のマンション(作詞)、北海道の“小樽ラボ”(作曲・自動編曲)、豊島区にあるイリヤさんの編曲工房(人力編曲)、沖縄の木ノ下大吉先生の家(受注・納品)という5つの拠点に分散して開発運営が行われている。
 
その他に移動の多い青葉と千里3、金沢に住んでいる奥村春貴は自分のパソコンからいつでもシステムにアクセスできる。春貴のパソコンは“普通の”生体認証でログインするが、青葉と千里3のパソコンは“霊的認証”である。生体認証なら千里2でも千里3のふりをして認証を突破しログインできるが霊的認証だとそれができない。この時点ではまだ千里2は、千里3が松本花子をやっていることに気付いていないのだが、念のため用心しているのである。
 
12月26日(水)にはアクアのニューシングル『変装合戦/七つ道具の歌』の発売記者会見に出席し、その後はまた仙台に入って和実のそばに29日まで付き添った。
 

12月30日、3日間の仙台詰めを終えていったん東京に戻った青葉は§§ミュージックでコスモス社長と、TKRで三田原部長と、★★レコードで加藤次長と相次ぎ打合せをしてから大宮の“自宅”に戻ろうといったん東京駅まで出たら、バッタリと左倉ハルと遭遇した。同年代の女子と一緒だが、この人は見たことある。えっとえっとえっと・・・
 
「こんにちは。ハルちゃん、泰美ちゃん」
と青葉は笑顔で挨拶した。
 
「川上さん、こんにちは」
とハル。
「わ、私のこと覚えていてくださいました?」
と驚いたように長丸泰美が言う。
 
「もちろん。泰美ちゃんはW大学だったよね」
「はい。すごーい。所属校まで覚えて下さっているなんて」
「だってW大学のキャプテンの奈々美は私の親友だもん」
「え?そうだったんですか!?全然知らなかった!」
 
12月16日にインカレが終わり、4年生が引退して、現3年生の中で日本代表もやっている奈々美が新キャプテンに選ばれたのである。
 

双方時間があることを確認の上、構内のカフェに入る。
 
「ハルちゃんも、ウィンターカップはあと少しでベスト4だったのにね」
「愛知J学園、そうそう何度もは勝たせてくれませんね。悔しかったです。でもフォローして下さっていたんですね」
 
「高校出た後はWリーグのどこか?」
「Wリーグなんて無理です!あれは大会ベスト5とかにでも入るような人くらいですよ。高校出てすぐプロになれるなんて」
 
「じゃクラブチーム?それとも大学進学?」
「実は泰美先輩の居るW大学に行こうかと」
「なるほどー」
 
それで一緒に居る訳だ。きっと大学を訪問してきた所なのだろう。
 
「私の性別も全く問題無いと言われて。学校の先生とお話ししましたけど、ちゃんと女子学生として受け入れてくれるというし」
 
「良かったね。それにW大学強いもん」
「全日本には出られませんけどね」
と泰美。
 
「全日本は大学生枠とか社会人枠とか無くなっちゃったから辛いよね」
「今年も江戸娘さんに負けました」
「まあ東京は激戦区すぎる」
「江戸娘にしても、40 minutesにしても実質プロチームだもん」
「ジョイフルゴールドにはなかなか勝てないけどね」
「あそこはさっさとWリーグに加盟して欲しいです!」
 

ハルがトイレに立つが戻ってきたのはアキである! 青葉は一瞬呆れたような顔をしたが、アキはウィンクしている。
 
「そうだ!泰美さん、さっきの話、川上さんに訊いてみたら?」
とアキは言った。
 
「どうかしたの?」
「あ、いや。ちょっと不思議なことがあって」
「うん」
 
「練習が終わった後、床掃除をするんですよ」
「モップ掛け?」
「そうです。そうです。モップを持って板目に沿って掛けるんですが、うちの体育館は板目が横向きだから、サイドラインからサイドラインまで走ってモップを掛けていくんですよね」
 
「あれ、大会で見たことあるけど美しいね」
「全国大会とかは美しく掛けていますね。でもあれができるのはかなり運動能力のある人たちなんですよ」
「あ、そういうもん?」
 
「モップ持って走るのは物凄くパワーが必要です。全国大会とかは4人並んで同じペースで走ってモップ掛けしてますね。あれ要項にもちゃんと全員同時に出発して同時に終了しなければならないって規定されているんですけど」
 
「厳しい!」
 
「それちゃんとできると美しいですけど、あれやっているのは、トップクラスの選手ですよ」
 
「そうだったんだ?」
 
「県大会くらいだと、レギュラー外の選手とかがやっていたりするから歩いて掛けたり、適当に手を抜いて斜め掛けしてたりしますね」
「ああ」
 

「それで、バスケットのコートって縦が28mあって、これをだいたい2人の部員が端から各々モップを持って掛けて行くんですが、モップの幅は約1mなんです。ですから14回掛けたらセンターラインまで来るはずなんです」
 
「うん」
 
「ところが私が掛けるとなぜか15回必要なんですよ」
「それは掛けている幅が他の人より短いのでは?」
「そう言われたんですけど。他の子に見ていてもらったんですけど、私がモップ掛けした後、移動する距離は他の子と変わらないというんです」
 
「うーん・・・」
 
「だから私がモップ掛けする時だけ14mのはずの所が15mになっているのでは?などと言われたんですけどね。そんなに床が伸び縮みするわけないし」
 
アキがにやにやしている。アキはこれが妖怪の類いの仕業ではと疑っているようだ。青葉はこの話は、学校の階段が夜中に行くと1段多いという話と似た話ではないかという気がした。
 
「もしよかったら、そこを見られる?」
「わあ、来て下さるなら歓迎です。見料は払いますから」
と泰美は言った。
 

それで、泰美・アキ・青葉の3人でW大学の、バスケ部が使用している第3体育館に行くことにしたのである。
 
体育館に入って行くと、4人の選手が練習していた。
 
「ハーイ!」
と青葉が声を掛けると
 
「青葉!どうしたの!?」
と奈々美が驚いたように返事をした。
 
それで青葉は泰美から、彼女がモップ掛けする時だけ1回余分に走ることになっているという件を聞いたことを話した。
 
「それ何か妖怪?」
「どうだろうね」
などと言いながら。青葉はコートを眺めていた。
 
実際に歩き回ってみる。
 
「泰美ちゃんがモップ掛けするのって、どちらのハーフか決まってる?」
「いえ。どちらもしてますよ」
 

青葉は腕を組んで少し考えた。
 
そしてハッとあることに思いついた。
 
「モップを見せてもらえる?」
「モップですか!?」
 
それで泰美が案内して用具倉庫に入る。そしてモップが並んでいる所に行った瞬間、青葉には原因が分かってしまった。アキが緊張した顔をしている。
 
「泰美ちゃん、どのモップ使ってる?」
「え?モップですか?特に意識してませんけど」
「じゃ、どれか選んでみて」
と青葉が言うので、泰美は8つ並んでいるモップの中で向こうから2番目の物を取った。アキがため息をついた。
 
「そのモップに問題があります」
「え〜〜〜!?」
 
「他のより短いとか?」
と奈々美が訊く。
 
「物理的には同じなんだけどね。泰美ちゃんそのモップを元の所に置いて」
「はい」
「浄化するから、みんな少し離れてて」
 
それで青葉は“珠”を始動させて、そのモップ、ついでに倉庫内の全体を浄化してしまった。
 

「きれいになったね」
とアキが周囲を見回して言っている。この子は浄化の作用には影響受けないんだな?と青葉はあらためて思った。それはアキが充分強いからか、あるいはもとより珠の作用の対象外だからなのかも知れない。少なくとも“邪”ではないわけだ。
 
「泰美ちゃん、そのモップを持って走ってみよう」
と青葉。
「あ、はい」
「じゃ、半分はアキちゃんやってみよう」
と青葉はアキにも声を掛ける。
 
「まあいいけどね」
とアキは言い、人前で「アキ」と呼ばないでよといった感じの目でこちらを見てから、別のモップを持った。
 
2人でコートの端に立ち、そこからモップ掛けを始める。アキがしっかり走っているので、泰美も負けるものかと頑張って走っている。
 
ふたりはきれいにセンターラインの所の、同じ側でちゃんと同時に終了した。
 
「ちゃんと14回だった」
と奈々美。
「それで解決したみたいね」
と青葉は言った。
 
「なんかモップが凄い軽い気がした」
と泰美は言った。
 
「まあ余分なもの付けて走っていたからね」
「でも、もしかして私いつも同じモップを持っていたのかな?」
「人って何気ない行動をしている時、結構同じパターンを繰り返しているものだよ」
と青葉は言う。
 
「そして他の人は誰もそのモップを使わなかったということね?」
と奈々美が訊く。
 
「まあ、見るからに怪しげな雰囲気のあるものに、普通の人は手を出さない」
とアキが言うので
「つまり私は、にぶいってことか!?」
と泰美は天を仰いでいた。
 
 
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【春葉】(2)